IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ NTN株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-シール付軸受 図1
  • 特開-シール付軸受 図2
  • 特開-シール付軸受 図3
  • 特開-シール付軸受 図4
  • 特開-シール付軸受 図5
  • 特開-シール付軸受 図6
  • 特開-シール付軸受 図7
  • 特開-シール付軸受 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025145731
(43)【公開日】2025-10-03
(54)【発明の名称】シール付軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/78 20060101AFI20250926BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20250926BHJP
   F16C 33/66 20060101ALI20250926BHJP
   F16J 15/3204 20160101ALI20250926BHJP
【FI】
F16C33/78 D
F16C19/06
F16C33/66 Z
F16J15/3204 201
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024046062
(22)【出願日】2024-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100127340
【弁理士】
【氏名又は名称】飛永 充啓
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 武仁
(72)【発明者】
【氏名】深間 翔平
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 悠介
【テーマコード(参考)】
3J006
3J216
3J701
【Fターム(参考)】
3J006AE05
3J006AE12
3J006AE15
3J006AE30
3J006AE34
3J006CA01
3J216AA02
3J216AA12
3J216AB04
3J216AB06
3J216AB27
3J216BA01
3J216BA16
3J216CA01
3J216CA05
3J216CB03
3J216CB12
3J216CC03
3J216CC14
3J216CC35
3J216CC39
3J216CC40
3J216CC52
3J216DA01
3J216DA02
3J216GA01
3J701AA02
3J701AA03
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA73
3J701BA78
3J701CA13
3J701FA38
3J701XB12
3J701XB41
(57)【要約】
【課題】シールリップとシール摺動面間に油膜を形成してシールリップとシール摺動面を分離することが可能なシール部材で玉軸受を保護するシール付軸受において、サイズが大きい玉軸受の内部空間に対する潤滑油の供給と、玉軸受の寿命に悪影響を及ぼす異物の侵入防止とを両立させる。
【解決手段】シール部材2のシールリップ16の複数の突起部23は玉軸受1の内部空間7及び外部間に亘って連通する油通路24をシールリップ16とシール摺動面18との間に生じさせる。玉軸受1の回転に伴って油通路24から突起部23とシール摺動面18間に引き摺り込まれる潤滑油の油膜によってシールリップ16及びシール摺動面18間に油膜を形成してシールリップとシール摺動面を分離することができる。玉軸受1の内径d、突起部23の高さh、係数A、定数Bとして、0.08≦h≦A×d+Bかつ0.002≦A≦0.004かつ-0.043≦B≦-0.002を満たす。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内方の軌道輪と、外方の軌道輪と、これら軌道輪同士の間に配置された複数の玉と、これら玉を保持する保持器とを有する玉軸受と、
前記玉と前記保持器に対して軸方向一方側及び軸方向他方側に位置し、前記内方の軌道輪と前記外方の軌道輪との間に配置されたシール部材と、
前記内方の軌道輪に形成され、前記シール部材に対して周方向に摺動するシール摺動面と、を備え、
前記シール部材が、周方向に並んだ複数の突起部を含むシールリップを有し、
