(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025014921
(43)【公開日】2025-01-30
(54)【発明の名称】精神的ストレスの診断補助方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20250123BHJP
G01N 33/70 20060101ALI20250123BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/70
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023117877
(22)【出願日】2023-07-19
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.PYTHON
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齊木 秀和
(72)【発明者】
【氏名】加藤 隆弘
(72)【発明者】
【氏名】瀬戸山 大樹
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA25
2G045CA26
2G045CB01
2G045CB03
2G045CB04
2G045CB07
2G045CB12
2G045DA06
2G045DA35
2G045DA42
2G045DA43
2G045DA80
2G045FA40
2G045FB06
(57)【要約】
【課題】被検者に対する精神的ストレスの有無や程度を正確に診断するための補助となる情報を提供する。
【解決手段】本発明の精神的ストレスの診断補助方法は、被検者から採取された生体試料に含まれる複数の成分の濃度を測定する工程と、被検者を、パーソナリティの特性に基づき分類する工程と、測定された成分の濃度とパーソナリティの特性による分類とに基づき、被検者の精神的ストレスの程度を診断するための情報であるストレス診断補助情報を生成する工程とを含み、前記複数の成分が、ベタイン、クレアチン、GABA、クレアチニン、セロトニン、キヌレン酸、3-ヒドロキシ酪酸、クエン酸を含むものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者から採取された生体試料に含まれる複数の成分の濃度を測定する工程と、
被検者を、パーソナリティの特性に基づき分類する工程と、
測定された成分の濃度とパーソナリティの特性による分類とに基づき、被検者の精神的ストレスの程度を診断するための情報であるストレス診断補助情報を生成する工程とを含み、
前記複数の成分が、ベタイン、クレアチン、GABA、クレアチニン、セロトニン、キヌレン酸、3-ヒドロキシ酪酸、クエン酸を含む、精神的ストレスの診断補助方法。
【請求項2】
前記複数の成分が、さらに、キヌレニン、トリプトファン、3-ヒドロキシキヌレニンを含む、請求項1に記載の精神的ストレスの診断補助方法。
【請求項3】
液体クロマトグラフィ質量分析によって前記生体試料に含まれる成分の濃度を測定する、請求項1又は2に記載の精神的ストレスの診断補助方法。
【請求項4】
前記パーソナリティの特性による分類が、TACS-22、HQ-25、及び立川レジリエンス・スコアから選ばれる1又は複数を利用したものである、請求項1又は2に記載の精神的ストレスの診断補助方法。
【請求項5】
前記生成されたストレス診断補助情報と、職業ストレス調査票の結果とを含むレポートを提供する工程をさらに備える、請求項1又は2に記載の精神的ストレスの診断補助方法。
【請求項6】
前記生成されたストレス診断補助情報と、PHQ9のスコアとを含むレポートを提供する工程をさらに備える、請求項1又は2に記載の精神的ストレスの診断補助方法。
【請求項7】
前記ストレス診断補助情報が、測定された成分の濃度とパーソナリティの特性による分類を入力データとし、ストレスチェックのための問診の結果に相当する情報を出力データとする機械学習モデルである、請求項1又は2に記載の精神的ストレスの診断補助方法。
【請求項8】
被検者の精神的ストレスの程度を判別するための判定モデルを生成する方法において、
前記被検者から採取された生体試料に含まれる複数の成分の濃度、および当該被検者のパーソナリティの特性を入力データとし、職業ストレス調査票の結果に相当する情報又はPHQ9のスコアを正解データとするデータセットを取得する工程と、
前記データセットに基づき機械学習を実行することにより、前記判定モデルを学習する工程と、
所定の評価用データセットを用いて前記判定モデルの適当性を評価する工程と
