(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025012738
(43)【公開日】2025-01-24
(54)【発明の名称】過酸化水素ガス発生装置および過酸化水素ガス発生方法
(51)【国際特許分類】
C01B 15/013 20060101AFI20250117BHJP
【FI】
C01B15/013
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023115808
(22)【出願日】2023-07-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 公開日:令和5年4月18日 集会名:第40回空気清浄とコンタミネーションコントロール研究大会
(71)【出願人】
【識別番号】000236160
【氏名又は名称】株式会社テクノ菱和
(71)【出願人】
【識別番号】504190548
【氏名又は名称】国立大学法人埼玉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100081961
【弁理士】
【氏名又は名称】木内 光春
(74)【代理人】
【識別番号】100112564
【弁理士】
【氏名又は名称】大熊 考一
(74)【代理人】
【識別番号】100163500
【弁理士】
【氏名又は名称】片桐 貞典
(74)【代理人】
【識別番号】230115598
【弁護士】
【氏名又は名称】木内 加奈子
(72)【発明者】
【氏名】安井 文男
(72)【発明者】
【氏名】武石 義人
(72)【発明者】
【氏名】菅田 大助
(72)【発明者】
【氏名】関口 和彦
(57)【要約】
【課題】より高濃度の過酸化水素ガスを供給することのできる過酸化水素ガス発生装置および過酸化水素ガス発生方法を提供する。
【解決手段】過炭酸ナトリウムと、酸性の固体酸又は塩と、の混合体と、混合体を加熱する加熱装置3と、混合体に気体を供給する気体供給手段と、を有し、加熱装置3が混合体を加熱するともに、気体供給手段を介して気体を混合体に通気する。酸性の個体酸又は塩は、水に溶解して酸性を示す個体酸又は塩である。水に溶解して酸性を示す固体酸又は塩がクエン酸である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
過炭酸ナトリウムと、酸性の固体酸又は塩と、の混合体と、
前記混合体を加熱する加熱装置と、
前記混合体に気体を供給する気体供給手段と、
を有し、
前記加熱装置が前記混合体を加熱するともに、前記気体供給手段を介して前記気体を前記混合体に通気する過酸化水素ガス発生装置。
【請求項2】
前記酸性の個体酸又は塩は、水に溶解して酸性を示す個体酸又は塩である、請求項1に記載の過酸化水素ガス発生装置。
【請求項3】
前記水に溶解して酸性を示す固体酸又は塩がクエン酸である、請求項2記載の過酸化水素ガス発生装置。
【請求項4】
前記クエン酸がクエン酸一水和物であり、
前記混合体は、前記過炭酸ナトリウムと前記クエン酸一水和物が、モル比が1対0.5~1対3となるように混合されている請求項2記載の過酸化水素ガス発生装置。
【請求項5】
前記加熱装置は、前記加熱装置の混合体加熱部分の温度が、60℃以上120℃以下となるように加熱する請求項1又は2記載の過酸化水素ガス発生装置。
【請求項6】
前記加熱装置は、前記加熱装置の混合体加熱部分の温度が、80℃以上100℃以下となるように加熱する請求項1又は2記載の過酸化水素ガス発生装置。
【請求項7】
前記混合体は粉末状の前記過炭酸ナトリウムおよび粉末状の前記クエン酸が混合されてなる請求項3記載の過酸化水素ガス発生装置。
【請求項8】
過炭酸ナトリウムと、酸性の固体酸又は塩と、の混合体を加熱し、過酸化水素ガスを発生させる加熱工程と、
前記過酸化水素ガスが対象空間に向かって流れるように、前記過酸化水素ガスに向けて前記気体を供給する気体供給工程と、を含む過酸化水素ガス発生方法。
【請求項9】
前記酸性の個体酸又は塩は、水に溶解して酸性を示す個体酸又は塩である、請求項8に記載の過酸化水素ガス発生装置。
【請求項10】
前記水に溶解して酸性を示す固体酸又は塩がクエン酸である、請求項9記載の過酸化水素ガス発生方法。
【請求項11】
前記加熱工程は、前記混合体を加熱する加熱装置の混合体加熱部分の温度が、60℃以上120℃以下となるように加熱する工程である請求項8又は9記載の過酸化水素ガス発生方法。
【請求項12】
前記加熱工程は、前記混合体を加熱する加熱装置の混合体加熱部分の温度が、80℃以上100℃以下となるように加熱する工程である請求項8又は9記載の過酸化水素ガス発生方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過酸化水素ガス発生装置および過酸化水素ガス発生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、クリーンルーム等の対象空間の殺菌では、急性毒性や発癌性など、人体への有害性が問題視されているホルムアルデヒドに代わり、過酸化水素(H2O2)ガスが用いられるようになっている。一方、過酸化水素(H2O2)ガスは、2H2O2→2H2O+O2の化学式のように分解することで最終的に酸素と水になり、有害な物質が発生しない。そのため、過酸化水素ガスは、クリーンルームをはじめとする室内や、ドラフトチャンバー、アイソレーター、RABS(Restricted Access Barrier Systems:アクセス制限バリアシステム)、安全キャビネット、バスボックス等の小空間の殺菌に使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Takeshi Wada、Nobuyoshi Koga、“Kinetics and Mechanism of the Thermal Decomposition of Sodium Percarbonate: Role of the Surface Product Layer”、THE JOURNAL OF PHYSICAL CHEMISTRY A、2013、1880-1889頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来では、過酸化水素ガスの発生には、過酸化水素水が用いられている。