前記複数の突起部が、前記玉軸受の内部空間及び外部間に亘って連通する油通路を前記シールリップと前記シール摺動面との間に形成するシール付軸受において、
前記玉軸受の内径(mm)をdとし、前記突起部の高さ(mm)をhとし、dに対する係数をAとし、定数をBとしたとき、0.08≦h≦A×d+B、かつ、0.002≦A≦0.004、かつ、-0.043≦B≦-0.002を満たすことを特徴とするシール付軸受。
【請求項2】
前記玉軸受の基本動定格荷重の15%の大きさである荷重が前記玉軸受に負荷された状態のときの前記軌道輪と前記玉との接触楕円径(mm)をXとし、前記突起部の高さ(mm)をhとしたとき、0.08≦h≦{(0.044X-0.15)/2}+0.02を満たす請求項1に記載のシール付軸受。
【請求項3】
前記玉軸受の内径dが40mm以上である請求項1又は2に記載のシール付軸受。
【請求項4】
前記シールリップを形成する弾性材の硬さが60HS以上、80HS以下である請求項1又は2に記載のシール付軸受。
【請求項5】
前記弾性材として熱硬化性エラストマー及び熱可塑性エラストマーのいずれかが用いられている請求項4に記載のシール付軸受。
【請求項6】
車両の走行用モータ及び減速機の中のいずれか一つの回転部を支持する請求項1又は2に記載のシール付軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、玉軸受及びシール部材を備えるシール付軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、玉軸受の早期破損を防止するため、シール部材が利用されている。例えば、自動車、各種建設用機械等の車両に搭載されたトランスミッション内にはギアの摩耗粉等の異物が混在するため、シール部材により、摩耗粉等の軸受内部への侵入を防止している。シール部材は、大別すると、接触シールと非接触シールに分けられる。
【0003】
一般的な接触シールとして、弾性材で形成されたシールリップを有するものが利用されている。この種のシール部材は、一般に、玉軸受の内外一方の軌道輪に取り付けられる。一方、軌道輪、スリンガ等、玉軸受の回転に伴ってシール部材に対して周方向に相対回転する内外他方の軌道輪、スリンガ等の相手部品には、シール摺動面が形成されている。それらシールリップとシール摺動面が全周で滑り接触し、微視的には固体接触領域を伴っている。その滑り接触に伴うシールリップの引き摺り抵抗(シールトルク)は、軸受トルクの上昇を招き、玉軸受の温度上昇の一因となる。また、玉軸受の内部空間が外部に対してシール部材で全周に亘って閉塞されるので、軸受の運転により軸受の温度と共に軸受内部空間の空気が熱膨張し、軸受外部に排出されるが、軸受の運転停止により軸受温度が低下し、軸受内部空間の空気が収縮すると玉軸受の内部と外部間の圧力差によってシールリップがシール摺動面に押し付けられる吸着作用が生じてシールトルクが増大することがある。これらのことから、一般的な接触シールでは、玉軸受の高速回転に限界がある。
【0004】
これに対し、特許文献1に開示されたシール付軸受では、周方向に並んだ複数の突起部を含むシールリップが採用されている。これら複数の突起部は、シールリップとシール摺動面間に油膜が形成されることが可能な態様で形成されている。すなわち、これら突起部の形状や配置間隔は、玉軸受の内部空間と外部間に亘って連通する油通路をシールリップとシール摺動面との間に生じさせ、その油通路を通じた玉軸受の内部空間と外部間での潤滑油の流通によりシール摺動面上での潤滑油を潤沢とし、玉軸受の回転に伴って潤滑油を油通路から突起部とシール摺動面間に引き摺り込ませ、この際のくさび効果により各突起部とシール摺動面に油膜が形成され、突起部とシール摺動面間を分離させることができるように設定されている。このため、特許文献1に開示されたシール付軸受は、前述の吸着作用が発生することを防ぐと共に、所定の周速以上においてシールリップとシール摺動面の固体接触を無くしてシールトルクを著しく低減することができる。
【0005】
また、特許文献1に開示されたシール付軸受では、粒径0.05mm以下の異物が侵入しても玉軸受の寿命に悪影響がないことに着目し、粒径0.05mmを超える異物が前述の油通路を通って玉軸受の内部へ侵入することを抑制するため、シールリップの突起部の高さを0.07mm以下に設定している。これにより、特許文献1に開示されたシール付軸受は、玉と軌道輪の接触部に発生する接触楕円や圧痕の大きさを問わず、前述の一般的な接触シールと遜色のない玉軸受の寿命を得ることもできる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2017-161069号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、玉軸受の回転速度を高速化する要求は尚も高まっている。商用車の走行用モータや減速機の回転部を支持する用途等では、内径が大きい玉軸受を採用することがある。特許文献1に開示されたシール付軸受では、軸受サイズに関係なく突起部の高さを0.07mm以下に設定しているが、軸受サイズが大きい玉軸受の場合、軸受サイズに対して突起部の高さが0.07mm以下と小さく、前述の油通路の開口が狭い。このため、将来的には、軸受サイズが大きい玉軸受の高速回転時、玉軸受の内部空間に対する潤滑油の供給が不足してしまう懸念がある。
