(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025023668
(43)【公開日】2025-02-17
(54)【発明の名称】細胞の分化状態を評価する方法、細胞の分化状態を判定する方法、心筋細胞の生産方法及び試薬キット
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20250207BHJP
C12N 5/077 20100101ALI20250207BHJP
C12Q 1/6876 20180101ALI20250207BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20250207BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20250207BHJP
【FI】
C12N15/09 Z
C12N5/077 ZNA
C12Q1/6876 Z
C12Q1/686 Z
C12Q1/6851 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】24
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023128004
(22)【出願日】2023-08-04
(71)【出願人】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(71)【出願人】
【識別番号】516182203
【氏名又は名称】Heartseed株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 雅己
(74)【代理人】
【識別番号】100189429
【弁理士】
【氏名又は名称】保田 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100213849
【弁理士】
【氏名又は名称】澄川 広司
(72)【発明者】
【氏名】遠山 周吾
(72)【発明者】
【氏名】関根 乙矢
(72)【発明者】
【氏名】金編 さやか
(72)【発明者】
【氏名】増本 佳那子
(72)【発明者】
【氏名】相原 祐希
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA13
4B063QA20
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR55
4B063QR62
4B063QR72
4B063QR77
4B063QS25
4B063QS34
4B063QS36
4B063QX01
4B065AA93X
4B065AC20
4B065BC50
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】細胞の分化状態をより高い精度で評価することを可能にする手段を提供することを課題とする。
【解決手段】多能性幹細胞を中胚葉細胞へ分化誘導する第1の誘導処理と、中胚葉細胞を心筋細胞へ分化誘導する第2の誘導処理とにより、液体培地中で多能性幹細胞を心筋細胞へ分化誘導し、第2の誘導処理により分化誘導された細胞を含む液体培地の上清を採取し、その上清中のmiR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを測定し、そのmiRNA-3p測定値に基づいて、細胞の分化状態を判定する方法を提供することにより、上記の課題を解決する。
【選択図】
図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞を中胚葉細胞へ分化誘導する第1の誘導処理と、前記中胚葉細胞を心筋細胞へ分化誘導する第2の誘導処理とにより、液体培地中で多能性幹細胞を心筋細胞へ分化誘導する工程と、
前記第2の誘導処理により分化誘導された細胞を含む液体培地の上清を採取する工程と、
前記上清中のmiR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを測定する工程と
を含み、
前記miRNA-3pが、miR-1-3p及びmiR-133a-3pからなる群より選択される少なくとも1であり、
前記miRNA-3pの測定値が、心筋細胞への分化の指標となる、
細胞の分化状態を評価する方法。
【請求項2】
前記miRNA-3pが、前記miR-1-3pであり、
前記miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないことが示唆される請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記miRNA-3pが、前記miR-133a-3pであり、
前記miR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないことが示唆される請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記miRNA-3pが、前記miR-1-3p及び前記miR-133a-3pであり、
前記miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であり、且つ前記miR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないことが示唆される請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記miRNA-3pが、前記miR-1-3p及び前記miR-133a-3pであり、
前記miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であるか、又は前記miR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないことが示唆される請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記第1の誘導処理が、BMPシグナル伝達系を促進する物質及びWntシグナル伝達系を促進する物質の少なくとも1つを含む液体培地を用いることを含む請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記第2の誘導処理が、Wntシグナル伝達系を阻害する物質を含む液体培地を用いることを含む請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記第1の誘導処理により分化誘導され、且つ前記第2の誘導処理をされる前の細胞を含む液体培地の上清を採取し、前記上清中のmiR-489-3pを測定する工程をさらに含み、前記miR-489-3pの測定値が、中胚葉細胞への分化の指標となる請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記miR-489-3pの測定値が第3の閾値以上であるとき、前記多能性幹細胞が中胚葉細胞に分化したことが示唆される請求項8に記載の方法。
【請求項10】
液体培地中で多能性幹細胞を中胚葉細胞へ分化誘導する第1の誘導処理と、前記中胚葉細胞を心筋細胞へ分化誘導する第2の誘導処理とを含む分化誘導工程と、
前記第2の誘導処理により分化誘導された細胞を含む液体培地の上清を採取する工程と、
前記上清中のmiR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを測定する工程と、
前記miRNA-3pの測定値が閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないと判定する工程と
を含み、
前記miRNA-3pが、miR-1-3p及びmiR-133a-3pから選択される少なくとも1である、
細胞の分化状態を判定する方法。
【請求項11】
前記miRNA-3pが、前記miR-1-3pであり、前記閾値が、第1の閾値であり、
前記判定工程において、前記miR-1-3pの測定値が前記第1の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないと判定する請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記miRNA-3pが、前記miR-133a-3pであり、前記閾値が、第2の閾値であり、
前記判定工程において、前記miR-133a-3pの測定値が前記第2の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないと判定する請求項10に記載の方法。
【請求項13】
前記miRNA-3pが、前記miR-1-3p及び前記miR-133a-3pであり、前記閾値が、第1の閾値及び第2の閾値であり、
前記判定工程において、前記miR-1-3pの測定値が前記第1の閾値未満であり、且つ前記miR-133a-3pの測定値が前記第2の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないと判定する請求項10に記載の方法。
【請求項14】
前記miRNA-3pが、前記miR-1-3p及び前記miR-133a-3pであり、前記閾値が、第1の閾値及び第2の閾値であり、
前記判定工程において、前記miR-1-3pの測定値が前記第1の閾値未満であるか、前記miR-133a-3pの測定値が前記第2の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないと判定する請求項10に記載の方法。
【請求項15】
前記第1の誘導処理が、BMPシグナル伝達系を促進する物質及びWntシグナル伝達系を促進する物質の少なくとも1つを含む液体培地を用いた誘導処理を含む請求項10に記載の方法。
【請求項16】
前記第2の誘導処理が、Wntシグナル伝達系を阻害する物質を含む液体培地を用いることを含む請求項10に記載の方法。
【請求項17】
前記第1の誘導処理により分化誘導され、且つ前記第2の誘導処理をされる前の細胞を含む液体培地の上清を採取し、前記上清中のmiR-489-3pを測定する工程と、
前記miR-489-3pの測定値が第3の閾値以上であるとき、前記多能性幹細胞が中胚葉細胞に分化したと判定する工程と
をさらに含む請求項10に記載の方法。
【請求項18】
前記第1の誘導処理により分化誘導され、且つ前記第2の誘導処理をされる前の細胞を含む液体培地の上清を採取し、前記上清中のmiR-489-3pを測定する工程と、
前記miR-489-3pの測定値が第3の閾値未満であるとき、前記多能性幹細胞の中胚葉細胞への分化が不十分であると判定する工程と
をさらに含む請求項10に記載の方法。
【請求項19】
(1) 中胚葉細胞を心筋細胞へ分化誘導する誘導処理により、液体培地中で中胚葉細胞を心筋細胞へ分化誘導する工程と;
(2) 前記工程(1)で誘導処理された細胞を含む液体培地の上清を採取する工程と;
(3) 前記工程(2)で採取された上清中のmiR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを測定する工程と;
(4) 前記miRNA-3pの測定値が閾値以上であるとき、前記工程(1)で分化誘導された細胞を培養して心筋細胞を取得する工程と
を含み、前記miRNA-3pが、miR-1-3p及びmiR-133a-3pから選択される少なくとも1である、
心筋細胞の生産方法。
【請求項20】
前記工程(4)において、前記miRNA-3pの測定値が閾値未満であるとき、前記工程(1)で分化誘導された細胞の培養が中止される、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
(i) 多能性幹細胞を中胚葉細胞へ分化誘導する誘導処理により、液体培地中で多能性幹細胞を中胚葉細胞へ分化誘導する工程と、
(ii) 前記工程(i)で誘導処理された細胞を含む液体培地の上清を採取する工程と、
(iii) 前記工程(ii)で採取された上清中のmiR-489-3pを測定する工程と
を行い、前記miR-489-3pの測定値が第3の閾値以上であるとき、前記工程(ii)の細胞を前記工程(1)の中胚葉細胞として用いる、請求項19に記載の生産方法。
【請求項22】
前記miR-489-3pの測定値が閾値未満であるとき、前記工程(ii)の細胞の培養が中止される、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブを含む、請求項1~7、10~16、19及び20のいずれか1項に記載の方法に用いられる試薬キット。
