(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025019569
(43)【公開日】2025-02-07
(54)【発明の名称】RNA制御組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 48/00 20060101AFI20250131BHJP
A61P 37/02 20060101ALI20250131BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20250131BHJP
A61K 47/55 20170101ALI20250131BHJP
C12N 15/113 20100101ALI20250131BHJP
【FI】
A61K48/00
A61P37/02
A61K31/7088
A61K47/55
C12N15/113 Z ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023123241
(22)【出願日】2023-07-28
(71)【出願人】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(71)【出願人】
【識別番号】523287517
【氏名又は名称】株式会社クオリティートライアル
(74)【代理人】
【識別番号】100118924
【弁理士】
【氏名又は名称】廣幸 正樹
(72)【発明者】
【氏名】藤井 政幸
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C076CC07
4C076EE59
4C084AA13
4C084ZB07
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA05
4C086ZB07
(57)【要約】
【課題】Regnase-1を用いたRNA制御組成物を提供する。
【解決手段】標的となるRNAに対するアンチセンス核酸部と、
Regnase-1をリクルートできるステムループ部を有するRNA制御組成物は、アンチセンス核酸部を標的とするRNAに結合するように設計し、Regnase-1をリクルートできるステムループ部を結合させた構造をしているので、標的とするRNAの結合箇所に結合すると、Regnase-1がリクルートされ、Regnase-1が標的RNAを切断することで、任意のRNAに対する制御組成物を提供することができる。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的となるRNAに対するアンチセンス核酸部と、
Regnase-1をリクルートできるステムループ部を有するRNA制御組成物。
【請求項2】
前記ステムループ部は前記アンチセンス核酸部より5’側に設けられている請求項1に記載されたRNA制御組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はIL-6等の炎症性関連mRNAの安定性制御に関与しているRegnase-1(レグネース-1)が結合するステムループ構造(SL)とmRNAに配列特異的に結合するアンチセンス核酸(ASO)を連結した化学修飾ASO-SLによるmRNAの翻訳領域および非翻訳領域の任意の配列に結合してそのmRNAを切断し、タンパク質への翻訳を阻害する物質に関する。
【背景技術】
【0002】
炎症性サイトカインの暴走であるサイトカインストームは、様々な疾患で問題となる。IL-6等の炎症性サイトカインはRNA分解酵素であるRegnase-1によって制御されているとされている。しかし、Regnase-1を標的とした自己免疫疾患制御法は従来開発されていなかった。
【0003】
この課題に鑑みて、特許文献1では、Regnase-1mRNAの3’非翻訳領域におけるステムループ構造を破壊することでRegnase-1を増加させることを見出したことで、炎症性サイトカインを制御する組成物が提案された。ここでは、Regnase-1mRNAの3’非翻訳領域におけるステムループ構造を破壊する物質として、特定の配列のヌクレオチドが示されている。
【0004】
この作用機序は、Regnase-1mRNAの3’非翻訳領域におけるステムループ構造を破壊することで、Regnase-1が自分自身を破壊することが無くなるため結果としてRegnase-1が増加するというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】CAR-T細胞療法の基礎と今後の臨床展開、日本輸血細胞治療学会誌、第65巻第6号851-857
