(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025170930
(43)【公開日】2025-11-20
(54)【発明の名称】エレクトレット
(51)【国際特許分類】
H01G 7/02 20060101AFI20251113BHJP
C30B 29/24 20060101ALI20251113BHJP
C30B 29/28 20060101ALI20251113BHJP
【FI】
H01G7/02 A
H01G7/02 B
C30B29/24
C30B29/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024075797
(22)【出願日】2024-05-08
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(71)【出願人】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松下 規由起
(72)【発明者】
【氏名】井頭 卓也
(72)【発明者】
【氏名】加納 一彦
(72)【発明者】
【氏名】田中 優実
【テーマコード(参考)】
4G077
【Fターム(参考)】
4G077AA03
4G077BC13
4G077BC24
4G077DA11
4G077EA02
4G077ED06
4G077GA07
4G077HA11
4G077HA12
(57)【要約】
【課題】高温環境下においても、高い表面電位を長時間保持することができ、熱的及び経時的安定性に優れたエレクトレットを提供する。
【解決手段】エレクトレット1は、基板10と、その表面に形成されたエレクトレット層2と、を有する。エレクトレット層2は、基板10の厚さ方向Xに積層された外層膜3及び内層膜4を含む無機誘電体膜20が荷電処理されたものである。外層膜3は、異なる2種以上の金属元素を含む複合金属化合物であって、少なくとも三価の金属元素を含み、バンドギャップエネルギが3eV以上である第1の無機誘電体材料を主成分とする膜であり、内層膜4は、前記第1の無機誘電体材料とは異なる第2の無機誘電体材料を主成分とする膜である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板(10)と、その表面(11)に形成されたエレクトレット層(2)と、を有するエレクトレット(1)であって、
前記エレクトレット層は、前記基板の厚さ方向(X)に積層された外層膜(3)及び内層膜(4)を含む無機誘電体膜(20)が荷電処理されたものであり、
前記外層膜は、異なる2種以上の金属元素を含む複合金属化合物であって、少なくとも三価の金属元素を含み、バンドギャップエネルギが3eV以上である第1の無機誘電体材料を主成分とする膜であり、
前記内層膜は、前記第1の無機誘電体材料とは異なる第2の無機誘電体材料を主成分とする膜である、エレクトレット。
【請求項2】
前記第1の無機誘電体材料は、異なる2種の金属元素A、Bを含む複合酸化物を基本組成とし、金属元素Aが二価又は三価の金属元素であり、金属元素Bが三価の金属元素である材料である、請求項1に記載のエレクトレット。
【請求項3】
前記複合酸化物は、組成式ABO3で表される第1の複合酸化物、組成式A3B5O12で表される第2の複合酸化物、又は、組成式AB2O4で表される第3の複合酸化物である、請求項2に記載のエレクトレット。
【請求項4】
前記第1の複合酸化物及び前記第2の複合酸化物において、金属元素Aは、希土類元素から選ばれる少なくとも1つの元素であり、前記第3の複合酸化物において、金属元素Aは、アルカリ土類金属元素及び遷移金属元素から選ばれる少なくとも1つの元素である、請求項3に記載のエレクトレット。
【請求項5】
前記第1の複合酸化物、前記第2の複合酸化物及び前記第3の複合酸化物において、金属元素BはAlである、請求項4に記載のエレクトレット。
【請求項6】
前記第1の無機誘電体材料の比誘電率は、前記第2の無機誘電体材料の比誘電率よりも大きい、請求項1に記載のエレクトレット。
【請求項7】
前記第2の無機誘電体材料は、Si化合物及びAl化合物から選ばれる1つ、又は、2つ以上の化合物の混合物である、請求項6に記載のエレクトレット。
【請求項8】
前記エレクトレット層の表面電位の大きさは、前記内層膜の膜厚と正の相関を有する、請求項1に記載のエレクトレット。
【請求項9】
前記内層膜の膜厚は、0.1μm以上である、請求項8に記載のエレクトレット。
【請求項10】
前記内層膜は、一層又は複層構造の膜であり、前記外層膜は、アモルファス構造の前記複合金属化合物の膜又は結晶構造の前記複合金属化合物の膜である、請求項1に記載のエレクトレット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトレットに関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトレットは、周囲に静電場を提供する帯電物質であり、従来から、エレクトレットコンデンサーマイクロホンや集塵フィルタといった用途に利用されてきた。また、近年、エネルギーハーベスティング技術の一つである振動発電への応用が期待されており、例えば、環境振動を駆動源とする静電式振動発電機に用いられる集積回路組込型の素子として、エレクトレットを用いた小型の振動発電素子の実用化が望まれている。
【0003】
エレクトレットの構成材料としては、例えば、フッ素系樹脂等の有機高分子材料が一般的に用いられている。有機高分子材料は、薄膜形成における形状の自由度や膜厚等の制御性に優れる一方で、表面電位の熱的安定性や経時的な性能の低下が懸念されることから、熱的な安定性に優れる無機化合物材料の検討が進められている。無機化合物材料としては、例えば、ハイドロキシアパタイトのバルク焼結体を用いたエレクトレットや、ペロブスカイト構造を有する複合酸化物を用いたエレクトレットが知られている。
【0004】
また、無機系のエレクトレットを用いた発電素子等は、基板上に形成される集積回路等に組み込まれることにより、発電デバイスの小型化や高温環境下での使用が可能になり、種々の用途への応用が期待される。そこで、本発明者等は、先に、基板とその表面に成膜されたエレクトレット層とを有し、エレクトレット層に、異なる2種以上の金属元素を含む複合金属化合物であって、バンドギャップエネルギが4eV以上である無機誘電体材料を主成分とする薄膜を用いたエレクトレットを提案した(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されるエレクトレットは、2種以上の金属元素を含む無機誘電体材料が高いバンドギャップエネルギを有することにより、欠陥等が制御されると共に、高温下で高電圧による分極処理を可能にして、高い表面電位を発現するものと考えられている。そのため、常温以上の温度環境(例えば、100℃程度)において、比較的安定した表面電位が得られるが、エレクトレット化直後の高い表面電位を維持することは難しい。特に、100℃を超える高温環境(例えば、200℃以上)では、時間経過により表面電位が消失しやすくなることが判明し、経時的な安定性を高めることが求められている。
【0007】
なお、基板上に、従来の無機化合物材料やフッ素系の有機高分子材料からなる薄膜又はそれら材料を組み合わせたエレクトレット膜を形成したエレクトレットが知られている。しかしながら、素子形成に用いられる一般的な無機化合物材料は、高い表面電位が得られず、フッ素系の有機高分子材料は、常温では、比較的高い表面電位を示すものの、耐熱性が低く、高温環境で用いられる素子への応用は難しい。
【0008】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、高温環境下においても、高い表面電位を長時間保持することができ、熱的及び経時的安定性に優れたエレクトレットを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は、
基板(10)と、その表面(11)に形成されたエレクトレット層(2)と、を有するエレクトレット(1)であって、
前記エレクトレット層は、前記基板の厚さ方向(X)に積層された外層膜(3)及び内層膜(4)を含む無機誘電体膜(20)が荷電処理されたものであり、
