(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025131106
(43)【公開日】2025-09-09
(54)【発明の名称】推定装置
(51)【国際特許分類】
G01S 13/66 20060101AFI20250902BHJP
G01S 13/931 20200101ALI20250902BHJP
【FI】
G01S13/66
G01S13/931
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024028628
(22)【出願日】2024-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】赤峰 悠介
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼山 卓也
【テーマコード(参考)】
5J070
【Fターム(参考)】
5J070AB24
5J070AC02
5J070AC06
5J070AE01
5J070AF03
(57)【要約】
【課題】道路形状を利用することなく、物体の角速度を精度よく推定できるようにする。
【解決手段】推定装置10は、センサ波を送受信して物体上の複数の反射点の位置及び相対速度を検出するセンサ部11と、物体の任意の基準点における速度ベクトルを算出する速度ベクトル算出部23と、基準点から反射点方位を傾きとする直線までの距離を算出する反射点距離算出部21と、反射点の相対速度から基準点の速度ベクトルによる反射点方位における相対速度を差し引くことで反射点の回転相対速度を算出する回転相対速度算出部25と、反射点距離算出部及び回転相対速度算出部にて算出された反射点距離及び回転相対速度に基づき物体の角速度を算出する角速度算出部27と、を備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動体に搭載されて周囲の物体の状態を推定する推定装置であって、
周囲にセンサ波を送信し、その反射波から前記物体上の複数の反射点の位置及び相対速度を検出するように構成されたセンサ部(11)と、
前記物体の任意の基準点の速度ベクトルを算出するように構成された速度ベクトル算出部(23)と、
前記基準点から、前記センサ部にて検出された前記反射点方位を傾きとする直線までの距離を、反射点距離として算出するように構成された反射点距離算出部(21)と、
前記センサ部にて検出された前記反射点の相対速度から、前記速度ベクトル算出部にて算出された基準点の前記速度ベクトルによる前記反射点方位における相対速度を差し引いた値である、前記反射点の回転相対速度を算出するように構成された回転相対速度算出部(25)と、
前記反射点距離算出部及び前記回転相対速度算出部にて算出された、少なくとも1つの前記反射点の前記反射点距離及び前記回転相対速度に基づき、前記物体の角速度を算出するように構成された角速度算出部(27)と、
を備えている、推定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の推定装置であって、
前記角速度算出部は、少なくとも1つの前記反射点についての前記反射点距離に対する前記回転相対速度の大きさに基づき、前記角速度を算出するように構成されている、推定装置。
【請求項3】
請求項2に記載の推定装置であって、
前記角速度算出部は、
前記反射点距離と前記回転相対速度をパラメータとする座標空間における前記反射点の分布から線形回帰を行い、前記座標空間内での傾きを算出するように構成された回帰処理部(27A)を備え、
前記回帰処理部にて算出された傾きから前記角速度を算出するように構成されている、推定装置。
【請求項4】
請求項1~請求項3の何れか1項に記載の推定装置であって、
前記角速度算出部は、
前記センサ部にて検出された複数の前記反射点について、下記の判定条件a)~c)の少なくとも1つに基づき除外判定を行い、
a)前記反射波の受信電力が閾値以下である。
b)前記基準点との速度差が閾値以上である。
c)前記反射波が複数波である。
前記除外判定にて前記判定条件a)~c)の少なくとも1つに適合すると判定された前記反射点については、前記角速度の算出対象から除外するように構成されている、推定装置。
【請求項5】
請求項1~請求項3の何れか1項に記載の推定装置であって、
前記角速度算出部は、
前記物体との距離が所定の値以下、前記反射点の数が所定値以下、前記物体の加速度の絶対値が閾値以上、の何れかの条件を満たす場合は、前記角速度の算出を行わない、又は、前記角速度の算出結果を出力しない、ように構成されている、推定装置。
【請求項6】
請求項1~請求項3の何れか1項に記載の推定装置であって、
前記複数の反射点に対応する前記物体について、前記物体の状態を推定するように構成された状態推定部(30)を備え、
前記状態推定部は、前記物体の状態推定結果に、前記角速度算出部にて算出された前記角速度の算出値である角速度算出値を反映させるように構成されている、推定装置。
【請求項7】
請求項6に記載の推定装置であって、
前記状態推定部は、前記角速度算出部とは異なる手法で前記角速度を含む状態を推定するように構成され、前記物体の状態推定結果に含まれる前記角速度の推定結果である角速度推定値と、前記角速度算出部にて算出された前記角速度算出値とを混合し、前記角速度推定値を更新するように構成されている、推定装置。
【請求項8】
請求項6に記載の推定装置であって、
前記状態推定部は、前記角速度算出部とは異なる手法で前記角速度を含む状態を推定するように構成され、前記角速度算出部にて算出された前記角速度算出値の絶対値が所定の値以上の場合に、前記状態推定部にて前記物体の状態を推定するのに用いられるフィルタのフィルタゲインを増加させるように構成されている、推定装置。
【請求項9】
請求項6に記載の推定装置であって、
前記状態推定部は、前記状態推定部にて前記物体の状態の1つとして推定された前記物体の過去の速度ベクトルに基づき算出された、前記物体の現在の速度ベクトル予測値を、前記角速度算出部にて算出された前記角速度算出値にて補正するように構成されている、推定装置。
【請求項10】
請求項1~請求項3の何れか1項に記載の推定装置であって、
前記角速度算出部にて算出された前記角速度算出値を用いて、前記移動体と前記物体との衝突判定を行うように構成された衝突判定部(32)を備えている、推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、移動体に搭載されて周囲の物体の状態を推定する推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車載レーダにより物体追跡を行う際、物体の挙動が直進から旋回に変化する場合に追従が遅れることがある。これは、車載レーダによる物体観測には、観測誤差を抑制するために、予測と観測を混合するフィルタ処理が必要であるためである。つまり、フィルタ処理では、直進から旋回への移行時に、直進を仮定した予測が行われ、観測結果が物体の実際の挙動から乖離するためである。
【0003】
この問題を抑制する技術としては、フィルタのフィルタゲインを調整して追従性を確保することが一般的であるが、このような対策では、安定性が低下するおそれがある。これに対し、特許文献1には、道路形状にもとづき物体の進行方向及び角速度を推定することで、物体追跡時の追従性を向上させることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の推定装置では、道路形状に基づき物体の進行方向及び角速度を推定することから、物体の状態が直進から旋回へ変化しても、その変化を瞬時に推定して、物体を精度よく追跡できるようになる。
【0006】
しかし、特許文献1に記載の推定装置では、例えば、物体が交差点に進入した場合など、物体が道路の分岐点を通過する際には、物体の進行方向を正確に予測することができないことから、角速度の推定精度も低下してしまう、という問題がある。
【0007】
