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特開2025-14838廃棄物を利用した生分解性樹脂の海洋生分解速度制御方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025014838
(43)【公開日】2025-01-30
(54)【発明の名称】廃棄物を利用した生分解性樹脂の海洋生分解速度制御方法
(51)【国際特許分類】
   C08L 101/00 20060101AFI20250123BHJP
   C08L 5/08 20060101ALI20250123BHJP
   C08L 101/16 20060101ALN20250123BHJP
【FI】
C08L101/00
C08L5/08
C08L101/16 ZBP
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023117732
(22)【出願日】2023-07-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、ムーンショット型研究開発事業、「生分解開始スイッチ機能を有する海洋分解性プラスチックの研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】粕谷 健一
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 美和
(72)【発明者】
【氏名】スレーントーン プウビライ
(72)【発明者】
【氏名】津久井 創
(72)【発明者】
【氏名】橘 熊野
【テーマコード(参考)】
4J002
4J200
【Fターム(参考)】
4J002AB022
4J002AB051
4J002CF032
4J002CF042
4J002CF182
4J002GA00
4J002GG00
4J200AA08
4J200BA07
4J200BA10
4J200BA12
4J200BA14
4J200BA15
4J200BA18
4J200BA19
4J200BA20
4J200BA38
4J200DA01
4J200DA05
4J200DA08
4J200DA09
4J200DA10
4J200DA11
4J200DA15
4J200EA11
(57)【要約】
【課題】本発明は、生分解性樹脂に対する海洋生分解速度を制御する技術を開発することを課題とする。
【解決手段】本発明は、甲殻類または昆虫類の殻を、生分解性樹脂の近傍に存在させるかまたは生分解性樹脂に接触させることを含む、海洋における生分解性樹脂の生分解速度の制御方法を提供する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
甲殻類または昆虫類の殻を、生分解性樹脂の近傍に存在させるかまたは生分解性樹脂に接触させることを含む、
海洋における生分解性樹脂の生分解速度の制御方法。
【請求項2】
甲殻類または昆虫類の殻が、カニ殻である、請求項1に記載の生分解速度の制御方法。
【請求項3】
生分解性樹脂が、ポリヒドロキシアルカン酸、脂肪族ポリエステル、芳香族ポリエステル、ならびに天然高分子およびその誘導体から選ばれる1種または2種以上を含む、請求項1に記載の生分解速度の制御方法。
【請求項4】
生分解性樹脂が、ポリ(3-ヒドロキシブチレート)系樹脂、ポリ乳酸、ポリカプロラクトン、ポリブチレンスクシネート、ポリブチレンスクシネートアジペート、ポリブチレンアジペートテレフタレート、およびセルロースから選ばれる1種または2種以上を含む、請求項1に記載の生分解速度の制御方法。
【請求項5】
甲殻類または昆虫類の殻を含む、海洋における生分解性樹脂の生分解速度の制御剤。
【請求項6】
生分解性樹脂、および請求項5に記載の生分解速度の制御剤を含む、海洋における生分解速度が制御された生分解性樹脂組成物。
【請求項7】
生分解性樹脂に、生分解速度の制御剤が積層されたものである、請求項6に記載の生分解性樹脂組成物。
【請求項8】
請求項6または7に記載の生分解性樹脂組成物で形成された成形品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、廃棄物を利用した生分解性樹脂の海洋生分解速度制御方法等に関し、詳しくは、甲殻類または昆虫類の殻を利用した生分解性樹脂の海洋生分解速度制御方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-3-ヒドロキシバリレート)(PHBV)等の微生物産生ポ
リエステルは、海洋環境中でも優れた生分解性を示す材料である。一方、その優れた生分解性故に、PHBVは材料として使用している間に生分解が進み、その物性が担保されない場合がある。生分解性プラスチックのさらなる普及のためには、その分解速度を制御する技術の開発が必要である。
【0003】
生分解性プラスチックの分解速度を低下させる手法として以下の手法が知られている。
