(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025125979
(43)【公開日】2025-08-28
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250821BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20250821BHJP
B21B 3/02 20060101ALI20250821BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20250821BHJP
C21D 1/76 20060101ALN20250821BHJP
C21D 8/02 20060101ALN20250821BHJP
C21D 9/08 20060101ALN20250821BHJP
C21D 9/50 20060101ALN20250821BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
B21B3/02
C21D9/46 Q
C21D1/76 G
C21D8/02 D
C21D9/08 F
C21D9/50 101A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024022302
(22)【出願日】2024-02-16
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】松本 三月
(72)【発明者】
【氏名】秦野 正治
【テーマコード(参考)】
4K032
4K037
4K042
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA24
4K032AA25
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
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4K032BA01
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4K042DA03
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DE05
(57)【要約】
【課題】水素環境下における疲労特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】母材と酸化皮膜とを有し、母材の化学組成が、質量%で、C:0.080%以下、Si:0.10~1.0%、Mn:2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.020%以下、Cr:17.0~20.0%、Ni:8.0~13.0%、Al:0.300%以下、N:0.250%以下、任意元素、残部:Feおよび不純物であり、GDSによって測定される、酸化皮膜の表面から1nmの深さ位置におけるSi含有量が15%以上である、オーステナイト系ステンレス鋼。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材と、前記母材の表面上に形成された酸化皮膜とを有するオーステナイト系ステンレス鋼であって、
前記母材の化学組成が、質量%で、
C:0.080%以下、
Si:0.10~1.0%、
Mn:2.00%以下、
P:0.050%以下、
S:0.020%以下、
Cr:17.0~20.0%、
Ni:8.0~13.0%、
Al:0.300%以下、
N:0.250%以下、
Nb:0~0.20%、
Ti:0~0.20%、
Mo:0~1.00%、
Cu:0~1.0%、
Co:0~0.50%、
V:0~0.50%、
W:0~0.50%、
B:0~0.0050%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.50%、
Ga:0~0.050%、
Hf:0~0.10%、
REM:0~0.10%、
残部:Feおよび不純物であり、
グロー放電発光分光分析法を用いて、前記オーステナイト系ステンレス鋼の最表面から深さ方向において、O、Fe、Cr、Mn、Ni、Mo、Nb、Ti、Si、AlおよびNの濃度変化を測定し、Oを除いたその他の元素の総量が、質量%で100%となるように換算した場合に、
前記酸化皮膜の表面から1nmの深さ位置におけるSi含有量が15%以上である、
オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.01~0.20%、
Ti:0.01~0.20%、
Mo:0.05~1.00%、
Cu:0.05~1.0%、
Co:0.01~0.50%、
V:0.05~0.50%、
W:0.05~0.50%、
B:0.0002~0.0050%、
Ca:0.0002~0.0100%、
Mg:0.0002~0.0100%、
Zr:0.01~0.50%、
Ga:0.001~0.050%、
Hf:0.01~0.10%、および
REM:0.01~0.10%、
から選択される1種以上を含有する、
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
前記化学組成が、質量%で、
Si:0.40%以上、および
Nb+Ti:0.10%以上、を含有する、
