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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025022430
(43)【公開日】2025-02-14
(54)【発明の名称】糸状菌発酵組成物およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 5/00 20160101AFI20250206BHJP
   A23J 3/20 20060101ALI20250206BHJP
   A23L 2/38 20210101ALI20250206BHJP
   A23L 2/00 20060101ALI20250206BHJP
   A23L 31/10 20160101ALI20250206BHJP
【FI】
A23L5/00 J
A23J3/20
A23L2/38 G
A23L2/00 B
A23L31/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023126989
(22)【出願日】2023-08-03
(71)【出願人】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 悠希
(72)【発明者】
【氏名】勝又 忠与次
【テーマコード(参考)】
4B018
4B035
4B117
【Fターム(参考)】
4B018LB10
4B018LE01
4B018LE02
4B018LE03
4B018LE04
4B018LE05
4B018LE06
4B018MD20
4B018MD28
4B018MD47
4B018MD81
4B018MD85
4B018ME14
4B018MF01
4B018MF05
4B018MF06
4B018MF13
4B035LC01
4B035LE01
4B035LE02
4B035LE03
4B035LE04
4B035LE05
4B035LG15
4B035LG19
4B035LG50
4B035LP22
4B035LP24
4B035LP42
4B035LP43
4B035LP44
4B117LC02
4B117LC03
4B117LK15
4B117LK23
4B117LK24
4B117LP03
4B117LP05
4B117LP06
4B117LP16
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、酵母臭と呼ばれる異風味が改善された、糸状菌発酵酵母たんぱく質含有組成物およびその製造方法を提供することである。また、酵母由来のたんぱく質組成物の異風味を改善する方法を提供することである。
【解決手段】酵母由来のたんぱく質素材を懸濁した培地で糸状菌を培養することで、該たんぱく質素材に華やかな香気が付与され、該たんぱく質素材に由来する異風味を抑制することができる。さらには、発酵後のたんぱく質素材を加熱することで、弾力のある物性を示すたんぱく質組成物を得ることができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
糸状菌により発酵される前のたんぱく質量が40重量%以上、食物繊維量が4重量%以上である酵母由来のたんぱく質素材を培地とする、糸状菌発酵酵母たんぱく質含有組成物であって、加熱処理によってゲル化する性質を有する、組成物。
【請求項2】
酵母由来のたんぱく質素材を培地として糸状菌を培養する工程を含む、請求項1に記載の組成物の製造方法。
【請求項3】
糸状菌により発酵される前のたんぱく質量が40重量%以上、食物繊維量が4重量%以上である酵母由来のたんぱく質素材を、糸状菌の培地に添加して、糸状菌を培養することを特徴とする、酵母由来のたんぱく質素材の異風味を抑制する方法。
【請求項4】
酵母由来のたんぱく質素材を培地に添加し、糸状菌を培養することを特徴とする、酵母由来のたんぱく質素材の物性改良方法。
【請求項5】
請求項1に記載の発酵組成物を含む、飲食品。
【請求項6】
請求項5に記載の飲食品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異風味の抑制された酵母たんぱく組成物およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、世界的な人口増加に伴いたんぱく質の需要が増す中で、供給量が不足することが懸念されている。このため、植物や微生物、昆虫等に由来するたんぱく質素材を食品として用いることを目的とした検討が多くなされている。中でも微生物は増殖が速く、少ない栄養で生育可能であり、大量生産に適していることから、たんぱく質の供給源として期待されている。微生物のうち酵母も、たんぱく質の供給源として期待されているものの、酵母臭と言われる独特の臭気があり、食品としての利用において課題があった。