過酸化水素水は、通常35wt%の水溶液として市販されているため、これを殺菌に用いると過酸化水素ガスと水蒸気が発生し対象室内の湿度が上昇する。そのため、壁面等に水蒸気の結露が発生し、クリーンルーム等の構造材を腐食させるという問題があった。このような問題に対処するために、従来では、特殊なフィルタ等を用いて過酸化水素ガスから水分を取り除いたり、冷却コイルを有する除湿装置等を配置して対象空間内の除湿を行ったりしていた。そのため、システムの大型化や高額化を招いていた。
【0006】
また、過酸化水素を含む物質としては過炭酸ナトリウムが知られている。過炭酸ナトリウムは洗剤等に配合され、水溶液中では過酸化水素と炭酸ナトリウムに解離する。過炭酸ナトリウムを加熱することで、気相中において過酸化水素を脱離させることは可能である。しかし、加熱により脱離した過酸化水素は、直ちに水と酸素に分解されるため、過炭酸ナトリウムから過酸化水素ガスを得ることはできなかった。
【0007】
本発明は、上記のような問題点を解決するために提案されたものである。本発明の目的は、より高濃度の過酸化水素ガスを供給することのできる過酸化水素ガス発生装置および過酸化水素ガス発生方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者は、過炭酸ナトリウムの加熱時に生じる水膜が弱塩基性を示すことが発生する過酸化水素ガス濃度の上昇の妨げになっていると考えた。そこで水膜のpHが酸性となるような物質を混合すれば高濃度の過酸化水素ガスが得られると考え、鋭意検討を行った。その結果、酸性の固体酸又は塩を過炭酸ナトリウムに混合することで、より高濃度の過酸化水素ガスが発生するとの知見を得た。
【0009】
(1)過炭酸ナトリウムと、酸性の固体酸又は塩と、の混合体と、前記混合体を加熱する加熱装置と、前記混合体に気体を供給する気体供給手段と、を有し、前記加熱装置が前記混合体を加熱するともに、前記気体供給手段を介して前記気体を前記混合体に通気する。
【0010】
(2)前記酸性の個体酸又は塩は、水に溶解して酸性を示す個体酸又は塩であっても良い。
【0011】
(3)前記水に溶解して酸性を示す固体酸又は塩がクエン酸であっても良い。
【0012】
(4)前記クエン酸がクエン酸一水和物であり、前記混合体は、前記過炭酸ナトリウムと前記クエン酸一水和物が、モル比が1対0.5~1対3となるように混合されていても良い。
【0013】
(5)前記加熱装置は、前記加熱装置の混合体加熱部分の温度が、60℃以上120℃以下となるように前記混合体を加熱しても良い。
【0014】
(6)前記加熱装置は、前記加熱装置の混合体加熱部分の温度が、80℃以上100℃以下となるように前記混合体を加熱しても良い。
【0015】
(7)前記混合体は粉末状の前記過炭酸ナトリウムおよび粉末状の前記クエン酸が混合されていても良い。
【0016】
なお、上記の各態様は、過酸化水素ガス発生方法としても捉えることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、より高濃度の過酸化水素ガスを供給することのできる過酸化水素ガス発生装置および過酸化水素ガス発生方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明に係る過酸化水素ガス発生装置の構成例を示す図であり、(a)は過酸化水素ガス発生装置を対象空間に接続した場合、(b)は過酸化水素ガス発生装置を対象空間内に配置した場合の構成例を示す。
【
図2】第1の実施形態の過酸化水素ガス発生装置を示す構成図である。
【
図3】加熱部の構成例を示す図であり、(a)は二重管構造、(b)はフラスコ構造、(c)は筒形又は直方体構造の構成例を示す。
【
図4】過酸化水素ガスの発生工程を示すフローチャートである。
【
図5】過酸化水素ガスの測定に用いたワンパス系の実験設備の構成例である。
【
図6】過炭酸ナトリウム単独と、過炭酸ナトリウムおよびクエン酸一水和物の混合体と、をそれぞれ加熱した場合の過酸化水素ガス濃度を示すグラフである。
【
図7】通気する気体の湿度を異ならせて、過炭酸ナトリウムおよびクエン酸一水和物の混合体を加熱した場合の過酸化水素ガス濃度を示すグラフである。
【
図8】混合体における過炭酸ナトリウムおよびクエン酸一水和物のモル比を異ならせて加熱した場合の過酸化水素ガス濃度を示すグラフである。
【
図9】混合体のモル比1対2において、加熱温度を異ならせて、過炭酸ナトリウムおよびクエン酸一水和物の混合体を加熱した場合の過酸化水素ガス濃度を示すグラフである。
【
図10】第2の実施形態の過酸化水素ガス発生装置を示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[第1の実施形態]
[1.構成]
本発明の第1の実施形態に係る過酸化水素ガス発生装置Gの実施形態について図面を参照しつつ詳細に説明する。本実施形態の過酸化水素ガス発生装置Gは、
図1(a)に示す通り、対象空間Sに接続するよう構成できる。すなわち、対象空間Sの外部から、対象空間Sに過酸化水素ガスを供給するように構成されている。また、
図1(b)に示す通り、対象空間S内に過酸化水素ガス発生装置Gを配置しても良い。
図1(a)のように過酸化水素ガス発生装置Gを対象空間Sに接続する場合には、
図2に示す通り、過酸化水素ガス発生装置Gは、気体供給路A、加熱部1、過酸化水素ガス供給路Hを含む。
【0020】
(混合体)
