(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025023472
(43)【公開日】2025-02-17
(54)【発明の名称】建築部材の推定装置、及び建築部材の推定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 19/00 20060101AFI20250207BHJP
G06Q 50/08 20120101ALI20250207BHJP
【FI】
G01N19/00 C
G06Q50/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023127616
(22)【出願日】2023-08-04
(71)【出願人】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】山崎 泰知
(72)【発明者】
【氏名】荒木 陽三
【テーマコード(参考)】
5L049
5L050
【Fターム(参考)】
5L049CC07
5L050CC07
(57)【要約】
【課題】数値解析によって、建築構造物に用いられる建築部材の物性値の推定精度を向上させる、建築部材の推定装置、及び建築部材の推定方法を提供する。
【解決手段】本発明は、所定の施工状態で施工された建築構造物の建築部材に対して決定した物性値を用いて、建築構造物を再現するモデルに対して数値解析を行う解析部3と、建築構造物に対する測定で得られた測定結果に基づいて、数値解析の解析結果を評価する評価部4と、解析結果を評価したときの評価結果に基づいて、物性値を変更する変更部5と、を備える推定装置100である。物性値の変更を、ベイズ最適化又は遺伝的アルゴリズムによって行うとよい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の施工状態で施工された建築構造物の建築部材に対して決定した物性値を用いて、前記建築構造物を再現するモデルに対して数値解析を行う解析部と、
前記建築構造物に対する測定で得られた測定結果に基づいて、前記数値解析の解析結果を評価する評価部と、
前記解析結果を評価したときの評価結果に基づいて、前記物性値を変更する変更部と、を備える、建築部材の推定装置。
【請求項2】
前記建築部材が、粘弾性体であり、
前記物性値が、ヤング率、損失係数、弾性係数、ポアソン比の少なくとも何れかであり、
前記測定結果が、前記粘弾性体に結合する硬体に振動を加えることで得られた実測コンプライアンスであり、
前記解析結果が、前記モデルにおいて粘弾性体に結合する硬体に、作用因子としての振動を作用させることで得られた解析コンプライアンスである、請求項1に記載の、建築部材の推定装置。
【請求項3】
前記評価部は、前記実測コンプライアンスと前記解析コンプライアンスとの差分を用いて表現される誤差関数によって前記解析結果を評価する、請求項2に記載の、建築部材の推定装置。
【請求項4】
前記測定結果として得られるコヒーレンスを用いて前記誤差関数を表現する、請求項3に記載の、建築部材の推定装置。
【請求項5】
前記実測コンプライアンスが得られる離散周波数を線形間隔から対数間隔に補間する、請求項2に記載の推定装置。
【請求項6】
前記物性値の変更を、ベイズ最適化又は遺伝的アルゴリズムによって行う、請求項1から請求項5の何れか1項に記載の、建築部材の推定装置。
【請求項7】
所定の施工状態で施工された建築構造物の建築部材に対して決定した物性値を用いて、前記建築構造物を再現するモデルモデルに対して数値解析を行うステップと、
前記建築構造物に対する測定で得られた測定結果に基づいて、前記数値解析の解析結果を評価するステップと、
前記解析結果を評価したときの評価結果に基づいて、前記物性値を変更するステップと、を有する、建築部材の推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築部材の推定装置、及び建築部材の推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、数値解析により建築構造物や建築部材を最適化することに関する技術開発が進められており、関連する発明も公開されている。例えば、特許文献1には、地下探査において、ボーリング検査等の大規模な試験を実施することなく、地中の物性値を推定する推定装置について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
