(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025145514
(43)【公開日】2025-10-03
(54)【発明の名称】車輪用軸受装置
(51)【国際特許分類】
F16C 19/18 20060101AFI20250926BHJP
F16C 33/64 20060101ALI20250926BHJP
B60B 35/18 20060101ALI20250926BHJP
【FI】
F16C19/18
F16C33/64
B60B35/18 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024045717
(22)【出願日】2024-03-21
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002217
【氏名又は名称】弁理士法人矢野内外国特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坂口 睦弥
【テーマコード(参考)】
3J701
【Fターム(参考)】
3J701AA03
3J701AA32
3J701AA43
3J701AA54
3J701AA62
3J701AA72
3J701BA53
3J701BA56
3J701BA63
3J701DA03
3J701DA20
3J701FA15
3J701FA60
3J701GA03
3J701XB12
3J701XB24
(57)【要約】
【課題】内輪に発生するフープ応力を低減できる車輪用軸受装置を提供する。
【解決手段】車輪用軸受装置1は、外側軌道面2c、2dを有する外輪2と、小径段部3aを有したハブ輪3、および小径段部3aに圧入された内輪4からなり、外側軌道面2c、2dに対向する内側軌道面3c、4aを有する内方部材と、外輪2と内方部材との両軌道面間に収容された複列のボール列5、6と、小径段部3aの軸方向における一側の端部を外径側に塑性変形させて形成したかしめ部3hにより、内輪4が軸方向に固定された車輪用軸受装置1であって、内輪4は、内周面4dと、インナー側端面4bと、内周面4dとインナー側端面4bとを接続し、軸方向の一側へいくに従って拡径する内径面取り部4fとを有し、かしめ部3hは、焼入れ加工が施されていない未焼入れ部であり、内輪4から離間する環状溝31を有している。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周に複列の外側軌道面を有する外方部材と、
外周に軸方向に延びる小径段部を有したハブ輪、および前記ハブ輪の小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、前記複列の外側軌道面に対向する複列の内側軌道面を有する内方部材と、
前記外方部材と前記内方部材との両軌道面間に転動自在に収容された複列の転動体と、
前記小径段部の軸方向における一側の端部を外径側に塑性変形させて形成したかしめ部により、前記内輪が軸方向に固定された車輪用軸受装置であって、
前記内輪は、内輪内周面と、軸方向における内輪の一側の端面と、前記内輪内周面と前記内輪の一側の端面とを接続し、軸方向の一側へいくに従って拡径する内径面取り部とを有し、
前記かしめ部は、焼入れ加工が施されていない未焼入れ部であり、前記内輪から離間する環状溝を有している車輪用軸受装置。
【請求項2】
前記かしめ部は、前記内輪内周面と対向するかしめ部外周面を有しており、
前記環状溝は、前記かしめ部外周面に形成されていて、前記内輪内周面から離間している請求項1に記載の車輪用軸受装置。
【請求項3】
前記内径面取り部は、前記内輪内周面から軸方向の一側へ向けて延びる内径テーパ面と、前記内径テーパ面と前記内輪の一側の端面との間に位置する内径円弧面とを有し、
前記内径テーパ面の軸方向に対する傾斜角度は、5度以上かつ25度以下である請求項1または請求項2に記載の車輪用軸受装置。
【請求項4】
前記内輪は、内輪外周面と、前記内輪外周面と前記内輪の一側の端面とを接続し、軸方向の一側へいくに従って縮径する外径面取り部とを有し、
