(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025023578
(43)【公開日】2025-02-17
(54)【発明の名称】玉掛け作業シミュレーションシステム、及び、玉掛け作業シミュレーション方法
(51)【国際特許分類】
G09B 9/00 20060101AFI20250207BHJP
B66C 1/12 20060101ALI20250207BHJP
【FI】
G09B9/00 Z
B66C1/12 D
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023127844
(22)【出願日】2023-08-04
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-11-17
(71)【出願人】
【識別番号】596119571
【氏名又は名称】サン・シールド株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003214
【氏名又は名称】弁理士法人服部国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】米森 清祥
【テーマコード(参考)】
3F004
【Fターム(参考)】
3F004ZZ00
(57)【要約】
【課題】熟練作業者によるマスター作業の先行実施を必要とせず、HMDを装着した体験者が玉掛け作業をリアルに疑似体験することができる玉掛け作業シミュレーションシステムを提供する。
【解決手段】玉掛け作業シミュレーションシステム50のカメラ30は、現実の吊荷20の画像を撮影する。仮想吊荷データ作成部42は、カメラ30が撮影した現実の吊荷20の画像データに基づいて、重量及び重心の情報を含む仮想吊荷のデータを作成する。画像表示部48は、HMD40において、仮想クレーンのフック部に上端が掛けられた仮想ワイヤロープ、及び、仮想ワイヤロープの下端が掛けられた仮想吊荷を現実空間の画像に投影して複合空間の画像を表示する。画像表示部48は、複合空間において、地面に置かれた仮想吊荷に仮想ワイヤロープが掛けられた吊り準備状態から、仮想吊荷が吊り上げられて地面から離れる地切り状態まで表示可能である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘッドマウントディスプレイ(40)を装着した体験者に対し、複合空間の画像を表示することにより、吊荷にワイヤロープを掛ける玉掛け作業のシミュレーションを行うシミュレーションシステムであって、
現実の吊荷(20)の画像を撮影するカメラ(30)と、
前記カメラが撮影した現実の吊荷の画像データに基づいて、重量及び重心の情報を含む仮想吊荷(20V)のデータを作成する仮想吊荷データ作成部(42)と、
前記ヘッドマウントディスプレイにおいて、仮想クレーンのフック部に上端が掛けられた仮想ワイヤロープ(15V)、及び、前記仮想ワイヤロープの下端が掛けられた前記仮想吊荷を現実空間の画像に投影して複合空間の画像を表示する画像表示部(48)と、
を備え、
前記画像表示部は、複合空間において、地面に置かれた前記仮想吊荷に前記仮想ワイヤロープが掛けられた吊り準備状態から、前記仮想吊荷が吊り上げられて地面から離れる地切り状態まで表示可能である玉掛け作業シミュレーションシステム。
【請求項2】
吊り金具(22)が有り、吊り位置が既定である吊荷(21)、又は、吊り金具が無く、吊り位置が不定である吊荷(26)の玉掛け作業に適用され、
径及び長さが異なる複数の前記仮想ワイヤロープのデータ、及び、各前記仮想ワイヤロープについて吊り角度に応じて使用可能な安全荷重を規定した安全荷重表のデータを記憶しており、前記仮想吊荷の重量、重心及び吊り位置に基づき、前記安全荷重表に適合する本数、径及び長さの前記仮想ワイヤロープを選定する仮想ワイヤロープ選定部(46)を有する請求項1に記載の玉掛け作業シミュレーションシステム。
【請求項3】
吊り金具が無く、吊り位置が不定である吊荷(26)の玉掛け作業に適用され、
前記仮想吊荷(26V)の形状と重心位置とに基づき、前記仮想ワイヤロープを掛ける吊り位置を算定する吊り位置算定部(44)をさらに有する請求項2に記載の玉掛け作業シミュレーションシステム。
【請求項4】
前記カメラが撮影した現実の吊荷の画像データから推定される体積と材質とに基づき前記仮想吊荷の重量を算出し、さらに現実の吊荷の形状から前記仮想吊荷の重心を算出する重量重心算出部(41)をさらに備える請求項2または3に記載の玉掛け作業シミュレーションシステム。
