(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025020712
(43)【公開日】2025-02-13
(54)【発明の名称】モータ駆動用インバータおよびモータ駆動用インバータの制御方法
(51)【国際特許分類】
H02P 21/22 20160101AFI20250205BHJP
【FI】
H02P21/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023124245
(22)【出願日】2023-07-31
(71)【出願人】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【弁理士】
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【弁理士】
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(74)【代理人】
【識別番号】100210240
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】山本 康弘
(72)【発明者】
【氏名】藤曲 央武
(72)【発明者】
【氏名】滝口 昌司
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505DD06
5H505EE41
5H505EE49
5H505FF08
5H505GG04
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ04
5H505JJ17
5H505JJ25
5H505JJ28
5H505LL07
5H505LL22
5H505LL38
5H505LL41
(57)【要約】
【課題】モータ駆動用インバータにおいて、直流電源電圧や設定上限電圧などが変動しても、複数のテーブルを切り替える必要がなく演算の増加も少ない方法で電流指令を生成する。
【解決手段】電流指令生成部50は、d軸、q軸電流MTPAテーブル58d、58qで、トルク指令絶対値Trq_absに基づいてMTPAd軸、q軸電流指令Id_mtpa、Iq_mtpaを出力する。d軸、q軸電流ΨTテーブル67d、67qは、制限磁束Ψ_xとトルク入力Trq_yに基づいてΨTd軸、q軸電流指令Id_ΨT、Iq_ΨTを出力する。選択スイッチSW_Irefはトルク指令絶対値Trq_abs>下限トルクT_minの場合ΨTd軸、q軸電流指令Id_ΨT,Iq_ΨTをdq軸電流指令Idq_refとして出力し、それ以外の場合MTPAd軸、q軸電流指令Id_mtpa,Iq_mtpaをdq軸電流指令Idq_refとして出力する。
【選択図】
図12
【特許請求の範囲】
【請求項1】
トルク指令と位相検出値に基づいて交流電圧指令と電圧位相指令を生成するトルク・電流制御部を備え、前記交流電圧指令と前記電圧位相指令に基づいてゲート信号を生成し、前記ゲート信号に基づいて主回路部が交流電圧を出力するモータ駆動用インバータであって、
前記トルク・電流制御部は、前記トルク指令と前記位相検出値に基づいてdq軸電流指令を生成する電流指令生成部を備え、前記dq軸電流指令に基づいて電圧振幅指令と前記電圧位相指令を生成し、前記電圧振幅指令と前記電圧位相指令に基づいて前記交流電圧指令を生成し、
前記電流指令生成部は、
トルク指令絶対値または前記トルク指令絶対値を上限以下に制限したMTPAトルク指令に基づいてMTPAd軸電流指令を出力するd軸電流MTPAテーブルと、
前記トルク指令絶対値または前記MTPAトルク指令に基づいて値を出力するq軸電流MTPAテーブルと、
前記q軸電流MTPAテーブルの出力に前記トルク指令の符号係数を乗算してMTPAq軸電流指令を出力する第1乗算器と、
制限磁束を生成する制限磁束演算部と、
前記制限磁束に基づいて上限トルクを出力する上限トルクテーブルと、
前記制限磁束に基づいて下限トルクを出力する下限トルクテーブルと、
前記トルク指令絶対値を前記上限トルクと前記下限トルクの間に制限してトルク入力として出力する第1飽和関数部と、
前記制限磁束と前記トルク入力に基づいてΨTd軸電流指令を出力するd軸電流ΨTテーブルと、
前記制限磁束と前記トルク入力に基づいて値を出力するq軸電流ΨTテーブルと、
前記q軸電流ΨTテーブルの出力に前記トルク指令の符号係数を乗算してΨTq軸電流指令を出力する第2乗算器と、
前記トルク指令絶対値>前記下限トルクの場合、前記ΨTd軸電流指令,前記ΨTq軸電流指令を前記dq軸電流指令として出力し、それ以外の場合、前記MTPAd軸電流指令,前記MTPAq軸電流指令を前記dq軸電流指令として出力する選択スイッチと、
を備えたことを特徴とするモータ駆動用インバータ。
【請求項2】
前記制限磁束演算部は、
直流電源電圧に1/√2を乗算する第3乗算器と、
前記第3乗算器に最大過変調率を乗算して飽和電圧を出力する第4乗算器と、
前記飽和電圧と制限電圧指令のうち小さい方を制限電圧として出力するmin関数部と、
前記制限電圧を速度検出値の絶対値で除算する除算器と、
前記除算器の出力を磁束上限値と磁束下限値の間に制限して前記制限磁束として出力する第2飽和関数部と、
を備えたことを特徴とする請求項1記載のモータ駆動用インバータ。
【請求項3】
前記トルク・電流制御部は、
以下の(8)式、(9)式、(10)式によって、dq軸電圧指令とdq軸非干渉電圧を演算する非干渉制御部と、
前記dq軸電流指令とdq軸電流検出値のdq軸電流偏差に基づいて電流制御を行い、前記電流制御の出力に前記dq軸非干渉電圧を加算した非干渉補償後の出力電圧指令を極座標変換して振幅と電流制御の位相指令を生成し、前記振幅を飽和電圧で制限した電流制御の電圧振幅指令を生成する電流制御振幅位相生成部と、
前記dq軸電圧指令から電圧位相制御の電圧振幅指令を生成し、速度検出値と前記電圧位相制御の電圧振幅指令に基づいて選択信号を生成し、前記選択信号に基づいて前記電圧位相制御の電圧振幅指令と前記電流制御の電圧振幅指令を切り替えて前記電圧振幅指令として出力する振幅切替部と、
前記dq軸電流指令を用いて(11)式により目標トルクを算出する第1トルク推定部と、前記dq軸電流検出値を用いて(11)式によりトルク推定値を算出する第2トルク推定部と、前記目標トルクと前記トルク推定値の偏差に基づいて電圧位相制御の位相指令を出力するトルク制御部と、前記電流制御の位相指令と前記電圧位相制御の位相指令を前記選択信号で切り替えて出力する第1スイッチと、を有する位相切替部と、
前記第1スイッチの出力に前記位相検出値を加算して前記電圧位相指令として出力する加算器と、
を備えたことを特徴とする請求項1記載のモータ駆動用インバータ。
【数8】
【数9】
【数10】
【数11】
Vd_ref:d軸電圧指令
Vq_ref:q軸電圧指令
R1:抵抗
Id_ref:d軸電流指令
Iq_ref:q軸電流指令
Ld:d軸インダクタンス成分
Lq:q軸インダクタンス成分
ωr:速度検出値
Ψm:界磁磁束
ΔVFF_d:d軸インダクタンス電圧成分
ΔVFF_q:q軸インダクタンス電圧成分
ΔId:d軸電流偏差
ΔIq:q軸電流偏差
VFF_d:d軸非干渉電圧
VFF_q:q軸非干渉電圧
Trq:目標トルクまたはトルク推定値
Id:d軸電流指令またはd軸電流検出値
Iq:q軸電流指令またはq軸電流検出値
【請求項4】
前記制限磁束演算部は、
直流電源電圧に1/√2を乗算する第3乗算器と、
前記第3乗算器に最大過変調率を乗算して飽和電圧を出力する第4乗算器と、
前記飽和電圧と制限電圧指令のうち小さい方を制限電圧として出力するmin関数部と、
前記dq軸電流検出値または前記dq軸電流指令を前記電流制御の位相指令により回転座標変換してxy軸電流検出値に変換する回転座標変換部と、
前記xy軸電流検出値のx軸成分に抵抗を乗算して電圧降下成分を算出する第5乗算器と、
前記制限電圧から前記電圧降下成分を減算する減算器と、
前記減算器の出力を速度検出値の絶対値で除算する除算器と、
前記除算器の出力を磁束上限値と磁束下限値の間に制限して前記制限磁束として出力する第2飽和関数部と、
を備えたことを特徴とする請求項3記載のモータ駆動用インバータ。
【請求項5】
前記非干渉制御部は、電圧演算部とインダクタンス電圧演算部とを備え、
前記電圧演算部は、
d軸電流指令とq軸電流指令絶対値に基づいてd軸磁束成分を出力するd軸磁束テーブルと、
前記d軸電流指令と前記q軸電流指令絶対値に基づいて値を出力するq軸磁束テーブルと、
前記q軸磁束テーブルの出力にq軸電流指令の符号係数を乗算してq軸磁束成分を出力する第6乗算器と、を備え、
以下の(13)式により、前記dq軸電圧指令を算出し、
前記インダクタンス電圧演算部は、(9)式によりdq軸インダクタンス電圧成分を算出し、
前記dq軸電圧指令と前記dq軸インダクタンス電圧成分を加算した値を前記dq軸非干渉電圧とすることを特徴とする請求項3記載のモータ駆動用インバータ。
【数13】
Vd_ref:d軸電圧指令
Vq_ref:q軸電圧指令
R1:抵抗
Id_ref:d軸電流指令
Iq_ref:q軸電流指令
ωr:速度検出値
J:回転行列
Ψd:d軸磁束成分
Ψq:q軸磁束成分
【請求項6】
前記第1トルク推定部は、
前記d軸電流指令とq軸電流指令絶対値に基づいて値を出力する目標トルクテーブルと、
前記目標トルクテーブルの出力にq軸電流指令の符号係数を乗算して前記目標トルクとして出力する第7乗算器と、を備え、
前記第2トルク推定部は、
d軸電流検出値とq軸電流検出値の絶対値に基づいて値を出力するトルク推定テーブルと、
前記トルク推定テーブルの出力にq軸電流検出値の符号係数を乗算して前記トルク推定値として出力する第8乗算器と、
を備えたことを特徴とする請求項3記載のモータ駆動用インバータ。
【請求項7】
前記第1トルク推定部は、
前記トルク指令絶対値が前記下限トルクよりも大きい場合は前記トルク入力を出力し、それ以外の場合は前記トルク指令絶対値または前記MTPAトルク指令を出力する第2スイッチと、
前記第2スイッチの出力に前記トルク指令の符号係数を乗算して前記目標トルクとして出力する第9乗算器と、を備え、
前記第2トルク推定部は、
d軸電流検出値とq軸電流検出値絶対値に基づいて値を出力するトルク推定テーブルと、
前記トルク推定テーブルの出力にq軸電流検出値の符号係数を乗算して前記トルク推定値として出力する第8乗算器と、
を備えたことを特徴とする請求項3記載のモータ駆動用インバータ。
【請求項8】
トルク指令と位相検出値に基づいて交流電圧指令と電圧位相指令を生成するトルク・電流制御部を備え、前記交流電圧指令と前記電圧位相指令に基づいてゲート信号を生成し、前記ゲート信号に基づいて主回路部が交流電圧を出力するモータ駆動用インバータの制御方法であって、
前記トルク・電流制御部は、
電流指令生成部で前記トルク指令と前記位相検出値に基づいてdq軸電流指令を生成し、
前記dq軸電流指令に基づいて電圧振幅指令と前記電圧位相指令を生成し、前記電圧振幅指令と前記電圧位相指令に基づいて前記交流電圧指令を生成し、
前記電流指令生成部は、
d軸電流MTPAテーブルが、トルク指令絶対値または前記トルク指令絶対値を上限以下に制限したMTPAトルク指令に基づいてMTPAd軸電流指令を出力し、
q軸電流MTPAテーブルが、前記トルク指令絶対値または前記MTPAトルク指令に基づいて値を出力し、
第1乗算器が、前記q軸電流MTPAテーブルの出力に前記トルク指令の符号係数を乗算してMTPAq軸電流指令を出力し、
制限磁束演算部が、制限磁束を生成し、
上限トルクテーブルが、前記制限磁束に基づいて上限トルクを出力し、
下限トルクテーブルが、前記制限磁束に基づいて下限トルクを出力し、
第1飽和関数部が、前記トルク指令絶対値を前記上限トルクと前記下限トルクの間に制限してトルク入力として出力し、
d軸電流ΨTテーブルが、前記制限磁束と前記トルク入力に基づいてΨTd軸電流指令を出力し、
q軸電流ΨTテーブルが、前記制限磁束と前記トルク入力に基づいて値を出力し、
第2乗算器が、前記q軸電流ΨTテーブルの出力に前記トルク指令の符号係数を乗算してΨTq軸電流指令を出力し、
選択スイッチが、前記トルク指令絶対値>前記下限トルクの場合、前記ΨTd軸電流指令,前記ΨTq軸電流指令を前記dq軸電流指令として出力し、それ以外の場合、前記MTPAd軸電流指令,前記MTPAq軸電流指令を前記dq軸電流指令として出力する、
ことを特徴とするモータ駆動用インバータの制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PMモータの可変速駆動に係り、高い回転速度で、かつトルク制御を適用する用途に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1,2には、「たすきがけ制御」が開示されている。
【0003】
非特許文献3には「PMモータのV/F制御」が開示されており、位相検出を使用しないVF制御型のトルク制御が記載されている。q軸電流の微分成分を周波数に補正して安定化を図り、さらに最大トルク/電流特性を無効電力による電圧位相補正によって実現している。
【0004】
トルク指令に追従させるのではなく、最大トルク/電流特性を維持する方法として、電流振幅に対する無効電力を計算し、この関係が成立するように電圧位相を調整している。
【0005】
しかし、直流電源電圧が低下して出力電圧の上限が制限された場合など、最大トルク/電流特性よりも弱め界磁を強く(Idを負側に増加)する対応までは検討されていない。速度-トルク特性として定トルク/定出力範囲の分類があるが、定トルクの領域に適用するものであり、定出力範囲までは考慮されていない。
【0006】
非特許文献4には「電圧位相制御(1)」が開示されており、トルク指令とトルク推定が一致するように電圧位相を調整する方法が記載されている。しかし、電圧波形は正弦波振幅を過大に設定して直流電源電圧Vdcでカットしただけであり、線形性の工夫などはない。
【0007】
非特許文献6には「電圧位相制御(2)」が開示されており、電流制御モードと電圧位相制御の切り替え方式についての記載がある。従来技術3では、非特許文献6の「Fig.3 (a) conventional method」に示された構成図を参考にしている。
【0008】
特許文献1には「電圧位相制御(3)」が開示されており、電流制御と電圧位相制御を組み合わせて切り替える方法が記載されている。1パルス変調ではなく変調率mの可変電圧を設定している。逆に、同期PWMへの切り替えに関する記載はない。電流制御(変調率<1)と1パルスPWM波形による電圧位相制御(変調率>1)を切り替えている。この、電流制御と電圧位相制御は別の構成であり、相互の情報交換(初期化)はあるが切り替え時の電圧変化抑制の詳細までは示されていない。過変調についても、電圧指令を拡大してリミットする単純な方式である。
【0009】
特許文献2には「6次高調波による過変調方式」が開示されており、正弦波キャリア比較PWM方法にて、電圧飽和時に出力電圧限界を拡大する方法が記載されている。この過変調方式は下記のような特徴があり、これと後述する「同期キャリア」とを組み合わせて「電圧位相制御のPWM生成」に利用する。
・過変調時に生じる高調波は5次と7次(回転座標系で6次)のみ。
・PWMキャリア周期は一定でよい。
・二相変調の適用方法を指定することにより、細いパルスを防止できる。
【0010】
(先行技術文献等に記載の技術内容の概要)
「使用する用語」
PWM:パルス幅変調(Pulse Width Modulation)
ACR:自動電流調整器…電流制御器(Automatic current regulator)
PI制御:比例積分制御(Proportional-Integral Controller)
PLL:位相同期回路・位相同期フィードバックループ(Phase Locked Loop)
PMSM:永久磁石同期電動機(Permanent Magnet Synchronous Motor)
IPMSM:埋込磁石同期電動機(Interior Permanent Magnet Synchronous Motor)。
【0011】
「従来技術1 交流回転機の制御システムと電流制御の基本構成」
本願発明は永久磁石同期電動機(PMSM)のトルク制御装置に関する内容であり、基本となる制御システムを従来技術1として説明しておく。この構成例が
図1であり、これは下記の要素ブロックで構成されている。
【0012】
1:制御対象の交流電動機(モータ,PMSM)
2:モータを駆動する電力変換器の主回路部(インバータ)
3:電力変換器の直流電源
4:トルクを制御するための電圧指令を出力する制御部(トルク・電流制御部)
5:電圧指令をPWM指令に変換する変換部(PWM指令・零相変調部)
6:PWM生成に使用するキャリア信号発生部(非同期キャリア周波数=Fc0)
7:PWM指令とキャリア信号とを比較してゲート信号を生成する比較部
8:モータ電流(インバータ出力電流)を検出する電流センサ(電流検出部)
9:モータ回転子の位相検出器(位置検出部)
10:位相検出値を時間微分する速度検出部。
【0013】
図1を大別すると、電流を制御するための「トルク・電流制御部4」、電圧指令をPWM変調の指令値に変換する「PWM指令・零相変調部5」、PWM指令とキャリア信号を比較してPWMパルスに変換しさらにゲート信号を生成する「PWM生成部7a」、およびPWMの交流電圧を出力する「電力変換器の主回路部2」などで構成されている。
【0014】
「トルク・電流制御部4」では、上位の制御装置などからトルク指令Trq_cmdが与えられ、二軸座標の交流電圧指令Va,Vbを出力する。「PWM指令・零相変調部5」では、二軸座標の交流電圧指令Va,Vbを三相正弦波状の電圧指令に変換したのち、直流電源電圧に対する比率変換と零相変調などを適用して、キャリア信号Cryと比較する三相PWM指令Kzu,Kzv,Kzwに変換する。
【0015】
「PWM生成部7a」では、この三相PWM指令Kzu,Kzv,Kzwと三角波のキャリア信号Cryとを比較してPWMパターンに変換し、さらにデッドタイムなどを挿入して、主回路部2のスイッチング素子を制御するゲート信号Gu,Gv,Gw,Gx,Gy,Gzを出力する。
【0016】
電力変換器の主回路部2は
図2に示すような「電圧型インバータ」であり、ゲート信号Gu~Gwに基づいて直流電源3の直流電源電圧Vdcを振幅とするPWM波形に変換して三相交流相当の線間電圧を出力する。
【0017】
これに電流検出部8や位置検出部9および速度検出部10を組み合わせて制御系を構成し、この制御系により適切な電流を発生させて、トルク指令Trq_cmdと同等のモータトルクを発生させる。以上が、
図1の全体構成である。
【0018】
「トルク・電流制御部4」の詳細構成例を
図3(a)に示す。モータの検出信号は、三相電流検出値Iu,Iv,Iwと位相検出値θrであり、電流制御は界磁軸をd軸とする直交回転座標(dq座標)に実装している。
【0019】
電流指令生成部20では、トルク指令Trq_cmdと速度検出値ωrより、dq座標のdq軸電流指令(ベクトル)Idq_ref(要素:Id_ref,Iq_ref)に変換している。
【0020】
三相電流検出値Iuvw(Iu,Iv,Iw)は三相二相変換して直交二軸成分Iab_det(Ia_det,Ib_det)に変換し、さらに「位相検出値(d軸位相)θrによる回転座標変換」によりdq座標の直交二軸成分であるdq軸電流検出値(ベクトル)Idq_det(Id_det,Iq_det)に変換している。
図3(a)では「三相二相変換」と「回転座標変換」をまとめて「座標変換部26」として表現している。
【0021】
