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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025019747
(43)【公開日】2025-02-07
(54)【発明の名称】車輪用軸受装置
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/78 20060101AFI20250131BHJP
   F16C 19/18 20060101ALI20250131BHJP
   F16J 15/3256 20160101ALI20250131BHJP
   F16J 15/3268 20160101ALI20250131BHJP
【FI】
F16C33/78 Z
F16C19/18
F16J15/3256
F16J15/3268
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023123537
(22)【出願日】2023-07-28
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002217
【氏名又は名称】弁理士法人矢野内外国特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鳥居 晃
【テーマコード(参考)】
3J043
3J216
3J701
【Fターム(参考)】
3J043AA17
3J043CA02
3J043CA05
3J043CB13
3J043CB20
3J043DA03
3J043DA09
3J043HA01
3J216AA02
3J216AA14
3J216AB03
3J216BA30
3J216CA02
3J216CA04
3J216CB03
3J216CB07
3J216CB13
3J216CB18
3J216CB19
3J216CC03
3J216CC14
3J216CC15
3J216CC33
3J216CC42
3J216CC68
3J216DA01
3J216DA11
3J216DA30
3J216EA06
3J701AA03
3J701AA32
3J701AA43
3J701AA54
3J701AA62
3J701AA72
3J701BA73
3J701FA13
3J701GA03
(57)【要約】
【課題】インナー側密封装置をコストアップさせることなく、外方部材と内方部材との間の環状空間の圧力上昇を抑制できる車輪用軸受装置を提供する。
【解決手段】車輪用軸受装置1のインナー側密封装置10は、内嵌部111と側板部112とからなる芯金11、および弾性部材12を有するシール部材13と、外嵌部141と円環部142とを有するスリンガ14とを備え、内嵌部111は、外輪2の内周面と接触する外周接触面111aと、外周接触面111aに形成され、外周接触面111aのアウター側端からインナー側へ向けて延びる通気溝111cとを有し、通気溝111cの軸方向長さAと、外周接触面111aの軸方向長さBとは、A<Bの関係を有し、芯金11のアウター側端から通気溝111cのインナー側端までの軸方向長さCと、芯金11のアウター側端からシール部材13のインナー側端までの軸方向長さDとは、C<(D/2)の関係を有する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周に複列の外側軌道面を有する外方部材と、
外周に軸方向に延びる小径段部を有するハブ輪、および前記ハブ輪の小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、前記複列の外側軌道面に対向する複列の内側軌道面を有する内方部材と、
前記外方部材と前記内方部材との両軌道面間に転動自在に収容された複列の転動体と、
前記外方部材と前記内方部材とによって形成された環状空間の軸方向一端側の開口端、または前記環状空間の軸方向他端側の開口端を塞ぐ密封装置と、を備える車輪用軸受装置であって、
前記密封装置は、
前記外方部材の内周に嵌合される内嵌部と、前記内嵌部から内径側へ延びる側板部とからなる芯金、および前記芯金に接合される弾性部材を有するシール部材と、
前記内方部材の外周に嵌合される外嵌部から外径側へ延びるスリンガとを備え、
