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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025002021
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】銅板部材及びその密着曲げ加工方法
(51)【国際特許分類】
   B21D 19/08 20060101AFI20241226BHJP
【FI】
B21D19/08 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023101917
(22)【出願日】2023-06-21
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100111039
【弁理士】
【氏名又は名称】前堀 義之
(74)【代理人】
【識別番号】100218132
【弁理士】
【氏名又は名称】近田 暢朗
(72)【発明者】
【氏名】小林 拓史
(72)【発明者】
【氏名】赤松 秀太郎
(57)【要約】
【課題】銅板部材に対して密着曲げ加工を施すにあたり、曲げ部の外面側において良好な外観を得る。
【解決手段】板厚が0.3mm以下の銅板部材を密着曲げ加工する方法が、銅板部材の折返し片を曲げ部において銅板部材の本体部に対して180度折り返し、折返し片を本体部に密着させる180度曲げ工程を備える。板厚をt、180度曲げ工程後の曲げ部の外面側の半径である外側曲げ半径をR180、外側曲げ半径の板厚に対する比R180/tが、銅板部材の加工硬化係数に基づいて銅板部材の材質ごとに定まる閾値以上である。銅板部材の加工硬化係数をnとしたとき、閾値が、加工硬化係数nに関する一次式:A×n+Bに従って定まる。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
板厚が0.3mm以下の銅板部材を密着曲げ加工する方法であって、
前記銅板部材の折返し片を曲げ部において前記銅板部材の本体部に対して180度折り返し、前記折返し片を前記本体部に密着させる180度曲げ工程を備え、
前記板厚をt、前記180度曲げ工程後の前記曲げ部の外面側の半径である外側曲げ半径をR180としたとき、
前記外側曲げ半径の前記板厚に対する半径板厚比R180/tが、加工硬化係数に基づいて前記銅板部材の材質ごとに定まる閾値以上であって、
前記銅板部材の前記加工硬化係数をnとしたとき、
前記閾値が、前記加工硬化係数nに関する一次式:A×n+Bに従って定まる、
銅板部材の密着曲げ方法。
【請求項2】
前記加工硬化係数が大きいほど、前記閾値が小さい、
請求項1に記載の銅板部材の密着曲げ方法。
【請求項3】
前記半径板厚比及び前記加工硬化係数が、次式:R180/t≧-0.77n+1.15を満たす、
請求項1に記載の銅板部材の密着曲げ方法。
【請求項4】
前記180度曲げ工程の前に、前記折返し片を前記曲げ部において前記本体部に対して90度折り曲げる90度曲げ工程と、
前記90度曲げ工程の前、及び/又は、前記90度曲げ工程と前記180度曲げ工程との間に、前記折返し片を前記曲げ部において前記本体部に対して所要の角度折り曲げる1以上の曲げ工程と、
を更に備える、請求項1から3のいずれか1項に記載の銅板部材の密着曲げ方法。
【請求項5】
前記銅板部材が、ニッケル-シリコン系銅合金製である、
請求項1から3のいずれか1項に記載の銅板部材の密着曲げ方法。
【請求項6】
板厚が0.3mm以下の銅板部材の本体部と、
前記本体部に対して曲げ部において180度折り返され、前記本体部に密着する折返し片と、
を備え、
前記板厚をt、前記曲げ部の外面側の半径である外側曲げ半径をR180としたとき、
前記外側曲げ半径の前記板厚に対する半径板厚比R180/tが0.90~1.20の範囲であって、加工硬化係数に基づいて前記銅板部材の材質ごとに定まる閾値以上であり、
前記銅板部材の前記加工硬化係数をnとしたとき、
前記閾値が、前記加工硬化係数nに関する一次式:A×n+Bに従って定まる、
