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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025018096
(43)【公開日】2025-02-06
(54)【発明の名称】模擬動物器官及び模擬動物器官の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G09B 23/30 20060101AFI20250130BHJP
【FI】
G09B23/30
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023121522
(22)【出願日】2023-07-26
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(71)【出願人】
【識別番号】598144719
【氏名又は名称】株式会社 タナック
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】西津 貴久
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 恵里佳
(72)【発明者】
【氏名】棚橋 一将
(72)【発明者】
【氏名】岩田 真弘
【テーマコード(参考)】
2C032
【Fターム(参考)】
2C032CA03
2C032CA06
(57)【要約】
【課題】動物器官に近似した模擬動物器官及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の模擬動物器官は、マンナン、豆粉末、及び水を含むゲル化物の成形品よりなり、該成形品の表面に変質層を有することを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンナン、豆粉末、及び水を含むゲル化物の成形品よりなり、該成形品の表面に変質層を有する模擬動物器官。
【請求項2】
前記豆粉末は、可食部にタンパク質を19質量%以上含む豆類から選ばれる少なくとも一種の粉末である請求項1に記載の模擬動物器官。
【請求項3】
前記豆粉末は、脱脂処理されている請求項1に記載の模擬動物器官。
【請求項4】
前記模擬動物器官は、電気メスを用いた練習用途として用いられる請求項1に記載の模擬動物器官。
【請求項5】
マンナン、豆粉末、及び水を含む混合物を膨潤させる工程、脱アセチル化した後、成形して成形品を得る工程、前記成形品の表面を変質処理する工程を含む模擬動物器官の製造方法。
【請求項6】
前記成形品の表面を変質処理する工程は、80~110℃で10~120分加熱処理する工程を含む請求項5に記載の模擬動物器官の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物器官に近似した模擬動物器官及び模擬動物器官の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、医学部、医療機関等における手術の訓練、医療機器の評価のために、豚等の動物器官が多用されてきた。しかしながら、動物愛護、管理等の観点から模擬臓器等の代替物の開発が強く望まれていた。その一方、例えばゴム等の化学合成品を主成分とする模擬動物器官は、水を含んでいないため、がん等の切除手術領域で多用されるとともに、水を爆発させながら切開する電気メスを適用することができないという問題あった。
【0003】
従来より、特許文献1に開示される模擬動物器官が知られている。特許文献1は、マンナンを主成分とする原材料と水を混ぜて糊化し、成形して成形体を得る成形工程と、前記成形体を成形体の少なくとも外表面を凍結させる低温工程と、を有することを特徴とする模擬動物器官の製造方法について開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6856927号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来の模擬動物器官は、実際の動物器官に近似させる点で改良の余地があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記の課題を解決するべく研究した結果、マンナン、豆粉末、及び水を含むゲル化物の成形品よりなり、該成形品の表面に変質層を有する模擬動物器官が、実際の動物器官に近似できることを新たに見出した。
【0007】