特許文献1には、生分解性プラスチックの分解酵素の活性抑制剤である非イオン性界面活性剤を臨界ミセル濃度以上の濃度で生分解性プラスチック表面に塗布することで生分解性プラスチックの分解を制御する方法が提案されている。特許文献2、3、4には、カルボジイミド化合物や紫外線吸収剤および酸化防止剤を添加することによる生分解性プラスチックの分解を制御する方法が提案されている。特許文献5には生分解速度制御助剤を配合した後、活性エネルギー線を照射することで生分解性プラスチックの分解を制御する方法が提案されている。特許文献6には抗菌性金属イオンを添加することにより生分解測度制御する方法が提案されている。特許文献7には無機あるいは有機フィラーを配合することで、分解を抑制させる方法が提案されている。特許文献8には生分解性樹脂を積層させて得られる使用中は劣化しにくく、使用後には自然環境下で速やかに分解される生分解性積層体が開示されている。特許文献9、10には天然抗菌剤を生分解性プラスチックに分散させることで分解速度を減少させる手法が提案されている。特許文献11には生分解性樹脂とカーボンブラックの添加量を増減させ、生分解性を抑制させる手法が提案されている。特許文献12には生分解性樹脂とキチンとを混合することで、生分解速度を制御する方法が提案されている。
【0004】
特許文献1に記載されている方法では、生分解性の発現のために界面活性剤を取り除く必要がある。特許文献2、3、4に記載されている方法では、添加した化合物の生分解性が担保されておらず、非生分解性物質が一部残存する可能性がある。特許文献5に記載されている方法も同様で、活性エネルギーの照射により架橋した部分が、残存する可能性がある。特許文献6、7、9、10、11、12に記載されている方法では、生分解性プラスチックに化合物あるいはフィラーを添加することによる物性低下が懸念される。特許文献8では海洋環境中での分解性が評価されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010-227006
【特許文献2】特開2007-302758
【特許文献3】特開2004-155993
【特許文献4】特開2003-313436
【特許文献5】特開2006-291091
【特許文献6】特開平05-117507
【特許文献7】特開平04-146953
【特許文献8】特開2021-154559
【特許文献9】特開2020-500792
【特許文献10】特開2001-323177
【特許文献11】特開2005-002165
【特許文献12】特開2004-010749
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記状況を鑑み、本発明は、生分解性樹脂に対する海洋生分解速度を制御する技術を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、甲殻類または昆虫類の殻を、生分解性樹脂の近傍に存在させるかまたは生分解性樹脂に接触させることで、生分解性樹脂の海洋生分解速度を制御できることを知見した。より具体的には、甲殻類または昆虫類の殻を、生分解性樹脂の近傍に存在させるかまたは生分解性樹脂に接触させることで、生分解性樹脂を分解する微生物の増殖が抑制され、樹脂の海洋生分解性が抑制されることを知見した。このような知見に基づき、本発明は完成されたものである。
すなわち、本発明の要旨は以下に関する。
【0008】
[1] 甲殻類または昆虫類の殻を、生分解性樹脂の近傍に存在させるかまたは生分解性樹脂に接触させることを含む、
海洋における生分解性樹脂の生分解速度の制御方法。
[2] 甲殻類または昆虫類の殻が、カニ殻である、[1]に記載の生分解速度の制御方法。
[3] 生分解性樹脂が、ポリヒドロキシアルカン酸、脂肪族ポリエステル、芳香族ポリエステル、ならびに天然高分子およびその誘導体から選ばれる1種または2種以上を含む、[1]または[2]に記載の生分解速度の制御方法。
[4] 生分解性樹脂が、ポリ(3-ヒドロキシブチレート)系樹脂、ポリ乳酸、ポリカプロラクトン、ポリブチレンスクシネート、ポリブチレンスクシネートアジペート、ポリブチレンアジペートテレフタレート、およびセルロースから選ばれる1種または2種以上を含む、[1]~[3]のいずれかに記載の生分解速度の制御方法。
[5] 甲殻類または昆虫類の殻を含む、海洋における生分解性樹脂の生分解速度の制御剤。
[6] 生分解性樹脂、および[5]に記載の生分解速度の制御剤を含む、海洋における生分解速度が制御された生分解性樹脂組成物。
[7] 生分解性樹脂に、生分解速度の制御剤が積層されたものである、[6]に記載の生分解性樹脂組成物。
[8] [6]または[7]に記載の生分解性樹脂組成物で形成された成形品。
【0009】
なお、本発明は、以下の構成を採用することも可能である。
[9] 海洋における生分解性樹脂の生分解速度の制御のための、甲殻類または昆虫類の殻の使用。
[10] 海洋における生分解性樹脂の生分解速度の制御における使用のための、甲殻類または昆虫類の殻。
[11] 海洋における生分解性樹脂の生分解速度の制御剤の製造における、甲殻類または昆虫類の殻の使用。