を有する生成方法。
【請求項9】
前記評価用データセットが、前記判定モデルを学習する工程で用いられるデータセットに含まれる入力データと一部又は全部が異なるデータを入力データとし、職業ストレス調査票の結果に相当する情報又はPHQ9のスコアを正解データとする、請求項8に記載の判定モデルの生成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精神的ストレスの診断補助方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、仕事や職場生活に関する精神的ストレスや強い悩み、不安を感じている労働者の割合が増加しており、精神的ストレス等が原因で精神障害を発症し、労災認定される事案も増加傾向にある。なお、本明細書では、「精神的ストレス」を「ストレス」ともいう。ストレスを感じながら仕事に従事すると、仕事の内容によっては大きな事故を誘発しかねない。そのような状況を踏まえ、日本では厚生労働省により「労働者の心の健康保持増進のための指針」が定められ、職場における労働者の心の健康の保持増進のための措置(メンタルヘルスケア)の実施が推進されている(非特許文献1)。
【0003】
上記指針では、「精神及び行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など、労働者の心身の健康、社会生活及び生活の質に影響を与える可能性のある精神的及び行動上の問題を幅広く含むもの」を「メンタルヘルス不調」と定義し、メンタルヘルス不調を未然に防止するため、或いはメンタルヘルス不調を早期に発見するための対策が講じられている。
【0004】
例えば平成26年(2014年)6月25日に公布された「労働安全衛生法の一部を改正する法律」(平成26年法律第82号)では、心理的な負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック)及びその結果に基づく面接指導の実施等を内容とした「ストレスチェック制度」が創設され、ストレスチェック制度を含めた、職場におけるメンタルヘルスケアを積極的に実施することが求められている。ここで、「ストレスチェック制度」とは、労働安全衛生法第66条の10に係る事業場における一連の取組全体を指す。
【0005】
ストレスチェックの主な方法は問診と血液検査である。ストレスチェックに使用される問診の代表的なものとしては、職業ストレス調査票、PHQ9(Patient Health Questionnaire-9)を用いた問診がある。また、代表的な血液検査としては、血液中のストレスの指標物質である代謝物(バイオマーカ)の濃度を、液体クロマトグラフ装置や質量分析装置等を用いて測定し、その結果からストレスの程度を判定する方法がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】厚生労働省 独立行政法人労働者健康安全機構「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」, 2017年3月, [2023年5月17日検索], インターネット<URL:https://www.mhlw.go.jp/content/000560416.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
問診の多くは被検者の主観的な訴えや態度に依拠するため、問診結果からストレスの有無やストレスの程度を判定するための絶対的な基準を設定することが難しい。一方、血液検査では、バイオマーカの測定値(濃度)という客観的な数値に基づきストレスの有無や程度を判定するものの、被検者の性格、気質等のパーソナリティの特性が測定値に及ぼす影響が考慮されない。例えば、活発でストレスに強い被検者と気が弱く繊細な気質の被検者とではストレスの感じ方が異なるため、同じようなストレス環境下であっても両者のバイオマーカの測定値に違いがでる場合がある。そのため、活発でストレスに強い被検者が重度のストレスを感じている状態を見落としてしまったり、逆に気が弱く繊細な気質の被検者が感じているストレスを過大評価してしまったりするという問題があった。
【0008】
なお、ここでは、主に仕事や職業生活におけるストレスチェックについて説明したが、それ以外の例えば家庭や生活環境、学校生活におけるストレスチェックの場合も同じような問題がある。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、被検者に対する精神的ストレスの有無や程度を正確に診断するための補助となる情報を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係る精神的ストレスの診断補助方法は、
