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特開2025-12988色素沈着を調節された皮膚モデル、皮膚モデルの製造方法、シミ色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤のスクリーニング方法、ケラチノサイト培養用の細胞外マトリクスタンパク質ゲル及びその製造方法
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  • 特開-色素沈着を調節された皮膚モデル、皮膚モデルの製造方法、シミ色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤のスクリーニング方法、ケラチノサイト培養用の細胞外マトリクスタンパク質ゲル及びその製造方法 図1
  • 特開-色素沈着を調節された皮膚モデル、皮膚モデルの製造方法、シミ色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤のスクリーニング方法、ケラチノサイト培養用の細胞外マトリクスタンパク質ゲル及びその製造方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025012988
(43)【公開日】2025-01-24
(54)【発明の名称】色素沈着を調節された皮膚モデル、皮膚モデルの製造方法、シミ色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤のスクリーニング方法、ケラチノサイト培養用の細胞外マトリクスタンパク質ゲル及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20250117BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20250117BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20250117BHJP
【FI】
C12N5/071
C12Q1/06
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023116222
(22)【出願日】2023-07-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「水媒介架橋による細胞機能発現を促す人工ECMの実現」、令和4年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「細胞に合わせたテーラーメイド型培養基材の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(71)【出願人】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】井上 大悟
(72)【発明者】
【氏名】アリフ ミーム ヌラニ
(72)【発明者】
【氏名】前野 克行
(72)【発明者】
【氏名】田口 光正
(72)【発明者】
【氏名】大山 智子
(72)【発明者】
【氏名】大山 廣太郎
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QR32
4B063QR35
4B063QS25
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4B065AA90X
4B065AB10
4B065AC14
4B065BA30
4B065CA44
4B065CA50
(57)【要約】
【課題】色素沈着を調節された皮膚モデルを提供することを目的とする。
【解決手段】メラニンの蓄積が基底膜の凹凸構造により影響されること、さらにはメラニン合成が基底膜を模した細胞外マトリクスタンパク質ゲルの硬さにより影響されることを見出し、基底膜を模した細胞外マトリクスタンパク質ゲルの硬度パラメータ及び凹凸パラメータを調整することで、色素沈着を調節された皮膚モデルを提供した。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
凹凸表面を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルと、当該ゲル上に播種されたケラチノサイトと、さらにメラノソーム又は播種されたメラノサイトとを含む、色素沈着を調節された皮膚モデル。
【請求項2】
色素沈着が、ケラチノサイトにより取り込まれたメラノソームが、核周り及び/又は細胞質及び細胞膜周辺に局在することにより調節される、請求項1に記載の皮膚モデル。
【請求項3】
前記凹凸表面を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルが、所定の凹凸パラメータを有するモールドから転写されたゲルである、請求項1に記載の皮膚モデル。
【請求項4】
前記凹凸表面を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルは、タンパク質水溶液又は物理ゲルに対して所定の凹凸パラメータを有するモールドが接した状態で、量子ビームを照射して硬化し、モールドから剥離することにより製造されたゲルである、請求項2に記載の皮膚モデル。
【請求項5】
前記色素沈着を調節された皮膚モデルが、細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸表面の凹凸パラメータ及び細胞外マトリクスタンパク質ゲルの硬度パラメータが、前記細胞を前記ゲルと培養して得られる細胞培養物における所定のメラニン分布及び/又はメラニン合成に合わせて調整される、請求項1に記載の皮膚モデル。
【請求項6】
前記細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸パラメータが、0μm以上かつ200μm以下の凹凸深さ、0μm以上かつ1500μm以下の凹凸幅となるように前記タンパク質が調製される、請求項5に記載の皮膚モデル。
【請求項7】
前記細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸パラメータが、サンドペーパーの粗さ(粒度)の番手#12以上かつ#2000以下(JIS R 6010に準拠)の表面粗さを有するモールドに対し細胞外マトリクスタンパク質ゲルを転写させた凹凸表面において達成される、請求項5に記載の皮膚モデル。
【請求項8】
色素沈着箇所と非色素沈着箇所との比較研究のための、請求項1に記載の皮膚モデル。
【請求項9】
前記細胞外マトリクスタンパク質ゲルの硬度パラメータが、静的試験法、横振動法、超音波法、レオメーター、ナノ・マイクロインデンテーション法、及びコヒーレンスエラストグラフィ(OCE)から選ばれるいずれかの手法で測定した場合に0.5kPa以上かつ200kPa以下の硬さとなるように前記タンパク質が調製される、請求項1に記載の皮膚モデル。
【請求項10】
皮膚モデルの製造方法であって、
細胞外マトリクスタンパク質ゲル調製用水溶液もしくは物理ゲルに対し、サンドペーパーの粗さ(粒度)の番手#12~#2000(JIS R 6010に準拠)の表面粗さを有するモールドを積層して積層体を取得する工程;
前記積層体に、5~50kGyの量子ビームを照射する工程;
照射後の積層体から前記モールドを除去し、凹凸表面を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルを取得する工程;