[12] 海洋における生分解速度が制御された生分解性樹脂組成物の製造における、甲殻類または昆虫類の殻の使用。
[13] 甲殻類または昆虫類の殻を製剤化することを含む、海洋における生分解性樹脂の生分解速度の制御剤の製造方法。
[14] 生分解性樹脂組成物と、甲殻類または昆虫類の殻とを混合することを含む、海洋における生分解速度が制御された生分解性樹脂組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、生分解性樹脂の海洋生分解速度を制御することができる。また、本発明により、生分解性樹脂の海洋生分解速度の制御剤、海洋生分解速度が制御された生分解性樹脂組成物、および該生分解性樹脂組成物で形成された成形品等が提供される。
すなわち、本発明の方法によれば、優れた生分解性をもつがそれ故に使用中の生分解に伴う物性低下が懸念される生分解性樹脂と、甲殻類または昆虫類の殻とを共存させることで、生分解性樹脂表面の菌叢が変わり、生分解性樹脂の海洋生分解性を低下させた。したがって、生分解性速度が高い生分解性樹脂の生分解性を制御し、通常使用条件では機械的特性を保つが、一定条件の下で速やかに生分解する材料を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、海水浸漬時間ごとのPHBVフィルムの質量減少量を示すグラフである。
図2図2は、海水浸漬前後のPHBVフィルム表面のSEM像を示す図(図面代用写真)である。白色スケールバーは、10 μmを表す。
図3図3は、各試料の細菌群集の相対存在量を綱レベルで示すグラフである。
図4図4は、各試料の細菌群集のNMDSプロットを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について説明する。
<生分解速度の制御方法>
本発明の一態様は、甲殻類または昆虫類の殻を、生分解性樹脂の近傍に存在させるかまたは生分解性樹脂に接触させることを含む、海洋における生分解性樹脂の生分解速度の制御方法(以下、「本発明の生分解速度の制御方法」ということがある。)に関する。
【0013】
本発明では、甲殻類または昆虫類の殻を、生分解性樹脂の近傍に存在させるかまたは生分解性樹脂に接触させることにより、海洋における生分解性樹脂の生分解速度を制御することができる。具体的には、例えば、生分解性樹脂の生分解速度を抑制するのに十分な甲殻類または昆虫類の殻が存在する場合は生分解速度を低下させ、生分解性樹脂の生分解速度を抑制するのに十分な甲殻類または昆虫類の殻が存在しない場合は生分解速度を回復させるまたは向上させることができる。
【0014】
後記実施例で示すとおり、本発明の方法によれば、生分解性樹脂表面や近傍に甲殻類または昆虫類の殻を配置することにより、生分解性樹脂付近の微生物叢を変化させる(すなわち、生分解性樹脂分解微生物の増殖が抑制される)ことで、海洋における生分解性樹脂の生分解速度を低下させることが可能である。
【0015】
したがって、生分解性樹脂に、生分解性樹脂付近の微生物叢を変化させるのに十分な量の甲殻類または昆虫類の殻を、生分解性樹脂付近の微生物叢を変化させるのに十分に近い領域内に存在させる(すなわち、生分解性樹脂に接触させるか、または近傍に存在させる)ことにより、海洋における生分解性樹脂の生分解速度を制御することができる。
【0016】
甲殻類または昆虫類の殻を、生分解性樹脂に接触させるとは、例えば、甲殻類または昆虫類の殻または後記本発明の生分解速度の制御剤が生分解性樹脂に積層されることが挙げられるが、例えば、甲殻類または昆虫類の殻または後記本発明の生分解速度の制御剤と生分解性樹脂とを接した状態で配置すること等であってよい。
【0017】
甲殻類または昆虫類の殻または後記本発明の生分解速度の制御剤を、生分解性樹脂の近傍に存在させるとは、例えば、殻または制御剤と生分解性樹脂の間の最短距離が50cm以下、30cm以下、または10cm以下になるように殻または制御剤と生分解性樹脂を配置することが挙げられるが、例えば、甲殻類または昆虫類の殻または後記本発明の生分解速度の制御剤と、生分解性樹脂とを同一環境中に添加すること等であってよい。添加は、甲殻類または昆虫類の殻または制御剤と、生分解性樹脂を同時でも、いずれかが先であってもよい。
【0018】
≪生分解性樹脂≫
本発明の制御方法の、海洋における生分解性促進の対象物質となる「生分解性樹脂」は、生分解性高分子分解菌により生分解可能な高分子であれば、特に限定されない。生分解性樹脂としては、生物由来のものと化学合成によるものがあるが、いずれも用いることができる。生分解性樹脂としては、限定されないが、例えば、ポリエステル樹脂、天然高分子およびその誘導体等が挙げられ、ポリエステル樹脂は、例えば、脂肪族ポリエステル、芳香族ポリエステル、ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)等から、天然高分子は、例えば、セルロース、澱粉等から、天然高分子の誘導体は、例えば、セルロースエステル、セルロースエーテル、セルロースエーテルエステル等から選択可能である。
