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特開2025-18027難燃性コーティング組成物、耐火断熱層、および耐火断熱シート
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025018027
(43)【公開日】2025-02-06
(54)【発明の名称】難燃性コーティング組成物、耐火断熱層、および耐火断熱シート
(51)【国際特許分類】
   C09D 133/00 20060101AFI20250130BHJP
   C09D 5/18 20060101ALI20250130BHJP
   C09D 5/02 20060101ALI20250130BHJP
   C09D 175/04 20060101ALI20250130BHJP
   C09D 7/63 20180101ALI20250130BHJP
   C09D 7/61 20180101ALI20250130BHJP
【FI】
C09D133/00
C09D5/18
C09D5/02
C09D175/04
C09D7/63
C09D7/61
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023121411
(22)【出願日】2023-07-26
(71)【出願人】
【識別番号】000219602
【氏名又は名称】住友理工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115657
【弁理士】
【氏名又は名称】進藤 素子
(74)【代理人】
【識別番号】100115646
【弁理士】
【氏名又は名称】東口 倫昭
(74)【代理人】
【識別番号】100196759
【弁理士】
【氏名又は名称】工藤 雪
(72)【発明者】
【氏名】本荘 泰弘
【テーマコード(参考)】
4J038
【Fターム(参考)】
4J038CG141
4J038DG111
4J038DG121
4J038DG131
4J038DG261
4J038HA216
4J038HA446
4J038HA486
4J038JA17
4J038JA43
4J038JC13
4J038JC20
4J038KA07
4J038KA08
4J038KA19
4J038MA08
4J038MA10
4J038NA15
4J038PA06
4J038PA19
4J038PB05
4J038PB07
(57)【要約】
【課題】 耐寒性および耐膨潤性に優れ、加熱時に難燃性および断熱性を発揮する塗膜を形成することができる難燃性コーティング組成物を提供する。耐寒性および耐膨潤性に優れ、加熱時に難燃性および断熱性を発揮する耐火断熱層および耐火断熱シートを提供する。
【解決手段】 難燃性コーティング組成物は、アクリル樹脂エマルションと、ウレタン樹脂エマルションと、イントメッセント系難燃剤と、分散剤と、を有する。該アクリル樹脂エマルションを構成するアクリル樹脂のガラス転移点は-40℃以下であり、該ウレタン樹脂エマルションを構成するウレタン樹脂はカーボネート結合およびエーテル結合の少なくとも一方を有し、該アクリル樹脂エマルションの固形分質量と、該ウレタン樹脂エマルションの固形分質量と、の比率は、2:1~1:2である。耐火断熱層は、難燃性コーティング組成物から形成される。耐火断熱シートは、耐火断熱層を備える。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル樹脂エマルションと、ウレタン樹脂エマルションと、イントメッセント系難燃剤と、分散剤と、を有し、
該アクリル樹脂エマルションを構成するアクリル樹脂のガラス転移点は-40℃以下であり、
該ウレタン樹脂エマルションを構成するウレタン樹脂はカーボネート結合およびエーテル結合の少なくとも一方を有し、
該アクリル樹脂エマルションの固形分質量と、該ウレタン樹脂エマルションの固形分質量と、の比率は、2:1~1:2であることを特徴とする難燃性コーティング組成物。
【請求項2】
前記ウレタン樹脂エマルションを構成する前記ウレタン樹脂の吸水率は、20%以下である請求項1に記載の難燃性コーティング組成物。
【請求項3】