請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化石燃料に代わる新たなエネルギー源として、水素ガスが注目されている。水素ガスは、CO2を排出しないクリーンなエネルギー源である。その一方、水素ガスは、例えば、素材を脆化させる水素脆化を引き起こすことがある。そこで、特許文献1には、耐水素ガス脆化性を向上させたオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
水素環境下で製造される部品には、例えば、水素ガス製造装置等に使用される鋼管等がある。オーステナイト系ステンレス鋼を、水素ガス製造装置等として使用する場合、水素環境下における疲労特性が問題になる。
【0005】
特許文献1に開示されたオーステナイト系ステンレス鋼では、水素環境下における疲労特性について十分な検討がなされておらず、さらに、改善の余地が残されている。
【0006】
本発明は、上記の課題を解決し、水素環境下における疲労特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のオーステナイト系ステンレス鋼を要旨とする。
【0008】
(1)母材と、前記母材の表面上に形成された酸化皮膜とを有するオーステナイト系ステンレス鋼であって、
前記母材の化学組成が、質量%で、
C:0.080%以下、
Si:0.10~1.0%、
Mn:2.00%以下、
P:0.050%以下、
S:0.020%以下、
Cr:17.0~20.0%、
Ni:8.0~13.0%、
Al:0.300%以下、
N:0.250%以下、
Nb:0~0.20%、
Ti:0~0.20%、
Mo:0~1.00%、
Cu:0~1.0%、
Co:0~0.50%、
V:0~0.50%、
W:0~0.50%、
B:0~0.0050%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.50%、
Ga:0~0.050%、
Hf:0~0.10%、
REM:0~0.10%、
残部:Feおよび不純物であり、
グロー放電発光分光分析法を用いて、前記オーステナイト系ステンレス鋼の最表面から深さ方向において、O、Fe、Cr、Mn、Ni、Mo、Nb、Ti、Si、AlおよびNの濃度変化を測定し、Oを除いたその他の元素の総量が、質量%で100%となるように換算した場合に、
前記酸化皮膜の表面から1nmの深さ位置におけるSi含有量が15%以上である、
オーステナイト系ステンレス鋼。
【0009】
(2)前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.01~0.20%、
Ti:0.01~0.20%、
Mo:0.05~1.00%、
Cu:0.05~1.0%、
Co:0.01~0.50%、
V:0.05~0.50%、
W:0.05~0.50%、
B:0.0002~0.0050%、
Ca:0.0002~0.0100%、
Mg:0.0002~0.0100%、
Zr:0.01~0.50%、
Ga:0.001~0.050%、
Hf:0.01~0.10%、および
REM:0.01~0.10%、
から選択される1種以上を含有する、
上記(1)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【0010】
(3)前記化学組成が、質量%で、
Si:0.40%以上、および
Nb+Ti:0.10%以上、を含有する、
上記(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、水素環境下における疲労特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼管において、高価な合金元素を低減しつつも、水素環境下での疲労特性を改善する方法について検討を行い、以下の知見を得た。
【0013】
(a)オーステナイト系ステンレス鋼の水素脆化は、-100~-40℃となる水素環境下で生じやすい。これは、この温度域で、オーステナイト相(以下、「γ相」ともいう。)が不安定になり、ひずみの蓄積等に起因して、脆くて弱いα′相に相変態するためと考えられる。このため、γ相の安定性を高めるために、Ni、Cu、Mn等の添加元素の含有量を高めることが考えられる。一方、上記のような元素の含有量を高め、高合金化することで、合金コストが増加する。
【0014】
(b)通常の鋼の製造プロセスおよび水素環境下では、鋼中に水素が侵入してしまうため、鋼内部に微量の水素が取り込まれた状態になる。このような鋼中の水素が、例えば、ひずみが蓄積されたような箇所に集積すると、水素脆化が促進され、鋼管の疲労特性が低下する。したがって、鋼中の水素は、放出されるのが望ましいが、使用環境となる低温での水素存在下では、鋼の外部に放出するのが難しい。
【0015】
(c)そこで、本発明者らが、鋼中への水素の侵入を抑制する方法について検討を行った結果、水素の侵入抑制には、Si酸化物が最表層に濃化したCr2O3を主体とする酸化皮膜を、母材表面に形成することが有効であることが分かった。
【0016】
(d)このような酸化皮膜を形成するためには、最終焼鈍において、露点が通常より高い水素ガス雰囲気で熱処理を行い、その後の冷却速度を低く制御することが有効である。
【0017】
本発明の一実施形態は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本実施形態の各要件について詳しく説明する。
【0018】
1.全体構成
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、母材と、母材の表面上に形成された酸化皮膜とを有する。
【0019】