前記内嵌部は、前記外方部材の内周面と接触する外周接触面と、前記外周接触面に形成され、前記外周接触面の軸方向内側端から軸方向外側へ向けて延びる通気溝とを有し、
前記通気溝の軸方向長さAと、前記外周接触面の軸方向長さBとは、A<Bの関係を有し、
前記芯金の軸方向内側端から前記通気溝の軸方向外側端までの軸方向長さCと、前記芯金の軸方向内側端から前記シール部材の軸方向外側端までの軸方向長さDとは、C<(D/2)の関係を有する車輪用軸受装置。
【請求項2】
前記通気溝の軸方向長さAと、前記外周接触面の軸方向長さBとは、A≧(B/2)の関係を有する請求項1に記載の車輪用軸受装置。
【請求項3】
前記通気溝の深さdと、前記内嵌部の径方向における厚みtとは、d≦(t/2)の関係を有する請求項1または請求項2に記載の車輪用軸受装置。
【請求項4】
前記通気溝は、前記内嵌部の前記外周接触面における周方向の複数箇所に形成されている請求項1または請求項2に記載の車輪用軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車輪用軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車等の懸架装置において車輪を回転自在に支持する車輪用軸受装置が知られている。車輪用軸受装置には、外方部材と内方部材とによって形成された環状空間の開口端を塞ぎ、泥水等の異物の入り込みを防止する密閉装置が設けられている。
【0003】
例えば、特許文献1に開示される車輪用軸受装置においては、外方部材と内方部材との環状空間のアウター側の開口端を塞ぐアウター側密封装置として3リップシールが設けられ、外方部材と内方部材との環状空間のインナー側の開口端を塞ぐインナー側密封装置としてパックシールが設けられている。
【0004】
特許文献1における車輪用軸受装置は、複列の外側軌道面を有する外方部材と、小径段部を有するハブ輪、およびハブ輪の小径段部に圧入された内輪からなり、複列の外側軌道面に対向する複列の内側軌道面を有する内方部材と、外方部材と内方部材との両軌道面間に転動自在に収容された複列の転動体と、アウター側密封装置およびインナー側密封装置とを備えている。
【0005】
このような車輪用軸受装置の組立工程においては、一般的に、複列の転動体を装着するとともにグリースを封入した外方部材にアウター側密封装置を圧入した後に、外方部材をハブ輪に装着し、さらにハブ輪に内輪を圧入して、最後に外方部材と内方部材との間にインナー側密封装置を圧入することにより組み立てを完了する。
【0006】
また、インナー側密封装置は、外方部材である外輪の内周に嵌合される内嵌部と、内嵌部から内径側へ延びる側板部とからなる芯金、および芯金に一体的に接合され複数のシールリップが形成された弾性部材を有するシール部材と、内方部材である内輪の外周に嵌合される外嵌部と、外嵌部から外径側へ延び、軸方向において芯金の側板部と対向する円環部とを有するスリンガと、を備えている。
【0007】
このような構成のインナー側密封装置が組立工程において外方部材と内方部材との間に圧入されると、外方部材と内方部材との間の環状空間内に空気が押し込まれて、環状空間の内圧が、圧入されたインナー側密封装置の体積分だけ上昇する。
【0008】
環状空間の内圧が上昇すると、環状空間の内圧によって、インナー側密封装置のラジアルリップがスリンガに貼り付くように変形するとともに、アウター側密封装置のラジアルリップがハブ輪のシールランドに貼り付くように変形して、インナー側密封装置およびアウター側密封装置のシールトルクが増大する。
【0009】
そこで、特許文献2においては、アウター側密封装置の芯金に、車輪用軸受装置の内部と外部とを連通する通気路を形成して、外方部材と内方部材との間の環状空間の圧力上昇を緩和することが提案されている。
【0010】
また、特許文献1には、インナー側密封装置のシールリップとスリンガとで囲まれた空間内が負圧となり、シールリップがスリンガに貼り付くことを抑制するために、インナー側密封装置におけるスリンガのシールリップ摺動面に通気路を形成して、インナー側密封装置のシールリップとスリンガとで囲まれた空間を外部空間と連通可能にすることが開示されている。
【0011】