本開示の1つの局面は、道路形状を利用することなく、物体の角速度を精度よく推定できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の1つの態様による推定装置は、移動体に搭載されて周囲の物体の状態を推定する推定装置であり、センサ部(11)と、速度ベクトル算出部(23)と、反射点距離算出部(21)と、回転相対速度算出部(25)と、角速度算出部(27)と、を備える。
【0009】
このうち、センサ部は、周囲にセンサ波を送信し、その反射波から物体上の複数の反射点の位置及び相対速度を検出する。また、速度ベクトル算出部は、物体の任意の基準点における速度ベクトルを算出する。
【0010】
また、反射点距離算出部は、基準点から、センサ部で検出された反射点方位を傾きとする直線までの距離を、反射点距離として算出する。また、回転相対速度算出部は、センサ部にて検出された反射点の相対速度から、速度ベクトル算出部にて算出された速度ベクトルの反射点方位における相対速度を差し引いた値である、反射点の回転相対速度を算出する。
【0011】
そして、角速度算出部は、反射点距離算出部及び回転相対速度算出部にて算出された、少なくとも1つの反射点の反射点距離及び回転相対速度に基づき、物体の角速度を算出する。
【0012】
このように、本開示の推定装置においては、道路形状を利用することなく、センサ波を送受信することにより検出される周囲の物体の複数の反射点の位置及び相対速度に基づき、物体の角速度を推定する。
【0013】
これは、旋回中の物体についてセンサ波の送受信により観測すると、反射点ごとに異なる相対速度が検出されるためである。つまり、旋回中の物体においては、回転運動により、各反射点に、旋回中心からの距離に応じた回転速度が発生し、この回転速度の大きさが物体の角速度に依存して変化する。
【0014】
そこで、本開示の推定装置においては、反射点の相対速度から、基準点の速度ベクトルの反射点方位における相対速度を差し引くことで、反射点の回転速度を、回転相対速度として求め、その回転相対速度と反射点距離に基づき、角速度を算出するのである。
【0015】
従って、本開示の推定装置によれば、道路形状を利用することなく、物体の角速度を推定することができるようになり、物体が道路の分岐点を通過するような場合でも、角速度を精度よく推定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施形態の推定装置のハードウェア構成を表すブロック図である。
【
図2】実施形態の推定装置の機能構成を表すブロック図である。
【
図3】車両におけるセンサ部の搭載位置及び検知範囲の一例を示す図である。
【
図4】車両におけるセンサ部の搭載位置及び検知範囲の別の一例を示す図である。
【
図5】物体の複数の反射点での相対速度と回転速度を表す説明図である。
【
図6】反射点距離算出部での反射点距離の算出動作を表す説明図である。
【
図7】回転相対速度算出部での回転回転相対速度の算出動作を表す説明図である。
【
図8】物体の角速度の算出方法を説明する説明図である。
【
図9】処理装置において実行される制御処理を表すフローチャートである。
【
図10】
図9のS50にて実行される角速度算出処理を表すフローチャートである。
【
図11】
図10のS110にて実行される対象物体判定処理を表すフローチャートである。
【
図12】
図10のS140にて実行される対象反射点判定処理を表すフローチャートである。
【
図13】
図9のS60にて実行される状態推定処理の第1例を表すフローチャートである。
【
図14】
図9のS60にて実行される状態推定処理の第2例を表すフローチャートである。
【
図15】角速度の算出値に基づくフィルタゲインの切替動作を説明する説明図である。
【
図16】
図9のS60にて実行される状態推定処理の第3例を表すフローチャートである。
【
図17】角速度の算出値に基づく進行角予測値の補正動作を説明する説明図である。
【
図18】第2実施形態の処理装置にて実行される制御処理を表すフローチャートである。
【
図19】
図18のS180にて実行される衝突判定処理を表すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[第1実施形態]
[構成]
図1及び
図2を参照して、本実施形態の推定装置10の構成について説明する。推定装置10は、センサ部11と、処理装置20と、を備え、移動体である車両50に搭載されている。
【0018】
センサ部11は、レーダ、ライダー、ソナーなどである。レーダは、センサ波としてミリ波などの電波を送信し、物体60でレーダ波が反射して生じた反射波を受信する。ライダーは、センサ波として光を送信し、物体で光が反射して生じた反射波を受信する。ソナーは、センサ波として音波を送信し、物体で音波が反射して生じた反射波を受信する。
【0019】
図3に示すように、センサ部11は、車両50の前方中央(例えば、前方バンパの中央)に搭載され、車両50の前方中央の検知エリアA1を有していてもよい。あるいは、
図4に示すように、センサ部11は、車両50の前方中央に加えて、車両50の左前方、右前方、左後方及び右後方(例えば、前方バンパの左端及び右端と、後方バンパの左端及び右端)に搭載されてもよい。すなわち、センサ部11は、検知エリアA1に加えて、車両50の左前方、右前方、左後方及び右後方の検知エリアA2を有していてもよい。センサ部11は、車両50の前方中央、左前方、右前方、左後方及び右後方のうちのすくなくとも一箇所に搭載されていればよい。
【0020】
センサ部11は、車両50の周辺にセンサ波を送受信することで、複数の観測値を取得する。センサ部11は、高分解能センサであり、一回のセンサ波の送信により、単一の物体60の互いに異なる反射点で反射した複数の反射波を取得し、各反射波に基づいた観測値を取得できる。したがって、その複数の観測値の各々は、単一の物体60の互いに異なる反射位置に対応する。
【0021】
なお、複数の観測値の各々は、物理量として、反射点の位置(すなわち、センサ部11から反射点までの距離、及び、センサ部11に対する反射点の方位)と、反射点と車両50(詳しくは、センサ部11)との相対速度を含む。
【0022】
次に、処理装置20は、CPU、ROM、RAM等を含むマイクロコンピュータを備える。処理装置20は、CPUが非遷移的実体的記録媒体に記憶されているプログラムを実行することにより、反射点距離算出部21、速度ベクトル算出部23、回転相対速度算出部25、及び、角速度算出部27の機能を実現する。なお、この機能は、センサ部11にて取得された単一の物体60の複数の反射点の観測値に基づき、その物体60の角速度、換言すればヨーレート、を算出する機能である。
【0023】
また、処理装置20は、上記算出部21,23,25,27による角速度算出機能だけでなく、センサ部11にて取得された複数の反射点の観測値に基づき物体60の状態を推定する、状態推定部30の機能も実現する。
【0024】
状態推定部30の機能は、本実施形態では、物体60の形状モデルを用いて、拡張物体追跡を実行することで実現される。そして、この機能により、物体60の基準点のx方向位置、y方向位置、速度、進行方向、角速度、といった物体60の運動状態を表す物理量が、推定値として算出される。
【0025】
なお、x方向は、車両50の長さ方向に相当し、y方向は、車両50の幅方向に相当する。また、物体60の基準点には、物体60が自動車であるとして、左右後輪の中心位置(以下、後輪軸中心)が設定される。
【0026】
拡張物体追跡は、物標が形状を持つと仮定して物標をモデル化して、物標の運動状態を時系列的に推定する手法であり、本実施形態では、下記の文献Aに記載の手順に則って実施される。具体的な推定手順については、後述の状態推定処理にて説明する。
【0027】
文献A:時澤宗一郎、米陀佳祐、菅沼直樹、自動運転のための安定性とリアルタイム性とを両立した拡張物体追跡、自動車技術会論文集、Vol.52、No.5、September 2021.