数値解析を行う際、解析結果を実現象(測定結果)と合致させるためには、数値解析モデルのパラメータの調整、いわゆるモデルの合わせ込みが必要である。パラメータには、例えば、モデルの幾何学的な条件(例:大きさ、長さ、モデル化範囲)、境界条件(例:固定支持、単純支持、インピーダンス境界)、物性値(例:弾性係数、ヤング率、損失係数、ポアソン比)、数値解析モデルそのもののパラメータ(例:メッシュサイズ、時間離散化幅)がある。解析者は、実験や経験則等からパラメータを設定し、現実に即したモデルを構築することが多い。また、構築したモデルに対して解析結果が実現象に合致しない場合、解析者は、パラメータを適宜調整して合致させることもある。
【0005】
ここで、パラメータとしての物性値は、測定結果として得られないため、実験系の施工状態で実験し推定せざるを得ない場合がある。例えば、弾性係数を求める方法として共振法が知られているが、窓ガラスの防水に用いられるシーリング材の弾性係数を求める場合、シーリング材の強粘性に鑑みて、専用の実験系を組む必要がある。具体的には、シーリング材に載置した強硬度のコンクリートに振動を加えたときに発生する共振周波数を観測する実験系を組む必要がある。観測した共振周波数から弾性係数を推定することは、可能ではある。しかし、実験系の施工状態は、シーリング材が用いられている窓枠の実際の施工状態とは異なるため、推定した弾性係数が実際の施工状態で呈する(真の)弾性係数とは異なっている可能性がある。より詳細には、実験系のシーリング材はコンクリートの重みによってつぶれておりひずみ-応力関係が非線形領域となっている、つぶれたシーリング材は平面状に伸びる余地があるため振動エネルギが水平に逃げてしまう、ポアソン比の設定変更が必要になる、等の事情により、弾性係数の推定精度に限界がある。このような推定結果に基づいて、実際の施工状態を再現したモデルを用いた数値解析を行っても、解析結果が実現象(測定結果)に合致しない可能性がある。
【0006】
また、パラメータが多変数になると人間の試行錯誤によるモデルの合わせ込みは通常困難となるが、合わせ込みができたとしても、多大な時間を要する、モデルの合わせ込みの結果が解析者次第でばらつきやすい、といった不都合も生じる。また、シーリング材は、ガラスと窓枠を結合する役割を果たすが、シーリング材の物性値の経年劣化を知りたい場合、シーリング材を取り出して実験を行う必要があり手間がかかる、という問題があった。
このような観点から、本発明は、数値解析によって、建築構造物に用いられる建築部材の物性値の推定精度を向上させる、建築部材の推定装置、及び建築部材の推定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決する本発明は、所定の施工状態で施工された建築構造物の建築部材に対して決定した物性値を用いて、前記建築構造物を再現するモデルに対して数値解析を行う解析部と、前記建築構造物に対する測定で得られた測定結果に基づいて、前記数値解析の解析結果を評価する評価部と、前記解析結果を評価したときの評価結果に基づいて、前記物性値を変更する変更部と、を備える、建築部材の推定装置である。
また、本発明は、所定の施工状態で施工された建築構造物の建築部材に対して決定した物性値を用いて、前記建築構造物を再現するモデルモデルに対して数値解析を行うステップと、前記建築構造物に対する測定で得られた測定結果に基づいて、前記数値解析の解析結果を評価するステップと、前記解析結果を評価したときの評価結果に基づいて、前記物性値を変更するステップと、を有する、建築部材の推定方法である。
かかる構成によれば、実験系の施工状態ではない実際の施工状態における建築部材の物性値を計算できる。また、計算した物性値は、解析結果が測定結果に合致するように繰り返し変更できる。最終的に得られた物性値は、推定精度の高い値となる。
【0008】
また、前記建築部材が、粘弾性体であり、前記物性値が、ヤング率、損失係数、弾性係数、ポアソン比の少なくとも何れかであり、前記測定結果が、前記粘弾性体に結合する硬体に振動を加えることで得られた実測コンプライアンスであり、前記解析結果が、前記モデルにおいて粘弾性体に結合する硬体に、作用因子としての振動を作用させることで得られた解析コンプライアンスである、ことが好ましい。
これにより、建築部材の音響効果を最適化するためのツールを容易に導入することができる。
また、前記評価部は、前記実測コンプライアンスと前記解析コンプライアンスとの差分を用いて表現される誤差関数によって前記解析結果を評価する、ことが好ましい。