前記外層膜は、異なる2種以上の金属元素を含む複合金属化合物であって、少なくとも三価の金属元素を含み、バンドギャップエネルギが3eV以上である第1の無機誘電体材料を主成分とする膜であり、
前記内層膜は、前記第1の無機誘電体材料とは異なる第2の無機誘電体材料を主成分とする膜である、エレクトレットにある。
【発明の効果】
【0010】
エレクトレット層が基板上に配置される構成では、高温環境において、基板に接する表面から電荷が移動しやすくなり、表面電位の低下につながると考えられる。これに対して、本態様のエレクトレットは、エレクトレット層が外層膜と内層膜とを含む積層構造を有することにより、高温環境においても、高い表面電位を安定して保持することができる。その理由は必ずしも明らかではないが、バンドギャップエネルギが3eV以上の特定の複合金属酸化物からなり荷電処理により高い表面電位を発現可能な第1の無機誘電体材料を主成分とする膜が、外層膜としてエレクトレット層の外側に配置され、その内側に、第2の無機誘電体材料にて構成される内層膜が配置されることにより、積層界面に電荷を蓄積する高い効果が得られると共に、基板への電荷の流出が抑制されるものと推察される。
【0011】
その結果、蓄積された電荷を安定的に保持可能になり、温度環境によらず、表面電位の変化を抑制する効果が得られる。これにより、エレクトレットは、当初の高い表面電位を保持して、過酷な環境においても安定した性能を発揮することができる。また、エレクトレットを用いた発電デバイスの製造において、高温プロセスへの適用が可能になり、設計の自由度が向上して製作コストの低減に寄与する。
【0012】
以上のごとく、上記態様によれば、高温環境においても高い表面電位を長時間保持することができ、熱的及び経時的安定性に優れたエレクトレットを提供することができる。
なお、特許請求の範囲及び課題を解決する手段に記載した括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものであり、本発明の技術的範囲を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施形態1における、エレクトレットの概略構成を示す模式図。
【
図2】実施形態1における、エレクトレットの構成例を示す模式図。
【
図3】実施形態2における、エレクトレットの構成例を示す模式図。
【
図4】比較例における、エレクトレットの概略構成を示す模式図及び加熱処理と表面電位の関係を示す図。
【
図5】実施例における、エレクトレットの内層膜の膜厚と表面電位の関係を示す図。
【
図6】実施例における、荷電処理後の経過時間と表面電位の関係を示す図。
【
図7】実施例における、エレクトレットの外層膜の膜厚と表面電位の関係を示す図。
【
図8】実施例における、荷電処理後の経過時間と表面電位の関係を示す図。
【
図9】実施例における、エレクトレットの内層膜の膜厚と表面電位の関係を示す図。
【
図10】実施例における、荷電処理後の経過時間と表面電位の関係を示す図。
【
図11】実施例における、エレクトレットの内層膜の膜厚と表面電位の関係を示す図。
【
図12】実施例における、エレクトレットの内層膜の膜厚と表面電位の関係を示す図。
【
図13】実施例における、荷電処理後の経過時間と表面電位の関係を示す図。
【
図14】実施例における、荷電処理後の経過時間と表面電位の関係を示す図。
【
図15】比較例における、エレクトレットの概略構成を示す模式図。
【
図16】比較例における、荷電処理後の経過時間と表面電位の関係を示す図。
【
図17】比較例における、荷電処理後の経過時間と表面電位の関係を示す図。
【
図18】実施例及び比較例における、荷電処理後の経過時間と表面電位の関係を示す図。
【
図19】実施例及び比較例における、荷電処理後の経過時間と表面電位の関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(実施形態1)
エレクトレットに係る実施形態1について、図面を参照して説明する。
図1に示すように、本形態のエレクトレット1は、基板10と、その表面に形成されたエレクトレット層2と、を有する。エレクトレット層2は、無機誘電体膜20が荷電処理されて、エレクトレット化されたものであり、無機誘電体膜20は、基板10の厚さ方向Xに積層された外層膜3及び内層膜4を含む。外層膜3は、第1の無機誘電体材料を主成分とする膜であり、内層膜4は、第2の無機誘電体材料を主成分とする膜からなる。
【0015】
無機誘電体膜20において、外層膜3は、基板10の厚さ方向X(すなわち、積層方向)の外側に位置し、内層膜4は、その内側に位置する。外層膜3の主成分となる第1の無機誘電体材料は、異なる2種以上の金属元素を含む複合金属化合物であって、少なくとも三価の金属元素を含み、バンドギャップエネルギが3eV以上である無機誘電体材料から選択することができる。内層膜4の主成分となる第2の無機誘電体材料は、第1の無機誘電体材料とは異なる無機誘電体材料から選択することができる。
【0016】
無機誘電体膜20は、これら外層膜3と内層膜4となる無機誘電体材料や膜厚の組み合わせ、エレクトレット化の際の条件等を適宜設定することにより、所望のエレクトレット特性を発現可能となる。なお、外層膜3、内層膜4となる膜組成において、「主成分」とは、第1、第2の無機誘電体材料のみを構成材料としてもよいし、第1、第2の無機誘電体材料の原料等に起因する不純物等が含まれたり、第1、第2の無機誘電体材料を成膜する過程において若干の他の成分が添加されたりしてもよいことを意味する。
【0017】
エレクトレット1は、表面に正極性又は負極性の電荷を保持して周囲に静電場を提供する帯電物質であり、基板10上に形成された無機誘電体膜20が荷電処理されることにより、エレクトレット性能を発現し、エレクトレット層2となる。「エレクトレット化」は、換言すれば、荷電処理を施すことにより表面電位を発現させて帯電物質とすることである。このようなエレクトレット1は、機械エネルギーと電気エネルギーとを相互に変換する各種装置、例えば、環境振動を動力源とする小型の静電式振動発電装置等において、集積回路組込型の発電素子等として利用することができる。
【0018】
外層膜3を構成する第1の無機誘電体材料は、異なる2種以上の金属元素が、三価の金属元素を含み、バンドギャップエネルギが3eV以上である複合金属化合物材料であれば、その組成は特に制限されない。このとき、2種以上の金属元素の組み合わせや、それらを含む組成物の構造等に応じて、所望の物性が得られ、3eV以上、好適には、4eV以上と比較的大きいバンドギャップエネルギを有することにより、絶縁破壊電圧が大きくなる。そのため、荷電処理時に高電圧を印加することができ、所望の高い表面電位を発現させることが可能になる。好適には、第1の無機誘電体材料として、バンドギャップエネルギが4.5eV以上、さらに好適には、5.5eV以上である材料を用いると、より好ましい。
【0019】
本形態において、エレクトレット層2は、基板10上に内層膜4と外層膜3とが、この順に積層された構造を有する。このとき、外層膜3が、比較的大きいバンドギャップエネルギを有する第1の無機誘電体材料にて構成されることにより、高い表面電位を発現可能となる。さらに、外層膜3の内側に、第2の無機誘電体材料を用いた内層膜4が配置されることにより積層界面に電荷が蓄積される効果が得られる。このような積層構造の界面部における電荷蓄積効果は、Maxwell-Wagner効果として一般的に知られるが、第1の無機誘電体材料を用いた外層膜3と第2の無機誘電体材料を用いた内層膜4との組み合わせにおいて、外層膜3の表面に発現する電荷量の保持と安定化に対し、従来にない高い効果を発揮する。
【0020】
このような構成により、エレクトレット1は、例えば、200℃超の高温環境においても、高温環境に晒す前の初期の表面電位をほぼ保持することが判明しており、温度環境が過酷な用途においても、安定したエレクトレット性能を発揮できる。
【0021】
以下に、エレクトレット1の具体的な構成例について、詳述する。
