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特開2025-16305がん治療のための剤、及びそれを含む医薬組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025016305
(43)【公開日】2025-01-31
(54)【発明の名称】がん治療のための剤、及びそれを含む医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/403 20060101AFI20250124BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20250124BHJP
   A61K 31/69 20060101ALI20250124BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20250124BHJP
   A61K 41/00 20200101ALI20250124BHJP
   A61K 47/34 20170101ALI20250124BHJP
   A61K 47/59 20170101ALI20250124BHJP
   A61N 5/10 20060101ALI20250124BHJP
【FI】
A61K31/403
A61P35/00
A61K31/69
A61P43/00 121
A61K41/00
A61K47/34
A61K47/59
A61N5/10 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023119503
(22)【出願日】2023-07-21
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り “Novel Self-Forming Nanosized DDS Particles for BNCT:Utilizing A Hydrophobic Boron Cluster and Its Molecular Glue Effect”,Cells 2022,11,3307,MDPI(Multidisciplinary Digital Publishing Institute) 1
(71)【出願人】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(71)【出願人】
【識別番号】515332207
【氏名又は名称】株式会社J-BEAM
(74)【代理人】
【識別番号】110003074
【氏名又は名称】弁理士法人須磨特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松浦 栄次
(72)【発明者】
【氏名】大槻 高史
(72)【発明者】
【氏名】石本 学
【テーマコード(参考)】
4C076
4C082
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA95
4C076CC27
4C076EE24A
4C076EE59
4C082AC07
4C084AA11
4C084NA05
4C084NA13
4C084ZB261
4C084ZB262
4C084ZC751
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC13
4C086DA43
4C086MA01
4C086MA02
4C086MA04
4C086NA05
4C086NA13
4C086ZB26
4C086ZC75
(57)【要約】
【課題】がん治療のための剤、特にホウ素中性子捕捉療法と光線力学療法を併用してがんを治療し得る剤を提供することを一つの課題とする。
【解決手段】がんを治療するための剤であって、がん集積性の担体と、前記担体に共有結合及び/又は非共有結合したホウ素含有化合物及び/又は光増感剤を含み、前記剤を投与した対象に放射線を照射してがんを治療するために用いられる剤を提供することにより上記課題を解決する。
【選択図】図21
【特許請求の範囲】
【請求項1】
がんを治療するための剤であって、
がん集積性の担体と、前記担体に共有結合及び/又は非共有結合した光増感剤を含み、
前記剤を投与した対象に放射線を照射してがんを治療するための剤。
【請求項2】
前記光増感剤が、波長600nm乃至900nmの範囲内に吸収極大波長を有する光増感剤である、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
前記光増感剤が下記式(II):
【化1】
(上記式(II)において、R及びRは、それぞれ独立して、置換されていてもよいアルキル基であり;R及びRは、H又は互いに連結して環状構造を形成する基であり;Xは、H又はハロゲンであり;環B及び環Dは、それぞれ独立して、含窒素縮合芳香族複素環であり;Aは陰イオンであり、mは0または1である。)で表される光増感剤である、請求項1又は2に記載の剤。
【請求項4】
前記光増感剤が、下記式(III):
【化2】
(上記式(III)において、R及びRは、それぞれ独立して、置換されていてもよいアルキル基であり;R及びRは、H又は互いに連結して環状構造を形成する基であり;R及びRは、H又は互いに連結してアリール基を形成する基であり;R及びRは、H又は互いに連結してアリール基を形成する基であり;Xは、H又はハロゲンであり;Aは陰イオンであり、mは0または1である。)で表される光増感剤である、請求項3に記載の剤。
【請求項5】
がん集積性の前記担体が、動的光散乱法で測定される平均粒径が直径20nm以上150nm以下の微粒子である、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の剤。
【請求項6】
前記微粒子が、親水性ブロックと疎水性ブロックを有する両親媒性高分子を含む微粒子であり、前記疎水性ブロックがポリ乳酸を含む、請求項5に記載の剤。
【請求項7】
前記親水性ブロックがポリサルコシンを含む、請求項6に記載の剤。
【請求項8】
さらにホウ素含有化合物を含み、
前記放射線が少なくとも中性子を含む、請求項1乃至7のいずれか一項に記載の剤。
【請求項9】
前記ホウ素含有化合物が下記式(I):
【化3】

(上記式(I)において、●はCであり;〇は、それぞれ独立して、BH又はB-ハロゲンであり;Rは、それぞれ独立して、H又は置換されていてもよい飽和又は不飽和のアルキル基を有する置換基である。)で表されることを特徴とする請求項8に記載の剤。
【請求項10】
上記式(I)において、前記置換基が有する前記アルキル基の炭素原子数が3以上11以下である請求項9に記載の剤。
【請求項11】
上記式(I)において、前記置換基が、置換されていてもよい飽和又は不飽和のアルキル基、置換されていてもよい飽和又は不飽和のアルコキシ基、又は置換されていてもよい飽和又は不飽和のアルキルチオ基のいずれかである、請求項9又は10に記載の剤。
【請求項12】
請求項1乃至11のいずれか一項に記載の剤を含有する医薬組成物であって、前記医薬組成物を投与した対象に放射線を照射してがんを治療するための医薬組成物。
【請求項13】
下記式(II):
【化4】
(上記式(II)において、R及びRは、それぞれ独立して、置換されていてもよいアルキル基であり;R及びRは、H又は互いに連結して環状構造を形成する基であり;Xは、H又はハロゲンであり;環B及び環Dは、それぞれ独立して、含窒素縮合芳香族複素環であり;Aは陰イオンであり、mは0または1である。)で表される化合物を含有する、放射線増感剤。
【請求項14】
前記化合物が下記式(III):
【化5】
(上記式(III)において、R及びRは、それぞれ独立して、置換されていてもよいアルキル基であり;R及びRは、H又は互いに連結して環状構造を形成する基であり;R及びRは、H又は互いに連結してアリール基を形成する基であり;R及びRは、H又は互いに連結してアリール基を形成する基であり;Xは、H又はハロゲンであり;Aは陰イオンであり、mは0または1である。)で表される化合物である、請求項13に記載の放射線増感剤。
【請求項15】
請求項13又は14に記載の前記放射線増感剤のがんを治療するための使用。
【請求項16】
放射線を照射するための放射線源を備える放射線照射装置であって、
請求項1乃至11のいずれか一項に記載の剤、請求項12に記載の医薬組成物、及び/又は請求項13又は14に記載の放射線増感剤を投与した対象に前記放射線を照射してがんを治療するための放射線照射装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん治療のための剤、特に、ホウ素中性子捕捉療法と光線力学療法の併用によりがんを治療するための剤に関する。なお、本願明細書を通じて、「がん」とは、特に断りがない限り、「がん疾患」を指すが、「がん細胞」又は「がん組織」を指す場合もある。
【背景技術】
【0002】
近年、放射線や近赤外光などの外部エネルギーと、その外部エネルギーを受けて活性化する薬剤とを組み合わせ、がんを治療するホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy:BNCT)や光線力学療法(Photodynamic Therapy:PDT)などの、がんの治療方法が注目を集めている。
【0003】
ホウ素中性子捕捉療法とは、ホウ素10(10B)を含有するホウ素薬剤をがん細胞へ送り込んだ後に、中性子を照射することで、腫瘍組織において4He原子核(α線)と7Li核を放出させ、がん細胞を死滅させる治療方法である。ホウ素の同位体であるホウ素10(10B)は、原子炉や加速器から取り出される放射線に含まれる中性子を吸収し、核分裂反応(10B(n,α)7Li反応)により、4He原子核(α線)と7Li原子核を放出する性質を有している。中性子はホウ素以外にも様々な原子核によって捕獲されるが、生体を構成する諸原子による中性子の捕獲の確率は高くない。これに対し、捕獲断面積で表される10B原子核による中性子の捕獲の確率は、生体を構成する諸元素と比べると遥かに大きく、その中で最大の捕獲断面積を有する窒素(14N)と比べても約2,000倍と桁違いに大きい。中性子を吸収した10B原子核から放出される4He原子核(α線)の飛程は約9μm程度、7Li原子核の飛程は約4μm程度であり、一般的な細胞の直径より短い。したがって、10B原子を含有する化合物を標的細胞であるがん細胞に導入し、中性子線を照射すれば、がん組織において周辺に存在する免疫細胞などの正常細胞を温存しながら、がん細胞のみを選択的に死滅させることができる。BNCTを利用したがん治療としては、2020年6月から「切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部癌」について保険診療が開始されている。
【0004】
BNCTにおいては、主として、中性子線のエネルギーと標的細胞中に導入される10B原子の量によって治療効果が決定することから、標的細胞内に多くの10B原子を導入することができるホウ素薬剤の開発が極めて重要である。また、標的細胞における10B原子の量を周辺組織と比較して高めることができれば、放射線傷害の原因となる中性子線のエネルギーを抑えるとともに、周辺組織におけるα線及び7Li原子核の発生量を抑えることができるため、副作用少なく、がん細胞を死滅させることができると期待される。
【0005】
BNCT用のホウ素薬剤は種々開発されているが、臨床研究まで進んでいるものは数が少なく、例えば、L-BPA(4-borono-L-phenylalanine(10B))、その18F標識体である[18F]F-BPA(18F-fluoro-borono-L-phenylalanine)、ホウ酸、BSH(sodium mercaptododecaborate(10B))などに限られる。日本国で薬事承認されているホウ素薬剤は、2023年7月現在において、L-BPA(ステラファーマ株式会社製、非特許文献1)のみである。
【0006】
しかしながら、L-BPAの腫瘍への集積性は高くなく、現状では、治療対象となる腫瘍において十分なホウ素濃度を得るために、L-BPAは500 mg/kgもの高濃度で投与されている。また、L-BPAは、アミノ酸であるフェニルアラニン1分子に1原子の10Bが修飾された化合物であり、がん細胞に高発現しているアミノ酸トランスポータの1つであるLAT-1(L-type amino acid transporter 1)を介して標的細胞に取り込まれると考えられている(非特許文献2)が、必ずしも全てのがん細胞においてLAT-1が高発現しているわけではなく、L-BPAに基づくBNCTの適用が困難ながん種も存在する。よって、種々のがん組織に高濃度の10B原子を集積させることができる、新たなホウ素薬剤の開発が強く求められている。
【0007】
カルボランなどのホウ素クラスターは、一分子中に多くのホウ素原子を含むことから、標的細胞に対する10B原子の導入量を飛躍的に高め得るホウ素薬剤として注目を集めている。しかし、ホウ素クラスターは、細胞内へ取り込まれ難く、また、がん組織へ選択的に集積し難いことから、ホウ素クラスターの細胞への取り込み量の向上、がん組織への集積性を向上させるためのデリバリーシステムが種々開発されている。中でも、ナノ粒子型のデリバリーシステムは、主として、EPR効果(Enhanced Permeability and Retention Effect)(J. Fang et al., Advanced Drug Delivery Reviews 63 (2011) 136-151)やターゲティング分子を利用したアクティブターゲティングによりがん組織に集積及び蓄積し、がん組織におけるホウ素薬剤濃度を効率的に高め得る送達手段として期待されている。ナノ粒子型のホウ素クラスターのデリバリーシステムとしては、ホウ素クラスターを担持するリポソーム(特許文献1、特許文献2、非特許文献3、非特許文献4)、高分子ミセル(特許文献3、非特許文献5)などが提案されているが、本発明者らの知る限りにおいて、未だナノ粒子型のホウ素クラスターデリバリーシステムによるBNCT治療が実現されるには至っていない。
【0008】
一方、光線力学療法とは、特定の波長を有する光が照射されると活性酸素を産生する性質を有する光増感剤を、標的であるがんに送達して、上記波長を有する光を照射することにより、がん特異的に活性酸素を発生させ、がんの治療効果を得る方法である。活性酸素の中でも、特に細胞傷害性が高いとされる一重項酸素は、寿命が短く、生体内における拡散距離は10~50nm程度と言われている。したがって、光増感剤を標的細胞であるがん細胞に導入し、当該光増感剤を励起すれば、がん細胞のみを選択的に死滅させることができるものと期待される。光線力学療法は実用化されており、光線力学療法用の光増感剤としては、例えば、タラポルフィンナトリウム(商品名:レザフィリン(登録商標)、Meiji Seika ファルマ株式会社)が市販されている。
【0009】
ホウ素中性子捕捉療法はホウ素10(10B)の核分裂反応に起因する4He原子核(α線)と7Li原子核によりがん組織を破壊するのに対し、光線力学療法は活性酸素によりがん組織を破壊することから、両者を組み合わせることができれば、互いに相補的、相乗的ながんの治療効果が奏されることが期待される。ホウ素中性子捕捉療法と光線力学療法との併用療法についての試みは、例えば、特許文献4、非特許文献6、非特許文献7などにも記載されている。しかしながら、本発明者らが知る限りにおいて、ホウ素中性子捕捉療法と光線力学療法を併用しようとするこれらの試みは、いずれも中性子を照射してBNCTによる治療効果を、近赤外光を照射してPDTによる治療効果を得ようとするものであり、2種類の外部エネルギーの照射を必要とする。PDTによる治療効果を得るために照射される近赤外光は、比較的組織透過性が高いことが知られているが、それでも、その浸透性は2cm程度である。深部のがんを標的とする場合には、標的となるがん付近に励起光である近赤外光を届けることができず、BNCTによる治療効果とPDTによる治療効果の双方を得ることは容易ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008-074817号公報
【特許文献2】国際公開第WO2014/030715号
【特許文献3】特開2015-044920号公報
【特許文献4】特開2013-227233号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】ステボロニン点滴静注バッグ 9000mg/300mL、医薬品インタビューフォーム、2020年5月改訂(第2版)
【非特許文献2】P. Wongthai, et al., Cancer Sci. 2015, 106(3), 279-286.
【非特許文献3】H. Yanagie, et al., British Journal of Cancer 1991, 63, 522-526.
【非特許文献4】K. Shelly, et al,. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 1992, 89, 9039-9043.
【非特許文献5】P. Mi, et al., J. Control. Release 2017, 254, 1-9.
【非特許文献6】R. Hiramatsu, et al., Journal of Pharmaceutical Sciences 2015, 104, 962-970.
【非特許文献7】E. Friso, et al., Photochem. Photobiol. Sci., 2006, 5, 39-50.
【非特許文献8】V. Lioret, et al., J. Med. Chem. 2020, 63, 9446-9456.