【0008】
一方、前述の潤滑不足や金型の高精度化を避けるため、突起部を0.07mmよりも高くすると、その分、粒径の大きな異物が前述の隙間を通って玉軸受の内部に侵入することが可能になる。このため、軌道輪と玉の接触部に大径の圧痕が発生し、これにより、早期はく離の発生に至ることが懸念される。
【0009】
上述の背景に鑑み、この発明が解決しようとする課題は、シールリップとシール摺動面間に形成した油膜によりシールリップとシール摺動面を分離させることが可能なシール部材で玉軸受を保護するシール付軸受において、軸受サイズが大きい玉軸受の内部空間に対する十分な潤滑油の供給と、玉軸受の寿命に悪影響を及ぼす異物の侵入防止とを両立させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を達成するため、この発明は、内方の軌道輪と、外方の軌道輪と、これら軌道輪同士の間に配置された複数の玉と、これら玉を保持する保持器とを有する玉軸受と、前記玉と前記保持器に対して軸方向一方側及び軸方向他方側に位置し、前記内方の軌道輪と前記外方の軌道輪との間に配置されたシール部材と、前記内方の軌道輪に形成され、シール部材に対して周方向に摺動するシール摺動面と、を備え、前記シール部材が、周方向に並んだ複数の突起部を含むシールリップを有し、前記複数の突起部が、前記玉軸受の内部空間及び外部間に亘って連通する油通路を前記シールリップと前記シール摺動面との間に形成するシール付軸受において、前記玉軸受の内径(mm)をdとし、前記突起部の高さ(mm)をhとし、dに対する係数をAとし、定数をBとしたとき、0.08≦h≦A×d+B、かつ、0.002≦A≦0.004、かつ、-0.043≦B≦-0.002を満たすことを特徴とするシール付軸受、という構成1を採用した。前述の内部空間とは、内方の軌道輪と外方の軌道輪で囲まれる空間のうち、内方の軌道輪および外方の軌道輪の軸方向両端面の間の空間である。また、外部とは内部空間以外の空間のことである。
【0011】
油通路から玉軸受の内部空間に侵入することを許容する異物の粒径と、玉と軌道輪の接触部に発生する圧痕の径との間に関係性があり、また、圧痕径が同じでも接触楕円径が大きければ玉軸受の寿命比が大きくなる関係性がある。これら関係性に基づくと、上記構成1のように、0.08≦h≦A×d+B、かつ、0.002≦A≦0.004、かつ、-0.043≦B≦-0.002を満たすことにより、油通路から玉軸受の内部空間に侵入することを許容する最大異物粒径と接触楕円径の関係を玉軸受の寿命に悪影響を及ぼさない範囲に制限することができる。その上で突起部の高さhを0.08mm以上に設定することにより、シールリップとシール摺動面間の油通路の開口を広くし、軸受サイズ(玉軸受の内径dが大きな玉軸受であっても、その内部空間に対する潤滑油の供給を良好にすることができる。
【0012】
具体的には、上記構成1において、前記玉軸受の基本動定格荷重の15%の大きさである荷重が前記玉軸受に負荷された状態のときの前記軌道輪と前記玉との接触楕円径(mm)をXとし、前記突起部の高さ(mm)をhとしたとき、0.08≦h≦{(0.044X-0.15)/2}+0.02を満たす、という構成2を採用するとよい。
【0013】
車両の走行用モータ、減速機等の高速回転用途の場合、定常運転時に玉軸受に負荷される荷重は、その動定格荷重の15%程度である。この負荷荷重を前提に前述の関係性に基づいて、玉軸受の寿命に悪影響を及ぼさない範囲で許容し得る侵入異物の粒径の最大値(mm)を検討したところ、その最大値は{(0.044X-0.15)/2}となった。また、油通路を通って内部空間に侵入し得る最大の異物の粒径は、突起部の高さh-0.02mm程度になることが分かっている。つまり、上記構成2のように、0.08≦h≦{(0.044X-0.15)/2}+0.02を満たしておけば、軸受サイズの大きな玉軸受を一般的な負荷条件で高速回転する場合に、突起部の高さh≦0.07の場合に比して玉軸受の内部空間に対する潤滑油の供給を良好にしつつ、突起部の高さh≦0.07の場合と遜色のない玉軸受の寿命を得ることができる。
