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特開2025-21308人工天体の軌道推定装置、軌道推定方法、及び軌道推定プログラム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025021308
(43)【公開日】2025-02-13
(54)【発明の名称】人工天体の軌道推定装置、軌道推定方法、及び軌道推定プログラム
(51)【国際特許分類】
   B64G 3/00 20060101AFI20250205BHJP
【FI】
B64G3/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023125125
(22)【出願日】2023-07-31
(71)【出願人】
【識別番号】523155489
【氏名又は名称】デロイトトーマツリスクアドバイザリー合同会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002516
【氏名又は名称】弁理士法人白坂
(72)【発明者】
【氏名】満田 和真
(57)【要約】
【課題】掃天観測による短い円弧の観測からでも、精度よく軌道要素を推定可能な人工天体の軌道推定装置、軌道推定方法、及び軌道推定プログラムを提供する。
【解決手段】掃天観測に基づき、MCMCを用いたBayes推定によって軌道推定を行う複数の人工天体の軌道推定方法であって、掃天観測によって得られた、複数の人工天体のそれぞれの軌道の短い円弧から軌道要素および天体サイズの低精度事後分布を得る低精度事後分布算出ステップと、掃天観測による観測のうち、異なる観測について事後分布同士を比較することによって同一の人工天体についての観測を特定する人工天体特定ステップと、同一の人工天体についての3つ以上の短い円弧の観測を用いて軌道要素の高精度事後分布を得る高精度事後分布算出ステップとを備える。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
掃天観測に基づき、MCMCを用いたBayes推定によって軌道推定を行う複数の人工天体の軌道推定装置であって、
前記掃天観測によって得られた、前記複数の人工天体のそれぞれに関するデータを記憶する記憶部と、
演算部であって、
前記掃天観測によって得られた、前記複数の人工天体のそれぞれの軌道の短い円弧から軌道要素および天体サイズの低精度事後分布を得る低精度事後分布算出部と、
前記掃天観測のうち、異なる観測について前記事後分布同士を比較することによって同一の人工天体についての観測を特定する人工天体特定部と、
同一の人工天体についての3つ以上の短い円弧の観測を用いて軌道要素の高精度事後分布を得る高精度事後分布算出部と、
を含む演算部と
を備えることを特徴とする軌道推定装置。
【請求項2】
前記低精度事後分布算出部は、
前記掃天観測によって得られた、前記複数の人工天体のそれぞれの時刻と位置とから、前記軌道要素を算出し、
算出された前記軌道要素をサンプリングする
ことを特徴とする請求項1に記載の軌道推定装置。
【請求項3】
前記低精度事後分布算出部は、前記軌道要素を算出する際、
前記複数の人工天体のそれぞれの時刻と位置とから、接線要素として平均時刻における平均位置と平均速度とを算出し、
前記算出された平均位置と平均速度とから前記軌道要素を算出する
ことを特徴とする請求項2に記載の軌道推定装置。
【請求項4】
前記低精度事後分布算出部は、
前記複数の人工天体のそれぞれの明るさから前記天体サイズの低精度事後分布を得る
ことを特徴とする請求項1に記載の軌道推定装置。
【請求項5】
前記人工天体特定部は、
任意の3視野の観測の組み合わせを選択し、
選択された前記組み合わせについて、前記低精度事後分布を比較し、前記3視野の観測の組み合わせの一致度を算出し、
前記算出された一致度が所定の閾値を超えた場合に、選択された前記組み合わせを同一の人工天体のものであるとみなす
ことを特徴とする請求項1に記載の軌道推定装置。
【請求項6】
前記高精度事後分布算出部は、equinoctial elementsをサンプリングすることを特徴とする請求項5に記載に軌道推定装置。
【請求項7】
前記高精度事後分布算出部は、前記equinoctial elementsをサンプリングする際、MultiNestを用いて実行することを特徴とする請求項6に記載の軌道推定装置。
【請求項8】
前記高精度事後分布算出部は、前記equinoctial elementsのサンプリングを、MultiNestを用いて実行する際、Priorを、前記3視野の観測の組み合わせのそれぞれの観測点を得ることによって得ることを特徴とする請求項6に記載の軌道推定装置。
【請求項9】
前記高精度事後分布算出部は、Priorを、前記3視野の観測の組み合わせのそれぞれの観測点を得たのちに、
得られたそれぞれの前記観測点の接線要素をサンプリングし、
前記equinoctial elementsの事後分布を足し合わせる
ことを特徴とする請求項8に記載の軌道推定装置。
【請求項10】
前記高精度事後分布算出部は、前記equinoctial elementsのサンプリングを、MultiNestを用いて実行する際、Priorを荒い事後分布を用いた複数視野のマッチングにおいて得られた、equinoctial elementsの共通部分の面積、又は体積から得られる各パラメータの分布から得ることを特徴とする請求項6に記載の軌道推定装置。
【請求項11】
前記高精度事後分布算出部は、equinoctial elementsをサンプリングする際、前記3視野の観測の組み合わせのすべてについて前記サンプリングを繰り返すことを特徴とする請求項5に記載の軌道推定装置。
【請求項12】
掃天観測に基づき、MCMCを用いたBayes推定によって軌道推定を行う複数の人工天体の軌道推定方法であって、
前記掃天観測によって得られた、前記複数の人工天体のそれぞれの軌道の短い円弧から軌道要素および天体サイズの低精度事後分布を得る低精度事後分布算出ステップと、
前記掃天観測のうち、異なる観測について前記事後分布同士を比較することによって同一の人工天体についての観測を特定する人工天体特定ステップと、
同一の人工天体についての3つ以上の短い円弧の観測を用いて軌道要素の高精度事後分布を得る高精度事後分布算出ステップと
を備えることを特徴とする方法。
【請求項13】
掃天観測によって得られた、複数の人工天体のそれぞれに関するデータを記憶する記憶部と、演算部とを備え、前記掃天観測に基づき、MCMCを用いたBayes推定によって軌道推定を行う複数の人工天体の軌道推定装置において、前記軌道推定装置に、
