(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025012969
(43)【公開日】2025-01-24
(54)【発明の名称】5-アミノレブリン酸生産菌、その作製方法及びそれを用いた5-アミノレブリン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/21 20060101AFI20250117BHJP
C12P 13/00 20060101ALI20250117BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20250117BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12P13/00
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023116193
(22)【出願日】2023-07-14
(71)【出願人】
【識別番号】517198735
【氏名又は名称】KIYAN PHARMA株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100189131
【弁理士】
【氏名又は名称】佐伯 拓郎
(74)【代理人】
【識別番号】100182486
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 正展
(72)【発明者】
【氏名】小島 拓真
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AE01
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA01
4B064DA10
4B064DA11
4B064DA12
4B064DA20
4B065AA01X
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA16
4B065CA41
4B065CA43
4B065CA44
4B065CA47
4B065CA60
(57)【要約】 (修正有)
【課題】遺伝子組換え技術ではあるものの、最終的に作製された株に外来遺伝子を残さない技術、特にセルフクローニング技術を利用することにより、5-アミノレブリン酸高生産性の菌株であって、5-アミノレブリン酸の工業的な生産において安全性の観点から好適な菌株の作製、及び作製した菌株を用いた5-アミノレブリン酸の生産方法を提供する。
【解決手段】5-アミノレブリン酸合成酵素であるHemTをコードする遺伝子(hemT)の上流に、PrrnBプロモーターを含む発現制御領域を有するα-プロテオバクテリア網に属する光合成細菌の菌株であって、当該発現制御領域は該菌株と同種の光合成細菌に由来するものであり、かつ、hemTの発現を誘導するものであり、当該誘導が野生株と比して5-アミノレブリン酸の生産性の増大をもたらすものである、光合成細菌の菌株を作製すること、及び作製した菌株を培養することにより、前記課題が解決される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
5-アミノレブリン酸合成酵素であるHemTをコードする遺伝子(hemT)の上流に、リボソームRNAオペロンプロモーター(PrrnB)を含む発現制御領域を有するα-プロテオバクテリア網に属する光合成細菌の菌株であって、当該発現制御領域は該菌株と同種の光合成細菌に由来するものであり、かつ、hemTの発現を誘導するものであり、当該誘導が野生株と比して5-アミノレブリン酸の生産性の増大をもたらすものである、光合成細菌の菌株。
【請求項2】
請求項1に記載の菌株を培地中で培養し、菌株及び培地中に5-アミノレブリン酸を生成、蓄積させ、培養物から5-アミノレブリン酸を採取することを特徴とする、5-アミノレブリン酸の製造方法。
【請求項3】
5-アミノレブリン酸合成酵素であるHemTをコードする遺伝子(hemT)の上流に、リボソームRNAオペロンプロモーター(PrrnB)を含む発現制御領域を有するα-プロテオバクテリア網に属する光合成細菌の菌株であって、当該発現制御領域は該菌株と同種の光合成細菌に由来するものであり、かつ、hemTの発現を誘導するものであり、当該誘導が野生株と比して5-アミノレブリン酸の生産性の増大をもたらすものである、光合成細菌の菌株を作製する方法であって、PrrnBをhemTと機能的に結合させる工程を含むことを特徴とする、該菌株の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルフクローニング技術を用いたα-プロテオバクテリアのセルフクローニング株の作出、および、作出した株を用いた5-アミノレブリン酸の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
5-アミノレブリン酸(ALA)は、テトラピロール化合物(ビタミンB12、ヘム、クロロフィルなど)を生合成する色素生合成経路の代謝中間体として広く生物圈に存在し、生体内で重要な役割を果たしている化合物である。また、5-アミノレブリン酸は、除草剤、殺虫剤、植物成長調節剤、植物の光合成増強剤として優れた効果を示す天然化合物である(特許文献1、2)。さらに、5-アミノレブリン酸は、医薬品、サプリメント、化粧品、飼料、肥料などの原料として使用され、広く人々の生活を様々な面から支えている。
【0003】
5-アミノレブリン酸は、生体内で、グリシンとスクシニルCoAから5-アミノレブリン酸合成酵素によって、もしくはグルタミン酸からグルタミルtRNAを経て生合成されることが知られている(特許文献3)。
【0004】
5-アミノレブリン酸の有用性は広く知られているが、実際にそれを利用する場合のひとつの問題は、生産コストが高いことである。かねてより化学合成法が検討されてきたが、未だ十分満足できる方法が開発されていない。
【0005】
一方、微生物を用いた5-アミノレブリン酸の製造方法も検討されてきた。例えばプロピオニバクテリウム(Propionibacterium)属、メタノバクテリウム(Methanobacterium)属又はメタノサルチナ(Methanosarcina)属等を用いる方法(特許文献4)が提案されている。しかしながら、発酵による5-アミノレブリン酸の生産では生産量が不十分であり、工業的には満足できるものではなかった。
【0006】
また、光合成細菌であるロドバクター(Rhodobacter)属の細菌を用いる方法も知られており、当該方法は上記の微生物を用いる方法に比べ生産量が多いことが報告されている(特許文献5等)。さらに、ロドバクター(Rhodobacter)属の細菌を変異原処理し、5-アミノレブリン酸高生産性の菌株を選抜し、選抜された株に対してさらに変異原処理と選抜を繰り返し行うことによって、5-アミノレブリン酸がより高い変異株を取得し、これを利用する方法も行われてきた(非特許文献1、2)。
【0007】
5-アミノレブリン酸を微生物に高生産させるための別のアプローチとして、遺伝子組換え技術による微生物株の選抜又は作製が行われてきた。一例として、光合成細菌に由来する5-アミノレブリン酸合成酵素遺伝子を大腸菌に導入して形質転換体を作製すること(非特許文献3、特許文献6)や、光合成細菌に由来する5-アミノレブリン酸合成酵素遺伝子を光合成細菌に導入して形質転換体を作製すること(特許文献7)等が知られている。
【0008】
生産にかかるコストや生産性といった観点から、5-アミノレブリン酸の工業的な生産に向けて、従来は、主として(1)薬剤誘発突然変異又は(2)遺伝子組換え技術による5-アミノレブリン酸高生産性株の選択又は作製が行われてきた。しかしながら、(1)の場合、所望の高生産性株を取得するまでに複数回の変異導入及び選択を繰り返す必要があり、さらに安全性を担保するために選択した株の性状及び変異遺伝子の丁寧な解析が必要とされる。また、(2)についても、多くの場合、形質転換体が外来遺伝子を含む等の理由から、安全性を担保するために作製した株についての網羅的な性状の解析が必要と考えられている。それゆえ、いずれの場合も、工業的な生産を実現するためには相当の手間及び時間を要しており、しかもしばしば困難性を伴うものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭61-502814号公報
【特許文献2】特開平2-138201号公報
【特許文献3】特開2013-208074号公報
【特許文献4】特開平5-184376号公報
【特許文献5】特開平5-184376号公報
【特許文献6】特開2005-333907号公報
【特許文献7】特開平9-173071号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Nishikawa, S., et al. (1999) Rhodobacter sphaeroides mutants which accumulate 5-aminolevulinic acid under aerobic and dark conditions., J. Biosci. Bioeng., vol. 87, pp. 798-804.
