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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025143156
(43)【公開日】2025-10-01
(54)【発明の名称】転がり軸受
(51)【国際特許分類】
   C10M 137/04 20060101AFI20250924BHJP
   C10M 105/32 20060101ALI20250924BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20250924BHJP
   F16C 33/66 20060101ALI20250924BHJP
   C10N 30/00 20060101ALN20250924BHJP
   C10N 30/12 20060101ALN20250924BHJP
   C10N 40/02 20060101ALN20250924BHJP
   C10N 40/00 20060101ALN20250924BHJP
【FI】
C10M137/04
C10M105/32
F16C19/06
F16C33/66 Z
C10N30:00 Z
C10N30:12
C10N40:02
C10N40:00 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024042935
(22)【出願日】2024-03-18
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】葛谷 紘澄
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 元博
(72)【発明者】
【氏名】川村 光生
【テーマコード(参考)】
3J701
4H104
【Fターム(参考)】
3J701AA02
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA80
3J701CA12
3J701EA63
3J701FA11
3J701GA24
3J701XE33
3J701XE50
4H104BA04A
4H104BA07A
4H104BB08A
4H104BB31A
4H104BB34A
4H104BB37A
4H104BB41A
4H104BH03A
4H104BH03C
4H104CB14A
4H104CD01A
4H104CD04A
4H104CJ02A
4H104LA06
4H104LA20
4H104PA01
4H104PA39
(57)【要約】
【課題】電食によるリッジマークを抑制可能な転がり軸受を提供する。
【解決手段】転がり軸受1は、内輪2および外輪3と、この内輪2および外輪3間に介在する複数の玉4とを有し、グリース組成物7で潤滑される転がり軸受であって、定常運転状態における油膜パラメータΛが3よりも大きく、グリース組成物7は基油とリン系添加剤を含み、グリース組成物7全量に対するリン含有量が0.2質量%以上2.0質量%未満であり、リン系添加剤が、直鎖または分岐のアルキル基を有する脂肪族リン酸エステルである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する複数の転動体とを有し、潤滑剤で潤滑される転がり軸受であって、
前記転がり軸受は、定常運転状態における油膜パラメータΛが3よりも大きく、前記潤滑剤は基油とリン系添加剤を含み、前記潤滑剤全量に対するリン含有量が0.2質量%以上2.0質量%未満であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記リン系添加剤が、直鎖または分岐のアルキル基を有する脂肪族リン酸エステルであることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記脂肪族リン酸エステルは前記アルキル基を3つ有し、該アルキル基はいずれも炭素数2~8であることを特徴とする請求項2記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記基油は、合成炭化水素油およびエステル油から選ばれる少なくとも1種であり、前記基油の40℃における動粘度が10mm/s~80mm/sであることを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記リン系添加剤が、直鎖または分岐のアルキル基を有する脂肪族リン酸エステルであり、前記脂肪族リン酸エステルは前記アルキル基を3つ有し、該アルキル基はいずれも炭素数2~8であり、