これにより、解析結果の妥当性を容易に評価できる。
また、前記測定結果として得られるコヒーレンスを用いて前記誤差関数を表現する、ことが好ましい。
これにより、信頼性の低い実測コンプライアンスについては、誤差関数に強く反映させないように調整できる。その結果、物性値の推定精度の向上に寄与する。
また、前記実測コンプライアンスが得られる離散周波数を線形間隔から対数間隔に補間する、ことが好ましい。
これにより、高周波数領域における、実測コンプライアンス及び解析コンプライアンスに対する評価を、低周波数領域における、実測コンプライアンス及び解析コンプライアンスに対する評価と同等にすることができる。その結果、物性値の推定精度の向上に寄与する。
また、前記物性値の変更を、ベイズ最適化又は遺伝的アルゴリズムによって行う、ことが好ましい。
これにより、建築部材の物性値の最適化を効率的に行うことができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、数値解析によって、建築部材に用いられる材料の物性値の推定精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】本実施形態の推定方法を示すフローチャートである。
【
図8】測定結果を線形間隔でプロットした場合のグラフの例である。
【
図9】測定結果を対数間隔でプロットした場合のグラフの例である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施をするための形態を、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。各図は、本発明を十分に理解できる程度に、概略的に示してあるに過ぎない。よって、本発明は、図示例のみに限定されるものではない。なお、各図において、共通する構成要素や同様な構成要素については、同一の符号を付し、それらの重複する説明を省略する。
【0012】
[構成]
図1は、本実施形態の推定装置の機能構成図である。推定装置100は、所定の施工状態で施工された建築構造物について、建築構造物を構成する建築部材の物性値を推定する計算機である。推定装置100は、入力部、出力部、制御部、および、記憶部といったハードウェアを備える。例えば、制御部がCPU(Central Processing Unit)から構成される場合、その制御部を含むコンピュータによる情報処理は、CPUによるプログラム実行処理で実現される。また、そのコンピュータに含まれる記憶部は、CPUの指令により、そのコンピュータの機能を実現するためのさまざまなプログラムを記憶する。これによりソフトウェアとハードウェアの協働が実現される。前記プログラムは、記録媒体に記録したり、ネットワークを経由したりすることで提供可能となる。推定装置100は、ユーザが使用するコンソール(図示せず)と通信可能に接続してもよい。コンソールは、推定装置100の処理結果を表示したり、推定装置100に対する要求を入力したりすることができる。
【0013】
推定装置100は、構築部1と、設定部2と、解析部3と、評価部4と、変更部5とを備えている。
構築部1は、所定の施工状態で施工された建築構造物を再現するモデルを構築する。モデルは、数値解析用のモデルであり、幾何学的な条件(例:大きさ、長さ、モデル化範囲)、境界条件(例:固定支持、単純支持、インピーダンス境界)、物性値(例:弾性係数、ヤング率、損失係数、ポアソン比)、数値解析モデルそのもののパラメータ(例:メッシュサイズ、時間離散化幅)を設定可能である。
設定部2は、数値解析の演算を実行するためのルールを設定する。例えば、ルールには、物性値の制約条件(例:物性値の取り得る範囲)、数値解析の解析結果の評価を終了するための終了条件、物性値の変更方法があるが、これらに限定されない。
解析部3は、建築構造物の建築部材に対して決定した物性値を用いて、構築されたモデルに対して数値解析を行う。数値解析は、例えば、FEM(Finite Element Method:有限要素法)であるが、これに限定されない。
評価部4は、建築構造物に対する測定で得られた測定結果に基づいて、数値解析の解析結果を評価する。
変更部5は、解析結果を評価したときの評価結果に基づいて、物性値を変更する。例えば、物性値の変更方法は、設定部2が設定した、物性値の変更方法である。
【0014】
[処理]
本実施形態の推定方法について説明する。
図2は、本実施形態の推定方法を示すフローチャートである。なお、設定部2による各種ルールの設定は、予め行ってもよいし、
