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特開2025-15036信号処理装置、方法、プログラム、および認知機能改善システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025015036
(43)【公開日】2025-01-30
(54)【発明の名称】信号処理装置、方法、プログラム、および認知機能改善システム
(51)【国際特許分類】
   G10K 15/04 20060101AFI20250123BHJP
   G10L 21/028 20130101ALI20250123BHJP
【FI】
G10K15/04 302M
G10L21/028 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023118097
(22)【出願日】2023-07-20
(71)【出願人】
【識別番号】517182918
【氏名又は名称】ピクシーダストテクノロジーズ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000001926
【氏名又は名称】塩野義製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002815
【氏名又は名称】IPTech弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】長谷 芳樹
(57)【要約】
【課題】音響体験の劣化を抑制しながら音響信号を振幅変調する。
【解決手段】本開示の一態様の信号処理装置は、入力音響信号を受け付ける手段と、入力音響信号に含まれる第1部分信号を振幅変調することで、所定の周波数に対応する振幅の変化を有する第1音響信号を取得する手段と、入力音響信号に含まれる第2部分信号を振幅変調することで、所定の周波数に対応し且つ第1音響信号とは位相が異なる振幅の変化を有する第2音響信号を取得する手段と、取得された第1音響信号と第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力する手段と、を備える。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力音響信号を受け付ける手段と、
前記入力音響信号に含まれる第1部分信号を振幅変調することで、所定の周波数に対応する振幅の変化を有する第1音響信号を取得する手段と、
前記入力音響信号に含まれる第2部分信号を振幅変調することで、前記所定の周波数に対応し且つ前記第1音響信号とは位相が異なる振幅の変化を有する第2音響信号を取得する手段と、
取得された前記第1音響信号と前記第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力する手段と、を備える、
信号処理装置。
【請求項2】
前記第1部分信号に対応する音と前記第2部分信号に対応する音とは周波数帯が異なる、
請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項3】
前記第1部分信号に対応する音には、第1周波数帯の音と第3周波数帯の音が含まれ、
前記第2部分信号に対応する音には、第2周波数帯の音と第4周波数帯の音が含まれ、
前記第1周波数帯は前記第2周波数帯より低く、
前記第2周波数帯は前記第3周波数帯より低く、
前記第3周波数帯は前記第4周波数帯より低い、
請求項2に記載の信号処理装置。
【請求項4】
前記第1部分信号に対応する音と前記第2部分信号に対応する音とは、音源種別、音源方向、及び収録位置の少なくとも何れかが異なる、
請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項5】
前記所定の周波数は約20Hzであり、
前記第1音響信号の振幅の変化の位相と前記第2音響信号の振幅の変化の位相とは約180度異なる、
請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項6】
前記入力音響信号に含まれる第3部分信号を振幅変調することで、前記所定の周波数に対応し且つ前記第1音響信号とも前記第2音響信号とも位相が異なる振幅の変化を有する第3音響信号を取得する手段を有し、
前記出力する手段は、取得された前記第1音響信号と前記第2音響信号と前記第3音響信号とに基づく前記出力音響信号を出力する、
請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項7】
前記所定の周波数は約13Hzであり、
前記第1音響信号の振幅の変化の位相は前記第2音響信号の振幅の変化の位相よりも約120度進んでおり、
前記第2音響信号の振幅の変化の位相は前記第3音響信号の振幅の変化の位相よりも約120度進んでいる、
請求項6に記載の信号処理装置。
【請求項8】
前記第1音響信号の振幅波形の包絡線と、前記第2音響信号の振幅波形の包絡線は、矩形波状、三角波状又は台形波状である、
請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項9】
前記入力音響信号は、音楽コンテンツを含む音響信号である、
請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項10】
ユーザの認知機能を改善するための認知機能改善システムであって、
請求項1から請求項9の何れかに記載の信号処理装置と、
前記信号処理装置により出力される前記出力音響信号に応じた音をユーザに聞かせることで、ユーザの脳内でガンマ波の誘発と同期との少なくとも何れかを引き起こす手段と、を備える、
認知機能改善システム。
【請求項11】
コンピュータが、
入力音響信号を受け付けるステップと、
前記入力音響信号に含まれる第1部分信号を振幅変調することで、所定の周波数に対応する振幅の変化を有する第1音響信号を取得するステップと、
前記入力音響信号に含まれる第2部分信号を振幅変調することで、前記所定の周波数に対応し且つ前記第1音響信号とは位相が異なる振幅の変化を有する第2音響信号を取得するステップと、
取得された前記第1音響信号と前記第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力するステップと
を実行する、方法。
【請求項12】
コンピュータに、請求項1~請求項9の何れかに記載の信号処理装置の各手段を実現させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、信号処理装置、方法、プログラム、および認知機能改善システムに関する。
【背景技術】
【0002】
1秒間に40回程度の頻度でパルス性の音刺激を生物に知覚させ、生物の脳内でガンマ波を誘発させると、生物の認知機能改善に効果があるという研究報告がある(非特許文献1参照)。