次に、角速度算出機能を実現する、反射点距離算出部21、速度ベクトル算出部23、回転相対速度算出部25、及び、角速度算出部27について説明する。
【0028】
まず、反射点距離算出部21は、センサ部11にて検出された物体60の複数の反射点の位置と物体60の基準点との間の距離を、反射点距離として算出する。また、速度ベクトル算出部23は、状態推定部30にて検出された最新の物体60の状態から、物体60の基準点における速度ベクトルを算出する。ここで、速度ベクトルは状態推定処理にて推定した過去の基準点の速度ベクトルから現在の時刻における速度ベクトルを予測した予測値である。例えば、物体の挙動を等速直線運動と仮定した場合は過去に推定した速度ベクトルと現在の時刻における速度ベクトルの予測値とする。一方、例えば旋回運動を仮定する場合、過去に推定した速度ベクトルに加え過去に推定した角速度を用い、角速度に応じた向きの変化を加えたものを現在の時刻の速度ベクトルの予測値とする。
【0029】
また、回転相対速度算出部25は、センサ部11にて検出された複数の反射点の相対速度から、速度ベクトル算出部23にて算出された速度ベクトルの反射点方位における相対速度を差し引くことで、各反射点の回転相対速度を算出する。なお、速度ベクトルの反射点方位における相対速度は、速度ベクトル算出部23にて算出された基準点の速度ベクトルを、車両50との相対速度に変換した速度を表す。
【0030】
そして、角速度算出部27は、反射点距離算出部21にて算出された反射点距離と、回転相対速度算出部25にて算出された回転相対速度とに基づき、物体60の角速度を算出する。
【0031】
角速度算出部27による角速度の算出結果は、状態推定部30に出力され、状態推定部30は、物体60の状態推定結果に、角速度算出部27にて算出された角速度の算出値を反映させる。この結果、状態推定に用いられるカルマンフィルタ等によるフィルタ処理によって、物体60の旋回時に、状態推定部30の状態推定に遅れが生じたとしても、その遅れを、角速度算出部27にて算出された角速度によって補正することができる。なお、この補正方法については、後述の状態推定処理にて説明する。
【0032】
[角速度算出原理]
次に、反射点距離算出部21、速度ベクトル算出部23、回転相対速度算出部25、及び、角速度算出部27による、角速度の算出原理について説明する。
【0033】
図5Aに示すように、物体60が直進しているときにセンサ部11にて検出される複数の反射点の相対速度は、ほぼ同一になる。これに対し、物体60が旋回しているときには、
図5Bに示すように、複数の反射点の相対速度は、反射点ごとに異なる。
【0034】
このように、物体60の旋回中に各反射点の相対速度が異なるのは、物体60の回転運動により、各反射点に、旋回中心からの距離(r)に応じた回転速度(V)が発生するためである。そして、この回転速度(V)は、円運動の速度の式「V=r・ω」から明らかなように、物体60の角速度(ω)、換言すればヨーレートに応じて変化する。
【0035】
従って、物体内における任意の基準点Prの位置、速度ベクトルと、基準点Prとは異なる位置の反射点の相対速度、方位の関係からヨーレートを導出できる。そこで、本実施形態では、物体60の角速度を、基準点Prの位置、速度ベクトルと、反射点の相対速度、方位から算出する。
【0036】
ここで、基準点Prと反射点は、並進移動による並進速度成分は同一であるが、回転運動による回転速度成分については、位置の違いによる差が生じる。
すなわち、物体の反射点の位置をx,y、物体内の任意の基準点Prの位置をx0,y0、基準点のx方向,y方向の速度をVx0,Vy0、物体の角速度をωとすると、反射点のx方向,y方向の速度Vx,Vyは、それぞれ、次式(1),(2)のように記述できる。
【0037】
Vx=Vx0-ω(y-y0) … (1)
Vy=Vy0+ω(x-x0) … (2)
また、反射点の相対速度Vrは、次式(3)のように記述できる。
【0038】
Vr=Vxcosθ+Vysinθ … (3)
そして、(3)式に(1),(2)式を代入すると、次式(4)となる。
Vr=(Vx0-ω(y-y0))cosθ+(Vy0+ω(x-x0))sinθ
=Vx0cosθ+Vy0sinθ
+(-ycosθ+xsinθ)ω
+(y0cosθ-x0sinθ)ω … (4)
ここで、x=rcosθ,y=rsinθより、xsinθ=ycosθであるため、(4)式は、次式(5)のように記述することができる。そして、次式(5)から、次式(6)式が成り立つ。
【0039】
Vr=Vx0cosθ+Vy0sinθ+(y0cosθ-x0sinθ)ω … (5)
(y0cosθ-x0sinθ)ω=Vr-(Vx0cosθ+Vy0sinθ) … (6)
(6)式において、左辺括弧内は、基準点Prから、反射点方位を傾きとする直線までの距離、換言すれば、基準点Prから反射点への円周方向の位置ずれに対応する。また、右辺は、反射点の相対速度Vrから基準点Prの速度ベクトルの反射点方位における相対速度を差し引いた速度(以下、回転相対速度)、換言すれば、基準点Prと反射点の速度差から円周方向速度成分をキャンセルしたものに対応する。
[角速度算出動作]
本実施形態では、状態推定部30にて物体60の基準点Prの速度ベクトルを算出したうえで、物体60の角速度を算出する。
【0040】
つまり、反射点距離算出部21は、
図6に示すように、センサ部11にて検出された各反射点の方位を傾きとする直線と基準点Prとの距離を反射点距離として算出する。
なお、
図6において、反射点距離は、基準点Prからみて、反射点方位の直線と直交する直線の長さを表している。しかし、
図6に点線で示すように、方位測定の原点となるセンサ部11から基準点Prまでの距離を半径とする円弧の長さを、反射点距離として求めるようにしてもよい。このようにしても、基準点Prから反射点方位の直線までの距離を求めることができる。すなわち、反射点距離は、反射点方位の直線と直交する直線の長さ、或いは、基準点Prまでの距離を半径とする円弧の長さとして、近似的に求めるようにすればよい。
また、回転相対速度算出部25は、各反射点の相対速度Vrから、
図7に示す基準点Prの速度ベクトルの反射点方位における相対速度(Vx0cosθ+Vy0sinθ)、を減じることで、回転相対速度を算出する。
