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特開2025-18399STIL-ARHGEF7シグナルの検出方法及びその使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025018399
(43)【公開日】2025-02-06
(54)【発明の名称】STIL-ARHGEF7シグナルの検出方法及びその使用
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20250130BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20250130BHJP
   G01N 33/483 20060101ALI20250130BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20250130BHJP
【FI】
G01N33/53 Y
G01N33/574 A
G01N33/483 C
G01N33/48 M
G01N33/574 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023122077
(22)【出願日】2023-07-27
(71)【出願人】
【識別番号】506111240
【氏名又は名称】学校法人 愛知医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100202120
【弁理士】
【氏名又は名称】丸山 修
(74)【代理人】
【識別番号】100227385
【弁理士】
【氏名又は名称】樫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 秀明
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA26
2G045CB02
2G045FA19
(57)【要約】
【課題】病理組織上で感度良く、STIL-ARHGEF7シグナルを検出する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明者らはSTIL がARHGEF7及びPAK1を介し、癌細胞の運動能及び浸潤能を亢進させていることに着目し、Proximity Ligation Assay法を用いた、病理組織上でSTIL-ARHGEF7シグナル検出する方法を開発した。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Proximity Ligation Assay法を用いた、病理組織上でのSTIL-ARHGEF7シグナル検出方法。
【請求項2】
前記Proximity Ligation Assay法において、一次抗体として抗STIL抗体及び抗ARHGEF7抗体を用いる、請求項1に記載の検出方法。
【請求項3】
前記病理組織が、悪性腫瘍患者又は悪性腫瘍罹患の疑いのある患者由来の組織である、請求項1又は2に記載の検出方法。
【請求項4】
癌の診断用又は治療用の補助情報取得のための、請求項1又は2に記載の検出方法の使用。
【請求項5】
(a)病理組織全体を所定数の重複しない領域に分割して、顕微鏡で撮影するステップ、
(b)前記撮影した画像を画像解析ソフトウェアに取り込み、各画像のSTIL-ARHGEF7シグナル及び細胞核の数を検出するステップ、
(c)各画像をSTIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数の数値データに変換するステップ、
(d)前記数値データを含む各画像をタイリングし、前記病理組織全体を表す単一画像に再構築するステップ、
(e)STIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数の値が0.4以上であれば、癌細胞又はその可能性が高いと判定することを含む、
癌細胞又は癌である可能性が高い細胞の検出を補助するための方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、STIL-ARHGEF7シグナルの検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常の細胞は、運動性が厳密に制御されているが、癌細胞は運動性の調節不全を示し、それが浸潤と転移を引き起こす。
DblファミリーRhoGEF ARHGEF7/β-PIXとその結合パートナーp21活性化キナーゼPAK1は、様々な癌で過剰発現しており、癌細胞の浸潤に関与していることが明らかになっている。細胞遊走の重要なステップとして、ARHGEF7-PAK1複合体が細胞の移動前面に集積され、細胞骨格のリモデリングが効率的に起こることが挙げられるが、前記複合体の移動前面への集積の分子機構は十分に解明されていなかった。