【非特許文献2】Kamiyama et al. (2000) Production of 5-aminolevulinic acid by a mutant strain of a photosynthetic bacterium. -Monograph-, 生物工学会誌., vol. 78, no. 2, pp. 48-55.
【非特許文献3】Xie, L. et al., (2003) Appl. Microbiol. Biotechnol., vol. 63, pp. 267-273.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
5-アミノレブリン酸の工業的な生産のために薬剤誘発突然変異株や外来遺伝子を導入した形質転換体を利用する場合、前記のとおり、安全性を担保するために相当の手間やコストがかかり、かつ、しばしば困難性を伴うという問題がある。本発明は、この問題を回避ないし軽減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
そこで、本件の発明者らは、遺伝子組換え技術ではあるものの、最終的に作製された株に外来遺伝子を残さない技術、特にセルフクローニング技術を利用することにより、5-アミノレブリン酸高生産性の菌株であって、5-アミノレブリン酸の工業的な生産において安全性の観点から好適な菌株の作製を試みた。その結果、予想外にも、共に同種のゲノムに由来するものである特定の発現制御領域(プロモーター等)と5-アミノレブリン酸合成酵素遺伝子(ALAS遺伝子)とを組合せることにより、上記の問題を解決しうることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
本発明は、いくつかの側面において、下記の[1]~[20]を提供する。
【0014】
[1]5-アミノレブリン酸合成酵素であるHemTをコードする遺伝子(hemT)の上流に、リボソームRNAオペロンプロモーター(PrrnB)を含む発現制御領域を有するα-プロテオバクテリア網に属する光合成細菌の菌株であって、当該発現制御領域は該菌株と同種の光合成細菌に由来するものであり、かつ、hemTの発現を誘導するものであり、当該誘導が野生株と比して5-アミノレブリン酸の生産性の増大をもたらすものである、光合成細菌の菌株。
[2]PrrnBを含む発現制御領域が相同組換え技術により挿入されたものであり、異種由来の外来遺伝子配列を実質的に有しないものである、前記[1]の菌株。
[3]α-プロテオバクテリア網に属する光合成細菌がロドバクター(Rhodobacter)属、ロドスピリルム(Rhodospirillum)属、ロドシュードモナス(Rhodopseudomonas)属、クロマティウム(Chromatium)属、エクトチオロドスピラ(Ectothiorhodospira)属、クロロビウム(Chlorobium)属、プロステコクロリス(Prosthecochloris)属、クロロフレクサス(Chloroflexus)属、クロロネマ(Chloronema)属、又はヘリコバクテリウム(Helicobacterium)属の細菌である、前記[1]または[2]の菌株。
[4]α-プロテオバクテリア網に属する光合成細菌がロドバクター(Rhodobacter)属の細菌である、前記[1]~[3]のいずれか1の菌株。
[5]ロドバクター(Rhodobacter)属の細菌の種がロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)、ロドバクター・カプスラタス(Rhodobacter capsulatus)、ロドバクター・スルフィドフィラス(Rhodobacter sulfidophillus)、ロドバクター・アドリアティカス(Rhodobacter adriaticus)、又はロドバクター・ベルドカンピー(Rhodobacter veldkampii)である、前記[4]の菌株。
[6]hemTが以下のいずれかの塩基配列を含有するものである、前記[1]~[5]のいずれか1の菌株:
(i)配列番号1の塩基配列、
(ii)配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする塩基配列、
(iii)上記(i)又は(ii)の塩基配列と90%以上の配列同一性を有し、かつ、5-アミノレブリン酸合成酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列、及び
(iv)上記(i)又は(ii)の塩基配列に対して1~120個の塩基が欠失、置換、付加もしくは挿入された塩基配列であって、かつ、5-アミノレブリン酸合成酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列。
[7]hemTがRhodobacter sphaeroidesの2.4.1株、H2株、DSM158株、MBTLJ-20株、MBTLJ-13株、MBTLJ-8株、AB24株、AB25株、AB27株、AB29株、ATH 2.4.9(ATCC 17029)株、IFO 12203株、CH10株又はKD131株のいずれかのゲノムに由来するものであり、かつ、光合成細菌の種がRhodobacter sphaeroidesである、前記[1]~[5]のいずれか1の菌株。
[8]PrrnBが以下のいずれかの塩基配列を含有するものである、前記[1]~[7]のいずれか1の菌株:
(i)配列番号3の塩基配列、
(ii)配列番号4の塩基配列、
(iii)配列番号5の塩基配列、
(iv)配列番号5の1位~158位のいずれかの位置に5’末端を有し、188位~195位のいずれかの位置を3’末端とする塩基配列からなる、PrrnBの機能的断片であって、hemTの発現誘導活性を有する塩基配列、
(v)配列番号4又は5の塩基配列と90%以上の配列同一性を有し、かつ、hemTの発現誘導活性を有する塩基配列、及び
(vi)配列番号4又は5の塩基配列に対して1~19個の塩基が欠失、置換、もしくは付加された塩基配列であって、かつ、hemTの発現誘導活性を有する塩基配列。
[9]PrrnBがRhodobacter sphaeroidesの2.4.1株、H2株、DSM158株、MBTLJ-20株、MBTLJ-13株、MBTLJ-8株、AB24株、AB25株、AB27株、AB29株、ATH 2.4.3 (ATCC17025)株、ATH 2.4.9(ATCC 17029)株、IFO 12203株、CH10株、KD131株、又はHJ株のいずれかのゲノムに由来するものであり、光合成細菌の種がRhodobacter sphaeroidesである、前記[1]~[7]のいずれか1の菌株。
[10]挿入されたPrrnBの位置は、hemT遺伝子のコード領域上流であって、かつ、hemT遺伝子の開始コドンから上流10,000塩基以内、好ましくは1,000塩基以内、より好ましくは100塩基以内、さらに好ましくはhemT遺伝子の転写開始位置に隣接した位置である、前記[1]~「9]のいずれか1の菌株。
【0015】
[11]前記[1]~[10]のいずれか1の菌株を培地中で培養し、菌株及び培地中に5-アミノレブリン酸を生成、蓄積させ、培養物から5-アミノレブリン酸を採取することを特徴とする、5-アミノレブリン酸の製造方法。
[12]培地が液体培地であり、培養が振盪培養により行われる、前記[11]の製造方法。