【非特許文献9】N. Liu, et al., Theranostics 2022, 12, 17, 7404-7418.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記のような従来技術の課題に鑑みてなされたものであり、ある一側面において、がん治療のための剤、特にホウ素中性子捕捉療法と光線力学療法を併用してがんを治療し得る剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは上記課題を解決しようと鋭意研究努力を重ねる過程において、ホウ素化合物及び/又は光増感剤をがんへ集積させるための担体の生体内動態を評価しようと、近赤外光により励起可能な光増感剤であるインドシアニングリーンを前記担体に担持させ、その生体内動態を評価した。この際、インドシアニングリーンを担持させた前記担体を投与したマウスの腫瘍部位に、実験用原子炉において中性子線を照射したところ、驚くべきことに、ホウ素含有化合物を一切投与していないにもかかわらず、極めて優れた抗腫瘍効果が発揮されることを見出した。
【0014】
インドシアニングリーンは、PDTに適用可能な光増感剤としての機能が知られているが、主として波長600nmから波長800nmの光を吸収するため、通常、その励起には、最大吸収波長である波長800nm付近の近赤外光が照射される。インドシアニングリーンを投与した対象に対し、近赤外領域の励起光ではなく、放射線、より具体的には原子炉型の中性子線を照射することにより、放射線増感剤として機能して抗腫瘍効果が奏されるという知見は前例がなく、本発明者らにとっても全く意外な知見であった。
【0015】
本発明は、主として上記知見に基づくものであり、ある一側面において、
がんを治療するための剤であって、
がん集積性の担体と、前記担体に共有結合及び/又は非共有結合した光増感剤を含み、
前記剤を投与した対象に放射線を照射してがんを治療するための剤を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0016】
ある好適な一態様において、上記光増感剤は、波長600nm乃至900nmの範囲内、より好適には波長700nm乃至900nmの範囲内に吸収極大波長を有する光増感剤であり得る。このような光増感剤は、ポリメチン骨格を有するシアニン系の光増感剤、好適にはヘプタメチン骨格を有するシアニン系の光増感剤であり得、より好適には、下記式(II):
【0017】
【化1】

(上記式(II)において、R及びRは、それぞれ独立して、置換されていてもよいアルキル基であり;R及びRは、H又は互いに連結して環状構造を形成する基であり;Xは、H又はハロゲンであり;環B及び環Dは、それぞれ独立して、含窒素縮合芳香族複素環であり;A-は陰イオンであり、mは0または1である。)で表される光増感剤であり得る。
【0018】
また、ある好適な一態様において、上記光増感剤は、下記式(III):
【0019】
【化2】
(上記式(III)において、R及びRは、それぞれ独立して、置換されていてもよいアルキル基であり;R及びRは、H又は互いに連結して環状構造を形成する基であり;R及びRは、H又は互いに連結してアリール基を形成する基であり;R及びRは、H又は互いに連結してアリール基を形成する基であり;Xは、H又はハロゲンであり;A-は陰イオンであり、mは0または1である。)で表される光増感剤であり得る。このような光増感剤には、上述したインドシアニングリーンが含まれる。
【0020】
本発明の一側面に係る上記剤によれば、放射線の照射により光増感剤が励起され治療効果が奏されるので、近赤外光を照射して光増感剤を励起する場合と比較して、より深部のがんに対しても適用可能であるという利点が得られる。また、ホウ素中性子捕捉療法において照射されるのと同様の外部エネルギー、すなわち、中性子を含む放射線、又は中性子線の照射により励起され得るので、上記剤がさらにホウ素含有化合物を含む場合には、1種の外部エネルギーの照射によりホウ素中性子捕捉療法による治療効果と、光線力学療法による治療効果の双方が得られ得るという利点がある。このように本発明の一側面に係る上記剤は、放射線を利用したがんの治療のために極めて有利に用いられ得る。
【0021】
なお、放射線の照射により上記光増感剤が、がん治療効果を奏するメカニズムには、チェレンコフ放射(Cherenkov radiation)が関与しているものと推測される。チェレンコフ放射とは、α線やβ線などの荷電粒子が水や空気などの媒質中を運動する時、その速度が媒質中を進む光速度よりも速い場合に光が放射される現象である。この時に放射される光をチェレンコフ光といい、典型的には、波長250nmから600nm程度の白から青白い光である。放射線の照射によりチェレンコフ光が生じる原因は多数考えられ、多くの原因が複合的に作用してチェレンコフ光を生じるものと考えられる。例えば、放射線の発生源である原子炉においては、ウラン235の核分裂生成物であるキセノン133等がベータ壊変する際にβ粒子が放出される。このβ粒子が中性子線とともに生体に照射されると、水分子を含む生体中を通過する際にチェレンコフ光が生じ得る(図21)。また、照射された中性子が生体に含まれる水素と反応することでガンマ線が発生し、そのガンマ線がコンプトン散乱して発生する電子が原因となりチェレンコフ光が発生する可能性も考えられる。
【0022】
チェレンコフ光又はチェレンコフ放射を利用した光線力学療法はCR-PDT(Cherenkov-induced PDT)として研究レベルにおいていくつかの報告がある(例えば、非特許文献8及び9)。しかしながら、CR-PDTについて知られている既存の研究は、いずれもチェレンコフ光が光増感剤を励起する近赤外光よりも波長が短いことに着目し、チェレンコフ光を吸収するドナー分子と光増感剤とを結合し、ドナー分子と光増感剤間のFRET(Forster resonance energy transfer)反応を利用して、いわば間接的に光増感剤を励起しようとするものであった。本発明者らが知る限りにおいて、FRET反応を利用せず、しかも、原子炉由来の中性子線を照射することにより、生体内でインドシアニングリーンが活性化され、光線力学療法様の治療効果が奏されるという現象は報告されておらず、全く予想外の知見であった。生体内で生じたチェレンコフ光は、直接、光増感剤を励起するか、又は、生体内に存在するポルフィリン類(例えば、ヘム)などの生体内蛍光色素を介したFRETにより長波長の光にシフトし、光増感剤を励起し得るものと考えられる(図21)。
【0023】
換言すれば、本発明はある一側面において、以上に説明した光増感剤の放射線増感剤としての用途をも提供するものである。放射線増感剤とは、放射線治療の対象となる患者に投与され、照射される放射線の治療効果を高め得る薬剤を意味する。後述するとおり、放射線は、生体内においてチェレンコフ光を生じ得る放射線、或いは、陽子、電子、及び/又は中性子を含む放射線であり得る。
【0024】
なお、がん集積性の担体は、がんを有する生体に投与されるとがんに集積する担体であればよく、がん組織に光増感剤及び/又は後述するホウ素含有化合物を集積させることができる限りにおいて基本的にどのようなものであってもよいが、ある好適な一態様として、親水性ブロックと疎水性ブロックを有する両親媒性高分子を含む微粒子であり得る。本発明者らは、特に、親水性ブロックとしてポリサルコシンを、疎水性ブロックとしてポリ乳酸を有する両親媒性高分子から形成される微粒子に着目し、鋭意研究努力を重ねてきた。ポリ乳酸は、生体適合性が高く、また、優れた生分解性を有することが知られており、生体、特に人体へ適用される医薬品に有利に配合され得る高分子素材である。一方、ポリサルコシンはサルコシン(N-メチルグリシン)の重合体であり、水に対して優れた溶解性を示すとともに、生分解性に優れ、免疫原性をもたず、タンパク質の非特異的吸着が少ないことが知られている。よって、親水性ブロックとしてポリサルコシンを含む両親媒性高分子から形成される微粒子は、高い血中滞留性を示し、EPR効果による腫瘍への集積及び蓄積が期待される。後述する実験例に示されるとおり、親水性ブロックとしてポリサルコシンを有し、疎水性ブロックとしてポリ乳酸を有する両親媒性高分子を含む微粒子は、特に優れた腫瘍集積性を示すので、がん集積性を示す上記担体として特に好適に用いられ得る。
【0025】
一方、前述したとおり、本発明の一側面に係る剤は、さらにホウ素含有化合物を含んでいてもよい。本発明の一側面に係る剤がさらにホウ素含有化合物を含んでいる場合には、当該剤を投与した対象に中性子を含む放射線を照射することにより、ホウ素中性子捕捉療法による治療効果と光線力学療法による治療効果の双方を同時に得ることができるという利点がある。本発明の一側面に係る剤に含有され得るホウ素含有化合物は基本的にどのようなものであってもよく、その種類に特段の制限はないが、標的細胞のホウ素濃度を効率的に高めるという観点からは、ホウ素クラスターであることが好ましく、より好適には、カルボラン又はその誘導体などの疎水性のホウ素クラスターであることが好ましい。がん集積性を示す担体として、親水性ブロックと疎水性ブロックを有する両親媒性高分子を含む微粒子が用いられる場合には、疎水性のホウ素クラスターは、上記微粒子の疎水性のコアに効率的に担持され得る。
【0026】
ある好適な一態様において、本発明の一側面に係る剤に含有されるホウ素含有化合物は下記式(I):
【化3】
【0027】
(上記式(I)において、●はCであり、〇は、それぞれ独立して、BH又はB-ハロゲンであり、Rは、それぞれ独立して、H又は置換されていてもよい飽和又は不飽和のアルキル基を有する置換基である。)で表されるo-カルボラン又はその誘導体であり得る。本発明者らが見出した知見によれば、上記式(I)で表されるo-カルボラン又はその誘導体は、m-カルボランやp-カルボランと比較して、親水性ブロックと疎水性ブロックとを有する両親媒性高分子を含む微粒子、特に、疎水性ブロックとしてポリ乳酸を含む両親媒性高分子を含む微粒子に、より効率的且つ安定的に担持され得る。
【0028】
また、ある好適な一態様において、本発明の一側面に係る剤が含有するホウ素含有化合物は、上記式(I)で表されるホウ素含有化合物において、さらに前記置換基Rが有する前記アルキル基の炭素原子数が3以上のホウ素含有化合物であり得る。本発明者らが見出した知見によれば、上記式(I)で表され、オルト位に炭素原子数が3以上の2つのアルキル基を有するホウ素含有化合物は、ポリ乳酸鎖間を結びつける分子糊として作用することにより、疎水性ブロックとしてポリ乳酸を含む両親媒性高分子から形成される微粒子の水性媒体中での安定性を飛躍的に高め得る(図20)。後述する実験例に示されるとおり、ホウ素含有化合物として、上記式(I)で表され、オルト位に炭素原子数が3以上の2つのアルキル基を有するホウ素含有化合物を含有する当該微粒子は、従来ホウ素中性子捕捉療法に用いられてきたホウ素含有化合物であるL-BPAと比較して、がん細胞におけるホウ素濃度を飛躍的に高め、そして、in vivoにおいても優れた治療効果を奏し得る。
【0029】
以上のとおり、光増感剤及び/又はホウ素含有化合物を含有する本発明の一側面に係る上記剤、及び、これを含有する組成物は、光線力学療法(PDT)又はホウ素中性子捕捉療法(BNCT)によるがん治療のために、そして、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)-光線力学療法(PDT)の併用療法のために特に好適に用いられ得る。
【0030】
また、本発明はある一側面において、放射線を照射するための放射線源を備える放射線照射装置であって、以上に説明した放射線増感剤、或いは、がん集積性の担体と、前記担体に共有結合及び/又は非共有結合した光増感剤を含む上記剤、又はこれらを含有する医薬組成物を投与した対象に前記放射線を照射してがんを治療するために用いられる放射線照射装置をも提供するものである。繰り返しになるが、本発明者らが知る限りにおいて、光増感剤、特に、インドシアニン系の光増感剤を投与した対象に放射線を照射して、優れた抗腫瘍効果が得られるという知見は全く知られていない。したがって、本発明が提供する上記用途は、放射線を照射するための放射線源を備える放射線照射装置について従来知られていなかった新たな用途である。
【0031】
ある好適な一態様において、上記放射線は、生体内においてチェレンコフ光を生じ得る放射線であることが好ましく、例えば、陽子、電子、及び/又は中性子を含む放射線であることが好ましい。なお、前述したとおり、対象に投与される上記剤等はホウ素含有化合物を含んでいてもよい。対象に投与される上記剤等がホウ素含有化合物を含む場合には、対象に照射される上記放射線は、少なくとも中性子を含む放射線であることが好ましい。この場合、上記放射線照射装置は、ホウ素中性子捕捉療法と光線力学療法を併用したがん治療のために特に好適に用いられ得る。
【発明の効果】
【0032】
本発明の一側面に係る剤によれば、標的組織に光増感剤及び/又はホウ素含有化合物を集積させ、そこに放射線を照射することにより、光増感剤を励起してがんに損傷を与える及び/又はホウ素含有化合物と中性子の核反応を利用してがんに損傷を与えることで、優れたがんの治療効果が奏され得る。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】実験例にて用いたAB型のポリサルコシン-ポリ(L-乳酸)のブロックポリマー(PSar106-block-PLLA32)とo-カルボラン、m-カルボラン、及びp-カルボランの構造を示す図である。
図2】(a)カルボランを担持していないポリサルコシン-ポリ(L-乳酸)ナノ粒子(以下、ポリサルコシン-ポリ(L-乳酸)ナノ粒子を「PSAR-PLLAナノ粒子」と略記することがある)の粒径分布、及び、透過型電子顕微鏡写真を示す図である。(b)o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子の粒径分布、及び、透過型電子顕微鏡写真を示す図である。
図3】(a)細胞内取り込み試験の実験手順の概略を示す図である。(b) o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子又はL-BPA(ホウ素濃度:2 mM)と所定時間接触させたマウス乳がん細胞4T1における細胞内ホウ素濃度を示す図である。
図4】PBS中における、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子からのo-カルボランの放出挙動を示す図である。
図5】(a)カルボランを担持していないPSAR-PLLAナノ粒子、(b)o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子、及び(c)m-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子をPBS中で24時間透析したときの粒径及び多分散度の変化を示す図である。
図6】実験例にて用いた3種のo-カルボラン誘導体、すなわち、1,2-ジメチル-o-カルボラン、1,2-ジへキシル-o-カルボラン、1,2-ジドデシル-o-カルボランの構造を示す図である。
図7】(a)1,2-ジメチル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子、(b)1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子、及び(c)1,2-ジドデシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子の粒径分布を示す図である。(d)1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子の透過型電子顕微鏡写真を示す図である。
図8】PBS中における(a)1,2-ジメチル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子、及び(b)1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子からのo-カルボラン誘導体の放出挙動を示す図である。
図9】(a)1,2-ジメチル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子、及び(b)1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子をPBS中で24時間透析したときの粒径及び多分散度の変化を示す図である。
図10】(a)1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子又はo-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子と接触させたマウス乳がん細胞4T1、(b)マウス大腸がん細胞CT26、(c)ヒト膵臓腺がん細胞AsPC-1、及び(d)ヒト胃がん細胞NC1-N87における細胞内ホウ素濃度を示す図である。
図11】(a)細胞毒性試験の実験手順の概略を示す図である。(b)1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子、1,2-ジメチル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子、又はm-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子と接触させたマウス乳がん細胞4T1の細胞生存率を示す図である。
図12】(A)ICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を投与したXenograftマウスのin vivo近赤外蛍光イメージングの結果を示す図である。(B)ICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を投与したXenograftマウスにおけるICGに由来する蛍光の強度の経時変化を示す図である。(C)ICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を投与したXenograftマウスのex vivo近赤外蛍光イメージングの結果を示す図である。
図13】(A)o-カルボラン又は1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を投与したXenograftマウスの各組織におけるホウ素含有量をICP-AESにより測定した結果を示す図である。(B) o-カルボラン又は1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を投与したXenograftマウスにおけるT/N比及びT/B比を示す図である。
図14】(A) PSAR-PLLAナノ粒子、o-カルボラン又は1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子、又はL-BPAを投与したAsPC-1細胞に、所定時間、中性子線を照射した後の細胞生存率を示す図である。ホウ素化合物の投与量は、ホウ素換算で2mMである。(B) PSAR-PLLAナノ粒子、o-カルボラン又は1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子、又はL-BPAを投与したAsPC-1細胞に40分間中性子線を照射した後の典型的な細胞の様子を示す写真である。図において、「**」はp < 0.01を、「*」はp < 0.05を表す。
図15】AsPC-1/CMV-Luc担癌マウスにPSAR-PLLAナノ粒子、o-カルボラン又は1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子、又はL-BPAを投与して、24時間後に40分間中性子線を照射した。中性子線の照射後、21日間の間、(A)マウスの体重の変化及び(B)腫瘍のサイズを観察した。図において、「**」はp < 0.01を、「*」はp < 0.05を表す。
図16】(A) ICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を投与したAsPC-1細胞に、所定時間、中性子線を照射した後の細胞生存率を示す図である。(B) ICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を投与したAsPC-1細胞に、所定時間、中性子線を照射した後の典型的な細胞の様子を示す写真である。図において、「**」はp < 0.01を、「*」はp < 0.05を表す。
図17】AsPC-1/CMV-Luc担癌マウスにICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を投与して、24時間後に40分間中性子線を照射した。中性子線の照射後、21日間の間、(A)マウスの体重の変化及び(B)腫瘍のサイズを観察した。図において、「**」はp < 0.01を、「*」はp < 0.05を表す。
