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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025138863
(43)【公開日】2025-09-25
(54)【発明の名称】過共晶材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22D 27/02 20060101AFI20250917BHJP
   B22D 21/04 20060101ALI20250917BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20250917BHJP
   C22C 21/02 20060101ALI20250917BHJP
   C22F 1/043 20060101ALI20250917BHJP
   C22F 1/04 20060101ALI20250917BHJP
   C22C 1/02 20060101ALI20250917BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20250917BHJP
【FI】
B22D27/02 U
B22D21/04 A
C22C21/00 M
C22C21/02
C22F1/043
C22F1/04 A
C22C1/02 503J
C22F1/00 611
C22F1/00 681
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2025114755
(22)【出願日】2025-07-07
(62)【分割の表示】P 2023552974の分割
【原出願日】2022-10-07
(31)【優先権主張番号】63/253,131
(32)【優先日】2021-10-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(71)【出願人】
【識別番号】598163064
【氏名又は名称】学校法人千葉工業大学
(71)【出願人】
【識別番号】503332824
【氏名又は名称】株式会社ヂーマグ
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】田村 洋介
(57)【要約】
【課題】本発明は、従来にはない新たな金属組織を有する過共晶材料の製造方法を提供することにある。
【解決手段】本発明の過共晶材料の製造方法は、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金を共晶点の温度以上かつ液相線以上の温度まで加熱する加熱工程と、前記加熱工程により生成された溶湯を冷却しつつ前記溶湯に電磁力を印加することで、前記過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の初晶を前記過共晶材料の表層部に偏析させる冷却工程と、を含むことを特徴とする。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
過共晶材料の製造方法であって、
過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金を共晶点の温度以上かつ液相線以上の温度まで加熱する加熱工程と、
前記加熱工程により生成された溶湯を冷却しつつ前記溶湯に電磁力を印加することで、前記過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の初晶を前記過共晶材料の表層部に偏析させる冷却工程と、を含むことを特徴とする、過共晶材料の製造方法。
【請求項2】
前記冷却工程では、51.5kN/m以上260kN/m以下の電磁力密度の電磁力を前記溶湯に印加することを特徴とする、請求項1記載の過共晶材料の製造方法。
【請求項3】
過共晶材料の製造方法であって、
過共晶Al-Si合金を共晶点の温度以上かつ液相線以上の温度まで加熱する加熱工程と、
前記加熱工程により生成された溶湯を冷却しつつ前記溶湯に電流を作用させることで、前記過共晶Al-Si合金の初晶を前記過共晶材料の表層部に偏析させる冷却工程と、を含むことを特徴とする、過共晶材料の製造方法。
【請求項4】
前記冷却工程では、255kA/m以上637kA/m以下の電流密度の電流を前記溶湯に印加することを特徴とする、請求項3記載の過共晶材料の製造方法。
【請求項5】
前記加熱工程により生成された溶湯を冷却しつつ前記溶湯に電磁力を印加することで、 過共晶材料の表層部にのみ初晶Al13Feを偏析させ、過共晶材料の内部及び表層部に前記初晶Al13Feよりも微細な共晶Al13Feを晶出させることを特徴とする請求項1または2に記載の過共晶材料の製造方法。
【請求項6】
過共晶材料の表層部にのみ初晶Siを偏析させ、過共晶材料の内部及び表層部に前記初晶Siよりも微細な共晶を晶出させることを特徴とする請求項3または4に記載の過共晶材料の製造方法。
【請求項7】
前記冷却工程では、172kN/m以上223kN/m以下の電磁力密度の電磁力を前記溶湯に印加することを特徴とする、請求項1に記載の過共晶材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過共晶材料の製造方法に関する。
本願は、2021年10月7日に、米国に仮出願された63/253,131に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
溶湯の凝固過程で晶出する硬質の金属間化合物等(以下、固相粒子と記す)は、凝固過程により生成される金属材料の諸特性に様々な影響を及ぼす。所望の材料特性を得るために不可欠な場合もあれば、除去が必要なケースもある。一般に前者においては、その分布や形態が重視され、後者においては、固相粒子を分離除去するためのプロセス技術の確立が必要とされる。
【0003】
溶湯中に遊離している固相粒子は、電磁力の印加によって分離可能であると報告されている(非特許文献1)。これは溶融金属に作用する電磁力の反作用を利用するものである。電磁分離理論によると、電気伝導率の小さい固相粒子は、電磁力と反対方向に移動する。そして、固相粒子は溶湯の表層部まで移動するので、固相粒子を除去することができる。あるいは、所望の材料特性を得るために、表層部に移動した固相粒子をそのまま溶湯内に保持することも考えられる。したがって、電磁分離理論の利用は、凝固組織制御および溶湯清浄化において興味深いと言える。しかし実際に理論通りの効果が得られるか否かついては不明な点も多い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】朴▲俊▼杓、佐々健介、浅井滋生:日本金属学会誌、59(1995)、312-318、10.2320/jinstmet1952.59.3_312
【非特許文献2】P.D.Desai, H.M.James and C.Y.Ho:CINDAS Report 65 March 1983,9-38.
【非特許文献3】A.Kofler: Z.Metallkde, 41 (1950)、 221-226.
【非特許文献4】E.Scheil: Z.Metallkde, 45 (1954), 298-309.
【非特許文献5】L.M.Hogan: J.Aust. Inst. Met., 9 (1964), 228-239.
【非特許文献6】E.Talaat and F.Hasse: Mater. Trans., JIM, 41 (2000), 507-515, 10.2320/matertrans1989.41.507.
