(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025001989
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】機能性成形体およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 20/30 20060101AFI20241226BHJP
B01J 20/26 20060101ALI20241226BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20241226BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20241226BHJP
C07K 16/00 20060101ALN20241226BHJP
C07K 14/705 20060101ALN20241226BHJP
【FI】
B01J20/30
B01J20/26 E
B01J20/26 H
G01N33/543 525W
G01N33/543 525U
G01N33/53 D
C07K16/00
C07K14/705
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023101839
(22)【出願日】2023-06-21
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年7月2日 日本農芸化学会西日本支部、化学工学会九州支部、日本化学会九州支部、有機合成化学協会九州山口支部、電気化学会九州支部、日本分析化学会九州支部、高分子学会九州支部、繊維学会西部支部 共催「第59回化学関連支部合同九州大会」の講演要旨集にて公開 令和4年7月2日 北九州国際会議場で開催された日本農芸化学会西日本支部、化学工学会九州支部、日本化学会九州支部、有機合成化学協会九州山口支部、電気化学会九州支部、日本分析化学会九州支部、高分子学会九州支部、繊維学会西部支部 共催「第59回化学関連支部合同九州大会」にて発表
(71)【出願人】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(74)【代理人】
【識別番号】100197642
【弁理士】
【氏名又は名称】南瀬 透
(74)【代理人】
【識別番号】100099508
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 久
(74)【代理人】
【識別番号】100182567
【弁理士】
【氏名又は名称】遠坂 啓太
(74)【代理人】
【識別番号】100219483
【弁理士】
【氏名又は名称】宇野 智也
(72)【発明者】
【氏名】大河平 紀司
(72)【発明者】
【氏名】冨永 伸明
【テーマコード(参考)】
4G066
4H045
【Fターム(参考)】
4G066AB05D
4G066AB07C
4G066AB07D
4G066AB10D
4G066AB13D
4G066AB15D
4G066AC03B
4G066AC03D
4G066AC13C
4G066AC35D
4G066BA03
4G066BA36
4G066CA20
4G066CA47
4G066DA07
4G066FA03
4G066FA07
4G066FA40
4H045AA40
4H045BA62
4H045CA40
4H045DA50
4H045DA75
4H045EA50
4H045FA71
(57)【要約】
【課題】ウイルスや、重金属等を捕捉することができる機能性成形体を提供することを目的とする。
【解決手段】基材に電子線照射して前記基材の表層にラジカルを発生させる工程(A)と、
前記基材の表層のラジカルに、エポキシ基を有するポリマーブラシ用モノマーを反応させてポリマーブラシを二次重合し、前記基材の表層にポリマーブラシを設ける工程(B)と、 前記ポリマーブラシの前記エポキシ基に、導入用物質を反応させることで、前記ポリマーブラシに、前記導入用物質を用いたホストゲスト反応のホスト構造となる機能性構造を導入する工程(C)と、を有し、
前記ホストゲスト反応が、抗体・抗原反応、リガンド・レセプター反応、および、キレート・錯体反応からなる群から選択されるいずれかである、機能性成形体の製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材に電子線照射して前記基材の表層にラジカルを発生させる工程(A)と、
前記基材の表層のラジカルに、エポキシ基を有するポリマーブラシ用モノマーを反応させてポリマーブラシを二次重合し、前記基材の表層にポリマーブラシを設ける工程(B)と、
前記ポリマーブラシの前記エポキシ基に、導入用物質を反応させることで、前記ポリマーブラシに、前記導入用物質を用いたホストゲスト反応のホスト構造となる機能性構造を導入する工程(C)と、を有し、
前記ホストゲスト反応が、抗体・抗原反応、リガンド・レセプター反応、および、キレート・錯体反応からなる群から選択されるいずれかである、機能性成形体の製造方法。
【請求項2】
前記ポリマーブラシ用モノマーが、メタクリル酸グリシジル、または、アクリル酸グリシジルである請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記導入する工程(C)における前記導入用物質として、ジアミン化合物、タンパク質架橋剤および機能性物質を用いるものであり、
前記導入する工程(C)が、前記ポリマーブラシの前記エポキシ基とジアミン化合物を反応させて前記ジアミン化合物由来のアミノ基を結合させる工程(C-1)と、
前記アミノ基と反応する前記タンパク質架橋剤を反応させる工程(C-2)と、
前記タンパク質架橋剤と反応する前記機能性物質を反応させる工程(C-3)を行う、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記タンパク質架橋剤が、二価性試薬および/またはジアルデヒド化合物であり、前記機能性物質が、機能性タンパク質である、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記二価性試薬が、N-(11-Maleimidoundecanoyloxy)sulfosuccinimide, sodium saltであり、前記ジアルデヒド化合物が、グルタルアルデヒドである請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記導入用物質が、アミンおよび硫黄原子を含む構造を有する含硫黄アミン系化合物であり、
前記ホスト構造が、前記含硫黄アミン系化合物に由来する窒素原子と硫黄原子とを有する請求項2に記載の製造方法。
【請求項7】
前記含硫黄アミン系化合物における前記硫黄原子を含む構造が、チオール、スルフィド、およびジチオカルボン酸からなる群から選択されるいずれかである請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記含硫黄アミン系化合物が、4-イミダゾールジチオカルボン酸、3-メチルチオプロピルアミン、2-アミノエタンチオール、および2,2´-チオビスエチルアミンからなる群から選択される1以上の物質である、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
