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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025018200
(43)【公開日】2025-02-06
(54)【発明の名称】酸化皮膜層と表面処理アルミニウム材
(51)【国際特許分類】
   C25D 11/18 20060101AFI20250130BHJP
   C25D 11/04 20060101ALI20250130BHJP
   C25D 11/10 20060101ALI20250130BHJP
【FI】
C25D11/18 301C
C25D11/04 302
C25D11/04 101A
C25D11/10
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023121709
(22)【出願日】2023-07-26
(71)【出願人】
【識別番号】300055432
【氏名又は名称】中国電化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004510
【氏名又は名称】弁理士法人維新国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100111132
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 浩
(72)【発明者】
【氏名】國信 栄作
(72)【発明者】
【氏名】東 幸緒
(57)【要約】
【課題】高温であってもクラックが生じない耐熱性に優れた酸化皮膜層と表面処理アルミニウム材を提供する。
【解決手段】本発明に係る酸化皮膜層は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム基材表面上に形成され、その組成が、酸素73±2%(原子数%)及びアルミニウム27±2%(原子数%)からなる非晶質であり、150℃~500℃のいずれかの温度条件下で、表面にクラックが発生しないことを特徴とするものである。
【選択図】図2A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム基材表面上に形成され、その組成が、酸素73±2%(原子数%)及びアルミニウム27±2%(原子数%)からなる非晶質であり、150℃~500℃のいずれかの温度条件下で、表面にクラックが発生しないことを特徴とする酸化皮膜層。
【請求項2】
請求項1に記載の前記酸化皮膜層が、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム基材表面上に形成されたことを特徴とする表面処理アルミニウム材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化皮膜層と、その酸化皮膜層を表面に形成する表面処理アルミニウム材に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、CVD(Chemical Vapor Deposition)装置、PVD(Physical Vapor Deposition)装置やドライエッチング装置などの真空装置には、アルミニウム(以下、Alと示す。)又はAl合金製部材に陽極酸化皮膜を施し、真空装置内に導入される腐食性の塩素ガスやプラズマに対する耐食性を担保している。
このような真空装置用材料としては、従来から主としてステンレス材が用いられてきたが、ステンレス鋼製の真空装置は、重量が重く土台に大掛かりな工事が必要であり、またステンレスは熱伝導性が十分でなく作動時のベーキングに時間が係るという課題があった。さらに、ステンレス鋼の成分であるクロム(以下、Crと示す。)などの重金属が、何らかの要因でプロセス中に放出されて汚染源となるおそれもあった。そこで、ステンレス鋼よりも軽量で、熱伝導性に優れると同時に重金属汚染のおそれのないAl又はAl合金製の真空装置の開発が活発化している。
そこで、本願特許出願人は、特許文献1に開示されるとおり、シュウ酸等の酸を用いて陽極酸化処理工程を施した後、その上に緻密な水和アルミナ皮膜層を形成させ、その水和アルミナ皮膜層の膜厚を0.5μm以上とする表面処理アルミニウム材を発明した。
さらに、本願特許出願人は、水和アルミナ皮膜層の膜の厚さに加えて、その表面の算術平均粗さをRa=10nm以下として処理表面積を減少させ、アウトガスの抑制能力とエッチング耐性を高めた表面処理アルミニウム材を発明するに至り、その内容は特許文献2に開示されている。なお、本願では陽極酸化皮膜層に対して封孔処理を施したものを陽極酸化皮膜層と区別するために酸化皮膜層という。したがって、陽極酸化皮膜層の表面に水和アルミナ皮膜層が形成された全体の層に加えて、封孔処理による水和アルミナ皮膜層が陽極酸化皮膜層の孔中に形成された場合も酸化皮膜層という。
