(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025001310
(43)【公開日】2025-01-08
(54)【発明の名称】電動機制御方法及び電動機制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 21/05 20060101AFI20241225BHJP
【FI】
H02P21/05 ZHV
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023100821
(22)【出願日】2023-06-20
(71)【出願人】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】弁理士法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山内 亮佑
(72)【発明者】
【氏名】金堂 雅彦
(72)【発明者】
【氏名】浅原 康之
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505AA16
5H505BB04
5H505CC04
5H505DD03
5H505DD08
5H505EE41
5H505EE49
5H505HA09
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ25
5H505JJ28
5H505LL01
5H505LL22
5H505LL41
5H505LL60
(57)【要約】
【課題】電動機の動作に伴って発生する騒音の低減及び効率低下の抑制を両立する。
【解決手段】
基本電流から定めた基準波とキャリア波を用いてPWM制御信号を生成し、PWM制御信号により電力変換器200を操作して電動機300を駆動する電動機制御方法を提供する。この電動機制御方法では、電動機の動作状態に基づいて当該電動機の動作に伴う騒音の周波数を推定する。そして、推定した周波数が規定周波数範囲に含まれると判断した場合に、キャリア周波数を変更するキャリア周波数変更処理及び電動機の電磁加振力を抑制するための高調波電流を基本電流に重畳する高調波電流重畳処理を実行する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基本電流から定めた基準波とキャリア波を用いてPWM制御信号を生成し、前記PWM制御信号により電力変換器を操作して電動機を駆動する電動機制御方法であって、
前記電動機の動作状態に基づいて、前記電動機の動作に伴う騒音の周波数を推定し、
推定した前記周波数が規定周波数範囲に含まれると判断した場合に、
キャリア周波数を変更するキャリア周波数変更処理、及び前記電動機の電磁加振力を抑制するための高調波電流を前記基本電流に重畳する高調波電流重畳処理を実行する、
電動機制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の電動機制御方法であって、
前記キャリア周波数変更処理では、
前記キャリア周波数を、所定の基本キャリア周波数よりも高い補正キャリア周波数に設定する、
電動機制御方法。
【請求項3】
請求項2に記載の電動機制御方法であって、
前記規定周波数範囲を、電動機回転数に応じた前記電磁加振力における共振周波数と、構造系の共振周波数帯と、が重なり合う周波数範囲に定める、
電動機制御方法。
【請求項4】
請求項3に記載の電動機制御方法であって、
前記規定周波数範囲を、複数次数の前記電磁加振力におけるそれぞれの前記共振周波数に基づいて定める、
電動機制御方法。
【請求項5】
請求項1に記載の電動機制御方法であって、
前記電動機は車両に搭載され、
前記規定周波数範囲を、前記車両に設けられる加速度センサの検出値に基づいて調節する、
電動機制御方法。
【請求項6】
請求項2に記載の電動機制御方法であって、
前記電動機は車両に搭載され、
前記周波数が前記規定周波数範囲に含まれると判断すると、前記車両における車室内の暗騒音の大きさが基準値以下であるかを判定し、
前記暗騒音の大きさが前記基準値以下であると、前記キャリア周波数変更処理及び前記高調波電流重畳処理を実行し、