[13]培養が酸素制限下の微好気条件、又は嫌気条件下で行われる、前記[10]又は[11]の製造方法。
[14]培養が好気条件下で行われる、前記[10]又は[11]の製造方法。
【0016】
[15]5-アミノレブリン酸合成酵素であるHemTをコードする遺伝子(hemT)の上流に、リボソームRNAオペロンプロモーター(PrrnB)を含む発現制御領域を有するα-プロテオバクテリア網に属する光合成細菌の菌株であって、当該発現制御領域は該菌株と同種の光合成細菌に由来するものであり、かつ、hemTの発現を誘導するものであり、当該誘導が野生株と比して5-アミノレブリン酸の生産性の増大をもたらすものである、光合成細菌の菌株を作製する方法であって、PrrnBをhemTと機能的に結合させる工程を含むことを特徴とする、該菌株の作製方法。
[16]前記[1]~[10]のいずれか1の菌株を作製する方法であって、PrrnBをhemTと機能的に結合させる工程を含むことを特徴とする、該菌株の作製方法。
【0017】
[17]5-アミノレブリン酸の高生産性の光合成細菌の菌株を作製する方法であって、前記光合成細菌の野生株に対して、当該野生株のゲノムにおける5-アミノレブリン酸合成酵素であるHemTをコードする遺伝子(hemT)の上流に、同種由来のリボソームRNAオペロンプロモーター(PrrnB)を含む発現制御領域を、相同組換え技術により挿入する工程を含むものであり、ここで、挿入されるPrrnBはhemTの発現を誘導するものであり、当該誘導が野生株と比して5-アミノレブリン酸の生産性の増大をもたらすものであり、光合成細菌はα-プロテオバクテリア網に属する種の細菌である、方法。
[18]前記[17]の方法であって、相同組換えのためのプラスミドベクターを用いる方法であり、当該プラスミドベクターはPrrnBを含む発現制御領域を含み、かつ、相同組換えの標的領域に隣接したゲノムの上流域及び下流域のそれぞれと相同な配列からなる相同領域がPrrnBを含む発現制御領域を挟んだ両側に配置されたものである、方法。
[19]相同領域の配列は、20塩基以上、100塩基以上、500塩基以上、又は1,000塩基以上の塩基配列である、前記[17]又は[18]に記載の方法。
[20]プラスミドベクター中の、2つの相同領域に挟まれた、PrrnBを含む発現制御領域を含む領域は、α-プロテオバクテリア網に属する光合成細菌の種に対して異種である生物種に由来する外来遺伝子を実質的に含まないものである、前記[17]~[19]のいずれか1に記載の方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、セルフクローニング技術により光合成細菌の菌株を作出することで、5-アミノレブリン酸合成酵素であるHemTの発現が、同種由来又は内生のリボソームRNAオペロンプロモーター(PrrnB)によって誘導されるので、異種遺伝子を用いることなく、5-アミノレブリン酸の生産性を高めることができ、ここで、作出された菌株は異種由来の核酸配列を実質的に有しない。
セルフクローニング技術で作出された本発明の菌株は、遺伝子組換えに起因する予期せぬ副作用が起こりにくいため、製薬業界、食品業界や飲料業界など、生産物に対して高い安全性が求められる業界にとっても、消費者にとっても福音となる。例えば、人間の健康と環境の保護に関する欧州規制(欧州共同体委員会総局 XI、1992 年)では、非病原性微生物の遺伝子組み換えに使用されるセルフクローニングは規制の監視から免除されるべきであると規定されているように、本発明の菌株は、規制上の取り扱いにおいて、薬剤誘発突然変異株や外来遺伝子を導入した形質転換体よりも優位性があり、5-アミノレブリン酸の工業的な生産において有利である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1は、セルフクローニング技術により光合成細菌のプロモーター挿入株を作製する手順を模式的に示したものである。より具体的には、
図1は、光合成細菌ロドバクター・スフェロイデス2.4.1株由来のrrnBプロモーター(PrrnB)又はrsp_7571プロモーター(Prsp_7571)を、同株のゲノムのhemA遺伝子の上流に、相同組換えにより挿入する手順を示す。相同組換えに用いるベクターにおいて、PrrnB又はPrsp_7571に隣接して、相同性領域としてUp(hemA遺伝子座上流のゲノム配列)及びhemAがプロモーターを挟んで両側に配置される。相同性領域の外側には、ポジティブセレクションマーカーとしてゲンタマイシン耐性遺伝子(Gm
r)、ネガティブセレクションマーカーとしてレバンスクラーゼ遺伝子(sacB)が配置されている。最終的に作製された、hemA遺伝子の上流にPrrnBが挿入された菌株をBA株、Prsp_7571が挿入された菌株を7A株と称する。
図2は、セルフクローニング技術によりプロモーターを挿入して構築した菌株における、ALAS遺伝子(hemA又はhemT)周辺のゲノム遺伝子構成を示す。(A)は、ロドバクター・スフェロイデスのゲノムにおいてhemA遺伝子が存在する第1染色体の領域の遺伝子構成を示す。(B)は、ロドバクター・スフェロイデスのゲノムにおいてhemT遺伝子が存在する第2染色体の領域の遺伝子を示す。図中、白矢印は遺伝子のコード配列を示し、黒矢印は転写開始点及び転写方向を示す。太い黒線は、挿入されたプロモーター配列(PrrnB又はPrsp_7571)を示す。WTは、ロドバクター・スフェロイデス2.4.1株(野生株)に由来するリファンピシン耐性株を示す。BAはPrrnBがhemA上流に挿入された株を示す。BATはPrrnBがhemA上流、及びhemT上流にそれぞれ挿入された株を示す。7AはPrsp_7571がhemA上流に挿入された株を示す。7ATはPrsp_7571がhemA上流、及びhemT上流にそれぞれ挿入された株を示す。BTはPrrnBがhemT上流に挿入された株を示す。7TはPrsp_7571hemT上流に挿入された株を示す。
図3は、セルフクローニング技術によりプロモーターを挿入して構築した菌株における、ALAS遺伝子(hemA又はhemT)の発現量をRT-PCR法により定量した結果を示す。上段はhemA遺伝子の発現レベルを、好気条件下のWT株における発現量を1とした相対値として示す。また、下段は、hemT遺伝子の発現レベルを、好気条件下のWT株における発現量を1とした相対値として示す。白色のバーは好気条件下で菌株を培養した場合の結果を、灰色のバーは微好気条件下で菌株を培養した場合の結果を、それぞれ示す。WT及びセルフクローニング技術により作製した6種の菌株の呼称は、
図2と同じである。
図4は、セルフクローニング技術によりプロモーターを挿入して構築した菌株における、5-アミノレブリン酸生産性の経時的な変化を示す。縦軸は5-アミノレブリン酸(ALA)濃度(mM)を、横軸は培養時間(h)を、それぞれ示す。WT及びセルフクローニング技術により作製した6種の菌株の呼称は、
図2と同じである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明のいくつかの実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0021】