差分部22でdq軸電流指令Idq_refとdq軸電流検出値Idq_detの差分であるdq軸電流偏差ΔIdqを算出する。電流制御部23aでは、dq軸電流偏差ΔIdqを入力とし、比例項23で比例ゲインKPcを乗算して比例項電圧VPdqを出力する。積分項24で比例項電圧VPdqを積分時定数TIcで積分して積分項電圧VIdqを出力する。加算器25は比例項電圧VPdqと積分項電圧VIdqを加算して比例積分電圧VPIdqを出力する。
【0022】
非干渉制御部27はdq軸電流検出値Idq_det(Id_det,Iq_det)に基づいてdq軸非干渉電圧VFFdqを算出する。加算器28は比例積分電圧VPIdqにdq軸非干渉電圧VFFdqを加算して非干渉補償後の出力電圧指令(ベクトル)V1dqを出力している。
【0023】
この非干渉補償後の出力電圧指令V1dqは「dq座標の直交成分」であるので、一般的には、「位相検出値θrによる逆回転座標変換」によって「固定座標(ab座標)の直交二軸成分(交流電圧指令)Va,Vb」に変換し、さらに「二相三相変換」により三相交流電圧Vu,Vv,Vwに変換する。
【0024】
しかし、
図3(a)では過変調補正が適用しやすいように、「逆回転座標座変換と二相三相変換」の代わりに「極座標変換」を利用した構成例を採用している。対応するのは、「直交/極座標変換部29」と「加算器34」および「極/直交座標変換部31」の部分である。その他は電圧飽和や過変調に関する要素なので、従来技術2にて後述する。
【0025】
前述の「固定座標系の直交二軸電圧指令(交流電圧指令)Va,Vb」から
図2の「6個のスイッチング素子に対するゲート信号Gu~Gw」に変換するまでの過程を、
図4に示している。これは、
図1のPWM指令・零相変調部5やPWM生成部7a(キャリア信号発生部6、比較部7)の部分をまとめたものである。
【0026】
まず「二相三相変換部11」にて直交二軸電圧指令(交流電圧指令)Va,Vbを三相交流電圧Vu,Vv,Vwに変換し、各相の電圧成分を除算器12u,12v,12wで直流電源電圧の片振幅「Vdc/2」にて除算してPWM指令Ku,Kv,Kwに変換する。
【0027】
モータ巻線の中性点が直流電源などに対して絶縁されている場合には、三相に同じ電圧成分(零相電圧)を重畳してもモータ電流には影響を与えないため、この重畳する零相電圧を操作して直流電源電圧の利用率を改善する。
【0028】
以降ではこれを「零相変調」と呼ぶ。
図4では零相変調部13にて零相成分Kzを生成し、加算器14u,14v,14wにてこれを各相のPWM指令Ku,Kv,Kwに加算補正している。零相変調後の三相PWM指令Kzu,Kzv,Kzwは「比較部7」に入力され、三相分の大小比較器15u,15v,15wにより、「キャリア信号発生部6が出力する三角波状のキャリア信号Cry」と比較され、時系列のパルス信号Su,Sv,Swに変換される。
【0029】
最後に、電圧型インバータの場合には、三相分の「DTブロック16u,16v,16w」にて、上下アームのスイッチング素子に与えるゲート信号間に「デッドタイム(短絡防止期間)」を挿入して、6個のスイッチング素子に対するゲート信号Gu,Gx,Gv,Gy,Gw,Gzを出力する。
【0030】
「零相変調部13」についてはすでに公知の技術であるので、
図5に波形例のみ示しておく。大別して、
図5(a)の「三相変調方式」と
図5(b)の「二相変調方式」がある。
【0031】
ディジタル制御として実装される場合、通常は、キャリア信号の頂点タイミングでPWM指令が更新され、電流検出値も同時にサンプルされる。
【0032】
図1では代表的なトルク制御の構成例を示したが、電流制御や速度制御などの多様な制御系にも拡張できるし、電流制御部も多様な構成方法がある。
【0033】
キャリアに関する用語については、以降ではキャリア信号発生部6が出力する三角波状のキャリア信号Cryを「キャリア(信号)」と省略する。また、キャリア信号Cryの周波数を「キャリア周波数Fc」とよび、固定周波数である場合には「非同期キャリア周波数Fc0」、キャリア周波数が出力電圧の周波数と連動(比例)して変化する場合には「同期キャリア」とし、これらにより生成したPWMパターンを「非同期PWM,同期PWM」とする。また、同期キャリアでは出力電圧の一周期に含まれるキャリア数を「(PWM)キャリア数Nc」と表現する。
【0034】
実施形態1は
図3(a)の電流指令生成部20に関する技術であるため、この部分の説明を追加しておく。これは「N-T特性のテーブル」として実装する場合が多く、その特性例を
図6に示す。
【0035】
図6は逆突極性(Ld<Lq)を有する磁石埋込形同期電動機(IPMSM)を駆動する場合を想定しており、「横軸を速度、縦軸をトルクとする座標(N-T座標)」における特性である。
図6(a)はd軸電流指令の特性、
図6(b)はq軸電流指令の特性をそれぞれ等高線として示してある。
【0036】
基底速度(1p.u.)付近の「MTPA境界」より低い速度域では、トルクに対するd軸電流やq軸電流の特性はほぼ一定である。高い速度域では、同一トルクであっても弱め界磁電流つまり
図6(a)のd軸電流は負方向に増加し、同時にトルクを維持するために
図6(b)のq軸電流の方も変動している。
【0037】
また、速度が増加してもdq軸電流指令の絶対値が「制限電流」を超過しないように「トルク限界」の境界で示したように有効トルク範囲が制限されている。電流指令生成部20にはこの特性が二次元テーブルとして実装されており、上記のようにテーブル自体に「弱め界磁電流の増加」や「電流制限」の機能まで含まれていることが特徴である。
【0038】
この
図6の「N-T特性」は、
図7に示すような「d軸電流とq軸電流を軸とする座標(Id-Iq座標)における電圧とトルク特性」を基にして作成することができる。
図7では、下記のような3種類の特性を等高線として描いてある。本来は
図7のトルク軸は正負の範囲をとり得るが、「Iq=0の軸」に対して対称性があるので「正のトルク範囲(Iq≧0)」のみを示している。
【0039】
<
図7の等高線の種類>
(1)トルクの等高線(一点鎖線)
定格トルクにより正規化したトルクの等高線であり、等トルク線は双曲線状になっており、この等高線の勾配は「q軸電流に対して単調増加」している。
【0040】
(2)電圧の等高線(実線)
定格電圧により正規化した電圧振幅の等高線であり、等電圧線は楕円の一部になっており、等高線の勾配は「d軸電流の負方向に対して単調減少」している。この電圧を定格速度での起電力とみなせば、定格速度で除算したものはモータの巻線鎖交磁束とみなせる。以降では巻線鎖交磁束を「磁束」と省略して表現する。
【0041】
(3)電流の振幅円(点線)
参考として、d軸とq軸電流を合成した振幅成分についても等高線を記載した。これは原点を中心とする円であり、この電流円とトルクの等高線が接する点が「一定の電流振幅において最大トルクを出力できる(MTPA:Maximum Torqe Per Ampere)条件」に相当する。以降では、このMTPA点を結んだ軌跡(P0-P)を「MTPA特性」と呼ぶ。
【0042】
<領域制限の種類>
図7のうち制御に利用するのは(P0-P-Q0-P0)で囲った領域であり、これは次のような特性により制限されている。
【0043】
(a)MTPA特性(軌跡:P0-P)
「最大トルク/電流特性(MTPA特性)」の軌跡であり、
図7では「P0点からP点を通る実線」として示してある。
図6の「MTPA境界」より左側の領域は、このMTPA特性の軌跡上で動作している。
図7のMTPA特性の軌跡より右側の範囲は、電流が増加するので通常は利用しない。
【0044】
(b)電流制限特性(円弧:P-Q0)
モータ定格電流やインバータの定格電流などにより設定された電流制限特性である。これは原点を中心とする円弧(P-Q0)であり、これより外側は過大な電流となるので使用できない。
図6では「トルク限界(P-Q0)」の境界線がこれに相当する。
【0045】
(c)トルク=0(Iq=0軸:Q0-PO)
これは「トルク=0(Iq=0)」の境界であり、正負のトルク領域の境界軸(対称軸)である。これ以下の負の領域は「対称特性」として取り扱う。
図6では「トルク軸=0」がこれに相当する。
【0046】
このように、
図7の「Id-Iq座標の特性や動作限界」から、
図6の「N-T座標のテーブル」を作成すれば、任意の速度やトルク指令においてMTPA特性および弱め界磁や電流制限などをすべて考慮した電流指令を得ることができる。
【0047】
以上が、
図3(a)の電流指令生成部20の概要である。
【0048】
「従来技術2 電流制御とPWMの過変調方式」
電流制御として比例積分制御(PI制御)を適用した場合には、電圧飽和が生じると、電流が制御できなくなるだけでなくPI制御の積分項が異常積分する問題もある。異常積分により積分項が過大になってしまうと、比例項が減少しても積分項が減衰するまで電圧飽和が継続するため、電流の不安定や過電流などを引き起こす。これは「ワンドアップ現象」と呼ばれ、この対策方法は「アンチワンドアップ制御(方法)」と呼ばれている。
【0049】
図3(a)の電流制御部23aにはアンチワンドアップ制御の構成例も含んでおり、電流制御に関する部分について各要素や機能を以降に列記する。
【0050】
20(21):電流指令生成部20ではトルク指令Trq_cmdと速度検出値ωrを入力として、d軸電流指令Id_refとq軸電流指令Iq_refの電流指令を出力する。これらは「弱め界磁電流」や「トルク電流」とも呼ばれている。この直交二軸の電流成分のd軸電流指令Id_ref,q軸電流指令Iq_refを簡潔に表現したいので、「要素ベクトル変換部21」を挿入して二軸要素をdq軸電流指令(ベクトル)Idq_refに変換する。図中ではベクトル成分は太線で示すものとし、またベクトル信号の加減算や乗除算については各要素についての演算とする。
【0051】
26:座標変換部26は三相電流検出値Iuvwをdq軸電流検出値(ベクトル)Idq_detに変換する。三相電流検出値Iuvwの要素はIu,Iv,Iwであり、これに「三相/二相変換」と「固定座標/回転座標変換(ab/dq変換)」を適用して、回転直交二軸座標系のdq軸電流検出値Idq_det(Id_det,Iq_det)に変換している。
【0052】
22:dq軸電流指令Idq_refとdq軸電流検出値Idq_detとのdq軸電流偏差ΔIdqを演算する差分部である。
【0053】
23,24,25:PI制御で構成した電流制御演算部である。Kpcは比例項23、1/(TIc・s)は積分項24(sはラプラス演算子)であり、加算器25にて比例項と積分項を合成してPI制御の出力電圧指令(比例積分電圧)VPIdqを計算する。
【0054】
27,28:これは非干渉補償と呼ばれる部分である。「非干渉制御部27」では、dq軸電流検出値Idq_detと速度検出値ωrとモータのd軸インダクタンス成分Ldとq軸インダクタンス成分Lqおよび界磁磁束Ψmより、(1)式にてモータの起電力相当のdq軸非干渉電圧VFFdq(VFFd,VFFq)を演算(推定)している。これを加算器28にてPI制御の出力電圧指令(比例積分電圧)VPIdqに加算補正することにより、非干渉補償後の出力電圧指令V1dqを得る。
【0055】
【0056】
Id:d軸電流検出値(=Id_det)
Iq:q軸電流検出値(=Iq_det)
Ld:モータのd軸インダクタンス成分
Lq:モータのq軸インダクタンス成分
Ψm:モータの界磁磁束(d軸成分)
ωr:速度検出値。
【0057】
非干渉補償を適用しない場合には、定常時における「PI制御の積分項」は「モータの速度起電力」にほぼ釣り合う。しかし、積分時定数相当の応答遅れがあるため、過渡的な電流外乱が生じる。これに対して非干渉補償を適用すれば、速度起電力相当のdq軸非干渉電圧VFFdqをフィードフォワード補償するため、積分項の応答量がほぼ零になって時間遅れの影響もほぼ無くなる。これにより、電流の過渡応答を安定にすることができる。
【0058】
29,31,34:電流制御の出力(加算器28の出力)であるdq座標の非干渉補償後の出力電圧指令V1dqを、固定座標系の二軸成分に変換する要素である。ここでは「過変調」や後述する「従来技術3」が適用しやすいように、まず「直交/極座標変換部29」により、dq座標の非干渉補償後の出力電圧指令V1dqを振幅V1Rと電圧位相Φvに変換し、その後段の「極/直交座標変換部31」により固定座標の交流電圧指令Va,Vbに変換している。そして、「極/直交座標変換部31」の位相入力として、「dq座標の電圧位相Φv」に「固定座標の位相検出値θr」を加算器34で加算した「固定座標の電圧位相指令θv」を使用することにより「回転/固定の変換」と同じ効果を得ている。
【0059】
この構成にすると、電圧指令(ベクトル)の振幅V1Rが陽に現れるので飽和電圧VMAXで制限することが容易になり、特許文献2に記載されている「6次高調波による過変調(35,36,37)」も実装しやすい。また、後述する「キャリア同期PWM」を生成する際にも電圧位相指令θvを利用する。
【0060】
30:電圧指令の振幅V1Rを飽和電圧VMAXで制限する飽和関数部(リミッタ)であり、制限された電圧振幅指令V1xを出力する。
【0061】
特許文献2に記載されている「6次高調波による過変調」では、制限された電圧指令ベクトル「V1x∠Φv」と同相成分をx軸とし、これと直交なy軸成分とで構成されるxy座標を利用して、過変調の補償成分である6次高調波成分ベクトルΔVxy6を計算する。
【0062】
詳細は特許文献2に記載されているので原理説明は省略するが、電圧振幅指令V1xが過変調開始電圧VDBを超過した場合に、(6・θv)の位相で正弦波・余弦波状に変化する6次高調波成分ベクトルΔVxy6を加算補正するものである。
【0063】
この過変調を適用すると飽和電圧VMAXの振幅を約6%(1.06倍)程度拡大することができ、線間電圧には5次と7次成分の高調波しか発生しない。補正量はxy座標のベクトル成分であるので、電圧振幅指令V1xもベクトル成分(V1x∠Φv)に変換するために「x軸成分をV1x、y軸成分を零」に設定し、これを加算器37の入力としている。
【0064】
32,33:アンチワインドアップ対策の構成部であり、減算器32で飽和関数部30の入出力成分の差分である「電圧飽和時の超過電圧ΔV1」を計算する。そして、直交・極座標変換部29の逆変換に相当する逆極座標変換部33にて超過電圧ΔV1をPI制御と同じdq座標の成分(dq軸超過電圧)ΔVFBdqに変換して積分項24を補正する。
【0065】
積分項24内部にて超過電圧を補正する構成例を
図3(b)に示しており、ここではd軸成分とq軸成分を分離して描いた。d軸側の構成は比例ゲインKpの乗算部23d,積分時定数Tiを有する積分演算部24d、および加算器25dでPI制御を構成している。また、このPI制御に対して、減算補正部38dを追加し、積分演算部24dの入力からd軸超過電圧ΔVFBdを減算している。q軸側も同様に構成されており、減算補正部38qで積分演算部24qの入力からq軸超過電圧ΔVFBqを減算している。
【0066】
電圧飽和に達していない場合は、dq軸超過電圧ΔVFBdqは零であるので積分項24(24d、24q)に影響は与えない。電圧飽和したときのみ異常積分を抑制するフィードバックとして作用し、異常積分による発散を抑制する。これ以外にも種々の対策方法があるが、ここでは比較的に簡単な「固定ゲインで積分項の入力を補正する構成例」で示した。
【0067】
図3(a)の過変調補償については、特許文献2に、
図8の波形例のように2種類の過変調方法が記載されている。
【0068】
図8(a)は、デッドタイムより細いパルスが発生しないように、一点鎖線で示す波形のように禁止帯域ΔKdbをスキップさせる例である。このスキップは零相変調を二相変調とすることにより発生させている。この過変調については実線で示す波形のように、禁止帯域ΔKdbを維持しながら矢印で示した部分の面積を増加させるように6次高調波を補正して、基本波成分を増加させている。これは非同期キャリアによる非同期PWMの場合でも適用できる。
【0069】
図3(b)はさらに電圧が上昇した場合であり、
図3(a)の禁止帯域ΔKdbを維持できなくなったときには、6次高調波の補正成分を変更すれば一点鎖線で示す波形に移行できる。これからさらに6次高調波の補償成分を増加させれば、実線で示す波形のように矢印で示した部分の面積が拡大して基本波成分も増加する。
【0070】
図3(a)は非同期キャリアで動作可能であるが、
図3(b)の方はデッドタイムより細いパルスが生じ、主回路部で「パルス欠け」することがある。キャリア数が少ない場合には相対的に影響が大きくなるので、同期キャリアに限定して、パルス欠けを防止する調整を適用したPWMパターンテーブルを適用することが望ましい。
【0071】
図8の2種類の過変調うち、代表として
図8(a)の6次高調波成分の演算方法を示しておく。まず、
図3の非線形関数部35では、(2)式のように電圧振幅指令V1xが禁止帯域を考慮した過変調開始電圧VDBを超過したx軸電圧成分ΔVx6を計算する。6次補償部36では、(3)式のように連動するy軸電圧成分ΔVy6を計算し、電圧位相指令θvを6倍にした6次位相(6・θv)により(4)式と(5)式にてx軸高調波成分ΔVx6cとy軸高調波成分ΔVy6sを計算する。ここで、maxは要素の最大値、minは要素の最小値を選択する関数である。
【0072】
この係数は、直流電源電圧Vdcにおいて、二相変調を適用した場合に線間電圧が正弦波でかつ最大になる成分を1[p.u.]とする正規化を適用している。
【0073】
【0074】
【0075】
【0076】
【0077】
最後に、加算器37にてx軸高調波成分ΔVx6c,y軸高調波成分ΔVy6sを6次高調波成分ベクトルΔVxy6として電圧振幅指令V1xに加算している。
【0078】
図8(b)では、過変調開始電圧VDBが異なり、y軸電圧成分ΔVy6の設定方法が異なるが、6次高調波成分の演算部分は似た構成である。
【0079】
「従来技術3 電圧飽和領域の電圧位相制御方式」
従来技術1と従来技術2では、電流制御を回転二軸座標(dq座標)で構成し、その出力もdq座標の電圧ベクトルであった。しかし、電圧飽和に達すると電圧振幅成分は増加できなくなり、残る調整要素は電圧位相のみになる。
【0080】
電圧位相のみ操作して電流制御を実現する従来方式としては、非特許文献1、2の「たすきがけ制御」や、非特許文献3の「V/f制御形の安定化制御」、および非特許文献4、5の「電圧位相制御」などが知られている。さらに、非特許文献6および特許文献1では、速度や電圧に応じて「電流制御」と「電圧位相制御」を切り替えている。今回はこの「2種類の制御を切り替える方式」について説明するものであり、使用する「電圧位相制御」の原理を従来技術3として説明しておく。
【0081】
電圧位相制御の原理的な構成例を
図9に示す。これは、「非特許文献6の
図3(a)」の構成例を参考として、記号を本件の
図3(a)に対応させたものである。
【0082】
26:
図3(a)と同じ電流検出値の座標変換部であり、三相電流検出値Iu,Iv,Iwと位相検出値θrから、dq軸電流検出値(ベクトル)Idq_detを得ている。
【0083】
10:
図3(a)と同じ位相検出値θrを時間微分して速度検出値ωrを出力する。必須機能ではないが、トルク推定に使用する場合もあるので参考として記載してある。
【0084】
40:dq軸電流検出値Idq_detや速度検出値ωrより、モータモデルを利用してトルク推定値Trq_estを演算するトルク推定部40である。(6)式がトルク演算式の例であり、電流と磁束成分の内積として計算している。(7)式は定常状態(電流や速度の変化が少ない場合)における別形態のトルク演算式であり、電圧と電流より有効電力を求めこれを速度で除算してトルクを推定することもできる。