【0003】
本発明者らのグループは、細胞分裂に重要な役割を担うとされる中心小体複製関連因子SCL/TAL1-interrupting locus (以下、「STIL」ということもある。)が、癌細胞浸潤においても重要な役割を担うと推測して、解析を行ってきた。そして、2020年に、STILがARHGEF7及びPAK1と三元複合体を形成し、遊走する細胞のラメリポディア突出部にこれらのタンパク質と共に蓄積することを報告し、前記三元複合体が、癌細胞の運動能及び浸潤能を亢進させていることを報告した(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Ito H, et al., “Indispensable role of STIL in the regulation of cancer cell motility through the lamellipodial accumulation of ARHGEF7-PAK1 complex”, Oncogene, 2020, 39:1931-1943
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
癌の診断には、病理検査、遺伝子検査、画像診断、血液を利用した臨床検査等が、単独は又は組み合わされて利用されている。中でも病理検査は、癌かどうか又は癌の種類についての確定診断をする大切な検査である。病理検査は、主として身体の一部から採取した細胞や、病変の一部を薄く切り出した組織から病理標本を作製し、病理医が肉眼、ルーペ、光学顕微鏡、電子顕微鏡などで病理標本の組織や細胞の状態を観察して病理診断を下す。病理診断では、ヘマトキシリン・エオジン染色(以下、「HE染色」ということもある。)標本を用いることが多く、HE染色標本の画像から上皮性組織と非上皮性組織とを視認し、形態学的な判断をし、癌の診断を行っている。
【0006】
その診断技術は進歩しているが、検体が微小な場合や、炎症が強い場合は診断に迷う例も少なくない。また、大きな病変の場合は顕微鏡やマイクロスコープの一視野の観察範囲では収まりきらないことがあり、病変を見落とす危険性がある。
【0007】
癌の確定診断には病理検査が必要であるが、癌の診断のための補助情報として、又は治療のための補助情報として、癌細胞又は癌である可能性が高い細胞(以下、「癌細胞等」ということもある。)の存在を検出できる手法があれば病変の見落としを防ぐことが出来る。そのため、検体が微小な場合や炎症が強い場合、又は病変が大きい場合であっても、感度良く癌細胞等を検出できる技術が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために、STILがARHGEF7及びPAK1を介し、癌細胞の運動能及び浸潤能を亢進させていることに着目し、病理組織上で三元複合体のシグナルを検出する方法を見出し、本発明を完成するに至った。すなわち本発明の検出方法は、以下に挙げる構成を含み得る。
【0009】
(1)Proximity Ligation Assay法を用いた、病理組織上でのSTIL-ARHGEF7シグナル検出方法。
(2)前記Proximity Ligation Assay法において、一次抗体として抗STIL抗体及び抗ARHGEF7抗体を用いる、(1)に記載の検出方法。
(3)前記病理組織が、悪性腫瘍患者又は悪性腫瘍罹患の疑いのある患者由来の組織である、(1)又は(2)に記載の検出方法。
(4)癌の診断用又は治療用の補助情報取得のための、(1)又は(2)に記載の検出方法の使用。
(5)(a)病理組織全体を所定数の重複しない領域に分割して、顕微鏡で撮影するステップ、
(b)前記撮影した画像を画像解析ソフトウェアに取り込み、各画像のSTIL-ARHGEF7シグナル及び細胞核の数を検出するステップ、
(c)各画像をSTIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数の数値データに変換するステップ、
(d)前記数値データを含む各画像をタイリングし、前記病理組織全体を表す単一画像に再構築するステップ、
(e)STIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数の値が0.4以上であれば、癌細胞又はその可能性が高いと判定することを含む、
癌細胞又は癌である可能性が高い細胞の検出を補助するための方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、Proximity Ligation Assay法を用いた、病理組織上での感度の良いSTIL-ARHGEF7シグナル検出方法を提供する。STIL、ARHGEF7及びPAK1は三元複合体を形成し、癌細胞の運動能及び浸潤能を亢進させていることが知られているため、STIL-ARHGEF7シグナルの検出は癌細胞等の発見に効果的に用いることができる。
