(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025001721
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】絶縁性転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/60 20060101AFI20241226BHJP
F16C 17/02 20060101ALI20241226BHJP
F16C 33/20 20060101ALI20241226BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20241226BHJP
F16C 33/62 20060101ALI20241226BHJP
【FI】
F16C33/60
F16C17/02 Z
F16C33/20 A
F16C19/06
F16C33/62
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023101358
(22)【出願日】2023-06-21
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【弁理士】
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100155963
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100150566
【弁理士】
【氏名又は名称】谷口 洋樹
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 真二
(72)【発明者】
【氏名】松本 章央
【テーマコード(参考)】
3J011
3J701
【Fターム(参考)】
3J011AA20
3J011BA02
3J011CA06
3J011DA01
3J011KA02
3J011MA12
3J011PA03
3J011SC01
3J011SC20
3J701AA02
3J701AA12
3J701AA32
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3J701AA52
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3J701BA53
3J701BA56
3J701BA64
3J701BA70
3J701EA02
3J701EA06
3J701EA13
3J701EA31
3J701EA37
3J701EA73
3J701EA76
3J701FA11
3J701FA60
3J701XB03
3J701XB18
(57)【要約】
【課題】定められた条件において、締まり嵌めに対応できる絶縁性転がり軸受を提供する。
【解決手段】絶縁性転がり軸受21は、軸受本体部Bhと絶縁性ブッシュ28とを備える。軸受本体部Bhの内輪内周部22aに絶縁性ブッシュ28が圧入されている。絶縁性ブッシュ28は、金属製円環28aと、この金属製円環28aの内周面に設けられる絶縁性樹脂28bとを備える。金属製円環28aと絶縁性樹脂28bとが、互いに近似する定められた線膨張係数を有し、且つ一体に設けられている。絶縁性樹脂28bは、金属製円環28aの内周面に形成された複数の孔に侵入して密着されている。金属製円環28aの前記孔は数nm~数十nmの微細孔である。金属製円環28aと絶縁性樹脂28bの線膨張係数の比は、金属製円環28aを1とすると絶縁性樹脂28bが0.87~2.25である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪内周部に絶縁性ブッシュが圧入された絶縁性転がり軸受であって、
前記絶縁性ブッシュは、金属製円環と、この金属製円環の内周面に設けられる絶縁性樹脂とを備え、前記金属製円環と前記絶縁性樹脂とが、互いに近似する定められた線膨張係数を有し、且つ一体に設けられている絶縁性転がり軸受。
【請求項2】
請求項1に記載の絶縁性転がり軸受において、前記絶縁性樹脂は、前記金属製円環の内周面に形成された複数の孔に侵入して密着されている絶縁性転がり軸受。
