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2025-21603藻類の突然変異誘導方法および中性子線照射条件を評価する方法
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  • -藻類の突然変異誘導方法および中性子線照射条件を評価する方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025021603
(43)【公開日】2025-02-14
(54)【発明の名称】藻類の突然変異誘導方法および中性子線照射条件を評価する方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/01 20060101AFI20250206BHJP
   C12N 1/12 20060101ALI20250206BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20250206BHJP
【FI】
C12N15/01 Z
C12N1/12 C
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023125418
(22)【出願日】2023-08-01
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】506141225
【氏名又は名称】株式会社ユーグレナ
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100129230
【弁理士】
【氏名又は名称】工藤 理恵
(72)【発明者】
【氏名】今村 壮輔
(72)【発明者】
【氏名】高谷 和宏
(72)【発明者】
【氏名】岩下 秀徳
(72)【発明者】
【氏名】木内 笠
(72)【発明者】
【氏名】山田 康嗣
(72)【発明者】
【氏名】豊川 知華
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 健吾
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QQ05
4B063QQ12
4B063QR80
4B063QR90
4B063QS36
4B063QS38
4B065AA83X
4B065BA16
4B065BD50
4B065CA13
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】藻類の突然変異誘導方法および中性子線照射条件を評価する方法を提供する。
【解決手段】藻類の突然変異誘導方法であって、水中に存在する前記藻類に中性子線を照射することを含み、前記藻類の前記中性子線の吸収線量が0.1~100Gyの範囲内である突然変異誘導方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
藻類の突然変異誘導方法であって、
水中に存在する前記藻類に中性子線を照射することを含み、
前記藻類の前記中性子線の吸収線量が0.1~100Gyの範囲内である
突然変異誘導方法。
【請求項2】
前記中性子線が熱中性子線である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記中性子線が高エネルギー中性子線である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記藻類が、紅藻シゾンまたはユーグレナである、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記中性子線の吸収線量が20Gy以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
脂質蓄積量の増加した藻類株の作出方法であって、
請求項1~5のいずれか一項に記載の方法を用いて藻類の集団に突然変異誘導すること、
前記突然変異誘導された藻類の集団から、藻類株を単離すること、
前記藻類株の脂質蓄積量を測定すること、
前記測定された脂質蓄積量に基づいて、脂質蓄積量が増加した藻類株を同定すること、を含む方法。
【請求項7】
前記脂質蓄積量を測定することは、
前記藻類株を嫌気処理した後に脂質蓄積量を測定すること、および
前記測定された脂質蓄積量を、前記嫌気処理前の細胞重量に対する前記嫌気処理後の細胞重量の比で乗じて補正すること
を含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
中性子線を用いた藻類の突然変異誘導において中性子線照射条件を評価する方法であって、
(a1)水中の藻類を、複数の照射条件群に分けて中性子線を照射することと、
(a2)前記照射後の前記複数の照射条件群の各々またはこれらの子孫を、個々の個体に単離された複数の単一個体培養物として培養することと、
(a3)前記複数の単一個体培養物から得られた細胞増殖量の変動係数を、前記複数の照射条件群間で比較することと
を含むか、または、
(b1)水中の藻類を、複数の照射条件群に分けて中性子線を照射することと、
(b2)前記照射後の前記複数の照射条件群またはこれらの子孫を、ウラシルおよび5-フルオロオロト酸を含有する固形培地上で培養することと、
(b3)前記複数の照射条件群間で出現するコロニー数を比較することと
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、藻類の突然変異誘導方法および中性子線照射条件を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで実験生物ならびに農業および水産業関連生物等への変異導入が幾つかの方法で行われてきた。
【0003】
遺伝子組み換え技術およびゲノム編集技術を用いた変異体作出では、対象とする生物の膨大なゲノム情報が必要であり、所望の形質変化に直結する遺伝子を特定する必要がある。また、遺伝子の改変または編集を行うためには、細胞外から外来遺伝子の伝搬役であるベクター(核酸)もしくはDNA切断酵素(核酸および/またはタンパク質)の導入が必要であるため、全ての生物に直ちに適用できるわけではないという制限がある(非特許文献1)。特に藻類ではゲノム情報や遺伝子改変技術の利用可能性が乏しい。
【0004】
紫外線を含む電磁波の光エネルギーまたは電磁エネルギーを活用して変異を誘発する手法は、生体分子の電離および励起を引き起こす作用が限られているため、変異誘発できる範囲が限られている。例えば、紫外線照射による変異誘発では、DNAのチミン塩基とシトシン塩基が持つ二重結合によって紫外線が吸収されることを利用しており、隣接する塩基がチミンまたはシトシンであった場合に、その2つの塩基間で共有結合をつくることにより変異を誘発する。したがって適用可能な塩基配列および用途が限られたものとなる(非特許文献2)。
【0005】
エチルメタンスルホン酸(EMS)等、化学物質の導入による変異誘発は、DNAの塩基対の結合を置き換えることで変異を誘発させているため、遺伝子配列に依存し、必ずしも全ての遺伝子配列に所望の変異を起こさせるわけではない(非特許文献3)。また発癌性化学物質の取り扱いに関わる問題も伴う。
【0006】
ガンマ線またはエックス線等の低LET線を照射する方法は、水分子の電離または励起を介して変異を生じさせるため、適用できる細胞および照射条件が限られる。一方、高LET線である陽子線、重粒子線等を用いる場合は、粒子が生体分子に直接作用して電離または励起を引き起こすものの、液体培地または水中で培養しながら変異誘発を行う必要がある対象(例えば微細藻類等)である場合には、培地または水への粒子の透過性が小さく、対象とする生物内部に至るまでの均一的な照射が困難である(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Jinek M, et al:A programmable dual-RNA-guided DNA endonuclease in adaptive bacterial immunity. Science, 337:816-821, 2012
【非特許文献2】Ikehara and Ono, The mechanisms of UV mutagenesis. Journal of radiation research, 2011;52(2):115-25.
【非特許文献3】Sega, A review of the genetic effects of ethyl methanesulfonate. Mutation Research, 1984;134(2-3):113-42.