【0014】
上記構成1又は2において、前記玉軸受の内径dが40mm以上である、という構成3を採用することができる。
【0015】
上記構成1から3のいずれか1つにおいて、前記弾性材の硬さは60HS以上、80HS以下である、という構成4を採用することができる。
【0016】
上記構成4において、前記弾性材として熱硬化性エラストマー及び熱可塑性エラストマーのいずれかが用いられている、という構成5を採用することができる。
【0017】
上記構成1から5のいずれか1つにおいて、車両の走行用モータ及び減速機の中のいずれか一つの回転部を支持する、という構成6を採用することができる。
【発明の効果】
【0018】
上述のように、この発明は、上記構成1の採用により、シールリップとシール摺動面間に形成した油膜によりシールリップとシール摺動面を分離させることが可能なシール部材で玉軸受を保護するシール付軸受において、サイズが大きい玉軸受の内部空間に対する潤滑油の供給と、玉軸受の寿命に悪影響を及ぼす異物の侵入防止とを両立させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】この発明の実施形態に係るシール付軸受を示す断面図
図2図1のシール部材の自然状態を示す断面図
図3図1のシール部材のリップ頭付近を軸受内部側から示す側面図
図4図1のシールリップ付近の拡大図
図5図4のV-V線の断面図
図6】Lorosch H.Kによる玉と軌道輪の接触楕円径と玉軸受の寿命比との関係を示すグラフ
図7図6の圧痕径0.1mmの接触楕円径5.6mmの寿命比を1に変更したときの関係を示すグラフ
図8】玉軸受の寿命に悪影響を及ぼさないシールリップの突起部の高さと玉軸受の内径との関係を例示するグラフ
【発明を実施するための形態】
【0020】
この発明の一例としての実施形態に係るシール付軸受を添付図面の図1図6に基づいて説明する。
【0021】
図1に示すこのシール付軸受は、玉軸受1と、玉軸受1の両側に配置された二つのシール部材2と、を備える。
【0022】
玉軸受1は、内方の軌道輪3と、外方の軌道輪4と、これら軌道輪3、4同士の間に配置された複数の玉5と、これら複数の玉5を保持する保持器6とで構成されている。玉軸受1は、深溝玉軸受になっている。内方の軌道輪3は、外周側に軌道溝を有する環状の軸受部品である。外方の軌道輪4は、内周側に軌道溝を有する環状の軸受部品である。玉5は、内外の軌道輪3、4の軌道溝を転がる球体である。これら軌道輪3、4、玉5は、それぞれ鋼によって形成されている。保持器6は、複数の玉5を周方向に等配する環状の軸受部品である。
【0023】
ここで、図1において、玉軸受1の軸受中心軸(図示省略、以下、同じ。)に沿った方向を軸方向とし、その軸受中心軸に直交する方向を径方向とし、その軸受中心軸を中心として一周する円周に沿った方向を周方向とする。軸方向は図1において左右方向に相当し、径方向は図1において上下方向に相当する。
【0024】
玉軸受1の内径dは、内方の軌道輪3の内径に一致している。内方の軌道輪3は、軸Sに取り付けられる。外方の軌道輪4は、ハウジング、ギア等、玉軸受1を径方向から取り囲む部材に取り付けられる。
【0025】
シール部材2は、玉軸受1の内部空間7と外部との間に配置されている。内部空間7は、内方の軌道輪3の外周と外方の軌道輪4の内周との間に全周に形成されている。外方の軌道輪4の内周の端部には、シール部材2を保持するシール溝8が形成されている。
【0026】
内部空間7は、外部から供給される潤滑油(図示省略。以下、同じ。)によって潤滑される。潤滑方式としては、例えば、潤滑油をシール付軸受に掛けるはね掛け方式、又はシール付軸受の下部をオイルバスに漬ける油浴方式が挙げられる。初期潤滑剤として内部空間7に適量のグリースが封入されていてもよい。
【0027】
軸Sは、車両の走行用モータ及び減速機の中のいずれか一つの回転部として設けられている。ここで、車両の走行用モータは、電気自動車(EV)、ハイブリッド自動車(HEV)等に動力源として備わる電気モータのことをいう。また、車両の走行用モータ及び減速機は、eAxleを構成するものであってもよい。eAxleは、走行用モータとインバータと減速機(トランスアクスル)を一体化したユニットのことをいう。
【0028】
商用車等の大型車両や耐久性が要求される車両では、その走行用モータのモータ軸、減速機の一段目の回転軸等における軸径が40mm以上になることがある。このような軸Sの回転部を支持する玉軸受1の内径dは、40mm以上である。