前記掃天観測によって得られた、前記複数の人工天体のそれぞれの軌道の短い円弧から軌道要素および天体サイズの低精度事後分布を得る低精度事後分布算出機能と、
前記掃天観測のうち、異なる観測について前記事後分布同士を比較することによって同一の人工天体についての観測を特定する人工天体特定機能と、
同一の人工天体についての3つ以上の短い円弧の観測を用いて軌道要素の高精度事後分布を得る高精度事後分布算出機能と
を実現させるための軌道推定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工天体の軌道推定装置、軌道推定方法、及び軌道推定プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、地球の周りには数多くの宇宙ゴミが分布している。図1に示すように、人工衛星1を運用するにあたり、これらの宇宙ゴミ2を回避する際、宇宙ゴミ2の軌道を推定し、予報円6を避けるように、人工衛星1を本来の軌道3から、一時的に、例えば軌道4、5へ変更する必要がある。一時的な軌道変更により、余分な燃料消費による寿命短縮、軌道変更期間中のビジネスの停止等による経済的な損失が生じる。図1(a)、および図1(b)に示すように、予報円6が小さい程一時的な軌道変更の距離は小さく、変更期間が短くなり、したがって経済的損失は小さくなる。精度良く人工天体の軌道を推定することにより、一時的な軌道変更の距離を小さくすることができる。
【0003】
従来、人工衛星や宇宙ゴミといった人工天体の軌道を推定する際、光学観測や電波レーダーによる観測からKeplerian elements(ケプラーの法則に基づく軌道要素)を推定していた。光学観測では、電波レーダーと比べて位置決定精度が高い、静止軌道以遠などの高い軌道の人工天体でも観測しやすい等のメリットがある。一方で、距離の情報は得られず、赤経(Right Ascension;RA)、赤緯(Declination;Dec)の2つの角度のみが得られる。人工天体の運動の角度のみが得られる観測に基づく軌道決定においては、一般にGaussの方式やGoddingsの方法といった天体力学に基づく手法が用いられる。近年では、これらの方法では軌道決定が難しい場合でも適用できる方法も開発されている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1は、角度のみの観測による初期起動決定の方法を開示している。
【0004】
一方、人工天体を発見、観測する手段として、広視野動画サーベイ観測といった天文学の掃天観測データの利用が注目されている。広視野動画サーベイ観測は、従来、超新星爆発等の突発現象、重力波の光学対応天体の検出、惑星、彗星、地球近接天体等の移動天体が従来の主な観測対象である。広視野動画サーベイ観測は、地上の所定の観測位置から、夜間、上空の広い範囲を短時間の動画撮影により観測し、多数の人工天体を検出する。この観測では、毎晩、広い範囲を短時間の動画で観測することで、一晩に数千の移動天体を検出し、これらの検出された移動天体の大部分は人工天体と考えられる。このような観測データを利用して人工天体を発見し、軌道決定できれば人工天体の安全な運用などに役立てることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6106341号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の光学観測や電波レーダーによる観測からKeplerian elementsを推定する方法では、短い円弧からの軌道決定や観測点同士が離れている場合にロバストな軌道決定を行うことが難しく、また摂動が反映された軌道要素を求めることが出来ない。広視野動画サーベイといった掃天観測では、それぞれの動画観測の時間が短く、したがって人工天体が描く円弧も1度よりも遥かに小さいため、従来の手法を適用して軌道決定を行うことが困難である。
【0007】
上記問題点を鑑み、本発明は、掃天観測による短い円弧の観測からでも、精度よく軌道要素を推定可能な人工天体の軌道推定装置、軌道推定方法、及び軌道推定プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の態様は、掃天観測に基づき、MCMCを用いたBayes推定によって軌道推定を行う複数の人工天体の軌道推定装置であって、掃天観測によって得られた、複数の人工天体のそれぞれに関するデータを記憶する記憶部と、演算部であって、掃天観測によって得られた、複数の人工天体のそれぞれの軌道の短い円弧から軌道要素および天体サイズの低精度事後分布を得る低精度事後分布算出部と、掃天観測のうち、異なる観測について事後分布同士を比較することによって同一の人工天体についての観測を特定する人工天体特定部と、同一の人工天体についての3つ以上の短い円弧の観測を用いて軌道要素の高精度事後分布を得る高精度事後分布算出部と、を含む演算部とを備ええることを要旨とする。
【0009】
本発明の第1の態様において、低精度事後分布算出部は、掃天観測によって得られた、複数の人工天体のそれぞれの時刻と位置とから、軌道要素を算出し、算出された軌道要素をサンプリングしてもよい。
【0010】
本発明の第1の態様において、低精度事後分布算出部は、軌道要素を算出する際、複数の人工天体のそれぞれの時刻と位置とから、接線要素として平均時刻における平均位置と平均速度とを算出し、算出された平均位置と平均速度とから軌道要素を算出してもよい。
【0011】
本発明の第1の態様において、低精度事後分布算出部は、複数の人工天体のそれぞれの明るさから天体サイズの低精度事後分布を得てもよい。
【0012】
本発明の第1の態様において、人工天体特定部は、任意の3視野の観測の組み合わせを選択し、選択された組み合わせについて、低精度事後分布を比較し、3視野の観測の組み合わせの共通部分の面積を算出し、算出された面積が所定の閾値を超えた場合に、選択された前記組み合わせを同一の人工天体のものであるとみなしてもよい。
【0013】
本発明の第1の態様において、高精度事後分布算出部は、equinoctial elementsをサンプリングしてもよい。
【0014】
本発明の第1の態様において、高精度事後分布算出部は、equinoctial elementsをサンプリングする際、MultiNestを用いて実行してもよい。
【0015】
本発明の第1の態様において、高精度事後分布算出部は、equinoctial elementsのサンプリングを、MultiNestを用いて実行する際、Priorを、3視野の観測の組み合わせのそれぞれの観測点を得ることによって得てもよい。
【0016】