図2の処理中適宜のタイミングで行ってもよい。まず、構築部1は、所定の施工状態で施工された建築構造物を再現するモデルを構築する(ステップS1)。構築部1は、例えばメッシュを自動生成する機能を備えている。次に、推定装置100は、推定対象の物性値の初期値を決定する(ステップS2)。次に、解析部3は、決定した物性値(初期値又は変更部5が変更した物性値)を用いて、構築されたモデルに対して数値解析を行う(ステップS3)。次に、評価部4は、建築構造物に対する測定で得られた測定結果と数値解析の解析結果を比較する(ステップS4)。次に、評価部4は、比較の結果が終了条件を充足したか否かを判定する(ステップS5)。終了条件を充足した場合(ステップS5でYes)、
図2の処理を終了する。一方、終了条件を充足しなかった場合(ステップS5でNo)、変更部5は、物性値を変更する(ステップS6)。その後、変更した物性値についてステップS2の処理が行われる。
【0015】
[具体例]
(測定結果の取得)
本実施形態の推定方法の各手順について詳細に説明する。まず、実際の建築構造物に対する測定について説明する。
図3は、本具体例の窓部の断面図である。
図3の窓部200は、台座部材11と、板状のガラス12と、窓枠13,13と、シーリング材14,14といった建築部材を備えた建築構造物である。窓部200は、台座部材11に立設しているガラス12の両面周縁部に対して窓枠13,13を配置し、シーリング材14,14によって、ガラス12と窓枠13,13とを結合した施工状態を有する。なお、
図3に示す寸法を示す数値の単位はmmである。本具体例は、粘弾性体であるシーリング材14,14のヤング率及び損失係数を物性値として推定する場合について説明する。
【0016】
図3の窓部200に対して、ハンマーによる振動測定(共振法の1種)を行う。なお、
図3に示す実際の施工状態に近い施工状態で振動測定を行ってもよい。この振動測定では、粘弾性体であるシーリング材14,14をハンマーで加振するのでなく、硬体であるガラス12をハンマーで加振し、加振により生じた振動変位を振動センサで記録する。記録した振動変位に基づいて、伝達関数としてコンプライアンスを算出する。コンプライアンスは、単位加振力当たりの振動変位である。コンプライアンスに代えて、ベロシティ(単位加振力当たりの振動速度)やアクセレランス(単位加振力当たりの振動加速度)を伝達関数として算出してもよい。また、コンプライアンスは、ガラス12の所定の平面上位置の加振点-受振点の組み合わせを1組として、複数組算出する。
【0017】
図4は、加振点及び受振点の説明図である。例えば、2,000mm×2,900mmの長方形のガラス12に対し、受振点(●:receiving point)を2点、及び加振点(■:driving point)を6点用意し、計12組のコンプライアンスを算出する実験系を導入できる。なお、あるモードに対して、節ばかり加振したり受振したりという状態を回避するように加振点及び受振点を用意することが好ましい。また、マクスウェルの相反定理より、受振点を相対的に多く用意した方が測定上好ましい場合は、
図4中の加振点及び受振点を入れ替えてもよい。
図5は、測定結果のグラフの例である。
図5のグラフの縦軸は、コンプライアンス(実線)及びコヒーレンス(破線)であり、横軸は、周波数である。図示の便宜上、
図5には、
図4の加振点6点と受振点としてのA点の計6組について算出したコンプライアンス及びコヒーレンスを測定結果として図示している。推定装置100は、
図5に示す測定結果を利用する。
なお、算出されるコンプライアンスは、ガラス12の加振点から生じ、受振点で記録された振動変位のうち、シーリング材14,14を伝播した振動変位を抽出し、抽出した振動変位に基づいて算出されたものとすることができる。
【0018】
(モデル構築)
構築部1は、
図3の窓ガラス200を再現するモデルを構築する。このとき、構築部1は、構築したモデルに対し、幾何学的な条件(例:大きさ、長さ、モデル化範囲)、境界条件(例:固定支持、単純支持、インピーダンス境界)、物性値(例:弾性係数、ヤング率、損失係数、ポアソン比)、数値解析モデルそのもののパラメータ(例:メッシュサイズ、時間離散化幅)を設定する。
【0019】
(物性値の初期値の決定)
