(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025002217
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20241226BHJP
H01J 49/42 20060101ALI20241226BHJP
H01J 49/06 20060101ALI20241226BHJP
【FI】
G01N27/62 B
G01N27/62 F
H01J49/42 250
H01J49/06 700
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023102238
(22)【出願日】2023-06-22
(71)【出願人】
【識別番号】301078191
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテクソリューションズ
(74)【代理人】
【識別番号】110002066
【氏名又は名称】弁理士法人筒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】照井 康
(72)【発明者】
【氏名】柴田 信之
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041GA06
2G041GA08
2G041GA09
(57)【要約】
【課題】質量分析装置の性能を向上する。
【解決手段】検査対象物に付着した試料をイオン化し、イオンを質量および電荷に基づいて分離するイオントラップ型の質量分析装置であって、試料を加熱気化する加熱部1と、加熱部1により気化した試料をイオン源15に導入する試料送気管10と、試料に電荷を印加するイオン源15と、内部が真空状態である容器210と、イオン源15でイオン化した試料を容器210内に導入する第1細孔51と、容器210内に設けられたイオントラップ部300と、第1細孔51とイオントラップ部300との間に順に設けられ、容器210内に導入された試料であるイオンをイオントラップ部300まで輸送する第2細孔71、中間レンズ90および調整レンズ110と、を備えた質量分析装置を用いる。調整レンズ110では、質量分析装置に接続された制御部により、調整レンズ110を透過するイオン量が制御される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査対象物に付着した試料をイオン化し、イオンを質量および電荷に基づいて分離するイオントラップ型の質量分析装置であって、
前記試料を加熱気化する加熱部と、
前記加熱部により気化した前記試料をイオン源に導入する第1送気配管と、
前記試料に電荷を印加する前記イオン源と、
内部が真空状態である容器と、
前記イオン源でイオン化した前記試料を前記容器内に導入する第1細孔と、
前記容器内に設けられたイオントラップ部と、
前記第1細孔と前記イオントラップ部との間に順に設けられ、前記容器内に導入された前記試料であるイオンを前記イオントラップ部まで輸送する第2細孔、中間レンズおよび調整レンズと、
を備え、
前記第1細孔は、大気圧と真空圧の境界であり、
前記調整レンズでは、前記質量分析装置に接続された制御部により、前記調整レンズを透過するイオン量が制御される、質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置において、
前記調整レンズは、前記第1細孔から前記イオントラップ部に向かうイオンの経路において、前記イオントラップ部の直前に設けられている、質量分析装置。
【請求項3】
請求項1に記載の質量分析装置において、
前記制御部は、
測定目的物質の検知濃度情報を予め保存した記憶部を備え、前記検知濃度情報に基づいて前記調整レンズに印加する電圧を制御し、これにより前記イオントラップ部に導入するイオン量を制御する、質量分析装置。
【請求項4】
請求項3に記載の質量分析装置において、
イオン化状態の補正に用いられる内部標準試料を前記イオン源に導入する第2送気配管をさらに有し、
前記イオン源では、前記試料および前記内部標準試料を混合した気体に電荷を印加し、