図18】(a)生体内動態試験の実験手順の概略を示す図である。(b)ICG及び1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を投与したXenograftマウスのin vivo近赤外蛍光イメージングの結果を示す図である。
図19】(a)ICG及び1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を投与したXenograftマウスのex vivo近赤外蛍光イメージングの結果を示す図である。(b)ICG及び1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を投与したXenograftマウスの各組織におけるホウ素含有量をICP-AESにより測定した結果を示す図である。
図20】本発明の一実施形態におけるPSAR-PLLAナノ粒子中でのポリ乳酸とホウ素含有化合物の相互作用を説明する概念図である。
図21】本発明の一側面に係る剤によりBNCT効果が得られるメカニズムと、PDT効果が得られるメカニズムについて説明する概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0035】
<光増感剤>
光増感剤は、特定の波長の光、典型的には、近赤外光によって励起され、活性酸素種(ROS)を生成し得る化合物を意味する。光増感剤は、酸素の存在下で励起されると、基底三重項状態の酸素(O2)と反応し効率的に一重項酸素を生成し得る。一重項酸素は活性の高い化学種であり、腫瘍などの病変部位を構成する細胞に損傷を与え、細胞死をもたらす。後述する実験例に示されるとおり、以下に説明する光増感剤は、放射線の照射により励起され、放射線治療の効果を高め得る放射線増感剤として機能する。
【0036】
本発明に用いられ得る光増感剤は、基本的にどのようなものであってもよく、光線力学治療に適用可能な各種の光増感剤を使用できる。例えば、シアニン系の光増感剤、ポルフィリン系の光増感剤、フタロシアニン系の光増感剤、ナフトキノン系の光増感剤、ジインモニウム系の光増感剤、又はアゾ系の光増感剤が用いられ得るが、これらに限定されない。このような光増感剤の具体例としては、例えば、亜鉛フタロシアニン(ZnPc)、亜鉛ナフタロシアニン、5,10,15,20-テトラキス(ペンタフルオロフェニル)クロリン誘導体(TFPC)、5,10,15,20-テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ポルフィリン(TFPP)、プロトポルフィリンIX(PPIX)、インドシアニングリーン(ICG)、ポルフィマー(フォトフリン(登録商標))、テモポルフィン(Foscan(登録商標))、タラポルフィンナトリウム(レザフィリン(登録商標))、ベルテポルフィン(ビスダイン(登録商標))、パラジウムバクテリオフェオホルビド(TOOKAD(登録商標))などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0037】
ある好適な一態様において、本発明に用いられ得る光増感剤は、波長600~900nmの範囲内、より好適には波長700~900nmの範囲内に吸収極大波長を有する光増感剤であり得る。このような性質を示す光増感剤としては、例えば、インドシアニングリーン(ICG)が挙げられる。後述する実験例に示されるように、波長600~900nmの近赤外光を吸収する光増感剤であるインドシアニングリーンを担持するナノ粒子は、中性子線を含む放射線を照射することにより励起され、有意な抗腫瘍効果を奏し得る。
【0038】
ある好適な一態様において、本発明に用いられ得る光増感剤としては、近赤外光の吸光係数が高いシアニン系の光増感剤が好適であり、ヘプタメチン骨格を有する下記式(II)で表されるシアニン系の光増感剤がより好適であり得る:
【0039】
【化4】
【0040】
上記式(II)中、R及びRは、それぞれ独立して、置換されていてもよいアルキル基である。R2及びR3は、H又は互いに連結して環状構造を形成する基である。XはH又はハロゲンである。環B及び環Dは、それぞれ独立して、含窒素縮合芳香族複素環である。Aは陰イオンであり、mは0または1である。上記式(II)において、R2及びR3が形成し得る上記環状構造は置換されていてもよい。また、環B及び環Dは、含窒素二環式複素環又は三環式芳香族複素環であり得る。
【0041】
本発明に用いられ得る光増感剤の更なる具体例としては、例えば、下記式(III)で表されるインドシアニン系の光増感剤が挙げられる。
【0042】
【化5】
【0043】
上記式(III)において、R5及びR6は、いずれもH又は互いに連結してアリール基を形成する基である。当該アリール基は、置換されていてもよいベンゼン環であり得る。R7及びR8についても同様であり、いずれもH又は互いに連結してアリール基を形成する基である。当該アリール基は、置換されていてもよいベンゼン環であり得る。その他の符号については上記式(II)についてと同様であるので、説明を省略する。
【0044】
上記式(II)又は上記式(III)で表される光増感剤の具体例としては、例えば、以下の光増感剤が挙げられるが、本発明に用いられ得る光増感剤は、これらに限定されない。
【0045】
【化6】
【0046】
光増感剤は、本発明の一側面に係る剤が含有するがん集積性の担体に非共有結合的に担持されていてもよいし、共有結合により担持されていてもよい。一方、本発明の一側面に係る剤に含まれ得る光増感剤は、上記担体に非共有結合及び/又は共有結合するための1又は2以上の官能基を有していてもよい。このような官能基としては、例えば、カルボキシル基、アミノ基、イソチオシアネート基、チオール基、マレイミド基、アジド基、アルコール基、ハロゲン化アルキル基などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0047】
ある好適な一態様において、本発明に用いられ得るがん集積性の担体が親水性ブロックと疎水性ブロックを有する両親媒性高分子である場合、光増感剤としては、以上に説明した光増感剤と、親水性ブロックと疎水性ブロックを有する両親媒性高分子との結合物、又は、以上に説明した光増感剤と、疎水性ブロックを有する疎水性高分子との結合物が用いられ得る。このような結合物の具体例としては、例えば、下記式(XIII)の構造を有する結合物、すなわち、インドシアニングリーンとポリ乳酸との結合物が挙げられる。なお、下記式(XIII)において、nは整数であり、好ましくは5~50、より好ましくは10~50、さらに好ましくは15~50であり得る。
【0048】
【化7】
【0049】
後述する実験例に示されるとおり、インドシアニングリーンとポリ乳酸の上記結合物は、親水性ブロックとしてポリサルコシンを、疎水性ブロックとしてポリ乳酸を含む両親媒性高分子を含む微粒子に容易に担持され得る。上記式結合物は適宜の方法により合成し得るが、その合成方法は、例えば、H. Tsujimoto, et. al. Cancer Sci. 105 (2014) 1626-1630に記載されている。
【0050】
<ホウ素含有化合物>
一方、本発明の一側面に係る剤に含まれ得るホウ素含有化合物とは、その分子構造中にホウ素原子を含有する化合物を意味する。ホウ素含有化合物は、基本的にどのようなものであってもよく、ホウ素含有化合物の1分子中に含まれるホウ素原子の数にも特段の制限はない。例えば、前述したL-BPAのように1つのホウ素原子を含むものであってもよいし、2つ以上又は3つ以上のホウ素原子を含むものであってもよい。治療標的におけるホウ素原子の濃度をより効率的に高め得るという観点からは、ホウ素含有化合物の1分子中に含まれるホウ素原子の数は多い方が好ましく、例えば、1分子中に多数のホウ素原子を含むホウ素クラスターであることが好ましい。
【0051】
「ホウ素クラスター」とは、主として、複数のホウ素原子が集合して形成される多面体構造を有するホウ素含有化合物である。ホウ素クラスターとしては、例えば、Decaborane(B10H14)、Decahydrodecaborate([B10H102-)、Dodecaborate([B12H122-)、nido,nido-Octadecaborane(22)(B18H22、CAS RN:21107-56-2)のような水素化ホウ素化合物のクラスターが挙げられるが、これらに限定されない。例えば、ホウ素クラスターは、それを構成する骨格原子として、ホウ素原子以外に炭素原子、窒素原子、酸素原子、硫黄原子等を含んでいてもよい。ホウ素原子と炭素原子を含むホウ素クラスターとしては、カルボラン(carborane)が挙げられる。カルボランとしては、例えば、炭素原子を1つ含むcloso-carborane([CB11H12-)、炭素原子を2つ含むcloso-carborane(C2B10H12)やnido-carborane([C2B9H11-)、などが知られているが、これらに限定されない。また、チオール基を有するDodecaborate([B12H11SH]2-、BSH)、水酸基を有するDodecaborate([B12H11OH]2-)、アミノ基を有するDodecaborate([B12H11NH3]-)なども知られている。
【0052】
ある好適な一態様において、本発明の一側面に係る剤が含有し得るホウ素含有化合物は、カルボラン又はその誘導体であることが好ましく、特に、下記式(I)で表されるホウ素含有化合物、すなわち、o-カルボラン又はo-カルボラン誘導体であることがより好ましい:
【0053】
【化8】
【0054】
上記式(I)において、●はCであり、〇は、それぞれ独立して、BH又はB-ハロゲンであり、Rは、それぞれ独立して、置換されていてもよい飽和又は不飽和のアルキル基を有する置換基又はHである。ここで、本明細書において、「それぞれ独立して」とは、それぞれが同一であってもよいし、異なっていてもよいことを意味する。
【0055】
ホウ素原子と炭素原子を含有するホウ素クラスターであるカルボラン又はその誘導体は、疎水性が強く、親水性ブロックと疎水性ブロックを有する両親媒性高分子から形成される自己集合体の疎水性コアに効率的に内包され得るので、本発明の一側面に係る剤に好適に用いられ得る。中でも、上記式(I)で表される構造を有するo-カルボラン誘導体は、後述する実験例に示されるとおり、p-カルボラン誘導体やm-カルボラン誘導体と比較して、疎水性ブロックとしてポリ乳酸を含む両親媒性高分子から形成される微粒子により効率的且つ安定的に担持され得るので、特に好適に用いられ得る。
【0056】
ある好適な一態様において、上記式(I)における、Rは、それぞれ独立して、置換されていてもよい飽和又は不飽和のアルキル基を有する置換基であって、前記アルキル基の炭素原子数は3以上であり得る。上記式(I)における置換基Rが、炭素原子数が3以上のアルキル基を有する場合には、当該ホウ素含有化合物が疎水性ブロックとしてポリ乳酸を含む両親媒性高分子から形成される微粒子に搭載された場合に、上記アルキル基を介して、微粒子の疎水性コアを構成するポリ乳酸鎖、特にα-ヘリックス構造を形成するポリ乳酸鎖と相互作用することで、2つのポリ乳酸鎖を結びつける分子糊として作用し、これにより、当該微粒子の水性媒体中での安定性を飛躍的に高め得る(図20)。微粒子の安定性を高めるという観点からは、前記アルキル基の炭素原子数は3以上であることが好ましく、より好ましくは4以上、さらに好ましくは5以上、よりさらに好ましくは6以上である。一方、前記アルキル基の炭素原子数の上限に特段の制限はないが、本発明者らが見出した知見によれば、前記アルキル基を構成する炭素原子数が多すぎると、ホウ素含有化合物がそれ自体で凝集体を形成するため、当該ホウ素含有化合物が微粒子へ担持されにくくなる恐れがある。このような観点から、前記アルキル基の炭素原子数は11以下であることが好ましく、より好ましくは10以下、より好ましくは9以下、さらに好ましくは8以下、よりさらに好ましくは7以下、よりさらに好ましくは6以下である。以上をまとめると、前記アルキル基の炭素原子数は3以上であることが好ましく、より好ましくは3以上11以下、さらに好ましくは4以上10以下、さらに好ましくは4以上9以下、さらに好ましくは5以上8以下、さらに好ましくは5以上7以下、特に好ましくは6である。後述する実験例に示されるとおり、前記アルキル基の炭素原子数が上記範囲内にある場合には、上記式(I)で表されるホウ素含有化合物は、疎水性ブロックとしてポリ乳酸を含む両親媒性高分子から形成される微粒子に特に効率的に担持されるとともに、より顕著な微粒子の安定化作用を奏し得る。
【0057】
アルキル基を有する置換基の具体例としては、置換されていてもよい飽和又は不飽和のアルキル基、置換されていてもよい飽和又は不飽和のアルコキシ基、又は置換されていてもよい飽和又は不飽和のアルキルチオ基が含まれるが、置換されていてもよい飽和又は不飽和のアルキル基であることが好ましく、置換されていてもよい飽和アルキル基であることがより好ましく、置換されていない飽和アルキル基であることがより好ましい。また、アルキル基を有する置換基は、直鎖状又は分岐鎖状のいずれであっても良いが、直鎖状であることが好ましい。
【0058】
炭素原子数が3以上のアルキル基を有する置換基の更なる具体例としては、n-プロピル基(-(CH2)2CH3)、n-ブチル基(-(CH2)3CH3)、n-ペンチル基(-(CH2)4CH3)、n-へキシル基(-(CH2)5CH3)、n-へプチル基(-(CH2)6CH3)、n-オクチル基(-(CH2)7CH3)などの一般式(-(CH2)nCH3))(但し、nは2以上)で表されるアルキル基、n-プロポキシ基(-O(CH2)2CH3))、n-ブトキシ基(-O(CH2)3CH3))、n-ペントキシ基(-O(CH2)4CH3))、n-へキシルオキシ基(-O(CH2)5CH3))などの一般式(-O(CH2)nCH3))(但し、nは2以上)で表されるアルコキシ基、n-プロピルチオ基(-S(CH2)2CH3))、n-ブチルチオ基(-S(CH2)3CH3))、n-ペンチルチオ基(-S(CH2)4CH3))、n-へキシルチオ基(-S(CH2)5CH3))などの一般式(-S(CH2)nCH3))(但し、nは2以上)で表されるアルキルチオ基が含まれ得るが、これらに限定されない。なお、炭素原子数が3以上のアルキル基を有する置換基が以上の一般式のいずれかで表されるアルキル基、アルコキシ基、又はアルキルチオ基である場合には、一般式中のnは、好ましくは2以上10以下、さらに好ましくは3以上9以下、さらに好ましくは3以上8以下、さらに好ましくは4以上7以下、さらに好ましくは4以上6以下、特に好ましくは5である。以上のようなアルキル基を有する置換基をRとして有する上記式(I)で表されるホウ素含有化合物の具体例としては、例えば、後述する実験例で示す1,2-ジへキシル-о-カルボランが挙げられる。
【0059】
なお、本明細書において、「置換されていてもよい」とは、当該基を構成する置換可能な水素原子が置換されていない場合と置換されている場合の双方を含む。置換可能な水素原子が置換されていない場合とは、置換可能な水素原子が全て水素原子であることを意味する。一方、置換可能な水素原子が置換されている場合とは、置換可能な水素原子の少なくとも1つが、水素原子及び炭素原子以外の原子に置換されていることを意味する。置換基となる原子の種類に特段の制限はないが、ポリ乳酸が形成するα-ヘリックス構造への結合性という観点からは、比較的疎水性が高い原子であることが好ましい。このような原子の具体例としては、例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチンなどのハロゲンが含まれるが、これらに限定されない。置換箇所は複数あってもよい。
【0060】
上記式(I)で表されるo-カルボラン誘導体は当業者であれば適宜の手法により合成することができる。例えば、式(I)においてRで表される置換基が置換されていてもよい飽和又は不飽和のアルキル基であるo-カルボラン誘導体は、o-カルボランとBuLi又はPhLi等の強塩基を反応させ、次いで、適宜のハロゲン化アルキルを反応させることにより得ることができる。また、式(I)においてRで表される置換基が置換されていてもよいアルコキシ基又はアルキルチオ基であるo-カルボラン誘導体は、1位と2位に水酸基(-OH)を有するo-カルボラン誘導体(1,2-(OH)2-1,2-closo-C2B10H10;CAS番号868382-62-1)又は1位と2位にチオール基を有するo-カルボラン誘導体(1,2-(SH)2-1,2-closo-C2B10H10;CAS番号23810-63-1)に適宜のハロゲン化アルキルをKOH等の強塩基の存在下で反応させアルコキシ化又はアルキルチオ化することにより得ることができる。しかしながら、o-カルボラン誘導体の合成方法は以上のものに限られず、当業者であれば適宜の方法を用いることができる(T.L. Heying et al., Inorg. Chem. 1963, 2(6), 1097-1105; M. M. Fein et al., Inorg. Chem. 1963, 2(6), 1115-1119)。
【0061】
なお、本発明の一側面に係る剤に含まれ得るホウ素含有化合物は、ホウ素としてホウ素10(10B)を含有するものであることが好ましい。天然に存在するホウ素の同位体としては、ホウ素10(10B)とホウ素11(11B)の2つの同位体が知られており、ホウ素10は天然に存在するホウ素の約19.9%、ホウ素11は約80.1%を占める。ホウ素中性子捕捉療法は、これらのホウ素の同位体のうち、10Bが起こす核分裂反応を用いるものである。したがって、ホウ素中性子捕捉療法に用いられるという観点から、本発明の微粒子に含まれ得るホウ素含有化合物における10Bの同位体比率は、19.9%以上であることが好ましく、50%以上であることがより好ましく、70%以上であることがさらに好ましく、90%以上であることがよりさらに好ましい。ホウ素含有化合物における10Bの同位体比率は、10B含有量を高めたホウ素(10B濃縮ホウ素)を原料として用いることで高めることができる。10B濃縮ホウ素を製造する方法としては、例えば、化学交換蒸留法が知られている。
【0062】
<担体>
一方、本発明の一側面に係る上記剤は、以上説明したホウ素含有化合物及び/又は光増感剤に加え、これらのホウ素含有化合物と光増感剤を腫瘍に送達するための担体、すなわち、がん集積性の担体を含んでいる。がん集積性の担体とは、がん疾患に罹患した患者等のがんを有する生体に投与されるとがん組織又はがん細胞に集積する担体を意味し、がん集積性の担体を含んでいない場合と比較して、ホウ素含有化合物及び/又は光増感剤のがん組織又はがん細胞への集積量を高める担体を意味する。このような担体は、基本的にどのようなものであってもよいが、例えば、抗体、フラグメント抗体、ペプチド、アミノ酸、核酸、アプタマー、ビタミン、糖(単糖、オリゴ糖、多糖類を含む)、糖鎖及び、微粒子などの1種又は複数であり得る。ホウ素含有化合物及び/又は光増感剤は、これらの担体に共有結合的及び/又は非共有結合的に結合され、担持され得る。
【0063】
ある好適な一態様において、上記担体は微粒子であることが好ましい。微粒子は、例えば、動的光散乱法によって測定される平均粒径が直径20 nm乃至500 nmの微粒子であり得るが、がん組織への集積性を高める、又は、がん組織への集積性及び浸透性を高めるという観点からは、動的光散乱法によって測定される平均粒径(直径)は、20 nm乃至150 nmであることが好ましく、20 nm乃至140 nmであることがより好ましく、20 nm乃至130 nmであることがさらに好ましく、20 nm乃至120 nmであることがよりさらに好ましい。これらの平均粒径を有する微粒子は、主として、EPR効果(Enhanced Permeability and Retention Effect)(J. Fang et al., Advanced Drug Delivery Reviews 63 (2011) 136-151)によりがん組織に集積及び蓄積することが報告されており、がん集積性の担体として好適に用いることができる。
【0064】
一方、本発明に用いられ得る微粒子の種類に特段の制限はなく、例えば、デンドリマー、リポソームなどの有機粒子、又は、金ナノ粒子、シリカナノ粒子などの無機粒子のいずれであってもよいが、ある好適な一態様においては、親水性ブロックと疎水性ブロックを有する両親媒性高分子を含む微粒子であることが好ましい。
【0065】
<疎水性ブロック>
両親媒性高分子が有する「疎水性ブロック」とは、ブロック全体として疎水性を有する高分子鎖を意味する。ここで疎水性ブロックが有する疎水性とは、水に対する溶解性が低いことをいい、より好適には、親水性ブロックと疎水性ブロックとを含む両親媒性高分子が水性媒体中で自己集合又は凝集してミセル状又はベシクル状の微粒子を形成することができる程度に水への溶解性が低いことをいう。ミセル状又はベシクル状の微粒子の形成は、当業者であれば、例えば、動的光散乱法や透過型電子顕微鏡により確認することができる。