【0085】
【0086】
【0087】
Id:d軸電流検出値(=Id_det)
Iq:q軸電流検出値(=Iq_det)
Ld:モータのd軸インダクタンス成分
Lq:モータのq軸インダクタンス成分
Ψm:モータの界磁磁束
Vd,Vq:固定座標の交流電圧指令Va,Vbを回転座標(dq座標)に変換したd軸電圧、q軸電圧
ωr:速度検出値
41:トルク指令Trq_cmdとトルク推定値Trq_estとのトルク偏差ΔTrqを計算する差分器である。
【0088】
42:トルク偏差ΔTrqを入力とし電圧位相Φvを出力とする電圧位相制御部であり、PI制御などにより構成している。
【0089】
34a:電圧位相制御部42の出力である電圧位相Φvは回転座標の成分であるため、加算器34aで位相検出値θrを加算して固定座標の電圧位相指令θvとして極/直交座標変換部31aに入力している。
【0090】
31a:電圧指令ベクトルの電圧振幅指令V1xおよび固定座標の電圧位相指令θvを入力とする「極/直交座標変換部」であり、固定座標の二軸電圧指令(交流電圧指令)Va,Vbを出力する。以降のPWM指令への変換以降は
図1と同じである。同期キャリアを適用する場合には、この部分を「PWMパターンテーブルによるPWM生成」などに置き換えられる。
図3(a)の極/直交座標変換部と共用できる。
【0091】
図9の構成によれば、PI制御によってトルク指令Trq_cmdとトルク推定値Trq_estが一致するように電圧位相Φvを調整することにより、電圧振幅が一定でもトルク制御が可能になる。これは、
図7において、動作点をトルク(Trq_cmd≒Trq_est)と電圧振幅指令V1xの等高線が交差する座標に収束するように動作させるものである。
【0092】
電流制御の場合には、飽和電圧に対して適用モータの定格電圧自体を低く設定して、電圧余裕を確保する必要があった。これに対して
図9の電圧位相制御を適用すると、電圧振幅をほぼ一定に固定できるため電圧余裕が不要になり、適用するモータの定格電圧を高くでき、ひいてはモータの出力定格も拡大できる。
【0093】
「従来技術4 非同期キャリアと同期キャリアの切り替え」
電圧飽和の問題以外にも、固定キャリア周波数のままで回転速度が上昇すると、電圧の基本波周波数に反比例して「電圧周期に含まれるPWMキャリア数」が少なくなる。これにより、サンプルタイミングの位相間隔が粗くなって、正弦波状の電流波形を正確に検出できなくなる。
【0094】
さらに、非同期キャリアではPWM波形の三相対称性(120°ずれた同じ波形)が維持できなくなり、出力電圧に直流や一次や二次のような低次高調波成分が重畳してしまう。これにより、異常な電流歪やトルクリプルが生じ、不安定や過電流の発生要因となる。
【0095】
少ないキャリア数でも三相電圧の対称性を得るには、「同期PWM・同期キャリア」と呼ばれるPWMを適用する必要がある。これは、「モータの周波数(電気角)」に対し、キャリア周波数を「3の倍数の周波数」に設定させるものである。また、電流検出値も三相対称な位相のタイミングで検出できるので、PWMリプルとサンプルタイミングとのビート現象も防止できる。
【0096】
一般的には、回転速度つまり周波数が低い場合には固定キャリア周波数の「非同期キャリア」として動作させておき、回転速度が高くなってくると周波数に同期した「同期キャリア」に切り替えることが行われる。「1パルス変調」も同期キャリアの一種とみなせる。
【0097】
ただし、キャリアの同期と非同期を切り替える際には、「キャリア信号」や「PWM波形」の連続性に配慮する必要があり、同期キャリアではサンプル間隔の時間も変化するので、積分やフィルタなどの時間要素を含む係数に対する補正も必要になる。
【0098】
この「非同期キャリア」と「同期キャリア」を切り替えるキャリア生成方法を従来技術4として説明しておく。その構成例が
図10(a)であり、
図1のキャリア信号発生部6をこの図のキャリア信号発生部6aに置換する。参考としてこの動作例を、
図10(b)のタイムチャートに示している。
【0099】
この図では、一般的な機能については「連続系モデル」で簡素化して表現し、切替部のようにタイミングが重要な部分のみ「サンプル値系のモデル」で表している。「非同期・同期の切り替え」は連動する5個のスイッチsw_s1~sw_s5により行われており、「非同期キャリアでは0側」が「同期キャリアでは1側」が選択される。
【0100】
低速域で動作する非同期キャリア側の生成については、まず固定の非同期キャリア周波数Fc0を時間積分部201で時間積分して「単調増加する成分K_0」を生成する。この「増分=1」がキャリア周期に相当しているので、「1を除数とする剰余関数部202(mod(1))」を適用して、「周期がTc=1/Fc0の鋸波Kc_0」に変換し、これをスイッチsw_s1の非同期側の入力信号とする。
【0101】
スイッチsw_s1が非同期側なら、これが鋸波Kcとなり、後段の「鋸・三角波変換部203」にて「振幅が±1のキャリア信号Cry」に変換され、また三角波の頂点タイミングでサンプル信号smplを出力する。これが非同期側の動作である。
【0102】
高速域で動作する同期キャリア側の生成については、原理的には位相検出値θrに同期したキャリアを発生させるが、位相検出値θrに含まれる外乱を抑制するために「PLL機能」を適用して安定化した「同期位相^θc_PLL」を使用する。
【0103】
PLLの構成は、減算器204により位相検出値θrと同期位相^θc_PLLとの位相偏差を求める。この位相偏差に基づいて、PI制御などで構成した「PLL制御部205」により「同期速度ωc_PLL」を計算する。さらに、時間積分部206により「同期速度ωc_PLL」に基づいて「同期位相^θc_PLL」を生成する。この「同期位相^θc_PLL」を前述のPLL入力の減算器204にフィードバックしている。もし、PWM変換や出力に要する遅延時間も補正したい場合には、同期位相^θc_PLLのフィードバックループに「遅延部207(Dly)」を挿入して補正してもよい。
【0104】
次に、加算器208で「同期位相^θc_PLL」に「dq座標の電圧位相Φv」を加算して「電圧指令の同期位相^θv_PLL」に変換する。この位相の単位を電気角[rad/cyc]とすると、キャリア数をNcに設定したい場合には乗算器209で「電圧指令の同期位相^θv_PLL」に「Nc/2π」を乗算して値K_PLLを得る。
【0105】
回転方向が逆転(負の速度)になることも考慮して絶対値処理部211(abs)で値K_PLLの絶対値を算出する。この絶対値を「1を除数とする剰余関数部212(mod(1))」により鋸波Kc_sに変換し、これをスイッチsw_s1の同期側の入力信号とする。以降は、非同期側と共有する部分であり、「振幅が±1の三角波のキャリア信号Cry」に変換し、サンプル信号smplを出力する。
【0106】
スイッチsw_s1による2種類の鋸波(Kc_0とKc_s)の選択は「同期切替制御部232」にて制御する。鋸波の不連続を抑制するために「周波数が一致したとき」に切り替える。そのため、乗算器231で同期速度ωc_PLLに「Nc/2π」を乗算して同期キャリア周波数Fc_sに変換し、同期切替制御部232にて非同期キャリア周波数Fc0と比較して、「Fc_s≧Fc0」であれば切替信号Ssyncを「同期=1」として出力し、それ以外の場合は切替信号Ssyncを「非同期=0」として出力する。切替信号Ssyncは三角波の頂点に同期して更新したいので「サンプル信号smplによるイネーブル機能(EN端子)」も付加している。さらに特許文献2の過変調を適用する場合には、「二相変調のセクタ切替」のタイミング制限をここに追加すればよい。
【0107】
周波数が一致するタイミングは得られても、そのときに位相まで一致するとは限らないので、三角波生成前の鋸波位相の段階でフィルタなどの処理を適用して連続性を確保する。差分部221は、スイッチsw_s1の入力である鋸波Kc_0と鋸波Kc_sとの差分を算出し、位相ズレ成分ΔKcを出力する。これを「スイッチsw_s2と遅延部222により構成したラッチ」にて「Ssync=1の期間」は期間直前の位相ズレΔKcsを保持させる。
【0108】
次に、サンプル値系の一次遅れ関数(差分部223,減衰係数乗算部224,加算器225,遅延部226)を適用して一時遅れの波形ΔKcsLPを計算する。
【0109】
差分部223は一時遅れの波形ΔKcsLPから位相ズレΔKcsを減算して内部信号ΔKcsHPを出力する。減衰係数乗算部224は内部信号ΔKcsHPに減衰係数Ksを乗算する。加算器225は減衰係数乗算部224の出力に一時遅れの波形ΔKcsLPの前回値を加算してスイッチsw_s3を介して一時遅れの波形ΔKcsLPとして出力する。遅延部226は一時遅れの波形ΔKcsLPの前回値を出力する。
【0110】
そして、一次遅れ関数の内部信号ΔKcsHPを遅延部227を介して加算器210で値K_PLLに加算することにより不連続を抑制する。この補償機能は、「Ssync=0の期間」は無効化したいので、スイッチsw_s3,sw_s4にて零リセットしてある。
【0111】
逆に切替信号Ssyncが「同期(=1)→非同期(=0)」に変化する時には、同期キャリア動作中(Ssync=0)に「非同期側の時間積分部201」を「同期側の鋸波Kc_s」の値で初期化しておけば、切り替え時の不連続を防止できる。
【0112】
これ以外に、同期PWM信号を生成するためには、d軸位相情報も必要になる。そこで、電圧の一周期(1[cyc])を「0~Ncの範囲で変化する鋸波Ks_cyc」と表現すると、これは前述の加算器210の出力(Ks)に「Ncを除数とする剰余関数部213(mod(Nc))」を適用して得ることができる。この鋸波Ks_cycには回転方向の情報も必要なので、こちらにはabs関数は適用していない。
【0113】
キャリア周期の変化に応じて積分ゲインやLPF係数などの時間に関する係数を補正するために、「時間係数補正演算部233」にて「KTcs0=Fc0/Fc_s」を計算しておき、非同期キャリア中はスイッチsw_s5により零リセットしてから補正係数KTcsを出力してある。
【0114】
以上が非同期・同期キャリアの切り替え機能を有するキャリア信号発生部6aの構成例である。
【0115】
図11には非同期と同期キャリアにおけるPWM生成部7aの構成例を描いてあり、上段が簡素化した非同期PWMの生成部、中段が同期PWMの生成部である。
【0116】
下段の「キャリア信号発生(非同期・同期切替)部6a」は
図10(a)の構成であり、ここでは、同期キャリア数Ncと同期位相の鋸波Ks_cycおよび非同期・同期の切替信号Ssyncの出力を利用している。
【0117】
上段の非同期PWMの生成部は、
図3(a)の電圧振幅指令V1x以降から
図4の零相変調後のPWM指令までを簡素化して描いてある。さらに、二相変調と三相変調の選択制御部241の構成例も追記しており、電圧振幅指令V1xが判定レベルV23を超過すると信号S23を「2相変調」モードとし、零相変調部13aに送信している。
【0118】
中段の同期PWMの生成部では、除算器242により、電圧振幅指令V1xを「Vdc/2」で除算してPWM指令の単位である振幅K1xに変換し、これを「同期PWMパターン243」に入力する。この「同期PWMパターン243」は同じ値が120°の位相分だけずれた三相分のテーブルが格納されており、出力はサンプル信号smplに同期して更新される。
【0119】
一相分のテーブルは「振幅K1xと位相(鋸波)Ks_cycによる二次元テーブル」であり、これを位相のずれた三相三相テーブルにしたものを最小構成とする。図には記載していないが、複数のPWMの同期キャリア数Ncに対応したテーブル群を実装しておき、入力された同期キャリア数Ncによりテーブル群を切り替える。
【0120】
過変調相当の振幅K1xに対しても、事前に6次高調波の波形などから同期PWMパターンを生成してテーブル化しておけばよく、さらに「台形変調」や「1パルス変調」のパターンまで含ませることもできる。
【0121】
このPWMパターンテーブルによる同期PWM生成部を使用するのはキャリア数が少ない高速域を想定しているが、もしキャリア数が多い低速域や三相変調などに同期PWMを適用したければ、非同期PWM生成部と同期キャリアを組み合わせてもよい。しかしこの場合は、パルス欠けなどの外乱を電流制御で抑制する必要がある。
【0122】
同期PWMを選択したときの電流検出は非同期PWMの構成を流用して、三角波頂点に同期したサンプル信号smplでサンプルする。これにより、時間間隔は変化するが、位相が等間隔でかつ三相対称なタイミングで電流検出でき、精度の低下も少ない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0123】
【特許文献1】特許第6930654号
【特許文献2】特許第7283598号
【非特許文献】
【0124】
【非特許文献1】花田敏洋、高橋健治、丹保辰太郎、大石潔、牧島信吾、上園恵一、保川忍、「制御演算低減とトルク応答を両立するIPMSMの自動モード切替型トルク優先制御」電気学会論文誌D、Vol.133,pp.484-494(2013-5)
【非特許文献2】中間貴生、花田敏洋、大石潔、牧島信吾、上園恵一、保川忍、「IPMSMの電圧飽和を考慮した自動モード切替型トルク優先制御法」、電気学会論文誌D,Vol.132,No.5,pp.556-565(2012)
【非特許文献3】中島雄希、伊東淳一、「V/f制御に基づくIPMSMの最大トルク/電流制御」、電気学会研究会資料.MD2012巻(17-19・21-33)号,pp.85-90,2012-06-09
【非特許文献4】H.Nakai,H.Ohtani,E.Satoh,andY.Inaguma「Development and Testing of the Torque Control for the Permanent-Magnet Synchronous Motor」,IEEE,Transactions on Industrial Electronics,Vol.52,No.3,pp.800-806(2005)
【非特許文献5】坂田晃一、藤本博志、「電流ループとPWMホールドを考慮した厳密モデルに基づくサーボモータの完全追従制御」、電気学会論文誌D,Vol.127,No.6,pp.587-593(2010)
【非特許文献6】T.Miyajima,H.Fujimoto,and M.Fujitsuna、「A Precise Model-based Design of Voltage Phase Controller for IPMSM」、IEEE,Transactions on Power Electronics,Vol.28,No.12,pp.5655-5664(2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0125】
「課題1 電流指令の生成方法」
従来技術1で示した
図3(a)の電流制御系では、トルク指令Trq_cmdと速度検出値ωrに基づいてd軸電流指令Id_ref,q軸電流指令Iq_refを生成している。通常はこの電流指令生成部20に、
図6のような「N-T座標におけるd軸とq軸の電流指令テーブル(N-Tテーブル)」を使用することが多い。しかし、「N-Tテーブル」には下記のような問題がある。
【0126】
直流電源電圧Vdcが低下した場合には、電流制御の出力が飽和するので、モータ電流が電流指令に追従できなくなる。そのため、あらかじめ電源電圧が低下した電圧条件の「N-Tテーブル」も作成しておく必要がある。
【0127】
また、従来技術2の過変調方式を適用すると、「零相変調を適用したPWM方式」の場合と比較して、電圧の基本波成分を約1.06倍まで拡大でき、「1パルス変調(180°方形波)」なら「(4/π)÷1.1547≒1.1026倍」に拡大できる。この「過変調や1パルス変調」を使用する場合には、上限電圧を拡大した条件の「N-Tテーブル」も作成しておく必要もある。
【0128】
このように「N-Tテーブル」には、制限電圧の変化に応じた複数のパターンが必要になる問題がある。
【0129】
この「N-Tテーブル」を使用しない方法としては、
図7のような「電流のdq座標における電圧とトルクの特性テーブル」を利用して、トルクと電圧の交点である座標を逐次探索させる方法がある。これなら任意の電圧とトルクの組み合わせが実現できるが、交点探索のためには収束演算が必要であり、演算時間が増大してしまうため、演算能力の高い制御装置にしか適用できない。
【0130】
上記のように直流電源電圧Vdcや設定上限電圧などが変動しても、複数のテーブルを切り替える必要がなく演算の増加も少ない電流指令の生成方法が望ましい。そこで、これを課題1とする。
【0131】
「課題2 電流制御と電圧位相制御の切り替え方法」
従来技術3にて説明したように、「電圧位相制御」を使用すれば電圧飽和限界でのトルク制御が可能になる。さらに、「過変調や1パルス変調」も適用すれば、高調波成分が増加する問題はあるが、電圧の基本波成分をさらに拡大することも可能になる。しかし、「電流制御」と「電圧位相制御」との切り替えに関しては種々の問題がある。
【0132】
(2-1)「電流制御→電圧位相制御」の切り替え時における電圧振幅の急変抑制方法
「正弦波PWM」から「1パルス変調(方形波PWM)」に移行すると、電圧振幅が約1.1026倍に急変して、電流やトルクの歪や残留振動が発生する。これを防止するためには、電圧調整が可能なPWM方式(多パルス同期PWM)を利用した移行期間を挿入すればよい。この移行期間のPWM方式には下記の要件が求められる。
・電圧飽和限界でもトルク制御として動作できること。
・過変調により出力電圧を「1パルス変調」付近まで拡大できること。
・最初は非同期キャリアでもよいが、切り替え時は同期キャリアであること。
【0133】
(2-2)「電圧位相制御→電流指令」に切り替え時における電流制御側の電流指令設定方法
逆の切り替え方向の場合には、休止中である電流指令の初期化が問題となる。PI制御や非干渉制御だけでなく電流指令も適切に設定しておく必要がある。これは、次のような課題とみなすことができる。
・切り替え後の電圧変化が少ないPI制御の積分項と非干渉制御の初期化方法。
・切り替え後のトルク変化が少ない電流指令の初期値を求める方法。
【0134】
(2-3)非同期PWM(非同期キャリア)と同期PWM(同期キャリア)の切り替え問題
「電流制御」では「キャリア周波数が固定の非同期PWM」を使用することが多いが、「1パルス変調」では同期キャリアにしないとビート現象(低周波数の脈動現象)が生じる。そのため、「1パルス変調」に切り替える前に、キャリアを非同期から同期に切り替えておく必要がある。キャリアの非同期・同期を切り替えるには「従来技術4」を適用すればよいが、直流電圧低下などによる低速での切り替えを考えると、「電流制御」と「電圧位相制御」のどちらでも切り替えられることが望ましい。
【0135】
(2-4)「電流制御」と「電圧位相制御」の電流検出値の連続性
電流制御ではPWMリプルを含む電流波形から遅延なく基本波成分のみを抽出するために、「キャリア同期サンプルによる電流検出方式」が使用されることが多い。「キャリアを使用しない同期PWM」の生成法もあるが、「電流制御時の電流検出タイミング」や「電流検出値からPWMリプルの除去」などによる検出誤差が生じやすい。これを避けるには、キャリアを非同期・同期に切替えるPWM方法を採用して、キャリア頂点での電流サンプルを継続させて電流検出特性の連続性を確保する必要もある。
【0136】
以上のような「電流制御と電圧位相制御の切り替えに関する種々の問題」を課題2とする。
【0137】