初めに、加熱部1に配置される混合体について、詳細を説明する。後述の通り、加熱部1は、過炭酸ナトリウムを収容する容器2を含む。過炭酸ナトリウムは、固体酸又は塩が混合されている混合体として容器2に収容される。固体酸又は塩は、酸性の固体酸又は塩である。また、酸性の個体酸又は塩としては、水に溶解して酸性を示す個体酸又は塩を用いると良い。水に溶解して酸性を示す固体酸又は塩としては、クエン酸、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸水素塩、硫酸水素ナトリウム、塩素酸塩、などが挙げられる。この中でも、クエン酸は、安全性が高く安価である点で優れていると言える。クエン酸は、クエン酸一水和物などの水和物であっても、無水クエン酸であっても良い。
【0021】
混合体は、過炭酸ナトリウムと、酸性の固体酸又は塩と混合した粉末状の混合体を用いることができる。また、過炭酸ナトリウムと、酸性の固体酸又は塩と混合した後に、厚さ数mmの薄いシート状に加工して用いることができる。混合体は、過酸化水素ガス発生装置Gを使用する現場で作成して用いても良い。また、あらかじめ別の場所で作成したものを用いることもできる。別の場所で作成する場合には、容器や袋へ封入されたものを現場で開封し使用すると良い。
【0022】
酸性の固体酸又は塩を過炭酸ナトリウムと混合する理由としては、過酸化水素発生工程において、過炭酸ナトリウムの周囲の水のpHを酸性側に傾けることがある。過炭酸ナトリウムを単独で加熱して過酸化水素ガスを発生させる場合には、以下のプロセスを経ていると考えられる。
(1)加熱により過炭酸ナトリウムが、炭酸ナトリウムと過酸化水素へ分解
(2)一部の過酸化水素が水へ自己分解し、過炭酸ナトリウムの表面に水膜が形成される
(3)過炭酸ナトリウムから過酸化水素が水膜へ溶解
(3)加熱により、水分が蒸発
(4)過酸化水素ガスが発生
【0023】
発明者は、上記(2)において、水膜が弱塩基性を示すことが発生する過酸化水素ガス濃度の上昇の妨げになっていると考えた。そこで水膜のpHが酸性となるような物質を混合する方法を検討するに至った。その結果、発明者は、酸性の固体酸又は塩を過炭酸ナトリウムに混合することで、より高濃度の過酸化水素ガスを発生する手法を確立するに至った。酸性の個体酸又は塩としては、水に溶解して酸性を示す固体酸又は塩を用いることができる。
【0024】
水に溶解して酸性を示す固体酸又は塩として、例えばクエン酸一水和物を用いる場合、上記(1)において、クエン酸一水和物は、水とクエン酸となる。クエン酸には潮解性があるため、クエン酸表面に水分が吸着される。クエン酸の水への溶解度は20℃において73g/100mLであるが、混合体は加熱されているため溶解量は増加する。そして、上記(2)において、過炭酸ナトリウムの表面に形成された水膜とクエン酸表面の液膜が合一していると考えられる。合一した水膜と液膜のpHはクエン酸の影響により酸性を示すため、過酸化水素は安定して存在していると推察される。
【0025】
参考までに、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物の混合体を5%水溶液とした場合のpHを以下に示す。
モル比1:0.5 pH6.8
モル比1:1 pH5.0
モル比1:2 pH3.7
モル比1:3 pH3.3
【0026】
過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物の混合体を加熱した場合、気泡の発生が目視により確認された。この気泡から放出された気体にはCO2が含まれることが、実験により確認されている。過炭酸ナトリウム単独を加熱した場合、気泡の発生は確認されないため、具体的な反応については判明していないが、クエン酸一水和物を混合することにより、合一した過炭酸ナトリウムの水膜とクエン酸一水和物の液膜上には、過酸化水素と、CO2、H2O、およびO2が存在していると推察される。
【0027】
そして、CO2を含む気泡が発生する際に、気泡表面が膨張すると気泡内部が減圧され、過酸化水素が気体として放出していると考えられる。そのため、気泡が破裂する際に、気泡近傍の過酸化水素ガスやH2Oの放出が促進される可能性が高い。以上が、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物の混合体を加熱した場合の、過酸化水素ガス発生メカニズムの一つの推論である。ただし、共沸や塩析効果による過酸化水素ガスの放出も、過酸化水素ガスの重要な発生プロセスであると考える。
【0028】
水に溶解して酸性を示す固体酸又は塩としてクエン酸を用いる場合には、例えば、市販の粒状の過炭酸ナトリウムおよび粉末状のクエン酸を、それぞれすり潰してそれぞれ粒径およそ数十μmとした後に混合すると良い。すり潰し後の過炭酸ナトリウムおよびクエン酸を用いることで、過酸化水素ガスの発生効率が上昇する。粒状の過炭酸ナトリウムとしては、粒径が約100μm~約1.5mm程度の粒を用いることができる。なお、粒状の過炭酸ナトリウムとして、市販の試薬をそのまま用いても良い。また、粉末状の過炭酸ナトリウムとしては、粒径が約0.1μm~数百μm程度の粉末を用いることができる。
【0029】
クエン酸としてクエン酸一水和物を用いる場合には、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物のモル比は、1対0.5~1対3とすることが好ましい。すなわち、過炭酸ナトリウムを0.5gとするとクエン酸一水和物の範囲は0.3345g~2.007gとなる。モル比をこの範囲とすることで、高濃度の過酸化水素ガスの発生が確認できる。より好ましくは、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物のモル比は、1対1~1対2とすると良い。モル比をこの範囲とすることで、高濃度の過酸化水素ガスを安定的に供給できる。後述の実験結果より、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物のモル比が1対2の場合には、高濃度の過酸化水素ガスを長時間供給可能なことが明らかとなっている。よって、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物のモル比は、1対2が最適値であると考えられる。
