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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025141254
(43)【公開日】2025-09-29
(54)【発明の名称】Ni基合金フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/368 20060101AFI20250919BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20250919BHJP
   C22C 19/05 20060101ALI20250919BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320Q
B23K35/30 A
C22C19/05 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024041105
(22)【出願日】2024-03-15
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】韓 鵬
(72)【発明者】
【氏名】北川 良彦
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 浩二
【テーマコード(参考)】
4E084
【Fターム(参考)】
4E084AA02
4E084AA03
4E084AA04
4E084AA06
4E084AA07
4E084BA01
4E084BA02
4E084BA03
4E084BA06
4E084BA08
4E084BA09
4E084CA23
4E084CA26
4E084DA10
4E084FA04
4E084FA06
4E084GA07
(57)【要約】
【課題】スラグ剥離性及びビード形状が良好であるとともに、ブローホールや表面ピット等の溶接欠陥の発生が抑制された溶接金属を得ることができるNi基合金フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】Ni基合金からなる外皮にフラックスを充填してなるNi基合金フラックス入りワイヤは、ワイヤ全質量に対して、Ni、Cr、Mo、W、Mn及びFeをそれぞれ所定量で含有するとともに、TiO:3.0質量%以上10.0質量%以下、金属Si及びSi酸化物のSiO換算値:1.0質量%以上3.0質量%以下、金属Zr及びZr酸化物のZrO換算値:1.0質量%以下、Al:0.2質量%以上1.2質量%以下、MnO:0.2質量%以上1.6質量%以下、を含有し、F:0.07質量%以下、である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni基合金からなる外皮にフラックスを充填してなるNi基合金フラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量に対して、
Ni:39質量%以上59質量%以下、
Cr:5質量%以上20質量%以下、
Mo:10質量%以上20質量%以下、
W:1.0質量%以上5.0質量%以下、
Mn:0.1質量%以上5質量%以下、
Fe:3.0質量%以上10.0質量%以下、
TiO:3.0質量%以上10.0質量%以下、
金属Si及びSi酸化物のSiO換算値:1.0質量%以上3.0質量%以下、
金属Zr及びZr酸化物のZrO換算値:1.0質量%以下、
Al:0.2質量%以上1.2質量%以下、
MnO:0.2質量%以上1.6質量%以下、を含有し、
F:0.07質量%以下、
であることを特徴とするNi基合金フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
Na、K及びLiから選択された少なくとも1種を含有する場合に、下記式(1)により算出される値A1が、0.70以下であることを特徴とする、請求項1に記載のNi基合金フラックス入りワイヤ。
式(1):A1=[Na]+[K]+[Li]
ただし、[Na]は、ワイヤ中の前記Naの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[K]は、ワイヤ中の前記Kの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Li]は、ワイヤ中の前記Liの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【請求項3】
ワイヤ全質量に対して、
金属B及びB化合物のB換算値:0.030質量%以下、を含有することを特徴とする、請求項1に記載のNi基合金フラックス入りワイヤ。
【請求項4】
ワイヤ全質量に対して、
Ti:0.50質量%以下、及び
Al:0.50質量%以下、であることを特徴とする請求項1に記載のNi基合金フラックス入りワイヤ。
【請求項5】
下記式(2)により算出される値A2が、3.48以下であることを特徴とする、請求項1に記載のNi基合金フラックス入りワイヤ。
式(2):A2=([Al]+[Al]+[TiO])/([SiO]+[ZrO]×0.1)