【請求項5】
ヘッドマウントディスプレイ(40)を装着した体験者に対し、複合空間の画像を表示することにより、吊荷にワイヤロープを掛ける玉掛け作業のシミュレーションを行うシミュレーション方法であって、
カメラ(30)が現実の吊荷(20)の画像を撮影する撮影ステップ(S1)と、
前記カメラが撮影した現実の吊荷の画像データに基づいて、仮想吊荷データ作成部(42)が、重量及び重心の情報を含む仮想吊荷(20V)のデータを作成する仮想吊荷データ作成ステップ(S4)と、
前記ヘッドマウントディスプレイの画像表示部(48)により、仮想クレーンのフック部に上端が掛けられた仮想ワイヤロープ(15V)、及び、前記仮想ワイヤロープの下端が掛けられた前記仮想吊荷を現実空間の画像に投影して複合空間の画像を表示する画像表示ステップ(S8)と、
を含み、
前記画像表示ステップにおいて前記画像表示部は、地面に置かれた前記仮想吊荷に前記仮想ワイヤロープが掛けられた吊り準備状態から、前記仮想吊荷が吊り上げられて地面から離れる地切り状態まで表示可能である玉掛け作業シミュレーション方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、玉掛け作業シミュレーションシステム、及び、玉掛け作業シミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、玉掛け作業を支援する技術が知られている。例えば特許文献1に開示された玉掛け支援装置は、複数の重量検出部、演算手段、入力手段、及び、表示手段を備えている。複数の重量検出部は、重量物を支持するように基部の上に分散配置される。演算手段は、(a)各重量検出部の座標位置による加重平均から重心位置を演算し、(b)重心位置等から吊上具の長さ、及び、吊上具間の各吊り角度を演算し、(c)さらに各吊上具に加わる張力を演算して、それらを出力するように構成されている。
【0003】
また近年、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着した仮想体験者に仮想空間で各種操作指示を与える技術が知られている。例えば特許文献2に開示された作業教育支援システムでは、未熟作業者がHMDを装着し、熟練作業者の視線の動き等に倣って作業を体験する。作業の例として「玉掛け作業時における視線の動き」が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10-120360号公報
【特許文献2】特開2023-50798号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
重量物の吊荷を扱う玉掛け作業では、吊荷の落下や作業者への接触等の事故を防ぐために、吊荷の重量や重心位置に基づいて適切な吊り位置及びワイヤロープを選定することが重要である。作業経験の浅い作業者にとって、現実空間での訓練だけでなく、仮想空間や複合空間を利用して各種パターンの吊り作業を効率的に疑似体験することは、安全に作業を行うための正しい感覚を習得するのに有効である。
【0006】
特許文献1の従来技術は、現実空間で重量検出部というハードウェアを用いて、複雑な形状や内部構造を有する重量物の重心位置等を正確に演算するものである。この従来技術では専用の重量検出部が必要であり、重量物に対して重量検出部を正しく設置するために熟練技能を要する。
【0007】
特許文献1の技術を特許文献2の作業教育支援システムに適用した場合、仮想作業者は、重量物に重量検出部を設置したり、入力手段にパラメータを入力したりする熟練作業者の視線の動きを体験するに過ぎない。つまり、特許文献2の従来技術では、熟練作業者によるマスター作業が先行して行われることが前提となる。したがって、熟練作業者によるマスター作業を先行実施することなく、現実空間に置かれている吊荷に対し、未熟作業者が玉掛け作業をリアルに疑似体験することはできなかった。
【0008】
本発明はこのような点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、熟練作業者によるマスター作業の先行実施を必要とせず、HMDを装着した体験者が玉掛け作業をリアルに疑似体験することができる玉掛け作業シミュレーションシステム及び玉掛け作業シミュレーション方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は、ヘッドマウントディスプレイ(40)を装着した体験者に対し、複合空間の画像を表示することにより、吊荷にワイヤロープを掛ける玉掛け作業のシミュレーションを行うシミュレーションシステムである。このシステムは、カメラ(30)と、仮想吊荷データ作成部(42)と、画像表示部(48)と、を備える。