どのような最適化手法で物性値を推定するにしても、物性値の取り得る範囲(制約条件)を設定する必要がある。例えば、ガラスのシーリング材に使われる材料ではヤング率が10e4~10e8(Mpa)程度となることが多いため、ヤング率の下限値を10e4(Mpa)よりの若干小さな値にし、上限値を10e8(Mpa)よりも若干大きな値にするとよい。また、損失係数については、下限値を0とし、上限値を1程度とするとよい。また、物性値の初期値の決定方法はさまざまである。例えば、単純に制約条件の中から1点ランダムにコンピュータが選ぶ方法がある。また、ベイズ最適化のようにモデルの構築が必要な最適化手法においては、数点程度のサンプリング点をラテン超方格法等で選択できるが、いずれの点を選択してもよい。このようにして決定した物性値の初期値をx0とする。なお、x0はベクトル表記である。例えば、ヤング率及び損失係数を推定する場合、x0はヤング率の初期値及び損失係数の初期値の2成分からなるベクトルである。
物性値の取り得る範囲、物性値の初期値の決定方法は、設定部2が設定できる。
【0020】
(数値解析)
解析部3は、与えられた物性値x
0を用いて、構築部1が構築したモデルに対して数値解析を行う。ここで、
図3に示す窓部200に対してコンプライアンスを測定したときの測定条件、具体的には、
図4に示す加振点-受振点の組を用いた測定条件と同等の測定条件がモデルに導入されている。なお、モデルに導入された数値解析用の測定条件における加振点の位置及び受振点の位置は、
図4の測定条件におけるそれらとは逆でもよい。
図6は、解析結果及び測定結果のグラフの例である。
図6のグラフの縦軸は、コンプライアンスであり、横軸は、周波数である。グラフの実線は解析結果(
図6中「解析」)であり、破線は測定結果(
図6中「実測値」)である。また、
図6の解析結果を得るときに参照した加振点-受振点の組と、
図6の測定結果を得るときに参照した加振点-受振点の組は同じである。また、また
図6のグラフを得る際、2成分ベクトルである物性値x
0のヤング率を1.0×10e8(Mpa)、損失係数を0.5とした。
図6によれば、グラフのピークの周波数やピークの鋭さが解析結果と測定結果との間で異なっており、解析が実測を正しく模擬できていない。
【0021】
(測定結果と解析結果の比較)
評価部4による評価を、人手を介さず自動で実行できるようにすべく、解析結果と測定結果との間のずれを示す定量的な指標を導入する。例えば、指標として誤差関数を用いることができる。誤差関数は、評価部4による評価の評価結果の例である。例えば、誤差関数Fを(1)式で表すことができる。
【0022】
【0023】
ここで、Gm,j(fi)は、ある加振点-受振点の組(添え字jで表すことにする)での離散周波数fiにおける実測コンプライアンス(測定結果)を示す。また、GF,j(fi)は、同じ加振点-受振点の組での離散周波数fiにおける解析コンプライアンス(解析結果)を示す。なお、実測コンプライアンスも解析コンプライアンスも、その絶対値だけでなく、その位相も含む値であり、つまり、複素数である。また、Cm,j(fi)は、コヒーレンス(測定結果)を示す。Kは、コヒーレンスを引数とする関数である。
【0024】
(1)式の前半部は、単純な誤差割合である。実測コンプライアンスと解析コンプライアンスとの差分(又はその2乗値)では無く、実測コンプライアンス(又はその2乗値)で除することにより、コンプライアンスが大きい周波数、又はコンプライアンスが大きな測定点(加振点-受振点の組)のみが誤差関数として評価されることを防ぐことができる。
図6に示すように、所定の離散周波数f
iに対して、(1)式の前半部で表される誤差e
1%~e
6%を計算できる。相対的に大きな値を示す誤差e
6%について、対応する実測コンプライアンスで除しているため、評価関数への影響度は、他の誤差e
1%~e
5%の場合と大差ない。
【0025】
<コヒーレンスの取り扱い>
一方、(1)式の後半部のコヒーレンスCm,j(fi)は、複数の波の干渉具合を示す値であるが、加振点での加振力と、受振点での振動変位との間の相関関数の意味合いを有しており、0~1の範囲の値をとる。1に近いほど、加振力と振動変位との関連性が高く、振動変位が加振力によって生じていることを示す。つまり、加振点で発生した振動変位は、熱エネルギ等に変換して周囲に散逸することなく受振点にて振動センサで漏れなく記録される。実測コンプライアンス等の実験値は、節付近といったあまり振動しない点においては、S/N比が小さく、大きな誤差を含んでいることが多い。このため、このような信頼性の低い実験値を用いて解析結果と比較してしまうと、誤差を多く含む実験値に対して解析結果を合わせ込む態様になり、その結果、推定値(物性値)の誤りをもたらす可能性が高まる。