ただし、[Al]は、ワイヤ中のAl含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Al]は、前記Alの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[TiO]は、前記TiOの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[SiO]は、前記SiO換算値をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[ZrO]は、前記ZrO換算値をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni基合金フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
化学プラントや、海水による腐食環境に曝される構造物や、極低温圧力容器であるLNGタンクなどを製造する際には、構造部材として、例えば高耐食オーステナイト系ステンレス鋼や9%Ni鋼が使用される。そして、これらの構造部材には、一般的に共金系ではなく、インコネル(登録商標)625、ハステロイ(登録商標)C276系に代表されるNi基合金溶接材料が用いられている。これらのNi基合金溶接材料による溶接法としては、ガスタングステンアーク溶接(GTAW:Gas Tungsten Arc Welding)、サブマージアーク溶接(SAW:Submerged Arc Welding)、被覆アーク溶接(SMAW:Shielded Metal Arc Welding)が主流である。しかし、近年、作業能率の向上を図るため、Ni基合金を外皮とするフラックス入りワイヤであるNi基合金フラックス入りワイヤを用いるフラックスコアードアーク溶接(FCAW:Flux Cored Arc Welding)の適用が広がりつつある。
【0003】
例えば特許文献1には、立向姿勢での溶接作業性、耐高温割れ性が優れ、スラグの焼付き及びビード表面のピットの発生を低減できるNi基合金フラックス入りワイヤが提案されている。上記特許文献1に記載のフラックス入りワイヤは、ワイヤ全質量に対して、Mn、Ni、Cr、Mo、W、及びFeをそれぞれ所定量で含有する。また、ワイヤ全質量に対するフラックス中のTiO、SiO換算値、ZrO換算値、Al、MnO、Biの含有量や、([TiO]+[ZrO])/([SiO]+[Al])により算出される値が規定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-133422号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1に記載のフラックス入りワイヤは、立向姿勢での溶接作業性に優れていることを課題の1つにしているため、溶接時において、溶融プールが垂れずに支持されるように、スラグの融点と粘度が高くなるように設計されている。したがって、溶接中に発生した気体(酸素、水素等)は、スラグが固まるまでの間に、十分に融溶プールから排出できないことがある。また、上記フラックス入りワイヤを、例えば横向き溶接に適用すると、開先の上側が壁となって気体の排出が阻害される。このように、溶接中に発生した気体が溶融プールに残存すると、ブローホールや表面ピット等の溶接欠陥が発生する。
【0006】
本発明は、上述した状況に鑑みてなされたものであり、スラグの粘度を適切に保つことができ、スラグ剥離性及びビード形状が良好であるとともに、立向溶接以外の溶接姿勢であっても、ブローホールや表面ピット等の溶接欠陥の発生が抑制された溶接金属を得ることができるNi基合金フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の上記目的は、Ni基合金フラックス入りワイヤに係る下記[1]の構成により達成される。
【0008】
[1] Ni基合金からなる外皮にフラックスを充填してなるNi基合金フラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量に対して、
Ni:39質量%以上59質量%以下、
Cr:5質量%以上20質量%以下、
Mo:10質量%以上20質量%以下、
W:1.0質量%以上5.0質量%以下、
Mn:0.1質量%以上5質量%以下、
Fe:3.0質量%以上10.0質量%以下、
TiO:3.0質量%以上10.0質量%以下、
金属Si及びSi酸化物のSiO換算値:1.0質量%以上3.0質量%以下、
金属Zr及びZr酸化物のZrO換算値:1.0質量%以下、
Al:0.2質量%以上1.2質量%以下、
MnO:0.2質量%以上1.6質量%以下、を含有し、
F:0.07質量%以下、
であることを特徴とするNi基合金フラックス入りワイヤ。
【0009】
また、Ni基合金フラックス入りワイヤに係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[5]に関する。
【0010】
[2] Na、K及びLiから選択された少なくとも1種を含有する場合に、下記式(1)により算出される値A1が、0.70以下であることを特徴とする、[1]に記載のNi基合金フラックス入りワイヤ。
式(1):A1=[Na]+[K]+[Li]
ただし、[Na]は、ワイヤ中の前記Naの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[K]は、ワイヤ中の前記Kの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Li]は、ワイヤ中の前記Liの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0011】
[3] ワイヤ全質量に対して、
金属B及びB化合物のB換算値:0.030質量%以下、を含有することを特徴とする、[1]又は[2]に記載のNi基合金フラックス入りワイヤ。
【0012】
[4] ワイヤ全質量に対して、