ガンマ波とは、脳の皮質の周期的な神経活動を、脳波や脳磁図といった電気生理学的手法により捉えた神経振動のうち、周波数がガンマ帯域(25~140Hz)に含まれるものを指す。
【0003】
特許文献1には、脳波の同調を誘導するための刺激周波数に相当する律動的な刺激を作成するために、音波またはサウンドトラックの振幅を増大または減少させることにより、音量を調節することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2020-501853号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Multi-sensory Gamma Stimulation Ameliorates Alzheimer’s-Associated Pathology and Improves Cognition Cell 2019 Apr 4;177(2):256-271.e22. doi: 10.1016/j.cell.2019.02.014.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の技術のように音響信号の音量を短い周期で大きく増減させた場合、音の聞こえ方の自然さが損なわれ、聴者に不快感を与えてしまうことが考えられる。
【0007】
本開示の目的は、音響体験の劣化を抑制しながら音響信号を振幅変調することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一態様の信号処理装置は、入力音響信号を受け付ける手段と、入力音響信号に含まれる第1部分信号を振幅変調することで、所定の周波数に対応する振幅の変化を有する第1音響信号を取得する手段と、入力音響信号に含まれる第2部分信号を振幅変調することで、所定の周波数に対応し且つ第1音響信号とは位相が異なる振幅の変化を有する第2音響信号を取得する手段と、取得された第1音響信号と第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力する手段と、を備える。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本実施形態の音響システムの構成を示すブロック図である。
図2】本実施形態の信号処理装置の構成を示すブロック図である。
図3】本実施形態の一態様の説明図である。
図4】本実施形態の信号処理装置による音響信号処理の全体フローを示す図である。
図5】周波数の特徴が異なる複数の部分信号の説明図である。
図6】音の質的特徴が異なる複数の部分信号の説明図である。
図7】出力の特徴が異なる複数の部分信号の説明図である。
図8】実験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態について、図面に基づいて詳細に説明する。なお、実施形態を説明するための図面において、同一の構成要素には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。
【0011】
以下、本発明の一実施形態について、図面に基づいて詳細に説明する。なお、実施形態を説明するための図面において、同一の構成要素には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。
【0012】
(1)音響システムの構成
本実施形態の音響システムの構成について説明する。図1は、本実施形態の音響システムの構成を示すブロック図である。
【0013】
図1に示すように、音響システム1は、信号処理装置10と、音響出力装置30と、音源装置50とを備える。
【0014】
信号処理装置10と音源装置50は、音響信号を伝送可能な所定のインタフェースを介して互いに接続される。インタフェースは、例えば、SPDIF(Sony Philips Digital Interface)、HDMI(登録商標)(High-Definition Multimedia Interface)、ピンコネクタ(RCAピン)、またはヘッドホン用のオーディオインターフェースである。インタフェースは、Bluetooth(登録商標)などを用いた無線インタフェースであってもよい。信号処理装置10と音響出力装置30は同様に、所定のインタフェースを介して互いに接続される。本実施形態における音響信号は、アナログ信号とデジタル信号との何れか又は両方を含む。
【0015】
信号処理装置10は、音源装置50から取得した入力音響信号に対して音響信号処理を行う。信号処理装置10による音響信号処理は、少なくとも音響信号の変調処理(詳細は後述する。)を含む。また、信号処理装置10による音響信号処理は、音響信号の変換処理(例えば、分離、抽出、または合成)を含み得る。さらに、信号処理装置10による音響信号処理は、例えばAVアンプと同様の音響信号の増幅処理をさらに含み得る。信号処理装置10は、音響信号処理によって生成した出力音響信号を音響出力装置30へ送出する。信号処理装置10は、情報処理装置の一例である。
【0016】
音響出力装置30は、信号処理装置10から取得した出力音響信号に応じた音を発生させる。音響出力装置30は、例えば、ラウドスピーカ(アンプ内蔵スピーカ(パワードスピーカ)を含み得る。)、ヘッドホン、またはイヤホンである。
音響出力装置30は、信号処理装置10とともに、一装置として構成することもできる。具体的には、信号処理装置10および音響出力装置30は、TV、ラジオ、音楽プレーヤ、AVアンプ、スピーカ、ヘッドホン、イヤホン、スマートフォン、またはPCに実装可能である。信号処理装置10および音響出力装置30は、認知機能改善システムを構成する。音響出力装置30は、信号処理装置10により出力される出力音響信号に応じた音をユーザ(聴者)に聞かせることで、ユーザの脳内でガンマ波を誘発(すなわちガンマ帯域における脳波の強度を向上)させ、あるいは同期(すなわちガンマ帯域の周波数に対する脳波の同期度を向上)させ、又はその両方を引き起こす。
【0017】
音源装置50は、入力音響信号を信号処理装置10へ送出する。音源装置50は、例えば、TV、ラジオ、音楽プレーヤ、スマートフォン、PC、楽器、マイクロホン、電話機、ゲーム機、遊技機、または、放送もしくは情報通信により音響信号を搬送させる装置である。
【0018】
(1-1)信号処理装置の構成
信号処理装置の構成について説明する。図2は、本実施形態の信号処理装置の構成を示すブロック図である。
【0019】
図2に示すように、信号処理装置10は、記憶装置11と、プロセッサ12と、入出力インタフェース13と、通信インタフェース14とを備える。信号処理装置10は、ディスプレイ21に接続される。
【0020】