【非特許文献7】茂木徹一、大野篤美: 軽金属 38 (1988), 96-101, 10.2464/jilm.38.96.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、金属材料の一種である過共晶材料として、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金を含む過共晶材料が知られている。これらの過共晶材料には様々な材料特性が求められている。過共晶材料の材料特性を決定づける要因の1つとして、過共晶材料の金属組織が挙げられる。金属組織としては、例えば表層部組織、内部組織が挙げられる。表層部の組織を制御する方法として、上述した電磁分離理論の利用が挙げられるが、過共晶材料が電磁分離理論に従った挙動を示すとは限られない。
【0006】
そこで、本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、従来にはない新たな金属組織を有する過共晶材料の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
「1」上記課題を解決するために、本発明のある観点によれば、過共晶材料の製造方法であって、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金を共晶点の温度以上かつ液相線以上の温度まで加熱する加熱工程と、前記加熱工程により生成された溶湯を冷却しつつ前記溶湯に電磁力を印加することで、前記過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の初晶を前記過共晶材料の表層部に偏析させる冷却工程と、を含むことを特徴とする過共晶材料の製造方法が提供される。
【0008】
「2」本発明の他の観点によれば、前記「1」に記載の過共晶材料の製造方法において、前記冷却工程では、51.5kN/m以上260kN/m以下の電磁力密度の電磁力を前記溶湯に印加することが好ましい。
【0009】
「3」本発明のある観点によれば、過共晶Al-Si合金を共晶点の温度以上かつ液相線以上の温度まで加熱する加熱工程と、前記加熱工程により生成された溶湯を冷却しつつ前記溶湯に電流を作用させることで、前記過共晶Al-Si合金の初晶を前記過共晶材料の表層部に偏析させる冷却工程と、を含むことを特徴とする過共晶材料の製造方法を提供できる。
「4」前記「3」に記載の過共晶材料の製造方法において、前記冷却工程では、255kA/m以上637kA/m以下の電流密度の電流を前記溶湯に印加することが好ましい。
【0010】
「5」前記「1」または「2」に記載の過共晶材料の製造方法において、前記加熱工程により生成された溶湯を冷却しつつ前記溶湯に電磁力を印加することで、過共晶材料の表層部にのみ初晶Al13Feを偏析させ、過共晶材料の内部及び表層部に前記初晶Al13Feよりも微細な共晶Al13Feを晶出させることが好ましい。
【0011】
「6」前記「3」または「4」に記載の過共晶材料の製造方法において、過共晶材料の表層部にのみ初晶Siを偏析させ、過共晶材料の内部及び表層部に前記初晶Siよりも微細な共晶を晶出させることが好ましい。
「7」前記「1」に記載の過共晶材料の製造方法において、前記冷却工程では、172kN/m以上223kN/m以下の電磁力密度の電磁力を前記溶湯に印加することが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の上記観点によれば、従来にはない新たな金属組織を有する過共晶材料の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】各合金の平衡状態図と試験温度との関係を示す説明図である。
図2】試料の配置を示す説明図である。
図3】(a)は試料を永久磁石(Nd-Fe-B)の磁極間に静置した状態を示す斜視図である。(b)の左図は試料に磁場を印加した際の磁束密度Bの大きさの分布を示すグラフである。(b)の右図は磁束密度Bの大きさを示すグラフである。
図4】試料F950-[1]、F950-[2]、およびF950-[3]の長手方向断面のマクロ組織を示す画像である。
図5】試料F750-[2]、F850-[2]、およびF950-[2]の長手方向断面のマクロ組織を示す画像である。
図6A】試料F950-[1]のX線CT像である。
図6B】試料F950-[1]のX線CT像である。
図7A】試料F950-[2]のX線CT像である。
図7B】試料F950-[2]のX線CT像である。
図8A】試料F950-[3]のX線CT像である。
図8B】試料F950-[3]のX線CT像である。
図9】試料F950-[1]、F950-[2]およびF950-[3]で観察された組織の形成過程を示す概念図である。
図10】試料S950-[1]、S950-[2]、S950-[3]の長手方向断面および任意の横断面におけるマクロ組織を示す画像である。
図11】試料S650-[2]、S750-[2]、S850-[2]の長手方向断面および任意の横断面におけるマクロ組織を示す画像である。
図12】試料S950-[1]、S950-[2]およびS950-[3]の光学顕微鏡写真である。
図13】試料S950-[2]およびS950-[3]の蛍光X線によるSiマッピングを示す画像である。
図14】カップルド・ゾーンを示す説明図である。
図15】電流無し、80Aの電流を印加、100Aの電流を印加のそれぞれの実験を行うことで得られた試料のマクロ組織を示す画像である。
図16】電流無しの実験を行うことで得られた試料のミクロ組織を示す画像である。
図17】80Aの電流を印加の実験を行うことで得られた試料のミクロ組織を示す画像である。
図18】100Aの電流を印加の実験を行うことで得られた試料のミクロ組織を示す画像である。
図19】150Aの電流を印加、200Aの電流を印加、250Aの電流を印加、300Aの電流を印加のそれぞれの実験を行うことで得られた試料のマクロ組織を示す画像である。
図20】150Aの電流を印加の実験を行うことで得られた試料のミクロ組織を示す画像である。
図21】200Aの電流を印加の実験を行うことで得られた試料のミクロ組織を示す画像である。
図22】250Aの電流を印加の実験を行うことで得られた試料のミクロ組織を示す画像である。
図23】300Aの電流を印加の実験を行うことで得られた試料のミクロ組織を示す画像である。
図24】(a)は過共晶材料の外観を示す概念図であり、(b)は過共晶材料の長手方向に垂直な断面を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<1.本発明者による検討>
