(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025023473
(43)【公開日】2025-02-17
(54)【発明の名称】硬質チップ含有耐摩耗部材及びこれを用いたカッタビット
(51)【国際特許分類】
B22D 19/06 20060101AFI20250207BHJP
E21D 9/087 20060101ALI20250207BHJP
C22C 37/08 20060101ALN20250207BHJP
【FI】
B22D19/06 Z
E21D9/087 C
C22C37/08 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023127617
(22)【出願日】2023-08-04
(71)【出願人】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】594086152
【氏名又は名称】株式会社丸和技研
(71)【出願人】
【識別番号】591065549
【氏名又は名称】福岡県
(71)【出願人】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(74)【代理人】
【識別番号】100179165
【弁理士】
【氏名又は名称】宇都宮 将之
(72)【発明者】
【氏名】嘉屋 文康
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 誠
(72)【発明者】
【氏名】森田 泰司
(72)【発明者】
【氏名】島崎 良
(72)【発明者】
【氏名】小川 俊文
(72)【発明者】
【氏名】小野本 達郎
(72)【発明者】
【氏名】山本 郁
【テーマコード(参考)】
2D054
【Fターム(参考)】
2D054BB05
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性が優れる耐摩耗部材を提供することで、長期間使用できるカッタビットを提供する。
【解決手段】
硬質チップをハイクロム鋳鉄及びニッケル成分で鋳ぐるむことにより形成する耐摩耗部材。
ニッケル成分の含有量が0.3~10wt%であることを特徴とする、ハイクロム鋳鉄及びニッケル成分で鋳ぐるむことにより形成する耐摩耗部材。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬質チップをハイクロム鋳鉄及びニッケル成分で鋳ぐるむことにより形成する耐摩耗部材。
【請求項2】
ニッケル成分の含有量が0.3~10wt%であることを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗部材。
【請求項3】
前記硬質チップがサーメットチップであることを特徴とする、請求項1又は2に記載の耐摩耗部材。
【請求項4】
前記硬質チップが表面の硬質皮膜をエアブラストにより除去された硬質チップであることを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗部材。
【請求項5】
請求項1に記載の耐摩耗部材を、母材の表面に少なくとも1以上、先端に少なくとも1以上設けることを特徴とするカッタビット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質チップ含有耐摩耗部材及びこれを用いたカッタビットに関する。
【背景技術】
【0002】
シールド工法、推進工法、TBM等によるトンネル工事は、カッタビットが設置されたトンネル掘削機により行う。カッタビットは、刃材としての超硬チップと、超硬チップを決められた角度で保持する母材とを備えている。母材はSS材やSKC材などの鋼材を使用するため、地山の切削により摩耗し易く、母材の摩耗が原因で、カッタビットの超硬チップが母材から脱落する場合がある。超硬チップが脱落した場合は、カッタビットの切削能力は低下し、超硬チップがなくなったカッタビットは、著しく摩耗が進む。このような場合は、掘削作業を中断してカッタビットを交換等する必要があるが、掘削作業を中断すると、工期短縮化の妨げになる。そのため、耐摩耗性を向上させてカッタビットの長寿命化を図る場合がある。