【0026】
このような事情に鑑みて、本具体例では、(1)式に示すようにコヒーレンスを作用させることで対策している。つまり、信頼性の実験値については、たとえ解析結果との差分が大きくなってもあまり誤差関数Fに反映されないように調整できる。
図7は、コヒーレンスに関する説明図である。
図7は、
図6のグラフに対して、測定結果としてのコヒーレンスのグラフを追加したものに相当する。
図7のグラフによれば、1.5×10e1~2.3×10e1(Hz)の周波数帯域においては、コヒーレンスがほぼ1であり、実測コンプライアンスの信頼性は高い。よって、この周波数帯域における誤差((1)式の前半部)は、誤差関数Fに反映される。一方、1.5×10e1以下の周波数の周波数帯域においては、コヒーレンスが1より下回っており、実測コンプライアンスの信頼性は低い。よって、この周波数帯域における誤差((1)式の前半部)は、誤差関数Fにあまり反映されない。
【0027】
また、(1)式中の関数Kは、コヒーレンスCm,j(fi)の大小をどの程度誤差関数Fに反映させるかを調整する機能を有する。例えば、K(Cm,j(fi))={Cm,j(fi)}2として(1)式の前半部と次元を合わせてもよい。また、コヒーレンスが小さい周波数帯域も本具体例の最適化の結果に対してある程度取り入れたい場合には、単純な1次関数K(Cm,j(fi))=Cm,j(fi)としてもよい。
【0028】
<対数間隔と線形間隔>
図8は、測定結果を線形間隔でプロットした場合のグラフの例である。
図9は、測定結果を対数間隔でプロットした場合のグラフの例である。
図8及び
図9は、
図6と同様、グラフの縦軸はコンプライアンスであり、横軸は周波数(Hz)である。また、グラフの実線は解析結果(
図8及び
図9中「解析」)であり、破線は、測定結果(
図8及び
図9中「実測値」)である。測定結果を取得するにあたり、(1)式に示す離散周波数f
i、つまり、実測コンプライアンスを取得しようとする際のサンプリング周波数の取り方は対数間隔とすることが好ましい。通常、実測コンプライアンスは、振動センサが検出する加速度データを解析して得られるものであり、より具体的には、時間軸上での加振力及び振動変位のFFT(Fast Fourier Transformation:高速フーリエ変換)から得られるものである。このため、実測結果は線形間隔となる。例えば0.625Hz刻みで周波数ごとの実測コンプライアンスの値が出力され、
図8に示すように、0.625Hzごとにプロットされた測定結果が得られる。しかし、この場合、
図8に示すように、高い周波数領域(14Hz以上)においてプロットが密集してしまい、高い周波数領域での測定結果を過大に評価してしまう可能性がある。このような事情に鑑みて、測定結果については、線形間隔の結果から対数間隔の結果に補間し、対数間隔の測定結果を解析結果と比較するとよい。換言すれば、実測結果が得られる離散周波数を線形間隔から対数間隔に補間するとよい。
図9には、対数間隔に補間された測定結果が示されており、高い周波数領域でのプロットの密集が解消されている。なお、
図8及び
図9において、解析結果はいずれも対数間隔でプロットされている。
【0029】
(終了条件)
例えば、誤差関数Fが所定閾値よりも小さくなったことを、設定部2が設定した終了条件とすることができる。また、誤差関数Fが所定の閾値よりも小さくならないことによる数値解析の繰り返し演算(
図2のステップS2→S3→S4→S5でNo→S6→S2)が所定回数を超えた場合、終了条件とすることもできる。評価部4は、終了条件を充足した時点で誤差関数Fが最も小さくなる物性値を推定された物性値として出力できる。また、最適化手法によっては、繰り返し演算の最後に計算した誤差関数と、繰り返し演算の前回分で計算した誤差関数との変化量(改善量)が所定閾値よりも小さくなったことを終了条件としてもよい。
【0030】
(物性値の変更(更新))
変更部5による物性値の変更を人手を介さず自動で実行できるようにすべく、最適化手法を導入する。最適化手法には、ベイズ最適化や遺伝的アルゴリズムを用いることができるが、これらに限定されない。本具体例では、ベイズ最適化を用いる。最適化手法を用いることで、先述した数値解析の繰り返し演算が行われ、物性値が変更する。n回目の繰り返し演算で用いられた物性値をxn(n=0,1,2,…)と表記する。すでに説明した物性値x0に限らず、物性値xnについてこれまでの説明が当てはまる。
【0031】