前記暗騒音の大きさが前記基準値を超えていると、前記キャリア周波数変更処理及び前記高調波電流重畳処理を何れも非実行とする、
電動機制御方法。
【請求項7】
基本電流から定まる基準波とキャリア波を用いてPWM制御信号を生成し、前記PWM制御信号により電力変換器を操作して電動機を駆動する電動機制御装置であって、
前記電動機の動作状態に基づいて、前記電動機の動作に伴う騒音の周波数としての騒音周波数を推定する推定部と、
推定した前記周波数が規定周波数範囲に含まれると判断した場合に、キャリア周波数を変更するキャリア周波数変更処理、及び前記電動機の電磁加振力を抑制するための高調波電流を前記基本電流に重畳する高調波電流重畳処理を実行する、騒音抑制処理部と、を有する、
電動機制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機制御方法及び電動機制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、PWM(Pulse Width Modulation)制御によってインバータを操作することで、電動車両の走行駆動源として機能する電動機の動作を制御する制御方法が開示されている。特に、特許文献1の制御方法では、車両周囲の騒音レベルが低いなどの状況において、キャリア周波数を走行用に定められた基本値から変更することで車両内部において発生する騒音を抑制する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の制御方法では、上記のように車両周囲の騒音レベル(暗騒音レベル)が低いなどの騒音が乗員に認識されやすい状況を検知してキャリア周波数を変更する。このため、そもそも車両内部において発生する騒音レベル自体が低い状況下であってもキャリア周波数が変更されることとなるので、スイッチング損失の増大を招き効率が低下する。
【0005】
本発明は上記課題に鑑みたものであり、電動機の動作に伴って発生する騒音の低減及び効率低下の抑制を両立し得る電動機制御方法及び電動機制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様によれば、基本電流から定めた基準波とキャリア波を用いてPWM制御信号を生成し、PWM制御信号により電力変換器を操作して電動機を駆動する電動機制御方法が提供される。
【0007】
この電動機制御方法では、電動機の動作状態に基づいて、電動機の動作に伴う騒音の周波数としての騒音周波数を推定する。そして、騒音周波数が規定周波数範囲に含まれると判断した場合に、キャリア周波数を変更するキャリア周波数変更処理、及び前記電動機の電磁加振力を抑制するための高調波電流を基本電流に重畳する高調波電流重畳処理を実行する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、電動機の動作に伴って発生する騒音の低減及び効率の低下抑制を両立することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、本発明の各実施形態に共通するモータシステムの構成を示すブロック図である。
【
図2】
図2は、キャリア周波数の切り替え態様について説明する図である。
【
図3】
図3は、第1実施形態による騒音抑制処理実行判定の詳細を示すフローチャートである。
【
図4】
図4は、電磁加振力の共振周波数と構造系の共振周波数の関係を示すグラフである。
【
図5】
図5は、第2実施形態による騒音抑制処理実行判定の詳細を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照しながら本発明の各実施形態について説明する。
【0011】
[第1実施形態]
図1は、本実施形態による電動機制御方法を実現するモータシステム1の構成を示す制御ブロック図である。なお、本実施形態のモータシステム1は、電動機を走行駆動源とするハイブリッド車両又は電気自動車(EV)などに搭載される。
【0012】
特に、モータシステム1は、主として、モータ制御部100と、電力変換器として機能するインバータ200と、電動機として機能するモータ300と、により構成される。