【0066】
本発明に用いられ得る両親媒性高分子は、疎水性ブロックとしてポリ乳酸を含んでいる。「ポリ乳酸」とは、乳酸が重合してなる高分子を意味する。ポリ乳酸は、優れた生体適合性と生分解性を有するため、ポリ乳酸を構成成分として含む両親媒性高分子は医薬品素材として有利に使用され得る。ポリ乳酸のモノマーである乳酸としてはL-乳酸及びその光学異性体であるD-乳酸が存在し、主としてL-乳酸を重合して得られるポリ乳酸はポリ(L-乳酸)(PLLA:poly(L-lactic acid))、主としてD-乳酸を重合して得られるポリ乳酸はポリ(D-乳酸)(PDLA:poly(D-lactic acid))、L-乳酸とD-乳酸を重合して得られるポリ乳酸はポリ(DL-乳酸)(PDLLA:poly(DL-lactic acid))と呼ばれる。
【0067】
本発明者らが見出した知見によれば、ポリ乳酸鎖が形成するα-ヘリックス構造は、外面に疎水性部分を有し、後述するホウ素含有化合物、すなわち、オルト位に2つのアルキル基を有するo-カルボランと強く相互作用し、微粒子を安定化し得る(図20)。したがって、ある好適な一態様において、本発明に用いられ得る「ポリ乳酸」は、α-ヘリックス型の高次構造を形成し得るものであることが好ましい。このようなポリ乳酸は、例えば、ポリ(L-乳酸)及びポリ(D-乳酸)であり得るが、ポリ(L-乳酸)が特に好適に用いられ得る。なお、本発明のある一態様において用いられ得るポリ(L-乳酸)又はポリ(D-乳酸)は、α-ヘリックス型の高次構造を形成し得るものであれば、必ずしも光学純度100%又は異性体含量が0%のものである必要はない。例えば、異性体含量が10%以下、好ましくは6%以下、より好ましくは5%以下、さらに好ましくは3%以下、さらに好ましくは2%以下、よりさらに好ましくは1%以下のポリ(L-乳酸)又はポリ(D-乳酸)であり得る。
【0068】
疎水性ブロックとしてポリ乳酸を含むとは、疎水性ブロックの全部がポリ乳酸である場合と、疎水性ブロックの一部がポリ乳酸である場合の双方を含む。すなわち、本発明に用いられ得る疎水性ブロックは、ポリ乳酸が高次構造を形成し得る範囲で乳酸単位以外のモノマー単位を有していても良い。疎水性ブロックに含まれ得る乳酸単位以外のモノマー単位の含有量に特段の制限はないが、疎水性ブロックに含まれる全モノマー単位(乳酸単位を含む)に対して、10%以下とすることが好ましく、より好ましくは8%以下、さら好ましくは5%以下、よりさらに好ましくは1%以下、特に好ましくは0%である。
【0069】
疎水性ブロックに含まれ得る乳酸単位以外のモノマー単位の種類に特段の制限はないが、乳酸以外のヒドロキシ酸が好適に用いられ得る。なお、ヒドロキシ酸とは、一分子中にカルボキシル基(-COOH)とヒドロキシル基(-OH)を有する有機化合物であり、乳酸以外のヒドロキシ酸としては、例えば、グリコール酸、2-ヒドロキシイソ酪酸、3-ヒドロキシイソ酪酸などが含まれ得る。
【0070】
疎水性ブロックに含まれ得るポリ乳酸を構成する乳酸単位の数に特段の制限はなく、疎水性ブロックが上述した疎水性を示すように適宜調整され得るが、例えば、5乃至200、好ましくは10乃至100、より好ましくは15乃至80、さらに好ましくは、20乃至60、よりさらに好ましくは25乃至45であり得る。なお、本明細書において「乃至」で示す数値範囲は上限と下限を含む数値範囲を意味する。
【0071】
<親水性ブロック>
一方、「親水性ブロック」とは、親水性を有する高分子鎖を意味する。ここで親水性ブロックが有する親水性とは、少なくとも、ポリ乳酸を含む疎水性ブロックと比較して相対的に親水性が高いことをいい、より好適には、親水性ブロックと疎水性ブロックとを含む両親媒性高分子が水性媒体中で自己集合又は凝集してミセル状又はベシクル状の微粒子を形成することができる程度の親水性をいう。
【0072】
本発明に用いられ得る両親媒性高分子が含む「親水性ブロック」を構成する具体的な高分子の種類に特段の制限はないが、微粒子の血中滞留性を高め、ひいては、治療対象となる腫瘍部位への微粒子の集積性を高めるという観点からは、タンパク質の吸着性が低い親水性高分子であることが好ましい。このような親水性高分子としては、例えば、ポリサルコシンや他のN置換グリシンの重合体などのポリペプトイド;ポリグルタミン酸、ポリ(ヒドロキシエチル-L-グルタミン)、ポリ(ヒドロキシエチル-L-アスパラギン)、Pro-Ala-Serの繰り返し単位からなるPASポリペプチド、Gly-Ala-Pro-Glu-Ser-Thrの繰り返し単位からXTENポリペプチドなどのポリアミノ酸又はその誘導体;デキストラン、ヒアルロン酸、ポリシアル酸などの多糖類;ホスホベタインポリマー、スルホベタインポリマー、カルボキシベタインポリマーなどの双性イオンポリマー;ポリエチレングリコール、ポリグリセロール、ポリ(2-エチル-2-オキサゾリン)、ポリ(2-メチル-2-オキサゾリン)、ポリビニルピロリドン、ポリ(2-ヒドロキシエチルメタクリレート)などの非荷電性合成高分子が含まれ得る。
【0073】
親水性ブロックを構成する高分子のモノマー単位の数に特段の制限はなく、親水性ブロックが上述した親水性を示すように親水性ブロックを構成する高分子又はモノマーの種類に応じて適宜調整され得るが、例えば、10乃至300、好ましくは20乃至250、より好ましくは30乃至200、さらに好ましくは、40乃至150、よりさらに好ましくは50乃至100であり得る。
【0074】
親水性ブロックは直鎖状でも、分岐状であっても良い。親水性ブロックが分岐を有する場合、その分岐の数に特段の制限はないが好ましくは2乃至3個である。親水性ブロックが分岐状である場合、親水性ブロックを構成するモノマー単位の数は、親水性ブロック全体として、例えば、10乃至300、好ましくは20乃至250、より好ましくは30乃至200、さらに好ましくは、40乃至150、よりさらに好ましくは50乃至100であり得る。
【0075】
<両親媒性高分子>
本発明の一側面に係る剤に用いられ得る両親媒性高分子は、以上説明したとおりの親水性ブロック及び疎水性ブロックを含む高分子である限りにおいて特段の制限はないが、ある好適な一態様において、ポリサルコシンを含む親水性ブロックを有する。ポリサルコシンとは、サルコシン(「N-メチルグリシン」とも言う)が重合してなる高分子を意味する。ポリサルコシンは生体適合性が高く、非特異的なタンパク質の吸着が少ないこと、また、免疫原性が低くABC(Accelerated Blood Clearance)現象を回避し得ることから(K. Son et al., J. Controlled Rel. 2020, 322(10), 209-216)、本発明の一側面に係る剤が含み得る両親媒性高分子の親水性ブロックとして特に好適に用いられ得る。ポリ乳酸を含む疎水性ブロックと、ポリサルコシンを含む親水性ブロックを有する両親媒性高分子は、例えば、ポリサルコシンとポリ乳酸が結合してなるブロック共重合体であるポリサルコシン-ポリ乳酸であり得る。ポリサルコシン-ポリ乳酸は、水性媒体中において自己集合し、直径20 nm~200 nm程度の微粒子を形成することが知られている(M. Akira et al., Chemistry Letters, 2007, 36(10), 1220-1221)。また、ポリサルコシン-ポリ乳酸が形成する微粒子は血中滞留性が高く、肝臓への集積も少ない。これらのことからポリサルコシンとポリ乳酸のブロック共重合体は、本発明の微粒子に含まれ得る両親媒性高分子として特に好適に用いられ得る。なお、ポリサルコシンは直鎖状のものであっても、分岐状のものであっても、その双方を含むものであっても良い。直鎖状のポリサルコシンを含むポリサルコシン-ポリ乳酸としては、例えば、AB型のポリサルコシン-ポリ乳酸ブロックポリマーが含まれる。AB型のポリサルコシン-ポリ乳酸ブロックポリマー及びその合成方法は、例えば、国際公開第WO2009/148121号に開示されている。一方、分岐状のポリサルコシンを含むポリサルコシン-ポリ乳酸としては、例えば、3分岐型のポリサルコシンとポリ乳酸のブロックポリマーであるA3B型のポリサルコシン-ポリ乳酸ブロックポリマーが含まれる。A3B型のポリサルコシン-ポリ乳酸ブロックポリマー及びその合成方法は、例えば、国際公開第WO2012/176885号や、M. S. H. Lim et al., Journal of Pharmaceutical Sciences 2021, 110, 1788-1798及びM. S. H. Lim et al., Life 2021, 11(2), 158に開示されている。A3B型のポリサルコシン-ポリ乳酸ブロックポリマーから形成されるナノ粒子によれば、AB型のポリサルコシン-ポリ乳酸ブロックポリマーから形成されるナノ粒子と比較しても、より一層ABC現象が軽減され得る(Takenaka et al., Drug Delivery System 33-3, 2018; M. S. H. Lim et al., Life 2021, 11(2), 158)。
【0076】
ポリサルコシン-ポリ乳酸ブロック共重合体において、親水性ブロックであるポリサルコシンを構成するサルコシン単位の繰り返し数は、親水性ブロックが全体として上述した親水性を示す限りにおいて特段の制限はないが、例えば、10乃至300、好ましくは20乃至250、より好ましくは30乃至200、さらに好ましくは40乃至150、よりさらに好ましくは50乃至100であり得る。ポリサルコシンが分岐状のポリサルコシンである場合には、親水性ブロック全体としてのサルコシン単位の繰り返し数は、例えば、10乃至300、好ましくは20乃至250、より好ましくは30乃至200、さらに好ましくは40乃至150、よりさらに好ましくは50乃至100であり得る。なお、ポリサルコシンが分岐を有する場合において、その分岐の数に特段の制限はないが、好ましくは2乃至3個である。
【0077】
一方、ポリサルコシン-ポリ乳酸ブロック共重合体の疎水性ブロックであるポリ乳酸を構成する乳酸単位の繰り返し数は、疎水性ブロックが全体として上述した疎水性を示す限りにおいて特段の制限はないが、例えば、10乃至100、好ましくは15乃至80、より好ましくは、15乃至60、さらに好ましくは20乃至50、よりさらに好ましくは25乃至45であり得る。ポリ乳酸が分岐構造を有する場合には、疎水性ブロック全体としての乳酸単位の繰り返し数は、例えば、10乃至400、好ましくは20乃至200であり得る。なお、疎水性ブロックが分岐する場合、疎水性ブロックの分岐の数に特段の制限はないが、両親媒性高分子の自己集合により微粒子を得るという観点からは、親水性ブロックの分岐の数以下とすることが好ましい。
【0078】
親水性ブロックと疎水性ブロックを有する上記両親媒性高分子を含み、さらにホウ素含有化合物及び/又は光増感剤を含有する微粒子は、典型的には、水性媒体中において親水性ブロックと疎水性ブロックを含む両親媒性高分子とホウ素含有化合物及び/又は光増感剤とが自己集合することにより得られ得る。ホウ素含有化合物及び/又は光増感剤は両親媒性高分子に共有結合していてもよいし、両親媒性高分子と非共有結合的に結合していてもよい。このような微粒子の調製方法に特段の制限はないが、例えば、後述するように、疎水性ブロックとしてポリ乳酸を含む両親媒性高分子と、ホウ素含有化合物及び/又は光増感剤とを混合して混合物を得る工程と、前記混合物を水性媒体と接触させる工程を含む、調製方法により調製され得る。
【0079】
また、親水性ブロックと疎水性ブロックを有する両親媒性高分子を含む微粒子の形態に特段の制限はないが、典型的には、高分子ミセル状の微粒子であり得る。なお、高分子ミセル状の微粒子は、典型的には、両親媒性高分子を含んで構成され、親水性ブロックから構成されるシェル、疎水性ブロックから構成されるコアを有するコアシェル型の微粒子であり得る。一方、微粒子の形態はベシクル状の中空微粒子であっても良い。例えば、疎水性ブロックとしてポリ乳酸を有する両親媒性高分子から形成されるベシクル状の中空微粒子は当業者であれば適宜調製し得る(H. Yin et al., Macromolecules 2009, 42(19), 7456-7464; H. Qi et al., Nature Communications 9, Article number: 3005 (2018))。
【0080】
なお、両親媒性高分子を含む高分子ミセル型の微粒子を用いる場合、微粒子の直径は、微粒子を構成する両親媒性高分子の分子量、親水性ブロック及び疎水性ブロックの比率等を調整することにより適宜制御され得るので、極めて有利である。例えば、親水性ブロックとしてポリサルコシンを疎水性ブロックとしてポリ乳酸を含む両親媒性高分子を用いて微粒子を調製する場合には、A3B型のポリサルコシン-ポリ乳酸ブロックポリマーを用いることで、AB型のポリサルコシン-ポリ乳酸ブロックポリマーから形成されるナノ粒子と比較して、より粒径の小さいナノ粒子が調製され得る(M. S. H. Lim et al., Life 2021, 11(2), 158)。
【0081】
また、ある好適な一態様において、本発明に用いられ得る上記微粒子は、ターゲティング分子を含んでいてもよい。ターゲティング分子とは、ターゲティング分子を含む微粒子の標的組織への集積性又は標的細胞への結合性を、ターゲティング分子を含んでいない場合と比較して高めることができる化学物質をいい、典型的には、標的細胞特異的に高発現するタンパク質等の物質に選択的に結合する性質を有する分子である。このようなターゲティング分子に特段の制限はないが、例えば、抗体、低分子抗体バリアント、タンパク質、ペプチド、ペプトイド、核酸、ビタミン、糖(単糖、オリゴ糖、多糖類を含む)、糖鎖などであり得る。なお、ターゲティング分子は標的細胞に存在する特定の物質に選択的に結合する分子であるため、微粒子の表面に存在していることが好ましい。
【0082】
なお、このようにターゲティング分子を粒子表面に有する微粒子は、当業者であれば適宜の手法により調製することができる。例えば、前述した両親媒性高分子が含有する親水性ブロックの末端にターゲティング分子が結合した両親媒性高分子を用いて微粒子を調製することにより得てもよい。一方、両親媒性高分子とホウ素含有化合物及び/又は光増感剤に加えて、更に、ポリ乳酸の末端にターゲティング分子を結合させたポリ乳酸とターゲティング分子の結合物を用いて微粒子を調製することにより、ターゲティング分子を担持する微粒子を調製しても良い。
【0083】
ターゲティング分子の具体例としては、例えば、中皮腫、膵臓腺がん、卵巣がん、肺線がんなどの多種類のがんに高率に発現することが知られているmesothelin(MSLN)に対する低分子抗体バリアント(scFv)(H. Yakushiji et al., Cancer Science. 2019, 110(9), 2722-2733)が好適に用いられ得る。また、ある好適な一態様において、細胞透過性ペプチドを用いても良い。細胞透過性ペプチドは、細胞、特に、ヒト細胞の細胞膜を透過する性質を有するペプチドであり、細胞透過性ペプチドを含む微粒子は、細胞内に効率的に導入され得る。本発明に係る剤に含まれ得る細胞透過性ペプチドの種類に特段の制限はないが、例えば、TATペプチド、ペネトラチン(penetratin)、ポリアルギニン(R9)、トランスポータン(transportan)、Pep-1などが含まれ得るが、これらに限定されない。当業者であれば適宜の細胞透過性ペプチドを用いることができる(D. M. Copolovici et al., ACS Nano 2014, 8(3), 1972-1994; M. M. Khan et al., J. Controlled Rel. 2021, 330(10), 1220-1228)。このように細胞透過性ペプチドを含む微粒子は、例えば、前述した両親媒性高分子が含有する親水性ブロックの末端に細胞透過性ペプチドが結合した両親媒性高分子を用いて微粒子を調製することにより得ることができる。また、両親媒性高分子とホウ素含有化合物及び/又は光増感剤に加えて、更に、ポリ乳酸の末端に細胞透過性ペプチドを結合させたポリ乳酸と細胞透過性ペプチドの結合物を用いて微粒子を調製することにより、細胞透過性ペプチドを担持する微粒子を調製しても良い。細胞透過性ペプチドを担持する微粒子の調製方法については、例えば、M. S. H. Lim et al., Journal of Pharmaceutical Sciences 2021, 110, 1788-1798やM. S. H. Lim et al., Life 2021, 11(2), 158に記載されている。
【0084】
本発明の一側面に係る剤におけるホウ素担持量に特段の制限はないが、本発明の一側面に係る剤が安定に存在し得る限りにおいて、ホウ素担持量は多いほうが好ましい。本発明の一側面に係る剤が含有する上記担体が両親媒性高分子を含む微粒子である場合、両親媒性高分子とホウ素含有化合物との比率に特段の制限はないが、例えば、(A)ホウ素含有化合物が含むホウ素と(B)両親媒性高分子のモル比(A/B)は、0.1乃至30.0、0.2乃至15.0、0.3乃至12.0、0.5乃至8.0、0.5乃至5.0又は0.6乃至3.5であり得る。
【0085】
<医薬組成物>
本発明に係る医薬組成物は以上説明したとおりの剤又は放射線増感剤を含むものである。治療対象となる疾患に特段の制限はないが、特に、がんを治療するため、より好適にはホウ素中性子捕捉療法及び/又は光線力学療法によりがんを治療するために好適に用いられ得る。なお、本明細書において、がんの「治療」には、がんを根治することのみならず、がんを縮小させること、がんの症状を緩和乃至改善すること、及び、がんの進行を遅延させることが含まれる。また、上記医薬組成物が投与され得る対象としては、ヒト及びヒトを除く動物が含まれる。
【0086】
本発明に係る医薬組成物が用いられ得るがんの種類に特段の制限はないが、例えば、脳腫瘍(髄膜腫、神経膠腫、下垂体腫瘍、聴神経腫瘍、多型性膠芽腫など)、悪性黒色腫、頭頸部癌、肺癌、肝臓癌、甲状腺癌、腎臓癌、前立腺癌、乳癌、膵臓癌、大腸癌、膀胱癌、髄膜腫、中皮腫、肉腫、胃癌、卵巣癌、子宮癌、子宮頸癌、咽頭癌、喉頭癌、骨癌などを含む固形癌や血液がんが含まれ得る。なお、ホウ素中性子捕捉療法は、癌細胞と正常細胞が混在している悪性度の高い脳腫瘍などの頭頸部癌や、悪性黒色腫の治療に効果的であることが知られていることから、本発明に係る医薬組成物は、頭頸部癌や、悪性黒色腫の治療に特に好適に用いられ得る。
【0087】
本発明に係る医薬組成物の投与方法に特段の制限はなく、適用対象に応じて適宜の投与方法を選択すれば良い。例えば、経口投与、舌下投与、静脈内投与、動脈内投与、腹腔内投与、筋肉内投与、皮下投与、腫瘍内投与を含む局所投与、点滴投与等が例示されるが、これらに限定されない。
【0088】
本発明に係る医薬組成物の剤形は特に限定されず、適用対象や投与方法に応じて適宜の剤形とすればよい。例えば、注射剤、錠剤、散剤、顆粒剤、液剤、シロップ剤、カプセル剤などの剤形とすることができるが、これらに限定されない。また、用時調製型の製剤としてもよい。本発明に係る医薬組成物は、その剤形や投与方法に応じて、さらに、薬学的に許容される賦形剤、結合剤、崩壊剤、潤滑剤、被覆剤、溶媒、緩衝剤、防腐剤、キレート剤、酸化防止剤、等張化剤、安定化剤等を含んでいてもよいことは言うまでもない。
【0089】
本発明に係る医薬組成物に含まれ得る賦形剤としては、例えば、乳糖、マンニトール、結晶セルロース、コーンスターチなどが含まれ得るが、これらに限定されない。結合剤としては、結晶セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドンなどが含まれ得るが、これらに限定されない。崩壊剤としては、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、クロスカルメロースなどが含まれ得るが、これらに限定されない。潤滑剤としては、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、カルナウバロウなどが含まれ得るが、これらに限定されない。被覆剤としては、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリエチレングリコール、タルク、酸化チタン、酸化鉄などが含まれ得るが、これらに限定されない。溶媒としては、例えば、水、エタノール、プロピレングリコール、グリセリン、植物油などが含まれ得るが、これらに限定されない。緩衝剤としては、例えば、リン酸緩衝剤、ホウ酸緩衝剤、クエン酸緩衝剤、酒石酸緩衝剤、酢酸緩衝剤、アミノ酸などが含まれ得るが、これらに限定されない。防腐剤としては、例えば、塩化ベンザルコニウムなどの第四級アンモニウム塩、パラオキシ安息香酸メチルなどのパラオキシ安息香酸エステル、ベンジルアルコール、ソルビン酸およびその塩、チメロサール、パラベン、塩化セチルピリジニウム、カテキンなどが含まれ得るが、これらに限定されない。キレート剤としては、例えば、エデト酸ナトリウム、クエン酸などが含まれ得るが、これらに限定されない。酸化防止剤としては、例えば、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、ピロ亜硫酸ナトリウム、アスコルビン酸、アスコルビン酸グリコシドなどが含まれ得るが、これらに限定されない。等張化剤としては、例えば、ブドウ糖や食塩が含まれ得るが、これらに限定されない。安定化剤としては、例えば、エデト酸ナトリウム、クエン酸、アスコルビン酸、塩化ナトリウム、ポリオール、ポリソルベートなどが含まれ得るが、これらに限定されない。また、本発明に係る医薬品は、その他の医薬品に配合される1種又は2種以上の有効成分、例えば、抗がん剤、siRNAやmRNAなどの核酸を含んでいても良い。核酸などの物質を担持する微粒子の調製方法については、例えば、M. S. H. Lim et al., Journal of Pharmaceutical Sciences 2021, 110, 1788-179に記載されている。核酸を担持する微粒子は、中性子線を照射することによるがんの治療のために限られず、RNA干渉(RNAi)によるがんの治療のために有効に用いられ得る。