【0041】
角速度算出部27は、
図8に×印で示すように、上述した反射点距離を横軸、回転相対速度を縦軸とする座標空間内で、各反射点に対応する位置を特定する。そして、
図2に示す回帰処理部27Aにより、その座標空間における各反射点の分布から線形回帰を行い、各反射点の分布の傾きから物体60の角速度ωを算出する。
【0042】
従って、角速度算出部27は、カルマンフィルタなどのフィルタ処理を利用することなく物体60の角速度を算出することができるようになり、物体60の角速度を、応答遅れなく、瞬時に求めることができる。つまり、角速度算出部27は、物体60の瞬時角速度、延いては、瞬時ヨーレートを算出することができる。
【0043】
[制御処理]
次に、処理装置20において、角速度算出機能及び状態推定機能を実現するために実行される制御処理について説明する。なお、この制御処理は、処理装置20において、所定の処理周期で繰り返し実行される。
【0044】
図9に示すように、処理装置20において制御処理が開始されると、まずS10(Sはステップを表す)にて、センサ部11にセンサ波を送受信させることで、センサ部11から、追跡対象となる物体60の複数の観測値を取得する。なお、追跡対象となる物体60は、車両50の進行方向前方に位置する物体であり、後述のS60にて実行される状態推定処理の推定結果により予め設定されている。
【0045】
次に、S20では、S60の状態推定処理にて前回推定された物体60の基準点Prの速度ベクトルから、基準点Prの速度ベクトルを算出する、速度ベクトル算出部23としての処理を実行する。
【0046】
S30では、S10にてセンサ部11から取得した物体60の複数の観測値に基づき、物体60の基準点Prから、複数の反射点の反射点方位を傾きとする直線までの距離を、各反射点の反射点距離として算出する、反射点距離算出部21としての処理を実行する。
【0047】
そして、S40では、S10にてセンサ部11から取得した各反射点の相対速度と、S20にて算出した速度ベクトルとに基づき、各反射点の相対速度から基準点Prの速度ベクトルの反射点方位における相対速度を差し引くことで、各反射点の回転相対速度を算出する。なお、S40の処理は、回転相対速度算出部25としての機能を実現する。
【0048】
こうして、センサ部11にて検出された物体60の反射点毎に、反射点距離及び回転相対速度が算出されると、S50に移行し、上述した角速度算出原理に則って物体60の角速度を算出する、角速度算出部27としての処理を実行する。
【0049】
また、続くS60では、S10にてセンサ部11から取得した観測値と、S50にて算出された角速度(すなわち、瞬時角速度)と、S60にて前回推定した物体60の状態とに基づき、物体60の最新の状態を推定する、状態推定部30としての処理を実行する。
【0050】
そして、S60にて状態推定処理が実行されると、S10に移行することで、上記一連の処理を所定の処理周期で繰り返し実行する。
[角速度算出処理]
次に、S50にて実行される角速度算出処理について、
図10~
図12を用いて説明する。
【0051】
図10に示すように、角速度算出処理においては、まず、S110にて、センサ部11にて検出された物体60は、角速度の算出対象となる対象物体であるか否かを判定する、対象物体判定処理を実行する。この対象物体判定処理は、例えば、
図11に示す手順で実行される。
【0052】
すなわち、対象物体判定処理においては、
図11に示すように、まず、S210にて、物体60と自車両50との距離が、予め設定された近距離判定用の閾値以下であるか否かを判定する。そして、S210にて、距離は閾値以下であると判定されると、S250に移行して、物体60は、角速度の算出を行わない非対象物体であると判定する。
【0053】
一方、S210にて、距離は閾値よりも大きいと判定されると、S220に移行し、センサ部11にて検出された反射点の数が、予め設定された反射点数判定用の閾値以下であるか否かを判定する。S220にて、反射点の数は閾値以下であると判定されると、S250に移行して、物体60は非対象物体であると判定し、S220にて、反射点の数は閾値よりも大きいと判定されると、S240に移行する。
【0054】
S240では、物体60の加速度の絶対値が、予め設定された加減速判定用の閾値以上であるか否かを判定する。そして、S240にて、加速度の絶対値が閾値以上で、物体60が加減速されていると判定されると、S250に移行して、物体60は非対象物体であると判定する。また、S240にて、加速度が閾値よりも小さく、物体60は加減速されていないと判定されると、S240に移行する。そして、S240では、物体60は、角速度算出の対象物体であると判定し、当該対象物体判定処理を終了する。
【0055】
このように、対象物体判定処理においては、物体60と自車両50とが離れていて、センサ部11にて検出された反射点の数が所定の閾値よりも多く、しかも、物体60が加減速されていないときに、物体60が対象物体であると判定する。これは、角速度を精度よく算出できない条件下では、物体60は非対象物体として、角速度を算出しないようにするためである。
【0056】
つまり、物体60と自車両50との距離が短い場合には、物体60からの反射波が広がり易く、受信信号に不要な信号が含まれて、角速度の算出精度が低下することが考えられる。また、反射点の数が少ない場合には、上述した線形回帰が不安定となって、角速度の算出精度が低下することが考えられる。また、物体60が加減速されているときには、状態推定部30としての状態推定処理にて得られる基準点Prの速度ベクトルが実際の速度ベクトルからずれて、角速度の算出精度が低下することが考えられる。
【0057】
そこで、本実施形態では、このような条件下では、物体60は非対象物体であると判定して、角速度を算出しないようにしている。なお、物体60が対象物体であるか非対象物体であるかの判定に用いる判定条件は、上記3つの判定条件に限定されるものではなく、上記3つの判定条件のうちの2つ或いは1つを用いるようにしてもよい。また、判定条件として、他の判定条件を加えるようにしてもよい。
【0058】