【請求項24】
miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブと、
miR-489-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブと
を含む、請求項8、9、17、18、21及び22のいずれか1項に記載の方法に用いられる試薬キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の分化状態を評価する方法に関する。本発明は、細胞の分化状態を判定する方法に関する。本発明は、心筋細胞の生産方法に関する。本発明は、これらの方法に用いるための試薬キットを提供する。
【背景技術】
【0002】
近年、心臓移植の代替治療として、多能性幹細胞を分化誘導して得た心筋細胞を用いる再生医療が注目されている。しかし、分化誘導によって心筋細胞を常に高い効率で大量に取得することは難しい。例えば、使用する多能性幹細胞の品質の違いなどの影響により、心筋細胞への分化効率にばらつきが生じる。分化誘導により得られた心筋細胞を患者に適用するためには、細胞の分化状態を評価する必要がある。多能性幹細胞から心筋細胞への分化状態の評価には、従来、心筋細胞のマーカーである心筋トロポニンT(cTnT)が用いられていた。この評価方法では、まず、分化誘導後の細胞を一部採取し、蛍光標識抗cTnT抗体で免疫染色する。そして、cTnTを発現した細胞をフローサイトメトリ法により検出し、分化誘導後の細胞のうち、cTnTを発現した細胞の割合(cTnT陽性率)を算出する。従来、このcTnT陽性率に基づいて、心筋細胞への分化状態が評価されていた。しかし、蛍光標識された細胞は生体への移植に使用不可となるため、この評価方法は破壊検査ということができる。多能性幹細胞及びそれから調製される細胞は貴重であるので、品質評価のために一部を消費することは好ましくない。一方、非破壊検査の例として、非特許文献1には、ヒト胚性幹細胞から心筋細胞への分化誘導の過程で培養上清中のmiRNA量を測定することにより、当該細胞の分化状態を評価したことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Zhang Y.ら, A non-invasive method to determine the pluripotent status of stem cells by culture medium microRNA expression detection (2016) Scientific Reports, vol.6:22380
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1では、ヒト胚性幹細胞から心筋細胞への分化状態の評価のために、マウスにのみ発現することが知られたmiRNAや発現量が少ないことが知られたmiRNAも測定している。そのため、分化状態の評価の精度に懸念がある。本発明は、細胞の分化状態をより高い精度で評価することを可能にする手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、分化誘導された細胞を含む液体培地の上清中のmiR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを測定することにより、細胞の分化状態を評価できることを見出して、本発明を完成した。よって、下記の[1]~[24]の発明が提供される。
【0006】
[1]多能性幹細胞を中胚葉細胞へ分化誘導する第1の誘導処理と、前記中胚葉細胞を心筋細胞へ分化誘導する第2の誘導処理とにより、液体培地中で多能性幹細胞を心筋細胞へ分化誘導する工程と、前記第2の誘導処理により分化誘導された細胞を含む液体培地の上清を採取する工程と、前記上清中のmiR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを測定する工程とを含み、前記miRNA-3pが、miR-1-3p及びmiR-133a-3pからなる群より選択される少なくとも1であり、前記miRNA-3pの測定値が、心筋細胞への分化の指標となる、細胞の分化状態を評価する方法。
【0007】
[2]前記miRNA-3pが、前記miR-1-3pであり、前記miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないことが示唆される、[1]に記載の方法。
【0008】
[3]前記miRNA-3pが、前記miR-133a-3pであり、前記miR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないことが示唆される、[1]に記載の方法。
【0009】
[4]前記miRNA-3pが、前記miR-1-3p及び前記miR-133a-3pであり、前記miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であり、且つ前記miR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないことが示唆される、[1]に記載の方法。
【0010】
[5]前記miRNA-3pが、前記miR-1-3p及び前記miR-133a-3pであり、前記miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であるか、又は前記miR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないことが示唆される、[1]に記載の方法。
【0011】
[6]前記第1の誘導処理が、BMPシグナル伝達系を促進する物質及びWntシグナル伝達系を促進する物質の少なくとも1つを含む液体培地を用いることを含む、[1]~[5]のいずれか1に記載の方法。
【0012】
[7]前記第2の誘導処理が、Wntシグナル伝達系を阻害する物質を含む液体培地を用いることを含む、[1]~[6]のいずれか1に記載の方法。
【0013】
[8]前記第1の誘導処理により分化誘導され、且つ前記第2の誘導処理をされる前の細胞を含む液体培地の上清を採取し、前記上清中のmiR-489-3pを測定する工程をさらに含み、前記miR-489-3pの測定値が、中胚葉細胞への分化の指標となる、[1]~[7]のいずれか1に記載の方法。
【0014】
[9]前記miR-489-3pの測定値が第3の閾値以上であるとき、前記多能性幹細胞が中胚葉細胞に分化したことが示唆される、[8]に記載の方法。
【0015】
[10]液体培地中で多能性幹細胞を中胚葉細胞へ分化誘導する第1の誘導処理と、前記中胚葉細胞を心筋細胞へ分化誘導する第2の誘導処理とを含む分化誘導工程と、前記第2の誘導処理により分化誘導された細胞を含む液体培地の上清を採取する工程と、前記上清中のmiR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを測定する工程と、前記miRNA-3pの測定値が前記閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないと判定する工程とを含み、前記miRNA-3pが、miR-1-3p及びmiR-133a-3pから選択される少なくとも1である、細胞の分化状態を判定する方法。
【0016】
[11]前記miRNA-3pが、前記miR-1-3pであり、前記閾値が、第1の閾値であり、前記判定工程において、前記miR-1-3pの測定値が前記第1の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないと判定する、[10]に記載の方法。
【0017】
[12]前記miRNA-3pが、前記miR-133a-3pであり、前記閾値が、第2の閾値であり、前記判定工程において、前記miR-133a-3pの測定値が前記第2の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないと判定する、[10]に記載の方法。
【0018】
[13]前記miRNA-3pが、前記miR-1-3p及び前記miR-133a-3pであり、前記閾値が、第1の閾値及び第2の閾値であり、前記判定工程において、前記miR-1-3pの測定値が前記第1の閾値未満であり、且つ前記miR-133a-3pの測定値が前記第2の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないと判定する、[10]に記載の方法。
【0019】
[14]前記miRNA-3pが、前記miR-1-3p及び前記miR-133a-3pであり、前記閾値が、第1の閾値及び第2の閾値であり、前記判定工程において、前記miR-1-3pの測定値が前記第1の閾値未満であるか、前記miR-133a-3pの測定値が前記第2の閾値未満であるとき、前記分化誘導された細胞が移植に適さないと判定する、[10]に記載の方法。
【0020】
[15]前記第1の誘導処理が、BMPシグナル伝達系を促進する物質及びWntシグナル伝達系を促進する物質の少なくとも1つを含む液体培地を用いた誘導処理を含む、[10]~[14]のいずれか1に記載の方法。
【0021】
[16]前記第2の誘導処理が、Wntシグナル伝達系を阻害する物質を含む液体培地を用いることを含む、[10]~[15]のいずれか1に記載の方法。
【0022】
[17]前記第1の誘導処理により分化誘導され、且つ前記第2の誘導処理をされる前の細胞を含む液体培地の上清を採取し、前記上清中のmiR-489-3pを測定する工程と、前記miR-489-3pの測定値が前記第3の閾値以上であるとき、前記多能性幹細胞が中胚葉細胞に分化したと判定する工程とをさらに含む、[10]~[16]のいずれか1に記載の方法。
【0023】
[18]前記第1の誘導処理により分化誘導され、且つ前記第2の誘導処理をされる前の細胞を含む液体培地の上清を採取し、前記上清中のmiR-489-3pを測定する工程と、前記miR-489-3pの測定値が第3の閾値未満であるとき、前記多能性幹細胞の中胚葉細胞への分化が不十分であると判定する工程とをさらに含む、[10]~[17]のいずれか1に記載の方法。
【0024】
[19](1) 中胚葉細胞を心筋細胞へ分化誘導する誘導処理により、液体培地中で中胚葉細胞を心筋細胞へ分化誘導する工程と;(2) 前記工程(1)で誘導処理された細胞を含む液体培地の上清を採取する工程と;(3) 前記工程(2)で採取された上清中のmiR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを測定する工程と;(4) miRNA-3pの測定値が前記閾値以上であるとき、前記工程(1)で分化誘導された細胞を培養して心筋細胞を取得する工程とを含み、前記miRNA-3pが、miR-1-3p及びmiR-133a-3pから選択される少なくとも1である、心筋細胞の生産方法。
【0025】
[20]前記工程(4)において、前記miRNA-3pの測定値が閾値未満であるとき、前記工程(1)で分化誘導された細胞の培養が中止される、[19]に記載の方法。
【0026】
[21](i) 多能性幹細胞を中胚葉細胞へ分化誘導する誘導処理により、液体培地中で多能性幹細胞を中胚葉細胞へ分化誘導する工程と、(ii) 前記工程(i)で誘導処理された細胞を含む液体培地の上清を採取する工程と、(iii) 前記工程(ii)で採取された上清中のmiR-489-3pを測定する工程とを実行し、前記miR-489-3pの測定値が第3の閾値以上であるとき、前記工程(ii)の細胞を前記工程(1)の中胚葉細胞として用いる、[19]又は[20]に記載の生産方法。
【0027】
[22]前記miR-489-3pの測定値が閾値未満であるとき、前記工程(ii)の細胞の培養が中止される、[21]に記載の方法。
【0028】
[23]miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブを含む、[1]~[7]、[10]~[16]、[19]及び[20]のいずれか1に記載の方法に用いられる試薬キット。
【0029】