(A.Al-10FeおよびAl-25Si合金における初晶の偏析現象と凝固組織に及ぼす電磁力の影響)
まず、本発明者が行った実験及びその結果に基づく検討について説明する。本発明者は、実験対象の試料としてAl-10Fe合金及びAl-25Si合金を選択した。Al-10Fe合金は過共晶Al-Fe合金の一種であり、Al-25Si合金は過共晶Al-Si合金の一種である。ここで、Al-xFe合金またはAl-ySi合金のx、yの値は合金の総質量に対するFeまたはSiの質量%を示す。過共晶Al-Si合金は、幅広い組成域で実用合金が規格化されている。したがって、実験結果によっては過共晶Al-Si合金が新たな技術開発につながると考えられる。
【0015】
(1-1.実験条件)
表1に示す組成のAl-10Fe合金及びAl-25Si合金を実験に用いた。表1中の数値は合金の総質量に対する各元素の質量%を示す。また、表1の残部はAlである。
【0016】
【表1】
【0017】
各合金鋳塊を直径18mm、長さ90mmの円柱形状に切削加工することで実験用の試料を作製した。ついで、当該試料を内径20mm、長さ120mmのムライト管に挿入し、ムライト管の両端を黒鉛電極で塞いだ。ムライト管を正極側の黒鉛電極が下側に配置されるように鉛直方向に向けた(縦型配置)。正極側の黒鉛電極をセラミックス接着剤でムライト管に固定し、負極側の黒鉛電極を各合金の溶湯と十分に接触させるため上下可動とした。銅製のクランプを介して銅板と各黒鉛電極を締結し、その状態で試料を電気炉中に静置した。銅板を電気炉の外部でキャブタイヤケーブルに繋ぎ、当該キャブタイヤケーブルを介して銅板を直流安定化電源(PR10-300 松定プレシジョン)に接続した。
【0018】
電気炉中の試料を所定の温度(以下、当該所定の温度を「試験温度」とも称する)に昇温した後、試料を炉外に取り出し、試料の溶湯を直ちに以下の冷却条件で自然凝固させた。
【0019】
[1]試料を「そのまま」(すなわち、電磁力を印加させず)冷却
[2]試料に「電流100A」と「磁場」を印加しながら試料を冷却
[3]試料に「電流130A」と「磁場」を印加しながら試料を冷却
【0020】
Al-10Fe合金の試験温度は、750℃、850℃、950℃または1050℃とした。Al-25Si合金の試験温度は650℃、750℃、850℃または950℃とした。図1に各合金の平衡状態図と試験温度との関係を示す。図1の(a)は過共晶Al-Fe合金の平衡状態図と試験温度との関係を示し、図1の(b)は過共晶Al-Si合金の平衡状態図と試験温度との関係を示す。
【0021】
図1の(a)において、直線L1はAl-10Fe合金に含まれるFeの質量%(すなわち10質量%)を示し、点P1は試験温度を示す。Lは液相を示し、L+Al13Feは液相と初晶Al13Feの固液二相状態を示し、αAl+Al13FeはαAlと初晶Al13Feの固相を示す。曲線L2、L3は液相線を示し、点P2は共晶点を示す。
【0022】
図1の(b)において、直線L4はAl-25Si合金に含まれるSiの質量%(すなわち25質量%)を示し、点P3は試験温度を示す。Lは液相を示し、L+Siは液相と初晶Siの固液二相状態を示し、αAl+SiはαAlと初晶Siの固相を示す。直線L5、L6は液相線を示し、点P4は共晶点を示す。図1の(a)及び図1の(b)において、固液二相状態とは、初晶Al13Feあるいは初晶Siが未溶解のまま液相(L)中に遊離した状態を意味する。
【0023】
図1の(a)及び図1の(b)に示される通り、各試験温度において、Al-10Fe合金及びAl-25Si合金は完全に液相(L)であるか、あるいは固液二相状態である。
【0024】
冷却条件[2]、[3]では、以下の方法で各試料に電磁力を印加した。すなわち、試料に直流電流を流すと共に、試料を永久磁石(Nd-Fe-B)の磁極間に静置することで磁場を各試料に印加した(図3の(a)参照)。磁場の方向(磁束密度B(太字はベクトルを示す。以下同じ。)の方向)は試料の長手方向に垂直な方向とした(図2の(a)参照)。なお、磁場の大きさは一定(約0.54T)とした。試料を室温まで冷却した後、ムライト管から試料を取り出し、試料をマクロ組織観察(目視による観察。具体的には、試料の断面をスキャナーで読み取り、これによって得られた画像を目視で観察した。)、光学顕微鏡組織観察およびX線計算機トモグラフィー(X-ray computed tomography X線CT)による観察に供した。以下、Al-10Fe合金を「F」、Al-25Si合金を「S」と称し、冷却処理後の試料を「F」または「S」に試験温度と冷却条件を付した記号で表すこととする。例えばAl-10Fe合金を用い、試験温度950℃、冷却条件[1]により得られた試料を「F950-[1]」のように表記する。
【0025】
(1-2.試料配置と電磁力の方向)
本実験では、上述したように、試料を縦型配置した(試料の長手方向が鉛直方向に一致するように試料を配置した)。図2の(a)は試料の配置を示す。図2の(a)におけるBは磁束密度を示し、Jは電流密度を示し、Fは電磁力密度を示す。図2の(b)は、試料を横型配置した(試料の長手方向が水平方向に一致し、かつ磁束密度Bの方向に垂直になるように配置した)状態を示す図である。実験結果については後述するが、試料を縦型配置、横型配置のいずれで配置しても、同様の結果が得られた。
【0026】
図3の(a)は試料を永久磁石(Nd-Fe-B)の磁極間に静置した状態を示す斜視図である。図3の(b)左図は試料に磁場を印加した際の磁束密度Bの大きさの分布を示すグラフである。横軸wは水平方向における磁極の一方の端部(図3の(a)中左端)からの距離を示し、縦軸Hは鉛直方向における磁極の下端からの距離を示す。図3の(b)右図は磁束密度Bの大きさを示すグラフである。図3の(b)に示すように、磁場は均一且つ試料全体に印加される。
【0027】
磁束密度B、電流密度J、及び電磁力密度Fの間には、F=J×Bの関係がある。ここで、「×」は外積を示す。上述した冷却条件[2]、[3]では、試料の溶湯に電磁力が印加される。図2の(a)に示すように、本実験では、電流密度Jと磁束密度Bが互いに直交する。また、冷却条件[2]、[3]における電磁力密度Fの大きさはそれぞれ172kN/mおよび223kN/mとなる。
【0028】
本実験における試料が電磁分離理論に従う場合、電磁力密度Fにより体積Vの球状粒子に作用する力Fの大きさは以下の数式(1)で表される。
【数1】
【0029】