【0010】
カメラは、現実の吊荷(20)の画像を撮影する。仮想吊荷データ作成部は、カメラが撮影した現実の吊荷の画像データに基づいて、重量及び重心の情報を含む仮想吊荷(20V)のデータを作成する。
【0011】
画像表示部は、ヘッドマウントディスプレイにおいて、仮想クレーンのフック部に上端が掛けられた仮想ワイヤロープ(15V)、及び、仮想ワイヤロープの下端が掛けられた仮想吊荷を現実空間の画像に投影して複合空間の画像を表示する。
【0012】
画像表示部は、複合空間において、地面に置かれた仮想吊荷に仮想ワイヤロープが掛けられた吊り準備状態から、仮想吊荷が吊り上げられて地面から離れる地切り状態まで表示可能である。
【0013】
本発明では、HMDを装着した体験者は、仮想吊荷が吊り準備状態から地切り状態まで移行するシミュレーション画像を見ることで、玉掛け作業をリアルに疑似体験することができる。地切り状態にて仮想吊荷が振れたり傾いたりせず、水平姿勢を保持したまま安定して吊り上げられていれば、吊り位置や、仮想ワイヤロープの本数、径及び長さの選定が適切であったと判定される。よって、特に作業経験の浅い作業者が安全に作業を行うための正しい感覚を習得するのに役立つ。
【0014】
本発明のもう一つの態様は、ヘッドマウントディスプレイ(40)を装着した体験者に対し、複合空間の画像を表示することにより、吊荷にワイヤロープを掛ける玉掛け作業のシミュレーションを行うシミュレーション方法である。この方法は、撮影ステップ(S1)と、仮想吊荷データ作成ステップ(S4)と、画像表示ステップ(S8)と、を含む。
【0015】
撮影ステップでは、カメラ(30)が現実の吊荷(20)の画像を撮影する。仮想吊荷データ作成ステップでは、カメラが撮影した現実の吊荷の画像データに基づいて、仮想吊荷データ作成部(42)が、重量及び重心の情報を含む仮想吊荷(20V)のデータを作成する。
【0016】
画像表示ステップでは、ヘッドマウントディスプレイの画像表示部(48)により、仮想クレーンのフック部に上端が掛けられた仮想ワイヤロープ(15V)、及び、仮想ワイヤロープの下端が掛けられた仮想吊荷を現実空間の画像に投影して複合空間の画像を表示する。
【0017】
画像表示ステップにおいて画像表示部は、地面に置かれた仮想吊荷に仮想ワイヤロープが掛けられた吊り準備状態から、仮想吊荷が吊り上げられて地面から離れる地切り状態まで表示可能である。この玉掛け作業シミュレーション方法では、上記の玉掛け作業シミュレーションシステムと同様の効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】一実施形態による玉掛け作業シミュレーションシステムのブロック図。
【
図3】実施例Aにおける(a)現実空間の吊荷、(b)複合空間で表示される吊り準備状態の図。
【
図4】実施例Bにおける(a)現実空間の吊荷、(b)複合空間で表示される吊り準備状態の図。
【
図5】玉掛け作業シミュレーション方法のメインフローチャート。
【
図6】実施例Aに対応するS7Aのサブフローチャート。
【
図7】実施例Bに対応するS7Bのサブフローチャート。
【
図8】実施例Aの吊荷の形状、サイズ及び重心位置を示す図。
【
図9】実施例Aで用いられるワイヤロープの長さと吊り角度との関係を示す図。
【
図11】実施例Aで適切な仮想玉掛けが行われた場合に複合空間で表示される地切り状態の図。
【
図12】実施例Bで不適切な仮想玉掛けが行われた場合に複合空間で表示される地切り状態の図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明による玉掛け作業シミュレーションシステム及び玉掛け作業シミュレーション方法の一実施形態について図面に基づいて説明する。このシステム及び方法は、ヘッドマウントディスプレイ(以下「HMD」)を装着した体験者に対し、複合空間の画像を表示することにより、吊荷にワイヤロープを掛ける玉掛け作業のシミュレーションを行うシステム及び方法である。
【0020】
(一実施形態)
図1~
図4を参照し、一実施形態の玉掛け作業シミュレーションシステムの具体的な構成について説明する。