【請求項3】
請求項2に記載の絶縁性転がり軸受において、前記金属製円環の前記孔は数nm~数十nmの微細孔である絶縁性転がり軸受。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の絶縁性転がり軸受において、前記金属製円環と前記絶縁性樹脂の線膨張係数の比は、前記金属製円環を1とすると前記絶縁性樹脂が0.87~2.25である絶縁性転がり軸受。
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載の絶縁性転がり軸受において、前記金属製円環が、機械構造用炭素鋼、銅またはオーステナイト系ステンレス鋼である絶縁性転がり軸受。
【請求項6】
請求項1または請求項2に記載の絶縁性転がり軸受において、前記絶縁性樹脂がPPSまたはPEEKで構成されている絶縁性転がり軸受。
【請求項7】
請求項1または請求項2に記載の絶縁性転がり軸受において、内輪回転および内輪回転荷重の条件下で使用される絶縁性転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁性転がり軸受に関し、例えば、一般産業機械等で使用される各種モータ等において回転部に用いる絶縁性転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受は、内輪、外輪の軌道面並びに転動体の転動面に電食と呼ばれる腐食を発生させ、耐久性が低下する。この現象には、転がり軸受に絶縁性を持たせることで対処することが可能である。一般に、転がり軸受に絶縁を持たせるためには、転がり軸受にセラミックを溶射すること、または転動体にセラミックボールを用いることは有効である。しかし、この場合は、セラミックの原料である窒化ケイ素の製造コスト、材料費が影響するため原価が高くなる。
【0003】
低コストで簡易的に転がり軸受に絶縁性能を持たせるために、絶縁性ブッシュを内輪内径または外輪外径に圧入することで、転がり軸受が絶縁性を得ることができる。
特許文献1記載の冷媒圧縮機では、樹脂製スリーブが、圧入などの手段で内輪の内周面に嵌め込まれている。しかしながら、加熱と冷却が繰り返される実機での使用条件では、樹脂製スリーブがクランク軸に抱き着くこと、樹脂製スリーブが内輪から抜けることが懸念される。また、同様の樹脂製スリーブを、外輪の外周面に嵌め込み絶縁性を図ることが考えられるが、樹脂製スリーブが外輪に抱き着くこと、樹脂製スリーブがハウジングから抜けることが懸念される。
【0004】
そこで、特許文献2~4の絶縁転がり軸受は、上記問題を解決するために、絶縁性ブッシュとして、金属円環に絶縁性樹脂をインサート成形したものである。前記絶縁性ブッシュは、金属と樹脂が強力に密着し、加熱と冷却が繰り返される条件においても、樹脂が金属円環に対し膨張が抑制される。このため、樹脂がクランク軸に抱き着く、または、内輪から絶縁性ブッシュが抜けることがない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-40261号公報
【特許文献2】特開2021-55748号公報
【特許文献3】特開2021-143713号公報
【特許文献4】特開2022-38349号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2~4においては、内輪に絶縁性ブッシュを備えた転がり軸受とあるが、絶縁性ブッシュを内輪に圧入して軸に嵌める場合、締まり嵌めができないという問題がある。内輪内径に圧入した絶縁性ブッシュの樹脂と軸の締まり嵌めにより、樹脂の異常またはクリープのおそれがある。
【0007】
<荷重分類による絶縁箇所の分類について>
【表1】
内輪回転、外輪回転荷重の条件において、
外輪外径は、嵌め合いがタイトである。そのため、外輪をハウジングに取り付けるときに絶縁コーティングに剥がれ等の異常が生じる恐れがあるため、外輪外径に絶縁コーティングを施すことは避けられてきた。
内輪内径は、嵌め合いはルーズである。そのため、内輪内径に絶縁コーティングを施しても、内輪をシャフトに取り付けるとき、前記絶縁コーティングに剥がれ等の異常が生じる恐れは少ない。