被検者から採取された生体試料に含まれる複数の成分の濃度を測定する工程と、
被検者を、パーソナリティの特性に基づき分類する工程と、
測定された成分の濃度とパーソナリティの特性による分類とに基づき、被検者のストレスの程度を診断するための情報であるストレス診断補助情報を生成する工程とを含み、
前記複数の成分が、ベタイン、クレアチン、GABA、クレアチニン、セロトニン、キヌレン酸、3-ヒドロキシ酪酸、クエン酸を含むものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る精神的ストレスの診断補助方法では、精神的ストレスの客観的な指標物質である、生体試料中の特定の代謝物の濃度と、被検者のパーソナリティの特性による分類の両方に基づきストレス診断補助情報が生成されるため、この情報を利用することにより、診断者は、被検者の精神的ストレスの有無や程度を適切に診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明に係る精神的ストレスの診断補助方法の一実施形態を示す工程図。
【
図2】問診スコアと11種類の分の濃度を用いて構築されたストレス判定モデル(モデル1)から得られたPHQ9の実測スコアと予測スコアとの関係を示す図。
【
図3】問診スコアと8種類の成分の濃度を用いて構築されたストレス判定モデル(モデル2)から得られたPHQ9の実測スコアと予測スコアとの関係を示す図。
【
図4】問診スコアと10種類の成分の濃度を用いて構築されたストレス判定モデル(モデル3)から得られたPHQ9の実測スコアと予測スコアとの関係を示す図。
【
図5】問診スコアと10種類の成分の濃度を用いて構築されたストレス判定モデル(モデル4)から得られたPHQ9の実測スコアと予測スコアとの関係を示す図。
【
図6】問診スコアと10種類の成分の濃度を用いて構築されたストレス判定モデル(モデル5)から得られたPHQ9の実測スコアと予測スコアとの関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は、本発明に係る精神的ストレスの診断補助方法の一実施形態を示す工程図である。この実施形態の精神的ストレスの診断補助方法は、被検者から採取された生体試料に含まれる複数の成分の濃度を測定する工程と、被検者を、パーソナリティの特性に基づき分類する工程と、測定された成分の濃度とパーソナリティの特性による分類とに基づき、被検者の精神的ストレスの程度を診断するための情報であるストレス診断補助情報を生成する工程とを含み、前記生体試料に含まれる複数の成分が、ベタイン、クレアチン、GABA、クレアチニン、セロトニン、キヌレン酸、3-ヒドロキシ酪酸、クエン酸を含むものである。
【0014】
被検者の精神的ストレスを評価するために従来用いられていた問診は被検者の主観的な訴えや態度に因るところが大きく、血液検査には被検者の性格、気質等(パーソナリティの特性)が反映されないという問題があった。これに対して、本実施形態の精神的ストレスの診断補助方法によれば、パーソナリティの特性に基づき被検者を分類した結果と、前記被検者から採取された生体試料に含まれる所定の複数の成分の濃度との両方に基づき、ストレス診断補助情報を生成することができるため、該情報を参考にして被検者の精神的ストレスを適切に評価することができる。
【0015】
本実施形態の精神的ストレスの診断補助方法では、被検者から採取された生体試料に含まれる複数の成分の濃度を測定する工程(以下「測定工程」という。)と、被検者を、パーソナリティの特性に基づき分類する工程(以下「分類工程」という。)は、どちらを先に行っても良い。なお、本実施形態の態様の精神的ストレスの診断補助方法は、被検者の精神的ストレスの有無や程度を診断者が判断する工程を含まない。したがって、人間を診断する方法には該当しない。
【0016】
測定工程において、「被検体から採取された生体試料」は、当該生体試料中に含まれる成分の濃度を測定することができるものであれば特に制限されるものではなく、血液、生体組織、糞便、尿、汗、唾液等が挙げられ、これらの中でも血液が好ましい。血液は、被検者から採取された血液(全血)だけでなく、血清、血漿等の血液を処理して得られるものでも良い。血清及び血漿は、例えば、血液を静置、又は遠心分離することにより得られる。
【0017】
生体試料は、そのまま成分の濃度の測定に用いてもよいが、必要に応じて適宜前処理を行ってから成分の濃度の測定に用いてもよい。前処理としては、例えば、生体試料中の酵素反応の停止、脂溶性物質の除去、タンパク質の除去等が挙げられる。これらの前処理は、公知の方法を用いて行うことができる。また、生体試料は、適宜、希釈又は濃縮した後、成分の濃度の測定に用いてもよい。