【0013】
モータ制御部100は、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)等を有するコンピュータ(車載制御ユニット)により構成される。なお、モータ制御部100は、一台又は複数台のコンピュータハードウェアにより構成される。
【0014】
モータ制御部100は、モータ300に対する要求出力を示唆する入力パラメータ(特に、指令トルク)に基づいて、電力指令値(後述の三相交流電圧指令値vu
**、vv
**、vw
**)を演算してインバータ200に出力する。なお、モータ制御部100の詳細な構成については後述する。
【0015】
インバータ200は、主として、三相交流電圧指令値vu
**、vv
**、vw
**とキャリア波との比較結果に応じてPWM制御信号を生成するPWM制御部と、PWM制御信号に応じたスイッチングパターンで動作する半導体スイッチング素子(例えば、SiCスイッチング素子)と、により構成される。このPWM制御信号に基づく半導体スイッチング素子のスイッチング動作により、図示しない直流電源(特に、車載のバッテリ)の出力電力が三相交流電力に変換されてモータ300に供給される。
【0016】
さらに、本実施形態において、インバータ200は、モータ制御部100から制御実行フラグを参照して、キャリア波のキャリア周波数fcを、基本キャリア周波数fc1と補正キャリア周波数fc2との間で切り替える。
【0017】
図2は、キャリア周波数f
cの切り替え態様について説明する図である。図示のように、インバータ200は、制御実行フラグがオフであるとキャリア周波数f
cを基本キャリア周波数f
c1に設定し、制御実行フラグがオンであるとキャリア周波数f
cを補正キャリア周波数f
c2に設定する。
【0018】
ここで、基本キャリア周波数fc1は、スイッチングによる損失を低減してインバータ200の動作効率を最適化する観点から適切な値に定められる。より具体的に、基本キャリア周波数fc1は、例えば数kHz~10kHzの範囲内に設定することができる。
【0019】
一方、補正キャリア周波数fc2は、後述する高周波電流の重畳を実行する観点から、基本キャリア周波数fc1よりも高い値に定められる。特に、補正キャリア周波数fc2は、基本キャリア周波数fc1に対して数倍~数十倍の値に設定される。より具体的に、補正キャリア周波数fc2は、例えば15kHz~20kHzの範囲内に設定することができる。
【0020】
図2に戻り、モータ300は、例えば、永久磁石同期モータ(IPMモータ)等の三相交流同期電動機により構成され、車両の走行駆動源として機能する。
【0021】
次に、モータ制御部100の詳細について説明する。
図1に示すように、モータ制御部100は、電流制御回路10と、第1重畳制御回路30と、第2重畳制御回路50と、を備えている。
【0022】
電流制御回路10は、基本電流制御器11、減算器12、重畳制御部13、加算器14、dq/三相変換器15、及び三相/dq変換器16を備えている。
【0023】
基本電流制御器11は、基本波電流偏差(id
*-id)、(iq
*-iq)をPI演算(比例・積分演算)することにより、基本dq軸電圧指令値vd
*、vq
*を算出する。
【0024】
減算器12は、モータ電流の実計測値に相当するdq軸電流id、iqと、モータ300に対する要求出力(指令トルク)に基づいて定まる基本dq軸電流指令値id
*、iq
*と、の差分を基本波電流偏差(id
*-id)、(iq
*-iq)として演算する。
【0025】
重畳制御部13は、モータ回転数Nmに基づいて、基本波電流に対する高周波電流の重畳の実行と非実行を判定する。特に、重畳制御部13は、高周波電流重畳を実行すると判断した場合には、後述する第1重畳電圧及び第2重畳電圧を加算器14に出力するとともに、制御実行フラグをオンにしてインバータ200に出力する。一方、重畳制御部13は、各重畳電圧指令値の値を0として加算器14に出力するとともに、制御実行フラグをオフにしてインバータ200に出力する。なお、高周波電流の重畳実行判定(以下、「騒音抑制処理実行判定」と称する)の詳細は後述する。
【0026】
加算器14は、基本dq軸電圧指令値vd