エレクトレット1は、基板10の形状に応じた任意の外形形状を有する。基板10の形状は、例えば、矩形平板状又は円盤形状等である。基板10は、厚さ方向X(ここでは、図中の上下方向)の一方の側に、エレクトレット層2となる無機誘電体膜20の複数の薄膜が、順次積層されている。すなわち、複数の薄膜である外層膜3及び内層膜4の外形は、基板10と同等形状となっており、その積層方向は、基板10の厚さ方向Xと一致する。以降、基板10の両表面のうち、エレクトレット層2が積層される側の表面を、上表面11とし、その反対側の表面を、下表面12というものとする。
【0022】
外層膜3となる第1の無機誘電体材料は、例えば、異なる2種の金属元素A、Bを含む複合酸化物を基本組成とすることができる。その場合には、バンドギャップエネルギが3eV以上となるように、また、金属元素A、Bの少なくとも一方が三価の金属元素を含むように選択される。好適には、金属元素Aが二価又は三価の金属元素であり、金属元素Bが三価の金属元素である材料を用いることが望ましい。
【0023】
このような第1の無機誘電体材料の一例として、ペロブスカイト型組成を有する複合酸化物が挙げられる。すなわち、異なる2種の三価の金属元素A、Bを含み、組成式ABO3で表される第1の複合酸化物を基本組成とすることができる。ペロブスカイト型組成を有する複合酸化物とは、代表的には、立方晶系の単位格子を持つペロブスカイト型の結晶構造を有する複合酸化物であり、金属元素A(Aサイト)は立方晶の各頂点に、金属元素B(Bサイト)は立方晶の中心位置に位置し、各金属元素A、Bに対して、酸素原子Oが正八面体に配位する。ペロブスカイト構造において、酸素原子の欠損により非化学量論組成をとることも多く、その場合には、組成式ABOx(x≦3)で表すことができる。
【0024】
ここで、第1の複合酸化物は、組成式ABO3で表される基本組成を有していればよく、ペロブスカイト型の結晶構造を有する結晶であってもよいし、非晶質であってもよい。いずれの場合も、基本の構成元素である金属元素A、BとOとの比率が、第1の複合酸化物の全体として、A:B:O=1:1:3の関係ないしそれに近い関係となるように構成されることが望ましい。このとき、第1の複合酸化物における酸素量が、基本組成の量論比よりも少ない構成であると、欠陥が導入されやすくなり、表面電位が大きくなりやすい。
【0025】
エレクトレット層2において、第1の無機誘電体材料を主成分とする外層膜3の形態は、特に制限されず、例えば、アモルファス(非晶質)構造の第1の複合酸化物の膜(以下、アモルファス膜と称する)又は結晶構造の第1の複合酸化物を含む膜(以下、酸化物結晶膜と称する)とすることができる。その場合には、外層膜3の全体が均一な組成の酸化物となっている必要はなく、部分的に基本組成と異なる組成となっていてもよい。
【0026】
本形態では、以下、外層膜3としてアモルファス膜を用いたエレクトレット層2について、主に説明する。アモルファス膜は、同等組成のペロブスカイト構造の酸化物結晶膜に対して、非結合状態のダングリングボンドに起因する欠陥が形成されやすい。エレクトレット層2では、外層膜3における表面電位の発現は、欠陥の存在が重要と考えられており、アモルファス膜を用いることにより、高い表面電位を得ることができる。また、アモルファス膜は、酸化物結晶膜よりも低温で形成できるため、デバイス作製時において、配線等への熱的ダメージを抑制することができる。
【0027】
第1の無機誘電体材料となる第1の複合酸化物は、好適には、組成式ABO3における金属元素Aが、希土類元素Rから選ばれる少なくとも1つの元素であり、金属元素Bが、Alである組成を有する。三価の希土類元素Rと三価のAlを組み合わせたペロブスカイト型組成の複合酸化物(RAlO3;希土類アルミネート)は、バンドギャップエネルギが比較的大きく(例えば、4eV以上)、また、比誘電率が比較的小さいため(例えば、100以下)、高い表面電位が実現できる。また、比較的安価な材料を用いて作製することができ、製造コスト面で有利である。
【0028】
三価の希土類元素Rとしては、例えば、Y、Sc及びランタノイドから選ばれる少なくとも1つの元素が用いられる。ランタノイドとしては、例えば、La、Pr、Nd、Sm及びGd等が挙げられる。好適には、三価の希土類元素RとしてのLaと、Alとを含むLaAlO3(ランタンアルミネート)を用いることができる。
【0029】
第1の複合酸化物は、組成式ABO3における金属元素Aの一部又は金属元素Bの一部、もしくはそれらの両方が、異なる金属元素からなるドーパント元素Dにて置換された組成となっていてもよい。その場合には、ドーパント元素Dが金属元素A、Bよりも低価数の金属元素であると、構造中に酸素空孔による欠陥が生じやすい。例えば、金属元素Aが、三価の希土類元素Rである場合には、二価のアルカリ土類金属元素が好適に用いられ、金属元素Bが、三価のAlである場合には、二価のアルカリ土類金属元素及びZnから選ばれる1つ以上の元素が好適に用いられる。アルカリ土類金属元素としては、例えば、Mg、Ca、Sr、Ba等が挙げられる。
【0030】
金属元素A、Bとドーパント元素Dの組み合わせは、特に制限されず、より低価数のドーパント元素Dにて置換されることにより、電気的中性を保つためにペロブスカイト型組成において、酸素の欠損に起因する欠陥が発生し、表面電位の向上に寄与する。このとき、ドーパント元素Dによる置換量と欠陥量との間に相関があることから、ドーパント元素Dの導入量を制御することで、表面電位に影響する欠陥量の制御が可能になり、安定した表面電位特性が得られる。
【0031】
具体的には、希土類アルミネートの代表例として、ランタンアルミネート(LaAlO3)が挙げられ、Laの一部をアルカリ土類金属元素(例えば、Ca)で置換した構成とすることができる。その場合には、ドーパント元素Dによる置換量や雰囲気等によって変動する酸素量を考慮して、組成式(La,Ca)AlOx(x<3)にて表すことができる。あるいは、簡便のため、置換前の基本の組成式にて表すものとする。
なお、例えば、ドーパント元素Dのみを考慮したとき、置換割合をY(atm%)とすると、組成式は、La(1-Y)CaYAlO3-Y/2と表すことができる。
【0032】
金属元素Aを置換するドーパント元素Dの置換割合は、例えば、20atm%以下、好適には、0.5atm%以上20atm%以下の範囲で、適宜設定することができる。同様に、金属元素Bを置換するドーパント元素Dの置換割合は、例えば、20atm%以下、好適には、0.5atm%以上20atm%以下の範囲とすることが望ましい。置換割合を0.5atm%以上とした場合には、ドーパント元素Dが導入されない場合に比べて、表面電位が向上する効果が得られる。ただし、置換割合が20atm%に近づくと、ドーパント元素Dの導入による効果が低減する傾向が見られる。この理由は、必ずしも明らかではないが、比誘電率がより大きくなることが表面電位の上昇を抑制する方向に作用するものと推測される。そのため、置換割合が20atm%を超えない範囲で、所望の特性が得られるように、置換割合を適宜設定するのがよい。
【0033】
エレクトレット層2は、外層膜3の主成分となる第1の無機誘電体材料の比誘電率が、内層膜4の主成分となる第2の無機誘電体材料の比誘電率よりも大きいことが望ましい。第1の無機誘電体材料の比誘電率は、例えば、金属元素A、Bの組み合わせや、金属元素A、Bに対して導入されるドーパント元素D及びその置換割合等によって調整可能である。なお、比誘電率は、各材料の誘電率と真空の誘電率との比(すなわち、比誘電率=誘電率ε/真空の誘電率ε0)で表される固有値である。
【0034】
エレクトレット層2では、その外表面を形成する外層膜3が、高い表面電位を発現すると共に、外層膜3と基板10との間に内層膜4が介在することにより、積層界面における高い電荷蓄積効果が得られて、表面電位を安定化させていると考えられる。その場合には、外層膜3が、比誘電率が相対的に大きい材料にて構成されることにより、荷電処理による電荷量の増加に寄与し、内層膜4が、比誘電率が相対的に小さい材料にて構成されることにより、電荷の移動が抑制されて、界面に蓄積される電荷の安定化に寄与する。
【0035】
このような構成により、エレクトレット層2に蓄積される電荷が、基板10を介して流出することが抑制されて、高温環境においても、荷電処理により発現する表面電位を維持することが可能になる。第1の無機誘電体材料の比誘電率は、特に限定されないが、好適には、比誘電率が10以上であるのがよく、高い表面電位(例えば、絶対値で1000V以上)が得られる。比誘電率の上限は、特に限定されないが、例えば、100程度ないしそれ以下であるとよく、バンドギャップエネルギとの組み合わせにより、所望の表面電位が得られるように、第1の無機誘電体材料を選択することができる。