【0018】
生体試料の成分の濃度の測定方法としては、成分の種類に応じて、適宜公知の方法を選択すればよい。例えば、核磁気共鳴法(NMR)による定量、酸アルカリ中和滴定による定量、アミノ酸分析計による定量、酵素法による定量、核酸アプタマーやペプチドアプタマー等のアプタマーを利用した定量、比色定量等から測定対象の成分に応じた定量法を選択して利用することにより成分の濃度を測定することができる。また、測定対象の成分
に応じた市販の定量キットを用いて成分の濃度を測定することもできる。また例えば、キャピラリー電気泳動、液体クロマトグラフィ、ガスクロマトグラフィ、質量分析計等を単独で、又は適宜組み合わせて利用することにより、成分の濃度を測定することができる。これらの測定手法は、特に、複数の成分をまとめて測定する際に好適である。
【0019】
測定工程は、複数の成分を含む微量の生体試料から短時間で分析結果を得ることができ、代謝物の分離能に優れている等の理由から、液体クロマトグラフィ質量分析(LC-MS)により行うことが好ましい。LC-MSを行う場合、例えば、生体試料を適宜前処理し、得られたペプチド断片を液体クロマトグラフィ(LC)によってそれぞれの保持時間に応じて分離し、各成分が複数のピークとして出力される。この液体クロマトグラフィの出力について質量分析計でイオン化し、質量電荷比m/zに応じて分離して検出する。質量分析計としては、一般的なシングルタイプの質量分析計の他、トリプル四重極型質量分析計、Q-TOF型質量分析計、TOF-TOF型質量分析計、イオントラップ質量分析計、イオントラップ飛行時間型質量分析計等を好適に用いることができる。
【0020】
測定工程において測定対象となる生体試料の成分には、精神的ストレスのバイオマーカとして公知の代謝物であり、後述するように、パーソナリティの特性に基づく分類と組み合わせることで、精神的ストレスの診断性能が向上することが実証されたベタイン、クレアチン、GABA、クレアチニン、セロトニン、キヌレン酸、3-ヒドロキシ酪酸、クエン酸が含まれる。また、これら8種類の成分に加えて、キヌレニン、トリプトファン、3-ヒドロキシキヌレニンからなる3種類の成分の少なくとも一つが、前記測定対象となる成分に含まれていてもよい。精神的ストレスのバイオマーカとして8種類の成分を用いるか、8種類の成分に前記3種類の成分の少なくとも一つを加えた9~11種類の成分を用いるかは、分類工程において分類された被検者のパーソナリティの特性に応じて決めることができ、この場合は、測定工程の前に分類工程を実行することになる。
【0021】
パーソナリティの特性に基づく分類の手法としては、TACS22、HQ25、立川レジリエンス・スケール(TRS)を用いることが好ましいが、これら以外でも、公知の適宜の手法を用いることができる。
【0022】
TACS22は、現代うつ気質を評価するための尺度(現代うつ気質評価尺度)として知られている手法の一つであり、22個の質問項目を有している。22個の質問項目は、3つの項目群(「社会性役割の回避」に関する項目群、「自尊心の低さ」に関する項目群、「不平不満」に関する項目群)に分けられている。そして、各項目について、被検者がどの程度あてはまるか、或いはあてはまらないかによって0~4の点数をつけ、22個の項目全ての点数の合計、及び3つの項目群それぞれの点数の合計から、パーソナリティの特性に基づき被検者を分類する。
【0023】
HQ25は、ひきこもり度を評価するための尺度として知られている手法の一つであり、25個の質問項目を有している。25個の質問項目は、「社会化」、「孤立」、「情緒的支援の欠如」、「モチベーションの欠如」に関する5つの項目群に分けられる。そして、TACS22と同様、各項目について、被検者がどの程度あてはまるか、或いはあてはまらないかによって0~4の点数をつけ、25個の項目全ての点数の合計、及び5つの項目群それぞれの点数の合計から、パーソナリティの特性に基づき被検者を分類する。
【0024】
立川レジリエンス・スケールは、精神的ストレスからの回復力の評価尺度として知られている手法の一つであり、10個の質問項目を有している。各質問項目には、その回答によって1~7点が付与され、10個の項目の合計点数が高いほどレジリエンスが高い、すなわち、精神的ストレスからの回復力が高い、精神的ストレスを受けたときに健康状態を維持する能力が高いと評価される。
【0025】
以下に実験例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実験例に限定されない。