2.母材の化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0020】
C:0.080%以下
Cは、オーステナイト相の安定化に有効な元素であり、耐水素ガス脆化性の向上にも寄与する。しかしながら、過剰なCの含有は、Cr系炭化物が粒界析出するのを助長し、破壊の起点を形成しやすくなる。この結果、耐水素ガス脆化性が却って低下する。このため、C含有量は、0.080%以下とする。C含有量は、0.075%以下とするのが好ましく、0.070%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、C含有量は、0.010%以上とするのが好ましく、0.020%以上とするのがより好ましい。
【0021】
Si:0.10~1.0%
Siは、脱酸に有効な元素であり、また、酸化皮膜の最表層に濃化することで耐水素ガス脆化性の向上にも寄与する。このため、Si含有量は、0.10%以上とする。Si含有量は、0.20%以上とするのが好ましく、0.40%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Siを過剰に含有させると、σ相などの金属間化合物の生成を助長し、熱間加工性および靭性を低下させる。このため、Si含有量は、1.0%以下とする。Si含有量は、0.80%以下とするのが好ましく、0.60%以下とするのがより好ましい。
【0022】
Mn:2.00%以下
Mnは、オーステナイト相の安定化に有効な元素であり、耐水素ガス脆化性の向上に寄与する。しかしながら、Mnを過剰に含有させると、水素脆化感受性の高いε相の生成を助長し、却って耐水素ガス脆化性を低下させる。また、MnSが過剰に析出し、耐水素ガス脆化性が却って低下する。このため、Mn含有量は、2.00%以下とする。Mn含有量は、1.80%以下とするのが好ましく、1.60%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mn含有量は、0.50%以上とするのが好ましく、0.70%以上とするのがより好ましく、1.00%以上とするのが好ましい。
【0023】
P:0.050%以下
Pは、不純物として鋼に含有される元素であり、偏析を生じさせ、耐水素ガス脆化性を低下させる。このため、P含有量は、0.050%以下とする。P含有量は、0.045%以下とするのが好ましく、0.040%以下とするのがより好ましい。一方、Pを過剰に低減すると、製造コストの増加に繋がることから、P含有量は、0.010%以上とするのが好ましい。
【0024】
S:0.020%以下
Sは、不純物として鋼に含有される元素であり、MnSを形成し、耐水素ガス脆化性を低下させる。このため、S含有量は、0.020%以下とする。S含有量は、0.010%以下とするのが好ましく、0.005%以下とするのがより好ましい。しかしながら、S含有量を過剰に低減すると、製造コストが増加する。このため、S含有量は、0.0005%以上含有することが好ましい。
【0025】
Cr:17.0~20.0%
Crは、ステンレス鋼において一定量含有させる元素であり、耐食性を向上させる効果を有する。また、Crは、Siの最表層への濃化を促進する効果も有する。このため、Cr含有量は、17.0%以上とする。Cr含有量は、17.5%以上とするのが好ましく、18.0%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Crはフェライト形成元素である。したがって、Crを過剰に含有させると、オーステナイト相を不安定化させ、耐水素ガス脆化性を低下させる。このため、Cr含有量は、20.0%以下とする。Cr含有量は、19.5%以下とするのが好ましく、19.0%以下とするのがより好ましい。
【0026】
Ni:8.0~13.0%
Niは、Mnとともに、耐水素ガス脆化性を確保するために必要な元素である。このため、Ni含有量は、8.0%以上とする。しかしながら、過剰にNiを含有させると、製造コストが増加する。また、偏析が生じやすくなる。このため、Ni含有量は、13.0%以下とする。Ni含有量は、12.5%以下とするのが好ましく、12.0%以下とするのがより好ましく、11.5%以下とするのがさらに好ましい。
【0027】
Al:0.300%以下
Alは、有効な脱酸元素であることに加え、低融点元素の粒界偏析を抑制して、粒界を強化する効果を有する。しかしながら、Alは、フェライト形成元素である。このため、Alが過剰に含有されると、オーステナイト相が不安定化する。このため、Al含有量は、0.300%以下とする。Al含有量は、0.250%以下であるのが好ましく、0.200%以下であるのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Al含有量は、0.001%以上であるのが好ましく、0.005%以上であるのがより好ましい。
【0028】
N:0.250%以下
Nは、MnおよびNiと同様に、耐水素ガス脆化性の向上に有効な元素である。しかしながら、Nが過剰に含有されると、溶製時のブローホール等、内部欠陥が発生する場合があり、却って、耐水素ガス脆化性が低下しやすくなる。このため、N含有量は、0.250%以下とする。N含有量は、0.200%以下とするのが好ましく、0.100%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、N含有量は、0.010%以上とするのが好ましい。
【0029】