銅板部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅板部材、及び銅板部材の密着曲げ加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、ヘム部を有するアルミニウム合金板を開示している。ヘム部の先端には、密着曲げしてなる密着部が設けられている。鋼板とアルミニウム合金板とを同じ用途に使用する場合には、アルミニウム合金板の板厚の方が大きくなるが、密着曲げの採用によって外観のシャープさを鋼板と同等に維持できるとしている。なお、密着部の表面の荒れやヒビへの対策として、曲げ加工性に優れた6000系が好適なアルミニウム合金の一例として選択されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004-042061号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、銅板部材に対して密着曲げ加工を施す場合に、外観を良好に保つための知見は得られていない。
【0005】
本発明は、銅板部材に対して密着曲げ加工を施すにあたり、曲げ部の外面側において良好な外観を得ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様は、板厚が0.3mm以下の銅板部材を密着曲げ加工する方法であって、前記銅板部材の折返し片を曲げ部において前記銅板部材の本体部に対して180度折り返し、前記折返し片を前記本体部に密着させる180度曲げ工程を備え、前記板厚をt、前記180度曲げ工程後の前記曲げ部の外面側の半径である外側曲げ半径をR180としたとき、前記外側曲げ半径の前記板厚に対する半径板厚比R180/tが、加工硬化係数に基づいて前記銅板部材の材質ごとに定まる閾値以上であって、前記銅板部材の前記加工硬化係数をnとしたとき、前記閾値が、前記加工硬化係数nに関する一次式:A×n+Bに従って定まる、銅板部材の密着曲げ方法を提供する。
【0007】
ここで、加工硬化係数は、ひずみ硬化指数又はn値とも呼ばれ、降伏点以上の塑性域(均一塑性変形領域)における真応力と塑性ひずみとの関係を近似させたときに得られる指数として定義される。上記構成によれば、加工硬化係数に基づいて閾値が定められる。加工硬化係数は、合金の組成によって異なり、また、同一組成の合金であっても質別(調質方法の区別)によっても異なる。
【0008】
上記構成によれば、密着曲げ加工の対象である銅板部材の組成及び質別を決めれば、当該材質に応じた加工硬化係数に基づいて閾値を定めることができる。外側曲げ半径の板厚に対する半径板厚比がこの閾値以上となるようにして、銅板部材に対して密着曲げ加工が施される。このように、板厚半径比を材質に応じた規定値以上にすることで、曲げ部におけるひずみの一極集中を効果的に防止できる。組成及び質別の違いに対応して、曲げ部の割れやしわを抑制でき、曲げ部の外面側において良好な外観を得ることができる。閾値を一次式に従って容易に定めることができるため、銅板部材の設計の簡便化に資する。
【0009】
前記加工硬化係数が大きいほど、前記閾値が小さくてもよい。
【0010】
上記構成によれば、加工硬化係数が大きい材質ほど、曲げ部におけるひずみが局所的に集中しにくい。このような材質を使用するときには、閾値が適切に小さく設定され、良好な外見を得るための設計領域が適切に拡大する。
上記構成によれば、
【0011】
前記半径板厚比及び前記加工硬化係数が、次式:R180/t≧-0.77n+1.15を満たしてもよい。
【0012】
上記構成によれば、実験及びシミュレーションを通じて得られた知見に基づいて、曲げ部の外面側において良好な外観を得ることができる。
【0013】
前記180度曲げ工程の前に、前記折返し片を前記曲げ部において前記本体部に対して90度折り曲げる90度曲げ工程と、前記90度曲げ工程の前、及び/又は、前記90度曲げ工程と前記180度曲げ工程との間に、前記折返し片を前記曲げ部において前記本体部に対して所要の角度折り曲げる1以上の曲げ工程と、を更に備えてもよい。
【0014】