前記制御部は、前記検知濃度情報に基づいて前記調整レンズの電圧を制御し、これにより前記イオントラップ部に導入する前記試料由来のイオンおよび前記内部標準試料由来のイオンのそれぞれの量を制御する、質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
種々なイオン化法で物質を原子・分子レベルのイオンとし、複数の種類が存在するイオンを、イオンの質量と電荷に基づいて分離し、その個数を測定することで物質の同定または定量などを行う装置として、質量分析装置が知られている。測定物質はそれを構成する原子の種類および数から特徴的な分子量を持つ。質量分析装置では前記原子・分子を直接イオン化して測定するため、超高感度な測定、物質同定、構造解析が可能である。その特長から、質量分析装置は、例えば環境分析分野では、飲料水の試験、農薬のスクリーニングまたは定量、大気汚染モニタリング、および、重金属溶出の微量元素分析などに使用されている。また、質量分析装置は、例えば医療分析分野では、創薬時の体内吸収、分布、代謝、排泄の研究、または薬物動態若しくは代謝物のスクリーニングなどに使用されている。現在、質量分析装置は無機物、有機物の測定に広く活用されている。
【0003】
特許文献1(特開2001-249114号公報)には、試料の分離(MS1)とタンデム質量解析(MS2)の標準マススペクトルデータの取得とを行い、クロマトグラフ装置から導入した試料をイオントラップ型質量分析装置で測定を行うことが記載されている。
【0004】
特許文献2(特開2005-91344号公報)には、複雑な成分(タンパク質またはペプチドなど)の構造解析で、同一の試料について複数回の測定を実施することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001-249114号公報
【特許文献2】特開2005-91344号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
複数の種類がある質量分析装置のうち、イオントラップ型は同定(定性分析)に優れると言われている。質量分析装置の活用に検査対象物質に付着する化学物質の検知がある。この場合、検査対象物質の表面を拭き取り、イオン化して質量分離およびタンデム質量解析を行うことで、目的の化学物質を同定する。検査対象が不特定な場合拭き取られる試料量も当然不定となる。イオントラップ型質量分析装置を用いる場合、イオントラップ内に一度に閉じ込められるイオン量は制限があるため、観測された化学物質の濃度が高い場合、濃度と信号強度の線形性が失われ、濃度の決定が難しくなる場合がある。また、拭き取られた試料は質量分析装置に導入する際の成分分離が難しく、分析で得られるマススペクトルは、目的とする化学物質のマススペクトルの他、検査対象物質に存在した目的物質以外の化学物質、装置が置かれている環境由来の物質、および、拭き取りに使用された布や紙成分のマススペクトルも混在する。さらに複数のイオンが同時にイオン化された場合、目的とする化学物質由来のマススペクトル信号強度が、それのみのイオン化時よりも低下する場合がある。そのため予め取得していたマススペクトルとの比較は難しい。
【0007】
特許文献2に記載の技術は、定時のプリカーサーイオンとプロダクトイオンのデータとを保存することで、次測定において、前測定で観測されたプリカーサーイオンとは異なるプリカーサーイオンを選択してMS2解析を行うものである。しかしこの場合、複数の種類の化学物質を同定するためには、複数回の測定が必要である。検査対象物質に付着する化学物質の検知では、同一サンプルから測定可能な回数が1回のみである場合があり、その場合当該技術では複数の化学物質を同定できない。
【0008】
本発明の目的はイオントラップ型の質量分析装置を用い、検査対象物質表面に付着する化学物質の検知装置において、検査対象が不特定な場合、質量分析装置に導入される試料量が不定となり、有限であるイオントラップの空間容量を起因とするイオン量と検知信号の線形関係が失われることを改善し、線形関係範囲の拡大、ひいては定量精度を一定化させた質量分析装置を提供することにある。また、本発明の他の目的は、1回のサンプリングで目的濃度の異なる複数の化学物質を検知することにある。
【0009】
その他の目的と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願において開示される実施の形態のうち、代表的なものの概要を簡単に説明すれば、次のとおりである。