前記イントメッセント系難燃剤は、ポリリン酸アンモニウムおよびポリリン酸メラミンの少なくとも一方を有する請求項1に記載の難燃性コーティング組成物。
【請求項4】
前記分散剤は、カルボン酸塩、硫酸エステル塩、スルホン酸塩、およびリン酸エステル塩から選ばれる一種以上を有する請求項1に記載の難燃性コーティング組成物。
【請求項5】
さらに、多価アルコールを有する請求項1に記載の難燃性コーティング組成物。
【請求項6】
さらに、無機系補強材を有する請求項1に記載の難燃性コーティング組成物。
【請求項7】
さらに、発泡剤を有する請求項1に記載の難燃性コーティング組成物。
【請求項8】
請求項1に記載の難燃性コーティング組成物から形成される耐火断熱層。
【請求項9】
請求項8に記載の耐火断熱層を備える耐火断熱シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、イントメッセント系難燃剤を有する難燃性コーティング組成物、耐火断熱層、および耐火断熱シートに関する。
【背景技術】
【0002】
建築分野においては、鉄骨、壁材などの建材に発泡性耐火塗料を塗布するなどして、火災時の火炎や熱から建築物を保護している。発泡性耐火塗料の塗膜は、加熱されると発泡し、それにより膨張した不燃性の炭化層が形成されることにより、耐火断熱性能を発現する。この種の塗料としては、省資源、環境負荷低減の観点から、溶剤ではなく水を使用した水系塗料が望まれる。例えば、特許文献1には、合成樹脂エマルション(A)、リン化合物(B)、多価アルコール(C)、およびポリオキシアルキレン鎖を有するアニオン性分散剤(D)を必須成分とする水系の発泡性耐火塗料が記載されている。また、車両のシートやフロアマットなどの内装材に難燃性を付与するためのコーティング剤についても、樹脂エマルションを使用した水系組成物が開発されている。例えば、特許文献2には、合成樹脂エマルションと、リンおよび窒素を含有するノンハロゲン系難燃剤粒子表面を疎水性無機酸化物微粒子で被覆したノンハロゲン系難燃剤と、を有するコーティング組成物が記載されている。特許文献3には、樹脂エマルション(a)、ポリリン酸アンモニウム(b)、吸水性多孔質材(c)、および低分子量分散剤(d)を含有する難燃性樹脂組成物が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008-19394号公報
【特許文献2】特開2007-186686号公報
【特許文献3】特開2017-105928号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
発泡性耐火塗料などのコーティング剤は、適用する対象物の最表層に配置されることが多いため、水、油、酸、アルカリ、光、温度などの様々な環境要因に晒される。よって、塗膜には、使用環境に応じた耐久性が要求される。例えば、水系のコーティング剤は、水との親和性が高い。このため、水分が存在する環境に晒されると、塗膜が水分を吸収して膨潤しやすい。塗膜が膨潤すると、剥がれや、外観不良が生じるおそれがある。塗膜が剥がれると、そこから水分が浸入して、対象物の劣化が進行するおそれがある。また、寒冷地などでの使用を考慮すると、低温下においても塗膜の柔軟性が維持されることが望ましい。
【0005】
上記特許文献1~3において、樹脂エマルションとしてアクリル樹脂エマルションが記載されているように、コーティング剤のバインダー成分としては、アクリル樹脂が知られている。アクリル樹脂は、耐加水分解性、耐薬品性などに優れるが、比較的吸水率が高い。このため、アクリル樹脂をバインダー成分とする塗膜においては、特に水分の吸収による膨潤が問題になる。
【0006】
本開示は、このような実情に鑑みてなされたものであり、耐寒性および耐膨潤性に優れ、加熱時に難燃性および断熱性を発揮する塗膜を形成することができる難燃性コーティング組成物を提供することを課題とする。また、耐寒性および耐膨潤性に優れ、加熱時に難燃性および断熱性を発揮する耐火断熱層、およびそれを備える耐火断熱シートを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)上記課題を解決するため、本開示の難燃性コーティング組成物は、アクリル樹脂エマルションと、ウレタン樹脂エマルションと、イントメッセント系難燃剤と、分散剤と、を有し、該アクリル樹脂エマルションを構成するアクリル樹脂のガラス転移点は-40℃以下であり、該ウレタン樹脂エマルションを構成するウレタン樹脂はカーボネート結合およびエーテル結合の少なくとも一方を有し、該アクリル樹脂エマルションの固形分質量と、該ウレタン樹脂エマルションの固形分質量と、の比率は、2:1~1:2であることを特徴とする。