特許文献1に記載される冷媒圧縮機は、内輪回転、外輪回転荷重の条件で使われるため、特許文献2のような絶縁性ブッシュは、内輪内径に適用できる。
【0008】
内輪回転、内輪回転荷重の条件において、
外輪外径は、嵌め合いがルーズである。そのため、外輪外径に絶縁コーティングを施しても、外輪をハウジングに取り付けるときに絶縁コーティングに剥がれ等の異常が生じる恐れは少ない。
内輪内径は、嵌め合いがタイトである。そのため、内輪内径に絶縁コーティングを施した場合、内輪をシャフトに取り付けるときに絶縁コーティングが剥がれるかまたはクリープが生じる等の異常の恐れがある。
上記理由から、内輪回転、内輪回転荷重の条件において、絶縁性を軸受に持たせるには、外輪外径にセラミック溶射や、樹脂の射出成形が適用される。
【0009】
このような理由から、内輪回転、内輪回転荷重の条件で、内輪内径に絶縁コーティングを行うのは避けられてきた。
絶縁性ブッシュは金属と樹脂の一体化品があるが、密着力が不足すると、熱膨張後、冷えると樹脂が金属円環から離れてしまうため、樹脂が軸に抱き着いて異常を生じる恐れがある。
さらに、外輪絶縁コーティングでは、電食の要因の一つとなる軸電流といわれる電流が軸受に流れることは避けることはできない。
内輪内径の絶縁コーティングであれば、軸からの電流は避けられるため、さらなる電食防止効果が期待できる。
【0010】
本発明の目的は、定められた条件において、締まり嵌めに対応できる絶縁性転がり軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の絶縁性転がり軸受は、内輪内周部に絶縁性ブッシュが圧入された絶縁性転がり軸受であって、
前記絶縁性ブッシュは、金属製円環と、この金属製円環の内周面に設けられる絶縁性樹脂とを備え、前記金属製円環と前記絶縁性樹脂とが、互いに近似する定められた線膨張係数を有し、且つ一体に設けられている。
【0012】
前記「互いに近似する定められた線膨張係数」とは、設計等によって任意に定める線膨張係数であって、例えば、冷却と加熱を繰り返す条件下での試験およびシミュレーションのいずれか一方または両方等により適切な線膨張係数を求めて定められる。
前記「一体に設けられている」とは、金属製円環と絶縁性樹脂とが、インサート成形等によって互いに分離されない密着力を有することを意味する。
【0013】
この構成によると、絶縁性ブッシュを内輪内周部に圧入することで、絶縁性を有することができる。この場合、軸受にセラミックを溶射する等の従来技術に比べて、容易に且つ低コストで絶縁性転がり軸受を組み立てることができるうえ、同軸受を容易に組み込むことが可能である。金属製円環と絶縁性樹脂とが、互いに近似する定められた線膨張係数を有し、且つ一体に設けられているため、軸に対し絶縁性転がり軸受を締まり嵌めすることができる。したがって、絶縁性転がり軸受を軸に圧入して内輪回転、内輪回転荷重の定められた条件においても使用可能である。絶縁性ブッシュは、内輪内周部から抜けないように十分な締め代をもって圧入するため、高い抜去力を有し、運転中に絶縁性ブッシュが内輪から抜けることがない。使用中の絶縁性ブッシュは、常温・高温環境でも締め代が十分に保たれることから抜ける心配もなく、絶縁性ブッシュと内輪でクリープ等の異常は発生しない。
【0014】
前記絶縁性樹脂は、前記金属製円環の内周面に形成された複数の孔に侵入して密着されていてもよい。この場合、絶縁性樹脂が金属製円環の複数の孔に隙間なく侵入してアンカー効果で高い密着力を維持することが可能となる。
【0015】
前記金属製円環の前記孔は数nm~数十nmの微細孔であってもよい。この場合、絶縁性樹脂が金属製円環に対しより確実に高い密着力を維持し得る。前記孔が前記数nm未満では、絶縁性樹脂が複数の孔に十分に侵入できないおそれがある。前記孔が前記数十nmを超える場合、アンカー効果を発揮することができないおそれがある。
【0016】