基材と、前記基材の表層に設けられたポリマーブラシ層と、前記ポリマーブラシ層に導入されたホストゲスト反応のホスト構造となる機能性構造と、を有し、
前記ホストゲスト反応が、抗体・抗原反応、リガンド・レセプター反応、および、キレート・錯体反応からなる群から選択されるいずれかである、機能性成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性成形体およびその製造方法に関する。特に、本発明は、ポリマーブラシ層を有し、このポリマーブラシ層に機能性基を設けることで、機能性基による、各種の対象物質の捕捉や濃縮などに適した機能性成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年発生しパンデミックを起こしたCOVID-19により、ウイルスに対する関心が高まり、下水モニタリングにより感染症の流行予測を行う、下水サーベイランス事業が日本含め諸外国にて実施されている。しかし、この技法では、感染者の糞便中でのコロナウイルス検出量が少ないため下水の濃縮が必要不可欠である他、採取から検出までのタイムラグ、操作方法の確立など課題点も多い。ウイルス濃縮技術として、(a)抗体法、(b)陰電荷膜濃縮法などが挙げられる。
【0003】
(a)抗体法は、対象となるウイルスを特異的に認識する抗体を、基材の表面に吸着させる能動的吸着法または直接結合する受動的吸着法がある。前者の能動的吸着法は静電相互作用を主な駆動力としており、調製は簡便であるものの、吸着された抗体の剥離、構造変性による抗原結合サイトの遮蔽が生じる問題点がある。後者の受動的吸着法では、カルボキシ基やアミノ基を有する基材を二価性試薬により中間活性化状態とし、目的の抗体と共有結合を形成する手法であり、前述した能動的吸着法のような問題は生じない。しかし、基材表面への単層吸着であるため、抗原濃縮率は低いという問題点がある。
【0004】
(b)陰電荷膜濃縮法は、ウイルスが有する負電荷と、対となる陽電荷を有する膜を調製し、静電相互作用によってウイルスを吸着する。この方法は樹脂でも応用可能であり、非常に簡便な方法である一方、ウイルス以外の負電荷をもつ物質(例えばタンパク質)等も吸着してしまうため、濃縮効率が悪いという問題点がある。
【0005】
また、近年、途上国では急速な産業発展に伴い、非鉄金属の生産や化石燃料の燃焼によって重金属を排出している。このように環境中に排出された重金属が生命にとって欠くことのできない資源である水を汚染している。急速な産業発展により濃いスモッグが発生し、大気、水、土壌、農産物が重金属によって汚染されるなど、環境に深刻な影響を及ぼしていると報告されている。つまり、重金属の汚染は、水中だけでなく、大気や雨を媒体とした移動によって土壌中にも生じる。
【0006】
重金属の中でも、例えば水銀は、米国環境保護庁(EPA)によって規制されている有害汚染物質であり、生物蓄積性と非生物分解性に基づく毒性により、脳や神経などに疾患を引き起こすことが知られている。また水銀汚染の脅威は、水銀がメチル化されることによって引き起こされる健康被害である。このような背景のもと、商業目的による水銀の使用を世界的に減らすために「水銀輸出禁止法」が定められている。つまり、排水に含まれている水銀を除去処理できる技術が必要とされている。排水処理技術として、化学沈殿法、イオン吸着法、膜ろ過法などが適用されてきたが、低容量であることや、選択性が低いという問題点がある。
【0007】
また、水銀をはじめとする有害金属を分析するためには高額な装置が使用されているが、現地において簡易的に測定するニーズが高まっている。しかし、この簡易テスター等での測定において、対象金属の濃度が低いため現地での測定が困難という問題がある。そのため、特定の有害金属を回収、濃縮する前処理用の材料開発が必要である。
【0008】
水銀の濃縮には(c)活性炭、(d)溶媒抽出法、(e)イオン交換樹脂、(f)キレート樹脂、等が用いられている。
【0009】
(c)活性炭は、水銀に対して高い吸着力を示す一方で、選択性が皆無であり、共存物質による濃縮の阻害や、吸着後の分離操作の面で問題がある。
(d)溶媒抽出法は、水銀と親和性の高い硫黄系の官能基を有する抽出剤を用いた手法であり、選択性は高いものの、大量の有機溶媒を使用すること、および分離操作が必要であるという問題がある。
(e)イオン交換樹脂を用いた濃縮の駆動力は静電相互作用であり、水銀以外の陽電荷を有する物質も吸着するため、選択性が著しく低いという問題がある。
(f)キレート樹脂は、水銀と親和性の高い硫黄系の官能基を樹脂内に固定したものであり、水銀選択性に優れている。一方で、官能基は樹脂の細孔表面に単層で存在するため、吸着容量を上げるためには大量の樹脂が必要になるという問題がある。
【0010】
ところで、基材の表面等にグラフト重合したいわゆるポリマーブラシ等を設けて、様々な物性を付与することも検討されている。例えば、特許文献1は、ポリオレフィン、又はオレフィンとハロゲン化オレフィンの共重合体からなる基材膜に、電離性放射線を照射した後グリシジルメタクリレート又はグリシジルアクリレートを気相中でグラフトさせ、その後、必要に応じて酸性液で部分的にエポキシ基を開環させた後、アンモニアまたは有機アミンを付加させることを特徴とする、中性ヒドロキシル基とアニオン交換基とを有するアニオン選択吸着性多孔膜の製造方法を開示している。
【0011】
特許文献2は、ポリオレフィン、オレフィンとハロゲン化オレフィンの共重合体、又はポリフッ化ビニリデンからなる、実質的に3次元網目構造を有する多孔性基材膜に、電離性放射線を照射したのち、エポキシ基を有するビニルモノマーをグラフト重合させ、その後アルカリ性下でアルコール類又はフェノール類又はモノアミン類と反応させ、さらに残存エポキシ基をジオール化するような選択吸着性多孔膜の製造方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平2-132132号公報
【特許文献2】特開平8-141392号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
前述のように、各種状況で、ウイルスや、重金属等を捕捉することが求められる場合がある。
【0014】
本発明は、ウイルスや、重金属等を捕捉することができる機能性成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、下記の発明が上記目的に合致することを見出し、本発明に至った。すなわち、本発明は、以下の発明に係るものである。
【0016】
<1> 基材に電子線照射して前記基材の表層にラジカルを発生させる工程(A)と、
前記基材の表層のラジカルに、エポキシ基を有するポリマーブラシ用モノマーを反応させてポリマーブラシを二次重合し、前記基材の表層にポリマーブラシを設ける工程(B)と、