【非特許文献2】Targeting REGNASE-1 programs long-lived effector T cells for cancer therapy.Wei J,LongL[..] Chi H.Nayure.2019-12-11.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
Regnase-1mRNAのステムループ構造を破壊することで、自分自身の増加を促せるというのは、従来にない作用機序であり、将来的に炎症性サイトカインの制御の一躍を担うと考えられる。
【0008】
一方、Regnase-1を標的とする方法の出現によって、これまで課題とされていた以下の問題を解決できるのではないかと想到した。
【0009】
(1)CAR-T細胞療法薬の免疫疲弊
ゲノム編集技術により癌細胞への攻撃力を強化したT細胞を利用したCAR-T(Chimeric Antigen Receptors)細胞療法薬キムリア(登録商標)(ノバルティスファーマ、2019年3月26日厚生労働省承認)が初の細胞療法薬として再発又は難治性のCD19陽性B細胞性急性リンパ芽球性白血病および、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫の治療に効果を発揮しており、さらに固形がんへの応用などが期待されている。
【0010】
しかし、CAR-Tでは時間経過とともにその効果が減弱する免疫疲弊が課題となっている(非特許文献1)。一方で、Regnase-1をノックアウトしたCD8陽性T細胞は疲弊することなく活性が持続することが報告されている(非特許文献2)。
【0011】
しかしながら、Regnase-1を生体内でノックアウトすることなどできないので、この報告技術をCAR-T療法に応用することは不可能である。
【0012】
(2)免疫チェックポイント阻害薬への耐性
近年、多くの免疫チェックポイント阻害剤が開発され、様々な癌治療に適用されて効果を発揮している。しかし、免疫チェックポイント阻害薬の治療効果は患者の30%に限定され、70%では免疫チェックポイント阻害薬抵抗性である。これらの免疫チェックポイント阻害薬抵抗性癌に対する免疫機能(細胞傷害性T細胞)の活性化が課題となっている。
【0013】
(3)mRNAワクチンによる強い副反応
新型コロナウイルスに対するmRNAはその高い効果により、新型コロナウイルスパンデミック克服への救世主として多大な貢献をしている。一方で、効果が高いゆえに、高熱を発生したり、接種部が腫れるなどの強い副反応も報告されている。
【0014】
(4)アンチセンス核酸医薬、siRNA核酸医薬の限界
核酸医薬は化学合成オリゴ核酸を用いて標的となる特定の遺伝子発現を制御して疾病を治療するものであり、近年、多くの核酸医薬が承認されている。核酸医薬にはいくつかの作用機序が知られているが、アンチセンス核酸や、siRNA核酸にはよりmRNAからタンパク質への翻訳を阻害することにより疾病を治療する機序は大行的なものである。
【0015】
アンチセンス核酸は化学修飾により機能向上が図られるが多くの場合RNaseHの活性を阻害して、アンチセンス核酸としての効果が減弱する。siRNA核酸は細胞内のアルゴノート2等複合体を形成してその機能を発揮するが、非特異的なオフターゲット効果が問題であり、化学修飾によりその効果が低下することが多い。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の発明者は上記の特許文献1および上記課題に鑑みて、これらの課題を解決できる発想を得た。すなわち、本発明は、Regnase-1が特定のステムループによってリクルートされ、リクルートされた先のRNAを切断する能力を有する点に着目したもので、標的とする任意のRNAに結合するアンチセンス核酸にそのステムループを結合させた組成物である。
【0017】
より具体的に本発明は、
標的となるRNAに対するアンチセンス核酸部と、
Regnase-1をリクルートできるステムループ部を有するRNA制御組成物を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る組成物は、それ自身はRNAを切断しないが、細胞内のようにRegnase-1が存在する環境下では、Regnase-1をリクルートすることで、RNAを切断することができる。これによって、以下のような応用が考えられる。
【0019】