また、特許文献2に開示される表面処理アルミニウム材製造方法を用いて製造された従来の表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層の表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(10万倍)を図9Aに示し、また、その表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層の断面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(2万倍)を図9Bに示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005-29891号公報
【特許文献2】特開2016-194098号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、陽極酸化皮膜層と水和アルミナ皮膜層が施されたAlやAl合金製部材であっても、高温になると、そのAlやAl合金製部材との熱膨張差によってその酸化皮膜層にクラック(割れ)が生じ、そのクラックから生じるパーティクルは、半導体ウェーハ表面等に作られる微細な回路の欠陥原因となり不良を引き起こす原因となってしまうという課題があった。
【0005】
本発明はかかる従来の事情に対処してなされたものであり、高温であってもクラックを生じない耐熱性に優れた酸化皮膜層と表面処理アルミニウム材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、第1の発明である酸化皮膜層は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム基材表面上に形成され、その組成が、酸素73±2%(原子数%)及びアルミニウム27±2%(原子数%)からなる非晶質であり、150℃~500℃のいずれかの温度条件下で、表面にクラックが発生しないことを特徴とするものである。
【0007】
第2の発明である表面処理アルミニウム材は、第1の発明である酸化皮膜層が、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム基材表面上に形成されたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0008】
第1の発明である酸化皮膜層は、150~500℃のいずれかの温度条件下で、その表面にクラックが発生しないという効果を有する。
【0009】
また、第2の発明である表面処理アルミニウム材は、その表面上に形成された酸化皮膜層が150~500℃のいずれかの温度条件下で、酸化皮膜層の表面にクラックが発生しないという効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材製造方法の工程を示すフローチャートである。
図2A】本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(10万倍)である。
図2B】本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層断面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(2万倍)である。
図3A】本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層に対するグロー放電分光(GDS)分析結果を従来の一般的なシュウ酸アルマイト皮膜層と比較して示すグラフである。
図3B】本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層に対するX線回折(XRD)分析結果を従来の一般的なシュウ酸アルマイト皮膜層と比較して示すグラフである。
図4】表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面のクラックの計数方法を示す概念図である。
図5A】本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面を150℃まで加熱した場合の拡大写真(50倍)である。
図5B】本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面を300℃まで加熱した場合の拡大写真(50倍)である。
図5C】本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面を400℃まで加熱した場合の拡大写真(50倍)である。
図5D】本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面を500℃まで加熱した場合の拡大写真(50倍)である。
図6A】従来の表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面を150℃まで加熱した場合の拡大写真(50倍)であり、黒丸はクラックを計数した印である。
図6B】従来の表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面を300℃まで加熱した場合の拡大写真(50倍)であり、黒丸はクラックを計数した印である。