【0003】
そこで、上述の通りカッタビットに用いられる材料の耐摩耗性向上が課題となる。従来、耐摩耗性が要求される材料では、耐摩耗鋼板や鋳造による耐摩耗材料、硬化肉盛溶接や溶射による被覆材料あるいは超硬合金やセラミックスの焼結材料を使用している。耐摩耗材料の主な材料特性は、硬さで評価されており、耐摩耗性に優れた材料ほど硬い材料であると言える。耐摩耗性に最も優れている材料としては超硬合金やセラミックスがあるが、これらの材料は靭性が低いため割損しやすく、ろう付や接着によって鋼材等に接合するため、剥離しやすいといった問題がある。一方、耐摩耗性を有する鋳造材料としてはハイクロム鋳鉄やハイマンガン鋳鉄が知られており、耐摩耗材料として多くの製品に使用されているが、超硬合金やセラミックスに比べると耐摩耗性は劣るものである。また、超硬合金などの硬質材料を破砕して、溶接や鋳造との複合材料とした特殊な耐摩耗材料も一部使用されている。各種耐摩耗材料がある中、カッタビット母材の耐摩耗対策は、主に硬化肉盛を施すが、硬化肉盛でも超硬チップに比べると耐摩耗性が劣るため、母材の摩耗を防ぐには限界がある。
【0004】
前述した耐摩耗材料以外に、従来技術としては、超硬合金をハイクロム鋳鉄で鋳ぐるみ、超硬合金との複合材料にする方法や、超硬合金と材料特性が似ているサーメットに関しても複合材料にする方法が提案されている。超硬合金の主成分はWC(炭化タングステン)であり、レアメタルのW(タングステン)を使用していることから高価な材料である。そのため、鋳ぐるみに使用する超硬合金は、使用済みのインサートチップを再利用することが提案されている。
【0005】
インサートチップは、主に機械加工に使用される工具の刃先を意味し、材種は超硬合金、サーメット、ハイス鋼およびセラミックスなどであり、超硬合金が大半を占めている。超硬合金はレアメタルを使用していることから、積極的にリサイクルが行われており、使用済みのインサートチップを販売元やリサイクル業者が回収を行っている。その際、インサートチップの使用者は、インサートチップの材種別に分別していることは稀であり、基本的には材種(超硬合金、サーメット、ハイス鋼およびセラミックス)が混ざった状態で回収を行っている。回収業者は使用済みのインサートチップを回収した後、材種別に選別し、超硬チップは有価物として処理されリサイクルされているが、サーメットは基本的に産業廃棄物として処理をされている。しかし、サーメットの材料特性は、超硬合金に似ており大変硬い材料で耐摩耗性を有することから、有効活用が考えられてきた。以下、超硬合金のインサートチップを超硬チップ、サーメットのインサートチップをサーメットチップと称する。
【0006】
サーメットチップの再利用方法として、サーメットチップを破砕してサーメット破砕粒を製造し、破砕粒を溶接材料に混ぜて耐摩耗材料を製造する方法や、ハイクロム鋳鉄に破砕粒やチップのまま鋳ぐるむ製造方法が提案されている。サーメットチップには、コーティング材が施されていることが多く、コーティング材が施されたサーメットとハイクロム鋳鉄の接合は困難であることから、接合強度を保つことができなかったため、接合強度を向上させることが重要となり従来の技術も存在する。
【0007】
接合強度を向上させる従来技術としては、サーメットを鋳ぐるむ際にヒートショックで割損することを問題として、サーメットチップにメッキ等を施すことによって、サーメットと基材の接合を可能とする従来技術が開示されている(特許文献1及び特許文献2)。しかしながら、この様な技術は基材とサーメットの接合性をある程度向上させることができるものの、コストと加工時間や加工工数がかかるため工業的に利用することが難しいと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2012-86225号