【0011】
一実施の形態である質量分析装置は、検査対象物に付着した試料をイオン化し、イオンを質量および電荷に基づいて分離するイオントラップ型の質量分析装置であって、前記試料を加熱気化する加熱部と、前記加熱部により気化した前記試料をイオン源に導入する第1送気配管と、前記試料に電荷を印加する前記イオン源と、内部が真空状態である容器と、前記イオン源でイオン化した前記試料を前記容器内に導入する第1細孔と、前記容器内に設けられたイオントラップ部と、前記第1細孔と前記イオントラップ部との間に順に設けられ、前記容器内に導入された前記試料であるイオンを前記イオントラップ部まで輸送する第2細孔、中間レンズおよび調整レンズと、を備えるものである。ここで、前記第1細孔は、大気圧と真空圧の境界であり、前記調整レンズでは、前記質量分析装置に接続された制御部により、前記調整レンズを透過するイオン量が制御される。
【発明の効果】
【0012】
本願において開示される発明のうち、代表的なものによって得られる効果を簡単に説明すれば以下のとおりである。
【0013】
本発明によれば、質量分析装置の性能を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施の形態1に係る質量分析装置を示す模式図である。
【
図2】検知目的試料別の必要な検知量および制御電圧を示す表である。
【
図3】制御電圧と信号強度との関係を示すグラフである。
【
図4】実施の形態2に係る質量分析装置を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、実施の形態を説明するための全図において、同一の機能を有する部材には同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。また、以下の実施の形態では、特に必要なときを除き、同一または同様な部分の説明を原則として繰り返さない。また、実施の形態を説明する図面においては、構成を分かり易くするために、平面図または斜視図などであってもハッチングを付す場合がある。さらに、実施の形態を説明する図面においては、構成を分かり易くするために、断面図においてハッチングを省略する場合がある。
【0016】
<改善の余地の詳細>
以下、質量分析装置の技術的な改善の余地について説明する。
【0017】
質量分析装置でイオンの質量と電荷に基づく分離には複数の方法がある。代表的な方法として二重収束型、四重極型、イオントラップ型、飛行時間型およびフーリエ変換型がある。それらの方法のそれぞれには、測定質量範囲、分解能およびタンデム質量解析の可否などに特長がある。この中でイオントラップ型は、その名前のようにイオンを3次元空間に一旦閉じ込める。イオンの閉じ込めは2つの電極間に高周波電場を形成することで実現している。電極に印加する高周波電圧を変化させることで、イオントラップ電極内から検知器にイオンを排出し質量分離を行う。イオントラップ内に特定のイオンのみを閉じ込めることが可能で、その特性からタンデム質量解析が可能である。タンデム質量解析でイオントラップ内に閉じ込められるイオンをプリカーサーイオンと呼び、プリカーサーイオンから生成されるイオンをプロダクトイオンと呼ぶ。このプリカーサーイオンおよびプロダクトイオンのマススペクトルを解析することで、測定試料の構造を解析することが可能となる、また、イオントラップ内には複数の種類のイオンを同時に閉じ込めることも可能であり、一度の閉じ込めおよび排出でマススペクトルの取得が可能である。タンデム質量解析が可能でマススペクトルが高効率で測定可能なことからイオントラップ型は同定に優れている。
【0018】
また、質量分析装置は導入されるイオン量と観測される信号強度との間の関係に線形性がある。そのため観測されたイオンの個数から測定試料の濃度を定めること(定量分析)も可能である。一方イオントラップ型ではイオンを閉じ込める空間は有限の3次元空間であるため、一度に閉じ込めるイオンの個数に制限があり、定量範囲が限定される場合がある。
【0019】