【0090】
本発明の一側面に係る上記剤、放射線増感剤、又は医薬組成物を用いて、がんの治療を行う場合には、これらを投与した対象に放射線を照射すればよい。すなわち、本発明はある一側面において、本発明の一側面に係る上記剤、放射線増感剤、又は医薬組成物を対象に投与する工程、及び、前記対象に放射線を照射する工程を含む、がんの治療方法をも提供するものである。
【0091】
本発明の一側面に係る上記治療方法において、対象に投与される上記剤又は医薬組成物が光増感剤を含む場合には、これらを投与した対象に照射される放射線は、生体においてチェレンコフ光を生じ得る放射線であることが好ましい。このような放射線は、例えば、陽子、電子、及び/又は中性子を含む放射線であってもよい。これらの放射線を照射することにより光増感剤が励起され、光線力学療法による治療効果を得ることができる。
【0092】
一方、本発明の一側面に係る上記治療方法において、対象に投与される上記剤又は医薬組成物がホウ素含有化合物を含む場合には、少なくとも中性子を含む放射線を用いることが好ましい。少なくとも中性子を含む放射線を用いることにより、前記ホウ素含有化合物と中性子の核反応を利用してがんに損傷を与えることができ、ホウ素中性子捕捉療法による治療効果を得ることができる。
【0093】
そして、本発明の一側面に係る上記治療方法において、対象に投与される上記剤又は医薬組成物が、ホウ素含有化合物、及び、光増感剤の双方を含む場合には、当該剤又は医薬組成物を投与した対象に少なくとも中性子を含む放射線を照射することにより、前記光増感剤を励起してがんに損傷を与えるとともに、前記ホウ素含有化合物と中性子の核反応を利用してがんに損傷を与えることができる。ホウ素含有化合物と中性子の核反応に基づくホウ素中性子捕捉療法の治療効果と、光増感剤による光線力学療法の治療効果の双方による相乗的ながんの治療効果を奏し得る本発明の一側面に係る上記治療方法は、放射線を利用したがんの治療の方法として極めて有利に用いられ得る。なお、照射される放射線は少なくとも中性子を含むものであれば良いが、他の放射性粒子、例えば、陽子(α線)や電子(β線)を含んでいても良いし、γ線を含んでいても良い。放射線に陽子(α線)や電子(β線)などの荷電性粒子やγ線などの電磁波が含まれる場合には、より効率的にチェレンコフ光を発生させ、光増感剤を励起し得る。
【0094】
本発明の一側面に係る上記治療方法に用いられ得る放射線の照射方法や線源に特段の制限はない。放射線の線源は、原子炉であってもよいし、サイクロトロン、線形加速器、静電加速器などの加速器であってもよい。また、複数の放射線源を組み合わせて用いてもよい。一方、放射線の照射回数は1回であっても複数回であってもよい。、治療対象となる腫瘍疾患の部位や状態に応じて、或いは、対象者の年齢、性別、治療期間などを勘案し、医療従事者が適宜の回数を選択すればよい。1回当たりの放射線の照射時間にも特段の制限はない。
【0095】
放射線の照射は、本発明の一側面に係る上記剤、放射線増感剤、又は医薬組成物が治療されるべき部位に到達した後に行うことが好ましい。例えば、上記剤、放射線増感剤、又は医薬組成物を投与して、所定の時間が経過した後に行うことができる。しかしながら、本発明の一側面に係る上記剤、放射線増感剤、又は医薬組成物は、必ずしも放射線の照射に先立って投与される必要はなく、放射線の照射中に投与してもよい。
【0096】
なお、本発明の一側面に係る上記剤、放射線増感剤、又は医薬組成物を利用したがんの治療は、単独の治療として行われてもよいし、外科手術及び/又は化学療法と併用してもよい。
【0097】
<放射線照射装置>
また、本発明はある一側面において、放射線を照射するための放射線源を備える放射線照射装置であって、以上に説明した本発明の一側面に係る剤、放射線増感剤、又はこれらを含有する医薬組成物を投与した対象に前記放射線を照射してがんを治療するために用いられる放射線照射装置をも提供するものである。このような放射線照射装置は、加速器型の放射線照射装置であり得る。
【0098】
<微粒子の製造方法>
本発明の一側面に係る微粒子の製造方法は、両親媒性高分子と、ホウ素含有化合物及び/又は光増感剤とを混合して混合物を得る工程と、前記混合物を水性媒体と接触させる工程を含む、微粒子の製造方法である。両親媒性高分子は、水性媒体と接触すると自己集合により微粒子を形成する性質を有する。ホウ素含有化合物及び光増感剤が疎水性の分子である場合、両親媒性高分子とホウ素含有化合物及び光増感剤との混合物を水性溶媒と接触させることにより、両親媒性高分子が形成する微粒子にホウ素含有化合物及び光増感剤が内包され得る。疎水性のホウ素含有化合物及び光増感剤としては、上述したホウ素含有化合物及び光増感剤を用いることができる。
【0099】
以上の工程を含む微粒子の製造方法としては、例えば、フィルム法やインジェクション法が含まれ得る(国際公開第WO2012/176885号)。ここで、フィルム法とは、後述する実験例に示されるとおり、両親媒性高分子とホウ素含有化合物とを有機溶媒中に含む溶液を乾燥させて得られるフィルム状の混合物と水性媒体とを接触させ、当該水性媒体中に微粒子が分散した分散液を得る方法であり、より具体的には、
(a1)両親媒性高分子とホウ素含有化合物及び/又は光増感剤とを有機溶媒中に含む混合液を用意する工程;
(a2)前記混合液から前記有機溶媒を除去し、前記両親媒性高分子と前記ホウ素含有化合物及び/又は光増感剤とを含むフィルムを得る工程;及び
(a3)前記フィルムに水性媒体を加える工程;
を含む方法であり得る。上記の工程(a1)、(a2)、(a3)は、通常、この順に行われる。
【0100】
上記(a1)の工程において用いられる有機溶媒は両親媒性高分子とホウ素含有化合物及び/又は光増感剤を溶解させることができる限りにおいて特段の制限はないが、例えば、クロロホルム、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等が好適に用いられ得る。上記(a2)の工程において有機溶媒を除去する方法に特段の制限はなく、使用する有機溶媒に応じて、当業者であれば適宜の方法を採用することができる。例えば、減圧乾燥による溶媒除去を行ってもよいし、自然乾燥による溶媒除去を行ってもよい。一方、上記(a3)の工程において用いられる水性媒体は、水又は水を主成分とする溶媒である限りにおいて特段の制限はないが、例えば、注射用蒸留水、生理食塩水、緩衝液(例えば、PBS)等が好適に用いられ得る。
【0101】
本発明の一側面に係る微粒子の製造方法は、ある好適な一態様において、上記(a3)の工程の後、前記フィルムと水性媒体の混合物を撹拌乃至超音波処理する工程を更に含んでいても良い。
【0102】
一方、インジェクション法とは、両親媒性高分子とホウ素含有化合物及び/又は光増感剤とを有機溶媒中に含む溶液を水性媒体に分散させ、当該水性媒体中に微粒子が分散した分散液を得る方法であり、より具体的には、
(b1)両親媒性高分子とホウ素含有化合物及び/又は光増感剤とを有機溶媒中に含む混合液を用意する工程;
(b2)前記混合液を水性媒体中に分散させる工程;及び
(b3)前記有機溶媒を除去する工程;
を含む方法であり得る。上記の工程(b1)、(b2)、(b3)は、通常、この順に行われる。
【0103】
上記(b1)の工程において用いられる有機溶媒は両親媒性高分子とホウ素含有化合物及び/又は光増感剤を溶解させることができる限りにおいて特段の制限はないが、例えば、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等が好適に用いられ得る。
【0104】
一方、上記(b2)の工程は、両親媒性高分子とホウ素含有化合物及び/又は光増感剤とを有機溶媒中に含む混合液を、水性媒体中に注入、混合し、両親媒性高分子とホウ素含有化合物及び/又は光増感剤とを含む微粒子が分散した分散液を得る工程である。ここで、本工程において用いられる水性媒体は、水又は水を主成分とする溶媒である限りにおいて特段の制限はないが、例えば、注射用蒸留水、生理食塩水、緩衝液(例えば、PBS)等が好適に用いられ得る。また、両親媒性高分子とホウ素含有化合物及び/又は光増感剤とを有機溶媒中に含む混合液を、水性媒体中に分散させる方法に特段の制限はなく、例えば、撹拌機により行うことができる。また、上記(b3)の工程において、有機溶媒を含む水性媒体から、当該有機溶媒を除去する方法に特段の制限はなく、当業者であれば適宜の方法を採用し得る。例えば、減圧環境下で有機溶媒を除去しても良い。
【0105】
また、上記の製造方法は、ある好適な一態様において、上記の(b3)の工程の前又は後に適宜の精製処理工程を更に含んでいても良い。精製方法としては、例えば、ゲルろ過クロマトグラフィー、フィルター処理、超遠心等の方法が用いられ得るが、これらに限定されない。また、必要に応じて、これらの精製方法を組み合わせて行っても良い。
【0106】
なお、上記式(I)で表されるホウ素含有化合物であって、置換基Rの炭素原子数が3以上であるホウ素含有化合物は、主として、ポリ乳酸から構成される疎水性コアを安定化することにより、微粒子の安定化作用を奏するものである。したがって、上記式(I)で表されるホウ素含有化合物であって、置換基Rの炭素原子数が3以上であるホウ素含有化合物によれば、両親媒性高分子に限られず、広くポリ乳酸を含む高分子から形成される微粒子の安定化作用が期待される。すなわち、本発明の一側面に係る微粒子の製造方法は、ある好適な一態様において、ポリ乳酸を含む高分子と、前記式(I)で表されるホウ素含有化合物であって、置換基Rの炭素原子数が3以上であるホウ素含有化合物とを混合して混合物を得る工程と、前記混合物を水性媒体と接触させる工程を含む、微粒子の製造方法であり得る。
【0107】
また、同様の観点から、本発明は、ある一側面において、上記式(I)で表されるホウ素含有化合物であって、置換基Rの炭素原子数が3以上であるホウ素含有化合物を有効成分とする、ポリ乳酸を含む微粒子の安定化剤をも提供するものである。以上説明したとおり、上記式(I)で表され、置換基Rの炭素原子数が3以上であるホウ素含有化合物によれば、ポリ乳酸を含む高分子から形成される微粒子の安定化作用が期待されるので、上記式(I)で表され、置換基Rの炭素原子数が3以上であるホウ素含有化合物はポリ乳酸を含む微粒子の安定化剤として好適に用いられ得る。なお、ポリ乳酸を含む微粒子の安定化剤とは、当該安定化剤を含まない微粒子と比較して、水性媒体中での微粒子の安定性を向上させる剤、又は、水性媒体中での微粒子の崩壊を遅延させる剤であり得る。微粒子の水性媒体中での安定性又は崩壊は、当業者であれば、例えば、動的光散乱法により微粒子の粒子径変化を経時的に観察することにより評価することができる。
【0108】
本明細書において引用されたすべての文献の開示内容は、全体として明細書に参照により組み込まれる。また、本明細書が英語に翻訳された場合において、単数形の「a」、「an」、および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数のものを含むものとする。
【0109】
以下、実験例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、これらの実験例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0110】
<試薬>
以下に述べる実験には、特に断りがない限り、次の試薬を使用した。ポリサルコシンとポリ(L-乳酸)のAB型のブロックポリマー(PSar106-block-PLLA32)(重量平均分子量:10,001 Da)は神戸天然物化学株式会社(Kobe, Japan)から購入した。o-カルボラン、m-カルボラン、p-カルボラン、1,2-ジメチル-o-カルボラン、1,2-ジへキシル-o-カルボラン、1,2-ジドデシル-o-カルボランはKatchem, Ltd.(Prague, Czech Republic)から購入した。10B-BPAはInterpharma Praha, a.s.(IPP)(Prague, Czech Republic)から購入した。RPMI-1640培地、ダルベッコリン酸緩衝溶液(DPBS)、クリスタルバイオレット、クロロホルム、過酸化水素(H2O2)、過塩素酸(HClO4)、及び硝酸(HNO3)は、富士フィルム和光純薬株式会社(Osaka, Japan)から購入した。ウシ胎児血清(FBS)はSigma-Aldrich, Co., Ltd. (St. Louis, MO, USA)から購入した。Corning(登録商標) Matrigel(登録商標) MatrixはCorning (Arizona, USA)から購入した。ほう素標準液、ペニシリン-ストレプトマイシン混合溶液、2.5g/L-トリプシン/1mmol/L-EDTA溶液はナカライテスク株式会社(Kyoto, Japan)から購入した。
【0111】
また、以下の実験例において、L-BPAは、Coderre, et al(Coderre, J.A.; Button, T.M.; Micca, P.L.; Fisher, C.D.; Nawrocky, M.M.; Liu, H.B. Neutron capture therapy of the 9l rat gliosarcoma using the P-boronophenylalanine-fructose complex, Int. J. Radiat. Oncol. Biol. Phys. 1994 30 (3), 643-652.)に記載の方法にて、フルクトースとの複合体(BPA-F)に調製して用いた。その手順を簡潔に示すと次のとおりである:L-BPA(Interpharma Praha, A.s.(IPP), Prague, Czech Republic)を90mg/mL及びフルクトースを75mg/mLの濃度で含む溶液を緩やかに撹拌しつつ、5.0M NaOHを加え、pHを9.5-10.0に調整し、2-3分間撹拌した。その後、HClを加え、pHを7.4に調整した。溶液は、孔径0.22 μmのシリンジフィルターを通してから後述する実験に用いた。
【0112】
<実験1. カルボランを担持するポリサルコシン-ポリ乳酸ナノ粒子(PSAR-PLLAナノ粒子>
ホウ素含有化合物としてカルボランを担持するナノ粒子を調製した。ナノ粒子を調製するための両親媒性高分子としては、親水性ブロックとしてポリサルコシン、疎水性ブロックとしてポリ(L-乳酸)を有するポリサルコシン-ポリ(L-乳酸)ブロックポリマー(PSAR-PLLA)、より具体的には、ポリサルコシンとポリ(L-乳酸)のAB型のポリサルコシン-ポリ(L-乳酸)ブロックポリマー(PSar106-block-PLLA32)(重量平均分子量:10,001 Da)(神戸天然物化学株式会社製)を用いた。なお、以下の実験例においては、上記のAB型のポリサルコシン-ポリ(L-乳酸)ブロックポリマーを「PSAR-PLLAポリマー」、当該ブロックポリマーを用いて調製されるナノ粒子を「ポリサルコシン-ポリ乳酸ナノ粒子」(PSAR-PLLAナノ粒子)ということがある。カルボランとしては、o-カルボラン、m-カルボラン、及びp-カルボラン(Katchem, Ltd., Prague, Czech Republic)の3つの異性体を用いた。本実験に用いたPSar106-block-PLLA32とo-カルボラン、m-カルボラン、及びp-カルボランの構造を図1に示す。
【0113】
<実験1-1. PSAR-PLLAナノ粒子の調製>
o-カルボラン、m-カルボラン、及びp-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子はフィルム法にて調製した。すなわち、1 μmolのPSAR-PLLAポリマー(PSar106-block-PLLA32)を1.0 mLのクロロホルムに溶解し、PSAR-PLLAポリマーを含む溶液を得た。一方、10 μmolのカルボラン(o-カルボラン、m-カルボラン、又はp-カルボラン)を100 μLのクロロホルム中に溶解し、カルボランを含む溶液を得た。PSAR-PLLAポリマーを含む溶液1 mLと、カルボランを含む溶液100 μLを、試験管に加え、混合し、エバポレーションにより有機溶媒を除去することにより、PSAR-PLLAポリマーとカルボランを含むフィルムを得た。得られたフィルムを含む試験管に2.0 mLのPBS(リン酸緩衝生理食塩水)を加え、バス型超音波装置を用いて20分間超音波処理した。超音波処理の後、PD-10カラム(GE Healthcare社)を用いて、PSAR-PLLAナノ粒子を含む溶離液を回収した。PSAR-PLLAナノ粒子を含む溶離液は、孔径0.22 μmのシリンジフィルターを通してから後述する実験に用いた。なお、比較対象として、カルボランを含む溶液を使用しなかった以外は、以上の手順と同様にして、カルボランを担持していないPSAR-PLLAナノ粒子を調製した。
【0114】
<実験1-2. PSAR-PLLAナノ粒子の評価>
粒子径分布及び多分散度
得られたPSAR-PLLAナノ粒子の粒径及び多分散度(PDI)は、Zetasizer Nano ZSP(Malvern社、Malvern、United Kingdom)を用いて動的光散乱法により測定した。
ホウ素担持量及びホウ素担持率
PSAR-PLLAナノ粒子のホウ素担持量は、ICP発光分光分析装置(株式会社島津製作所製)を用いて、発光分光分析法(Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectroscopy:ICP-AES)法により測定した。また、ICP-AES法により測定されたホウ素担持量に基づき、PSAR-PLLAナノ粒子のホウ素担持率(DLC(%))を、次の式に従って計算した。なお、以下の式において「weight of loaded drug」は、ICP-AES法により求められたホウ素担持量であり、「weight of nanoparticles」はPSAR-PLLAナノ粒子の調製に用いたPSAR-PLLAポリマーの質量である。
【0115】
【数1】
【0116】
3種類のカルボラン異性体(すなわち、o-カルボラン、m-カルボラン、p-カルボラン)を担持するPSAR-PLLAナノ粒子のホウ素担持量(Loaded B)、ホウ素担持率(DLC(%))、及び、PSAR-PLLAナノ粒子におけるホウ素とPSAR-PLLAポリマーの比率(B/PSAR-PLLA Ratio)を表1に示す。
【0117】
【表1】
【0118】
表1に示されるとおり、o-カルボラン、m-カルボラン又はp-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子におけるホウ素担持率(DLC(%))は、それぞれ13.0%、3.49%、1.80%であり、いずれのカルボランもPSAR-PLLAナノ粒子に担持されることが確認された。特に、3種のカルボラン異性体のうちo-カルボランを用いた場合のホウ素担持率は13.0%であり、m-カルボラン又はp-カルボランを用いた場合のホウ素担持率と比較して顕著に大きかった。3種のカルボラン異性体を用いた場合のホウ素担持率はo-カルボラン>m-カルボラン>p-カルボランの順に大きく、この順はカルボラン異性体の疎水性の強さの順(o-カルボラン>m-カルボラン>p-カルボラン)と一致した。この結果は、3種のカルボラン異性体は、主として、疎水性相互作用を介してPSAR-PLLAナノ粒子の疎水性コアに担持されていることを示唆するものである。
【0119】