【0019】
脂肪族ポリエステルは、例えば、ポリ乳酸(PLA)、ポリエチレンスクシネート(P
ESu)、ポリブチレンスクシネート(PBSu)、ポリエチレンスクシネートアジペー
ト(PESA)、ポリブチレンスクシネートアジペート(PBSA)、ポリカプロラクトン(PCL)、ポリブチレンスクシネートカーボネイト(PEC)、ポリ乳酸/ポリカプロラクトン共重合体、ポリ乳酸/ポリエーテル共重合体等であってよい。
【0020】
芳香族ポリエステルは、例えば、ポリブチレンアジペートテレフタレート(PBAT)、ポリテトラメチレンアジペートテレフタレート、ポリエチレンテレフタレートスクシネート(CPE)等であってよい。
【0021】
ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は、例えば、3-ヒドロキシブチレートを含有するポリ-3-ヒドロキシブチレート(PHB)系樹脂であってよく、具体的には、ポリ-3-ヒドロキシブチレート(PHB)、ポリ(3-ヒドロキシブチレート/3-ヒドロキシバレレート)(PHBV)、ポリ(3-ヒドロキシブチレート/3-ヒドロキシヘキサノエート)(PHBH)、ポリ(3-ヒドロキシブチレート/4-ヒドロキシブチレート)等であってよい。
【0022】
セルロースエステルは、例えば、セルロースアセテート、セルロースアセテートプロピオネート、セルロースアセテートブチレート等、セルロースエーテルは、例えば、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、シアノエチルセルロース等、セルロースエーテルエステルは、例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート等(なお、本明細書中、セルロースエーテルエステルは、セルロースエーテルおよびセルロースエステルの両者の概念に包含されることが意図される。)であってよい。
【0023】
これらのうち、好ましくは、ポリ(3-ヒドロキシブチレート)系樹脂、ポリ乳酸、ポリカプロラクトン、ポリブチレンスクシネート、ポリブチレンスクシネートアジペート、ポリブチレンアジペートテレフタレート、およびセルロースが挙げられる。
生分解性樹脂は、1種類または2種類以上を含むものであってよい。
生分解性樹脂は、例えば、高分子の通常の調製方法により調製できる。また、市販品を用いることも可能である。
【0024】
本発明に用いられる生分解性樹脂の分子量としては、本発明の効果を損なわない限り特に制限されない。例えば、数平均分子量(Mn)であれば、20,000~10,000,000であってよい。重量平均分子量(Mw)であれば、20,000~10,000,000であってよい。分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)等により、測定することができる。
【0025】
ここで、生分解性樹脂の生分解性とは、生分解性高分子分解菌の加水分解酵素等の働きによって、生分解性樹脂が切断、低分子に断片化される性質を意味する。また、好ましくは、生分解性樹脂の生分解性とは、生分解性樹脂が切断、低分子に断片化され、無機化される性質であり得る。
海洋における生分解性樹脂の生分解性は、例えば、試料を海水に浸漬し、海水浸漬試験後の重量が初期重量から減少することで確認することができる。
【0026】
≪甲殻類または昆虫類の殻≫
本発明に用いられる甲殻類または昆虫類の殻としては、キチンを含むものである。キチンを含む甲殻類または昆虫類の殻であって、本発明の効果を損なわない限り、甲殻類または昆虫類の生物種等は特に制限されない。
【0027】
甲殻類の例としては、海洋生物である甲殻類が好ましく、例えば、カニ、エビ等が挙げられる。昆虫類の例としては、例えば、カイコ、ハエ、バッタ等が挙げられる。甲殻類や昆虫類の殻(外骨格)には、キチンが多く含まれるので、本発明に好適に用いられるが、特に、甲殻類の殻はキチンを、通常、約20~30質量%程度含むため、本発明において好ましく使用され得る。
【0028】
甲殻類または昆虫類の殻は、1種類または2種類以上の生物由来のものを含んでよい。甲殻類または昆虫類の殻は、甲殻類または昆虫類生物より採取したものをそのまま、または必要に応じて、精製、粉砕等したものを用いてもよく、市販品を用いてもよい。
【0029】
本発明の生分解速度の制御方法における甲殻類または昆虫類の殻の使用量は、限定されないが、例えば、生分解性樹脂1重量部に対して、甲殻類または昆虫類の殻が0.01~500重量部、1~100重量部、または15~50重量部程度となるように適用することができる。
【0030】
本発明の生分解速度の制御方法においては、任意で、生分解性樹脂分解微生物が増殖するために必要な栄養源を添加してもよい。栄養源として、例えば、窒素含有化合物、無機系および有機系のリン含有化合物等が挙げられる。
【0031】