前記潤滑剤全量に対するリン含有量が0.5質量%以上2.0質量%未満であり、前記潤滑剤は硫黄系添加剤を含まないことを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記潤滑剤は、潤滑油組成物であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受。
【請求項7】
前記転がり軸受において、定常運転状態における最大面圧は0.3GPa~3GPaであり、軸受回転速度は500min-1~20000min-1であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑剤で潤滑される転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
産業機械用モータで使用されているファンモータやサーボモータ、および、EV車やハイブリッド自動車で使用されている駆動用モータなどには、転がり軸受が使用されている。これらに使用される転がり軸受には潤滑性を付与するために潤滑剤が封入、または潤滑剤が接触部に侵入するような機構が施されている。
【0003】
近年、産業機械用モータや駆動用モータでは、高効率化を図るべく、ほとんどのモータがインバータで制御されている。インバータ制御は、モータの設定回転数に合わせて、モータに入力される電圧と周波数を制御する。インバータのスイッチング周波数が高くなると、それに伴ってモータの軸電圧の発生頻度が高まる。その結果、インバータ駆動モータに組み込まれた転がり軸受において、外輪および内輪と転動体との間に電位差が生じることがある。この電位差が大きくなり、軸受内の軌道輪と転動体との間に形成される油膜の絶縁破壊電圧を超えると、軌道輪と転動体との間で放電が起こり、軸受の内部に電食と呼ばれる損傷を生じさせることがある。また、電源電圧が高電圧化すると、同じ出力であっても電流を小さくすることができ、ケーブルやインバータ素子の銅損を低減することができる。しかしながら、軸電位と接地電位の電位差が大きくなるため、油膜の絶縁破壊が生じやすくなる。
【0004】
これら電食による軸受の損傷が進行すると、外輪や内輪の転走面にリッジマークと呼ばれる縞状の凹凸部が形成される。このリッジマークは、軸受の騒音や振動を招くおそれがある。このため、転走面へのリッジマークの発生を抑制するよう工夫した軸受の開発が進められている。
【0005】
例えば、特許文献1には、パーフルオロポリエーテルおよびフルオロシリコーンの少なくとも一方からなる基油と、フッ素化合物などの増ちょう剤と、カーボンブラックを含む導電性グリースが記載されている。また、特許文献2には、軸受空間の端部を密封するシールとして、導電性シールを設けたことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4599769号公報
【特許文献2】特許第4177057号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、軸受に導電性を付与する技術が知られている。しかし、特許文献1および特許文献2に記載されるような導電性グリースや導電性シールは、一般的に、体積抵抗率が10~10Ωcmと高い。このため、静電気の除去や帯電防止には効果があるものの、インバータに起因するモータの軸電圧が問題となる場合、抵抗が高いため軸電圧の発生を抑えることは困難であり、結果として、転がり軸受において潤滑剤による油膜の絶縁破壊が発生することがある。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、電食によるリッジマークを抑制可能な転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する複数の転動体とを有し、潤滑剤で潤滑される転がり軸受であって、上記転がり軸受は、定常運転状態における油膜パラメータΛが3よりも大きく、上記潤滑剤は基油とリン系添加剤を含み、上記潤滑剤全量に対するリン含有量が0.2質量%以上2.0質量%未満であることを特徴とする。ここで、定常運転状態とは、回転速度および荷重が概ね安定した主な運転状態を意味する。