スリンガに形成される通気路は、インナー側密封装置の圧入前において、シールリップとスリンガとで囲まれた空間と外部空間とを連通し、インナー側密封装置の圧入完了後において、シールリップとスリンガとで囲まれた空間と外部空間とを遮断するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2021-63563号公報
【特許文献2】特開2021-8948号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、特許文献1に記載のインナー側密封装置においては、スリンガのシールリップ摺動面に通気路を追加加工する必要があり、インナー側密封装置がコストアップするおそれがある。また、インナー側密封装置の圧入完了後におけるシールリップの先端の位置によっては、シールリップの先端がシールリップ摺動面に通気路の位置にかかり、泥水等の異物が通気路を通じてインナー側密封装置内に浸入したり、インナー側密封装置内部のグリースが外部に漏出したりするおそれがある。
【0014】
さらに、特許文献2に記載のインナー側密封装置においては、芯金に通気路を追加加工する必要があり、インナー側密封装置がコストアップするおそれがある。
【0015】
本発明は以上の如き状況に鑑みてなされたものであり、インナー側密封装置をコストアップさせることなく、外方部材と内方部材との間の環状空間の圧力上昇を抑制することができる車輪用軸受装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
即ち、車輪用軸受装置は、内周に複列の外側軌道面を有する外方部材と、外周に軸方向に延びる小径段部を有するハブ輪、および前記ハブ輪の小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、前記複列の外側軌道面に対向する複列の内側軌道面を有する内方部材と、前記外方部材と前記内方部材との両軌道面間に転動自在に収容された複列の転動体と、前記外方部材と前記内方部材とによって形成された環状空間の軸方向一端側の開口端、または前記環状空間の軸方向他端側の開口端を塞ぐ密封装置と、を備える車輪用軸受装置であって、前記密封装置は、前記外方部材の内周に嵌合される内嵌部と、前記内嵌部から内径側へ延びる側板部とからなる芯金、および前記芯金に接合される弾性部材を有するシール部材と、前記内方部材の外周に嵌合される外嵌部から外径側へ延びるスリンガとを備え、前記内嵌部は、前記外方部材の内周面と接触する外周接触面と、前記外周接触面に形成され、前記外周接触面の軸方向内側端から軸方向外側へ向けて延びる通気溝とを有し、前記通気溝の軸方向長さAと、前記外周接触面の軸方向長さBとは、A<Bの関係を有し、前記芯金の軸方向内側端から前記通気溝の軸方向外側端までの軸方向長さCと、前記芯金の軸方向内側端から前記シール部材の軸方向外側端までの軸方向長さDとは、C<(D/2)の関係を有する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、インナー側密封装置をコストアップさせることなく、外方部材と内方部材との間の環状空間の圧力上昇を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】車輪用軸受装置を示す側面断面図である。
図2】インナー側密封装置を示す側面断面図である。
図3】通気溝が形成された芯金の内嵌部を軸方向から見た断面図である。
図4】インナー側密封装置が外輪と内輪との間に圧入される前の車輪用軸受装置を示す側面断面図である。
図5】インナー側密封装置の圧入開始時における車輪用軸受装置を示す側面断面図である。
図6】車輪用軸受装置への圧入開始時におけるインナー側密封装置を示す側面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明を実施するための形態を、添付の図面を用いて説明する。
【0020】
[車輪用軸受装置]
図1に示す車輪用軸受装置1は、本発明に係る車輪用軸受装置の一実施形態であり、自動車等の車両の懸架装置において車輪を回転自在に支持するものである。
【0021】