本発明の第1の態様において、高精度事後分布算出部は、Priorを、3視野の観測の組み合わせのそれぞれの観測点を得たのちに、得られたそれぞれの観測点の接線要素をサンプリングし、equinoctial elementsの事後分布を足し合わせてもよい。
【0017】
本発明の第1の態様において、高精度事後分布算出部は、equinoctial elementsのサンプリングを、MultiNestを用いて実行する際、Priorを荒い事後分布を用いた複数視野のマッチングにおいて得られた、equinoctial elementsの共通部分の面積、又は体積から得られる各パラメータの分布から得てもよい。
【0018】
本発明の第1の態様において、高精度事後分布算出部は、equinoctial elementsをサンプリングする際、3視野の観測の組み合わせのすべてについてサンプリングを繰り返してもよい。
【0019】
本発明の第2の態様は、掃天観測に基づき、MCMCを用いたBayes推定によって軌道推定を行う複数の人工天体の軌道推定方法であって、掃天観測によって得られた、複数の人工天体のそれぞれの軌道の短い円弧から軌道要素および天体サイズの低精度事後分布を得る低精度事後分布算出ステップと、掃天観測のうち、異なる観測について事後分布同士を比較することによって同一の人工天体についての観測を特定する人工天体特定ステップと、同一の人工天体についての3つ以上の短い円弧の観測を用いて軌道要素の高精度事後分布を得る高精度事後分布算出ステップとを備えることを要旨とする。
【0020】
本発明の第3の態様は、軌道推定プログラムであって、掃天観測によって得られた、複数の人工天体のそれぞれに関するデータを記憶する記憶部と、演算部とを備え、前記掃天観測に基づき、MCMCを用いたBayes推定によって軌道推定を行う複数の人工天体の軌道推定装置において、軌道推定装置に、掃天観測によって得られた、複数の人工天体のそれぞれの軌道の短い円弧から軌道要素および天体サイズの低精度事後分布を得る低精度事後分布算出機能と、掃天観測による観測のうち、異なる観測について事後分布同士を比較することによって同一の人工天体についての観測を特定する人工天体特定機能と、同一の人工天体についての3つ以上の短い円弧の観測を用いて軌道要素の高精度事後分布を得る高精度事後分布算出機能とを実現させることを要旨とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、掃天観測による短い円弧の観測からでも、精度よく軌道要素を推定可能な人工天体の軌道推定装置、軌道推定方法、及び軌道推定プログラムを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】宇宙ゴミにより人工衛星が軌道変更する様子を説明する模式図である。
図2】Keplerian elementsによって記述される人工天体の軌道を説明する模式図であり、図2(a)は楕円軌道面での地球と人工天体の位置とa、およびeとの関係、図2(b)は3次元における楕円軌道の位置とω、I、およびΩとの関係図2(c)は楕円軌道面でのtにおける人工天体の位置とM、真近点角ν、および離心近点角Eとの関係を示す図である。
図3】人工天体の観測位置について説明する模式図である。
図4】本発明の実施形態に係る軌道推定装置の一例を示すブロック図である。
図5】本実施形態に係る軌道推定方法の一例の全体の流れを説明するフローチャートである。
図6】本実施形態に係る軌道推定方法における低精度事後分布の算出方法を説明するフローチャートである。
図7】本発明の実施形態に係る軌道推定装置において計算される、α、δと平均位置αavg、δavg、平均速度vα,avg、vδ,avgとの関係の一例を示すグラフである。
図8】本発明の実施形態に係る軌道推定装置におけるLog Likelihoodの計算結果の一例を示す。
図9】実際の観測の一例を示すグラフであり、図9(a)はburn-inにおけるtrace、図9(b)はLikelihood、図9(c)は採択確率である。
図10】サンプリングされた接線要素の事後分布の一例を示すグラフである。
図11】Keplerian elementsの事後分布のグラフである。
図12】equinoctial elementsの事後分布のグラフである。
図13】2パラメータでのサンプリングにおける、図13(a)はburn-inにおけるtrace、図13(b)はLikelihood、図13(c)は採択確率である。
図14】サンプリングされた接線要素の事後分布の一例を示すグラフである。
図15】Keplerian elementsの事後分布のグラフ
図16】equinoctial elementsの事後分布のグラフ
図17】4パラメータでのサンプリングにおける、図17(a)はburn-inにおけるtrace、図17(b)はLikelihood、図17(c)は採択確率である。
図18】サンプリングされた接線要素の事後分布の一例を示すグラフである。
図19】Keplerian elementsの事後分布のグラフ
図20】equinoctial elementsの事後分布のグラフ
図21】人工天体、観測装置、および太陽光の角度の関係を説明する模式図である。
図22】アルベドの事前分布を示すグラフである。
図23】計算された事後分布を示すグラフである。
図24】3視野の観測が全て同じ天体である場合の事後分布を示すグラフである。
図25】1視野が異なる天体である場合の事後分布を示すグラフである。
図26】3つの観測点を用いてequinoctial elementsのpriorを作成した一例を示すグラフである。
図27】MultiNestでサンプリングされたequinoctial elementsの事後分布の一例を示すグラフである。
図28】MultiNestでサンプリングされたKeplerian elementsの事後分布の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
次に、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。実施形態に係る図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付している。但し、図面は模式的なものである。
【0024】
又、実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、各構成要素の構成や配置、レイアウト等を下記のものに特定するものでない。本発明の技術的思想は、特許請求の範囲に記載された請求項が規定する技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【0025】