上記の元素に加えて、さらに、Nb、Ti、Mo、Cu、Co、V、W、B、Ca、Mg、Zr、Ga、Hf、およびREMから選択される1種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。各元素の限定理由について説明する。
【0030】
Nb:0~0.20%
Nbは、炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化し、粒界を強化する効果を有する。また、Nbは、母材表面に形成される酸化皮膜に固溶することで、酸化皮膜の緻密性を向上させる効果も有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Nbを過剰に含有させると、熱間圧延時の製造性および加工性が低下する。このため、Nb含有量は、0.20%以下とする。Nb含有量は、0.15%以下とするのが好ましく、0.10%以下とするのがより好ましく、0.05%以下とするのがさらに好ましい。一方、上記効果を得るためには、Nb含有量は、0.01%以上とするのが好ましく、0.05%以上とするのがより好ましい。
【0031】
Ti:0~0.20%
Tiは、炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化し、粒界を強化する効果を有する。また、Tiは、母材表面に形成される酸化皮膜に固溶することで、酸化皮膜の緻密性を向上させる効果も有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Tiを過剰に含有させると、熱間圧延時の製造性が低下する。このため、Ti含有量は、0.20%以下とする。Ti含有量は、0.15%以下とするのが好ましく、0.10%以下とするのがより好ましく、0.05%以下とするのがさらに好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ti含有量は、0.01%以上とするのが好ましく、0.05%以上とするのがより好ましい。
【0032】
なお、酸化皮膜の緻密性を向上させ、水素環境下における疲労特性をさらに改善する観点からは、Nbおよび/またはTiを含有することが好ましく、NbおよびTiの合計含有量を0.10%以上とすることが好ましい。
【0033】
Mo:0~1.00%
Moは、強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、過剰に含有させると、δフェライト相の生成を促進させ、耐水素ガス脆化性を低下させる。このため、Mo含有量は、1.00%以下とする。Mo含有量は、0.50%以下とするのが好ましく、0.25%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mo含有量は、0.05%以上とするのが好ましい。
【0034】
Cu:0~1.0%
Cuは、スクラップ等の原料から混入する元素であり、オーステナイト相の安定化に有効な元素である。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Cuは、低融点元素であり、粒界に偏析し、破壊の起点を生じやすくする。このため、Cu含有量は、1.0%以下とする。Cu含有量は、0.70%以下とするのが好ましく、0.50%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Cu含有量は、0.05%以上とするのが好ましい。
【0035】
Co:0~0.50%
Coは、耐食性を向上させ、オーステナイト相を安定化させる効果を有する。また、耐水素ガス脆化性を向上させる効果も有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Coを過剰に含有させると、靭性および加工性が低下する。このため、Co含有量は、0.50%以下とする。Co含有量は、0.40%以下とするのが好ましく、0.30%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Co含有量は、0.01%以上とするのが好ましく、0.05%以上とするのがより好ましく、0.10%以上とするのがさらに好ましい。
【0036】
V:0~0.50%
Vは、鋼中に固溶または炭窒化物として析出し、強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Vを過剰に含有させると、炭窒化物が過剰に形成し、熱間圧延時の製造性を低下させる。このため、V含有量は、0.50%以下とするのが好ましい。V含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、V含有量は、0.05%以上とするのが好ましい。
【0037】
W:0~0.50%
Wは、強度および耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Wを過剰に含有させると、製造コストが増加する。このため、W含有量は、0.50%以下とする。W含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、W含有量は、0.05%以上とするのが好ましい。
【0038】
B:0~0.0050%
Bは、粒界を強化し、強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Bを過剰に含有させてもその効果が飽和する。このため、B含有量は、0.0050%以下とする。B含有量は、0.0030%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、B含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。