前記金属製円環と前記絶縁性樹脂の線膨張係数の比は、前記金属製円環を1とすると前記絶縁性樹脂が0.87~2.25であってもよい。このように金属製円環と絶縁性樹脂の線膨張係数比を規定したうえで金属製円環と絶縁性樹脂が一体に設けられているため、軸に対し絶縁性転がり軸受を確実に締まり嵌めすることができる。
【0017】
前記金属製円環が、機械構造用炭素鋼、銅またはオーステナイト系ステンレス鋼であってもよい。これら機械構造用炭素鋼、銅またはオーステナイト系ステンレス鋼は、内外輪の例えば軸受鋼等と同程度に膨張するため、軸受内輪との間に十分な締め代を確保でき、軸受内輪と金属製円環の締め代の減少を防ぐことができる。
【0018】
前記絶縁性樹脂がPPSまたはPEEKで構成されていてもよい。この場合、絶縁性樹脂の線膨張係数を金属製円環に近く、且つ小さい線膨張係数にすることができる。よって、絶縁性ブッシュの軸との嵌め合いによる締め代の減少を防ぐことができる。PPSまたはPEEKで構成される絶縁性樹脂は比較的高硬度であるため、軸に対し絶縁性転がり軸受を締まり嵌めするとき、絶縁性樹脂がクリープすることを未然に防止し得る。
【0019】
内輪回転および内輪回転荷重の条件下で使用されるものであってもよい。前記条件下においても締まり嵌めに対応できる絶縁性転がり軸受を実現し得る。
【発明の効果】
【0020】
本発明の絶縁性転がり軸受は、内輪内周部に圧入される絶縁性ブッシュとして、金属製円環と絶縁性樹脂とが、互いに近似する定められた線膨張係数を有し、且つ一体に設けられている。このため、絶縁性転がり軸受は、定められた条件において、締まり嵌めに対応できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る絶縁性転がり軸受の縦断面図である。
【
図2】同絶縁性転がり軸受の絶縁性ブッシュの斜視図である。
【
図6】抜去力試験後の比較例の外観を示す図である。
【
図7】熱衝撃試験前後における樹脂内径の測定位置を示す図である。
【
図9A】金属製円環と絶縁性樹脂の密着力試験の概要を示す図である。
【
図10】実施例および比較例の絶縁性ブッシュの密着力を示す図である。
【
図11】同絶縁性転がり軸受を用いた冷媒圧縮機の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[第1の実施形態]
本発明の実施形態に係る絶縁性転がり軸受を
図1ないし
図4と共に説明する。絶縁性転がり軸受は、例えば、一般産業機械等で使用される各種モータ等において回転部に用いられる。但し、絶縁性転がり軸受は、前記用途に限定されるものではない。
【0023】
<絶縁性転がり軸受の概略構成>
図1のように、絶縁性転がり軸受21は、軸受本体部Bhと、この軸受本体部Bhの内輪内周部22aに圧入された絶縁性ブッシュ28とを備える。軸受本体部Bhは、内外輪22,23と、これら内外輪22,23間に介在する複数の転動体24と、複数の転動体24を円周方向一定間隔おきに保持する保持器25と、軸方向両端に配置されるシール部材26,26とを有する深溝玉軸受である。転動体24は玉であり、内外輪22,23、玉24は、例えば、SUJ2等の軸受鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼等で形成されている。内外輪22,23間の軸受空間にはグリース27が充填され、前記シール部材26,26によって軸受空間が密封されている。
【0024】
<絶縁性ブッシュについて>
図2のように、絶縁性ブッシュ28は、外径側の金属製円環28aと、この金属製円環28aの内周面に設けられる絶縁性樹脂28bとを備える。金属製円環28aと絶縁性樹脂28bとが、互いに近似する定められた線膨張係数を有し、且つ一体に設けられている。
図3のように、絶縁性樹脂28bは、金属製円環28aの内周面に形成された複数の孔hに侵入して密着されている。金属製円環28aの前記孔hは数nm以上数十nm以下の微細孔である。
【0025】
図4のように、内輪内周部22aに絶縁性ブッシュ28が圧入嵌合され、さらに
図1のように、絶縁性ブッシュ28の軸孔に軸5が挿入されることで、軸5、絶縁性ブッシュ28および内輪22は、一体回転可能となる。軸5の回転時において、絶縁性樹脂28bは軸5の外周面に対し摺動せずに接触する。絶縁性樹脂28bが、内輪22および金属製円環28aと、軸5との間に介在することで、軸電流が軸5を介して軸受本体部Bhに流れることを遮断する。