Ti:0.50質量%以下、及び
Al:0.50質量%以下、であることを特徴とする[1]~[3]のいずれか1つに記載のNi基合金フラックス入りワイヤ。
【0013】
[5] 下記式(2)により算出される値A2が、3.48以下であることを特徴とする、[1]~[4]のいずれか1つに記載のNi基合金フラックス入りワイヤ。
式(2):A2=([Al]+[Al]+[TiO])/([SiO]+[ZrO]×0.1)
ただし、[Al]は、ワイヤ中のAl含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Al]は、前記Alの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[TiO]は、前記TiOの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[SiO]は、前記SiO換算値をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[ZrO]は、前記ZrO換算値をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、スラグ剥離性及びビード形状が良好であるとともに、立向溶接以外の溶接姿勢であっても、ブローホールや表面ピット等の溶接欠陥の発生が抑制された溶接金属を得ることができるNi基合金フラックス入りワイヤを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、スラグの粘度を適切な範囲で制御し、種々の溶接姿勢において溶接欠陥を低減することができるフラックス入りワイヤについて、鋭意検討を行った。その結果、特に、フラックス中のMnO含有量や、フッ化物の含有量を調整することが、上記課題の解決に効果的であることを見出した。
【0016】
以下、本実施形態に係るNi基合金フラックス入りワイヤについて説明する。本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。なお、本明細書において、Ni基合金フラックス入りワイヤを、単に、「フラックス入りワイヤ」又は「ワイヤ」ということがある。
【0017】
[Ni基合金フラックス入りワイヤ]
本実施形態に係るNi基合金フラックス入りワイヤは、Ni基合金からなる外皮にフラックスが充填されたものである。詳細には、本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、筒状のNi基合金外皮と、その外皮の内部(内側)に充填されるフラックスとからなる。なお、フラックス入りワイヤは、外皮に継目のないシームレスタイプ、及び、C断面、重ね断面等のように管状に成形され、外皮に継目のあるシームタイプのいずれの形態であってもよい。
【0018】
まず、本実施形態に係るNi基合金フラックス入りワイヤ全体に含有される成分について、その添加理由及び数値限定理由を詳細に説明する。本明細書において、特に断りのない限り、フラックス入りワイヤ中の各成分量は、Ni基合金からなる外皮中及びフラックス中に含有される成分の合計量を、ワイヤ全質量(外皮と外皮内のフラックスの合計量)に対する含有量で規定する。
【0019】
<Ni:39質量%以上59質量%以下>
Niは、Ni基合金からなる溶接金属において、マトリックスを構成する主要成分である。また、溶接金属の靱性及び延性を確保するとともに、耐食性を確保する効果を有する成分でもある。ワイヤ中のNi含有量が39質量%未満であると、上記効果を得ることができず、また、所望のNi含有量を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ中のNi含有量は、ワイヤ全質量に対して39質量%以上とし、43質量%以上であることが好ましく、45質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のNi含有量が59質量%を超えると、他の合金元素の添加量が不十分となり、機械性能が確保できなくなる。また、所望のNi含有量を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ中のNi含有量は、ワイヤ全質量に対して59質量%以下とし、57質量%以下であることが好ましく、55質量%以下であることがより好ましい。
【0020】
<Cr:5質量%以上20質量%以下>
Crは、酸化性酸に対する耐食性を向上させるために必要な成分である。ワイヤ中のCr含有量が5質量%未満であると、上記効果を得ることができず、また、所望のCr含有量を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ中のCr含有量は、ワイヤ全質量に対して5質量%以上とし、8質量%以上であることが好ましく、12質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のCr含有量が20質量%を超えると、Cr炭窒化物が析出することにより、溶接金属の機械的性質が低下する懸念が生じる。また、所望のCr含有量を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ中のCr含有量は、ワイヤ全質量に対して20質量%以下とし、19質量%以下であることが好ましく、18質量%以下であることがより好ましい。
【0021】
<Mo:10質量%以上20質量%以下>