前記外径面取り部は、前記内輪外周面から軸方向の一側へ向けて延びる外径テーパ面と、前記外径テーパ面と前記内輪の一側の端面との間に位置する外径円弧面とを有し、
前記外径テーパ面の軸方向に対する傾斜角度は、10度以上かつ20度以下であり、前記外径円弧面の曲率半径は1.0mm以上かつ2.0mm以下である請求項1または請求項2に記載の車輪用軸受装置。
【請求項5】
前記内輪外周面は、前記外径面取り部に隣接して位置する軸方向と平行なストレート面を有し、
前記ストレート面の軸方向長さsが3mm以上かつ11mm以下であり、
前記軸方向長さsと、前記内輪の前記ストレート面と前記内輪内周面との間の径方向長さtとが、
0.25≦(s/t)≦0.95
の関係を満たす請求項1または請求項2に記載の車輪用軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車輪用軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車等の懸架装置において車輪を回転自在に支持する車輪用軸受装置が知られている。車輪用軸受装置においては、内方部材であるハブ輪の小径段部に内輪が圧入され、小径段部の軸方向における一側の端部を外径側に塑性変形させて形成したかしめ部により、内輪が軸方向に固定された構成のものがある。
【0003】
このように、ハブ輪の小径段部にかしめ部が形成された車輪用軸受装置においては、小径段部の一側の端部を外径側に塑性変形させる際に内輪にフープ応力が発生して、内輪の内径が押し広げられることがある。
【0004】
また、内輪の外周面における軸方向の一側の端部には外径面取り部が形成されており、この外径面取り部に打ち傷が存在すると、内輪に生じたフープ応力によって打ち傷に対する応力集中が助長され、打ち傷を起点としたクラックが内輪に発生して、車輪用軸受装置の耐久性が低下するおそれがある。
【0005】
内輪の外径面取り部に生じた打ち傷を起点としたクラックの発生を抑制するためには、内輪の軸方向長さおよび径方向長さを大きくして、内輪に発生するフープ応力を低減させることが考えられる。しかし、内輪の軸方向長さおよび径方向長さを大きくすると、車輪用軸受装置の重量が増大して車両の燃費低下の要因となるため好ましくない。
【0006】
従って、従来においては、特許文献1に開示されるように、内輪の外径面取り部を熱処理後に切削加工して再切削面で形成して、内輪の外径面取り部の打ち傷を除去することが行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、熱処理後に切削加工して打ち傷を除去した後においても、内輪の外径面取り部に再度打ち傷が発生する場合があり、再度打ち傷が発生した場合には、依然として内輪に生じたフープ応力によってクラックが発生するおそれがある。
【0009】
また、フープ応力によって内輪の内径が押し広げられると、内輪が外径側に膨張して、内輪に形成される内側軌道面の寸法が変化し、内輪の内側軌道面と転動体との隙間精度が低下して、車輪用軸受装置の寿命が低下するおそれがある。
【0010】
本発明は以上の如き状況に鑑みてなされたものであり、ハブ輪のかしめ部により内輪が固定された構成において、内輪に発生するフープ応力を低減することができる車輪用軸受装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
即ち、車輪用軸受装置は、内周に複列の外側軌道面を有する外方部材と、外周に軸方向に延びる小径段部を有したハブ輪、および前記ハブ輪の小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、前記複列の外側軌道面に対向する複列の内側軌道面を有する内方部材と、前記外方部材と前記内方部材との両軌道面間に転動自在に収容された複列の転動体と、前記小径段部の軸方向における一側の端部を外径側に塑性変形させて形成したかしめ部により、前記内輪が軸方向に固定された車輪用軸受装置であって、前記内輪は、内輪内周面と、軸方向における内輪の一側の端面と、前記内輪内周面と前記内輪の一側の端面とを接続し、軸方向の一側へいくに従って拡径する内径面取り部とを有し、前記かしめ部は、焼入れ加工が施されていない未焼入れ部であり、前記内輪から離間する環状溝を有している。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、内輪に発生するフープ応力を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】車輪用軸受装置におけるハブ輪のかしめ部近傍を示す側面断面図である。