【0030】
(気体供給路)
気体供給路Aは、加熱部1に気体を供給するダクトである。気体供給路Aは、気体の流れの上流側から、通気手段a1、逆止弁a2、流量制御機構a3、流路切替装置a4が配置されている。通気手段a1は、気体供給路Aにおける気体の流れの最上流側の端部に配置又は接続されている。気体供給路Aにおける気体の最下流側の端部には加熱部1が接続されている。
【0031】
通気手段a1は、加熱部1側に供給される気体を気体供給路Aに導入する手段である。通気手段a1としては、ファンやブロワなどの送風機やエアーポンプを用いることができる。加熱部1に気体を供給する理由の一つとしては、過炭酸ナトリウムから発生した過酸化水素ガスを、供給された気体により対象空間Sへと向けて押し出すことにある。
【0032】
なお、通気手段a1として、コンプレッサを用いることもできる。通気手段a1としてコンプレッサを用いる場合には、過酸化水素ガス発生装置Gを対象空間S内に配置する場合であったとしても、コンプレッサは対象空間Sの外部に配置し、配管を介して気体供給路Aに接続する構成とする。これは、過酸化水素ガスを含まない気体を圧縮するための構成である。このような構成とすると、対象空間S内の気体量が増すため、増えた分の対象空間S内の気体を外部に排出する必要が生じる。対象空間S内の気体は過酸化水素ガスを含むため、過酸化水素ガス分解装置により過酸化水素ガスを分解してから対象空間S外部に気体を排出するよう構成する。過酸化水素ガス分解装置には、ファンなどの通風手段が設けられていて良い。
【0033】
加熱部1に供給する気体は、絶対湿度0.176g/m3~16.0g/m3未満の気体とすることができる。0.176g/m3は、ドライヤ付コンプレッサエアーの大気圧露点を-40℃とした場合の絶対湿度である。すなわち、加熱部1に供給する気体は、水蒸気を含まない乾燥空気であっても良いし、水蒸気を含む湿潤空気であっても良い。また、気体供給路Aにおいて、室内空気の絶対湿度を増加させるために加湿装置を設けて、上記の絶対湿度となるように室内空気を加湿した加湿空気を用いても良い。
【0034】
後述の実験より、上記の絶対湿度の範囲内においては、乾燥空気、湿潤空気、加湿空気のいずれであっても、湿度の上昇を防ぎつつ、過酸化水素ガスを発生させることができる。また、湿潤空気又は加湿空気を供給した場合には、発生時間に寄与する可能性が指摘されている。
【0035】
また、通気手段a1として、必要に応じて油分除去用のオイルミストセパレータを含む構成としても良い。さらに、塵埃・菌・有機物除去用のフィルタを設置しても良い。すなわち、バイオロジカルクリーンルーム等の対象空間Sにとって必要な気体条件を満たすために、適宜ドライヤ、セパレータ、フィルタ等を通気手段a1として気体供給路Aに設けることが可能である。
【0036】
逆止弁a2は、気体供給路Aに供給された気体が逆流することを防止するためのバルブである。逆止弁a2は、気体供給路Aに供給された気体が、逆方向に流れようとすると自動的に閉弁する構造を有する。逆止弁a2には、不図示の制御装置が接続されており、この制御装置からの制御信号により、逆止弁a2の開度が調整される。制御装置は、過酸化水素ガス発生装置Gの運転終了時には、逆止弁a2を閉状態とする。
【0037】
なお、気体供給路Aには、逆止弁a2に加えて、減圧弁を配置しても良い。減圧弁は、気体供給路Aに供給された気体を減圧し、減圧後の圧力を一定に保つためのバルブである。減圧弁には、不図示の制御装置が接続されており、この制御装置からの制御信号により、減圧弁の開度が調整される。
【0038】
流量制御機構a3は、気体供給路Aに供給された気体の流量を制御する機構である。流量制御機構a3は、気体供給路Aに供給された気体の流量を測定する計測器として流量計を含んでいて良い。流量計の計測結果は、過酸化水素ガス発生装置Gの使用者が目視にて確認できるように表示することができる。気体の流量は、対象空間Sの体積、過酸化水素ガスの濃度、殺菌時間等を考慮して決定すればよい。
【0039】
流量制御機構a3は、流量計の制御装置を含むことができる。使用者が、対象空間Sの体積、過酸化水素ガスの濃度、殺菌時間を制御装置に入力すると気体の流量が自動的に決定される構成としても良い。気体供給路Aに供給される気体の流量を、流量計の値を確認した使用者が気体供給システムの流量を手動で調整可能とするように流量制御機構a3を構成しても良い。ただし、気体供給路Aにバルブを設け、制御装置によりこのバルブの開度を調整することで所望の流量となるように調整することもできる。
【0040】
流路切替装置a4は、気体供給路Aに供給された気体を、複数の流路に切り替えるためのバルブである。
図2の例では、過酸化水素ガス発生装置Gは、複数の加熱部1を備えている。そのため、流路切替装置a4は、気体供給路Aに供給された気体を、複数の加熱部1のそれぞれに供給可能となるように、流路を切り替えるよう構成される。流路切替装置a4による流路切替のタイミングは、予めプログラムする又はされた制御装置により、流路の切替を行うとともに、この流路に対応する加熱部1が加熱を行うよう構成できる。
【0041】
また、対象空間S内の過酸化水素ガスは一定時間、ある一定濃度で保持することが好ましい。よって、複数の系統がある場合は、流路切替装置a4が、所定の時間ごとに流路を切り替えて、切り替えた流路に対応する加熱部1が加熱を行うように構成すると良い。例えば、流路が複数ある場合(3つ以上)、一つずつ順番に切り替えるとともに、切り替えた流路に対応する加熱部1が加熱を行うように制御すればよい。なお、一つの加熱部1を設ける構成とした場合には、流路切替装置a4は気体供給路Aに配置しない構成とすることもできる。