【非特許文献4】Sage and Shikazono. Radiation-induced clustered DNA lesions: Repair and mutagenesis. Free radical biology and medicine. 2017;107:125-135.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
有用な形質を有する藻類を作出することが可能な変異導入方法のニーズが存在する。
【0009】
本開示は上記のような問題を解決するためになされたものであり、藻類の突然変異誘導方法および中性子線照射条件を評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示の一態様における藻類の突然変異誘導方法は、水中に存在する前記藻類に中性子線を照射することを含み、前記藻類の前記中性子線の吸収線量が0.1~100Gyの範囲内である。
【0011】
本開示の別の一態様における、中性子線を用いた藻類の突然変異誘導において中性子線照射条件を評価する方法は、(a1)水中の藻類を、複数の照射条件群に分けて中性子線を照射することと、(a2)前記照射後の前記複数の照射条件群の各々またはこれらの子孫を、個々の個体に単離された複数の単一個体培養物として培養することと、(a3)前記複数の単一個体培養物から得られた細胞増殖量の変動係数を、前記複数の照射条件群間で比較することとを含むか、または、(b1)水中の藻類を、複数の照射条件群に分けて中性子線を照射することと、(b2)前記照射後の前記複数の照射条件群またはこれらの子孫を、ウラシルおよび5-フルオロオロト酸を含有する固形培地上で培養することと、(b3)前記複数の照射条件群間で出現するコロニー数を比較することとを含む。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、藻類の突然変異誘導方法および中性子線照射条件を評価する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】紅藻シゾンに対して高エネルギー中性子線照射した際の、吸収線量(Gy)と、5-FOAおよびウラシルを含有する寒天培地における出現コロニー数との関係を示す。
図2】紅藻シゾンに対して熱中性子線照射した際の、吸収線量(Gy)と、5-FOAおよびウラシルを含有する寒天培地における出現コロニー数との関係を示す。
図3】紅藻シゾンに対する高エネルギー中性子線照射後の、URA遺伝子における変異の位置を示す。
図4】紅藻シゾンに対する高エネルギー中性子線照射後の、URA遺伝子における変異様式を示す。
図5A】中性子線が照射されたユーグレナの、個々の細胞からの増殖(OD860)曲線を示す。ボックスで囲われた点に対応するユーグレナの培養物が、図5B図5Cの解析に用いられた。
図5B】高エネルギー中性子線(黒)または熱中性子線(グレー)を照射したユーグレナクローン系統のOD860の変動係数を、照射量(Gy)に対してプロットした図。
図5C】高エネルギー中性子線(黒)または熱中性子線(グレー)を照射したユーグレナクローン系統のOD860の平均値を、照射量(Gy)に対してプロットした図。
図6A】高エネルギー中性子線を照射した紅藻シゾンの、吸収線量(Gy)と増殖(無照射を1としたOD750の相対値)を、粒子加速器の電流値ごとに示した図。▲は10μA、■は65μA、●は120μAにおける照射を示す。
図6B】高エネルギー中性子線を照射した紅藻シゾンの、吸収線量(Gy)と増殖(無照射を1としたOD750の相対値)を、全電流値条件における結果についてまとめて示した図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本開示の非限定的な実施形態について説明する。本開示は以下の実施形態における例示に限定されない。
【0015】
<藻類の突然変異誘導方法>
【0016】
中性子線は、透過性が高いものの、照射量、照射時間、照射周期などを含め、どのような条件でどのような変異が誘発可能かの検討がほとんどなされていない。特に培養液中に存在する藻類細胞に対して、中性子線を照射して、有用な藻類形質を誘導することができる中性子線照射条件の評価および明確化と、そのような条件を用いた藻類への効率的突然変異導入が達成できれば、未開拓部分が多い有用形質藻類の作出の分野が新たに切り開かれる可能性がある。
【0017】
一態様において、水中に存在する藻類に中性子線を照射することを含み、前記藻類の前記中性子線の吸収線量が0.1~100Gyの範囲内である、藻類の突然変異誘導方法が提供される。本開示でいう吸収線量は、藻類の個体単独が受けるGy量ではなくてあくまで水中に存在する藻類すなわち藻類の水懸濁物が受けるGy量である。
【0018】
本開示における藻類の種類は限定されない。藻類は非固着性の藻類であり得る。藻類は例えば単細胞藻類であり得る。藻類としては例えば、オーランチオキトリウム、クラミドモナス、クロレラ、紅藻シゾン、スピルリナ、ボトリオコッカス、ユーグレナ、藍藻、珪藻、黄緑藻、渦鞭毛藻、海藻などの分類のいずれかを用いてもよい。紅藻シゾンおよびユーグレナは特に好適な具体例である。中性子線の照射を受ける藻類は、単一の種の藻類であってもよいし、複数の種の藻類を含む集団であってもよい。同一の種における遺伝的に均質な藻類の集団(純系)を用いてもよいし、遺伝的な変異(variation)を有する藻類の集団を用いてもよい。藻類としては、野生から単離した系統を用いてもよいし、そのような系統から突然変異によって生じた変異株をさらなる変異導入のために用いてもよい。また、ゲノム編集、形質導入、形質転換等によって作成された系統を用いてもよい。
【0019】
実施形態において、「紅藻シゾン」とはシアニディオシゾン(Cyanidioschyzon)に属する藻類を少なくとも含む。シアニディオシゾンに属する藻類としてはCyanidioschyzon merolaeが挙げられる。
【0020】
実施形態において、「ユーグレナ」とは、ユーグレナ属(Euglena)に属する藻類を少なくとも含む。ユーグレナの例としては、Euglena chadefaudii、Euglena deses、Euglena gracilis、Euglena granulata、Euglena mutabilis、Euglena proxima、Euglena spirogyra、Euglena viridisなどが挙げられる。
【0021】