【
図3】ハブ輪の小径段部にかしめ部が形成されていない状態の車輪用軸受装置を示す側面断面図である。
【
図4】かしめ部が形成されていない状態の小径段部であって、環状溝のアウター側端が内輪の境界点P3よりもアウター側に位置している小径段部を示す側面断面図である。
【
図5】かしめ部が形成されていない状態の小径段部であって、環状溝のアウター側端と内輪の境界点P3とが同じ位置に位置している小径段部を示す側面断面図である。
【
図6】かしめ部および内輪における応力分布を示す図であって、(a)はかしめ部が環状溝を有していない場合の図であり、(b)はかしめ部が環状溝を有している場合の図である。
【
図7】内輪の内径面取り部を示す側面断面図である。
【
図8】内輪の外形面取り部を示す側面断面図である。
【
図9】内輪におけるストレート面の軸方向長さと、内輪の径方向長さとの関係を示す側面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明を実施するための形態を、添付の図面を用いて説明する。
【0015】
[車輪用軸受装置]
図1に示す車輪用軸受装置1は、本発明に係る車輪用軸受装置の一実施形態であり、自動車等の車両の懸架装置において車輪を回転自在に支持するものである。
【0016】
以下の説明において、軸方向とは車輪用軸受装置1の回転軸心Xに沿った方向を表し、径方向とは車輪用軸受装置1の回転軸心Xに直交する方向を表し、周方向とは車輪用軸受装置1の回転軸心Xを中心とする円弧に沿う方向を表す。また、インナー側とは、軸方向の一側であって車体に取り付けた際の車輪用軸受装置1の車体側を表し、アウター側とは、軸方向の他側であって車体に取り付けた際の車輪用軸受装置1の車輪側を表す。
【0017】
車輪用軸受装置1は第3世代と称呼される構成を備えており、外方部材である外輪2と、内方部材であるハブ輪3および内輪4と、転動列である二列のインナー側ボール列5およびアウター側ボール列6と、インナー側シール部材9と、アウター側シール部材10とを備える。
【0018】
外輪2のインナー側端部には、インナー側シール部材9が嵌合可能なインナー側開口部2aが形成されている。外輪2のアウター側端部には、アウター側シール部材10が嵌合可能なアウター側開口部2bが形成されている。
【0019】
外輪2とハブ輪3とによって形成された環状空間Sのインナー側開口端となるインナー側開口部2aにインナー側シール部材9を嵌合するとともに、環状空間Sのアウター側開口端となるアウター側開口部2bにアウター側シール部材10を嵌合することで、軸受内部となる環状空間Sを密封している。
【0020】
外輪2の内周面2pには、インナー側の外側軌道面2cと、アウター側の外側軌道面2dとが形成されている。外輪2の外周面2oには、外輪2を車体側部材に取り付けるための車体取り付けフランジ2eが一体的に形成されている。車体取り付けフランジ2eには、車体側部材と外輪2とを締結する締結部材(ここでは、ボルト)が挿入されるボルト孔が設けられている。
【0021】
ハブ輪3の外周面3oにおけるインナー側端部には、アウター側端部よりも縮径された小径段部3aが形成されている。ハブ輪3における小径段部3aのアウター側端部には肩部3eが形成されている。
【0022】
ハブ輪3のアウター側端部には、車輪を取り付けるための車輪取り付けフランジ3bが一体的に形成されている。車輪取り付けフランジ3bには、複数のボルト孔3fが形成されている。ボルト孔3fには、ハブ輪3と車輪又はブレーキ部品とを締結するためのハブボルト3iを圧入可能である。
【0023】