【0010】
上記リン系添加剤が、直鎖または分岐のアルキル基を有する脂肪族リン酸エステルであることを特徴とする。上記脂肪族リン酸エステルは上記アルキル基を3つ有し、該アルキル基はいずれも炭素数2~8であることを特徴とする。
【0011】
上記基油は、合成炭化水素油およびエステル油から選ばれる少なくとも1種であり、上記基油の40℃における動粘度が10mm/s~80mm/sであることを特徴とする。
【0012】
上記リン系添加剤が、直鎖または分岐のアルキル基を有する脂肪族リン酸エステルであり、上記脂肪族リン酸エステルは上記アルキル基を3つ有し、該アルキル基はいずれも炭素数2~8であり、上記潤滑剤全量に対するリン含有量が0.5質量%以上2.0質量%未満であり、上記潤滑剤は硫黄系添加剤を含まないことを特徴とする。
【0013】
上記潤滑剤は、潤滑油組成物であることを特徴とする。
【0014】
上記転がり軸受において、定常運転状態における最大面圧は0.3GPa~3GPaであり、回転速度は500min-1~20000min-1であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の転がり軸受は、潤滑剤で潤滑され、定常運転状態における油膜パラメータΛが3よりも大きく、潤滑剤は基油とリン系添加剤を含み、潤滑剤全量に対するリン含有量が0.2質量%以上2.0質量%未満であり、リン系添加剤に由来する被膜が絶縁被膜となり、電食によるリッジマークを抑制することができる。
【0016】
上記リン系添加剤が、直鎖または分岐のアルキル基を有する脂肪族リン酸エステルであり、さらに、脂肪族リン酸エステルの3つのアルキル基はいずれも炭素数2~8であるので、被膜の絶縁性が高く、またリッジマークを好適に抑制できる。
【0017】
上記転がり軸受において、定常運転状態における最大面圧は0.3GPa~3GPaであり、回転速度は500min-1~20000min-1であるので、電食が懸念されるモータ用軸受などに好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の転がり軸受の一例である深溝玉軸受の断面図である。
図2】モータの概略断面図である。
図3】本実施例で用いたリン系添加剤および硫黄系添加剤の構造を示す図である。
図4】実施例1~5の内輪軌道面の観察写真である。
図5】比較例1~2の内輪軌道面の観察写真である。
図6】アンデロン試験の概略を示す図である。
図7】アンデロン試験の結果を示すグラフである。
図8】SRV試験機の概略を示す図である。
図9】SRV試験における摩擦係数および電気抵抗値の推移を示すグラフである。
図10】荷重毎において各添加剤を用いた場合の電気抵抗値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
従来、高荷重条件などの境界潤滑条件(油膜パラメータΛ<1)で使用される転がり軸受では、その転がり軸受の潤滑剤に極圧剤が配合される場合が多い。極圧剤としては、例えば、リン系(P系)添加剤や硫黄系(S系)が用いられている。極圧剤は、境界潤滑条件下で、特に局部的な金属接触が生じたときに発生する摩擦熱によって化学変化を起こし、金属表面に反応保護膜を形成させ、耐摩耗性を発揮するというものである。
【0020】
本発明者らは、電食によるリッジマークを抑制可能な転がり軸受について鋭意検討を行った結果、従来では極圧剤として使用されているリン系添加剤を、流体潤滑条件(3<油膜パラメータΛ)で使用した場合に、驚くべきことに、絶縁被膜が形成され、電食によるリッジマークを抑制できることを見出した。本発明は、このような知見に基づくものである。
【0021】
本発明の転がり軸受について図1に基づいて説明する。図1は深溝玉軸受の断面図である。転がり軸受1は、外周面に内輪軌道面2aを有する内輪2と内周面に外輪軌道面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪軌道面2aと外輪軌道面3aとの間に複数個の転動体4が配置される。この転動体4は、保持器5により保持される。また、内・外輪の軸方向両端開口部8a、8bがシール部材6によりシールされ、軸受空間の少なくとも転動体4の周囲にグリース組成物7が封入される。内輪2、外輪3および転動体4は鋼材からなり、潤滑剤としてグリース組成物7が転動体4との間に介在して潤滑される。