前記ポリマーブラシの前記エポキシ基に、導入用物質を反応させることで、前記ポリマーブラシに、前記導入用物質を用いたホストゲスト反応のホスト構造となる機能性構造を導入する工程(C)と、を有し、
前記ホストゲスト反応が、抗体・抗原反応、リガンド・レセプター反応、および、キレート・錯体反応からなる群から選択されるいずれかである、機能性成形体の製造方法。
<2> 前記ポリマーブラシ用モノマーが、メタクリル酸グリシジル、または、アクリル酸グリシジルである前記<1>に記載の製造方法。
<3> 前記導入する工程(C)における前記導入用物質として、ジアミン化合物、タンパク質架橋剤および機能性物質とを用いるものであり、
前記導入する工程(C)が、前記ポリマーブラシの前記エポキシ基とジアミン化合物を反応させて前記ジアミン化合物由来のアミノ基を結合させる工程(C-1)と、
前記アミノ基と反応する前記タンパク質架橋剤を反応させる工程(C-2)と、
前記タンパク質架橋剤と反応する前記機能性物質を反応させる工程(C-3)を行う、前記<2>に記載の製造方法。
<4> 前記タンパク質架橋剤が、二価性試薬および/またはジアルデヒド化合物であり、前記機能性物質が、機能性タンパク質であるである、前記<3>に記載の製造方法。
<5> 前記二価性試薬が、N-(11-Maleimidoundecanoyloxy)sulfosuccinimide, sodium saltであり、前記ジアルデヒド化合物が、グルタルアルデヒドである前記<4>に記載の製造方法。
<6> 前記導入用物質が、アミンおよび硫黄原子を含む構造を有する含硫黄アミン系化合物であり、前記ホスト構造が、前記含硫黄アミン系化合物に由来する窒素原子と硫黄原子とを有する前記<2>に記載の製造方法。
<7> 前記含硫黄アミン系化合物における前記硫黄原子を含む構造が、チオール、スルフィド、およびジチオカルボン酸からなる群から選択されるいずれかである前記<6>に記載の製造方法。
<8> 前記含硫黄アミン系化合物が、4-イミダゾールジチオカルボン酸、3-メチルチオプロピルアミン、2-アミノエタンチオール、および2,2´-チオビスエチルアミンからなる群から選択される1以上の物質である、前記<7>に記載の製造方法。
<9> 基材と、前記基材の表層に設けられたポリマーブラシ層と、前記ポリマーブラシ層に導入されたホストゲスト反応のホスト構造となる機能性構造と、を有し、
前記ホストゲスト反応が、抗体・抗原反応、リガンド・レセプター反応、および、キレート・錯体反応からなる群から選択されるいずれかである、機能性成形体。
【発明の効果】
【0017】
本発明の機能性成形体は、ウイルスや、重金属等を捕捉することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の機能性成形体の製造方法の例のフロー図である。
【
図2】本発明の機能性成形体の製造方法のフローを示す概要図である。
【
図4】実施例で行った発光試験の結果を示す像である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明はその要旨を変更しない限り、以下の内容に限定されない。なお、本明細書において「~」という表現を用いる場合、その前後の数値を含む表現として用いる。
【0020】
[本発明の機能性成形体の製造方法]
本発明の機能性成形体の製造方法は、基材に電子線照射して前記基材の表層にラジカルを発生させる工程(A)と、前記基材の表層のラジカルに、エポキシ基を有するポリマーブラシ用モノマーを反応させてポリマーブラシを二次重合し、前記基材の表層にポリマーブラシを設ける工程(B)と、前記ポリマーブラシの前記エポキシ基に、導入用物質を反応させることで、前記ポリマーブラシに、前記導入用物質を用いたホストゲスト反応のホスト構造となる機能性構造を導入する工程(C)と、を有し、前記ホストゲスト反応が、抗体・抗原反応、リガンド・レセプター反応、および、キレート・錯体反応からなる群から選択されるいずれかである。本願において、本発明の機能性成形体の製造方法を、単に、本発明の製造方法と呼ぶ場合がある。
【0021】
[本発明の機能性成形体]
本発明の機能性成形体は、基材と、前記基材の表層に設けられたポリマーブラシ層と、前記ポリマーブラシ層に導入されたホストゲスト反応のホスト構造となる機能性構造と、を有し、前記ホストゲスト反応が、抗体・抗原反応、リガンド・レセプター反応、および、キレート・錯体反応からなる群から選択されるいずれかである、機能性成形体である。
【0022】
なお、本願において本発明の機能性成形体の製造方法により本発明の機能性成形体を得ることもでき、本願においてそれぞれに対応する構成は相互に利用することができる。
【0023】
電子線グラフト重合法とは、高分子材料(基材)に電子線を照射することにより、炭素-水素間(C-H間)の結合を解離し、発生したラジカルにビニルモノマーを接触させて付加重合を進行させる手法である。反応したビニルモノマー中のC=C結合は切断され、片方は基材と結合、もう片方はラジカルとなり新たな反応点となる。
【0024】
こうして付加重合的に高分子の鎖、つまりグラフト鎖が基材上で伸長していき、これに化学修飾することで新たな官能基を導入できる。つまり、硫黄原子を有する分子を導入することで、水銀に対して吸着性能を示すフィルターの開発ができると考えた。
【0025】
本発明者らは、重金属として水銀を対象として、水銀と親和性の高い硫黄原子を有する分子を中空糸膜に高密度固定化することで、水銀を高効率・高速に回収できるフィルター等の開発を行い、この知見から、重金属を捕捉することができる機能性膜を得た。
【0026】
さらに、本発明者らは、平膜に二価性試薬を導入し、ターゲットとなるウイルスの抗体を高密度に固定化することで、低濃度のウイルスを高感度・高収率で捕捉可能な機能材料の開発を行い、この知見から、ウイルスを捕捉することができる機能性膜を得た。
本発明は、これらの知見に基づく。
【0027】
図1は、本発明の機能性成形体の製造方法の例のフロー図である。
ステップS11は、基材の表層にラジカルを発生させる工程である。
ステップS21は、表層のラジカルを利用して、表層にポリマーブラシを設ける工程である。
ステップS31は、ポリマーブラシに機能性基を導入する工程である。これにより、基材となる成形体の表層に機能性基を有する機能性成形体を得ることができる。
【0028】
図2は、本発明の機能性成形体の製造方法のフローを示す概要図である。ここでは、ポリエチレンを用いた膜状の基材に電子線を照射している。これにより、表層にラジカルが発生する。このラジカルに、反応性モノマーを二次重合して、ポリマーブラシを得る。このポリマーブラシに、機能性基を導入することで、高密度に機能性基が配置された機能性膜を得ることができる。
【0029】
[ラジカルを発生させる工程(A)]
ラジカルを発生させる工程(A)は、基材の表層にラジカルを発生させる工程である。基材は、C-H構造を有する樹脂を用いる。このC-H構造に、電子線を照射することで、H原子を切り離し、C・のラジカルを基材の表層に発生させる。ラジカルを発生させる程度は、基材の形状や、物性、ポリマーブラシを設けたい程度などに応じて適宜設定される。ラジカル化の程度は、電子線の照射量などを目安に設定される。