ハブ輪3の外周面3oには、外輪2のアウター側の外側軌道面2dに対向するようにアウター側の内側軌道面3cが設けられている。つまり、内方部材のアウター側には、ハブ輪3によって内側軌道面3cが構成されている。ハブ輪3における車輪取り付けフランジ3bの基部側には、アウター側シール部材10のシールリップが摺接するシールランド部3dが形成されている。
【0024】
ハブ輪3の小径段部3aには、内輪4が設けられている。内輪4は、圧入およびかしめ加工によりハブ輪3の小径段部3aに固定されている。内輪4は、転動列であるインナー側ボール列5およびアウター側ボール列6に予圧を付与している。
【0025】
内輪4は、インナー側端部にインナー側端面4bを有しており、アウター側端部にアウター側端面4cを有している。インナー側端面4bは、内輪の軸方向の一側に位置する内輪の一側の端面の一例である。
【0026】
ハブ輪3の小径段部3aにおけるインナー側端部には、内輪4のインナー側端面4bにかしめられたかしめ部3hが形成されている。内輪4は、かしめ部3hにより軸方向に固定されている。
【0027】
かしめ部3hは、小径段部3aの軸方向における一側の端部であるインナー側端部を、外径側に塑性変形させることにより形成されている。ハブ輪3のかしめ部3hと、内輪4のインナー側端面4bとは、軸方向において平面的に接触している。
【0028】
内輪4の外周面4oには、外輪2のインナー側の外側軌道面2cと対向するようにインナー側の内側軌道面4aが設けられている。つまり、内方部材のインナー側には、内輪4によって内側軌道面4aが構成されている。
【0029】
転動列であるインナー側ボール列5とアウター側ボール列6とは、転動体である複数のボール7が保持器8によって保持されることにより構成されている。
【0030】
インナー側ボール列5は、内輪4の内側軌道面4aと、外輪2のインナー側の外側軌道面2cとの間に転動自在に挟まれている。アウター側ボール列6は、ハブ輪3の内側軌道面3cと、外輪2のアウター側の外側軌道面2dとの間に転動自在に挟まれている。つまり、インナー側ボール列5とアウター側ボール列6とは、外方部材と内方部材との両軌道面間に転動自在に収容されている。
【0031】
車輪用軸受装置1においては、外輪2と、ハブ輪3および内輪4と、インナー側ボール列5と、アウター側ボール列6とによって複列アンギュラ玉軸受が構成されている。なお、車輪用軸受装置1は複列アンギュラ玉軸受に替えて複列円錐ころ軸受を構成していてもよい。
【0032】
[内輪およびハブ輪のかしめ部の構成]
図2に示すように、内輪4は、軸方向と平行な面である内周面4dと、内周面4dとインナー側端面4bとを接続する内径面取り部4fとを有している。内径面取り部4fは、インナー側へいくに従って拡径している。内輪4の内周面4dは、内輪内周面の一例である。
【0033】
内輪4の外周面4oは、軸方向と平行な面であるストレート面4eを有している。ストレート面4eは、内側軌道面4aのインナー側に配置されており、外周面4oのインナー側端部に位置している。内輪4のストレート面4eには、インナー側シール部材9の内周が嵌合されている。
【0034】
内輪4は、ストレート面4eとインナー側端面4bとを接続する外径面取り部4gを有している。ストレート面4eは外径面取り部4gに隣接して位置している。外径面取り部4gは、インナー側へいくに従って縮径している。
【0035】
外径面取り部4gは、内輪4の外径面取り部4gに対応する箇所を切削加工した後に熱処理し、熱処理後に再度切削加工を行うことによって形成されている。つまり、外径面取り部4gは、熱処理後に切削加工された再切削面である。
【0036】
ハブ輪3においては、車輪取り付けフランジ3bの基部からアウター側の内側軌道面3cおよび小径段部3aの軸方向における途中部までの範囲にわたって高周波焼入れ等によって表面に焼入れ加工が施されている。
【0037】
従って、ハブ輪3における、車輪取り付けフランジ3bの基部からアウター側の内側軌道面3cおよび小径段部3aの軸方向における途中部までの範囲の表面には硬化層が形成されている。
【0038】