【0022】
転がり軸受1において、内輪2、外輪3、転動体4などの軸受部材を構成する鋼材は、軸受材料として一般的に用いられる任意の材料であり、例えば、高炭素クロム軸受鋼(SUJ1、SUJ2、SUJ3、SUJ4、SUJ5など;JISG4805)、浸炭鋼(SCr420、SCM420など;JISG4053)、ステンレス鋼(SUS440Cなど;JISG4303)、高速度鋼(M50など)、冷間圧延鋼などが挙げられる。また、シール部材6は、金属製またはゴム成形体単独でよく、あるいはゴム成形体と金属板、プラスチック板、またはセラミック板との複合体であってもよい。耐久性、固着の容易さからゴム成形体と金属板との複合体が好ましい。
【0023】
本発明の転がり軸受は、定常運転状態における油膜パラメータΛが3よりも大きいことが好ましい。この油膜パラメータΛは、下記の式(1)を用いて算出される。
【数1】
ただし、式中の記号は、hmin:油膜の油膜厚さ[μm]、σ1、σ2:接触する2面(転動体と軌道輪の転がり接触面)の二乗平均粗さ[μm]である。
【0024】
油膜の油膜厚さは、理論式によって算出することができる。理論式を用いる場合、下記式(2)で表されるCittendenの計算式を用いて、基油のデータと試験条件を使用して算出することができる。
【数2】
【0025】
min:最小油膜厚さ
U:速度パラメータ
G:材料パラメータ
W:荷重パラメータ
:流れ方向の等価曲率半径
:流れに直行する方向の等価曲率半径
【0026】
本発明の転がり軸受は、定常運転状態において、転動体や軌道輪の表面粗さよりも厚い油膜を形成する。金属製の転がり軸受の場合、境界潤滑条件(油膜パラメータΛ<1)や混合潤滑条件(1<油膜パラメータΛ<3)では、転動体と軌道輪が接触することで通電することから、放電に伴う電食は生じにくい(例えば、図5下図参照)。一方で、流体潤滑条件(3<油膜パラメータΛ)では、転動体と軌道輪との間に油膜が介在しており、両者の電位差が大きくなり油膜の絶縁破壊電圧を超えると、放電が起こり電食による損傷(リッジマークの発生)が起きる場合がある。
【0027】
本発明では、転がり軸受の潤滑に供される潤滑剤がリン系添加剤をリン量換算で所定量含むことから、絶縁被膜が形成され、リッジマークの発生が抑制されるというものである。
【0028】
本発明の転がり軸受が潤滑される潤滑剤の態様には、(A)基油と、添加剤を必須構成とする潤滑油組成物と、(B)基油と、増ちょう剤と、添加剤を必須構成とするグリース組成物の2種類がある。
【0029】
上記潤滑剤に含まれるリン系添加剤は、分子構造中にリン(P)を含む添加剤である。リン系添加剤としては、例えば、リン酸エステル、酸性リン酸エステル、亜リン酸エステル、酸性亜リン酸エステル、チオホスフェート、チオホスファイト、アルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)、アルキルジチオリン酸モリブデン(MoDTP)などが挙げられる。これらは、単独または複数組み合わせて用いることができる。
【0030】
上記の中でも絶縁被膜が形成されやすい、リン酸エステルが好ましい。リン酸エステルは、下記の式(3)で表される。
(RO)P(=O)H3-n・・・(3)
上記式(3)において、nは1~3であり、好ましくは2~3であり、より好ましくは3である。Rは互いに独立した炭素数1~12のアルキル基または芳香族基である。例えば、nが2または3の場合、Rは互いに同じでもよく、異なっていてもよい。Rは、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、オクチル基、フェニル基、トリル基、tert-ブチルフェニル基、ナフチル基であり、分岐を有していてもよく、酸素原子や、窒素原子、フッ素原子などを含む置換基を有していてもよい。
【0031】