【0011】
本発明によれば、シグナルの検出感度が高いため、検体が微小な場合であっても感度良くシグナルを検出することができる、また、炎症が強い場合は創傷治癒に類似した反応が起こるため、好中球、リンパ球、マクロファージなどの白血球や、線維芽細胞が集簇することがある。一般的には細胞数が増えると癌細胞を見つけにくくなるが、本発明はSTIL-ARHGEF7シグナルに着目しているため、STIL-ARHGEF7シグナルが亢進している癌細胞のみを検出しやすい。さらには、Proximity Ligation Assay法を用いて前記シグナルを検出することで、包括的且つ正確なSTIL-ARHGEF7の相互作用シグナルマップを作成することができる。摘出組織全体において癌細胞等の発現の有無を包括的且つ正確に確認できるため、病変を見落としにくくなる。つまり、本発明の検出方法を用いれば、癌の診断用や治療用の補助情報を取得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】STIL がARHGEF7を介してPAK1と三元複合体を形成し、癌細胞の運動能及び浸潤能を亢進させていることを示した模式図。
図2】病理組織におけるSTIL-ARHGEF7シグナルの検出方法の概略図。
図3】病理組織のHE染色図。病理検査において非癌部と診断された箇所を(1)、癌部と診断された箇所を(2)で示す。
図4図3のHE染色図に、病理検査において癌部と診断された領域(濃色)を重ねた図。
図5図3(1)における箇所を拡大した図(A,HE染色)及びDAPI染色した図(B)。図3(2)における箇所を拡大した図(C,HE染色)及びDAPI染色した図(D)。
図6】病理組織におけるSTIL-ARHGEF7シグナルのマッピング図。(A)はSTIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数≧0.4の領域を強調させたマッピング図。(B)は、(A)のマッピング図に病理検査で癌部と診断された領域を重ねた図。濃色の部分が、STIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数≧0.4の領域と病理検査で癌部と診断された領域とが重なる部分である。(C)はSTIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数≧0.5の領域を強調させたマッピング図。(D)は、(C)のマッピング図に病理検査で癌部と診断された領域を重ねた図。濃色の部分が、STIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数≧0.5の領域と病理検査で癌部と診断された領域とが重なる部分である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0014】
<ARHGEF7、PAK1及びSTIL の三元複合体>
癌細胞は高い運動性を有しており、周囲の組織に侵入して臓器不全等を引き起こす。運動性細胞は、細胞前面に、ラメリポディアなどの特徴的な細胞膜の突起を形成しており、小型グアノシンRhoファミリーの活性化三リン酸化酵素(GTPase)がその形成に関与している。Rac1はラメリポディアの形成に関与しているとされ、 Rac1を介したラメリポディアは細胞の遊走を促すと考えられている。
【0015】
Rac1は、Rho特異的グアニンヌクレオチド交換因子(GEF)との相互作用を通じて、GDPに結合した不活性型からGTPに結合した活性型に転換されることによって活性化される。
Rac1を活性化させる分子として、これまでに多くの分子が特定されており、その中でもDblファミリーGEF ARHGEF7 /β-PIX(pak-interacting exchange factor)が最も研究されている。
ARHGEF7は、運動性細胞の膜ラフリング部に集積する。これまでの研究から、ARHGEF7は、細胞の運動性において重要な役割を担っていると推測される。
【0016】
ARHGEF7と結合する分子は多く確認されている。中でも、p21活性化キナーゼ(以下、「PAK」ということもある。)のファミリーメンバーであるPAK1及びPAK4は、様々な癌で過剰発現していることが報告されており、また、神経伸長にも関与していることが報告されている。
【0017】