前記銅板部材が、ニッケル-シリコン系銅合金製であってもよい。
【0015】
上記構成によれば、ニッケル-シリコン系銅合金は曲げ加工性に優れているため、曲げ部の外面側において良好な外観を得やすい。
【0016】
本発明の第2の態様は、板厚が0.3mm以下の銅板部材の本体部と、前記本体部に対して曲げ部において180度折り返され、前記本体部に密着する折返し片と、を備え、前記板厚をt、前記曲げ部の外面側の半径である外側曲げ半径をR180としたとき、前記外側曲げ半径の前記板厚に対する半径板厚比R180/tが、0.90~1.20の範囲であって、加工硬化係数に基づいて前記銅板部材の材質ごとに定まる閾値以上であり、前記銅板部材の前記加工硬化係数をnとしたとき、前記閾値が、前記加工硬化係数nに関する一次式:A×n+Bに従って定まる、銅板部材を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、銅板部材に対して密着曲げ加工を施して曲げ部を形成するにあたり、良好な外観を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施形態に係る銅板部材の断面図であって、密着曲げ加工の180度曲げ工程を示す断面図である。
図2A】実施形態に係る銅板部材の密着曲げ加工の予備曲げ工程を示す断面図。
図2B】密着曲げ加工の90度曲げ工程を示す断面図。
図2C】密着曲げ加工の内曲げ工程を示す断面図。
図3】曲げひずみに対する曲げ標点を示すグラフ。
図4A】材質1における、90度曲げ工程後の外側曲げ半径と、180度曲げ工程後の外側曲げ半径との散布図。
図4B】材質2における、90度曲げ工程後の外側曲げ半径と、180度曲げ工程後の外側曲げ半径との散布図。
図4C】材質3における、90度曲げ工程後の外側曲げ半径と、180度曲げ工程後の外側曲げ半径との散布図。
図4D】材質4における、90度曲げ工程後の外側曲げ半径と、180度曲げ工程後の外側曲げ半径との散布図。
図4E】材質5における、90度曲げ工程後の外側曲げ半径と、180度曲げ工程後の外側曲げ半径との散布図。
図5】材質1~5で使用された各材料の加工硬化指数に対する閾値を示すグラフ。
図6】板厚を異ならせた場合における、90度曲げ工程後の外側曲げ半径と、180度曲げ工程後の外側曲げ半径との散布図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して実施形態について説明する。なお、同一の又は対応する要素には全図を通じて同一の符号を付して詳細な説明の重複を省略する。
【0020】
図1を参照して、銅板部材1は、本体部2、曲げ部3及び折返し片4を備える。銅板部材1は、一様な板厚tを有する平板材であり、本体部2、曲げ部3及び折返し片4の板厚tは互いに同等である。板厚tは、0.3mm以下である。
【0021】
折返し片4は、銅板部材1の外縁部に形成される。折返し片4は、本体部2に対して180度折り返される。これにより、折返し片4の一表面は、本体部2の一表面と密着される。互いに密着される折返し片4の表面及び本体部2の表面を「内面」と呼び、その反対側の表面を「外面」と呼ぶ。折返し片4の外面4aは、曲げ部3の外面3aを介し、本体部2の外面2aと連続する。これら各部の外面2a,3a,4aは、銅板部材1の全体としての外面1aを構成する。
【0022】
なお、本書では、曲げ部3の外面3aの半径を「外側曲げ半径」と呼ぶ。外側曲げ半径の板厚tに対する比を「半径板厚比」と呼ぶ。
【0023】
銅板部材1は、純銅又は銅合金製である。ニッケル-シリコン系銅合金は、耐食性や曲げ加工性に優れている点で、本実施形態に係る密着曲げ加工方法を使用して加工される金属材料として好適である。ニッケル-シリコン系銅合金は、ニッケル及びケイ素のほか、亜鉛あるいは錫を含有していてもよい。調質方法は、特に限定されない。同一の組成の銅合金であっても、様々な質別のものを使用可能である。
【0024】