窒素含有化合物としては、窒素を含有する化合物であればよく、無機系および有機系の窒素含有化合物が挙げられる。例えば、無機系の窒素含有化合物としては、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム等の各種アンモニウム塩、有機系の窒素含有化合物としては、各種アミノ酸およびそれらの誘導体、各種アミノ酸の重合体、ペプチド類、タンパク質、尿素等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。なお、窒素含有化合物として、窒素とリンの両方を含む化合物を用いてもよく、例えば、リン酸二水素アンモニウムやリン酸水素二アンモニウム等の無機系化合物の他に、リボ核酸、デオキシリボ核酸等の核酸類等の有機系化合物が挙げられる。窒素含有化合物として、好ましくはアンモニウム塩、より好ましくは塩化アンモニウムが挙げられる。窒素含有化合物は、1種類または2種類以上を含むものであってよい。
【0032】
窒素含有化合物(窒素換算)は、生分解性樹脂を含む環境1L中の濃度として、例えば
、0.1~10g/L、0.5~5g/L、または0.65~1.5g/L程度となるように適用することができる。
【0033】
無機系のリン化合物としては、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二カリウム等の各種リン酸塩およびポリリン酸等各種重合体、有機系のリン化合物としては、各種のアルキルおよびアルケニルリン酸エステル、フィチン酸等の糖リン酸エステル、核酸等が挙げられるがこれらに限定するものではない。
【0034】
リン化合物(リン換算)は、生分解性樹脂を含む環境1L中の濃度として、例えば、0.001~10g/L、0.01~5g/L、または0.1~1g/L程度となるように適用することができる。
【0035】
ここで、海洋における生分解性樹脂の生分解速度を制御することは、限定されないが、例えば、海洋における、甲殻類または昆虫類の殻非添加の生分解性樹脂の生分解速度に比べて、甲殻類または昆虫類の殻を添加した生分解性樹脂の生分解速度が低下することで確認することができ、限定されないが、例えば、甲殻類または昆虫類の殻を添加した生分解性樹脂の生分解速度が、甲殻類または昆虫類の殻非添加の生分解性樹脂の生分解速度の0.8倍以下、0.7倍以下、0.6倍以下、0.5倍以下、0.4倍以下、0.3倍以下、0.2倍以下、または0.1倍以下であり得る。生分解性樹脂の生分解速度が低下したか否かは、後記実施例に示されたような分解試験により確認することができる。例えば、試料の初期重量と海水浸漬試験後の重量の差から、重量減少量が算出され、重量減少量を試料の表面積および浸漬時間で除した分解速度を指標にして、甲殻類または昆虫類の殻非添加の生分解性樹脂と比較して、甲殻類または昆虫類の殻を添加した生分解性樹脂の生分解速度が遅い場合には、生分解性樹脂の生分解速度が低下していると判断することができる。
【0036】
<生分解速度の制御剤>
本発明の別の一態様は、甲殻類または昆虫類の殻を含む、海洋における生分解性樹脂の生分解速度の制御剤(以下、「本発明の生分解速度の制御剤」ということがある。)に関する。なお、前記<生分解速度の制御方法>の項において説明された事項は、本発明の生分解速度の制御剤の説明に全て適用される。
【0037】
本発明の生分解速度の制御剤は、甲殻類または昆虫類の殻を有効成分として含んでいる。この有効成分である甲殻類または昆虫類の殻を含む生分解速度の制御剤を、生分解性樹脂の近傍に存在させるかまたは生分解性樹脂に接触させることにより、海洋における生分解性樹脂の生分解速度を制御することができる。有効成分の甲殻類または昆虫類の殻としては、前記<生分解速度の制御方法>の項において説明されたものを用いることができる。また、本発明の生分解速度の制御剤の使用方法等は、甲殻類または昆虫類の殻の使用方法と同様であり、前記<生分解速度の制御方法>の項において説明された甲殻類または昆虫類の殻の使用方法を参照することができる。
【0038】
本発明の生分解速度の制御剤は、前記有効成分のみで構成することもできるが、任意で、製剤化のための添加剤等、例えば、溶媒、賦形剤、結合剤、安定化剤等を含んでいてもよい。また、任意で、生分解性樹脂分解微生物が増殖するために必要な栄養源を含んでもよい。栄養源として、例えば、窒素含有化合物、無機系および有機系のリン含有化合物等が挙げられる。窒素含有化合物、無機系および有機系のリン含有化合物としては、前記<生分解速度の制御方法>の項において説明されたものを用いることができる。
生分解速度の制御剤は、甲殻類または昆虫類の殻と、栄養源とをそれぞれ別個に含んでいてもよいし、甲殻類または昆虫類の殻と栄養源とを組み合わせて含んでいてもよい。
【0039】
本発明の生分解速度の制御剤における甲殻類または昆虫類の殻の配合割合は、限定されないが、例えば、生分解速度の制御剤全量に対して0.1~100重量%、1~99.9重量%、または10~50重量%程度とすることができる。
【0040】