以下の説明において、軸方向とは車輪用軸受装置1の回転軸心Xに沿った方向を表す。また、インナー側とは、軸方向一端側であって車体に取り付けた際の車輪用軸受装置1の車体側を表し、アウター側とは、軸方向他端側であって車体に取り付けた際の車輪用軸受装置1の車輪側を表す。さらに、軸方向内側は、軸方向において車輪用軸受装置1の内部側へ向かう方向を表し、軸方向外側は、軸方向において車輪用軸受装置1の外部側へ向かう方向を表す。
【0022】
車輪用軸受装置1は第3世代と称呼される構成を備えており、外方部材である外輪2と、内方部材であるハブ輪3および内輪4と、転動列である二列のインナー側ボール列5およびアウター側ボール列6と、アウター側シール部材9と、インナー側密封装置10とを具備する。本実施形態においては、アウター側シール部材9として3リップシールが用いられ、インナー側密封装置10としてパックシールが用いられている。
【0023】
外輪2のインナー側端部には、インナー側密封装置10が嵌合可能なインナー側開口部2aが形成されている。外輪2のアウター側端部には、アウター側シール部材9が嵌合可能なアウター側開口部2bが形成されている。
【0024】
インナー側密封装置10がインナー側開口部2aに嵌合されることにより、外方部材である外輪2と内方部材であるハブ輪3および内輪4とによって形成された環状空間Sのインナー側の開口端が塞がれている。アウター側シール部材9がアウター側開口部2bに嵌合されることにより、環状空間Sのアウター側の開口端が塞がれている。
【0025】
インナー側密封装置10およびアウター側シール部材9は、環状空間Sの開口端を塞ぐ部材である。このように、インナー側密封装置10およびアウター側シール部材9により環状空間Sのインナー側およびアウター側の開口端を塞ぐことで、泥水等の異物が車輪用軸受装置1の内部へ浸入することを抑制している。
【0026】
外輪2の内周面には、インナー側の外側軌道面2cと、アウター側の外側軌道面2dとが形成されている。外輪2の外周面には、外輪2を車体側部材に取り付けるための車体取り付けフランジ2eが一体的に形成されている。車体取り付けフランジ2eには、車体側部材と外輪2とを締結する締結部材(ここでは、ボルト)が挿入されるボルト孔2fが設けられている。
【0027】
ハブ輪3の外周面におけるインナー側端部には、アウター側端部よりも縮径された小径段部3aが形成されている。ハブ輪3のアウター側端部には、車輪を取り付けるための車輪取り付けフランジ3bが一体的に形成されている。車輪取り付けフランジ3bには、複数のボルト孔3eが形成されている。ボルト孔3eには、ハブ輪3と車輪又はブレーキ部品とを締結するためのハブボルト3fが圧入可能である。
【0028】
ハブ輪3においては、車輪取り付けフランジ3bの基部側にアウター側シール部材9が摺接する摺接面3dが形成されている。ハブ輪3の外周面には、外輪2のアウター側の外側軌道面2dに対向するようにアウター側の内側軌道面3cが設けられている。つまり、内方部材のアウター側には、ハブ輪3によって内側軌道面3cが構成されている。
【0029】
ハブ輪3の小径段部3aには、内輪4が設けられている。内輪4は、圧入によりハブ輪3の小径段部3aに固定されている。内輪4の外周面には、外輪2のインナー側の外側軌道面2cと対向するようにインナー側の内側軌道面4aが設けられている。つまり、内方部材のインナー側には、内輪4によって内側軌道面4aが構成されている。
【0030】
転動列であるインナー側ボール列5とアウター側ボール列6とは、転動体である複数のボール7が保持器8によって保持されることにより構成されている。インナー側ボール列5は、内輪4の内側軌道面4aと、外輪2のインナー側の外側軌道面2cとの間に転動自在に挟まれている。アウター側ボール列6は、ハブ輪3の内側軌道面3cと、外輪2のアウター側の外側軌道面2dとの間に転動自在に挟まれている。つまり、インナー側ボール列5とアウター側ボール列6とは、外方部材と内方部材との両軌道面間に転動自在に収容されている。
【0031】
車輪用軸受装置1においては、外輪2と、ハブ輪3及び内輪4と、インナー側ボール列5と、アウター側ボール列6とによって複列アンギュラ玉軸受が構成されている。なお、車輪用軸受装置1は複列アンギュラ玉軸受に替えて複列円錐ころ軸受を構成していてもよい。
【0032】
[インナー側密封装置]