【0030】
[基材]
本発明の機能性成形体は、基材となる成形体に、機能性基を導入したものである。基材は、電子線照射によりラジカルを発生させることができ、使用条件において任意の形状を維持する成形体となるものを広く使用できる。基材は、より具体的には、基材はC-H構造を有する樹脂の成形体である。
【0031】
基材の材質は、例えば、ポリオレフィン系樹脂であるポリエチレンや、ポリプロピレン;ポリスチレン系樹脂であるポリスチレンや、アクリロニトリル-スチレン共重合体(AS樹脂)、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体(ABS樹脂);ポリ塩化ビニル;ポリ塩化ビニリデン;アクリル系樹脂;ポリアミド;ポリカーボネート;ポリアリルエステル;ポリイミド;ポリアセテール;ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン;ポリフェニレンオキシド、ポリフェニレンスルフィド;セルロースなどを用いることができる。
【0032】
特に、汎用性や、入手しやすさ、加工しやすさ、ラジカルの発生やポリマーブラシの二次重合などに適したものであることが好ましい。このようなものとして、ポリエチレンなどが特に適している。
【0033】
基材の形状は、任意の成形体を用いることができる。基材の形状としては、例えば、膜状や、シート状、板状のような平面的なものや、中空糸膜や、ブロック、筒、管、容器状などの立体的なもの、繊維状のものなど、ゲスト物質である捕捉対象を想定した用途に適した任意のものとすることができる。
【0034】
本発明の製造方法等に用いる、代表的な基材としては、ポリエチレンの膜やフィルム、中空糸膜などが適している。
【0035】
[電子線照射]
本発明の製造方法は、基材に、電子線照射してラジカルを発生させる。電子線を照射する手段は特に限定されず、基材の形状や、基材の表層をラジカル化させたい程度に合わせて、適宜選択される。電子線の照射は、吸収線量を目安とすることができ、例えば、10kGy~1,000kGy程度や、50kGy~~500kGy程度、100kGy~300kGy程度を目安とすることができる。
【0036】
[ポリマーブラシを設ける工程(B)]
ポリマーブラシを設ける工程(B)は、工程(A)の後に、基材の表層のラジカルを利用して、ポリマーブラシ用モノマーを二次重合したポリマーブラシを設ける工程である。
【0037】
[ポリマーブラシ用モノマー]
ポリマーブラシ用モノマーは、ポリマーブラシを形成するためのモノマーである。また、ポリマーブラシ用モノマーは、二次重合を行ってポリマーブラシを形成したとき、エポキシ基が残存するものが用いられる。
【0038】
ポリマーブラシ用モノマーとしては、例えば、エポキシ基を有するビニルモノマーを用いることができる。この場合、ビニル基が二次重合してポリマーブラシを形成し、このポリマーブラシはエポキシ基を有するものとなる。
【0039】
ポリマーブラシ用モノマーの具体例としては、メタクリル酸グリシジル(GMA)や、アクリル酸グリシジルなどが挙げられる。特に、メタクリル酸グリシジルは、ポリマーブラシを形成し、かつ、エポキシ基を有するものとなるため、本発明の製造方法に適している。
【0040】
[二次重合]
二次重合は、基材の表層のラジカルに、ポリマーブラシ用モノマーを重合させてポリマーブラシとする反応である。ラジカルを発生させた基材を、ポリマーブラシ用モノマーと接触させることで、基材のラジカルと、ポリマーブラシ用モノマーとが反応して、二次重合が起こり、基材の表層にポリマーブラシを形成することができる。
【0041】
二次重合する手段は、基材の形状や、ラジカルの程度や状態、ポリマーブラシ用モノマーの種類などに合わせて適宜設定できる。二次重合にあたっては、適宜、ラジカルにポリマーブラシ用モノマーが接触する機会が増えるようにポリマーブラシ用モノマーの流動性の調整や、副反応や阻害反応を防止するための周辺条件等の調整、反応を促進するためのエネルギーの付加などを行うことができる。
【0042】
例えば、流動性等の観点から、ポリマーブラシ用モノマーは、適宜、溶媒と混合した混合溶液として二次重合に用いることができる。また、周辺条件等の観点から、窒素置換や、減圧状態で行い、酸素や空気を低減等することができる。また、超音波の照射や、加熱、振盪などを適宜行ってもよい。
【0043】
ポリマーブラシ用モノマーが、二次重合に用い尽くされることで、反応は停止する。反応停止までの条件としては、時間などで管理できるが、適宜、洗浄などを行って反応しにくい条件への変更や、ポリマーブラシ用モノマー濃度の把握などを行って、反応停止してもよい。
【0044】
[ポリマーブラシ]
本発明の機能性成形体は、基材の表層に、ポリマーブラシを有する。ポリマーブラシは、ポリマーブラシ用モノマーが重合されたポリマーを用いたものであり、その主鎖の一端は、基材のラジカルに反応して、基材に結合している。ポリマーブラシは、二次重合前後の乾燥重量の重量増加量をグラフト重合の目安とすることができる。
【0045】
[機能性基を導入する工程(C)]
機能性基を導入する工程(C)は、工程(B)の後に、ポリマーブラシに、ホストゲスト反応のホスト構造となる機能性構造を導入する工程である。
【0046】
[ホストゲスト反応]
ホストゲスト反応は、抗体・抗原反応、リガンド・レセプター反応、および、キレート・錯体反応からなる群から選択されるいずれかとすることができる。
【0047】
[ホスト構造の導入]
ホスト構造となる機能性構造の導入は、導入用物質を用いて行う。導入用物質は、ポリマーブラシのエポキシ基と反応する構造を有する物質である。導入用物質は、それ自身がホスト構造となる機能性構造を有するものでもよい。または、導入用物質として、ホスト構造となる機能性構造を有する物質と反応させるための結合用の化合物と、それ自身がホスト構造となる機能性構造を有する化合物とを用いて、これらを順次反応させて機能性構造を導入してもよい。
【0048】
[タンパク質架橋剤を用いたホスト構造の導入]
導入する工程(C)における導入用物質として、ジアミン化合物、タンパク質架橋剤および機能性物質を用いるものであり、前記導入する工程(C)が、前記ポリマーブラシの前記エポキシ基とジアミン化合物を反応させて前記ジアミン化合物由来のアミノ基を結合させる工程(C-1)と、前記アミノ基と反応する前記タンパク質架橋剤を反応させる工程(C-2)と、前記タンパク質架橋剤と反応する前記機能性物質を反応させる工程(C-3)を行うものとすることができる。
【0049】
工程(C-1)は、まず、ポリマーブラシのエポキシ基を、エチレンジアミンなどのジアミン化合物を反応させるものである。これにより、ポリマーブラシに導入したアミノ基(アミン、-NH2)は、工程(C-2)でタンパク質架橋剤との反応に利用することができる。
【0050】
[ジアミン化合物]