図1に示すように、玉掛け作業シミュレーションシステム50は、カメラ30、重量重心軸算出部41、仮想吊荷データ作成部42、吊り位置算定部44、仮想ワイヤロープ選定部46、画像表示部48等を含む。
【0021】
これらの要素のうち、少なくとも画像表示部48はHMD40に設けられるが、その他の要素の配置は限定されない。本実施形態では、カメラ30がHMD40に搭載されており、且つ、演算機能や記憶機能を含む各処理部41、42、44、46がソフトウェアとしてHMD40にインストールされたオールインワンの構成を想定する。なお、一部の要素が分離配置されたシステム構成については「その他の実施形態」の欄に記す。
【0022】
図2に示すように、体験者は専用のHMD40を装着するだけで、他の機器と接続することなく玉掛け作業シミュレーションを体験可能である。体験者の視界には、目前にある現実空間に仮想空間が重畳された複合空間が映される。体験者は、仮想空間に表示されるテンキーで数値を入力したり、シミュレーション動作を起動するスイッチを操作したりすることができる。
【0023】
カメラ30は、現実の吊荷20の画像を撮影する。以下、現実の吊荷の符号について、吊荷全般に対し「20」を用いる。また、代表的な二種類の吊荷の実施例として、実施例Aの吊荷に「21」、実施例Bの吊荷に「26」の符号を付す。
[実施例A]アイボルト等の吊り金具が有り、吊り位置が既定である吊荷21。
[実施例B]吊り金具が無く、吊り位置が不定である吊荷26。
【0024】
現実の吊荷20に基づいて、仮想空間における仮想吊荷の3次元データが作成される。仮想空間の要素には符号の末尾に「V」を記す。現実の吊荷の符号に対応して、仮想吊荷全般の符号を「20V」とし、実施例Aの仮想吊荷に「21V」、実施例Bの仮想吊荷に「26V」の符号を付す。なお、仮想ワイヤロープについては、本数や形状に関係なく、「15V」の符号を共用する。
【0025】
実施例Aについて、
図3(a)に現実空間に存在する現実の吊荷21を示す。番木24を介して地面に置かれた直方体の吊荷21には、天面の四隅に吊り金具(例えばアイボルト)22が設けられている。
図3(b)には複合空間に表示される「吊り準備状態」を示す。吊り準備状態では、地面に置かれた仮想吊荷21Vに仮想ワイヤロープ15Vが掛けられる。複合空間において、吊り準備状態では現実の吊荷21と仮想吊荷21Vとが重なって表示される。仮想吊荷21Vには重心Gのマークが表示される。また、現実空間には存在しない例えば4本のフック付き仮想ワイヤロープ15Vが表示される。仮想ワイヤロープ15Vは、吊り角度θで仮想吊り金具22Vに掛けられている。なお、仮想クレーンのフック部13Vは必ずしも表示されなくてもよい。
【0026】
実施例Bについて、
図4(a)に現実空間に存在する現実の吊荷26を示す。番木24を介して、吊り金具が無い円柱状長尺物の吊荷26が地面に置かれている。
図4(b)には複合空間に表示される「吊り準備状態」を示す。複合空間において吊り準備状態では、現実の吊荷26と仮想吊荷26Vとが重なって表示される。仮想吊荷26Vには重心G及び吊り位置のマークが表示される。また、現実空間には存在しない例えば2本の半掛けされた仮想ワイヤロープ15Vが表示される。実施例Aと同様に、仮想クレーンのフック部13Vは必ずしも表示されなくてもよい。
【0027】
図1に戻り、各処理部41、42、44、46及び画像表示部48の機能について順に説明する。吊荷20の重量及び重心が不明の場合、重量重心算出部41は、カメラ30が撮影した現実の吊荷20の画像データから推定される体積と材質とに基づき仮想吊荷20Vの重量を算出し、さらに現実の吊荷20の形状から仮想吊荷20Vの重心を算出する。
【0028】
仮想吊荷データ作成部42は、カメラ30が撮影した現実の吊荷20の画像データに基づいて、重量及び重心の情報を含む仮想吊荷20Vのデータを作成する。吊荷20の重量及び重心が不明の場合、重量重心軸算出部41が算出した重量、重心情報が入力される。吊荷20の重量及び重心が既知の場合、既知情報が入力される。
【0029】
実施例Bにおいて、吊り位置算定部44は、仮想吊荷データ作成部42から取得した仮想吊荷26Vの形状と重心位置とに基づき、仮想ワイヤロープ15Vを掛ける吊り位置を算定する。吊り位置算定部44が算出した吊り位置は、仮想吊荷データ作成部42、仮想ワイヤロープ選定部46及び画像表示部48に通知される。
【0030】