図10に示すように、S110にて、上述した対象物体判定処理が実行されると、S120に移行し、対象物体判定処理にて、物体60は処理対象(すなわち対象物体)であると判定されたか否かを判定する。そして、S120にて、物体60は処理対象ではないと判定されると、以降の処理で角速度を算出することなく、当該角速度算出処理を終了する。
【0059】
一方、S120にて、物体60は処理対象であると判定されると、S130に移行し、センサ部11から取得した全ての反射点に対して、S140の対象反射点判定処理を実行したか否かを判定する。そして、S130にて、全ての反射点に対してS140の対象反射点判定処理を実行したと判定されると、S170に移行する。
【0060】
また、S130にて、全ての反射点に対してS140の対象反射点判定処理を実行していないと判定されると、S140に移行し、対象反射点判定処理を実行する。S140の対象反射点判定処理は、センサ部11にて検出された物体60の反射点が、角速度を算出するのに適した対象反射点であるか、角速度を算出するのに適さない非対象反射点であるかを判定する処理である。
【0061】
この対象反射点判定処理においては、センサ部11にて検出された複数の反射点の中から、当該判定処理を実施していない反射点を取得し、
図12に示す手順で、その反射点が対象反射点か否かを判定する。
【0062】
すなわち、対象反射点判定処理においては、S310にて、反射点からの反射波の受信電力が、予め設定された受信電力判定用の閾値以下であるか否かを判定する。S310にて、反射点の受信電力が閾値以下であると判定されると、反射点からの受信信号が、マイクロドップラーやマルチパス等により、ノイズの影響を受けていることが考えられるので、S350に移行する。そして、S350では、反射点は、角速度の算出を行わない非対象反射点であると判定する。
【0063】
一方、S310にて、反射点の受信電力が閾値を超えていると判定されると、S320に移行し、反射点と基準点Prとの速度差が、予め設定された速度差判定用の閾値以上であるか否かを判定する。S320にて、反射点と基準点Prとの速度差が閾値以上であると判定されると、マイクロドップラー等により、反射点の速度が正常に検出できていないことが考えられるので、S350に移行して、反射点は非対象反射点であると判定する。
【0064】
また、S320にて、反射点と基準点Prとの速度差が閾値未満であると判定されると、S330に移行し、センサ部11による反射点の方位推定で、反射波が複数波であったか否かを判定する。
【0065】
ここで、方位推定において複数波であるとは、方位推定処理において同一距離に複数の反射波を検知した状態である。例えば、角度FFTスペクトラムから閾値以上のピークの方位を抽出する方位推定処理において、複数のピークが閾値以上となった場合などがこれに該当する。
【0066】
そして、反射波の方位推定で反射波が複数波であった場合には、反射点の方位、換言すれば反射点の位置、の検出精度が低いことが考えられるので、S350に移行して、反射点は非対象反射点であると判定する。
【0067】
次に、S330にて、反射点の方位推定で反射波は複数波ではなかったと判定されると、S340に移行し、反射点は、角速度の算出に用いる対象反射点であると判定する。つまり、対象反射点判定処理では、反射点ごとに、受信電力が閾値を超えていて、基準点Prとの速度差が閾値未満であり、しかも、反射点からの反射波から反射点の方位を正常に推定できていることを確認する。そして、これら3つの条件が成立しているときに、反射点は、対象反射点であると判定する。
【0068】
なお、対象反射点判定処理においては、S340又はS350の処理実行後、当該対象反射点判定処理を終了して、
図10のS150に移行する。そして、次に対象反射点判定処理が開始されたときには、対象反射点であるか否かの判定を実施していない反射点について、上記と同様の手順で、対象反射点であるか否かを判定する。
【0069】
上記対象反射点判定処理においては、S310~S330の判定処理を実施することで、上記3つの判定条件が成立しているときに、反射点が対象反射点であると判定するようにしている。しかし、対象反射点判定処理においては、S310~S330の判定処理の少なくとも1つを実行するようにしてもよい。つまり、対象反射点判定処理においては、上記3つの判定条件の1つ、或いは2つが成立しているときに、反射点が対象反射点であると判定するようにされてもよい。
【0070】
次に、
図10に示すS150においては、S140の対象反射点判定処理にて、反射点は処理対象(すなわち対象反射点)であると判定されたか否かを判定する。そして、S150にて、反射点は処理対象ではないと判定されると、S130に移行する。
【0071】
また、S150にて、反射点は処理対象であると判定されると、S160に移行する。S160では、S140にて対象反射点であると判定された反射点の角速度算出用情報を、反射点情報として、RAM等の記録媒体に格納し、S130に移行する。なお、反射点情報には、S30の反射点距離算出処理及びS40の回転相対速度算出処理にて算出された、反射点距離及び回転相対速度が含まれる。
【0072】
次に、S130にて、全ての反射点に対し対象反射点判定処理が実行されたと判定されたときに実行されるS170においては、S160にて記録媒体に格納された各反射点の反射点距離及び回転相対速度に基づき、物体60の角速度を算出する。
【0073】
つまり、S170では、上述したように、反射点距離及び回転相対速度をパラメータとする座標空間内で、各反射点に対応する位置を特定し、線形回帰により各反射点の分布の傾きを求める、といった手順で、物体60の角速度を算出する。そして、S170にて、角速度が算出されると、
図9に示すS50の角速度算出処理を終了し、S60の状態推定処理を実行する。
【0074】
[状態推定処理]
S60の状態推定処理は、例えば、
図13に示す手順で実行される。
すなわち、
図13に示すように、状態推定処理においては、まずS410にて、予測処理を実行する。この予測処理では、予め決められた物体60の形状モデルと、過去の処理サイクル(例えば、前回の処理サイクル)において算出された推定値と、に基づいて、物体60の輪郭(以下、予測輪郭)を予測する。
【0075】