PAK1には、p21結合ドメイン(以下、「PBD」ということもある。)、自己抑制ドメイン及びARHGEF7への結合部位がある。 PAK1は、ホモ二量体を形成し、ARHGEF7と結合している。PAK1は、 PBDを介してGTP結合Rac1に結合することにより、PAK1はキナーゼ活性を獲得して自己リン酸化し、細胞骨格形成に必須のタンパク質(FILAMIN-A / FLNA)などの多くの基質をリン酸化する。さらに、PAK1はARHGEF7-Rac1間の相互作用を強化し、Rac1とPAK1の更なる活性化を促す(これら分子の関係を表した簡略図を図1に示す)。このように、Rac1/ARHGEF7/PAK1カスケードは、細胞骨格リモデリングと、ラメリポディアの方向性形成に関与している。しかしながら、ARHGEF7-PAK1複合体の細胞先進部集積が、癌細胞においてどのように制御されているのかはまだ不明である。
【0018】
ところで、STILは、初期胚発生に不可欠なタンパク質であり、細胞機能の多くの側面に関与していると考えられている。STILの発現上昇は、肺癌、前立腺癌、卵巣癌などの様々な種類の癌で報告されている。本発明者らのグループは、 STILのノックダウンは癌細胞の運動性を妨げ、PAK1活性も低下させることを発見した。そして、STILは、ARHGEF7-PAK1複合体をラメリポディアに集積させることにより、ARHGEF7を介した細胞骨格リモデリングのポジティブフィードバック活性化に関与していることが明らかとなった。つまり、STILは癌細胞の効率的な遊走を支えているため、癌細胞の浸潤、転移に重要な役割を担うと推測された。なお。STIL はコイルドコイルドメインを介して ARHGEF7 と結合し、この二元複合体は PAK1 とともに三元複合体を形成していた。(非特許文献1参照)。
【0019】
ARHGEF7、PAK1及びSTILは三元複合体を形成すると推測されるが、どのように複合体を形成するのかは明らかではない。おそらく、 ARHGEF7とSTILが結合し、この二元複合体を介してPAK1が三元複合体を形成すると推測される。その後、PAK1が自己をリン酸化し、FilaminAなどもリン酸化すると推測される。リン酸化は細胞内シグナル伝達カスケードの活性化、最終的には癌細胞の運動性の亢進(浸潤)、転移につながる。
【0020】
<Proximity Ligation Assay法>
本発明者らは、STIL-ARHGEF7-PAK1三元複合体の中で、直接結合していると考えられるSTIL-ARHGEF7二元複合体に着目した。すなわち本発明は、Proximity Ligation Assay法を用いた、病理組織上でのSTIL-ARHGEF7シグナルの検出方法である。Proximity Ligation Assay法(以下、「PLA法」ということもある。)は近接ライゲーションアッセイとも言われ、標的タンパク質の結合や複合体形成を特異的に高感度で組織上において検出する方法である。相補的なオリゴヌクレオチドプローブのローリングサークル増幅(RCA)による検出方法であり、2種類(一対)のプローブを増幅させるため、高感度で検出することが可能である。また、一対のオリゴヌクレオチド標識抗体は、プローブが近接しているときにのみ増幅シグナルを生成するので、STIL-ARHGEF7相互作用を明確なシグナルとして検出することができる。
【0021】
本発明においては、以下の工程により測定を行うことが好ましい。DuolinkTM(Sigma-Aldrich)のPLA法プロトコルに従って行っても良い。
【0022】
(1)サンプルの調整
本発明における病理組織は、悪性腫瘍患者又は悪性腫瘍罹患の疑いのある患者由来の組織であることが好ましい。組織は被検者の何れの部位由来でも良いが、各種臓器の生検又は手術摘出サンプル、あるいは末梢血又は口腔粘膜スワブ等から常法により得られた生体試料が好ましい。なお、本発明における悪性腫瘍は、癌又は肉腫(血液悪性腫瘍を含む)であり、癌は固形癌であることが好ましい。固形癌とは臓器や組織などに、明らかな塊として認められる癌であり、胃癌、膵臓癌、肺癌、大腸癌、乳癌、肝細胞癌、胆管癌、腎細胞癌、頭頸部癌、甲状腺癌、子宮癌(子宮頸癌、子宮体癌)、卵巣癌、前立腺癌が挙げられる。好ましくは胃癌である。肉腫とは、骨肉腫、軟骨肉腫、横紋筋肉腫、平滑筋肉腫、悪性リンパ腫や白血病などが挙げられる。
【0023】
得られた生体試料は、パラフィンに包埋されていてもよい。その場合、包埋前に固定剤で固定しても良い。固定剤としては、ホルマリン液、パラホルムアルデヒド液、グルタルアルデヒド液、四酸化オスミウム液、酢酸アルコール、メタノール、エタノール、アセトンなどを用いる方法がある。中でも、病理組織の固定方法として広く普及しているホルマリン固定が好ましい。細胞の場合は、乾燥固定やエタノール固定をすることが好ましい。
【0024】
具体的には、切除された病理組織は摘出後3時間以内に固定剤に浸漬させて固定を行うことが好ましい。ホルマリンを使う有場合は10%中性緩衝ホルマリン溶液を用いることが好ましい。固定の操作は室温で行っても良い。4℃以下の冷蔵で行うことが好ましい。固定操作は24時間以上行うことが好ましい。組織の大きさ等によって適宜時間を変更しても良い。