前記細胞外マトリクスタンパク質ゲルを リン酸緩衝生理食塩水(PBS)や培地等に浸漬して、37℃でインキュベートし、未架橋成分を除去する工程;
前記細胞外マトリクスタンパク質ゲル上にケラチノサイトを播種するとともに、メラノソームやメラニンを添加するか又はメラノサイトを播種する工程;
細胞を培地中で培養する工程;及び
細胞を気相に晒して培養する工程
を含む、前記製造方法。
【請求項11】
請求項10に記載の製造方法により調製された皮膚モデル。
【請求項12】
色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤のスクリーニング方法であって、
請求項1~9及び11に記載の皮膚モデルを、候補成分を含む培地中で培養する工程;
ケラチノサイトにおけるメラニン蓄積位置を特定する工程;
候補成分を含まない対照培地で培養された皮膚モデルのケラチノサイトにおけるメラニン蓄積位置と比較し、蓄積位置の変化をもたらす候補成分を色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤として選択する工程
を含む、前記スクリーニング方法。
【請求項13】
色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤のスクリーニング方法であって、
請求項1~9及び11に記載の皮膚モデルにおいて播種されたメラノサイトを、試験薬物を含む培地中で培養する工程;
メラノサイトにおけるメラニン合成指標を特定する工程;
候補成分を含まない対照培地で培養された皮膚モデルのメラノサイトにおけるメラニン合成指標と比較し、メラニン合成指標がメラニン合成の減少を示す候補成分を色素沈着予防、軽減、改善又は治療として選択する工程
を含む、前記スクリーニング方法。
【請求項14】
前記メラニン合成指標がメラニン量である、請求項13に記載のスクリーニング方法。
【請求項15】
前記メラニン合成指標が、メラニン合成関連遺伝子のタンパク質量又は発現量である、請求項13に記載のスクリーニング方法。
【請求項16】
前記メラニン合成関連遺伝子が、MLANA、PMEL、TYR、DCT及びTRP1からなる群から選択される、請求項15に記載のスクリーニング方法。
【請求項17】

前記メラニン合成指標と相関してデンドライトの数や長さが増大することでメラノサイトのメラニン生成細胞としての活性化状態を指標とする、請求項13に記載のスクリーニング方法。
【請求項18】
前記メラニン合成指標と相関してメラノサイトからメラニンをケラチノサイトへ受け渡しが増大することでメラノサイトのメラニン輸送能としての活性化状態を指標とし、メラニン輸送能の指標がMREG、及びMLPHからなるメラニン輸送関連遺伝子群のタンパク質量又は発現量である、請求項13に記載のスクリーニング方法。
【請求項19】
ケラチノサイト培養用の細胞外マトリクスタンパク質ゲルの製造方法であって、細胞外マトリクスタンパク質水溶液もしくは物理ゲルに対し、
サンドペーパーの粗さ(粒度)の番手#12以上かつ#2000以下(JIS R 6010に準拠)の表面粗さを有するモールドを積層して積層体を取得する工程;
前記積層体の細胞外マトリクスタンパク質ゲルに、5kGy以上かつ50kGy以下の量子ビームを照射する工程;
照射後の積層体から前記モールドを除去し、凹凸表面を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルを取得する工程;
を含む、前記製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、色素沈着を調節された皮膚モデル、及びその製造方法、並びにその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚の解析には細胞培養試験や動物試験が行われてきた。皮膚は複数の細胞が複雑高度な構造をとることから、細胞間の相互作用や連携などを研究するためには、細胞培養試験のみでは十分とは言えなかった。また、生きた動物を利用する動物試験は、アニマルウェルフェアの観点から問題となっており、動物を利用しない新たな研究手法として、培養皮膚モデルを用いた解析が行われている。
【0003】
皮膚の構造を模して構成された皮膚モデルは、皮膚研究の重要なツールとなっている。皮膚モデルは、皮膚の生理機能の解明、スキンケア製品の性能評価、有効成分の探索など様々な目的で使用されている。皮膚モデルにおいて表皮層を形成するためには、表皮ケラチノサイトを培養後、表皮層の角層側を気相へ暴露することにより分化誘導させて、基底層、有棘層、顆粒層、及び角層を形成させることが必要である。皮膚モデルは、ケラチノサイトの培養により形成された表皮層のみを形成させた表皮モデルと、真皮線維芽細胞の培養により形成された真皮層上にケラチノサイトを培養して表皮層を形成させた皮膚モデルとに大別される。培養皮膚モデルには、ケラチノサイトや真皮線維芽細胞とは別に、さらに表皮層又は真皮層に含まれる様々な細胞、例えばメラノサイトや、真皮下の皮下脂肪層の脂肪細胞がさらに配置されるように調製することができる(特許文献1:特開2010-193822号公報、特許文献2:特開2012-235921号公報)。さらに、培養皮膚モデルの厚さを提供するために、基底部に凹凸を形成することなどが行われている(特許文献3:国際公開第2017/222065号)。
【0004】
従来の皮膚モデルは、平板や基板上に足場となる細胞外マトリクス成分をコーティングし、その上に細胞を播種し、増殖、分化及び/又は成熟させることで調製されてきた。このようにして調製された皮膚モデルは、皮膚構造をある程度模していたが、基底膜直下の凹凸を十分に再現するには至っていなかった。これら凹凸構造は、通常規則的な凹凸の深さや間隔であり、表皮のホメオスタシスである表皮幹細胞維持や増殖、角層の正常な分化からバリア機能にいたる過程に重要であることが示唆されている(非特許文献1:Am J Physiol Cell Physiol. 2022 Dec 1;323(6):C1807-C1822、非特許文献2:Development. 2020 Nov 15;147(22):dev194100.)。
【0005】
一方、シミ部位においても上記のような凹凸構造があり乳頭層隆起(rete ridge)と呼ばれている。このシミにおける凹凸構造は通常の凹凸構造より深くかつ凹凸間隔が不規則である点がシミを特徴づける病変として知られている。さらに、基底層直下の固さも表皮細胞の基底膜における維持や細胞増殖、表皮の肥厚といった表皮のホメオスタシスに重要であるとされている。そのような基底膜直下の固さを模した皮膚モデルも構築されている(非特許文献3:J Cell Sci. 2018 May 16;131(10):jcs215780、非特許文献4:Nature Aging volume 2, pages592-600 (2022))。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010-193822号公報
【特許文献2】特開2012-235921号公報
【特許文献3】国際公開第2017/222065号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Am J Physiol Cell Physiol. 2022 Dec 1;323(6):C1807-C1822
【非特許文献2】Development. 2020 Nov 15;147(22):dev194100.
【非特許文献3】J Cell Sci. 2018 May 16;131(10):jcs215780.