【0026】
<金属製円環>
図2のように、金属製円環28aは、後述する特殊な表面処理により、内径にインサート成形可能な略円筒状の金属円環である。金属製円環28aは、軸受鋼と同等の線膨張係数を有する金属、例えば、S45C等の機械構造用炭素鋼、銅またはSUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼である。これらの金属は、軸受鋼と同程度に膨張するため、軸に対し十分な締め代を確保し、軸受内輪と金属製円環28aの締め代の減少を防ぐ。前記金属に、亜鉛、ニッケル、銅等のめっきを施してもよい。金属製円環28aの厚さは、特に限定されないが、金属製円環28aの厚さの方が絶縁性樹脂28bの厚さよりも大きいことが好ましい。金属製円環28aの厚さは、好ましくは0.5mm~5mmであり、より好ましくは1mm~3mmである。
【0027】
<絶縁性樹脂>
内輪に圧入した絶縁性ブッシュ28の絶縁性樹脂28bは、軸との嵌め合いによる締め代の減少を防ぐために、金属製円環28aに近い線膨張係数が望ましく、且つ小さい方がよい。前記金属製円環28aと前記絶縁性樹脂28bの線膨張係数の比は、金属製円環28aを1とすると絶縁性樹脂28bが0.87~2.25である。絶縁性樹脂28bは、締まり嵌めによりクリープしないように高硬度であり、クリープ耐性のある樹脂が望ましい。絶縁性樹脂28bは、絶縁性樹脂自体の異常を未然に防止する観点から、耐熱衝撃性のある樹脂であることが望ましい。
【0028】
上記全てを満足する樹脂として、例えば、ポリフェニレンサルファイド(PPS)またはポリエーテルエーテルケトン(PEEK)がある。絶縁性樹脂28bには、添加剤を適宜配合することができる。添加剤としては、耐クリープ性を向上できることから、例えば、ガラス繊維、アラミド繊維、チタン酸カリウムウィスカ、酸化チタンウィスカ等の非導電性の補強材を配合することが好ましい。
【0029】
具体的な絶縁性樹脂28bの形態として、例えば、ベース樹脂にPPS樹脂を用い、添加剤としてガラス繊維を用いることが好ましい。前記ガラス繊維は、絶縁性樹脂全体の10重量%~30重量%含むことがより好ましい。絶縁性樹脂28bの厚さは、薄くすることで使用時の負荷による歪を小さくできることから、0.1mm~2mmが好ましく、0.1mm~1mmがより好ましく、0.1mm~0.5mmがさらに好ましい。
【0030】
<表面処理等>
金属製円環28aにおける絶縁性樹脂28bとの接合面は、金属製円環28aと絶縁性樹脂28bとの密着強度を高くするために、ショットブラスト、タンブラー、機械加工等により、凹凸形状などに荒らすことが好ましい。その際の表面粗さはRa4μm以上が好ましい。
特に、金属製円環28aと絶縁性樹脂28bとの密着性を高めるには、金属製円環28aの絶縁性樹脂28bとの接合面に、化学表面処理を施すことが好ましい。化学表面処理としては、(1)接合面に微細凹凸形状が形成される処理、または、(2)接合面に絶縁性樹脂28bと化学反応する接合膜が形成される処理、を施すことが好ましい。
【0031】
接合面を微細凹凸形状とすることで、真の接合面積が増大し、絶縁性樹脂28bと金属製円環28aとの密着強さが一層向上する。また、接合面において絶縁性樹脂28bと化学反応する接合膜を介在させることで、絶縁性樹脂28bと金属製円環28aとの密着強さが一層向上する。
微細凹凸形状となる表面粗化処理としては、酸性溶液処理(硫酸、硝酸、塩酸等、もしくは他の溶液との混合)、アルカリ性溶液処理(水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど、もしくは他の溶液との混合)により、金属製円環28aの内周面を溶かす方法が挙げられる。微細凹凸形状は、濃度、処理時間、後処理等によって異なるが、アンカー効果による密着性を高めるためには、凹ピッチが数nm~数十μmの微細な凹凸にすることが好ましい。また、一般的な酸性溶液処理、アルカリ性溶液処理以外に、特殊なメック社製アマルファ処理、大成プラス社製NMT処理等が例示できる。