【0036】
第2の無機誘電体材料は、特に限定されず、第1の無機誘電体材料よりも比誘電率の小さい無機誘電体材料から適宜選択することができる。好適には、比誘電率が10程度ないしそれ以下である無機化合物が望ましい。このような無機化合物としては、例えば、Si又はAl等の金属元素を含む酸化物、窒化物、窒酸化物やそれらの混合物等が挙げられる。好適には、SiO2、SiN等のSi化合物、AlOx(例えば、Al2O3)等のAl化合物、又は、それら化合物から選ばれる2種以上の混合物が挙げられ、第1の無機誘電体材料や基板10の材質、基板10上への成膜方法等を考慮して、適宜選択することができる。
【0037】
基板10の材料は、特に限定されないが、例えば、導電性Siを用いることができる。その他、(Nb,Sr)TiO3や金属等の導電性材料を用いた導電性基板、Al2O3やガラス材料等の絶縁性材料を用いた絶縁性基板を用いることもできる。
【0038】
図2(上図)に一例を示すように、エレクトレット層2は、例えば、外層膜3を構成する第1の無機誘電体材料を、組成式(La,Ca)AlO
x(x<3)で表される第1の複合酸化物とし、内層膜4を構成する第2の無機誘電体材料を、SiO
2とすることができる。このような外層膜3と内層膜4を組み合わせた無機誘電体膜20は、例えば、導電性Siからなる基板10の上表面11に、直接形成され、エレクトレット化されて、全体が3層構造のエレクトレット1を構成している。
【0039】
図2(下図)に変形例を示すように、エレクトレット層2は、例えば、内層膜4を二層以上の複層構造とすることもできる。このような複層構造の膜(以下、複層膜と称する)として構成することもできる。その場合には、第2の無機誘電体材料として例示した、複数の金属化合物の2種以上を、任意に組み合わせることができる。ここでは、内層膜4を、基板10の上表面11に接する第1層4a(例えば、SiO
2)と、第2層4b(例えば、SiN)とを有する複層膜としている。
【0040】
無機誘電体膜20となる薄膜の成膜方法は、特に限定されず、任意の方法を用いることができる。具体的には、熱酸化法、スパッタ法等の物理気相蒸着法(Physical Vapor Deposition:PVD法)、化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition:CVD法)、溶着法、ゾル・ゲル法等が挙げられ、無機誘電体膜20を構成する外層膜3、内層膜4のそれぞれについて、形成したい膜質や膜厚を考慮して採用すればよい。
【0041】
例えば、外層膜3、内層膜4の成膜方法として、スパッタ法を用いる場合には、成膜しようとする膜と同等組成の第1、第2の無機誘電体材料の結晶をターゲットとし、不活性ガス中で高電圧を印加することにより、加速されたイオンをターゲットに衝突させて、基板10の上表面側に所望の組成の薄膜を形成することができる。また、
図2に示したように、内層膜4を構成する第2の無機誘電体材料がSiO
2を含む場合には、熱酸化法を用いて、基板10であるSi基板の表面に、SiO
2の熱酸化膜を形成することができる。
【0042】
成膜温度は、通常、室温~1000℃の範囲で、材料に応じた温度とすればよい。このような方法を用いて、1000℃以下の温度条件で成膜することにより、基板10や基板10上の配線等への高温によるダメージを抑制しながら、無機誘電体膜20となる第1、第2の無機誘電体材料の薄膜の形成が可能となる。なお、ターゲット原料となる第1、第2の無機誘電体材料は、1000℃を超える高温プロセスにて製造されたものを用いることができる。
【0043】
基板10上に形成される薄膜は、成膜条件等を調整することにより、例えば、0.01μm以上の任意の膜厚とすることができる。好適には、無機誘電体膜20を0.1μm~10μmの範囲の薄膜とすることにより、振動発電素子やメモリ回路等の小型デバイス用として適したエレクトレット1とすることができる。このとき、エレクトレット層2の表面電位は、内層膜4の膜厚に対して正の相関を有し、内層膜4の膜厚が厚くなるほど、表面電位が高くなる特性を示す。好適には、内層膜4の膜厚は、0.1μm以上、より好適には、0.5μm以上の範囲で、所望の特性が得られるように調整されるのがよい。
【0044】
一方、エレクトレット層2の表面電位は、外層膜3の膜厚には依存せず、基板10との間に内層膜4が介在することにより、ほぼ一定の表面電位を示す。そのため、外層膜3の膜厚は、0.01μm以上であればよく、好適には、0.1μm以上とすることにより、組成や荷電条件等に応じた表面電位を安定して発現することができる。より好適には、外層膜3の膜厚は、0.5μm以上の範囲で、荷電処理時の印加電圧に対して絶縁破壊が生じないように、十分な厚さに調整されるのがよい。
【0045】
エレクトレット1は、基板10の上表面11に無機誘電体膜20が成膜された状態で、積層方向(すなわち、厚さ方向X)に荷電処理が施されることによって得られる。荷電処理方法は、特に限定されるものではなく、例えば、コロナ放電等を用いて、無機誘電体膜20に接続された接地電極と対向電極との間に、加熱条件下で電圧を印加する方法を採用することができる。その他、高温下で高電圧を印加する熱エレクトレット化法等によって、荷電処理を行うこともできる。
【0046】
なお、表面電位は、基板10に成膜された無機誘電体膜20に印加する電圧に比例するため、用途に応じて要求される表面電位を実現するように、必要となる電圧を印加すればよい。あるいは、必要となる電圧に対して、絶縁破壊が生じないように、それに応じて膜厚を大きくすればよい。
【0047】
(実施形態2)
エレクトレットに係る実施形態2について、次に説明する。
本形態のエレクトレット1の基本構成は、上記実施形態1と同様であり、
図1に示した基板10と、その表面に成膜されたエレクトレット層2とを有する。エレクトレット層2は、外層膜3及び内層膜4を有する2層構造であり、本形態では、外層膜3の主成分となる第1の無機誘電体材料を変更している。以下、相違点を中心に説明する。
なお、実施形態2以降において用いた符号のうち、既出の実施形態において用いた符号と同一のものは、特に示さない限り、既出の実施形態におけるものと同様の構成要素等を表す。
【0048】
エレクトレット層2を構成する外層膜3の形態は、上記実施形態1と同様であり、第1の無機誘電体材料を主成分とするアモルファス膜又は酸化物結晶膜とすることができる。基板10の材質及び内層膜4を構成する第2の無機誘電体材料、成膜方法や膜厚その他も、上記実施形態1と同様とすることができる。
【0049】
本形態においても、第1の無機誘電体材料は、バンドギャップエネルギが3eV以上で、金属元素A、Bの少なくとも一方が三価の金属元素である複合酸化物を基本組成とする。好適には、二価又は三価の金属元素Aと、三価の金属元素Bを組み合わせた材料が用いられ、このような複合酸化物として、実施形態1のペロブスカイト型組成の複合酸化物に代えて、ガーネット型組成を有する第2の複合酸化物、又は、スピネル型組成を有する第3の複合酸化物を用いることができる。
【0050】
第1の無機誘電体材料は、異なる2種の三価の金属元素A、Bを含み、組成式A3B5O12で表される第2の複合酸化物を基本組成とすることができる。このとき、第2の複合酸化物は、立方晶系のガーネット型の結晶構造を有する結晶であってもよいし、非晶質であってもよい。いずれの場合も、基本の構成元素である金属元素A、BとOとの比率が、第2の複合酸化物の全体として、A:B:O=3:5:12の関係ないしそれに近い関係となるように構成されることが望ましい。
【0051】
第2の複合酸化物において、三価の金属元素A、Bの組み合わせは、特に限定されない。好適には、ペロブスカイト型組成の第1の複合酸化物と同様に、組成式A3B5O12における金属元素Aが、希土類元素Rから選ばれる少なくとも1つの元素であり、金属元素Bが、Alである組成とすることができる。三価の希土類元素Rとしては、例えば、Y、Sc及びランタノイドから選ばれる少なくとも1つの元素が用いられる。ランタノイドとしては、例えば、La、Pr、Nd、Sm及びGd等が挙げられる。このような組成を有する第2の複合酸化物として、具体的には、三価の希土類元素RとしてのYと、Alとを含むY3Al5O12等が挙げられる。