*、vq
*に、第1重畳電圧及び第2重畳電圧を加算することで補正dq軸電圧指令値vd
**、vq
**を算出し、インバータ200に出力する。
【0027】
dq/三相変換器15は、補正dq軸電圧指令値vd
**、vq
**に対して、モータ300の電気角θを用いてdq軸座標系から三相交流座標系への変換を行うことで三相交流電圧指令値vu
**、vv
**、vw
**を算出して、インバータ200に出力する。なお、電気角θは、レゾルバ等の図示しない回転位置センサの検出値から定めることができる。
【0028】
三相/dq変換器16は、モータ電流の実計測値(三相電流iu、iv、iw)に対して、電気角θを用いて三相交流座標系からdq軸座標系への変換を行うことでdq軸電流id、iqを算出する。なお、三相電流iu、iv、iwは、図示しない電流センサの検出値から定めることができる。
【0029】
第1重畳制御回路30は、基本電流制御器11のみでモータ電流を制御した場合に発生する所定次数の高調波成分と同等の周波数で回転する直交座標系、すなわち、基本電流の周波数の整数倍(次数m1倍)の周波数で回転する高調波座標系(dh1qh1軸座標系)において、モータ電流に含まれる高調波成分を制御する回路である。
【0030】
特に、第1重畳制御回路30は、基本dq軸電圧指令値vd
*、vq
*に基づいてPWM信号を生成した場合に、モータ300において生じる第6n次(nは任意の整数)の電磁加振力を抑制できるように第1重畳電圧を演算し、当該第1重畳電圧を重畳制御部13に出力する。なお、第1重畳制御回路30では、想定する電磁加振力の次数よりも大きい次数成分及び小さい次数成分を含む高周波電流を生成し得る第1重畳電圧を定めることが好ましい。例えば、抑制対象として6次(n=1)の電磁加振力を想定する場合には、5次(m1=5)と7次(m1=7)の成分が複合した高周波電流を基本電流に重畳できるように第1重畳電圧を定める。
【0031】
特に、第1重畳制御回路30は、重畳電流制御器31、減算器32、dh1qh1/dq変換器35、及びdq/dh1qh1変換器36を備えている。
【0032】
重畳電流制御器31は、第1重畳電流偏差(idh1
*-idh1)、(iqh1
*-iqh1)をPI演算(比例・積分演算)することにより、第1重畳電圧指令値vdh1
*、vqh1
*を算出する。
【0033】
減算器32は、重畳電流の計測値に相当する第1重畳電流idh1、iqh1と、所定の第1重畳電流指令値idh1
*、iqh1
*と、の差分を第1重畳電流偏差(idh1
*-idh1)、(iqh1
*-iqh1)として演算する。
【0034】
dh1qh1/dq変換器35は、電気角θ及び第1重畳電圧指令値vdh1
*、vqh1
*を入力として第1重畳電圧を算出し、重畳制御部13に出力する。より具体的に、dh1qh1/dq変換器35は、電気角θと、当該電気角θに対して次数k1を乗じた値θh1と、の和を位相(θ+θh1)として演算する。そして、dh1qh1/dq変換器35は、第1重畳電圧指令値vdh1
*、vqh1
*に対して、位相(θ+θh1)を用いてdh1qh1軸座標系からdq軸座標系への変換を行って第1重畳電圧を算出し、重畳制御部13に出力する。
【0035】
dq/dh1qh1変換器36は、電気角θ及びモータ電流の実計測値に相当するdq軸電流id、iqを入力として第1重畳電流idh1、iqh1を算出する。より具体的に、dq/dh1qh1変換器36は、dh1qh1/dq変換器35と同様に電気角θから位相(θ+θh1)を演算する。そして、dq/dh1qh1変換器36は、dq軸電流id、iqに対して、位相(θ+θh1)を用いてdq軸座標系からdh1qh1軸座標系への変換を行うことで第1重畳電流idh1、iqh1を算出する。
【0036】
第2重畳制御回路50は、第1重畳制御回路30とは異なる次数の高調波成分と同等の周波数で回転する直交座標系、すなわち、基本電流の周波数の整数倍(次数m2倍)の周波数で回転する高調波座標系(dh2qh2軸座標系)において、モータ電流に含まれる高調波成分を制御する回路である。特に、第2重畳制御回路50は、基本dq軸電圧指令値vd
*、vq