【0026】
[実験例1]
[1]被検者
259人の日本人成人(年齢範囲=平均34歳(16―72歳)、男性132人、女性が127人)を被検者とした。
【0027】
[2]被検者の募集
被検者は、診断面接によって抑うつ症状を有することが確認された患者および抑うつ症状のないことが確認された健常者を対象とした。
本人に別添説明文書に基づき説明を行った上で、本研究への参加について、同意が得られた患者及び健常者を実験対象者として登録し、下記の臨床情報を診療録および問診により取得した。
〔臨床情報〕
年齢、性別、身長、体重、病歴に関する情報(診断、発病期間、治療経過、処方歴)
【0028】
問診は、患者および健常者を対象として、精神科医・心理士による面接(SCID(Structured Clinical Interview for DSM-IV)による精神科構造化診断面接法あるいはM.I.N.I.(the Mini-International Neuropsychiatric Interview)による精神疾患簡易構造化面接法、及び、養育歴・生活歴・現病歴聴取を含む一般的な精神科面接)を実施することにより行った。診療上でSCIDによる精神科構造化診断面接法あるいはM.I.N.I.による精神疾患簡易構造化面接法を実施している場合は、診療録よりこれらの情報を取得した。
【0029】
また、血液中代謝物測定のために25mlの採血を実施した。全ての被検者に対してインフォームドコンセントが行われた。
【0030】
[2]パーソナリティの特性に基づく分類
全ての被検者に対して、立川レジリエンス・スケール(TRS)、TACS22、HQ25のそれぞれに対応する問診票を用いた問診を実施し、その結果から各被検者のパーソナリティの特性を評価した。パーソナリティの特性の評価には、以下の8項目の点数を使用した。
(1)立川レジリエンス・スケールの10個の質問項目全ての合計点数
(2)TACS22の「社会的役割の回避(Avoidance)」に関連する質問項目の合計点数
(3)TACS22の「自尊心の低さ(LowSE)」に関連する質問項目の合計点数
(4)TACS22の「不平不満(Complaint)」に関連する質問項目の合計点数
(5)HQ25の「社会化(Socialization)」に関連する質問項目の合計点数
(6)HQ25の「孤立(Isolation)」に関連する質問項目の合計点数
(7)HQ25の「情緒的支援の欠如(Motivation)」に関連する質問項目の合計点数
(8)HQ25の「 モチベーションの欠如(Emotional_Support)」に関連する質問項目の合計点数
【0031】
[3]血漿試料の調製
生体試料である血漿試料の収集は、静脈穿刺による末梢血液採取により行った。水溶性代謝物の抽出物として、25μLの血漿に100μL(4Vol)の氷冷メタノールが添加され、ボルテックスされ、超音波処理され、遠心分離された(14,000×g、4℃、15分間)。上清を1.5mLのエッペンドルフマイクロチューブに集め、保存した。アミノ酸抽出物として、25μLの血漿に100μL(4Vol)の0.1M 過塩素酸が添加され、ボルテックスされ、超音波処理され、遠心分離された(14,000×g、4℃、15分間)。上清を1.5mLのエッペンドルフマイクロチューブに集めた。
【0032】
LC-MS測定のために、収集された溶液を各移動相と共に10倍に希釈し、5μLの試料溶液(0.1μLの血漿と同等)が適用された。なお、試料溶液には、測定対象となる代謝物に対応する内部標準を添加した。
【0033】
[4]LC-MS測定
超高速トリプル四重極型LC/MS/MSシステムであるLCMS-8060(株式会社島津製作所製)を用いて前記試料溶液のLC-MS測定が行われた。広く多様な水溶性の代謝物を測定するために、抽出された溶液をShim-pack GIST PFPP(2.1 mmI.D. x 150 mmL., 3.0 μm(株式会社島津製作所製))で分離させた。溶媒A(水 + 0.06% ギ酸)及び溶媒B(アセトニトリル + 0.1% ギ酸)からなる移動相を用いた。勾配溶出プログラムは以下のとおりであり、流量は0.3mL/分、カラムオーブン温度は40℃であった。
0~2分:0%溶媒B
5分:25%溶媒B
10分:35%溶媒B
11-15分:95%溶媒B
15.1-20分:0%溶媒B
【0034】
また、正/負エレクトロスプレーイオン化モードのパラメータは以下のとおりであった。
イオン化モード:ESI positive / negative
ネブライザーガス流量:3.0 L/min
ヒーティングガス流量:10 L/min
ドライイングガス流量:10 L/min