は、直鎖または分岐のアルキル基を有する脂肪族リン酸エステルであることが好ましい。また、金属表面に形成される絶縁被膜の電気抵抗値がより高い傾向であることから、脂肪族リン酸エステルはアルキル基を3つ有し(n=3)、該アルキル基はいずれも炭素数2~8であることがより好ましい。このようなリン酸エステルとしては、リン酸トリエチル、リン酸トリブチル、リン酸トリオクチルなどが挙げられる。なお、上記炭素数は2~6であってもよい。
【0032】
上記潤滑剤は、該潤滑剤全量に対するリン含有量が0.2質量%以上2.0質量%未満である。リン含有量は1.8質量%以下であってもよく、1.5質量%以下であってもよく、0.3質量%以上であってもよく、0.5質量%以上であってもよい。上記リン含有量は、潤滑剤に含まれるリン系添加剤のみに由来することが好ましい。
【0033】
また、上記潤滑剤は、添加剤として硫黄系添加剤(特に硫黄系極圧剤)を含まないことが好ましい。硫黄系添加剤は、分子中に硫黄(S)を含む添加剤であり、スルフィド系化合物などの硫黄系極圧剤が挙げられる。
【0034】
上記潤滑剤に用いる基油は、通常、転がり軸受に用いられるものであれば、特に制限なく用いることができる。例えば、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油などの鉱油、ポリ-α-オレフィン(PAO)油、アルキルベンゼン油などの合成炭化水素油、エステル油、エーテル油、シリコーン油、フッ素油などが挙げられる。これらの油は、単独で用いられてもよく、2種以上が併用されてもよい。これらの中でも、合成炭化水素油およびエステル油から選ばれる少なくとも1種であることが好ましく、少なくとも合成炭化水素油を含むことがより好ましい。
【0035】
合成炭化水素油としてはPAO油がより好ましい。PAO油は、α-オレフィンまたは異性化されたα-オレフィンのオリゴマーまたはポリマーの混合物である。α-オレフィンの具体例としては、1-オクテン、1-ノネン、1-デセン、1-ドデセン、1-トリデセン、1-テトラデセン、1-ペンタデセン、1-ヘキサデセン、1-ヘプタデセン、1-オクタデセン、1-ノナデセン、1-エイコセン、1-ドコセン、1-テトラドコセンなどが挙げられ、通常はこれらの混合物が使用される。
【0036】
エステル油としては、例えば、ポリオールエステル油、りん酸エステル油、ポリマーエステル油、芳香族エステル油、炭酸エステル油、ジエステル油、ポリグリコール油などが挙げられる。
【0037】
上記基油の40℃における動粘度(混合油の場合は、混合油の動粘度、以下同じ)は、例えば10mm/s~80mm/sであり、30mm/s~80mm/sであることが好ましく、50mm/s~80mm/sであってもよい。また、上記基油の100℃における動粘度は、例えば5.0mm/s~12mm/sである。
【0038】
上記潤滑剤をグリース組成物((B)の形態)として使用する場合、潤滑剤には、さらに増ちょう剤が含まれる。増ちょう剤は特に限定されず、通常、転がり軸受の分野で使用される一般的なものを使用できる。例えば、金属石けん、複合金属石けんなどの石けん系増ちょう剤、ベントン、シリカゲル、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物などの非石けん系増ちょう剤を使用できる。金属石けんとしては、ナトリウム石けん、カルシウム石けん、アルミニウム石けん、リチウム石けんなどが、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物としては、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、他のポリウレア化合物、ジウレタン化合物などが挙げられる。
【0039】
例えば、ジウレア化合物は、ジイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応して得られる。ジイソシアネート成分としては、フェニレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)などが挙げられる。モノアミン成分としては、シクロヘキシルアミンなどの脂環式モノアミン、p-トルイジンなどの芳香族モノアミン、オクチルアミンなどの脂肪族モノアミンなどが挙げられる。
【0040】
上記グリース組成物において、増ちょう剤は、基油と増ちょう剤との合計量(100質量%)に対して、10質量%~30質量%含まれることが好ましく、10質量%~20質量%含まれることがより好ましい。