記憶装置11は、プログラム及びデータを記憶するように構成される。記憶装置11は、例えば、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、及び、ストレージ(例えば、フラッシュメモリ又はハードディスク)の組合せである。プログラム及びデータは、ネットワークを介して提供されてもよいし、コンピュータにより読み取り可能な記録媒体に記録して提供されてもよい。
【0021】
プログラムは、例えば、以下のプログラムを含む。
・OS(Operating System)のプログラム
・情報処理を実行するアプリケーションのプログラム
【0022】
データは、例えば、以下のデータを含む。
・情報処理において参照されるデータベース
・情報処理を実行することによって得られるデータ(つまり、情報処理の実行結果)
【0023】
プロセッサ12は、記憶装置11に記憶されたプログラムを読み出して実行することによって、信号処理装置10の機能を実現するコンピュータである。なお、信号処理装置10の機能の少なくとも一部が、1又は複数の専用の回路により実現されてもよい。プロセッサ12は、例えば、以下の少なくとも1つである。
・CPU(Central Processing Unit)
・GPU(Graphic Processing Unit)
・ASIC(Application Specific Integrated Circuit)
・FPGA(Field Programmable Gate Array)
・DSP(Digital Signal Processor)
【0024】
入出力インタフェース13は、信号処理装置10に接続される入力デバイスからユーザの指示を取得し、かつ、信号処理装置10に接続される出力デバイスに情報を出力するように構成される。
入力デバイスは、例えば、音源装置50、物理ボタン、キーボード、ポインティングデバイス、タッチパネル、又は、それらの組合せである。
出力デバイスは、例えば、ディスプレイ21、音響出力装置30、又は、それらの組合せである。
【0025】
さらに、入出力インタフェース13は、例えば、A/D変換器、D/A変換器、増幅器、ミキサ、フィルタ、などの信号処理用ハードウェアを含み得る。
【0026】
通信インタフェース14は、信号処理装置10と外部装置(例えば、音響出力装置30、または音源装置50)との間の通信を制御するように構成される。
【0027】
ディスプレイ21は、画像(静止画、または動画)を表示するように構成される。ディスプレイ21は、例えば、液晶ディスプレイ、または有機ELディスプレイである。
【0028】
(2)実施形態の一態様
本実施形態の一態様について説明する。図3は、本実施形態の一態様の説明図である。
【0029】
信号処理装置10は、音源装置50から入力音響信号を取得する。図3に示すように、信号処理装置10は、入力音響信号に基づいて、第1部分信号および第2部分信号を含む複数の部分信号を取得する。図3の例では、第1部分信号には、入力音響信号のうち第1周波数帯の成分を抽出した音響信号が含まれることとし、第2部分信号には、入力音響信号のうち第1周波数帯とは異なる第2周波数帯の成分を抽出した音響信号が含まれることとする。
【0030】
信号処理装置10は、第1部分信号に対して変調を行うことで、変調済み第1部分信号を生成する。信号処理装置10は、第1部分信号に意図的な遅延や減衰を付加することなく変調を行う。変調は、例えば17.5Hz以上22.5Hz以下、つまり略20Hzの周波数を持つ第1変調関数(周期関数)を用いた振幅変調である。振幅変調は、巨視的に見た音量の強弱、すなわち、包絡線の大小を周期関数で変化させる操作である。これにより、第1部分信号には、上記周波数に対応する振幅の変化(音量の強弱)が付加される。
【0031】
信号処理装置10は、第2部分信号に対して変調を行うことで、変調済み第2部分信号を生成する。信号処理装置10は、第2部分信号に意図的な遅延や減衰を付加することなく変調を行う。変調は、例えば17.5Hz以上22.5Hz以下、つまり略20Hzの周波数を持つ第2変調関数(周期関数)を用いた振幅変調である。これにより、第2部分信号には、上記周波数に対応する振幅の変化(音量の強弱)が付加される。
【0032】
信号処理装置10は、複数の変調済み部分信号(つまり、変調済み第1部分信号、および変調済み第2部分信号)に基づいて、出力音響信号を生成する。信号処理装置10は、出力音響信号を音響出力装置30へ送出する。音響出力装置30は、出力音響信号に応じた音を発生させる。
【0033】
ユーザUS1(「聴者」の一例)は、音響出力装置30から発せられた音を聴く。ユーザUS1は、例えば、認知症患者、軽度認知障害(MCI)を持つ者、又は健常者であって、認知症の予防、認知機能低下の予防、又は認知機能の向上を期待する者である。前述のように、出力音響信号は、前述の変調済み第1部分信号および変調済み第2部分信号に基づいている。
【0034】
図3の例では、第2変調関数は、第1変調関数と比べ、周波数が同一であるが、位相は180度異なるように定められる。つまり、変調済み第1部分信号の振幅波形の包絡線(以下、単に「包絡線」という)と、変調済み第2部分信号の包絡線とは、ともに略20Hzに対応する音量の強弱を有するが、一方のピーク点のタイミングが他方のピーク点に対して略25msずれている。つまり、出力音響信号に含まれる各周波数帯の部分信号に着目すると、第1周波数帯の音量が強くなる箇所(山)と第2周波数帯の音量が強くなる箇所とが、略等間隔で40分の1秒ごとに交互に現れることになる。同様に、出力音響信号に含まれる各周波数帯の部分信号に着目すると、第1周波数帯の音量が弱くなる箇所(谷)と第2周波数帯の音量が弱くなる箇所とが、略等間隔で40分の1秒ごとに交互に現れることになる。本例において、変調関数の波形を正弦波のような左右対称(つまり、立ち上がり波形と立ち下がり波形とが同一)とすれば、第1周波数帯の音量の山と第2周波数帯の音量の谷とのタイミングが一致し、かつ第1周波数帯の音量の谷と第2周波数帯の音量の山とのタイミングが一致するので、全周波数帯で見た場合の出力音の音量の変動が抑制される。
【0035】
また、人間の鼓膜に入った音波、あるいは骨導を介して直接蝸牛に入った音波は、蝸牛によってメカニカルに周波数分解あるいは位相同期され、有毛細胞によって神経パルスに変換された後、最終的に大脳の側頭葉に到達する。側頭葉には「トノトピーマップ」と呼ばれる配列があり、部位によって対応する周波数が決まっている。すなわち、例えば第1周波数帯の音による神経パルスと第2周波数帯の音による神経パルスとは、聴覚野の別々の部位に伝達され得る。この場合、聴覚野の各部位は、略20Hzで活動するが、それぞれの部位の活動が半周期分ずれているので、聴覚野全体としてみれば約40Hzで活動していることになる。
【0036】