なお、物体60の形状モデルは、例えば、円形モデル、楕円形モデル、矩形モデル、など、予め用意されている複数のモデルの中から、複数の反射点の観測値から推定される物体60の大きさ及び形状に適したモデルを選択することにより決定される。
【0076】
予測輪郭は、過去の推定値である基準点Prの状態から予測される、物標の存在領域に対応する。
次に、S420では、S410にて算出された複数の予測値の各々を、S10にてセンサ部11から取得した観測値と関連付ける、関連付け処理を実行し、関連付けセットを生成する。
【0077】
次に、S430では、S40で算出された関連付けセットにカルマンフィルタ等のフィルタを適用して、現在の推定値P2を算出する、推定処理を実行する。
また、S430の推定処理では、予測値に関連付けした観測値による推定値の更新量を、非線形フィルタである拡張カルマンフィルタなどを用いて算出する。そして、予測値と推定値の更新量から、推定値を更新する。なお、この更新された推定値が、今回の処理サイクルにおける推定値になる。また、推定値には少なくとも基準点Prの速度ベクトルを表すパラメータを含む。例えば、任意の座標系における縦速度と横速度、または、速度の大きさと向きのいずれかの組み合わせがこれに該当する。
【0078】
次に、S440では、S430の推定処理にて更新された推定値に含まれる基準点Prの角速度(以下、角速度推定値)と、S50の角速度算出処理にて算出された角速度(以下、角速度算出値)とを混合する角速度混合処理を実行する。
【0079】
この角速度混合処理は、例えば、値1よりも小さい係数αを含む次式(7)を用いて、角速度推定値と角速度算出値とを混合し、角速度推定値を更新する。なお、次式(7)において、ωfilは角速度推定値を表し、ωobsは角速度算出値を表す。
【0080】
ωfil=(1-α)・ωfil+α・ωobs … (7)
そして、S440の角速度混合処理が実施されると、S60の状態推定処理を終了し、
図9のS10に移行することで、次回の処理サイクルにおける角速度算出及び状態推定を開始する。
【0081】
[効果]
以上説明したように、本実施形態の推定装置10においては、角速度算出部27が、物体60の少なくとも1つの反射点の基準点Prとの間の反射点距離、及び、その反射点の回転相対速度に基づき、物体60の角速度を算出する。
【0082】
このため、本実施形態の角速度算出部27によれば、道路形状を利用することなく、しかも、カルマンフィルタなどのフィルタ処理を利用することなく、物体60の角速度(すなわち、角速度算出値)を算出することができる。従って、物体60の角速度を、物体60の実際の移動状態に対応して、正確に、しかも、応答遅れなく算出することができる。
【0083】
また、角速度算出部27は、対象物体判定処理を実行することで、自車両50との距離が閾値以下、センサ部11にて検出された反射点の数が閾値以下、物体の加速度の絶対値が閾値以上、といった条件の何れかを満たすか否かを判定する。そして、これらの条件の何れかが成立すると、角速度の算出精度が低下すると判定して、その物体60の角速度の算出を行わないようにされている。
【0084】
また、角速度算出部27は、対象物体判定処理にて対象物体であると判定された物体60については、対象反射点判定処理を実行する。そして、対象反射点判定処理では、センサ部11にて検出された反射点のうち、受信電力が閾値以下である反射点、基準点Prとの速度差が閾値以上である反射点、方位推定で反射波が複数波であった反射点を、角速度の算出対象から除外する。
【0085】
従って、角速度算出部27は、センサ部11にて検出された複数の反射点の中から、センサ部11にて反射点からの反射信号が良好に受信されて、反射点の位置や速度が精度よく検出された反射点を選択することができる。そして、角速度は、その選択された反射点の反射点距離及び回転相対速度に基づき算出されることから、角速度の算出精度を高めることができる。
【0086】
また更に、本実施形態では、角速度算出部27による角速度の算出結果(すなわち、角速度算出値)は、状態推定部30にて推定された物体60の状態推定結果に反映される。具体的には、上述した角速度混合処理において、状態推定部30にて推定された物体60の状態のうち、角速度推定値を、角速度算出値にて補正する。
【0087】
この結果、カルマンフィルタなどのフィルタ処理を利用して推定される角速度推定値を、瞬時値である角速度算出値を用いて補正することができ、最終的に得られる車両状態の推定結果に含まれる推定遅れを、抑制することができる。この結果、車両50において、その推定結果から、自車両50をより適正に制御することができるようになる。
【0088】
[変形例]
上記実施形態では、角速度算出部27にて算出された角速度算出値を状態推定部30による車両状態の推定結果に反映させる際の第1例として、角速度混合処理において、角速度推定値と角速度算出値とを混合して、角速度推定値を補正することを説明した。
【0089】
しかし、車両状態の推定結果に角速度算出値を反映させて、車両状態の推定をより適正に実施できるようにするには、必ずしも、状態推定部30にて得られた角速度推定値を角速度算出値にて補正する必要はない。
【0090】
そこで、本変形例では、角速度算出部27にて算出された角速度算出値を状態推定部30による車両状態の推定結果に反映させる手法の第2例、及び、第3例について説明する。
【0091】
図14に示すように、第2例の状態推定処理においては、まずS400にて、S50の角速度算出処理で算出された角速度算出値の絶対値が、予め設定された閾値以上であるか否かを判定する。そして、S400にて、角速度算出値の絶対値が閾値以上であると判定された場合、つまり、物体60のヨーレートが大きい場合には、S405に移行して、フィルタゲインを初期値から増加させて、S410に移行する。
【0092】
一方、S400にて、角速度算出値の絶対値が閾値未満であると判定された場合、つまり、物体60のヨーレートが小さい場合には、フィルタゲインを増加させることなく、S410に移行する。
【0093】
これは、物体60の角速度が大きい場合には、S410による予測の信頼度が低くなると考えられるので、
図15に示すように、各反射点の観測値を信じ、物体60の角速度が小さい場合に比べて、フィルタゲインを大きくして、追従性を向上するためである。
【0094】