[24]miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブと、miR-489-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブとを含む、請求項[8]、[9]、[17]、[18]、[21]及び[22]のいずれか1に記載の方法に用いられる試薬キット。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、精度よく細胞の分化状態を評価することを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】分化誘導の日程と上清の取得時期の一例を示す図である。
【
図4】実施例1における分化誘導の日程と上清の取得時期を示す図である。
【
図5A】201B7クローンのiPS細胞の分化誘導過程で得た上清中のmiR-489-3pのコピー数を示すグラフである。グループHは、第1及び第2の誘導処理を行った細胞であり、グループLは、第2の誘導処理のみを行った細胞である。
【
図5B】253G4クローンのiPS細胞の分化誘導過程で得た上清中のmiR-489-3pのコピー数を示すグラフである。
【
図6】グループH及びLについて、抗ブラキウリ(brachyury)T抗体及び蛍光標識二次抗体を用いて免疫蛍光染色した細胞の画像の一例である。
【
図7】グループH及びLのブラキウリT陽性細胞の比率を示すグラフである。
【
図8】グループH及びLについて、蛍光シグナル強度(図中、「cTnT」と表記)とカウント(細胞数)を二軸とするグラフである。
【
図9】(A)は、上清中のmiR-1-3pの相対発現量を示すボックスプロットである。(B)は、上清中のmiR-1-5pの相対発現量を示すボックスプロットである。合格品とは、10日目(
図4のd10)において、cTnT陽性率が70%以上であったロットの細胞である。「不合格品」とは、10日目において、cTnT陽性率が70%未満であったロットの細胞である。
【
図10】
図9の(A)の相対発現量をコピー数に変換したボックスプロットである。
【
図11】(A)は、上清中のmiR-133a-3pの相対発現量を示すボックスプロットである。(B)は、上清中のmiR-133a-5pの相対発現量を示すボックスプロットである。
【
図12】
図11の(A)の相対発現量をコピー数に変換したボックスプロットである。
【
図13】(A)は、上清中のmiR-23b-3pの相対発現量を示すボックスプロットである。(B)は、上清中のmiR-23b-5pの相対発現量を示すボックスプロットである。
【
図14】
図13の(A)のボックスプロットを、縦軸の最大値を80に変更して作成し直したボックスプロットである。
【
図15】(A)は、上清中のmiR-26b-3pの相対発現量を示すボックスプロットである。(B)は、上清中のmiR-26b-5pの相対発現量を示すボックスプロットである。
【
図16】
図15のボックスプロットを、縦軸の最大値を80に変更して作成し直したボックスプロットである。
【
図17】(A)は、上清中のmiR-125b-3pの相対発現量を示すボックスプロットである。(B)は、上清中のmiR-1254b-5pの相対発現量を示すボックスプロットである。
【
図18】(A)は、上清中のmiR-145-3pの相対発現量を示すボックスプロットである。(B)は、上清中のmiR-145-5pの相対発現量を示すボックスプロットである。
【
図19】(A)は、上清中のmiR-499a-3pの相対発現量を示すボックスプロットである。(B)は、上清中のmiR-499a-5pの相対発現量を示すボックスプロットである。
【
図20】(A)は、上清中のmiR-503-3pの相対発現量を示すボックスプロットである。(B)は、上清中のmiR-503-5pの相対発現量を示すボックスプロットである。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本実施形態の細胞の分化状態を評価する方法(以下、「本実施形態の評価方法」ともいう)では、まず、多能性幹細胞を中胚葉細胞へ分化誘導する第1の誘導処理と、中胚葉細胞を心筋細胞へ分化誘導する第2の誘導処理とにより、液体培地中で多能性幹細胞を心筋細胞へ分化誘導する。
【0033】
多能性幹細胞(PSC)は、外胚葉、内胚葉及び中胚葉に由来する細胞に分化する能力(多分化能;pluripotency)を有し、且つ増殖能を有する幹細胞である。PSCとしては、例えば人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植ES細胞(ntES細胞)、胚性生殖幹細胞(EG細胞)などが挙げられる。iPS細胞は、Oct3/4、Klf4、c-Myc、Sox2などの所定のリプログラミング因子(DNA又はタンパク質)を体細胞に導入することによって作製され、多分化能及び増殖能を有する幹細胞である。ES細胞は、哺乳動物の胚盤胞の内部細胞塊に由来する幹細胞であり、多分化能及び増殖能を有する幹細胞である。ntES細胞は、未受精卵の核を体細胞の核と置換することによって得られたクローン胚に由来する胚盤胞内部細胞塊から樹立されたES細胞である。ntES細胞は、ES細胞とほぼ同じ性質を有する。EG細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様の多能性を持つ細胞である。EG細胞は、LIF、塩基性FGF(bFGF)、幹細胞因子などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立され得る。これらのうち、iPS細胞が好ましい。
【0034】
PSCの由来は特に限定されない。例えばヒト、サル、イヌ、ネコ、ウマ、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシなどの哺乳動物由来であることが好ましい。再生医療研究及び臨床適用の観点から、PSCとしてはヒトPSC(hPSC)が好ましい。
【0035】
液体培地自体は公知であり、例えばPSCの種類に応じて適宜選択できる。液体培地としては、例えばRPMI1640培地、StemFit(商標)のシリーズ(味の素株式会社)、MEMα培地、IMDM培地、Medium 199培地、EMEM培地、DMEM培地、Ham’s F12培地、Fischer's培地、MEF-CM、StemPro(商標)34(Invitrogen社)、Essential 8(商標)(Thermo Fisher Scientific社)、ReproNaive(商標)(株式会社リプロセル)、hPSC Growth Medium DXF(商標)(タカラバイオ株式会社)、及びこれらの混合培地などが挙げられる。
【0036】
液体培地は、PSCの増殖及び/又は維持に必要な成分を含んでいてもよい。そのような成分としては、例えば血清、アルブミン、トランスフェリン、B-27(商標)サプリメント(Invitorogen社)、代替血清(Knockout(商標) Serum Replacement)(KSR社)、N2サプリメント(Invitrogen社)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、2-メルカプトエタノール、チオールグリセロール、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(商標)(Invitorogen社)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などが挙げられる。
【0037】
図1を参照して、本実施形態の評価方法における細胞培養及び分化誘導の日程と上清を取得する時期について説明する。しかし、本発明は
図1の例に限定されない。
図1の例では、第1の誘導処理を行った日を「0日目」と定める。
図1では、0日目を「Day0」と表記する。
図1には、0日目を基準として、第1の誘導処理の前後に行われる操作が何日目に行われるかが示される。図中、灰色で示された期間(Day0からDay7まで)は、本実施形態の評価方法が実施される期間の一例である。
【0038】
本実施形態の評価方法に用いられるPSCは、第1の誘導処理を行う前に、あらかじめ液体培地で維持培養されていることが好ましい。維持培養は、多分化能を維持した状態で、分化誘導に適した細胞数に増殖するまでPSCを培養することをいう。維持培養の期間は特に限定されないが、例えば1日以上7日以下である。
図1の例では、維持培養の期間は、0日目の4日前(Day-4)から0日目までの4日間である。
【0039】
維持培養に用いられる液体培地は、PSCの生存及び/又は未分化の維持に必要な成分を含むことが好ましい。そのような成分としては、例えばROCK阻害剤(例えばY-27632)、白血病阻害因子(LIF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、幹細胞因子、MEK阻害剤(例えばPD184352)などが挙げられる。PSCがiPS細胞である場合、維持培養の初日に、ROCK阻害剤を含む液体培地を用いることが好ましい。ROCK阻害剤の添加により、iPS細胞を液体培地中に懸濁及び播種したときの細胞死を低減する効果が得られる。ROCK阻害剤を含む液体培地でPSCの維持培養を開始した日から少なくとも1日から4日が経過した時点で、液体培地を、ROCK阻害剤を含まない液体培地に交換することが好ましい。
【0040】
第1の誘導処理は、液体培地中のPSCに対して、PSCから中胚葉細胞への分化誘導を促進する物質を添加することにより行われる。そのような物質自体は公知である。例えば、第1の誘導処理では、骨形成タンパク質(BMP)シグナル伝達系を促進する物質及びWntシグナル伝達系を促進する物質の少なくとも1つを含む液体培地を用いる。具体的には、細胞(この場合はPSC)を含む液体培地を、これらの物質の少なくとも1つを含む液体培地に交換する。あるいは、細胞を含む液体培地に、これらの物質の少なくとも1つを添加してもよい。液体培地中でこれらの物質がPSCの受容体に結合及び/又はPSCに取り込まれることにより、PSCは中胚葉細胞へ分化誘導される。
【0041】
本明細書において「細胞を含む液体培地」とは、培養容器内で細胞と接触した状態又は細胞を浸漬した状態にある液体培地をいう。細胞を含む液体培地において、細胞は、液体培地中に浮遊していてもよいし、液体培地中で培養容器の底部に沈降又は付着していてもよい。
【0042】
BMPシグナル伝達系を促進する物質は特に限定されないが、例えばBMP4、BMP2、アクチビンなどが挙げられる。Wntシグナル伝達系を促進する物質は特に限定されないが、例えばWntシグナルアゴニスト、アクチビンA、BMP-4、bFGFなどが挙げられる。Wntシグナルアゴニストとしては、グリコーゲンシンターゼキナーゼ(GSK)-3阻害剤等が挙げられる。GSK-3阻害剤自体は公知であり、例えばCHIR99021、TWS119、SB2167363、SB415286、CHIR-98014などが挙げられる。
【0043】
第1の誘導処理を開始する時期は、特に限定されない。PSCが、多分化能を維持した状態で、分化誘導に適した細胞数にまで増殖していれば、第1の誘導処理を行ってよい。
図1の例では、維持培養の開始から3又は4日後に第1の誘導処理を行っている。第1の誘導処理の期間は特に限定されないが、例えば12時間以上6日以下であり、好ましくは1日以上6日以下である。
図1の例では、第1の誘導処理は1日目(Day1)まで行っている。第1の誘導処理の終了は、細胞を含む液体培地を、BMPシグナル伝達系を促進する物質及びWntシグナル伝達系を促進する物質を含まない液体培地に交換することにより行うことができる。なお、培地交換により第1の誘導処理自体は終了するが、培地交換後もPSCは中胚葉細胞へ分化される。第1の誘導処理の期間を日数で定める場合、第1の誘導処理を終了する時刻は、第1の誘導処理を開始した時刻±1時間であることが好ましい。
【0044】
第2の誘導処理は、第1の誘導処理の後、液体培地中の細胞に対して、中胚葉細胞から心筋細胞への分化誘導を促進する物質を添加することにより行われる。そのような物質自体は公知である。例えば、第2の誘導処理では、Wntシグナル伝達系を阻害する物質を含む液体培地を用いる。具体的には、細胞を含む液体培地を、この物質を含む液体培地に交換する。あるいは、細胞を含む液体培地にこの物質を添加してもよい。液体培地中で、Wntシグナル伝達系を阻害する物質が細胞に取り込まれることにより、当該細胞は心筋細胞へ分化誘導される。
【0045】
Wntシグナル伝達系を阻害する物質は特に限定されないが、例えば、β-カテニンの分解を促進する物質が挙げられる。そのような物質自体は公知であり、例えばIWR-1、IWP-2、IWP-3、IWP-4、PNU-74654、XAV939、KY02111などが挙げられる。