その後70%エタノール水(v/v)で2時間、100%エタノール中で2時間を6~7回浸漬し脱水することが好ましい。
【0025】
その後有機溶媒に浸漬してエタノールを置換させることが好ましい。操作性が簡便なキシレンが好ましく、キシレンを使う場合は10~60分、固定化した組織を浸漬させることが好ましく、その作業を3回行うことが好ましい。
その後パラフィン溶液に3~5回浸透させることが好ましい。60℃に溶解した硬パラフィンに包埋し、パラフィンが固まったら冷暗所に保存し、厚さ3μm程度となるよう薄切りすることが好ましい。
その後、キシレン又はエタノールで脱パラフィン処理を行い、熱処理又は酵素処理で抗体賦活化処理を行うことが好ましい。脱パラフィン処理及び抗体賦活化処理は常法を用いることができる。
【0026】
(2)一次抗体の添加
STIL及び ARHGEF7に対する一次抗体は、モノクローナル抗体でもポリクローナル抗体でも良く、両者を組み合わせたものでも良い。各一次抗体は、STIL及び ARHGEF7をそれぞれ哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、ブタ、ヤギ、ウシ等)に免疫して得ることができる。遺伝子組換技術を用いて製造され得るキメラモノクローナル抗体、ヒト型モノクローナル抗体及びヒト抗体であってもよい。
なお、PLA法には、直接法と間接法の2つの方法がある。直接法では、抗体-オリゴヌクレオチドコンジュゲートの一次抗体を使用し、間接法では、抗体-オリゴヌクレオチドコンジュゲートの二次抗体及びその抗体で検出される未修飾の一次抗体を使用することが好ましい。どちらの方法も異なる免疫動物で産生された抗体を用いることが好ましいが、同一種の免疫動物による抗体しか手に入らない場合は直接法を用いて、一次抗体をRCA(Rolling Circle Amplification)反応用に直接標識することが好ましい。
【0027】
本発明においては、間接法が好ましい。以下間接法について説明する。本発明においては、STIL及び ARHGEF7をそれぞれ特異的に認識する一次抗体を、上記生体試料とインキュベーションすることが好ましい。STILには抗STIL抗体としてウサギ抗体を、ARHGEF7には抗ARHGEF7抗体としてマウス抗体を用いることが好ましい。 生体試料に一次抗体を添加し、37℃で10~120分、あるいは4℃で一晩インキュベーションすることが好ましい。37℃で60分がより好ましい。
【0028】
(3)二次抗体(PLAプローブ)添加
次に、一次抗体の種類に応じた二次抗体(PLAプローブ)の抗STIL抗体ペアを一次抗体に結合させることが好ましい。二次抗体は核酸で修飾されているため、2種類の二次抗体が近接した場合に、修飾核酸がライゲーション反応を起こし、環状構造が形成されるように設計されている。STIL及び ARHGEF7免疫動物が異種である場合、例えば、一次抗体として、STILにウサギ抗体を、ARHGEF7にマウス抗体を利用する場合、二次抗体として、Duolink PLATM プローブ ウサギ PLUS(Sigma-Aldrich)及びDuolink PLATM プローブ マウス MINUS(Sigma-Aldrich)を利用することが好ましい。
一次抗体反応後の試料に、PLAプローブのペアを添加し、37℃で10~120分インキュベーションすることが好ましい。37℃で60分がより好ましい。
【0029】
(4)ライゲーション
PLAプローブ環状化のためリガーゼを添加しインキュベーションすることが好ましい。STIL及びARHGEF7が相互作用して複合体を形成すると、二次抗体同士が近接するため、ライゲーション反応を起こし、環状のDNAテンプレートが形成される。インキュベーションは、37℃で10~60分が好ましく、37℃で30分がより好ましい。
【0030】
(5)DNA増幅及び増幅されたDNAの標識
ポリメラーゼ及び蛍光標識されたオリゴヌクレオチドプローブを添加してインキュベーションすることが好ましい。PLAプローブは、DNAポリメラーゼのプライマーとして機能するため、形成された環状DNAテンプレートの環状構造に沿って、一本鎖の核酸が伸長される(RCA法)。伸長した核酸、つまりは二次抗体を修飾する核酸には、特定の繰り返し配列が組み込まれるようになっている。 蛍光標識されたオリゴヌクレオチドプローブは、増幅された相補配列にハイブリダイズするよう設計されているので、これにより蛍光色素が凝集され、蛍光顕微鏡画像解析によって、高感度でのシグナル検出が可能となる。
【0031】
蛍光標識されたオリゴヌクレオチドプローブは、増幅された相補配列にハイブリダイズするので、蛍光顕微鏡画像解析によって可視化が可能となる。37℃で60~180分インキュベーションすることが好ましく、37℃で120分がより好ましい。