【0039】
Ca:0~0.0100%
Caは、低融点元素の粒界偏析を抑制して、粒界を強化する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Caを過剰に含有させると、偏析が生じやすくなり、破壊の起点になりやすくなる。このため、Ca含有量は、0.0100%以下とする。Ca含有量は、0.0050%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ca含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。
【0040】
Mg:0~0.0100%
Mgは、低融点元素の粒界偏析を抑制して、粒界を強化する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Mgを過剰に含有させると、介在物が多量に形成し、破壊の起点になりやすくなる。このため、Mg含有量は、0.0100%以下とする。Mg含有量は、0.0050%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mg含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。
【0041】
Zr:0~0.50%
Zrは、脱酸効果を有する。また、耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Zrを過剰に含有させると、靭性および加工性が低下する。また、介在物が多量に形成し、破壊の起点になりやすくなる。このため、Zr含有量は、0.50%以下とする。Zr含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Zr含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0042】
Ga:0~0.050%
Gaは、熱間加工性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて、含有させてもよい。しかしながら、Gaを過剰に含有させると、製造性を低下させる。このため、Ga含有量は、0.050%以下とする。Ga含有量は、0.030%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ga含有量は、0.001%以上とするのが好ましい。
【0043】
Hf:0~0.10%
Hfは、強度を向上させ、耐水素ガス脆化性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて、含有させてもよい。しかしながら、Hfを過剰に含有させると、加工性が低下する。このため、Hf含有量は、0.10%以下とする。Hf含有量は、0.07%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Hf含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0044】
REM:0~0.10%
REMは、熱間加工性を向上させる効果を有する。また、耐食性を向上させる効果も有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、REMを過剰に含有させると、その効果が飽和するばかりか熱間加工性が低下する。このため、REM含有量は、0.10%以下とする。REM含有量は、0.07%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、REM含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0045】
REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、上記REM含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。REMは、工業的には、ミッシュメタルの形で添加されることが多い。
【0046】
本実施形態の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、オーステナイト系ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本実施形態に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0047】
2.酸化皮膜
上述のように、鋼中への水素の侵入を抑制するためには、Cr2O3を主体とし、かつ最表層にSiが濃化した酸化皮膜を形成することが重要である。すなわち、水素環境下における疲労特性を向上させるためには、酸化皮膜の化学組成の制御が重要となる。
【0048】
本発明において、酸化皮膜の化学組成および厚さは、グロー放電発光分光分析法(GDS)により測定する。具体的には、GDSを用いて鋼の最表面から深さ方向において、O、Fe、Cr、Mn、Ni、Mo、Nb、Ti、Si、AlおよびNの濃度変化を測定し、Oを除いたその他の元素の総量が、質量%で100%となるように換算する。
【0049】