【特許文献2】特開2014-83577号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明の主たる課題は、耐摩耗性が優れる耐摩耗部材を提供することであり、かつ、本発明の耐摩耗部材を用いて長期間使用できるカッタビットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち本発明は、以下の(1)から(5)に関する。
(1)硬質チップをハイクロム鋳鉄及びニッケル成分で鋳ぐるむことにより形成する耐摩耗部材。
(2)ニッケル成分の含有量が0.3~10wt%であることを特徴とする前記(1)に記載の耐摩耗部材。
(3)前記硬質チップがサーメットチップであることを特徴とする、前記(1)又は(2)に記載の耐摩耗部材。
(4)前記硬質チップが表面の硬質皮膜をエアブラストにより除去された硬質チップであることを特徴とする前記(1)に記載の耐摩耗部材。
(5)前記(1)に記載の耐摩耗部材を、母材の表面に少なくとも1以上、先端に少なくとも1以上設けることを特徴とするカッタビット。
【発明の効果】
【0011】
本発明の耐摩耗部材は簡易かつ安価に製造可能であり、本発明の耐摩耗部材は高硬度かつ高耐久で耐摩耗性に優れる。また、本発明の耐摩耗部材をカッタビットに使用した際は優れた耐摩耗性能を長期間発揮することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施形態に係るカッタビットの断面図を示す。
【
図2】本発明の実施形態に係る硬質チップを斜視図で示す。
【
図3】耐摩耗部材及び刃材を母材に固定する工程の断面図を示す。
【
図4】耐摩耗部材の摩耗進行の状態を説明する図を示す。
【
図5】本発明の実施形態に係る硬質チップの固定方法を示す。
【
図6】本発明の実施形態に係る硬質チップを鋳ぐるんだ状態を示す。
【
図7】本発明の実施形態に係る硬質チップの鋳ぐるみをする状態の断面を示す。
【
図8】本実施形態で用いた比較例1の耐摩耗部材のEPMAの線分析結果を示す結果である。
【
図9】本実施形態で用いた実施例1の耐摩耗部材のEPMAの線分析結果を示す結果である。
【
図10】本実施形態で用いた実施例2の耐摩耗部材のEPMAの線分析結果を示す結果である。
【
図11】本実施形態で用いた実施例3の耐摩耗部材のEPMAの線分析結果を示す結果である。
【
図12】本実施形態で用いた実施例4の耐摩耗部材のEPMAの線分析結果を示す結果である。
【
図13】本実施形態で用いた比較例2の耐摩耗部材のEPMAの線分析結果を示す結果である。
【
図14】本実施形態で用いた比較例3の耐摩耗部材のEPMAの線分析結果を示す結果である。
【
図15】本実施形態で実施した摩耗試験の状態を示す模式図である。
【
図16】本実施形態で用いた耐摩耗部材の摩耗試験結果を示す。
【
図17】本実施形態で用いた比較例1の耐摩耗部材を用いてEPMA分析を実施した反射電子像の写真を示す。
【
図18】本実施形態で用いた実施例1の耐摩耗部材を用いてEPMA分析を実施した反射電子像の写真を示す。
【
図19】本実施形態で用いた実施例2の耐摩耗部材を用いてEPMA分析を実施した反射電子像の写真を示す。
【
図20】本実施形態で用いた実施例3の耐摩耗部材を用いてEPMA分析を実施した反射電子像の写真を示す。
【
図21】本実施形態で用いた実施例4の耐摩耗部材を用いてEPMA分析を実施した反射電子像の写真を示す。
【
図22】本実施形態で用いた比較例2の耐摩耗部材を用いてEPMA分析を実施した反射電子像の写真を示す。
【
図23】本実施形態で用いた比較例3の耐摩耗部材を用いてEPMA分析を実施した反射電子像の写真を示す。
【