【0008】
本開示の難燃性コーティング組成物においては、バインダー成分として、アクリル樹脂エマルションおよびウレタン樹脂エマルションの両方を使用する。ウレタン樹脂は、アクリル樹脂と比較して、吸水率が低い。よって、ウレタン樹脂を加えることにより、塗膜が、水分が存在する環境に晒されても、膨潤しにくくなる。結果、塗膜の剥がれや、外観不良が生じにくくなる。また、アクリル樹脂のガラス転移点は、-40℃以下である。これにより、塗膜を柔軟にすることができ、低温下においても柔軟性を維持することができる。よって、建材、タンクなどの曲面にも適用しやすく、寒冷地などにおいても良好な状態を維持することができる。さらに、アクリル樹脂は、耐加水分解性、耐薬品性などに優れるため、塗膜の耐久性は高い。また、使用するウレタン樹脂は、カーボネート結合およびエーテル結合の少なくとも一方を有する。カーボネート結合、エーテル結合は、エステル結合と比較して加水分解しにくい。よって、ウレタン樹脂を含んでいても、塗膜の耐久性を低下させにくい。
【0009】
本開示の難燃性コーティング組成物においては、アクリル樹脂エマルションの固形分質量と、ウレタン樹脂エマルションの固形分質量と、の比率を、2:1~1:2とする。すなわち、塗膜におけるアクリル樹脂とウレタン樹脂との質量比率を、2:1~1:2とする。アクリル樹脂とウレタン樹脂との質量比率を当該範囲にすることにより、アクリル樹脂を用いる利点と、ウレタン樹脂を用いる利点と、を最大限に生かすことができる。本明細書において、比率などの数値の範囲を示す「~」は、前後に記載された数値を含む。このように、本開示の難燃性コーティング組成物によると、アクリル樹脂の利点を生かしつつ、塗膜の吸水率を低下させて、膨潤を抑制することができる。結果、塗膜の剥がれや外観不良を抑制することができる。また、塗膜側からの水分の浸入を抑制し、適用する対象物の劣化を抑制することができる。
【0010】
本開示の難燃性コーティング組成物は、イントメッセント系難燃剤を有する。イントメッセント系難燃剤は、加熱されると分解してガスを発生する。このガスが、バインダー樹脂などの有機化合物が燃焼により炭化した炭化層を膨張させて、膨張不燃層を形成する。これにより、優れた難燃効果と断熱効果とが発揮される。以上より、本開示の難燃性コーティング組成物によると、耐寒性および耐膨潤性に優れ、加熱時に難燃性および断熱性を発揮する塗膜を形成することができる。
【0011】
ちなみに、上記特許文献1~3においては、合成樹脂エマルションの樹脂成分として、アクリル樹脂、ウレタン樹脂などが記載されている。しかしながら、これらは単にバインダー成分の一例として挙げられているにすぎず、特許文献1~3には、塗膜の耐膨潤性などを向上させるため、特定のアクリル樹脂およびウレタン樹脂を、特定の質量比率で組み合わせて使用することは、記載も示唆もされていない。例えば、特許文献2に記載されている組成物においては、塗膜が水に濡れた時のぬめり感を低減させるため、難燃剤の粒子表面を疎水性無機酸化物微粒子で被覆して、はっ水性を発現させている。特許文献3に記載されている組成物においては、水濡れ時の外観不良を抑制するため、活性炭、シリカ、ゼオライトなどの吸水性多孔質材を添加して、難燃剤であるポリリン酸アンモニムと水との接触を低減させている。
【0012】
(2)上記構成において、前記ウレタン樹脂エマルションを構成する前記ウレタン樹脂の吸水率は、20%以下である構成としてもよい。本構成によると、塗膜の耐膨潤性がより向上する。
【0013】
(3)上記いずれかの構成において、前記イントメッセント系難燃剤は、ポリリン酸アンモニウムおよびポリリン酸メラミンの少なくとも一方を有する構成としてもよい。本構成によると、所望の温度で難燃剤が分解し、発生したガスによる炭化層の発泡、膨張を好適に行うことができる。
【0014】