上記の観点から、本実施形態においては、酸化皮膜の表面から1nmの深さ位置におけるSi含有量を15%以上とする。酸化皮膜の表面から1nmの深さ位置におけるSi含有量は20%以上であるのが好ましく、23%以上であるのがより好ましい。なお、後述のように、GDSによる分析では、深さ方向に0.8~1.2nmのピッチでの測定となるため、酸化皮膜の表面から、最も1.0nmに近い深さ位置における測定値を、1nmの深さ位置におけるSi含有量として採用する。
【0050】
酸化皮膜の厚さ
酸化皮膜の厚さについては特に制限はないが、より確実に水素の侵入を抑制する観点からは、酸化皮膜の厚さは3nm以上であるのが好ましく、5nm以上であるのがより好ましい。
【0051】
GDSによる分析は、表面疵が少ない領域から選んだ任意の1点において行う。測定点において、鋼の最表面から50nm深さ位置までスパッタリングしながら、0.8~1.2nmのピッチで、O、Fe、Cr、Mn、Ni、Mo、Nb、Ti、Si、AlおよびNの各元素濃度を測定する。これにより、各深さ位置における上記元素の含有量(質量%)をそれぞれ求める。この際、Oを除いたその他の元素の総量が、質量%で100%となるように換算する。また、GDSによる分析を鋼の最表面から1000nm深さ位置においても行い、同様に各元素の含有量を求める。
【0052】
次に、得られたCrの濃度プロファイルを参照し、Cr含有量が最大となる深さ位置を特定する。そして、最大となるCr含有量と最表面から1000nm深さ位置におけるCr含有量との平均値を算出する。続いて、Cr含有量が最大となる深さ位置から深さ方向(母材側)にCr含有量を確認し、Cr含有量が初めて上記平均値を下回った深さ位置を母材と酸化皮膜との境界と定義する。当該結果に基づき、酸化皮膜の厚さを求める。
【0053】
GDSの測定装置としては、例えば、堀場製作所製のGD-Profiler2の装置を用い、測定条件は35W、アルゴン圧600Pa、周波数100Hz、測定径4mmφとすることができる。
【0054】
3.厚さ
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼の厚さについては特に限定されないが、水素ガス配管の素材として用いる場合、厚さは6.0mm以下であることが好ましく、4.5mm未満であることがより好ましい。
【0055】
4.用途
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼には、オーステナイト系ステンレス鋼板またはオーステナイト系ステンレス鋼管が含まれる。また、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼は、水素環境下における疲労特性に優れているため、高圧水素ガス環境または液化水素環境で用いられるのが好ましい。例えば、水素ガス製造装置または水素ガス供給装置の部品に用いられるのが好ましい。なお、水素ガス製造装置または水素ガス供給装置の部品として、例えば、タンクの本体、口金、ライナー、バルブ、熱交換器、ディスペンサーなどの計器類等または流路に使用される配管がある。
【0056】
5.製造方法
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼の好ましい製造方法について説明する。本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼は、例えば、以下のような製造方法により、安定して製造することができる。
【0057】
上記化学組成を有するステンレス鋼を溶製し、スラブなどの鋼片を製造する。次に、鋼片を所定の温度に加熱して熱間圧延を行う(熱間圧延工程)。熱間圧延における加熱温度は、1050~1250℃の範囲とし、圧下率を40%以上とするのが好ましい。熱間圧延の際の加熱温度と圧下率を上記範囲とすることで、所望する板厚に制御しやすくなるからである。
【0058】
熱間圧延後に、必要に応じて、組織を調整するために焼鈍を行ってもよい。焼鈍条件は、特に限定されないが、例えば、焼鈍温度は、950~1150℃の範囲とするのが好ましい。また、焼鈍時間は、0.5~15minの範囲とするのが好ましい。なお、焼鈍雰囲気は、大気雰囲気とすればよい。熱間圧延後、または熱間圧延後の焼鈍を行った場合は焼鈍後、スケールを除去するため、酸洗を行う。酸洗の条件も、特に限定されず、常法に従えばよい。
【0059】
続いて、得られた熱間圧延板に対して冷間圧延を行い、冷間圧延板を得る。この際の条件は特に限定されないが、冷間圧延率は40%以上とするのが好ましい。なお、冷間圧延は、複数回行ってもよい。また、冷間圧延と冷間圧延の間に、中間焼鈍を行ってもよい。中間焼鈍を行う場合の条件は、特に、限定されないが、例えば、950~1150℃の温度範囲で、10s~10min行うのが好ましい。
【0060】
得られた冷間圧延板には、冷延板焼鈍を行う。この際の焼鈍温度は、950~1150℃の範囲とするのが好ましい。また、焼鈍時間は、5s~3minの範囲とするのが好ましい。焼鈍温度および焼鈍時間を上記範囲とすることで、再結晶を促進し、均質な組織とできるからである。なお、焼鈍後、必要に応じて、酸洗を行ってもよい。なお、この際の酸洗の条件も、特に限定されない。常法に従えばよい。
【0061】
以上により、鋼板が得られる。一方、鋼管を得たい場合には、得られた鋼板を、管状に成形し、鋼管素材とする。成形方法は、特に限定されないが、通常、種々の曲率を有するロールを用いて曲げ加工し、管状に成形する、いわゆる、ロールフォーミングを用いる。
【0062】
続いて、成形された鋼管素材の板幅方向の端部を溶接し、溶接管とする。溶接方法は、特に限定されないが、例えば、高周波電気抵抗溶接(「ERW」ともいう。)、イナートガスアーク溶接(「TIG溶接」ともいう。)、またはレーザー溶接とすればよい。その他、溶接条件は、適宜、調整すればよい。