【非特許文献4】Nature Aging volume 2, pages592-600 (2022)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
シミの乳頭層隆起がシミ部位におけるメラニン蓄積やメラノサイトのメラニン合成能の亢進に関与することが本発明者らにより予測されたが、その関係やメカニズムについては不明なままであった。
また、シミにおける色素沈着やメラニン生成への影響を乳頭層隆起構造とあわせて検証しかつ確立したモデルは未だ開発されていない。
シミなどの色素沈着現象における上記課題を解決するうえで、皮膚モデルにおいて基底膜直下の凹凸構造のパラメータ制御(深さ、間隔)および固さ(硬度)の両方の調節が必要になる。そこで、本発明は、凹凸深さ・間隔および硬度が調節された皮膚モデルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、シミなどの色素沈着を調節された皮膚モデルにおいては、基底膜直下の凹凸箇所を模擬する必要性があることに着想し、皮膚モデルを製造するにあたり、所定の凹凸表面及びゲル硬度を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルを用いた皮膚モデルを調製した。すると、皮膚モデルにおいて、基底膜直下を模した細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸深さおよび凹凸間隔(ピッチ)の違い(以下、凹凸の粒度とする)により、ケラチノサイトに供与されたメラノソームの分布が変化することを見出した。さらに、ゲル硬度が低いほど、メラニン合成が促進されることを見出した。
【0010】
これらの新規知見に基づいて、細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸の粒度及びゲル硬度を制御することで、メラノソームのケラチノサイト内での分布の違い及びメラニン産生量を調節し、色素沈着を調節された皮膚モデルを提供することが可能になり、本発明に至った。
そこで、本発明は以下に関する:
[1] 凹凸表面を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルと、当該ゲル上に播種されたケラチノサイトと、さらにメラノソーム又は播種されたメラノサイトとを含む、色素沈着を調節された皮膚モデル。
[2] 色素沈着が、ケラチノサイトにより取り込まれたメラノソームが、核周り及び/又は細胞質および細胞膜周辺に局在することにより調節される、項目1に記載の皮膚モデル。
[3] 前記凹凸表面を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルが、所定の凹凸パラメータを有するモールドから転写されたゲルである、項目1又は2に記載の皮膚モデル。
[4] 前記凹凸表面を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルが、タンパク質水溶液もしくは物理ゲルに対して所定の凹凸パラメータを有するモールドが接した状態でで、量子ビームを照射して硬化し、モールドから剥離することにより製造されたゲルである、項目3に記載の皮膚モデル。
[5] 前記色素沈着を調節された皮膚モデルが、細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸表面の凹凸パラメータ及び細胞外マトリクスタンパク質ゲルの硬度パラメータが、前記細胞を前記ゲルと培養して得られる細胞培養物における所定のメラニン分布及び/又はメラニン合成に合わせて調整される、項目1~4のいずれか一項に記載の皮膚モデル。
[6] 前記細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸パラメータが、0~200μmの凹凸深さ、0~1500μmの凹凸幅となるように前記タンパク質が調製される、項目5に記載の皮膚モデル。
[7] 前記細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸パラメータが、サンドペーパーの粗さ(粒度)の番手#12~#2000(JIS R 6010に準拠)の表面粗さを有するモールドに対し細胞外マトリクスタンパク質ゲルを転写させた凹凸表面において達成される、項目5に記載の皮膚モデル。
[8] 色素沈着箇所と非色素沈着箇所との比較研究のための、項目1~7のいずれか一項に記載の皮膚モデル。
[9] 前記細胞外マトリクスタンパク質ゲルの硬度パラメータが、静的試験法、横振動法、超音波法、レオメーター、ナノ・マイクロインデンテーション法、コヒーレンスエラストグラフィ(OCE)のいずれかで測定した場合に0.5kPa~200kPaとなる硬さとなるように前記タンパク質が調製される、項目1~8のいずれか一項に記載の皮膚モデル。
[10] 皮膚モデルの製造方法であって、
細胞外マトリクスタンパク質水溶液もしくは物理ゲルに対し、サンドペーパーの粗さ(粒度)の番手#12~#2000(JIS R 6010に準拠)の表面粗さを有するモールドを積層して積層体を取得する工程;
前記積層体に、5~50kGyの量子ビームを照射する工程;
照射後の積層体から前記モールドを除去し、凹凸表面を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルを取得する工程;
前記細胞外マトリクスタンパク質ゲルを リン酸緩衝生理食塩水(PBS)や培地等に浸漬して、37℃でインキュベートし、未架橋成分を除去する工程;
前記細胞外マトリクスタンパク質ゲル上にケラチノサイトを播種するとともに、メラノソームやメラニンを添加するか又はメラノサイトを播種する工程;
細胞を培地中で培養する工程;及び
細胞を気相に晒して培養する工程
を含む、前記製造方法。
[11] 項目10に記載の製造方法により調製された皮膚モデル。
[12] 色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤のスクリーニング方法であって、
項目1~9及び11に記載の皮膚モデルを、候補成分を含む培地中で培養する工程;
ケラチノサイトにおけるメラニン蓄積位置を特定する工程;
候補成分を含まない対照培地で培養された皮膚モデルのケラチノサイトにおけるメラニン蓄積位置と比較し、蓄積位置の変化をもたらす候補成分を色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤として選択する工程
を含む、前記スクリーニング方法。
[13] 色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤のスクリーニング方法であって、