本発明の一実施形態に係る光合成細菌の菌株は、5-アミノレブリン酸合成酵素であるHemTをコードする遺伝子(hemT)の上流に、リボソームRNAオペロンプロモーター(PrrnB)を含む発現制御領域が配置されたα-プロテオバクテリア網に属する光合成細菌の菌株であって、当該発現制御領域は該菌株と同種の光合成細菌に由来するものであり、かつ、hemTの発現を誘導するものであり、当該誘導が野生株と比して5-アミノレブリン酸の生産性の増大をもたらすものである。
【0022】
まず、光合成細菌について説明する。光合成細菌は、生物分類上、α-プロテオバクテリア網に属する細菌である。光合成細菌としては、光エネルギーを用いて光合成無機栄養または光合成有機栄養によって生育する細菌であれば、いずれの細菌であってもよい。例えば、ロドバクター(Rhodobacter)属、ロドスピリルム(Rhodospirillum)属、ロドシュードモナス(Rhodopseudomonas)属、クロマティウム(Chromatium)属、エクトチオロドスピラ(Ectothiorhodospira)属、クロロビウム(Chlorobium)属、プロステコクロリス(Prosthecochloris)属、クロロフレクサス(Chloroflexus)属、クロロネマ(Chloronema)属、およびヘリコバクテリウム(Helicobacterium)属に属する細菌が挙げられるが、好ましくは、ロドバクター属に属する細菌が挙げられる。
【0023】
ロドバクター属に属する細菌としては、ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)、ロドバクター・カプスラタス(Rhodobacter capsulatus)、ロドバクター・スルフィドフィラス(Rhodobacter sulfidophillus)、ロドバクター・アドリアティカス(Rhodobacter adriaticus)、ロドバクター・ベルドカンピー(Rhodobacter veldkampii)等に属する細菌があげられるが、好ましくはロドバクター・スフェロイデスに属する細菌が挙げられる。
【0024】
光合成細菌の分類体系は現在もなお流動的であり、逐次分割・再編が行われている。ロドバクター属においては、近年、一部の種がCereibacter、Fuscovulum、及びPhaeovulumの3つの新属に移行されたため、前記のロドバクター属に属する細菌のうち、ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)、及び、ロドバクター・ベルドカンピー(Rhodobacter veldkampii)は、それぞれ、Cereibacter sphaeroides、Phaeovulum veldkampiiと分類されるようになっている。しかしながら、これらの種は、ロドバクター(Rhodobacter)目に分類されることについては変更がなく、現在においてもRhodobacter属の種として広く認識されていることから、本明細書では、Cereibacter sphaeroides、及びPhaeovulum veldkampiiは、それぞれロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)、及び、ロドバクター・ベルドカンピー(Rhodobacter veldkampii)と同義であり、かつ、ロドバクター属に属する細菌の種として扱うものとする。
【0025】
次に、5-アミノレブリン酸合成酵素(ALAS)について説明する。5-アミノレブリン酸の生合成経路としては、C4経路とC5経路の2つが知られているが、光合成細菌が有するALAS(EC 2.3.1.37)はこれらのうちC4経路(Shemin経路とも言う)において、グリシンおよびスクシニル-CoAから5-アミノレブリン酸を生成する反応を触媒する酵素活性を有するものである。光合成細菌、ロドバクター属又はロドバクター・スフェロイデスであれば、基本的な遺伝子構成は実質的に同一、あるいは互いに高度に類似しているので、配列上及び/又は機能的に相同なALAS遺伝子を有していれば、何れの細菌に由来するALAS遺伝子を用いても本発明において同様の効果を得ることが可能と考えられる。
【0026】
ALASの具体的な例として、ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)のHemA及びHemTを挙げることができる。HemAとHemTは、スクシニル-CoAから5-アミノレブリン酸を生成する反応を触媒する点において共通しているが、それぞれが異なる発現制御を受けている。前者をコードするhemA遺伝子が第一染色体に座乗しており、嫌気条件下で発現誘導されるものであるのに対し、後者をコードするhemT遺伝子は第二染色体上に座乗しており、ロドバクター・スフェロイデスの2.4.1株ではサイレント遺伝子であると報告されたものである。そして、後段の実施例において詳述するとおり、これらの遺伝子の発現制御領域を、相同組換え技術により他の遺伝子の発現制御領域に置き換えたセルフクローニング株を作出して試験したところ、rrnBプロモーター(PrrnB)をhemT遺伝子の上流に配置した場合に5-アミノレブリン酸の高生産性が認められたのに対し、hemA遺伝子の上流に配置した場合には5-アミノレブリン酸の生産性向上が認められなかった。それゆえ、本発明の菌株は、PrrnBの制御下にHemTをコードする遺伝子(hemT)が配置されALASを発現する5-アミノレブリン酸の高生産性の光合成細菌の菌株である。ここで、hemT遺伝子は、好ましくは、当該光合成細菌の同種由来遺伝子又は内生遺伝子としてのhemT遺伝子である。
【0027】
次に、本発明の光合成細菌の菌株において、相同組換え技術により導入された同種のゲノム由来のrrnBプロモーター(PrrnB)で発現誘導されるhemT遺伝子について説明する。hemT遺伝子は、光合成細菌のゲノムに由来し、5-アミノレブリン酸合成酵素活性を有するポリペプチドをコードする限り、どのような配列のものであっても良いが、例えば、以下のhemT遺伝子を挙げることができる。すなわち、Rhodobacter sphaeroidesの2.4.1株、H2株、DSM158株、MBTLJ-20株、MBTLJ-13株、MBTLJ-8株、AB24株、AB25株、AB27株、AB29株、ATH 2.4.9(ATCC 17029)株、IFO 12203株、CH10株又はKD131株のいずれかのゲノムに由来するhemT遺伝子である。これらのhemT遺伝子を発現誘導する場合、セルフクローニング技術が利用されるため、本発明の菌株は、hemT遺伝子が由来する生物種と同種であるRhodobacter sphaeroidesの菌株となる。ここで、本発明の菌株は、hemT遺伝子が由来する生物種と同種であればよく、hemT遺伝子が由来する菌株と同一菌株であることは必ずしも要しない。
【0028】