図6C】従来の表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面を400℃まで加熱した場合の拡大写真(50倍)であり、黒丸はクラックを計数した印である。
図6D】従来の表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面を500℃まで加熱した場合の拡大写真(50倍)であり、黒丸はクラックを計数した印である。
図7】本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材と従来の表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面のそれぞれの酸化皮膜層表面に発生したクラック数を比較して示すグラフである。
図8A】本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材と従来の表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層の膜厚を30μmとし、酸化皮膜層の温度を変化させてその絶縁破壊電圧を測定した結果を比較して示すグラフである。
図8B】本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材と従来の表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層の膜厚を50μmとし、酸化皮膜層の温度を変化させてその絶縁破壊電圧を測定した結果を比較して示すグラフである。
図9A】従来の表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(10万倍)である。
図9B】従来の表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層の断面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(2万倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明に係る酸化皮膜層、酸化皮膜表面処理アルミニウム材及び表面処理アルミニウム材製造方法の実施の形態を図1乃至図7に基づき説明する。まず、表面処理アルミニウム材製造方法について説明する。
図1は本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材製造方法の工程を示すフローチャートである。
図1において、ステップS1は陽極酸化処理工程、ステップS2は封孔工程、ステップS3は後処理工程としての洗浄工程を示している。
ステップS1の陽極酸化処理工程を行う場合には、電解液条件として図1に記載されるとおり、全シュウ酸濃度30~45g/L及び遊離シュウ酸濃度30~35g/Lとし、溶存アルミニウム濃度を1.6~4.8g/L(2~4g/L±20%)以下とし、電解液温度を22±5℃とする。なお、電解液温度の22±5℃は、陽極酸化処理時は液抵抗によって発熱するため、電解液の温度を22℃に設定して自動で冷却しているものの、温度センサーのしきい値等の要因によって設定温度に対して上下に変動するため、22℃に対して±5℃としている。
【0012】
ステップS1では、電解槽に上記のような電解液を満たし、その電解液に陰極と、アルミニウムあるいはアルミニウム合金からなるアルミニウム基材を陽極として浸して100~150Vの直流電圧をアルミニウム基材及び陰極に通電する。
通電は電流密度1.0~2.0A/dmとして、その処理時間(通電時間)は120~60分間である。
この通電の電流密度1.0~2.0A/dmとその通電時間の120~60分間は、いずれも陽極酸化皮膜層の厚みを30μmとするための条件であり、1.0A/dmの場合が120分、2.0A/dmの場合が60分である。
したがって、30μmよりも薄い膜厚とする場合には通電時間を120分あるいは60分から適宜短縮することで製造可能である。
逆に、陽極酸化皮膜層の厚みを50μm程度の厚めの膜とする場合には、ステップS1の陽極酸化処理工程における電解液条件は図1に示されるとおりで同一であり、処理時条件における通電の電流密度も同じく1.0~2.0A/dmであるが、通電時間は1.0A/dmの場合が240分、2.0A/dmの場合が190分となる。もちろん、30~50μmの膜厚とする場合には1.0A/dmであれば通電時間を120分から240分の間、2.0A/dmであれば60分から190分の間で適宜調整するとよい。
【0013】
電解槽中ではアルミニウム基材から陰極の方向へ電流が流れ電子が奪われるので、アルミニウム基材のアルミニウムがイオン化し、そのアルミニウムイオンがアルミニウム基材の表面上に発生する。また、水の電気分解により陽極であるアルミニウム基材から酸素、陰極から水素が発生するため、発生した酸素によってアルミニウム基材の表面ではアルミニウムイオンが複数の微細孔を有した酸化アルミニウムの膜をアルミニウム基材の表面上に形成する。これが陽極酸化皮膜層である。