実施例A、B共通に、仮想ワイヤロープ選定部46は、径及び長さが異なる複数の仮想ワイヤロープ15Vのデータ、及び、各仮想ワイヤロープ15Vについて吊り角度に応じて使用可能な安全荷重を規定した安全荷重表のデータを記憶している。安全荷重表の具体例については
図10を参照して後述する。仮想ワイヤロープ選定部46は、仮想吊荷データ作成部42及び吊り位置算定部44から取得した仮想吊荷の重量、重心及び吊り位置に基づき、安全荷重表に適合する本数、径及び長さの仮想ワイヤロープ15Vを選定する。
【0031】
画像表示部48は、HMD40において、仮想ワイヤロープ15V及び仮想吊荷20Vを現実空間の画像に投影して複合空間の画像を表示する。
図3(b)、
図4(b)に示すように、仮想ワイヤロープ15Vの上端は仮想クレーンのフック部13Vに掛けられており、仮想ワイヤロープ15Vの下端は仮想吊荷20Vに掛けられている。
【0032】
画像表示部48は、複合空間において、地面に置かれた仮想吊荷20Vに仮想ワイヤロープ15Vが掛けられた「吊り準備状態」から、仮想吊荷20Vが吊り上げられて地面から離れる「地切り状態」まで表示可能である。吊り準備状態は
図3(b)、
図4(b)に示されている。地切り状態については、
図11、
図12を参照して後述する。
【0033】
このように本実施形態では、HMD40を装着した体験者は、仮想吊荷20Vが吊り準備状態から地切り状態まで移行するシミュレーション画像を見ることで、玉掛け作業をリアルに疑似体験することができる。表示されるシミュレーション画像がどのような場合に安全と判断されるかについては、シミュレーション方法の説明にて後述する。
【0034】
次に
図5~
図7のフローチャート及び
図8~
図12を参照し、本実施形態による玉掛け作業シミュレーション方法のステップを順に説明する。
図5は、処理全体を示すメインフローチャートである。
図6、
図7は、それぞれ実施例A、実施例Bに対応するS7A、S7Bの詳細を記したサブフローチャートである。S7AとS7Bとは、最初のステップであるS71AとS71Bとが異なり、その後のS72~S78は共通である。
【0035】
撮影ステップS1では、カメラ30が現実の吊荷20の画像を撮影する。現実の吊荷20のサイズ、形状及び材質が不明である場合、カメラ30が撮影した画像データに基づき、3次元スキャンや画像解析により、サイズ、形状及び材質の必要な情報が演算、推定される。吊荷20のサイズ、形状等を正確に把握するため、必要に応じて位置や方向を変えて複数の画像が撮影される。吊荷20の材質は、登録された材質データベースのうちいずれかであり、未知の材質は用いられないものとする。材質データベースには、例えば木、紙、土、布、石、金属(鉄、その他数種類)、油、水等の画像が登録されている。
【0036】
ステップS2では、体験者による選択入力等により、吊荷20の重量、重心が既知か否か場合分けされる。重量、重心が既知の場合(S2:YES)、S3がスキップされる。例えば吊荷20が既知の特定物である場合、重量、重心等の属性がデータベースから読み出されてもよく、体験者がデータを直接入力してもよい。吊荷20の重量又は重心が未知の場合(S2:NO)、S3で重量重心算出部41は、画像データに基づき、吊荷20の重量及び重心を算出する。中空形状や材質が不均一の吊荷は適用対象から除外される。
【0037】
図8に、実施例Aに相当する直方体の吊荷21のサイズ例を示す。なお、天面の四隅に設けられる吊り金具22の図示を省略する。幅W、長さL、高さHの外形寸法、及び、幅方向、長さ方向の吊り位置間距離Wb、Lbは以下の通りである。このサイズ情報は、
図9に引き継がれる。
・外形寸法:W=1.0m、L=1.3m、H=0.44m
・吊り位置間距離Wb=0.9m、Lb=1.2m
【0038】
これより、吊荷21の体積は0.572m3と算出される。吊荷21の材質は均一に鉄である。比重を7.85とすると、吊荷21の重量は4.5tと算出され、直方体の中心が重心Gの位置になると推定される。カメラ30が撮影した吊荷20のサイズ、形状データに加え、重量重心算出部41が算出した重量、重心情報、又は、既知の重量、重心情報は、仮想吊荷データ作成部42に取得される。
【0039】
仮想吊荷データ作成ステップS4で、仮想吊荷データ作成部42は、カメラ30が撮影した現実の吊荷20の画像データに基づいて、重量及び重心の情報を含む仮想吊荷20Vのデータを作成する。
【0040】