図24】本実施形態で用いた実施例4の耐摩耗部材を用いてEPMAの面分析を行った結果の写真を示す。
【
図25】本実施形態で用いた比較例2の耐摩耗部材を用いてEPMAの面分析を行った結果の写真を示す。
【
図26】本実施形態で用いた比較例3の耐摩耗部材を用いてEPMAの面分析を行った結果の写真を示す。
【
図27】本実施形態で用いた参考例としてS25Cの耐摩耗部材を用いてEPMAの線分析結果を示す結果である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本実施形態では、本発明の耐摩耗部材の使用例としてシールドマシンのカッタヘッドに固定されて地山の切削を行うカッタビット1について説明する。
図1にカッタビット1を示す。カッタビット1は、
図1に示すように、母材2と、母材2にろう付けされた刃材3および耐摩耗部材4を備えている。本実施形態では、ろう付けに使用するろう材として銀ろうを使用する。母材2は、掘削機(カッタヘッド)に固定されて刃材3を支持する材料であって、いわゆるシャンク材である。母材2は、刃材3を決められた角度に、かつ、脱落しないように保持する。本実施形態の母材2は、刃材3よりも膨張係数が大きく、かつ、構造部材として十分な剛性、強度を有する材料により構成されている。本実施形態では、母材2を構成する材料として、SS材やSKC材等を使用するが、母材2を構成する材料は限定されるものではない。
【0014】
母材2の前面22は、カッタビット1の進行方向前側の面であり、
図1に示すように、先端部(刃材3)側に向うに従って後面24から離れるように傾斜している。母材2の背面23は、地山(切削面)に対向する面であり、先端部(刃材3)側に向うに従って底面25から離れるように傾斜している。背面23の延長面と前面22の延長面とが交わる角部は鋭角となる。母材2の後面24は、カッタビット1の進行方向後側の面であり、底面25は、図示せぬカッタヘッドに当接する面である。本実施形態の母材2の後面24と底面25は、直角に交わっている。なお、後面24および底面25の必ずしも直角である必要はない。また、母材2の形状は限定されない。母材2の前面22および背面23には、その先端側に開口する連続した凹部21が形成されている。本明細書において、母材2の先端とは、母材2の前面22の延長面と背面23の延長面とで挟まれた角部をいう。凹部21は、母材2の先端に形成された断面V字状の欠損部分である。刃材3および耐摩耗部材4は、凹部21に固定(ろう付け)される。
【0015】
刃材3は、断面視四角形状の超硬合金からなり、
図1に示すように、母材2の前面22の延長面と背面23の延長面に沿って配設されている。本実施形態の刃材3は、母材2の先端部において前面31および背面32が露出していて、後面33および底面34が、凹部21(母材2)または耐摩耗部材4にろう付けされている。刃材3の前面31と背面32との交差部は鋭角となっている。一方、刃材3の前面31と底面34との交差部および底面34と後面33との交差部は直角になっていて、背面32と後面33との交差部は鈍角になっている。なお、刃材3の断面形状は、母材2(凹部21)および耐部4の形状に応じて適宜決定するものであり、図示の形状に限定される訳ではない。
【0016】
耐摩耗部材4は、複数の硬質チップ5,5,…が表面に面した状態で埋め込まれた部材であって、
図1に示すように、母材2の前面22または背面23と面一の状態で凹部21にろう付けされている。すなわち、母材2には、複数の硬質チップ5,5,…が、前面22および背面23と面一の状態で固定されている。耐摩耗部材4の母材2の先端側端面は、刃材3の底面34または後面33に当接した状態でろう付けされている。なお、耐摩耗部材4は、母材の後面24または側面(
図1において紙面表裏の面)にも固定してもよい。
【0017】
本実施形態の硬質チップ5は、炭化チタンや炭窒化チタンを主成分としたサーメットチップであり、インサートチップとして使用されたものを再利用している。