食品系での酵母に由来する独特の臭気をマスキングする方法として、酵母エキスと2-フランメタノールおよび/又は5-メチル-2-フランメタノールを有効成分とするチョコレート製品の食味増強剤(特許文献1)や、酵母エキス粉末と液状油脂と固形脂からなることを特徴とする酵母エキス含有ペーストに香料を加えることで酵母臭をマスキングする方法(特許文献2)が報告されている。
【0003】
しかしながら、食品添加物や香料の添加による酵母臭のマスキング方法は、消費者の天然志向の高まりにより避けられる傾向にあった。また、たんぱく質素材としての酵母の独特の臭気を改善するための方法は未だ報告されていない。
このため、消費者のニーズを満たす、独特の臭気の改善された酵母由来のたんぱく質組成物が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012-175963号公報
【特許文献2】特開2017-184625号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、酵母臭と呼ばれる異風味が改善された、酵母由来のたんぱく質組成物およびその製造方法を提供することである。また、酵母由来のたんぱく質組成物の異風味を改善する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題の解決につき鋭意検討した結果、酵母由来のたんぱく質素材を懸濁した培地で糸状菌を培養したところ、該たんぱく質素材に華やかな香気が付与され、該たんぱく質素材に由来する異風味が抑制されること、さらには、発酵後のたんぱく質素材を加熱することで弾力のある物性を示すことを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち本発明は、以下の第一~第六に関する。
第一に、糸状菌により発酵される前のたんぱく質量が40重量%以上、食物繊維量が4重量%以上である酵母たんぱく質素材を培地とする、糸状菌発酵酵母たんぱく質含有組成物であって、加熱処理によってゲル化する性質を有する、組成物である。
第二に、酵母由来のたんぱく質素材を培地として糸状菌を培養する工程を含む、第一に記載の組成物の製造方法である。
第三に、糸状菌により発酵される前のたんぱく質量が40重量%以上、食物繊維量が4重量%以上である酵母由来のたんぱく質素材を、糸状菌の培地に添加して、糸状菌を培養することを特徴とする、酵母由来のたんぱく質素材の異風味を抑制する方法である。
第四に、酵母由来のたんぱく質素材を培地に添加し、糸状菌を培養することを特徴とする、酵母由来のたんぱく質素材の物性改良方法である。
第五に、第一に記載の発酵組成物を含む、飲食品である。
第六に、第五に記載の飲食品の製造方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によると、酵母由来のたんぱく質素材を、培地に懸濁し、該培地で糸状菌を培養することにより、良い香りが付与され、酵母由来の異風味が抑制された酵母たんぱく質組成物を得ることができる。さらに、該酵母たんぱく質組成物を加熱することによって、やわらかい弾力のあるゼリー様の物性を示すため、酵母由来の異風味が抑制され、華やかな香気が付与された、保水力のあるたんぱく質源として、一般的な食品やサプリメント、特に嚥下困難者用食品等に用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明のたんぱく質組成物は、酵母由来のたんぱく質素材を原料とするものであり、もとの酵母由来のたんぱく質素材と比べて、酵母臭と表現される異風味が抑制されたたんぱく質組成物である。また、本発明における酵母臭とは、酵母自体の独特な臭気や異風味を指すものであり、官能評価によってその程度を知ることができるものである。
【0010】
本発明のたんぱく質組成物の由来となる酵母は、一般にビールや清酒、パン、調味料などの食品製造に用いられるものであれば制限なく用いることができる。具体的には、出芽酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)やトルラ酵母(シベルリンドネラ・ジャディニ;キャンディダ・ユティリスとも呼ばれる)を挙げることができる。中でも、トルラ酵母が望ましい。
【0011】
本発明における酵母由来のたんぱく質素材としては、酵母菌体から可溶性エキス成分を分離除去した後の菌体が挙げられる。また、酵母由来のたんぱく質素材として、可溶性エキス成分を分離除去した後の菌体に、グルカナーゼ活性を有する酵素を作用させたのちに可溶性画分を除いて得られる不溶性画分を用いることができる。前記不溶性画分に含まれるたんぱく質量は、常法に従いアミノ酸分析計にて測定した総アミノ酸量として、固形分あたりで、40重量%以上であればよく、好ましくは50重量%以上であり、より好ましくは60%重量以上である。ここで、グルカナーゼ活性を有する酵素は、一般に入手可能な酵素製剤を使用することができる。反応条件は、使用する酵素の至適条件でよい。酵素反応後の可溶性画分の除去は、遠心分離や濾過等の一般的な方法でよい。