(1)CAR-T細胞療法薬の免疫疲弊の防止
本技術を応用してRegnase-1を標的とするASO-SLをCAR-T細胞療法薬と併用することによって、Regnase-1のmRNAを強く抑制して免疫疲弊を防ぎながら、CAR-T細胞の活性を維持した療法が可能であると期待できる。
【0020】
(2)免疫チェックポイント阻害薬耐性癌の克服
本技術を応用してRegnase-1を標的とするASO-SLを免疫チェックポイント阻害薬と併用することによって、Regnase-1のmRNAを強く抑制して免疫疲弊を防ぎながら、免疫チェックポイント阻害薬の活性を維持した療法が可能であると期待できる。
【0021】
(3)mRNAワクチンによる強い副反応
mRNAワクチンと炎症関連mRNAを標的とする化学合成ASO-SLを併用することでmRNAワクチンによる副反応を緩和できる可能性がある。
【0022】
(4)アンチセンス核酸医薬、siRNA核酸医薬の弱点を克服した新規核酸医薬
本技術はmRNAからタンパク質への翻訳を阻害することで特定の遺伝子発現を制御する手法として新規なものであり、本来、炎症関連遺伝子のmRNAの3’UTR(非翻訳領域)に作用するRegnase-1を利用して、癌慣例遺伝子や様々な遺伝子のmRNAのコーディング領域(CDS)に作用してその発現制御を可能にした。しかも、Regnase-1はmRNAに形成されるステムループ構造を認識してそのmRNAを切断する機能を有しているが、化学合成したステムループ構造核酸を外部から導入することによってもRegnase-1によるmRNAを切断する機能を可能にした点で、簡便にあらゆる遺伝子の発現を人為的に制御することを可能にしたものである。
【0023】
しかも、ASOには、様々な種類の核酸誘導体、ペプチド核酸(PNA)、モルポリノ核酸、LNA(Locked Nucleic Acid)核酸、糖2’-修飾核酸(2’-OMeRNA、2’-MOERNA、BNA、ENAなど)、ホスホロチオエート核酸などを利用でき、生体内での安定性や標的への親和性など用途にあわせて調整が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明に係るRNA制御組成物の構造の模式図である。
【
図2】本発明に係るRNA制御組成物の動作を説明する模式図である。
【
図3】各種細胞に発現するRegnase-1の発現量を調べたグラフである。
【
図4】本発明に係るRNA制御組成物を含む様々なサンプルが、HeLa細胞中のKRASの発現量をどのように変化させるかを調べたグラフである。
【
図5】本発明に係るRNA制御組成物を含む様々なサンプルが、PK-45H細胞中のKRASG12Dの発現量をどのように変化させるかを調べたグラフである。
【
図6】本発明に係るRNA制御組成物を含む様々なサンプルが、HeLa細胞中のNRASの発現量をどのように変化させるかを調べたグラフである。
【
図7】本発明に係るRNA制御組成物を含む様々なサンプルが、PK-45H細胞中のNRASの発現量をどのように変化させるかを調べたグラフである。
【
図8】本発明に係るRNA制御組成物を含む様々なサンプルが、HeLa細胞中のHRASの発現量をどのように変化させるかを調べたグラフである。
【
図9】本発明に係るRNA制御組成物を含む様々なサンプルが、PK-45H細胞中のHRASの発現量をどのように変化させるかを調べたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に本発明に係るRNA制御組成物について図面および実施例を示し説明を行う。なお、以下の説明は、本発明の一実施形態および一実施例を例示するものであり、本発明が以下の説明に限定されるものではない。以下の説明は本発明の趣旨を逸脱しない範囲で改変することができる。また、異なる実施形態及び実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態及び実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが、本明細書中において参考文献として援用される。
【0026】
図1に本発明に係るRNA制御組成物の構造を模式的に示す。本発明に係るRNA制御組成物1は、標的となるRNAに結合するアンチセンス核酸部10とRegnase-1をリクルートできるステムループ部12が結合された組成物である。アンチセンス核酸部10は、標的となるRNAの所望の箇所の塩基配列に対するアンチセンス核酸である。
【0027】