(実施形態)
本実施形態に係る軌道推定装置は、掃天観測によって得られた、複数の人工天体の軌道の短い円弧のデータから、精度よく軌道要素を推定することが出来る。
【0026】
本実施形態に係る軌道推定方法は、軌道推定装置において、本実施形態に係る軌道推定方法を実現する処理内容が記載された軌道推定プログラムを実行させることにより実現可能である。
【0027】
まず、人工天体の軌道を記述するKeplerian elements、およびequinoctial elements(天の赤道要素)について以下に説明する。Keplerian elementsは元期tにおけるパラメータa:半長軸半径、e:離心率、ω:近点引数、I:軌道傾斜角、Ω:昇交点赤経、M:平均近点角、である。図2に、これらのパラメータによって記述される人工天体20の軌道を示す。図2(a)は楕円軌道面での地球21と人工天体20の位置とa、およびeとの関係を示す図である。図2(b)は3次元における楕円軌道の位置とω、I、およびΩとの関係を、近地点22、遠地点23、軌道面24、赤道面25、人工天体20の周回方向26とともに示す図である。図2(c)は楕円軌道面でのtにおける人工天体の位置とM、真近点角ν、および離心近点角Eとの関係を示す図である。
【0028】
Keplerian elementsにより、地球と人工天体の2体問題を前提とした楕円軌道が定まる。一方で、Keplerian elementsでは真円に近い軌道や赤道面と平行に近い軌道を表現することが難しい。そこで、これらの様な軌道を含め、地球を周回するあらゆる人工天体の軌道を表現することができるequinoctial elementsも用いられる。equinoctial elementsは、パラメータa:半長軸半径、ex=ecos(ω+Ω)、e=esin(ω+Ω)、h=tan(i/2)cos(Ω)、h=tan(i/2)sin(Ω)、Iν=M+ω+Ωである。
【0029】
実際には人工天体の軌道は地球重力の不均一性、月や太陽の重力、太陽の輻射圧、上層大気による空気抵抗などによる摂動を受けて変化する。光学や電波などの観測から軌道要素を求める際には、これらの摂動を扱うSDP4、SGP4といった軌道伝播アルゴリズムを用いることで、摂動を考慮したKeplerian elementsを求めることができる。
【0030】
本実施形態では、掃天観測の複数夜のデータから、軌道要素を推定する。掃天観測について、以下に説明する。
【0031】
掃天観測としては、例えば、広視野動画サーベイ観測が挙げられる。広視野動画サーベイ観測は、所定の範囲の視野を望遠鏡に設置された複数のイメージセンサを用いて可視光単色の動画撮影を行う観測方法である。具体的な例としては、約20平方度の視野を84枚のCMOSセンサによってカバーする。1視野について毎秒2フレーム、0.5秒の露光が12フレーム実施される。即ち、1視野について6秒の動画が取得される。1視野の周りに望遠鏡を微動して撮像を繰り返すことにより、イメージセンサ間の間隙が埋められる。さらに望遠鏡の角度を変えて動画撮影を繰り返すことにより、一晩に一回以上全天を掃天する。
【0032】
広視野動画サーベイ観測によって取得された動画データに対して、1視野の各イメージセンサ内において移動天体の検出が行われる。この検出の際、動画データにはノイズや「seeingダンス(大気揺らぎによる星像のふらつき)」等が多数含まれるため、ランダムフォレスト分類器によって真に移動天体である確率が所定値以上のものが抽出される。1晩に数千個の移動天体が検出され、その大部分は既知の人工天体、または未知の人工天体であると考えられる。
【0033】
地球近接天体(Near Earth Object;NEO)の典型的な見かけの速さは~3arcsec[s-1]である。見かけの速さ~50arcsec[s-1]は、高度約1万kmに相当する。広視野動画サーベイの動画データには、この速度よりも移動速度が速い移動天体が映り込んでいるが、この速さを下回る人工天体が、宇宙ゴミや人工衛星といった、NEOのコンタミネーションとして検出される。
【0034】
検出される人工天体の円弧は、1視野6秒間の観測においては、1度よりもはるかに小さく、例えば、高度1万kmでは、6秒間の円弧は1/12度である。
【0035】
広視野動画サーベイで得られる人工天体のデータは、1視野につき、所定のフレームの観測位置、即ち角度と、明るさである。人工天体の観測位置は、各フレームの撮像時刻tにおけるRA(α)、およびDec(δ)、明るさは可視光等級mとして得られる。ここで、iは1からフレーム数の間の整数であり、例えば12フレーム観測の場合は1から最大12の間の整数である。
【0036】
図3に、望遠鏡33と、撮像時刻t、t、およびtにおける人工天体30のそれぞれの観測位置を示す。人工天体30は軌道34に沿って運動している。撮像時刻tにおける人工天体30の観測位置はRA(α)、およびDec(δ)で表される。撮像時刻t、およびtについても同様である。
【0037】
本実施形態に係る軌道推定装置を図4を参照しながら説明する。図4に示すように、本実施形態に係る軌道推定装置40は、各種の演算実行のためのCPU41、処理用のプログラム、人工天体のデータを含むデータ等の記憶のための記憶部42、I/O(インプット・アウトプットインターフェース)43、表示部44、入力部45から構成される。
【0038】
軌道推定装置40は、パーソナルコンピュータ(PC)、メインフレーム、ワークステーション、クラウドコンピューティングシステム等、種々の電子計算機(計算リソース)であってよい。I/O43は通信(送受信)用のインターフェース、バッファ等である。
【0039】
表示部44は、ディスプレイ等の表示装置であり、CPU41による演算結果等を表示する。入力部45は、キーボード、マウス等の入力装置であり、ユーザからの入力を受け付け、CPU41に送信する装置によって実現される。
【0040】
図4のブロック図に、CPU41内の機能部を示す。CPU41の各機能部をソフトウェアにより実現する場合、CPU41は各機能を実現するソフトウェアであるプログラムの命令を実行することで実現する。詳細には、低精度事後分布算出部411、人工天体特定部412、高精度事後分布算出部413等を備える。
【0041】
低精度事後分布算出部411は、I/O43において取得した掃天観測による観測データに基づき、掃天観測の1視野の観測から軌道要素と天体サイズについての低精度事後分布を算出する。
【0042】
人工天体特定部412は、1視野の観測からMCMCサンプリングによって得られた荒い事後分布を用いて、異なる観測について事後分布同士を比較することによって同一の人工天体についての観測を特定する、すなわちマッチングを行う。