hemT遺伝子の具体的な例の一つは、配列番号1の塩基配列又は配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする塩基配列を含む核酸である。ここで、配列番号1の塩基配列は、Rhodobacter sphaeroidesの2.4.1株のゲノムに含まれる、hemT遺伝子のコード領域全長に該当し、配列番号2はhemT遺伝子によってコードされるアミノ酸配列に該当する。また、配列番号1の塩基配列又は配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする塩基配列と90%以上(好ましくは92%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上)の配列同一性を有し、かつ、5-アミノレブリン酸合成酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列や、配列番号1の塩基配列又は配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする塩基配列に対して1~120個(好ましくは1~60個、より好ましくは1~40個、さらに好ましくは1~20個、最も好ましくは1~10個)の塩基が欠失、置換、付加もしくは挿入された塩基配列であって、かつ、5-アミノレブリン酸合成酵素活性を有するタンパク質をコードする塩基配列もまた、本発明において好適に用いられる。なお、配列番号1の塩基配列に対してBLAST検索を行った場合、Rhodobacter sphaeroidesのH2株、DSM158株、MBTLJ-20株、MBTLJ-13株、MBTLJ-8株、AB24株、AB25株、AB27株、AB29株、CH10株及びKD131株のいずれかのゲノムに由来するhemT遺伝子は、いずれも、91%以上の配列同一性を示す。
【0029】
次に、本発明の光合成細菌の菌株において、hemT遺伝子を発現誘導するために、相同組換え技術により当該菌株に導入される同種のゲノム由来のPrrnBについて説明する。PrrnBは、光合成細菌のゲノムのリボソームRNAオペロンプロモーター(PrrnB)に由来する核酸であり、当該PrrnBを含む発現制御領域が本発明で使用される。rrnBプロモーターを含む発現制御領域は、本発明の菌株において制御下のhemT遺伝子の発現を誘導する活性を有する限り、どのような配列のものであっても良いが、例えば、以下の株のゲノム中のPrrnBを含む発現制御領域を挙げることができる。すなわち、Rhodobacter sphaeroidesの2.4.1株、H2株、DSM158株、MBTLJ-20株、MBTLJ-13株、MBTLJ-8株、AB24株、AB25株、AB27株、AB29株、ATH 2.4.3 (ATCC17025)株、ATH 2.4.9(ATCC 17029)株、IFO 12203株、CH10株、KD131株又はHJ株のいずれかのゲノムに由来するPrrnBを含む発現制御領域である。
【0030】
PrrnBの具体的な例の一つは、配列番号4又は5の塩基配列を含む核酸である。ここで、配列番号4又は5の塩基配列は、Rhodobacter sphaeroidesの2.4.1株のゲノムに含まれる、58塩基長又は195塩基長を持つrrnBプロモーター領域又はこれを含有する核酸に該当する。また、配列番号4又は5の塩基配列と90%以上(好ましくは94%以上、より好ましくは96%以上、さらに好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上)の配列同一性を有し、かつ、hemTの発現誘導活性を有する塩基配列や、配列番号4又は5の塩基配列に対して1~19個(好ましくは1~15個、より好ましくは1~10個、さらに好ましくは1~5個、最も好ましくは1~3個)の塩基が欠失、置換、付加もしくは挿入された塩基配列であって、かつ、hemTの発現誘導活性を有する塩基配列もまた、本発明において好適に用いられる。なお、配列番号4又は5の塩基配列に対してBLAST検索を行った場合、Rhodobacter sphaeroidesのH2株、DSM158株、MBTLJ-20株、MBTLJ-13株、MBTLJ-8株、AB24株、AB25株、AB27株、AB29株、CH10株、KD131株及びHJ株のいずれかのゲノムに由来するPrrnBは、いずれも、96%又は94%以上の配列同一性を示す。
【0031】
rrnBプロモーター(PrrnB)の機能的断片もまた、hemTの発現誘導活性を有する限り、本発明において用いられる。Henry et al.(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, (2020) vol. 117, pp. 29658-29668)によれば、PrrnB内には、転写因子が認識する-35領域の6塩基長の配列(TTGCGC)、及び、RNAポリメラーゼが認識する-10領域の6塩基長の配列(TAGAAA)が存在しており、両配列を含む29塩基長の塩基配列(TTGCGCCCGGGGCCGTCTGCTCCTAGAAA;配列番号3)、又は両配列を含む58塩基長の塩基配列(TACGGAGCCCAAAAAATCCGCTTGCGCCCGGGGCCGTCTGCTCCTAGAAACCGCTTCA;配列番号4)がrrnBプロモーターの機能的断片として機能する最小単位又はプロモーター領域であると考えられ、好適なPrrnBの機能的断片である。ここで、配列番号3又は4の塩基配列は、配列番号5の塩基配列の159位~187位又は138位~195位の塩基配列に該当する。よって、配列番号3又は4の塩基配列の全体を含み、かつ、配列番号5の塩基配列の部分配列に該当する、配列番号5の1位~158位のいずれかの位置に5’末端を有し、188位~195位のいずれかを3’末端とする塩基配列、又は、配列番号3の1位~137位のいずれかの位置に5’末端を有し、194位又は195位を3’末端とする塩基配列からなる核酸もまた、本発明のPrrnBの機能的断片又はプロモーター領域として本発明において好適に用いられる。なお、配列番号4及び配列番号5の塩基配列のそれぞれにおいて、3’末端に存在するアデニン残基は、転写開始点となる。
なお、本発明において、hemTの発現誘導活性とは、文字通りhemTの発現を誘導する活性であり、必ずしも限定されないが、例えば、野生株もしくは標準株におけるhemTの発現の5倍、10倍、20倍又は30倍、特に好ましくは40倍以上の発現を誘導する活性を意味し、また、別の観点では、配列番号3、4又は5の何れかの塩基配列を有する核酸によるhemTの発現誘導活性と同等以上の活性を意味する。
【0032】
次に、rrnBプロモーター(PrrnB)又はその機能的断片の挿入位置について説明する。挿入位置は、PrrnB又はその機能的断片がプロモーターとして機能し、その下流に位置するhemT遺伝子の転写を誘導する位置であれば、その挿入位置は必ずしも限定されない。通常、hemT遺伝子のコード領域、転写開始点、又はリボソーム結合配列の上流が挿入位置とされる。挿入位置の例は、hemT遺伝子のコード領域上流であって、かつ、hemT遺伝子の開始コドンから上流10,000塩基以内、好ましくは1,000塩基以内、より好ましくは100塩基以内、さらに好ましくはhemT遺伝子の転写開始位置に隣接した位置である。ただし、hemT遺伝子の発現誘導が目的とされる以上、挿入されたPrrnB又はその機能的断片とhemT遺伝子の開始コドンとの間に転写終結配列が存在しないことが求められるため、仮にそれが存在する場合は当該転写終結配列が除去されるような配列修飾が行われる。なお、PrrnBまたはその機能的断片であるプロモーター領域を含む挿入配列には、他に、転写開始点(アデニン塩基)、リボソーム結合配列又は他の遺伝子等を適宜含むこともできる。
【0033】