ここでσは溶融金属(溶湯)の電気伝導率であり、σは固相粒子の電気伝導率であり、Vは固相粒子の体積であり、Fは電磁力密度の大きさである。初晶Al13Feは金属間化合物、初晶Siは半導体であり、いずれも高温下での電気伝導率は不明である。しかし溶湯中のAlは良導体であり、融点直上の電気伝導率は4.0×10Ω-1-1と大きい(非特許文献2)。そこでAl-10Fe合金およびAl-25Si合金のいずれにおいてもσ/σ≒0を仮定すると、初晶Al13Feと初晶Siはいずれも電磁力密度Fの方向とは反対側に偏析すると予想される。例えば、電磁力密度Fが観察者から見て試料の右から左に作用している場合、溶湯中に遊離している各初晶は、力Fによって電磁力密度Fとは反対方向、すなわち右側半分に偏って分布すると推測される。
【0030】
(1-3.Al-10Fe合金のX線CTによる評価)
Al-10Fe合金中の初晶Al13Feは、マクロ観察可能な大きさであった。また、初晶Al13Feは、αAlとの密度差もあることから、X線CTで十分に観察可能であった。そこで初晶Al13Feの形態と分布を三次元計測X線CT装置{ヤマト科学(株)製 TDM1000H-II(2K)}を用いて観察した。観察条件は、管電圧100kV、管電流35μA、スキャンタイプはヘリカルCTとした。
【0031】
一方、共晶Al13Feは微細であり、観察が困難であった。またAl-25Si合金中のSi相もαAlと密度が近く、X線吸収係数の差が小さいため、初晶Siおよび共晶SiともにX線観察に必要なコントラストを得ることができなかった。このため、Al-25Si合金に関しては、マクロ観察およびミクロ観察を行った。
【0032】
(1-4.実験結果および考察)
(1-4-1.Al-10Fe合金のマクロ組織)
試料を観察するにあたっては、まず、試料を長手方向断面(試料の長手方向に平行で、かつ長手方向の中心軸(長手方向に垂直な断面の中心を通り、長手方向に平行な軸)を通る断面)で切断した。そして、切断面を観察した。図4に試料F950-[1]、F950-[2]およびF950-[3]の長手方向断面のマクロ組織を示す。試料F950-[1]では、粗大針状の初晶Al13Feが断面全体に亘って分布していた。一方試料F950-[2]、F950-[3]では、初晶Al13Feは断面の両縁に偏析していた。またその傾向は、より大きな電磁力が作用する資料F950-[3]の方が顕著であった。
【0033】
図5は試料F750-[2]、F850-[2]、およびF950-[2]の長手方向断面のマクロ組織を示す。試料F750-[2]、F850-[2]では、固液二相状態から冷却及び電磁力の印加を行っている。図5から明らかな通り、固液二相状態の試料に電磁力を印加した場合、図4に示すような初晶の偏析は生じないことが明らかとなった。
【0034】
以上より、初晶Al13Feの偏析は、数式(1)で表される力Fが溶湯中に遊離していた初晶Al13Feに作用し、初晶Al13Feが移動することにより形成されたものではないと考えられる。
【0035】
(1-4-2.Al-10Fe合金のX線CT観察)
X線CTを用いて初晶Al13Feの分布と形態を調べた。図6A図6Bは試料F950-[1]のX線CT像である。スキャン方向は図に示すX、YおよびZ軸方向である。Z軸は試料の長手方向断面に垂直な方向であり、Y軸は試料の長手方向に平行な方向であり、X軸はY、Z軸の両者に垂直な方向(試料の径方向に平行な方向)である。また、図6Aは、各方向における最大面積となる断面画像を示す。
【0036】
マクロ組織観察(図4参照)では、初晶Al13Feがそれぞれ遊離した針状結晶のように見えた。しかし各方向からのスキャン画像により、初晶Al13Feはムライト管および黒鉛電極の内壁と接する面(以下、「試料表面」とも称する)から試料中心に向かって成長していることが明らかとなった。また試料を横断するような粗大な結晶も多数認められた。図6Bは、試料を立体観察した結果を示す。同図から明らかな通り、立体観察の結果、初晶Al13Feは板状となっていることが確認された。
【0037】
図7図8は、それぞれF950-[2]およびF950-[3]のX線CT像を示す。図7Aおよび図8A図7Bおよび図8Bが示す画像は図6と同様である。これらの図から明らかな通り、いずれの試料においても初晶Al13Feが試料表面全域から中心に向かって成長していた。しかし、試料F950-[1]に比べると初晶Al13Feの数は多く、結晶の幅および長さが減少し、結晶の形態も板状から剣刃状へと変化していた。さらに、初晶Al13Feは試料の表層部に偏析していた。その傾向は、特に試料F950-[3]において顕著であった。
【0038】
以上の観察結果に基づいて試料F950-[1]、F950-[2]およびF950-[3]で観察された組織の形成過程を図9の通り概念図にまとめた。図9は、Z軸(図6等参照)に垂直な断面の一部を拡大して示す概念図である。図9において、符号100はムライト管を示し、符号200は初晶を示す。図9に示すように、いずれの試料においても、はじめに試料表面全域で初晶Al13Feの結晶核が生成し、その後、初晶Al13Feは、試料表面から遊離することなく試料中心に向けて成長する。試料F950-[1]では、初晶Al13Feの結晶幅は広く、試料中心へと長距離に亘り成長する。一方、試料F950-[2]およびF950-[3]では、試料表面からより多数の幅の狭い結晶が生じ、試料表面近傍の狭範囲で緻密に成長する。その傾向は、試料F950-[3]の方が顕著である。各試料の初晶体積率を等しいと見なせば、試料F950-[2]およびF950-[3]では、試料表層部に初晶Al13Feの偏析が形成される。なお、特段の説明がない限り、本実施形態において、試料等の「表層部」は、初晶が偏析した場合の初晶の存在領域(試料表面およびその近傍)を意味するものとする。また、試料等の「内部」は、「表層部」以外の部分を意味するものとする。
【0039】
電磁力は初晶Al13Feの核生成や成長に影響を及ぼすと考えられる。電磁力による核生成頻度の増加によって、初晶Al13Feは微細化する可能性がある。物理的な刺激は核生成を助長することが一般に知られている。また結晶幅の変化を鑑みると、試料表面に核生成した初晶Al13Feは電磁力によって試料中心へ成長し難くなるような作用を受けたとも考えられる。しかし、いずれにしても本実験条件の場合、電磁分離理論上、電磁力が働くのは一方向である。したがって、電磁力の影響が試料表面全体に亘って観察された原因について、検討が必要である。
【0040】
(1-4-3.Al-25Si合金のマクロ組織観察)