【0032】
絶縁性樹脂28bを射出成形で形成する際には、樹脂材が高速で流し込まれるため、前記樹脂材が、せん断力により凹ピッチが数nm~数十μmである上記微細凹凸形状にも深く入り込むことができる。これにより、金属製円環28aと絶縁性樹脂28bとの密着強度が確保できる。また、化学表面処理により形成された上記微細凹凸形状は、機械的に単純に荒らした形状とは異なり、多孔質のような複雑な立体構造となっているため、アンカー効果を発揮しやすく、強固な密着が可能となる。
【0033】
絶縁性樹脂28bと化学反応する接合膜が形成される表面処理としては、トリアジンジチオール誘導体、s-トリアジン化合物などの溶液への浸漬処理が挙げられる。これら表面処理は、処理した金属製円環28aを金型に入れ射出成形する際に、熱と圧力により樹脂材と反応し、絶縁性樹脂28bと金属製円環28aとの密着性が高まる。このような表面処理としては、例えば、東亜電化社製TRI処理等が例示できる。
【0034】
化学表面処理のうち、メック社製アマルファ処理、大成プラス社製NMT処理、東亜電化社製TRI処理等の特殊表面処理は、アルミニウム、銅に適している。また前述のように、金属製円環28aは、軸受鋼と同等の線膨張係数を有することが望ましい。このため、これらの処理を施す場合は、少なくとも金属製円環28aの内周面が銅であることが好ましい。
【0035】
<絶縁性ブッシュの構成、密着力>
図3のように、金属製円環28aには、前述の特殊な表面処理を施すことで金属表面には、数nm以上数十nm以下の微細孔hが形成される。この金属製円環28aを金型内にセットし、インサート成形により絶縁性樹脂28bとの一体化成形を行う。絶縁性樹脂28bは、主にアンカー効果により金属製円環28aと接合し、絶縁性樹脂28bは、前記微細孔hに隙間なく侵入する。前記表面処理により、金属製円環28aと絶縁性樹脂28bが強力に密着し、冷却と加熱を繰り返す過酷な条件でも絶縁性樹脂28bが金属製円環28aから剥がれない。
【0036】
<絶縁性ブッシュと内輪の構成、締まり嵌め>
図4のように、軸受本体部Bhの内輪22を加熱することで内輪内径を膨張させ、絶縁性ブッシュ28と締まり嵌めをする。絶縁性樹脂28bは金属と近い線膨張係数を有しているため、
図1のように、内輪内径に軸5を締まり嵌めすることが可能である。この場合、内輪内径に絶縁コーティングをすることなく、絶縁性ブッシュ28を内輪内周部22aに圧入するだけでよく、絶縁コーティングのように軸取り付け時に剥がれる等の異常もない。
【0037】
内輪22に圧入する絶縁性ブッシュ28は、締まり嵌め可能であり、内径寸法精度を最高約5μm以下に抑えることが可能である。よって、絶縁性ブッシュ28は、軸受本体部Bhと同等の寸法精度を実現し得る。さらに絶縁性樹脂28bの熱膨張は金属に支配されるため、絶縁性転がり軸受21は、運転中、締まり嵌めを維持したまま運転することができる。
【0038】
<絶縁性ブッシュと内輪の構成、抜去力>
特許文献1のような樹脂製の絶縁性ブッシュの場合、加熱と冷却を繰り返すような条件では、絶縁性ブッシュが収縮してしまう。このため、運転中に前記絶縁性ブッシュが軸に抱きついてしまい、内輪から抜けることが懸念される。
これに対して本実施形態の絶縁性ブッシュ28の金属製円環28aは、内輪内径から抜けないように高い締め代を有し、強力な抜去力を持つ。このため、運転中に絶縁性ブッシュ28が抜けないようにすることができる。
【0039】
<絶縁性ブッシュの構成、組立性>
特許文献1では、内輪内径に絶縁性ブッシュを嵌め込んでいるが、絶縁性ブッシュの鍔部であるフランジが軸受端面よりも軸方向に突出している形状である。このため、軸受を組み込むには突出しているフランジを考慮してハウジングの設計見直しが必要となる。このタイプは軸受の幅寸法が変化する。そのため、軸受の組立時に幅寸法の変化分を考慮する必要があり、組立工程の再考が必要となる。
これに対して本実施形態の絶縁性転がり軸受21における絶縁性ブッシュ28は、軸受本体部Bhの端面から軸方向に突出していない。このため、ハウジングの設計の見直しは必要ないうえ、絶縁性転がり軸受21の幅寸法の変化もないため軸受の組立にも有利である。