本発明の一実施形態に係る光合成細菌の菌株は、セルフクローニング技術によって作出されたものであり、外来遺伝子など、異種生物由来の核酸配列を実質的に含まない。セルフクローニングでは、同じ種の生物が形質転換DNAのソースと形質転換の宿主として使用される。よって、本発明では、ある種の光合成細菌に由来するPrrnBまたはその機能的断片を含む挿入配列がソースとなり、同種の光合成細菌の宿主ゲノムに挿入される。当該挿入により、同じ種の光合成細菌に由来するPrrnB又はその機能的断片とhemT遺伝子とが機能的に連結され、セルフクローニング株においてrrnBプロモーターの発現誘導活性によりhemTが発現誘導される。セルフクローニング技術により作出した本発明の菌株のゲノムは、宿主とした光合成細菌とは異なる種の生物に由来する核酸を全く含まないか、実質的に含まないものであるが、ここで実質的に含まないとは、in vitro クローニングを容易にするために使用されるポリリンカーなど、1~30塩基程度(好ましくは20塩基以内、より好ましくは10塩基以内、さらに好ましくは6塩基以内)のごく短い配列長の異種由来核酸又は人工配列核酸に限り、その存在を許容するものである。ここで、セレクションマーカーに利用される異種由来の抗生物質耐性遺伝子などの異種由来核酸を包含させることは意図していない。
【0034】
セルフクローニングは、当業者に周知の技術(要すれば、Akada et al., (1999) J. Biosci. Bioeng., vol. 87, pp. 43-48、特開2003-144164号公報等を参照)であり、一般的な分子生物学的実験技術を組み合わせて適用することにより、当業者であれば適宜実施することができる。
【0035】
本発明の一実施態様は、5-アミノレブリン酸の高生産性の光合成細菌の菌株を作製する方法である。当該方法は、光合成細菌の野生株に対して、当該野生株のゲノムにおける5-アミノレブリン酸合成酵素であるHemTをコードする遺伝子(hemT)の上流に、リボソームRNAオペロンプロモーター(PrrnB)を含む発現制御領域を、相同組換え技術により挿入する工程を含むものであり、ここで、挿入されるPrrnBはhemTの発現を誘導するものであり、当該誘導が野生株と比して5-アミノレブリン酸の生産性の増大をもたらすものであり、光合成細菌はα-プロテオバクテア網に属する種の細菌である、方法である。
【0036】
本発明の5-アミノレブリン酸の高生産性の光合成細菌の菌株を作製する方法の一態様は、相同組換えのためのプラスミドベクターを用いる方法である。ここで、当該プラスミドベクターは、PrrnBを含む発現制御領域を含み、かつ、相同組換えの標的領域に隣接したゲノムの上流域及び下流域のそれぞれと相同な配列からなる相同領域が前記PrrnBを含む発現制御領域を挟んで両側に配置されたものである。前記相同領域は、相同組換え(ホモロガスリコンビネーション)を効率的かつ標的部位特異的に惹起できる限り、任意の配列長であって良いが、例えば20塩基以上、100塩基以上、500塩基以上、又は1,000塩基以上の配列長のものである。PrrnBを含む発現制御領域から見て、前記相同領域より外側に位置する部分は、相同組換えによって宿主に挿入されることはないので、宿主のゲノムに対して異種の核酸を含んでいても良い。当該異種の核酸の例は、ポジティブセレクションマーカー(GmR等の抗生物質耐性遺伝子)やネガティブセレクションマーカー(sacB等)である。
【0037】
本発明の別の実施態様は、本発明の光合成細菌の菌株を培地中で培養し、菌株及び培地中に5-アミノレブリン酸を生成、蓄積させ、培養物から5-アミノレブリン酸を採取することを特徴とする、5-アミノレブリン酸の製造方法である。5-アミノレブリン酸の生産を目的とした光合成細菌を培養や生産物である5-アミノレブリン酸を採取は、いずれも周知技術であり、当業者であれば公知文献を参照するなどして適宜実施することができる。5-アミノレブリン酸の生産ができる限り、培地は固体培地であっても液体培地であってもよく、また、培地成分も5-アミノレブリン酸生産に係る基質(グリシン等)を含み、かつ光合成細菌の生育に好適なものである限り、任意のものであって良い。特許文献3に記載されるように、酵母エキス等の通常の栄養成分に加えて植物蛋白質加水分解物を含有する培地を使用することもできる。本発明の5-アミノレブリン酸の製造方法の好ましい一例は、液体培地を使用し、かつ、振盪培養を行う方法である。培養における酸素条件は、5-アミノレブリン酸の生産ができる限り、好気条件、微好気条件(酸素制限条件)、嫌気条件のいずれであっても良いが、好ましくは微好気条件である。酸素は光合成細菌、特に紅色非硫黄細菌の色素合成を阻害し、更に5-アミノレブリン酸合成酵素も酸素によって不活性化されるといわれているためである。微好気条件は酸素供給を人為的に抑制することによって実現できるが、換気が十分でない環境下で継続的に振盪培養を実施する中で自ずと実現させることもできる。なお、培養において光照射を行わない場合、光合成細菌は従属栄養条件の環境に置かれることになり、その生育には酸素が必要となるので、嫌気条件は適しない。5-アミノレブリン酸の生産性を高めるために、培地成分、酸素供給状況、及び光照射量といった菌株の培養に係る環境の諸条件は、その組み合わせも含め、適宜調整することができる。
【0038】
培養温度や培地のpHは、本発明の光合成細菌の菌株が生育し、5-アミノレブリン酸を生産する限りどのような温度やpHであっても良いが、例えば、培養温度は、10~40℃、特に20~35℃が好ましく、培地のpHは3~9が好ましく、特に6~8が好ましい。なお、5-アミノレブリン酸の生産時にpHが変化する場合には、水酸化ナトリウム、アンモニア、水酸化カリウム等のアルカリ溶液や塩酸、硫酸、燐酸等の酸を用いてpHを調整することが好ましい。
【0039】
培養を通じて本発明の光合成細菌の菌株により生産された5-アミノレブリン酸は、常法により精製することができる。例えば、イオン交換法、クロマト法、抽出法等の常法によって必要に応じて分離・精製することができる。
【実施例0040】
実施例を挙げて以下に本発明を詳細に説明するが、これらは単に例示の目的で掲げられるものであって、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0041】
<材料と方法>
1.菌株、培地、培養、プラスミド、及びプライマー
ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)の菌株は、PYS培地(0.3%バクトペプトン、0.3%バクトイーストエキストラクト、2mM CaCl2 および2mM MgSO4)を増殖培地として用い、30℃のシェーカーで好気的に増殖させた。大腸菌は、ルリア・ベルタニ培地(1%バクトトリプトン、0.5%バクトイーストエキストラクト、0.5%NaCl)を増殖培地として37℃で増殖させた。
以下の実施例で使用した菌株、プラスミド及びプライマーを以下に示す。
【0042】
大腸菌
JM109; Yanisch-Perron et al., Gene (1985) vol. 33, pp. 103-119.
JM109 λ pir; JM109 lysogenized with λ pir bacteriophage; Penfold and Pemberton, Gene (1992) vol. 118, pp. 145-146.