【0029】
玉軸受1の外部には、ギアの摩耗粉、クラッチの摩耗粉、微小砕石等、このシール付軸受の組み込み先に応じた異物が存在する。このような粉状の異物は、潤滑油や雰囲気の流れによってシール部材2付近に到達し得る。シール部材2は、内部空間7を外部に対して密封する。この密封の目的は、外部の異物が内部空間7に侵入することを抑制して玉軸受1の早期損傷を防止することであり、内部空間7を液密に密封することではない。
【0030】
図2は、実質的に重力以外の外力が作用しない自然状態でのシール部材2の半断面を示す。シール部材2は、芯金9と、弾性材10とからなる。
【0031】
図2に示すように、芯金9は、周方向及び軸方向に沿う円筒板部11と、円筒板部11から径方向へ延びる円環板部12と、円環板部12から径方向に対して傾斜した方向へ延びる円すい板部13とからなる。これら円筒板部11~円すい板部13は、鋼板等の金属板によって形成されている。
【0032】
円筒板部11の外周は、芯金9の外径を規定する。芯金9の内径を規定する内周縁14は、円すい板部13の先端からなり、全周で周方向及び軸方向に沿う平坦面状に形成されている。
【0033】
シール部材2は、芯金9の円筒板部11に接着された嵌合部15と、芯金9の内周縁14よりも径方向内側に位置するシールリップ16と、嵌合部15とシールリップ16とを繋ぐ側面部17とを有する。これら嵌合部15~側面部17は、弾性材10により形成されている。
【0034】
弾性材10の硬さは、60HS以上、80HS以下である。このショア硬さ(HS)は、JIS K 6301「加硫ゴム物理試験方法」に準拠したショア硬さ試験方法での値である。
【0035】
弾性材10として、熱硬化性エラストマー及び熱可塑性エラストマーのいずれか一つを使用することができる。熱硬化性エラストマーとして、例えば、ニトリルゴム(NBR)、アクリルゴム(ACM)、フッ素ゴム(FKM)等が挙げられる。熱可塑性エラストマーとして、例えば、ポリスチレン系(TPS)、オレフィン/アルケン系(TPO)、ポリアミド系(TPAE)等が挙げられる。
【0036】
図1に示すように、内方の軌道輪3の外周には、シールリップ16に対して周方向に摺動するシール摺動面18が形成されている。シール摺動面18は、全周で周方向に沿う円筒面状になっている。
【0037】
図2に示すシール部材2の嵌合部15の外周縁は、シール部材2の外径を規定する。嵌合部15を図1に示すシール溝8に圧入することにより、シール部材2が外方の軌道輪4に取り付けられる。
【0038】
図2に示すように、シールリップ16は、径方向に延びる腰19と、腰19から径方向内側に向かって軸方向外部側へ傾いた方向に延びるリップ頭20と、腰19と芯金9の内周縁14との間に連続するヒール21とからなる。
【0039】
腰19は、全周で周方向及び径方向に沿う円環状に形成されている。ヒール21は、芯金9の内周縁14に接着されており、芯金9の内周縁14に近くなる程に厚くなり、側面部17に連続している。
【0040】
ここで、図3は、図1のシールリップ16の内部空間7側の側面を示す。図4は、図1の部材2とシール摺動面18の摺接部付近を拡大して示す。図3図4に示すように、リップ頭20は、周方向全周に形成された中実部22と、中実部22からシール摺動面18側へ突き出た複数の突起部23とからなる。
【0041】
複数の突起部23は、周方向に並んでいる。複数の突起部23の周方向ピッチは一定になっている。突起部23は、その全長に亘って周方向と直交する方向に延びている。シールリップ16の全体的な形状は、突起部23のピッチに対応した回転対称形になっている。
【0042】
シールリップ16とシール摺動面18との間に径方向の締め代が設定されている。シール部材2を図1図4に示す状態となるように外方の軌道輪4に取り付ける際、シールリップ16は、複数の突起部23からシール摺動面18に押し付けられて、図4に示すように腰19からリップ頭20が撓む。シール部材2の取り付け誤差、製造誤差等は、シールリップ16の撓み具合の変化によって吸収される。
【0043】
図5は、図4のV-V線の切断面を示す。この切断面は、軸方向に直角な仮想平面上の断面である。図5に示すように、突起部23の断面形状は、曲率半径rの半円状に形成されている。なお、図5において、突起部23の断面形状は、図2に示す自然状態のときの形状を示している。実際には、シール部材2の取り付け時、複数の突起部23は、シール摺動面18に接触し、このとき、シールリップ16の全周部の撓み変形の弾性復元力の作用により、シール摺動面18に向けて押される突起部23は、その頂上部において僅かに圧縮され、中実部22は、僅かにシール摺動面18へ接近する側に撓むもシール摺動面18と非接触の状態に配置される。周方向に隣り合う突起部23同士の間かつシール摺動面18と中実部22との間には、内部空間7と外部に連通する油通路24が生じさせられる。玉軸受1の回転時、シールリップ16は、複数の突起部23上でのみシール摺動面18と摺動する。