項目1~9及び11に記載の皮膚モデルにおいて播種されたメラノサイトを、試験薬物を含む培地中で培養する工程;
メラノサイトにおけるメラニン合成指標を特定する工程;
候補成分を含まない対照培地で培養された皮膚モデルのメラノサイトにおけるメラニン合成指標と比較し、メラニン合成指標がメラニン合成の減少を示す候補成分を色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤として選択する工程
を含む、前記スクリーニング方法。
[14] 前記メラニン合成指標がメラニン量である、項目13に記載のスクリーング方法。
[15] 前記メラニン合成指標が、メラニン合成関連遺伝子のタンパク質量又は発現量である、項目13に記載のスクリーニング方法。
[16] 前記メラニン合成関連遺伝子が、MLANA、PMEL.TYR,DCT及びTRP1からなる群から選択される、項目17に記載のスクリーニング方法。
[17] 前記メラニン合成指標と相関してデンドライトの数や長さが増大することでメラノサイトのメラニン生成細胞としての活性化状態を指標とする、項目13に記載のスクリーニング方法。
[18]前記メラニン合成指標と相関してメラノサイトからメラニンをケラチノサイトへ受け渡しが増大することでメラノサイトのメラニン輸送能としての活性化状態を指標とし、メラニン輸送能の指標がMREG、及びMLPHからなるメラニン輸送関連遺伝子群のタンパク質量又は発現量である、項目13に記載のスクリーニング方法。
[19] ケラチノサイト培養用の細胞外マトリクスタンパク質ゲルの製造方法であって、
細胞外マトリクスタンパク質水溶液もしくは物理ゲルに対し、サンドペーパーの粗さ(粒度)の番手#12~#2000(JIS R 6010に準拠)の表面粗さを有するモールドを積層して積層体を取得する工程;
前記積層体に、5~50kGyの量子ビームを照射する工程;
照射後の積層体から前記モールドを除去し、凹凸表面を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルを取得する工程;
を含む、前記製造方法。
【発明の効果】
【0011】
所定の凹凸表面及びゲル硬度を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルを用いて皮膚モデルを調製することで、色素沈着を調節された皮膚モデルを得ることができる。また、細胞外マトリクスタンパク質ゲルのゲル硬度を調整することにより、メラニン産生量を調整することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1(A)及び(B)は、ケラチノサイトに取り込まれたメラノソームの分布を示す明視野写真である。#600の表面粗さのモールドから転写された細胞外マトリクスタンパク質ゲル(A)を用いて製造された皮膚モデルと、#280の表面粗さのモールドから転写された細胞外マトリクスタンパク質ゲル(B)を用いて製造された皮膚モデルにおいて、ケラチノサイト内外(核周辺、細胞膜周辺)におけるメラノソームの分布が異なる。図1(C)は、ケラチノサイト内外(核周辺、細胞膜周辺)のメラノソームの分布をグラフ化して示した結果を示す。
図2図2は、圧縮弾性率20kPaの細胞外マトリクスタンパク質ゲル(A)を用いて製造された皮膚モデルと、圧縮弾性率80kPaの細胞外マトリクスタンパク質ゲル(B)を用いて製造された皮膚モデルにおいて、ケラチノサイトと共培養されたメラノサイトによるメラニン産生を示す明視野写真を示す。図2(C)は、メラノソームにおけるメラニン合成関連遺伝子(MLANA及びTRP1)のタンパク質量の変化をグラフ化して示した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一の態様は、色素沈着を調節された皮膚モデル、並びに色素沈着を調節された皮膚モデルの製造方法に関する。本発明の皮膚モデルは、量子ビームによりゲル化された細胞外マトリクスタンパク質ゲル上に形成されている。本発明の別の態様は、細胞外マトリクスタンパク質ゲル化技術を用いて、皮膚モデルにおいて色素沈着を制御する方法、さらには当該制御方法に用いる細胞外マトリクスタンパク質ゲル、並びにその製造方法にも関する。なお、本明細書において、数値の下限値から数値の上限値までの数値範囲を表す記載表現として「~」を用いた説明箇所があるが、この説明箇所における数値範囲は、下限値自体及び上限値自体を含む下限値以上かつ上限値以下として特定される数値範囲である。
【0014】
[皮膚モデル]
本発明において色素沈着を調節された皮膚モデルとは、メラニンが蓄積された皮膚モデルを表す。一の例では、色素沈着を調節された皮膚モデルとは、色素沈着、例えばシミ、くすみ、そばかす、色むらを再現された皮膚モデルをいう。メラニンが蓄積された皮膚モデルとは、メラニンを含むメラノソームがケラチノサイトにより取り込まれた皮膚モデルをいい、ケラチノサイトの核周辺への分布、細胞質への分布、及びケラチノサイトの膜周辺への分布のいずれか、またはそれらすべてを含む。色素沈着を調節された皮膚モデルは、色素沈着(シミ、くすみ、色むら、及び/又はそばかす)を呈する部位(以下、色素沈着部位とする)を模擬していてもよいし、通常の皮膚色の部位(以下、非色素沈着部位とする)を模擬していてもよい。色素沈着部位を、より詳細に、シミ部位、くすみ部位、色むら部位、そばかす部位と分類することもできる。色素沈着を調節された皮膚モデルは、基底膜直下を模した凹凸表面を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルと、当該ゲル上に播種されたケラチノサイトと、さらにメラノソーム又は播種されたメラノサイトとを含む。メラノサイトは培養過程でメラニンを産生し、メラノソームとしてケラチノサイトに供与することで色素沈着をもたらす。また、添加されたメラノソームあるいは精製メラニンも同様にケラチノサイトに取り込まれる。色素沈着部位を模擬する皮膚モデル及び非色素沈着部位を模擬する皮膚モデルはそれぞれ、肌色研究(シミ・くすみ・色むら、及び/又はそばかす)に用いることができる。
【0015】
本発明の皮膚モデルは、メラニンの分布が制御されることにも特徴がある。メラニン分布は、基底膜直下を模した細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸深さを調整することにより、その分布を制御することが可能になる。さらに本発明の皮膚モデルは、メラニン合成量が制御されることに特徴がある。皮膚モデルに含まれる細胞外マトリクスタンパク質ゲルの硬さを調整することで、メラニン合成量を制御することができる。
【0016】