【0052】
組成式A3B5O12において、金属元素Aとして、2つ以上の希土類元素を組み合わせて用いることもできる。また、金属元素Bとして、Alと三価の典型元素から選ばれる少なくとも1つの元素(例えば、Ga等)とを組み合わせて用いることもできる。このような組成を有する第2の複合酸化物として、具体的には、三価の希土類元素RとしてのGdと、Al及びGaとを含むGd3(Al,Ga)5O12等が挙げられる。
【0053】
また、組成式A3B5O12において、金属元素Aの一部又は金属元素Bの一部、もしくはそれらの両方が、異なる金属元素からなるドーパント元素Dにて置換された組成となっていてもよい。その場合には、ドーパント元素Dが金属元素A、Bよりも低価数の金属元素であることが好ましい。例えば、金属元素Aが、三価の希土類元素Rである場合には、二価のアルカリ土類金属元素が好適に用いられ、金属元素Bが、三価のAlである場合には、二価のアルカリ土類金属元素及びZnから選ばれる1つ以上の元素が好適に用いられる。アルカリ土類金属元素としては、例えば、Mg、Ca、Sr、Ba等が挙げられる。
【0054】
金属元素A、Bを置換するドーパント元素Dの置換割合は、例えば、20atm%以下、好適には、0.1atm%以上20atm%以下の範囲で、適宜設定することができる。より好適には、置換割合を0.5atm%とすると、欠陥が導入されやすくなり、表面電位の向上に寄与する。金属元素Bについても同様であり、それぞれ、置換割合が20atm%を超えない範囲で、所望の特性が得られるように、置換割合を適宜設定するのがよい。
【0055】
また、第1の無機誘電体材料は、二価の金属元素Aと三価の金属元素Bとを含み、組成式AB2O4で表される第3の複合酸化物を基本組成とすることができる。このとき、第3の複合酸化物は、立方晶系のスピネル型の結晶構造を有する結晶であってもよいし、非晶質であってもよい。いずれの場合も、基本の構成元素である金属元素A、BとOとの比率が、第3の複合酸化物の全体として、A:B:O=1:2:4の関係ないしそれに近い関係となるように構成されることが望ましい。
【0056】
第3の複合酸化物において、二価の金属元素Aと三価の金属元素Bの組み合わせは、特に限定されない。好適には、組成式AB2O4における、二価の金属元素Aが、アルカリ土類金属元素及び遷移金属元素から選ばれる少なくとも1つの元素であり、三価の金属元素Bが、Alである組成とすることができる。アルカリ土類金属元素としては、例えば、Mg、Ca、Sr、Ba等が挙げられる。また、遷移金属元素としては、Fe、Zn、Mn等が挙げられる。
【0057】
このような組成を有する第3の複合酸化物として、具体的には、MgAl2O4(スピネル)の他、SrAl2O4、FeAl2O4、ZnAl2O4、MnAl2O4等が挙げられ、いずれも、比較的高いバンドギャップエネルギ(例えば、4eV以上)を有する。
【0058】
本形態においても、無機誘電体膜20は、このような第2、第3の複合酸化物を第1の無機誘電体材料とする外層膜3と、内層膜4とを含む。外層膜3は、全体が均一な組成の酸化物となっている必要はなく、例えば、部分的に基本組成とする第2、第3の複合酸化物と異なる組成となっていてもよい。エレクトレット層2は、このような無機誘電体膜20を、荷電処理することにより得られる。荷電処理方法は、上記実施形態1と同様とすることができる。
【0059】
第1の複合酸化物と同様に、第2、第3の複合酸化物は、酸素欠損等により構造中に欠陥が形成されて、基本の組成式に対して酸素の含有量が少ない構成となっていてもよい。その場合は、組成式A3B5Ox(x≦12)、組成式AB2Ox(x≦4)のように表すことができる。あるいは、簡便のため、置換前の基本の組成式にて表すものとする。
【0060】
具体的には、例えば、第2の複合酸化物であるY3Al5O12において、Yの一部をドーパント元素Dであるアルカリ土類金属元素(例えば、Mg)で置換した構成とすることができる。その場合には、ドーパント元素Dによる置換量や雰囲気等によって変動する酸素量を考慮して、組成式(Y,Mg)3Al5Ox(x<12)にて表すことができる。あるいは、簡便のため、置換前の基本の組成式にて表すものとする。
【0061】
このとき、
図3に一例を示すように、エレクトレット層2は、例えば、外層膜3を構成する第1の無機誘電体材料を、組成式(Y,Mg)
3Al
5O
x(x<12)で表される第2の複合酸化物とし、内層膜4を構成する第2の無機誘電体材料を、SiO
2とすることができる。このような外層膜3と内層膜4を組み合わせた無機誘電体膜20は、例えば、導電性Siからなる基板10の上表面11に、直接形成され、エレクトレット化されて、全体が3層構造のエレクトレット1を構成している。
【0062】
本形態において第1の無機誘電体材料となる、第2、第3の複合酸化物は、金属元素A、Bの全体に占める金属元素Bのモル分率が、第1の複合酸化物よりも大きくなっている。すなわち、上記第1の実施形態1で用いたペロブスカイト型組成の第1の複合酸化物は、金属元素Aと金属元素Bとが等比率(A:B=1:1)であるのに対し、ガーネット型組成の第2の複合酸化物は、A:B=3:5、スピネル型組成の第3の複合酸化物は、A:B=1:2であり、金属元素Bの割合がより多くなっている。
【0063】
第1の無機誘電体材料は、基本の構成元素である金属元素A、BとOとを含み、それらの比率A:B:Oが、所定の関係にある第1~第3の複合酸化物を基本組成とする。これら第1~第3の複合酸化物は、異なる金属元素A、Bの組み合わせやドーパント元素Dの導入により、バンドギャップエネルギが3eV以上であり、比誘電率が100以下で第2の無機誘電体材料よりも高い、所望の特性を示すものとなる。そして、第1、第2の無機誘電体材料を組み合わせた無機誘電体膜20は、エレクトレット化により高い表面電位を示すと共に、発現する表面電位を安定して維持可能となる。
【実施例0064】
(実施例1)
以下の方法で、
図2(上図)に示した実施形態1の構成のエレクトレット1を作製した。第1の無機誘電体材料としては、ペロブスカイト型組成の第1の複合酸化物を用いた。
<無機誘電体膜20の形成>
まず、導電性Siからなる基板10の上表面11を熱酸化することにより、熱酸化膜(SiO
2)を形成し、第2の無機誘電体材料の薄膜からなる内層膜4とした。基板10の厚さは、625μmであり、内層膜4の膜厚は、1.2μmとした。次いで、内層膜4の上表面に、スパッタ法により、第1の無機誘電体材料からなる外層膜3を形成した。スパッタリングの条件は、360℃、Ar雰囲気下とし、第1の無機誘電体材料として用いる第1の複合酸化物と同等組成の結晶をターゲットとして、外層膜3となるアモルファス膜を、1.3μmの膜厚で成膜した。
【0065】
第1の複合酸化物は、組成式ABO3における金属元素A、Bとして、La、Alを含み、Laの一部をドーパント元素Dで置換したランタンアルミネート(LaAlO3;以下、LAO)系複合酸化物とした。ここでは、ドーパント元素DとしてCaを用い、その置換割合を1atm%とした(以下、適宜、Ca1%添加LAOと称する)。また、ターゲットとして、1atm%のCaを含むLAO系複合酸化物を所定形状に成形し焼結させた多結晶体[(La0.99Ca0.01)AlOx]を、予め用意した。このようにして、Ca、La、Al、Oを含み、La、Al、Oの比が、およそ1:1:3である非晶質の膜を得た。
【0066】
なお、LAO系複合酸化物は、代表的な組成であるランタンアルミネート(LaAlO3)のバンドギャップエネルギが、5.6eVであり、Laの一部をドーパント元素DであるCaで置換した構成においても、ほぼ同等のバンドギャップエネルギを有する。また、LAO系複合酸化物(第1の無機誘電体材料)の比誘電率は約22であり、比誘電率が3.8であるSiO2(第2の無機誘電体材料)よりも大きい。
【0067】
<エレクトレット化>