【実施例0040】
比較例1
PEEK樹脂を射出成形して、絶縁性樹脂のみから成る絶縁性ブッシュを得た。この絶縁性ブッシュをSUJ2製の内輪の内周部に嵌合して、比較例1の試験部材を得た。
【0041】
実施例1
オーステナイト系ステンレス鋼である金属製円環の内周面に前述の表面処理を施す。その金属製円環を金型に入れ、射出成形によって金属製円環の内周面にPPSで構成された絶縁性樹脂を形成することで、絶縁性ブッシュを得た。この絶縁性ブッシュをSUJ2製の内輪の内周部に嵌合して、実施例1の試験部材を得た。
【0042】
実施例2
機械構造用炭素鋼鋼管(STKM)である金属製円環の内周面に前述の表面処理を施す。その金属製円環を金型に入れ、射出成形によって金属製円環の内周面にPPSで構成された絶縁性樹脂を形成することで、絶縁性ブッシュを得た。この絶縁性ブッシュをSUJ2製の内輪の内周部に嵌合して、実施例2の試験部材を得た。
【0043】
<抜去力試験>
絶縁性ブッシュの抜けが考えられるため、各試験部材につき後述する抜去力試験を行い絶縁性ブッシュの抜去力を測定した。合格基準を1000N以上とし、室温である常温時と、雰囲気温度160℃の高温時で絶縁性ブッシュを内輪内径から抜くのに必要な力である抜去力を測定した。また熱衝撃試験後の抜去力測定も行った。熱衝撃は、
図8および表2のように、160℃、30分の高温条件と、-30℃、30分の低温条件を1セットとして200サイクル行った。
【表2】
【0044】
抜去力試験の条件は以下の通りである。
測定器:オートグラフ
測定速度:5mm/sec
判定基準:荷重が1000N以上で合格
【0045】
抜去力試験の概略を
図5に示す。同
図5のように、受け治具18の上に試験部材17を支持し、その試験部材17の内輪17aの内周部に嵌合された絶縁ブッシュ17bの端面に押し治具19を当てた。押し治具19に対して矢印A1の向きに荷重をかけ、絶縁ブッシュ17bが受け治具18に抜けきるまでの荷重のピークを測定した。
【0046】
<抜去力測定結果>
【表3】
実施例1および2は、室温時および高温時に、全ての試験数において抜去力1000N以上を示す十分な抜去力を有していた。実施例1および2は、絶縁性ブッシュの軸への抱き着きも見られなかった。実施例1および2を加熱と冷却の繰り返し条件下で使用する場合にも、熱衝撃試験後に十分な抜去力を有し、絶縁性ブッシュの軸への抱き着きも見られなかった。
【0047】
一方、絶縁性ブッシュがPEEK樹脂のみで構成されている比較例1は、室温時で試験数10のうち合格数は3であり、熱衝撃試験後の合格数は0であった。また比較例1は、熱衝撃試験後の抜去力試験後に軸受内輪からPEEK樹脂が軸に抱き着いてしまい、
図6のように、絶縁性ブッシュと軸が内輪から自重で抜け落ちた。不合格のうち3つは、絶縁性ブッシュの縮小によって内輪と絶縁性ブッシュの締め代がなくなり、絶縁性ブッシュと軸が内輪から自重で抜ける結果となった。
図6右側の拡大図に示すように、絶縁性ブッシュの異常も確認された。
【0048】
<絶縁破壊電圧>
絶縁性ブッシュは、表4のように、絶縁性樹脂の厚さが0.1mmで1500Vの絶縁破壊電圧を有し、絶縁性樹脂の厚さが2.0mmで15MVの絶縁破壊電圧を有する。
【表4】
【0049】
<嵌め合い>
金属製円環と絶縁性樹脂の線膨張係数を以下の表5、6に示す。
【表5】
【表6】
【0050】
また、熱衝撃試験前後の絶縁性樹脂における内径寸法の変化率を表7に示す。
図7は、熱衝撃試験前後における樹脂内径の測定位置を示す図である。
【表7】
表7のように、熱衝撃試験後、絶縁性樹脂における内径寸法の変化は僅かであったため、冷却と加熱を繰り返す条件下でも軸と絶縁性ブッシュの嵌め合いは締まり嵌めを維持できる。さらに表3の抜去力測定結果から、絶縁性ブッシュが軸に抱き着いて自重で抜けることは無く、内輪と絶縁性ブッシュの締まり嵌めを維持することができる。
【0051】
<金属製円環と絶縁性樹脂の密着力>
密着力試験の概要を
図9Aに示す。
図9Aおよび