本発明の生分解速度の制御剤の剤形は特に限定されず、粉末やペレット状、フィルム状の固体、親水性または親油性の液体・ゾル・ゲルに溶かした状態や分散させた状態であってよい。生分解速度の制御剤の製剤化は、常法に基づき行うことができる。
【0041】
<生分解性樹脂組成物>
本発明の別の一態様は、生分解性樹脂、および本発明の生分解速度の制御剤を含む、海洋における生分解速度が制御された生分解性樹脂組成物(以下、「本発明の生分解性樹脂組成物」ということがある。)に関する。なお、前記<生分解速度の制御方法>、<生分解速度の制御剤>の項において説明された事項は、本発明の生分解性樹脂組成物の説明に全て適用される。
【0042】
本発明の生分解性樹脂組成物は、生分解性樹脂と本発明の生分解速度の制御剤とを含んでおり、生分解性樹脂に対して生分解速度の制御剤を少量の割合で添加することにより、生分解性が制御されている。すなわち、生分解性樹脂組成物の使用時には生分解速度が抑制され、生分解性樹脂の機械的特性等を損なうことがなく、また、海洋中での生分解が必要な時期には、生分解速度の制御剤の量を低下または非存在とすることで生分解性樹脂の生分解速度を回復できる。
【0043】
生分解性樹脂としては、前記<生分解速度の制御方法>の項において説明されたものを用いることができる。
本発明の生分解性樹脂と生分解速度の制御剤との配合割合は、限定されないが、例えば、生分解性樹脂1重量部に対して、生分解速度の制御剤が、甲殻類または昆虫類の殻の量として0.01~500重量部、1~100重量部、または15~50重量部であってよい。
【0044】
本発明の生分解性樹脂組成物は、生分解性樹脂と生分解速度の制御剤のみからなってもよいが、必要により、生分解性樹脂組成物に通常使用される種々の添加剤等、例えば、生分解性樹脂の可塑剤、安定剤(抗酸化剤、熱安定剤、耐光安定剤等)、界面活性剤、滑剤、着色剤、充填剤、帯電防止剤、シランカップリング剤、分散剤、分散助剤、離型剤等を含んでいてもよい。添加剤は、単独でまたは2種以上組み合わせて使用できる。
【0045】
本発明の生分解性樹脂組成物の形態としては、特に限定されず、粉末やペレット状、繊維状、フィルム状の固体、親水性または親油性の液体・ゾル・ゲルに溶かした状態や分散させた状態であってよい。好ましくは、例えば、生分解速度の制御剤が生分解性樹脂にフィルム成形される、あるいは生分解速度の制御剤が生分解性樹脂フィルム表面に塗布されること等により積層される形態等である。
積層される層の厚みの下限値は、例えば、0.75μm以上、1μm以上、または3μm以上であってよい。上限値は、例えば、100μm以下、50μm以下、または10μm以下であってよい。
海洋生分解性樹脂組成物の製造は常法に基づき行うことができる。例えば、生分解性樹脂の片面または両面の表面上に、ラミネート法により、粉砕された甲殻類または昆虫類の殻および結合剤等を水等の液体に溶解あるいは分散させた塗工液を用いてフィルムを形成し、積層する方法等を挙げることができる。具体的には、例えば、Tダイから溶融した塗工液をフィルム状に押し出した後、別途繰り出した基材上に積層された生分解性樹脂に冷却ロールを用いて冷却圧着する押出ラミネート法や、予め作製しておいた塗工液により形
成したフィルムを加熱して、基材に積層された生分解性樹脂に圧着する熱ラミネート法等を挙げることができる。また、粉砕された甲殻類または昆虫類の殻を水等の液体に溶解あるいは分散させたコーティング液を、生分解性樹脂の片面または両面の表面上に塗布し、加熱して乾燥および成膜することにより形成する方法等を挙げることができる。
【0046】
<成形品>
本発明の別の一態様は、本発明の生分解性樹脂組成物で形成された成形品(以下、「本発明の成形品」ということがある。)に関する。なお、前記<生分解速度の制御方法>、<生分解速度の制御剤>、<生分解性樹脂組成物>の項において説明された事項は、本発明の成形品の説明に全て適用される。
【0047】
本発明の生分解性樹脂組成物を、成形加工することによりフィルム、シート等用途に適した形状の器具、容器、不織布等の成形品にすることができる。
【0048】
本発明の生分解性樹脂組成物からなるフィルムまたはシートを得る方法としては特に制限がなく、公知の成形方法によりフィルム状またはシート状に成形される。例えば、T-ダイ成形法、インフレーション成形法、カレンダー成形法、熱プレス成型法等により、フィルム状またはシート状に成形する方法が挙げられる。また、これらのフィルムやシートは少なくとも一方向に延伸されていてもよい。延伸法として特に制限はないが、ロール延伸法、テンター法、インフレーション法等が挙げられる。
【0049】
本発明の生分解性樹脂組成物からなる、用途に適した形状の成形品を得る方法としては、特に制限がなく、公知の方法で製造可能であり、例えば金型に押出成形や射出成形等を行う方法等が挙げられる。
本発明の生分解性樹脂組成物の成形品の厚さは、その水崩壊性や生分解性を高めるために薄く成形することが好ましいが、強度や可とう性等を満足させるように自由に調整可能である。フィルムの好ましい厚みは、5~300μmであり、10~100μmがより好ましい。シートや容器状の成形品の厚みとしては0.1~5mmが好ましく、より好ましくは0.2~2mmである。また、引張弾性率は、特にその値を限定するわけではないが、通常、1200MPa以下のものが好ましく、600MPa以下のものがさらに好ましい。引張強度は、特にその値を限定するわけではないが、10~100MPaの範囲が好