【0046】
第2の誘導処理を開始する時期は、適宜決定できる。PSCが中胚葉細胞に分化するのに十分な期間が経過していれば、第2の誘導処理を行ってよい。好ましくは、第2の誘導処理は、第1の誘導処理をした日から2日以上7日以下が経過した時点で行われる。
図1の例では、3日目(Day3)、すなわち第1の誘導処理をした日から3日後に第2の誘導処理を行っている。第2の誘導処理の期間は特に限定されないが、例えば12時間以上5日以下である。
図1の例では、第2の誘導処理は、3日目(Day3)から5日目(Day5)まで行っている。第2の誘導処理の終了は、液体培地を、Wntシグナル伝達系を阻害する物質を含まない液体培地に交換することにより行うことができる。なお、培地交換により第2の誘導処理自体は終了するが、培地交換後も中胚葉細胞は心筋細胞へ分化誘導される。第2の誘導処理の期間を日数で定める場合、第2の誘導処理を終了する時刻は、第2の誘導処理を開始した時刻±1時間であることが好ましい。
【0047】
維持培養及び分化誘導の期間における細胞の培養方法は、PSCの種類に応じて公知の培養方法から適宜選択できる。細胞の培養には通常、浮遊培養、接着培養又はこれらが併用される。浮遊培養とは、培養容器に対して非接着性の条件下で行う培養をいう。浮遊培養では、必ずしも細胞が液体培地中に分散している必要はなく、細胞が培養容器の底部に沈降していてもよい。浮遊培養に用いられる培養容器は特に限定されず、例えばフラスコ、ディッシュ、プレート、チャンバー、チューブなどが挙げられる。浮遊培養で使用される培養容器は、細胞非接着性であることが好ましい。培養容器は、疎水性の材質であるか、表面に細胞の接着を防止するためのコーティング剤(例えば、ポリヒドロキシエチルメタクリレート共重合体など)で被覆されていることが好ましい。
【0048】
接着培養とは、細胞を支持体に接着して行う培養をいう。支持体としては培養容器が用いられる。接着培養に用いられる培養容器は特に限定されない。接着培養には、浮遊培養に用いられる培養容器を使用できるが、培養容器の表面又は内部は、細胞を接着させるコーティング剤(細胞培養基質、接着基質などとも呼ばれる)で被覆されていることが好ましい。コーティング剤としては、例えばゼラチン、ラミニン、コラーゲン、ポリ-D-リジン、ポリオルニチン、フィブロネクチン、ビトロネクチンなどが挙げられる。支持体として、公知のスキャフォールドを用いることもできる。これを用いることにより、PSCがスキャフォールド上で増殖し、三次元培養を行うことができる。このようなスキャフォールドとしては、市販品を用いることができ、例えば、Matrigel(商標)(コーニング社)、QGel(商標)MT 3D Matrix(Qgel SA社)、3-D Life Biomimetic(Cellendes社)、Puramatrix(3D MATRIX社)、alvetex(reinnavate社)などが挙げられる。
【0049】
必要に応じて、PSCは、フィーダー細胞と共に培養してもよい。フィーダー細胞の種類は特に限定されず、公知のフィーダー細胞から適宜選択できる。例えば、マウス胚性線維芽細胞(MEF)、マウス胚性線維芽細胞株(STO)、SL10細胞、SNL細胞などが挙げられる。
【0050】
PSCの培養条件は、PSCの種類に応じて適宜調整できる。例えば、iPS細胞はマルチガスインキュベーター内で、約30℃以上40℃以下、好ましくは37℃の温度で、1%以上10%以下、好ましくは5%のCO2濃度及びO2濃度で培養できる。心筋細胞への分化後は、細胞は、CO2インキュベーター内で、約30℃以上40℃以下、好ましくは37℃の温度で、1%以上10%以下、好ましくは5%のCO2濃度で培養できる。
【0051】
本実施形態の評価方法では、第2の誘導処理により分化誘導された細胞を含む液体培地の上清を採取する。上清とは、細胞を含む液体培地の溶液部分の全部又は一部であって、実質的に細胞を含まない。細胞を含む液体培地から上清を採取する方法は、特に限定されない。浮遊培養の場合、細胞を含む液体培地を遠心することにより、遠心後の上清を取得できる。接着培養の場合、細胞は培養容器の底部に接着しているので、培養容器内の上清をピペットなどで吸引することで上清を取得できる。採取した上清は、後述のmiRNA測定の試料として用いられる。
【0052】
本実施形態の評価方法では、細胞から分泌された上清中のmiRNAを測定対象とする。採取した上清に細胞が混入している場合、細胞中のmiRNAが測定されることを避けるため、上清から細胞を除去することが好ましい。上清からの細胞の除去は、フィルター濾過及び/又は遠心分離により行うことができる。
【0053】
図1に示されるように、心筋細胞への分化誘導の操作が完了するまでには、通常、第1の誘導処理をした日から15日~17日を要することが知られている。本明細書において「心筋細胞への分化誘導の操作」は、第1及び第2の誘導処理を行うこと、及び、液体培地中の細胞が心筋細胞へ最終分化するのに十分な期間、当該細胞を培養することを含む。従来、心筋細胞への分化誘導の操作が完了した後に、細胞のcTnT陽性率を確認していた。しかし、本実施形態の評価方法は、心筋細胞への分化誘導の操作が完了する前に、分化誘導の完了後の細胞の分化状態を評価できる。例えば、
図1の例では、Day7の時点で採取した上清中のmiRNAの測定値により、細胞の分化状態を評価できる。本明細書において「第2の誘導処理により分化誘導された細胞」は、第2の誘導処理により分化誘導された後で、且つ心筋細胞への分化誘導の操作が完了する前の細胞をいう。
【0054】
上述のとおり、本実施形態の評価方法は、心筋細胞への分化誘導の操作が完了する前に採取した上清中のmiRNAの測定値により、細胞の分化状態を評価できる。よって、上清の採取時期は、心筋細胞への分化誘導の操作が完了する前であり得る。一方、第2の誘導処理を行った日から時間がそれほど経過していないときに上清を採取しても、miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pは上清中に十分に分泌されていないと考えられる。また、第2の誘導処理は培地交換により終了する。培地交換してから時間がそれほど経過していない場合も、上記のmiRNA-3pは上清中に十分に含まれていないと考えられる。これらのことから、上清の採取時期は、例えば、第2の誘導処理を行った日から3日以上4日以下が経過し、且つ第2の誘導処理を終了する前の時点であり得る。第2の誘導処理を終了する前の時点は、例えば、第2の誘導処理を終了する1日前の時点、又は、培地交換のために古い液体培地を除去する時点が挙げられる。あるいは、上清の採取時期は、第2の誘導処理を終了した日から2日以上3日以下が経過した時点であり得る。
【0055】
上清を採取する時期は、例えば、第2の誘導処理の期間の長さに応じて決定してもよい。第2の誘導処理の期間が12時間以上24時間未満である場合、上清の採取時期は、例えば、第2の誘導処理を終了した日から3日以上4日以下が経過した時点であり得る。第2の誘導処理の期間が1日又は2日である場合、上清の採取時期は、例えば、第2の誘導処理を終了した日から2日以上3日以下が経過した時点であり得る。第2の誘導処理の期間が3日以上である場合、上清の採取時期は、例えば、第2の誘導処理を行った日から3日以上4日以下が経過し、且つ第2の誘導処理を終了する前の時点であり得る。
図1の例では、第2の誘導処理の期間は2日間であるところ、7日目(Day7)、すなわち第2の誘導処理を終了した日から2日後に上清を採取している。
【0056】
miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pの測定の陰性対照として、第2の誘導処理が行われる前の上清(以下、「第2の対照試料」とも呼ぶ)を採取してもよい。第2の対照試料は、第2の誘導処理が行われる前であれば、いつの時点で採取した上清であってもよい。そのような時点で採取された上清には、miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pはほとんど含まれていない。対照試料は、当該miRNA-3pの測定のバックグラウンド値を得るための試料ともいえる。好ましくは、第2の対照試料は、第2の誘導処理を行うための培地交換のときに除去される液体培地である。
図1の例では、第2の対照試料は、3日目(Day3)の培地交換前の細胞を含む液体培地である。当該液体培地を除去する前に、その一部又は全部を回収することで第2の対照試料を得ることができる。
【0057】
本実施形態の評価方法では、上清中のmiR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを測定する。miRNA-3pとは、miRNAの前駆体であるpre-miRNAの3'末端側から発現する成熟miRNAである。なお、pre-miRNAの5'末端側から発現する成熟miRNAは、miRNA-5pと呼ばれる。ヒトのmiR-1-3p及びmiR-133a-3pをコードする遺伝子群は18番染色体及び20番染色体に存在し、miR-1/133aクラスターを形成している。miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pとは、miR-1-3p及びmiR-133a-3pである。本明細書において「miR-1/133aクラスターのmiRNA-3p」とは、miR-1-3p及びmiR-133a-3pから選択される少なくとも1をいう。すなわち、miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを測定することは、miR-1-3p及び/又はmiR-133a-3pを測定することをいう。
【0058】
ヒトmiR-1-3p及びヒトmiR-133a-3p自体は公知であり、これらのmiRNAのヌクレオチド配列をそれぞれ配列番号1及び2に示す。また、これらのmiRNAをコードする遺伝子は、それぞれGenBankデータベースにおいて表1のとおり公開されている。
【0059】
【0060】
miRNAの測定方法は特に限定されず、公知の方法を用いることができる。例えば、オリゴヌクレオチドプローブのハイブリダイゼーションを利用した測定法、核酸増幅法を利用した測定法、質量分析法を利用した測定法、シークエンシングを利用した測定法などが挙げられる。プローブのハイブリダイゼーションを利用した測定法としては、例えば、マイクロアレイ法、ノーザンハイブリダイゼーション法、RNaseプロテクションアッセイなどが挙げられる。核酸増幅法を利用した測定法としては、例えば、定量RT-PCR法、定量RT-LAMP法などが挙げられる。定量RT-PCR法としては、例えば、SYBR(商標)Green法、TaqMan(商標)法などが挙げられる。増幅対象のmiRNAは短いので、核酸増幅を利用した方法においては通常、ステムループプライマーやpoly(A)付加法などが用いられる。TaqMan(商標) MicroRNA Assay(Thermo Fisher Scientific社)のような市販のmiRNA定量用試薬キットを用いてもよい。
【0061】
miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pの測定値は、心筋細胞への分化の指標となる。miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pの測定値とは、miR-1-3pの測定値及び/又はmiR-133a-3pの測定値である。以下、「miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pの測定値」を「miRNA-3pの測定値」とも呼ぶ。本明細書において「測定値」は、上清中のmiRNAの存在量を反映する値である。例えば、光学的測定値、光学的測定値が所定の基準値に達したときの反応サイクル数(Ct値)又は反応時間、検量線を用いて算出されるmiRNAの定量値などが挙げられる。「測定値」は、バックグラウンド値との差又は比であってもよい。光学的測定値としては、例えば蛍光強度、濁度、吸光度などが挙げられる。miRNAの定量値としては、例えばコピー数、質量、濃度などが挙げられる。所定の基準値は、miRNAの存在量又は濃度を示す値の種類によって適宜設定できる。例えば、定量RT-PCR法を用いる場合、所定のCt値を基準値として、核酸増幅反応が対数増幅を示すときの蛍光強度の変化量を設定できる。
【0062】