一方、ハブ輪3のかしめ部3h(
図2において網掛けを施した部分)は、焼入れ加工が施されていない未焼入れ部となっている。つまり、かしめ部3hは、鍛造後の生の素材表面の硬さのままとなっている。
【0039】
ハブ輪3のかしめ部3hは、内輪4の内周面4dと対向する第1外周面32と、内輪4の内径面取り部4fと対向する第2外周面33と、内輪4のインナー側端面4bと対向する第3外周面34とを有している。第1外周面32は、内輪内周面と対向するかしめ部外周面の一例である。
【0040】
かしめ部3hの第1外周面32は、内径側に凹陥し、径方向において内輪4の内周面4dから離間した環状溝31を有している。環状溝31は、周方向に沿って形成されており、第1外周面32における全周にわたって形成されている。
【0041】
第1外周面32は、環状溝31以外の部分が内輪4の内周面4dと接触している。第2外周面33は、内輪4の内径面取り部4fと接触している。第3外周面34は、内輪4のインナー側端面4bと接触している。
【0042】
[ハブ輪におけるかしめ部形成前の小径段部]
図3、
図4に示すように、ハブ輪3において、かしめ部3hを形成する前の小径段部3aは、内輪4のインナー側端面4bよりもインナー側に延びている。
【0043】
かしめ部3hを形成する前の小径段部3aの外周面には、環状溝30が形成されている。環状溝30は、周方向に沿って形成されており、小径段部3aの外周面における全周にわたって形成されている。
【0044】
環状溝30は、軸方向におけるアウター側端P1とインナー側端P2とを有している。
【0045】
環状溝30のアウター側端P1は、軸方向において、内輪4における内周面4dと内径面取り部4fとの境界点P3よりもアウター側に位置している。また、環状溝30のインナー側端P2は、軸方向において、境界点P3よりもインナー側に位置している。つまり、環状溝30は、軸方向において、内輪4の内周面4dと内径面取り部4fとにわたって位置している。
【0046】
[かしめ部が環状溝を有することによる作用効果]
環状溝30が形成された小径段部3aのインナー側端部を外径側に塑性変形させることで、かしめ部3hが形成される。かしめ部3hを形成する前の小径段部3aが環状溝30を有することで、形成されたかしめ部3hに、内輪4から離間した環状溝31が形成される。
【0047】
小径段部3aのインナー側端部を外径側に塑性変形させてかしめ部3hを形成する際には、内輪4にフープ応力が発生するが、かしめ部3hが内輪4から径方向に離間する環状溝31を有することで、内輪4に加わる荷重を抑制して、内輪4に発生するフープ応力を低減することが可能となっている。
【0048】
これにより、小径段部3aをかしめることによる内輪4の外径側への膨張量が減少し、内側軌道面の寸法変化を抑制するとともに、内輪の内側軌道面と転動体との隙間精度を向上して、車輪用軸受装置の長寿命化を図ることができる。
【0049】
また、内輪4に発生するフープ応力が低減することで、内輪4の外径面取り部4gに打ち傷が存在していた場合でも、内輪4に生じたフープ応力に起因してクラックが発生することを抑制可能である。
【0050】
この場合、小径段部3aに形成する環状溝30の径方向における溝深さdは、0.2mm~0.9mmとなるように設定することが好ましい。
【0051】
これは、環状溝30の溝深さdが0.9mmを超えると、内輪4における、かしめ部3hに形成される環状溝31の端部に対応する箇所に応力集中が生じ、内輪4に応力集中に起因するクラックが発生するおそれがあるためである。また、環状溝30の溝深さdが0.2mmよりも小さいと、かしめ部3hを形成したときに環状溝31が形成されずに、フープ応力を効果的に低減させることが困難になるためである。
【0052】
また、かしめ部3hを形成する前の小径段部3aにおける環状溝30のアウター側端P1は、内輪4の境界点P3よりもアウター側に位置しているため、小径段部3aを組成変形させてかしめ部3hを形成した際に、環状溝31を内輪4の内周面4dと対向する位置に形成することができる。
【0053】