ここで、質量分析装置の活用に検査対象物質に付着する化学物質の検知がある。検査対象物質の表面を拭き取り、拭き取った試料を直接加熱してイオン化し、質量分離およびタンデム質量解析を行うことで目的の化学物質を同定する。検査対象が不特定な場合拭き取られる試料量も当然不定となる。さらに目的の化学物質の検知では、その同定と同時に濃度を求められる場合がある。しかし、イオントラップ型質量分析装置を用いる場合、イオントラップ内に一度に閉じ込められるイオン量は上記のように制限がある。このため、観測された化学物質の濃度が高い場合、濃度と信号強度との間の線形性が失われ、濃度の決定が難しくなる場合がある。すなわち、試料の濃度によらず、イオン量と濃度との線形性を保つという第1の改善の余地が存在する。
【0020】
特許文献1に記載の技術では、測定試料はクロマトグラフ装置により成分(化学物質)が分離されて質量分析装置に導入される。イオン化時に、測定試料はほぼ分離された成分のみとなるため、予め濃度を規定した標準試料から取得したマススペクトルとの比較が可能となる。同様の理由で、タンデム質量解析を行う場合の試料分離でのプリカーサーイオンの選択が可能となり、タンデム質量解析で生成されたプロダクトイオンのマススペクトルも、予め取得した標準試料から取得したマススペクトルとの比較が可能となる。そのため特許文献1では、標準試料から取得したマススペクトルと、実試料から取得したマススペクトルとの比較によるプリカーサーイオン選択性の高精度化、および、プロダクトイオンからの成分同定を行っている。
【0021】
一方、検査対象物質に付着する化学物質の検知では、測定試料にどのような成分が含まれているかは不明であり、また装置の求められる特性から、1試料毎に数十秒の測定を必要としている。そのため質量分析装置に導入する際の成分分離が難しく、測定試料は拭き取り後、直接加熱によりイオン化し、ほぼ分離無しの状態で質量分析装置に導入される。そのため試料分離(MS1)で得られるマススペクトルは、目的とする化学物質のマススペクトルの他に、検査対象物質に存在した測定目的物質以外の化学物質、装置が置かれている環境由来の物質、および、拭き取りに使用された布または紙成分のマススペクトルなどが混在する。さらに複数のイオンが同時にイオン化された場合、目的とする化学物質由来のマススペクトル信号強度が、それのみのイオン化時よりも低下する場合がある。そのため、予め取得していたマススペクトルとの比較による同定が難しいという第2の改善の余地が存在する。
【0022】
特許文献2に記載の技術は、定時のプリカーサーイオンとプロダクトイオンのデータとを保存することで、次測定において、前測定で観測されたプリカーサーイオンとは異なるプリカーサーイオンを選択してタンデム質量解析(MS2解析)を行うものである。しかしこの場合、複数の種類の化学物質を同定するためには、複数回の測定が必要である。検査対象物質に付着する化学物質の検知では、同一サンプルから測定可能な回数が1回のみである場合があり、その場合当該技術では複数の化学物質を同定できない。すなわち、同一サンプルから測定可能な回数が1回のみである場合、複数の種類の化学物質を同定することができないという第3の改善の余地が存在する。
【0023】
そこで、以下の実施の形態では、上述した第1、第2および第3の改善の余地を解決する工夫を施している。以下では、この工夫を施した本実施の形態における技術的思想について説明する。
【0024】
(実施の形態1)
<質量分析装置の構成>
図1は、本発明による質量分析装置の模式図である。質量分析装置540は、例えば制御用パーソナルコンピュータである制御部500と通信線によって接続されており、質量分析装置540は制御部500からの制御にて動作する。制御部500は、記憶部510を備えている。
【0025】
質量分析装置540は、加熱部1、イオン源15、第1細孔板50、容器210、信号検出基板230および装置制御基板250を備えている。第1細孔板50は、板を貫通する第1細孔51を有する。容器210は、その開口部を第1細孔板50により閉塞されている。容器210には真空ポンプ(図示しない)が接続されており、当該真空ポンプにより容器210の内部は例えば10-4Paの真空状態となる。
【0026】
イオン源15には、その内部に高電圧を印加するための高電圧印加部(針電極)20と、加熱部1で加熱された測定試料のガスを送気する試料送気管(送気配管)10とがそれぞれ挿入されている。第1細孔板50の第1細孔51は、イオン源15内で発生したイオン30を容器210内へ導入するための孔部である。第1細孔51は、第1細孔板50および容器210からなる真空容器に設けられていると考えることもできる。