アンチセンス核酸としては、RNaseH依存性と、非依存性の作用機序が知られている。RNaseH非依存的に立体的ブロックによりmRNAからの翻訳を阻害するアンチセンス核酸としては、2’-OMeRNA(2’-O-メチルRNA)、2’-MOERNA(2’-O-メトキシエチルRNA)、LNA(Locked Nucleic Acid)、BNA(Briged Nucleic Acid)、ENA(N-エチルBNA)などの糖修飾核酸、PNA(ペプチド核酸)、モルホリノ核酸、オリゴRNAなどが知られている。
【0028】
一方、RNaseH依存的に標的mRNAを切断するASOとしてはオリゴDNA、ホスホロチオエート核酸、ホスホロアミデート核酸やこれらの核酸を2’-OMeRNAやLNAなどで挟んだGapmerASOなどが知られている。本発明においては、技術には両方のASOをアンチセンス核酸部10として用いることができる。
【0029】
ステムループ部12は、IL-6、IL-1β、IL-2、IL-12p404-7といった炎症作用に係る遺伝子や、Regnase-1自身の3’UTRに形成されるステムループ構造が好適に利用できる。また、これらのステムループ構造を参考に人工的に設計されたステムループ構造であってもよい。具体的な例示を表1に示す。
【0030】
【0031】
表1を参照して、配列番号1はIL-6の3’-UTRに形成されているステムループ構造である。また、配列番2および配列番号3は、Regnase-1のmRNAの3’-UTR部分に形成されているステムループ構造である。
【0032】
また、配列番号4、配列番号5、配列番号6はこれらのステムループ構造から設計した人工的なステムループ構造である。これらの塩基構造が好適に利用できるが、これら以外の構造であっても、Regnase-1を好適にリクルートできれば、もちろん利用することができる。
【0033】
アンチセンス核酸部10とステムループ部12は、後述する実施例でも示すように、ステムループ部12が5’側に配置させるのがよい。
【0034】
次に本発明に係るRNA制御組成物1の動作について説明する。
図2(a)を参照する。標的となるRNA(以後「標的T10」と呼ぶ。)は、任意のRNAでよい。つまり、mRNAであることに限定されない。また、翻訳領域、非翻訳領域の区別も不用であり、どちらの領域でも構わない。標的T10にRNA制御組成物1を結合させる箇所を結合箇所T10sとする。もちろん、RNA制御組成物1のアンチセンス核酸部10は、結合箇所T10sに対するアンチセンスの構造を有する。そこで、RNA制御組成物1のアンチセンス核酸部10は結合箇所T10sに結合する。
【0035】
図2(b)を参照する。標的T10の結合箇所T10sにRNA制御組成物1が結合すると、Regnase-1(20)がステムループ部12にリクルートされてくる。そして、標的T10を切断する。このようにして、RNA制御組成物1は標的T10を切断することができる。したがって、本発明に係るRNA制御組成物1はRegnase-1が存在する環境での使用が前提となる。
【実施例0036】
<各種細胞のRegnase-1の発現量の定量>
本発明に係るRNA制御組成物1はRegnase-1が存在する環境が必要である。そこで、各種細胞におけるRegnase-1の発現量を定量した。定量した細胞腫は以下のとおりである。HeLa細胞(子宮頸癌由来細胞株)、PK-45H(ヒト膵臓癌由来細胞株)、PK-1(ヒト膵臓癌由来細胞株)、PK-56(ヒト膵臓癌由来細胞株))、T3M-10(肺大細胞癌由来細胞株)、HepG2細胞(ヒト肝癌由来細胞株)、K562(白血病細胞株)、MT-1(白血病細胞株)、MT-2(白血病細胞株)、THP-1細胞(ヒト単球由来細胞株)、U2OS GFP-NUP98(骨肉腫細胞由来細胞株)、293(ヒト胎児腎由来細胞株)、293T(ヒト胎児腎由来細胞株)である。
【0037】
各種細胞のRegnase-1の発現量については常法により算出した。用いたプライマーを表2に示す。
【0038】
【0039】
結果を
図3に示す。
図3を参照して、横軸は各種細胞であり、縦軸はRegnase-1の発現量である。なお、発現量は各種細胞におけるGAPDH(グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ)の発現量に対する相対値である。また、横軸の各種細胞は2回ずつ測定したことを表す。
【0040】
図3を参照して、癌細胞、正常細胞を問わず、Regnase-1は細胞内に存在することが確認された。したがって、本発明に係るRNA制御組成物1は、生体細胞に対して利用することができる。