図2に示すように、インナー側密封装置10は、外輪2に嵌装される芯金11および芯金11に接合される弾性部材12を有するシール部材13と、内輪4に嵌装されるスリンガ14と、スリンガ14に接合される磁気エンコーダ15とを備えている。
【0033】
芯金11は、例えば鋼板により構成されており、外輪2のインナー側開口部2aにおける内周に嵌合される円筒状の内嵌部111と、内嵌部111のアウター側端部から内径側へ延びる円環状の側板部112とからなっている。
【0034】
内嵌部111は、外輪2のインナー側開口部2aにおける内周面と接触する外周接触面111aと、外周接触面111aのインナー側に連続して形成され、外周接触面111aよりも小径のインナー側外周面111bと、外周接触面111aに形成される通気溝111cとを有している。
【0035】
芯金11における内嵌部111の外周接触面111aが、外輪2のインナー側開口部2aにおける内周面と接触することにより、車輪用軸受装置1の環状空間Sが密封され、環状空間S内に充填されたグリースが、外輪2とインナー側密封装置10との間から漏出することを抑制している。
【0036】
弾性部材12は、例えば合成ゴムによって形成されており、芯金11に加硫接着によって一体的に接合されている。弾性部材12は、芯金11に加硫接着される基部121と、基部121から延出し、それぞれ円環状に形成される第1サイドリップ122、第2サイドリップ123、およびグリースリップ124とを有している。第1サイドリップ122、第2サイドリップ123、およびグリースリップ124は、弾性部材12が有するシールリップである。
【0037】
基部121は、内嵌部111の内周面、インナー側端面、およびインナー側外周面111b、ならびに側板部112の軸方向一側面であるインナー側面、内径側端面、および軸方向他側面であるアウター側面の内径側の部分に接合されている。基部121におけるインナー側外周面111bに接合されている部分は、外輪2のインナー側開口部2aにおける内周面に圧接する圧接部121aを有している。
【0038】
弾性部材12の基部121における圧接部121aが、外輪2のインナー側開口部2aにおける内周面に圧接することにより、外部からの泥水等の異物が、外輪2とインナー側密封装置10との間から車輪用軸受装置1の環状空間S内に浸入することを抑制している。
【0039】
第1サイドリップ122は、弾性部材12が有するシールリップの中で最も外径側に位置しており、基部121から外径側かつインナー側へ向けて延出している。第2サイドリップ123は、第1サイドリップ122よりも内径側に位置しており、基部121から外径側かつインナー側へ向けて延出している。グリースリップ124は、第2サイドリップ123よりも内径側に位置しており、基部121から内径側かつアウター側へ向けて延出している。
【0040】
スリンガ14は、例えば鋼板により構成されており、内輪4のインナー側端部における外周面に嵌合される円筒状の外嵌部141と、外嵌部141のインナー側端部から外径側へ延びる円環状の円環部142とを有している。
【0041】
スリンガ14の円環部142は、軸方向において芯金11の側板部112よりもインナー側に位置しており、円環部142と側板部112とは、軸方向において対向している。
【0042】
弾性部材12の第1サイドリップ122は、軸方向においてスリンガ14の円環部142と対向しており、第1サイドリップ122の先端は、円環部142と摺動可能に接触している。つまり、第1サイドリップ122は、接触リップである。
【0043】
弾性部材12の第2サイドリップ123は、軸方向においてスリンガ14の円環部142と対向しており、第2サイドリップ123の先端は、円環部142と摺動可能に接触している。つまり、第2サイドリップ123は、接触リップである。
【0044】
弾性部材12のグリースリップ124は、径方向においてスリンガ14の外嵌部141と対向しており、グリースリップ124の先端部は、外嵌部141と摺動可能に接触している。つまり、グリースリップ124は、接触リップである。
【0045】
なお、第1サイドリップ122および第2サイドリップ123は、軸方向において弾性部材12の基部121からスリンガ14の円環部142側へ向けて延出するシールリップである。また、グリースリップ124は、径方向において弾性部材12の基部121からスリンガ14の外嵌部141側へ向けて延出するシールリップである。