上記課題を解決する各態様を記載する。
態様1の模擬動物器官は、マンナン、豆粉末、及び水を含むゲル化物の成形品よりなり、該成形品の表面に変質層を有することを特徴とする。
【0008】
態様2は、態様1に記載の模擬動物器官において、前記豆粉末は、可食部にタンパク質を19質量%以上含む豆類から選ばれる少なくとも一種の粉末である。
態様3は、態様1又は2に記載の模擬動物器官において、前記豆粉末は、脱脂処理されている。
【0009】
態様4は、態様1~3のいずれか一態様に記載の模擬動物器官において、前記模擬動物器官は、電気メスを用いた練習用途として用いられる。
態様5の模擬動物器官の製造方法は、マンナン、豆粉末、及び水を含む混合物を膨潤させる工程、脱アセチル化した後、成形して成形品を得る工程、前記成形品の表面を変質処理する工程を含むことを特徴とする。
【0010】
態様6は、態様5に記載の模擬動物器官の製造方法において、前記成形品の表面を変質処理する工程は、80~110℃で10~120分加熱処理する工程を含む。
【発明の効果】
【0011】
本発明の模擬動物器官によると、実際の動物器官に近づけることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る模擬動物器官を具体化した実施形態について説明する。本実施形態の模擬動物器官は、マンナン、豆粉末、及び水を含むゲル化物の成形品より構成されている。
(マンナン)
マンナンとしては、例えばグルコマンナン、ガラクトマンナン、それらを含有する天然由来の原料等であってもよい。天然由来の成分としては、コンニャク粉等が挙げられる。これらは、一種のみを単独で使用してもよいし、二種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0013】
(豆粉末)
豆粉末は、ゲル化物の成形品を形成するための原料として用いられる。豆粉末の材料としては、タンパク質含有量が多い豆類の可食部が用いられる。豆類としては、可食部におけるタンパク質含有量が19%以上のものが用いられることが好ましい。豆類の種類としては、例えば大豆、落花生、緑豆、あずき、ささげ、いんげんまめ、えんどう、そらまめ、ひよこまめ、レンズまめ、たけあずき、らいまめ等が挙られる。これらは、一種のみを単独で使用してもよいし、二種以上を組み合わせて使用してもよい。これらの中で、模擬動物器官のゲル強度等の弾力性に優れる観点から大豆がより好ましい。
【0014】
また、豆粉末の材料は、タンパク質含有量を増加させるとともに、模擬動物器官のゲル強度を向上させるため、脱脂処理されてもよい。特に大豆は、油脂含有量が高いため、脱脂処理することが好ましい。また、豆粉末の材料は、模擬動物器官のゲル強度を向上させるため、加熱処理されることが好ましい。材料の加熱温度は、100℃以上が好ましく、200℃以上がより好ましい。
【0015】
(製造方法)
本実施形態の模擬動物器官の製造方法は、マンナン、豆粉末、及び水を含む混合物を膨潤させる工程、脱アセチル化した後、成形して成形品を得る工程、前記成形品の表面を変質処理する工程を含んで構成される。
【0016】
原料であるマンナンと豆粉末の配合比率は、好ましくは1:0.2~5、より好ましくは1:0.5~2である。かかる範囲に規定することにより、実際の動物器官により近づけたゲル強度と、表皮の固さを有する変質層を得ることができる。
【0017】
混合物中における水と、マンナン及び豆粉末からなる固形分の含有比率は、好ましくは水1000mLに対して固形分20~40g、より好ましくは水1000mLに対して固形分25~35gである。かかる範囲に規定することにより、実際の動物器官により近づけたゲル強度を得ることができる。
【0018】
混合物は、水に対して原料を徐々に加えながら撹拌機等を用いて撹拌して作製する。その後、室温で好ましくは30分~2時間、より好ましくは45分~1.5時間放置しながら、膨潤させる。
【0019】
次に、脱アセチル化してコンニャク糊を得た後、成形して成形品を得る工程が行われる。脱アセチル化は、公知の方法、例えば混合物をアルカリ性にすることにより行うことができる。より具体的には、凝固剤としてアルカリ剤を混合物に配合することにより行うことができる。アルカリ剤の具体例としては、例えば水酸化カルシウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、リン酸のカリウム又はナトリウム塩等が挙げられる。
【0020】