メラニンは、メラノサイトにより生成される褐色~黒色を呈する色素である。メラニンは、チロシンがチロシナーゼの作用を受け生成するドーパやドーパキノンを経て生成し、黒色のユーメラニンと、黄色~褐色のフェオメラニンに大別される。メラニンを含む細胞小器官であるメラノソームは、隣接するケラチノサイト、特に基底細胞や有棘細胞へと供与され、皮膚の色や、シミ、くすみ、色むら、そばかすの原因となる。ケラチノサイトに供与されたメラノソームの一部は、核の周辺に移動し、核帽(melanin cap)を形成し、紫外線からゲノムを守る働きをする。一方で、一部のメラノソームは、核の周辺に移動せず、細胞膜周囲に配置される。ケラチノサイトに供与されたメラノソーム配置を制御するメカニズムについてはいまだ明らかにされていなかった。基底膜を模した細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸深さを調節することにより、その分布を制御することが可能になる。これにより、膜近辺にメラノソームを分布するケラチノサイトの割合と、核周辺にメラノソームを分布するケラチノサイトの割合を制御することができる。これにより、皮膚モデルにおいて色素沈着を調節する方法を提供する。
【0017】
一の実施形態では、膜近辺にメラノソームを分布するケラチノサイトが優位である、皮膚モデルを提供する。膜近辺にメラノソームを分布するケラチノサイトが優位であるとは、メラノソームを含むケラチノサイトの総数と、膜近辺にメラノソームを分布するケラチノサイト数とを計数し、膜近辺にメラノソームを分布するケラチノサイトが50%以上、好ましくは60%以上、さらに好ましくは80%以上である場合をいう。このような皮膚モデルは、基底膜を模した細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸深さを、サンドペーパーの粗さ(粒度)の番手#12~#400として皮膚モデルを調製することにより達成することができる。
【0018】
さらに別の実施形態では、核周辺にメラノソームを分布するケラチノサイトが優位である、皮膚モデルを提供する。核周辺にメラノソームを分布するケラチノサイトが優位であるとは、メラノソームを含むケラチノサイトの総数と、核周辺にメラノソームを分布するケラチノサイトとを計数し、核周辺にメラノソームを分布するケラチノサイトが50%以上、好ましくは60%以上、さらに好ましくは80%以上である場合をいう。このような皮膚モデルは、基底膜を模した細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸深さを、サンドペーパーの粗さ(粒度)の番手#400~#2000として皮膚モデルを調製することにより達成することができる。
【0019】
メラノソームの分布については、市販の光学顕微鏡を用いて測定してもよく、免疫組織化学法によって染色し、蛍光顕微鏡、共焦点顕微鏡若しくは二光子レーザー顕微鏡を用いて観察して測定してもよく、電子顕微鏡を用いて観察して測定してもよく、特に限定されない。取得した画像は、画像解析の定法によりコンピュータ解析ソフトに取り込み、画像解析をすることができる。細胞や核を明らかにするために、特定のタンパク質や核酸を染色してもよい。核の近傍(例えば核から所定の距離(3μm以内、好ましくは1μm以内))にメラノソームがある場合に、核周辺にメラノソームを分布するケラチノサイトと判定することができ、細胞膜の近傍(例えば、細胞膜から所定の距離(3μm以内、好ましくは1μm以内))にメラノソームがある場合に、膜近辺にメラノソームを分布するケラチノサイトと判定することができる。
【0020】
本発明において用いられる細胞は、生体組織、特に皮膚組織を細かく刻み、コラゲナーゼ、トリプシン等のタンパク質分解酵素で処理されて得られた初代ケラチノサイトであってもよく、初代ケラチノサイトを継代操作して増殖させたケラチノサイトであってもよく、ES細胞、iPS細胞、又はMuse細胞等の多能性幹細胞、または表皮幹細胞から分化誘導して得られるケラチノサイトを用いてもよく、株化されたケラチノサイトであってもよい。好ましくは、生体組織から採取して播種した初代培養ケラチノサイト、又は該初代培養細胞をさらに継代処理して得られた継代ケラチノサイトである。生体組織から採取して得られたケラチノサイトであれば、生体と同様の性質を維持している可能性が高く、薬剤の効能、副作用を調べる試験を行ったり、基礎研究を行う上で使用する際に都合が良い。
【0021】
本発明に用いられる細胞は、ケラチノサイト以外の細胞、例えば、表皮を構成するケラチノサイト以外の細胞(メラニン細胞、ランゲルハンス細胞、メルケル細胞等)及び/又は、真皮組織に含まれる細胞(線維芽細胞、神経細胞、肥満細胞、形質細胞、血管内皮細胞、組織球、meissner小体、等)が含まれていてもよい。本発明における皮膚モデルは、表皮から構成される表皮モデルであってもよいし、真皮と表皮から構成される皮膚モデルであってもよい。
【0022】
[細胞外マトリクスタンパク質ゲル]
細胞外マトリクスタンパク質ゲルを構成するタンパク質は、コラーゲン、ラミニン、エラスチン、フィブリリン、フィブロネクチン、エンタクチン、ポリリジン、ビトロネクチン、トロンボスポンジン、テネイシン、ニドゲン、プロテオグリカン、パーレカンなどが挙げられ、これらのタンパク質の少なくとも1種を含む。基底膜直下の凹凸を再現する観点から、基底膜に含まれる、コラーゲン、ラミニン、及びエンタクチンからなる群から選ばれる少なくとも1種が用いられることが好ましい。コラーゲンとしては、任意のコラーゲンが用いられてもよいが、基底膜に多く存在するI型コラーゲン、III型コラーゲン、及びIV型コラーゲンからなる群から選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましい。一の実施形態では、細胞外マトリクスタンパク質として、ゼラチンを使用することができる。ゼラチンは、任意の動物由来であってよい。細胞外マトリクスタンパク質ゲルは、細胞培養の足場として機能する。
【0023】
細胞外マトリクスタンパク質ゲルは、その凹凸表面及びゲル硬さに基づいて特定することができる。細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸表面は、凹凸パラメータにより特定することができる。凹凸を表す任意のパラメータを使用することができる。一例として、凹凸深さ、凹凸幅(concavewidth)、凹凸表面粗さなどを用いて規定することができる。一例として、凹凸パラメータを、平均で10~100μmの凹凸深さとすることができる。皮膚生理学的に乳頭層構造あるいは乳頭層隆起再現あるいは研究する観点から、凹凸深さは、10μm以上が好ましく、20μm以上がさらに好ましい。皮膚生理学的に乳頭層構造あるいは乳頭層隆起再現あるいは研究する観点から、凹凸深さは、100μm以下が好ましく、80μm以下がさらに好ましい。凹凸深さに加えて、又は独立に凹凸幅を、平均で10~300μmの凹凸幅となるように設定することができる。皮膚生理学的に乳頭層構造あるいは乳頭層隆起再現あるいは研究する観点から、凹凸幅は、10μm以上が好ましく、20μm以上がさらに好ましい。色素沈着部位の乳頭層隆起を再現および研究する観点から、凹凸幅は、80μm以下が好ましく、60μm以下がさらに好ましい。