突然変異とは、対象の生物の遺伝物質が質的または量的に変化すること(例えば塩基配列の変化および染色体数の変化を含む)を指すが、誘導される突然変異は特にDNAに生じる変化であることが好ましい。変化が生じるDNAは限定されないが、例えばゲノムDNAであり得る。突然変異によってゲノムDNAに誘導される変化の種類は特に限定されないが、ゲノムDNAの一塩基欠失、挿入、もしくは置換、2塩基欠失、または3塩基から1塩基への置換等であってもよい。一塩基の欠失、挿入、または置換による形質変化はゲノム改変を最小限にとどめた形質変化であるから特に好ましい。あるいは、誘導される突然変異はこれらより大規模なゲノム配列の変異または再構成であってもよく、例えば、数塩基以上の欠失、挿入、もしくは置換であってもよいし、染色体の再構成であってもよい。染色体の再構成は、欠失、逆位、重複、転座、異数化、または倍数化であってもよい。ゲノムDNAの突然変異には、上記で具体的に例示されたもののほか、当業者によって知られた任意の突然変異および再構成の様式が含まれる。
【0022】
本開示の突然変異誘導方法は、対象の藻類に対して突然変異を生じさせる。このような方法によって生じる突然変異は、一時的にのみ生じてその後細胞内の修復機構によって修復されることもあり得るが、好ましくは未修復のままその個体に維持され、より好ましくは少なくともその一部が次世代に遺伝的に継承される突然変異である。
【0023】
実施形態の藻類は水中に存在する。ここで水中とは、純粋な水、水道水、河川水、湖沼水、もしくは海水の中を意味し得、あるいは藻類を培養するための水性培地中であることを意味し得る。つまり「水中」という用語は、広く藻類の水懸濁物を指し、藻類に加えて他の物質がその水のなかに溶解または懸濁されている可能性を排除しない。前記水性培地は、当業者によって知られた藻類培養用の培地であり得、例えば栄養塩、炭素源、希少金属等を含んだ培地であり得る。前記水性培地の具体例としては、Koren-Hutner(KH)培地、Cramer-Myers(CM)培地、およびこれらの混合物が挙げられる。
【0024】
KH培地の組成は下表の通りである。残部は水である。前記培地調製時には通常、NaOH水溶液でpHを3.5に合わせ、オートクレーブで滅菌し得る。
【表1】
【0025】
CM培地の組成は下表の通りである。残部は水である。前記培地調製時には通常、硫酸でpHを3.5に合わせ、オートクレーブで滅菌し得る。
【表2】
【0026】
実施形態において、水中に存在する藻類は例えば水または培地に懸濁された藻類である。水中に存在する藻類は、均一性を保つために、連続的、定期的、または不定期的に攪拌されてもよい。
【0027】
実施形態における中性子線の種類は限定されないが、好ましくは熱中性子線を用い得る。当業者に理解されるように熱中性子線は、環境中の物質と熱平衡にある中性子か、あるいはそのような熱平衡にある中性子が有するエネルギーに近い、低いエネルギーを有する中性子を多数成分として(すなわち半分超)含む中性子線を意味し、典型的には4~100ミリ電子ボルトのエネルギーを有する中性子を多数成分として含む。熱中性子線は、過剰な変異の誘発を避けながら標的変異を着実に取得することに適していると見られるため好ましい。
【0028】
あるいは、実施形態における中性子線としては、高エネルギー中性子線を好ましく用い得る。当業者に理解されるように高エネルギー中性子線は、高速中性子線と呼ばれることもあり、典型的には0.1メガ電子ボルト以上のエネルギーを有する中性子を多数成分として含む中性子線である。高エネルギー中性子線は、変異を発生させること自体の効率が熱中性子線より高いと見られた。熱中性子線と高エネルギー中性子線のように中性子線のエネルギーが違うことによって、例えば衝突した水分子から電子または陽子が放出される確率が異なり得、従って同じ吸収線量値であっても突然変異発生の生物学的様相が異なり得る。
【0029】
実施形態における中性子線の発生方法は限定されないが、当業者に知られるように例えば粒子加速器によって加速した荷電粒子を中性子生成ターゲットに当てることで発生させ得る。中性子生成ターゲットとしては、例えばベリリウム、タングステン、リチウム、鉛、水銀等を用い得る。
【0030】
実施形態においては、中性子の照射条件を、照射装置の異なる部分において調節することができる。例えば、加速器の電流値を変えることで、中性子線強度を変えることができる。例えば、電流値を10μA、65μA、100μA、または120μAに設定することで、中性子線強度を調整することができる。
【0031】
あるいは、中性子生成ターゲットと照射対象藻類培養液との間に減速材を用いることで、中性子線のエネルギーの調整を行うことができる。例えば、減速材の種類や厚さを変更することによって、高エネルギー中性子または熱中性子が主となる中性子線をそれぞれ発生させることができる。減速材としては例えば、水、重水、ポリエチレン、メタン等を用い得る。
【0032】
あるいは、中性子生成ターゲットと照射対象藻類培養液との間の距離を変えることによって吸収線量を調節することができる。
【0033】
以上に記載した様々な照射条件を変更し、あるいは組み合わせることで、エネルギー、強度等の特性値について、適宜必要な中性子線種を生成し得ることが当業者によって理解される。
【0034】
実施形態において、藻類への中性子線の照射は、例えば対数増殖期まで培養された藻類を、遠心管等の容器に移したうえで、行うことができる。遠心管等の容器の素材は例えばガラス、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタラート等またはこれらの組合せであり得るが、これらに限定されない。
【0035】
照射される中性子線の吸収線量は、例えば0.1Gy~100Gy(0.1Gy以上100Gy以下)の範囲内であり得るが、好ましくは、0.2Gy~30Gy(0.2Gy以上30Gy以下)の範囲内であり、より好ましくは20Gy以下、例えば0.2Gy~20Gy(0.2Gy以上20Gy以下)の範囲内であり得る。照射時間、中性子生成ターゲットと藻類培養液との間の距離、および加速器のビーム電流値のうちの1つ以上を調整することにより、熱中性子線および高エネルギー中性子線のいずれにおいても、照射される中性子線の吸収線量を所望の値に調整し得ることが、当業者によって理解される。
【0036】
中性子線を当該領域内の吸収線量で藻類に照射することで、有用な形質を有する藻類株(例えば脂質高蓄積株)の効率的な作出が可能となる。中性子をこれら好ましい吸収線量で照射することにより、藻類における標的変異発生を十分に確保しつつ、不要なまたは過剰な変異の随伴が回避され、対象とする藻類の生命維持および健全性の阻害を回避できるため、変異後も、例えば藻類の増殖速度の低下を防止できる。
【0037】
<藻類株の作出方法>
【0038】
一態様において、<藻類の突然変異誘導方法>のセクションにおいて記載の方法を用いて藻類の集団に突然変異誘導すること、前記突然変異誘導された藻類の集団から、藻類株を単離すること、前記藻類株の脂質蓄積量を測定すること、前記測定された脂質蓄積量に基づいて、脂質蓄積量が増加した藻類株を同定すること、を含む、脂質蓄積量の増加した藻類株の作出方法が提供される。
【0039】