【0027】
第1細孔51を通ったイオンの容器210内の経路には、順に第2細孔板70、中間レンズ90、調整レンズ110、インキャップ電極130、4重電極150およびアウトキャップ170が並んで配置されている。これらは、それぞれイオンが通過するための孔部を有している。当該孔部として、第2細孔板70は、貫通孔である第2細孔71を有している。容器210内に設けられたインキャップ電極130、4重電極150およびアウトキャップ170は、イオントラップ部300を構成している。第2細孔71、中間レンズ90および調整レンズ110は第1細孔51とイオントラップ部300との間に順に設けられ、容器210内に導入された試料であるイオンをイオントラップ部まで輸送する役割を有している。
【0028】
容器210の内部または外部には、4重電極150を用いてイオンを検知する検知器190が設けられており、検知器190は容器210の外の信号検出基板230に接続され、信号検出基板230は装置制御基板250に接続され、装置制御基板250は通信線を介して制御部500に接続されている。
【0029】
ここでは測定試料(試料ガス)が加熱部1から供給される箇所と、高電圧印加部20により電荷が印加される箇所(コロナ放電が行われる箇所)が同じとなっているが、これらの箇所(部屋)は別々でもよい。例えば、高電圧印加部20により電荷が印加される箇所と第1細孔板50との間に試料ガスが供給される箇所があってもよい。
【0030】
<質量分析装置の動作>
次に、質量分析装置の動作について説明する。質量分析装置により検査を行う際には、まず、検査対象物質に付着する化学物質の拭き取りを行う。続いて、拭き取った物質を加熱部1で加熱気化する。加熱されガス化した試料は、試料送気管10を通りイオン源15内に導入される。イオン源15内の高電圧印加部20により、導入された気体に電荷が印加されることで、気体はイオン30になる。イオンは電荷を持っているので、このイオン化により電磁気的な制御が可能となる。イオンは第1細孔板50の第1細孔51を通過し、容器210(質量分析部)内に導入される。
【0031】
ここで、イオン源15内は大気圧であるのに対し、容器210内は真空となっている。すなわち、大気と容器210内の真空との境界は第1細孔51である。言い換えれば、容器210内の真空は第1細孔板50と容器210により保たれる。
【0032】
その後、イオンは第2細孔板70を通り、イオン軌道は中間レンズ90にて収束され、イオンはイオントラップ部300へと導入される。中間レンズ90にて収束されたイオン軌道のイオンの運動エネルギーは十分に低下しており、イオンは調整レンズ110を通過してイオントラップ部300へ向かう。
【0033】
調整レンズ110は、イオンの進行方向において互いに離間して並ぶ3枚の電極板からなるイオン集束レンズである。各電極板の中心には直径2mm程度の貫通孔が設けられている。3枚並ぶ電極板のうち、中心の電極には正または負の制御電圧が印加され、この電極を挟む2枚の電極板のそれぞれは接地電圧が印加される。中心の電極に印加する電圧の正負を選択することにより、プラスイオンとマイナスイオンのどちらを通すかを選択できる。
【0034】
調整レンズ110を通過するイオンは、イオン軌道が収束され、かつ運動エネルギーが低下している状態であることから、低い電界強度で制御が可能となる。そのため調整レンズ110に印加する電圧も低くなる。その結果、導入イオン量の制御時に行う電圧切り替え時間が短くなり、かつ制御量の微調整も容易となる。すなわち、調整レンズ110は、調整レンズ110を透過するイオン量を制御する機能を有する。言い換えれば、調整レンズ110では、質量分析装置540に接続された制御部500により、調整レンズ110を透過するイオン量が制御される。なお、調整レンズ110は制御部500に接続されている。
【0035】
調整レンズ110は、イオントラップ部300に導入するイオンの量を制御する目的で設けられている。このため調整レンズ110は、第1細孔51からイオントラップ部300に向かうイオンの経路において、イオントラップ部300の直前に設けられている。すなわち、調整レンズ110とイオントラップ部300との間には、他のレンズ(電極)は設けられていない。