ベイズ最適化を用いる場合、n回目の物性値の変更の手順は以下の通りである。まず、n回目までの変更により決定されたn個の物性値x0~xn-1のサンプルからガウス過程回帰モデルを構築する。ガウス過程回帰モデルは、ヤング率及び損失係数の2成分からなるベクトルで表記される物性値xと誤差関数Fとの関係性を示す。次に、ガウス過程回帰モデルを用いると、xに対するFの予測値μ(x)及びその分散σ2(x)を求める。次に、予測値μ(x)及び分散σ2(x)を引数とする獲得関数が最大又は最小となる物性値を、変更した次の物性値xn+1とする。
【0032】
(推定値確定)
例えば、評価部4は、上記の手順で決定したn+1個の物性値xn(n=0,1,2,…)から、例えば、PI(Probability of Improvement)に従い1つの物性値を選択し、推定値として出力できる。つまり、これまでで実験と一番対応が良かった(つまり、誤差関数が最小となった)物性値よりもさらに対応が良くなる確率が一番高い物性値を選択できる。
【0033】
なお、ベイズ最適化や遺伝的アルゴリズムにおいて、物性値ベクトルxを0~1に基準化して計算する方法を用いる場合がある。ベクトル1つ1つの成分x
iは別個の方法で基準化できるが、基準化した物性値成分x
i(0<x
i<1)と実際の物性値成分X
i(a<X
i<b)を(2)式のように線形に対応させることが好ましい。
X
i = (b - a) x
i + a (2)式
ここで、a, bはそれぞれ、実際の物性値Xの最小値、最大値である。
一方で、ヤング率のように制約条件の範囲が大きい場合には、(2)式の方法では、実際に選ばれる物性値が大きい側に偏ってしまう。この場合、(3)式のように対数で対応させることが好ましい。
X
i = a(a/b)^x
i (3)式
発明者は、最終的に選択した物性値を用いて数値解析を行ったところ、
図6とは対照的に、解析が実測を正しく模擬できたことを確認した。
【0034】
[効果]
本実施形態によれば、実験系の施工状態ではない実際の施工状態における建築部材の物性値を計算できる。また、計算した物性値は、解析結果が測定結果に合致するように繰り返し変更できる。最終的に得られた物性値は、推定精度の高い値となる。したがって、数値解析によって、建築部材に用いられる材料の物性値の推定精度を向上させることができる。
また、物性値の推定自体は、アルゴリズムで自動的に処理され、解析者が介入することは無く、省力化できる。また、解析者の稼働時間によらずに解析できるため推定時間を短縮できる。
【0035】
また、建築部材の音響効果を最適化するためのツールを容易に導入することができる。
また、誤差関数を用いることで、解析結果の妥当性を容易に評価できる。
また、コヒーレンスを用いることで、信頼性の低い実測コンプライアンスについては、誤差関数に強く反映させないように調整できる。その結果、物性値の推定精度の向上に寄与する。
また、対数間隔に補間することにより、高周波数領域における、実測コンプライアンス及び解析コンプライアンスに対する評価を、低周波数領域における、実測コンプライアンス及び解析コンプライアンスに対する評価と同等にすることができる。その結果、物性値の推定精度の向上に寄与する。
また、ベイズ最適化又は遺伝的アルゴリズムにより、建築部材の物性値の最適化を効率的に行うことができる。
【0036】
[変形例]
(a):本実施形態では、構築部1が構築したモデルを用いて数値解析を行う場合について説明した。しかし、推定装置100とは別の計算機で予め構築したモデルを読み込んで数値解析を行うようにしてもよい。また、推定装置100と同じ計算機であっても数値解析用のアプリケーションとは別のモデル構築用のアプリケーションを実行させることにより予め構築したモデルを読み込んで数値解析を行うようにしてもよい。
(b):数値解析用のメッシュは、例えば、モデル構築時に生成してもよいし、設定部2の設定の際に生成してもよい。
(c):本実施形態で説明した種々の技術を適宜組み合わせた技術を実現することもできる。
(d):本実施形態で説明したソフトウェアをハードウェアとして実現することもでき、ハードウェアをソフトウェアとして実現することもできる。
(e):その他、ハードウェア、ソフトウェア、フローチャートなどについて、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更が可能である。
【符号の説明】
【0037】
100 推定装置
1 構築部
2 設定部
3 解析部
4 評価部
5 変更部