このように、環状溝31を内輪4の内周面4dと対向する位置に形成することで、内輪4に荷重が加わることを効果的に抑制して、内輪4に生じるフープ応力を低減することが可能となる。
【0054】
本実施形態においては、かしめ部3hの環状溝31は、アウター側端からインナー側端にわたって全体的に内輪4の内周面4dと対向しているが、インナー側の一部が内輪4の内径面取り部4fにかかっていてもよい。つまり、環状溝31は、内輪4の内周面4dと内径面取り部4fとにわたって形成されていてもよい。
【0055】
また、
図4に示すように、本実施形態においては、かしめ部3hを形成する前の小径段部3aにおける環状溝30のアウター側端P1は、内輪4の境界点P3よりもアウター側に位置しているが、
図5に示すように、環状溝30は、アウター側端P1が、軸方向において内輪4の境界点P3と同じ位置に位置するように配置することも可能である。上記の場合、小径段部3aをかしめた際、かしめ部3hが内径面取り部4fと離間するように環状溝31を形成する。そのため、環状溝31は径方向及び軸方向に対してかしめ部3hと内径面取り部4fが離間するように形成される。
【0056】
但し、アウター側端P1が内輪4の境界点P3よりもインナー側に位置するように環状溝30を配置した場合は、かしめ部3hに環状溝31を形成することが困難となって、内輪4のフープ応力を低減させる効果が期待できなくなるため好ましくない。
【0057】
[かしめ部および内輪における応力分布]
図6(a)には、仮に小径段部3aに形成されたかしめ部3hが環状溝31を有していなかった場合の、かしめ部3hおよび内輪4における応力分布を示している。
【0058】
図6(a)においては、内輪4に発生したフープ応力によって、内輪4における外径面取り部4gの応力分布が高くなっている。
【0059】
このように、内輪4の外径面取り部4gの応力分布が高い状態において、外径面取り部4gに打ち傷が存在していると、その打ち傷に対して応力集中が助長され、打ち傷を起点としたクラックが内輪4に発生するおそれがある。
【0060】
また、内輪4のストレート面4eおよび内側軌道面4aにおいて応力分布が比較的高くなっている。
【0061】
このように、内輪4のストレート面4eおよび内側軌道面4aの応力分布が高いと、内側軌道面4aの寸法が変化して内輪4の内側軌道面4aとボール7との隙間精度が低下するとともに、ストレート面4eに嵌合されるインナー側シール部材9のシールトルクが変化するおそれがある。
【0062】
一方、
図6(b)には、本実施形態のように小径段部3aに形成されたかしめ部3hが環状溝31を有している場合の、かしめ部3hおよび内輪4における応力分布を示している。
【0063】
かしめ部3hが環状溝31を有している場合には、小径段部3aのインナー側端部を外径側に塑性変形させる際に、環状溝31によって内輪4に加わる荷重が減少し、内輪4に発生するフープ応力が低減する。
【0064】
従って、
図6(b)に示す内輪4においては、外径面取り部4gの応力分布が、
図6(a)に示したかしめ部3hに環状溝31が形成されていない場合に比べて、低くなっている。これにより、内輪4の外径面取り部4gに打ち傷が存在していた場合でも、内輪4に生じたフープ応力に起因してクラックが発生することを抑制できる。
【0065】
また、
図6(b)においては、内輪4におけるストレート面4eおよび内側軌道面4aの応力分布が、
図6(a)に示したかしめ部3hに環状溝31が形成されていない場合に比べて、低くなっている。
【0066】
このように、内輪4のストレート面4eおよび内側軌道面4aの応力分布が低く抑えられていると、内側軌道面4aの寸法変化が小さくなって、内側軌道面4aとボール7との隙間精度が向上するとともに、ストレート面4eに嵌合されるインナー側シール部材9のシールトルクを安定化させることができる。
【0067】
[内輪の内径面取り部]
図7に示すように、内輪4の内径面取り部4fは、内径テーパ面41と、内径円弧面42とを有している。内径テーパ面41は、内輪4の内周面4dにおける軸方向のインナー側端から、軸方向の一側となるインナー側へ向けて延びている。内径テーパ面41は、内径面取り部4fにおけるアウター側端部に位置している。