図9Bのように、中空円筒状のホルダー30内に、絶縁性ブッシュの試験部材31を圧入し、この試験部材31の樹脂部分31b上に押え治具32を支持した。これにより樹脂部分31bのみを押す。この押え治具32に対し押し治具33により矢印A2の向きに荷重をかけ密着力を測定した。金属製円環31aと、樹脂部分31bである絶縁性樹脂の密着力試験結果を表8に示す。また熱衝撃試験後の密着力グラフを
図10に示す。
【0052】
【0053】
金属製円環と絶縁性樹脂が十分に密着していない場合、同
図10の密着力不足品である比較例のように、円環部と樹脂部との接合面に最大密着力(合格基準の20%程度)が負荷された後、絶縁性樹脂だけが剥がれて抜け落ちてしまう。
これに対して同
図10の実施例は、前述の特殊な表面処理により数十nm以下の微細な孔を形成した金属製円環に、樹脂が主にアンカー効果により金属と接合している。樹脂は、形成された数十nm以下の微細孔に、隙間なく侵入する効果で密着力が向上し、比較例に比べて最大10倍程の密着力を得ることができる。
【0054】
実施例は、室温および熱衝撃試験後に実施した密着力試験において、合格基準以上の密着力であったため十分な密着力である。これにより、熱膨張と冷却の条件でも樹脂が金属から離れることはなく、さらに金属は樹脂と共に膨張するため、締まり嵌めにも対応可能であり、樹脂に異常が生じることもない。
【0055】
<作用効果>
以上説明した
図1の絶縁性転がり軸受21によると、絶縁性ブッシュ28を内輪内周部22aに圧入することで、絶縁性を有することができる。この場合、軸受にセラミックを溶射する等の従来技術に比べて、容易に且つ低コストで絶縁性転がり軸受21を組み立てることができるうえ、同軸受21を容易に組み込むことが可能である。金属製円環28aと絶縁性樹脂28bとが、互いに近似する定められた線膨張係数を有し、且つ一体に設けられているため、軸5に対し絶縁性転がり軸受21を締まり嵌めすることができる。
【0056】
したがって、絶縁性転がり軸受21を軸5に圧入して内輪回転、内輪回転荷重の定められた条件においても使用可能である。絶縁性ブッシュ28は、内輪内周部22aから抜けないように十分な締め代をもって圧入するため、高い抜去力を有し、運転中に絶縁性ブッシュ28が内輪22から抜けることがない。使用中の絶縁性ブッシュ28は、常温・高温環境でも締め代が十分に保たれることから抜ける心配もなく、絶縁性ブッシュ28と内輪22でクリープ等の異常は発生しない。
【0057】
絶縁性樹脂28は、金属製円環28aの内周面に形成された複数の孔に侵入して密着されている。この場合、絶縁性樹脂28bが金属製円環28aの複数の孔に隙間なく侵入してアンカー効果で高い密着力を維持することが可能となる。
金属製円環28aと前記絶縁性樹脂28bの線膨張係数の比は、前記金属製円環28aを1とすると前記絶縁性樹脂28bが0.87~2.25である。このように金属製円環28aと絶縁性樹脂28bの線膨張係数比を規定したうえで金属製円環28aと絶縁性樹脂28bが一体に設けられている場合、軸5に対し絶縁性転がり軸受21を確実に締まり嵌めすることができる。
【0058】
<他の実施形態>
軸受本体部Bhは、片側シールタイプまたはシールなしのいわゆる開放形の深溝玉軸受であってもよい。
軸受本体部Bhは、例えば、アンギュラ玉軸受、各種ころ軸受等であってもよい。
【0059】
<絶縁性転がり軸受の適用例>
図11のように、実施形態に係る絶縁性転がり軸受21を冷媒圧縮機に適用し得る。冷媒圧縮機として容積形のスクロール圧縮機を示すが、図示外のロータリ方式、レシプロ方式、スクリュー方式等の他の圧縮方式の容積形圧縮機にも、実施形態に係る絶縁性転がり軸受21を適用可能である。
図11の冷媒圧縮機では、センターハウジング3およびモータハウジング4に、回転軸5が主軸受Mbおよび副軸受Sbを介して回転可能に支持されている。副軸受Sbに絶縁性転がり軸受21が適用されている。副軸受である絶縁性転がり軸受21は、電動機Mよりも反圧縮機構部側に配設されている。
【0060】
以上、本発明の実施形態を説明したが、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。