電圧振幅の不連続に関しては、特許文献1に対策方法が開示されている。これは、過変調の開始付近で「電圧位相制御」に切り替えを行うものであり、電圧振幅の調整が可能な領域で制御方式を切り替えてから、そのあとで過変調を適用して高い電圧振幅に移行している。しかし、同期キャリアまで考慮していないので、このままではPWMパルス数が少ない高速域ではビート現象が生じる可能性がある。また、「1パルス変調」の移行までは考慮されていないので、改善の余地が残っている。
【0138】
「課題3 モータの非線形が強い場合には非干渉電圧を数式モデルとして正確に表現できない問題」
後述する実施形態では、電流制御から電圧位相制御に切り替えるために、電流制御の非干渉制御に適用したモデル電圧の演算結果を利用する。一般的には非干渉電圧の計算に(1)式を適用するが、磁気飽和など非線形性の強いモータの場合には簡単な数式で近似できないことがある。この非干渉電圧は「電圧位相制御」の電圧指令にも利用するので、切り替え時の外乱を抑制するためには非干渉電圧を表す正確なモデルが必要になる。
【0139】
この非干渉電圧のモデル誤差を課題3とし、実施形態では
図7の「電流のdq座標(Id-Iq座標)における電圧特性テーブル」を利用する方法を説明する。
【0140】
「課題4 モータの非線形が強い場合にはトルク特性を数式モデルとして正確に表現できない問題」
従来の「電圧位相制御」では、「電流指令から求めた目標トルク」と「電流検出値から求めたトルク推定値」とが一致するように制御している。一般的には、トルク推定値の演算には(6)式のような「モデル式」を用いている。しかし、課題3と同様に非線形性の強いモータの場合には、簡単な数式としてトルク特性を表現できないこともあるので、電流から精度の良いトルクを計算する方法を課題4とする。
【0141】
この対策にも、
図7の「Id-Iq座標におけるトルク特性テーブル」を利用する。
【0142】
「課題5 抵抗の電圧降下の誤差成分」
図6のようなN-T特性を事前に作成しておく場合には、巻線抵抗などの電圧降下成分も考慮した計算が可能である。しかし、運転中に直流電源電圧Vdcが低下して制限電圧(飽和電圧)VMAXが変動する場合には、リアルタイムで制限電圧から電圧降下成分を補正しなければならず、演算時間が問題となる。
【0143】
直流電源電圧Vdcと制限電圧(飽和電圧)VMAXはスカラ値であるが、電圧降下はベクトル成分であるので、「スカラ値とベクトル値の変換」や「ベクトル成分の減算」などの計算が必要になり演算時間が長くなる。そこで、この電圧降下の補償演算を簡素化することを課題5とする。
【0144】
以上示したようなことから、モータ駆動用インバータにおいて、直流電源電圧や設定上限電圧などが変動しても、複数のテーブルを切り替える必要がなく演算の増加も少ない方法で電流指令を生成することが課題となる。
【課題を解決するための手段】
【0145】
本発明は、前記従来の問題に鑑み、案出されたもので、その一態様は、トルク指令と位相検出値に基づいて交流電圧指令と電圧位相指令を生成するトルク・電流制御部を備え、前記交流電圧指令と前記電圧位相指令に基づいてゲート信号を生成し、前記ゲート信号に基づいて主回路部が交流電圧を出力するモータ駆動用インバータであって、前記トルク・電流制御部は、前記トルク指令と前記位相検出値に基づいてdq軸電流指令を生成する電流指令生成部を備え、前記dq軸電流指令に基づいて電圧振幅指令と前記電圧位相指令を生成し、前記電圧振幅指令と前記電圧位相指令に基づいて前記交流電圧指令を生成し、前記電流指令生成部は、トルク指令絶対値または前記トルク指令絶対値を上限以下に制限したMTPAトルク指令に基づいてMTPAd軸電流指令を出力するd軸電流MTPAテーブルと、前記トルク指令絶対値または前記MTPAトルク指令に基づいて値を出力するq軸電流MTPAテーブルと、前記q軸電流MTPAテーブルの出力に前記トルク指令の符号係数を乗算してMTPAq軸電流指令を出力する第1乗算器と、制限磁束を生成する制限磁束演算部と、前記制限磁束に基づいて上限トルクを出力する上限トルクテーブルと、前記制限磁束に基づいて下限トルクを出力する下限トルクテーブルと、前記トルク指令絶対値を前記上限トルクと前記下限トルクの間に制限してトルク入力として出力する第1飽和関数部と、前記制限磁束と前記トルク入力に基づいてΨTd軸電流指令を出力するd軸電流ΨTテーブルと、前記制限磁束と前記トルク入力に基づいて値を出力するq軸電流ΨTテーブルと、前記q軸電流ΨTテーブルの出力に前記トルク指令の符号係数を乗算してΨTq軸電流指令を出力する第2乗算器と、前記トルク指令絶対値>前記下限トルクの場合、前記ΨTd軸電流指令,前記ΨTq軸電流指令を前記dq軸電流指令として出力し、それ以外の場合、前記MTPAd軸電流指令,前記MTPAq軸電流指令を前記dq軸電流指令として出力する選択スイッチと、を備えたことを特徴とする。
【0146】
また、その一態様として、前記制限磁束演算部は、直流電源電圧に1/√2を乗算する第3乗算器と、前記第3乗算器に最大過変調率を乗算して飽和電圧を出力する第4乗算器と、前記飽和電圧と制限電圧指令のうち小さい方を制限電圧として出力するmin関数部と、前記制限電圧を速度検出値の絶対値で除算する除算器と、前記除算器の出力を磁束上限値と磁束下限値の間に制限して前記制限磁束として出力する第2飽和関数部と、を備えたことを特徴とする。
【0147】
また、一態様として、前記トルク・電流制御部は、以下の(8)式、(9)式、(10)式によって、dq軸電圧指令とdq軸非干渉電圧を演算する非干渉制御部と、前記dq軸電流指令とdq軸電流検出値のdq軸電流偏差に基づいて電流制御を行い、前記電流制御の出力に前記dq軸非干渉電圧を加算した非干渉補償後の出力電圧指令を極座標変換して振幅と電流制御の位相指令を生成し、前記振幅を飽和電圧で制限した電流制御の電圧振幅指令を生成する電流制御振幅位相生成部と、前記dq軸電圧指令から電圧位相制御の電圧振幅指令を生成し、速度検出値と前記電圧位相制御の電圧振幅指令に基づいて選択信号を生成し、前記選択信号に基づいて前記電圧位相制御の電圧振幅指令と前記電流制御の電圧振幅指令を切り替えて前記電圧振幅指令として出力する振幅切替部と、前記dq軸電流指令を用いて(11)式により目標トルクを算出する第1トルク推定部と、前記dq軸電流検出値を用いて(11)式によりトルク推定値を算出する第2トルク推定部と、前記目標トルクと前記トルク推定値の偏差に基づいて電圧位相制御の位相指令を出力するトルク制御部と、前記電流制御の位相指令と前記電圧位相制御の位相指令を前記選択信号で切り替えて出力する第1スイッチと、を有する位相切替部と、前記第1スイッチの出力に前記位相検出値を加算して前記電圧位相指令として出力する加算器と、を備えたことを特徴とする。
【0148】
【0149】
【0150】
【0151】
【0152】
Vd_ref:d軸電圧指令
Vq_ref:q軸電圧指令
R1:抵抗
Id_ref:d軸電流指令
Iq_ref:q軸電流指令
Ld:d軸インダクタンス成分
Lq:q軸インダクタンス成分
ωr:速度検出値
Ψm:界磁磁束
ΔVFF_d:d軸インダクタンス電圧成分
ΔVFF_q:q軸インダクタンス電圧成分
ΔId:d軸電流偏差
ΔIq:q軸電流偏差
VFF_d:d軸非干渉電圧
VFF_q:q軸非干渉電圧
Trq:目標トルクまたはトルク推定値
Id:d軸電流指令またはd軸電流検出値
Iq:q軸電流指令またはq軸電流検出値。
【0153】
また、その一態様として、前記制限磁束演算部は、直流電源電圧に1/√2を乗算する第3乗算器と、前記第3乗算器に最大過変調率を乗算して飽和電圧を出力する第4乗算器と、前記飽和電圧と制限電圧指令のうち小さい方を制限電圧として出力するmin関数部と、前記dq軸電流検出値または前記dq軸電流指令を前記電流制御の位相指令により回転座標変換してxy軸電流検出値に変換する回転座標変換部と、前記xy軸電流検出値のx軸成分に抵抗を乗算して電圧降下成分を算出する第5乗算器と、前記制限電圧から前記電圧降下成分を減算する減算器と、前記減算器の出力を速度検出値の絶対値で除算する除算器と、前記除算器の出力を磁束上限値と磁束下限値の間に制限して前記制限磁束として出力する第2飽和関数部と、を備えたことを特徴とする。
【0154】
また、一態様として、前記非干渉制御部は、電圧演算部とインダクタンス電圧演算部とを備え、前記電圧演算部は、d軸電流指令とq軸電流指令絶対値に基づいてd軸磁束成分を出力するd軸磁束テーブルと、前記d軸電流指令と前記q軸電流指令絶対値に基づいて値を出力するq軸磁束テーブルと、前記q軸磁束テーブルの出力にq軸電流指令の符号係数を乗算してq軸磁束成分を出力する第6乗算器と、を備え、以下の(13)式により、前記dq軸電圧指令を算出し、前記インダクタンス電圧演算部は、(9)式によりdq軸インダクタンス電圧成分を算出し、前記dq軸電圧指令と前記dq軸インダクタンス電圧成分を加算した値を前記dq軸非干渉電圧とすることを特徴とする。
【0155】
【0156】
Vd_ref:d軸電圧指令
Vq_ref:q軸電圧指令
R1:抵抗
Id_ref:d軸電流指令
Iq_ref:q軸電流指令
ωr:速度検出値
J:回転行列
Ψd:d軸磁束成分
Ψq:q軸磁束成分。
【0157】
また、一態様として、前記第1トルク推定部は、前記d軸電流指令とq軸電流指令絶対値に基づいて値を出力する目標トルクテーブルと、前記目標トルクテーブルの出力にq軸電流指令の符号係数を乗算して前記目標トルクとして出力する第7乗算器と、を備え、前記第2トルク推定部は、d軸電流検出値とq軸電流検出値の絶対値に基づいて値を出力するトルク推定テーブルと、前記トルク推定テーブルの出力にq軸電流検出値の符号係数を乗算して前記トルク推定値として出力する第8乗算器と、を備えたことを特徴とする。
【0158】
また、一態様として、前記第1トルク推定部は、前記トルク指令絶対値が前記下限トルクよりも大きい場合は前記トルク入力を出力し、それ以外の場合は前記トルク指令絶対値または前記MTPAトルク指令を出力する第2スイッチと、前記第2スイッチの出力に前記トルク指令の符号係数を乗算して前記目標トルクとして出力する第9乗算器と、を備え、前記第2トルク推定部は、d軸電流検出値とq軸電流検出値絶対値に基づいて値を出力するトルク推定テーブルと、前記トルク推定テーブルの出力にq軸電流検出値の符号係数を乗算して前記トルク推定値として出力する第8乗算器と、を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0159】
本発明によれば、モータ駆動用インバータにおいて、直流電源電圧や設定上限電圧などが変動しても、複数のテーブルを切り替える必要がなく演算の増加も少ない方法で電流指令を生成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0160】
【
図1】モータ駆動用インバータのトルク・電流制御系の全体構成図。
【
図3】従来技術2の電圧飽和を考慮したトルク・電流制御部の基本構成図。
【
図4】PWM指令・零相変調部およびPWM生成部の構成例を示す図。
【
図5】零相変調方式(三相変調・二相変調)と狭小パルスを防止するための禁止帯域を示す図。
【
図6】N-T座標のd軸電流指令テーブル,q軸電流指令テーブルを示す図。
【
図7】d軸-q軸電流座標系におけるトルク・電圧(磁束)特性の例を示す図。
【
図8】従来技術1の6次高調波重畳による過変調に二相変調を適用した場合の三相波形例を示す図。
【
図9】従来技術3の電圧位相制御方式の基本構成図。
【
図10】従来技術4の非同期・同期PWMの切り替え可能なキャリア信号発生部を示す図。
【
図11】従来技術4の非同期・同期キャリアによるPWM指令・零相変調部を示す図。
【
図13】実施形態1のトルク-電圧(磁束)座標系に写像したd軸-q軸電流の特性例を示す図。
【
図14】実施形態2のトルク・電流制御部の一部を示す図。
【
図16】電流制御と電圧位相制御との切り替え時の状態遷移を示す図。
【
図18】実施形態4の第1トルク推定部と第2トルク推定部を示す図。
【
図19】実施形態5の第1トルク推定部と第2トルク推定部を示す図。
【
図21】電圧制限設定値と直流電圧を変更した加減速特性の比較(時間応答)を示す図。
【
図22】電圧制限設定値と直流電圧を変更した加減速特性の比較(Id-Iq座標の軌跡)を示す図。
【
図23】電圧制限設定値と直流電圧を変更した加減速特性の比較(Vd-Vq座標の軌跡)を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0161】
以下、本願発明におけるモータ駆動用インバータの実施形態1~6を
図12~
図23に基づいて詳述する。なお、実施形態1~6で説明していない部分については背景技術で説明した
図1~
図11を適宜、適用するものとする。
【0162】
[実施形態1]
「構成・構造の説明」
本実施形態1では課題1を解決するために、
図3(a)の電流指令生成部20を、
図12の電流指令生成部50のように構成する。この電流指令生成部50の入力信号はトルク指令Trq_cmdと直流電源電圧Vdcと速度検出値ωrおよびモータ定格などから設定した制限電圧指令VLim_cmdであり、出力信号はdq軸電流指令(ベクトル)Idq_refである。
【0163】
電流指令の生成には「MTPA特性」と「磁束-トルク特性(Ψ-T特性)」という2種類の特性テーブル群を使用し、各テーブル群にはd軸電流指令とq軸電流指令という2個のデータが含まれている。
【0164】
MTPA特性は「d軸電流MTPAテーブル58dとq軸電流MTPAテーブル58q」の2個の一次元テーブルで実装しており、これは電圧制限に達しない低速域で使用する。
【0165】
もう一方のΨ-T特性は、「d軸電流ΨTテーブル67dとq軸電流ΨTテーブル67q」の2個の二次元テーブルとして実装されており、これは電圧が飽和近傍になる高速域で使用する。
【0166】
これらのテーブルは、
図7の「Id-Iq座標におけるトルクと電圧特性」から、
図13(a)のような「横軸を磁束Ψ,縦軸をトルクTとするΨ-T座標系」におけるd軸電流とq軸電流の特性に写像したものである。
図13(a)は、これを等高線として表現している。ここで磁束Ψは、電圧Vを速度ωで除算して「Ψ=V/ω」の式により変換したものである。
【0167】
図7と同様に
図13(a)はトルク指令が正の領域の特性であり、負領域の特性は「トルク指令=0を軸とする対称性」があるので、正の領域のみに簡素化している。また、以降で実装するテーブルもこの正領域のみとして取り扱っている。
【0168】
しかし、d軸電流指令とq軸電流指令の等高線には正負の対称性に違いがある。d軸電流の等高線は負側も線対称であるが、q軸電流の等高線は線対称な形状だがレベル値は負の値になる。
【0169】
このq軸側の符号の違いを考慮するために
図12では、テーブル入力であるトルク指令Trq_cmdを絶対値演算部52aで算出した「トルク指令絶対値Trq_abs」と符号生成部52bで生成した「正負のトルク指令の符号係数Trq_sign」に分離して取り扱っている。
【0170】
d軸電流指令もq軸電流指令も「トルク指令絶対値Trq_abs」をテーブルに入力して読み出しておき、d軸電流指令の方はそのまま出力とし、q軸電流指令の方は正負のトルク指令の符号係数Trq_signを乗算して符号成分を付加してから出力とする。
【0171】
図7の「四角形の座標領域」は、
図13(a)に写像すると「歪んだ短冊状の領域」に変形する。
図7の「点P0,P,Q0」に対応する点、および「MTPA特性の軌跡(P~P0)」と電流制限円(P~Q0)で囲まれた動作領域については、
図13(a)では(P~P0)と(P~Q0)の境界線で囲まれた三日月の上半分のような形状に変化する。
【0172】
この三日月の動作領域のみ描いたものが、
図13(b)であるが、横軸つまり磁束Ψが大きい領域では「トルク:T=0」を含んでいないという特徴がある。これは
図7のMTPA軌跡(P0~P)より右側の領域に相当しており、これは「動作外」と設定したことによる。そのため、
図13(a)ではトルク軸(T軸)には上限だけでなく下限も考慮しなくてはならない。
【0173】
図12の電流指令生成部50では、
図13(a)の特性のうち(P0~P)の軌跡を一次元テーブルの「MTPA特性」として、また、動作領域(P0~P~Q0~P0)を含む範囲を二次元テーブルの「Ψ-T特性」として実装している。
【0174】
前者の「MTPA特性テーブル」による電流指令の導出方法は、トルク指令絶対値Trq_absをd軸電流MTPAテーブル58dに入力して、MTPAd軸電流指令Id_mtpaを出力する。
【0175】
同様に、トルク指令絶対値Trq_absをq軸電流MTPAテーブル58qに入力し、この出力に第1乗算器59でトルク指令の符号係数Trq_signを乗算したものをMTPAq軸電流指令Iq_mtpaとして出力する。
【0176】
これらのd軸成分とq軸成分を合成したものがdq軸MTPA電流指令Idq_mtpaであり、これが選択スイッチSW_Irefの「0側(MTPA側)」の入力成分である。
【0177】
もし、トルク指令絶対値Trq_absがテーブル範囲を超過する場合には、飽和関数部57を挿入し、トルク指令絶対値Trq_absを点PのトルクTrq_Pを上限に制限すればよく、図中ではこれをテーブル入力成分のMTPAトルク指令Trq_mtpaとして描いてある。
【0178】
もう一方の「Ψ-T特性テーブル」による電流指令の導出方法は、トルク指令と磁束指令を入力とするd軸電流ΨTテーブル67d(IDTBL_ΨT)とq軸電流ΨTテーブル67q(IDTBL_ΨT)を使用する。これも「MTPA特性」と同様に、「正のトルク領域」のみ実装してあるので、入力トルク指令を「絶対値」と「正負の符号係数」に分離して取り扱う。
【0179】
二次元テーブルの入力のうち「横軸の磁束Ψ成分」は、
図12の制限磁束演算部60にて計算しており、制限電圧指令VLim_cmdと直流電源電圧Vdcおよび速度検出値ωrの入力から制限磁束Ψ_xを求めている。
【0180】
PWM変換に零相変調を適用する場合には、直交二軸座標系の飽和電圧レベルは(Vdc/√2)となるので、第3乗算器61により直流電源電圧Vdcに1/√2を乗算して飽和電圧Vdc_puに変換する。第4乗算器62で飽和電圧Vdc_puに過変調を適用した場合の電圧拡大率(最大過変調率)Kovmを乗算して最大出力可能電圧(飽和電圧)VMAXを得る。これは
図3の電流制御においては、出力電圧に挿入した飽和関数部30の制限値に相当している。
【0181】
次に、min関数部63により制限電圧指令VLim_cmdと飽和電圧VMAXとの小さい方を選定したものを制限電圧VLimとする。絶対値演算部65は速度検出値ωrの絶対値を演算する。除算器64で制限電圧VLimを速度検出値ωrの絶対値で除算したものを基準制限磁束Ψ_ωとする。
【0182】
最後に、「Ψ-T特性」の領域外を参照しないように第2飽和関数部66も追加してあり、点Pの磁束上限値Ψmax、点Q0の磁束下限値Ψminとの間に制限して制限磁束Ψ_xとして出力する。この制限磁束Ψ_xが制限磁束演算部60の出力であり、これをd軸電流ΨTテーブル67d,q軸電流ΨTテーブル67qの「横軸の磁束入力」として使用する。
【0183】
もう一方の「縦軸のトルク入力」については、前述したように
図13(b)のような三日月形状の領域であるので、領域外を参照しないように上限と下限の両方を制限する必要がある。
【0184】
そこで、制限磁束Ψ_xを入力として、上限トルクテーブル53(THTBL-Ψ)により上限トルクT_maxを、下限トルクテーブル54(TLTBL-Ψ)により下限トルクT_minを求めておく。そして、第1飽和関数部55(Lim_Trq)によりトルク指令絶対値Trq_absを「T_min~T_max間」に制限したものを「縦軸のトルク入力Trq_y」とする。