【0032】
(6)スライド調製
インキュベーション後の試料を洗浄し、DAPI等で核染色を行い、退色防止剤入りの封入剤で封入することが好ましい。処理後の試料をスライドの上に乗せ、カバーガラスを取り付けてスライドを調整することが好ましい。なお、核染色は、DAPI染色又はヘキスト染色が好ましく、常法を用いることができる。
【0033】
(7)蛍光顕微鏡を用いたイメージング解析及びマッピング
染色したスライドは以下のステップにより解析される。
(a)病理組織全体を所定数の重複しない領域に分割して、顕微鏡で撮影するステップ、
(b)前記撮影した画像を画像解析ソフトウェアに取り込み、各画像のSTIL-ARHGEF7シグナル及び細胞核の数を検出するステップ、
(c)各画像をSTIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数の数値データに変換するステップ、
(d)前記数値データを含む各画像をタイリングし、前記病理組織全体を表す単一画像に再構築するステップ。
STIL-ARHGEF7シグナルは、癌細胞の運動能及び浸潤能の亢進を反映しているため、本発明におけるSTIL-ARHGEF7シグナル検出方法は、癌の診断用又は治療用の補助情報取得のために使うことができる。具体的には、前記(d)ステップの後に、(e)ステップとして、STIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数の値が0.4以上であれば、癌細胞又はその可能性が高いと判定するというステップを含むことで、癌細胞等の検出を補助することができる。
【0034】
より具体的に説明する。ステップ(a)では、病理組織全体を所定数の重複しない領域に分割して撮影する。関心領域のみを個別に撮影するのではなく、分割した画像をひと視野ずつ撮影し、ステップ(d)で病理組織全体を表す統一画像に再構築することで、あとから全範囲を見直すことが可能となり、病変の見落としを防ぐことができる。分割するサイズや分割枚数に制限はない。固定サイズ(例えば、等間隔の格子状)に分割することがより好ましい。
【0035】
複数視野を撮影できる蛍光顕微鏡やImage cytometerを用いて、シグナルの蛍光波長に合ったフィルターを用いて撮影することが好ましい。予め顕微鏡などの撮影機器に撮影枚数を設定しておき、撮影機器が自身の分解能に応じて自動で撮影枚数を決定するようにしても良い。
【0036】
ステップ(b)では、各画像におけるSTIL-ARHGEF7シグナル及び細胞核の数を検出する。撮影した画像を画像処理ソフトウェアなどで取り込んで検出することが好ましい。画像解析ソフトウェアとしては、再現性の高い計算処理を行うことができるソフトウェアが好ましく、Image jが好ましい。
【0037】
方法の概略図を図2に示すが、病理組織のXY面において分割撮影し、各画像においてSTIL-ARHGEF7シグナル(図2では、PLAシグナルと記載)及び細胞核のカウント並びにNon-specific signalの除去を行うことが好ましい。
【0038】
ステップ(c)では各画像を、STIL-ARHGEF7シグナルを細胞核数で割った数値データに変換する。STIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数の値が0.4以上であれば、その箇所は癌細胞等である可能性が高いため、ステップ(d)で数値データ含む各画像をタイリングした際にかかる箇所が識別できるように、STIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数の値が0.4以上の数値データを含む画像を強調するようなプログラミングを組んでも良い。
【0039】
ステップ(d)では、前記数値データを含む各画像をタイリングし、前記病理組織全体を表す単一画像に再構築する。タイリング操作には表計算ソフトを用いることができる。表計算ソフトを用いる場合は、各セルの縦横比と、ステップ(a)で撮影した画像の縦横比を同じにすると、タイリング図が病理組織全体図を反映するため好ましい。また、STIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数の値が0.4以上のセルの色を強調させるようなプログラミングを組めば、客観的に且つ容易に、癌が疑われる箇所を識別することができるので好ましい。
【0040】