Moは、Crとともにワイヤ中に含有させることで、酸化性酸のみならず、非酸化性酸や塩類に対しても優れた耐食性を確保できる。ワイヤ中のMo含有量が10質量%未満であると、上記効果を得ることができず、また、所望のMo含有量を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ中のMo含有量は、ワイヤ全質量に対して10質量%以上とし、11質量%以上であることが好ましく、12質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のMo含有量が20質量%を超えると、Niとの金属間化合物の析出が顕著になり、溶接金属の機械的性質が低下する懸念が生じる。また、所望のMo含有量を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ中のMo含有量は、ワイヤ全質量に対して20質量%以下とし、19質量%以下であることが好ましく、18質量%以下であることがより好ましい。
【0022】
<W:1.0質量%以上5.0質量%以下>
Wは、ワイヤから溶接金属に添加されることにより、固溶体強化の効果により、γ相を安定化させ、溶接金属の引張強度を向上させる効果を得ることができる。ワイヤ中のW含有量が1.0質量%未満であると、上記効果を得ることができず、また、所望のW含有量を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ中のW含有量は、ワイヤ全質量に対して1.0質量%以上とし、2.0質量%以上であることが好ましく、2.5質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のW含有量が5.0質量%を超えると、Wの偏析が生じ、溶接金属の靱性が低下する懸念が生じる。また、所望のW含有量を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ中のW含有量は、ワイヤ全質量に対して5.0質量%以下とし、4.0質量%以下であることが好ましく、3.5質量%以下であることがより好ましい。
【0023】
<Mn:0.1質量%以上5質量%以下>
Mnは、γ相形成元素であり、マトリックスの強化に有効な元素である。ワイヤ中のMn含有量が0.1質量%未満であると、上記効果を得ることができない。また、所望のMn含有量を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ中のMn含有量は、ワイヤ全質量に対して0.1質量%以上とし、0.2質量%以上であることが好ましく、0.3質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のMn含有量が5質量%を超えると、スラグ剥離性の低下の原因になるとともに、所望のNi含有量を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ中のMn含有量は、ワイヤ全質量に対して5質量%以下とし、4質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることがより好ましい。
【0024】
<Fe:3.0質量%以上10.0質量%以下>
Feは、Ni基合金中に固溶することにより、溶接金属の引張強度を向上させる効果を得ることができる。ワイヤ中のFe含有量が3.0質量%未満であると、上記効果を得ることができず、また、所望のFe含有量を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ中のFe含有量は、ワイヤ全質量に対して3.0質量%以上とし、3.5質量%以上であることが好ましく、4.0質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のFe含有量が10.0質量%を超えると、低融点のラーベス相として粒界に析出し、多層盛溶接の再熱時に再溶融し、粒界の再熱液化割れの原因となる懸念が生じる。また、所望のFe含有量を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ中のFe含有量は、ワイヤ全質量に対して10.0質量%以下とし、9.0質量%以下であることが好ましく、8.0質量%以下であることがより好ましい。
【0025】
次に、本実施形態に係るNi基合金フラックス入りワイヤのフラックス中に含有される成分について、その添加理由及び数値限定理由を詳細に説明する。本明細書においては、フラックス中に含有される成分について、ワイヤ全質量(外皮と外皮内のフラックスの合計量)に対する含有量で規定する。
【0026】
<TiO:3.0質量%以上10.0質量%以下>
TiOは、均一で被包性の良いスラグを形成し、アーク安定性の向上に効果がある成分であるため、スラグ形成剤の主成分としてフラックス中に含有される。また、TiOは、融点の高い酸化物であり、フラックス中に含有されることにより、溶接作業性を向上させることができる。フラックス中のTiO含有量が3.0質量%未満であると、スラグ形成剤としての特性を十分に発揮できず、ビードが垂れ易くなる。したがって、フラックス中のTiO含有量は、ワイヤ全質量に対して3.0質量%以上とし、3.5質量%以上であることが好ましく、4.0質量%以上であることがより好ましい。
一方、フラックス中のTiO含有量が10.0質量%を超えると、ワイヤ中のスラグ成分が過多となり、溶接時のスラグ生成量が過剰となって、スラグが溶接部から垂れ落ち易くなる。また、スラグ巻き込みが発生し易くなり、耐ピット性が低下する。したがって、フラックス中のTiO含有量は、ワイヤ全質量に対して10.0質量%以下とし、9.0質量%以下であることが好ましく、8.0質量%以下であることがより好ましい。