*に基づいてPWM信号を生成した場合に、モータ300において生じる第6k次(kはnと異なる任意の整数)の電磁加振力を抑制できるように第2重畳電圧を演算し、当該第2重畳電圧を重畳制御部13に出力する。
【0037】
なお、第2重畳制御回路50では、第1重畳制御回路30とは異なる次数の電磁加振力を低減するための高周波重畳電流を生成する。そして、第2重畳制御回路50においても、想定する電磁加振力の次数よりも大きい次数成分及び小さい次数成分を含む高周波電流を生成し得る第2重畳電圧を定めることが好ましい。例えば、抑制対象として12次の電磁加振力を想定する場合には、11次(m2=11)と13次(m2=13)の成分が複合した高周波電流を基本電流に重畳できるように第2重畳電圧を定める。
【0038】
特に、第2重畳制御回路50は、重畳電流制御器51、減算器52、dh2qh2/dq変換器55、及びdq/dh2qh2変換器56を備えている。
【0039】
そして、これら第2重畳制御回路50における各要素は、第1重畳制御回路30における各要素と同様のロジックで演算を行うことで第2重畳電圧を算出し、重畳制御部13に出力する。
【0040】
ここで、上記のように、重畳制御部13は、騒音抑制処理実行判定の結果に応じて、第1重畳電圧及び第2重畳電圧の実行可否を決めるとともに、それに応じた制御実行フラグをインバータ200に出力する。さらに、インバータ200では、制御実行フラグがオフであるとキャリア周波数fcを基本キャリア周波数fc1に設定する一方、制御実行フラグがオンであるとキャリア周波数fcを補正キャリア周波数fc2に設定する。
【0041】
したがって、本実施形態では、キャリア周波数fcを補正キャリア周波数fc2に設定する処理(以下、「キャリア周波数変更処理」と称する)と、基本電流に高調波電流を重畳する処理(以下、「高調波電流重畳処理」)と、が同じタイミングで実行される。このように、本実施形態では、キャリア周波数変更処理と高調波電流重畳処理が同じタイミングで実行されることで、モータ300の動作に伴って発生する騒音を抑制しつつ、スイッチング損失を抑えて効率を高めることができる。
【0042】
以下、キャリア周波数変更処理及び高調波電流重畳処理を同じタイミングで実行することによる技術的意義について説明する。
【0043】
上述した特許文献1には、キャリア周波数fcを変化させることで、インバータ200の作動により生じる騒音を低減する制御方法が開示されている。しかしながら、モータ300の動作に伴い生じる騒音については、キャリア周波数fcを変化させても低減することができない。
【0044】
ここで、モータ300の動作に伴い生じる騒音(信号)は、回転子が回転する際に生じる磁束の変化によって発生する電磁加振力の影響によるものである。そして、このような電磁加振力を低減する手法として、モータ300にロータスキューや短節巻きといった構造的な工夫の採用、或いは上述した高調波電流重畳処理の実行が考えられる。
【0045】
しかしながら、ロータスキューや短節巻きなどの構造を採用すると、一般的にモータ300の最大トルクや効率が低下する傾向にある。一方で、高調波電流重畳処理では、最大トルクや効率の低下は避けられるものの、生成可能な高調波電流の周波数がキャリア周波数fcに拘束されるという性質がある。すなわち、高調波電流重畳処理を実行可能な制御領域は、キャリア周波数fcの大きさによって制約されるため、騒音抑制が要求されるシーンにおいてこれを実行できないという事態が生じ得る。特に、モータ300の高回転数領域(高車速域)では、低回転数領域(低車速域)と比べ、高調波電流重畳処理を実行するためにキャリア周波数fcをより高くすることが求められるため、高調波電流重畳処理を実行できなくなる。これに対して、高調波電流重畳処理の制御領域を拡大するために、キャリア周波数fcを常に高い値に設定する方法も考えられるが、スイッチング損が増大して効率の低下につながる。
【0046】
これに対して、本実施形態では、上述した騒音抑制処理実行判定により、高調波電流重畳処理を実行すべきタイミングを的確に検知して、当該タイミングにおいてのみ、キャリア周波数変更処理及び高調波電流重畳処理を同時に実行することで、モータ300の動作に伴う騒音を低減しつつ効率の低下を回避することができる。以下、騒音抑制処理実行判定の詳細を説明する。