ましく、15~70MPaの範囲がより好ましく、20~50MPaの範囲がさらに好ましい。
【0050】
本発明の生分解性樹脂組成物の不織布を得る方法としては特に制限がなく、公知の方法、例えば、乾式法、スパンボンド法、メルトブロー法、湿式法等により製造される。すなわち、本発明の生分解性樹脂組成物を紡糸した後、ウェブを形成し、該ウェブを公知の方法により結合することにより得られる。
【0051】
本発明の生分解性樹脂組成物からなる成形品は、その用途は特に限定されないが、例えば、衛生用品を構成する部材(部品)、農園芸資材、土木建築資材、漁業用資材等として使用することができる。すなわち、本発明の生分解性樹脂組成物を含有する素材を使用して衛生用品、農園芸資材、土木建築資材、漁業用資材等を製造することが可能である。
【0052】
衛生用品、農園芸資材、土木建築資材、漁業用資材等の製造法としては、本発明の生分解性樹脂組成物を所望の形状に成形加工することによって製造できるし、さらにその成形品を公知のホットメルト接着あるいは熱接着等の方法により相互に接着、固定して製造することができる。
【0053】
前記衛生用品としては、例えば、使い捨て紙おむつ、失禁用パッド、生理用ナプキン等
が挙げられる。
前記農園芸資材としては、例えば、マルチフィルム、育苗ポット、園芸テープ、果実栽培袋、杭、薫蒸シート、ビニールハウス用フィルム、肥料用被覆材等が挙げられる。
前記土木建築資材としては、例えば、植生ネット、植生ポット、立体網状体、土木繊維、杭、断熱材等が挙げられる。
前記漁業用資材としては、漁網、養殖用器材、釣具、係留ロープ、防舷材、シーアンカー、浮体等が挙げられる。
【実施例0054】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の例示であり、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0055】
<実験方法>
(材料)
ハイケム株式会社より購入したポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-3-ヒドロキシバレレート)(PHBV)(Mw=114×103)を厚さ0.1 mmのステンレス金型に入れ、ナフロンテープ
(ニチアス株式会社)で挟んだ。これを厚さ1 mmのステンレス板で挟み、Mini Test Press MP-SCH(東洋精機製作所)を用い、15 MPa で1分間圧力を加えた。氷浴にて10分間急冷した後、金型から外し、2 cm四方に切断し、PHBVフィルムとした。株式会社北山水産からカニ殻を購入した。神奈川県横須賀市の海洋研究開発機構(35°31’27.63”,139°65’43.83”)から、海水を採取した。
【0056】
(生分解速度試験)
ポリエチレンメッシュ(メッシュ数24/inch)で作成した袋に、PHBVフィルム(0.081g)
を挟み込むようにカニ殻(1.5 g)を入れた。リン酸二水素カリウム(0.1 g/L)および塩化アンモニウム(0.5 g/L)を添加した海水(7 L)を入れた水槽に、試料を浸漬させた。ネガティブコントロールとして、カニ殻未添加のPHBVフィルムを、同様に無機塩を添加した海水に浸漬させた。海水の循環はポンプで行った。試料を入れた水槽を室温(20℃)に設置し、1,2,3,4及び8週間後に試料を回収した。PHBVフィルムをメタノール、超純水の順で洗浄し、減圧乾燥させた後、質量を測定した。各種ポリエステルフィルムの初期質量と海水浸漬試験後の質量の差を、フィルムの表面積(8 cm2)で除することで、フィルム1 cm2あたりの質量減少量を算出した。
【0057】
(フィルムの表面形態観察)
海水浸漬試験後のPHBVフィルムを2.5 %グルタルアルデヒド溶液に1時間浸した。その後PHBVフィルムを超純水で洗浄した後、50 %、60 %、70 %、80 %、90 %、および 100 %エタノールに順次、20分間ずつ浸した。脱水したフィルムをt-ブチルアルコールに1時間浸し
た後、真空乾燥させた。DII-29010SCTR Smart Coater(日本電子社製)を用いてPHBVフィルム表面へAuを蒸着させた。JCM-7000 NeoScope TM卓上走査電子顕微鏡(日本電子社製)を用いて、加速電圧10 kV、高真空条件下でPHBVフィルムの表面形態観察を行った。
【0058】
(微生物群集構造の解析)
試料浸漬前後の海水を真空ポンプ(アズワン株式会社、DRY SAPIRATOR DAS-01)およびメンブレンフィルター(ADVANTEC 社製、孔径 0.45 μm)を用いて濾過した。海水浸漬後のPHBVフィルム、カニ殻(キチン)、および海水を濾過したメンブレンフィルターから、ZymoBIOMICSTM DNA/RNA Miniprep Kit(ZYM RESEARCH 社)を用いてDNAと全RNAの抽出を行った