【0041】
<KRAS遺伝子の選択的抑制>
[HeLa細胞]
野生型KRASを発現するHeLa細胞中でKRAS-WTm、KRAS-WTm-3SL、KRAS-WTm-5SLのサイレンシング効果を評価した。比較対象としてsiRNAWT(13)とsiRNAG12D(13)によるサイレンシング効果も評価した。これらの核酸誘導体は通常のDNA/RNA自動合成装置と市販試薬を使って、標準的なホスホアミダイト法により合成した。合成後、常法に従ってアンモニア水中55℃で5~6時間加熱した後、逆相HPLCにより生成した。得られた化合物は逆相HPLCおよびエレクトロスプレー質量分析装置(ESI-MS)により目的の化合物であることを確認した。
【0042】
なお、KRAS-WTmは、KRASの野生型に結合するアンチセンス核酸を示す。「m」はこれらのアンチセンス核酸が2’-OMeRNA(2’-O-メチルRNA)であることを示す。これは核酸を構成する糖部分の2’末端がメチル化されているもので、構造の安定性を持たせるためである。
【0043】
KRAS-WTm-3SLは、KRASの野生型に結合するアンチセンス核酸部(KRAS-WTm)にステムループ部(-3SL)がアンチセンス核酸部の3’末端側に結合した構造であることを示す。ここでは配列番号4のステムループ構造を用いた。
【0044】
KRAS-WTm-5SLは同様に、KRASの野生型に結合するアンチセンス核酸部(KRAS-WTm)にステムループ部(-5SL)がアンチセンス核酸部の5’末端側に結合した構造であることを示す。表3にこれらの塩基配列を配列番号9-11として示す。また、これらの緒言を表4に示す。
【0045】
【0046】
【0047】
また、比較対象としたsiRNAWT(13)はsiRNA(small interfering RNA)を用いてKRASの野生型をノックアウトするものである。また、siRNAG12D(13)はKRASの第12アミノ酸をG(グリシン)からD(アスパラギン酸)に変異させたミュータントを標的としてノックアウトするものである。それぞれの塩基配列を配列番号12および13として表5に示す。
【0048】
【0049】
siRNAWT(13)とsiRNAG12D(13)は5’末端から13番目の塩基が変わっている。表5では、右肩に「*」をつけたシトシンとウラシルの違いである。
【0050】
結果を
図4に示す。
図4を参照して、横軸はサンプルの種類であり、縦軸は18Sに対するKRAS発現量の相対値である。横軸を参照して、「None」は・・・を表し、「LP2000」はLipofectamineTM2000(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)という遺伝子導入試薬だけを細胞培養液に加えて、その時のKRASmRNAを定量した値を表し、Controlは、EGFP(enhanced green fluorescence protein)を表す。
【0051】
また、「WT(13)」はsiRNAWT(13)を用いた場合を表し、「G12D(13)」はsiRNAG12D(13)を用いた場合を表す。「WTm」、「3SL」、「5SL」はそれぞれKRAS-WTm、KRAS-WTm-3SL、KRAS-WTm-5SLを用いた場合である。
【0052】
なお、以下サイレンシング効果(%)は、LP2000の値を100%とし、バーが100より下がった分をサイレンシング効果(%)とした。
【0053】
野生型KRASを標的とするsiRNAWT(13)ではKRASWTmRNAをほぼ濃度依存的に抑制し、10nM、100nMにおいて約75%のサイレンシング効果を示した。一方、変異型KRASG12DmRNA標的とするsiRNAG12D(13)では全くサイレンシング効果は見られなかった。
【0054】
また、野生型KRASmRNAに対するアンチセンス配列KRAS-WTmは全くサイレンシング効果を示さなかったが、Regnase-1結合RNAモチーフをKRAS-WTTmの3’-末端側に結合したKRAS-WTm-3SLはKRASWTmRNAを濃度依存的に抑制し、100nMで50%、1000nMで75%のサイレンシング効果を示した。しかしながら、KRAS-WTm-5SLは優位なサイレンシング効果は示さなかった。
【0055】
これらの結果はKRAS-WTm-3SLがRegnase-1をリクルートし、Regnase-1がその結合部位の3’側でKRASWTmRNAを切断することによりサイレンシング効果を発揮したと強く示唆された。