後述の実施例2に示されるように、心筋細胞への分化誘導の操作が完了する前に採取した上清中のmiRNA-3pの測定値は、当該操作の完了後(d10)のcTnT陽性率が70%未満であった細胞に比べて、cTnT陽性率が90%以上であった細胞において有意に高かった。よって、miRNA-3pの測定値に基づいて、第2の誘導処理により分化誘導された細胞について、分化誘導の操作が完了したときの分化状態に関する情報を取得できる。そのような情報としては、例えば、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が、分化誘導の操作の完了後、心筋細胞として移植に適用し得るかを示唆する情報であり得る。ここで、「移植に適用し得る」とは、移植可能と判断するための基準のうち少なくとも一つを満足し、他の基準をすべて満たせば生体への移植可能となる状態を意味する。当該方法により、「移植に適用し得る」ことが示唆されたとしても、他の基準により移植不可と判断されることもあり得る。PSCの分化誘導により作製した心筋細胞が移植に適用し得るかの指標の一つとして、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が、分化誘導の操作の完了後にどの程度、心筋細胞に分化するかの割合が挙げられる。よって、分化誘導の操作が完了したときの分化状態に関する情報は、例えば、第2の誘導処理により分化誘導された細胞の少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%又は少なくとも95%が心筋細胞に分化することの示唆であり得る。
【0063】
例えば、miRNA-3pの測定値として、miR-1-3pの測定値を取得している場合、miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適さないことが示唆され得る。また、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適用し得ることが示唆され得る。また、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞の少なくとも70%が心筋細胞に分化することが示唆され得る。第1の閾値は、miR-1-3pの測定値に対応する閾値である。あるいは、miRNA-3pの測定値として、miR-133a-3pの測定値を取得している場合、miR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適さないことが示唆され得る。また、miR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適用し得ることが示唆され得る。また、miR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞の少なくとも70%が心筋細胞に分化することが示唆され得る。第2の閾値は、miR-133a-3pの測定値に対応する閾値である。miR-1-3pの測定値又はmiR-133a-3pの測定値を用いた上記評価方法により、移植に不適格な細胞あるいは移植に適用し得る細胞を早期に特定することができ、培養の継続可否を早期に判断することができる。
【0064】
あるいは、miRNA-3pの測定値として、miR-1-3pの測定値及びmiR-133a-3pの測定値を取得している場合、miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であり、且つmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適さないことが示唆され得る。また、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であり、且つmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適用し得ることが示唆され得る。また、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であり、且つmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞の少なくとも70%が心筋細胞に分化することが示唆され得る。
【0065】
あるいは、miRNA-3pの測定値として、miR-1-3pの測定値及びmiR-133a-3pの測定値を取得している場合、miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であるか、又はmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適さないことが示唆され得る。また、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であるか、又はmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適用し得ることが示唆され得る。また、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であるか、又はmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞の少なくとも70%が心筋細胞に分化することが示唆され得る。
【0066】
第1の閾値及び第2の閾値は特に限定されず、適宜設定できる。例えば、次のようにして閾値を設定してもよい。第1及び第2の誘導処理を行って、PSCを心筋細胞へ分化誘導して、複数ロットの細胞を得る。心筋細胞への分化誘導の操作が完了する前に、各ロットの細胞を含む液体培地から上清を採取する。また、心筋細胞への分化誘導が完了した後、各ロットの細胞についてcTnT陽性率を確認する。そして、採取した上清を、cTnT陽性率が高かった(例えば70%以上)ロットの上清と、cTnT陽性率が低かった(例えば70%未満)ロットの上清とに分類する。それぞれの上清について、miRNA-3pの測定値を取得する。そして、取得した測定値からcTnT陽性率が高かったロットと、cTnT陽性率が低かったロットとを区別可能な値を求め、その値を閾値として設定する。閾値の設定には、感度、特異度、陽性的中率、陰性的中率などを考慮することが好ましい。
【0067】
上述のように、心筋細胞への分化誘導の操作が完了する前に採取した上清中のmiRNA-3pの測定値が、当該操作の完了後の細胞の分化状態を示唆する指標となる。よって、本実施形態の評価方法は、「細胞の分化状態を予測するための指標を得る方法」と言い換えることができる。
【0068】
本実施形態の評価方法により、心筋細胞への分化誘導の操作が完了する前に、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が良好に心筋細胞に分化するか否かを判別できる。第2の誘導処理により分化誘導された細胞について、移植に適用し得ることが示唆された場合あるいは少なくとも70%が心筋細胞に分化することが示唆された場合、当該細胞の培養を継続して、十分な量の心筋細胞を得ることができる。
図1を参照して、培養は例えば200日未満の間、継続してもよい。
【0069】
本発明は、miRNA-3pの測定値と閾値とを比較する工程と、その比較結果に基づいて、細胞の分化状態を判定する工程を含んでいてもよい。判定する工程では、第2の誘導処理により分化誘導された細胞について、心筋細胞への分化誘導の操作が完了したときの分化状態を判定する。当該操作が完了したときの分化状態は、例えば、移植に適用し得る分化状態及び移植に適さない分化状態のいずれかであり得る。あるいは、当該操作が完了したときの分化状態は、第2の誘導処理により分化誘導された細胞の少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%又は少なくとも95%が心筋細胞に分化することであり得る。
【0070】
例えば、miRNA-3pの測定値として、miR-1-3pの測定値を取得している場合、miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適さないと判定し得る。また、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適用し得ると判定し得る。また、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞の少なくとも70%が心筋細胞に分化すると判定し得る。あるいは、miRNA-3pの測定値として、miR-133a-3pの測定値を取得している場合、miR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適さないと判定し得る。また、miR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適用し得ると判定し得る。また、miR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞の少なくとも70%が心筋細胞に分化すると判定し得る。miR-1-3pの測定値又はmiR-133a-3pの測定値を用いた上記評価方法により、移植に不適格な細胞あるいは移植に適用し得る細胞を早期に特定することができ、培養の継続可否を早期に判断することができる。第1の閾値及び第2の閾値については、上述のとおりである。
【0071】
あるいは、miRNA-3pの測定値として、miR-1-3pの測定値及びmiR-133a-3pの測定値を取得している場合、miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であり、且つmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適さないと判定し得る。また、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であり、且つmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適用し得ると判定し得る。また、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であり、且つmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞の少なくとも70%が心筋細胞に分化すると判定し得る。
【0072】
あるいは、miRNA-3pの測定値として、miR-1-3pの測定値及びmiR-133a-3pの測定値を取得している場合、miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であるか、又はmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適さないと判定し得る。また、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であるか、又はmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞が移植に適用し得ると判定し得る。また、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であるか、又はmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、第2の誘導処理により分化誘導された細胞の少なくとも70%が心筋細胞に分化すると判定し得る。
【0073】
本発明は、第1の誘導処理により分化誘導され、且つ第2の誘導処理をされる前の細胞を含む液体培地の上清を採取し、この上清中のmiR-489-3pを測定する工程をさらに含んでもよい。ヒトmiR-489-3p自体は公知であり、このmiRNAのヌクレオチド配列を配列番号3に示す。また、ヒトmiR-489-3pをコードする遺伝子は、GenBankデータベースにおいて、アクセッション番号NR_030164で公開されている。miR-489-3pの測定値は、中胚葉細胞への分化の指標となる。上清の採取時期は、PSCが中胚葉細胞に分化するのに十分な期間が経過していれば、特に限定されない。一方、第1の誘導処理は培地交換により終了する。培地交換してから時間がそれほど経過していない場合、上記のmiR-489-3pは上清中に十分に含まれていないと考えられる。よって、上清の採取時期は、例えば、第1の誘導処理を終了した日から1日以上3日以下が経過し、且つ第2の誘導処理をする前の時点であり得る。