【0041】
上記グリース組成物の場合、その混和ちょう度(JIS K2220)は、200~350の範囲にあることが好ましい。ちょう度が200未満である場合は、油分離が小さく潤滑不良となるおそれがある。一方、ちょう度が350をこえる場合は、グリースが軟質で軸受外に流出しやすくなり好ましくない。
【0042】
上記潤滑剤は、本発明の目的を損なわない範囲でさらに他の添加剤を配合してもよい。
【0043】
本発明の転がり軸受は、定常運転状態における油膜パラメータΛが4以上であってもよく、5以上であってもよい。油膜パラメータΛが大きくなるほど油膜が厚くなることから、電流が流れにくくなり、リッジマークの発生を抑制しやすくなる。一方で、油膜パラメータΛが大きくなり過ぎると、軸受トルクが大きくなり、例えばモータの消費電力などが増大するおそれがある。油膜パラメータΛは、例えば10以下であり、8以下であってもよく、6以下であってもよい。
【0044】
本発明の転がり軸受において、軌道面の二乗平均粗さは0.01μmであることが好ましい。また、転動体の表面の二乗平均粗さは0.001μm程度であることが好ましい。
【0045】
転がり軸受において、定常運転状態における最大面圧は、例えば0.3GPa~3GPaであり、0.15GPa~4GPaであってもよい。また、定常運転状態における回転速度は、例えば500min-1~30000min-1であり、500min-1~20000min-1であってもよく、1000min-1~20000min-1であってもよい。
【0046】
図1では、本発明の転がり軸受として深溝玉軸受について例示したが、本発明の転がり軸受の形態はこれに限定されない。例えば、アンギュラ玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受、スラスト円筒ころ軸受、スラスト円すいころ軸受、スラスト針状ころ軸受、スラスト自動調心ころ軸受などとしても使用できる。
【0047】
本発明の転がり軸受は、電食が発生しやすい環境や用途で使用される転がり軸受として好適である。例えば、モータや冷媒圧縮機の回転軸を回転可能に支持する軸受や、インバータの軸受などに好適である。また、電気自動車(EV)やハイブリッド自動車(HEV)などに使用されるモータ用軸受としても用いることができる。
【0048】
図2には、本発明の転がり軸受の一態様として、モータの回転子を支持する転がり軸受の一例を示す。図2は該軸受を出力モータ用軸受に使用したモータの概略断面図である。図2に示すように、モータ10は、主軸11と連動するプーリ17にベルト18を装着して負荷対象を回転させている。主軸11にロータ13が取り付けられ、その一端にプーリ17が取り付けられ、空調用ファンなどを回転させるベルト18が装着されている。また、主軸11は、ロータ13の両端に取り付けられた第1ラジアル玉軸受15および第2ラジアル玉軸受16により、フランジ14に回転自在に軸支されている。フランジ14には、ロータ13に対向してステータ12が固定されている。さらに、波形ばね座金がフランジ14と第2ラジアル玉軸受16との間に位置して予圧を付与している。第1ラジアル玉軸受15および第2ラジアル玉軸受16が、本発明の転がり軸受であり、主軸11を介して回転子であるロータ13を支持している。
【0049】
図2では、ばねを用いて予圧する方法が採用され、さらばね、波形ばね座金などがフランジ14と第2ラジアル玉軸受16との間に位置して予圧を付与している状態を示している。
【実施例0050】
本発明を実施例および比較例などにより具体的に説明するが、これらの例によって何ら限定されるものではない。
【0051】
表1に示す組成の潤滑剤をそれぞれ調製した。これらの潤滑剤は、基油および添加剤からなる潤滑油組成物である。表1中、各添加剤の欄の数値は、潤滑剤全量に対するリン(P)換算の質量%または硫黄(S)換算の質量%を示す。
【0052】
なお、本実施例で用いたリン系添加剤および硫黄系添加剤の構造式を図3に示す。例えば、リン系添加剤としてはリン酸エステルを用い、より具体的には、分岐鎖アルキル系としてリン酸トリオクチルを用い、直鎖アルキル系にはリン酸トリメチル、リン酸トリブチルを用い、芳香族系には、リン酸トリクレジルを用いた。
【0053】
[電食試験]