このようにして、基板10上に無機誘電体膜20を成膜したサンプルを作製し、次いで、荷電処理を施して、エレクトレット層2を備えるエレクトレット1とした(実施例1)。荷電処理にはコロナ放電法を用い、無機誘電体膜20の内層膜4に接する基板10を、接地電極として用い、外層膜3側にコロナ放電電極となる放電針を対向配置して、負電圧を印加することによりコロナ放電を発生させた。その際、サンプルをヒータ板に載置し、接地したヒータ板に基板10の下表面12側が接するよう配置した。ヒータ板による加熱温度、コロナ放電による荷電処理の条件は、以下の通りとした。
加熱温度:200℃
放電針電圧:-10kV
放電時間:15秒間
放電針とサンプルとの距離:20mm
【0068】
<表面電位測定>
【0069】
これにより、基板10上に形成された無機誘電体膜20の露出する表面(すなわち、外層膜3の表面)に、コロナ放電により帯電したイオンが衝突し、マイナス電荷を帯びることによって、エレクトレット化する。次いで、得られたエレクトレット1(実施例1)について、表面電位の測定を行った。測定には、表面電位計(MODEL341-B:トレック社製)を用い、ステージ上に静置したエレクトレット1に測定プローブを対向させて、非接触で表面電位を測定した。このとき、同じ構成の複数のサンプル(サンプル数n=2)を作製し、それぞれ荷電処理を行った後、200℃にて30分間の加熱処理を行って、加熱処理後の表面電位を測定したところ、いずれも1100V超(絶対値)の高い表面電位が得られた。
【0070】
(比較例1)
比較のため、
図4(上図)に示すように、単層の無機誘電体膜21を用いてエレクトレット1を作製した。エレクトレット層2となる無機誘電体膜21は、外層膜3と同じ無機誘電体材料を主成分とする膜構成、すなわち、実施例1の構成における内層膜4を有しない単層膜とした。それ以外は、実施例1と同様とした。具体的には、導電性Siからなる基板10の上表面11に直接、スパッタ法により、1atm%のCaを含むLAO系複合酸化物のアモルファス膜を成膜して、無機誘電体膜21とした後、同様にして荷電処理を行って、エレクトレット1とした。また、基板10の厚さは、625μm、無機誘電体膜21の膜厚は、1.3μmとした。
【0071】
比較例1のエレクトレット1について、実施例1と同様の方法で、荷電処理直後の表面電位を測定した。このとき、荷電処理によるエレクトレット化の直後、100℃にて30分間の加熱を行った後、さらに、200℃にて30分間の加熱を行った後について、それぞれ表面電位の測定を行い、熱的環境及び時間経過による影響を評価した。
図4(下図)に、それぞれの結果を、荷電直後、100℃(30min)加熱後、200℃(30min)加熱後として示した。
【0072】
図4(下図)において、荷電直後の表面電位は、約400V(絶対値)であり、実施例1の表面電位に比べて半分以下の値となった。また、100℃での加熱後は、200V超(絶対値)と、荷電直後の表面電位から半減しており、200℃での加熱後は、表面電位がさらに大きく低下して、ほぼ消失している。このように、基板10上に形成されたエレクトレット層2が、単層の無機誘電体膜21からなる構成では、高温環境での表面電位の保持が困難であることが確認された。
【0073】
(実施例2~5)
次に、実施例1と同じエレクトレット層2の膜構成において、内層膜4の膜厚を変更したエレクトレット1を作製した。具体的には、基板10(導電性Si)の上表面11に、内層膜4となる熱酸化膜(SiO2)を、0.1μm、0.3μm、0.5μm、1.0μmの膜厚で、それぞれ形成したものについて、さらにスパッタ法により外層膜3となるアモルファス膜(Ca1%添加LAO)を成膜し、無機誘電体膜20とした。その後、それぞれについて、実施例1と同様にして荷電処理を行い、実施例2~5のエレクトレット1とした。基板10の厚さは、625μm、外層膜3の膜厚は、1.3μmとした。
【0074】
実施例2~5のエレクトレット1について、実施例1と同様の方法で、表面電位を測定した。このとき、各実施例について複数のサンプル(サンプル数n=2)を用意し、荷電処理を行った後、200℃にて30分間の加熱を行って、加熱処理後の表面電位を測定した。また、実施例1のエレクトレット1についても、同様にして200℃にて30分間加熱後の表面電位を測定し、これらの結果を、
図5に比較して示した。
【0075】
図5において、横軸は内層膜4(SiO
2)の膜厚であり、内層膜4を有しない比較例1の結果を併せて示した。すなわち、内層膜4の膜厚が0μmのとき、表面電位は0Vとなっている。これに対して、内層膜4を有する実施例1~5では、0.1μm(実施例2)で140V程度の表面電位(絶対値)が得られ、膜厚が厚くなるのに比例して、表面電位が高くなっている。具体的には、0.3μm(実施例3)で400V程度、0.5μm(実施例4)で600V程度、1.0μm(実施例5)で1000V程度の高い表面電位が得られた。
【0076】
また、実施例1~5のエレクトレット1の各サンプルについて、加熱処理後、さらに、室温にて放置したときの表面電位の変化を、
図6に示す。このとき、加熱処理後のサンプルの表面電位を、試験開始時点(経過時間:0)における表面電位として、それぞれ所定時間経過(例えば、5分間~10分間程度)するまでの変化を調べた。
図6に示すように、実施例1~5のいずれも、時間の経過による表面電位の変化は、ほぼみられなかった。
【0077】
図5、
図6の結果から、エレクトレット層2が、外層膜3と内層膜4とを有する膜構成(実施例1~5)である場合には、200℃での加熱処理後も表面電位が保持されており、比較例1のような表面電位の消失は見られなかった。このとき、内層膜4の膜厚が0.1μm(実施例2)~1.2μm(実施例1)の範囲において、内層膜4の膜厚が厚くなるほど、表面電位が高くなっており、時間が経過しても表面電位の変化は見られなかった。
【0078】
(実施例6~7)
次に、実施例2のエレクトレット層2の構成において、外層膜3の膜厚を変更したエレクトレット1を作製した。具体的には、基板10(導電性Si)の上表面11に、0.1μmの膜厚で、内層膜4となる熱酸化膜(SiO2)を形成し、さらにスパッタ法により外層膜3となるアモルファス膜(Ca1%添加LAO)を、約0.4μmの膜厚で成膜して、無機誘電体膜20とした。その後、荷電処理を行って、実施例6のエレクトレット1とした。また、外層膜3の膜厚を約0.9μmの膜厚で成膜した以外は同様にして、無機誘電体膜20を成膜し、荷電処理を行って、実施例7のエレクトレット1とした。
【0079】
実施例6~7のエレクトレット1について、荷電処理後、200℃にて30分間加熱した後に、実施例1と同様の方法で表面電位を測定し、これらの結果を、実施例2の結果と共に
図7に比較して示した。
【0080】
図7において、実施例6~7の表面電位(絶対値)は、140V前後であり、実施例2の結果と同等であった。このように、表面電位の大きさは、外層膜3の膜厚には依存せず、外層膜3となる第1の無機誘電体材料が同じであれば、同様の結果が得られる。また、
図5、
図6における実施例1~5のように、表面電位の大きさは、内層膜4の膜厚に対し正の相関を有しており、いずれの膜厚においても、熱的及び経時的に安定した結果が得られる。
【0081】
図8には、実施例5のエレクトレット1の構成について、さらに長時間の保管を行って、表面電位の経時的変化を調べた結果を示す。具体的には、同じ構成の複数のサンプル(サンプル数n=3)を用意し、それぞれについて、荷電処理後、200℃にて30分間加熱した後に表面電位を測定し、さらに、大気中にて保管しつつ所定時間経過後の表面電位を測定した。各サンプルにおける表面電位の測定は、2700分間程度までの間において、それぞれ同じタイミングで行った。
【0082】
図8において、実施例5のいずれのサンプルも、加熱処理直後の表面電位(絶対値)は、1000V前後であった。その後、時間経過に伴い、徐々に表面電位が低下しているが(例えば、500分間超までの間)、その低下はわずかであり、それ以降は表面電位の低下はほぼみられない。
【0083】
これらの結果から、エレクトレット1は、エレクトレット層2を構成する外層膜3及び内層膜4の組み合わせと、内層膜4の膜厚に応じた表面電位を発現し、温度環境や長時間の保管による影響を抑制して、熱的及び経時的に安定した特性を発揮できることがわかる。
【0084】
(実施例9~10)