【0063】
得られた溶接管には、さらに必要に応じて焼鈍が施された後、酸洗を行い、冷間引抜を行うことで、所定の寸法の鋼管が得られる。冷間引抜の際の条件も特に、限定されないが、例えば、肉厚減少率は20%以下とするのが好ましい。なお、冷間引抜は、複数回行ってもよい。
【0064】
以上のようにして得られた鋼板または鋼管に対して、最終焼鈍を施すことで、母材表面に酸化皮膜が形成される。また、Si酸化物が最表層に濃化したCr2O3を主体とする酸化皮膜を形成するためには、最終焼鈍における条件の制御が重要となる。
【0065】
本実施形態において、最終焼鈍では、不活性ガス雰囲気での熱処理、いわゆる、光輝焼鈍を行う。通常、光輝焼鈍では、露点をできる限り低くし、例えば、-60℃以下とするのが一般的である。しかし、本発明者らが検討を行った結果、酸化皮膜の最表層にSi酸化物を濃化させるためには、あえて露点が比較的高い水素ガス雰囲気で熱処理を行う必要があることを見出した。
【0066】
そのため、最終焼鈍時の露点は-60℃超とする。最終焼鈍時の露点は-50℃超とすることが好ましい。また、最終焼鈍時の熱処理温度は1000~1200℃とし、熱処理時間は10s~30minとすることが好ましい。さらに、熱処理時の雰囲気は、100%H2雰囲気とする。
【0067】
加えて、熱処理後の冷却速度を低く制御することも重要である。これにより、Si酸化物およびCr酸化物が生成しやすい700~900℃の温度域での滞留時間を十分に確保できるためである。そのため、熱処理後の冷却速度を20℃/s以下とする必要がある。
【0068】
以下、実施例によって本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼をより具体的に説明するが、本実施形態はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0069】
表1に示す化学組成のステンレス鋼を溶製し、スラブを製造した。その後、スラブを1050~1250℃の範囲で加熱し、熱間圧延を行った。熱間圧延後に、冷間圧延を行った後に中間焼鈍を施し、厚さ2.0mmの冷延焼鈍板を得た。続いて、得られた冷延焼鈍板に対して成形および溶接を施し、外径が22mmの溶接管を製造した。この際、溶接にはTIG溶接を用いた。
【0070】
続いて、得られた溶接管に対して、焼鈍および酸洗を行った後、冷間引抜を施すことにより、外径6.35mm、肉厚1.3mmの冷延鋼管を得た。
【0071】
その後、得られた各冷延鋼管に対して、表2に示す雰囲気において、1050℃で30min熱処理する最終焼鈍を施した。なお、表中の「焼鈍条件」の「雰囲気」の欄における「100%H2」は、100%H2雰囲気で光輝焼鈍を行ったことを意味し、「LNG」は、LNG燃焼模擬雰囲気(1%O2-72%N2-10%CO2-17%H2Oの雰囲気)での熱処理後に酸洗を行ったことを意味する。また、「熱処理」の欄において「○」を付しているのは、最終焼鈍後に、400℃の大気中で1h保持したことを意味する。
【0072】
【0073】
【0074】
酸化皮膜の化学組成および厚さの測定
得られた各オーステナイト系ステンレス鋼管について、適当な大きさで切り出した後、冷間プレスによって平滑な板形状とし、GDSによる分析を表面疵が少ない範囲から選んだ任意の1点において行った。測定点において、鋼管の最表面から50nm深さ位置までスパッタリングしながら、1nm程度のピッチで、O、Fe、Cr、Mn、Ni、Mo、Nb、Ti、Si、AlおよびNの各元素濃度を測定し、各深さ位置における上記元素の含有量(質量%)をそれぞれ求めた。この際、Oを除いたその他の元素の総量が、質量%で100%となるように換算した。また、GDSによる分析を鋼管の最表面から1000nm深さ位置においても行い、同様に各元素の含有量を求めた。そして、酸化皮膜の表面から、最も1.0nmに近い深さ位置における測定値を、1nmの深さ位置におけるSi含有量とした。
【0075】
次に、得られたCrの濃度プロファイルを参照し、Cr含有量が最大となる深さ位置を特定し、最大となるCr含有量と最表面から1000nm深さ位置におけるCr含有量との平均値を算出した。続いて、Cr含有量が最大となる深さ位置から深さ方向(母材側)にCr含有量を確認し、Cr含有量が初めて上記平均値を下回った深さ位置を母材と酸化皮膜との境界とした。当該結果に基づき、酸化皮膜の厚さを求めた。
【0076】
GDSの測定装置として、堀場製作所製のGD-Profiler2の装置を用い、測定条件は35W、アルゴン圧600Pa、周波数100Hz、測定径4mmφとした。
【0077】
水素環境下での疲労特性評価試験
水素環境下での疲労特性を評価するため、以下の試験を行った。具体的には、試験体収容チャンバに、得られた鋼管(長さ500mm)を設置した。-70℃にしたチャンバ内部で、鋼管内部のH2ガス圧力を、0MPaから10MPaまたは70MPaへ昇圧後、10MPaまたは70MPaから0MPaへ減圧するまでを1サイクルとし、水素の漏れが発生する、または管の外径が変化するまで繰り返し行った、1サイクルは、30秒、すなわち、周波数は、0.03とし、最大、10000サイクルまで行った。
【0078】
表2において、H2ガス圧力を10MPaまたは70MPaとしたそれぞれの場合において、10000サイクル後に、水素の漏れも外径の変化もなかった場合を、○と判定した。一方、10000サイクル経過前に、水素の漏れまたは管の外径に変化が発生した場合を×と判定した。結果を表2に併せて記載する。