そして、S410以降は、
図13に示したS410~S430の処理を実行し、当該状態推定処理を終了する。
このように、第2例の状態推定処理においては、角速度算出部27で算出された角速度算出値に基づき、状態推定部30で用いられるフィルタゲインを補正する。このようにしても、状態推定部30による物体60の状態推定精度を高めることができる。
【0095】
次に、第3例の状態推定処理においては、
図16に示すように、まずS410にて、上述した予測処理を実行した後、S415にて、速度ベクトル予測補正処理を行い、S420に移行する。
【0096】
速度ベクトル予測補正処理では、
図17に示すように、物体60の基準点Prの速度の向きの変化量(以下、速度向き変化量)を、角速度算出部27で算出された角速度算出値に基づき補正することで、今回の処理サイクルの速度ベクトル予測値を補正する。
【0097】
そして、S420以降は、
図13に示したS420、S430の処理を実行し、当該状態推定処理を終了する。
このように、第3例の状態推定処理においては、前回の処理サイクルで推定した基準点Prの速度の速度向き変化量を、角速度算出値に基づき補正することで、速度ベクトル予測値を補正することから、物体60の基準点Prの速度や進行方向をより適正に推定することができる。よって、状態推定部30による物体60の状態推定精度を高めることができる。
【0098】
なお、第2例におけるフィルタゲインの補正、及び、第3例の速度ベクトル予測値の補正は、第1例の角速度推定値の補正など、他の補正と組み合わせて実施するようにしてもよい。
[第2実施形態]
第2実施形態は、基本的な構成は第1実施形態と同様であるため、第1実施形態との相違点について以下に説明する。なお、第1実施形態と同じ符号は、同一の構成を示すものであって、先行する説明を参照する。
【0099】
第2実施形態と第1実施形態との相違点は、
図2に点線で示すように、処理装置20に、衝突判定部32としての機能が設けられている点である。そして、この衝突判定部32としての機能は、処理装置20にて実行される角速度算出処理により実現される。
【0100】
すなわち、
図18に示すように、本実施形態の角速度算出処理においては、S170にて角速度が算出されるか、或いは、S120にて物体60は処理対象ではないと判定されると、S180にて衝突判定処理を実施してから、角速度算出処理を終了する。
【0101】
図19に示すように、S180の衝突判定処理においては、まずS510にて、状態推定部30による状態推定処理にて推定された物体60の速度ベクトルの向き、詳しくは基準点Prの進行方向が、自車両50の進路と交差しているか否かを判定する。そして、物体60の速度ベクトルの向きが自車両50の進路と交差していない場合には、S560にて、自車両50は物体60と衝突しない、「非衝突」であると判定して、当該衝突判定処理を終了する。
【0102】
次に、S510にて、物体60の速度ベクトルの向きが自車両50の進路と交差していると判定されると、S520に移行する。S520では、自車両50と物体60との距離を速度の差(すなわち、相対速度)で割ることで算出される衝突までの時間(以下、TTC)が、予め設定された衝突判定用の閾値以下であるか否かを判定する。なお、TTCは、Time to Collisionの略である。
【0103】
S520にて、TTCは閾値よりも大きいと判定されると、S560にて、「非衝突」と判定して、当該衝突判定処理を終了し、S520にて、TTCは閾値以下であると判定されると、S530に移行する。
【0104】
S530では、当該角速度算出処理において、物体60の角速度を算出したか否かを判定する。そして、S530にて、角速度は算出していないと判定すると、自車両50は物体60と衝突する可能性が高いので、S550に移行して、「衝突」と判定し、当該衝突判定処理を終了する。
【0105】
また、S530にて、角速度は算出したと判定すると、S540に移行して、算出した角速度の絶対値は、衝突判定用の閾値以下であるか否かを判定する。そして、角速度の絶対値が、閾値以下である場合には、自車両50は物体60と衝突する可能性が高いので、S550に移行し、「衝突」と判定して、当該衝突判定処理を終了する。
【0106】
一方、S540にて、角速度の絶対値が閾値よりも大きいと判定されたときには、物体60が進路変更されて、自車両50が物体60に衝突する可能性が低下したと判定して、S560に移行し、「非衝突」と判定して、当該衝突判定処理を終了する。
【0107】
このように、本実施形態の推定装置10においては、第1実施形態の推定装置10と同様に、周囲の物体60の瞬時加速度の算出、及び、物体60の状態推定を実施することができるだけでなく、その推定結果に基づき、物体60に衝突するか否かを判定できる。
【0108】
また、その衝突判定に、角速度算出処理にて算出した瞬時角速度を使用するため、TTCにより、衝突する可能性が高いと判定された物体60の瞬時角速度が大きく、衝突する可能性が低くなっている場合に、「衝突」を誤判定するのを抑制できる。従って、「衝突」の誤判定によって、車両50の乗員や自動運転装置に警報が出力されて、車両50の操舵装置が誤制御されるのを抑制できる。
【0109】
[他の実施形態]
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示は上述の実施形態に限定されることなく、種々変形して実施することができる。
【0110】
上記実施形態では、状態推定部30は、文献Aに記載の拡張物体追跡技術に従い、物体の形状をモデル化して、角速度を含む状態推定を行うものとして説明したが、物体の状態推定は、必ずしも上記実施形態に記載の手順で実施する必要はなく、適宜変更することができる。そして、その場合でも、状態推定部30による角速度などの推定結果を、上述した角速度算出値にて補正することで、物体の追跡精度を高めることができる。
【0111】
上記実施形態では、推定装置10は、自動車などの車両50に搭載されるものとして説明したが、自動車以外の移動体に搭載されていてもよい。例えば、推定装置10は、船舶、航空機、自動二輪車、ドローンなどの移動体に搭載されていてもよい。
【0112】