【0068】
内径テーパ面41は軸方向に対して傾斜しており、インナー側へいくに従って拡径している。内径テーパ面41は、周方向から見て直線状に形成されている。内径テーパ面41の軸方向に対する傾斜角度θ1は、5度以上かつ25度以下となるように設定されている。
【0069】
内径円弧面42は、内径テーパ面41とインナー側端面4bとの間に位置している。内径テーパ面41とインナー側端面4bとは、内径円弧面42によって接続されている。内径円弧面42は、インナー側へいくに従って拡径している。内径円弧面42は、周方向から見て、内径側に向かって凸となる円弧形状に形成されている。
【0070】
内輪4の内径面取り部4fがアウター側端部に内径テーパ面41を有していることで、内径面取り部4fを全体的に円弧形状に形成した場合に比べて、内径面取り部4fの内径側への突出量を減少させることができる。
【0071】
従って、ハブ輪3の小径段部3aを内輪4にかしめた際に、内輪4を小径段部3aに確実に固定しつつ、内輪4に加わる荷重を適正な荷重に抑えることができ、内輪4に発生するフープ応力を低減させることが可能となっている。
【0072】
なお、内径テーパ面41の傾斜角度θ1が5度よりも小さいと、内輪4に発生するフープ応力を十分に低減することができないおそれがある。一方、内径テーパ面41の傾斜角度θ1が25度よりも大きいと、内輪4の小径段部3aに対する安定的な固定が損なわれるおそれがある。従って、内径テーパ面41の傾斜角度θ1は、5度以上かつ25度以下とすることが好ましい。
【0073】
[内輪の外形面取り部]
図8に示すように、内輪4の外形面取り部4gは、外径テーパ面43と、外径円弧面44とを有している。外径テーパ面43は、内輪4のストレート面4eにおける軸方向のインナー側端から、軸方向の一側となるインナー側へ向けて延びている。外径テーパ面43は、外径面取り部4gにおけるアウター側端部に位置している。
【0074】
外形テーパ面43は軸方向に対して傾斜しており、インナー側へいくに従って縮径している。外径テーパ面43は、周方向から見て直線状に形成されている。外径テーパ面43の軸方向に対する傾斜角度θ2は、10度以上かつ20度以下となるように設定されている。
【0075】
外形円弧面44は、外径テーパ面43とインナー側端面4bとの間に位置している。外径テーパ面43とインナー側端面4bとは、外径円弧面44によって接続されている。
【0076】
外形円弧面44は、インナー側へいくに従って縮径している。外径円弧面44は、周方向から見て、外径側に向かって凸となる円弧形状に形成されている。外形円弧面44の曲率半径Rは、1.0mm以上かつ2.0mm以下となるように設定されている。
【0077】
内輪4の外形面取り部4gがアウター側端部に外径テーパ面43を有していることで、外径面取り部4gを全体的に円弧形状に形成した場合に比べて、外径面取り部4gの外形側への突出量を減少させることができる。
【0078】
従って、内輪4の重量を減少させて車輪用軸受装置1の軽量化を図ることができる。また、外径面取り部4gを全体的に円弧形状に形成した場合に比べて、外径面取り部4gに発生する応力集中を緩和して、内輪4にクラックが生じることを抑制可能である。
【0079】
さらに、外形面取り部4gが外径テーパ面43を有することで、内輪4に嵌合されるインナー側シール部材9の真円度を保持して、インナー側シール部材9と内輪4との締め代を安定させることができるため、インナー側シール部材9による車輪用軸受装置1のトルク増大を抑制することができる。
【0080】
なお、外径テーパ面43の傾斜角度θ2が10度よりも小さいと、車輪用軸受装置1の軽量化を十分に図ることができないおそれがある。一方、外径テーパ面43の傾斜角度θ2が20度よりも大きいと、外径面取り部4gに発生する応力集中を十分に緩和できないおそれがある。従って、外径テーパ面43の傾斜角度θ2は、10度以上かつ20度以下とすることが好ましい。
【0081】