【0044】
突起部23は、シール摺動面18との間に油通路24側で大、当該突起部23側で小となるくさび状隙間を形成する。また、突起部23とシール摺動面18の弾性接触域は、突起部23の弾性変形により、図4に示すように軸方向に有限長L(ただしLは誇張して図示している)で生じる。玉軸受1の回転時、シールリップ16とシール摺動面18は、周方向に相対回転する。突起部23とシール摺動面18の弾性接触域においては、突起部23が油通路24内の潤滑油(図5においてシール摺動面18が右回りに回転するときの潤滑油:Oilの流れを模式的に矢線で例示する。)をシール摺動面18との間に周方向に引き摺り込む際のくさび効果によって油膜形成が促進され、突起部23とシール摺動面18との間に介在する油膜厚さが厚くなる。
【0045】
玉軸受1の停止時や玉軸受1の回転速度が一定未満のとき、微視的には、突起部23とシール摺動面18の弾性接触域に固体接触領域が含まれており、その潤滑モードは境界潤滑又は混合潤滑である。突起部23とシール摺動面18の相対回転の周速が一定以上になると、突起部23とシール摺動面18間の油膜厚さは、突起部23とシール摺動面18間の合成粗さσを余裕で上回り、各突起部23とシール摺動面18が油膜で分離させられた状態になる。これにより、シールリップ16とシール摺動面18間を油膜で分離させることができる。このような状態になれば、シール部材2によるシールトルクを非接触式のシールと同等まで低減し、ひいてはシール付軸受の温度上昇を抑制し、シールリップ16の吸着作用を防止することができる。
【0046】
突起部23の断面形状やピッチは、所定の周速、油温の条件下でシールリップ16とシール摺動面18間に形成した油膜でシールリップ16とシール摺動面18を分離した状態になるように適宜に設定すればよい。
【0047】
潤滑油が油通路24を通じて内部空間7と外部間で流通する量は、中実部22からの突起部23の高さhに依存する。ここで、突起部23の高さhは、シールリップ16とシール摺動面18との間で中実部22に対する法線方向に有する高さである。突起部23の高さhは、図6図8に示す関係性に基づいて決定されている。
【0048】
ここで、図6は、次の出典に掲載されたグラフを転記したものである。
出典:Lorosch H.K..”Research on Longer Life for Rolling-Element Bearings. ” ASLE Lubrication Engineering, Vol. 41 (1985), pp. 37
【0049】
図6は、縦軸に玉と軌道輪の接触楕円径を取り、横軸に玉軸受の寿命比を取り、圧痕径0.1mmの場合と0.3mmの場合について、接触楕円径と寿命比との関係を示している。図6から、圧痕径が同じであっても、接触楕円径が大きければ、寿命比が大きくなる関係性があることが分かる。
【0050】
特許文献1に示されるように、軸受内部に侵入する異物の粒径が0.05mm以下では寿命が低下しないと考えられる。例えば、次の寿命試験で玉軸受の寿命が低下しなかった。
寿命試験の条件
・玉軸受の型番:6206
・玉軸受の基本定格荷重:21.6kN
・玉軸受に負荷する荷重:6.9kN
・玉と内輪の接触楕円径:5.6mm
なお、前述の型番、基本定格荷重は、本願出願時点で最新の対応JISに準拠した値である。
【0051】
一般に、玉軸受の玉と軌道輪の接触部に発生する圧痕径は、経験的に、玉と軌道輪間に挟まる異物の粒径の2倍程度になることが分かっている。異物の粒径が0.05mmである場合、圧痕径は0.1mmである。
【0052】
図6の横軸(寿命比)において、前述の寿命試験結果を用いて圧痕径が0.1mm、接触楕円径が5.6mmである場合の寿命比を1に変更すると、図7に示す関係性となる。図7において、圧痕径が0.3mmである場合、寿命比が1となる接触楕円径は10.2mmである。図7より、寿命比1となる接触楕円径Xと圧痕径Yとの二つのパラメータには、次の式1の関係が成り立つ。
Y=0.044X-0.15・・・式1
ここで、圧痕径Yは、玉と内輪の軌道溝との接触部に生じる圧痕の径(mm)である。また、接触楕円径Xは、玉と内輪の軌道溝との接触部における接触楕円径(mm)であり、この接触楕円径は、Hertz接触理論において算出される接触楕円の長半径を2倍した長さに相当する。