均一な脱アセチル化反応を与えるために、アルカリ剤を0.5~2質量%の濃度に溶解した水溶液を、混合物100質量部に対して5~15質量部加えて混合することが好ましい。
【0021】
成形して成形品を得る工程は、所望の動物の各器官、臓器、組織の形状、大きさ等、目的に合わせて成形することができる。例えば所定形状の型枠にコンニャク糊を流し込む方法等が挙られる。コンニャク糊を型枠に流し込んだ後、所定時間、例えば10~20分放置することにより、なじませる。
【0022】
その後、成形品は、好ましくは90℃以上、より好ましくは95℃以上の温度条件で加熱処理することによりゲル化させる。加熱時間は、特に限定されないが、好ましくは10~30分、より好ましくは15~25分行われる。加熱処理は、熱水に浸漬する方法等により行うことができる。加熱処理により、弾力性を有するゲル化物としての成形品が得られる。加熱処理後、成形品は、冷却処理、又は自然放冷により、常温まで冷却してもよい。
【0023】
次に、得られた成形品の表面を変質処理する工程が行われる。変質処理は、成形品の表面を加熱又は乾燥処理することにより成形品の表面に変質層を形成する工程である。加熱処理によりタンパク変性・ゲル化促進等の物性が変化する。また、乾燥処理によりゲル密度上昇等の物性が変化する。それにより、成形品の内部に対して、表面にゲル強度が向上した変質層が形成される。成形品表面に形成された変質層により、実際の皮膚に近似した膜強度を有する表皮層が形成される。
【0024】
成形品の表面を加熱する場合、加熱温度は、特に限定されないが、好ましくは80~110℃、より好ましくは90~110℃で行われる。加熱時間は、加熱温度、目的とする器官の表面の固さ、表皮厚み等により適宜設定されるが、好ましくは10~120分、より好ましくは20~60分である。加熱処理は、恒温器等の公知の装置を用いて実施することができる。加熱処理を行わず、乾燥機、風乾機等を用いて成形品の表面を乾燥させることにより、成形品の表面に変質層を形成してもよい。
【0025】
変質層の厚みは、目的とする模擬動物器官の種類により適宜設定される。変質層の厚みを厚くする場合は、乾燥温度を高く又は時間を長くすることにより調整することができる。
【0026】
(使用形態)
模擬動物器官は、医療教育機関、医療機関等における電気メス等の医療器具を用いた練習用途、医療機器等の評価用途として好ましく用いられる。尚、本実施形態において、動物器官には、器官の他、臓器、組織等を含むものとする。
【0027】
(作用)
本実施形態の模擬動物器官は、マンナン、豆粉末、及び水を含むゲル化物の成形品よりなり、該成形品の表面に変質層を有している。そのため、柔軟性、弾力性等を、実際の動物器官により近づけた模擬器官を得ることができる。特に、模擬動物器官は、水分を含むため、実際の動物器官と同様に、電気メスを使用することができるとともに、切り具合を実際の動物器官に近似することができる。
【0028】
また、模擬動物器官は、成形品の表面に変質層を有しており、実際の動物器官の表皮に近似した表面強度又は膜強度を有しているため、実際の動物器官と同様に縫合等の操作を行うことができる。また、模擬動物器官は、適度な柔軟性、弾力性を有するとともに、変質層により適度な表面強度又は膜強度を有しているため、超音波検査装置を用いた練習を行うことができる。
【0029】
また、模擬動物器官は、豆粉末由来のタンパク質を含有する。そのため、電気メスを使用した際に不可逆的な変色を生み出すことができるため、より模擬動物器官に近似した作用を得ることができる。また、電気メスを使用した際に不快な臭いが生ずることがない。
【0030】
本実施形態の模擬動物器官及びその製造方法の効果について説明する。
(1)本実施形態の模擬動物器官では、マンナン、豆粉末、及び水を含むゲル化物の成形品よりなり、該成形品の表面に変質層を有する構成を採用した。そのため、外観、触感等を動物器官に近づけることができ、また電気メスを用いることができる点で実際の動物器官により近づけた模擬器官を得ることができる。
【0031】
また、食品素材を使用しているため、原材料の入手が容易であり、保管、廃棄等が容易である。
(2)豆粉末として可食部にタンパク質を19質量%以上含む豆類を適用した場合、模擬動物器官のゲル強度を向上できるため、実際の動物器官により近づけることができる。
【0032】
(3)豆粉末として脱脂処理されている原料を使用した場合、タンパク質含有量を増加させることができるため、模擬動物器官のゲル強度をより向上できる。