【0012】
また、前記たんぱく質素材は、食物繊維を含むことが望ましく、4重量%以上がより望ましく、4.5重量%以上がさらに望ましい。食物繊維量は加水分解法によって求めることができる。具体的には、検体を1Nの硫酸にて110℃で3.5時間加水分解したのち中和し、得られた加水分解物であるマンノースおよびグルコースを高速液体クロマトグラフィー(HPLC)にて測定し、グルカンおよびマンナンへと換算することで食物繊維量を求めることができる。HPLCの分析条件は、グルコースおよびマンノースを測定できる条件であれば、一般的な糖分析の条件でよい。
【0013】
本発明の組成物は、上記酵母由来のたんぱく質素材を、糸状菌を培養する培地に添加することで製造することができる。糸状菌の培養における、酵母由来のたんぱく質素材の培地への添加量は、5~20重量%を挙げることができ、好ましくは8~15重量%、より好ましくは9~12重量%である。
【0014】
本発明の効果を阻害しない限り、培地にはほかの成分を添加してもよく、たんぱく質酵素分解物や無機塩類、糖類、ビタミン類、ミネラル類を添加してもよい。
【0015】
本発明の組成物は、上記酵母由来のたんぱく質素材を、糸状菌を培養する流動性を有する培地に添加することで製造することができる。
本発明の組成物の製造における糸状菌は、飲食品の製造に一般に用いられる糸状菌であれば特に制限されず、アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・ソーエ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・グラウカス(Aspergillus glaucus)、アスペルギルス・タマリ(Aspergillus tamari)、アスペルギルス・ルチュエンシス(Aspergillus luchuensis)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus nigar)、リゾプス・オリゴスポラス(Rhizopus oligosporus)、リゾプス・オリゼー(Rhizopus oryzae)、リゾプス・ストロニファー(Rhizopus stolonifer)が挙げられる。特にアスペルギルス・オリゼーが好ましい。
また、先に挙げた微生物のうち1種を単独で用いてもよく、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0016】
糸状菌の培養条件は、酵母由来のたんぱく質素材の酵母臭が抑制されれば特に制限はなく、糸状菌の培養で一般的に採用される温度、pH、培養時間、通気条件等を適宜設定することができる。例えば振とう培養であれば、発酵の温度として、20~40℃、好ましくは25~35℃が挙げられる。また、発酵時間としては、24~240時間が挙げられ、好ましくは72~168時間が挙げられる。通気条件は、好気的条件下で培養することが望ましい。
【0017】
このようにして得られた糸状菌培養物は、酵母由来でありながら、フルーティーで甘い華やかな香りが付与され、酵母臭の抑制されたたんぱく質組成物を含むものである。このため、この培養物をそのまま本発明の酵母たんぱく質組成物として用いることができる。また、必要に応じてこの培養物に賦形剤等を添加して、濃縮・乾燥してもよい。乾燥方法は、一般に食品製造に用いられる方法を採用することができ、例えばスプレードライ、ドラムドライ、凍結乾燥などを採用することができる。形態は特に制限されず、粉末、顆粒、カプセル、錠剤、ペースト状等に調製することができる。
【0018】
また、本発明の組成物は、加熱によりゲル化する性質を有する。加熱によりゲル化することで保水性および弾力が増し、ぷるんとした柔らかい物性を示す。加熱条件としては、80℃以上の温度で1分以上加熱すればよく、例えば100℃以上の水蒸気を用いたオートクレーブ処理や加圧加熱条件下でのレトルト処理などが挙げられる。本発明の組成物を加熱処理したものはゲル化するのに対し、未加熱のものはゲル化せず液状であることから、加熱による物性の変化は見た目で判断することができる。
【0019】
本発明の組成物は、そのまま喫食してもよく、一般的な食品やサプリメントに添加して用いることができる。また、加熱処理によって物性が変化したものを混ぜても良く、食品等に添加してから加熱処理し、食品の物性を変化させてもよい。本発明の組成物を飲食品に添加する方法は任意であり、他の原料と同時に添加してもよく、別々に添加することで飲食品を製造してもよい。また、本発明の組成物の加熱処理物は、ゲル化し結着性が増すことから、他の食品素材を結着することができるため、結着剤として添加することもできる。