【0056】
[PK-45H細胞]
変異型KRASG12Dを発現するPK-45H細胞中でのサイレンシング効果を評価した。結果を
図5に示す。
図5を参照して、横軸はサンプル種であり、縦軸はKRASG12Dの発現量である。各サンプル種は
図4の場合と同様である。
【0057】
比較対象となるsiRNA-WT(13)は弱いながら25-50%のサイレンシング効果を示した。PK-45H細胞中では野生型KRASWTを発現していないことからsiRNA-WT(13)が変異型KRASG12DmRNAも標的としたことがわかる。
【0058】
すなわち、siRNA-WT(13)は標的の一塩基変異を識別できなかったことになる。siRNAG12D(13)は順当に濃度依存的にサイレンシング効果を示し、10nMで75%、100nMで80%のサイレンシング効果を示した。
【0059】
一方、KRAS-WTm、KRAS-WTm-3SL、KRAS-WTm-5SLのサイレンシング効果を評価したところ、いずれも全くサイレンシング効果を示さなかった。KRAN-WTmの配列は、KRASG12DmRNAに対して中央にミスマッチを有しており(表4参照)、その対合の熱力学的安定性の低下によりサイレンシング効果を示さなかったと考えられ、KRAS-WTm-3SLは非常に高い1塩基変異識別能を有していることを示している。
【0060】
さらには、RASファミリーのHRAS遺伝子やNRAS遺伝子には全く影響を与えないことも実証できた(
図6~
図9)。すなわち、ASO-SLモチーフを利用する遺伝子サイレンシング法は非常に特異性の高い新規核酸医薬として有望であり、特に一塩基変異を識別する変異癌遺伝子を標的とする核酸医薬として有望である。
【0061】
図6にはHeLa細胞のNRASについて、
図7はPK-45H細胞のNRASについて調べたものである。また、
図8はHeLa細胞のHRASについて、
図9はPK-45H細胞のHRASについて調べたものである。いずれの場合もKRAS-WTm-3SLは全くサイレンシング効果を示していないことがわかる。
【0062】
<発明による効果>
1.KRAS遺伝子を標的とする化学修飾アンチセンス核酸(ASO)とRegnase-1結合配列(SL)を連結した化学合成ASO-SLを子宮頸がん由来HeLa細胞に導入することによりKRASmRNAの発現を濃度依存的に制御することに成功した。新規遺伝子発現制御法として新規核酸医薬への応用が期待できる。
【0063】
2.上記ASO-SLを膵癌由来PK-45H細胞に導入した場合に発現しているG12D変異KRAS遺伝子mRAN量はほとんど影響を受けなった。すなわち、ASO-SLはKRAS遺伝子中の1塩基変異(35G>A)を識別して、標的遺伝子を特異的に抑制した。
【0064】
3.上記ASO-SLはHeLa細胞中でも、PK-45H細胞中でも、HRAS遺伝子やNRAS遺伝子のmRNA量に全く影響を与えなかった。すなわち、ASO-SLはHeLa細胞中の野生型KRA遺伝子mRNAのみを選択的に制御した。
【0065】
4.Regnase-1は本来炎症関連遺伝子のmRNAの非翻訳領域(3’UTR)に作用するが、化学合成ASO-SLを利用することであらゆる細胞に発現するあらゆる遺伝子に作用させることが可能となった。しかも、mRNAの翻訳領域(コーディング領域)を標的とすることが可能となり、汎用性の高い直接的な翻訳制御が可能となった。
【0066】
5.化学合成ASO-SLを利用することで、生体内で安定的に遺伝子発現制御を行うことが可能となった。
【0067】
6.CAR-T細胞とRegnase-1を標的とする化学合成ASO-SLを併用することで、CAR-T細胞療法の効果が次第に減弱する免疫疲弊を解決する方法となり得る。
【0068】
7.免疫チェックポイント阻害薬とRegnase-1を標的とする化学合成ASO-SLを併用することで免疫チェックポイント阻害薬治療後のT細胞疲弊を解消できる可能性がある。
【0069】
8.mRNAワクチンと炎症関連mRNAを標的とする化学合成ASO-SLを併用することでmRNAワクチンによる副反応を緩和できる可能性がある。
【0070】
9.癌関連遺伝子mRNAを標的とする化学合成ASO-SLを用いて癌細胞の増殖を抑制できる可能性がある。
【0071】
10.疾病関連遺伝子を標的とする化学合成ASO-SLを用いて疾病を根本治療できる可能性がある。
本技術により癌遺伝子の選択的発現抑制、CAR-T細胞療法や免疫チェックポイント阻害剤との併用による免疫疲弊の防止、mRNAワクチンの副反応抑制などが期待できる。