【0185】
上記により得られた制限磁束Ψ_xとトルク入力Trq_yを入力して、d軸電流ΨTテーブル67d(IDTBL_ΨT)からΨTd軸電流指令Id_ΨTを読み出す。もう一方のq軸電流ΨTテーブル67q(IQTBL_ΨT)にも制限磁束Ψ_xとトルク入力Trq_yを入力し、読み出した値に第2乗算器68でトルク指令の符号係数Trq_signを乗算してΨTq軸電流指令Iq_ΨTを得る。これらをベクトル表現したdq軸ΨT電流指令Idq_ΨTを、選択スイッチSW_Irefの「1側(Ψ-T側)」の入力成分としている。
【0186】
選択スイッチSW_Irefを切り替える選択信号S_TPsiは、上記の下限トルクT_minを利用して判定している。大小比較器56(CMP_TPsi)でトルク指令絶対値Trq_absと下限トルクT_minとを比較判定し、「Trq_abs>T_min」のときに「選択信号S_TPsi=1」としてΨ-T側のdq軸ΨT電流指令Idq_ΨTを選択し、それ以外ではMTPA側のdq軸MTPA電流指令Idq_mtpaを選択して、最終的なdq軸電流指令Idq_refとして出力する。
【0187】
以上が、
図12に示した電流指令生成部50の構成例である。
【0188】
「作用・動作の説明」
本実施形態1では、
図3の電流指令生成部20を、
図12のような構成の電流指令生成部50に拡張して、トルク指令Trq_cmdと制限電圧VLimに相当する制限磁束Ψ_xとから、d軸とq軸の電流指令を演算している。
【0189】
ここで制限電圧VLimは、「制限電圧指令VLim_cmd」と「直流電源電圧Vdcにおいて出力可能な最大電圧(飽和電圧)VMAX」との両方を考慮してあり、それを速度検出値ωrの絶対値で除算して制限磁束Ψ_xに変換して使用している。
【0190】
通常は、制限電圧指令VLim_cmdは定格電圧などに設定され、直流電源電圧Vdcが十分に高ければ「VLim=VLim_cmd」となる。この状態であれば「Ψ-T特性」が選択され、「出力電圧が制限電圧指令VLim_cmdを超過しない電流指令」を生成する。モデルが正確なら定常時の電流制御のPI演算出力電圧は制限電圧VLimを超過せず、飽和電圧VMAXより低いので電圧飽和も生じない。
【0191】
もし、直流電源電圧Vdcが低下して飽和電圧VMAXが制限電圧指令VLim_cmd以下になると「VLim=VMAX」となって制限磁束Ψ_xが低下する。この制限磁束Ψ_xの低下は、d軸電流指令の弱め界磁電流成分を増加させて、出力電圧が飽和電圧VMAXまで低下するように電流指令を補正する。つまり直流電源電圧Vdcが低下した状態では、電流指令を修正してPI演算出力を飽和限界に制限することができ、PI演算の積分項の異常積分も防止できる。
【0192】
また「1パルス変調」に移行したい場合には、制限電圧指令VLim_cmdを飽和電圧VMAXまで増加させると、電流制御時の出力電圧が過変調限界の最大電圧に達する。この後で「1パルス変調」に切り替えれば、電圧振幅の変化量を小さくすることができる。
【0193】
まとめると、制限電圧VLimを制限磁束Ψ_xとして取り扱うことにより、直流電源電圧Vdcの低下時でも電圧飽和付近に電流制御系の出力電圧を低減でき、逆に制限電圧指令VLim_cmdを増加させることにより電流制御系の出力電圧を電圧飽和レベルまで拡大することもできる。
【0194】
また、
図6のN-T特性を使用した場合は、制限電圧VLimの変動に対応させるために複数のテーブルが必要であったが、これに対して
図13(a)の構成では制限磁束Ψ_xとして取り扱っているので、「MTPA特性」と「Ψ-T特性」のテーブルを変更する必要はなく、単一のテーブルで「制限電圧の変動」に対応できる。
【0195】
以上が
図12の全体的な動作であり、電流指令の修正とそれによる出力電圧の制限に関する作用を説明した。以降では電流指令テーブルの読み出し過程に着目した動作を説明する。まず、各テーブルの作成方法を説明し、その次にトルク成分の上下限や、「MTPA特性」と「Ψ-T特性」の切り替え動作について説明する。
【0196】
<テーブルデータの作成方法>
使用するテーブルは、「(Ψ-T)特性」、「MTPA特性」、「上下限テーブル」の3種類である。
(a)磁束-トルク(Ψ-T)座標の二次元テーブル
d軸電流ΨTテーブル67d(IDTBL_ΨT)とq軸電流ΨTテーブル67q(IQTBL_ΨT)は、
図7の特性例から、
図13(a)のように「横軸を磁束Ψ,縦軸をトルクTとするΨ-T座標」におけるd軸電流とq軸電流の特性に変換したものである。このときに、「磁束=電圧/定格速度」の関係を利用して、電圧成分を磁束成分に変換してある。
【0197】
図13(a)では、d軸電流の等高線を「実線」で、q軸電流の等高線を「一点鎖線」で示してある。また、参考として
図7では一定半径の円軌跡であった等電流振幅は「細い破線」で示してある。
【0198】
図7の「Id-Iq座標における四角形の表示範囲」を写像すると
図13(a)のような「斜めに歪んだ帯状の範囲」に変化し、また
図7の「(P0~P~Q0~P0)の各点で結ばれた動作領域」については
図13(b)に示すような「三日月の上半分のような形状」になる。
【0199】
後述する他システムへの応用性を考慮してここでは領域の広い
図13(a)を採用し、d軸電流の等高線をd軸電流ΨTテーブル67d(IDTBL_ΨT)として、q軸電流の等高線をq軸電流ΨTテーブル67q(IQTBL_ΨT)として実装している。
【0200】
図7から
図13(a)への写像変換やテーブル化は、事前にオフライン処理をしておけばよい。
図7のId-Iq座標では「格子座標のデータ」であっても、Ψ-T座標に写像すると格子が歪むため「配置に規則性がない多点散布データ」になる。
【0201】
制御に実装するテーブルは線形補間が適用できるように等間隔で直交な格子座標の方が好ましいので、新たに格子状のΨ-T軸を設定し、元の格子座標によるデータを新たな座標では多点散布した二次元平面とみなして、新たな格子座標の値を近似により求めたものをd軸電流ΨTテーブル67d(IDTBL_ΨT)とq軸電流ΨTテーブル67q(IQTBL_ΨT)として設定している。
【0202】
(b)MTPA特性の一次元テーブル
MTPA特性である「P0~P」の軌跡も、Ψ-T座標に写像すると、「トルクに対する不当間隔の散布データ列」になる。これも、等間隔なトルク軸を新たなテーブル点として定義し、その点の特性を近似により求めて、「d軸電流MTPAテーブル58d(IDTBL_mtpa)」と「q軸電流MTPAテーブル58q(IQTBL_mtpa)」として設定している。
【0203】
(c)磁束-トルク(Ψ-T)座標の動作領域の上限、下限テーブル
図7では、円状の電流制限軌跡「P~Q0」とMTPA特性の軌跡「P~P0」とにより囲まれた範囲「P~Q0~P0~P」が実際に動作する領域であった。これを
図13(b)に写像すると、動作領域は「三日月の上半分」のような形状になり、電流制限の軌跡「P~Q0」は「三日月領域の上部の外周辺」に相当し、MTPA特性の軌跡「P0~P」は「三日月領域の内側の弦」に相当する。
【0204】
そこで、軌跡「P~Q0」を「上限トルクテーブル53」に設定し、軌跡「P0~P」と「トルク=0の線分Q0~P0」とを「下限トルクテーブル54」に設定した。これも近似により等間隔な磁束軸に変換して、「上限トルクテーブル53(THTBL-Ψ)」および「下限トルクテーブル54(TLTBL-Ψ)」としている。
【0205】
<モードの選択方法>
上記の3種類のテーブル群を利用して、下記の2種類の電流指令を計算しておき、制限電圧の状態により電流指令の選択を行う。
【0206】
「MTPA特性」については、「d軸電流MTPAテーブル58d(IDTBL_mtpa)とq軸電流MTPAテーブル(IQTBL_mtpa)」よりMTPAd軸電流指令Id_mtpaとMTPAq軸電流指令Iq_mtpaを計算し、これらを選択スイッチSW_Irefの「0側(MTPA特性)」の入力成分であるdq軸MTPA電流指令Idq_mtpaとする。
【0207】
もう一方の「Ψ-T特性テーブル」については、トルクと磁束を入力とする「d軸電流ΨTテーブル67d(IDTBL_ΨT)とq軸電流ΨTテーブル67q(IDTBL_ΨT)」より、ΨTd軸電流指令Id_ΨTとΨTq軸電流指令Iq_ΨTを計算し、これを選択スイッチSW_Irefの「1側(Ψ-T特性)」の入力成分であるdq軸ΨT電流指令Idq_ΨTとする。
【0208】
これらの選択信号S_TPsiは、「下限トルクテーブル54(TLTBL-Ψ)の出力である下限トルクT_min」と、「トルク指令絶対値Trq_abs」を比較して決定しており、「Trq_abs>T_min」なら選択スイッチSW_Irefは「Ψ-T特性」を、それ以外は「MTPA特性」を選択する。
【0209】
この切替方法を適用すると、「MTPA特性」と「Ψ-T特性」の出力に連続性が得られることを説明する動作例を
図13(b)に追記している。まず、制限磁束Ψ_xに相当する軸上に縦の補助線を引く。上限トルクT_maxは三日月形の有効範囲の上端に、下限トルクT_minは有効範囲の下端(またはT=0軸)になる。補助線とトルク指令の交点は上下限を境界として3種類に分類でき、図中では四角印の「Trq_A(A’点)」と「Trq_B(B’点)」そして「Trq_C(C’点)」とした。
【0210】
「Trq_A(A’点)」は下限トルクT_min以下の領域であるので、「MTPA特性」が選択される。「MTPA特性」は「トルク指令に対する一次元テーブル」であるため、A’点を横に移動させた丸印の「軌跡(P0~P)上のA点」が電流指令となる。
【0211】
「Trq_B(B点)」の場合は、下限トルクT_min以上であり、かつ、上限トルクT_max以下の領域であるため、「Ψ-T特性」として動作し、「Ψ_xとTrq_Bと交点B」の座標をそのまま電流指令とする。
【0212】
「Trq_A(A’点)」からトルク指令が上昇つまり下限トルクT_minに近づけば「A’とA」の距離は減少し、「Trq_A=Tmin」になると、「A’とA」は一致する。これは「Ψ-T特性」の下限と一致するので、「MTPA特性」と「Ψ-T特性」とは、連続的に切り替わることになる。
【0213】
「Trq_C(C’点)」の場合は、下限トルクT_min以上なので「Ψ-T特性」として動作するが、上限トルクT_maxに制限されているので、「Ψ-T特性の上限軌跡上のC点」の座標が電流指令となる。
【0214】
このように「MTPA特性」と「Ψ-T特性」を連続的に切り替えることができ、さらに、制限電圧や直流電圧の変動時でも、制限磁束Ψ_xを経由して電流制御の出力電圧が飽和することを防止するように電流指令を修正する作用が得られる。
【0215】
本実施形態1を以下にまとめる。
【0216】
本実施形態1を適用するシステムは、「永久磁石を界磁源とする逆特極性(Ld≦Lq)を有する同期電動機(IPMSM)」を駆動するために、回転位相や電流などの検出器および電圧型インバータなどで構成されたトルクなどを制御する方式や装置を対象とする。
【0217】
インバータの制御は、回転界磁極に同期したd軸と直交したq軸による回転二軸座標系で構成し、速度検出値ωrとトルク指令Trq_cmdからd軸電流指令Id_refとq軸電流指令Iq_refを出力する電流指令生成部50と、d軸電流指令Id_ref、q軸電流指令Iq_refにd軸電流検出値Id_det、q軸電流検出値Iq_detを追従させる電流制御部23aと、電流制御の出力電圧をPWMパルスに変換するPWM生成部7aなどにより構成されている。
【0218】
本実施形態1にて説明する内容は上記の電流指令生成部50の構成方法であり、下記のような要素を含む。
【0219】
(1)制限電圧VLimの演算
モータやインバータの定格などにより設定された制限電圧指令VLim_cmdと、直流電源電圧Vdcにより演算した出力可能最大電圧(飽和電圧)VMAXなどから、制限電圧VLimを生成する。
【0220】
(2)テーブルの磁束入力に相当する制限磁束Ψ_xを演算する制限磁束演算部60
この制限電圧VLimを速度検出値ωrの絶対値で除算して磁束の単位に変換したものを制限磁束Ψ_xとし、これをd軸電流ΨTテーブル67d、q軸電流ΨTテーブル67qの磁束入力とする。
【0221】
(3)制限磁束Ψ_xに応じてトルク指令Trq_cmdを有効範囲に制限するトルク入力演算部51
電流制限などにより設定した「上限トルクテーブル53」に制限磁束Ψ_xを入力して上限トルクT_maxを読み出し、MTPA特性などにより設定した「下限トルクテーブル54」に制限磁束Ψ_xを入力して下限トルクT_minを読み出し、トルク指令絶対値Trq_absをこの上限トルクT_maxと下限トルクT_minの範囲内に制限してトルク入力Trq_yとして出力する。
【0222】
(4)MTPA特性と磁束-トルク特性を選択する選択スイッチSW_Iref
トルク指令絶対値Trq_absが下限トルクT_min以下の場合は、後述する「MTPA特性」によるd軸電流MTPAテーブル58d、q軸電流MTPAテーブル58qによるMTPAd軸電流指令Id_mtpa、MTPAq軸電流指令Iq_mtpaを選択し、それ以外については後述する「磁束-トルク特性」によるd軸電流ΨTテーブル67d、q軸電流ΨTテーブル67qによるΨTd軸電流指令Id_ΨT、ΨTq軸電流指令Iq_ΨTを選択して、電流指令生成部50の出力とする。
【0223】
(5)MTPA特性のd軸電流MTPAテーブル58d、q軸電流MTPAテーブル58qによる電流指令の生成
「MTPA特性」による電流指令は、「最大トルク/電流(MTPA)特性」をテーブル化したd軸電流MTPAテーブル58d(IDTBL_mtpa)とq軸電流MTPAテーブル58q(IQTBL_mtpa)に、トルク指令Trq_cmd(またはMTPAトルク指令Trq_mtpa)を適用して「MTPA特性」のMTPAd軸電流指令Id_mtpaとMTPAq軸電流指令Iq_mtpaを生成したものである。
【0224】
(6)磁束-トルク特性のd軸電流ΨTテーブル67d、q軸電流ΨTテーブル67qによる電流指令の生成
「磁束-トルク特性」による電流指令は、「磁束-トルク特性」を磁束軸(起電力÷速度)とトルク軸により二次元テーブル化したd軸電流ΨTテーブル67d(IDTBL_ΨT)とq軸電流ΨTテーブル67q(IQTBL_ΨT)に対して、「制限磁束Ψ_x」と「トルク入力Trq_y」を適用して、「磁束-トルク特性」のΨTd軸電流指令Id_ΨTとΨTq軸電流指令Iq_ΨTを生成したものである。
【0225】
上記の構成により、速度とトルク指令に応じた電流指令を生成するとともに、電流制御系の出力電圧が制限電圧VLimを超過する場合には、電流指令を制限することにより出力電圧を制限電圧に抑制する機能を有する。
【0226】
「効果」
従来の「N-T特性テーブル」を使用して電流指令を得る方法では、トルクと速度から電流指令を求めていた。低速ではMTPA特性として動作しているが、制限電圧を超過する場合には、d軸電流(弱め界磁電流)を増加させると同時にq軸電流(トルク電流)を修正して、出力電圧を抑制する。
【0227】
しかし、このテーブルは特定の制限電圧における特性であり、「直流電源電圧Vdcの低下」や「制限電圧VLimの変更」に対応させるためには、「複数の制限電圧におけるN-T特性テーブル」が必要であった。
【0228】
本実施形態1では、「N-T特性」の代わりに「磁束-トルク(Ψ-T)座標における電流指令テーブル」を使用するものであり、制限電圧VLimの代わりに制限磁束Ψ_xとして取り扱うように変更した。
【0229】
これにより、直流電源電圧Vdcの低下や制限電圧指令VLim_cmdの変更が生じても、単一のテーブルデータで対応できる。もし、直流電源電圧Vdcが低下して出力可能な最大電圧(飽和電圧)VMAXが制限電圧指令VLim_cmdより低くなると、制限電圧VLimも連動して低減され、その結果として「電流制御の出力電圧が飽和電圧に一致する」ように電流指令を修正する。
【0230】
これにより、異常積分によるワインドアップ現象が発生しにくくなり、電圧飽和限界付近で電流制御の安定性が改善する。また、速度に応じて制限電圧を可変設定すれば、弱め界磁電流の増減調整も可能になるし、「1パルス変調」に移行する前に一時的に出力電圧を飽和レベルまで増加させることもできる。
【0231】
この電流指令の生成法では、「Ψ-T座標のd軸電流ΨTテーブル67d、q軸電流ΨTテーブル67q」と「トルク成分の上限トルクT_maxの上限トルクテーブル53と下限トルクT_minの下限トルクテーブル54」に分離しているので、これによるシステムへの対応性も向上する。「d軸電流ΨTテーブル67d、q軸電流ΨTテーブル67q」は
図13(a)のように広い領域のテーブルとしておき、「上限トルクテーブル53、下限トルクテーブル54」は
図13(b)の動作領域の境界として設定しておく。
【0232】
そして、これを同じモータであるが使用する動作範囲が異なるシステムに応用する場合には、「上限トルクテーブル53、下限トルクテーブル54」のみ修正すれば、異なる最大トルクや電流制限などに対応することができる。「MTPA特性」を修正したい場合には、磁束とトルクの関係を求めて「下限トルクテーブル54」を書き換えればよい。
【0233】
つまり、モータ固有の「d軸電流ΨTテーブル67d、q軸電流ΨTテーブル67q」は変更する必要が無くなり、動作領域を指定する「上限トルクテーブル53、下限トルクテーブル54」を修正するだけで、簡単に他のシステムにも応用できる利点もある。
【0234】
[実施形態2]
電圧型PWMインバータを使用した交流モータ駆動システムでは、電流制御を適用して高い回転速度まで運転すると、「出力電圧の飽和」や「基本波周期内のキャリア数(PWMパルス数)の減少」などの要因により電流制御の性能が低下する。
【0235】
出力電圧が飽和すると電流制御のフィードバックが正常に動作しなくなる。基本波周期内のPWMパルス数が少ないと電圧指令を正確にPWM波形に変換できなくなり、さらに電流検出のサンプル点数が少ないと検出誤差も増加する。この対策として、高速域では「1パルス変調」と「電圧位相制御」を組み合わせた方式に切り替えることが従来技術に開示されている。
【0236】
本実施形態2の目的は、低速(低周波数)を含む状態でも、電流制御から「電流制御と電圧位相制御を組み合わせた制御」および電圧位相制御に移行する際の特性を改善することである。非同期キャリアを適用した電流制御から、速度増加に応じて「高調波の少ない過変調方式」や「多パルスの同期キャリアPWM」を段階的に適用して、制御方式の切り替え時における電圧の連続性を改善することにより、電流や出力トルクの外乱を抑制するものである。
【0237】
「構成・構造の説明」
課題2にて示した「電流制御と電圧位相制御の切り替え時の問題」に対する対策方法として、本実施形態2では
図14のような構成例を説明する。これは、実施形態1と組み合わせて使用される。
【0238】
図14は、
図3(a)に示すトルク・電流制御部4を基本として機能拡張したものであり、変更した部分は点線で囲った「非干渉制御部70と振幅切替部74および位相切替部80」の部分である。なお、非線形関数部35、6次補償部36と加算器37と極/直交座標変換部31は図示省略している。
【0239】
「非干渉制御部70」は電流制御の非干渉補償部を変更しており、従来はdq軸電流検出値Idq_detを使用してdq軸非干渉電圧VFFdqを計算していたが、これを「dq軸電流指令Idq_refとdq軸電流偏差ΔIdq」に分離して2種類の非干渉電圧成分として計算する。