(4)上記いずれかの構成において、前記分散剤は、カルボン酸塩、硫酸エステル塩、スルホン酸塩、およびリン酸エステル塩から選ばれる一種以上を有する構成としてもよい。本構成によると、難燃性コーティング組成物を構成する粉体成分、繊維成分などの分散性を高めることができ、難燃性コーティング組成物の貯蔵安定性を向上させることができる。
【0015】
(5)上記いずれかの構成において、さらに、多価アルコールを有する構成としてもよい。多価アルコールは、バインダー樹脂と共に炭化層を形成するための原料になり、イントメッセント系難燃剤と共に使用した場合、発泡した炭化層を強化して、発泡ガスに対して炭化骨格を保つ役割を果たす。本構成によると、強度、厚さなどが好適な炭化層を形成することができる。
【0016】
(6)上記いずれかの構成において、さらに、無機系補強材を有する構成としてもよい。本構成によると、形成される塗膜の強度が高まるため、曲げなどの変形に対して塗膜が割れにくくなる。また、加熱時に膨張した炭化層も補強され、崩れにくくなる。
【0017】
(7)上記いずれかの構成において、さらに、発泡剤を有する構成としてもよい。本構成によると、イントメッセント系難燃剤による炭化層の発泡、膨張反応を、より促進することができる。
【0018】
(8)本開示の耐火断熱層は、上記いずれかの構成の難燃性コーティング組成物から形成される。本開示の耐火断熱層は、加熱時に優れた難燃効果と断熱効果とを発揮する。また、水分が存在する環境に晒されても、膨潤しにくい。結果、耐火断熱層の剥がれや、外観不良が生じにくい。また、耐火断熱層は柔軟で、低温下においても柔軟性を維持することができる。
【0019】
(9)本開示の耐火断熱シートは、上記(8)の構成の耐火断熱層を備える。本開示の耐火断熱シートは、シート状を呈するため施工性に優れる。また、耐火断熱層は柔軟で、低温下においても柔軟性を維持することができる。よって、本開示の耐火断熱シートは、建材、タンクなどの曲面にも適用しやすく、寒冷地などにおける使用にも適する。本開示の耐火断熱シートは、加熱時に優れた難燃効果と断熱効果とを発揮する。ここで、耐火断熱層は、水分が存在する環境に晒されても、膨潤しにくい。結果、耐火断熱層の剥がれや、外観不良が生じにくい。
【発明の効果】
【0020】
本開示の難燃性コーティング組成物によると、耐寒性および耐膨潤性に優れ、加熱時に難燃性および断熱性を発揮する塗膜を形成することができる。本開示の耐火断熱層および耐火断熱シートは、耐寒性および耐膨潤性に優れ、加熱時に難燃性および断熱性を発揮する。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本開示の難燃性コーティング組成物、耐火断熱層、および耐火断熱シートの実施の形態について説明する。なお、実施の形態は以下の形態に限定されるものではなく、当業者が行いうる種々の変形的形態、改良的形態で実施することができる。
【0022】
<難燃性コーティング組成物>
本開示の難燃性コーティング組成物は、アクリル樹脂エマルションと、ウレタン樹脂エマルションと、イントメッセント系難燃剤と、分散剤と、を有する。
【0023】
[アクリル樹脂エマルション]
アクリル樹脂エマルションを構成するアクリル樹脂は、アクリル酸エステルまたはメタアクリル酸エステルに由来する構成単位を含むポリマーであればよい。本明細書においては、アクリル酸エステルとメタクリル酸エステルとをまとめて、(メタ)アクリル酸エステルと称す場合がある。例えば、(メタ)アクリル酸エステルから選ばれるモノマーの単独重合体、共重合体、当該モノマーとそれ以外のモノマーとの共重合体などが挙げられる。あるいは、(メタ)アクリル酸エステルを用いた重合体と他のポリマーとの共重合体でもよい。また、アクリル樹脂エマルションとしては、ポリマー構成が異なる二種以上のエマルションを用いてもよい。
【0024】
アクリル樹脂エマルションを構成するアクリル樹脂のガラス転移点(Tg)は、-40℃以下であり、-50℃またはそれより低いとより好適である。ガラス転移点は、例えば、示差走査熱量計(DSC)を用いて測定すればよい。市販品についてはカタログ値を採用してもよい。また、共重合体の場合、例えばFoxの計算式などを利用して、ガラス転移点を計算することができる。よって、重合性モノマーの種類、配合比率などを調整して、好適なガラス転移点を有するアクリル樹脂エマルションを合成してもよい。