実施形態の藻類株の作出方法においては、<藻類の突然変異誘導方法>のセクションにおいて記載の方法を用いて藻類の集団に突然変異誘導がされる。したがって、藻類の突然変異誘導方法の実施形態に関して提供された各要素の説明は、藻類株の作出方法の実施形態にも適用され得、その逆も然りである。
【0040】
実施形態の藻類株の作出方法において、突然変異誘導された藻類の集団から藻類株を単離することは、中性子線の藻類への照射後、藻類の単個体を単離することによって行い得る。例えば単細胞藻類等の小さな藻類については、前記単個体を単離することは、セルソーターを用いて行い得る。単離した個体は、例えば、培地を入れた細胞培養プレートのウェルに格納されて、以降の実験に用いることができる。
【0041】
実施形態の藻類株の作出方法において、藻類株の脂質蓄積量を測定することは、当業者によって知られた、脂質を染色する染料を用いることによって行い得る。染料は蛍光染料であってもよい。前記蛍光染料の例としてはBODIPY染料、より具体的にはBODIPY505/515を挙げることができる。蛍光染料によって染色された藻類細胞に対し、セルソーターによって蛍光値を測定することで、前記藻類細胞の脂質含有量を測定することができる。つまり、藻類株を単離することと、藻類株の脂質蓄積量を測定することは、異なる順序で、または並行して行うことも可能である。
【0042】
実施形態の藻類株の作出方法において、藻類株の脂質蓄積量を測定することは、単離した藻類株の培養物から脂質を抽出することによっても行い得る。藻類の培養は、当業者によって知られた藻類用の培地を用いて行い得る。脂質の抽出も、当業者によって知られた方法によって行い得る。例えば、藻類を破砕したのちヘキサン等の有機溶媒を用いて脂質を抽出することもできるし、Bligh & Dyer法などの二層分配による脂質抽出法を用いて抽出を行ってもよい。抽出された脂質の定量は、溶媒を蒸発させたのち重量を測定することによって行うことができる。あるいは、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、質量分析法等の当業者によって知られた方法、あるいはこれらの方法の組み合わせによって定量を行うこともできる。
【0043】
実施形態において、測定された脂質蓄積量に基づいて、脂質蓄積量が増加した藻類株が同定される。例えば、突然変異誘導前と比べて脂質蓄積量が増加した藻類株を同定することができる。
【0044】
実施形態の藻類株の作出方法における、藻類株の脂質蓄積量を測定することは、前記藻類株を嫌気処理した後に脂質蓄積量を測定することを含み得る。ユーグレナ等の藻類は窒素欠乏条件で増殖がとまり、パラミロン形態で多糖を蓄積する。さらに周囲の酸素が欠乏すると、酸素感受性のピルビン酸デヒドロゲナーゼ(PNO)が活性をもち、無酸素的に代謝されて蓄積するピルビン酸を代謝し、それが脂肪酸合成を経てワックスエステル形態で脂質に合成される。従って、藻類株を嫌気処理した後に脂質蓄積量を測定することで、藻類株の脂質産生能力を適切に評価することが可能となり得る。
【0045】
藻類の嫌気処理は、当業者によって知られた藻類の嫌気培養方法を用いて窒素置換などをして行うことができる。
【0046】
実施形態の藻類株の作出方法における、藻類株の脂質蓄積量測定において、測定された脂質蓄積量を、前記嫌気処理前の細胞重量に対する前記嫌気処理後の細胞重量の比(すなわち、(嫌気処理後細胞重量)/(嫌気処理前細胞重量))で乗じて補正することができる。ワックスエステル合成の代謝経路は、途中で二酸化炭素がわずかに放出される反応であり、またアミノ酸および有機酸も細胞外に放出されることが知られている。したがって、個々の細胞の重量は脂質蓄積に従い減少する。このため、計量した乾燥藻類粉末に対する脂質量を計算して重量としての脂質含有率を計算すると、嫌気処理の前後で単純に比較した場合、嫌気処理後の含有率値が不当に高くなり得る。このため、嫌気処理前の細胞重量を基準とした脂質含有率として補正して評価することが、実践的生産性を考慮するうえで理解がしやすい。このため例えば嫌気処理前後での細胞濃度(g/L)を計測しておいて、下記の式で計算を行う。
脂質含有率(補正有り) = 脂質含有率(補正なし) × 補正係数
ここで、
補正係数 =嫌気処理後の細胞重量/ 嫌気処理前の細胞重量
であり、細胞重量は乾燥重量であり得、より好ましくは凍結乾燥、または100℃以上に加温したオーブンで乾燥させた際の乾燥重量であり得る。
【0047】
<中性子線照射条件を評価する方法>
【0048】
一態様において、中性子線を用いた藻類の突然変異誘導において中性子線照射条件を評価する方法が提供され、この方法は、
(a1)水中の藻類を、複数の照射条件群に分けて中性子線を照射することと、(a2)前記照射後の前記複数の照射条件群の各々またはこれらの子孫を、個々の個体に単離された複数の単一個体培養物として培養することと、(a3)前記複数の単一個体培養物から得られた細胞増殖量の変動係数を、前記複数の照射条件群間で比較することとを含むか、または、
(b1)水中の藻類を、複数の照射条件群に分けて中性子線を照射することと、(b2)前記照射後の前記複数の照射条件群またはこれらの子孫を、ウラシルおよび5-フルオロオロト酸を含有する固形培地上で培養することと、(b3)前記複数の照射条件群間で出現するコロニー数を比較することとを含む。
【0049】
実施形態の中性子線照射条件を評価する方法においては、<藻類の突然変異誘導方法>のセクションにおいて記載された方法論を用いて、水中の藻類を複数の照射条件群に分けて中性子線を照射することが行われ得、また藻類の培養が行われ得る。したがって、藻類の突然変異誘導方法の実施形態に関して提供された各要素の説明は、中性子線照射条件を評価する方法の実施形態にも適用され得、その逆も然りである。例えば、複数の照射条件群は、0.1~100Gyの吸収線量範囲内での照射条件の群であり得るが、必ずしもこれに限定されず、異なる吸収線量範囲またはより広い吸収線量範囲で当該評価方法を実行することもできる。
【0050】
実施形態の中性子線照射条件を評価する方法においては、水中の藻類に、複数の照射条件群に分けて中性子線が照射される。ここで前記複数の照射条件は、中性子線のエネルギー、強度、吸収線量およびこれらの組み合わせを含む照射条件であり得る。
【0051】
実施形態の中性子線照射条件を評価する方法は、前記複数の照射条件群の各々またはこれらの子孫を、個々の個体に単離された複数の単一個体培養物として培養することとを含み得る。ここで、個々の個体に単離された単一個体培養物とは、前記複数の照射条件群によって照射された藻類から、複数の個体を単離し、各個体から培養を開始することで調製された培養物であることを意味する。単細胞藻類の個体の単離は、フローサイトメトリーまたは<藻類株の作出方法>のセクションで記載した方法で行い得るし、より単純に、顕微鏡下でピペット等を用いて個体を吸い取ることで行うこともできる。複数の単一個体培養物の数は、各照射条件群につき例えば10以上、20以上、30以上、またはそれより多くてもよい。