マクロ組織を観察するにあたっては、まず、試料を長手方向断面で切断した。そして、切断面および任意の横断面(試料の長手方向に垂直な断面)を観察した。図10は、試料S950-[1]、S950-[2]、S950-[3]の長手方向断面および任意の横断面におけるマクロ組織を示す。試料S950-[1]では、初晶Siは試料中に不規則に分散しているが、試料S950-[2]およびS950-[3]では明らかに断面の縁に偏析していた。図11は、試料S650-[2]、S750-[2]、S850-[2]の長手方向断面および任意の横断面におけるマクロ組織を示す。つまり、同図は初晶Siの分布と試験温度の関係を示す。試料S650-[2]では、固液二相状態から、それ以外の試料では、液相状態から電磁力を印加している。それぞれの組織を比較すると、結果的に初晶Siの偏析は試料S650-[2]以外、すなわち液相状態から電磁力を印加した場合にのみ観察されることが明らかとなった。
【0041】
X線CTによるAl-25Si合金の観察は困難なため、初晶Siの立体的形態を詳細に把握することはできなかった。しかし以上に述べた結果から、電磁力の影響は基本的に初晶Al13Feの場合と同様と考えられる。つまり、電磁力は遊離している初晶Al13Feや初晶Siには作用せず、その核生成や結晶成長に影響を及ぼすと推測される。具体的には、完全な液相状態にある(言い換えれば、共晶点の温度以上かつ液相線以上の温度以上の温度まで加熱された)Al-10Fe合金またはAl-25Si合金に電磁力を印加すると、試料表面(またはその近傍)全域で初晶Al13Feまたは初晶Siの結晶核が生成し、その後、初晶Al13Feまたは初晶Siは、試料表面から遊離することなく試料中心に向けて成長するが、試料の表層部に偏析する。固液二相状態のAl-10Fe合金またはAl-25Si合金に電磁力を印加しても、このような現象は観察されない。
【0042】
(1-4-4.Al-25Si合金のミクロ組織)
図12は、試料S950-[1]、S950-[2]およびS950-[3]の光学顕微鏡写真である。図12の右上の挿図に示すように、観察領域は試料の長さ方向中央部断面(長手方向に垂直な断面)の表層部A、中間部Bおよび中心部Cとした。なお、本観察では、観察領域の中心を含み、かつ半径(1/3)×r(rは観察領域の半径)の円領域を中心部Cとし、半径(2/3)×rの円領域のうち、中心部Cを除く領域を中間部Bとし、半径rの円領域のうち、中間部Bおよび中心部Cを除く領域を表層部Aとした。
【0043】
試料S950-[1]では、初晶Siは、表層部A、中間部B、および中心部Cの全領域で観察された。一方、試料S950-[2]、S950-[3]では、微視的にも表層部Aのみで初晶Siが観察された。また、試料表面には、初晶Siが緻密に分布していた。これは試料表面から初晶Siが遊離することなく、試料表面を含む狭範囲で成長した結果と考えられる。初晶Siの断面形状は、棒状、針状あるいは多角形状であり、その大きさは様々である。表層部Aでは、1辺が1mmを超える粗大な塊状Siも観察された。凝固時に隣接結晶同士が合体成長した可能性が示唆される。
【0044】
試料S950-[2]およびS950-[3]の中間部Bおよび中心部Cでは、微細な共晶が組織全体に亘って観察された。中心に近い中心部Cの共晶は特に微細であり、その中には明らかに初晶αAlと考えられる樹枝状晶も確認された。試料S950-[1]が初晶Siと共晶から成る典型的な過共晶組織であるのに対し、試料S950-[2]およびS950-[3]では、中間部Bおよび中心部Cといった広範な領域で共晶あるいは亜共晶組織が観察された。これらの組織は急速凝固あるいはストロンチウム(Sr)添加により改良された組織とよく似ている。
【0045】
図13に試料S950-[2]およびS950-[3]の蛍光X線によるSiマッピングを示す。両試料とも高濃度のSiを示す表層部A以外、Si濃度にほとんど差は認められず、組成的に中間部Bと中心部Cは均質であった。また中心部Cの中心からφ3mm内に含まれるSiを定量した結果、試料S950-[2]では15.4質量%Si、試料S950-[3]では16.5質量%Siとなった。このように、中間部Bおよび中心部Cでは、初晶Siが存在しないにも関わらず、平衡状態図に示されている共晶組成(12.6質量%Si)よりもSiは高濃度であった。
【0046】
Koflerは、有機共晶系において、かなり広い組成域で過冷液体から完全な共晶組織が形成されることを明らかにしている(非特許文献3)。またScheilは、金属共晶系でそれを実証し、そのような組成域(過冷液体から完全な共晶組織が形成される組成域)をカップルド・ゾーンと呼んだ(非特許文献4、5)。カップルド・ゾーンでは共晶を構成する各相が等しい成長速度を有し、共晶は規則正しい層状になると報告されている。過共晶Al-Si合金系に関しては、図14に示すようなカップルド・ゾーンが示されている(非特許文献6)。試料S950-[2]およびS950-[3]で観察された広範に亘る共晶および亜共晶組織は、カップルド・ゾーンを経た凝固組織(以下、「過冷凝固組織」とも称する)と考えられる。
【0047】
過共晶Al-Si合金では、初晶Siが共晶先行相となる(非特許文献7)。したがって、溶湯中に初晶Siが分散していれば、凝固時に共晶の核生成に必要な過冷を伴わず、共晶Siは初晶Siから成長する。一方、溶湯中に初晶Siが存在しない領域が形成されていれば、その領域内における共晶の晶出には過冷が必要となる。試料S950-[2]およびS950-[3]において、初晶Siは表層部Aに偏析しており、中間部Bと中心部Cでは初晶Siは観察されなかった。したがって、中間部Bと中心部Cでは、凝固過程において過冷が生じ、その結果、過冷凝固組織が生成されたと考えられる。本実験結果から、各相の成長過程までを考察することは困難であるが、以上より、例えば試料S950-[2]では、凝固過程において中間部Bと中心部Cの溶湯組成が16.5質量%Siに達した時点で、共晶の核生成を伴う凝固が新たに開始したと考えられる。
【0048】
なお、試料はいずれもムライト管内で溶解し、その後、そのまま大気中で自然凝固したものである。試料を炉外に取り出してから共晶温度に至るまでの冷却速度は約1.0℃/s程度であり、それは金型鋳造等における冷却速度に比べると緩慢である。また、本実験では実用合金を用いており、表1に示したように試料には一定量の不純物元素も含まれている。したがって一般的に大きな過冷が起こるとは考えにくい。以上より、試料表層部に対し、冷却速度の小さい試料中心部および中間部に微細共晶組織が形成される現象は興味深いと言える。
【0049】
(1-4-5.まとめ)
電磁力を印加しながら凝固したAl-10Fe合金およびAl-25Si合金の組織観察を通じ、Al-10Fe合金およびAl-25Si合金で確認された初晶Al13Feおよび初晶Siの電磁分離現象を検証し、各合金の凝固組織に及ぼす電磁力の影響を調べた。その結果、以下の結論を得た。
【0050】