このような銅板部材1が、本実施形態に係る密着曲げ加工方法を使用して成形される。密着曲げ加工方法は、3段階以上の多段曲げ工程を含む。密着曲げ加工方法は、90度曲げ工程(図2Bを参照)及び180度曲げ工程(図1を参照)を含む。90度曲げ工程では、折返し片4が曲げ部3において本体部2に対して90度折り曲げられる。180度曲げ工程では、折返し片4が曲げ部3において本体部2に対して180度折り曲げられる。
【0025】
密着曲げ加工方法は、90度曲げ工程の前に、及び/又は90度曲げ工程と180度曲げ工程との間に、1段階以上の曲げ工程を含む。この中間の曲げ工程では、折返し片4が、曲げ部3において本体部2に対し、所要の角度(0度と90度との間の角度、又は90度と180度との間の角度)に折り曲げられる。
【0026】
本実施形態では、密着曲げ加工方法は、90度曲げ工程の前に1段階の曲げ工程を含み、且つ90度曲げ工程と180度曲げ工程との間に1段階の曲げ工程を含み、合計4段階の曲げ工程で構成されている。90度曲げ工程の前の曲げ工程が、予備曲げ工程である(図2Aを参照)。90度曲げ工程と180度曲げ工程との間の曲げ工程が、内曲げ工程(図2Cを参照)である。
【0027】
図2Aを参照して、予備曲げ工程では、まず、本体部2の外面2aが、水平な支持台51に支持され、且つ本体部2の内面上にダイス52が設置される。ダイス52の先端は半円弧状に湾曲している。密着曲げ加工前に支持台51及びダイス52で本体部2が挟持された状態では、未だ折り曲げられていない折返し片4が、本体部2から継ぎ目なく一体となって連続し、支持台51及びダイス52に対して水平に突出する。
【0028】
この状態から、折返し片4の外面4aがベンダ53で押圧され、折返し片4が、上方に起き上がるようにして曲げられる。これにより、ダイス52の先端形状が銅板素材の内面に転写され、それにより、曲げ部3が形成される。折返し片4は、曲げ部3を介して本体部2と連続する状態となり、本体部2に対して斜め上方へ傾斜するようにして曲げ部3から延在する。曲げ部3の外面3aは、湾曲しており、円弧状断面を有する。
【0029】
予備曲げ工程では、折返し片4の曲げ部3からの延在方向を、本体部2の延在方向に対し、初期曲げ角度θ1だけ傾斜させる。初期曲げ角度θ1は、45度以上60度以下である。予備曲げ工程の完了後の外側曲げ半径R1は、0.05~0.7mmである。
【0030】
図2Bを参照して、90度曲げ工程では、上記のダイス52(図2Aを参照)に代えて、断面L状のダイス54が、本体部2の内面上に設置される。ダイス54は、支持台51と共に本体部2を挟持する横板部54aと、横板部54aから上方に延びる縦板部54bとを有する。パンチ55を下から上方に移動させ、折返し片4の外面4aを下から押圧し、折返し片4を本体部2に対して曲げ部3において上向きに折り曲げ、折返し片4をパンチ55と縦板部54bとで挟み込む。
【0031】
90度曲げ工程では、折返し片4が曲げ部3において本体部2に対して90度折り曲げられる。すなわち、折返し片4の曲げ部3からの延在方向と、本体部2の延在方向とが成す角が、90度である。90度曲げ工程の完了後の外側曲げ半径R90は、0.05~0.3mmであり、予備曲げ工程後の外側曲げ半径R1が比較的に大きい場合においても、90度曲げ工程を経ることで、外側曲げ半径R90は減少する。
【0032】
図2Cを参照して、内曲げ工程では、ダイスが省略され、折返し片4の外面4aがベンダ56で押圧され、折返し片4が倒れるように且つ折り返されるようにして曲げられる。なお、本体部2は、これまでの工程と同様、支持台51に載置支持されている。
【0033】
内曲げ工程では、折返し片4の曲げ部3からの延在方向を、本体部2の延在方向に対し、内曲げ角度θ3だけ傾斜させる。内曲げ角度θ3は、120度以上135以下である。
【0034】
図1に戻り、180度曲げ工程では、折返し片4の外面4aがベンダ56で真下に押圧され、折返し片4の内面を本体部2の内面に密着させる。なお、本体部2は、これまでの工程と同様、支持台51に載置支持されている。
【0035】
180度曲げ工程では、折返し片4が曲げ部3において本体部2に対して180度折り返される。すなわち、折返し片4の曲げ部3からの延在方向と、本体部2の延在方向とが成す角が180度である。
【0036】