【0074】
上清を採取する時期は、例えば、第1の誘導処理の期間の長さに応じて決定してもよい。第1の誘導処理の期間が12時間以上24時間未満である場合、上清の採取時期は、例えば、第1の誘導処理を終了した日から2日以上3日以下が経過し、且つ第2の誘導処理をする前の時点であり得る。第1の誘導処理の期間が1日又は2日間である場合、上清の採取時期は、例えば、第1の誘導処理を終了した日から1日以上2日以下が経過し、且つ第2の誘導処理をする前の時点であり得る。
図1の例では、第1の誘導処理の期間は1日間であるところ、3日目(Day3)、すなわち第1の誘導処理を終了した日から2日後に上清を採取することが好ましい。
【0075】
miRNA測定の陰性対照として、第1の誘導処理が行われる前の上清(以下、「第1の対照試料」とも呼ぶ)を採取してもよい。第1の対照試料は、第1の誘導処理が行われる前であれば、いつの時点で採取した上清であってもよい。そのような時点で採取された上清には、miR-489-3pはほとんど含まれていない。第1の対照試料は、miR-489-3pの測定のバックグラウンド値を得るための試料ともいえる。好ましくは、第1の対照試料は、第1の誘導処理を行うための培地交換のときに除去される液体培地である。
図1の例では、対照試料は、0日目(Day0)の培地交換前の細胞を含む液体培地である。当該液体培地を除去する前に、その一部又は全部を回収することで第1の対照試料を得ることができる。
【0076】
後述の実施例1に示されるように、第1の誘導処理をしたiPS細胞を含む液体培地から、中胚葉細胞への分化誘導の操作が完了する前及び完了した後のそれぞれで上清を採取した。本明細書において「中胚葉細胞への分化誘導の操作」は、第1の誘導処理を行うこと、及び、液体培地中の細胞が中胚葉細胞へ分化するのに十分な期間、当該細胞を培養することを含む。当該操作が完了した後、細胞に対して、中胚葉マーカーであるブラキウリTの免疫蛍光染色を行った。その結果、分化誘導の完了前に採取した上清に比べて、分化誘導の完了後に採取した上清では、miR-489-3pの測定値が顕著に高かった。また、分化誘導の完了後の細胞では、ブラキウリTの陽性率が高く、ほとんどのiPS細胞が中胚葉細胞に分化していた。よって、miR-489-3pの測定値に基づいて、PSCについて、中胚葉細胞への分化状態に関する情報を取得できる。そのような情報としては、例えば、PSCが中胚葉細胞に分化したか否かの情報が挙げられる。例えば、miR-489-3pの測定値が第3の閾値以上であるとき、PSCが中胚葉細胞に分化したことが示唆され得る。第3の閾値は、miR-489-3pの測定値に対応する閾値である。
【0077】
本発明は、miR-489-3pの測定値と第3の閾値とを比較する工程と、その比較結果に基づいて、PSCが中胚葉細胞に分化したか否かを判定する工程を含んでいてもよい。例えば、miR-489-3pの測定値が第3の閾値以上であるとき、PSCは中胚葉細胞に分化したと判定し得る。「中胚葉細胞に分化した」とは、移植に適用し得る量の心筋細胞を取得するのに十分な量の中胚葉細胞が取得されたことを意味する。「中胚葉細胞に分化した」とは、すべてのPSCが中胚葉細胞に分化したことを意図していない。また、miR-489-3pの測定値が第3の閾値未満であるとき、PSCの中胚葉細胞への分化が不十分であると判定し得る。心筋細胞は、PSCから中胚葉細胞を経て分化するため、この段階でPSCから中胚葉細胞への分化が不十分である場合、分化誘導を継続しても最終的に移植に適用し得る心筋細胞が得られない可能性が高い。したがって、miR-489-3pの測定値が第3の閾値未満であるとき、移植に適用し得る心筋細胞が得られないと予測してもよい。PSCから中胚葉細胞への分化が不十分であると判定された場合又は移植に適用し得る心筋細胞が得られないと予測された場合、心筋細胞への分化誘導を中止することができる。
【0078】
第3の閾値は特に限定されず、適宜設定できる。例えば、次のようにして閾値を設定してもよい。PSCに第1の誘導処理をして、分化誘導した細胞を得る。また、第1の誘導処理をせずに培養したPSCを得る。中胚葉細胞への分化誘導の操作が完了したときに、各細胞を含む液体培地から上清を採取し、miR-489-3pの測定値を取得する。また、各細胞についてブラキウリT陽性率を確認する。取得した測定値から、第1の誘導処理を行った細胞と、第1の誘導処理をしなかった細胞とを区別可能な値を求め、その値を第3の閾値として設定する。閾値の設定には、感度、特異度、陽性的中率、陰性的中率などを考慮することが好ましい。
【0079】
本発明には、心筋細胞の生産方法(以下、「本実施形態の生産方法」ともいう)も含まれる。本実施形態の生産方法は、miRNA-3pの測定値に基づいて、分化誘導した細胞が高い分化効率で心筋細胞に分化することを判別して、心筋細胞を取得する。本実施形態の生産方法では、まず、中胚葉細胞を心筋細胞へ分化誘導する誘導処理により、液体培地中で中胚葉細胞を心筋細胞へ分化誘導する。この誘導処理は、上述の第2の誘導処理と同じである。中胚葉細胞は、特に限定されないが、PSCに第1の誘導処理をすることにより得られた細胞であることが好ましい。液体培地及び培養条件については上述のとおりである。
【0080】
次に、誘導処理された細胞を含む液体培地の上清を採取し、当該上清中のmiR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを測定する。上清を採取する時期及び方法については、第2の誘導処理により分化誘導された細胞を含む液体培地からの上清の採取と同じである。miRNAの測定方法については上述のとおりである。そして、miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pの測定値と閾値とを比較する。miRNA-3pの測定値が閾値以上であるとき、上記の誘導処理により分化誘導した細胞は、上述のように高い割合で心筋細胞に分化すると判定される。よって、当該細胞を培養することにより、心筋細胞を取得できる。心筋細胞へ分化誘導した細胞の培養に用いる液体培地及び培養条件は公知である。miRNA-3pの測定値が閾値未満であるとき、上記の誘導処理により分化誘導した細胞は、上述のように心筋細胞として移植に適さないと判定される。当該判定により当該細胞の培養を中止することができる。
【0081】
例えば、miRNA-3pの測定値として、miR-1-3pの測定値を取得している場合、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であるとき、誘導処理により分化誘導された細胞を培養して、心筋細胞を取得できる。miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であるとき、培養を中止することができる。あるいは、miRNA-3pの測定値として、miR-133a-3pの測定値を取得している場合、miR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、誘導処理により分化誘導された細胞を培養して、心筋細胞を取得できる。miR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、培養を中止することができる。第1の閾値及び第2の閾値については、上述のとおりである。
【0082】
あるいは、miRNA-3pの測定値として、miR-1-3pの測定値及びmiR-133a-3pの測定値を取得している場合、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であり、且つmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、誘導処理により分化誘導された細胞を培養して、心筋細胞を取得できる。miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であり、且つmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、培養を中止することができる。
【0083】
あるいは、miRNA-3pの測定値として、miR-1-3pの測定値及びmiR-133a-3pの測定値を取得している場合、miR-1-3pの測定値が第1の閾値以上であるか、又はmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値以上であるとき、誘導処理により分化誘導された細胞を培養して、心筋細胞を取得できる。miR-1-3pの測定値が第1の閾値未満であるか、又はmiR-133a-3pの測定値が第2の閾値未満であるとき、培養を中止することができる。
【0084】
本実施形態の生産方法に用いられる中胚葉細胞は、PSCから分化誘導され、miR-489-3pの測定値に基づいて、中胚葉細胞に分化したことを判別した細胞を用いることができる。具体的には、まず、PSCを中胚葉細胞へ分化誘導する誘導処理により、液体培地中でPSCを中胚葉細胞へ分化誘導する。この誘導処理は、上述の第1の誘導処理と同じである。PSC、液体培地及び培養条件については上述のとおりである。
【0085】
次に、誘導処理された細胞を含む液体培地の上清を採取し、当該上清中のmiR-489-3pを測定する。上清を採取する時期及び方法については、第1の誘導処理により分化誘導された細胞を含む液体培地からの上清の採取と同じである。miRNAの測定方法については上述のとおりである。そして、miR-489-3pの測定値と第3の閾値とを比較する。miR-489-3pの測定値が第3の閾値以上であるとき、上記の誘導処理により分化誘導した細胞は、中胚葉細胞に分化したと判定される。よって、当該細胞を、中胚葉細胞として、本実施形態の生産方法に用いることができる。miR-489-3pの測定値が第3の閾値未満であるとき、上記の誘導処理により分化誘導した細胞は、中胚葉細胞への分化が不十分であると判定され、あるいは移植に適用し得る心筋細胞が得られないと予測される。この場合、心筋細胞への分化誘導を中止することができる。
【0086】
本発明には、細胞の分化状態を評価方法、細胞の分化状態を判定する方法、又は心筋細胞の生産方法に用いられる試薬キット(以下、「試薬キット」ともいう)も含まれる。試薬キットは、miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブを含む。試薬キットは、miR-489-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブをさらに含んでもよい。各miRNAを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブは、プレートや粒子などの固相に結合されていてもよい。試薬キットは、緩衝液、dNTPs(dATP、dTTP、dGTP及びdCTP)、逆転写酵素、ポリメラーゼなどの他の試薬を含んでいてもよい。
【0087】
オリゴヌクレオチドプライマーは、各miRNAの逆転写反応のためのプライマー(以下、「RTプライマー」ともいう)であってもよいし、各miRNAから合成されたcDNAを増幅するためのフォワードプライマー及び/又はリバースプライマー(以下、「cDNA増幅用プライマー」ともいう)であってもよい。試薬キットは、RTプライマー及びcDNA増幅用プライマーの両方を含んでもよい。オリゴヌクレオチドプライマー用いてmiRNAを測定する場合、miRNAはヌクレオチド長が短いので、RTプライマー及び/又はcDNA増幅用プライマーとしてステムループプライマーを用いることができる。
【0088】
試薬キットの一例を
図2Aに示す。
図2Aにおいて、10は、試薬キットを示し、11は、miR-1-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブを収容した第1容器を示し、12は、梱包箱を示し、13は、添付文書を示す。添付文書には、プライマー及び/又はプローブのヌクレオチド配列、PCR条件などの使用方法、保存方法などが記載されてもよい。第1容器には、miR-133a-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブが収容されてもよい。
【0089】
試薬キットの別の例を
図2Bに示す。