ジアミン化合物は、分子内に2個のアミノ基をもつ化合物である。式(1)は、ジアミン化合物の例についてその構造式を一般化したものである。式(1)は、アミノ基(-NH2)を2つ有する。式(1)のR1は、各アミンを結合する構造である。R1は、例えば、炭素数1~12のアルキレン基(-CnH2n-)とすることができる。R1は、炭素数1~8のアルキレン基が好ましく、炭素数2~6のアルキレン基が特に好ましい。ジアミン化合物は、例えばエチレンジアミンなどを用いることができる。
【0051】
【0052】
[タンパク質架橋剤]
タンパク質架橋剤は、タンパク質構造を架橋するものとして利用されているものである。特に、タンパク質に含まれるアミン構造などに結合するものなどが用いられている。本発明では、プリマーブラシに、ジアミン化合物を用いて導入したアミン構造に、タンパク質架橋剤を反応させて、そのタンパク質架橋剤の一方を結合する。
【0053】
[二価性試薬]
タンパク質架橋剤は、二価性試薬を用いることができる。二価性試薬は、2つの官能基を有する試薬で、イムノアッセイやタンパク質研究などで広く利用される。二価性試薬は、「Nヒドロキシスクシンイミド活性エステル」(NHSエステル)や、「スルホン酸を含有するNヒドロキシスクシンイミド活性エステル」(Sulfo-NHSエステル)、「マレイミド基」を有する化合物とすることができる。NHSエステルと、Sulfo-NHSエステルは、その構造の一部が共通するためNHSエステル等と呼ぶ場合がある。この二価性試薬は、ポリマーブラシに導入したアミン構造(-NH2)と、NHSエステル等やマレイミド基が反応して、ポリマーブラシに伸長するように接続する。また、他端側のNHSエステル等やマレイミド基が、一次抗体などタンパク質と結合する。
【0054】
式(2-1)や、式(2-2)は、二価性試薬の例についてその構造式を一般化したものである。式(2-1)は、マレイミド基と、NHSエステルを有する。式(2-2)は、マレイミド基と、Sulfo-NHSエステルを有する。式(2-1)と式(2-2)は、それぞれ異なる構造を組み合わせているが、双方にNHSエステル等を有するものとしてもよい。式(2-1)、式(2-2)において、R21、R22は、各構造を結合する構造である。
【0055】
R21と、R22は、それぞれ、独立に、例えば、炭素数1~20のアルキレン基(-CnH2n-)とすることができる。R21やR22は、炭素数4~14のアルキレン基が好ましく、炭素数8~12のアルキレン基が特に好ましい。
【0056】
【0057】
このような二価性試薬としては、例えば、同仁化学社製の「Hetero-bifunctional Reagents」や、「Homo-bifunctional Reagents」のような二価性試薬などを用いることができる。
【0058】
「Hetero-bifunctional Reagents」は、1級アミノ基と反応するNHSエステル(OSu)基等と、チオール(SH基)と反応するマレイミド基を有する試薬群である。「Homo-bifunctional Reagents」は、2つのNHSエステルを有する試薬群である。これらは、近接した2つのタンパク質を結合したり、アミノ基を有する化合物をアミノ基反応性にする際などに活用できる。特に、一方の構造がポリマーブラシ側の構造と結合し、他方が機能性タンパク質と結合するように選択的な反応が期待される、Hetero-bifunctional Reagentsが好ましい。
【0059】
二価性試薬は、例えば、「N-(6-Maleimidocaproyloxy)succinimide」、「N-(4-Maleimidobutyryloxy)succinimide」、「N-(6-Maleimidocaproyloxy)sulfosuccinimide, sodium salt」、「N-(4-Maleimidobutyryloxy)sulfosuccinimide, sodium salt」、「N-(8-Maleimidocapryloxy)sulfosuccinimide, sodium salt」、「N-(11-Maleimidoundecanoyloxy)sulfosuccinimide, sodium salt」、「N-[(4-Maleimidomethyl)cyclohexylcarbonyloxy]sulfosuccinimide, sodium salt」などを用いることができる。特に、「N-(11-Maleimidoundecanoyloxy)sulfosuccinimide, sodium salt」(Sulfo-KMUS)などが好ましく、このようなアルキル基が長く、ポリマーブラシから離れた場所にエポキシ基があり、立体阻害が生じにくく機能性物質を取り付けやすいと考えられる。
【0060】
また、二価性試薬としては、「Bis(sulfosuccinimidyl)suberate, disodium salt」、「Dithiobis(succinimidyl undecanoate)」、「Dithiobis(succinimidyl hexanoate)」、「Dithiobis(succinimidyl propionate)」、「Dithiobis(sulfosuccinimidyl propionate), disodium salt」などを用いることができる。
【0061】
[ジアルデヒド化合物]
タンパク質架橋剤は、ジアルデヒド化合物を用いることができる。ジアルデヒド化合物は、分子内に2個のアルデヒド基をもつ化合物である。式(3)は、ジアルデヒド化合物の例についてその構造式を一般化したものである。式(3)の構造は、アルデヒドを2つ有する。式(3)のR2は、各アルデヒドを結合する構造である。R3は、例えば、炭素数1~12のアルキレン基(-CnH2n-)とすることができる。R3は、炭素数1~8のアルキレン基が好ましく、炭素数2~6のアルキレン基が特に好ましい。ジアルデヒド化合物は、例えばグルタルアルデヒド(1,5-ペンタンジアール)などを用いることができる。
【0062】
【0063】
本発明は、タンパク質架橋剤を用いて、機能性タンパク質をポリマーブラシに結合させることができる。この機能性タンパク質としては、例えば、プロテインGや、プロテインA、プロテインL、レクチン、抗体などを対象とすることができる。また、これらの機能性タンパク質は、適宜、抗体を付加したり、糖鎖をとらえたりするものとするなど、適宜、修飾して用いることができる。
【0064】
また、タンパク質架橋剤として、二価性試薬を用いる場合は、二価性試薬と反応し、ホスト構造を有する機能性物質をさらに用いる。このような機能性物質としては、抗体構造を有する物質、または、レセプター構造を有する物質を用いることができる。
【0065】
[抗体]
抗体としては、例えば、IgG抗体や、IgM、IgA、IgD、IgEなどの免疫グロブリンを用いることができる。また、さらに、二次抗体などを結合させてもよい。
【0066】
[レセプター構造]
また、レセプター・リガンド反応の、レセプター構造を導入するものとしてもよい。リガンドは、酵素に対する低分子基質や、ホルモンなどを対象とすることができる。レセプター構造は、これらのリガンドに対応する構造である。例えば、ビオチン、アビジンなどを用いることもできる。