このような密着曲げ加工方法の使用に際しては、180度曲げ工程の完了後における半径板厚比R180/tが、加工硬化係数nに基づいて銅板部材1の材質ごとに定まる閾値以上となるようにして、3段階以上(例えば、4段階)の曲げ工程が順次に行われる。
【0037】
銅合金同士にあっても、加工硬化係数n(ひずみ硬化指数又はn値とも呼ばれる)は互いに異なる。加工硬化係数nは、降伏点以上の塑性域(均一塑性変形領域)における真応力と塑性ひずみとの関係を指数関数で近似したときに得られる指数として定義される。銅板部材1に使用されている材質の加工硬化係数nを得るために、近似式(すなわち、加工硬化則)として、Swiftの式、Voceの式等を使用可能である。本書では、特段断らない限り、加工硬化係数nは、以下に示すSwiftの式を使用して得られる。
【0038】
【数1】
ここで、σswiftは真応力(MPa)である。C,ε0は材料定数、εは対数塑性ひずみである。
【0039】
銅板部材1に使用される材料の組成及び質別が決めれば、当該材質に応じた加工硬化係数nに基づいて閾値を定めることができる。半径板厚比R180/tを材質に応じた規定値以上にすることで、曲げ部3におけるひずみの一極集中を効果的に防止できる。組成及び質別の違いに対応して、曲げ部3の割れやしわを抑制でき、曲げ部3の外面3a側において良好な外観を得ることができる。
【0040】
加工硬化係数nが大きいほど、閾値は小さく設定される。加工硬化係数nが大きい材質ほど、曲げ部3におけるひずみが生じにくい。閾値はこのような性質に照らして設定される。加工硬化係数nが大きい材質を使用するときには、閾値が適切に小さくなり、良好な外見を得るための設計領域(半径板厚比R180/tの許容範囲、すなわち、外側曲げ半径R180の許容範囲及び板厚tの許容範囲)が適切に拡大する。半径板厚比R180/tが、0.90~1.20の範囲に設定されると、銅板部材が銅合金製、特にニッケル-シリコン系銅合金製である場合に、曲げ部3の外面3a側で良好な外観を得ることができる。
【0041】
閾値は、加工硬化係数nに関する一次式:A×n+Bに従って定められる。ここで傾きAおよび切片Bは定数である。このように簡易な式を使用して閾値を決めることができるため、密着曲げ加工が施される鋼板部材の設計の簡便化に資する。上記した加工硬化係数及び閾値の増減の関係性に照らして、Aは負値である。
【0042】
より具体的な一例として、半径板厚比R180/t及び加工硬化係数nが、次式:R180/t≧-0.77n+1.15を満たせば、曲げ部3の外面3a側において良好な外観を得ることができる。この半径板厚比R180/tと加工硬化係数nとの関係を表す数式は、発明者による実験及び数値解析を通じて得られた知見から得られたものである。
【0043】
以下、本件発明者によって見出された上記閾値の算定法の一例を示す。
【0044】
(良否判定の定義)
銅合金の一例としてのCAC60(登録商標)の曲げひずみと曲げ標点との関係を調査した。使用された銅合金はニッケル-シリコン系銅合金であり、曲げ標点は、CAC60の板条を、外観品質を評価する各頂点部における曲率半径Rを5水準とした略W字型金型を用いて曲げ、上から押圧して密着曲げを行い、それぞれ9個の試験片を採取した。密着曲げされた試験片のうち中央の曲げ部を観察し、半径板厚比を測定すると共に、割れ(大)5点、割れ(小)4点、しわ(大)3点、しわ(小)2点として、曲率半径の各水準の9個の試験片の点数の平均値を、当当該水準における曲げ標点として評価した。また、これと同等の解析計算を行い、板外側の割れ/しわ判定に用いる曲げひずみの数値を得た。なお、この数値は、使用される材質、金型形状等の条件に応じて変化するため、代表例である。
【0045】
図3は、曲率半径の5水準ごとの曲げひずみ及び曲げ標点の散布図であり、横軸が曲げひずみを示し、縦軸が曲げ標点を示す。曲げ標点の数値が小さいほど、曲げ部の外観は良くなり、曲げ標点の数値が高いほど曲げ部の外観は悪くなる。具体的には、曲げ標点の数値が高くなるに従って、しわが大きくなり、更には割れが発生する。
【0046】