【0020】
本発明における酵母由来のたんぱく質素材の異風味を抑制する方法は、酵母由来のたんぱく質素材を、糸状菌で発酵することである。糸状菌で発酵する方法については、前段までの記載のとおりである。
【0021】
また、本発明における酵母由来のたんぱく質素材の物性改良方法は、酵母由来のたんぱく質素材を、糸状菌で発酵することである。糸状菌で発酵する方法については、前段までの記載のとおりである。
【実施例0022】
以下に実施例を用いて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0023】
<本発明の組成物の原料>
酵母由来のたんぱく質素材のうち、酵母菌体から可溶性エキス成分を分離除去した後の菌体である試料1として「KR酵母」(三菱商事ライフサイエンス社)を用いた。「KR酵母」のたんぱく質量について、常法に従いアミノ酸分析計L8800(HITACHI製)で総アミノ酸量として分析したところ、45重量%であった。食物繊維量について、HPLC(カラム:SUGAR SP0810(Shodex)、検出器:RI、移動相:超純水)で分析したところ、4.1重量%であった。
また、可溶性エキス成分を分離除去した後のトルラ酵母の菌体を10重量%となるよう水に懸濁し、市販のグルカナーゼ製剤を菌体に対して0.05%添加し酵素の至適条件で3時間作用させたのち、可溶性画分を除いて得られる不溶性画分を乾燥させ試料2とした。試料1と同様の方法でたんぱく質量および食物繊維量を分析したところ、たんぱく質量は82重量%、食物繊維量は15.2重量%であった。
【0024】
<本発明の組成物の製造>
水に試料1を10gおよびグルコースを10g加えて100mLとし、加熱殺菌して培地を調製した。ここにAspergillus oryzaeを播種し、30℃で6日間、好気的な条件下で振とう培養した。得られた培養液を凍結乾燥し、粉末状の実施例1のサンプルを得た。
播種する微生物としてRhizopus oligosporusを用いたこと以外は同様の操作を行い、実施例2のサンプルを得た。
また、微生物を播種しないこと以外は同様の操作を行い、比較例1のサンプルを得た。さらに、対照例1のサンプルとして「KR酵母」を用いた。
この他、水に試料2を10gおよびグルコースを10g加えて100mLとし、加熱殺菌して培地を調製した。ここにAspergillus oryzaeを播種し、30℃で6日間、好気的な条件下で振とう培養した。得られた培養液を凍結乾燥し、粉末状の実施例3のサンプルを得た。
播種する微生物としてRhizopus oligosporusを用いたこと以外は同様の操作を行い、実施例4のサンプルを得た。
さらに、微生物を播種しないこと以外は同様の操作を行い、比較例2のサンプルを得た。
【0025】
<官能評価による酵母臭抑制の確認試験>
実施例1~4、比較例1および2の各サンプルの粉末について、5名のパネルにより、1点:非常に弱い、2点:かなり弱い、3点:少し弱い:、4点:対照例と同じ、5点:強い、6点:かなり強い、7点:非常に強い、の7段階でにおいを評価した。
その結果、実施例1の値は6.6点であり、対照例1と比較して香気が付与されていることが示された。また、その香気はフルーティーな香気であった。一方、比較例1の値は3.9点であったが、酵母臭による点数であり、華やかな香りが付与されているわけではなかった。同様に、実施例2の値は6.1点であり、華やかな香りが付与されていることが明らかとなった。
また、実施例3および4の値はそれぞれ6.8点および5.8点であり、華やかな香気が付与されていた。一方、糸状菌による発酵工程を経ていない比較例2の値は3.8点であり、ややムレた様な臭気が認められた。
【0026】
<物性の評価>
実施例1のサンプルおよび比較例1のサンプルを得る工程において、それぞれの培養液を凍結乾燥せずに121℃で20分間加熱処理し、加熱後のサンプルの一部を掬い取り、目視でその物性を確認した。その結果、Aspergillus oryzaeを播種した培養液では、ぷるんとした茶碗蒸し様の柔らかな弾力が認められ、嚥下しやすい物性を有することが確認されたが、Aspergillus oryzaeを播種していない培養液では加熱しても液状のままであった。
また、実施例2~4のサンプルを製造する工程において得られる培養液を加熱処理に供したところ、ゲル化能を有することが確認された。
【0027】
以上より、酵母由来のたんぱく質素材を糸状菌で発酵することによって、酵母臭が抑制された酵母由来のたんぱく質組成物を得られることが示された。また、この酵母由来のたんぱく質組成物の有するゲル化能は、糸状菌で発酵することによって付与される特性であることが示された。