産業用モータを模擬した、回転軸を支持する内輪回転の転がり軸受(内輪・外輪・鋼球は軸受鋼SUJ2)に、各潤滑剤を封入し、下記の条件で運転試験を行なった。複合荷重を59N、回転速度は1600min-1で運転条件を設定し、さらに、試験軸受(6206)内に5.0Aの一定電流が流れる状態で試験を実施した。
【0054】
<試験条件>
軸受 :6206T2X2CMLLU
転動体 :鋼球(標準軸受)
電源電流 :5.0A
試験機回転数 :1600min-1
ラジアル荷重 :38.2N
アキシアル荷重:101N
油膜パラメータΛ(35℃):6.56
試験時間 :7時間
試験個数 :各1個
【0055】
上記試験条件における油膜パラメータΛは、上記式(1)を用いて算出した。上記式(1)中の油膜厚さをCittendenの式を用いて、基油のデータと試験条件を使用して算出した。また、転動体の表面粗さ(二乗平均粗さ)および内輪の表面粗さ(二乗平均粗さ)は、試験前の転動体および内輪について、触針式表面粗さ測定機を用いて測定した。
【0056】
そして、試験7時間後の内輪軌道面の表面性状を光学観察した。実施例および比較例の観察写真を図4図5に示す。まず、図5の比較例1に示すように、添加剤が未添加の場合(PAO油のみの場合)は、内輪の軌道面にリッジマーク(縞状の凹凸)がはっきりと形成された。
【0057】
一方、添加剤を添加した例(比較例2および実施例1~5)では、この比較例1で形成されたリッジマークと比較して、リッジマークの発生抑制を評価した。表面性状の観察により、リッジマークが形成されていない場合を「A」とし、リッジマークが形成されたものの、十分な発生抑制が確認された場合を「B」とし、リッジマークが形成され、発生抑制があまり確認されない場合を「C」とした。結果を表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
図5に示すように、硫黄系添加剤を添加した比較例2は、リッジマーク自体は比較例1より薄くなったが、その発生抑制はあまり確認されなかった。これに対して、図4に示すように、リン系添加剤を添加した実施例1~5では、リッジマークが形成されないか、またはリッジマークの十分な発生抑制が確認された。リン系添加剤は、分岐鎖アルキル系、直鎖アルキル系、芳香族系によらず作用を示すことが分かった(実施例1、4、5)。また、基油粘度を大きくして、油膜厚さを大きくした場合でも、リッジマークは形成されたものの、十分な抑制作用が見られた(実施例3)。また、リン系添加剤の添加濃度を大きくした場合でも、十分な抑制作用が見られた。
【0060】
上記実施例では、PAO系合成油を基油とする潤滑剤を用いて上記の抑制作用を確認したが、同様の作用は鉱油やエステル油であっても得られる。
【0061】
なお、比較例1の潤滑剤を用いて、油膜パラメータΛ=1.6の条件で、同じ試験を行った場合には、リッジマークは形成されなかった。転動体と内輪とが金属接触することで通電したためと考えられる(図5下図参照)。
【0062】
[アンデロン試験]
電食試験後の内輪と、新品の外輪と、冠型保持器と、セラミック転動体を準備した。石油ベンジンを用いて超音波洗浄し、外輪刻印、内輪刻印、冠型保持器の保持爪の開口部が同一面になるように組み立てた(図6参照)。PAO6を10μL軌道面に滴下し、軽く内輪22を回転させた。冠型保持器25の開口部が手前になるようにアンデロン測定機の軸に設置した。アキシアル荷重100Nを転がり軸受21の外輪23に印加し、回転速度1800rpmで回転させてアンデロン値を測定した。内輪22のフロスティングの部分をクロスハッチングで示している。サンプリングは10秒回転した際に1データを取得し、計5回の平均値をバンドごとに算出した。結果を図7に示す。
【0063】
電食の評価には、特にアンデロンHバンド(周波数1800Hz~10000Hz)が有用であることから、算出したアンデロン値が100未満を「A」とし、100以上200未満を「B」とし、200以上を「C」とした。
【0064】
図7(a)に示すように、硫黄系添加剤、リン系添加剤により、アンデロンHバンドの上昇が抑制されることが分かった。また、基油粘度がより大きい実施例3は、実施例1に比べて、アンデロンHバンドの上昇が抑制された。また、リン酸エステル間では、リン酸トリオクチル(分岐鎖アルキル系)が最も抑制しており、リン酸トリメチル(直鎖アルキル系)、リン酸トリクレジル(芳香族系)の順になった。