。抽出したDNA溶液は-20 ℃、全RNA溶液は-80 ℃で保存した。
【0059】
抽出したDNAは、16s rDNA V4領域アンプリコンシーケンシング法によりMiSeq Reagent Kit v3 (Illumina)を用いて、2x300 bpの条件でシーケンシング解析を行った。FASTX-Too
lkitのfastx_trimerを用いてプライマー配列を除去後、Qiime2 (ver. 2022.8)のdada2プ
ラグインでキメラ配列とノイズ配列を除去した。代表配列とASV(Amplicon Sequence Variants)表を出力した。また、feature-classifierプラグインを用いて、取得した代表配
列とGreengene (ver. 13_8)の97% OTUを比較し系統推定した。
【0060】
ASVデータに基づき算出したBray-Curtis指数を基に、サンプル間の微生物群集構造を比較するため、非計量多次元尺度法(NMDS)を用いて解析した。全ての解析は、統計計算ソフトR(v.4.2.2)のggplot2、MASS、veganパッケージを用いて行った。
【0061】
<結果>
図1に浸漬時間ごとのPHBVフィルムの質量減少量(μg/cm2)(n=5)を示す。全ての浸漬
時間において、カニ殻と共に浸漬させたPHBVフィルムの質量減少量はPHBVフィルム単体の質量減少量と比べて0.084-0.52倍と小さくなった。また、浸漬開始8週間後のカニ殻と共
に浸漬させたPHBVフィルムの重量減少量は4週間後のもの比べ、増加した。これは、カニ
殻の消耗によるものと考えられる。
【0062】
図2に、海水浸漬前後のPHBVフィルム表面のSEM像を示す。浸漬前のPHBVフィルム表面は滑らかであったが、浸漬後のPHBVフィルム表面には非晶部が優先して分解されることにより生じた球晶部のロッドが見られた。一方、カニ殻と共に浸漬させたPHBVフィルム表面には小さな穴がみられたものの、カニ殻未添加のPHBVフィルム表面と比べ、滑らかであった。
【0063】
浸漬試験前の海水(0d-SW-July)、PHBV表面(PHBV)、カニ殻と共に浸漬させたPHBV表面(PHBV+Chitin)、カニ殻表面(Chitin)、および浸漬試験後の海水(afSW-PHBV, afSW-PHBV+Chitin)の細菌群集の相対存在量を綱レベルで示す(図3)。
【0064】
全ての浸漬期間においてPHBV表面微生物叢では、Alphaproteobacteria綱とGammaproteobacteria綱が優占していた。浸漬1週間から4週間後のカニ殻と共に浸漬させたPHBV表面と、全ての浸漬期間におけるカニ殻の微生物叢では、Gammaproteobacteria綱とDeltaproteobacteria綱が優占していた。一方、カニ殻と共に8週間浸漬させたPHBVフィルム表面の微生物叢では、Alphaproteobacteria綱、Gammaproteobacteria綱およびDeltaproteobacteria綱が優占していた。
【0065】
Bray-Curtis指数に基づき、NMDSにて試料間細菌群集の非類似度を図示した(図4)。プロットで比較した点の距離は細菌群集の類似度を表している。ここで、PはPHBV、PCはPHBV+カニ殻、Cはカニ殻、SWは浸漬前の海水を表し、数字は浸漬期間(週間)を表す。SW.P、SW.Cは、それぞれPHBVフィルム、PHBVフィルムをカニ殻と共に浸漬した後の海水を表す。PHBV単独とカニ殻表面の細菌群集構造は浸漬前の海水と大きく異なっていた。また、PHBV
の細菌群集構造とカニ殻と共に浸漬したPHBVの細菌群集構造との間に違いが見られた。さらに、カニ殻と共に浸漬したPHBVの細菌群集構造は、カニ殻のものに類似していた。
【0066】
以上の結果から、カニ殻等の甲殻類または昆虫類の殻をPHBV等の生分解性樹脂近傍に設置することで、PHBVフィルム表面の微生物叢を変化させ、PHBVの分解を抑制すると示唆された。カニ殻は天然物であるため、海洋環境中で生分解される。カニ殻がPHBV近傍に存在する間は、PHBVの生分解が抑制されるため、カニ殻の量によりPHBVの生分解速度を制御することが可能と考えられる。また、本発明では生分解制御材料として産業廃棄物を活用しており、廃棄物の高付加価値化にも寄与する技術と考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の方法によれば、生分解性樹脂表面や近傍に甲殻類または昆虫類の殻を配置する
ことで、生分解性樹脂分解微生物の増殖が抑制され、樹脂の海洋生分解性を低下させることが可能である。
甲殻類または昆虫類の殻が完全に生分解された後、生分解性樹脂の分解が開始する。
本発明は、生分解性樹脂製品として様々な分野での利用が可能であるが、例えば、漁具、釣具、農業用マルチフィルム、肥料用被覆材等の環境中での利用が想定されている材料に好ましく適用することができる。
図1
図2
図3
図4