インターフェイス温度:400 ℃
DL温度:300 ℃
ヒートブロック温度:500 ℃
CIDガス:チューニングファイル (270 kPa)
【0035】
[5]データ解析
LabSolutions software(株式会社島津製作所製)を用いて、多重反応モニタリング(MRM:Multiple Reaction Monitoring)データがピーク採取及び調整のために処理された。8項目のパーソナリティ特性及び血漿試料の成分のデータを、Python(version 3.10.9)を用いて解析した。データは、オートスケールされ、k-meansクラスタリング解析、グラフ描画ストレス診断モデル作成が、sklearn(機械学習ライブラリ)、XGboost(機械学習のアルゴリズム)、matplotlib(グラフ描画ライブラリ)を用いて行われた。
【0036】
[6]ストレス判定モデルの構築
ストレス判定モデルの構築には、上述した試料溶液についてLC-MS測定した結果(代謝物濃度)と、パーソナリティの特性に基づく分類を表す8項目の点数から成るデータセットを学習用データとして用いた。なお、ストレス判定モデルの構築に用いた代謝物濃度のデータには、LC-MS測定で得られた代謝物のイオン強度を、その代謝物に対応する内部標準のイオン強度で除した値を用いた。また、全ての被検者に対してPHQ9を用いた問診によるストレスチェックを行い、その結果を学習用データの正解データとした。この実験例では、PHQ9の点数(0~27点)を5点毎(0~4点、5~9点、10~14点、15~19点、20点以上)にビン分割し、各区分をスコア1~5とした(スコア1:0~4点、スコア2:5~9点、スコア3:10~14点、スコア4:15~19点、スコア5:20点以上)。259人の被検者のPHQ9のスコアの内訳は、スコア1:109人、スコア2:49人、スコア3:34人、スコア4:36、スコア5:31人であった。
【0037】
続いて、上述した学習用データを用いて所定の機械学習処理を実行することにより、ストレス判定のための学習モデル(ストレス判定モデル)を構築した。この実験例で構築されるストレス判定モデルは、代謝物濃度とパーソナリティの特定に基づく分類を表す8項目の点数から成るデータセットを入力すると、精神的ストレスの程度を表す指標としてのPHQ9のスコアを出力する。言い換えると、被検者の代謝物濃度とパーソナリティの特定に基づく分類を表す8項目の点数から、PHQ9のスコアを予測し得るストレス判定モデルが構築される。
【0038】
ストレス判定モデルの構築には、勾配ブースティング決定木(回帰モデル)のアルゴリズムを使用した。なお、学習アルゴリズムはこれに限定されるものではなく、例えばロジスティック回帰の学習アルゴリズム、サポートベクタマシン(SVM)学習アルゴリズム、ランダムフォレストの学習アルゴリズム、ニューラルネットワークを用いた深層学習アルゴリズムを用いることが可能である。
【0039】
また、全ての被検者の学習用データをトレーニングデータ(80%)とテストデータ(20%)に分割し、トレーニングデータをモデル構築用データとしてハイパーパラメータを調整した。具体的には、モデル構築用データを10分割してクロスバリデーションモデルを構築し、各モデルの正解率やRMSE(二乗平均平方根誤差)、MAE(平均絶対値誤差)に基づきハイパーパラメータを最適化した。その結果、11個の成分(ベタイン、クレアチン、GABA、クレアチニン、セロトニン、キヌレン酸、3-ヒドロキシ酪酸、クエン酸、キヌレニン、トリプトファン、3-ヒドロキシキヌレニン)が、被検者の精神的ストレスの有無の判別に有効な指標(バイオマーカ)として抽出された。
【0040】
そこで、上記11個の成分の濃度とパーソナリティの特定に基づく分類を表す8項目の点数から成るデータセットを用いて、再度、ストレス判定モデルを構築した。テストデータを用いて、構築されたストレス判定モデルを評価した結果、11個の成分を用いて構築されたモデルと、11個の成分からキヌレニン、トリプトファン、3-ヒドロキシキヌレニンのうちのいずれか1個を除いた10個の成分、トリプトファン、3-ヒドロキシキヌレニンの3個を除いた8個の成分を用いて構築されたモデルの正解率が高かった。
【0041】
以下、11個の成分(ベタイン、クレアチン、GABA、クレアチニン、セロトニン、キヌレン酸、3-ヒドロキシ酪酸、クエン酸、キヌレニン、トリプトファン、3-ヒドロキシキヌレニン)を用いて構築されたストレス判定モデルをモデル1、8個の成分(ベタイン、クレアチン、GABA、クレアチニン、セロトニン、キヌレン酸、3-ヒドロキシ酪酸、クエン酸)を用いて構築されたストレス判定モデルをモデル2、上記11個の成分から3-ヒドロキシキヌレニン、トリプトファン、キヌレニンをそれぞれ除いた10個の成分を用いて構築されたストレス判定モデルをモデル3~5と呼び、各モデルのストレス判定精度を評価した。