S17-1; F-, thi, pro, hsdR, [RP4-2 Tc::Mu Km::Tn7 (Tp Sm)]; Simon et al., Bio/Technology (1983) vol. 1, pp. 784-791.
S17-1; S17-1 lysogenized with λ pir bacteriophage; De Lorenzo, et al., J. Bacteriol. (1990) vol. 172, pp. 6568-6572.
【0043】
光合成細菌Rhodobacter sphaeroides
2.4.1; 野生株; Sistrom, J. Gen. Microbiol., (1960) vol. 22, pp. 778-785.
WT; 2.4.1株由来のリファンピシン耐性株
BA; The rrnB promoter was inserted upstream of the hemA transcription start site
BT; The rrnB promoter was inserted upstream of the hemT transcription start site
BAT; The rrnB promoter was inserted upstream of both the hemA and hemT transcription start sites
7A; The rsp_7571 promoter was inserted upstream of the hemA start codon
7T; The rsp_7571 promoter was inserted upstream of the hemT start codon
7AT; The rsp_7571 promoter was inserted upstream of both the hemA start codon and hemT start codon
なお、WT, BA, BT, BAT, 7A, 7T, 及び7ATの各株は、本発明において新たに作製されたものである。
【0044】
プラスミド
pZJD29A; Suicide vector, sacB, Gmr; Swem et al., EMBO J. (2003) vol. 22, pp. 4699-4708.
pZJD29A PrrnB hemA; Sequence to insert PrrnB upstream of the hemA transcription start site on pZJD29A.
pZJD29A PrrnB hemT; Sequence to insert PrrnB upstream of the hemT transcription start site on pZJD29A.
pZJD29A Prsp_7571 hemA; Sequence to insert Prsp_7571 upstream of the hemA coding sequence on pZJD29A.
pZJD29A Prsp_7571 hemT; Sequence to insert Prsp_7571 upstream of the hemT coding sequence on pZJD29A
【0045】
プライマー(クローニング用)
MCShemAUP-F; 配列番号6upstream of hemA transcription start site
PrrnBhemAUP-R; 配列番号7; upstream of hemA transcription start site
PrrnBhemADW-F; 配列番号8; downstream of hemA transcription start site
MCShemADW-R; 配列番号9; downstream of hemA transcription start site
hemAUPPrrnB-F; 配列番号10 Promotor of rrnB
hemADWPrrnB-R; 配列番号11; Promotor of rrnB
MCShemTUP-F; 配列番号12; upstream of hemT transcription start site
PrrnBhemTUP-R; 配列番号13; upstream of hemT transcription start site
PrrnBhemTDW-F; 配列番号14; downstream of hemT transcription start site
MCShemTDW-R; 配列番号15; downstream of hemT transcription start site
hemTUPPrrnB-F; 配列番号16; Promotor of rrnB
hemTDWPrrnB-R; 配列番号17; Promotor of rrnB
MCShemAUP-F2; 配列番号18; upstream of hemA start codon
P7571hemAUP-R; 配列番号19; upstream of hemA start codon
P7571hemADW-F; 配列番号20; downstream of hemA start codon
MCShemADW-R2; 配列番号21; downstream of hemA start codon
hemAUPP7571-F; 配列番号22; Promotor of rsp_7571
hemADWP7571-R; 配列番号23; Promotor of rsp_7571
MCShemTUP-F2; 配列番号24; upstream of hemT start codon
P7571hemTDW-F; 配列番号25; upstream of hemT start codon
P7571hemTUP-R; 配列番号26; downstream of hemT start codon
MCShemTDW-R2; 配列番号27; downstream of hemT start codon
hemTUPP7571-F; 配列番号28; Promotor of rsp_7571
hemTDWP7571-R; 配列番号29; Promotor of rsp_7571
【0046】
2.定量的リアルタイムPCR
RNAはRNeasy Mini Kit (QIAGEN) を用いて対数増殖細胞から抽出した。cDNAはPrimeScript RT reagent Kit (TaKaRa bio) を用いて逆転写することによりRNAから合成した。cDNAは、TB Green Premix Ex Taq II(TaKaRa bio)を用いて、Thermal Cycler Dice Real Time System III(TaKaRa bio)を用いたリアルタイムPCRにより定量した。各cDNAサンプルはテクニカルレプリケートとして3回定量した。増幅に使用したプライマー配列を以下に示す。各サンプルのサイクル閾値(Ct)値は、2nd Derivative Maximum法により算出した。正規化ΔCtは、各細胞の内因性コントロールとしてRNAポリメラーゼのωサブユニットをコードするrpoZ遺伝子を用いて計算した。各サンプルのΔΔCtは、好気的条件下で培養したWTのΔCtをキャリブレーターとして算出した。
【0047】
定量的リアルタイムPCRに用いたプライマーを以下に示す。
rpoZqRT-F; 配列番号30; Gomelsky et al., Microbiology (2003) vol. 149, pp. 377-388.
rpoZqRT-R; 配列番号31; Gomelsky et al., Microbiology (2003) vol. 149, pp. 377-388.