【0043】
高精度事後分布算出部413は、掃天観測の複数視野の観測から軌道要素についての高精度の事後分布を算出する。
【0044】
本発明の実施形態に係る軌道推定方法を以下に説明する。本実施形態に係る軌道推定方法は、広視野動画サーベイを含む掃天観測において得られる短い円弧についての光学観測が複数夜に渡って得られる場合に、人工天体を同定し軌道決定する方法である。図5に、本実施形態に係る軌道推定方法の一例の全体の流れを説明するフローチャートを示す。本実施形態に係る軌道推定方法は、図5に示すように、以下の4ステップで実施される。
【0045】
ステップS501において、掃天観測による観測データを取得する。
【0046】
ステップS502において、掃天観測の1視野の観測から軌道要素と天体サイズについての精度の低い事後分布を算出する。本実施形態においては、以下に定義する接線軌道要素をMCMCサンプリングすることによって軌道要素についての事後分布を得る。さらに、軌道要素の事後分布と観測された明るさから天体サイズについての事後分布を算出する。
【0047】
ステップS503において、1視野の観測からMCMCサンプリングによって得られた荒い事後分布を用いて、異なる観測について事後分布同士を比較することによって同一の人工天体についての観測を特定する、すなわちマッチングを行う。
【0048】
ステップS504において、掃天観測の複数視野の観測から軌道要素についての高精度の事後分布を算出する。
【0049】
図5に示す本実施形態に係る軌道推定方法の各ステップの詳細を、図6乃至8を参照しながら以下に説明する。
【0050】
図5に示すステップS502の詳細を、図6に示す。
【0051】
(接線要素を算出)
ステップS601において、接線要素(osculating parameters)を算出する。まず、1視野の観測から得られる時刻t、及び位置α、δから、以下の関係式を基に平均時刻tavgにおける平均位置αavg、δavgと平均速度vα,avg、vδ,avgとを算出する。平均時刻tavg、及び平均位置αavg、δavgは以下の式で与えられる。
【0052】
【数1】
【0053】
【数2】
【0054】
【数3】
【0055】
また、α、δより、各時刻における速度vα,i、vδ,i
【0056】
【数4】
【0057】
【数5】
【0058】
で与えられ、平均速度vα,avg、vδ,avgは、
【0059】
【数6】
【0060】
【数7】
【0061】
で与えられる。
【0062】
接線要素は、平均時刻tavgにおける地心距離r、地心距離rの時間微分dr/dt、平均位置αavg、δavg、平均速度vα,avg、vδ,avgの6つのパラメータとして定義される。ここで、r及びdr/dtは地球中心座標(Geocentric Frame)、他の4パラメータは観測者中心座標系(Topocentric Frame)で定義されることに注意されたい。
【0063】
図7にα、δと平均位置αavg、δavg、平均速度vα,avg、vδ,avgとの関係の一例を示す。図7に示すグラフにおいて、グラフ中のグレースケールで示されるデータ71はα、δであり、グレースケールの濃淡は時刻tに対応する。横軸と縦軸はそれぞれ、α、δの平均値からの差分、グレースケールの濃淡は平均時刻からの差分である。グラフの中央のデータ72は平均位置αavg、δavgであり、データ72からデータ73までのベクトルは、(vα,avg,vδ,avg)に0.25秒を乗じたベクトルである。
【0064】
(接線要素から軌道要素を得る手順)
ステップS602において、軌道要素(Keplerian Elements)が接線要素と同様に6つのパラメータから構成され、各パラメータが互いに変数変換の関係であることから、得られた接線要素を基に、軌道要素を算出する。以下にその手順を説明する。
【0065】
地球中心での天体の位置を計算する。地心距離r、観測者中心でのRAαGeo、DecδGeoとすると、地球中心から観測者までのベクトルは
【0066】
【数8】
【0067】
で与えられ、観測者から天体までのベクトルは
【0068】
【数9】
【0069】
で与えられ、地球中心から天体までのベクトルは
【0070】
【数10】
【0071】
で与えられる。ここで、ベクトルSをdについて解くことが出来、ベクトルsを決定できる。これにより、Sすなわち地球中心座標系における天体の位置を求めることができる。
【0072】
接線要素r、dr/dt、αavg、δavg、vα,avg、vδ,avgが与えられると、地球中心座標系での天体の位置を求めることができ、さらにこれらの微小変位から天体の速度を求めることができる。すなわち、地球中心座標での位置ベクトル
【0073】
【数11】
【0074】
および速度ベクトル
【0075】
【数12】
【0076】
が得られる。ひとたび位置ベクトルpGeo、および速度ベクトルvGeoが得られると、角運動量ベクトルを用いて地球―天体の2体問題における軌道要素を求めることができる。
【0077】
(MCMCにおけるLog Likelihoodの定義)
ステップS603において、接線軌道要素をMCMC(マルコフ連鎖モンテカルロ法、Marcov Chain Monte Calro)サンプリングする際のLog Likelihoodを定義する。なお、Log Likelihoodとは、最尤推定であり、統計学において、与えられたデータからそれが従う確率分布の母数を点推定する方法である。また、MCMCとは、求める確率分布を均衡分布として持つマルコフ連鎖を作成することによって確率分布のサンプリングを行う種々のアルゴリズムの総称である。
【0078】
まず、各サンプルについて、接線軌道要素から得られる軌道要素を用いて、観測時刻tにおけるRA(αm,i)、Decδm,iを計算する。観測のα、δは、それぞれ、モデルのαm,i、δm,iの周りに観測の位置決定精度の範囲で正規分布すると仮定する。これらの差分は、
【0079】
【数13】
【0080】
【数14】
【0081】
で表される。ここで、RA方向の差分についてはCOS(δ)を乗じる必要があることに注意されたい。
【0082】
さらに、観測誤差をσとすると、Log Likelihoodは
【0083】
【数15】
【0084】
で表される。ただし、f(x,σ)は、平均0、分散σの正規分布のxにおける確率密度関数の自然対数を与える。
【0085】