【0024】
本発明の1の実施形態では、凹凸面を有するモールドを転写することで細胞外マトリクスタンパク質ゲルに凹凸表面を作成することができる。鋳型に対し加工対象を調製し、加工対象を硬化した後に鋳型を除去する操作を転写という。転写元と転写先とは、実質的に同等の凹凸面パラメータを有することになる。転写元のモールドは、凹凸面を有する部材、例えばサンドペーパーを鋳型として、ポリジメチルシロキサン(PDMS)などの樹脂を転写することにより調製することができる。したがって、凹凸面を有するモールドを転写して作成された細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸面は、凹凸面を有する部材(例えばサンドペーパー)の凹凸面と同等となり、凹凸面を有する部材の凹凸面パラメータにより表すことができる。凹凸面を有する部材として、サンドペーパーを用いる場合、サンドペーパーの表面粗さは番手(#)により表すことができる。サンドペーパーの番手は、通常JISR6010研磨布紙用研磨剤の粒度に対応し、「番手(#)」の代わりに、JIS規格では「P」という単位が互換的に使用される。本発明では、転写元の型の粗さとして、#180(P180)~#1200(P1200)の粗さを用いることができる。メラノソームあるいはメラニンの分布を研究する観点から220番手以上が好ましく、240番手以上がさらに好ましく、280番手以上がさらに好ましい。メラニン生成能を研究する観点から800番手以下が好ましく600番手以下がさらに好ましい。モールドから転写された細胞外マトリクスタンパク質ゲルは、ゲル自体が、転写元のモールドの凹凸に対応する凹凸を有し、かかる凹凸を形成するためのほかの要素、例えばビーズやメッシュなどを実質的に含まない。したがって特許文献3(国際公開第2017/222065号)に開示される多孔性膜上に凸部を有する細胞培養容器の表面をコラーゲンなどでコーティングした態様とは、凸部としてビーズやメッシュを使用しない点で明確に区別される。
【0025】
細胞外マトリクスタンパク質ゲルは、その硬さで規定することも可能であり、レオメーターで測定された場合に0.5kPa~200kPaの硬さで規定することができる。凹凸表面を維持する観点から、ゲル硬さは、10kPa以上が好ましく、20kPa以上がさらに好ましい。真皮の硬さに近似させる観点から100kPa以下が好ましく80kPa以下がさらに好ましい。細胞外マトリクスタンパク質ゲルは、任意の手法で硬化することができ、一例として、タンパク質を含む水溶液に対し、所定量の量子ビームを照射することでゲル硬さを調節することができる。量子ビームとしては、特にガンマ線、電子線、陽子線、重粒子線、X線、放射光などがあげられる。量子ビームの照射量は、使用する量子ビームの種類に応じて適宜変更して用いることができる。一例として、ガンマ線を用いるときはコバルト60線源やセシウム137線源、電子線を用いるときはコッククロフト・ウォルトン型やヴァンデグラフ型電子加速器等で用いることができる。量子ビームの照射はタンデム加速器やサイクロトロン加速器等を用いることで行うことができる。
【0026】
ゲル硬さ50kPa~100kPaと設定することにより、メラニン合成量を抑制することができる。メラニン合成量を抑制する観点から、50kPa以上が好ましく、80kPa以上がさらに好ましい。細胞培養を妨げない観点から、500kPa以下がこのましく、200kPa以下がさらに好ましい。したがって、本発明の皮膚モデルは、細胞外マトリクスタンパク質ゲル硬さを50kPa~200kPa、特に50~100kPa、さらに80~100kPaであってもよい。かかる皮膚モデルでは、日焼け前の肌を模擬することができる。ゲル硬さ1kPa~40kPaと設定することにより、メラニン合成量を亢進することができる。ゲルの形状を維持する観点から、5kPa以上が好ましく、10kPa以上がさらに好ましい。メラニン合成量を促進する観点から、40kPa以下がこのましく、20kPa以下がさらに好ましい。かかる皮膚モデルは、日焼け後の肌や中~高齢の肌を模擬することができる。
【0027】
[細胞外マトリクスタンパク質ゲルの製造方法]
本発明に係る細胞外マトリクスタンパク質ゲルは、所定の凹凸パラメータ及びゲル硬度パラメータを有するように、任意の手法で製造することができる。所定の凹凸パラメータを有するために、所定の凹凸パラメータを有するモールドを細胞外マトリクスタンパク質の水溶液もしくは物理ゲルに対して転写することで製造することが好ましい。転写は所定の凹凸パラメータを有するモールドを細胞外マトリクスタンパク質の水溶液もしくは物理ゲルに張り付けたのちに硬化処理を行い、モールドを剥離することにより行われる。硬化処理としては、量子ビームの照射、重合開始剤の添加、加熱処理、及び加熱後の冷却処理などが用いられてもよい。一例として、10%の細胞外マトリクスタンパク質を含む水溶液を細胞培養ディッシュに注入し、所定の表面粗さを有するモールドを載せ、ガンマ線や電子線などの量子ビームを照射することで、化学薬品を用いずに細胞外マトリクスタンパク質を硬化・ゲル化させることができる。得られた細胞外マトリクスタンパク質ゲルからモールドを剥離することで、所定の凹凸パラメータを有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルを製造することができる。ゲルの硬度については、硬化処理を適宜調整することで調節することができる。
【0028】
[皮膚モデルの製造方法]
細胞外マトリクスタンパク質ゲルの製造方法に従って製造された細胞外マトリクスタンパク質ゲルを気相液相界面培養容器に配置して、ケラチノサイトを播種し、気相液相界面培養を行うことで製造することができる。気相液相界面培養容器とは、細胞を播種するセルカルチャーインサートを備えた細胞培養容器である。セルカルチャーインサートの底面は多孔性膜でできており、細胞培養容器に培地を入れ、セルカルチャーインサートを重ねることにより、セルカルチャーインサートに播種された細胞は、セルカルチャーインサートの底面の多孔性膜を介して培地と接触することができる。一方、セルカルチャーインサートに細胞を播種する際、セルカルチャーインサート内も培地で満たして培養が行われる。培養後にセルカルチャーインサート内の培地を除去することで、増殖した細胞の上面側が空気に触れることとなり、これにより、培養されたケラチノサイトの分化が促進されて、基底層、有棘層、顆粒層、及び角層を有する皮膚モデルを形成する。この際、細胞培養容器の培地は分化を促進する培地に置換してもよい。気相液相界面培養を3次元培養ということもある。