【0053】
前述の圧痕径と異物の粒径との経験則に基づくと、玉軸受の内部空間に侵入しても玉軸受の寿命に悪影響を与えないと考えられる異物の粒径(mm)の上限値(以下、これを許容侵入異物径Zという。)と、接触楕円径Xとの二つのパラメータには、次の式2の関係が成り立つ。
2Z=0.044X-0.15
Z=(0.044X-0.15)/2・・・式2
【0054】
車両の走行用モータ、減速機等の高速回転用途の場合、定常運転時に玉軸受に負荷される荷重は、玉軸受の寿命を考慮し、その玉軸受の動定格荷重の15%程度である。ここで、玉軸受の動定格荷重は、日本産業規格(JIS B 1518 「転がり軸受-動定格荷重及び定格寿命」)に規定されたものを意味し、例えば、ラジアル軸受として使用される深溝玉軸受の場合、基本動ラジアル定格荷重Crである。玉軸受で一般的な動定格荷重の15%の負荷荷重と、玉径、軌道溝径、軌道輪肉厚等の各部寸法関係とを前提に接触楕円径Xを算出し、玉軸受の内径dと、許容侵入異物径Zで整理すると、許容侵入異物径Zと玉軸受の内径dとの二つのパラメータには、次の式3~式5の関係が成り立つ。
Z=A×d+B・・・式3
0.002≦A≦0.004・・・式4
-0.063≦B≦-0.022・・・式5
【0055】
特許文献1においては、粒径0.05mmを超える異物が油通路を通って玉軸受の内部空間に侵入することを制限するため、突起部の高さhが0.07mm以下に制限されている。このことから分かるように、許容される突起部の高さhは、許容侵入異物径Z+0.02mmである。したがって、許容侵入異物径Zに制限するために許容される突起部の高さhと、玉軸受の内径dとの二つのパラメータには、次の式6~式8の関係が成り立つ。なお、突起部の高さhはJISZ 8703に記載の常温(5℃~35℃)での寸法値である。
h≦A×d+B・・・式6
0.002≦A≦0.004・・・式7
-0.043≦B≦-0.002・・・式8
【0056】
日本産業規格(JIS B 1512 「転がり軸受の主要寸法」)に準拠する玉軸受について、その呼び番号は、日本産業規格(JIS B 1513 「転がり軸受の呼び番号」)で規定されている。その呼び番号で62系列に該当する玉軸受である場合、式6において、玉軸受の内径dに対する係数A=0.004、定数B=-0.043となる。また、その呼び番号で63系列に該当する玉軸受である場合、式6において、係数A=0.002、定数B=-0.002となる。それら63系列、62系列の玉軸受の内径dと、突起部の高さhとの関係を図8に示し、同系列に属する様々な型番における玉軸受の内径d、接触楕円径X、圧痕径、許容侵入異物径Z、突起部の高さhの各値を次の表1に例示する。
【0057】
【表1】
【0058】
図6図8、式1~式8に示される関係性に基づき、図1図5に示す玉軸受1及びシール部材2は、玉軸受1の寿命に悪影響を及ぼす異物が油通路24を通って内部空間7に侵入することを防ぎつつ、内部空間7に対する潤滑油の供給を多くするため、0.08≦h≦A×d+B、かつ、0.002≦A≦0.004、かつ、-0.043≦B≦-0.002を満たすように構成されている。この構成は、突起部23の高さh及び接触楕円径Xの設定によって実現することが可能である。接触楕円径Xは、玉軸受1の動定格荷重に対する負荷荷重の大きさと、軌道輪3、4と玉5との接触部の幾何的な関係、軌道輪3、4や玉5の各材質の縦弾性係数、ポアソン比で決まる。軌道輪3、4と玉5との接触部の幾何的な関係は、玉5の直径、軸受中心軸を含むアキシアル平面上での軌道輪3、4の軌道溝の溝半径、軸受中心軸に直交するラジアル平面上での軌道輪3、4の軌道溝の曲率半径で決まる。
【0059】
換言すれば、玉軸受1の基本動定格荷重の15%の大きさである荷重が玉軸受1に負荷された状態のときの各軌道輪3、4と玉5との各接触楕円径Xと、突起部23の高さhとがそれぞれ次の式9を満たすように構成されている。
h≦{(0.044X-0.15)/2}+0.02・・・式9
【0060】
軸受サイズが大きい玉軸受1がdmn値(内径d×毎分当りの回転数n)で130万程度までの回転速度で運転される場合、玉5と軌道輪3、4との金属接触を油膜で防止する潤滑目的を達成できればよく、この達成程度であれば突起部23の高さhが0.07mm以下であっても内部空間7に対する潤滑油の供給を十分に実現可能であるが、dmn値で180万以上の回転速度で運転される場合には、玉5と保持器6間での潤滑油のせん断等による玉軸受1の内部での発熱が無視できなくなり、軸受サイズが大きく内部空間7の容量が相応に大きな玉軸受1の内部を十分に冷却するために潤滑油を更に多く内部空間7へ供給することが要求される可能性がある。このような要求に対して、前述の式1~式9の関係性に基づいて突起部23の高さhの上限値を0.08mm以上の値で最適化し、内部空間7に対する潤滑油の供給を良好にすることが可能である。