【0065】
以下では、リン系添加剤と硫黄系添加剤の結果の違いを考察するべく、摩耗試験条件下において形成される各被膜の電気抵抗値(絶縁性)を評価した。
【0066】
摩耗試験として、SRV試験機を用いて評価した。図8にSRV試験機の概要を示す。SRV試験機31によって、潤滑剤35を表面に塗布したディスク34に対して、荷重Fを印加しながらボール32を保持したアーム33を水平方向に往復振動させた。潤滑剤35には、PAO10のみ、またはPAO10に各種硫黄系添加剤もしくはリン系添加剤を添加した潤滑油組成物を用いた。潤滑剤全量に対して、硫黄系添加剤は硫黄換算で0.5質量%になるように添加し、リン系添加剤はリン換算で0.2質量%になるように添加した。試験条件は以下の通りである。
【0067】
<試験条件>
温度 :40℃
荷重 :50N/5min、200Nまで
初期面圧:1.7GPa、2.2GPa、2.5GPa、2.8GPa
周波数 :50Hz
振幅 :1mm
試験時間:20分
ボール :SUJ2製(φ9.525mm)
ディスク:SUJ2製(φ24mm)
【0068】
図9(a)に、添加剤としてtert-ブチルジスルフィドを用いた場合の摩擦係数の推移を示す。図9(a)に示すように、荷重が大きくなるにつれて摩擦係数が小さくなっており、tert-ブチルジスルフィドが被膜を形成し、極圧作用を示している。
【0069】
図9(b)、(c)には、各添加剤を用いた場合における電気抵抗値の推移を示す。硫黄系添加剤に比べると、リン系添加剤の方が、電気抵抗値が高い値で推移していることが分かる。そして、各荷重における最後の1分間の平均値を棒グラフで示した図を図10に示す。
【0070】
図10に示すように、PAO油のみの場合は、荷重が増加するとともに電気抵抗値が減少する結果になった。一方、硫黄系添加剤を添加した場合は、荷重にかかわらず、電気抵抗値が低い結果になった。
【0071】
リン系添加剤を添加した場合はいずれのリン酸エステルでも、硫黄系添加剤を添加した場合に比べて、電気抵抗値は高い結果になった。特に、リン酸トリメチルを除く3種のリン酸エステルは電気抵抗値が大きく、また荷重による変化は小さかった。更に、直鎖アルキル系および分岐鎖アルキル系のリン酸エステルは、芳香族系に比べて電気抵抗値がより高かった。
【0072】
このように、添加剤を添加することで、PAO油のみの場合とは異なる傾向を示すことから、これら添加剤に基づいて早期に被膜を形成すると推察される。さらに、硫黄系添加剤とリン系添加剤を添加した場合の電気抵抗値の違いが、上記の電食試験のリッジマークの発生抑制の結果に影響を与えたと考えられる。すなわち、リン系添加剤に基づく被膜は絶縁性が高い(非導電的である)のに対して、硫黄系添加剤に基づく被膜は絶縁性が低い(導電的である)といえる。
【0073】
SRV試験の結果より、リン系極圧剤により形成される被膜は絶縁被膜であると考えられる。また、油膜パラメータが3よりも大きい場合、一般的に極圧剤は作用しないが、絶縁破壊時の放電は何千Jと高熱を発することから、放電時発熱により、転走面が極圧剤の作用温度となり、絶縁被膜を形成し、その結果、リッジマークの発生を抑制したと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の転がり軸受は、電食によるリッジマークを抑制可能であるので、電食が発生しやすい環境下での使用に適している。例えば、自動車用補機や産業機械用のモータに用いる転がり軸受や、電気自動車、ハイブリッド自動車が備えるモータ駆動装置に用いる転がり軸受などに好適である。
【符号の説明】
【0075】
1 転がり軸受
2 内輪
3 外輪
4 玉(転動体)
5 保持器
6 シール部材
7 グリース組成物(潤滑剤)
8a 開口部
8b 開口部
10 モータ
11 主軸
12 ステータ
13 ロータ(回転子)
14 フランジ
15 第1ラジアル玉軸受
16 第2ラジアル玉軸受
17 プーリ
18 ベルト
21 転がり軸受
22 内輪
23 外輪
24 転動体
25 冠型保持器
31 SRV試験機
32 ボール
33 アーム
34 ディスク
35 潤滑剤
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10