【0067】
[抗体固定の計測]
エポキシ基にアミノ基またはチオール基を有する分子を反応させ、さらに二価性試薬を固定化する。この二価性試薬に抗体を直接結合することで、抗体固定化膜を作製することができる。本発明では、基材から三次元的に伸びた高濃度ポリマーブラシに、二価性試薬を介して抗体を直接結合するため、単位面積当たりの抗体の量が高いことから、従来の抗体が単層固定化された材料に比べ、ウイルス捕捉量が高いものとなる。
【0068】
基材に対して抗体を三次元的に高濃度で積層固定できるため、抗体が単層固定されたものよりも単位面積あたりの抗原濃縮率が高い。また、二価性試薬(クロスリンカー)を介してポリマーブラシと抗体を直接結合するため、能動吸着のような電荷による変性および抗体の剥離が生じづらい。
本発明の機能性成形体は、例えば、イムノクロマト法、PCR法、下水道サーベイランスなどに利用して、ウイルス濃縮効率を向上することができる。
【0069】
既存のウイルス濃縮材よりも圧倒的に高い濃縮効率を実現できるため、イムノクロマト法やPCR法の感度向上が期待できる。下水道サーベイランスに適用した場合、まだ確立されていないCOVID-19用の新しい濃縮材となる可能性がある。また、1種類の基材に対して複数の抗体を一度に固定化することができるため、ウイルスのマルチプレックス解析への応用が期待できる。本発明の技術は、抗体やキレート試薬のみならず、例えば酵素やイオン液体等への応用も可能である。
【0070】
ポリマーブラシに二価性試薬を導入した後、濃縮対象となるウイルスの抗体を二価性試薬と結合することで、抗体の抗原認識能の高さを利用し、特定のウイルスのみを効率的に濃縮可能な材料を作製することが可能となる。
【0071】
[含硫黄アミン系化合物を用いたホスト構造の導入]
本発明の機能性成形体は、導入用物質が、アミンおよび硫黄原子を含む構造を有する含硫黄アミン系化合物であり、ホスト構造が、含硫黄アミン系化合物に由来する窒素原子と硫黄原子とを有するものとすることができる。
【0072】
含硫黄アミン系化合物における硫黄原子を含む構造が、チオール、スルフィド、およびジチオエートからなる群から選択されるいずれかとすることができる。また、アミン系化合物の構造は、1級アミンや2級アミンである。
【0073】
[チオール]
チオールは、ヒドロキシ基の酸素原子を硫黄原子に置換した構造である。式(4)は、チオール構造を有する含硫黄アミン系化合物の構造式を一般化したものである。式(4)は、チオール構造を有する。式(4)のR4は、アミノ基とSHを結合する構造である。R4は、例えば、炭素数1~12のアルキレン基(-CnH2n-)とすることができる。R4は、炭素数1~8のアルキレン基が好ましく、炭素数2~6のアルキレン基が特に好ましい。この化合物は、例えば2-アミノエタンチオールなどを用いることができる。
【0074】
【0075】
[スルフィド]
スルフィドは、二価の硫黄が2つの有機基で置換された構造である。式(5)は、スルフィド構造を有する含硫黄アミン系化合物の構造式を一般化したものである。式(5)の化合物は、スルフィド構造を有する。式(5)のR51は、一方の有機基である。R51は、例えば、炭素数1~12のアルキル基(-CnH2n+1)や、アルキレン基(-CnH2n-)の一端がアミノ基のものとすることができる。R51は、炭素数1~8のアルキル基やアルキレン基を有するものが好ましく、炭素数2~6のアルキル基やアルキレン基を有するものが特に好ましい。式(5)のR52は、アミノ基とSHを結合する構造である。R52は、例えば、炭素数1~12のアルキレン基(-CnH2n-)とすることができる。R52は、炭素数1~8のアルキレン基が好ましく、炭素数2~6のアルキレン基が特に好ましい。この化合物は、例えば3-メチルチオプロピルアミン(MTPA)や、2,2´-チオビスエチルアミン(TBEA)などを用いることができる。
【0076】
【0077】
ジチオカルボン酸は、例えば、4-イミダゾールジチオカルボン酸(IDTCA)を用いることができる。
【0078】
[含硫黄アミン系化合物]
このような含硫黄アミン系化合物としては、4-イミダゾールジチオカルボン酸(IDTCA)、3-メチルチオプロピルアミン(MTPA)、2-アミノエタンチオール(AET)、および2,2´-チオビスエチルアミン(TBEA)からなる群から選択される1以上の物質などを用いることができる。
【0079】
キレート・錯体反応を用いるものとして、例えば、次のようなものを用いることができる。ポリマーブラシとなるGMA重合体のエポキシ間に硫黄原子を分子内にもつキレート分子を固定化する。従来の単層にキレート分子が並んでいるキレート樹脂に比べて、本発明の機能性成形体は、三次元的に伸びた高濃度ポリマーブラシに、高密度な状態でキレート分子が固定化されているため、単位面積当たりの水銀等の金属吸着容量が高いものとなる。
【0080】
すなわち、水銀に対して高い親和性を有する硫黄系分子を、基材単層ではなく三次元的に高濃度にて積層固定できるため、既存の吸着剤より吸着容量が高く、濃縮効率が高いものとなる。また、キレートで、錯体となる重金属を捕捉するため共存物質の影響を受けにくい。
【0081】
本発明の機能性成形体は、水銀等の金属と親和性の高い硫黄原子を有する分子を基材に高密度で固定化することで、水銀等の金属を高効率・高速に回収できる。これは、特定の有害金属を回収や、濃縮する前処理用の材料に適している。
【0082】
このように、本発明の機能性成形体は、汎用樹脂などの基材に電子線を照射し、ラジカルを発生させた後、反応性モノマーと接触させることでポリマーブラシを生成する。このポリマーブラシに適切な官能基を導入することで、新しい機能性を付与することができることを利用して、ゲストホスト反応を利用して、各種ゲスト物質を捕捉する成形体として利用できる。
【0083】
[機能性成形体の用途]
本発明の機能性成形体は、ホスト構造に合わせて、ゲスト物質を捕捉するために用いることができる。ゲスト物質の捕捉は、基材の形状や、ゲスト物質が存在する状況に合わせて、任意の手法で利用することができる。
例えば、ゲスト物質が含まれる液などの流体を、機能性成形体に接触させて、流体内のゲスト物質を機能性成形体のホスト構造に捕捉する。この接触は、流体を流動させて連続的なものとしてもよいし、流体に機能性成形体を浸漬等してもよい。ホスト構造に捕捉したゲスト物質は、適宜、脱離させて、回収してもよい。
【実施例0084】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、その要旨を変更しない限り以下の実施例に限定されるものではない。
【0085】
[実施例1] 水銀捕捉用の機能性膜の調製
含硫黄アミン系化合物を用いて、キレート構造を有する機能性成形体を製造した。
【0086】
中空糸膜:高分子基材であるポリエチレン(PE)製の多孔性中空糸膜として、旭化成ケミカル株式会社のマイクロ―ザMF(外径3mm、内径2mm、孔径0.3μm)を用いた。
【0087】
水銀標準液(Hg 1000)は和光純薬株式会社のものを用いた。