5つのプロットから、曲げ標点、すなわち外観の悪さが、曲げひずみと正に相関すると仮定することに妥当性があることが見出された。
【0047】
図3中の破線は、5つのプロットに対して線形回帰を行った結果を示す。回帰には、最小二乗法を用いた。決定係数(R2)は0.92であった。曲げ標点は、曲げひずみに対して高い線形相関性を有することが見出された。以上より、曲げひずみの解析結果に基づいて、曲げ標点を高い精度で推定可能であり、ひいては外観の良否を高い精度で推定可能であることが見出された。なお、曲げ標点をy、曲げひずみをxとおくと、回帰直線は次式:y=0.0365x-0.7491で表されることができる。
【0048】
具体的には、曲げ標点が2.0付近を超えると、曲げ部の外面に小さなしわが現れ始め、曲げ標点が3.0付近を超えると、曲げ部の外面に割れが現れ始める。そこで、外観評価用の閾値として、2.0の曲げ標点と、3.0の曲げ標点とを設定し、外観の良否を3段階で評価可能とした。
【0049】
曲げ標点が2.0未満であれば、曲げ部に割れもしわも発生しない蓋然性が高いと言え、曲げ部の外観を良と判定できる。曲げ標点が3.0以上であれば、曲げ部に割れが生じる蓋然性が高いと言え、曲げ部の外観を否と判定できる。曲げ標点が、2.0以上3.0未満であれば、曲げ部に割れは生じないもののしわが生じる蓋然性が高いといえ、曲げ部の外観を中(中程度)と判定できる。なお、外観評価用の閾値は、2.0の曲げ標点に代えて、上記の回帰直線に従って2.0の曲げ標点と対応する曲げひずみの値が用いられてもよい。3.0の曲げ標点についても、これと同様である。
【0050】
(応力-ひずみ曲線、加工硬化係数)
次に、銅合金の範疇から選択又は設定された5種類の材質の各々について、応力-ひずみ曲線を調査又は設定し、加工硬化係数を調査又は設定した。
【0051】
材質1~3は、実在の材料である。材質1~3は、いずれもCAC60(登録商標)であり、互いに質別が異なる。材質1の質別はSH、材質2の質別はH、材質3の質別はESHである。引張強度は、材質3が3つのうち最も高く、材質2が3つのうち最も低い。材質1~3の応力-ひずみ曲線は、引張試験結果をSwiftの式に当て嵌めることにより得られ、また、当該式に従って加工硬化係数nが得られた。材質1の加工硬化係数nは0.15と算出され、材質2の加工硬化係数nは0.26と算出され、材質3の加工硬化係数nは0.027と算出された。
【0052】
材質4,5は、材質1(CAC60-SH)を元にして数値解析用に仮想された。材質4,5の応力-ひずみ曲線は、Swiftの式における加工硬化係数n及び材料定数Cの数値のみを変更することによって得られた(材料定数ε0の数値は材質1と同じ)。材質4の加工硬化係数nは0.05に設定され、材質5の加工硬化係数nは0.3に設定された。
【0053】
(良否の数値解析)
材質1~5の各々について、初期曲げ加工の完了後の外側曲げ半径R1、初期曲げ角度θ1、90度曲げ加工の完了後の外側曲げ半径R90、及び内曲げ角度θ3を変数として、合計18パターンの密着曲げ加工を数値シミュレーションで模擬した。パターンNo.1~18の諸元を表1に示す。なお、いずれの材質のいずれのパターンにおいても、板厚tを0.2mmとした。
【0054】
【表1】
【0055】
次に、各材質について、90度曲げ工程後の半径板厚比R90/t及び180度曲げ工程後の半径板厚比R180/tの関係を調査及び評価した。図4A図4Eは、半径板厚比R90/t及び半径板厚比R180/tの散布図であり、図4Aは材質1、図4Bは材質2、図4Cは材質3、図4Dは材質4、図5Eは材質5とそれぞれ対応する。各散布図において、丸プロットは、曲げ標点及び/又は曲げひずみの算出結果から、外観が良と判定されたパターンを示す。三角プロットは、曲げ標点及び/又は曲げひずみの算出結果から、外観が中と判定されたパターンを示す。バープロットは、曲げ標点及び/又は曲げひずみの算出結果から、外観が否と判定されたパターンを示す。
【0056】