【0052】
実施形態の中性子線照射条件を評価する方法は、前記複数の単一個体培養物から得られた細胞増殖量の変動係数を、前記複数の照射条件群間で比較することを含み得る。細胞増殖量の変動係数は、例えば藻類の種類に応じた吸光度(例えばOD860)等から算出できる細胞増殖量について、特定の照射条件によって照射された複数の単一個体培養物から平均値と分散を算出し、以下の式を適用することによって算出できる。
変動係数=標準偏差/平均値
【0053】
変動係数は、各照射条件グループにおける標準偏差を平均値で標準化している値であるため、照射実験ごとのランダムな影響を最小化しつつ、単離時点の各照射条件グループに固有な細胞(の子孫集団)増殖速度のばらつきを比較するのに適する値と考えられる。異なる中性子線照射条件で突然変異誘発した藻類集団は、個々の遺伝子における変異率は集団ごとに異なっていたとしても、集団全体としての短期的な平均増殖率は目に見えた差異を欠き得ることが見出された。つまり、集団全体としての平均増殖率は中性子線照射条件を評価するためには乏しい指標となり得る。それに対し本実施形態の方法では、異なる中性子線照射条件が藻類増殖に対して与えた固有の影響を、高感度で評価することができる。
【0054】
あるいは、実施形態の中性子線照射条件を評価する方法は、照射後の複数の照射条件群またはこれらの子孫を、ウラシルおよび5-フルオロオロト酸(5-FOA)を含有する固形培地上で培養することと、前記複数の照射条件群間で出現するコロニー数を比較することを含み得る。
【0055】
野生型藻類が有するorotidine-5'-phosphate decarboxylaseは、オロチジン5'-リン酸からウラシルのヌクレオチドを生成する酵素であり、本開示においてURAと呼ばれる。URAは、5-FOAを基質とすると、細胞毒である5-フルオロオウラシル(5-FU)を生成するため、野生株は死滅する。他方、URAの変異によってウラシル要求性となった藻類は、ウラシル含有培地で培養することで増殖できるし、5-FOAの存在下でも細胞毒を生じない。よって、5-FOAとウラシルを含有する固形培地(例えば寒天培地)上にコロニーを出現させる藻類は、URA遺伝子に変異が引き起こされていた株と言える。したがって、前記複数の照射条件群間で出現するコロニー数を比較することで、変異が生ずる頻度を比較できる。この実施形態の方法は、URA遺伝子に対する変異頻度のアッセイになることはもちろんのこと、ゲノム中の任意の標的遺伝子で変異が起こる率を推測するアッセイにもなる。また、コロニー生成した藻類のURA遺伝子の配列決定を行うことにより、照射条件群ごとに突然変異が起こる様式(例えば一塩基変異および二塩基以上の変異のいずれが起こりやすいか、あるいは欠失、挿入、置換のいずれが起こりやすいか、等)を調べることも可能にする。
【0056】
実施形態における、ウラシルおよび5-フルオロオロト酸を含有する固形培地は、藻類の生育に適した固形培地であってウラシルおよび5-フルオロオロト酸が添加されていれば特に限定されず、当業者によって知られた藻類用の液体培地と、寒天等を用いて調製することができる。
【0057】
固形培地上に出現するコロニー数の計測は、当業者によって知られた方法によって、例えば目視によって行い得る。
【0058】
実施形態の中性子線照射条件を評価する方法によって、中性子線を藻類に照射して変異を誘発させる際の好適な中性子線種および吸収線量が、吸収線量と藻類の増殖またはコロニー数との関係から導かれる。ここで、吸収線量=強度×時間の関係であることから、強度を大きくして照射時間を短くすることも、小さい強度でも長く照射することで同様の効果を創出することも可能である。
【実施例0059】
以下に本開示の実施例を記載するが、本開示は以下に記載する実施例に限定されない。
【0060】
(実施例1)高エネルギー中性子線による紅藻シゾンの突然変異誘導
【0061】
藻類に中性子線を照射して遺伝子変異を誘発させることによって、有用な形質を有する藻類を作出する技術を提供するために実験を行った。5-FOAとウラシルを含有する寒天培地に、中性子線照射後の紅藻シゾン藻類細胞(約1x10^8個)を塗布し、出現するコロニー数を検出した。野生型のorotidine-5'-phosphate decarboxylase(URA)は、5-FOAを基質とした反応を触媒すると、細胞毒を生成して宿主細胞を死滅させる。よって、5-FOAとウラシルを含有する寒天培地上に出現する藻類は、URA遺伝子に変異が引き起こされていた株と言える。実施例1では高エネルギー中性子線を、後述する実施例2では熱中性子線を用い、同じ吸収線量の範囲内で実験を行って結果を比較した。実施例1における高エネルギー中性子線の場合は、加速器のビーム電流値、照射時間、および中性子生成ターゲットからの距離を変えることで、藻類培養液が吸収する吸収線量を変化させた。
【0062】
材料と方法
【0063】
単細胞紅藻を対数増殖期まで培養(40℃、2% CO2 (v/v)、約50 umolμmol m-2 s-1)し、50 ml遠沈管にそれらを移し、高エネルギー中性子線を照射した。より具体的には、加速器のビーム電流値を120μAとし中性子生成ターゲットから62 cm離れた場所に培養液を設置し、10 Gyあたり約15分間の照射を行うことで、吸収線量が10 Gyから80 Gyとなった照射された藻類細胞を用意した。なお、15分の照射ごとに、遠沈管を上下に2~3回優しく振って、培養液の均一性を保った。無照射の細胞は、同じ条件で照射だけを省いた細胞である。照射後もしくは無照射の細胞は、ベントキャップ付組織培養用フラスコ(600 ml容量)に移し、25℃設定された部屋(約5 umolμmol m-2 s-1)にて2~4週間振盪培養を行った。その後、血球計測盤を用いて培養液1 mlあたりの細胞数を算出した。
【0064】
5-FOA(最終濃度0.9 mg/ml)とウラシル(最終濃度0.6 mg/ml)を含む、MA2固形培地(Bio-protocol 9(4): e3172)を作製し、各プレートに1×10^8個の細胞を、トップスターチ法(同文献参照)でプレーティングした。その後、アネロパウチ(登録商標)・CO2炭酸ガス培養用パウチ用剤A-63を1個とプレート2枚を、パウチ用袋(アネロパック(登録商標)用)Wチャック小A-65に入れて、40℃(約50 umolμmol m-2 s-1)にて約1月間培養し、形成されたコロニー数をカウントした。
【0065】
結果
【0066】
各吸収線量とコロニー出現数を図1に示す。約10 Gyから約30 Gyでコロニー数が多く、この条件で効率的に変異が導入されることが明確になった。
【0067】
(実施例2)熱中性子線による紅藻シゾンの突然変異誘導
【0068】
熱中性子線を用いて、照射線量とコロニー出現数の関係を調べた。熱中性子線を用いた実験では、中性子生成ターゲットからの距離と加速器のビーム電流値は一定とし、照射時間を変えることで、吸収線量を変化させた。