ステップS5では、画像認識や体験者による選択入力により、吊荷20にアイボルト等の吊り金具が有るか無いか判断される。実施例Aのように吊り金具が有る場合(S5:YES)、S6Aでは、吊荷21の吊り金具22にフック付ワイヤロープのフックを掛ける作業、或いは、シャックルを用い、吊り金具22に取り付けたシャックルにワイヤロープを目掛けする作業が想定される。S6Aに続くS7Aの処理は、「吊り金具22が有り、吊り位置が既定である吊荷21の玉掛け作業」に適用される。
【0041】
ここで、このシミュレーションシステムは、判断アルゴリズムや学習結果に基づきシステムが最適解を導く自動モードと、体験者の訓練を目的として体験者が自己の判断により数値入力する訓練モードとを切替可能である。S7Aにおいて自動モードでは、仮想ワイヤロープ選定部46が最初から最後まで、判断アルゴリズムや学習結果に基づき仮想ワイヤロープ15Vを選定する。訓練モードでは、体験者が入力した数値の適否を仮想ワイヤロープ選定部46が判断する。両モードを含めて、S7Aでは「仮想ワイヤロープ選定部46が仮想ワイヤロープ15Vを選定する」と表す。
【0042】
図6を参照し、S7Aの詳細なフローを説明する。S71Aで仮想ワイヤロープ選定部46は、画像データ、又は現実の吊荷21の既知データに基づき、吊り金具22の位置、すなわち「既定の吊り位置」を取得する。
【0043】
S72では、仮想ワイヤロープ選定部46又は体験者が、仮想ワイヤロープ15Vの本数、ワイヤ径及び長さを仮選定する。なお、重心位置によっては異なる長さの複数の仮想ワイヤロープ15Vが使用される場合があるため、ワイヤ長さは個別で選択可能とする。実施例Aの吊荷21には4つの吊り金具22が有るため、ワイヤ4本吊りが選択される。自動モードでは、仮想ワイヤロープ選定部46が過去の学習結果等から、例えばワイヤ径12mm、長さ2mの仮想ワイヤロープ15Vを仮選定する。訓練モードでは、体験者が手計算や勘により、例えばワイヤ径12mm、長さ2mの仮想ワイヤロープ15Vを仮選定する。
【0044】
S73で仮想ワイヤロープ選定部46は、吊り位置とワイヤ長さとから吊り角度θを算出する。
図9では簡単のため、奥行き方向の吊り角度を無視した正面からの2次元投影図で説明する。吊り位置間距離Lbが1.2mの場合、太実線で示すように、仮選定された「ワイヤ径12mm、長さ2m」の仮想ワイヤロープ15Vを用いると、吊り角度θは約35°となり、30°を超える。逆に、二点鎖線で示すように吊り角度θを30°以下(片側15°以下)とするには、下式により、ワイヤ長さは2.3m以上必要となる。
ワイヤ長さ≧0.6/sin15°=0.6/0.26≒2.3
【0045】
S74で仮想ワイヤロープ選定部46は、吊荷荷重と吊り角度θに対し安全荷重表を参照する。
図10にワイヤロープ安全荷重表(6×24%、JIS G3525規格品使用)の抜粋を掲載する。安全荷重は破断荷重に安全係数を乗じたものである。また、仮想ワイヤロープ15Vの掛け方(目掛け、半掛け、あだ巻き掛け、目通し掛け等)に応じて個別の安全荷重が適用される。
【0046】
S75では、仮選定された仮想ワイヤロープ15Vの本数、径及び長さが安全荷重表に適合するか判断される。S75でYESの場合、ルーチンが終了する。この例で仮選定された仮想ワイヤロープ15Vは吊り角度θが約35°であり30°を超えるため、ワイヤ径12mm、吊り角度60°の欄を参照すると、安全荷重は4.14tである。したがって、重量4.5tの仮想吊荷21Vに対し、安全荷重表に適合しない(S75:NO)と判断される。この場合、訓練モードではアラート等により体験者に警告する。例えば仮想吊荷20Vの重量が破断荷重を超える場合、仮想ワイヤロープ15Vを破断させるように形状変化させて画面表示してもよい。
【0047】
S75でNOの場合、S76~S78で仮想ワイヤロープ15Vが再選定される。S76ではワイヤ径をアップ可能であるか判断される。S76でYESの場合、S77で仮想ワイヤロープ選定部46又は体験者は、例えばワイヤ径を12mmから14mmにアップして再選定し、S74に戻る。これにより安全荷重が4.14tから5.64tとなり、重量4.5tの仮想吊荷21Vに使用可能となるため、S75でYESと判断される。
【0048】
諸事情によりワイヤ径をアップ不可(S76:NO)の場合、S78で仮想ワイヤロープ選定部46又は体験者は、例えば2mから2.5mにワイヤ長さを変更して再選定し、S73に戻る。
図9に示すように、ワイヤ長さ2.5mの場合、吊り角度θは約28°であるため、吊り角度30°での基準が適用される。これにより安全荷重が4.14tから4.62tとなり、重量4.5tの仮想吊荷21Vに使用可能となるため、S75でYESと判断される。