hemTqRT-F; 配列番号32; 本出願で新たに設計
hemTqRT-R; 配列番号33; 本出願で新たに設計
hemAqRT-F; 配列番号34; 本出願で新たに設計
hemAqRT-F; 配列番号35; 本出願で新たに設計
【0048】
3.ALAS活性の検出
細胞の粗抽出物中のALAS活性は、Yubisuiら(Arch. Biochem. Biophys., (1972), 150, 77-85.)の方法に従って測定した。培養液を8,000 × gで5分間、4℃で遠心分離し、得られた細胞ペレットを氷冷した50 mM Tris-HCl緩衝液(pH 7.5)に懸濁した。細胞の懸濁液を超音波処理し、10,000 × gで5分間、4℃で遠心させた後、得られた上清のタンパク質濃度をBradford protein assayによって測定した。酵素溶液(95%細胞破砕液上清、20 mM Tris-HCl(pH 7.5)、0.35 mMピリドキサールリン酸)と基質溶液(0.5 Mグリシン、1 mMスクシニルCoA)を37℃で5分間保温した。酵素溶液に対し25%の容量の基質溶液を加え、酵素反応を開始した。5分後に、反応液に対して30%の容量の10%トリクロロ酢酸を加え、氷冷することで反応を停止した。
各反応液中の5-アミノレブリン酸濃度は、Mauzerallら(J. Biol. Chem., (1956), 219, 435.)の方法に従って測定した。各試料中の5-アミノレブリン酸を2M酢酸緩衝液(pH 4.6)中で100℃で15分間煮沸し、1%アセチルアセトンと反応させた。反応液に175%容量の改良Ehrlich試薬(20 g/L p-ジメチルアミノベンズアルデヒド、12%過塩素酸、60%氷酢酸)を加え、553 nmの吸光度を測定することにより生成したピロール化合物を比色定量した。
【0049】
4.5-アミノレブリン酸の発酵による生産
5-アミノレブリン酸は、Nishikawaら(J. Biosci. Bioeng., (1999), 87, 798-804.)の方法を用いてロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)の各株で生産させた。各株は、300mLバッフル付き三角フラスコ中の120 mLのGGY2培地(50 mMグルコース、L-グルタミン酸ナトリウム一水和物 3.8g/L、バクトイーストエキストラクト 2.0g/L、NaH2PO4・12H2O 1.13g/L, NaH2PO4・2H2O 1.07 g/L, (NH4)2HPO4 0.8 g/L, MgSO4・7H2O 0.2 g/L, CaCl2・2H2O 53 mg/L, MnSO4 1.2 mg/L, ニコチン酸 1.0 mg/L, チアミン塩酸塩 1.0 mg/L, ビオチン 0.01 mg/L)に前培養液を2.4 mL加え、30°C、170 rpmで48時間、暗所、好気条件下で振盪培養した。各培養液を5,000×gで5分間遠心した。湿重量1.0 gの各細胞ペレットを基質(60 mMグリシン)と代謝阻害剤(30 mMレブリン酸)を含む新しいGGY2培地20 mlに懸濁し、試験管内で30℃、150 rpm、暗所で振盪培養した。各株は、3本の独立した試験管で培養した。0, 12, 18, 24, 36, 42, 48 時間の培養後、各培養液上清中の5-アミノレブリン酸濃度を上記(ALAS 活性の検出)と同様に測定した。
【0050】
実施例1 ロドバクター・スフェロイデスのhemA又はhemT遺伝子の上流にrrnB又はrsp_7571プロモーターを挿入したセルフクローニング株の作出(
図1、
図2)
(1)
hemAの転写開始部位の上流にrrnBプロモーターを挿入するために、自殺ベクターpZJD29A PrrnB hemAを構築した。hemAの転写開始点から上流、及び下流の600 bpのDNA断片、及び、rrnBプロモーターをPCR増幅し、pZJD29Aに挿入した。同様に、pZJD29A PrrnB hemTも構築した。これらのプラスミドを大腸菌を用いてロドバクター・スフェロイデスに接合伝達し、プラスミド上の抗生物質耐性遺伝子をマーカーにしてゲノム上にプラスミドが相同組換えされた1回組換え体を得た。これらの株をスクロースプレートでセレクションすることでプラスミド由来の配列がゲノムから相同組換えにより抜け落ちた2回組換え体を得た。得られた株のゲノムを確認し、プロモーターが挿入されていることを確認した。以上よりrrnBプロモーターがhemA又はhemT又はhemAとhemTの両方の上流に挿入されたロドバクター・スフェロイデスの株を構築した。
より具体的には、rrnBの転写開始部位から195bp上流を、hemA又はhemT又はhemAとhemTの両方の転写開始部位の上流に挿入した(
図2)。ここで、PrrnB が hemA にのみ挿入された株を BA、PrrnB が hemT にのみ挿入された株を BT、PrrnB が hemA と hemT の両方に挿入された株を BAT と命名した。
なお、rrnB、hemA、及びhemTの転写開始部位は、Drydenら(J Bacteriol., (1993), 175, 6392-6402.)、 及びNeidleら(J. Bacteriol., (1993), 175, 2292-2303.)を参照した。rrnBのプロモーター(PrrnB )は、リボソームRNAオペロン(rrnA、rrnB、rrnC)のプロモーターの中で最も高い転写活性を示す構成的プロモーターとして知られている。
【0051】
(2)hemA又はhemT遺伝子の転写開始点の上流にrsp_7571プロモーターを挿入したロドバクター・スフェロイデスのセルフクローニング株を、以下の手順で作出した。
hemA開始コドンの上流にrsp_7571プロモーターを挿入するために、pZJD29A Prsp_7571 hemAを構築した。hemA開始コドンの上流と下流の2つの600bp DNA断片、及び、rsp_7571プロモーターをPCRで増幅し、pZJD29Aに挿入した。同様に、pZJD29A Prsp_7571 hemTも構築した。これらのプラスミドを用いて、rsp_7571プロモーター挿入ロドバクター・スフェロイデスの株を構築した。
より具体的には、rsp_7571の開始コドンから498 bp上流をhemAおよび/またはhemTの開始コドンの上流に挿入した(
図2)。Prsp_7571がhemAのみに挿入された株を7A、Prsp_7571がhemTのみに挿入された株を7T、Prsp_7571がhemAとhemTの両方に挿入された株を7ATと命名した。
なお、rsp_7571 (Prsp_7571 ) のプロモーターは、ロドバクター・スフェロイデス2.4.1株において高活性な構成的プロモーターであることが知られている。
【0052】
実施例2 挿入されたPrrnB およびPrsp_7571 プロモーターの機能確認
挿入されたPrrnBプロモーターが機能しているかどうかを確認するために、好気条件下及び微好気条件下で培養したWT、BA、BT、BATのhemA及びhemTのmRNA発現を定量した(
図3)。
PrrnB をhemAの上流に挿入したBAとBATでは、好気条件下でhemAのmRNAレベルがそれぞれ3.5倍と2.4倍増加した。微好気条件下では、WTのhemAの発現が誘導される為、その差は縮まったが、それでも尚、BAとBATのhemAの発現レベルはWTと比較して1.3倍に増加した(
図3上)。
PrrnB をhemTの上流に挿入したBTとBATでは、hemTの発現量は好気的条件下でそれぞれ24倍と41倍、微好気条件下でそれぞれ37倍と46倍増加した(
図3下)。これらの結果から、ALAS遺伝子のプロモーター領域にPrrnB を挿入すると、その発現が増加することが示された。
一方、hemAおよびhemTプロモーターへのPrsp_7571 の挿入による正の効果は観察されなかった。hemAおよびhemTの転写レベルは、好気的条件下および半好気的条件下で、7A、7Tおよび7ATではWTのものと比べて増加しなかった(
図3)。
以上の結果から、本発明では、rrnBプロモーターをhemT遺伝子の上流に配置したセルフクローニング株であるBT又はBAT株において良好な結果が確認された。
【0053】
実施例3 5-アミノレブリン酸の発酵による生産
5-アミノレブリン酸の基質であるグリシン及び5-アミノレブリン酸の代謝阻害剤であるレブリン酸を添加した培地を用いて構築した菌株の 5-アミノレブリン酸生産性を評価した。
菌体を生産培地に移した後、BT、WT(
図4)の培地中で5-アミノレブリン酸の蓄積量の増加(~20時間前後)と減少(20時間以降)が観察された。特に、BT培養液中の最大5-アミノレブリン酸濃度は9.2 mMであり、WT(0.78 mM)の約12倍であった。その他の株、BA、BAT 培養液中には、5-アミノレブリン酸はWTに比べて低蓄積であった(
図4)。