【0240】
dq軸電流指令Idq_refの方は、(8)式のようなモータの数式モデルを利用した電圧演算部71によりdq軸電圧指令Vdq_ref(要素:Vd_ref,Vq_ref)を計算する。
【0241】
dq軸電流偏差ΔIdqの方は、インダクタンス電圧演算部72で(9)式のdq軸インダクタンス電圧成分ΔVFFdq(ΔVFF_d,ΔVFF_q)のみを計算する。最後に(10)式のように、減算器73でdq軸電圧指令Vdq_refからdq軸インダクタンス電圧成分ΔVFFdqを減算して従来とほぼ等価なdq軸非干渉電圧VFFdq(VFFd,VFFq)を得る。
【0242】
【0243】
【0244】
【0245】
Vd_ref:d軸電圧指令
Vq_ref:q軸電圧指令
R1:抵抗
Id_ref:d軸電流指令
Iq_ref:q軸電流指令
Ld:d軸インダクタンス成分
Lq:q軸インダクタンス成分
ωr:速度検出値
Ψm:界磁磁束
ΔVFF_d:d軸インダクタンス電圧成分
ΔVFF_q:q軸インダクタンス電圧成分
ΔId:d軸電流偏差
ΔIq:q軸電流偏差
VFF_d:d軸非干渉電圧
VFF_q:q軸非干渉電圧
dq軸電圧指令Vdq_refの方は電圧位相制御に流用したいので「抵抗R1の電圧降下成分」まで考慮しているが、dq軸インダクタンス電圧成分ΔVFFdqの方は電流制御の過渡安定性改善にしか利用しないので、抵抗R1の電圧降下成分は含んでいない。
【0246】
「振幅切替部74」は「電圧位相制御の電圧振幅指令V1_vpcの生成」と、「電圧位相制御の電圧振幅指令V1_vpcと電流制御の電圧振幅指令V1_acrとの切替」を行う。前述のdq軸電圧指令Vdq_refから、極座標変換などにより構成された振幅変換部75により、「電圧位相制御の電圧振幅指令V1_vpc」を生成する。
【0247】
切替判定部76では、「電圧位相指令の電圧振幅指令V1_vpcが増加して電圧飽和付近に達する」または「速度検出値ωrが高くなりPWMキャリア数が少なくなる」ことを監視して、「選択信号Sm」を出力する。
【0248】
例えば、電圧位相制御の電圧振幅指令V1_vpcが閾値よりも高くなった場合、または速度検出値ωrが閾値よりも高くなった場合、スイッチSW_v、第1スイッチSW_Φをa側(電圧位相制御側)とし、それ以外の場合はb側(電流制御側)とする。
【0249】
この選択信号SmはスイッチSW_vに与えられ、「電流制御の電圧振幅指令V1_acr」と「電圧位相制御の電圧振幅指令V1_vpc」のどちらかを選択し、電圧振幅指令V1xを決定する。その後、
図3(a)に示す過変調補償などの動作を経て、後段のPWM生成部に送る固定座標の交流電圧指令Va,Vbを決定する。
【0250】
「位相切替部80」は「電圧位相制御の位相指令Φv_vpcの演算」と、「電流制御の位相指令Φv_acrと電圧位相制御の位相指令Φv_vpcの切替」を行う。
【0251】
「電流制御の位相指令」は非干渉補償後の出力電圧指令V1dqを直交/極座標変換部29で極座標変換して得た電流制御の位相指令Φv_acr」であり、「電圧位相制御の位相指令Φv_vpc」の方は下記のように生成する。
【0252】
まず、「第1トルク推定部81」では、(11)式のトルク式のId、Iqにdq軸電流指令Idq_ref(要素:Id_ref,Iq_ref)を適用して目標トルクTrq_refを計算する。同様に「第2トルク推定部82」では、(11)式のトルク式のId、Iqにdq軸電流検出値Idq_det(要素:Id_det,Iq_det)を適用してトルク推定値Trq_estを推定する。
【0253】
【0254】
Trq:目標トルクまたはトルク推定値
Ld:d軸インダクタンス成分
Lq:q軸インダクタンス成分
Ψm:界磁磁束
Id:d軸電流指令またはd軸電流検出値
Iq:q軸電流指令またはq軸電流検出値
そして、差分部83にて「トルク偏差ΔTrq=Trq_ref-Trq_est」を計算し、その後段の「トルク(PI)制御部84」にて「電圧位相制御の位相指令Φ_vpc」を計算する。
【0255】
上記の「電流制御の位相指令Φv_acr」と「電圧位相制御の位相指令Φ_vpc」が第1スイッチSW_Φに入力され、選択信号Smにより選択された電圧位相Φvが出力される。加算器34で電圧位相Φvに位相検出値θrが加算され、電圧位相指令θvとして出力する。
【0256】
以上が、
図14にて修正および追加した3個のブロック(非干渉制御部70,振幅切替部74,位相切替部80)」の構成内容である。なお、比例項23、積分項24、加算器25、加算器28、直交/極座標変換部29、飽和関数部30は
図3(a)と同様であり、電流制御振幅位相生成部とする。
【0257】
上記の説明では制御方式の切り替えを「スイッチSW_vと第1スイッチSW_Φ」として簡単に記載したが、実際には切り替え時の不連続成分を防止する対策も必要である。そこで、サンプル値系の構成例を使用して、不連続対策についても示しておく。
【0258】
(a)電圧振幅切り替えのスイッチSW_v
スイッチSW_vの部分をサンプル値系の詳細構成例に展開したものが
図15(a)であり、「電圧位相制御」のときのみ動作する低域通過フィルタ(LPF:Low-pass filter)機能を追加した。
【0259】
スイッチSW_vが「a側(電圧位相制御)」の場合は一般的なサンプル値系の低域通過フィルタが構成されている。遅延部(ラッチ)77dと加算器77cにより積算器を構成している。差分部77aで電圧位相制御の電圧振幅指令V1_vpcと遅延部77dの出力である電圧振幅指令V1xの前回値との差分を算出する。この差分にゲイン乗算部77bでフィルタゲインKlpfVを乗算して変化量を計算する。加算器77cで変化量に遅延部77dの出力を加算して補正する。スイッチSW_vが「a側(電圧位相制御)」の場合は加算器77cの出力が電圧振幅指令V1xとなる。
【0260】
スイッチSW_vが「b側(電流制御)」の場合は、電流制御の電圧振幅指令V1_acrがそのまま電圧振幅指令V1xとして出力される。この出力は遅延部77dに保存され続け、次にスイッチSW_vがa側に切り替わるときのフィルタ初期値となる。
【0261】
(b)電圧位相切り替えの第1スイッチSW_Φ
図14の「第1スイッチSW_Φ」と「トルク制御部84」を組み合わせ、これらをサンプル値系に展開した詳細構成例が
図15(b)である。最終段は「遅延部85gと加算器85fにて構成された積算部」である。
【0262】
第1スイッチSW_Φが「b側(電流制御)」の場合には、電流制御の位相指令Φv_acrを直接、電圧位相Φvとして出力している。
【0263】
第1スイッチSW_Φが「a側(電圧位相制御)」の場合には、「速度型のPI制御」を構成している。まず、乗算器85aで前述のトルク偏差ΔTrqに比例ゲインKpを乗算して比例項Φv_Pとする。
【0264】
この比例項Φv_Pから「遅延部85bと減算器85c」により比例項の増分ΔΦv_Pを計算する。遅延部85bは比例項Φv_Pの前回値を出力する。減算器85cは比例項Φv_Pから比例項の前回値を減算し比例項の増分ΔΦv_Pを出力する。これとは別に、乗算器85dで比例項Φv_Pに積分係数KTiを乗算して積分項の増分ΔΦv_Iを計算する。そして、加算器85eで比例項の増分ΔΦv_Pと積分項の増分ΔΦv_Iを加算して比例積分の増分ΔΦv_PIを算出し、最終段の「遅延部85gと加算器85fで構成された積算部」に入力する。遅延部85gは電圧位相Φvの前回値Φv_zを出力する。加算器85fは比例積分の増分ΔΦv_PIに前回値Φv_zを加算して電圧位相制御の位相指令Φv_vpcを出力する。
【0265】
この構成にすると、第1スイッチSW_Φを「a側」に切り替えると、「直前の電流制御の位相指令Φv_acrを初期値」とし、「トルク偏差ΔTrqを入力」とする「速度型のPI制御」として動作する。スイッチSW_P1は、電流制御が選択されている間は、PI制御の比例項をクリアするために挿入している。
【0266】
「作用・動作の説明」
図14にて修正および追加した3個のブロック(非干渉制御部70,振幅切替部74,位相切替部80)は次のように動作する。
【0267】
(1)非干渉制御部70の作用・動作
図3の非干渉制御部27では(1)式のようにdq軸電流検出値Idq_detを適用してdq軸非干渉電圧VFFdqを計算していた。これに対して
図14の非干渉制御部70では、dq軸電流検出値Idq_detを(12)式のように「dq軸電流指令Idq_ref」と「差分部22の出力であるdq軸電流偏差ΔIdq」に分離して、個別に電圧成分を計算する。
【0268】
【0269】
まず、電圧演算部71においてdq軸電流指令Idq_ref(Id_ref,Iq_ref)より計算した「(8)式のdq軸電圧指令Vdq_ref(Vd_ref,Vq_ref)」から、インダクタンス電圧演算部72においてdq軸電流偏差ΔIdq(ΔId,ΔIq)より計算した「(9)式のdq軸インダクタンス電圧成分ΔVFFdq(ΔVFF_d,ΔVFF_q)」を減算しdq軸非干渉電圧VFFdqとする。これは、「従来技術2(
図3)のdq軸非干渉電圧VFFdq」とほぼ等価である。
【0270】
電流制御のPI演算の出力である比例積分電圧VPIdqにこのdq軸非干渉電圧VFFdqを加算補正して、その電流制御の電圧振幅指令V1_acrをスイッチSW_vで選択して後段のPWM生成部7aに出力すれば、従来の非干渉制御付きの電流制御として動作する。
【0271】
「電圧位相制御」として動作する場合でもこのdq軸電圧指令Vdq_refの演算は常に動作させておき、これより得る電圧位相制御の電圧振幅指令V1_vpcをスイッチSW_vにて選択して、後段のPWM生成部7aに出力する。
【0272】
「電流制御の電圧振幅指令V1_acr」に対して「電圧位相制御の電圧振幅指令V1_vpc」は、「比例積分電圧VPIdqとdq軸インダクタンス電圧成分ΔVFFdq」に相当する差成分があるが、「定常時」なら電流制御は収束しており比例積分電圧VPIdqはほぼ零であり、さらに「非干渉電圧の計算に適用するモデル」が正確であればdq軸インダクタンス電圧成分ΔVFFdqもほぼ零である。この状態でスイッチSW_vを「電流制御から電圧位相制御」に切り替えても、電圧振幅指令V1xの変化は少ない。
【0273】
逆に「電圧位相制御から電流制御」に切り替わる場合を考えると、「電圧位相制御」の状態でも「電流指令からモータモデルを利用して計算した非干渉電圧の主成分(dq軸電圧指令)Vdq_ref」を電圧位相制御の電圧振幅指令V1_vpcとして出力しているので、やはり定常時であれば電圧変化は少ない。
【0274】
以上のように、電流制御と電圧位相制御のどちらに切り替わっても、出力電圧の急変が抑制されるように作用する。
【0275】
実際には非定常時に切り替えが行われることもあるし、モデル誤差なども存在するので、制御切り替え時に電圧の急変は起こり得る。そこで
図15(a)のように、「電流制御から電圧位相制御」に切り替わる場合には低域通過フィルタにより変化を緩和するLPFを追加してある。逆方向の「電圧位相制御から電流制御」に切り替わる場合には、電流歪が発生しても電流制御によってすぐに抑制されるので、こちらには電圧急変の対策は必要ない。
【0276】
電圧振幅指令V1xだけでなく、電圧位相Φvも制御切り替え時の変動を抑制する必要がある。そのため、「電圧位相制御の位相指令Φv_vpc」の演算とその切り替え制御は、速度型のトルク(PI)制御部84と第1スイッチSW_Φを組み合わせた、
図15(b)のブロック85のような構成とした。最終段の積算部に第1スイッチSW_Φを組み込んでいるので、電流制御中は電流制御の位相指令Φv_acrがPI制御の初期値として設定され、「電圧位相制御」に切り替えても電圧位相Φvの急変が抑制できる。
【0277】
「電圧位相制御から電流制御」に切り替わる場合には、電流制御の応答が速いので、電圧振幅切り替えと同様に位相の急変抑制対策は不要である。電流制御中は、次の「電圧位相制御」を想定して、速度型PI制御を電圧位相Φvで常に初期化しておく。
【0278】
本実施形態2と「従来技術2の過変調技術」および「従来技術4の非同期・同期キャリアの切り替え」を組み合わせたものが
図16(a)の「状態分類マトリックス」であり、主要な「状態」を四角形として示してある。また、それらの状態遷移は矢印で示している。
【0279】
この状態の種類を示す記号は、電流制御には「acr」、電圧位相制御には「vpc」、2相変調には「2」、三相変調には「3」、過変調には「ovm」を付加した。また、PWMやキャリアの種類も末尾に追加しており、同期キャリアの多パルスPWMは「-nP」、「非同期キャリア」は「追加記号なし」とした。ただし、「電圧位相制御と1パルス変調を組み合わせた状態」は、「vpc-1P」としている。
【0280】
非特許文献6では、「acr-3」,「acr-3ovm」,「vpc-1P」の3つの状態しか遷移していない。本実施形態2にて「電流制御(acr)と電圧位相制御(vpc)」を組み合わせた制御系が構成できているため、これに「従来技術2の過変調技術」を適用すれば、二相変調による過変調が適用でき「acr-2ovm」や「vpc-2ovm」の状態が利用できる。「従来技術4の同期キャリア」を適用すれば「acr-2ovm-nP」や「vpc-2ovm-nP」の状態も利用できる。三相変調に対して電圧位相制御を組み合わせることもできるので、「vpc-3」と「vpc-3_nP」の状態も利用可能である。
【0281】
状態遷移の矢印については、非同期・同期キャリアの変化によるものは一点鎖線、電流制御と電圧位相制御の切り替えによるものは破線で示してある。本実施形態2には含んでいないが、電圧と周波数とも高い条件が「acr-2ovm-nP」であるので、ここから1パルス変調「vpc-1P」に遷移すればよいことは自明である。
【0282】
図16(a)の状態分類記号を使用して、実際の移動経路の例を示したものが
図16(b)である。横軸が周波数(速度)で縦軸が出力電圧である。実際の電圧成分はトルク指令などにより変動するが、ここでは直線に簡素化した。
【0283】
速度が上昇する場合の出力電圧の制限方法には、大別して3種類がある。(a)のパターンは「モータの定格電圧などで制限」する場合であり、この制限電圧指令はVLim_cmd1として表した。
【0284】
(c)のパターンは「制限電圧指令を飽和電圧(最大出力可能電圧)VMAX以上に設定」したものであり、この制限電圧指令はVLim_cmd2として表した。実際には、制限電圧VLimは飽和電圧(最大出力可能電圧)VMAXにより制限されるので、「VLim_cmd2=VMAX」と等価な動作をする。
【0285】
(b)のパターンはその中間であり、速度に応じて制限電圧指令VLim_cmdを増加させて、弱め界磁電流の増加を抑制したものである。
【0286】
キャリアの非同期・同期の切り替えは周波数F2とし、1パルス変調への切り替えは周波数F1として表した。電流制御と電圧位相制御の切り替えについては、周波数F2と一致させる必要は無いので、幅のある領域となる。これは、周波数F2の前後のどちらでもよいが、「acr-2ovm-nP」から「vpc-1P」に遷移させる周波数F1より低い周波数の範囲で切り替えをしておく必要がある。
【0287】
三相変調と二相変調の切り替えは「電圧VA」、過変調開始電圧を「VDB」として表している。そして、
図16(a)の各状態に対応する状態名を「引き出し線」を用いて示してある。ここで、「acr-3」と「acr-3-nP」および「acr-2ovm」と「acr-2ovm-nP」は直接に遷移することはなく、「2種類の制御方式」と「キャリアの非同期・同期」によりどちらかを経由する。
【0288】
多パルス同期PWMの場合には、直流電源電圧Vdcおよび最大過変調率Kovmを考慮した飽和電圧(最大出力可能電圧)VMAXまで電圧を上昇させることができ、その後に1パルス変調(電圧=1.1026×Vdc/√2)に切り替えれば、電圧変動を少なくすることができる。
【0289】
そこで、(a)と(b)のパターンのように、「VLim増加期間」を挿入して、制限電圧指令VLim_cmdを飽和電圧(最大出力可能電圧)VMAX以上まで徐々に増加させれば、周波数F1における電圧変化を最小にできる。
【0290】
本実施形態2を適用すれば、「電流制御」でも「電圧位相制御」でも出力電圧を任意に設定でき、(a)(b)(c)に示す全パターンも実現できる。さらに「VLim増加期間」を挿入すれば、周波数F1における「1パルス変調」への切り替え時でも電圧変化の抑制が可能になる。
【0291】
本実施形態2を以下にまとめる。
【0292】
本実施形態2は、実施形態1と同様に「永久磁石を界磁源とする逆特極性(Ld≦Lq)を有する同期電動機(IPMSM)」を駆動するために、回転位相や電流などの検出器および電圧型インバータなどで構成されたトルクなどを制御する方式や装置を対象としており、実施形態1の電流指令生成部50と組み合わせて使用する。
【0293】
インバータの制御は回転界磁極に同期したd軸とそれに直交したq軸による回転二軸座標系で構成され、制御方式は、低速では「電流制御」によるトルク制御として動作し、高速になると「電圧位相制御」によるトルク制御に切り替える構成とした。
【0294】
「電流制御」では、電流指令生成部50でトルク指令Trq_cmdをdq軸電流指令Idq_refに変換する。dq軸電流指令Idq_refとdq軸電流検出値Idq_detとのdq軸電流偏差ΔIdqに基づいてPI制御し、dq軸電流指令Idq_refおよびdq軸電流偏差ΔIdqと速度検出値ωrよりモデル電圧を演算したdq軸非干渉電圧VFFdqを加算して、トルク指令Trq_cmdに対応した電流が発生するようにd軸成分とq軸成分の非干渉補償後の出力電圧指令V1dqを出力する。
【0295】
もう一方の「電圧位相制御」は電圧位相制御の電圧振幅指令V1_vpcと電圧位相制御の位相指令Φv_vpcを生成する。電圧振幅V1_vpcは非干渉電圧VFFdqのうち電流指令Idq_refによる成分であり、電圧位相制御の位相指令Φv_vpcは「dq軸電流指令Idq_refとモータモデルを用いて演算した目標トルクTrq_ref」と「dq軸電流検出値Idq_detより演算したトルク推定値Trq_est」とが一致するように調整して出力している。
【0296】
制御の切り替えは、これらの2種類の電圧指令成分を選択することにより行われ、このときに出力電圧が不連続に急変することを抑制する方法を説明する。
【0297】
電流制御は、実施形態1の電流指令生成部50を適用することにより、速度が高くなって電流制御の出力である比例積分電圧VPIdqが制限電圧VLimを超過する場合には、比例積分電圧VPIdqが制限電圧VLimまで低減するように電流指令を修正する機能を有している。さらに、非干渉制御部70を2つに分離して、一方は「dq軸電流指令Idq_refと界磁磁束Ψmによりモデル電圧(dq軸電圧指令)Vdq_ref」を演算し、もう一方は「dq軸電流指令Idq_refとdq軸電流検出値Idq_detの差分であるdq軸電流偏差ΔIdqにより干渉電圧成分(dq軸インダクタンス電圧成分ΔVFFdq)」を演算する。そして、これらの和を電流制御のdq軸非干渉電圧VFFdqとする構成とした。
【0298】
電圧位相制御は、電流制御の電流指令成部50と非干渉制御部70を共用するものであり、電流指令生成部50はトルク指令Trq_cmdと、電流指令および制限電圧指令VLim_cmdを設定してdq軸電流指令Idq_refを演算しておく。さらに、非干渉制御部70では、このdq軸電流指令Idq_refとモータモデルを用いてdq軸電圧指令Vdq_refを演算する。
【0299】