この陽極酸化処理においては陽極のアルミニウム基材と同じ金属イオンを混合させておくことで電解液との反応活性を下げるものの、電解液中の溶存アルミニウム濃度は、通常の15g/L程度よりも低くして電解液との反応活性を高くすることでアルミニウム基材の表面においてアルミニウムイオンが溶解しやすくして、酸化アルミニウム膜の形成を容易にしている。
【0014】
また、本実施の形態においては、電極に通常よりも高い電圧を印加している。本発明の表面処理アルミニウム材製造方法の陽極酸化処理工程では通常の印加電圧55~65Vよりもさらに高い電圧100~150Vを電極にかけることで、より大きな電流がアルミニウム基材や電解液中を流れるようにして、アルミニウム基材から発生するジュール熱を増加させている。
すなわち、通常以上の大きさの電圧を電極に印加することで電流を通常よりも多く流してジュール熱を増加させ、アルミニウム基材のアルミニウムの活性を電気的及び熱的にも高めて、アルミニウム基材上のアルミニウムイオンがより大量に電解液中へと溶出可能な状態をつくっておくのである。また、このアルミニウムイオンは、酸化アルミニウム皮膜の微細孔内にも充満されることになる。
なお、酸化アルミニウム皮膜は絶縁皮膜であるので、いずれの膜厚においても陽極酸化処理工程中、膜厚が厚くなると電圧が上がり始め、整流器の電圧上限を超えると設定電流値が下がり始めるためある程度の電流値の幅が生じることになる。
以上、図1のステップS1について説明した。この工程ではアルミニウム基材の上に一部の酸化アルミニウムが陽極酸化皮膜層を形成すると共に、陽極酸化皮膜の形成に使用されなかった活性の高いアルミニウムイオンが陽極酸化皮膜層の微細孔内に大量に蓄積された状態をつくりだしている。これは電解液中の溶存アルミニウム濃度の低下及び高圧通電によって大量のアルミニウムイオンが電解液へと溶出されることにより生じる状態である。
【0015】
次に、図1のステップS2について説明する。ステップS2は封孔工程である。
本実施の形態に係る封孔処理は超純水を150~180℃まで加熱して飽和水蒸気として用いる。
封孔処理は、その後のステップS3の洗浄工程と相俟って、これらを施すことによって陽極酸化皮膜層の成分である酸化アルミニウムの一部が水分を吸収してベーマイト(Al・HO)やバイヤライト(Al・3HO)からなる水和物へと変化し、さらに、これらが膨張して陽極酸化皮膜層の微細孔内壁を封孔し表面処理アルミニウム材の耐クラック性を向上させるものである。
本実施の形態では、まず、ステップS2ではステップS1で形成された陽極酸化皮膜層を備えたアルミニウム基材を150~180℃の飽和水蒸気に1分以上で5分を超えない程度の短時間晒すものである。
このようなステップS2によれば、微細孔内部に水和物による水和アルミナ皮膜層を形成させることができる。一般的には、本願出願人が特開2005-29891号公報で示したとおり、封孔時間を長くすることで微細孔内部と陽極酸化皮膜層の表面を水和アルミナ層で覆うことが知られているが、本願発明では、高温度下に短時間晒すことで孔内部は水和アルミナ皮膜層を形成させつつ、微細孔内部から余分となった水和物が表面に出てくる前に処理を終えることで、図2Aのような表面に水和アルミナ皮膜層の無い酸化皮膜層を得ることができる。
なお、膜厚を50μmまで厚くする場合においても、逆に30μm以下の膜厚であってもステップS2の封孔工程の処理条件は同一であり、この後説明するステップS3の洗浄工程における処理条件も同一である。
例えば、ステップS2における処理時間の1分間以上で5分間を超えない程度の短時間は、形成された陽極酸化皮膜層の膜厚によって変化しない時間である。時間を長くすると表面への水和物の沁み出し量が多くなり、表面で結晶化し易くなることで、クラック発生の要因にもなるので、膜厚に関係なく短い時間での封孔処理を行うものである。
【0016】
次に、ステップS3は封孔処理の後処理工程としての純水を用いた洗浄工程である。
ステップS3では、ステップS2の封孔処理後の酸化皮膜層を備えたアルミニウム基材を室温(5~30℃)の純水に5分以上晒す。
このようなステップS3を実行することによれば、微細孔内部から余分となった未反応の水和物を除去することができる。微細孔内部の未反応の水和物は低い温度の純水に浸漬することで酸化皮膜層の表面に出てくるのでこれを除去するのである。この時、純水の温度が高いと表面に水和アルミナ皮膜層を形成するため、低い温度で処理することが重要で、水洗時間は膜厚が厚くなるほど適宜長くして未反応の水和物を除去する。
このようにして本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材が製造される。
【0017】
また、この表面処理アルミニウム材の表面に形成されるのが、本発明の実施の形態に係る酸化皮膜層である。
図2Aにその表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面のSEM写真(10万倍)を示し、図2Bに同じく酸化皮膜層断面のSEM写真(2万倍)を示す。