一方、3種類のカルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子の粒径及び多分散度を動的光散乱法により測定した結果を表2に示す。なお、表2には、比較対象として、カルボランを担持していないPSAR-PLLAナノ粒子の粒径及び多分散度を併せて示した。
【0120】
【表2】
【0121】
表2に示されるとおり、o-カルボラン、m-カルボラン、又はp-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子は、いずれも粒径が60 nm~72 nm程度、PDIは0.20程度であり、カルボランを担持していないPSAR-PLLAナノ粒子と同等の粒径及びPDIを有するナノ粒子であった。中でも、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子は、多分散度が最も小さく、極めて単分散な粒径分布を有していた。o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子及びカルボランを担持していないPSAR-PLLAナノ粒子について動的光散乱により得られる粒径分布のヒストグラムを図2に示す。図2に示されるとおり、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子は、カルボランを担持していないPSAR-PLLAナノ粒子と同様に極めて単分散である。さらに、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を透過型電子顕微鏡にて確認したところ、動的光散乱法により示される結果に対応する粒径分布を有するナノ粒子が確認された(図2)。
【0122】
<実験1-3. 細胞内取り込み挙動の評価>
実験1-1で調製したo-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子による細胞内ホウ素濃度の上昇効果について検討するため、PSAR-PLLAナノ粒子の細胞内取り込み挙動を評価した。なお、本実験においては、BNCT用のホウ素薬剤として従来使用されているL-BPAを比較対象として用いた。
【0123】
実験手順の概要を図3(a)に示す。詳細には、マウス乳がん細胞4T1(ATCC, Rockville, Maryland, USA)を0.5×105 個/mLの濃度で細胞培養培地中に含む細胞懸濁液を、6 wellのマイクロプレートに各wellあたり1 mLずつ播種し、常法にしたがって、5% CO2、37℃の環境下で24時間インキュベートした。次に、実験1-1で調製したo-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子又はL-BPAを、細胞培養培地中のホウ素濃度が2 mMとなるように細胞培養培地に加え、2、4又は6時間インキュベートした。所定時間のインキュベート後、常法にしたがって、PBSを用いて細胞を3回洗浄した後、トリプシン処理にて細胞を回収した。得られた回収液を1,800 rpmで5分間遠心し、上澄みを除去して、ペレットを得た。得られたペレットは、60%の硝酸(1 mL)で一晩、常温で処理した。その後、孔径0.45μmのシリンジフィルターを通してフィルター濾過し、得られた濾液に純水を加え、総量を10 mLとした。このようにして得られた溶液をICP-AESに供し、溶液中のホウ素含有量を測定した。得られたホウ素含有量に基づいて、一細胞あたりのホウ素原子数を求めた。なお、以上の実験において、細胞培養培地としては、10%(v/v)のFBS及び1%(v/v)のペニシリン-ストレプトマイシン液を含むRPMI-1640培地を用いた。得られた結果を図3(b)に示す。図3(b)においては、各サンプルについて独立した3回の試験から得られた値の平均値±標準誤差(SEM)を示した。
【0124】
図3(b)に示すとおり、いずれのインキュベーション時間においても、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子と接触させた4T1細胞においては、L-BPAと接触させた4T1細胞と比較して、一細胞当たりのホウ素原子数が大きかった。インキュベーション時間が短いほど両者の差は顕著であり、特に、2時間のインキュベーション後においては、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子と接触させた4T1細胞における一細胞当たりのホウ素原子数は13.2×109 個/cellであり、同じホウ素濃度のL-BPAと2時間接触させた4T1細胞における一細胞当たりのホウ素原子数(4.6×109 個/cell)と比較して、約3倍程度も多かった。この結果は、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子は、L-BPAを用いた場合と比較して、がん細胞内のホウ素濃度を効率的に高め得ることを示しており、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子がホウ素中性子捕捉療法のためのホウ素薬剤として有用であり得ることが示唆される。
【0125】
<実験1-4. o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子の安定性評価>
o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子について、その生理条件下での安定性を検討するため、PSAR-PLLAナノ粒子をPBS中でインキュベートした際のPSAR-PLLAナノ粒子からのo-カルボランの放出を経時的に評価した。
【0126】
PSAR-PLLAナノ粒子からのo-カルボランの放出は透析法により評価した。すなわち、実験1-1に記載の手順に準じて調製したo-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を含む溶液2 mLを、透析チューブ(商品名「セルロースチューブ 20/32」、分画分子量:12,000~14,0000、ナカライテスク株式会社販売)に加え、透析チューブを閉じ、透析チューブを37℃又は4℃の300 mLのPBS(リン酸緩衝生理食塩水)中に浸漬した。0、1、3、6、12及び24時間の透析の後、透析チューブ外の水溶液から2 mLを除去し、代わりに2 mLのPBSを加えた。除去した透析チューブ外の水溶液に含まれるホウ素原子量をICP-AES法により測定し、測定されたホウ素原子量に基づいて、透析チューブ外の水溶液に含まれるo-カルボランの含量を求め、PSAR-PLLAナノ粒子からの放出量とした。
【0127】
得られた結果を図4に示す。図4に示されるとおり、生理食塩水中でo-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子をインキュベートすると、PSAR-PLLAナノ粒子からは比較的速やかにo-カルボランが放出されることが明らかとなった。この結果は、高分子ミセルに物理的に封入された疎水性化合物は、生理条件下において比較的速やかに漏出するという当技術分野における知見と一致するものである。一方、PSAR-PLLAナノ粒子からのo-カルボランの放出は4℃のPBS中よりも37℃のPBS中でより顕著であった。
【0128】
o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子の生理条件下での安定性について更に詳細に検討するため、o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を生理食塩水中でインキュベートした後のPSAR-PLLAナノ粒子の粒径及び多分散度を動的光散乱法により評価した。具体的には、上記実験において、24時間の透析の後、透析チューブ内に残った水溶液を適宜希釈して、動的光散乱法による粒径及び多分散度の測定に供した。なお、比較検討のため、カルボランを担持していないPSAR-PLLAナノ粒子、及び、o-カルボランに代えてm-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を用いて上記実験と同様の手順にて透析を行い、24時間の透析の後、透析チューブ内に残った水溶液を適宜希釈して、動的光散乱法による粒径及び多分散度の測定を行った。
【0129】
得られた結果を図5に示す。図5(b)に示されるとおり、37℃、24時間の透析後において、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子の粒径は顕著に増加するとともに、多分散度も顕著に増加した。この結果は、生体温度である37℃においては、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子が次第に不安定化し、その構造が徐々に崩壊していることを示している。一方、o-カルボランを担持していないPSAR-PLLAナノ粒子そのものの粒径及び多分散度の測定結果を図5(a)に示す。図5(a)に示されるとおり、o-カルボランを担持していないPSAR-PLLAナノ粒子についても、37℃、24時間の透析後において粒径と多分散度の増加が観察された。
【0130】
以上のとおり、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子は、PSAR-PLLAナノ粒子同様に、37℃においては次第に不安定化することが示された。図4に示されるo-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子からのo-カルボランの放出には、PSAR-PLLAナノ粒子に物理的に封入された疎水性化合物の漏出に加え、キャリアであるPSAR-PLLAナノ粒子自体の不安定化が関与しているものと推察される。ここで、PSAR-PLLAナノ粒子が有するポリ乳酸はカルボニル基(-C(=O)-)を有しているところ、カルボニル基は、o-カルボラン分子内のオルト位の2つの炭素原子(C)の近傍に存在するホウ素原子(B)に対して求核反応を起こすことが知られている(Ohta, K, et al. Journal of Synthetic Organic Chemistry, Japan. 2007;65(4):320-33)。このようなカルボランとポリ乳酸の相互作用は、PSAR-PLLAナノ粒子の疎水コアを構成するポリ(L-乳酸)のα-ヘリックス間相互作用に干渉しPSAR-PLLAナノ粒子を不安定化し得る。また、o-カルボラン分子の部分分解と極性化をもたらし得ることから、o-カルボランのPSAR-PLLAナノ粒子からの放出に関与するものと考えられる。
【0131】
なお、o-カルボランに代えてm-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子においては、37℃、24時間の透析後において、一層顕著な粒径の増加と多分散度の増加が観察された(図5(c))。表1に示されるとおり、m-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子は、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子と比べて、カルボランの担持量は少ない。それにもかかわらず、より顕著な粒径の増加と多分散度の増加が観察されたことから、m-カルボランはPSAR-PLLAナノ粒子を不安定化する作用がo-カルボランと比較して強いことが示唆される。
【0132】
<実験2. o-カルボラン誘導体を担持するPSAR-PLLAナノ粒子>
実験1により、o-カルボラン、m-カルボラン、p-カルボランの3種のカルボラン異性体のうち、o-カルボランが最も効率的にPSAR-PLLAナノ粒子に担持され、また、PSAR-PLLAナノ粒子の安定性という点においても有利であり得ることが示された。そこで、さらにPSAR-PLLAナノ粒子の安定性を高め、より優れた細胞内へのホウ素送達を可能とすべく、o-カルボラン及びその誘導体に着目して、o-カルボランのオルト位の2つの炭素に所定の炭素鎖長を有するアルキル基を導入したo-カルボラン誘導体を担持するPSAR-PLLAナノ粒子を調製し、その物性を評価した。
【0133】
ナノ粒子を形成するための両親媒性高分子としては、実験1と同じく、ポリサルコシン-ポリ乳酸のブロック共重合体(PSar106-block-PLLA32)(重量平均分子量:10,001 Da;神戸天然物化学株式会社製)を用いた。一方、o-カルボラン誘導体としては、1,2-ジメチル-o-カルボラン、1,2-ジへキシル-o-カルボラン、1,2-ジドデシル-o-カルボラン(Katchem, Ltd., Prague, Czech Republic)を用いた。本実験に用いたカルボラン誘導体の構造を図6に示す。
【0134】
<実験2-1. PSAR-PLLAナノ粒子の調製及びその特性評価>
PSAR-PLLAナノ粒子の調製は、カルボランに代えて上述のo-カルボラン誘導体を用いた以外は実験1-1と同様の手順にて行った。得られたPSAR-PLLAナノ粒子について、実験1と同様の手順にて、粒径及び多分散度を動的光散乱法により測定した。また、ホウ素担持量をICP-AES法により測定し、得られたホウ素担持量に基づき、ホウ素担持率(DLC(%))を求めた。得られた結果を表3に示す。
【0135】
【表3】
【0136】
表3に示されるとおり、1,2-ジメチル-o-カルボラン、1,2-ジへキシル-o-カルボラン、又は1,2-ジドデシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子におけるホウ素担持率(DLC(%))は、それぞれ1.30%、2.86%、0.61%であり、いずれのカルボラン誘導体もPSAR-PLLAナノ粒子に担持されることが確認された。ホウ素担持率(DLC(%))は、C1のアルキル鎖を有する1,2-ジメチル-o-カルボランと比較して、炭素数が大きいアルキル鎖、すなわち、C6のアルキル鎖を有する1,2-ジへキシル-o-カルボランの方が約2倍程度大きかった。しかしながら、アルキル鎖の炭素数が大きいほどホウ素担持率が上昇するというわけではなく、更に炭素数が大きいC12のアルキル鎖を有する1,2-ジドデシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子のホウ素担持率は、C6のアルキル鎖を有する1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子のホウ素担持率の1/4~1/5程度にとどまった。o-カルボラン誘導体は、o-カルボランと同様、主として、PSAR-PLLAナノ粒子の疎水性コアを構成するポリ乳酸との疎水性相互作用によりPSAR-PLLAナノ粒子に物理的に内包されていると推察されることに鑑みれば、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子のホウ素担持率が最も大きいという知見は全く意外なものであった。1,2-ジへキシル-o-カルボランはC6のアルキル鎖によりポリ乳酸と強く相互作用できる一方、さらに炭素数が大きく、疎水性が強いC12のアルキル基を有する1,2-ジドデシル-o-カルボランでは、1,2-ジドデシル-o-カルボラン同士での疎水性相互作用による凝集体の形成が顕著に起こり、PSAR-PLLAナノ粒子との相互作用が効率的に起こらないためではないかと推察される。
【0137】
一方、3種類のo-カルボラン誘導体を担持するPSAR-PLLAナノ粒子について、動的光散乱法により測定された粒径及び多分散度を表4に、粒径分布のヒストグラムを図7(a)~(c)に示す。なお、表4には、比較対象として、カルボランを担持していないPSAR-PLLAナノ粒子の粒径及び多分散度を併せて示した。また、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を透過型電子顕微鏡により撮影した写真を図7(d)に示す。
【0138】
【表4】
【0139】
表4及び図7(a)~(c)に示されるとおり、1,2-ジメチル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子の粒径は63.7 nm、PDIは0.23であり、カルボランを担持していないPSAR-PLLAナノ粒子と同等の粒径及びPDIを有するナノ粒子であった。この結果は実験1-2に示した3種のカルボラン異性体を担持するPSAR-PLLAナノ粒子についての測定結果と類似している。一方、1,2-ジへキシル-o-カルボラン又は1,2-ジドデシル-o-カルボランを担持するナノ粒子の粒径は93.2 nm~104 nmと、カルボランを担持していないPSAR-PLLAナノ粒子と比較して大きく、3種のカルボラン異性体や1,2-ジメチル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子との間で違いが見られた。また、1,2-ジへキシル-o-カルボランと1,2-ジドデシル-o-カルボランとを比較すると、1,2-ジへキシル-o-カルボランを用いた場合に多分散度が0.15と小さく、極めて単分散な粒径分布を有するPSAR-PLLAナノ粒子が形成されることが明らかとなった。そこで、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持させたPSAR-PLLAナノ粒子について、その粒子形態を透過型電子顕微鏡にて観察したところ、動的光散乱法により得られた粒径分布と同程度の粒径を有する単分散なナノ粒子の形成が確認された。
【0140】
<実験2-2. o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子の安定性評価>
次に、3種類のo-カルボラン誘導体を担持するPSAR-PLLAナノ粒子の安定性について評価した。なお、本実験においては、実験2-1において、ホウ素担持量が比較的高かった1,2-ジメチル-o-カルボランと1,2-ジへキシル-o-カルボランを用いた。安定性の評価としては、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子に代えて、1,2-ジメチル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子又は1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を用いた以外は実験1-2で説明した手順に従って、PBS中における経時的なo-カルボラン誘導体の放出及び粒径の変化を評価した。
【0141】
o-カルボラン誘導体の放出量の測定結果を図8に示す。図8(a)に示されるとおり、1,2-ジメチル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子においては、透析中、経時的な1,2-ジメチル-o-カルボランの放出が観察された。1,2-ジメチル-o-カルボランの放出は、4℃よりも37℃において顕著であり、37℃、24時間の透析後には総担持量のうち60%もの1,2-ジメチル-o-カルボランが放出されてしまうことが明らかとなった。この結果は、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子について得られた結果と類似している。これに対して、図8(b)に示されるとおり、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子においては、驚くべきことに、4℃と37℃のいずれの条件においても、24時間の透析中、1,2-ジへキシル-o-カルボランの放出はほとんど観察されなかった。
【0142】
一方、PBS中における24時間の透析の前後におけるPSAR-PLLAナノ粒子の粒径変化を図9に示す。図9(a)に示されるとおり、1,2-ジメチル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子は、37℃、24時間の透析後、粒径の変化及び多分散度の増加が顕著であった。一方、4℃、24時間の透析後には、粒径及び多分散度の顕著な変化は観察されなかった。以上の結果は、1,2-ジメチル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子は、37℃において顕著に不安定化することを示している。これに対して、図9(b)に示されるとおり、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子は、37℃、24時間の透析後においても、粒径及び多分散度の変化はほとんど観察されなかった。この結果は、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子は、37℃、PBS中という生体環境に近い温度及び塩濃度でも優れた安定性を有することを示している。PSAR-PLLAナノ粒子の疎水性コアを構成するポリ乳酸は水性媒体中で徐々に加水分解するため、PSAR-PLLAナノ粒子の水性媒体中での安定化は極めて困難であると考えられていたところ、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持することにより、PSAR-PLLAナノ粒子の水性媒体中での安定性を飛躍的に改善することができるという知見は驚くべきものであり、また、PSAR-PLLAナノ粒子を、水性媒体中での保存や使用が要求される医薬品として応用する上で極めて重要なものである。