また、外形円弧面44の曲率半径Rが1.0mmよりも小さいと、外径面取り部4gに発生する応力集中を十分に緩和できないおそれがある。一方、外形円弧面44の曲率半径Rが2.0mmよりも大きいと、外形面取り部4gにおいて外径テーパ面43を形成する範囲が小さくなって、外径テーパ面43を形成することによる効果を十分に奏することができなくなるおそれがある。従って、外形円弧面44の曲率半径Rは、1.0mm以上かつ2.0mm以下とすることが好ましい。
【0082】
[内輪におけるストレート面の軸方向長さと、内輪の径方向長さとの関係]
図9に示すように、内輪4におけるストレート面4eの軸方向長さはsである。また、内輪4のストレート面4eと内周面4dとの間の径方向長さはtである。
【0083】
内輪4においては、ストレート面4eの軸方向長さsと、ストレート面4eと内周面4dとの間の径方向長さtとが、0.25≦(s/t)≦0.95の関係を満たすように設定されている。また、ストレート面4eの軸方向長さsは、3mm以上かつ11mm以下となるように設定されている。
【0084】
内輪4においては、軸方向長さsに対して径方向長さtが小さくなると、発生するフープ応力が増大する傾向にある。また、軸方向長さsに対して径方向長さtが大きくなると、車輪用軸受装置1の重量が増加して車両の燃費が低下する傾向にある。
【0085】
特に、(軸方向長さs/径方向長さt)が0.95よりも大きくなると、内輪4に発生するフープ応力の増大が顕著になり、(軸方向長さs/径方向長さt)が0.25よりも小さくなると、車輪用軸受装置1の重量の増加が顕著になる。
【0086】
従って、軸方向長さsと径方向長さtとを、0.25≦(s/t)≦0.95の関係を満たすように設定することで、内輪4に発生するフープ応力を低減するとともに、車輪用軸受装置1の重量の増加を抑制することができる。これにより、内輪4に発生するフープ応力の大きさと、車輪用軸受装置1の重量の大きさとの最適化を図ることが可能となる。
【0087】
また、内輪4においては、ストレート面4eの軸方向長さsが小さくなると、発生するフープ応力が増大する傾向にあり、ストレート面4eの軸方向長さsが大きくなると、車輪用軸受装置1の重量が増加して車両の燃費が低下する傾向にある。
【0088】
特に、軸方向長さsが3mmよりも小さくなると、発生するフープ応力の増大が顕著になり、軸方向長さsが11mmよりも大きくなると、車輪用軸受装置1の重量の増加が顕著になる。
【0089】
従って、軸方向長さsを3mm以上かつ11mm以下の範囲に設定することで、内輪4に発生するフープ応力を低減するとともに、車輪用軸受装置1の重量の増加を抑制することができる。これにより、内輪4に発生するフープ応力の大きさと、車輪用軸受装置1の重量の大きさとの最適化を図ることが可能となる。
【0090】
なお、本実施形態においては、駆動輪用の車輪用軸受装置1について説明したが、本発明は、従動輪用の車輪用軸受装置に適用することも可能である。
【0091】
以上、本発明の実施の形態について説明を行ったが、本発明はこうした実施の形態に何等限定されるものではなく、あくまで例示であって、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々なる形態で実施し得ることは勿論のことであり、本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。
【符号の説明】
【0092】
1 車輪用軸受装置
2 外輪
2c (インナー側の)外側軌道面
2d (アウター側の)外側軌道面
3 ハブ輪
3a 小径段部
3c (ハブ輪の)内側軌道面
3h かしめ部
4 内輪
4a (内輪の)内側軌道面
4b インナー側端面
4d 内周面
4e ストレート面
4f 内径面取り部
4g 外径面取り部
5 インナー側ボール列
6 アウター側ボール列
7 ボール
31 環状溝
32 第1外周面
41 内径テーパ面
42 内径円弧面
43 外径テーパ面
44 外径円弧面
θ1 (内径テーパ面の)傾斜角度
θ2 (外径テーパ面の)傾斜角度
R (外径円弧面の)曲率半径
s (ストレート面の)軸方向長さ
t (内輪のストレート面と内周面との間の)径方向長さ