このように、聴者が音響出力装置30から発せられた音を聴くことで、当該聴者の脳内においてガンマ波が誘発又は同期される。これにより、聴者の認知機能の改善(例えば、認知症の治療、または予防)の効果が期待できる。他方、出力音響信号において、第1周波数帯の音量が強くなる箇所と第2周波数帯の音量が強くなる箇所、ならびに第1周波数帯の音量が弱くなる箇所と第2周波数帯の音量が弱くなる箇所とはそれぞれ異なるので、これらが一致している場合に比べて、音響出力装置30から発せられる音の最大音量と最小音量との間の差が抑えられる。故に、聴者の音響体験の劣化が抑制される(不快に感じにくくなる)。
【0037】
(3)音響信号処理
本実施形態の音響信号処理について説明する。図4は、本実施形態の信号処理装置による音響信号処理の全体フローを示す図である。図5は、周波数の特徴が異なる複数の部分信号の説明図である。図6は、音の質的特徴が異なる複数の部分信号の説明図である。図7は、出力の特徴が異なる複数の部分信号の説明図である。
【0038】
図4の処理は、信号処理装置10のプロセッサ12が、記憶装置11に記憶されたプログラムを読み出して実行することによって実現される。なお、図4の処理の少なくとも一部が、1又は複数の専用の回路により実現されてもよい。
【0039】
図4の音響信号処理は、以下の開始条件のいずれかの成立に応じて開始する。
・他の処理又は外部からの指示によって図4の音響信号処理が呼び出された。
・ユーザが図4の音響信号処理を呼び出すための操作を行った。
・信号処理装置10が所定の状態(例えば電源投入)になった。
・所定の日時が到来した。
・所定のイベント(例えば、信号処理装置10の起動、または図4の音響信号処理の前回の実行)から所定の時間が経過した。
【0040】
図4に示すように、信号処理装置10は、入力音響信号の取得(S110)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、音源装置50から送出される入力音響信号を受け付ける。
ステップS110において、信号処理装置10は、入力音響信号のA/D変換をさらに行ってもよい。
【0041】
入力音響信号は、例えば、以下の少なくとも1つに対応する。
・音楽コンテンツ(例えば、歌唱、演奏、またはそれらの組み合わせ(つまり、楽曲)。動画コンテンツに付随する音声コンテンツを含み得る。)
・音声コンテンツ(例えば、朗読、ナレーション、アナウンス、放送劇、独演、会話、独言、またはそれらの組み合わせの音声など。動画コンテンツに付随する音声コンテンツを含み得る。)
・他の音響コンテンツ(例えば、電子音、環境音、または機械音)
ただし、歌唱、または音声コンテンツは、人間の発声器官により発せられる音声に限られず、音声合成技術により生成された音声を含み得る。
【0042】
ステップS110の後に、信号処理装置10は、部分信号の取得(S111)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS110において取得した入力音響信号に基づいて、複数の部分信号を取得する。
【0043】
部分信号の数は、2以上の任意の整数である。各部分信号は、少なくとも1つの特徴について互いに異なる。例えば、いずれかの部分信号が所定の特徴を備え、残りの部分信号が当該特徴を備えていない。或いは、いずれかの部分信号が所定の特徴について質的または量的に優れ、残りの部分信号が当該特徴について質的または量的に劣る。特徴は、ユーザ(聴者)もしくは他者による入力操作又は外部からの指示に基づいて決定されてもよいし、アルゴリズムによって決定されてもよい。例えば、信号処理装置10は、入力音響信号を解析した結果に基づいて、複数の部分信号を生成するための特徴を決定してもよい。
【0044】
以降の説明において、他者とは、例えば以下の少なくとも1人である。
・ユーザの家族、友人、または知人
・医療関係者(例えばユーザの担当医)
・入力音響信号に対応するコンテンツの作成者、または提供者
・信号処理装置10の提供者
・ユーザが利用する施設の管理者
【0045】
特徴は、例えば以下の少なくとも1つであってよい。
・周波数の特徴
・音の特徴(特に、質的特徴)
・振幅の特徴
・出力の特徴
【0046】
周波数の特徴は、例えば1以上の周波数条件を満たす音響成分、である。具体的には、図5に示すように、第1部分信号は、複数に分割した周波数帯(サブバンド)のうち低周波側から数えて奇数番目の周波数帯の音響成分を含む。他方、第2部分信号は、複数に分割した周波数帯のうち低周波側から数えて偶数番目の周波数帯の音響成分を含む。第1周波数帯は、f1未満の周波数範囲に相当する。第2周波数帯は、f1以上f2未満の周波数範囲に相当する。第3周波数帯は、f2以上f3未満の周波数範囲に相当する。第4周波数帯は、f3以上f4未満の周波数範囲に相当する。第5周波数帯は、f4以上f5未満の周波数範囲に相当する。一例として、信号処理装置10は、入力音響信号を1/3オクターブまたは1オクターブ毎に分割することで複数の周波数帯を生成してもよい。
【0047】
音の特徴は、例えば、1以上の音の質的条件を満たす音響成分である。音の質的条件は、例えば以下の少なくとも1つに関する条件であってよい。
・音源の種別(例えば、オブジェクト、楽器、ボーカル、音楽、会話音声、又は入力チャンネル)
・音の到来方向(音源方向)
・音の収録位置(例えば、複数のマイクロホンのうちいずれによって音が収録されたか)
・認知機能の改善効果、または認知症の予防効果
図6の例では、第1部分信号は、楽器を音源とする音響成分を備え、第2部分信号は、ボーカルを音源とする音響成分を備える。
【0048】
振幅の特徴は、例えば1以上の振幅条件を満たす音響成分、である。一例として、振幅の特徴は、音量の経時変化が所定のパターンに合致すること、である。
【0049】
出力の特徴は、例えば、聴者が所定の方向、または位置にある音源から到来すると知覚する音(音響成分)、である。具体的には、出力の特徴は、例えば1以上の出力条件を満たす音響成分、である。
第1例として、出力条件は、音響出力装置30としてのサラウンドシステムを構成する特定の方向のスピーカに関連付けられる(つまり、最終的に特定のスピーカから出力される)こと、である。図7の例では、音響出力装置30は、スピーカ30-1~30-4を含むサラウンドスピーカシステムに相当する。第1部分信号は、特定の方向のスピーカ30-3,30-4に関連付けられ(つまり、左後方、または右後方から出力され)、第2部分信号は、当該スピーカ30-3,30-4に関連付けられない(代わりに、スピーカ30-1,30-2に関連付けられる(つまり、左前方、または右前方から出力される))。
第2例として、出力条件は、音響信号がオブジェクト・オーディオにおいて特定の方向、または位置に設定された仮想音源に関連付けられること、である。
【0050】