【0069】
材料と方法
【0070】
単細胞紅藻を対数増殖期まで培養(40℃、2% CO2 (v/v)、約50 umolμmol m-2 s-1)し、50 ml遠沈管にそれらを移し、熱中性子線を藻類に照射した。より具体的には、加速器のビーム電流値を100μAとし中性子生成ターゲットから62.1 cm離れた場所に培養液を設置し、13 Gyあたり5時間の照射を行うことで、吸収線量が13 Gyまたは26 Gyとなった照射された藻類細胞を用意した。照射中は、藻類を取り付けたローターを2 rpmで回転させた。そのあいだ試料は光に当たらないため、無照射の細胞も暗黒で同様に回転させた。照射後もしくは無照射の細胞は、ベントキャップ付組織培養用フラスコ(600 ml容量)に移し、28℃設定された恒温器(約5 umolμmol m-2 s-1)にて振盪培養を行った。以降の操作は実施例1と同じである。
【0071】
結果
【0072】
各吸収線量とコロニー出現数を図2に示す。13 Gyにおける照射でコロニー数が多く、この条件で効率的に変異が導入されることが明確になった。
【0073】
(実施例3)高エネルギー中性子線照射によって導入された紅藻シゾンの変異箇所および変異様式の同定
【0074】
高エネルギー中性子線照射で得られた5-FOA耐性株のURA遺伝子領域をPCRで増幅し、その核酸配列をサンガーシーケンス法で確認した
【0075】
材料と方法
【0076】
5-FOAとウラシル(共に最終濃度0.5 mg/ml)を含有するMA2培地1.5 mlを24穴培養プレートの各ウェルに入れ、図1の実験において得られた、5-FOA耐性コロニーをそれぞれのウェルに移し、液体培養を行った。24穴プレートは、パウチ用袋に炭酸ガス培養用パウチ用剤A-63 1個と共に同封して、40℃、約50 umolμmol m-2 s-1で培養を行った。増殖した細胞からゲノムDNAをフェノール抽出法にて精製し、それをPCRの鋳型として用いた。URA遺伝子(シゾンの場合はURA5.3遺伝子と呼ばれる)の翻訳開始コドンATGのAを+1とした場合(+1~+1392がURA5.3のORF)、+540~+1685の断片を増幅するように設計されたPCRプライマーを用い、DNA断片をサーマルサイクラーにてPCR増幅した。URA5.3遺伝子配列を含むDNAが単一バンドで増幅されていることを、アガロース電気泳動にて確認後、PCR産物を精製した。
【0077】
精製したPCR産物を鋳型としたサンガーシーケンスにて、URA5.3遺伝子の配列を取得し、シゾンの遺伝子データベース(http://czon.jp/)に登録されている野生型URA5.3遺伝子配列と比較することで、変異導入の有無と、変異がある場合はその様式を解析した。
【0078】
結果
【0079】
URA遺伝子領域全体に渡って変異が確認(図3)され、中性子照射による変異導入は塩基配列に依存せずに実質的にランダムであることが示された。変異の様式は、1塩基の欠失、挿入、および置換が一番多く、特に一塩基置換が変異の大部分を占め、2塩基欠失および3塩基から1塩基への置換も認められた。ゲノム配列の大規模な塩基変化ではなく、少数塩基単位の塩基配列変化が主として生じることが明らかになった(図4)。
【0080】
(実施例4)ユーグレナに対する中性子線照射条件の評価
【0081】
ユーグレナへの中性子線照射による影響を調べた。各照射条件グループについて、クローン系統間の増殖のバラツキ(変動係数)を調べ、高エネルギー中性子線および熱中性子線の比較も行った。
【0082】
材料と方法
【0083】
4-1.中性子線照射用ユーグレナ細胞の準備
【0084】
ユーグレナEuglena gracilis野生株として、eu029株を使用した。当該株は東京大学分子細胞生物学研究所の分譲機関(Institute of Applied Microbiology (IAM) culture collection)から得られたIAM E-6株を独自に継代馴化させた株であり、現在、国立環境研究所で入手可能であるNIES-48と同一由来の株である。KH培地を用いてeu029株を前培養した後に、100 mL容量の試験管3本のそれぞれにおいて50 mLのCM培地で4日間培養した。その際に、培養開始濃度0.25(吸光光度計にてλ=860 nmで測定した値、以後OD860という)とし、温度26~29℃、曝気量50 mL/min(5% CO2)、光照射PPFD 100μmol/m2sの恒常光条件で培養を実施した。培養液濃度2(OD860)程度となったものを、CM培地で希釈し、50 mL遠沈管にそれぞれ45 mLずつ封入し、中性子線照射施設に送付した。
【0085】
4-2.照射
【0086】
中性子線の照射は、実施例1において紅藻シゾンに対して用いたものと同様の方法によって行った。
【0087】
4-3.照射後の各集団からの細胞単離、および培養試験
【0088】
照射後のサンプルが返送された当日、もしくは一晩室温(26℃程度)で静置した後の翌日にサンプルを開封し、セルソーター(Beckman Coulter社, MofloXDP)を利用して細胞を単離した。その際の条件はScientific reports 6.1 (2016): 1-8の記載に従った。セルソーターは100μmのノズルを装備し、分取用の96ウェル平底細胞培養プレートの各ウェルにCM培地とKH培地を4:1で混合した培地をそれぞれ180μL分注した後に分取を実施した。各照射条件グループから、30ウェルに1細胞ずつ、特に蛍光値などで選別せず、ランダムに分取した。細胞を分取したプレートは、26~29℃に維持した培養棚に静置し、光照射PPFD 100μmol/m2sの恒常光条件で培養を実施した。1週間程度経過した後、数日おきに吸光プレートリーダーを用いて吸光度(OD860)を測定した。
【0089】
4-4.各照射条件における個々の細胞の増殖能への影響評価
【0090】
各照射条件グループ内で、中性子線照射により影響された増殖速度のばらつきを評価するために、各グループから単離した複数の単一個体培養物が培養13日目で形成した培養液濃度(OD860)の変動係数を計算し、散布図を作製した。13日目の時点で細胞の増殖が見られなかったウェルのデータは破棄し、増殖が見られたウェルのOD860の平均値を計算した。同様に、増殖が見られたウェルのOD860の標準偏差を計算した。変動係数は以下の式によって計算した。
変動係数=標準偏差/平均値
【0091】
各照射条件グループにおける変動係数(縦軸)と、中性子線照射量(横軸)を基に散布図を作製した。
【0092】
上記における変動係数は、各照射条件グループにおける標準偏差を平均値で標準化している値であるため、照射実験ごとのランダムな影響を最小化しつつ、各照射条件グループに固有な細胞(の子孫集団)増殖速度のばらつきを比較するのに適する値と考えられる。ユーグレナの変異導入に対応した形質変化の程度の評価基準が、致死性、または増殖速度の低下/増加にほぼ限定される状況下で、上記変動係数は後者の側面の評価のために有効である。