【0042】
(加熱部)
加熱部1は、過炭酸ナトリウムを加熱するための構成部である。加熱部1は単数であっても良いし、
図2の例で示されているように、複数の加熱部1を気体供給路Aに接続する構成とすることもできる。
図2では、加熱部1の経路を2系統としているが、3以上あっても良い。対象空間Sの容積により殺菌に必要となる過炭酸ナトリウムおよびクエン酸の量は変化するため、対象空間Sの容積を考慮の上、必要な数量の加熱部1を備えればよい。
【0043】
加熱部1は、混合体を収容する容器2と、容器2を加熱する加熱装置3を含む。なお、加熱部1は、容器2と加熱装置3を収容する筐体を備えていても良い。
図3(a)~(c)に、加熱部1の構成例を示す。
【0044】
(容器)
容器2は、過炭酸ナトリウムと、酸性の固体酸又は塩の混合体を収容する部材である。
図3(a)の例は、二重管構造の容器2に混合体が配置される構成を図示している。
図3(b)の例は、フラスコ構造の容器2に混合体が配置される構成を図示している。
図3(c)の例は、筒型又は直方体型の容器2に混合体が配置される構成を図示している。例えば、容器2は、ガラス又は金属で形成することができる。金属としては、過酸化水素ガスに対して耐食性のある金属を用いることが好ましい。例えば、純度99.5%以上のアルミニウム、アルミニウム合金、ステンレス鋼、タンタル、ジルコニウムなどの金属で容器2を形成すると良い。
【0045】
過炭酸ナトリウムと、酸性の固体酸又は塩の混合体は、容器2の内底面上に配置される。ただし、カートリッジ等に混合体を充填して用いたり、容器2の内側面に混合体を配置したりするなど、他の配置構成を採用しても良い。
【0046】
図3(a)~(c)に示す通り、容器2には、気体供給路Aと過酸化水素ガス供給路Hが接続されている。具体的には、ガラス又は金属製の容器の開口には、チューブコネクタを介して気体供給路Aおよび過酸化水素ガス供給路Hが接続されている。気体供給路Aおよび過酸化水素ガス供給路Hは、複数の流路を有するチューブコネクタを介して、同一の開口に接続されていても良いし、容器2に複数の開口を設け、それぞれ別の開口にチューブコネクタを介して接続されていても良い。
【0047】
容器2は、過酸化水素ガス発生装置Gに対して取り外しでき、過酸化水素ガス発生後は容器2を交換可能に構成されている。また、過酸化水素ガスの発生量に応じて、加熱部1を複数設置する構成としても良い。容器2の底面積や高さは、以下に記載するように加熱装置3により加熱されたときに、容器2内の混合体が均一に加熱されるように構成すればよい。
【0048】
(加熱装置)
加熱装置3は、容器2を加熱するための装置である。過炭酸ナトリウムと、酸性の固体酸又は塩の混合体が、容器2の内底面上に配置される場合には、加熱装置3は、容器2の外底面を加熱するように設けることが好ましい。例えば、加熱装置3として、金属箔に電気を流して発熱させる薄いシート状の面状発熱体を用いて良い。容器2の外側面を加熱する必要がある場合には、加熱装置3として導体を用いることができる。容器2を加熱する導体としては、アルミ線又は銅線等、電気伝導率の高い導体を用いることが好ましい。他にも、ニクロム線、カンタル線を用いても良い。
【0049】
加熱装置3の発熱体や導体は、電源供給トランスから供給される電流によって、所望の温度に容器2を加熱できるように、容器2の抵抗を鑑みて、発熱体の加熱面積、導体の断面積や巻回する長さなどを調整しておく。なお、面状発熱体としてホットプレートを用いても良いし、水浴、油浴、砂浴などを、容器2の形状や材料に併せて用いても良い。
【0050】
加熱装置3は、不図示の制御装置が接続されて良い。制御装置からの制御信号により、容器2内の過炭酸ナトリウムが所望の温度となるように導体により容器2を加熱する。具体的には、加熱装置3の混合体加熱部分の温度を、60℃以上120℃以下として、容器2を加熱することが好ましい。加熱装置3の混合体加熱部分とは、加熱装置3において混合体に接触して混合体を加熱する部分を意味する。加熱装置3の混合体加熱部分は、直接混合体に接触していても良いし、容器2を介して混合体に接触していていも良い。例えば、加熱装置3として面状発熱体を用いる場合には、混合体と接触する面の温度を60℃以上120℃以下として、混合体を加熱すればよい。このような温度範囲で加熱装置3が過炭酸ナトリウムを加熱することで、湿度の上昇を抑制しつつ過酸化水素ガスが効率よく発生される。
【0051】
過酸化水素は炭酸ナトリウムに対する結合力が強い一方、50℃以上に加熱すると過酸化水素は脱離しながら分解する。すなわち、50℃未満では過酸化水素ガスの発生効率が低い。過炭酸ナトリウムをより高温で加熱すると、過酸化水素ガスの発生効率が向上する傾向にある。よって、加熱装置3の混合体加熱部分が60℃以上120℃以下という温度範囲となるように加熱装置3が混合体を加熱することで、過酸化水素ガスの発生が確認できる。
【0052】
より好ましくは、加熱装置3の混合体加熱部分の温度を、80℃以上100℃以下として、容器2を加熱すると良い。温度を80℃以上とすることで、過酸化水素ガスの発生が安定化する。また、温度を100℃以下とすることで、発生する過酸化水素ガスの濃度低下が防止できる。
【0053】
なお、加熱装置3は、過酸化水素ガスの発生工程において、連続して容器2を加熱しても良いし、相対水分飽和度を考慮して断続的に容器2を加熱するように構成しても良い。また、容器2の形状や材質の影響により、加熱装置3の実際の加熱温度と、容器2内の混合体の温度は異なる。そのため、加熱装置3は、加熱装置3の混合体加熱部分の温度を60℃以上120℃以下することが好ましいが、実際の装置構成に併せて加熱温度が±5度程度の誤差を含む可能性はある。
【0054】
(過酸化水素ガス供給路)