【0025】
[ウレタン樹脂エマルション]
ウレタン樹脂は、ポリオールとポリイソシアネートとの反応により得られる。ウレタン樹脂の劣化原因の一つとして、ポリオールに起因した加水分解が挙げられる。ポリオールとしては、ポリエステルポリオール類、ポリエーテルポリオール類、ポリカーボネートポリオール類などの種々の化合物が用いられるが、ポリオール由来のエステル結合は、それ以外の結合と比較して加水分解しやすいことが知られている。したがって、本開示の難燃性コーティング組成物においては、ウレタン樹脂エマルションとして、比較的加水分解しにくいカーボネート結合およびエーテル結合の少なくとも一方を有するウレタン樹脂を採用する。すなわち、ウレタン樹脂は、カーボネート結合またはエーテル結合のいずれか一方を有すればよく、両方を有してもよい。エマルション化する方法は、乳化剤を使用する強制乳化型、ポリマー骨格中に親水基を導入する自己乳化型のいずれでもよい。ウレタン樹脂エマルションとしては、ポリマー構成が異なる二種以上のエマルションを用いてもよい。
【0026】
塗膜を膨潤しにくくするという観点から、ウレタン樹脂の吸水率は20%以下であることが望ましい。15%以下であるとより好適である。本明細書における「吸水率」は、次のようにして算出された値である。まず、測定対象の樹脂またはそれを含む組成物を固化して、縦20mm、横20mm、厚さ2mmの正方形シート状のサンプルを作製し、その質量を測定して「浸漬前のサンプル質量」とする。次に、作製したサンプルを、40℃の温水に350時間浸漬する。それから、サンプルを取り出して、表面の水分を拭き取った後、質量を測定して「浸漬後のサンプル質量」とする。そして、次式(I)により吸水率を算出する。
吸水率(%)=(浸漬後のサンプル質量-浸漬前のサンプル質量)/浸漬前のサンプル質量×100 ・・・(I)
ウレタン樹脂エマルションの配合量は、アクリル樹脂エマルションの配合量に応じて決定される。すなわち、本開示の難燃性コーティング組成物においては、アクリル樹脂エマルションの固形分質量と、ウレタン樹脂エマルションの固形分質量と、の比率を、2:1~1:2とする。アクリル樹脂エマルションの固形分質量に対して、ウレタン樹脂エマルションの固形分質量が1/2未満の場合、ウレタン樹脂が少なすぎるため、塗膜の膨潤を抑制する効果が小さくなる。反対に、アクリル樹脂エマルションの固形分質量に対して、ウレタン樹脂エマルションの固形分質量が2倍より大きくなると、ウレタン樹脂が多すぎるため、塗膜が硬くなり、割れやすくなる。
【0027】
[イントメッセント系難燃剤]
前述したように、イントメッセント系難燃剤は、加熱されると分解してガスを発生する。このガスが、バインダー樹脂などの有機化合物が燃焼により炭化した炭化層を膨張させて、膨張不燃層を形成する。イントメッセント系難燃剤としては、ポリリン酸アンモニウム、ポリリン酸メラミンなどが挙げられる。これらの一種を単独で、または二種以上を組み合わせて用いればよい。ポリリン酸アンモニウムについては、耐水性、難燃性を向上させるという観点から、粒子表面がメラミン樹脂などで被覆処理されたものが望ましい。なお、本開示の難燃性コーティング組成物は、本開示の作用効果を阻害しない範囲で、イントメッセント系難燃剤に加えて、膨張黒鉛などの他の難燃剤を含んでもよい。
【0028】
アクリル樹脂エマルションおよびウレタン樹脂エマルションの固形分全体の質量を100質量部とした場合、イントメッセント系難燃剤の含有量は、所望の難燃性を実現するという観点から、50質量部以上にするとよい。80質量部以上が好適である。他方、イントメッセント系難燃剤の含有量が多すぎると、発生するガスが多くなり、難燃効果および断熱効果を発揮する緻密な炭化層を形成することが難しくなる。よって、イントメッセント系難燃剤の含有量は、500質量部以下、さらには300質量部以下にするとよい。
【0029】
[分散剤]
分散剤は、難燃性コーティング組成物を構成する粉体成分、繊維成分などの分散性を高めて、難燃性コーティング組成物の貯蔵安定性を向上させることができる。分散剤としては、カルボン酸塩、硫酸エステル塩、スルホン酸塩、およびリン酸エステル塩などが挙げられる。これらの一種を単独で、または二種以上を組み合わせて用いればよい。