N,N-ジメチルホルムアミド(DMF):和光純薬株式会社
グリシジルメタクリレート(GMA):和光純薬株式会社
エチレンジアミン(EDA):和光純薬株式会社
エタノール(EtOH):和光純薬株式会社
メタノール(MeOH):和光純薬株式会社
アンモニア水(NH3):和光純薬株式会社
塩酸(HCl):和光純薬株式会社
硝酸(HNO3):和光純薬株式会社
2-アミノエタンチオール(AET):東京化成工業株式会社の一級または特級試薬
2,2’-チオビスエチルアミン(TBEA):東京化成工業株式会社の一級または特級試薬
3-メチルチオプロピルアミン(MTPA):東京化成工業株式会社の一級または特級試薬
4-イミダゾールジチオカルボン酸(IDTCA):Sigma-Aldrich Co. LLC、Santa Cruz Biotechnology, lnc製
【0088】
[電子線グラフト重合]
1) 株式会社HVコーポレーション九州EBセンターにて、基材であるPE製の多孔性中空糸膜に総量200kGyの電子線を照射し、ラジカルを発生させた。
2) 10vol%GMA/MeOHの混合溶液を1時間以上窒素バブリングし、溶液中の酸素を窒素に置換した。
3) ラジカルを発生させた膜を真空引きした反応管に入れた後、10vol%GMA/MeOHの混合溶液を流入させ、膜を浸漬させた。次に、超音波洗浄機(MCS-6、アズワン株式会社)(US CLEANER、アズワン株式会社)にて40kHzの超音波を1分間照射し、膜構内の空気を除いた後、40℃の恒温振盪水槽(T-N225、トーマス科学器械株式会社)で10分間振盪しながらグラフト重合反応を行った。
4) その後、膜はDMFとMeOHによる洗浄を交互に2回繰り返し、純水で2回洗い流し、純水に浸漬させた状態で超音波洗浄機にかけ、80℃の乾燥機(DNS-600D、東京理化器械株式会社)にて24時間乾燥した。
【0089】
導入されたGMAの量としてグラフト率を式(1)にて算出した。
dg[%] =(W1-W0)/W0× 100 (1)
ここで、W0 および W1 は、グラフト重合前後の膜の乾燥重量である。これにより、本研究ではグラフト率70%程度のGMA膜を作製した。
【0090】
[官能基の導入]
官能基として膜に導入した含硫黄分子および比較対象用の窒素含有分子の構造を、下記式に示す。なお、EDAは、硫黄原子を含まない比較例として利用した。
【0091】
【0092】
AET、TBEA、MTPAは純水を用いて、1.5mol/Lに調整した。
IDTCAは約5gの試薬をメタノールで溶解し、濾過した後、ロータリーエバポレーター(N-1000V-W、EYELA 東京理化器械株式会社)を用いて25mLに濃縮した。
官能基の導入は、乾燥したGMA膜の重量を測定した後、GMA膜をEtOHで1回、純水で3回浸漬させ、超音波洗浄機に25℃で15分間かけることで洗浄を行った。
洗浄後の膜を調整した官能基溶液に浸漬させ、80℃に設定した窓付恒温水槽(TBN302DA、アドバンテック株式会社)にて反応させ、GMAの有するエポキシ基に官能基を導入した。
IDTCA溶液は、溶媒をMeOHとしているため60℃で反応させた。官能基導入後、純水、EtOH、純水の順で膜を浸漬させ、超音波洗浄機にて洗浄した後、乾燥機にて乾燥させた。
IDTCA膜についてはMeOHで2回、純水で3回浸漬させ、超音波洗浄機にて洗浄した後、乾燥機にて乾燥させた。その後、官能基導入前後の乾燥後の膜重量の変化から、官能基導入率を次の式にて算出した。
【0093】
導入率(%)=「官能基導入前後の膜重量の差(g)/GMA膜重量」×100
【0094】
[水銀の吸脱着試験]
作製した各種官能基導入膜に、
図3に概要を示す透過装置にて任意の量のエタノールを透過した後、0.1mol/Lの塩酸を約10mL透過することで未反応のエポキシ基を開環させた。
続けて純水を透過し、膜内を洗浄した後、任意の濃度に調整した約pH1.0の水銀溶液を2.5mL/minで透過することで官能基導入膜に水銀を吸着させた。水銀の吸着が飽和した後、純水を20mL透過し、pH10に調整したアンモニア水を25mL透過して水銀を膜から脱離させた。採取した溶液をマイクロ波プラズマ原子発光分光分析装置(4100MP-AES、アジレント テクノロジー株式会社:MP-AES)にて測定することで水銀の濃度を算出した。
【0095】
水銀吸着量を以下の式にて算出した。
水銀吸着量(mg/g)=「吸着した水銀の量(mg)/膜重量(g)」
【0096】
水銀脱離率を以下の式にて算出した。
水銀脱離率(%)=「脱離した水銀の量(mg)/吸着した水銀の量(mg)」×100
【0097】
[結果と考察]
水銀の吸脱着試験
PE膜およびEDA膜(導入率77%)に5ppmおよび10ppmの水銀溶液を透過した際の吸着破過曲線を取得した。吸着破過曲線の横軸は膜体積に対する供給液量、縦軸は初濃度に対する流出液濃度である。水銀の吸着量はPE膜が0.31mg/g、EDA膜が0.40mg/gとなり、どちらの膜においても水銀はほぼ吸着されなかった。
【0098】
次に、導入率63%のAET膜に10ppmの水銀溶液を透過した際の結果を取得した。水銀の吸着量は11.45mg/g、脱離率は16.9%となった。硫黄原子を有していないPE膜とEDA膜では水銀を吸着しなかったことに対し、硫黄原子を有しているAET膜では水銀を吸着していたことから、膜内においても硫黄原子と水銀に親和性があることが確認できた。
【0099】
さらに、硫黄原子を有している分子の中でも、チオール基とスルフィドの違いを比較するために、TBEA膜とMTPA膜の比較検討を行った。導入率36%のTBEA膜に10ppmの
水銀溶液を透過した際の結果、導入率68%のMTPA膜に100ppmの水銀溶液を透過した際の結果を取得した。
【0100】
TBEA膜の水銀の吸着量は6.69mg/g、脱離率は18.8%、MTPA膜の水銀の吸着量は86.17mg/g、脱離率は69.8%となり、MTPA膜はTBEA膜の約13倍の水銀の吸着量を示した。これは、TBEA膜は両末端にアミノ基があることで、ポリマーブラシ間を架橋する形で結合しており、ポリマーブラシの自由度が低下することで水銀との頻度因子が低下した可能性、またポリマーブラシの自由度の低下により水銀と錯形成するためのコンフォメーションをとれなくなっている可能性がある。また、TBEA膜は導入率及び吸着量ともにAET膜の約1/2倍となったため、AET膜とTBEA膜の導入率が等しい場合、水銀の吸着量は同程度になると考えられる。
【0101】
AET膜のように、水銀と高い親和性を有するチオール基が膜内に存在する場合、水銀の吸着量は高くなると考えていたが、実際はTBEAと同程度の結果となった。そこで、チオール基がエポキシ基に求核反応している可能性が考えられたため、チオール基と特異的に反応するマレイミド溶液を用いてエポキシ基との結合様式を確かめた。マレイミド溶液にAET膜を浸漬させたところ、マレイミドの導入が生じなったことから、AET膜ではチオール基とアミノ基の両方がエポキシ基と反応し、ポリマーブラシを架橋している可能性が高いことが示唆された。そのため、AET膜とTBEA膜の吸着量は同程度になったと考えられる。
【0102】