【0061】
また、突起部23の高さhを0.08mm以上にすると、結果的に、突起部23の周方向幅も相応に広くすることになるので、突起部23の高さhを0.07mm以下に設定する場合に比して、シールリップ16に形成する突起部23の数を少なくすることができる。このことは、突起部23間の寸法のばらつきを抑えるために必要なシールリップ16の成形金型の精度を緩和することに有利となる。
【0062】
実施形態に係るシール付軸受は(図1図4図5参照)、上述のようなものであり、内方の軌道輪3と、外方の軌道輪4と、これら軌道輪3、4同士の間に配置された複数の玉5と、これら玉5を保持する保持器6とを有する玉軸受1と、玉軸受1の内部空間7と外部との間に配置されたシール部材2と、シール部材2に対して周方向に摺動するシール摺動面18と、を備え、シール部材2が周方向に並んだ複数の突起部23を含むシールリップ16を有し、複数の突起部23が内部空間7及び外部間に亘って連通する油通路24をシールリップ16とシール摺動面18との間に生じさせ、かつ玉軸受1の回転に伴って油通路24から突起部23とシール摺動面18間に引き摺り込まれる潤滑油の油膜によってシールリップ16及びシール摺動面18間に形成された油膜によりシールリップ16とシール摺動面18を分離することが可能な態様で形成されているので、所定粒径の異物侵入を防ぎつつ、玉軸受の高速運転に対応可能としながら、シール付軸受の低トルク化を図ることができる。
【0063】
実施形態に係るシール付軸受は、特に、玉軸受1の内径(mm)をdとし、突起部23の高さ(mm)をhとし、dに対する係数をAとし、定数をBとしたとき、0.08≦h≦A×d+B、かつ、0.002≦A≦0.004、かつ、-0.043≦B≦-0.002を満たすことにより、サイズが大きい玉軸受1の内部空間7に対する潤滑油の供給と、玉軸受1の寿命に悪影響を及ぼす異物の侵入防止とを両立させることができる。
【0064】
また、実施形態に係るシール付軸受は、玉軸受1の基本動定格荷重の15%の大きさである荷重が玉軸受1に負荷された状態のときの軌道輪3、4と玉5との接触楕円径(mm)をXとし、突起部23の高さ(mm)をhとしたとき、0.08≦h≦{(0.044X-0.15)/2}+0.02を満たすことにより、軸受サイズの大きな玉軸受1を一般的な負荷条件で高速回転する場合に、突起部23の高さh≦0.07の場合に比して玉軸受1の内部空間7に対する潤滑油の供給を良好にしつつ、突起部23の高さh≦0.07の場合と遜色のない玉軸受1の寿命を得ることができる。
【0065】
なお、この実施形態では、シールリップ16がラジアルリップである例を示したが、この発明は、アキシアルリップに変更することも可能である。ここで、ラジアルリップは、軸方向に沿ったシール摺動面又は軸方向に対して45°以内の鋭角の勾配をもったシール摺動面と密封作用を奏するシールリップのことをいい、アキシアルリップは、軸方向に対して45°を超える勾配をもったシール摺動面と密封作用を奏するシールリップのことをいう。
【0066】
また、この実施形態では、内輪回転の玉軸受を例示したが、この発明は、外輪回転の玉軸受に適用することも可能である。
【0067】
また、この実施形態では、深溝玉軸受に構成された玉軸受を例示したが、この発明は、アンギュラ玉軸受に適用することも可能である。
【0068】
また、この実施形態では、シール部材の内径側にシールリップを設け、内方の軌道輪にシール摺動面を形成した例を示したが、この発明は、シール部材の外径側にシールリップを設け、外方の軌道輪にシール摺動面を形成する場合に適用することも可能である。また、シール摺動面を軌道輪に形成した例を示したが、スリンガ等、軌道輪と一体化される他部材に形成してもよい。
【0069】
今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。したがって、本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0070】
1 玉軸受
2 シール部材
3 内方の軌道輪
4 外方の軌道輪
5 玉
6 保持器
7 内部空間
10 弾性材
16 シールリップ
18 シール摺動面
23 突起部
24 油通路
d 玉軸受の内径
h 突起部の高さ
X 接触楕円径
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8