【0036】
調整レンズ110を通過したイオンはイオントラップ部300に導入され、イオントラップ部300でイオンの閉じ込めおよび排出を行うことでイオン分離が行われる。イオントラップ部300は質量分離が可能となる高真空部に設置されている。イオン分離されたイオンは検知器190にて電気信号に変化され、信号検出基板230へ送信される。信号検出基板230および質量分析装置540の制御を行う装置制御基板250を介して、制御部500にイオン検出信号が送受信され、制御部500はマススペクトル生成、および定量計算等の演算処理を行い、その測定結果が制御部500の画面に出力される。
【0037】
すなわち、質量分析装置540により測定された信号は質量分析装置540から制御部500に送信され、制御部500は当該信号からデータ解析並びに定性および定量の数値計算を行う。
【0038】
記憶部510には、予め検知目的試料テーブル(
図2参照)が保存されており、各目的試料毎に、各種規制等の検知量(検知濃度情報)および調整レンズ110の制御電圧の値が保存されている。ここでいう各目的試料とは、
図2に示す化学物質x、y、z、x+y、x+zおよびy+zなどの検知したい試料の種類である。化学物質x+yは、例えば化学物質xおよび化学物質yを検知したい場合を表す。また、各種規制等の検知量とは、化学物質を検知するために必要な当該化学物質の量である。
【0039】
例えば化学物質xの検知量は0.1ngであり、測定試料中の検知量が前記の0.1ngを超えると制御部500に超過した旨の表示がされる。検知目的試料が複数の場合、調整レンズ110の制御電圧も検知目的試料テーブルに複数保存されており、それらの制御電圧を測定中に切り替える。これにより、例えば化学物質xと化学物質yとを一度の測定でそれぞれ検知できる。
【0040】
<実施の形態の効果>
本実施の形態の質量分析装置では、制御部500の記憶部510に、
図2に示す検知目的試料別の閾値である検知量と制御電圧とを記憶(保存)している。検知目的試料に対応した制御電圧を調整レンズ110の電極に印加し、当該電極の電圧を変化させることで、イオントラップ部300に導入されるイオン量を調整できる。例えば、低濃度のイオンを検出したいときは、調整レンズ110における高濃度のイオンの通過量を減らすことができる。これにより、イオントラップ部300に単位時間当たりに溜まる高濃度イオンのイオン量を減らせる。
【0041】
ここでは検知目的試料別に異なる検知量の閾値を記憶部510に保存している。これにより、高濃度のイオンでも低濃度のイオンでも、イオン量と濃度との線形性が保たれる。つまり、定量性が保たれる。また、低濃度の測定目的物質でも、イオン量と検知信号の線形関係が失われることなく、同一の測定時間間隔で質量分析データを取得することが可能となる。
【0042】
図2に示す化学物質xはイオンの質量が比較的小さく、0.1ngあれば検出が可能である。よって、調整レンズに印加する電圧の絶対値を例えば5Vまで大きくすることで、選択的に検出できる。印加電圧の正負は、通したいイオンの電荷の状態により異なる。調整レンズ110に印加する制御電圧を測定中に変更すれば、物質xと物質yとの両方を選択的に検出できる。つまり1回の測定(サンプリング)で複数の試料を検出できる。
【0043】
図3に、制御電圧と信号強度との関係をグラフで示す。
図3の横軸はサンプルの別を表し、縦軸は信号強度(感度)を表している。
図3内のグラフに示す電圧(単位:V)は、記憶部510に保存された電圧であって、調整レンズ110に印加される制御電圧を表している。
図3に示すように、制御電圧を例えば0Vから-5Vへ変更することで、感度を適宜調整できる。すなわち、-5Vの制御電圧を印加すると、制御電圧が0V(グランドレベル)の場合に比べて感度が約7.5倍まで向上することが分かる。これは印加電圧が正の値でも同じである。このように感度を調整することで、濃度別にイオンの通過量を制御できる。例えば、印加電圧の絶対値を低くすれば感度が低くなり、検知量の大きい化学物質を選択的に検知できる。
【0044】