【0030】
アクリル樹脂エマルションおよびウレタン樹脂エマルションの固形分全体の質量を100質量部とした場合、分散剤の含有量は、所望の分散性、貯蔵安定性を実現するという観点から、1質量部以上にするとよい。3質量部以上が好適である。他方、分散剤の含有量が多すぎると、炭化層の形成を阻害して、塗膜の難燃性および断熱性を低下させるおそれがある。よって、分散剤の含有量は、10質量部以下、さらには8質量部以下にするとよい。
【0031】
[その他]
本開示の難燃性コーティング組成物は、本開示の作用効果を阻害しない範囲で、前述した材料に加えて他の成分を含んでいてもよい。例えば、多価アルコール、無機系補強材、発泡剤、架橋剤、顔料などが挙げられる。
【0032】
多価アルコールは、燃焼して炭化するため、炭化層を形成するための炭素の供給源として好適である。また、イントメッセント系難燃剤と共に使用した場合、発泡した炭化層を強化して、発泡ガスに対して炭化骨格を保つ役割を果たす。多価アルコールとしては、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール、トリペンタエリスリトール、ポリペンタエリスリトール、トリメチロールプロパン、トリエチレングリコール、ソルビトール、イノシトール、マンニトール、グルコースフルクトース、デンプン、セルロース、レゾルシノール、グリセリン、トリメチロールメタン、トリメチロールプロパン、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、ヘキサメチレングリコールなどが挙げられる。これらの一種を単独で、または二種以上を組み合わせて用いればよい。
【0033】
多価アルコールを用いる場合、その含有量は、炭化層の形成を考慮して、アクリル樹脂エマルションおよびウレタン樹脂エマルションの固形分全体の質量を100質量部とした場合の0.5質量部以上にするとよい。他方、多価アルコールの含有量が多すぎると、炭化層の膨張が阻害されるおそれがある。よって、多価アルコールの含有量は、10質量部以下、さらには5質量部以下にするとよい。
【0034】
無機系補強材を用いると、塗膜の強度を高め、曲げなどの変形に対する耐久性を向上させることができる。また、無機系補強材が含有されると、加熱時に膨張した炭化層が補強され崩れにくくなる。よって、無機系補強材は、難燃性および断熱性の向上にも寄与する。無機系補強材としては、ガラス繊維、炭素繊維の他、シリカ、アルミナ、アルミナシリカ、ジルコニア、炭化ケイ素などのセラミック繊維などが挙げられる。
【0035】
無機系補強材を用いる場合、その含有量は、所望の補強性を実現するという観点から、アクリル樹脂エマルションおよびウレタン樹脂エマルションの固形分全体の質量を100質量部とした場合の1質量部以上にするとよい。2質量部以上が好適である。他方、無機系補強材の含有量が多すぎると、炭化層の形成を阻害して、塗膜の難燃性および断熱性を低下させるおそれがある。よって、無機系補強材の含有量は、10質量部以下、さらには5質量部以下にするとよい。
【0036】
発泡剤を用いると、イントメッセント系難燃剤による炭化層の発泡、膨張反応を促進することができる。発泡剤としては、熱分解型発泡剤が望ましく、効果的に発泡させるためには、バインダー樹脂が炭化する前に分解するものが望ましい。他方、発泡剤には、難燃性コーティング組成物を乾燥する工程など、塗膜を形成する途中で分解しないことが要求される。このため、発泡剤としては、100℃以上300℃以下の温度で分解するものを選択するとよい。好適な発泡剤としては、アゾジカルボンアミド、メラミンシアヌレート、グアニジン、ジシアンジアミド、炭酸水素ナトリウムなどが挙げられる。
【0037】
発泡剤を用いる場合、その含有量は、炭化層の形成を考慮して、アクリル樹脂エマルションおよびウレタン樹脂エマルションの固形分全体の質量を100質量部とした場合の1質量部以上にするとよい。他方、発泡剤の含有量が多すぎると、発生するガスが多くなり、緻密な炭化層を形成することが難しくなる。また、塗膜の耐膨潤性が低下するおそれがある。よって、発泡剤の含有量は、20質量部以下にするとよい。なお、発泡剤を用いる形態には、炭化層の発泡、膨張反応が促進されるという利点があるが、塗膜の吸水率が高まり耐膨潤性が低下するという不利な点もある。このため、発泡剤を用いない形態(含有量が0質量部)も好適である。