各散布図から(すなわち、いずれの材質においても)、半径板厚比R180/tが大きければ、成形過程の変数(R1、θ1、R90、θ3)には強く依存することなく総じて、外観が良くなる傾向があると見出された。よって、半径板厚比R180/tがある境界値を超えると、外観が良い(しわも割れも発生しない)曲げ部が得られる蓋然性が極めて高くなるとの知見が得られた。各散布図のグラフエリア内で横軸と平行に延びる直線は、当該境界値を示す。一方、散布図同士を対比すると、材質が違えば、境界値が異なることが見出された。
【0057】
次に、材質に固有のパラメータの一例としての加工硬化係数nと、半径板厚比R180/tの境界値との関係を調査した。図5は、材質1~5ごとの、加工硬化係数n及び図4A図4Eから得られた半径板厚比R180/tの境界値の散布図であり、横軸が加工硬化係数nを示し、縦軸が半径板厚比R180/tの境界値を示す。
【0058】
加工硬化係数nが小さいほど、境界値が低下することが見出された。図5中の破線は、5つのプロットに対して線形回帰を行った結果を示す。回帰には、最小二乗法を用いた。決定係数(R2)は0.97であり、境界値は、加工硬化係数nに対して高い線形相関性を有することが見出された。境界値をyとしたとき、回帰直線は、次式:y=-0.7734×n+1.1261で表される。
【0059】
この回帰直線に従えば、材質が決まり、加工硬化係数nが決まると、上式の右辺の値及びこれと等号で結ばれた当該材質に対応する境界値yが決まる。このとき、半径板厚比R180/tが、境界値y以上となるように密着曲げ加工が実行されると、曲げ部の外面にしわも割れも生じず、曲げ部の外観が良となる蓋然性が高くなる。換言すると、材質に対応する加工硬化係数nに基づく上式の右辺値を閾値として、半径板厚比R180/tが当該閾値以上となるように密着曲げ加工が実行されると、外観が良の曲げ部を得られる蓋然性が高くなる。
【0060】
(閾値算出式の補正)
回帰直線を表す上式そのものを、半径板厚比R180/tに対する閾値としてもよいが、材質1~5のなかには、境界値yが回帰直線に対して高値側に外れているものがある。そこで、回帰直線が縦軸上方に平行移動される。すなわち、上式の切片が増加補正される。これにより、補正後の直線が、材質1~5のいずれの境界値yよりも上方で推移する。補正後の直線は、一例として、次式:y=-0.77n+1.15で表されることができる。
【0061】
材質に対応する加工硬化係数nに基づく上式の右辺値を補正後の閾値として、半径板厚比R180/tが、当該補正後の閾値以上となるように密着曲げ加工が実行されると、外観が良の曲げ部を得られる蓋然性が一層高くなる。
【0062】
(板厚tの変更)
図6は、材質1について板厚tを0.3mmとした場合における図4A相当図である。板厚tを0.2mmから0.3mmに変更しても、0.2mmのときと同等の結果が得られた。
【0063】
以上のとおり、銅板部材を密着曲げ加工するにあたり、半径板厚比R180/tが、加工硬化係数nに基づいて材質ごとに定まる閾値以上であれば、曲げ部の外観が良くなることが見出された。加工硬化係数nが大きいほど、当該閾値は小さく設定されるべきであることが見出された。当該閾値は、加工硬化係数に対して負の線形相関性を有すること、そのため当該閾値は、加工硬化係数に対する一次式:A×n+Bに従って定まることが見出された。A=-0.77、B=1.15に設定されると、様々な材質において曲げ部の外観が良との評価を得る蓋然性が高くなることが見出された。
【0064】
これまで実施形態について説明したが、上記の構成は本発明の趣旨の範囲内で適宜変更、追加、又は削除可能である。
【符号の説明】
【0065】
1 銅板部材
1a 外面
2 本体部
2a 外面
3 曲げ部
3a 外面
4 折返し片
4a 外面
51 支持台
52 ダイス
53 ベンダ
54 ダイス
55 パンチ
56 ベンダ
A 傾き
B 切片
n 加工硬化係数
t 板厚
90 90度曲げ工程後の外側曲げ半径
90/t 90度曲げ工程後の半径板厚比
180 180度曲げ工程後の外側曲げ半径
180/t 180度曲げ工程後の半径板厚比
θ1 予備曲げ角度
θ3 内曲げ角度
図1
図2A
図2B
図2C
図3
図4A
図4B
図4C
図4D
図4E
図5
図6