そして、このdq軸電圧指令Vdq_refの振幅成分を電圧位相制御の電圧振幅指令V1_vpcに設定した。電圧位相制御の位相指令Φv_vpcは「dq軸電流指令Idq_refにより計算した目標トルクTrq_ref」と「dq軸電流検出値Idq_detにより計算したトルク推定値Trq_est」が一致するように制御する。
【0300】
このように、電圧位相制御の出力電圧の演算方法として、電流制御機能の一部を共用する構成としたことにより、制御切り替え時の出力電圧の変化を抑制でき、相互の初期化などの複雑な演算も不要になる。
【0301】
「効果」
本実施形態2を適用することにより、低速では「電流制御」として動作させ、高速になると「電圧位相制御」に切り替える制御方式において、制御方式の切り替え時に出力電圧が急変することを防止できる。これにより、電流やトルクの異常な歪や過電流が発生することを防止できる。
【0302】
「電圧位相制御」の電圧振幅指令V1_vpcは、電流制御に使用する「dq軸非干渉電圧VFFdqの演算機能」の一部を流用して生成したので、電流指令生成部50に組み込んだ「実施形態1の出力電圧の調整機能」を流用して電流指令Idq_refを制限してから非干渉電圧を経由して調整する構成となっている。
【0303】
従来のように、制御を個別に構成した場合には、制御切り替えのために相互の初期化が必要であった。特に、電圧制限状態の電流制御に移行するときには、電流指令まで初期化する必要があり、複雑な初期化処理が必要になる。
【0304】
本実施形態2の構成であれば、常に制限電圧VLimを考慮したdq軸電流指令Idq_refを演算しており、このdq軸電流指令Idq_refより計算したdq軸非干渉電圧VFFdqは現在の出力電圧との差が小さい。つまり常に切り替えスタンバイ状態になっており、特殊な切り替え前の準備操作が不要であり簡単に制御切り替えが行える。
【0305】
また、電流指令生成部50のテーブルと非干渉制御部70のモデル電圧(dq軸電圧指令)Vdq_refを「電圧位相制御」の電圧振幅指令V1_vpcに利用しているので、別途、「電圧位相制御」の電圧振幅指令V1_vpcの生成パターンを設定する必要もない。
【0306】
このように、電圧飽和などの特殊条件でも簡単にかつ電圧変動が少ない制御切り替えが可能になり、制御パラメータについても電流制御側のみ設定すればよく、設定が大幅に簡単になる。
【0307】
PWMの生成には種々の制御要素があり、零相変調方式(二相変調・三相変調)やキャリア周波数の非同期/同期および過変調による電圧拡大などが組合わされている。これらの制御要素の組み合わせが変化しても、任意の状態で「電流制御と電圧位相制御」の切り替えができる。
【0308】
固定キャリア周波数による電流制御状態からまず同期キャリアに移行してから電圧位相制御に切り替えてもよいし、非同期キャリアの状態で電圧位相制御に切り替えてから同期キャリアに移行してもよい。最終的に「1パルス変調」に移行するときには、「実施形態1の出力電圧の調整機能」により最大過変調状態から移行させれば、電圧振幅の不連続も最小限に抑制できる。
【0309】
[実施形態3]
「構成・構造の説明」
本実施形態3は、課題3で示した「モータの非線形性が強い場合には非干渉電圧を数式モデルとして正確に表現できない問題」の対策であり、その構成は、
図14の「電圧演算部71」を
図17の「電圧演算部71a」に置き換えたものであり、「モデル式」の代わりに、
図7の特性を利用した「Id-Iq座標におけるd軸磁束テーブル101d(ΨdTBL-Idq)とq軸磁束テーブル101q(ΨqTBL-Idq)」として実装することが特徴である。
【0310】
これらの磁束テーブルもIq=0の軸に対して対称性があるので、
図17にはq軸電流が正の領域のみに限定した構成例を示している。dq軸電流指令Idq_refのうち、q軸電流指令Iq_refについては「絶対値関数部100a(abs)により変換したq軸電流指令絶対値Iq_abs」と「関数部100b(sign)により変換したq軸電流指令の符号係数Iq_sign」として取り扱う。
【0311】
まず、d軸電流指令Id_refとq軸電流指令絶対値Iq_absをd軸磁束テーブル101d(ΨdTBL-Idq)に入力してd軸磁束成分Ψdを得る。
【0312】
次に、同じ入力成分をq軸磁束テーブル101q(ΨqTBL-Idq)に入力し、その出力に第6乗算器102でq軸電流指令の符号係数Iq_signを乗算してq軸磁束成分Ψqを得る。
図17中は、これらをまとめてdq軸磁束Ψdqとして表現している。
【0313】
このdq軸磁束Ψdqを(13)式にてdq軸電圧指令Vdq_ref(Vd_ref,Vq_ref)に変換する。電圧演算部71aにおいて、この式に対応する要素は「回転行列103a(J)」、「速度検出値ωrを乗算する乗算器103b」、「dq軸電流指令Idq_refに抵抗R1を乗算して電圧降下成分ΔVref_R1を出力する乗算器104」、「乗算器103bの出力に電圧降下成分ΔVref_R1を加算する加算器105」の部分である。
【0314】
【0315】
図17のインダクタンス電圧演算部72の方は、
図14のインダクタンス電圧演算部72と同じものであり、参考として(9)式のdq軸インダクタンス電圧成分ΔVFFdq(ΔVFF_d,ΔVFF_1)の計算部を同様な構成図として示したものである。ここで、このインダクタンスは設計値で近似してもよいので記号を(Ld*,Lq*)に替えてある。
【0316】
「作用・動作の説明」
モータ鉄心の磁束密度が高いため磁気飽和による非線形性が強い場合や、d軸とq軸の干渉インダクタンスが無視できない場合には、
図14の「電流指令による電圧演算部71」は、(8)式のような簡単な数式では表現できなくなる。そこで、本実施形態3では、「
図17の電圧演算部71a」のように非線形テーブルとして実装する。
【0317】
これは、(8)式の「Ld・Id_ref+Ψm」と「Lq・Iq_ref」の項を、Id-Iq座標のd軸磁束テーブル101d(ΨdTBL-Idq)とId-Iq座標のq軸磁束テーブル101q(ΨqTBL-Idq)に置き換えることに相当する。
【0318】
この磁束を後段にて、「回転行列103a(J)」と速度検出値ωrを乗算することにより、起電力成分に変換している。それ以外は、
図14と同じ動作であり、抵抗R1による電圧降下成分ΔVref_R1やdq軸電流偏差ΔIdqによるdq軸インダクタンス電圧成分ΔVFFdqを加減算して最終的なdq軸非干渉電圧VFFdqを得ている。
【0319】
使用するd軸磁束テーブル101d(ΨdTBL-Idq)とq軸磁束テーブル101q(ΨqTBL-Idq)」は
図7と同じId-Iq座標の特性であり非線形性を考慮した数値解析などにより設定することができる。電圧振幅に合成する前のd軸電圧成分とq軸電圧成分を使用して、これに「回転行列:J」の逆数を乗算し速度検出値ωrで除算して磁束成分に変換すればよい。
【0320】
このような磁束テーブルを利用した構成に変更すると、簡単な数式では表現できない磁気飽和や軸間干渉インダクタンスなどの非線形特性も正確に表現できるようになる。
【0321】
また解析をしなくても、実機試験だけでテーブルを設定することも可能になる。電流制御モードかつ負荷側を一定速度に制御した条件で運転しておき、d軸電流指令とq軸電流指令を可変設定してその時のd軸電圧指令とq軸電圧指令を計測すれば、「d軸磁束テーブル101d(ΨdTBL-Idq)とq軸磁束テーブル101q(ΨqTBL-Idq)」の磁束データを得ることができる。
【0322】
また、同時にトルクも計測しておけば、
図7のトルク特性も得ることができ、d軸電圧とq軸電圧を合成すれば
図7の電圧特性になる。この実機試験により得られたデータは、PWM変換時の電圧誤差や電流検出値に含まれる誤差なども含んだ特性なので、これらの誤差を補正する機能を有していることになり精度も改善できる。
【0323】
本実施形態3を以下にまとめる。
【0324】
「永久磁石を界磁源とする同期電動機(PMSM)」を駆動するために、回転位相や電流などの検出器および電圧型インバータなどで構成されたトルクなどを制御する方式や装置を対象とする。
【0325】
インバータの制御は回転界磁極に同期したd軸とそれに直交したq軸による回転二軸座標系で構成され、実施形態1や実施形態2を適用して、低速では「電流制御」によるトルク制御として動作し、高速になると「電圧位相制御」によるトルク制御に切り替える構成である。
【0326】
電流制御の一部である「電圧制限機能を有する電流指令生成部50」と「非干渉制御部70の電圧演算部71a」を利用して「電圧位相制御の電圧振幅指令V1_vpc」を生成する。「電圧演算部71a」は、モータの非線形特性を正確に表現できる「d軸磁束テーブル101d、q軸磁束テーブル101q」を適用して実施形態2の電圧演算部71に置き換えることにより、電圧の精度を改善する機能を追加した。
【0327】
「テーブルを適用した電圧演算部71a」では、「dq軸電流指令Idq_refを入力とし、d軸とq軸の磁束を出力とする二次元のd軸磁束テーブル101d、q軸磁束テーブル101q」により磁束成分を求め、この磁束に「速度や交代行列を乗算してモデル電圧(dq軸電圧指令Vdq_ref)に変換する構成とした。
【0328】
この「d軸磁束テーブル101d、q軸磁束テーブル101q」には、「非線形特性を考慮した解析」により求めた磁気飽和などの非線形性を含むデータ、または、「電流制御を適用した実機試験」よりdq軸電流指令Idq_refに対する電流制御のd軸成分とq軸成分の出力電圧を計測しておき、この電圧より磁束成分に換算したデータを設定するものである。
【0329】
「効果」
本実施形態3では、非干渉制御部70の「電圧演算部71aの(電流指令からモデル電圧を演算する部分)」を数式モデルから、「dq軸電流(Id-Iq)座標の磁束テーブル」を使用した演算に置き換えている。
【0330】
これにより、磁気飽和やd軸とq軸間の相互インダクタンスなどの非線形特性が正確に表現できるようになる。dq軸非干渉電圧VFFdqの精度が向上すると、dq軸非干渉電圧VFFdqと定常状態の出力電圧は正確に一致するようになり、電流制御と電圧位相制御の切り替え時の電圧変化幅も抑制できる効果が得られる。
【0331】
また、「Id-Iq座標の磁束テーブル」を実機試験により生成すれば、電流検出値やPWM変換に含まれる誤差を補正する機能も含むことになるのでより精度が改善できる。
【0332】
[実施形態4]
「構成・構造の説明」
本実施形態4も課題4で示した「モータの非線形性が強い場合には、トルク特性を数式モデルとして正確に表現できない問題」の対策例であり、実施形態3と同様にモデル式の代わりに二次元テーブルを使用するものである。
【0333】
本実施形態4の構成例を
図18に示す。これは
図14の「第1トルク推定部81」を、
図18の「目標トルクテーブル111(TrqTBL_Idq1)を使用した第1トルク推定部81a」に置き換えている。同様に「第2トルク推定部82」も、「トルク推定テーブル114(TrqTBL_Idq2)を使用した第2トルク推定部82a」に置き換えている。
【0334】
これらの目標トルクテーブル111(TrqTBL_Idq1)にも、Iq=0の軸に対して対称性があるので、q軸電流が正の領域のみに限定した構成例を示している。dq軸電流指令Idq_refのうち、q軸電流指令Iq_refについては前述の「q軸電流指令絶対値Iq_absとq軸電流指令の符号係数Iq_sign」として取り扱う。
【0335】
d軸電流指令Id_refとq軸電流指令絶対値Iq_absから目標トルクテーブル111(Trq_Idq1)を読み出し、そのトルク出力に第7乗算器112でq軸電流指令の符号係数Iq_sign1を乗算したものを目標トルクTrq_refとする。
【0336】
電流検出側も同様であり、トルク推定テーブル114(TrqTBL_Idq2)はq軸電流が正の領域のみに限定する。d軸電流検出値Id_detとq軸電流検出値絶対値Iabs2からトルク推定テーブル114を読み出し、そのトルク出力に第8乗算器115でq軸電流検出値の符号係数Iq_sign2を乗算してトルク推定値Trq_estとする。
【0337】
この2個の目標トルクテーブル111、トルク推定テーブル114は、
図7の「Id-Iq座標におけるトルク特性」を元にして作成したものであり、本来はこれらのテーブルは同一のものでよい。
【0338】
また、従来技術4の
図10にて参考例として示したように「制御などの遅延部207(Dly)で補償」する場合には、
図18においても、電流の差分部22の前段と、トルクの差分部83の前段に、それぞれ同じ遅延部116a(Dly),遅延部116b(Dly)を挿入して時間を整合させると、電圧位相をより正確に制御することができる。
【0339】
「作用・動作の説明」
本実施形態4では、
図14の第1,第2トルク推定部81,82の部分を、
図18のように目標トルクテーブル111(TrqTBL_Idq1),トルク推定テーブル114(TrqTBL_Idq2)を利用した第1、第2トルク推定部81a、82aに変更した。これら非線形テーブルは、
図7と同じId-Iq座標の特性であり非線形性を考慮した数値解析などにより設定することができる。
【0340】
このような磁束テーブルを利用した構成に変更すると、簡単な数式で表現できない磁気飽和やdq軸間の干渉インダクタンスなどの非線形特性も正確に表現できるようになる。また、実機試験により設定することも可能であり、負荷側を一定速度に制御した条件にて電流制御モードとして運転しておき、d軸電流検出値Id_detとq軸電流検出値Iq_detおよび実トルクを計測すればテーブルデータを得ることができる。
【0341】
この実機試験により得られたデータは電流検出値に含まれる変換誤差などを含んだ特性なので、誤差の補正機能を有していることになり精度が改善できる。
【0342】
本実施形態4を以下にまとめる。
【0343】
「永久磁石を界磁源とする同期電動機(PMSM)」を駆動するために、回転位相や電流などの検出器および電圧型インバータなどで構成されたトルクなどを制御する方式や装置を対象とする。
【0344】
インバータの制御は回転界磁極に同期したd軸とそれに直交したq軸による回転二軸座標系で構成され、実施形態1や実施形態2を適用して、低速では「電流制御」によるトルク制御として動作し、高速になると「電圧位相制御」によるトルク制御に切り替える構成としている。「電圧位相制御」の「電圧位相制御の位相指令Φv_vpcの演算に用いる「dq軸電流指令Idq_refとdq軸電流検出値Idq_detとモータモデルを用いて演算した目標トルクTrq_ref、トルク推定値Trq_est」を、モータの非線形性を正確に表現できるd軸とq軸の電流座標における「目標トルクテーブル111、トルク推定テーブル114」を使用した電圧演算に置き換える。
【0345】
実施形態1で使用している「磁束-トルク座標におけるd軸電流ΨTテーブル67d、q軸電流ΨTテーブル67q」を、「d軸とq軸電流座標の電圧・トルク特性」から写像変換して生成した場合には、写像元の「電圧・トルク特性」を磁束成分に変換して、上記の「d軸とq軸電流座標における目標トルクテーブル111、トルク推定テーブル114」として設定する。
【0346】
この「d軸とq軸電流座標の電圧・トルク特性」の写像変換前と変換後を組み合わせれば、目標トルクの計算精度が改善でき、「電圧位相制御方式」のトルク制御精度も改善できる。
【0347】
「効果」
本実施形態4を適用すれば、磁気飽和など非線形特性の強いモータに電圧位相制御を適用した場合のトルク制御精度を改善できる。
【0348】
「Id-Iq座標における電圧やトルク特性」から写像して「実施形態1の電流指令テーブル」を求める場合には、元の「Id-Iq座標のテーブル」をそのまま「電流→トルク演算」のテーブルに利用することができるので、新たにテーブルを生成する必要もない。
【0349】
また、元の「Id-Iq座標のテーブル」を実機試験により生成すれば、電流検出やPWM変換の誤差を補正する機能も含むことになるのでより精度を改善できる。
【0350】
[実施形態5]
「構成・構造の説明」
本実施形態5も課題4を解決するものであり、本実施形態5の構成例を
図19に示す。これは実施形態1と実施形態4を組み合わせた場合の構成例を、さらに簡素化したものである。
【0351】
実施形態1では
図12で示したように、トルク指令Trq_cmdに対して、電流のd軸電流MTPAテーブル58d(IDTBL_mtpa),q軸電流MTPAテーブル58q(IQTBL_mtpa)とd軸電流ΨTテーブル67d(IDTBL_ΨT),q軸電流ΨTテーブル67q(IQTBL_ΨT)を使用してdq軸電流指令Idq_refを得ていた。
【0352】
実施形態4では、逆にdq軸電流指令Idq_refからトルクの目標トルクテーブル111(TrqTBL_Idq1)を使用して目標トルクTrq_refを得ている。これらは、ちょうど逆の操作であるので相殺して簡素化することができる。具体的には、実施形態1における
図12の構成からトルク指令に関する信号を抽出して、これを目標トルクTrq_refとして直接に使用するものである。
【0353】
本実施形態5の構成例を
図19に示しており、これは実施形態1の
図12と実施形態4の
図18の部分をまとめ、さらに簡素化したものである。
図19のうち、
図12に相当する部分は電流指令生成部120であり、ここでは使用する一部の要素と信号のみ抽出し、その他は省略して描いてある。
【0354】
実施形態4では「第1トルク推定部81a」から目標トルクTrq_refを出力していたが、本実施形態5では、この代わりに電流指令生成部120(50)から「MTPAトルク指令Trq_mtpa(またはトルク指令絶対値Trq_abs),トルク入力Trq_y,トルク指令の符号係数Trq_sign,選択信号S_TPsi」の信号を抽出し、
図19の「第1トルク推定部81b」の構成にて目標トルクTrq_refを計算する。
【0355】
「第1トルク推定部81b」の内部では、実施形態1に使用した2種類のテーブル入力信号のMTPAトルク指令Trq_mtpa(またはトルク指令絶対値Trq_abs)とトルク入力Trq_yを第2スイッチSW_Trefに入力し、選択信号S_TPsiによってどちらかを選択して出力する。実施形態1と同様に、トルク指令絶対値Trq_absが下限トルクT_min以下の場合はMTPAトルク指令Trq_mtpa(またはトルク指令絶対値Trq_abs)を出力し、トルク指令絶対値Trq_absが下限トルクT_minよりも大きければトルク入力Trq_yを出力する。
【0356】
さらに、第9乗算器117で第2スイッチSW_Trefの出力にトルク指令の符号係数Trq_signを乗算して目標トルクTrq_refとして出力している。
【0357】
これ以外は、実施形態4と同じ構成であり、参考のために示した「第2トルク推定部82」も
図17と同じものである。
【0358】
「作用・動作の説明」
実施形態1では
図12のように、トルク指令Trq_cmdを入力として4種類のd軸電流MTPAテーブル58d(IDTBL_mtpa)とq軸電流MTPAテーブル58q(IQTBL_mtpa)およびd軸電流ΨTテーブル67d(IDTBL_ΨT)とq軸電流ΨTテーブル67q(IQTBL_ΨT)を使用して電流指令を得ていた。これらのテーブルは、「
図7のId-Iq座標におけるトルク特性」を元にして、
図13(a)のようにΨ-T座標に写像して得たものである。
【0359】
実施形態4に適用する
図18の目標トルクテーブル111(TrqTBL_Idq1)、トルク推定テーブル114(TrqTBL_Idq2)も、元の「
図7のId-Iq座標におけるトルク特性」より作成している。
【0360】