図2に硬質チップ5を示す。
図2に示すように、各硬質チップ5の中央部には、切削工具等に取り付けるために設けられた貫通孔51が形成されている。本実施形態では、平面視三角形状(三角柱状)の硬質チップ5を使用するが、硬質チップ5の形状は限定されるものではない。硬質チップ5の比重は、耐摩耗部材4の溶湯の比重よりも小さい。
【0018】
ハイクロム鋳鉄は、一般にクロムを7%以上含むFe-Cr-C三元系白鋳鉄のことをいい、硬いCr
7C
3型の炭化物を多量に含むため、アブレージョン摩耗が発生する土木機械部品や破砕機械部品などに多用されている、代表的な耐摩耗材料と知られているものである。ハイクロム鋳鉄はJIS規格がなく、出回っている製品のクロム含有量は30%程度が上限であり、クロムの含有量によって硬さが異なる。25%クロムのハイクロム鋳鉄の硬さは、700HV程度(JIS Z 2244 ビッカース硬さ試験‐試験方法)であるのに対し、サーメットの硬さは1700HV程度あるため、これらの材料の耐摩耗性能には大きな差が生じている。そのため、サーメット(硬質チップ)をハイクロム鋳鉄(耐摩耗材40)に鋳ぐるんで耐摩耗部材4とした場合、
図4に示すように、ハイクロム鋳鉄の基地部から摩耗が進行していく。摩耗進行時にサーメットと基地の接合強度が確保できていないと、周りの基地の摩耗が進行することで、サーメットが脱落してしまう。サーメットが脱落してしまうと、ハイクロム鋳鉄の耐摩耗性のみとなるので、耐摩耗性能は低下する。サーメットの耐摩耗性を最大限有効にするためには、サーメットとハイクロム鋳鉄との接合強度を向上させる必要があり、本願発明のサーメットをハイクロム鋳鉄に鋳ぐるんだ複合材料であれば、サーメットの耐摩耗性を最大限有効にできる耐摩耗部材となる。なお、本実施形態においては、この様な耐摩耗材40と硬質チップ5からなる複合材料を耐摩耗部材4と称する。
【0019】
前記耐摩耗部材4の製造方法としては特に限定されるものではなく、硬質チップ(サーメットや超硬合金等)をハイクロム鋳鉄(耐摩耗材40)に鋳ぐるむ方法であれば従来の製法が使用可能である。この様に製造された耐摩耗部材4を、母材2の表面に固定するとともに母材2の先端に刃材3を固定する。
図3に当該工程を示す。耐摩耗部材は、
図3に示すように、母材2の凹部21にろう付けする。また、刃材3は、凹部21および耐摩耗部材4の端面にろう付けする。
【0020】
次に、本実施形態における耐摩耗部材4について説明を行う。本実施形態で使用する耐摩耗部材4は硬質チップ5及び耐摩耗材40からなる。本実施形態においては、硬質チップ5としては使用済みのサーメットチップを回収(リサイクル利用)し、エアブラストによる洗浄処理したものを用いた。エアブラストよる洗浄は、切削油などの汚れを除去すると共に、サーメットチップに施されているコーティング材を除去することを目的とする。エアブラストに使用する投射材は、硬いコーティング材を除去する必要があるため、本実施形態においては、炭化ケイ素系(硬さは2400~2500HV、形状は鋭角状、粒度は180~425μm)を使用した。投射材は硬さが2000HV以上の投射材であれば、炭化ケイ素系にこだわる必要はない。なお、本実施形態においては、サーメットチップをリサイクルして使用したが、本発明はこれに限定されるものではなく未使用のサーメットチップを使用することも可能である。さらに、本実施形態のサーメットチップは、コーティング材を除去したままの状態で使用したが、特にこれに限定されるものではなく、サーメットチップを破砕処理して粒子状になったものを使用してもよい。
【0021】
所定の大きさや形状に応じて耐摩耗部材4を鋳型で製作し、前記コーティング材を除去したサーメットチップを、重量比((サーメットチップ重量/母材重量)×100)で2~20%程度のサーメットチップを、