接線軌道要素から得られる軌道要素は摂動が考慮されていない一方で、これらの軌道要素からαm,i、δm,iを計算する際には摂動を考慮し、SGP4等のアルゴリズムを用いることもできる。摂動考慮の有無による差異は、ここで考慮されるタイムスケールの範囲においては、globalな位置のoffsetとして現れる。したがって、上式をそのまま適用すると、global offsetによってLLが非常に小さくなってしまう。そこで、常識にglobal offsetを吸収する項を追加する。
【0086】
まず、Δα、Δδをglobal成分とlocal成分とに分ける。global成分Δαglob、Δδglobはiについて平均を取り、以下の式
【0087】
【数16】
【0088】
【数17】
【0089】
に基づき計算する。local成分Δαloc,i、Δδloc,iはglobal成分からの変位であって、以下の式
【0090】
【数18】
【0091】
【数19】
【0092】
で与えられるとする。global成分は、摂動考慮の有無による典型的な差異σglobを標準偏差とする正規分布、local成分は観測の位置決定精度を標準偏差とする正規分布に従うと仮定すると、Log Likelihoodは
【0093】
【数20】
【0094】
で表される。右辺第3項と4項が摂動考慮の有無に起因するglobal offsetを吸収する項と解釈できる。
【0095】
実際の観測の際の一例として、観測の位置決定精度は、~0.3arcsecである。また、σglobの値は典型値として~20arcmin程度と推定される。以下では、軌道要素から人工天体の位置の計算を行う際、SGP4によって摂動を考慮するものとする。
【0096】
(MCMCの初期値の設定)
ステップS604において、MCMCの初期値を設定する。接線要素のサンプリングにおけるMCMCの初期値は、平均位置αavg、δavg、平均速度vα,avg、vδ,avgについては、観測から得られる値をそのまま用いることができる。一方、接線要素r、dr/dtについては、初期値を外部的に与える必要がある。
【0097】
接線要素r、dr/dtの初期値は、これらのgrid上のいくつかの点において軌道要素を計算し、閉じた軌道を与えるものから採用する。人工天体については、これらの取りうる範囲が限られている。例えば、接線要素rは高度100km程度から月の軌道高度38万km程度、dr/dtは±5kms-1程度が現実的に取り得る範囲である。この範囲で適当な数(例えば20程度)のgridを切った上、他の接線要素については観測から得られる値を使用し、軌道要素の計算を行う。閉じた軌道を与える点、またはLLが大きな点をMCMCの初期値とすることができる。
【0098】
軌道要素の事後分布を接線要素のサンプリングによって実現することの利点は、観測において、LLが接線要素に対して凸関数となることである。LLが凸関数となるため、MCMCによってロバストなサンプリングが可能である。図8に、r、dr/dtのグリッド上の点においてLLを計算した例を示す。図8のグラフの、横軸がr、縦軸がdr/dt、ドットは計算を行った点、グレースケールの濃度はLLの値を示し、グラフ中の、濃いグレーによって示される領域80が、LLの大きな領域である。
【0099】
(事前分布の設定)
ステップS605において、後述するMCMCサンプリングを行うにあたり、事前分布を設定することができる。ベイズ推定においては、事前分布を決定することから開始する。事前分布は、過去の文献、予備データ、経験等によりおよその分布が得られている場合には、そのような分布を今回の事前分布として用いることができる。事前分布とは、前から持っている情報のことを指し、尤度は取得した情報である。
【0100】
まず、接線要素のサンプリングにおいては、接線要素r、dr/dtの2次元分布、および平均位置αavg、δavg、平均速度vα,avg、vδ,avgそれぞれの1次元分布を用いることができる。ただし、事後分布への事前分布の影響は小さい。接線要素r、dr/dtの事前分布については、既知の人工天体等の軌道要素の分布から計算されたもの等を用いることができる。平均位置αavg、δavg、平均速度vα,avg、vδ,avgについては、例えば12frameの観測から得られる標準偏差を用いて正規分布を用いることができる。
【0101】
(接線要素のサンプリング)
ステップS606において、MCMCで接線要素のサンプリングを行う際には、以下の(1)~(3)の3パターンでそれぞれサンプリングを行う。
(1)接線要素rの1パラメータでのサンプリング
(2)接線要素r、dr/dtの2パラメータでのサンプリング
(3)接線要素r、dr/dt、平均速度vα,avg、vδ,avgの4パラメータでのサンプリング
(1)では、dr/dt=0を仮定し、平均位置αavg、δavg、平均速度vα,avg、vδ,avgを観測値で固定する。(2)では、サンプリングされない平均位置αavg、δavg、平均速度vα,avg、vδ,avgを観測値で固定する。(3)では、サンプリングされない平均位置αavg、δavgを観測値で固定する。(2)および(3)は離心率の大きな軌道を含む様々な場合のサンプリングに適している一方、対象天体の軌道が円軌道に近い場合に、離心率を確率的に過大評価しやすい。(1)も、対象天体の軌道が円軌道に近い場合に離心率を確率的に過大評価しやすい傾向を完全には排除できないが、dr/dt=0であるため、接線要素rが真の値に近い場合、真の軌道要素に近い値を与え得る。
【0102】
(1)接線要素rの1パラメータでのサンプリング
接線要素のうち、rの1パラメータに対してMCMCサンプリングを行う。上述の通り、得られた初期値から、メトロポリス・ヘイスティングス法(Metropolis-Hastings,MH法)サンプリング、またはギブス(Gibbs)サンプリングを用い、Log Likelihoodの式(数19)からサンプリングを行う。事後分布に収束するまでのステップは100に満たない程度であり、burn-inにおいてはステップは200あれば十分である。また、初期値を複数設定し、初期値のそれぞれを起点に並列にサンプリングすることで計算時間を短縮できる。
【0103】
提案分布の幅は、burn-inにおける採択確率が適当な幅に収まるように設定することができる。実際の観測の一例として、6秒12フレームの観測データの場合、採択確率を20から40%程度となるように提案分布の幅を設定することで、安定して収束することが確認された。図9(a)、図9(b)、図9(c)に、burn-inにおけるtrace、Likelihood、採択確率の一例を示す。図9(b)に示すLikelihoodは最大値が1となるように規格化されている。図9(a)、図9(b)、図9(c)のそれぞれのデータのグレースケールは、色の濃さが、並列サンプリングにおける、すなわち異なる初期値から開始した各chainを示す。30ステップ目頃には初期値の影響がなくなっており、図9(c)に示すように、採択確率の減少も止まっている。