このように、本実施の形態によれば、イオン源にて生成されたイオンが質量分析装置内に導入され、第1細孔、第2細孔および中間レンズを経て、イオン軌道が収束し、イオンの運動エネルギーは低下する。イオントラップ部の直前に設けられたイオン調整レンズの電圧を制御することで、イオントラップ部に導かれるイオン量が調整可能となる。さらにイオンの運動エネルギーが低下していることから、低電圧による制御化可能であり、短時間に電圧を切り替えることできる。測定目的物質(測定したい目的物質)と検知濃度(検知量、検知濃度情報)を予め制御部(記憶部)内に保存し、当該情報を用いることで、測定目的物質の検知濃度が高い場合は、調整レンズを透過するイオン量を減らし、検知濃度が低い場合は、透過するイオン量を増やすようにイオン調整レンズを制御する。つまり、検知濃度情報に基づいて調整レンズに印加する電圧を制御し、これによりイオントラップ部に導入するイオン量を制御する。
【0045】
これらの構成によって、測定したい目的物質の濃度によらず、イオントラップ部に導入されるイオン量が制御され、イオン量と検知信号の線形関係が維持される。さらに同一時間間隔で測定が可能となり、クロマトデータのデータ精度が一定になる質量分析装置を提供することが出来る。
【0046】
以上により、試料の濃度によらず、イオン量と濃度との線形性を保つという第1の改善の余地、複数の試料が混在することで、予め取得していたマススペクトルとの比較による同定が難しいという第2の改善の余地、1回の測定で複数の種類の化学物質を同定するという第3の改善の余地のそれぞれを解消できる。すなわち、高濃度の測定目的物質でも、低濃度の測定目的物質でも、イオン量と検知信号の線形関係が失われることなく、同一の測定時間間隔で質量分析データを取得することが可能となる。さらに、1回のサンプリングで目的濃度の異なる複数の化学物質を検知することが可能となる。
【0047】
(実施の形態2)
本実施の形態は、上述した実施の形態1の構成に加えて、より定量精度が求められる場合に内部標準試料を測定試料と同時にイオン化するものである。実際の測定時には拭き取り表面に存在した測定目的物質以外の化学物質、装置が置かれている環境由来等の測定目的物質以外の試料のイオン化により、測定目的物質のイオン化が抑制される場合がある。内部標準試料として、濃度が既知で測定目的物質と同様な抑制影響を受ける試料を用いることで、それらの物質のイオン化が抑制される割合を求め、これにより当該抑制影響を補正することができる。
【0048】
図4に示す本実施の形態では、
図1を用いて説明した構成に加え、内部標準試料気体を導入する内部標準試料導入部5が設けられている。試料送気管10を通りイオン源15内に導入された測定試料と、内部標準試料導入部5を通りイオン源15内に導入された内部標準試料気体とはイオン源15内で混合し、電荷が印加されイオン30になる。内部標準試料は測定試料と同一の配管内を通ってイオン源15に導入されてもよい。その後の動作は実施の形態1と同様である。
【0049】
内部標準試料は測定試料と共に調整レンズ110を透過する際にイオン量が制御される。透過するイオン量は調整レンズ110に印加される制御電圧で決定される。内部標準試料および測定試料の調整レンズ110の透過率は電圧によってほぼ一定となることから、イオン化が抑制される割合は保存され、測定目的物質以外のイオン化による抑制影響を補正することが可能である。これにより、本実施の形態では測定目的物質検知の定量精度が向上する。また、測定中に目的化学物質に適した制御電圧を調整レンズに印加することで、複数の目的化学物質の検出が可能となる。
【0050】
また、リニアイオントラップ部の直前に調整レンズを設ける構成は、たとえばリニアトラップ/飛行時間質量分析計または3連4重極質量分析計等のイオントラップ部を使用しているハイブリッド型と呼ばれる質量分析計にも使用可能である。
【0051】
以上、本発明者らによってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0052】
1 加熱部
5 内部標準試料導入部
10 試料送気管
15 イオン源
20 高電圧印加部
30 イオン
50 第1細孔板
51 第1細孔
70 第2細孔板
71 第2細孔
90 中間レンズ
110 調整レンズ
130 インキャップ電極
150 4重電極
170 アウトキャップ
190 検知器
210 容器
230 信号検出基板
250 装置制御基板
300 イオントラップ部
500 制御部
510 記憶部
540 質量分析装置