【0042】
図2~
図6にモデル1~5の評価結果を示す。
図2~
図6は、テストデータを用いたときの評価結果、トレーニングデータを用いたときの評価結果をプロットしたものである。
図2~
図6では、テストデータ及びトレーニングデータの評価結果は、いずれも濃淡が異なる黒色の丸印でプロットされているが、実際の図では、テストデータを用いたときの評価結果は赤丸で、トレーニングデータを用いたときの評価結果は青丸でプロットされている。なお、丸印の色が濃いほどデータ数が多いことを表している。
図2~
図6において、横軸は各学習用データのPHQ9のスコア(1~5)の値(実測値)を、縦軸は各学習用データをストレス判定モデルに入力したときの出力値(予測値)を表している。
【0043】
また、モデル1~5に、テストデータ及びトレーニングデータを入力したときのPHQ9のスコアの出力値及び実測値から、決定定数(R2)、二乗平均平方根誤差(RMSE)、平均絶対誤差(MAE)を算出した。その結果を以下の表1に示す。
【0044】
【0045】
表1から分かるように、モデル1~4は、いずれもトレーニングデータの決定定数(R2)が0.70以上と高い値を示し、テストデータの決定定数(R2)は、トレーニングデータよりは低いもののいずれも0.50以上の値を示した。また、モデル5は、トレーニングデータ及びテストデータの決定定数(R2)がそれぞれ0.56及び0.47と、他のモデルよりも低い値を示したが、いずれも0.50前後であった。これらの結果から、モデル1~5はいずれも、所定の成分濃度とパーソナリティの特性に基づく分類を表す8項目の点数からなるデータセットを用いてPHQ9のスコアを予測するモデルとして有用であると思われた。
【0046】
PHQ9のスコアは、ストレスの有無や程度を診断するための情報(本発明のストレス診断補助情報に相当)を補足する情報となり得るものである。したがって、8種類の代謝物(ベタイン、クレアチン、GABA、クレアチニン、セロトニン、キヌレン酸、3-ヒドロキシ酪酸、クエン酸)、これら8種類の成分に加えてキヌレニン、トリプトファン、3-ヒドロキシキヌレニンからなる3種類の成分を加えた11種類、あるいは11種類の成分からキヌレニン、トリプトファン、3-ヒドロキシキヌレニンのいずれか1種類を除いた10種類の成分は、パーソナリティの特性に基づく分類と組み合わせることで、精神的ストレスのバイオマーカとなり得ることが実証され、前記バイオマーカの濃度及びパーソナリティの特性による分類に基づき、ストレスの診断精度を高めるような診断補助情報の提供が可能となることが分かった。
【0047】
なお、上記の実験例1では、被検者から採取した血液中の代謝物濃度と、パーソナリティの特性に基づく分類を表す8項目の点数から成るデータセットを入力データ、被検者に対してPHQ9を用いた問診によるストレスチェックを行った結果を正解データとする学習用データを用いたが、PHQ9を用いた問診によるストレスチェックを行った結果に代えて、職業ストレス調査票の結果を正解データとしてもよい。職業ストレス調査票の結果は、PHQ9のスコアと同様、ストレスの有無や程度を診断するための情報を補足する情報となり得る。
【0048】
[態様]
上述した例示的な実施形態が以下の態様の具体例であることは、当業者には明らかである。
【0049】
(第1項)本発明の一態様に係る精神的ストレスの診断補助方法は、
被検者から採取された生体試料に含まれる複数の成分の濃度を測定する工程と、
被検者を、パーソナリティの特性に基づき分類する工程と、
測定された成分の濃度とパーソナリティの特性による分類とに基づき、被検者の精神的ストレスの程度を診断するための情報であるストレス診断補助情報を生成する工程とを含み、
前記複数の成分が、ベタイン、クレアチン、GABA、クレアチニン、セロトニン、キヌレン酸、3-ヒドロキシ酪酸、クエン酸を含む、精神的ストレスの診断補助方法。
【0050】
第1項に係る精神的ストレスの診断補助方法によれば、被検者から採取された生体試料に含まれる複数の成分の濃度と被検者のパーソナリティの特性から、該被検者が精神的ストレスを感じているか否かを診断するために有用な情報、精神的ストレスを感じている場合はその程度を診断するために有用な情報を生成することができるため、該情報を診断者に提供することにより、診断者によるストレス診断の精度を高めることが可能となる。
【0051】