本開示に記載の推定装置10及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の推定装置10及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の推定装置10及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されてもよい。推定装置10に含まれる各部の機能を実現する手法には、必ずしもソフトウェアが含まれている必要はなく、その全部の機能が、一つあるいは複数のハードウェアを用いて実現されてもよい。
【0113】
上記実施形態における1つの構成要素が有する複数の機能を、複数の構成要素によって実現したり、1つの構成要素が有する1つの機能を、複数の構成要素によって実現したりしてもよい。また、複数の構成要素が有する複数の機能を、1つの構成要素によって実現したり、複数の構成要素によって実現される1つの機能を、1つの構成要素によって実現したりしてもよい。また、上記実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加又は置換してもよい。
【0114】
上述した推定装置10の他、当該推定装置10を構成要素とするシステム、当該推定装置としてコンピュータを機能させるためのプログラム、このプログラムを記録した半導体メモリ等の非遷移的実体的記録媒体、物体の推定方法など、種々の形態で本開示を実現することもできる。
【0115】
[本明細書が開示する技術思想]
[項目1]
移動体に搭載されて周囲の物体の状態を推定する推定装置であって、
周囲にセンサ波を送信し、その反射波から前記物体上の複数の反射点の位置及び相対速度を検出するように構成されたセンサ部(11)と、
前記物体の任意の基準点の速度ベクトルを算出するように構成された速度ベクトル算出部(23)と、
前記基準点から、前記センサ部にて検出された前記反射点方位を傾きとする直線までの距離を、反射点距離として算出するように構成された反射点距離算出部(21)と、
前記センサ部にて検出された前記反射点の相対速度から、前記速度ベクトル算出部にて算出された基準点の前記速度ベクトルによる前記反射点方位における相対速度を差し引いた値である、前記反射点の回転相対速度を算出するように構成された回転相対速度算出部(25)と、
前記反射点距離算出部及び前記回転相対速度算出部にて算出された、少なくとも1つの前記反射点の前記反射点距離及び前記回転相対速度に基づき、前記物体の角速度を算出するように構成された角速度算出部(27)と、
を備えている、推定装置。
【0116】
[項目2]
項目1に記載の推定装置であって、
前記角速度算出部は、少なくとも1つの前記反射点についての前記反射点距離に対する前記回転相対速度の大きさに基づき、前記角速度を算出するように構成されている、推定装置。
【0117】
[項目3]
項目2に記載の推定装置であって、
前記角速度算出部は、
前記反射点距離と前記回転相対速度をパラメータとする座標空間における前記反射点の分布から線形回帰を行い、前記座標空間内での傾きを算出するように構成された回帰処理部(27A)を備え、
前記回帰処理部にて算出された傾きから前記角速度を算出するように構成されている、推定装置。
【0118】
[項目4]
項目1~項目3の何れか1項に記載の推定装置であって、
前記角速度算出部は、
前記センサ部にて検出された複数の前記反射点について、下記の判定条件a)~c)の少なくとも1つに基づき除外判定を行い、
a)前記反射波の受信電力が閾値以下である。
【0119】
b)前記基準点との速度差が閾値以上である。
c)前記反射波が複数波である。
前記除外判定にて前記判定条件a)~c)の少なくとも1つに適合すると判定された前記反射点については、前記角速度の算出対象から除外するように構成されている、推定装置。
【0120】
[項目5]
項目1~項目4の何れか1項に記載の推定装置であって、
前記角速度算出部は、
前記物体との距離が所定の値以下、前記反射点の数が所定値以下、前記物体の加速度の絶対値が閾値以上、の何れかの条件を満たす場合は、前記角速度の算出を行わない、又は、前記角速度の算出結果を出力しない、ように構成されている、推定装置。
【0121】
[項目6]
項目1~項目5の何れか1項に記載の推定装置であって、
前記複数の反射点に対応する前記物体について、前記物体の状態を推定するように構成された状態推定部(30)を備え、
前記状態推定部は、前記物体の状態推定結果に、前記角速度算出部にて算出された前記角速度の算出値である角速度算出値を反映させるように構成されている、推定装置。
【0122】
[項目7]
項目6に記載の推定装置であって、
前記状態推定部は、前記角速度算出部とは異なる手法で前記角速度を含む状態を推定するように構成され、前記物体の状態推定結果に含まれる前記角速度の推定結果である角速度推定値と、前記角速度算出部にて算出された前記角速度算出値とを混合し、前記角速度推定値を更新するように構成されている、推定装置。
【0123】
[項目8]
項目6又は項目7に記載の推定装置であって、
前記状態推定部は、前記角速度算出部とは異なる手法で前記角速度を含む状態を推定するように構成され、前記角速度算出部にて算出された前記角速度算出値の絶対値が所定の値以上の場合に、前記状態推定部にて前記物体の状態を推定するのに用いられるフィルタのフィルタゲインを増加させるように構成されている、推定装置。
【0124】
[項目9]
項目6~項目8の何れか1項に記載の推定装置であって、
前記状態推定部は、前記状態推定部にて前記物体の状態の1つとして推定された前記物体の過去の速度ベクトルに基づき算出された、前記物体の現在の速度ベクトル予測値を、前記角速度算出部にて算出された前記角速度算出値にて補正するように構成されている、推定装置。
【0125】
[項目10]
項目1~項目9の何れか1項に記載の推定装置であって、
前記角速度算出部にて算出された前記角速度算出値を用いて、前記移動体と前記物体との衝突判定を行うように構成された衝突判定部(32)を備えている、推定装置。
【符号の説明】
【0126】
10…推定装置、11…センサ部、21…反射点距離算出部、23…速度ベクトル算出部、25…回転相対速度算出部、27…角速度算出部、27A…回帰処理部、30…状態推定部、32…衝突判定部。