続いて、導入率51%のIDTCA膜に200ppmの水銀溶液を透過した場合の結果を取得した。水銀の吸着量は66.46mg/g、脱離率は28.6%となった。また、導入率66%の場合の水銀吸着量は134.1mg/gとなったが、破過していなかった。
【0103】
このようにIDTCA膜の吸着量が高い理由として、ジチオエートは電子の非局在化が生じることから求核性は低下しており、チオール基はエポキシ基と結合せず、イミダゾール基のみがエポキシ基に求核反応すると考えられる。そのため、ポリマーブラシの自由度が低下することがなく、水銀との頻度因子が低下しないために高い吸着量を示したと考えられる。加えて、硫黄原子を2つ有することから、水銀との錯体形成能が高いと考えられる。しかし、吸着量が高い反面、MTPAに比べて脱離率が1/2以下である。これは硫黄原子を2つ有していることから硫黄原子と水銀の結合が強いためだと考えられる。
【0104】
続いて、導入率33%のIDTCA膜に100ppmの水銀溶液を透過した場合の結果を取得した。水銀の吸着量は10.72mg/g、脱離率は44.9%と、導入率51%の膜に比べて1.6倍高い脱離率を示した。これはIDTCAの導入率が低いほど、膜内のIDTCAの局所的な密度が低下し、水銀と錯形成するためのコンフォメーションをとれなくなっているため吸着量は減少し、安定な錯体を形成出来にくいが故に脱離量が向上したと考えられる。
【0105】
チオール基とスルフィドの比較において、AET膜とMTPA膜の結果よりスルフィドの方が高い吸着量と脱離率を示すことが分かった。しかし、官能基がポリマーブラシ間を架橋すると吸着量、脱離率ともにチオールと同程度になる。
これまでに得られた結果を表1の各種官能基膜の吸脱着試験結果に示す。
【0106】
【0107】
硫黄原子を有する分子を膜内へ導入し、水銀を濃縮するのに適した官能基の選定を行い、水銀を高効率に濃縮可能なフィルターの開発を行った主要な結果についてまとめる。(1)水銀を濃縮するためには、分子内に硫黄原子を有し、片末端にのみエポキシ環と反応する官能基が適している。(2)水銀吸着時は膜の内側に多く存在し、脱離は吸脱着を繰り返しながら外側に移動して脱離する。
【0108】
[実施例2] ウイルス捕捉用の機能性膜の製造
二価性試薬と、IgG抗体を用いて、ウイルスの捕捉等ができる膜状の機能性成形体の製造を行った。
【0109】
実施例1に準じて、中空糸膜に代えてポリエチレン製の平膜を用いた。電子線を照射したポリエチレン製の平膜に、グリシジルメタクリレート(GMA)をグラフト重合した。このグラフト重合は、振盪時間を20分としたものであり、GMAのグラフト率は、200%である。
その後、エチレンジアミン(EDA)を導入してEDA膜を得た。
また、EDAに代えて、2-アミノエタンチオール(AET)を導入してAET膜を作製した。
【0110】
次に、EDA膜は氷浴中で2mmol/LのN-(11-Maleimidoundecanoyloxy) sulfosuccinimide(Sulfo-KMUS)水溶液に浸漬させることにより、二価性試薬の導入を試みた。
【0111】
また、AET膜は2mmol/LのSulfo-KMUSのDMSO溶液に浸漬させることにより、二価性試薬の導入を試みた。
【0112】
[結果・考察]
GMA膜への官能基導入を算出した結果、EDA膜は56%、AET膜は46%となった。また、各膜の二価性試薬の導入率は、添加した二価性試薬の重量に対してEDA膜は39%と高い導入率での二価性試薬導入を示した。これよりウイルス捕捉材料の実現が期待される。一方、AET膜は官能基の導入は確認されたが二価性試薬の導入までは至らなかった。
【0113】
[発光試験]
本試験を基に、固定化したIgGを特異的に認識するHRP-抗IgGを用いて、IgG固定化の検証を行った。
図4は、露光撮影を行ったものである。
【0114】
図4の上段は、露光撮影時の状態であり、膜があること場所を特定するものである。
図4の下段は、発光を撮影したものである。(a)は、EDA膜(EDAの導入を行ったところまでの膜)である。(b)は、二価性試薬膜(二価性試薬の導入を行ったところまでの膜)である。(c)~(e)は、IgG液量を代えて、二価性試薬の後に、IgGを導入した膜である。抗体を導入することができた(c)~(e)は発光が確認され、二次抗体を固定することができることが確認された。
【0115】
[実施例3] プロテインG固定膜の調製
プロテインG固定膜の調製を行った。
[試薬]
・グルタルアルデヒド:富士フィルム和光純薬株式会社「25% グルタルアルデヒド溶液 和光1級」
・プロテインG:富士フィルム和光純薬(株)「プロテインG, 組換え体」
・IgG抗体:富士フィルム和光純薬(株)「正常ウサギIgG, 全分子, 精製品」
【0116】
[作製方法]
1)GMAをグラフト重合
実施例2に準じる手法で、電子線グラフト重合を行い、グリシジルメタクリレート(GMA)をグラフト重合した。
【0117】
2)エチレンジアミン導入
同様に実施例2に準じる手法で、グリシジルメタクリレート(GMA)のグラフト重合体に、エチレンジアミンを導入してEDA膜を得た。
【0118】
3)グルタルアルデヒド導入
グルタルアルデヒドはアミノ基とプロテインGを結合させるための架橋剤として使用した。
25℃(室温)の0.5体積%グルタルアルデヒド(GA)水溶液に、前述のEDA膜を、浸漬させ約1日置いた。その後、数回ほど純水で洗浄した。
【0119】
4)プロテインG吸着
プロテインGはIgG抗体を特異的に認識して捕捉する。円筒状の多孔性中空糸膜のとして、0.1g/LのプロテインG溶液を回分型の透過装置で透過した。流しているプロテインG溶液を採取し、吸光光度法により膜へのプロテインG吸着量を算出した。吸光度が変わらなくなるまで、すなわち吸着平衡に達するまで行った。この結果、プロテインG固定量は28(g-proteinG/kg-fiber)であった。
【0120】
5)IgG抗体吸着
0.2g/LのIgG抗体溶液を回分型の透過装置で流す。流しているIgG溶液を時間毎に分取し、吸光光度法により膜へのIgG吸着挙動を評価した。時間が経過すると共に吸光度が下がっており、吸着が進行していることが確認され、約60分で吸着が飽和し、IgGを捕捉した。
【0121】
[実施例4] レクチン固定膜の調製
[試薬]
・レクチン:MP Biomedicals, Inc.「コンカナバリンA」
・糖鎖タンパク質:富士フイルム和光純薬(株)「アルブミン, 卵由来」
【0122】
実施例3に準じて、レクチン固定膜を作製した。実施例3のプロテインGに代えて、レクチン(コンカナバリンA)を固定した。
【0123】
レクチンはタンパク質に結合している糖鎖を認識して捕捉する。流しているレクチン溶液を時間毎に分取し、吸光光度法により膜へのレクチン吸着挙動を評価した。本実施例で作製した膜は、レクチン(コンカナバリンA)が糖鎖タンパク質(アルブミン)を捕捉した。
【0124】
プロテインG固定膜ではIgG抗体を、レクチン(今回はコンカナバリンAを採用)固定膜では糖鎖タンパク質(今回はオボアルブミンを採用)を認識し、吸着することが判明した。