【0093】
4-5.集団としての増殖能の確認
照射後の各グループの培養液10 mL(CM培地)にKH培地を40 mL添加し、100 mL容量の滅菌された三角フラスコを用いて回復培養を実施した。その際には、室温26~29℃、ロータリーシェーカーで100 rpmの回転振盪、恒常光を50μmol/m2sで照射する条件で3日間培養した。その後に得られた培養液の濃度(OD860)を吸光光度計で測定し、OD860が0.1程度になるようにKH培地で希釈し、24ウェル平底プレートの3ウェルに、各照射条件群からそれぞれ1 mL液量を分注した。このウェルプレートを、26~29℃に維持された培養棚に静置し、光照射PPFD 100μmol/m2sの恒常光条件で培養を実施した。吸光プレートリーダーで各日吸光度(OD860)を測定した。
【0094】
結果
【0095】
対照群のOD860の推移を図5Aに示す。対照群では、遺伝学的均一性が保たれているため、増殖率の変動が比較的小さいことが理解される。図5Bは、13日目(図5Aにおいてボックスで囲っている)におけるOD860の変動係数に基づく評価結果を示す。高エネルギー中性子線照射(黒)の方が、同程度のGy値の熱中性子線照射(グレー)に比べて、増殖に対する影響が概して大きいと見られた(図5B)。他方、OD860の平均値に基づく評価では、高エネルギー中性子線照射と、同程度のGy値の熱中性子線照射との間に大きな差は見られず、また、非照射対照群からの著しい差も見られなかった(図5C)。ゲノム全体で大規模な変化が起こるような著しく強力な照射では集団全体としての平均増殖率低下が短期的にも現れ得るが、個別遺伝子に変異を誘導できる照射レベル域では、短期的な平均増殖率は有用な指標とならないと見られた。
【0096】
(実施例5)ユーグレナの脂質高含有変異体のスクリーニング
【0097】
ユーグレナの脂質高含有変異体のスクリーニングを行った。細胞内に蓄積する脂質量の変化の評価には、中性脂質を特異的に染色する蛍光色素BODIPYを用い、セルソーターで検出される蛍光強度に基づいて、脂質蓄積量が向上した細胞を分取した。
【0098】
材料と方法
【0099】
5-1.ユーグレナのBODIPY505/515染色
【0100】
BODIPY505/515(TargetMol社, T36958)をジメチルスルホキシドに1 mMで溶解して-20℃で保管した。上記溶液を、使用直前に水で10μMに希釈して染色液として利用した。染色時には、1.5 mLチューブに入れた培養液サンプル100μLに対して、染色液100μLを添加して、よく混合した後に5分間暗所で静置した。5分後に2,000 gで5秒間遠心し上清を除去した。その後、水400μLを添加し、フローサイトメトリー、もしくはセルソーターでのスクリーニングを実施した。
【0101】
5-2.変異体の一次スクリーニング
【0102】
変異体のスクリーニングはScientific reports 6.1 (2016): 1-8に記載の方法に従って実施した。照射後の集団に対しては回復培養を行い、得られた培養液から100μLの培養液を使用し、脂質をBODIPY505/515により染色した。染色した細胞は、100μmのノズルを装備したセルソーター(Beckman Coulter社, MofloXDP)を使用しFL1(488 nm励起、529±28 nm蛍光)値を指標としてソーティングし、上位0.1%程度に含まれる高い値を示す細胞を、KH培地1 mLを入れた1.5 mLチューブに回収した。106細胞から1,000細胞程度を回収し、そのまま1週間1.5 mLチューブ内で増殖させ、十分に増殖した段階でKH培地 50 mLに加え、100 mLフラスコで振盪培養をした。その際には、室温26~29℃、ロータリーシェーカー100 rpm回転振盪、恒常光50μmol/m2sで照射する条件で1週間培養した。上記の一連の変異体濃縮操作を再度繰り返し、その後セルソーターで3回目の分取を実施し、その分取においては96ウェル平底細胞培養プレートの各ウェルにFL1値が高い細胞を1細胞ずつ単離した。各ウェルにはCM培地とKH培地を4:1で混合した培地を180μLあらかじめ分注しておいた。各グループから、96ウェルプレートの半分のウェル(48ウェル)に分取をした。細胞を分取したプレートは26~29℃に維持した培養棚に静置し、光照射PPFD 100μmol/m2sの恒常光の条件で2週間静置培養した。
【0103】
5-3.変異体の二次スクリーニング
【0104】
細胞が十分に増えたのちに、各集団から10系統ランダムに選択し、それらの培養液を100μL使用してBODIPY505/515染色で表現型を確認した。その際に、脂質をBODIPY505/515により染色し、染色した細胞に対してセルソーター(Beckman Coulter社, MofloXDP)を使用しフローサイトメトリーを実施し、各染色集団におけるFL1(488 nm励起、529±28 nm蛍光)値を測定した。これにより各照射条件集団から、明確にFL1値が高い値を示した系統をそれぞれ数系統選別した。選別した系統の培養液残りをKH培地 50 mLに加え、それぞれ100 mLフラスコで振盪培養をした。その際には、室温26~29℃、ロータリーシェーカー100 rpm回転振盪、恒常光を50μmol/m2sで照射する条件で1週間培養した。増殖した細胞の培養液を100μL程度使用しBODIPY505/515染色で表現型を改めて確認した。また、並行して同様の条件で培養していた野生株(eu029)に対しても同様の測定を実施した。この結果、野生株と比較して明確に高いFL1値を示す系統が存在していた場合、各照射条件グループから最も高い値を示す1系統を変異体株として樹立し、保管した。
【0105】
結果
【0106】
変異体株のスクリーニングにおいては、目的とする形質(BODIPYで高染色)の変異体株が、高エネルギー中性子線、及び熱中性子線の照射条件でそれぞれ3株取得できており、いずれの照射でも有用変異体が獲得できることを確認した(下記表5)。
【0107】
(実施例6)獲得した脂質高含有変異体候補株の評価
【0108】
本明細書で記述した、嫌気処理前の細胞重量に対する嫌気処理後の細胞重量の比で補正された脂質含有率に基づいて、実施例5で得られた脂質高含有変異体候補株の評価を行った。
【0109】
材料と方法
【0110】
6-1.培養操作
【0111】
下記表に示す従属栄養条件でユーグレナ株を前培養した。
【表3】
【0112】
前培養液を用いて、下記表に示す条件で表現型解析用の細胞を本培養した。その際に、吸光光度計で各日細胞濃度(OD860)を測定し、野生株(eu029)と比較した。
【表4】
【0113】
6-2.収穫と嫌気発酵によるサンプル作製
【0114】