【0027】
<金属Si及びSi酸化物のSiO換算値:1.0質量%以上3.0質量%以下>
金属Si及びSi酸化物は、TiOと同様に、スラグの粘性を高めることができる成分であり、良好なビード形状を得るためのスラグ形成剤として、フラックス中に含有される。フラックス中のSiO換算値が1.0質量%未満であると、スラグ形成剤としての上記効果を十分に得る事が出来ず、溶接作業性が低下する。したがって、フラックス中のSiO換算値は、ワイヤ全質量に対して1.0質量%以上とし、1.2質量%以上であることが好ましく、1.5質量%以上であることがより好ましい。
一方、フラックス中のSiO換算値が3.0質量%を超えると、スラグ剥離性が低下する。したがって、フラックス中のSiO換算値は、ワイヤ全質量に対して3.0質量%以下とし、2.8質量%以下であることが好ましく、2.5質量%以下であることがより好ましい。
なお、金属Si及びSi酸化物のSiO換算値とは、フラックス中に含まれる単体Si、Si合金及びSi酸化物をSiOに換算した合計値である。
【0028】
<金属Zr及びZr酸化物のZrO換算値:1.0質量%以下>
金属Zr及びZr酸化物は、アークの吹付性を向上させ、低電流域においてもアークの安定性を向上させる効果を有する成分である。また、金属Zr及びZr酸化物は、スラグの凝固を速め、溶接作業性を向上させる効果も有する。フラックス中のZrO換算値が1.0質量%を超えると、スラグの凝固温度が高くなり、スラグが速く凝固するため、凝固中の溶接金属から発生するガスを凝固中のスラグを通して排出させることができず、溶接部にピットが発生し易くなる。したがって、フラックス中のZrO換算値は、ワイヤ全質量に対して1.0質量%以下とし、0.9質量%以下であることが好ましく、0.8質量%以下であることがより好ましい。
なお、金属Zr及びZr酸化物のZrO換算値とは、フラックス中に含まれる金属Zr、Zr合金及びZr酸化物をZrOに換算した合計値である。
【0029】
<Al:0.2質量%以上1.2質量%以下>
Alは、TiOなどと同様にスラグ形成剤であり、ビード形状を整え、母材とのなじみを向上させる効果を有する。また、Alは、スラグ粘性を調整することに有効な成分であり、ビードの垂れを防ぐ効果も有する。フラックス中のAl含有量が0.2質量%未満であると、上記効果を十分に得ることができず、スラグの粘性を適切に制御することができない。したがって、フラックス中のAl含有量は、ワイヤ全質量に対して0.2質量%以上とし、0.4質量%以上であることが好ましく、0.5質量%以上であることがより好ましい。
一方、フラックス中のAl含有量が1.2質量%を超えると、スラグの粘性が高くなりすぎるため、スラグ巻きを起こし易くなり、またスラグ剥離性も劣化する。従って、フラックス中のAl含有量は、ワイヤ全質量に対して1.2質量%以下とし、1.1質量%以下であることが好ましく、1.0質量%以下であることがより好ましい。
【0030】
<MnO:0.2質量%以上1.6質量%以下>
MnOは、融点が低く、フラックス中に添加されることにより、溶融スラグの凝固温度を低下させる成分である。このため、所定量のMnOをフラックス中に含有させることにより、スラグの粘度を適正に保ち、立向姿勢以外の溶接時に、凝固中の溶接金属から発生するガスを排出させることができ、ブローホール等の発生を抑制することができる。フラックス中のMnO含有量が0.8質量%未満であると、上記効果を十分に得ることができず、溶接欠陥が発生しやすくなる。したがって、フラックス中のMnO含有量は、ワイヤ全質量に対して0.2質量%以上とし、0.3質量%以上であることが好ましく、0.4質量%以上であることがより好ましい。
一方、フラックス中のMnO含有量が1.6質量%を超えると、スラグが焼き付き、剥離性が低下する。したがって、フラックス中のMnO含有量は、ワイヤ全質量に対して1.6質量%以下とし、1.5質量%以下であることが好ましく、1.4質量%以下であることがより好ましい。
【0031】
<F:0.07質量%以下>
弗化物は、アーク安定性を向上させ、スラグの流動性を向上させる効果があるが、本発明者らはワイヤ中の弗化物量を減らすことが、ブローホールの発生を抑えることに有効であることを見出した。フラックス中のF含有量が0.07質量%を超えると、例えば横向溶接時にブローホールが大量に発生する。したがって、フラックス中のF含有量は、ワイヤ全質量に対して0.07質量%以下とし、0.04質量%以下であることが好ましく、0.02質量%以下であることがより好ましい。なお、フラックス中のF源としては、LiF、NaF、NaAlF、KSiF等が挙げられる。
【0032】
<式(1)により算出される値A1:0.70以下>
本実施形態においては、ワイヤが、Na、K及びLiから選択された少なくとも1種を含有する場合に、これらの含有量の合計値を規定することが好ましい。ワイヤ中のNa、K及びLiに代表される塩基性化合物は、アーク安定剤として作用し、スパッタの発生を抑える等の効果を有する成分であるが、ワイヤ中には、Na、K及びLiが必ずしも含まれている必要はない。ただし、ワイヤがこれらのうち少なくとも1種を含有する場合に、Na、K及びLiの含有量の合計値を表す下記式(1)により算出される値A1が0.05以上であると、アーク安定剤としての効果を得ることができる。したがって、下記式(1)により算出される値A1は、0.05以上であることが好ましく、0.08以上であることがより好ましく、0.10以上であることがさらに好ましく、0.15以上であることが特に好ましい。