図5に示すように、SUSの丸棒とスペーサで固定したチップセット治具を製作した。サーメットの量を2~20%程度としたのは、設置したサーメットチップ間に、溶湯が十分回る最大量として20%程度とした。実施例では2%程度としているが、用途に応じて摩耗面に現れるサーメットチップの量を増加した方が良い場合は、前述の好適範囲でサーメットチップを増加することが望ましい。サーメットチップをSUSの丸棒に固定する際は、チップとチップの間隔が2mm以上になるように、スペーサを設置した。チップセット治具を鋳型内に配置し、高周波溶解炉で材料(溶湯(鋳ぐるみ材)40)を溶解して、1400~1600℃の適用温度で溶解した鋳ぐるみ材40を鋳型に注ぎ、従来の鋳ぐるみ方法に従い耐摩耗部材4を鋳造した(
図6)。チップセット治具を鋳型内に設置する時は、溶湯が十分に回り込むようにするために、鋳型とチップのクリアランスを2mm程度設けることが好ましい。
【実施例0022】
実施例として、
図7に示すような鋳型(φ65円柱状の砂型(ケイ砂-7wt%水ガラス))内に、前記コーティング材を除去した21gのサーメットチップを、SUSの丸棒とスペーサで固定したチップセット治具を製作して鋳型内に配置し、高周波溶解炉で材料(溶湯(鋳ぐるみ材)40)を溶解して鋳型に湯を注ぎ、適用温度で従来の鋳ぐるみ方法に従い耐摩耗部材4を鋳造した。
本実施形態で製造した比較例1~3、及び実施例1~4の耐摩耗部材4の組成を表1に示す。また、表2に表1の組成比で製造した耐摩耗材4についてスパーク放電発光分光分析を行った組成比の結果を示す。
【表1】
【表2】
【0023】
本実施形態で使用する鋳ぐるみ材40は、表1の配合比でCrの所定目標含有量の溶湯を作製して鋳ぐるみを行った。溶湯の作製は、表1に記載の各組成物を溶解炉で溶解することにより作製した。本実施形態で使用する鋳ぐるみ材40は、含まれる成分及び量に応じて鋳ぐるみ材40の名称を定める。比較例1はCrが約12wt%含まれるため12Crと称し、実施例1から4および比較例2、3は、12CrをベースとしてNiの添加量に応じて、12Cr‐0.5Ni、12Cr‐2Ni、12Cr‐4Ni、12Cr‐10Ni、12Cr‐20Ni、12Cr‐30Niとした。Niを添加する方法としては、純度99.97%のNiペレット(インコ社製(現、スペシャルメタルズ社))を鋳ぐるみ材40に溶融することにより行った。
【0024】
本実施形態で使用した鋳ぐるみ材40の組成比の分析(表2に示す)は、JIS G 1253 「鉄及び鋼-スパーク放電発光分光分析方法」 に準拠し、スパーク放電発光分光分析により、測定機器名:iSPARK 8880 (サーモフィッシャーサイエンティフィック(株))を使って実施した。
【0025】
(接合強度試験)
サーメットと鋳ぐるみ材40(ハイクロム鋳鉄)との接合強度の確認は、EPMAの線分析によって行う。EPMA線分析の異種材料間の元素の状況を確認することで、異種材料間の拡散接合域を確認することができ、拡散層の厚み(
図8~
図14のFe(鉄)成分のグラフに記載(後述))が厚いほど接合強度が強いと言える。サーメットと鋳ぐるみ基地(ハイクロム鋳鉄)との界面の拡散層の厚さを測定するため、観察試料(□15mm×10mm)を鏡面研磨した後、EPMA(日本電子社製JXA-8200型)を用いた線分析を行った。鏡面研磨は、試料研磨機(リファインテック株式会社製 APM-128F)を用いて、番手が#200くらいの耐水研磨紙から徐々に目を細かくしていき、#1500くらいの耐水研磨紙で研磨を行い、その後、スエード・クロスと1μmアルミナ研磨剤を用いてバフ研磨を行った。分析条件は加速電圧15kV、分析電流50nAで、Fe、Cr、Si、Ni、Ti、C、N、Oの8元素について分析した。
【0026】
実施例1から4、比較例1から3で製造した耐摩耗部材4を用いて拡散層の厚みを測定した結果を表3に示す。また、実施例1から4および比較例1から3までの反射電子像(BEI)を
図17から
図23に、EPMAの線分析結果を
図8から