特に図2Aから、酸化皮膜層表面には写真の枠下に表示される縮尺から直径数十nm程度の孔が形成されているのが観察できる。また、図9Aに示される従来の酸化皮膜層の表面に形成されていた水和アルミナ皮膜層がないことがわかる。
さらに、図2B図9Bを比較してみると、従来の酸化皮膜層(図9B)、すなわちシュウ酸アルマイト皮膜層の表面には写真の枠下に表示される縮尺から厚さ0.8μm程度の水和アルミナ皮膜層が確認できるが、本発明の実施の形態に係る酸化皮膜層(図2B)では薄っすらと厚さ0.2μm程度の影様のものが確認できるものの、図2Aの表面写真と併せて考えると、水和アルミナ皮膜層は表面には形成されておらず、陽極酸化皮膜に形成される孔の中に存在して封孔しているものと考えられる。
このことを確認するため、一般的なシュウ酸アルマイトの未封孔皮膜層と本実施の形態に係る酸化皮膜層をJIS(H8681-1)に規定されている耐アルカリ試験を行い比較してみた。なお、一般的なシュウ酸アルマイトの未封孔皮膜層であるので、本願では陽極酸化皮膜層と呼ぶものである。
一般的なシュウ酸アルマイト皮膜層は腐食がアルミ素地まで到達する時間は、29.6秒(5点平均値)で、同様に本実施の形態に係る酸化皮膜層に対して耐アルカリ試験を行うと、腐食がアルミ素地までに到達する時間は、147.7秒(5点平均値)であった。時間を比較すると、本実施の形態に係る酸化皮膜層はアルミ素地まで腐食が到達するまでに約5倍の時間が掛かっていた。このことは、本実施の形態に係る酸化皮膜層では孔の内部が水和アルミナ皮膜で封孔されているので、腐食の進行が遅く時間が長くなったものと考えられる。
なお、図9Bに示される従来の酸化皮膜層の厚みは表面の水和アルミナ皮膜を含めない場合で50μm程度であり、図2Bに示す本実施の形態に係る酸化皮膜層の厚みは50μm程度であった。
【0018】
さらに、図3Aを参照しながら、本実施の形態に係る酸化皮膜層の成分について分析した結果を説明する。図3Aは、本実施の形態に係る表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層に対するグロー放電分光(GDS)分析結果を従来の一般的なシュウ酸アルマイト皮膜層と比較して示すグラフである。
図3Aにおいて、横軸は酸化皮膜層の膜の厚さ(深さ)[μm]を示しており、左端の0.0が酸化皮膜層の表面を意味している。縦軸は酸素とアルミニウムの[原子数%]を示している。
図3Aに示された結果から、本実施の形態に係る酸化皮膜層の方が一般的なシュウ酸アルマイト皮膜層よりも酸素濃度が低いことが理解できる。具体的には、皮膜層表面から2μm以上5μm以下の深さで酸素濃度が73~75%程度である。また、アルミニウム濃度は逆に酸化皮膜層の方が一般的なシュウ酸アルマイト皮膜層よりも高いことが理解できる。具体的には、皮膜層表面から2μm以上5μm以下の深さでアルミニウム濃度が25~27%程度である。
また、図3Bを参照しながら、本実施の形態に係る酸化皮膜層の構造について分析した結果を説明する。図3Bは、本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層に対するX線回折(XRD)分析結果を従来の一般的なシュウ酸アルマイト皮膜層と比較して示すグラフである。
図3Bにおいて、横軸は回折角度(2θ[°])、縦軸は回折強度[cps]を示している。
本実施の形態に係る酸化皮膜層と従来のシュウ酸アルマイト皮膜層はいずれもアルマイト構造を有する皮膜であるが、図3Bに示された結果から、本実施の形態に係る酸化皮膜層の回折角度26~27°付近の回折強度のピークが、従来のシュウ酸アルマイト皮膜層のピークに比較して左側にずれていることがわかる。したがって、原子間同士の間隔が広がっていることが裏付けられている。
また、本実施の形態に係る酸化皮膜層の回折強度が、従来のシュウ酸アルマイト皮膜層の回折強度よりも概ねすべての回折角度の範囲で高く出ていることがわかるが、これは酸化皮膜層の散乱X線が従来のシュウ酸アルマイトよりもより強め合っているためと考えられ、本実施の形態に係る酸化皮膜層とシュウ酸アルマイトはいずれもアモルファス(非晶質)であるものの、本実施の形態に係る酸化皮膜層の方が結晶性が高いと考えられる。
【0019】
図3Aに示したGDS分析結果と図3Bに示したXRD分析結果から、本実施の形態に係る酸化皮膜層は、酸素濃度が少なく、原子間同士の距離が長い結晶構造を有することで、500℃まで加熱しても皮膜表面にクラック(割れ)が0本/4mm、すなわちクラックが発生しない耐熱性の酸化皮膜層であることがわかった。
【0020】
次に、本実施の形態に係る酸化皮膜の耐熱性を従来の酸化皮膜と比較して測定した方法について説明する。
まず、図4を参照しながら酸化皮膜の耐熱性を測定するために酸化皮膜を加熱して発生するクラックの数を測定する方法について説明する。
図4において、四角で囲まれた範囲は縦横2mmの矩形領域であり、その中に描かれた直線がクラックである。クラックの数え方は、1本目や2本目のように計測した範囲内で発生したクラックが単独で他のクラックと繋がらない場合には1本とし、3本目や4本目のように計測した範囲内で発生したクラックが他の1本のクラックのみに突き当たった場合も1本とし、5本目のように計測した範囲内で発生したクラックが他のクラックを止めて繋がった場合には繋がった箇所の間も1本のクラックとし、6本目や7本目のように、その繋がった箇所から計測した範囲の端部までも1本のクラックとするものである。