【0047】
図3は、騒音抑制処理実行判定の詳細を示すフローチャートである。なお、
図3に示す各処理は、重畳制御部13により所定の演算周期で繰り返し実行される。
【0048】
図示のように、本ルーチンでは、先ず、モータ回転数Nmを取得する(S100)。なお、モータ回転数Nmは、回転位置センサの検出値から適宜演算することができる。
【0049】
次に、モータ回転数Nmに基づいて、モータ300の動作により発生する騒音の周波数(以下、「騒音周波数fmo」と称する)を推定する(S200)。より具体的には、モータ回転数Nmから、予め準備したモータ回転数Nmと騒音周波数fmoの関係を参照するなどして、騒音周波数fmoを推定する。
【0050】
さらに、推定した騒音周波数fmoが、振動増大周波数範囲Rに含まれるかを判定する(S300)。ここで、振動増大周波数範囲Rとは、モータ300の電磁加振力の共振周波数と構造系の共振周波数が重なる周波数範囲を意味する。
【0051】
図4は、電磁加振力の共振周波数と構造系の共振周波数の関係を示すグラフである。なお、
図4においては、6n次の電磁加振力の共振周波数に符号「C1」を付し、6k次の電磁加振力の共振周波数に符号「C2」を付す。また、構造系の共振周波数帯であって、相対的に低い周波数帯(以下、「低周波共振帯」と称する)に符号「A
re_L」を付し、相対的に高い周波数帯(以下、「高周波共振帯」と称する)に符号「A
re_H」を付す。
【0052】
振動増大周波数範囲Rは、共振周波数C1,C2と、低周波共振帯A
re_L又は高周波共振帯A
re_Hとの共通領域として規定される。特に、
図4の例では、高周波側に2つの振動増大周波数範囲R1,R2及び低周波側に1つの振動増大周波数範囲R3が規定される。そして、本実施形態では、予め所定の記憶領域に準備した振動増大周波数範囲Rのデータを参照し、騒音周波数f
moとの対比結果を参照して、騒音抑制処理の実行可否を判断する。
【0053】
より具体的には、騒音周波数fmoが振動増大周波数範囲Rに含まれる場合(S300のYes)には、制御実行フラグをオンにする(S400)。一方、騒音周波数fmoが振動増大周波数範囲Rに含まれない場合(S300のNo)には、制御実行フラグをオフにする(S500)。
【0054】
なお、
図4では、低周波共振帯A
re_Lと、6k次の電磁加振力における共振周波数C2と、の共通部分が振動増大周波数範囲R3として規定されている。一方で、振動増大周波数範囲R3は、振動増大周波数範囲R1,R2と比べて低回転数領域に含まれるため、キャリア周波数f
cが低くても(基本キャリア周波数f
c1に設定されていても)、高調波電流重畳処理を実行することが可能となる。このため、騒音周波数f
moが高周波側の振動増大周波数範囲R1,R2に含まれる場合に制御実行フラグをオンにして、低周波側の振動増大周波数範囲R3に含まれる場合には制御実行フラグをオフにするロジックを採用することが好ましい。特に、制御実行フラグをオンにすべき振動増大周波数範囲Rと、制御実行フラグをオフにすべき振動増大周波数範囲Rと、の切り分けを、モータ回転数N
mを参照して判定するロジックを採用することができる。
【0055】
さらに、
図4に示すように、各振動増大周波数範囲R1,R2,R3は、それぞれ、モータ回転数N
mがN
m1~N
m2の値をとる範囲、N
m3~N
m4の値をとる範囲、及びN
m5~N
m6の値をとる範囲として定まる。モータ300の動作により発生する騒音の周波数を示唆するパラメータとしてモータ回転数N
mをそのまま用いて、上記S300の判定を行うロジックを採用しても良い。
【0056】
以上説明した本実施形態の電動機制御方法の構成及び作用効果をまとめて説明する。
【0057】
本実施形態では、基本電流(id
*,iq
*)から定めた基準波(vd
**,vq
**)とキャリア波を用いてPWM制御信号を生成し、PWM制御信号により電力変換器(インバータ200)を操作して電動機(モータ300)を駆動する電動機制御方法が提供される。
【0058】