[1]Al-10Fe合金中の初晶Al13Feに限らず、Al-25Si合金中の初晶Siも電磁力により試料表層部の全域に偏析する。試料の配置を縦型から横型に変更してもその効果は変わらない。
【0051】
[2]初晶Al13Feおよび初晶Siの偏析は、それらが試料表面から遊離することなく試料表層部の狭範囲で緻密に成長した結果と考えられる。
【0052】
[3]電磁力は、溶湯中にすでに遊離している初晶Al13Feおよび初晶Siには作用せず、それらの分布にも影響を及ぼさない。本実験により確認された初晶の偏析は、既存の電磁分離理論によるものではなく、新しい現象と考えられる。
【0053】
[4]電磁力の印加により、凝固過程で溶湯表層部に初晶Siが偏析すると、初晶Siを含まない試料内部(中間部、中心部)領域は過冷凝固組織の様相を呈し、樹枝状の初晶Alを伴う微細共晶が観察されるようになる。なお、Al-10Fe合金の内部組織について詳細な検討はできていない。しかしながら、Al-10Fe合金とAl-25Si合金は冷却中の電磁力の印加に対して同様の挙動を示すことから、Al-10Fe合金は、Al-25Si合金の内部組織と同様の内部組織を有すると推察される。
【0054】
(B.Al-25Si合金の凝固組織に及ぼす電流の影響)
本発明者は、Al-25Si合金の凝固組織に及ぼす電流の影響についてさらに検討した。つまり、本発明者は、Al-25Si合金に電磁力ではなく電流のみを印加した場合にも上記と同様の挙動を示すのではないかと考え、以下の検討を行った。
【0055】
(1-5.実験条件)
上記表1に示す組成のAl-25Si合金を実験に用いた。切断機を用いてAl-25Si合金の鋳塊を約20mm四方の角棒状に切り出した。ついで、旋盤を用いて角棒状の鋳塊を直径18mmの丸棒に切削加工した。このとき、切削時送り速度は580mm/minとした。その後、ファインカッターを用いて鋳塊の丸棒を長さ90mmに切断した。ついで、鋳塊の加工中に鋳塊に付着した切削油および水を除去するために、作製された丸棒をアセトン溶液(濃度90.0質量%)に24h浸し、400℃に熱した電気炉で2h加熱した。以上の工程により、Al-25Si合金の試料を作製した。
【0056】
ついで、黒鉛電極を作製した。長さ100mm、直径20mmの黒鉛の丸棒を準備し、これを長さ50mmの2つの丸棒に切断した。これらの丸棒のうち、長さ30mmの部分を加熱装置に接続するためのねじ部とした。
【0057】
ついで、試料固定装置を作製した。ムライト管(長さ600mm、外径25mm、内径20mm)を長さ120mmに切断し、このムライト管に上記で作製された試料を挿入した。ムライト管の切断加工にはダイヤモンドカッターを用いた。その後、ムライト管の両端を黒鉛電極で塞いだ。ここで、黒鉛電極のねじ部が設けられていない部分をムライト管に挿入した。ついで、ムライト管を鉛直方向に向け、下側の黒鉛電極をアロンセラミックでムライト管に接着した。上側の黒鉛電極は上下可動とした。ついで、ムライト管を室温で乾燥させた後、電気炉を用いて90℃および150℃で一時間ずつ熱することで、加熱硬化を行った。ついで、各黒鉛電極をステンレス製の長ナットに接続し、試料固定装置完成とした。上側の黒鉛電極の上下方向には、上側の黒鉛電極が試料の融解に伴って液面が落ちても試料に接触できるよう、クリアランスを設けた。
【0058】
ついで、試料固定装置を直流電源装置に接続した。具体的には、上下の長ナットを介して黒鉛電極をステンレス棒に接続した。ついで、これらのステンレス棒を直流電源装置に接続した。
【0059】
ついで、試料固定装置を電気炉内に設置し、試料固定装置を試料の温度が950℃となるように加熱した。これにより、試料を溶解した。試料の温度は放射温度計で測定した。
【0060】
試料の温度が950℃に達した後、電気炉から試料固定装置を取り出し、直流電源装置を用いて試料に電流を流した。下側の黒鉛電極を正極、上側の黒鉛電極を負極とした。つまり、電流を上方向に流した。電流の大きさは表2に示す通りとした。試料に電流を流し始めてから10分経過した後、直流電源装置をオフし、そのまま試料を自然凝固させた。
【0061】
【表2】
【0062】
ついで、マクロ組織観察用の試料を作製した。具体的には、実験後の試料固定装置から試料を取り出し、試料を長手方向断面(試料の長手方向に平行で、かつ長手方向の中心軸(長手方向に垂直な断面の中心を通り、長手方向に平行な軸)を通る断面)で2つに切断した。切断にはファインカッターを用いた。切断後の試料の一方をマクロ組織観察用の試料とした。
【0063】
ついで、ミクロ組織観察用の試料を作製した。切断後の試料の他方を長手方向に4等分に切断した。切断にはファインカッターを用いた。切断後の試料を負極側から順に番号を振った(1~4)。これらの試料の正極側の断面を観察面とした。
【0064】
ついで、マクロ組織観察用の試料およびミクロ組織観察用の試料を樹脂埋めした。ついで、各試料をエメリー紙(♯120~♯2000)で粗研磨した。研磨は粒度の低い研磨紙から順に行った。各研磨紙による研磨は前の粒度の研磨痕と垂直になるように行い、前の研磨痕が消えるまで行った。試料の研磨には卓上研磨機(Marumoto Struers S-5629)を用いた。ついで、ミクロ組織観察用の試料に対してバフ研磨および鏡面仕上げを行った。
【0065】
ついで、マクロ組織観察およびミクロ組織観察を行った。マクロ組織観察は、具体的には、以下の方法で行った。すなわち、粗研磨まで行った試料をスキャナーで読み取り、目視で組織観察を行った。ミクロ組織観察は、具体的には、以下の方法で行った。すなわち、光学顕微鏡を用いて100倍、1000倍で観察を行った。具体的には、観察面を図12と同じ要領で表層部A、中間部B、および中心部Cに区分し、各部分の何れかの領域を100倍の倍率で観察した。さらに、100倍の観察領域の中心を1000倍の倍率で観察した。
【0066】
(1-6.実験結果および考察)
(1-6-1.マクロ組織)
図15は、電流無し、80Aの電流を印加、100Aの電流を印加のそれぞれの実験を行うことで得られた試料のマクロ組織を示す。電流無しの条件では初晶Siが試料全体に均一にみられた。80Aでは初晶Siの表層部への偏析がみられ、100Aでは初晶Siの表層部への偏析がより顕著に確認できた。この3つの試料を比較することで初晶Siの表層部への偏析は直流電流の印加のみでも起こり得ることが確認できた。
【0067】
(1-6-2.ミクロ組織)
図16図18は、電流無し(図16)、80Aの電流を印加(図17)、100Aの電流を印加(図18)のそれぞれの実験を行うことで得られた試料のミクロ組織を示す。図中の符号A、B、Cはそれぞれ表層部A、中間部B、および中心部Cを示す。また、1~4の番号は4等分された試料に振られた番号を示す。