ステップS110において取得した入力音響信号が、少なくとも1つの特徴について互いに異なる複数の部分信号に予め分離されている場合(例えば、入力音響信号が、音響出力装置30としてのサラウンドシステムを構成する各スピーカに関連付けられるマルチチャンネル音響信号に相当する場合)に、ステップS111は省略可能である。他方、入力音響信号が、少なくとも1つの特徴について互いに異なる複数の部分信号に予め分離されていない場合に、信号処理装置10は入力音響信号を複数の部分信号へ変換する。例えば、信号処理装置10は、入力音響信号から所定の特徴を備えた音響信号を抽出または分離する。
【0051】
ステップS111の後に、信号処理装置10は、部分信号の変調(S112)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS111において取得した複数の部分信号に対して変調を行う。まず、信号処理装置10は、複数の部分信号の各々をM個のグループのいずれかに割り当てる。Mは、2以上の任意の整数であるが、以降の説明では2に等しいこととする。また、各グループに割り当てる部分信号の数は1以上の任意の整数である。
【0052】
図5の例では、信号処理装置10は、奇数番目の周波数帯に相当する第1部分信号を第1グループに割り当てる。信号処理装置10は、偶数番目の周波数帯に相当する第2部分信号を第2グループに割り当てる。
【0053】
信号処理装置10は、各グループに属する部分信号に対して、ガンマ波に対応する周波数(例えば、35Hz以上45Hz以下の周波数)の略M分の1倍の周波数(以下、「所定の周波数」という)を持つ変調関数を用いた振幅変調を行う。つまり、M=2の場合、所定の周波数は略20Hz(17.5Hz以上22.5Hz以下)であり、M=3の場合、所定の周波数は略13.3Hz(11.7Hz以上15Hz以下)であり、M=4の場合、所定の周波数は略10Hz(8.8Hz以上11.3Hz以下)である。
【0054】
具体的には、信号処理装置10は、第mグループに属する部分信号の変調前の波形を表す関数をXm(t)とし、当該部分信号の変調後の波形を表す関数をYm(t)とすると、以下の変調を行う。
m(t)=(1+R×Am(t))・Xm(t)
【0055】
ここで、Rは変調度(変調により付加される振幅の変化の大きさ)を表す。mは、1以上M以下の任意の整数であり、Am(t)は、第mグループに属する部分信号に対して用いられる変調関数を表す。A1(t),・・・,AM(t)の周波数は互いに同一であるが、位相は異なる。一例として、Am(t)は、A1(t)に比べて位相が2π(m-1)/M[rad]遅れており、AM(t)に比べて位相が2π(M-m)/M[rad]進んでいる。つまり、M=2の場合、A2(t)は、A1(t)に比べて位相がπ[rad](180度)遅れており、M=3の場合、A2(t)およびA3(t)はそれぞれ、A1(t)に比べて位相が2π/3[rad](120度)および4π/3[rad](240度)遅れており、M=4の場合、A2(t)、A3(t)およびA4(t)はそれぞれ、A1(t)に比べて位相がπ/2[rad]、π[rad]および3π/2[rad]遅れている。
【0056】
各変調関数の波形は、任意の単位波形を所定の周波数に対応する周期で繰り返した形状に略一致する。単位波形の形状は任意であるが、以下のいずれか、または2以上の組み合わせ(合成)であってもよい。
・台形波
・矩形波
・三角波
・正弦波
・のこぎり波
・逆のこぎり波
【0057】
変調済み部分信号の包絡線の波形は、当該信号の変調に用いられた変調関数の波形によって定まる。例えば、台形波状に対応する変調関数によって変調された部分信号の包絡線の波形は、台形波状となる。また、矩形波状に対応する変調関数によって変調された部分信号の包絡線の波形は、矩形波状となる。
【0058】
これにより、図5に示すように、第1グループに属する部分信号の包絡線には、所定の周波数(略20Hz)に対応する振幅の変化(音量の強弱)が付加され、第2グループに属する部分信号の包絡線にも、所定の周波数(略20Hz)に対応する振幅の変化(音量の強弱)が付加される。ただし、第2グループに属する部分信号の包絡線は、第1グループに属する部分信号の包絡線に対して半周期分位相が遅れている。つまり、第2グループに属する部分信号の包絡線は、所定の周波数に対応し、かつ第1グループに属する部分信号の包絡線とは位相が異なる振幅の変化を有する。出力音響信号に含まれる各部分信号に着目すると、第1グループに属する部分信号の音量が強くなる箇所と第2グループに属する部分信号の音量が強くなる箇所とが、略等間隔で40分の1秒ごとに交互に現れることになる。同様に、出力音響信号に含まれる各部分信号に着目すると、第1グループに属する部分信号の音量が弱くなる箇所と第2グループに属する部分信号の音量が弱くなる箇所とが、略等間隔で40分の1秒ごとに交互に現れることになる。
【0059】
ステップS112の後に、信号処理装置10は、出力音響信号の生成(S113)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS112において変調された複数の部分信号に基づいて、出力音響信号を生成する。
複数の変調済み部分信号が音響出力装置30の出力形式に合致する場合(例えば、複数の変調済み部分信号が、音響出力装置30としてのサラウンドシステムを構成する各スピーカに関連付けられるマルチチャンネル音響信号に相当する場合)に、ステップS113は省略可能である。この場合、複数の変調済み部分信号が出力音響信号として扱われる。
他方、複数の変調済み部分信号が音響出力装置30の出力形式に合致しない場合に、信号処理装置10は、複数の変調済み部分信号を出力音響信号へ変換する。具体的には、信号処理装置10は、複数の変調済み部分信号のうち2以上の音響信号を合成したり、複数の変調済み部分信号の少なくとも1つから音響信号を抽出または分離したりする。音響信号の合成方法は限定されないが、例えば、信号の合算処理、HRTF(Head Related Transfer Function)畳込処理、音源の位置情報を付与する伝達関数の畳込処理、またはこれらの畳込処理をしたのちに合算する処理が含まれうる。
ステップS113において、信号処理装置10は、出力音響信号の増幅、音量調節、またはD/A変換の少なくとも1つをさらに行ってよい。
【0060】
ステップS113の後に、信号処理装置10は、出力音響信号の送出(S114)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS113において生成した出力音響信号を音響出力装置30へ送出する。音響出力装置30は、出力音響信号に応じた音を発生する。
信号処理装置10は、ステップS114を以て、図4の音響信号処理を終了する。