本発明においては、癌の見落としを防ぐことを目的としているため、感度・特異度のバランスからSTIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数の値が0.4以上のときに、その箇所は癌細胞又は癌である可能性が高い細胞が存在するとした。STIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数の値の閾値が高ければ高いほど感度は上がり確定診断に優れるが、あくまでも補助情報取得のための使用及び癌の見落とし防止という、本発明の目的に鑑み、上限は0.7以下が好ましく、0.6以下がより好ましく、0.5以下が更に好ましい。
【0041】
<癌である可能性が高い箇所の推測方法>
本発明の方法を用いれば、病理組織上で、STIL-ARHGEF7シグナルを検出することができる。そして、STIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数≧0.4の場合、その箇所は癌細胞等である可能性が高いと推測することができる。
【0042】
PLA法を用いてのシグナル検出は非常に感度が高いため、検体が微小な場合や炎症が強い場合であっても感度精度良く診断することができる。また、撮影した画像は数値データに変換するため、ステップ(d)において複数画像のタイリングを行う場合であっても各タイル画像の輝度等の条件をそろえる必要がなく、簡便にタイリングが可能であり、病理組織全体を見直すことができる。そのため、癌細胞又は癌である可能性が高い細胞が存在する箇所の見落としが少ない。
【0043】
なお実臨床では、癌細胞であることの確定診断には病理診断が用いられる。本発明の検出方法は癌の確定診断に用いることはできないが、癌細胞又は癌である可能性が高い細胞が存在する箇所を客観的に且つ感度良く、網羅的に推測することができるため、癌の診断用又は治療用の補助情報取得のために使用することができる。
【実施例0044】
以下に示す実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下の操作はいずれも室温で行った。
【0045】
<サンプルの調整>
胃癌患者の胃の一部を切り取り生体試料とした。生体試料は10%中性緩衝ホルマリンで24時間固定したのち、70%エタノール水(v/v)へ浸漬(2時間を1回)させ、次いで100%エタノールへ浸漬(2時間を6回)させ、脱水した。その後キシレンに60分、組織を浸漬させた。この作業を3回行った。そしてパラフィン溶液に3回浸漬させ、60℃に溶解した硬パラフィンに包埋し、パラフィンが固まったら冷暗所に保存した。パラフィンに包埋した組織を、ミクロトームを使用し、3μmに薄切後、シランコートスライドガラスに貼付し、37℃で一晩乾燥させた。スライドガラスはキシレンの溶液に15分間浸し、パラフィンを除去した。キシレンは3つのチャンバーを用意し、この操作を3回行った。次に100%エタノール、90%エタノール溶液(v/v)、80%エタノール溶液(v/v)と70%エタノール溶液(v/v)に浸し、キシレンと残留したパラフィンを除去した。その後PBSで3回洗浄し、アルコール成分を除去した。次に10mMクエン酸緩衝液を加えて100℃に加熱し、15分間処理を行い賦活化処理した。その後は再びPBSで洗浄した。組織の周囲、関心領域を撥水性のペン(PAP PEN)で囲い、ペンが乾いたら素早くPBSに戻した。
【0046】
<PLA法を用いてのSTIL-ARHGEF7シグナルの検出>
以下の方法は、DuolinkTM(Sigma-Aldrich)のPLA法プロトコルに従って行った。
【0047】
(1)一次抗体の添加
撥水性ペンで囲った周囲を吹き、スライドガラスを振り完全に乾かない程度に水分を除去した。一次抗体として、anti STIL aintibody及びanti ARHGEF7 antibody(いずれもSanta Cruz)を調製した。各抗体は専用の抗体希釈液に希釈した。希釈した一次抗体(anti STIL aintibody : 9.1 μg/mL、 anti ARHGEF7 antibody : 2μg/mLの濃度になるように混和したもの)を約 20-40μl /slideに添加する。室箱に入れ、4℃で一晩インキュベートした。
【0048】
(2)二次抗体(PLAプローブ)の添加
翌日、スライドガラスから一次抗体を除去し、DuolinkTMPLAキットに付属の1mLのWash buffer Aで2回洗浄した。そこへ、Duolink PLATM プローブ マウスMINUS(1/5量)、Duolink PLATM プローブウサギPLUS(1/5量)の割合で混合したPLA液を20-30μLl添加し、37℃で1時間乾燥しないようインキュベーターで保温した。
【0049】
(3)ライゲーション反応
インキュベーション後、ディッシュから上清を除去し、1mLの付属のash buffer Bで3回洗浄した。そこへ、1/40量のリガーゼを含むライゲーション緩衝液(ligation buffer)を20~40μLl添加し、37℃にて30分間インキュベーターで静置した。
【0050】