そして、本願ではこのようにして測定したクラックを数えやすいようにクラック毎に黒丸で表現した。
【0021】
このような測定方法を用いて、本発明の実施の形態に係る酸化皮膜と従来の酸化皮膜に対して150℃、300℃、400℃及び500℃まで加熱して発生したクラック数を測定した。
図5A図5Dは本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面をそれぞれ150℃、300℃、400℃及び500℃まで加熱した場合の拡大写真(50倍)の一例である。図5A図5Dに写真から明らかなとおり、発生クラックは0本、すなわちいずれもクラックが発生していないことがわかる。
なお、倍率として50倍を選択しているのは、これよりも倍率を上げると視野面積が小さくなるためである。例えば、100倍とすると、1mm×1mmという小さな視野面積となり、現実のクラック数を追えない可能性があるためである。また、酸化皮膜層の膜厚は30μmである。
図6A図6Dは従来の酸化皮膜層表面をそれぞれ150℃、300℃、400℃及び500℃まで加熱した場合の拡大写真(50倍)の一例である。黒い点で示されるのがクラックを1本ずつ計数した際の印であり、これらの図から150℃から500℃にかけて温度が上昇するほどクラックの発生数は増加していることが理解できる。この従来の酸化皮膜層(一般的なシュウ酸アルマイト皮膜層)の膜厚も30μmである。
図7図5A図5D及び図6A図6Dによる測定結果を含めた全体の測定結果に関して、本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材と従来の表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層表面のそれぞれの酸化皮膜層表面に発生したクラック数を比較して示すグラフである。横軸は加熱温度(℃)であり、縦軸は発生したクラック数である。
また、表1は図7に示した全体の測定結果の平均値をまとめたものである。
なお、表中にあるA6061-T6は、アルミニウムにマグネシウムとケイ素が含まれる合金をT6処理したものを意味している。
【0022】
【表1】
【0023】
図7及び表1に示されるとおり、従来の酸化皮膜層に比較して本実施の形態に係る酸化皮膜層は150℃から500℃までの温度でクラックの発生は4mmにおいて0本であり、また、従来の酸化皮膜層では300℃から400℃までよりも400℃から500℃までの方がクラック数が著しく増加しているにもかかわらず、本実施の形態に係る酸化皮膜層ではクラックが生じていないことから、極めて高い耐熱性を備えていることが理解できる。
さらに、本測定では酸化皮膜層の膜厚を30μmで実施しているが、これよりも厚膜の50μmの膜厚も含めて、クラックの発生の有無を目視以外の方法、具体的には絶縁破壊電圧で測定して確認したので、以下に説明する。
【0024】
図8A図8Bは、本発明の実施の形態に係る表面処理アルミニウム材と従来の表面処理アルミニウム材の酸化皮膜層(一般的なシュウ酸アルマイト皮膜層)の膜厚をそれぞれ30μmと50μmとして、酸化皮膜層の温度を変化させて、温度の変化に応じた絶縁破壊電圧を測定した結果を比較して示すグラフである。それぞれ同条件の2グループ(A,B)で測定している。
絶縁破壊電圧の測定方法は、それぞれの酸化皮膜層に25V/秒の昇電圧速度で電圧を加えていき、回路遮断電流を5mAとし、その時点の電圧を絶縁破壊電圧とすることがJIS規格(H8687)で規定されている。
このJISの手法を用いて、25℃で絶縁破壊電圧を測定してから、本発明品を150℃、300℃、400℃、500℃、25℃、150℃、300℃の順番で加熱・冷却・再加熱を行いそれぞれの温度での絶縁破壊電圧を測定する。ただし、JISの規定では5~35℃の範囲の環境で測定することになっているが、今回はクラックの発生と温度の関連性を調べるために、加熱中の絶縁破壊電圧を測定した。
加熱によりクラックが発生すると、電流が流れやすくなるため絶縁破壊電圧の値は小さくなる。25℃時の測定値と加熱温度時の測定値が同じならば、加熱によるクラックの発生が無いことがわかる。
【0025】
比較のために、一般的なしゅう酸アルマイト皮膜も同条件で絶縁破壊電圧を測定した。それらの測定結果は図8A,8Bに示されるとおりである。絶縁破壊電圧は酸化皮膜層の厚さに比例するので、30μm、50μmの2種類の膜厚で測定した。
本発明品(本実施の形態に係る酸化皮膜層)では、2種類の膜厚におけるA,B共に25℃、150℃、300℃、400℃では、絶縁破壊電圧の測定値には変化が見られないが、500℃になると値が半分になっていることがわかる。これは、酸化皮膜層にクラックが発生したためではなく、酸化皮膜層自身の電気抵抗値が低下したことが原因と考えられる。そう考えられる理由は、25℃まで冷却して再測定すると、絶縁破壊電圧の値が最初に測定した25℃の場合の測定値と同程度のレベルに回復しており、酸化皮膜層自身にはクラックが発生していないこととして理解できるからである。