各株のサンプルを15 mL遠沈管2本にそれぞれ15 mL回収した。15 mL遠沈管自体の重量はあらかじめ測定しておいた。15 mL遠沈管1本はそのまま遠心分離(2,000 g, 2分)し、上清を破棄し沈殿の細胞を-20℃で凍結保管した。また、もう1本の遠沈管は遮光して29℃にて1日間静置保管し、嫌気発酵させた(嫌気処理)。嫌気処理終了後に遠心分離(2,000 g, 2分)し、上清を破棄し沈殿の細胞を-20℃で凍結保管した。凍結した嫌気処理前および嫌気処理後のサンプルをそれぞれ凍結乾燥機で一晩乾燥させた。その後、細胞の乾燥粉末を含む各チューブの重量を測定し、遠沈管自体の重量を差し引くことによって、収穫された細胞の乾燥重量を決定した。
【0115】
6-3.BODIPY505/515染色による表現型確認
【0116】
本培養終了後に余った培養液を用い、実施例5の5-1に記載した方法に従ってBODIPY505/515染色し、セルソーター(Beckman Coulter社, MofloXDP)を使用しフローサイトメトリーを実施し、各染色集団におけるFL1(488 nm励起、529±28 nm蛍光)値を測定した
【0117】
6-4.脂質含量の定量
【0118】
上記乾燥粉末(約50mg)を計量し、ガラスバイアルに入れた。その後、抽出媒としてのノルマルヘキサンを10 mL添加し、超音波破砕機(トミー社, UD211)を使用してダイアル4の設定で1分間かけて細胞を破砕した。その後、グラスフィルター(Whatman, GF/C)を通して抽出溶液を濾過した。さらに、グラスフィルター上の残渣をガラスバイアルに戻し、ノルマルヘキサンを10 mL添加し、同様の条件で超音波破砕し、さらに抽出溶液を濾過し収集した。回収したろ液は、乾燥重量を計測済みのすり付きナスフラスコに回収し、ロータリーエバポレーターを用いて溶媒を揮発させた。さらに、すり付きナスフラスコに残った脂質を105℃に加熱したオーブン中に1時間保管し、完全に水分を蒸発させた。すり付きナスフラスコは、デシケーター内で減圧しつつ放熱させ、1時間程度かけて室温近くに戻ったのちに重量を測定した。脂質抽出前後のすり付きナスフラスコの重量差から、抽出された脂質重量を計算し、使用した細胞乾燥粉末の重量で除算することで脂質含有率を計算した。嫌気処理前と比べた嫌気処理後の細胞重量の減少率を計算し、嫌気処理後の脂質含有率については、嫌気処理前の同数の細胞の推定重量を基に、下記のように補正された脂質含有率も計算した。
補正された脂質含有率 = 嫌気処理後脂質含有率 × (嫌気処理後の細胞重量 / 嫌気処理前の細胞重量)
【0119】
得られた変異体の、嫌気処理前脂質含率および、補正された嫌気処理後の脂質含率を表5に示す。熱中性子線または高エネルギー中性子線の照射によって獲得された変異株が、野生株より多く脂質を蓄積できることが確認された。
【0120】
【表5】
【0121】
(参考例)照射条件のさらなる検討
【0122】
最後に、強度が高い中性子線を短時間照射した場合と、強度が低い中性子線を長時間照射した場合で(吸収線量は同じ)変異誘発に差が生じるのか、つまり、吸収線量の積算値が変異出現頻度を決定づけるのかを調べた。これを明確にするために、照射後数週間培養し続けた後の藻類の濁度(=単位体積あたりの細胞数)を解析した。細胞増殖に必須の変異が導入されれば、その分、長期的な細胞蓄積に影響がでるためである。
【0123】
材料と方法
【0124】
実施例1で示した紅藻シゾンの高エネルギー中性子線照射実験において、加速器のビーム電流値を変化させて、すなわち中性子線の強度を変化させて、中性線照射を行った。中性子線の照射の数週間後、分光光度計を用いて培養液のOD750を測定した。
【0125】
結果
【0126】
無照射藻類の濁度値を1とした場合の各条件の培養液の相対的濁度値を図6Aおよび図6Bに示した。図6Aは異なるビーム電流値からのデータを区別したプロット、図6Bは全ビーム電流値からのデータを区別せずにプロットしたものを示す
【0127】
各強度において、中性子吸収線量に対する濁度の比率の傾きはほぼ同一であった(図6A図6B)。これにより、吸収線量の積算値が変異出現頻度を決定づけることが確認された。
【0128】
明確化された照射条件を使用することにより、必要以上の照射を行って藻類に無用のダメージを与えることなく、有用な形質を示す藻類株(例えば脂質蓄積量が向上した株など)の育種が可能になる。上記実施例において紅藻シゾンとユーグレナで例証されている変異導入および有用形質株取得は、藻類全般に適用可能な汎用性の高い技術である。
【0129】
上記いくつかの実施形態を参照して本開示を説明したが、本開示は上記いくつかの実施形態によって限定されるものではない。本発明の構成や詳細には、本開示の範囲内で様々な変更をすることができる。
【0130】
<付記>
本開示は以下の実施形態を含む。
(付記1)
藻類の突然変異誘導方法であって、
水中に存在する前記藻類に中性子線を照射することを含み、
前記藻類の前記中性子線の吸収線量が0.1~100Gyの範囲内である
突然変異誘導方法。
(付記2)
前記中性子線が熱中性子線である、付記1に記載の方法。
(付記3)
前記中性子線が高エネルギー中性子線である、付記1に記載の方法。
(付記4)
前記藻類が、紅藻シゾンまたはユーグレナである、付記1~3のいずれか一項に記載の方法。
(付記5)
前記中性子線の吸収線量が20Gy以下である、付記1~4のいずれか一項に記載の方法。
(付記6)
脂質蓄積量の増加した藻類株の作出方法であって、
付記1~5のいずれか一項に記載の方法を用いて藻類の集団に突然変異誘導すること、
前記突然変異誘導された藻類の集団から、藻類株を単離すること、
前記藻類株の脂質蓄積量を測定すること、
前記測定された脂質蓄積量に基づいて、脂質蓄積量が増加した藻類株を同定すること、を含む方法。
(付記7)
前記脂質蓄積量を測定することは、
前記藻類株を嫌気処理した後に脂質蓄積量を測定すること、および
前記測定された脂質蓄積量を、前記嫌気処理前の細胞重量に対する前記嫌気処理後の細胞重量の比で乗じて補正すること
を含む、付記6に記載の方法。
(付記8)
中性子線を用いた藻類の突然変異誘導において中性子線照射条件を評価する方法であって、
(a1)水中の藻類を、複数の照射条件群に分けて中性子線を照射することと、
(a2)前記照射後の前記複数の照射条件群の各々またはこれらの子孫を、個々の個体に単離された複数の単一個体培養物として培養することと、
(a3)前記複数の単一個体培養物から得られた細胞増殖量の変動係数を、前記複数の照射条件群間で比較することと
を含むか、または、
(b1)水中の藻類を、複数の照射条件群に分けて中性子線を照射することと、
(b2)前記照射後の前記複数の照射条件群またはこれらの子孫を、ウラシルおよび5-フルオロオロト酸を含有する固形培地上で培養することと、
(b3)前記複数の照射条件群間で出現するコロニー数を比較することと
を含む、方法。
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6A
図6B