【0046】
磁気エンコーダ15は、スリンガ14における円環部142のインナー側面に接合されている。磁気エンコーダ15は、例えばフェライト等の磁性体粉が混入された合成ゴムによって形成されており、スリンガ14の円環部142に加硫接着によって一体的に接合されている。磁気エンコーダ15は、例えばスリンガ14とともにインサート成形することによって、スリンガ14に加硫接着される。
【0047】
磁気エンコーダ15には、周方向に交互に等ピッチで磁極Nと磁極Sとが着磁されている。磁気エンコーダ15に対向配置される回転速度センサによって磁気エンコーダ15の磁束密度の変化を検出することで、内輪4の回転速度を検出することが可能である。
【0048】
なお、本実施形態においては、インナー側密封装置10は磁気エンコーダ15を備えているが、磁気エンコーダ15を備えていない構成とすることもできる。
【0049】
[通気溝]
芯金11の内嵌部111における通気溝111cは、軸方向に沿って延びており、外周接触面111aの軸方向内側端となるアウター側端から、軸方向外側となるインナー側へ向けて、軸方向に沿って延びている。
【0050】
通気溝111cは、外周接触面111aのアウター側端から、外周接触面111aの軸方向における途中部まで形成されている。内嵌部111の通気溝111cが形成されている部分には、通気溝111cと外輪2の内周面とで囲まれた空間が存在している。インナー側密封装置10が外輪2と内輪4との間に圧入された状態において、通気溝111cのアウター側端は環状空間Sに開放されており、通気溝111cのインナー側端は閉塞されている。
【0051】
本実施形態においては、通気溝111cの軸方向から見た断面形状は、半円形状に形成されている。但し、通気溝111cの軸方向から見た断面形状はこれに限るものではなく、V字形状、U字形状、または矩形状等の任意の形状に形成することができる。
【0052】
通気溝111cの軸方向長さはAであり、外周接触面111aの軸方向長さはBである。通気溝111cの軸方向長さAと、外周接触面111aの軸方向長さBとは、A<Bの関係を有している。つまり、通気溝111cの軸方向長さAは、外周接触面111aの軸方向長さBよりも短く形成されている。
【0053】
また、通気溝111cの軸方向長さAと、外周接触面111aの軸方向長さBとは、A≧(B/2)の関係を有している。つまり、通気溝111cの軸方向長さAは、外周接触面111aの軸方向長さBの半分以上となるように形成されている。
【0054】
芯金11の軸方向内側端となるアウター側端から、通気溝111cの軸方向外側端となるインナー側端までの軸方向長さはCである。また、芯金11の軸方向内側端となるアウター側端から、シール部材13の軸方向外側端となるインナー側端までの軸方向長さはDである。
【0055】
芯金11のアウター側端から通気溝111cのインナー側端までの軸方向長さCと、芯金11のアウター側端からシール部材13のインナー側端までの軸方向長さDとは、C<(D/2)の関係を有している。つまり、芯金11のアウター側端から通気溝111cのインナー側端までの軸方向長さCは、芯金11のアウター側端からシール部材13のインナー側端までの軸方向長さDの半分未満となるように形成されている。
【0056】
内嵌部111の径方向における厚みはtであり、通気溝111cの径方向における深さはdである。内嵌部111の厚みtと、通気溝111cの深さdとは、d≦(t/2)の関係を有している。
【0057】
つまり、通気溝111cの深さdは、内嵌部111の厚みtの半分以下の大きさに形成されている。通気溝111cの深さdを内嵌部111の厚みtの半分以下の大きさに形成することで、通気溝111cを形成することによる内嵌部111の強度低下を抑制することが可能となる。
【0058】
通気溝111cは、外周接触面111aの少なくとも1箇所に形成されていればよい。また、通気溝111cは、外周接触面111aにおける周方向の複数箇所に形成されていると好ましい。
【0059】
[車輪用軸受装置1に対するインナー側密封装置の圧入]