【0104】
図10に、サンプリングされた接線要素の事後分布の一例を示す。破線Aに囲まれたグラフは、各パラメータの1次元の事後分布であり、破線Bで囲まれたグラフは、それぞれのパラメータペアの2次元の事後分布である。破線Cで囲まれたグラフは、Log Likelihoodを2次元上で示したものである。破線B、および破線Cで囲まれたグラフにおける点は、初期値を示す。1パラメータのサンプリングのため、r以外は固定されている。rの決定精度は数万kmである。
【0105】
接線要素がサンプリングされると、それに対応する軌道要素を得ることができる。図11に、Keplerian elementsの事後分布のグラフを、図12にequinoctial elementsの事後分布のグラフを示す。図10と同様に、破線Aに囲まれたグラフは、各パラメータの1次元の事後分布、破線Bで囲まれたグラフは、それぞれのパラメータペアの2次元の事後分布、破線Cで囲まれたグラフは、Log Likelihoodを2次元上で示したものである。図中の点線は、既知の人工天体で位置と速度によってマッチしたものの値を示す。接線要素空間では、r以外は1値であるが、軌道要素空間ではそれぞれの接線要素セットに対応した軌道要素の値をとるため、全てのパラメータが広がった分布を持つ。
【0106】
図10図12に示す天体は既知の人工天体と位置と速度とがマッチし、その離心率がe=0.00433と0に近い。円軌道に近いため、近地点引数ωが不定になり、したがって平均近点角Mも不定となる。図11では、これらのパラメータの分布がマッチした既知天体の値、すなわち真値に近い値をカバーしていない。これは天体の軌道が円軌道に近いことに起因する。実際、図12に示すように、equinoctial elementsの事後分布では全てのパラメータの事後分布が既知天体の値をカバーしている。
【0107】
(2)r、dr/dtの2パラメータでのサンプリング
r、dr/dtの2パラメータでのサンプリングについても、1パラメータでのサンプリングと同様に行う。r、dr/dtの2パラメータでのサンプリングの結果の一例を図13図16に示す。図13図16の詳細は、1パラメータでのサンプリングにおける図9図12の詳細と同様である。
【0108】
(3)r、dr/dt、平均速度vα,avg、vδ,avgの4パラメータでのサンプリング
r、dr/dt、平均速度vα,avg、vδ,avgの4パラメータでのサンプリングについても、1パラメータでのサンプリングと同様に行う。r、dr/dt、平均速度vα,avg、vδ,avgの4パラメータでのサンプリングの結果の一例を図17図20に示す。図17図20の詳細は、1パラメータでのサンプリングにおける図9図12の詳細と同様である。
【0109】
(天体サイズの事後分布の計算)
ステップS607において、接線要素のサンプリングののち、天体の明るさから天体のサイズの事後分布を求める。人工天体の明るさは、人工天体までの距離、人工天体のサイズ、アルベド、形状、回転等の条件に依存する。人工天体のアルベドをρ、断面積をA、観測者から人工天体までの距離をd、反射の指向性を表す関数をF(ψ)とすると、人工天体の観測等級は、
【0110】
【数21】
【0111】
と表される。ただし、m.は太陽の視等級であり、可視光(SDSSgバンド)では―26.47である。ここで、人工天体の反射の指向性について、球形モデルで太陽光が当たっている方向にのみ等方散乱すると仮定すると、F(ψ)=1/2πである。さらに、人工天体の典型的なサイズをsとし、A=πsと定義する。図21に示すように、人工天体210が球形のとき、観測装置211から見た人工天体への視線212と太陽への視線213のなす角をβとすると、人工天体210が太陽光214によって照らされている部分の角度(位相角)γはβと等しい。したがって、人工天体のうち太陽に照らされている面積は、
【0112】
【数22】
【0113】
である。上式のAをAshineに置き換えると、
【0114】
【数23】
【0115】
【数24】
【0116】
となる。したがって、人工天体のサイズは、
【0117】
【数25】
【0118】
で表される。
【0119】
上式より、距離d、およびアルベドρが決まれば、観測等級mから天体サイズを求めることが出来る。距離dは接線要素すなわち軌道要素が決まれば、軌道計算を行うことで計算できる。アルベドρについては事前分布であると仮定する。アルベドρの事前分布は実際の観測において観測されたもののうち、既知の天体とマッチするものの明るさを用いて求める。同じ天体の明るさの変動のうち、距離と位相角以外は天体の回転、姿勢の変化などによるものであるが、これらを全てアルベドの項に押し付け、上式を用い、ρの変動幅を取得する。ρの平均値は典型値である0.1とすることで図22に示すようにρの分布が得られる。このρの分布をそのまま事前分布として用いてもよく、このρの分布に正規分布を当てはめたものを事前分布としてもよい。このρの分布に正規分布を当てはめたものを図22にグラフ中の点線として示す。以降では、このρの分布に正規分布を当てはめたものを事前分布とする。
【0120】
観測等級、サンプリングされた接線要素、およびアルベドの事前分布から、天体サイズの事後分布を得る。観測等級は1視野の平均mavgとして
【0121】
【数26】
【0122】
を用い、式(数24)より計算する。
【0123】
図23に得られた事後分布を示す。天体サイズの事後分布は、接線要素と同様、1パラメータ、2パラメータ、および4パラメータのそれぞれの場合について得られる。
【0124】
(荒い事後分布を用いた複数視野のマッチング)
図5に示すステップS503において、1視野の観測から、MCMCによって得られた事後分布を使用して、複数の視野同士のマッチングを行う。まず、任意の3視野の観測の組み合わせを選択する。この組み合わせにおいて、1、2、および4パラメータのそれぞれのMCMCによって得られた事後分布同士を比較する。equinoctial elementsにサイズを加えた7つのパラメータの事後分布について、3視野の観測が重なる部分、すなわち事後分布の共通部分の面積、又は体積を計算し、得られた共通部分の面積、又は体積を一致度と呼ぶことにする。事後分布の共通部分の面積とは、7つのパラメータの1次元の事後分布の共通部分の面積である。また、事後分布の共通部分の体積とは、7つのパラメータの事後分布の7次元空間内での共通部分の体積である。一致度として、共通部分の面積、又は体積のいずれを用いても構わない。
【0125】