次に、実施例1のエレクトレット層2の構成において、内層膜4を構成する第2の無機誘電体材料を変更したエレクトレット1を作製し、その熱的及び経時的安定性を調べた。具体的には、基板10(導電性Si)の上表面11に、プラズマCVD法により内層膜4としてSiNからなる薄膜を成膜した。プラズマCVD法による成膜は、原料ガスとしてSiH4、NH3を用い、基板温度300℃の条件とし、0.3μmの膜厚で、SiNからなるCVD薄膜を形成した。
【0085】
内層膜4の上表面に、さらにスパッタ法により外層膜3となるアモルファス膜(Ca1%添加LAO)を、1.3μmの膜厚で成膜して、無機誘電体膜20とした。その後、実施例1と同様に荷電処理を行って、実施例9のエレクトレット1とした。また、内層膜4として、0.5μmのSiNからなるCVD薄膜を形成した以外は、同様にして、実施例10のエレクトレット1を作製した。
【0086】
実施例9~10のエレクトレット1について、実施例1と同様の方法で、表面電位を測定した。このとき、同じ構成の複数のサンプル(サンプル数n=2)を用意し、それぞれについて、荷電処理後、200℃にて30分間加熱した後に表面電位を測定した。これらの結果を
図9に示す。
【0087】
図9においても、内層膜4の膜厚と表面電位との関係は、
図5に示した関係と同様であり、内層膜4の膜厚が0.3μm(実施例9)から0.5μm(実施例10)と厚くなるのに伴い、表面電位(絶対値)が125V程度から210V超へ増加する傾向がみられた。このように、内層膜4となる第2の無機誘電体材料の種類によらず、熱的安定性が向上し、内層膜4の膜厚と正の相関を有して、安定した表面電位が発現することが確認された。
【0088】
また、実施例9~10のエレクトレット1の各サンプルについて、加熱処理後、室温にて放置したときの表面電位の変化を、
図10に示す。このとき、加熱処理後のサンプルの表面電位を、試験開始時点の表面電位(経過時間:0)として、それぞれ所定時間経過(例えば、5分間~10分間程度)するまでの変化を調べた。
図10において、実施例9~10のいずれも、時間の経過による表面電位の変化は、ほぼみられなかった。
【0089】
(実施例11)
次に、以下の方法で、
図3に示した実施形態2の構成のエレクトレット1を作製した。第1の無機誘電体材料としては、ガーネット型組成の第2の複合酸化物を用いた。
【0090】
まず、実施例1と同様にして、基板10(導電性Si)の上表面11を熱酸化することにより、第2の無機誘電体材料の熱酸化膜(SiO2)を形成し、内層膜4とした。基板10の厚さは、625μmであり、内層膜4の膜厚は、1.2μmとした。次いで、内層膜4の上表面に、スパッタ法により、第1の無機誘電体材料からなる外層膜3を形成した。スパッタリングの条件は、360℃、Ar雰囲気下とし、第1の無機誘電体材料とする第2の複合酸化物と同等組成の結晶をターゲットとして、外層膜3となるアモルファス膜を、0.6μmの膜厚で成膜し、無機誘電体膜20とした。その後、荷電処理を行って、実施例11のエレクトレット1とした。
【0091】
第2の複合酸化物は、ガーネット型の組成式A3B5O12における金属元素A、Bとして、Y、Alを含み、Yの一部をドーパント元素Dで置換したY3Al5O12(以下、YAG)系複合酸化物とした。ここでは、ドーパント元素DとしてMgを用い、その置換割合を4atm%とした(以下、適宜、Mg4%添加YAGと称する)。また、ターゲットとして、4atm%のMgを含むYAG系複合酸化物の多結晶体[(Y2.88Mg0.12Al5Ox]を予め用意した。このようにして、Mg、Y、Al、Oを含み、Y、Al、Oの比が、およそ3:5:12である非晶質の膜を得た。
【0092】
なお、YAG系複合酸化物は、代表的な組成であるY3Al5O12のバンドギャップエネルギが、約5eVであり、Yの一部をドーパント元素DであるMgで置換した構成においても、ほぼ同等のバンドギャップエネルギを有する。また、YAG系複合酸化物(第1の無機誘電体材料)の比誘電率は約12であり、比誘電率が3.8であるSiO2(第2の無機誘電体材料)よりも大きい。
【0093】
実施例11のエレクトレット1について、実施例1と同様の方法で、表面電位を測定した。このとき、同じ構成の複数のサンプル(サンプル数n=3)を用意し、それぞれ荷電処理後、200℃にて30分間の加熱を行って、加熱処理後の表面電位を測定した。その結果、900V~1200V程度の高い表面電位(絶対値)が得られた。
【0094】
(実施例12~14)
また、実施例11のエレクトレット1について、内層膜4の膜厚を、0.3μm、0.5μm、1.0μmに変更し、それ以外は同様にして無機誘電体膜20を成膜し、荷電処理を行って、実施例12~14のエレクトレット1を作製した。これら実施例12~14のエレクトレット1のサンプルについて(サンプル数n=1~3)、実施例1と同様の方法で、荷電処理後、200℃にて30分間加熱した後に、表面電位を測定した。これらの結果を、実施例11、比較例1の結果と共に、
図11に示す。
【0095】
図11において、実施例12~14の表面電位(絶対値)は、それぞれ400V、600V、800V程度であり、比較例1に対して熱的安定性が向上している。また、実施例11~実施例14の結果から、表面電位の大きさは、内層膜4の膜厚に対して正の相関を有しており、第1の無機誘電体材料として第2の複合酸化物を用いた場合も、
図5と同様の傾向を示すことがわかる。
【0096】
(実施例15~16)
次に、実施例11のエレクトレット層2の構成において、内層膜4を構成する第2の無機誘電体材料を変更したエレクトレット1を作製し、その熱的及び経時的安定性を調べた。具体的には、基板10(導電性Si)の上表面11に、プラズマCVD法により内層膜4としてSiNからなる薄膜を成膜した。プラズマCVD法による成膜は、原料ガスとしてSiH4、NH3を用い、基板温度300℃の条件とし、0.3μmの膜厚で、SiNからなるCVD薄膜を形成した。
【0097】
内層膜4の上表面に、さらにスパッタ法により外層膜3となるアモルファス膜(Mg4%添加YAG)を、0.6μmの膜厚で成膜して、無機誘電体膜20とした。その後、実施例11と同様に荷電処理を行って、実施例15のエレクトレット1とした。また、内層膜4として、0.5μmのSiNからなるCVD薄膜を形成した以外は、同様にして、実施例16のエレクトレット1を作製した。
【0098】
実施例15~16のエレクトレット1について、実施例1と同様の方法で、表面電位を測定した。このとき、同じ構成の複数のサンプル(サンプル数n=2)を用意し、それぞれについて、荷電処理後、200℃にて30分間加熱した後に表面電位を測定した。これらの結果を
図12に示す。
【0099】
図12においても、内層膜4の膜厚と表面電位との関係は、
図9に示した関係と同様であり、内層膜4の膜厚が0.3μm(実施例15)から0.5μm(実施例16)と厚くなるのに伴い、表面電位(絶対値)が120V程度から200V超へ増加する傾向がみられた。このように、内層膜4となる第2の無機誘電体材料の種類によらず、熱的安定性が向上し、内層膜4の膜厚と正の相関を有して、安定した表面電位が発現することが確認された。
【0100】
また、実施例15~16のエレクトレット1の各サンプルについて、加熱処理後、室温にて放置したときの表面電位の変化を、
図13に示す。このとき、加熱処理後のサンプルの表面電位を、試験開始時点の表面電位(経過時間:0)として、それぞれ所定時間経過(例えば、5分間~10分間程度)するまでの変化を調べた。
図13において、実施例15~16のいずれも、時間の経過による表面電位の変化は、ほぼみられなかった。
【0101】
(実施例17~18)
次に、実施例1のエレクトレット層2において、内層膜4の構成を変更したエレクトレット1を作製し、その熱的及び経時的安定性を調べた。エレクトレット層2は、
図2(下図)に示した実施形態1の構成を有し、内層膜4は、第1層4aと第2層4bとを有する複層膜として構成される。
【0102】
具体的には、基板10(導電性Si)の上表面11に、熱酸化により、1.2μmの膜厚の熱酸化膜(SiO2)を形成し、内層膜4の第1層4aとした。次いで、プラズマCVD法により、0.3μmのSiNからなるCVD薄膜を成膜し、第2層4bとした。その上表面に、さらにスパッタ法により、外層膜3となるアモルファス膜(Ca1%添加LAO)を、1.3μmの膜厚で成膜して、無機誘電体膜20とした。その後、荷電処理を行って、実施例17のエレクトレット1とした。また、内層膜4の第2層4bとして、0.5μmのSiNからなるCVD薄膜を用い、それ以外は同様にして、実施例18のエレクトレット1を作製した。