【0029】
本発明において、ケラチノサイトの3次元培養は、所定の凹凸パラメータ及び所定の硬度を有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルをセルカルチャーインサートに配置し、当該細胞外マトリクスタンパク質上にケラチノサイトを播種することにより行われうる。3次元培養のその他の構成は、公知の方法に従えばよい。例えば、ケラチノサイトは、5×104~5×106細胞/ウェルで播種することができる。培地としては、例えばKG培地、EpilifeKG2(クラボウ社)、Humedia-KG2(クラボウ社)、アッセイ培地(TOYOBO社)、CnT-Prime,Epithelialculturemedium(CELLnTEC社)、DMEM培地(GIBCO社)又は2-0-a-D-グルコピラノシル-L-アスコルビン酸含有KGMとDMEMを1:1混合した培地などが使用できる。播種後、5%CO2加湿雰囲気下で、約37℃で2~3日間かけてケラチノサイトを培養して増殖させる。次いで、セルカルチャーインサートの培地を除去して細胞を空気に暴露して、さらに細胞の由来元の動物の体温付近の温度、例えば33~38℃で7~14日間に培養することで、ケラチノサイトの分化を誘導し、基底層、有棘層、顆粒層、及び角層を有する皮膚モデルを得ることができる。
【0030】
皮膚モデルの製造にあたり、細胞外マトリクスタンパク質ゲルの凹凸パラメータ及び硬度パラメータを適宜選択することで、色素沈着、特にシミ、くすみ、そばかす、及び/又は色むらや皮膚色を再現した皮膚モデルを製造することもできる。したがって、本発明における皮膚モデルの製造は、さらに皮膚モデルにおける色素沈着を制御する方法ということもできる。
【0031】
[スクリーニング方法]
本発明のさらに別の態様では、本発明に係る皮膚モデルを利用した色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤のスクリーニング方法にも関する。より具体的に、当該スクリーニング方法は以下の:
本発明に係る皮膚モデルを、候補成分を含む培地中で培養する工程;
ケラチノサイトにおけるメラニン蓄積位置を特定する工程;
候補成分を含まない対照培地で培養された皮膚モデルのケラチノサイトにおけるメラニン蓄積位置と比較し、蓄積位置の変化をもたらす候補成分を色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤として選択する工程
を含む。
かかるスクリーニング方法では、使用した皮膚モデルに応じて、蓄積位置の変化をもたらす候補成分の作用を決定することができる。ケラチノサイトにおけるメラニン蓄積位置は、候補成分を含まない点でのみ異なる培養ケラチノサイトにおける蓄積位置を使用することができる。対照群は、予め実験が行われて、蓄積位置が記録されていてもよい。
【0032】
かかるスクリーニング方法で用いる皮膚モデルは、メラニン蓄積位置の変化を捉えるために、皮膚モデル中の細胞外マトリクスタンパク質ゲルのゲル硬度及び凹凸パラメータを適宜調節することが好ましい。深い凹凸の細胞外マトリクスタンパク質ゲルが使用された皮膚モデルは、シミ部位の皮膚に相当する。シミ部位の皮膚は、深い凹凸の基底膜を有し、かかる皮膚モデルではケラチノサイトに取り込まれたメラノソームは、核周辺に蓄積される。したがって、凹凸パラメータを#180~280として作成された細胞外マトリクスタンパク質ゲルを用いて作成された皮膚モデルを用いることが好ましい。さらに、ゲル硬度を柔らかくすると、メラニン合成が高く、分布の違いが見やすくなるため、10~50kPaのゲル硬度の細胞外マトリクスタンパク質ゲルを用いて調製された皮膚モデルを使用することが好ましい。このような皮膚モデルを用いて候補成分を含む培地と培養することで、核周辺から膜周辺へとメラノソームの蓄積位置が変化した場合に、かかる候補成分を色素沈着の予防、軽減、改善又は治療剤としてスクリーニングすることができる。
【0033】
さらに、別の態様では、メラニン合成指標に基づく色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤のスクリーニング方法に関してもよい。かかるスクリーニング方法は、
メラノサイト及びケラチノサイトを含む皮膚モデルを、試験薬物を含む培地中で培養する工程;
メラノサイトにおけるメラニン合成指標を特定する工程;及び
候補成分を含まない対照培地で培養された皮膚モデルのメラノサイトにおけるメラニン合成指標と比較し、メラニン合成指標がメラニン合成の減少を示す候補成分を色素沈着軽減剤又は色素沈着色素沈着予防剤として選択する工程
を含む。メラニン合成指標としては、メラニン自体、メラニン合成関連遺伝子、メラニン輸送関連遺伝子の発現及びタンパク質の発現やメラノサイトのデンドライトの数や長さを利用することができる。メラニン合成関連遺伝子としては、本技術分野に周知の任意の遺伝子を使用することができるが、一例として、MLANA、TRP1、gp100、DCT、チロシナーゼなどが挙げられる。メラニン輸送関連遺伝子としては本技術分野に周知の任意の遺伝子を使用することができるが、一例として、MREG,MLPHなどが挙げられる。メラノサイトにおけるメラニン合成関連遺伝子の発現は、メラノサイトを単離して検出してもよいし、ケラチノサイトとまとめて検出してもよい。別の態様では、皮膚モデルにおいて、蛍光顕微鏡などを用いて検出してもよい。
【0034】
本発明のスクリーニングされた色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤は、シミ予防、軽減、改善又は治療剤、くすみ予防、軽減、改善又は治療剤、そばかす予防、軽減、改善又は治療剤、色むら予防、軽減、改善又は治療剤ということができる。
【0035】
かかるスクリーニング方法で用いる皮膚モデルは、メラニン合成関連遺伝子の発現変化を捉えるために、ゲル硬度及び凹凸パラメータを適宜調節することが好ましい。ある一定の比較的低いゲル硬度において、メラニン産生量が高いため10~50kPaのゲル硬度の細胞外マトリクスタンパク質ゲルを用いて調製された皮膚モデルを使用することが好ましい。さらに、深い凹凸の細胞外マトリクスタンパク質ゲルが使用された皮膚モデルは、シミ部位の皮膚に相当する。したがって、シミ予防、軽減、改善又は治療剤をスクリーニングする観点から、凹凸パラメータを#180~280として作成された細胞外マトリクスタンパク質ゲルを用いて作成された皮膚モデルを用いることが好ましい。このような皮膚モデルを用いて候補成分を含む培地と培養することで、メラニン合成指標の発現が減少した場合に、かかる候補成分をシミ予防、軽減、改善又は治療剤としてスクリーニングすることができる。