事後分布の一致度は、3視野の観測がすべて同じ天体についてのものであれば大きく、そうでない場合は小さくなる。一致度が適当な閾値を超えた場合、高精度の事後分布の取得に進む。7つのパラメータの中でも軌道面を決定するh、hにおいて、3視野の観測が全て同じ天体についてのものである場合とそうでない場合の差が大きい傾向にある。図24に3視野の観測が全て同じ天体である場合、図25に1視野が異なる場合の、それぞれの事後分布と共通部分の例を示す。図24(a)~図24(f)、および図25(a)~図25(f)はequinoctial elements、図24(g)、および図25(g)はサイズを加えた7つのパラメータの事後分布の例である。各グラフのヒストグラムは左側の縦軸で表される確率密度分布であり、グレースケールの色の濃さは異なる視野であることを示す。共通部分はドットで示しており、右側の縦軸で表される。縦の点線はマッチした既知天体の値を示す。
【0126】
(高精度の事後分布の取得)
ステップS504において、RA、Decの観測値を用いてequinoctial elementsをサンプリングする。このサンプリングはNested Samplingの一種であるMultiNestを用いて行う。log likelihoodが凸関数とならないため、接線要素をサンプリングするメリットは得られない。そこで、ここではequinoctial elementsそのものをサンプリングする。
【0127】
MultiNestはlog likelihoodが非凸の場合やピークが多数ある場合においても、事後分布への収束が比較的ロバストであるメリットがある。この長所を生かし、equinoctial elementsサンプリングを比較的ロバストに実施できる。Multi peakへの対応はロバストな軌道推定に欠かせない。なぜなら、例えば、全ての視野でそれなりに当てはまっている場合と、ある視野(12フレーム)のみで当てはまりが良い場合にlog likelihoodが大きくなる、すなわち、multi peakとなるためである。さらに、視野同士の観測時間が、例えば1日程度、離れている場合に、パラメータを少し変化させたときにlog likelihoodが大きく変化する、すなわちmulti peak同士の間隙が深く、MCMCのようなランダムウォークサンプリングでは、multi peak間を移動することが難しい。
【0128】
また、equinoctial elementsそのものをサンプリングすることで、equinoctial elementsからモデルのRA,Dec計算にSDP4等の摂動を扱うアルゴリズムを用いることが出来る。これにより、最終的に得られる軌道要素の事後分布に摂動の効果を反映させることが出来る。
【0129】
(Priorの設定)
MultiNestを用いるにあたり、サンプリングを行うパラメータのprior(事前分布)を計算する。Priorは、荒い事後分布を用いた複数視野のマッチングにおいて得られた、equinoctial elementsの共通部分の面積、又は体積から得られる各パラメータの分布から得てもよく、又は、3視野の観測から得てもよい。
【0130】
3視野の観測から、equinoctial elementsのpriorを得る場合、視野jの観測αj,i、δj,iから代表点αj,o、δj,oを抽出する。これは各視野の最初や最後の観測、平均などでかまわない。この段階で3つの観測点(j=1,2,3)が得られる。
【0131】
さらに、これら3つの観測点を用いて、以下の(1)~(3)の3パターンでそれぞれMCMCで接線要素のサンプリングを行ったのと同様の手順で接線要素のサンプリングを行ってもよい。
(1)接線要素rの1パラメータでのサンプリング
(2)接線要素r、dr/dtの2パラメータでのサンプリング
(3)接線要素r、dr/dt、平均速度vα,avg、vδ,avgの4パラメータでのサンプリング
ここで、接線要素を用いることができるのは、各視野の観測点を一つに絞っているため、multi peak性が軽減されるためである。
【0132】
接線要素のサンプリングののち、さらに、1、2、および4パラメータのサンプリングから得られたequinoctial elementsの事後分布を足し合わせてもよい。この事後分布(確率密度関数)をMultiNestに与えるequinoctial elementsのpriorとする。実際には、累積確率密度関数の逆関数(percentile point function,ppf)を与える。
【0133】
図26に、3つの観測点を用いてequinoctial elementsのpriorを作成した一例を示す。図26に示すグラフのうち、左側のグラフはいずれも、確率密度関数であり、グラフ中のヒストグラム261は接線要素のサンプリングから得られたもので、ステップ262は数値的な補正を施したものである。図26に示すグラフのうち、右側のグラフはいずれも、確率密度関数から累積確率密度関数(cumulative density function)を計算したものである。
【0134】
3視野の観測αj,i、δj,iすべてを用いて、equinoctial elementsをサンプリングする。ここでは、軌道伝搬にSDP4も用いるため、log likelihoodとしては、摂動によるoffsetを考慮しない式を採用する。MultiNestでサンプリングすることでequinoctial elementsの事後分布を得る。図27に、MultiNestでサンプリングされたequinoctial elementsの事後分布の一例を示す。また、図28に、MultiNestでサンプリングされたKeplerian elementsの事後分布の一例を示す。例えばaについては、分布の幅は10mオーダーとなっており、高精度で事後分布が求められていることがわかる。
【0135】
以上、本発明はここでは記載していない様々な実施形態等を含むことは勿論である。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【符号の説明】
【0136】
1 人工衛星
2 宇宙ゴミ
3、4、5 軌道
6 予報円
20、30 人工天体
21 地球
22 近地点
23 遠地点
24 軌道面
25 赤道面
26 周回方向
33 望遠鏡
34 軌道
40 軌道推定装置
41 CPU
42 記憶部
43 I/O(インプット・アウトプットインターフェース)
44 表示部
45 入力部
411 低精度事後分布算出部
412 マッチング部
413 高精度事後分布算出部
71、72、73 データ
210 人工天体
211 観測装置
212、213 視線
214 太陽光
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28