なお、信号処理装置10は、一定の再生期間を有する入力音響信号(例えば1曲の音楽コンテンツ)に対して図4の処理をまとめて行ってもよいし、入力音響信号の所定の再生区間ごと(例えば100msごと)に図4の処理を繰り返し行ってもよい。あるいは、信号処理装置10は、例えばアナログ信号処理による変調のように、入力される音響信号に対して連続的に変調処理を行って変調済みの音響信号を出力してもよい。図4に示す処理は、特定の終了条件(例えば、一定時間が経過したこと、ユーザ操作が行われたこと、または変調済みの音の出力履歴が所定の状態に達したこと)に応じて終了してもよい。
【0061】
(5)実験結果
本開示の技術による効果を検証するために行った実験について説明する。図8は、実験結果を示すグラフである。
【0062】
本実験では、聴覚が正常な被験者に対して、本開示の技術により生成された音響信号に基づく出力音を聴かせ、その際の被験者の脳内におけるガンマ波の同期の程度を評価した。また、比較のために、振幅変調に用いる変調関数の周波数を変えて生成した音響信号に基づく出力音を聴かせた場合におけるガンマ波の同期の程度も評価した。ガンマ波の同期の程度は、被験者の頭部に装着した電極により計測した。音響信号に応じて出力音を発する音響出力装置としては、被験者の耳に挿入されるイヤホンを採用した。
【0063】
図8のグラフg41~g43は、被験者に出力音を聞かせた場合における、当該被験者の頭頂(Cz)に設置したアクティブ電極から得られた脳波波形のガンマ波に対する同期度PLI(Phase Locking Index)を表す。グラフg41は、出力音としてサンプル音楽信号に含まれる2つの部分信号それぞれに20Hzの変調関数(位相が互いに180度異なる)を用いて振幅変調をした音響信号に基づく音(以下、「20Hz分割変調音」という)を被験者に聞かせた場合のPLIを表す。グラフg42は、出力音として上記サンプル音楽信号に含まれる2つの部分信号それぞれに40Hzの変調関数(位相が互いに180度異なる)を用いて振幅変調をした音響信号に基づく音(以下、「40Hz分割変調音」という)を被験者に聞かせた場合のPLIを表す。これらの分割変調音を生成するために用いた第1部分信号および第2部分信号は、サンプル音楽信号を1/3オクターブ毎に分割することで生成した。グラフg43は、出力音として上記サンプル音楽信号に基づく音(以下、「原音」という)をそのまま被験者に聞かせた場合のPLIを表す。
【0064】
20Hz分割変調音は、原音に比べるとPLIが優れ、ガンマ波の同期効果が確認された。一方、40Hz分割変調音は、原音と比べてPLIは向上しておらず、ガンマ波の同期効果が確認されなかった。このことから、M個に分割された部分信号に対して、ガンマ波に対応する周波数(例えば、35Hz以上45Hz以下の周波数)の略M分の1倍の周波数を持つ変調関数を用いた振幅変調を行うことにより、ガンマ波の同期の促進という特有の効果が得られることが示された。また、分割変調音は、非特許文献1に記載のパルス音や、原音全体をまとめて特定周波数で変調した音に比べると、出力音全体の音量の強弱の変化が抑えられるため、聴者が感じる不快度は抑制される。この結果は、音響システム1が、ユーザが日常的に聴取しても不快に感じにくい音刺激を出力し、ユーザの認知機能を改善できる可能性を示している。
【0065】
(6)小括
以上説明したように、本実施形態の信号処理装置10は、入力音響信号を受け付け、当該入力音響信号に含まれる第1部分信号を振幅変調することで、所定の周波数に対応する振幅の変化を有する第1音響信号を取得する。また、信号処理装置10は、上記入力音響信号に含まれる第2部分信号を振幅変調することで、上記所定の周波数に対応し且つ上記第1音響信号とは位相が異なる振幅の変化を有する第2音響信号を取得し、取得された第1音響信号と第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力する。これにより、出力音響信号に含まれる各部分信号に着目すると、1秒間に上記所定の周波数及び部分信号の分割数に応じた回数(例えば合計40回)、位相の異なる複数の変調済み音響信号それぞれの音量の強弱が交互に現れることになる。ユーザがかかる出力音響信号に応じた音を聴くことで、当該ユーザの脳内においてガンマ波が誘発され、あるいは同期され、又はその両方が引き起こされる。この結果、ユーザの認知機能の改善(例えば、認知症の治療、または予防)の効果が期待できる。他方、出力音響信号において、位相の異なる複数の変調済み音響信号それぞれの音量が強くなる箇所が互いに異なり、音量が弱くなる箇所が互いに異なるので、これらが一致している場合に比べて、当該出力音響信号に基づく音の最大音量と最小音量との間の差が抑えられる。故に、ユーザの音響体験の劣化が抑制される。
【0066】
第1部分信号に対応する音と第2部分信号に対応する音とは周波数帯が異なってもよい。これにより、出力音響信号に含まれる各周波数帯の部分信号に着目すると、1秒間に上記所定の周波数及び部分信号の分割数に応じた回数、各部分信号に対応する周波数帯の音量の強弱が交互に現れることになる。
【0067】
第1部分信号に対応する音には、第1周波数帯の音と第3周波数帯の音が含まれてよく、第2部分信号に対応する音には、第2周波数帯の音と第4周波数帯の音が含まれてよい。ここで、第1周波数帯は第2周波数帯より低く、第2周波数帯は第3周波数帯より低く、第3周波数帯は第4周波数帯より低い。これにより、各部分信号に含まれる音響信号の周波数帯の偏りを抑制することができる。
【0068】
第1部分信号に対応する音と第2部分信号に対応する音とは、音源種別、音源方向、及び収録位置の少なくとも何れかが異なってもよい。これにより、出力音響信号において音源種別、音源方向、または収録位置のそれぞれに対応する音量の強弱の変化を穏やかにしてユーザの音響体験の劣化を抑制しながら、ユーザの脳内においてガンマ波を誘発又は同期することができる。
【0069】
上記所定の周波数は約20Hzであってよい。第1音響信号の振幅の変化の位相と前記第2音響信号の振幅の変化の位相とは約180度異なってよい。これにより、出力音響信号に含まれる各部分信号に着目すると、1秒間に合計略40回、略等間隔で、第1音響信号および第2音響信号それぞれの音量の強弱が交互に現れることになる。
【0070】
信号処理装置10は、入力音響信号に含まれる第3部分信号を振幅変調することで、上記所定の周波数に対応し且つ第1音響信号とも第2音響信号とも位相が異なる振幅の変化を有する第3音響信号を取得してもよい。信号処理装置10は、取得された第1音響信号と第2音響信号と第3音響信号とに基づく出力音響信号を出力してもよい。これにより、出力音響信号に含まれる各部分信号に着目すると、1秒間に上記所定の周波数及び部分信号の分割数に応じた回数(例えば合計40回)、位相の異なる3以上の変調済み音響信号それぞれの音量の強弱が交互に現れることになる。
【0071】