一方、下記式(1)により算出される値A1が0.70以下であると、アーク安定性が向上し、スパッタの発生量を低減することができる。したがって、下記式(1)により算出される値A1は、0.70以下であることが好ましく、0.65以下であることがより好ましく、0.60以下であることがさらに好ましく、0.55以下であることが特に好ましい。
【0033】
ここで、
式(1):A1=[Na]+[K]+[Li]
ただし、[Na]は、ワイヤ中のNa含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[K]は、ワイヤ中のK含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Li]は、ワイヤ中のLi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。また、本実施形態において、Na含有量、K含有量、Li含有量とは、それぞれNa化合物のNa換算値、K化合物のK換算値、Li化合物のLi換算値を表す。
【0034】
<金属B及びB化合物のB換算値:0.030質量%以下(0質量%を含む)>
金属B及びB化合物は、溶接金属の耐高温割れ性を劣化させる成分であるため、ワイヤ中の金属B及びB化合物の含有量を規制することが好ましい。ワイヤ中のB換算値が0.030質量%以下であると、高温割れの発生を防止することができる。したがって、ワイヤ中の金属B及びB化合物のB換算値は、ワイヤ全質量に対して0.030質量%以下とすることが好ましく、0.020質量%以下とすることがより好ましく、0.010質量%以下とすることがさらに好ましく、0質量%であってもよい。
ただし、Bは、水素による溶接金属の伸び低下を防止する効果を有する。したがって、上記効果を得るためにワイヤ中にBを含有させる場合に、ワイヤ中の金属B及びB化合物のB換算値は、ワイヤ全質量に対して0.005質量%以上とすることが好ましい。
なお、B換算値とは、ワイヤ中に含まれる単体B、B合金及びB化合物をBに換算した合計の換算値である。B化合物としてはB等の酸化物が挙げられ、B合金としてはFe-B合金等が挙げられる。
【0035】
<Ti:0.50質量%以下(0質量%を含む)>
Tiは、脱酸成分として溶融金属中の溶存酸素量を低下させ、「C+O=CO(ガス)」の反応を抑制し、ブローホール発生量を減少させる役割を持つが、過剰に添加すると耐高温割れ性を劣化させる。ワイヤ中のTi含有量が、ワイヤ全質量に対して0.50質量%以下であると、ブローホール発生量を減少させることができるとともに、優れた耐高温割れ性を維持することができる。したがって、ワイヤ中のTi含有量は、ワイヤ全質量に対して0.50質量%以下とすることが好ましく、0.40質量%以下とすることがより好ましく、0.30質量%以下とすることがさらに好ましく、0質量%であってもよい。
Ti源としては、金属Ti、Ti合金(Fe-Ti合金等)が挙げられる。本実施形態において、Ti含有量とは、上記金属Ti及びTi合金の含有量をTiに換算した値を表す。すなわち、Ti含有量は、硫酸に溶解する金属Ti及びTi合金に由来するTiの含有量であり、硫酸に溶解しないTiO等の酸化物に由来するTiを含まない。
【0036】
<Al:0.50質量%以下(0質量%を含む)>
Alは、脱酸成分として溶融金属中の溶存酸素量を低下させ、「C+O=CO(ガス)」の反応を抑制し、ブローホール発生量を減少させる役割を持つが、過剰に添加すると耐高温割れ性を劣化させる。ワイヤ中のAl含有量が、ワイヤ全質量に対して0.50質量%以下であると、ブローホール発生量を減少させることができるとともに、優れた耐高温割れ性を維持することができる。したがって、ワイヤ中のAl含有量は、ワイヤ全質量に対して0.50質量%以下とすることが好ましく、0.40質量%以下とすることがより好ましく、0.30質量%以下とすることがさらに好ましく、0.20質量%以下とすることが特に好ましく、0質量%であってもよい。
Al源としては、金属Al、Al合金(Fe-Al合金等)が挙げられる。本実施形態において、Al含有量とは、上記金属Al及びAl合金の含有量をAlに換算した値を表す。すなわち、Al含有量は、硫酸に溶解する金属Al及びAl合金に由来するAlの含有量であり、硫酸に溶解しないAl等の酸化物に由来するAlを含まない。
【0037】
<式(2)により算出される値A2:3.48以下>
本実施形態においては、上記成分を用いた下記式(2)により算出される値A2を3.48以下にすることで、スラグ剥離性及びビード形状をより一層向上させるとともに、ブローホールや表面ピット等の溶接欠陥の発生をより一層抑制することができる。したがって、下記式(2)により算出される値A2は、3.48以下であることが好ましく、3.45以下であることがより好ましく、3.40以下であることがさらに好ましい。
【0038】
式(2):A2=([Al]+[Al]+[TiO])/([SiO]+[ZrO]×0.1)
ただし、[Al]は、ワイヤ中のAl含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Al]は、フラックス中の前記Alの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[TiO]は、フラックス中の前記TiOの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[SiO]は、フラックス中の前記SiO換算値をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[ZrO]は、フラックス中のZrO換算値をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0039】