つまり、前者の「トルク指令から求めた電流指令」と後者の「電流指令から求めたトルク」とは逆特性の関係があるので、これらのブロックを合成すれば相殺でき、演算自体を省略できる。
【0361】
そこで、
図19のように、
図12の2種類のトルク指令であるMTPAトルク指令Trq_mtpa(またはトルク指令絶対値Trq_abs),トルク入力Trq_yと選択信号S_TPsi、およびトルク指令の符号係数Trq_signを抽出しておき、これから直接に目標トルクTrq_refを計算することにした。これにより演算時間が削減でき、またテーブルに線形近似を適用する際の演算誤差も排除できるので「電圧位相制御」の精度も改善できる。
【0362】
大元の入力指令であるトルク指令Trq_cmdを直接に利用しないのは、
図12の制限機能の上限トルクテーブル53,下限トルクテーブル54,飽和関数部57の影響を考慮したためである。電流制限や電圧制限などによってトルク成分が制限されるので、MTPA特性の第1飽和関数部55の出力と電圧-トルク特性の飽和関数部57の出力成分を抽出しておき、選択信号S_TPsiを用いて選択することにより目標トルクTrq_refを得ている。
【0363】
なお、実施形態3~5については、実施形態3の構成(
図17)と実施形態4の構成(
図18)を共に備える構成としてもよい。同様に、実施形態3の構成(
図17)と実施形態5の構成(
図19)を共に備える構成としてもよい。
【0364】
実施形態5を以下にまとめる。
【0365】
実施形態1と実施形態2および実施形態4を組み合わせた構成に対して、本実施形態5では写像変換とその逆変換に相当する2個のテーブルを相殺して簡素化することを説明した。
【0366】
インバータの制御は回転界磁極に同期したd軸とそれに直交したq軸による回転二軸座標系で構成され、実施形態1や実施形態2を適用して、低速では「電流制御」によるトルク制御として動作し、高速になると「電圧位相制御」によるトルク制御に切り替える構成としている。「電圧位相制御の位相指令Φv_vpcの演算に用いるdq軸電流指令Idq_refとモータモデルを用いて演算した目標トルクTrq_ref」を、実施形態1の「テーブルを利用した電流指令生成部50」でテーブルに入力していたトルク成分(MTPAトルク指令Trq_MTPA、トルク入力Trq_y)に置き換える。
【0367】
実施形態1では、「磁束-トルク特性」とその特定の軌跡に該当する「MTPA特性」という2種類の「d軸電流MTPAテーブル58d、q軸電流MTPAテーブル、d軸電流ΨTテーブル67d、q軸電流ΨTテーブル67q」を使用してdq軸MTPA電流指令Idq_mtpa、dq軸ΨT電流指令Idq_ΨTを演算しておく。そして、「トルク指令絶対値Trq_abs」と下限トルクT_minより求めた選択信号S_TPsiに応じてdq軸電流指令Idq_refを選択している。この2種類のテーブルに入力されるトルク成分(MTPAトルク指令Trq_mtpa、トルク入力Trq_y)を抽出し、dq軸電流指令Idq_refと同様に上記の選択信号S_TPsiにより選択したものを「目標トルクTrq_ref」とするものである。
【0368】
これにより、実施形態1の「磁束-トルク特性から電流指令を求めるd軸電流ΨTテーブル67d、q軸電流ΨTテーブル67q」と実施形態4の「電流指令から目標トルクを求める目標トルクテーブル111」を相殺させて、目標トルクTrq_refを得る手段を簡素化する方法を実施形態5とする。
【0369】
「効果」
本実施形態5によれば、実施形態1と実施形態2に実施形態4を組み合わせる構成と等価な機能を、より簡単な構成で実現できる。実施形態1の「トルク指令から電流指令の演算」と実施形態4の「電流指令からトルクの演算」とを相殺させたので、「電圧位相制御」の目標トルクTrq_refの演算時間が短縮できる。
【0370】
また「テーブル読み出し時に適用する線形近似による誤差」も排除できるので、「電圧位相制御」のトルク制御精度も改善できる。
【0371】
[実施形態6]
「構成・構造の説明」
本実施形態6は課題5で示した「抵抗の電圧降下の誤差成分」を解決するものである。実施形態1で示した
図12の制限磁束演算部60では、「制限電圧指令VLim_cmd」と「直流電源電圧Vdcから換算した飽和電圧VMAX」から「制限電圧VLim」を求め、これより「制限磁束Ψ_x」を計算している。しかし、ここで使用する制限電圧VLimはインバータの出力電圧を制限するものであり、これはモータの端子電圧に相当する。
【0372】
しかし、課題5で示したように、「制限磁束Ψ_x」は速度による起電力成分を「速度検出値ωrの絶対値」で除した成分であり、厳密にはこれらには「抵抗の電圧降下成分」の差異が存在する。
【0373】
そこで、本実施形態6では、「抵抗の電圧降下成分」を補償して正確な速度起電力を求めるように改善することを説明する。
【0374】
本実施形態6の構成例は
図20の制限磁束演算部60aに示す部分であり、これは、
図12の制限磁束演算部60から修正したものである。この構成が有効なのは、従来技術2の
図3で示したような「電流制御の出力電圧を極座標に変換する構成」を使用した場合であり、「ベクトル成分である電圧指令」を「スカラ値の振幅と位相」として取り扱うことを利用する。
【0375】
図12の制限磁束演算部60に対して、
図20の制限磁束演算部60aで追加した部分は下記の要素である。
【0376】
電流検出値をdq座標系に変換したdq軸電流検出値Idq_detを回転座標変換部90で、
図14で生成する電流制御の位相指令Φv_acrにより回転座標変換して、電圧ベクトルの方向をx軸とする直交座標系(xy座標)のxy軸電流検出値Ixy_detに変換する。
【0377】
そして、xy軸電流検出値Ixy_detからx軸成分の電流検出値Ix_detのみ取り出し、第5乗算器91でこれに抵抗R1を乗算して電圧降下成分ΔVxを得る。そして、減算器92で制限電圧VLimから電圧降下成分ΔVxを減算して、補償後の制限電圧VLim2に変換する。
【0378】
それ以降は、
図12の制限磁束演算部60の構成と同じものである。
【0379】
「作用・動作の説明」
実施形態1で示した
図12の制限磁束演算部60では、「制限電圧VLim」から「制限磁束Ψ_x」を計算する際に、抵抗の電圧降下成分は小さいものとみなして無視していた。しかし、「電流制御と電圧位相制御の切り替え時」などでは、「出力電圧の不連続成分」が「電流やトルクの歪要因」となり、さらに歪成分は残留振動を引き起こすため、小さな抵抗の電圧降下成分まで正確に補正することにより、電圧の不連続成分を抑制することにした。
【0380】
しかし「制限電圧VLimはスカラ成分」であるが「電流と抵抗による電圧降下はベクトル成分」なので、次のような問題が生じる。制限電圧VLimをベクトル成分に変換するためには何らかの位相情報が必要である。さらに、「スカラ成分のベクトル化」や「ベクトルの加減算」および「ベクトルからスカラへの再変換」などの処理手順をとると、多くの演算時間が必要になる。この問題を解決するために、本実施形態6では、近似を適用して「スカラ成分の演算」に簡素化している。
【0381】
近似の原理を(14)式に示す。「ベクトルX(要素:|X|,0)に対して相対的に振幅が小さいベクトルΔV(要素:Δx,Δy)を加算」する場合であり、かつ「求める結果が振幅成分(Xnorm)」だけの場合には、「主要ベクトルであるXと同相成分Δxの加算に近似できる」ことを利用したものである。もし、減算の場合は、(14)式を「ΔV⇒-ΔV(-Δx,-Δy)」のように置換すればよい。
【0382】
【0383】
まず、制限電圧VLimをベクトル化するために必要な位相は、
図14の非干渉補償後の出力電圧指令V1dqを直交/極座標変換部29で極座標変換して得られた電流制御の位相指令Φv_acrを流用する。
【0384】
回転座標変換部90で、dq軸電流検出値Idq_detを電流制御の位相指令Φv_acrにより回転座標変換して非干渉補償後の出力電圧指令V1dqのベクトルと同相の二軸成分(xy軸電流検出値)Ixy_detに変換する。第5乗算器91で二軸成分(xy軸電流検出値)Ixy_detに抵抗R1を乗算して抵抗R1による電圧降下成分ΔVxとする。
【0385】
近似式を適用する場合には、第5乗算器91で「非干渉補償後の出力電圧指令V1dqと同相のx軸成分の電流検出値Ix_det」に抵抗R1を乗算して「電圧降下成分ΔVx」を計算しておく。減算器92で、制限電圧VLimから電圧降下成分ΔVxを減算補正したものを、速度起電力(補償後)の制限電圧VLim2とする。
【0386】
これを(14)式に対応させると、「X=VLim」と「Δx=-(R1×Ix_det)」および「Xnorm=VLim2」のように置き換えたものであり、スカラ成分の演算だけに近似して実装することができる。
【0387】
以降は実施形態1と同じであるので、他の部分の構成についての説明は省略する。
【0388】
このように「抵抗R1による電圧降下成分ΔVxまで考慮した補償後の制限電圧VLim2」を使用して、電流制御に使用する電流指令を演算すれば、電流制御の出力電圧指令は制限電圧とさらに正確に一致するようになる。その結果、電流制御から電圧位相制御への切り替え時の電圧波形についても連続性が向上するので、過渡的な電流やトルクの歪が抑制できる。
【0389】
図20では、電流成分としてdq軸電流検出値Idq_detを利用する例を示したが、dq軸電流指令Idq_refなどで近似してもよい。
【0390】
本実施形態6を以下にまとめる。
【0391】
実施形態1およびそれを利用した構成において、制限電圧指令VLim_cmdと直流電源電圧Vdcにより決まる最大出力可能電圧(飽和電圧)VMAXとの最小値である制限電圧VLimに対して、モータの電流と抵抗R1による電圧降下成分ΔVxで補正した補償後の制限電圧VLim2に置き換えることを本実施形態6とする。
【0392】
抵抗R1による電圧降下成分ΔVxは、電流制御または電圧位相制御による出力電圧指令の位相成分(電流制御の位相指令Φv_acr)を使用して、dq軸電流検出値Idq_detから出力電圧と同相の電流成分(x軸成分の電流検出値)Ix_detを得る。このx軸成分の電流検出値Ix_detに抵抗R1を乗算して電圧降下成分ΔVxを計算し、制限電圧VLimから電圧降下成分ΔVxを減算したものを補償後の制限電圧VLim2としたものである。
【0393】
以降は、制限電圧VLimの代わりの補償後の制限電圧VLim2を使用して各種のテーブル読み出しを行う。
【0394】
この補正により、電流制御時の出力電圧は正確に制限電圧に抑制することができ、電圧飽和時のワインドアップ現象が抑制されるとともに、電圧位相制御への切り替え時の電圧変化量も抑制できる。
【0395】
「効果」
実施形態1で示した
図12の制限磁束演算部60では、「制限電圧VLim」から「制限磁束Ψ_x」を計算する際に、抵抗R1の電圧降下成分ΔVxは小さいものとみなして無視していた。
【0396】
本実施形態6では、
図20の制限磁束演算部60aにて、「制限電圧VLim」から「制限磁束Ψ_x」を計算する際に、抵抗R1の電圧降下成分ΔVxで補正した。これにより、電圧制限状態では「制限電圧と定常時の出力電圧」が正確に一致するようになり、「電流制御と電圧位相制御の切り替え時」に生じる電圧の不連続成分を小さくすることができる。ひいては、切り替え時の「電流やトルクの歪が抑制される。
【0397】
さらに、厳密に演算すると極座標変換やベクトルの加減算が必要だが、本実施形態6では近似を適用してスカラ演算に置き換えている。これにより演算時間の増加も抑制できている。
【0398】
「シミュレーション」
「実施形態1,実施形態2,実施形態5,実施形態6」を適用した構成例にて、表1のように直流電源電圧Vdcや制限電圧指令VLim_cmdを変化させて、数値シミュレーションした動作例を、
図21,
図22,
図23に示す。
【0399】
ここで、電圧や電流は定格値を基準として単位法に変換しており、速度や周波数は基底速度を基準として単位法に変換している。表内の「<>」で示した数値が、特性を調べるために変更したパラメータである。
【0400】
図16(b)の「VLim増加期間」や「1パルス変調への移行」は、今回は適用していない。
【0401】
【0402】
条件(a)が基本状態であり、直流電源電圧はVdc_pu=1.2p.u.(V1x=1.2まで出力可能)として、電圧飽和が生じない十分に高い電圧に設定している。制限電圧指令は「VLim_cmd=1.1p.u.」に設定している。これは最大過変調率(Kovm=1.06)より少し高めであり、電流制御系の出力電圧が少し飽和してアンチワインドアップ対策が作動する条件である。この場合は、制限電圧「VLim=1.1p.u.」として動作する。
【0403】
条件(b)は直流電源電圧が低下した場合を想定して、「Vdc_pu=0.8p.u.」となるように設定した。この場合は、飽和電圧VMAX=0.8×1.06p.u.となり、この場合は、制限電圧「VLim=(0.8×1.06)1p.u.」として動作する。
【0404】
条件(c)は、逆に制限電圧指令を過大な制限電圧指令「VLim_cmd=1.5p.u.」に設定した。これは、「1パルス変調」に切り替える前に、「VLim増加期間」により電圧振幅を拡大させる場合を模擬したものである。
【0405】
本来は「VLim_cmd=Vdc_pu=1.2」でよいが、大幅に超過させても制限電圧VLimは飽和電圧VMAXで制限されることを示したいので過大な値に設定している。この場合は、制限電圧「VLim=(1.2×1.06)p.u.」として動作する。
【0406】
制御方式は停止時から電流制御にて起動し、「PWMの変調率が0.95」に達すると電圧位相制御(従来技術3)に切り替えている。電流制御とアンチワインドアップ対策については、従来技術1を適用した。非同期PWMにおける過変調方式については従来技術2の
図8(a)のような禁止帯域を有する(6次高調波重畳+二相変調方式)を適用した。
【0407】
そのため、零相変調は、電圧が低い場合には三相変調が適用され、デッドタイム相当の最小パルス幅より狭いパルスが生じないように2相変調に切り替わる。そして、過変調領域になっても2相変調のまま6次高調波を重畳して電圧振幅を拡大している。
【0408】
零相変調方式は、
図21の下段の上部に「Mode3/2」のロジック信号として表現しており、「=H:三相変調,=L:二相変調」に相当する。
【0409】
キャリアの非同期・同期の切り替えは従来技術4を使用しており、低速では非同期キャリア(固定の非同期キャリア周波数:Fc0=6000Hz)とし、速度が高くなると同期キャリアに切り替えている。同期キャリア数は(24,15,9[三角波周期/cyc])の3種類としてあり、「1パルス変調」までは切り替えていない。
【0410】
図21の下段にキャリア周波数の変化係数「KFc=Fc/Fc0」の波形を描いており、非同期区間は「Fc0」、同期区間は同期キャリア数「Nc=24,15,9」を付記してある。同期キャリアになると速度検出値ωrと比例して周波数が変化し、速度に応じて同期キャリア数Ncも切り替えてある。
【0411】
同期PWMのパターン生成はパルステーブルを利用しており、事前に従来技術2の
図8(b)のような過変調方式を応用して同期PWMのパターンテーブルを生成しておき、「同期キャリア数Nc,変調率(V1x/(Vdc/√2)),電圧位相(鋸波)Ks_cyc(θv)」を入力として三相のPWM指令を読み出して、同期キャリアと比較する。
【0412】
同期キャリアでも、「電流制御」と「電圧位相制御」の切り替えは変調率(V1x/(Vdc/√2))が0.95を超過した条件とし、
図21の下段の上部に「Sm」のロジック信号として表現しており、「=L:電流制御,=H:電圧位相制御」に相当する。
【0413】
運転パターンは、最初の2.0[s]まで加速トルクを、2.5[s]以降は減速トルクを与えている。基底速度以上ではトルク指令を低減させる必要があるので、事前に
図6のN-T特性を使って動作させた場合のトルクパターン(時系列)を調べておき、3条件ともこれと同じトルクパターン入力している。本来は実速度に応じて低減させるべきだが、ここでは電流指令の比較がしやすいようにトルク指令は同一とした。
【0414】
実機は数式モデルで近似し、各種のテーブルや制御パラメータも実機モデルと同じ定数を使用しており、電流制限は「1.0p.u.」に設定した。ただし、シミュレーション時間を短縮したかったため、「モータと負荷の合成慣性モーメント」だけは通常より小さい値(低慣性モーメント)に設定している。
【0415】
表1のような三種類の条件で行ったシミュレーション結果を
図21の時間特性として示してある。制限電圧の違いによりd軸電流に差があることを明示したいので、
図21の電流に関する波形を、
図22にて「dq軸の電流座標の軌跡」として表現している。また、
図21の電圧に関する波形を、
図23にて「dq軸の電圧座標の軌跡」として表現した。各成分の指令値は「破線」で、検出値(同期サンプル値)は「実線」で示している。
【0416】
【0417】
直流電源電圧Vdcや制限電圧指令VLim_cmdの差異があっても、実施形態1の電流指令の生成法は適用できる。制限電圧指令VLim_cmdが低下した場合には、d軸電流指令Id_refが負方向に増加しており、これにより電圧振幅指令V1xが制限できている。視点を変えると、電圧飽和レベルでもトルク制御が実現できていることになる。
【0418】
電圧制限の特性は、
図23にて「dq軸の電圧座標の軌跡」の半径の差異より、正常に動作していることが確認できる。
【0419】
電圧制限による弱め界磁電流の修正動作については、
図22にて「dq軸の電流座標の軌跡」のd軸成分の差異より、正常に動作していることが確認できる。
【0420】
実施形態2の電流制御と電圧位相制御の切り替え時については、実施形態6を適用して抵抗R1による電圧降下成分ΔVxも補正しているので、電圧振幅指令V1xはほぼ連続的になっている。
【0421】
電圧位相制御の場合には、電流指令と電流検出値の差異が大きいが、原理的に速度が変化している場合には偏差が発生するものである。通常より慣性モーメントを低く設定したので、速度変化が大きくなり電流偏差も大きくなっているが、不安定にはなっておらず速度が一定になると一致するように収束している。また、電流検出値にはPWMリプルの影響により微小振動が発生しているが、不安定は発生していない。
【0422】
制御方式の切り替え、キャリア非同期/同期の切り替え、三相変調/二相変調の切り替えなどの各種切り替え動作は連動させていないが、状況に応じて独立に切り替わっても電流やトルク特性には大きな外乱は発生していない。
【0423】
実施形態5だけは演算時間の問題なのでこの特性には表現されていないが、その他の実施形態については、このシミュレーション結果より想定通りの動作をすることが確認できている。
【0424】
以上、本発明において、記載された具体例に対してのみ詳細に説明したが、本発明の技術思想の範囲で多彩な変形および修正が可能であることは、当業者にとって明白なことであり、このような変形および修正が特許請求の範囲に属することは当然のことである。
【符号の説明】
【0425】
50…電流指令生成部
52a…絶対値演算部
52b…符号関数部
53…上限トルクテーブル
54…下限トルクテーブル
55…第1飽和関数部
56…大小比較部
57…飽和関数部
58d…d軸電流MTPAテーブル
58q…q軸電流MTPAテーブル
59…第1乗算器
60…制限磁束演算部
61…第3乗算器
62…第4乗算器
63…min関数部
64…除算器
65…絶対値関数部
66…第2飽和関数部
67d…d軸電流ΨTテーブル
67q…q軸電流ΨTテーブル
68…第2乗算器
SW_Iref…選択スイッチ