車輪用軸受装置1を組み立てる際の組立工程においては、まず、外輪2に対してインナー側ボール列5およびアウター側ボール列6を装着するとともに、グリースを封入する。次に、外輪2のアウター側開口部2bにアウター側シール部材9を圧入する。その後、外輪2をハブ輪3に装着して、ハブ輪3の小径段部3aに内輪4を圧入する。
【0060】
図4に示すように、ハブ輪3の小径段部3aに内輪4を圧入した後に、外輪2のインナー側開口部2aと内輪4との間にインナー側密封装置10を圧入することで、車輪用軸受装置1の組み立てが完了する。
【0061】
インナー側密封装置10を圧入する際には、ハブ輪3は、軸方向が垂直方向となり、アウター側端部が下方に位置する姿勢で支持台に載置されており、インナー側密封装置10は、車輪用軸受装置1の上方から外輪2のインナー側開口部2aと内輪4との間に圧入される。
【0062】
図5に示すように、インナー側密封装置10の外輪2と内輪4との間への圧入の開始時においては、インナー側密封装置10の芯金11は、アウター側端部が外輪2に嵌合された状態となる。
【0063】
図6に示すように、具体的には、インナー側密封装置10の圧入開始時においては、芯金11の内嵌部111における外周接触面111aのアウター側端部が外輪2のインナー側開口部2aに嵌合している。
【0064】
この状態においては、外周接触面111aに形成されている通気溝111cのアウター側端部は外輪2に嵌合されているが、通気溝111cのインナー側端部は外輪2よりもインナー側に位置しており外部に開放されている。従って、車輪用軸受装置1の環状空間Sは通気溝111cを通じて車輪用軸受装置1の外部と連通している。
【0065】
インナー側密封装置10を圧入する際には、インナー側密封装置10の体積に対応する量の空気が環状空間S内に押し込まれるが、インナー側密封装置10の圧入によって環状空間S内に押し込まれた空気は通気溝111cを通じて車輪用軸受装置1の外部に抜けていくことができるため、外周接触面111aに通気溝111cを形成することで環状空間Sの内圧が上昇することを抑制できる。
【0066】
つまり、環状空間S内の空気は、通気溝111cのインナー側端部が外輪2に嵌合されるまで車輪用軸受装置1の外部に抜けることができるため、インナー側密封装置10を外輪2のインナー側開口部2aと内輪4との間に完全に圧入し終えた際の環状空間Sの内圧上昇を軽減することが可能である。
【0067】
この場合、通気溝111cの軸方向長さAは、外周接触面111aの軸方向長さBの半分以上であるため、環状空間Sの内圧上昇に関与するインナー側密封装置10の体積を、外周接触面111aに通気溝111cを形成しない場合の半分未満に抑えることができる。これにより、環状空間Sの内圧上昇によってグリースリップ124が変形してスリンガ14に貼り付くことを抑制でき、インナー側密封装置10のシールトルクの増大を緩和することができる。
【0068】
なお、外周接触面111aに通気溝111cを形成しない場合は、一般的に、インナー側密封装置10を圧入することによって、環状空間Sの内圧は20kPa~40kPa程度上昇するが、この内圧上昇を半分未満に抑えることが可能となる。
【0069】
また、通気溝111cは外周接触面111aのアウター側端からインナー側へ延びており、通気溝111cの軸方向長さAは外周接触面111aの軸方向長さBよりも短いため、通気溝111cよりもインナー側に外輪2の内周面と接触する外周接触面111aが存在している。
【0070】
従って、通気溝111cを外周接触面111aの軸方向の全域にわたって形成した場合に比べて、インナー側密封装置10の圧入後に、環状空間S内に封入されたグリースが通気溝111cを通じて車輪用軸受装置1の外部に漏出することを抑制可能である。
【0071】
さらに、芯金11のアウター側端から通気溝111cのインナー側端までの軸方向長さCは、芯金11のアウター側端からシール部材13のインナー側端までの軸方向長さDの半分未満となるように形成されているため、通気溝111cのインナー側に位置する外周接触面111aと、弾性部材12の圧接部121aが接合されるインナー側外周面111bとの、軸方向長さを大きく確保することができる。
【0072】
これにより、インナー側密封装置10の圧入時における内圧上昇を十分に軽減でき、圧入後における環状空間S内の密閉度合いを高めることができ、泥水等の異物が環状空間S内に浸入すること、および環状空間S内のグリースが車輪用軸受装置1の外部に漏出することを、抑制可能である。