【0049】
一方、S5において、実施例Bのように吊り金具が無い場合(S5:NO)、S6Bでは、ワイヤロープを吊荷26の下に回して半掛けする作業が想定される。S6Bに続くS7Bの処理は、「吊り金具が無く、吊り位置が不定である吊荷26の玉掛け作業」に適用される。
【0050】
S7Bでは、吊り位置算定部44が吊り位置を算定し、仮想ワイヤロープ選定部46が吊り位置に掛けられる仮想ワイヤロープ15Vの本数、径及び長さを選定する。訓練モードにおける、「吊り位置算定部44が算定する」、及び、「仮想ワイヤロープ選定部46が選定する」の解釈についてはS7Aに準ずる。
【0051】
図7を参照し、S7Bの詳細なフローを説明する。S71Bで吊り位置算定部44は、仮想吊荷26Vの形状と重心位置とに基づき、仮想ワイヤロープ15Vを掛ける吊り位置を算定し、仮想ワイヤロープ選定部46に通知する。つまり仮想ワイヤロープ選定部46は、S71Aでは、現実の吊り金具22の位置を取得するのに対し、S71Bでは、吊り位置算定部44が算定した吊り位置を取得する。
図4に示す実施例Bの長尺物の仮想吊荷26Vでは、重心に対して対称で均一な距離の位置に2点の吊り位置が算定される。S7BのS72~S78は、基本的にS7Aと共通である。
【0052】
このようにS7Aでは、吊り位置が既定である仮想吊荷21Vに対し、仮想ワイヤロープ15Vの本数、ワイヤ径及び長さが選定される。また、S7Bでは、吊り位置が不定である仮想吊荷26Vに対し、仮想ワイヤロープ15Vの本数、ワイヤ径及び長さが選定される。
【0053】
S7Aにおいて、仮想吊荷21Vに対し適切な仮想ワイヤロープ15Vが選定されること、及び、S7Bにおいて、仮想吊荷26Vに対し適切な吊り位置が算定され、且つ適切な仮想ワイヤロープ15Vが選定されることを「適切な仮想玉掛けが行われる」と表す。S7A又はS7Bの後、
図5の画像表示ステップS8に移行する。
【0054】
画像表示ステップS8では、画像表示部48が複合空間において、仮想ワイヤロープ15V及び仮想吊荷20Vを現実空間の画像に投影して画像を表示する。仮想ワイヤロープ15Vは、上端が仮想クレーンのフック部13Vに接続されているものとしてデータ作成されている。ただし、仮想クレーンのフック部13Vは必ずしも画像に表示されなくてもよい。仮想ワイヤロープ15Vの下端は仮想吊荷20Vに掛けられている。
【0055】
画像表示ステップS8において画像表示部48は、吊り準備状態から地切り状態まで表示可能である。HMD40を装着した体験者は、仮想吊荷20Vが吊り準備状態から地切り状態まで移行するシミュレーション画像を見ることで、玉掛け作業をリアルに疑似体験することができる。
【0056】
安全評価ステップS9では、画像表示ステップS8の画像に基づき、安全で適切な仮想玉掛けが行われたか評価される。S9の判定はシステム内での画像解析により実行されてもよいし、訓練モードでは体験者が判定して結果を入力してもよい。
【0057】
具体的には、地切り状態にて仮想吊荷20Vが振れたり傾いたりせず、水平姿勢を保持したまま安定して吊り上げられていれば、適切な仮想玉掛けが行われたと判定される。すなわち、吊り位置や、仮想ワイヤロープ15Vの本数、径及び長さの選定が適切であったとして、S9でYESと判定され、玉掛け作業シミュレーション方法は終了する。訓練モードでは、仮想吊荷20Vを安全に吊り上げることができたとみなされる。
【0058】
一方、仮想吊荷20Vが振れたり傾いたりした場合等には、不適切な仮想玉掛けが行われたとして、S9でNOと判定される。訓練モードではアラート等で体験者に警告を発してもよい。その場合、体験者は、S7A又はS7Bに戻り、吊り位置の算定や仮想ワイヤロープ15Vの選定をし直す。
【0059】
上述の通り、
図3(b)に表示された実施例Aの吊り準備状態では、仮想吊荷21Vは現実の吊荷21と重なって表示される。複合空間において、仮想クレーンのフック部13Vと共に仮想ワイヤロープ15Vを上方に移動させると、
図11に示す地切り状態の画像が表示される。現実の吊荷21は地面に置かれたまま、仮想吊荷21Vは現実の吊荷21から離れて上昇する。便宜上、現実の吊荷21を実線、仮想吊荷21Vを破線で図示するが、画像表示上の違いがあるわけではない。体験者は、このようなシミュレーション画像を見ることができる。
【0060】
実施例Aにおいて適切な仮想玉掛けが行われたとすると、