図14に示す。反射電子像の写真には、線分析を実施した分析ラインを示している。線分析の結果より、拡散層の厚みを測定した。線分析結果の縦軸はX線の強度を示し、グラフの形状から元素の偏り具合を確認できる。拡散層の測定方法は、線分析の結果において、基地とサーメットでのX線強度の差が最も大きいFeの成分に着目した。Feの成分で強度が高い側が基地であり、低い側がサーメットとなる。Feの成分の強度が急激に下がる部分を界面とし、Fe成分がほぼ0になる位置までを拡散層としており、グラフの横軸の目盛りを読み取って測定を行った。
【表3】
【0027】
実施例1から3の線分析の結果は、界面からサーメット側に拡散層が生じており、拡散層の厚みは、400μmから500μm程度となっている。当該拡散層の範囲で、溶湯成分であるFe、Cr、Siがサーメット側に侵入し、サーメットのバインダー材であるNiが減少している。これにより、バインダー部分の入れ替わりが生じていると考えられる。Fe成分に着目すると、サーメットの界面付近はX線強度が低く、サーメットの内部に入るとX線強度が強くなる傾向を示している。
実施例4については、拡散層が250μm程度となり、実施例1から3と比較すると拡散層の厚みが薄くなっているが接合強度としては従来の耐摩耗材より優れるものである。また、Fe成分に着目すると、拡散層内部のX線強度のグラフの形状が異なっており、CrとSiのX線強度は低くなっていることがわかる。
【0028】
比較例1から3の線分析の結果は、実施例と同様、界面からサーメット側に拡散層が生じているが、拡散層の厚みは、110から160μm程度となっている。実施例と同様、当該拡散層の範囲で、溶湯成分であるFe、Cr、Siがサーメット側に侵入し、サーメットのバインダー材であるNiが減少している。これにより、バインダー部分の入れ替わりが生じていると考えられる。
【0029】
実施例および比較例において、いずれにおいても拡散層が生じる結果となった。これは、溶湯成分にCrを含有することでサーメットの濡れ性が向上し、溶湯がサーメットに侵入しやすくなったと考えられる。また、Niを含有することで拡散層が増大したことから、ハイクロム鋳鉄にNiを含有することで、さらにサーメットの濡れ性が向上して、溶湯がサーメットに侵入しやすくなったと考えられる。また、参考として従来の耐摩耗材40としてS25C(炭素鋼)を用いたもので実施例及び比較例と同様の実験を行った結果、S25C(炭素鋼)では拡散層は発生しなかった。
【0030】
表3より、Ni量を0.5%含有することで拡散層が約450μmとなり、Ni量が0%と比べて4倍程度となった。Ni量が0.5から4%までの範囲では、拡散層が約400から500μmとなるのに対し、Ni量が10%では、拡散層が約250μmまで縮小する。さらにNi量を増加させて20%、30%とすると、さらに拡散層が縮小し、Ni量30%ではNi量0%と同等な約110μmとなる。これらより、Ni量は若干量でも拡散層を厚くする効果があり、その効果はNi量5%程度までをピークとし、その後Ni量を増加しても拡散層が縮小する傾向を示している。
【0031】
Ni量が少ない範囲に着目すると、Ni量が0から0.5%に増加することで、拡散層が約110μmから約450μmと増加する。この間を線形で補間することを考えると、この2点間の式はY=680X+110(X:Ni量、Y:拡散層)となり、この間の拡散層は表4に示すとおりとなる。
【表4】
【0032】
拡散層の厚みが増加することにより、
図4の拡散接合層が増加することに繋がり、結果としてサーメット(硬質チップ5)とハイクロム鋳鉄(耐摩耗材40:基地)の接合強度が向上することが考えられる。これにより、サーメット(硬質チップ5)の脱落を防ぐことが可能であり、結果として耐摩耗部材としての耐摩耗性が向上する結果となる。
【0033】
実施例4及び比較例2と3のEPMAの面分析結果を
図24~
図26に示す。Ni量20%(比較例2)の