この電動機制御方法では、モータ300の動作状態に基づいて、モータ300の動作により発生する騒音の周波数としての騒音周波数fmoを推定し、推定した騒音周波数fmoが規定周波数範囲(振動増大周波数範囲R)に含まれると判断した場合に、キャリア周波数fcを変更するキャリア周波数変更処理、及びモータ300の駆動により発生する電磁加振力を抑制するための高調波電流を基本電流に重畳する高調波電流重畳処理を実行する。
【0059】
これにより、騒音抑制が要求されるシーンを適切に検知して、当該シーンにおいてのみキャリア周波数fcの変更及び高調波電流重畳処理を同時に実行して、モータ300が加振源となって発生する騒音を低減することができる。したがって、モータ300の動作に伴って発生する騒音の低減及び効率の低下抑制を両立することができる。
【0060】
特に、本実施形態による制御を実行することで、モータ300にロータスキューや短節巻きなどの構造を設けずとも電磁加振力を抑制することができる。すなわち、当該効率を採用することに伴う効率の低下を避けつつも、必要とされる騒音の抑制効果を得ることができる。
【0061】
また、本実施形態のキャリア周波数変更処理では、キャリア周波数fcを所定の基本キャリア周波数fc1よりも高い補正キャリア周波数fc2に設定する。
【0062】
これにより、騒音抑制が要求されるシーンにおいてより確実に、高調波電流重畳処理におけるキャリア周波数fcによる制約を緩和することができる。
【0063】
さらに、本実施形態では、振動増大周波数範囲Rを、電動機回転数(モータ回転数Nm)に応じた電磁加振力における共振周波数C1,C2と、構造系の共振周波数帯(特に、高周波共振帯Are_H)と、が重なり合う周波数範囲に定める。
【0064】
これにより、構造系の共振と電磁加振力の共振が重なり合うことで、モータ300の動作に伴う振動が特に増大するシーンをより検知して、キャリア周波数変更処理及び高調波電流重畳処理を実行することができる。
【0065】
また、本実施形態では、振動増大周波数範囲Rを、複数次数(6n次及び6k次)の電磁加振力におけるそれぞれの共振周波数C1,C2に基づいて定める。
【0066】
これにより、単一次数の電磁加振力だけではなく、複数次数の電磁加振力を低減することができ、騒音抑制効果をより高めることができる。特に、ロータスキューや短節巻きなどの構造的工夫による電磁加振力の低減方法に比べて、より多種次数の電磁加振力に対する低減作用を得ることができる。
【0067】
なお、振動増大周波数範囲Rを、車両に設けられる加速度センサの検出値に基づいて調節する構成を採用しても良い。より具体的には、加速度センサの検出値(モータ300の実出力トルク)が大きいほど振動増大周波数範囲Rを広くし、当該検出値が小さいほど振動増大周波数範囲Rを狭くする制御ロジックを採用することが好ましい。
【0068】
すなわち、モータ300の電磁加振力における共振周波数C1,C2はモータ300の実出力トルクに応じて変化する特性を持つところ、上記制御ロジックを採用することで当該特性を考慮した上で騒音抑制が要求されるシーンをより高精度に検出することができる。
【0069】
さらに、本実施形態では、上記電動機制御方法の実行に適した電動機制御装置として機能するモータ制御部100が提供される。
【0070】
特に、モータ制御部100は、モータ300の動作状態に基づいて、モータ300の動作により発生する騒音の周波数としての騒音周波数fmoを推定する推定部(重畳制御部13)と、推定した騒音周波数fmoが規定周波数範囲(振動増大周波数範囲R)に含まれると判断した場合に、キャリア周波数fcを変更するキャリア周波数変更処理、及びモータ300の駆動により発生する電磁加振力を抑制するための高調波電流を基本電流に重畳する高調波電流重畳処理を実行する騒音抑制処理部(インバータ200、重畳制御部13、加算器14)と、を有する。
【0071】
[第2実施形態]
以下、第2実施形態について説明する。なお、第1実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。本実施形態では、特に、第1実施形態とは異なる騒音抑制処理実行判定のロジックを採用する例を説明する。
【0072】