上記所定の周波数は約13Hzであってよい。第1音響信号の振幅の変化の位相は前記第2音響信号の振幅の変化の位相よりも約120度進んでいてよい。前記第2音響信号の振幅の変化の位相は前記第3音響信号の振幅の変化の位相よりも約120度進んでいてよい。これにより、出力音響信号に含まれる各周波数帯の部分信号に着目すると、1秒間に合計略40回、略等間隔で、第1音響信号、第2音響信号、および第3音響信号それぞれの音量の強弱が交互に現れることになる。
【0072】
第1音響信号の振幅波形の包絡線と、第2音響信号の振幅波形の包絡線は、矩形波状、三角波状又は台形波状であってよい。これにより、各音響信号を合成した出力音響信号の包絡線が略フラットとなる(すなわち出力音響信号の全体の音量変化が抑制される)ので、ユーザの音響体験の劣化を抑制しながら、ユーザの脳内においてガンマ波を誘発又は同期することができる。
【0073】
入力音響信号は、音楽コンテンツを含む音響信号であってよい。これにより、ユーザが出力音響信号に基づく音の聴取に取り組みやすくなる。
【0074】
本実施形態の音響システム1は、ユーザの認知機能を改善するための認知機能改善システムに相当する。音響システム1は、上記信号処理装置10を備え、かつ当該信号処理装置10により出力される出力音響信号に応じた音をユーザに聞かせることで、ユーザの脳内でガンマ波の誘発と同期の少なくとも何れかを引き起こす。これにより、ユーザの認知機能を改善することができる。
【0075】
(7)その他の変形例
記憶装置11は、ネットワークNWを介して、信号処理装置10と接続されてもよい。ディスプレイ21は、信号処理装置10と一体化されてもよい。
【0076】
上記説明では、ガンマ波に対応する周波数として、35Hz以上45Hz以下の周波数を想定した場合の例を中心に説明した。ただし、これに限定されず、ガンマ波に対応する周波数として、聴者の脳内におけるガンマ波の誘発又は同期に影響する数値範囲を想定可能である。例えば、ガンマ波に対応する周波数として、25Hz以上140Hz以下の周波数を想定してもよい。また例えば、かかる周波数が経時的に変化してもよく、当該周波数として35Hz未満の周波数又は45Hzより高い周波数を一時的に許容していてもよい。
【0077】
上記説明では、信号処理装置10により生成された出力音響信号が、出力音響信号に応じた音を発してユーザに聞かせる音響出力装置30へ出力される場合について説明した。ただし、信号処理装置10による出力音響信号の出力先はこれに限定されない。例えば、信号処理装置10は、通信ネットワークを介して、又は放送により、外部の記憶装置又は情報処理装置へ出力音響信号を出力してもよい。このとき、信号処理装置10は、変調処理により生成された出力音響信号と共に、変調処理がされていない入力音響信号を、外部の装置へ出力してもよい。これにより、外部装置は、変調処理がされていない音響信号と変調処理がされた音響信号とのうち一方を任意に選択して再生することができる。
また、信号処理装置10は、出力音響信号と共に、変調処理の内容を示す情報を外部の装置へ出力してもよい。変調処理の内容を示す情報は、例えば、以下の何れかを含む。
・変調された対象信号に対応する音源を示す情報
・変調された対象信号に対応するチャンネルを示す情報
・変調された対象信号の特徴を示す情報
・変調関数を示す情報
・変調度を示す情報
・音量を示す情報
これにより、外部装置は、変調処理の内容に応じて音響信号の再生方法を変更することができる。
また、信号処理装置10は、入力音響信号と共に付加情報(例えばMP3ファイルにおけるID3タグ)を取得した場合に、当該付加情報を変更して出力音響信号と共に外部装置へ出力してもよい。
【0078】
本実施形態では、異なる部分信号に対して位相のみ異なる変調関数を適用する例を説明した。しかしながら、異なる部分信号に対して、位相に加え、波形(振幅または変調度を含み得る)が異なる変調関数(ただし、周波数は同一)を適用することもできる。
【0079】
上記説明では、入力音響信号を複数の周波数帯(サブバンド)に分割する例を示した。ここで、分割は、対数スケールで行われてもよいし、線形スケールで行われてもよい。対数スケールで分割することで、聴覚上の音質制御がしやすくなる効果が期待できる。他方、線形スケールで分割することで、部分信号間のエネルギーのばらつきが抑制される。また、サブバンドの数は2つ(つまり、低周波側と高周波側)であってもよい。サブバンドの幅が狭くなるほど(つまり、周波数帯を細かく分けるほど)、不快度が抑制されると期待される。
【0080】
本実施形態では、入力音響信号に含まれる複数の部分信号に対して位相の異なる変調関数を用いて振幅変調を行う例を示した。ここで、入力音響信号は、複数の全く異なる音源から得られた音響信号を含んでもよい。この場合に、各音源に対応する音響信号を部分信号として扱ってもよい。
【0081】
上記説明では、周波数帯を3以上のサブバンドに分割し、周波数の昇順または降順に並べた各サブバンドに対して、変調関数の位相を昇順または降順に割り当てた。しかしながら、各サブバンドに対する変調関数の位相の割り当ては、より複雑なパターンであってもよいし、ランダムに決定されてもよい。また、各部分信号への位相の割り当ては、時間経過に応じて変更(ホッピング)されてもよい。これにより、特定のサブバンドまたは特定の音源に対応する部分信号に割り当てられる変調関数の位相が固定されないので、変調により意図しない音色の変化が生じたとしても当該音色の変化がユーザに認識されにくくなる。
【0082】
変調関数の変調度は、例えば区間ごとに、または変調関数毎に制御されてよい。変調度を低くするほど、聴者の不快感は軽減される一方でガンマ波の誘発効果又は同期効果が低下する傾向にある。例えば、特定の区間では変調関数の変調度を他の区間に比べて低くしたり、特定の音源に対応する部分信号(例えば、ボーカルやソロ楽器に対応する部分信号)の変調に用いる変調関数の変調度を他の音源に比べて低くしたりすることで、聴者の不快感を効果的に低減しながら、ガンマ波の誘発効果又は同期効果の低下を抑制することができる。
【0083】
本実施形態の変調処理(すなわち、入力音響信号に含まれる複数の部分信号に対して、位相が相異なる変調関数を用いて振幅変調を行う処理)は、他の変調処理(例えば、入力音響信号の全体、または入力音響信号に含まれる複数の部分信号の一部に対して、単一の変調関数を用いて振幅変調を行う処理)と併用可能である。例えば、入力音響信号において、特定の音源(例えば、伴奏、ボーカル、など)のみの区間、または特定の音源の成分が支配的である区間が検出された場合に、本実施形態の変調処理に代えて他の変調処理を用いてもよい。或いは、入力音響信号が自然さを重視すべき音源(例えば、一定の精度を持った音源分離処理が困難な音源)に対応する場合に、他の変調処理に代えて本実施形態の変調処理を用いてもよい。