図25の反射電子像(BEI)では黒い塊が見られ、この部分のC量の面分析結果では、C量が多くなっていることが分かる。よって、この部分は黒鉛が発生していると言える。また、Ni量30%(比較例3)の
図26の反射電子像においても、黒い塊が発生しており、これはNi量20%より顕著に表れていることがわかる。ハイクロム鋳鉄における黒鉛は、鋭利な形をしており脆い部分になるため、材料の強度に影響することが考えられ、耐摩耗性を低下させることが考えられる。これに対して、Ni量10%(実施例4)の
図24の反射電子像においては、黒い塊がほとんど発生していないことがわかる。
【0034】
金属材料の耐摩耗性を評価する方法として、摩耗試験を実施することが考えられる。しかし、摩耗現象は、多岐にわたっており、実際の現象は複雑で、複数のメカニズムが同時に作用することもあり、実現象に合った摩耗試験を実施することは困難であり、実現象に合った摩耗試験を実施しなければ、試験結果が全く意味をなさなくなってしまうため、最終的には実現象で評価を行うことが多い。しかし、実現象による評価を行うことは大変難しいことが多いので、耐摩耗性の評価の目安として、材料の硬さを測定して、耐摩耗性の指標にすることが実務的には良く行われることである。そこで、各実施例、比較例の硬さ測定を実施した。
【0035】
硬さ測定はビッカース硬度計(株式会社松沢精機製 VK-M)で実施した(JIS Z 2244 ビッカース硬さ試験‐試験方法)。荷重は1kgfで載荷時間は10秒間とし、測定は5点行い平均値を求めた。基地部の結果を表3に示す。硬さ測定の結果より、Ni量が0%と0.5%では540HV程度で、2%になると640HV程度まで上昇し、4%を超えると徐々に低下する傾向であり、30%では250HV程度とかなり軟らかくなっていることが分かる。
【0036】
Ni量が20%超える場合、拡散層は200μm以下となり、Niを含まない場合と同等な結果となる。また、基地には黒鉛が発生するようになり、耐摩耗性が低下することが考えられる。これはNi量が30%の時の基地部の硬さが、250HV程度とかなり低下していることからもわかる。よって、Ni量の上限値は、拡散層が250μm、基地部の硬さが470HV程度である10%とした。下限値については、拡散層の厚みが、Ni量10%の250μm以上となるNi量を、表4の拡散層の計算値より求めて0.3%とする。
【0037】
(摩耗性試験)
摩耗試験の参考として、実施例1と12Cr単体(硬質チップ5を含まないもの)のハイクロム鋳鉄と、カッタビットの耐摩耗性向上対策に使用する硬化肉盛材の摩耗試験を実施した。摩耗試験は、エアブラスト装置(新東工業株式会社製:MY-30C)によるエロ―ジョン摩耗試験を実施した。
図15に示すように、試料とノズルの距離(投射距離)を一定とし、ノズルより0.5MPaの圧力で投射材を吹き出し、試料に当てて摩耗試験を実施した。投射材は炭化ケイ素系材料(CF60)とし、硬さはビッカース硬さで2400~2500HV、形状は鋭角状のもので、粒度は180~425μmのものを使用した。投射材は各試料において、すべて新しいものに入れ替えをした。試験時間は60分とし、投射材の衝突角度は30°とした。測定試料の寸法は50mm×50mm×20mmとし、試験面は80番の砥石を使用して平面研磨装置を使って研削処理をした。試験の評価は、試験前と試験後の試料の重量を測定(0.01g単位)し、その差を摩耗減量とした。なお、試験体の数は各3体とし、それらの平均値を求めて評価をおこなった。
【0038】
硬化肉盛材の摩耗減量は22.18g、サーメットチップを鋳ぐるんでいないハイクロム鋳鉄の摩耗減量は21.59gであり、ほぼ同等の摩耗減量であったことから、これらの耐摩耗性は同等と言える。一方、12Cr-0.5Niの耐摩耗材でサーメットチップを鋳ぐるんだ摩耗減量は、14.38gとなり、サーメットチップを鋳ぐるむことで、耐摩耗性は約1.5倍向上し、耐摩耗性に優れている結果となった。