【0143】
<実験2-3. 1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子の製造条件の検討>
1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子の製造条件について検討するため、1,2-ジへキシル-o-カルボランとPSAR-PLLAポリマーの比率を異ならせ、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を調製した。
【0144】
PSAR-PLLAナノ粒子の調製手順は次のとおりである。まず、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を、以下の手順にて調製した。まず、クロロホルムに溶解したPSar106-block-PLLA32(0.1、0.5、又は1.0 μmol)を含む溶液100 μLを試験管に取り、エバポレーションにより溶媒を除去し、PSar106-block-PLLA32を調製した。得られたフィルムを含む試験管に、DMSOに溶解した1,2-ジへキシル-o-カルボラン(10μmol)を含む溶液100 μLを加え、乾燥させ、再度フィルムを形成させた。得られたフィルムに、2.0 mLのPBSを加え、1,200 rpmで1時間撹拌した。攪拌の後、PD-10カラム(GE Healthcare社, Buckinghamshire, United Kingdom)を用いて、ナノ粒子を含む溶離液を回収した。ナノ粒子を含む溶離液は、孔径0.22 μm、続いて、0.10 μmのシリンジフィルター(Merck Millipore社, Dublin, Ireland)を通してから後述する実験に用いた。得られたPSAR-PLLAナノ粒子について、実験1と同様の手順にて、粒径及び多分散度を動的光散乱法により測定した。また、ホウ素担持量をICP-AES法により測定し、得られたホウ素担持量に基づき、ホウ素担持率(DLC(%))を求めた。得られた結果を表5に示す。
【0145】
【表5】
【0146】
表5に示されるとおり、いずれの調製条件においても、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子が得られた。なお、1,2-ジへキシル-o-カルボランの仕込み量(A)に対するPSAR-PLLAポリマーの仕込み量(B)の比率(A/B)が10 μmol/0.1 μmol(表5において「Ratio 1」)、10 μmol/0.5 μmol(表5において「Ratio 2」)、10 μmol/1.0 μmol(表5において「Ratio3」)と増加するにしたがって、得られたPSAR-PLLAナノ粒子におけるホウ素とPSAR-PLLAポリマーの比率(B/PSAR-PLLA Ratio)は3.27、1.30、0.80と低下した。
【0147】
一方、1,2-ジへキシル-o-カルボランの仕込み量(A)に対するPSAR-PLLAポリマーの仕込み量(B)の比率(A/B)が、10 μmol/0.1 μmol(表5において「Ratio 1」)、10 μmol/0.5 μmol(表5において「Ratio 2」)、10 μmol/1.0 μmol(表5において「Ratio 3」)と増加するにしたがって、得られたPSAR-PLLAナノ粒子の粒径は83.7 nm、91.8 nm、111 nmと増加した。この結果は、1,2-ジへキシル-o-カルボランの仕込み量に対するPSAR-PLLAポリマーの仕込み量の比率を調整することで、PSAR-PLLAナノ粒子の粒径を制御し得ることを示している。
【0148】
<実験2-4.細胞取込試験>
次に、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子の細胞内取り込み挙動を評価した。なお、本実験においては、先の実験において、BNCT用のホウ素薬剤として従来使用されているL-BPAよりも優れた細胞内ホウ素濃度の上昇効果を奏することが示されたo-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を比較対象として用いた。
【0149】
実験手順の概要は図3(a)に示したとおりである。詳細には、マウス乳がん細胞4T1、マウス大腸がん細胞CT26、ヒト膵臓腺がん細胞AsPC-1、又はヒト胃がん細胞NC1-N87(いずれもATCC, Rockville, Maryland, USAから購入)を、それぞれ、0.5×106 個/mL、0.5×106 個/mL、1.0×106 個/mL、又は1.0×106 個/mLの濃度で細胞培養培地中に含有する細胞懸濁液を6 wellのマイクロプレートに各wellあたり1 mLずつ播種し、常法にしたがって、5% CO2、37℃の環境下で24時間インキュベートした。次に、1,2-ジへキシル-o-カルボランを10 μmol、PSAR-PLLAを1.0 μmolの配合比(表5において「Ratio 3」)で実験2-3と同様の手順にて調製した1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子、または、実験1-1と同様の手順にて調製したo-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を、細胞培養培地中のホウ素濃度が0.15、0.5、又は2 mMとなるように細胞培養培地中に加え、2時間インキュベートした。インキュベート後、常法にしたがって、PBSを用いて細胞を3回洗浄した後、トリプシン処理にて細胞を回収した。得られた回収液を1,800 rpmで5分間遠心し、上澄みを除去して、ペレットを得た。得られたペレットを、60%の硝酸(1 mL)で、常温で一晩処理した。その後、孔径0.45 μmのシリンジフィルターを通してフィルター濾過した後、純水を加え、総量を10 mLとした。このようにして得られた溶液をICP-AESに供し、ホウ素含有量を測定した。得られた結果を図10に示す。なお、図10においては、各サンプルについて独立した3回の試験から得られた値の平均値±標準誤差(SEM)を示した。
【0150】
図10に示すとおり、ヒト由来の細胞及びマウス由来の細胞を含み、また、乳がんから、大腸がん、膵臓腺がん、胃がんまでのいずれの細胞種においても、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子と接触させた細胞においては、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子と接触させた細胞においてと比較して、一細胞当たりのホウ素原子数が顕著に大きかった。ここで、BNCTによる治療効果を得るために必要な最小限の一細胞当たりのホウ素原子数は1×109 個/cell(~20 ngホウ素/106 cells)と言われていることに注目されたい。図10に示すとおり、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を作用させた場合には、0.5 mM又は2 mMのホウ素濃度で作用させた場合に1×109 個/cellを上回るホウ素原子数が観察されたのに対し、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を作用させた場合には、0.15 mMのホウ素濃度で作用させた場合でも、一細胞当たりのホウ素原子数が1×109 個/cellを上回っており、0.5 mM又は2 mMのホウ素濃度で作用させた場合には、一細胞当たりのホウ素原子数は1×109 個/cellを遥かに上回るものであった。
【0151】
以上の結果は、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子によれば、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を用いた場合と比較して、がん細胞内のホウ素濃度をより一層高め得ることを示している。各種のがん細胞において、細胞内のホウ素濃度をBNCTによる治療効果を得るために要求される1×109 個/cellを超える水準まで高め得る1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子は、BNCTによるがん治療のために有利に使用され得る。
【0152】
<実験2-5.細胞毒性試験>
カルボラン又はo-カルボラン誘導体を担持するPSAR-PLLAナノ粒子の細胞毒性を評価した。
【0153】
実験手順の概要は図11(a)に示したとおりである。マウス乳がん細胞4T1を96wellのマイクロプレートに各wellあたりの細胞数が5×103 個/cellとなるように播種し、常法にしたがって、5% CO2、37℃の環境下で24時間インキュベートした。次に、実験1-1と同様の手順にて調製したo-カルボラン又はm-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子又は実験2-1と同様の手順にて調製した1,2-ジメチル-o-カルボラン又は1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を、ホウ素濃度が5、25、50、100又は250 ppmとなるように細胞培養培地中に加え、24時間インキュベートした。細胞毒性試験は、Cell Counting Kit-8 (CCK-8)(Dojindo Molecular Technologies, Inc., Kumamoto, Japan)を、キットに付属のマニュアルにしたがって用いることにより行った。波長450nmにおける光学密度(OD)の測定は、マイクロプレートリーダー(SunriseTM, Tecan Trading AG, Mannedorf, Switzerland)を用いて行った。細胞生存率(cell viability)は、未処理の細胞(control)の細胞生存率を100%とした場合の割合(%)として求めた。結果は独立した4サンプルから得られた値の平均値±標準誤差(SEM)で示した。得られた結果を図11(b)に示す。
【0154】
図11(b)に示されるとおり、o-カルボラン、m-カルボラン、1,2-ジメチル-o-カルボラン又は1,2-ジへキシル-o-カルボランのいずれを担持するPSAR-PLLAナノ粒子も、ホウ素濃度換算で5 ppmから250 ppmの濃度範囲において、有意な細胞毒性は示さなかった。なお、本実験で試験した最大濃度である250 ppmはモル濃度に換算すると25 mMに相当する。この結果と実験2-3の結果を合わせ考えると、有意な細胞毒性を示さない濃度範囲で、BNCTに好適な1×109 個/cellを上回るホウ素濃度を実現し得る1,2-ジへキシル-o-カルボラン誘導体を担持するPSAR-PLLAナノ粒子は、低毒性かつ効果的なBNCT用のホウ素薬剤として極めて有用であることが示唆される。
【0155】
<実験3. PSAR-PLLAナノ粒子の体内動態評価>
PSAR-PLLAナノ粒子のin vivo動態を評価するため、ICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を調製し、これをXenograftモデルマウスに投与して、近赤外蛍光イメージングを行った。
【0156】
<実験3.1 ICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子の調製>
ICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を、以下の手順にて調製した。まず、クロロホルムに溶解したPSar106-block-PLLA32(1 μmol/mL; 1 mL)と所定量のICG-PLLA34(1 mol%)を試験管内で混合し、エバポレーションにより溶媒を除去し、PSar106-block-PLLA32とICG-PLLA34を含むフィルムを調製した。得られたフィルムを含む試験管に、1.9 mLのDPBSを加え、1,200 rpmで1時間撹拌した。攪拌の後、PD-10カラム(GE Healthcare社)を用いて、ナノ粒子を含む溶離液を回収した。ナノ粒子を含む溶離液は、孔径0.22 μm及び0.10 μmのシリンジフィルターを通してから後述する実験に用いた。なお、詳細な実験データは省略するが、ICG-PLLA34の導入量に関わらず、得られるナノ粒子の粒径・PDIは同程度であった。
【0157】
<実験3.2 Xenograftモデルの作製>
Xenograftモデルは、実験の2週間前に、AsPC-1/CMV-Luc細胞2×106 個を、40%のCorning(登録商標)Matrigel(登録商標)Matrix(Corning, Arizona, USA)を含む100μLのDPBSに懸濁し、得られた懸濁液100 μLを、6週齢の雌のヌードマウス(BALB/c nu/nu)(Charles River社より購入)の右脚の太ももに皮下注射により播種することにより作製した。
【0158】
<実験3.3 近赤外蛍光イメージング>
上述の手順にて調製したICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を含む溶液100 μLを、上記Xenograftモデルマウスに、尾静脈から静脈注射することにより投与した。ナノ粒子を含む溶液を静脈注射した後、1、3、6、12、24、48、及び72時間後に、in vivo近赤外蛍光イメージングを行った。72時間後のin vivo近赤外生体蛍光イメージングの後、マウスを安楽死させ、血液、心臓、肺、肝臓、脾臓、すい臓、腎臓、胃、腸、筋肉、及び腫瘍を回収し、各臓器の重量を測定した。また、Ex vivo近赤外蛍光イメージングにより各臓器における蛍光強度を測定した。なお、以上の実験において、近赤外蛍光イメージングは、ICG(励起波長745 nm、蛍光波長840 nm)用のフィルターを装備したIVIS spectrum system (Xenogen, Hopkinton, Massachusetts)により行った。
【0159】
in vivo近赤外生体蛍光イメージングによるPSAR-PLLAナノ粒子の生体内動態の評価結果を図12(A)(B)に示す。図12(A)(B)に示すとおり、ICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を尾静脈投与したマウスの右脚太ももの腫瘍部位からはICGに由来する蛍光が強く観察された。腫瘍部位におけるICGに由来する蛍光の強度は、PSAR-PLLAナノ粒子の投与後12時間でピークに達した。一方、腫瘍部位における蛍光強度と通常組織における蛍光強度の比は、投与後72時間にわたって徐々に増加し続けた。以上の結果は、ICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子が腫瘍部位に集積していることを示している。腫瘍部位での蛍光強度と通常組織での蛍光強度の比率が徐々に増加していくことから、PSAR-PLLAナノ粒子はEPR効果により腫瘍部位に蓄積しているものと推察される。
【0160】
一方、PSAR-PLLAナノ粒子の静脈注射から72時間後に回収した各臓器におけるICGに由来する蛍光強度をEx vivo近赤外蛍光イメージングにより測定した結果を図12(C)に示す。図12(C)に示されるとおり、血液、心臓、肺、肝臓、脾臓、すい臓、腎臓、胃、腸、筋肉、及び腫瘍のうち、腫瘍において最も強いICGの蛍光強度が観察された。この結果はICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子が腫瘍部位に最も多く集積していることを示すものであり、図12(A)(B)に示したin vivo近赤外蛍光イメージングの結果と一致する。
【0161】
<実験4. ホウ素の生体内動態評価>
次に、ホウ素化合物を担持するPSAR-PLLAナノ粒子を投与した際のホウ素のin vivo動態を評価するため、ホウ素含有化合物としてo-カルボラン又は1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を調製し、これをXenograftモデルマウスに投与して、各臓器におけるホウ素の蓄積量をICP-AESにより測定した。
【0162】
<実験4.1 ホウ素含有化合物を担持したPSAR-PLLAナノ粒子の調製>
o-カルボラン又は1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子の調製は、ホウ素含有化合物としてo-カルボラン又は1,2-ジへキシル-o-カルボランを用いる以外は実験1-1と同様の手順にて行った。また、本実験においては、PSAR-PLLAナノ粒子を含む溶離液は、孔径0.22 μmのシリンジフィルター及び孔径0.10 μmのシリンジフィルターを通してから後述する実験に用いた。
【0163】
<実験4.2 Xenograftモデルの作製>
Xenograftモデルは、実験3.2と同様の手順にて作製した。すなわち、実験の2週間前に、AsPC-1/CMV-Luc細胞2×106 個を、40%のCorning(登録商標)Matrigel(登録商標)Matrix(Corning, Arizona, USA)を含む100μLのDPBSに懸濁し、得られた懸濁液100 μLを、6週齢の雌のヌードマウス(BALB/c nu/nu)(Charles River社より購入)の右脚の太ももに皮下注射により播種することにより作製した。
【0164】
<実験4.3 ICP-AESによるホウ素蓄積量の定量>
上述の手順にて調製したホウ素含有化合物を担持するPSAR-PLLAナノ粒子を含む溶液100 μLを、ホウ素の投与量が5 mg of B equivalent/kgとなるように上記Xenograftモデルマウスに尾静脈から静脈注射することにより投与した。ナノ粒子を含む溶液を静脈注射した後、24時間後にマウスを安楽死させ、血液、心臓、肺、肝臓、脾臓、すい臓、腎臓、胃、腸、筋肉、及び腫瘍を回収し、各臓器の重量を測定した。回収した臓器はHClO4とH2O2の1:1の混合液中に浸漬し、90℃で2時間処理することにより分解消化した。この消化されたサンプルを10 mLの精製水で希釈し、さらに孔径0.5μmのシリンジフィルターを通してからICP-AES分析に供した。
【0165】
各臓器におけるホウ素の蓄積量をICP-AESにより測定した結果を図13(A)に、腫瘍部位におけるホウ素濃度と通常組織(筋肉)におけるホウ素濃度との比率(T/N)、及び、腫瘍部位におけるホウ素濃度と血液におけるホウ素濃度との比率(T/B)を図13(B)に示す。図13(A)に示されるとおり、腫瘍部位におけるホウ素の蓄積量は、o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子において16μg/g、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子において18μg/gであり、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子においてやや高い結果となった。また、図13(B)に示されるとおり、腫瘍部位におけるホウ素濃度と通常組織(筋肉)におけるホウ素濃度との比率(T/N)は、o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子において3.3/1、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子において3.6/1であり、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子において、やや高い結果となったものの、いずれのPSAR-PLLAナノ粒子においてもT/N比は3以上であった。BNCTにおいては、T/N比が3以上であることが理想的であるとされている(Tsurubuchi, T. et al., Cells 2020, 9(5), 1-20)。o-カルボラン又は1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子によれば、腫瘍部位におけるT/N比を3以上に高め得るという結果は、o-カルボラン又は1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子がBNCTによるがん治療のために極めて有用であることを示唆している。
【0166】
<実験5. BNCT治療効果>