【0084】
上記説明では、信号処理装置10が、入力音響信号に含まれるすべての部分信号を同一の周波数で変調することで出力音響信号を生成する場合を中心に説明した。ただしこれに限らず、出力音響信号には、一部の部分信号と同一の周波数で変調されていない他の部分信号が含まれてもよい。例えば、入力音響信号に第1部分信号と第2部分信号と第3部分信号が含まれている場合に、信号処理装置10は、第1部分信号と第2部分信号とを同一周波数かつ異なる位相で変調し、第3部分信号を異なる周波数で変調してもよい。あるいは、第3部分信号は変調されなくてもよい。そして、信号処理装置10は、第1部分信号と第2部分信号と第3部分信号とに基づく出力音響信号を出力してもよい。
【0085】
上述の実施形態では、信号処理装置10を含む音響システムを、認知機能の改善(例えば、認知症の治療、または予防)のための認知機能改善システムとして用いる場合を中心に説明した。ただし、信号処理装置10の用途はこれに限定されない。非特許文献1には、40Hzの音刺激が脳内のガンマ波を誘発すると、アミロイドβが減少し、認知機能が改善されることが開示されている。すなわち、信号処理装置10により出力される出力音響信号に応じた音をユーザに聞かせることで、ユーザの脳内におけるアミロイドβが減少して沈着が抑制され、アミロイドβの増加又は沈着が原因となる疾患の予防又は治療に役立つことが期待される。アミロイドβの沈着が原因とされる疾患として、例えば脳アミロイドアンギオパチー(CAA)がある。CAAは、アミロイドβたんぱくが脳の小血管壁に沈着することにより、血管壁がもろくなって脳出血などが生じやすくなる病気である。認知症と同様に、CAAそのものに対する治療薬は存在しないため、上述の実施形態で説明した技術が革新的な治療法となりうる。すなわち、信号処理装置10と、信号処理装置10により出力される出力音響信号に応じた音をユーザに聞かせる音響出力装置30とを備える音響システム1は、脳アミロイドアンギオパチーの治療又は予防のための医療システムとして用いることもできる。
【0086】
(8)付記
実施形態および変形例で説明した事項を、以下に付記する。
【0087】
(付記1)
入力音響信号を受け付ける手段(S110)と、
入力音響信号に含まれる第1部分信号を振幅変調することで、所定の周波数に対応する振幅の変化を有する第1音響信号を取得する手段(S112)と、
入力音響信号に含まれる第2部分信号を振幅変調することで、所定の周波数に対応し且つ第1音響信号とは位相が異なる振幅の変化を有する第2音響信号を取得する手段(S112)と、
取得された第1音響信号と第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力する手段(S114)と、を備える、
信号処理装置(10)。
【0088】
(付記2)
第1部分信号に対応する音と第2部分信号に対応する音とは周波数帯が異なる、
付記1に記載の信号処理装置。
【0089】
(付記3)
第1部分信号に対応する音には、第1周波数帯の音と第3周波数帯の音が含まれ、
第2部分信号に対応する音には、第2周波数帯の音と第4周波数帯の音が含まれ、
第1周波数帯は第2周波数帯より低く、
第2周波数帯は第3周波数帯より低く、
第3周波数帯は第4周波数帯より低い、
付記2に記載の信号処理装置。
【0090】
(付記4)
第1部分信号に対応する音と第2部分信号に対応する音とは、音源種別、音源方向、及び収録位置の少なくとも何れかが異なる、
付記1乃至付記3のいずれかに記載の信号処理装置。
【0091】
(付記5)
所定の周波数は約20Hzであり、
第1音響信号の振幅の変化の位相と第2音響信号の振幅の変化の位相とは約180度異なる、
付記1乃至付記4のいずれかに記載の信号処理装置。
【0092】
(付記6)
入力音響信号に含まれる第3部分信号を振幅変調することで、所定の周波数に対応し且つ第1音響信号とも第2音響信号とも位相が異なる振幅の変化を有する第3音響信号を取得する手段を有し、
出力する手段は、取得された第1音響信号と第2音響信号と第3音響信号とに基づく出力音響信号を出力する、
付記1乃至付記4のいずれかに記載の信号処理装置。
【0093】
(付記7)
所定の周波数は約13Hzであり、
第1音響信号の振幅の変化の位相は第2音響信号の振幅の変化の位相よりも約120度進んでおり、
第2音響信号の振幅の変化の位相は第3音響信号の振幅の変化の位相よりも約120度進んでいる、
付記6に記載の信号処理装置。
【0094】
(付記8)
第1音響信号の振幅波形の包絡線と、第2音響信号の振幅波形の包絡線は、矩形波状、三角波状又は台形波状である、
付記1乃至付記7のいずれかに記載の信号処理装置。
【0095】
(付記9)
入力音響信号は、音楽コンテンツを含む音響信号である、
付記1乃至付記8のいずれかに記載の信号処理装置。
【0096】
(付記10)
ユーザの認知機能を改善するための認知機能改善システム(1)であって、
付記1から付記9の何れかに記載の信号処理装置と、
信号処理装置により出力される出力音響信号に応じた音をユーザに聞かせることで、ユーザの脳内でガンマ波の誘発と同期との少なくとも何れかを引き起こす手段(30)と、を備える、
認知機能改善システム。
【0097】
(付記11)
コンピュータ(10)が、
入力音響信号を受け付けるステップ(S110)と、
入力音響信号に含まれる第1部分信号を振幅変調することで、所定の周波数に対応する振幅の変化を有する第1音響信号を取得するステップ(S112)と、
入力音響信号に含まれる第2部分信号を振幅変調することで、所定の周波数に対応し且つ第1音響信号とは位相が異なる振幅の変化を有する第2音響信号を取得するステップ(S112)と、
取得された第1音響信号と第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力するステップ(S114)と
を実行する、方法。
【0098】
(付記12)
コンピュータに、付記1~付記9の何れかに記載の信号処理装置の各手段を実現させるためのプログラム。
【0099】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明の範囲は上記の実施形態に限定されない。また、上記の実施形態は、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更が可能である。また、上記の実施形態及び変形例は、組合せ可能である。
【符号の説明】
【0100】
1 :音響システム
10 :信号処理装置
11 :記憶装置
12 :プロセッサ
13 :入出力インタフェース
14 :通信インタフェース
21 :ディスプレイ
30 :音響出力装置
50 :音源装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8