【0068】
初晶Siと共晶Siは、いずれも電流無しで放冷した試料(通常凝固)、80Aの直流電流を印加しながら放冷した試料に比べ、100Aの直流電流を印加しながら放冷した試料の方がより細かい組織となっていた。共晶形態における違いを示す共晶部の拡大写真である1000倍では、100Aの直流電流を印加しながら放冷した試料における著しい共晶微細化が明らかである。以上より、初晶Siの偏析と共晶微細化には相関があると推測される。
【0069】
(1-6-3.各電流条件でのマクロ組織)
図19は、150Aの電流を印加、200Aの電流を印加、250Aの電流を印加、300Aの電流を印加のそれぞれの実験を行うことで得られた試料のマクロ組織を示す。
【0070】
150Aと200Aを比較すると、電流が高い方がより初晶の偏析は顕著であると確認できた。また200A以上の3つの試料を観察すると、試料の下部には初晶が偏析せず250A以上の2つの試料では中央部に初晶が偏析しているのが確認できた。中央部に偏析が見られた理由としてジュール熱が考えられる。高電流を流したことで黒鉛電極がジュール熱により高温を保ったことから、上部や下部ではなく中央部から凝固が進行したことが原因と考えられる。
【0071】
(1-6-4.各電流条件でのミクロ組織)
図20図23は、150Aの電流を印加(図20)、200Aの電流を印加(図21)、250Aの電流を印加(図22)、300Aの電流を印加(図23)のそれぞれの実験を行うことで得られた試料のミクロ組織を示す。
【0072】
各電流条件によるミクロ組織を観察すると、表層部Aに初晶Siが多く存在し、初晶Siが試料を覆うように試料表面全域に分布する現象が確認できた。さらに中間部B、中央部Cには初晶Siが存在せず、表層部Aから中心部Cにかけて共晶組織の微細化も見られた。ただし、この傾向は、Al-25Si合金に電磁力を付与した方が強く表れる。
【0073】
(1-7.まとめ)
Al-25Si合金に電流のみを印加した場合であっても、初晶Siの表層部への偏析および内部における微細な共晶の晶出が観察される。ただし、この傾向は、Al-25Si合金に電磁力を付与した方が強く表れる。
【0074】
上述した実験ではAl-10Fe合金およびAl-25Si合金を用いたが、他の種類の過共晶Al-Fe合金および過共晶Al-Si合金も同様の挙動を示すと推察される。
【0075】
本発明者は、以上の知見に基づいて、以下に説明する過共晶材料およびその製造方法に想到した。
【0076】
<2.過共晶材料>
つぎに、図24に基づいて、本実施形態に係る過共晶材料について説明する。図24の(a)は過共晶材料の外観を示す概念図であり、図24の(b)は過共晶材料の長手方向に垂直な断面を示す概念図である。
【0077】
過共晶材料1は、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金を含む。好ましくは、過共晶材料1は、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金で構成される。
【0078】
過共晶Al-Fe合金は、合金の総質量に対してFeを1.8質量%以上36.5質量%以下で含む。例えば、過共晶Al-Fe合金は、Al-10Fe合金である。
【0079】
過共晶Al-Si合金は、合金の総質量に対してSiを12質量%以上100質量%未満で含む。例えば、過共晶Al-Si合金は、Al-25Si合金である。
【0080】
過共晶材料1の形状は特に制限されない。図1では円柱状であるが、角棒状等、任意の形状をとりうる。
【0081】
過共晶材料1の表層部10には、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の初晶が偏析している。より具体的には、表層部10の全域にわたって過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の初晶が偏析している。上述したように、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の溶湯に電磁力を印加する(過共晶Al-Si合金の場合には電流のみの印加でも可)ことで、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の初晶を表層部10に偏析させることができる。これにより、過共晶材料1の表層部10に初晶の特性を付与することができる。また、初晶が不要な場合には、初晶を容易に除去することができる。例えば、初晶Siは耐摺動性、耐摩耗性に優れるので、これらの特性が求められる機器(例えばピストン等)に、過共晶Al-Si合金からなる過共晶材料1を適用してもよい。
【0082】
過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の初晶は、過共晶材料1の表面から過共晶材料1の中心に向かって成長している。過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の初晶の形状は、例えば剣刃状、棒状、針状あるいは多角形状であり、表層部10に(溶湯に電磁力を印加しなかった場合よりも)微細かつ緻密に分布している。
【0083】
一方、過共晶材料1の内部20には、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の共晶が分布している。上述したように、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の溶湯に電磁力を印加する(過共晶Al-Si合金の場合には電流のみの印加でも可)ことで、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の共晶を内部20に分布させることができる。
【0084】
共晶はなるべく微細であることが好ましい。例えば、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の溶湯に電磁力を印加しなかった他は本実施形態に係る過共晶材料の製造方法と同様の製造方法で製造された過共晶材料と比較して、共晶が小さくなっていることが好ましい。これにより、過共晶材料1に延性、塑性変形性を付与することができる。
【0085】
過共晶材料1の金属組織は、上述したように、マクロ組織観察、ミクロ組織観察、X線CT観察によって特定することができる。
【0086】
本実施形態によれば、従来にはない新たな金属組織を有する過共晶材料を提供することができる。
【0087】
<3.過共晶材料の製造方法>