図5は、本実施形態における騒音抑制処理実行判定の詳細を示すフローチャートである。図示のように、本実施形態の騒音抑制処理実行判定では、モータシステム1を搭載する車両の車室内の暗騒音の大きさが予め定めた基準値以下であるかの判定(S350)をさらに実行する。
【0073】
ここで、車室内の暗騒音とは、走行時におけるロードノイズや風切り音などの、モータ300又はインバータ200の動作により生じる騒音以外のノイズを意味する。したがって、S350の判定においては、暗騒音の大きさは上記ノイズに相関する任意のパラメータから推定する。特に、本実施形態では、暗騒音の大きさを図示しない車輪速センサの検出値などから推定することができる。
【0074】
そして、本実施形態においては、騒音周波数fmoが振動増大周波数範囲Rに含まれる場合(S300がYesの場合)を前提とし、推定した暗騒音の大きさが基準値以下である場合(S350がYesの場合)に、制御実行フラグをオンにする。一方、騒音周波数fmoが振動増大周波数範囲Rに含まれていても、暗騒音の大きさが基準値を超える場合(S350がNoの場合)には、制御実行フラグをオフにする。
【0075】
以上説明したように、本実施形態では、車両に搭載されるモータ300に対して実行する電動機制御方法が提供される。この電動機制御方法では、騒音周波数fmoが振動増大周波数範囲Rに含まれると判断すると、上記車両における車室内の暗騒音の大きさが基準値以下であるかを判定する。
【0076】
そして、暗騒音の大きさが基準値以下であると、キャリア周波数変更処理及び高調波電流重畳処理を実行する。一方、暗騒音が基準値を超えていると、暗騒音が基準値を超えていると、キャリア周波数変更処理及び高調波電流重畳処理を何れも非実行とする。
【0077】
これにより、暗騒音が小さくモータ300の動作に伴う騒音が乗員に認識され易いシーンにおいてのみ騒音抑制処理を実行することができる。言い換えれば、暗騒音が小さくモータ300の動作に伴う騒音が乗員に認識され難いシーンにおいては、騒音抑制処理を実行せずにキャリア周波数fcを基本キャリア周波数fc1に維持することができるため、スイッチング損失の増大による効率の低下に対する抑制効果をより高めることができる。
【0078】
以上、本発明の各実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記各実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【0079】
例えば、上記各実施形態の制御では、抑制対象とする電磁加振力の次数がn次とk次の2種類である例を想定して説明したが、3種以上の次数の電磁加振力に対する抑制を想定して、高周波電流を基本電流に重畳し得る制御ロジックを採用しても良い。この制御ロジックは、例えば、
図1に示すn次の電磁加振力を低減するための第1重畳制御回路30及びk次の電磁加振力を低減するための第2重畳制御回路50に加えて、m次(m≠n,k)を低減するための第3重畳制御回路を設けることで実現することができる。
【0080】
また、上記各実施形態では、キャリア周波数変更処理において、キャリア周波数fcを基本キャリア周波数fc1から、当該基本キャリア周波数fc1よりも大きい固定の補正キャリア周波数fc2に切り替える例を説明した。一方で、これに代えて、キャリア周波数fcを段階的又は連続的に増大させる構成、或いはキャリア周波数fcを基本キャリア周波数fc1よりも高い周波数帯で周期的に変化させる構成を採用しても良い。
【0081】
さらに、上記各実施形態では、インバータ200として、SiCスイッチング素子を有するもの(SiCインバータ)を用いる例について説明した。しかしながら、これに限られず、上記各実施形態における制御は、インバータ200をSiCインバータとは異なるタイプのインバータ(Siインバータなど)で構成した場合であっても同様に実行することができる。その一方で、高調波電流重畳処理を実行する制御範囲をより広くする観点から、キャリア周波数fcを比較的高くすることのできるSiCインバータを用いることがより好ましい。
【符号の説明】
【0082】
1 モータシステム
100 モータ制御部
200 インバータ
300 モータ