図11に示すように、仮想吊荷21Vは、振れたり傾いたりせず、水平姿勢を保持したまま安定して吊り上げられる。体験者は、このシミュレーション画像を見ることで、適切な仮想玉掛けが行われたことをリアルに疑似体験することができる。
【0061】
図12には、実施例Bで不適切な玉掛けが行われた場合に表示される地切り状態の画像を示す。自動モードで
図12のような画像が表示されることは考えにくいが、訓練モードでの誤判断や数値入力ミス等の可能性を想定し、誇張して図示する。仮に、長尺物の仮想吊荷26Vの重心に対し偏った位置に吊り位置が設定された場合、上段、中段の図に示すように仮想吊荷26Vが振れたり傾いたりする。現実の吊荷26がある角度以上傾くと、ワイヤロープから滑り落ち、落下の危険性がある。そこで、S9において、仮想吊荷26Vの振れ量や傾き角度が許容閾値を超えた場合にNOと判定されるようにしてもよい。
【0062】
なお、現実の吊荷26がバランスを崩す要因として、以下のような場合が考えられる。
・それぞれの吊り位置に対する重心からの距離が異なる
・重心が吊荷26の中心ではない(バランスが取れる吊り位置ではない)
・左右のワイヤロープ長が異なっている
・地切りを急に行った
・天候の影響(雨、強風等)
【0063】
下段の図に示すように、片側(図の右側)の吊り位置に安全荷重に達しない細いワイヤロープ15Vxが使用された場合、細いワイヤロープ15Vxが破断して仮想吊荷26Vが落下するおそれがある。そこで、S9において、左右のワイヤロープの径が異なる場合にもNOと判定されるようにしてもよい。
【0064】
体験者は、
図12のようなシミュレーション画像を見ることで、不適切な仮想玉掛けが行われたことをリアルに疑似体験することができる。また、その場合、どのように玉掛け条件を変更すれば、安全評価ステップS9でYESと判定されるかをトライすることができる。よって、特に作業経験の浅い作業者が安全に作業を行うための正しい感覚を習得するのに役立つ。
【0065】
<その他の実施例>
図1に示す玉掛け作業シミュレーションシステム50に対し、他のシステム構成では、HMD40の外部に重量重心算出部41、仮想吊荷データ作成部42、吊り位置算定部44、仮想ワイヤロープ選定部46の一部又は全部を有する処理装置が設けられてもよい。その場合、処理装置の演算結果がHMD40に通信されて画像表示部48に画像が表示される。
【0066】
また、複数の仮想ワイヤロープ15Vのデータは仮想ワイヤロープ選定部46の内部に記憶されるのでなく、クラウド等の外部ストレージに記憶され、仮想ワイヤロープ選定部46が都度データを読み出してもよい。仮想吊荷データ作成部42が作成した仮想吊荷20Vについても作成済データがクラウド等の外部ストレージに記憶され、以前と同じ吊荷20に対し玉掛け作業シミュレーションを行う場合、仮想吊荷データ作成部42が以前のデータを読み出してもよい。
【0067】
また、HMD40とは別に独立のカメラ30が設けられてもよい。つまり、玉掛け作業シミュレーションシステム50は、物理的に一体に構成される必要はなく、空間的に離れた複数の装置が協働して機能を実現するように構成されてもよい。
【0068】
適用対象となる全ての吊荷20の重量、重心が既知である場合、
図1のシステム図において重量重心軸算出部41は無くてもよく、
図5のフローチャートにおいてS2、S3は無くてもよい。また、適用対象となる全ての吊荷20に吊り金具22が有り、吊り位置が既定である場合、吊り位置算定部44は無くてもよく、さらに、選択可能な仮想ワイヤロープ15Vが一種類しかない場合、仮想ワイヤロープ選定部46が無くてもよい。フローチャートでは、S5、S6A/B、S7A/Bが無くてもよい。仮想ワイヤロープ15Vが一種類しかない場合、それが安全荷重表に適合しなければ、再選定せず、「玉掛け作業不可能」という判定結果が出力される。
【0069】
以上、本発明は、上記実施形態になんら限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の形態で実施可能である。
【符号の説明】
【0070】
15V・・・仮想ワイヤロープ、
20(21,26)・・・(現実の)吊荷、
20V(21V、26V)・・・仮想吊荷、
30・・・カメラ、
40・・・HMD(ヘッドマウントディスプレイ)、
41・・・重量重心算出部、
42・・・仮想吊荷データ作成部、
44・・・吊り位置算定部、
46・・・仮想ワイヤロープ選定部。
48・・・画像表示部、
50・・・玉掛け作業シミュレーションシステム。