図2Bにおいて、20は、試薬キットを示し、21は、miR-1-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブを収容した第1容器を示し、22は、miR-133a-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブを収容した第2容器を示し、23は、梱包箱を示し、24は、添付文書を示す。
【0090】
試薬キットの別の例を
図3に示す。
図3において、30は、試薬キットを示し、31は、miR-1-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブを収容した第1容器を示し、32は、miR-133a-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブを収容した第2容器を示し、33は、miR-489-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブを収容した第3容器を示し、34は、梱包箱を示し、35は、添付文書を示す。
【0091】
本発明には、細胞の分化状態を評価方法、細胞の分化状態を判定する方法、又は心筋細胞の生産方法に用いられる試薬キットを製造するための、miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブの使用を含む。また、本発明には、細胞の分化状態を評価方法、細胞の分化状態を判定する方法、又は心筋細胞の生産方法に用いられる試薬キットを製造するための、miR-1/133aクラスターのmiRNA-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブと、miR-489-3pを検出するためのオリゴヌクレオチドプライマー及び/又はオリゴヌクレオチドプローブとの使用を含む。
【0092】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0093】
実施例1:miR489-3pによる中胚葉分化の評価
多能性幹細胞(PSC)を分化誘導して心筋細胞を取得する過程において、miR489-3pが、第1の誘導処理によりPSCが中胚葉細胞に分化したことを示す指標になり得るかを検討した。
【0094】
(1) 細胞の分化誘導及び上清の採取
PSCとして、ヒトiPS細胞(253G4クローン及び201B7クローン)を京都大学iPS細胞研究所(CiRA)より入手した。実施例1では、2つのグループのiPS細胞を用意し、それぞれのグループに、心筋細胞への分化誘導の効率が異なる処理をした。一方のグループは、心筋細胞への分化誘導として一般的に行われる第1及び第2の誘導処理がされた細胞を含んでいた。以下、この細胞を「グループH」とも呼ぶ(誘導処理の詳細は後述)。他方のグループは第1の誘導処理がされず、第2の誘導処理のみがされた細胞を含んでいた。以下、この細胞を「グループL」とも呼ぶ。グループLは、グループHに対して人為的に分化効率を低下させたグループであった。
【0095】
図4を参照して、実施例1における、iPS細胞から心筋細胞へ分化誘導した手順について説明する。
図4は、細胞培養及び分化誘導の日程と上清の取得時期を示す。実施例1では、iPS細胞に第1の誘導処理を行う日を「0日目」と定めた。
図4では、0日目を「d0」と表記する。図中の「M1」~「M10」は、各期間で用いた各種の液体培地を示す。図中の黒色のバーは、各添加物を含む液体培地を用いた期間を示す。図中の矢印は、細胞を含む液体培地から上清を取得した時期を示す。
図4を参照して、0日目の4日前(d-4)から0日目(d0)までは、iPS細胞を維持培養する期間であった。0日目(d0)から7日目(d7)までは、iPS細胞を心筋細胞へ分化誘導する期間であった。7日目(d7)以降は、分化誘導した心筋細胞を維持培養する期間であった。心筋細胞へ分化した細胞の割合を確認するため、10日目(d10)及び17日目(d17)において、培養中の細胞から一部を採取して、後述のフローサイトメトリ法により、cTnT陽性細胞を検出した。各期間における操作の詳細は、以下のとおりであった。
【0096】
(1.1) 維持培養
各クローンのiPS細胞を、Matrigel(登録商標)(コーニング社)でコーティングしたプレート上で維持培養した。液体培地として、StemFit(登録商標)AS103C(味の素株式会社)を用いた。
図4を参照して、0日目の4日前(d-4)に、各クローンのiPS細胞(それぞれ1×10
5cells)を新たなプレートに継代した。液体培地(図中のM1)として、10μM Y-27632(富士フイルム和光純薬株式会社)を含むStemFit AS103Cを用いた。0日目の3日前(d-3)に培地交換を行い、0日目(d0)まで培養した。交換後の液体培地(図中のM2)はStemFit AS103Cであった。各クローンのiPS細胞を、グループH及びLとして用いるために、2つのグループに分けた。
【0097】
(1.2) 第1の誘導処理(iPS細胞から中胚葉細胞への分化誘導)
図4を参照して、0日目(d0)に、細胞を含む液体培地から上清(100μL)を採取し、細胞をDulbecco's PBS(D-PBS)(富士フイルム和光純薬株式会社)で洗浄した。グループHの細胞には、液体培地(図中のM3)として、2% B-27(商標)サプリメント(インスリン不含)、6μM CHIR99021(富士フイルム和光純薬株式会社)及び1 ng/mL BMP4(R&D Systems社)を含むRPMI1640(富士フイルム和光純薬株式会社)を添加し、1日目(d1)まで培養した。グループLの細胞には、液体培地(図中のM3)として、2% B-27(商標)サプリメント(インスリン不含)を含むStemFit RPMI1640を添加し、1日目(d1)まで培養した。以降の操作は、いずれのグループにも行った。1日目(d1)に、細胞を含む液体培地から上清(100μL)を採取し、細胞をD-PBSで洗浄した。液体培地(図中のM4)として、2% B-27サプリメント(インスリン不含)を含むRPMI1640を添加し、細胞を3日目(d3)まで培養した。
【0098】
(1.3) 第2の誘導処理(中胚葉細胞から心筋細胞への分化誘導)
図4を参照して、3日目(d3)に、細胞を含む液体培地から上清(100μL)を採取し、細胞をD-PBSで洗浄した。液体培地(図中のM5)として、2% B-27サプリメント(インスリン不含)及び5μM IWR-1(Sigma-Aldrich社)を含むRPMI1640を添加し、細胞を5日目(d5)まで培養した。5日目(d5)に、細胞を含む液体培地から上清(100μL)を採取し、細胞をD-PBSで洗浄した。液体培地(図中のM6)として、2% B-27サプリメント(インスリン不含)を含むRPMI1640を添加し、細胞を7日目(d7)まで培養した。7日目(d7)に、細胞を含む液体培地から上清(100μL)を採取し、培地交換を行った。交換後の液体培地(図中のM7)は、5% FBS及び2 mMピルビン酸ナトリウムを含むMEMα(Thermo Fisher Scientific社)であった。そして、細胞を9日目(d9)まで培養した。
【0099】
(1.4) 分化誘導後の細胞の精製及び維持
図4を参照して、9日目(d9)に、細胞を含む液体培地から上清(100μL)を採取し、細胞をD-PBSで洗浄した。0.25%トリプシン及び1 mM EDTAを含む溶液を用いて、細胞を分散させて回収した。回収した細胞を液体培地で再懸濁し、I型コラーゲン(AGCテクノグラス株式会社)でコーティングしたプレートに添加した。用いた液体培地(図中のM8)は、5% FBSを含むMEMαであった。そして、細胞を13日目(d13)まで培養した。13日目(d13)において、培地交換を行った。交換後の液体培地(図中のM9)は、StemFit AS501(味の素株式会社)であった。細胞を17日目(d17)まで培養した。17日目(d17)において、培地交換を行った。交換後の液体培地(図中のM10)は、5% FBSを含むMEMαであった。その後、液体培地を1日おきに交換して、細胞を51日目(d51)まで維持培養した。
【0100】
(2) 上清中のmiR489-3pの測定
磁性ビーズSicastar-M(CoreFront社)を用いるブーム法(Boom R.ら, J.Clin.Microbiol. vol.28, pp.495-503, 1990)により、採取した上清(100μL)からmiRNAを単離した。得られたmiRNAの一部から、MultiScribe逆転写酵素(Applied Biosystems社)を用いてcDNAを合成した。逆転写反応の条件は、16℃で30分間、42℃で30分間及び85℃で5分間インキュベートした後、4℃で維持した。リアルタイムPCRを、ホットスタートExTaq PCR酵素(タカラバイオ株式会社)及びLightCycler(登録商標)96 System(Roche社)を用いた標準的TaqMan(商標) PCRプロトコルにより行った。PCR条件は、95℃で10分間加熱した後、95℃で15秒間及び60℃で1分間のサイクルを40回行った。Ct(threshold cycle)値は、蛍光強度が所定の閾値を超えるときのサイクル数と定義した。Ct値を、検量線を用いてコピー数に変換した。検量線は、合成miRNAの測定結果から作成した。miR489-3pのプライマー及びプローブは、TaqMan(商標) MicroRNA Assay(Thermo Fisher Scientific社)として購入した。
【0101】
(3) 中胚葉マーカーの免疫蛍光染色
1日目(d1)のグループH及びLの細胞に、中胚葉マーカーとしてブラキウリ(brachyury)Tの免疫蛍光染色を行った。具体的な操作は次のとおりであった。細胞をD-PBSで洗浄し、4%パラホルムアルデヒドで固定した。固定した細胞をD-PBSで洗浄し、0.1% Triton(商標)Xで透過処理した。細胞を0.05% Tween(商標)20含有PBS(PBS-T)で洗浄し、ImmunoBlock(KAC社)で室温にて1時間ブロッキングした。細胞を、抗ブラキウリT抗体(Abcam社)を1:200で含むImmunoBlockで4℃にて一晩インキュベートした。細胞をD-PBSで洗浄し、二次抗体のAlexa Fluor(商標)488標識抗ウサギIgG抗体(Thermo Fisher Scientific社)を含むImmunoBlockで室温にて2時間インキュベートした。細胞をD-PBSで2回洗浄し、5μg/mLヘキスト33342(Thermo Fisher Scientific社)で核染色した。細胞をD-PBSで洗浄し、蛍光顕微鏡BZ-X710(Keyence社)で観察した。観察結果に基づいて、ブラキウリT陽性細胞の比率を算出した。
【0102】
(4) cTnT陽性細胞の検出
10日目のグループH及びLの細胞にPE標識抗心筋トロポニンT(cTnT)抗体を結合させ、フローサイトメトリ(FCM)分析して、cTnT陽性細胞を検出した。具体的な操作は次のとおりであった。細胞をD-PBSで洗浄した後、0.25%トリプシン及び1 mM EDTAを含む溶液を用いて、細胞を分散させて回収した。細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定した。固定した細胞をD-PBSで洗浄し、0.1% Triton(商標)Xで透過処理した。細胞をPBS-Tで洗浄し、PE標識抗cTnT抗体(Miltenyi Biotec社)又はPE標識抗REAコントロール抗体(Miltenyi Biotec社)を含むImmunoBlockで暗所にて15~20分間インキュベートした。細胞をD-PBSで洗浄し、Galliosフローサイトメータ(Beckman Coulter社)で分析した。検出したcTnT陽性細胞の数に基づいて、cTnT陽性率を算出した。
【0103】
(5) 結果
図5A及びBに、各クローンのiPS細胞の分化誘導過程で得た上清100μL中のmiR-489-3pのコピー数を示した(n=3, 各クローンについて実験は独立して行った)。図中、「*」はp<0.05を示し、「**」はp<0.01を示す。エラーバーは標準偏差(SD)を示す。
図5Aから分かるように、クローン201B7のグループHでは、1日目はmiR-489-3pの発現レベルはほとんど変化しなかったが、3日目にmiR-489-3pの発現レベルが急激に増加した。そして、5日目以降にmiR-489-3pの発現レベルは減少していき、9日目にはmiR-489-3pの発現はほぼ消失した。一方、グループLでは、0日目~9日目の間、miR-489-3pの発現レベルの顕著な増加は認められなかった。