(4)DNA増幅及び増幅されたDNAの標識
インキュベーション後、そこへ1/80量のポリメラーゼ(polymerase)を含むアンプリフィケーション緩衝液(amplification buffer)を30-40μL添加し、37℃で160分間、インキュベーターで静置させた。これより、すべての操作は遮光下で実施した。
【0051】
(5)蛍光顕微鏡を用いたイメージング解析及びマッピング
付属のWash buffer B 1mLで2回洗浄後、0.01倍のWash buffer Bで洗浄し、遮光下で風乾した。続いて付属のDAPI(4'、6-diamidino-2-phenylindole: 核染色剤)入りの封入材を用いて封入し、処理後の試料をスライドの上に乗せ、カバーガラスを取り付けてスライドにし、×20以上の対物レンズを用いて蛍光顕微鏡(IN CELL ANALYZER 6000)を用いて撮影した。具体的には、前記顕微鏡に撮影範囲を指定すると、それに応じた撮影枚数が自動的に入力され、前記撮影機器がスライドの左上隅から、自動でカメラを横又は前後に動かしながら指定した範囲を撮影するように設定した。各画像は405nm及び561nmのレーザー光で励起し、455/50nmと605/52nmのemission filterを用いて撮影した。
【0052】
撮影した画像をImage jに取り込んだ。Image j(NIH)で画像を開き、Image>Adjust>Thresholdより、シグナルだけ抽出できる閾値を選んだ。Process>Binary>Make binaryにより、画像を二値化した。Analyze>Analyze particlesによりシグナルの個数を計測した。このとき、シグナルより大きなノイズ又は小さなノイズはparticleのサイズを1.5~4.5μmに限定して除外した。一つの画像で、これらの条件を設定したのち、バッチ処理によりすべての画像に同様の処理を行い、各画像におけるそれぞれのSTIL-ARHGEF7シグナル数を計数した。60μmを下限として、細胞核の個数も計測した。
【0053】
各画像におけるシグナル数及び核数を含む数値データをcsvファイルとして取りだし、Microsoft excelソフトウェアで読み込んだ。この時、excelソフトの各セルの縦横比と、撮影画像の縦横比を同じにし、excel上で前記数値データを撮影した画像と同じように並べるようマクロを設定した。これにより、数値データのタイリング図が、病理組織全体を反映するようになった。STIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数が所定の数以上の画像に対応するセルの色を強調した。
【0054】
結果を図3図6に示す。図3は病理組織のHE染色図であり、(1)が病理検査において非癌部と診断された箇所、(2)が癌部と診断された箇所を示す。実際には、図4に示すように濃色で示した部分が病理検査において癌部と診断されている。(1)及び(2)の箇所を拡大した図(図5)においても、癌部及び非癌部の特徴が見て取れる。具体的には非癌部を拡大した図5(A)では、形態的に揃った上皮細胞が、規則的に配列し腺管を形成しているのに対し、癌部を拡大した図5(C)では、大小不同の細胞核を伴う異型上皮細胞が不規則な腺管を形成するのが見られる。
【0055】
図6(A)は、前記病理組織におけるSTIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数≧0.4の領域を強調したマッピング図である。図6(B)の濃色の部分が、STIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数≧0.4の領域と病理検査で癌部と診断された領域とが重なる部分である。そして、本発明の検出方法によるマッピング図は、病理検査による癌部を特定した図と83.9%一致し、非常に高い感度を有することが明らかとなった。つまり、本発明の検出方法によれば病変の見落としを防ぐことができる。
【0056】
同様に、STIL-ARHGEF7シグナル/細胞核数≧0.5の領域を強調したマッピング図(図6(C))に、病理診断で癌部と診断された領域を重ねると、図6(D)の濃色の部分が両者が重複する部分である。本発明の検出方法によるマッピング図は、病理検査による癌部を特定した図と71.2%一致した。
【0057】
このように、本発明の検出方法で癌細胞である可能性が高いと推測された箇所は、病理診断においても癌であるとの確定診断がなされる確率が高いため、本発明の検出方法は、癌の診断又は治療のための補助情報として有用であることが証明された。また、図6に示すマッピング画像は病理組織全体におけるSTIL-ARHGEF7シグナル陽性部分を表しているため、広い範囲で癌細胞を確認することができ、見落としが少ない。
図1
図2
図3
図4
図5
図6