【0038】
本開示の難燃性コーティング組成物は、例えば、アクリル樹脂エマルションおよびウレタン樹脂エマルションを所定の比率で配合して撹拌した後、分散剤を添加して撹拌し、さらにイントメッセント系難燃剤、必要に応じて無機系補強材、多価アルコール、発泡剤などを添加して撹拌して製造すればよい。また、水を加えるなどして、難燃性コーティング組成物の粘度を調整してもよい。撹拌することにより泡立ちが生じる場合には、消泡剤などを添加してもよい。しかしながら、消泡剤の多くは燃焼しやすい。よって、消泡剤を添加する代わりに、組成物を減圧下で静置、撹拌するなどして脱泡処理するとよい。
【0039】
<耐火断熱層>
本開示の耐火断熱層は、本開示の難燃性コーティング組成物から形成される。例えば、本開示の難燃性コーティング組成物を、建材や、車両に搭載される燃料タンク、水素タンクなどの対象物の表面に直接塗布、乾燥して耐火断熱層を形成すればよい。あるいは、本開示の難燃性コーティング組成物を、基材の表面に塗布、乾燥してシート状の耐火断熱層を形成してもよい。シート状に形成された耐火断熱層については、後述する耐火断熱シートとして、基材と共に、または基材から剥離して、対象物の表面に配置することができる。難燃性コーティング組成物の塗布には、刷毛塗りしたり、ブレードコーター、バーコーター、ダイコーター、コンマコーター(登録商標)、ロールコーターなどの塗工機や、スプレーなどを使用すればよい。乾燥は、80~150℃の温度下で、数分~数十分程度行えばよい。
【0040】
本開示の耐火断熱層の厚さは、適用する対象物の種類、配置される場所、使用形態(基材などの他の部材の有無)、要求される耐火断熱性などに応じて適宜調整すればよい。例えば、0.5mm以上にするとよい。他方、薄型化、柔軟性などを考慮すると、3mm以下にするとよい。本開示の耐火断熱層は、加熱されると膨張するが、イントメッセント系難燃剤などの含有量により、膨張後の厚さを調整することができる。例えば、加熱後(膨張後)の厚さを加熱前の厚さの1.5~5倍程度にすることができる。
【0041】
<耐火断熱シート>
本開示の耐火断熱シートは、耐火断熱層を備える。すなわち、本開示の耐火断熱シートは、耐火断熱層のみから構成されてもよく、基材などの他の層と耐火断熱層とを組み合わせて構成されてもよい。後者の形態としては、第一層と耐火断熱層との積層シート、第一層、第二層、耐火断熱層などが積層された三層以上の積層シートが挙げられる。積層シートにおいては、層間に接着層を有してもよい。例えば、本開示の耐火断熱シートが積層シートである場合、耐火断熱層が形成される基材は、ガラス繊維、セラミック繊維などの耐熱性を有する繊維シートが好適である。また、シリカエアロゲルなどの多孔質構造体を有する層が積層される場合には、耐火断熱シートの断熱性をより高めることができる。
【実施例0042】
次に、実施例を挙げて本開示をより具体的に説明する。本実施例においては、本開示の難燃性コーティング組成物から耐火断熱層を形成し、その耐膨潤性、耐薬品性、および耐火断熱性を評価した。
【0043】
(1)耐膨潤性、耐薬品性の評価
<サンプルの製造>
[実施例1~4、比較例2]
まず、アクリル樹脂エマルションおよびウレタン樹脂エマルションを所定の配合比率で容器に入れ、撹拌羽根で撹拌した。続いて、分散剤のポリカルボン酸アミン塩、無機系補強材のガラス繊維、イントメッセント系難燃剤のポリリン酸アンモニウム粉末(粒子表面がメラミン樹脂で被覆処理されている)、多価アルコールのペンタエリスリトール(実施例2、3、比較例2のみ配合)、発泡剤のメラミンシアヌレートを順に添加して撹拌し、難燃性コーティング組成物を調製した。次に、調製した難燃性コーティング組成物を、離型フィルムの表面にブレードコーターを用いて塗布し、80℃下で30分以上、さらに100℃下で30分間保持して乾燥させた。それから、離型フィルムを剥離して、厚さ2mmの耐火断熱層を製造した。製造した耐火断熱層を、縦20mm、横20mmの正方形状に切り出して、評価用のサンプルとした。
【0044】