【0103】
実施例17~18のエレクトレット1について、実施例1と同様の方法で、それぞれ表面電位を測定した。具体的には、荷電処理後、200℃にて30分間加熱した後、大気中にて保管して、表面電位を定期的に測定し、6分間超までの変化を調べた結果を、
図14に示す。
図14には、
図6の実施例1のエレクトレット1における結果を併せて示している。
【0104】
図14において、実施例17のエレクトレット1は、表面電位が800V(絶対値)程度であり、実施例18のエレクトレット1は、表面電位が900V(絶対値)程度であった。また、実施例17~18のエレクトレット1のいずれも、時間経過に伴う表面電位の低下はみられず、6分間超の時間が経過した後も、表面電位はほぼ一定であり、実施例1のエレクトレット1と同様の傾向がみられた。
【0105】
このように、内層膜4を、複数の第2の無機誘電体材料を組み合わせた複層膜とした場合も、さらに、第1の無機誘電体材料からなる外層膜3を積層して、エレクトレット層2とすることにより、エレクトレット1の熱的及び経時的安定性を向上させることができる。また、エレクトレット1の表面電位は、内層膜4及び外層膜3となる第1、第2の無機誘電体材料の組み合わせと、内層膜4の膜厚に依存して定まり、エレクトレット層2の層構成が同じであれば、内層膜4の膜厚が厚いほど、表面電位が高くなることがわかる。
【0106】
(比較例2~3)
比較のため、
図15に示すように、エレクトレット層2となる無機誘電体膜22において、第2の無機誘電体材料のみからなる複層構造の膜であるエレクトレット1を作製した。すなわち、第1の無機誘電体材料からなる外層膜3を有さず、無機誘電体膜22は、基板10に接する第1層22aと、その外側の第2層22bとを有する。具体的には、基板10(導電性Si)の上表面11に、1.2μmの膜厚の熱酸化膜(SiO
2)を形成して第1層22aとし、その上表面に第2層22bとして、プラズマCVD法により、0.3μmのSiNからなるCVD薄膜を成膜し、無機誘電体膜22とした。その後、荷電処理を行って、比較例2のエレクトレット1とした。また、第2層22bの膜厚を0.5μmの膜厚で成膜した以外は同様にして、無機誘電体膜22を成膜し、荷電処理を行って、比較例3のエレクトレット1とした。
【0107】
比較例2~3のエレクトレット1について、実施例1と同様の方法で、荷電処理後、200℃にて30分間加熱した後に表面電位を測定した。さらに、室温にて放置したときの(例えば、5分間超~10分間程度)、表面電位の変化を調べた。結果を
図16に示す。
図16において、比較例2~3のエレクトレット1は、荷電処理後の経過時間が1分間~2分間程度までは、絶対値で800V(比較例2)~900V(比較例3)程度の高い表面電位を示すものの、緩やかな低下がみられ、その後も徐々に表面電位が低下を続ける。そのため、比較例2では、経過時間が6分間程度で、700V程度(絶対値)まで低下し、比較例3では、経過時間が10分間程度で、600V程度(絶対値)の表面電位となっている。
【0108】
また、
図17に示すように、比較例3のエレクトレット1について、さらに、表面電位の測定を継続したところ、経過時間が20分間程度で、200V程度(絶対値)まで表面電位が低下した。また、その後、低下率は緩やかとなるものの、80分間程度で表面電位がほぼ0となるまで低下を続けることが判明した。
【0109】
このように、複数の異なる無機誘電体材料を積層した構造であっても、第1の無機誘電体材料からなる外層膜3を有しないエレクトレット1では、表面電位の低下を抑制することはできず、表面電位の経時的な安定性を確保することは難しい。
【0110】
図18~
図19は、実施例17~18のエレクトレット1について、それぞれ比較例2~3のエレクトレット1における結果と共に示したものである。
図18は、実施例17と、
図15の比較例2の結果を比較したものであり、実施例17のエレクトレット1は、表面電位が800V(絶対値)程度でほぼ一定であるのに対し、比較例2のエレクトレット1は、時間が経過するほど表面電位が低下し、実施例17の表面電位との差が大きくなる。また、
図19の比較結果においても同様であり、実施例18のエレクトレット1は、表面電位が900V(絶対値)程度でほぼ一定であるのに対し、比較例3のエレクトレット1は、時間経過と共に表面電位が低下し、実施例18の表面電位との差が大きくなっている。
【0111】
このように、エレクトレット1は、基板10上のエレクトレット層2が、第1の無機誘電体材料からなる外層膜3と、第2の無機誘電体材料からなる内層膜4とを備えることにより、熱的安定性が向上し、200℃以上の高温環境において、高い表面電位を発現する。また、経時的安定性が向上し、安定した表面電位を長時間維持することが可能になる。このようなエレクトレット1は、例えば、発電デバイスの製造プロセスのように、はんだリフロー等の高温プロセスを含む場合にも適用可能であり、プロセス設計の自由度が高まるため、製作コストの低減に寄与する。また、製造プロセスにおける性能の低下が抑制されるのみならず、その後の使用において温度環境が過酷な場合にも、安定した性能を維持することができる。
【0112】
なお、上記各実施形態では、エレクトレット層2の外層膜3をアモルファス膜とする場合について主に説明したが、結晶構造の複合酸化物を含む酸化物結晶膜とする場合には、多結晶膜でもよいし、耐熱性の母材膜中に複合酸化物粒子を含む混合膜であってもよい。また、エレクトレット層2は、例えば、外層膜3を二層以上の複層構造とすることもできる。
【0113】
本発明は上記各実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の実施形態に適用することが可能である。
本発明の特徴を以下の通り示す。
[1]基板(10)と、その表面(11)に形成されたエレクトレット層(2)と、を有するエレクトレット(1)であって、
前記エレクトレット層は、前記基板の厚さ方向(X)に積層された外層膜(3)及び内層膜(4)を含む無機誘電体膜(20)が荷電処理されたものであり、
前記外層膜は、異なる2種以上の金属元素を含む複合金属化合物であって、少なくとも三価の金属元素を含み、バンドギャップエネルギが3eV以上である第1の無機誘電体材料を主成分とする膜であり、
前記内層膜は、前記第1の無機誘電体材料とは異なる第2の無機誘電体材料を主成分とする膜である、エレクトレット。
[2]前記第1の無機誘電体材料は、異なる2種の金属元素A、Bを含む複合酸化物を基本組成とし、金属元素Aが二価又は三価の金属元素であり、金属元素Bが三価の金属元素である材料である、[1]に記載のエレクトレット。
[3]前記複合酸化物は、組成式ABO3で表される第1の複合酸化物、組成式A3B5O12で表される第2の複合酸化物、又は、組成式AB2O4で表される第3の複合酸化物である、[2]に記載のエレクトレット。
[4]前記第1の複合酸化物及び前記第2の複合酸化物において、金属元素Aは、希土類元素から選ばれる少なくとも1つの元素であり、前記第3の複合酸化物において、金属元素Aは、アルカリ土類金属元素及び遷移金属元素から選ばれる少なくとも1つの元素である、[3]に記載のエレクトレット。
[5]前記第1の複合酸化物、前記第2の複合酸化物及び前記第3の複合酸化物において、金属元素BはAlである、[4]に記載のエレクトレット。
[6]前記第1の無機誘電体材料の比誘電率は、前記第2の無機誘電体材料の比誘電率よりも大きい、[1]~[5]のいずれか1つに記載のエレクトレット。
[7]前記第2の無機誘電体材料は、Si化合物及びAl化合物から選ばれる1つ、又は、2つ以上の化合物の混合物である、[6]に記載のエレクトレット。
[8]前記エレクトレット層の表面電位の大きさは、前記内層膜の膜厚と正の相関を有する、[1]~[7]のいずれか1つに記載のエレクトレット。
[9]前記内層膜の膜厚は、0.1μm以上である、[8]に記載のエレクトレット。
[10]前記内層膜は、一層又は複層構造の膜であり、前記外層膜は、アモルファス構造の前記複合金属化合物の膜又は結晶構造の前記複合金属化合物の膜である、[1]~[9]のいずれか1つに記載のエレクトレット。