【0036】
本発明のスクリーニング方法に用いる候補成分は、化粧品素材、食品素材、医薬品素材などの任意のライブラリーを使用することができる。かかるライブラリーとしては、化合物ライブラリー、エキスライブラリーなどを使用してもよい。各ライブラリーに含まれる化合物及びエキスは、市販の化合物及びエキスを使用してもよいし、合成された化合物及び調製されたエキスを使用してもよい。
【0037】
本発明によりスクリーニングされた色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤は、化粧料、医薬品又は医薬部外品に配合されてもよく、また、食品、例えばサプリメントなどの栄養補助食品に配合されてもよい。これらの薬剤は、経口、又は非経口、例えば経皮投与されてもよい。経皮投与される場合、皮膚外用剤に剤形することができる。皮膚外用剤は、皮膚に適用可能であれば特に限定されず、例えば、溶液状、乳化状、固形状、半固形状、粉末状、粉末分散状、水-油二層分離状、水-油-粉末三層分離状、軟膏状、ゲル状、エアゾール状、ムース状、スティック状等、任意の剤型が適用できる。皮膚外用剤に剤形される場合には、皮膚外用剤に通常用いられる基剤、及び賦形剤、例えば保存剤、乳化剤、pH調整剤などが用いられてもよい。化粧料に配合する場合、化粧水、乳液、美容液、クリーム、ローション、パック、エッセンス、ジェル等の顔用又は体用の化粧料や、ファンデーション、化粧下地、コンシーラー等のメーキャップ化粧料、さらには浴用剤などに配合することができる。本発明によりスクリーニングされた色素沈着予防、軽減、改善又は治療剤を含む化粧品、医薬品及び医薬部外品を用いることにより、メラニン産生の抑制又は、美白作用を発揮するとともに、色素沈着を予防、軽減、改善又は治療することができる。
【0038】
本発明によりスクリーニングされた色素沈着軽減又は改善剤は、所望の効果、例えば美白効果及び/又はシミ、くすみ、そばかす、及び/又は色むら改善効果を発揮させる観点で任意に濃度を選択することができる。皮膚外用剤として配合する観点からは、本発明は、0.0005%~0.5%で配合することができる。効果を十分に発揮させる観点から、好ましくは0.001%以上で配合でき、さらに好ましくは0.005%以上で配合することができる。強いにおいを避ける観点から、好ましくは0.1%以下で配合することができ、さらに好ましくは0.05%以下で配合することができる。
【0039】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0040】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例0041】
実施例1:細胞外マトリクスタンパク質ゲルの作成
量子ビームナノインプリント技術によって薬剤を用いずにゼラチンをγ線で架橋し、ゲル化すると同時に、モールドを用いて所定の凹凸パラメータを有する細胞外マトリクスタンパク質ゲルを作成した。モールドとしては、600番手(#600)及び280番手(#280)の紙やすりの表面から転写されたPDMS製のモールドを用いた。母材と硬化剤を加えたポリジメチルシロキサン(PDMS)を紙やすりの表面に流し込み、加熱して硬化させたのち剥離することで、紙やすりの不規則な凹凸構造を有するPDMS製モールドを作成した。次に、初期濃度10%のゼラチン水溶液を細胞培養ディッシュに流し込み、所定の凹凸パラメータを有するPDMSモールドを載せて、線量率5kGy/hでガンマ線を照射した。得られたゲルをPBSに浸漬して37℃でインキュベートし、レオメーター装置を用いてゲルの圧縮弾性率を計測し、20kPa及び80kPaに達することを確認した。
【0042】
実施例2:皮膚モデルにおけるメラノソームの取り込み
実施例1で作成された圧縮弾性率20kPa、#600のモールドから転写された細胞外マトリクスタンパク質ゲル、並びに圧縮弾性率20kPa、#280のモールドから転写された細胞外マトリクスタンパク質ゲルに、0歳の皮膚から取得されたケラチノサイトを播種し、Epilife(Kurabo)培地中で1晩、単層培養を行った。翌日、マウスメラノーマ細胞B16から単離したメラノソームを培地に対して1:40の濃度で添加して1日培養することで、ケラチノサイトに取り込ませた。その翌日、ゲルをPFA固定液で固定した。PBSで洗浄後、DAPIで核染色を行い、共焦点顕微鏡(LSM880、Zeiss)で観察した(図1(A)(B))。
【0043】
メラノソーム含有細胞の中で細胞膜周辺と核周りに局在するメラノソームに分けて、細胞数をカウントし、Fijiで定量化を行った(サンプル数=11~12、各サンプル全細胞数=50~250個)(図1C)。結果:#600のモールドから転写された細胞外マトリクスタンパク質ゲル(細かい凹凸)を用いた場合、メラノソームが細胞膜周辺に局在した(図1A)。一方、#280のモールドから転写された細胞外マトリクスタンパク質ゲル(深い凹凸)の場合、メラノソームが核周りに多く見られた(図1B)。また、定量化により優位に局在の差が確認できた(アルファベットが異なる場合有意差あり、P<0.0001)。(図1C
【0044】
実施例3:皮膚モデルにおけるメラニン生成
実施例1で作成された圧縮弾性率20kPa、#280のモールドから転写された細胞外マトリクスタンパク質ゲル、並びに圧縮弾性率80kPa、#280のモールドから転写された細胞外マトリクスタンパク質ゲルに、0歳の皮膚から取得されたケラチノサイト(細胞数:1×105cells/ウェル)および22歳の皮膚から取得されたメラノサイト(細胞数:2×104cells/ウェル)をCnT-PR-KM(CellnTec社)培地で3日間共培養した。その後、ゲルをPFA固定液で固定した。PBSで洗浄後、MLANA抗体(ab234416)及びTRP1抗体(ab3312)を用いて免疫染色を行った。その後、AlexaFluor647、Alexa Fluor488 で蛍光ラベル、そしてDAPIで核染色を行い、共焦点顕微鏡(LSM880、Zeiss)で明視野で観察を行った(A)及び(B)。次いで、405nm(DAPI)、488nm(TRP1)、647nm(MLANA)の蛍光を観察した。細胞内のMLANAおよびTRP1の蛍光強度(サンプル数=4、各サンプル内の細胞数=10個)をFijiで定量化を行った。明視野観察により20kPa(やわらかいゲル)の方が80kPa(硬いゲル)より黒化度合いが高かった(図2(A)及び(B))。MLANAおよびTRP1の蛍光強度が20kPa(やわらかいゲル)の方が80kPa(硬いゲル)より有意に高かった。(p<0.005)
図1
図2