使用した樹脂エマルションの詳細は次の通りであり、原料の配合量については後出の表1に示す。表1に示す配合量の単位は、アクリル樹脂エマルションの固形分質量を100質量部とした場合の質量部である。なお、表1には、後述する耐膨潤性、耐薬品性、および耐火断熱性の評価結果についてもまとめて示す。
アクリル樹脂エマルションA:(株)イーテック製のアクリルエマルション「AE610H」、Tg:-57℃。塗膜の吸水率は54.0%。
アクリル樹脂エマルションB:住化ケムテックス(株)製のエチレン-アクリル-特殊エステル系エマルション「スミカフレックス(登録商標) S-3950」、Tg:-50℃。塗膜の吸水率は42.0%。
ウレタン樹脂エマルション:日華化学(株)製のカーボネート系ウレタン樹脂エマルション「エバファノール(登録商標) APC-55」。塗膜の吸水率は13.4%。
【0045】
[比較例1]
バインダーとしてウレタン樹脂エマルションを使用せず、アクリル樹脂エマルションAのみを使用して、先の実施例1~4、比較例2のサンプルと同様に、評価用のサンプルを製造した。
【0046】
【表1】
【0047】
<耐膨潤性の評価>
[評価方法]
評価用のサンプルを、40℃の温水に350時間浸漬し、先の式(I)により吸水率を算出した。そして、吸水率が30%未満の場合を耐膨潤性は極めて良好(前出の表1中、○印で示す)、吸水率が30%以上50%未満の場合を耐膨潤性は良好、吸水率が50%以上の場合を耐膨潤性は不良(同表中、×印で示す)と評価した。
【0048】
[評価結果]
表1に示すように、アクリル樹脂とウレタン樹脂との配合比率が2:1~1:2である実施例1~4のサンプルにおいては、いずれも吸水率が低く、耐膨潤性が極めて良好であることが確認された。これに対して、バインダーとしてウレタン樹脂を含まない比較例1のサンプル、アクリル樹脂とウレタン樹脂との配合比率が4:1であり、アクリル樹脂の含有量が過剰な比較例2のサンプルにおいては、吸水率が高くなり、耐膨潤性に劣る結果となった。
【0049】
<耐薬品性の評価>
[評価方法]
評価用のサンプルに、薬品として硫酸水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、ガソリンを各々塗布して48時間放置した後、外観を目視で観察した。そして、いずれの薬品に対してもサンプルの外観が変化しなかった場合、すなわちサンプルに変形および変色のいずれも見られなかった場合を、耐薬品性は良好(前出の表1中、○印で示す)、薬品のどれか一つでも、サンプルに変形および変色の少なくとも一方が見られた場合を耐薬品性は不良(同表中、×印で示す)と評価した。
【0050】
[評価結果]
表1に示すように、実施例1~4のサンプルにおいては、いずれも耐薬品性は良好であることが確認された。
【0051】
(2)耐火断熱性の評価
<サンプルの製造>
先の(1)において、実施例1~4、および比較例1、2のサンプルを製造した際に調製した難燃性コーティング組成物を、各々、基材である耐熱ガラス繊維不織布(三菱製紙(株)「GP100-TR」、厚さ0.37mm)の表面にブレードコーターを用いて塗布した。その後、80℃下で30分以上、さらに100℃下で30分間保持して乾燥させて、「基材/耐火断熱層」からなる耐火断熱シートのサンプルを製造した。
【0052】
<耐火断熱性の評価>
[評価方法]
製造した耐火断熱シートのサンプルについて、火炎暴露実験を実施した。火炎暴露実験においては、耐火断熱層の表面から35mm離れた位置に、プロパンガスバーナーの火炎を配置して、その状態で10分後保持した後に、反対側の基材の表面温度を測定した。耐火断熱層の断熱性が高いほど、基材の表面温度は低くなる。バーナーの火炎温度は、耐火断熱層の表面から35mm離れた位置で600℃になるように調整した。
【0053】
[評価結果]
表1に示すように、実施例1~4のサンプルは、いずれも基材の表面温度が220℃以下であり、所望の耐火断熱性を有することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本開示の難燃性コーティング組成物、それを用いた耐火断熱層および耐火断熱シートは、鉄骨、壁材などの建材、車両に搭載される燃料タンク、燃料電池車用の水素タンク、電気自動車用のバッテリー筐体などに好適に用いられる。