(4)本実施形態の模擬動物器官の製造方法は、マンナン、豆粉末、及び水を含む混合物を膨潤させる工程、脱アセチル化した後、成形して成形品を得る工程、前記成形品の表面を変質処理する工程を含む構成を採用した。したがって、食品の製造工程として模擬動物器官を容易に製造することができる。
【0033】
なお、上記実施形態は以下のように変更してもよい。上記実施形態及び以下の変更例は、技術的に矛盾しない範囲で互いに組み合わせて実施できる。
・上記実施形態の模擬動物器官は、マンナン、豆粉末、及び水を含むゲル化物の成形品より構成した。本発明の効果を阻害しない範囲内において、着色剤、保存剤、ゲル化剤等のその他の添加剤を配合することを妨げるものではない。
【実施例0034】
以下、本発明の構成及び効果について実施例等を用いて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
<試験例1:穀物粉末原料の検討>
下記に示される原料を使用して模擬動物器官を製造し、模擬動物器官として評価を行った。
【0035】
まず、42℃蒸留し350mLにコンニャクグルコマンナン7.5gと、表1の各例に示される穀物粉7.5gを投入し、5分間泡だて器で撹拌して混合物を得た後、1時間常温で放置して膨潤させた。なお、実施例1の大豆粉末は、脱脂処理した原料を200℃で前処理(加熱処理)したものを使用した。また、比較例1は、コンニャクグルコマンナンを15g使用した。次に、水酸化カルシウム0.5gと蒸留水40mLを混合して得た水溶液を、前記の混合物に加えて撹拌することにより脱アセチル化処理を行いコンニャク糊を得た。得られたコンニャク糊を型枠として所定容量のバットに充填した。15分間放置した後、95℃にウォーターバスに型枠ごと投入し、20分間加熱処理した。加熱処理して硬化したゲル化物としての成形品を型枠から取り出し、常温で放冷した。放冷した後、成形品を恒温器に移し、105℃で30分間乾燥処理を行うことにより成形品の表面に変質層を形成した模擬動物器官を得た。
【0036】
得られた各例の模擬動物器官を用いて、岐阜県内病院の医師(外科)に実際に電気メス及び縫合の施術をしてもらった。その際の所感を表1に示す。また、各例の模擬動物器官について、下記の基準に基づいて総合評価を行った。結果を表1に示す。
【0037】
・総合評価
5:弾力性、柔軟性の触感が非常に良好で、且つ電気メス及び縫合等の施術の点において全く問題がない場合
4:弾力性、柔軟性の触感が良好で、また電気メス及び縫合等の施術において問題がない場合
3:弾力性、柔軟性の触感が動物器官に近似するがやや劣り、また電気メス及び縫合の施術等において実用上問題がないがやや劣る場合
2:弾力性、柔軟性の触感が劣るか、又は電気メス及び縫合等の施術において実用上問題がある場合
1:弾力性、柔軟性の触感が非常に劣るか、電気メス及び縫合等の施術において非常に問題がある場合
【0038】
【表1】
穀物粉として豆類を使用した実施例1,2は、総合評価が4以上であった。
【0039】
穀物粉を配合しない比較例1は、電気メス使用後の変色がなく、実用上問題がある結果となった。穀物粉として、豆類以外のものを使用した比較例2,3は、電気メスの使用において問題があった。
【0040】
<試験例2:大豆粉末の前処理と配合比率の検討>
下記に示される大豆粉末の前処理と配合比率を変えて模擬動物器官を製造し、模擬動物器官として評価を行った。
【0041】
各実施例のグルコマンナンと大豆粉末の合計使用量を15gとし、グルコマンナンと大豆粉末の配合比率を表2に示されるよう変更した。また、大豆粉末は、脱脂処理した原料を100℃又は200℃で前処理したものを使用した。模擬動物器官の製造方法及び評価方法は、試験例1と同様である。所感及び総合評価を表2に示す。
【0042】
【表2】
表2に示されるように、グルコマンナンと大豆粉末を1:1で使用するとともに、大豆粉末を200℃で前処理した実施例7が、最も総合評価が高い結果となった。
【0043】
<試験例3:乾燥時間の検討>
下記に示される乾燥時間を変えて模擬動物器官を製造し、模擬動物器官として評価を行った。
【0044】
乾燥時間と乾燥温度以外は、実施例1と同様に模擬動物器官を製造した。各例の乾燥温度と乾燥時間は、表3に示す通りである。模擬動物器官の製造方法及び評価方法は、試験例1と同様である。所感及び総合評価を表3に示す。
【0045】
【表3】
表3に示されるように、乾燥時間が30分以上の場合において表面の変質層の厚み及び膜強度が最も動物器官に近似し、電気メスの切れ具合にも優れることが確認された。