【0073】
また、通気溝111cの深さdは、インナー側密封装置10を外輪2と内輪4との間に圧入する際に環状空間S内の空気を外部へ排出することができるだけの大きさであればよく、例えば数μm~100μm程度に形成することができる。さらに、通気溝111cの軸方向から見た断面形状は、インナー側密封装置10の圧入時に、通気溝111c内を空気が通過可能であれば、どのような形状でも良い。
【0074】
また、通気溝111cは、外周接触面111aの1箇所に形成されていればよいが、外周接触面111aにおける周方向の複数箇所に形成することで、インナー側密封装置10の圧入時に環状空間S内の空気を効率良く外部へ排出することができる。
【0075】
通気溝111cを外周接触面111aにおける周方向の複数箇所に形成する場合、通気溝111cは、外周接触面111aの周方向において、各通気溝111cの間隔が等しくなる位置に形成することが好ましい。このように、複数の通気溝111cを周方向において等間隔で配置することで、インナー側密封装置10の圧入時に、インナー側密封装置10の周方向において均等に環状空間S内の圧力上昇を軽減させることが可能となる。
【0076】
また、通気溝111cは、芯金11の内嵌部111における外周接触面111aに形成されているため、芯金11を成形するための金型の外周接触面111aを形成する部分に、通気溝111cに対応する突起を形成しておくことで、芯金11を金型によりプレス加工する際に、同時に通気溝111cを形成することができる。
【0077】
これにより、外周接触面111aに通気溝111cを形成しない場合と同様の加工工程によって、通気溝111cを有した芯金11を成形することができ、インナー側密封装置10をコストアップさせることなく、環状空間Sの圧力上昇を抑制することが可能である。
【0078】
また、インナー側密封装置10は、車輪用軸受装置1の組立工程において車輪用軸受装置1に最後に装着されて環状空間Sを密封するため、環状空間Sの内圧上昇を招く原因となるが、インナー側密封装置10の芯金11に通気溝111cを形成することで、通気溝111cを通じて環状空間S内の空気を外部に排出することが可能であるため、環状空間Sの内圧上昇を効果的に緩和することが可能である。
【0079】
なお、本実施形態においては、芯金11の外周接触面111aに通気溝111cを有したインナー側密封装置10は、環状空間Sのインナー側の開口端を塞ぐシール部材として用いられているが、環状空間Sのアウター側の開口端を塞ぐシール部材として用いることも可能である。
【0080】
また、本実施形態における車輪用軸受装置1は、ハブ輪3の外周に内側軌道面3cが直接形成されている第3世代構造の車輪用軸受装置1として構成されているがこれに限定するものではなく、ハブ輪3に一対の内輪4が圧入固定された第2世代構造であってもよい。
【0081】
以上、本発明の実施の形態について説明を行ったが、本発明はこうした実施の形態に何等限定されるものではなく、あくまで例示であって、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々なる形態で実施し得ることは勿論のことであり、本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。
【符号の説明】
【0082】
1 車輪用軸受装置
2 外輪
2a インナー側開口部
2b アウター側開口部
2c (インナー側の)外側軌道面
2d (アウター側の)外側軌道面
3 ハブ輪
3a 小径段部
3c 内側軌道面
4 内輪
4a 内側軌道面
5 インナー側ボール列
6 アウター側ボール列
9 アウター側シール部材
10 インナー側密封装置
11 芯金
12 弾性部材
13 シール部材
14 スリンガ
15 磁気エンコーダ
111 内嵌部
111a 外周接触面
111c 通気溝
112 側板部
141 外嵌部
142 円環部
A (通気溝の)軸方向長さ
B (外周接触面の)軸方向長さ
C (芯金のアウター側端から通気溝のインナー側端までの)軸方向長さ
D (芯金のアウター側端からシール部材のインナー側端までの)軸方向長さ
d (通気溝の)深さ
t (内嵌部の)厚み
図1
図2
図3
図4
図5
図6