過酸化水素ガス供給路Hは、過酸化水素ガスを対象空間Sに供給するダクトである。過酸化水素ガス供給路Hの、容器2と接続されている端部と反対側の端部は、対象空間S内に設置されている。気体供給路Aを介して容器2に供給された気体は、容器2内において脱離直後の過酸化水素ガスをさらい、過酸化水素ガスとともに過酸化水素ガス供給路Hを介して対象空間Sに供給される。
【0055】
以上の構成において、容器2、加熱装置3、又は過酸化水素ガス供給路Hの近傍に温度センサを設けても良い。温度センサは制御装置に接続されており、制御装置が容器2や過酸化水素ガス供給路Hが所定の温度以上にならないように加熱装置3を制御する構成とすると良い。過酸化水素ガスの通り道となる構成を所定温度以下となるように制御することで、過酸化水素ガスが水と酸素に分解されることを防止する。
【0056】
また、過酸化水素ガス発生装置Gは、湿度センサや過酸化水素濃度センサを含む構成とすることができる。これらのセンサも制御装置に接続されており、測定した湿度と過酸化水素濃度に基づいて、制御装置が相対飽和度を計算し、相対飽和度が100%を超える可能性があると判断した場合には、加熱装置3の電源をOFFとしたり、通気手段a1を停止したりする制御を行っても良い。
【0057】
[2.過酸化水素ガス発生工程]
以上のような構成を有する過酸化水素ガス発生装置Gは、
図2に示す通り、以下の工程により過酸化水素ガスを生成する。
(1)容器2の加熱工程
(2)容器2への気体供給工程
【0058】
(加熱工程)
加熱工程では、過酸化水素ガス発生装置Gの加熱部1において、容器2を、加熱装置3により加熱する。すなわち制御装置からの制御信号により、加熱装置3は、加熱装置3の混合体加熱部分が60℃以上120℃以下となるように、容器2を加熱する。容器2を加熱することにより、容器2内に配置された、過炭酸ナトリウムと酸性の固体又は塩の混合体が加熱され、過酸化水素ガスが発生する。この加熱工程の開始とともに、気体供給工程も開始される。
【0059】
(気体供給工程)
気体供給工程では、容器2に気体を供給する。すなわち、制御装置からの制御信号により、逆止弁a2を開状態とした上で通気手段a1を稼働し、気体供給路Aに気体を供給する。気体供給路Aに供給された気体は、流量制御機構a3および流路切替装置a4介して加熱部1へと送られる。
【0060】
加熱部1へと供給された気体は、容器2を介して、過酸化水素ガス供給路H側に向かって進む。この過程で、気体は、過炭酸ナトリウムから発生した過酸化水素ガスをさらう。すなわち、過炭酸ナトリウムから発生した過酸化水素ガスは、随時気体により過酸化水素ガス供給路H側に向かって流される。
【0061】
過酸化水素ガスを含む気体は容器2の出口側に到達し、そのまま過酸化水素ガス供給路Hへと流れる。そして、過酸化水素ガスは、過酸化水素ガス供給路Hを介して対象空間Sに供給される。容器2の加熱と、容器2に対する気体の供給を、対象空間Sを殺菌するのに十分な過酸化水素ガスが供給されるように、所定の時間にわたり実施する。
【0062】
[3.実験]
以下、本実施形態の過酸化水素ガス発生装置Gにより発生される過酸化水素ガスについて検証を行った。各実験において、特に断りがない場合は、同様の実験設備および条件を用いて過酸化水素ガスの発生および測定を行った。
【0063】
(実験設備)
過酸化水素ガスの発生および測定は、
図5に示すワンパス系の実験設備を用いて行った。図中に数字で示した各設備の名称は以下の通りである。
(1)クリーンエアー
(2)流量計
(3)多孔性PTFEチューブ+超純水(調湿)
(4)ガス混合器
(5)ホットプレート
(6)過酸化水素ガスガス検知器(電気化学式)
上記の設備の内、(2)~(3)を用いて容器に供給される気体を任意の相対湿度に調整した。また、(5)のホットプレート上に容器を配置し、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物の混合体を所定の温度に加熱した。
【0064】
(クエン酸混合の効果検証)
過炭酸ナトリウムにクエン酸を混合する効果を確認するために、過炭酸ナトリウム(SPC)0.5gを単独と、過炭酸ナトリウム(SPC)0.5gとクエン酸一水和物(CA)0.669gの混合体と、をそれぞれ用いて検証した。相対湿度40%の気体を流量1L/minで容器に通気したとした。また、ホットプレートの混合体加熱部分の面の温度は120℃であった。
図6に、測定した過酸化水素ガス濃度をプロットしたグラフを示す。
【0065】
図6のグラフからも明らかな通り、過炭酸ナトリウムにクエン酸一水和物を混合することで、発生効率および濃度の双方が大幅に向上している。過炭酸ナトリウム単独の発生効率が3%であるのに対し、混合体の発生効率は35.5%であった。また、過酸化水素ガスの濃度のピークについて検討すると、過炭酸ナトリウム単独のピークが76ppmであるのに対し、混合体のピークは660ppmであった。
【0066】
(通気する気体の検証)
容器に通気する気体について、過炭酸ナトリウム(SPC)0.5gとクエン酸一水和物(CA)0.669gの混合体を用いて検証した。相対湿度0%(10ppm未満)、20%、30%、40%の気体を、それぞれ流量1L/minで容器に通気した。また、ホットプレートの混合体加熱部分の面の温度は100℃であった。
図7に、測定した過酸化水素ガス濃度をプロットしたグラフを示す。
【0067】
図7のグラフからも明らかな通り、相対湿度0~40%の気体を通気した場合、どの気体を通気したとしても、過酸化水素ガスは高濃度で発生したことが分かる。発生効率は、相対湿度0%で29.52%、相対湿度20%で29.55%、相対湿度30%で27.47%、相対湿度40%で22.53%であった。通気する気体の相対湿度で、発生効率に顕著な差が生じるとまでは言えないが、乾燥空気の発生効率が高いことが分かった。
【0068】