つぎに、過共晶材料の製造方法の一例について説明する。本実施形態に係る過共晶材料の製造方法では、まず、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の鋳塊を準備する。ついで、この鋳塊を所望の形状(例えば上述した円柱状)に切削する。ついで、切削した鋳塊を製造容器に装入する。この製造容器は上下が開口した中空構造を有している。製造容器は、後述する製造工程において過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金と反応しないことが好ましい。製造容器の一例は上述したムライト管である。
【0088】
ついで、製造容器の開口部を電極で封止し、各電極を直流電源装置に接続する。ついで、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金を共晶点の温度以上かつ液相線以上の温度まで加熱する。つまり、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金が平衡状態図における液相(L)となるまで過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金を加熱する(加熱工程)。
【0089】
ついで、加熱工程により生成された溶湯を冷却しつつ溶湯に電磁力を印加することで、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の初晶を過共晶材料の表層部に偏析させる(冷却工程)。ここで、過共晶Al-Si合金の場合、電流のみを印加してもよい。以上の工程により、本実施形態に係る過共晶材料1を製造することができる。
【0090】
過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金に印加する電磁力または電流の具体的な大きさは過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の組成等に応じて変動すると考えられる。このため、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の試験片を準備し、この試験片に本実施形態に係る過共晶材料の製造方法を適用することで、初晶が表層部に偏析する具体的な電磁力(または電流)の大きさを決定してもよい。電磁力または電流が大きいほど、初晶の偏析、共晶の微細化が顕著に生じる傾向がある。
【0091】
電磁力の具体的な大きさの一例として、51.5kN/m以上260kN/m以下の電磁力密度の電磁力が挙げられる。なお、電磁力密度は、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の単位体積あたりに作用する電磁力を意味する。電磁力密度が51.5kN/mより小さいと初晶の偏析が生じない可能性がある。電磁力密度が260kN/mより大きいと電極が発熱し、過共晶材料の金属組織に悪影響を与える可能性がある。過共晶Al-Si合金に電流のみを印加する場合、電流密度の大きさは255kA/m以上637kA/m以下であってもよい。なお、電流密度は、電流が流れる方向に垂直な断面の単位面積あたりに流れる電流を意味する。
【0092】
本実施形態に係る過共晶材料の製造方法によれば、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の溶湯に電磁力(または電流)を印加するだけで過共晶材料1を製造することができるので、過共晶材料1を容易に製造することができる。特に、過共晶Al-Si合金の場合、電流のみの印加で過共晶材料1を製造することができるので、製造装置を簡略化することができる。
【実施例0093】
つぎに、本実施形態の実施例について説明する。本実施例では、以下の実験を行うことで、本実施形態の効果を確認した。まず、表1に示す組成のAl-10Fe合金及びAl-25Si合金の鋳塊を準備した。
【0094】
ついで、各合金鋳塊を直径18mm、長さ90mmの円柱形状に切削加工することで実験用の試料を作製した。ついで、当該試料を内径20mm、長さ120mmのムライト管に挿入し、ムライト管の両端を黒鉛電極で塞いだ。ムライト管を正極側の黒鉛電極が下側に配置されるように鉛直方向に向けた(縦型配置)。正極側の黒鉛電極をセラミックス接着剤でムライト管に固定し、負極側の黒鉛電極を各合金の溶湯と十分に接触させるため上下可動とした。銅製のクランプを介して銅板と各黒鉛電極を締結し、その状態で試料を電気炉中に静置した。銅板を電気炉の外部でキャブタイヤケーブルに繋ぎ、当該キャブタイヤケーブルを介して銅板を直流安定化電源(PR10-300 松定プレシジョン)に接続した。
【0095】
ついで、電気炉中の試料を950℃(試験温度)に昇温した後、試料を炉外に取り出し、試料の溶湯を直ちに冷却した。ここで、冷却時には、試料に「電流100A」と「0.54Tの磁場」を印加した。
【0096】
ついで、試料を室温まで冷却した後、ムライト管から試料を取り出し、試料をマクロ組織観察(目視による観察。具体的には、試料の断面をスキャナーで読み取り、これによって得られた画像を目視で観察した。)、光学顕微鏡組織観察およびX線計算機トモグラフィー(X-ray computed tomography X線CT)による観察に供した。この結果、図4図7図10図12に示す金属組織が観察された。Al-25Si合金に関しては、電流のみを印加した場合にも同様の結果が得られた。詳細は上述した<1.本発明者による検討>で述べた通りである。
【0097】
なお、Al-10Fe合金の溶湯に電磁力を印加しなかった場合、Al-Fe合金の試験温度を850℃に設定した場合、Al-25Si合金の試験温度を650℃に設定した場合には、初晶の偏析が観察されなかった。
【0098】
以上の結果により、過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の溶湯に電磁力(または電流)を印加することで、過共晶材料の表層部に過共晶Al-Fe合金または過共晶Al-Si合金の初晶を偏析させ、かつ過共晶材料の内部に共晶を分布させることができることが明らかとなった。つまり、本実施形態に係る過共晶材料1を製造できることが明らかとなった。
【符号の説明】
【0099】
1 過共晶材料
10 表層部
20 内部
図1
図2
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図5
図6A
図6B
図7A
図7B
図8A
図8B
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