また、前述の本発明品の500℃付近の絶縁破壊電圧の降下から、酸化皮膜層には、その温度で電気抵抗が低下する半導体のような特性があることがわかった。
一方、比較例としたしゅう酸アルマイト皮膜層では、25℃から急激に絶縁破壊電圧が低下している。これは、加熱により皮膜表面にクラックが入り、クラックが電流の通り道になったために測定値が下がったものと考えられる。
本発明品と同様に500℃まで加熱したのちに25℃まで冷却してそれぞれ絶縁破壊電圧を測定したが、最初に測定した25℃の測定値まで回復することなく低い値のままであった。したがって、最初の150℃までの加熱により酸化皮膜層の表面に無数のクラックが発生したために冷却しても元の値には戻らなかったものと考えられる。
【0026】
以上説明したとおり、本発明品の場合は最初の25℃の値に戻っていることから、クラックの発生が無いことが電気的に証明されたと考える。
また、図8Bは膜厚を50μmで同じ試験条件で本発明品に係る酸化皮膜層と従来の酸化皮膜層について絶縁破壊電圧の測定を行ったものであるが、膜厚が厚いために絶縁破壊電圧の値も高いが、本発明品の場合は加熱による影響は見られない。膜厚30μmの場合と同様に500℃付近で絶縁破壊電圧の測定値の低下が見られるが、同様に25℃まで冷却した場合の測定値は、最初の25℃の場合の測定値と同程度であり、本図から、本発明品では膜厚50μmでも500℃まで加熱によるクラック発生が無いことが理解できる。
【0027】
発明者らは、加熱中に絶縁破壊電圧を測定するという初めての試みによって、半導体回路に不可欠なプラズマエッチング時の加熱により従来のしゅう酸アルマイト皮膜層では、絶縁性が悪く安定したプラズマが得られないことを確認することができた。
一方、本発明品では、高温下でも安定した破壊電圧を得ることができた。
以上説明したとおり、今回の試験の結果から本実施の形態に係る酸化皮膜層では膜厚が30μm及び50μmのいずれでも、150℃から500℃のいずれかの温度でクラックの発生がないことが示されたが、150℃から500℃までの温度のうち、いずれの温度あるいはいずれの温度領域をとってもクラックが発生しないことも示された。
また、膜厚は薄い方がクラックが発生しないことから、少なくとも50μm以下では本実施の形態に係る酸化皮膜層ではクラックが発生しないものと考えられる。
【0028】
以上説明したとおり、本実施の形態に係る表面処理アルミニウム材製造方法で製造した表面処理アルミニウム材及びその表面に形成された酸化皮膜は、従来の表面処理アルミニウム材よりも優れた耐熱性を発揮することが可能であり、クラックの発生が高温領域においてもほぼないと言えることから、クラックから生じるパーティクルがないので、CVD装置、PVD装置やドライエッチング装置などの真空装置に導入しても、半導体ウェーハ表面等にパーティクルが付着するような現象は生じることがなく、また、半導体回路作製時のエッチング工程でも高温に耐え、プラズマを安定して発光させることができるので、生産されるIC(集積回路)の歩留まりの向上と半導体回路の一層の微細化を担保することが可能という優れた効果を発揮することが可能である。
大容量メモリー製造工程では、3DNANDと呼ばれる縦方向にメモリー回路を何層も積み上げることで、小さな面積に大容量の記憶回路を作製しているが、回路の成膜工程とドライエッチングの工程を何度も繰返すために、エッチング時に発生する熱がこもり、製造装置表面の温度が300℃程度まで上昇する。温度上昇することで、陽極酸化皮膜層にクラックが発生することで、パーティクルが発生して成膜した回路に落下し、ナノメーター幅のメモリー回路を断線させてしまう。しかしながら、本実施の形態に係る酸化皮膜層及び表面処理アルミニウム材を利用することによれば、パーティクルが発生しないために大容量のメモリー生産で歩留りを大幅に向上させることができる。
小型で大容量のメモリーは、スマートホン、データーサーバー、自動運転装置、ネットの動画配信など、あらゆる産業分野で必須なものであるので、本実施の形態に係る酸化皮膜層及び表面処理アルミニウム材を採用することによる効果は多くの産業インフラに大きな好適影響を与えることができる。
また、本実施の形態に係る表面処理アルミニウム材製造方法では、上述のような優れた効果を発揮することが可能な酸化皮膜をその表面に形成させた表面処理アルミニウム材を容易に製造することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、CVD装置、PVD装置あるいはドライエッチング装置のうち、特に高温下でのパーティクルの発生を極力低減させることを要求される真空装置の内壁材料として利用されることはもちろんのこと、広く一般的に建材、弱電部品や自動車部品などに利用することが可能である。
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4
図5A
図5B
図5C
図5D
図6A
図6B
図6C
図6D
図7
図8A
図8B
図9A
図9B