その一方で、通気する気体の相対湿度が上昇すると、過酸化水素ガスの発生時間が長くなることが明らかとなった。乾燥空気、湿潤空気、加湿空気のいずれであっても、過酸化水素ガスを高濃度で発生させることができるため、所望の発生時間に合わせて通気する気体の湿度を選択することが考えられる。
【0069】
(混合比率の検討)
過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物の混合比率を検討するために、モル比を異ならせて混合した過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物を用いて検証した。過炭酸ナトリウム0.5gに対して、モル比がCA/SPC=0.1、CA/SPC=0.5、CA/SPC=1、CA/SPC=2、CA/SPC=3となるようにそれぞれクエン酸一水和物を混合した。容器に通気する気体の流量は1L/minとした。また、ホットプレートの混合体加熱部分の面の温度は100℃であった。
図8に、測定した過酸化水素ガス濃度をプロットしたグラフを示す。
【0070】
図7からも明らかな通り、CA/SPC=0.1では、過酸化水素ガスのピーク濃度が30ppmと非常に低く、発生効率も1.5%であった。これは、クエン酸一水和物の混合量が少ないため、過炭酸ナトリウムの周囲の水膜のpHを十分に酸性側に傾けられていない可能性が考えられる。CA/SPC=0.5では、過酸化水素ガスのピーク濃度が576ppmと高濃度であるものの、発生時間が短めであり、発生効率は13.5%であった。測定時間40分経過以前に、クエン酸一水和物が消費されてしまったためと考えられる。
【0071】
CA/SPC=1では、過酸化水素ガスのピーク濃度が609ppmと高濃度であり、かつ発生効率は26.4%と良好な結果を示した。また、CA/SPC=2では、過酸化水素ガスのピーク濃度が622ppmと高濃度であり、発生時間が最も長く、発生効率は43.7%と最良な結果を示した。CA/SPC=3では、過酸化水素ガスのピーク濃度が624ppmと高濃度であり、かつ発生効率は23.1%と良好な結果を示した。ただし、過酸化水素ガス発生直後の濃度に若干の揺らぎが見られ、過酸化水素ガスの発生が少々不安定となっていた。
【0072】
以上の結果より、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物のモル比を1対0.5~1対3とすることで、高濃度の過酸化水素ガスの発生できることが明らかとなった。このモル比の範囲では、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物の比を変化させても、過酸化水素ガスのピーク濃度には大きな変化は見られなかった。ただし、クエン酸一水和物の量を増やすことで、過酸化水素ガスの発生時間が長期化された。
【0073】
よって、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物のモル比を1対1~1対2とすることで、高濃度の過酸化水素ガスを安定的に供給できると言える。そして、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物のモル比が1対2の場合には、高濃度の過酸化水素ガスを長時間供給可能なことが明らかとなった。
【0074】
(加熱温度の検討)
混合体の加熱温度について、過炭酸ナトリウム(SPC)0.5gとクエン酸一水和物(CA)1.338g(モル比1対2)の混合体を用いて検証した。相対湿度は40%の気体を流量1L/minで容器に通気した。また、ホットプレートの混合体加熱部分の面の温度は60℃、80℃、100℃、120℃としてそれぞれ実験を行った。
図9に、測定した過酸化水素ガス濃度をプロットしたグラフを示す。なお、ホットプレートの混合体加熱部分の面の温度を、以下では加熱温度と表現する。
【0075】
図9からも明らかな通り、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物をモル比1対2で混合した場合、加熱温度80℃、100℃、120℃において、高濃度の過酸化水素ガスが発生することが確認できた。また、加熱温度60℃では、過酸化水素ガスのピーク濃度が他と比較して半減するものの、比較的高濃度の過酸化水素ガスが長時間安定して過酸化水素ガスが供給できることが確認された。加熱温度60℃における発生効率は46.7%であった。
【0076】
加熱温度80℃では、高濃度の過酸化水素ガスが安定的に連続して発生できることが確認された。加熱温度80℃における発生効率は45.2%であった。また、加熱温度100℃では、最も高濃度の過酸化水素ガスが安定して発生していたが、加熱温度80℃と比較すると発生時間が短期化していることが分かる。加熱温度100℃における発生効率は41.5%であった。
【0077】
そして、加熱温度120℃では、高濃度の過酸化水素ガスの発生しているものの、濃度ピークおよび発生時間は加熱温度80℃と比較すると低下していることが確認された。加熱温度120℃における発生効率は37.2%であった。
【0078】
以上の結果より、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物をモル比1対2で混合した場合、加熱温度60~120℃の範囲で、高濃度の過酸化水素ガスが発生可能であることが確認できた。この中でも加熱温度80℃が最も良好な条件であった。
【0079】
以上の実験から、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物の混合比と、加熱温度によって、発生する過酸化水素ガスの濃度と発生時間に変化が生じることが明らかになった。発生濃度や発生時間は、殺菌する対象空間Sや殺菌条件を考慮の上適宜選択可能であるが、加熱装置3の混合体加熱部分の温度が、60℃以上120℃以下、より好ましくは80℃以上100℃以下となるように加熱することで、高濃度の過酸化水素ガスを発生可能であることが明らかとなった。