(第2項)第2項に係る精神的ストレスの診断補助方法は、第1項に係る精神的ストレスの診断補助方法において、前記複数の成分が、さらに、キヌレニン、トリプトファン、3-ヒドロキシキヌレニンを含むものである。
【0052】
第2項に係る精神的ストレスの診断補助方法によれば、診断者によるストレス診断の精度を一層高めることが可能となる。
【0053】
(第3項)第3項に係る精神的ストレスの診断補助方法は、第1項又は第2項に係る精神的ストレスの診断補助方法において、液体クロマトグラフィ質量分析によって前記生体試料に含まれる成分の濃度を測定するものである。
【0054】
第3項に係る精神的ストレスの診断補助方法によれば、微量の生体試料に含まれる複数の成分の濃度を短時間で測定することができる。
【0055】
(第4項)第4項に係る精神的ストレスの診断補助方法は、第1項ないし第3項のいずれか一項に係る精神的ストレスの診断補助方法において、前記パーソナリティの特性による分類が、TACS-22、HQ-25、及び立川レジリエンス・スコアから選ばれる1又は複数を利用したものである。
【0056】
第4項に係る精神的ストレスの診断補助方法によれば、被検者の性格や気質を考慮してストレスの有無や程度を判別することが可能とするストレス診断補助情報を提供することができる。
【0057】
(第5項)第5項に係る精神的ストレスの診断補助方法は、第1項ないし第4項のいずれか一項に係る精神的ストレスの診断補助方法において、前記生成されたストレス診断補助情報と、職業ストレス調査票の結果とを含むレポートを提供する工程をさらに備えるものである。
【0058】
(第6項)第6項に係る精神的ストレスの診断補助方法は、第1項ないし第4項のいずれか一項に係る精神的ストレスの診断補助方法において、前記生成されたストレス診断補助情報と、PHQ9のスコアとを含むレポートを提供する工程をさらに備えるものである。
【0059】
第5項又は第6項に係る精神的ストレスの診断補助方法によれば、ストレス診断補助情報と、被検者の仕事や職業生活における精神的ストレスの有無や程度を診断するために有効な情報としての職業ストレス調査票の結果に相当する情報やPHQ9のスコアとを含むレポートを診断者に提供することができる。
【0060】
(第7項)第7項に係る精神的ストレスの診断補助方法は、第1項ないし第4項のいずれか一項に係る精神的ストレスの診断補助方法において、前記ストレス診断補助情報が、測定された成分の濃度とパーソナリティの特性による分類を入力データとし、ストレスチェックのための問診の結果に相当する情報を出力データとする機械学習モデルである。
【0061】
第7項に係る精神的ストレスの診断補助方法によれば、主観的な指標と客観的な指標に基づいた被検者の精神的ストレスの有無や程度を診断するために有効な情報を提供することができる。
【0062】
(第8項)本発明の別の態様は、被検者の精神的ストレスの程度を判別するための判定モデルを生成する方法に関し、該生成方法は、
前記被検者から採取された生体試料に含まれる複数の成分の濃度、および当該被検者のパーソナリティの特性を入力データとし、職業ストレス調査票の結果に相当する情報又はPHQ9のスコアを正解データとするデータセットを取得する工程と、
前記データセットに基づき機械学習を実行することにより、前記判定モデルを学習する工程と、
所定の評価用データセットを用いて前記判定モデルの適当性を評価する工程と
を有するものである。
【0063】
上記の判定モデルを生成する方法において、前記複数の成分には、例えばベタイン、クレアチン、GABA、クレアチニン、セロトニン、キヌレン酸、3-ヒドロキシ酪酸、クエン酸が含まれる。前記生成方法によれば、被検者から採取された生体試料に含まれる複数の成分の濃度と被検者のパーソナリティの特性を入力することにより、被検者が精神的ストレスを感じているか否かを診断するために有用な情報、精神的ストレスを感じている場合はその程度を診断するために有用な情報を出力し得る判定モデルを生成することができるとともに生成された判定モデルの適当性を評価することができる。
【0064】
(第9項)第9項に係る判定モデルの生成方法は、第8項に係る判定モデルの生成方法において、
前記評価用データセットが、前記判定モデルを学習する工程で用いられるデータセットに含まれる入力データと一部又は全部が異なるデータを入力データとし、職業ストレス調査票の結果に相当する情報又はPHQ9のスコアを正解データとするものとすることができる。
【0065】
第9項に係る判定モデルの生成方法によれば、機械学習により得られた判定モデルが被検者の精神的ストレスの有無や精神的ストレスの程度の診断に有効な情報を提供するモデルとして適当かどうかを正しく評価することができる。