次に、ホウ素含有化合物としてo-カルボラン又は1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子のin vitro及びin vivoでのBNCT治療効果を検証した。
【0167】
<実験5.1 in vitro試験>
ヒト膵臓腺がん細胞AsPC-1/CMV Luc(又はAsPC-1)(ATCC, Rockville, Maryland, USAから購入)を、1.5×106 個/wellの播種濃度で6 wellのマイクロプレートに播種し、常法にしたがって、5% CO2、37℃の環境下で24時間インキュベートした。次に、実験4.1と同様の手順にて調製したo-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子、又はL-BPAをホウ素濃度が2 mMとなるように細胞培養培地中に加え、2時間インキュベートした。また、コントロールとして、ホウ素化合物を担持したPSAR-PLLAナノ粒子及びL-BPAに代えて、DPBS又は空のPSAR-PLLAナノ粒子を加え、ホウ素化合物を担持したPSAR-PLLAナノ粒子及びBPAを加えた細胞についてと同様に2時間インキュベートした。インキュベート後、常法にしたがって細胞を試験チューブに回収し、中性子線(熱出力1 MW;熱中性子束1.3×109 neutrons/cm-2/s-1)を0, 10, 20及び40分間照射した。各照射時間における中性子線の吸収線量は、それぞれ0 Gy(0分)、0.142 Gy (10分)、0.369 Gy (20分)、及び0.555 Gy (40分)であった。中性子線の照射は京都大学研究用原子炉(KUR)にて行った。中性子の照射後、中性子を照射したAsPC-1/CMV Luc(又はAsPC-1)細胞を60 mmの培養皿に播種し、2週間培養することによりコロニー形成アッセイを行った。培養された細胞は、0.5%のクリスタルバイオレット(CV)を含む20%メタノール溶液中で染色した。染色されたコロニーは、aCOLyte 3自動コロニーカウンター(Synoptics Ltd.)によりカウントした。得られた結果は図14に示す。図14に示される結果は、各サンプルについて独立した4回の試験から得られた値の平均値±標準誤差(SEM)を表す。
【0168】
図14に示されるとおり、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子、o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子、及び、L-BPAで処理されたグループのいずれにおいても細胞増殖が抑制され、また、中性子線の照射時間が伸びるにしたがって、細胞増殖抑制効果が高まる傾向が見られた。特に、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子で処理されたグループにおいては、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子やL-BPAで処理されたグループと比較して、とりわけ優れた増殖抑制効果が得られた。
【0169】
<実験5.2 in vivo試験>
o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子、及び、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子のin vivoでのBNCT治療効果を、次の手順にて検討した。実験3.2と同様の手順にて作製したXenograftモデル、すなわち、AsPC-1/CMV Luc細胞を播種した担癌マウス(n=6)に対し、癌細胞の播種から10日後に、実験4.1と同様の手順にて調製したo-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子、又はL-BPAを、5 mg/10B/kgのホウ素投与量で、尾静脈投与により投与した。投与から24時間後、中性子線を照射した。中性子線の照射は、中性子線の照射は京都大学研究用原子炉(KUR)にて行い、照射条件は、熱出力5 MW、熱中性子束3.3×109 neutrons/cm-2/s-1、照射時間40分、γ線量1.509 Gyとした。中性子線の照射の後、21日間の間、週2回、マウスの体重及び腫瘍の大きさを評価した。なお、本実験においては、コントロールとして、ホウ素化合物を担持したPSAR-PLLAナノ粒子を投与せず、中性子線を照射したhot control群と、ホウ素化合物を担持したPSAR-PLLAナノ粒子を投与せず、且つ、中性子線を照射しないcold control群を設けた。得られた結果を図15に示す。図15(A)には、マウスの体重の変化を、図15(B)には、腫瘍のサイズの変化を示す。なお、図15に示される結果は、各サンプルについて独立した6匹のマウスから得られた値の平均値±標準誤差(SEM)を表す。
【0170】
図15(A)に示されるとおり、中性子線を照射したいずれの群のマウスにおいても、中性子線照射後の体重の変化は、中性子線を照射していないcold control群と同等であった。一方、同じ期間中の腫瘍の大きさの変化についてみると、中性子線を照射したhot control群、o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を投与して中性子線を照射した群、及び、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を投与して中性子線を照射した群においては、cold control群と比較して、腫瘍サイズの増加が抑えられていた。特に、o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を投与して中性子線を照射した群、及び、1,2-ジへキシル-o-カルボランを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を投与して中性子線を照射した群においては、PSAR-PLLAナノ粒子を投与せず、中性子線を照射したhot control群と比較しても、顕著に優れた腫瘍抑制効果が示された。この結果は、ホウ素含有化合物を担持するPSAR-PLLAナノ粒子を投与して、中性子線を照射することにより、優れたがんの治療効果が得られ得ることを示している。
【0171】
<実験6. PDT治療効果>
次に、ホウ素含有化合物を担持せず、光増感剤としてインドシアニングリーンを担持したPSAR-PLLAナノ粒子によるin vitro及びin vivoでの治療効果を検証した。
【0172】
<実験6.1 in vitro試験>
ヒト膵臓腺がん細胞AsPC-1/CMV Luc(又はAsPC-1)(ATCC, Rockville, Maryland, USAから購入)を、1.5×106 個/wellの播種濃度で6 wellのマイクロプレートに播種し、常法にしたがって、5% CO2、37℃の環境下で24時間インキュベートした。次に、実験3.1で述べた手順に従って調製したICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を細胞培養培地中に加え、2時間インキュベートした。このときの細胞培養培地中のICG濃度(測定値)は1.6 μMであり、PSAR-PLLAポリマー濃度(算定値)は1 mMであった。また、コントロールとして、ICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子に代えて、DPBS又は空のPSAR-PLLAナノ粒子を加え、ICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を加えた細胞についてと同様に2時間インキュベートした。インキュベート後、常法にしたがって細胞を試験チューブに回収し、中性子線(熱出力1 MW;熱中性子束1.3×109 neutrons/cm-2/s-1)を0, 10, 20及び40分間照射した。各照射時間における中性子線の吸収線量は、それぞれ0 Gy(0分)、0.142 Gy (10分)、0.369 Gy (20分)、及び0.555 Gy (40分)である。中性子線の照射は京都大学研究用原子炉(KUR)にて行った。中性子の照射後、中性子を照射したAsPC-1/CMV Luc(又はAsPC-1)細胞を60mmの培養皿に播種し、2週間培養することによりコロニー形成アッセイを行った。培養された細胞は、0.5%のクリスタルバイオレット(CV)を含む20%メタノール溶液中で染色した。染色されたコロニーは、aCOLyte 3自動コロニーカウンター(Synoptics Ltd.)によりカウントした。得られた結果を図16に示す。図16に示される結果は、各サンプルについて独立した4回の試験から得られた値の平均値±標準誤差(SEM)を表す。
【0173】
図16に示されるとおり、PSAR-PLLAナノ粒子で処理した群の生細胞数は、コントロール群と同等であり、細胞増殖抑制効果は見られなかった。一方、ICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子で処理したグループにおいては、コントロール群と比較して、がん細胞の増殖が有意に抑制されていた。また、中性子線の照射時間が伸びるにしたがって、細胞増殖抑制効果が高まった。以上の結果は、ICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を投与した細胞に中性子線を照射することにより、細胞増殖抑制効果が発揮され得ることを示している。
【0174】
<実験6.2 In vivo 試験>
ICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子によるin vivoでの治療効果は、次の手順にて検討した。上述した手順にて作製したXenograftモデル、すなわち、AsPC-1/CMV Luc細胞を播種した担癌マウス(n=6)に対し、癌細胞の播種から10日後に、実験3.1で述べた手順に従って調製したICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子(平均粒径(直径):54.6 nm;PDI:0.20)を、実測ICG量8.6mg/kg(算定PSAR-PLLA量200mg/kg)の投与量で、静脈投与により投与した。投与から24時間後、中性子線を照射した。中性子線の照射は、中性子線の照射は京都大学研究用原子炉(KUR)にて行い、照射条件は、熱出力5 MW、熱中性子束3.3×109 neutrons/cm-2/s-1、照射時間40分、γ線量1.509Gyとした。中性子線の照射の後、21日間の間、週2回、マウスの体重及び腫瘍の大きさを評価した。なお、本実験においては、コントロールとして、ICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を投与せず、中性子線を照射したhot control群と、ICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を投与せず、且つ、中性子線を照射していないcold control群を設けた。得られた結果を図17に示す。図17(A)には、マウスの体重の変化を、図17(B)には、腫瘍のサイズの変化を示す。なお、図17に示される結果は、各サンプルについて独立した6匹のマウスから得られた値の平均値±標準誤差(SEM)を表す。
【0175】
図17(A)に示されるとおり、中性子線を照射したいずれのグループのマウスにおいても、中性子線照射後の体重の変化は、中性子線を照射していないcold control群と同等であった。一方、同じ期間中の腫瘍の大きさの変化についてみると、中性子線を照射したhot control群、及び、ICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を投与して中性子線を照射した群においては、cold control群と比較して、腫瘍サイズの増加が抑えられていた。そして、驚くべきことに、ICGを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を投与して中性子線を照射した群においては、hot control群と比較しても、顕著に優れた腫瘍抑制効果が示された。
【0176】
本発明者らの知る限りにおいて、インドシアニングリーンを腫瘍へ導入し、中性子線を照射することによりがんの治療効果が得られることは一切知られていない。光増感剤としてインドシアニングリーンを担持したPSAR-PLLAナノ粒子を投与して、中性子線を照射することにより、優れたがんの治療効果が得られることを示す以上の結果は予想外のものであり、極めて意外性の高い知見である。
【0177】
<実験7. ホウ素含有化合物と光増感剤を担持したPSAR-PLLAナノ粒子の調製と、その生体内動態評価>
【0178】
ホウ素含有化合物として1,2-ジへキシル-o-カルボランを、光増感剤としてインドシアニングリーン(ICG, Indocyanine Green)を担持するPSAR-PLLAナノ粒子を、以下の手順にて調製した。まず、クロロホルムに溶解したPSar106-block-PLLA32(1μmol/mL; 1 mL)とICG-PLLA34(1 mol%; 1 mL)を試験管内で混合し、エバポレーションにより溶媒を除去し、PSar106-block-PLLA32とICG-PLLA34を含むフィルムを調製した。得られたフィルムを含む試験管に1,2-ジへキシル-o-カルボラン(10 μmol in 1 mL DMSO)を加え、乾燥させ、溶媒を除去した後、2.0 mLのPBSを加え、1,200 rpmで1時間撹拌した。攪拌の後、PD-10カラム(GE Healthcare社)を用いて、ナノ粒子を含む溶離液を回収した。ナノ粒子を含む溶離液は、孔径0.10 μmのシリンジフィルターを通してから後述する実験に用いた。
【0179】
一方、生体内動態試験は図18(a)に示す手順にて行った。すなわち、4T1細胞を5×106 個/mLの濃度でPBSに懸濁し、得られた懸濁液100 μLを、6週齢の雌のヌードマウス(BALB/c nu/nu)(Charles River社より購入)の右脚の太ももに皮下注射により播種することによりXenograftモデルを作製した。4T1細胞の播種から2週間後、上述の手順にて調製したホウ素含有化合物及び光増感剤を担持するPSAR-PLLAナノ粒子を含む溶液100 μLを尾静脈から静脈注射することにより投与した。ナノ粒子を含む溶液を静脈注射した後、1、3、6、12、24、48、及び72時間後に、in vivo近赤外蛍光イメージングを行った。72時間後のin vivo近赤外生体蛍光イメージングの後、マウスを安楽死させ、血液、心臓、肺、肝臓、脾臓、すい臓、腎臓、胃、腸、筋肉、及び腫瘍を回収し、重量を測定した。また、Ex vivo近赤外蛍光イメージングにより各臓器における蛍光強度を測定した。なお、以上の実験において、近赤外蛍光イメージングは、ICG(励起波長745nm、蛍光波長840nm)用のフィルターを装備したIVIS spectrum system(Xenogen, Hopkinton, Massachusetts)により行った。また、回収した臓器を、常法に従って、HNO3で処理した後、ICP-AESに供して各臓器におけるホウ素濃度を測定した。
【0180】
in vivo近赤外生体蛍光イメージングによるPSAR-PLLAナノ粒子の生体内動態の評価結果を図18(b)に示す。図18(b)に示すとおり、1,2-ジへキシル-o-カルボラン及びICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子を尾静脈投与したマウスの右脚太ももの腫瘍部位からは、ICGに由来する蛍光が強く観察された。腫瘍部位におけるICGに由来する蛍光の強度は、PSAR-PLLAナノ粒子の投与後12時間から24時間でピークに達した。一方、腫瘍部位での蛍光強度と、通常組織での蛍光強度の比は、投与後72時間にわたって徐々に増加し続けた。以上の結果は、1,2-ジへキシル-o-カルボラン及びICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子が腫瘍部位に集積していることを示している。腫瘍部位での蛍光強度と通常組織での蛍光強度の比率が徐々に増加していくことから、PSAR-PLLAナノ粒子はEPR効果により腫瘍部位に蓄積しているものと推察される。
【0181】
一方、PSAR-PLLAナノ粒子の静脈注射から72時間後に回収した各臓器におけるICGに由来する蛍光強度をEx vivo近赤外蛍光イメージングにより測定した結果を図19(a)に示す。図19(a)に示されるとおり、血液、心臓、肺、肝臓、脾臓、すい臓、腎臓、胃、腸、筋肉、及び腫瘍のうち、腫瘍において最も強いICGの蛍光強度が観察された。この結果は、1,2-ジへキシル-o-カルボラン及びICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子は、腫瘍部位に最も多く集積していることを示すものであり、図18(b)に示すin vivo近赤外蛍光イメージングの結果と一致する。
【0182】
さらに、各臓器におけるホウ素の蓄積量をICP-AESにより測定した結果を図19(b)に示す。図19(b)に示されるとおり、腫瘍部位におけるホウ素濃度は、通常組織(筋肉)におけるホウ素濃度と比較して、3倍以上大きかった。BNCTにおいては、腫瘍部位におけるホウ素濃度(T)と通常組織(筋肉)におけるホウ素濃度(N)との比率(T/N比)が3以上であることが理想的であるとされている(Tsurubuchi, T. et al., Cells 2020, 9(5), 1-20)。1,2-ジへキシル-o-カルボラン及びICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子によれば、腫瘍部位におけるT/N比を3以上に高め得るという結果は、1,2-ジへキシル-o-カルボラン及びICGを担持するPSAR-PLLAナノ粒子がBNCTによるがん治療のために極めて有用であることを示唆している。
【0183】
なお、以上の実験においては、カルボラン又はo-カルボラン誘導体を担持するナノ粒子として、AB型のポリサルコシン-ポリ乳酸ブロックポリマーから形成されるナノ粒子を用いたが、これに代えて、一本のポリ乳酸鎖に3本のポリサルコシン鎖が結合した、いわゆるA3B型のポリサルコシン-ポリ乳酸ブロックポリマーから形成されるナノ粒子を用いることもできる(M. S. H. Lim et al., Journal of Pharmaceutical Sciences 2021, 110, 1788-179; M. S. H. Lim et al., Life 2021, 11(2), 158; F. Takenaka et al., Drug Delivery System 33-3, 2018)。A3B型のポリサルコシン-ポリ乳酸ブロックポリマーから形成されるナノ粒子は、AB型のポリサルコシン-ポリ乳酸ブロックポリマーから形成されるナノ粒子と比較して、粒子径が小さく、また、ABC現象を軽減することが期待される。一方、以上の実験において、o-カルボラン又はo-カルボラン誘導体を担持するナノ粒子は、EPR効果に基づき、腫瘍組織への優れた集積性を示したものと考えられる。しかしながら、腫瘍組織へのナノ粒子の集積性をより一層高め、また、必要に応じて、細胞内へのナノ粒子の取り込み量を高めるため、標的とする細胞のみに特異的に結合し、細胞内への薬剤搬送を可能にするリガンドでナノ粒子を修飾しても良いことは言うまでもない。このようなリガンドに特段の制限はないが、例えば、中皮腫、膵臓腺がん、卵巣がん、肺線がんなどの多種類のがんに高率に発現することが知られているmesothelin(MSLN)に対する低分子抗体バリアント(scFv)(H. Yakushiji et al., Cancer Science. 2019, 110(9), 2722-2733)が好適に用いられ得る。
【産業上の利用可能性】
【0184】
本発明の一側面に係る剤、又は、これを含有する医薬組成物によれば、従来のホウ素中性子捕捉療法に用いられてきたホウ素含有化合物と比較して高い細胞内ホウ素濃度を達成し得るので、ホウ素中性子捕捉療法の治療効果の向上が期待される。一方、本発明の一側面に係る剤が光増感剤を含有する場合には、近赤外光に代えて放射線を照射することにより優れた光線力学療法的治療効果が奏され得る。ホウ素中性子捕捉療法に加え、光増感剤による光線力学療法的治療効果をも奏し得る本発明の一側面に係る剤、及び、これを含有する医薬組成物によれば、さらなるがんの治療効果の向上が期待される。このように本発明の産業上の利用可能性は大きい。

図1
図2
図3
図4
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図10
図11
図12
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