図5Bを参照して、クローン253G4のグループH及びLにおいても同様の結果であった。
【0104】
グループH及びLについて、免疫蛍光染色した細胞の画像の一例を、
図6に示した。図中、スケールバーは100μmを示す。
図7に、グループH及びLのブラキウリT陽性細胞の比率を示した(n=3, 253G4クローンについて実験は独立して行った)。
図7中、「**」はp<0.01を示す。エラーバーはSDを示す。これらの図から分かるように、グループHの細胞は、そのほとんどがブラキウリT陽性細胞であった。一方、グループLには、ブラキウリT陽性細胞は検出されなかった。ブラキウリTは中胚葉マーカーであるので、これらの結果より、1日目では、グループHの細胞は中胚葉細胞に分化したことが示された。一方、グループLの細胞は中胚葉細胞に分化しなかったことが示された。
【0105】
図8に、グループH及びLについて、蛍光シグナル強度(図中、「cTnT」と表記)とカウント(細胞数)を二軸とするグラフを示した。蛍光シグナル強度の高い細胞は、cTnT陽性細胞をであった。グループHの細胞のcTnT陽性率は93.1%であり、グループLの細胞のcTnT陽性率は0.1%であった。cTnTは心筋細胞マーカーであるので、これらの結果より、10日目では、グループHの細胞は心筋細胞に分化したことが示された。一方、グループLの細胞は心筋細胞に分化しなかったことが示された。
【0106】
上記のとおり、グループHでは、第1の誘導処理から1日でiPS細胞のほとんどが中胚葉細胞に分化誘導され、第1の誘導処理から3日目にmiR-489-3pの発現レベルが増加した。一方で、第1の誘導処理をしていないグループLでは、中胚葉細胞への分化が認められず、miR-489-3pの発現レベルは増加しなかった。グループHでは、5日目に第2の誘導処理した後、miR-489-3pの発現レベルは減少していった。そして、10日目にグループHの中胚葉細胞はほとんどが心筋細胞となっていた。これは、中胚葉細胞が心筋細胞へ分化誘導されたことに伴って、miR-489-3pの発現が減少したことが示唆された。これらのことから、miR-489-3pは、PSCが中胚葉細胞に分化したことを示す指標となることが示唆された。ブラキウリTによる免疫蛍光染色は貴重なPSCを消費してしまうが、上清中のmiR-489-3p測定によると非破壊でPSCの中胚葉への分化を評価し得ることが分かった。
【0107】
実施例2:miR-1-3p及びmiR-133a-3pによる心筋分化の評価
PSCを分化誘導して心筋細胞を取得する過程において、miR-1-3p及びmiR-133a-3pが、心筋細胞への分化の指標になり得るかを検討した。比較のため、心筋細胞分化に関連することが知られた各種のmiRNAも測定した。
【0108】
(1) 細胞の分化誘導、上清の採取及び取得した細胞の分類
臨床グレードの大量培養条件下で、ヒトiPS細胞に第1及び第2の誘導処理をして、分化誘導した細胞(11種のロット)を得た。実施例2における分化誘導の手順は、実施例1のグループHの方法に準じた(
図4を参照)。3日目及び7日目に、各ロットの細胞を含む液体培地から上清(100μL)を採取した。10日目及び17日目に、各ロットの細胞から一部を採取して、FCM分析によりcTnT陽性率を算出した。10日目において、cTnT陽性率が70%以上であったロットの細胞を「合格品」に分類し、cTnT陽性率が70%未満であったロットの細胞を「不合格品」に分類した。表2に、10日目(d10)及び17日目(d17)における各ロットの細胞のcTnT陽性率を示す。
【0109】
【0110】
(2) 上清中のmiRNAの測定
実施例1と同様にして、3日目及び7日目の上清中のmiRNAを測定した。測定したmiRNAは、miR-1-3p、miR-1-5p、miR-133a-3p、miR-133a-5p、miR-23b-3p、miR-23b-5p、miR-26b-3p、miR-26b-5p、miR-125b-3p、miR-125b-5p、miR-145-3p、miR-145-5p、miR-499a-3p、miR-499a-5p、miR-503-3p及びmiR-503-5pであった。miR-1及びmiR-133a以外のmiRNAは、心筋細胞分化との関連が公知であった。miR-23bは、心筋分化に関与することが知られていた。miR-26bは、心筋分化及びWntシグナル伝達系に関与することが知られていた。miR-125bは、LIN28とともに心筋の早期分化に関与することが知られていた。miR-145は、心筋分化及び心筋関連遺伝子に関与することが知られていた。miR-499aは、心筋分化に関与し、miR-208とクラスターを形成することが知られていた。miR-503は、心筋分化及び心筋関連遺伝子に関与し、miR-322とクラスターを形成することが知られていた。上記のmiRNAの測定は、実施例1と同様にして行った。各miRNAに対するプライマー及びプローブは、TaqMan(商標) MicroRNA Assay(Thermo Fisher Scientific社)として購入した。
【0111】
(3) 結果
図9~
図20に、上清100μL中の各miRNAの相対発現量を示した(合格品n=6、不合格品n=5、各ロットについて実験は独立して行った)。相対発現量は、下記の式により算出された。
(相対発現量) = 2^{(3日目の上清中のmiRNAを測定したときのCt値)-(7日目の上清中のmiRNAを測定したときのCt値)}
【0112】
上述のとおり、合格品に分類されたロットは、10日目の時点で、心筋細胞に分化した細胞の割合が90%以上と高かった。これに対し、不合格品に分類されたロットは、心筋細胞に分化した細胞の割合が低かった。miRNAの相対発現量が、合格品と不合格品との間で有意差を示す場合、そのmiRNAは、心筋細胞に分化した細胞の割合が高いロットと、当該割合が低いロットとの判別を可能にする指標であるといえる。以下、各miRNAの測定結果について説明する。
【0113】
図9の(A)を参照して、miR-1-3pの相対発現量は、合格品では高く、不合格品では低かった。また、合格品と不合格品との間の相対発現量の差は有意であった(p=0.00299)。一方、
図9の(B)を参照して、miR-1-5pの相対発現量は、合格品及び不合格品のいずれにおいても低く、有意差も示さなかった(p=0.35079)。これらの結果より、miR-1-3pの相対発現量により、合格品と不合格品との判別が可能であったが、miR-1-5pの相対発現量では、そのような判別はできないことが示された。
図10に、
図9の(A)の相対発現量をコピー数に変換したボックスプロットを示す。
図10から分かるように、miR-1-3pの測定値をコピー数で表示することにより、合格品と不合格品との差がより顕著に示された(p=0.00278)。このように、7日目までの上清中のmiR-1-3pの測定により、10日目に行ったFCM分析と同じ結果が得られた。よって、miR-1-3pは、心筋細胞への分化の指標となることが示唆された。
【0114】
miR-133a-3pの測定結果は、miR-1-3pと同様であった。
図11の(A)を参照して、miR-133a-3pの相対発現量は、合格品では高く、不合格品では低かった。また、合格品と不合格品との間の相対発現量の差は有意であった(p=0.00245)。一方、
図11の(B)を参照して、miR-133a-5pの相対発現量は、合格品及び不合格品のいずれにおいても低く、有意差も示さなかった(p=0.24092)。
図12に、
図11の(A)の相対発現量をコピー数に変換したボックスプロットを示す。
図12から分かるように、miR-133a-3pの測定値をコピー数で表示することにより、合格品と不合格品との差がより顕著に示された(p=0.00206)。よって、miR-133a-3pの相対発現量により、合格品と不合格品との判別が可能であった。miR-133a-3pは、心筋細胞への分化の指標となることが示唆された。
【0115】
図13の(A)を参照して、miR-23b-3pの相対発現量は、合格品では高く、不合格品では低かった。また、合格品と不合格品との間の相対発現量の差は有意であった(p=0.00142)。一方、
図13の(B)を参照して、miR-23b-5pの相対発現量は、合格品及び不合格品の間で有意差を示さなかった(p=0.20920)。これらの結果より、miR-23b-3pの相対発現量により、合格品と不合格品との判別が可能であったが、miR-23b-5pの相対発現量では、そのような判別はできないことが示された。しかし、miR-1-3p及びmiR-133a-3pと比較すると、合格品におけるmiR-23b-3pの相対発現量は小さかった。この点に関して、例えば
図13の(A)と
図11の(A)とを比較できるように、
図13の(A)のボックスプロットを、縦軸の最大値を80に変更して作成し直した。これを
図14に示す。
図14から分かるように、miR-23b-3pの相対発現量は、合格品及び不合格品のいずれにおいても低く表示された。これは、合格品においても、miR-23b-3pの発現量が3日目と7日目の間で差が大きくなかったことが原因であった。よって、miR-23b-3pよりも、miR-1-3p及びmiR-133a-3pの方がより明確に合格品と不合格品とを判別できることが示唆された。
【0116】
図15の(A)を参照して、miR-26b-3pの相対発現量は、合格品では高く、不合格品では低かった。また、合格品と不合格品との間の相対発現量の差は有意であった(p=0.00198)。また、miR-26b-5pの測定結果は、miR-26b-3pと同様であった。
図15の(B)を参照して、miR-26b-5pの相対発現量は、合格品及び不合格品の間で有意差を示した(p=0.00061)。これらの結果より、miR-26b-3p及びmiR-26b-5pの相対発現量により、合格品と不合格品との判別が可能であることが示された。しかし、miR-1-3p及びmiR-133a-3pと比較すると、合格品におけるmiR-26b-3p及びmiR-26b-5pの相対発現量は小さかった。
図15の(A)及び(B)のボックスプロットを、縦軸の最大値を80に変更して作成し直した。これらを
図16の(A)及び(B)に示す。これらの図から分かるように、miR-26b-3p及びmiR-26b-5pの相対発現量は、合格品及び不合格品のいずれにおいても低く表示された。よって、miR-26b-3p及びmiR-26b-5pよりも、miR-1-3p及びmiR-133a-3pの方がより明確に合格品と不合格品とを判別できることが示唆された。
【0117】
図17の(A)を参照して、miR-125b-3pの相対発現量は、合格品及び不合格品のいずれにおいても低く、有意差も示さなかった(p=0.19892)。一方、
図17の(B)を参照して、miR-125b-5pの相対発現量は、合格品では高く、不合格品では低かった。しかし、miR-125b-5pは、合格品と不合格品とを明確に区別できるほど、相対発現量に顕著な差を示さなかった(p=0.05005)。これらの結果より、miR-125b-3p及びmiR-125b-5pの相対発現量により、合格品と不合格品とを判別できないことが示された。
【0118】
図18の(A)を参照して、miR-145-3pの相対発現量は、合格品では高く、不合格品では低かった。しかし、miR-145-3pは、合格品と不合格品とを明確に区別できるほど、相対発現量に顕著な差を示さなかった(p=0.06853)。
図18の(B)を参照して、miR-145-5pの相対発現量は、合格品及び不合格品の間で有意差を示さなかった(p=0.18337)。これらの結果より、miR-145-3p及びmiR-145-5pの相対発現量により、合格品と不合格品とを判別できないことが示された。
【0119】
図19の(A)及び(B)を参照して、miR-499a-3p及びmiR-499a-5pの相対発現量はいずれも、合格品及び不合格品の間で有意差を示さなかった(p=0.88740及び0.18337)。これらの結果より、miR-499a-3p及びmiR-499a-5pの相対発現量により、合格品と不合格品とを判別できないことが示された。
【0120】
図20の(A)及び(B)を参照して、miR-503-3p及びmiR-503-5pの相対発現量はいずれも、合格品及び不合格品の間で有意差を示さなかった(p=0.77954及び0.89987)。これらの結果より、miR-503-3p及びmiR-503-5pの相対発現量により、合格品と不合格品とを判別できないことが示された。