【0080】
[4.作用効果]
以上のような本実施形態の過酸化水素ガス発生装置Gの作用効果は、以下の通りである。
(1)過炭酸ナトリウムと、酸性の固体酸又は塩と、の混合体が収容された2容器と、容器2を加熱する加熱装置3と、容器2に接続され、容器2に気体を供給する気体供給手段と、容器2に接続され、対象空間Sに過酸化水素ガスを供給する過酸化水素ガス供給路Hと、を有し、加熱装置3が容器2を加熱するともに、気体供給手段を介して気体を容器2に通気する。
【0081】
過炭酸ナトリウムと、酸性の固体酸又は塩と、の混合体を収容した容器2を加熱することで、過炭酸ナトリウムを単独で加熱した場合と比較して、高濃度の過酸化水素ガスを長時間発生させることが可能となる。これは、上述の通り、酸性の固体酸又は塩により、過酸化水素の発生環境が酸性となることにより実現されている。また、容器2に空気を通気することで、過酸化水素ガスを効率よく取り出すことができる。以上より、より高濃度の過酸化水素ガスを安定して供給することができる。
【0082】
また、過酸化水素水溶液から過酸化水素ガスを発生した場合に比べ、低湿度の過酸化水素ガスを得ることが可能となる。具体的には、過酸化水素水から過酸化水素ガスを発生させた場合、発生直後に水分発生が多くなるが、混合体の場合は初期水分の発生を抑制することができる。過酸化水素水溶液は輸送に危険が伴うが、過炭酸ナトリウムおよび酸性の固体酸又は塩は固体で安全性が高いことからも、低コストでの輸送が可能である。
【0083】
(2)酸性の個体酸又は塩が、水に溶解して酸性を示す個体酸又は塩である。
【0084】
過酸化水素発生工程では、過炭酸ナトリウムの表面に水膜が形成される。水に溶解して酸性を示す個体酸又は塩を用いることで、より効果的に、この水膜を弱塩基性から酸性に傾けることが可能となる。よって、容器2に空気を通気することで、過酸化水素ガスを効率よく取り出すことができる。以上より、より高濃度の過酸化水素ガスを安定して供給することができる。
【0085】
(3)水に溶解して酸性を示す固体酸又は塩がクエン酸である。
【0086】
クエン酸は、安全性が高く安価である点で、優れた水に溶解して酸性を示す固体酸であると言える。過炭酸ナトリウムとクエン酸の混合体を用いることで、高濃度の過酸化水素ガスを長時間発生できることが確認されている。また、過炭酸ナトリウムとクエン酸の混合体を加熱した場合、気泡の発生が確認されている。この気泡により、過酸化水素ガスの放出が促進される可能性が高い点も、クエン酸を用いる利点の一つである。
【0087】
(4)クエン酸が、クエン酸一水和物であり、混合体は、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物が、モル比が1対0.5~1対3となるように混合されている。
【0088】
混合体において、過炭酸ナトリウムとクエン酸一水和物のモル比をこの範囲とすることで、高濃度の過酸化水素ガスの発生が確認できる。
【0089】
(5)加熱装置3は、加熱装置3の混合体加熱部分の温度が、60℃以上120℃以下となるように容器2を加熱する。
【0090】
加熱装置3の混合体加熱部分の温度を60℃以上120℃以下とすることで、湿度の上昇を抑えつつ、過酸化水素ガスの発生効率を維持して過酸化水素ガスを発生させることが可能となる。
【0091】
(6)加熱装置3は、加熱装置3の混合体加熱部分の温度が、80℃以上100℃以下となるように容器2を加熱する。
【0092】
加熱装置3の混合体加熱部分の温度を80℃以上100℃以下とすることで、より高濃度の過酸化水素ガスを比較的長時間発生させることが可能となる。
【0093】
(7)混合体は粉末状の過炭酸ナトリウムおよび粉末状のクエン酸が混合されている。
【0094】
粉末状の過炭酸ナトリウムと粉末状のクエン酸を用いることにより、より高濃度の過酸化水素ガスを得ることが可能となる。
【0095】
[その他の実施形態]
上記実施形態では、過酸化水素ガス発生装置Gは、バイオロジカルクリーンルーム等の対象空間Sにおいて、壁面および対象空間S内に設置している装置等の表面を殺菌する過酸化水素ガスを発生させるものとして記載した。ただし、過酸化水素ガス発生装置Gが発生させた過酸化水素ガスは、殺菌以外の目的で用いられても良い。例えば、上記実施形態の過酸化水素ガス発生装置Gにより発生された過酸化水素ガスは、空気清浄や脱臭、汚染物質の分解などに用いることも可能である。
【0096】
図1(b)のように過酸化水素ガス発生装置Gを対象空間S内に配置する場合には、
図10に示すように、上部に過炭酸ナトリウムと酸性の固体酸又は塩の混合体が配置された加熱装置3を、対象空間S内に配置する構成としても良い。加熱装置3には、囲い2aが、加熱装置3の周縁から立ち上がるように配置されている。囲い2aは、混合体の飛散を防止する役割を担う。このように、容器2を介さず、加熱装置3が直接混合体を加熱する構成としても良い。その場合には、飛散防止のため、混合体はシート状に加工したものを用いることが好ましい。
【0097】
また、
図1(b)に示す通り、対象空間Sに通気手段a1としてファンなどを配置して、対象空間S内の気体を撹拌し、過酸化水素ガス発生装置G側に気体を供給するように構成とすると良い。対象空間S内に過酸化水素ガス発生装置Gを設ける場合には、気体供給路Aおよび過酸化水素ガス供給路Hは、ダクトのような有体物としては構成されなくともよい。ただし、
図1(a)の例でも、通気手段a1により容器2に気体を供給しており、その流路を気体供給路Aと捉えて良い。また、容器2から発生した過酸化水素ガスが対象空間S内に充満している流路を過酸化水素ガス供給路Hとして捉えることができる。
【符号の説明】
【0098】
S:対象空間
G:過酸化水素ガス発生装置
H:過酸化水素ガス供給路
A:気体供給路
a1:通気手段
a2:逆止弁
a3:流量制御機構
a4:流路切替装置
1:加熱部
2:容器
2a:囲い
3:加熱装置