<その他の成分及び不可避的不純物>
本実施形態に係るNi基合金フラックス入りワイヤは、Mn、Ni、Cr、Mo、W、Fe、TiO、SiO換算値、ZrO換算値、Al、MnO及びFを合計で、90質量%以上含むことが好ましく、93質量%以上含むことがより好ましく、95質量%以上含むことがさらに好ましく、98質量%以上含むことが特に好ましい。上記成分の他の成分として、本実施形態において好ましい範囲として上述したNa、K、Li、B、Ti、Alの他に、C、Si及びCuなどが含まれる。これら成分のうち、Cは0.10質量%以下、Siは1.0質量%以下、Cuは0.5質量%以下に規制することが好ましい。また、不可避的不純物として、P、S、Co及び水分などがある。これらの不可避的不純物のうち、Pは0.010質量%以下に規制することが好ましく、Sは0.010質量%以下に規制することが好ましく、Coは1.0質量%以下に規制することが好ましく、水分は0.10質量%以下に規制することが好ましい。
【0040】
<フラックス充填率:20質量%以上30質量%以下>
フラックスには、金属や合金の他、酸化物やフッ化物等の化合物が含まれる。本実施形態において、ワイヤ全質量に対するフラックス含有量、すなわち、フラックス充填率は特に限定されないが、フラックス充填率が20質量%以上であると、溶融金属とスラグの垂れの発生を抑制することができ、溶接作業性が良好となる。したがって、フラックス充填率は、20質量%以上であることが好ましく、21質量%以上であることがより好ましい。また、フラックス充填率が30質量%以下であると、ワイヤの吸湿を適正に保つことができ、良好な耐気孔欠陥性を得ることができる。したがって、フラックス充填率は、30質量%以下であることが好ましく、28質量%以下であることがより好ましい。
【0041】
<外皮の厚さ、ワイヤ径、シールドガス組成>
また、本実施形態に係るNi基合金フラックス入りワイヤの外皮の厚さやワイヤ径(直径)は、特に限定されるものではないが、AWS又はJIS等の溶接材料規格に規定された直径、例えば、0.8mm、0.9mm、1.0mm、1.2mm、1.4mm、1.6mm等のワイヤに適用することができる。
さらに、シールドガス組成としては、100%COを好適に使用することができるが、ArとCOとの混合ガスを使用しても、本実施形態の効果を得ることができる。
【0042】
<溶接姿勢>
本実施形態において、フラックス入りワイヤを用いて溶接する際の溶接姿勢については、特に限定されない。ただし、本実施形態においては、溶融プールの粘度を適切に制御しているため、本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、特に、下向溶接、横向溶接及び水平すみ肉溶接に好適である。
【0043】
[フラックス入りワイヤの製造方法]
本実施形態に係るフラックス入りワイヤの製造方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、以下に示す方法で製造することができる。
まず、Ni基合金製の外皮を構成する金属帯を準備し、この金属帯を長手方向に送りながら成形ロールにより成形して、U字状のオープン管にする。次に、所定の成分組成となるように、各種原料を配合したフラックスをNi基合金製の外皮に充填し、その後、断面が円形になるように加工する。その後、冷間加工により伸線し、例えば所望のワイヤ径のフラックス入りワイヤとする。
なお、冷間加工途中に焼鈍を施してもよい。また、製造の過程で成形したNi基合金製の外皮の合わせ目を溶接した継ぎ目が無いワイヤと、前記合わせ目を溶接せず隙間のまま残すワイヤのいずれの構造も採用することができる。
【実施例0044】
以下、発明例及び比較例を挙げて本発明についてより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0045】
[フラックス入りワイヤの製造]
まず、厚さが0.4mmで幅が9.0mmであるNi基合金からなる金属帯を湾曲させて、Ni基合金製の外皮を作製した。この外皮に金属原料とスラグ成分からなるフラックスを内包させた後、直径が1.2mmになるように伸線加工し、下記表1及び表2に示す組成を有するフラックス入りワイヤを製造した。なお、フラックス率は23質量%とした。
【0046】
表2において、式(1)とは、A1=[Na]+[K]+[Li]を示す。ただし、[Na]は、ワイヤ中の前記Naの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[K]は、ワイヤ中の前記Kの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Li]は、ワイヤ中の前記Liの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
また、式(2)とは、A2=([Al]+[Al]+[TiO])/([SiO]+[ZrO]×0.1)を示す。ただし、[Al]は、ワイヤ中のAl含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[Al]は、フラックス中の前記Alの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[TiO]は、フラックス中の前記TiOの含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[SiO]は、フラックス中の前記SiO換算値をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[ZrO]は、フラックス中の前記ZrO換算値をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0047】
[ガスシールドアーク溶接]
次に、得られたフラックス入りワイヤを使用して、以下に示す条件により水平すみ肉溶接及び横向溶接を行った。
【0048】
(水平すみ肉溶接)
板厚が12mm、幅が80mm、長さが300mmである一対の9%Ni鋼板を準備し、一方の鋼板を水平に配置し、他方の鋼板の端面を一方の鋼板の上面に突き合わせるようにして配置した。その後、2枚の鋼板により形成されたすみ肉部に対して、簡易台車(PICOMAX(登録商標))を使用した自動溶接により、水平すみ肉溶接を実施することにより、T継手を作製した。なお、溶接電流を200A、溶接電圧を30V、溶接速度を30cm/分、シールドガスの種類を100%CO、流量を25L/分とした。
【0049】
(横向溶接)
板厚が20mm、幅が75mm、長さが300mmであり、炭素鋼(SM490A)からなる鋼板に対して、表面から上方に35°、下方に25°開口し、深さが7mmであり、底部の曲率半径が5mmである溝開先を加工した。そして、開先部に対して、半自動溶接により横向溝埋め溶接(2層4パス)を実施した。なお、溶接電流を180A、溶接電圧を28V、溶接速度を15~65cm/分、シールドガスの種類を100%CO、流量を25L/分とした。
【0050】
[評価試験]
溶接により得られた継手に対して、以下に示す種々の評価試験を実施した。評価結果を下記表2に併せて示す。
【0051】
(スラグ剥離性)
水平すみ肉溶接により作製されたT継手について、得られた溶接部を観察することにより、スラグ剥離性を評価した。スラグ剥離性の評価基準としては、溶接ビード上全体にスラグがかぶっており、極めて除去しやすい状態であったものを「◎」(優良)とした。また、通常の除去作業で問題なく使用できる状態であったものを「○」(良好)とした。さらに、スラグの除去が困難であったものを「×」(不良)とした。
【0052】
(ビード形状)
水平すみ肉溶接により作製されたT継手について、継手表面のビード形状を目視により観察した。ビード形状の評価基準としては、滑らかなビード形状であったものを「◎」(優良)とした。また、やや凸形状のビードが得られたものを「○」(良好)とした。さらに、アンダーカットやアンダーフィルが発生したものを「×」(不良)とした。
【0053】
(表面ピット)
水平すみ肉溶接により作製されたT継手について、定常部300mmにおける溶接ビード表面のピットを観察した。表面ピットの評価基準としては、目視可能なピットが全く発生しなかったものを◎、10個未満であったものを○(合格)とし、10個以上であったものを×(不合格)とした。
【0054】
(耐ブローホール性)
横向溶接により作製された継手について、余盛を板面まで平坦に研削した後、X線透過試験により溶接部の耐ブローホール性を評価した。耐ブローホール性の評価基準としては、溶接部に、直径が0.6mm以上のブローホールの個数が15個未満であったものを◎」(優良)、15個以上30個未満であったものを「〇」(良好)、30個以上であったものを「×」(不良)とした。「
【0055】
なお、表1及び表2に示す各成分の含有量は、ワイヤ全質量に対しての含有量(質量%)である。また、残部はC、金属Si及びCu、並びに不可避的不純物である。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
上記表1~表2に示すように、発明例No.1~8は、ワイヤ及びフラックス中の各成分が本発明で規定する範囲内であったため、スラグ剥離性、ビード形状、表面ピット及び耐ブローホール性の全てにおいて、評価結果が良好又は優良となった。特に、発明例No.1、2、3及び7、8は、式(2)により算出される値A2が、好ましい範囲内であったため、スラグ剥離性又はビード形状の評価結果が優れたものとなった。
【0059】
一方、比較例No.1は、フラックス中のMnO含有量が本発明で規定する下限値未満であったため、ビード形状及び表面ピットが不良となった。
比較例No.2及び3は、ワイヤ中のMnO含有量が本発明で規定する下限値未満であったため、ビード形状及び表面ピットが不良となった。また、F含有量が本発明で規定する上限値を超えていたため、ブローホールが大量に発生した。
比較例No.4は、フラックス中のMnO含有量が本発明で規定する下限値未満であり、スラグ剥離性及び表面ピットが不良となった。
【0060】
比較例No.5は、フラックス中のMnO含有量が本発明で規定する下限値未満であり、スラグ剥離性が不良となった。
比較例No.6は、フラックス中のSiO含有量及びMnO含有量が本発明で規定する下限値未満であったため、スラグ剥離性、ビード形状及び表面ピットが不良となった。
比較例No.7は、フラックス中のMnO含有量が本発明で規定する上限値を超えていたため、スラグ剥離性が不良となった。
【0061】
以上詳述したように、本発明によれば、フラックス組成を特定の範囲に調整することにより、特に、横向き溶接、下向溶接及びすみ肉溶接の溶接姿勢において、溶融プール及びスラグの粘度を適切に保つことができる。これにより、スラグ剥離性及びビード形状が良好であるとともに、ブローホールや表面ピット等の溶接欠陥の発生が抑制された溶接金属を得ることができるNi基合金フラックス入りワイヤを得ることができる。