IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

2025-24402画像解析装置、画像解析方法およびプログラム、ならびに複眼光学系量子計測システムおよび複眼光学系量子計測方法
<>
  • -画像解析装置、画像解析方法およびプログラム、ならびに複眼光学系量子計測システムおよび複眼光学系量子計測方法 図1
  • -画像解析装置、画像解析方法およびプログラム、ならびに複眼光学系量子計測システムおよび複眼光学系量子計測方法 図2
  • -画像解析装置、画像解析方法およびプログラム、ならびに複眼光学系量子計測システムおよび複眼光学系量子計測方法 図3
  • -画像解析装置、画像解析方法およびプログラム、ならびに複眼光学系量子計測システムおよび複眼光学系量子計測方法 図4
  • -画像解析装置、画像解析方法およびプログラム、ならびに複眼光学系量子計測システムおよび複眼光学系量子計測方法 図5
  • -画像解析装置、画像解析方法およびプログラム、ならびに複眼光学系量子計測システムおよび複眼光学系量子計測方法 図6
  • -画像解析装置、画像解析方法およびプログラム、ならびに複眼光学系量子計測システムおよび複眼光学系量子計測方法 図7
  • -画像解析装置、画像解析方法およびプログラム、ならびに複眼光学系量子計測システムおよび複眼光学系量子計測方法 図8
  • -画像解析装置、画像解析方法およびプログラム、ならびに複眼光学系量子計測システムおよび複眼光学系量子計測方法 図9
  • -画像解析装置、画像解析方法およびプログラム、ならびに複眼光学系量子計測システムおよび複眼光学系量子計測方法 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025024402
(43)【公開日】2025-02-20
(54)【発明の名称】画像解析装置、画像解析方法およびプログラム、ならびに複眼光学系量子計測システムおよび複眼光学系量子計測方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20250213BHJP
   G01N 22/00 20060101ALI20250213BHJP
   G01N 24/00 20060101ALI20250213BHJP
【FI】
G01N21/64 Z
G01N22/00 N
G01N24/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023128479
(22)【出願日】2023-08-07
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年8月10日 https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/bse/bioimaging/PDF/abstract.pdf 令和4年8月31日 The 110th Scienc-omeフォーラム 令和4年9月3日 第31回日本バイオイメージング学会学術集会ポスターセッション 令和4年9月5日 https://www2.aeplan.co.jp/bsj2022/program.html 令和4年9月29日 第60回日本生物物理学会年会ポスターセッション 令和4年10月27日 https://itc.nifs.ac.jp/LOGIN.html 令和4年11月8日 第31回国際土岐コンファレンス 令和4年11月8日 2022年度生理学研究所研究会「極限環境適応」参加登録者宛電子メール 令和4年11月10日 2022年度生理学研究所研究会「極限環境適応」 令和4年11月10日 https://mbsj2022.gakkai.online 令和4年11月22日 https://www.qst.go.jp/uploaded/attachment/30320.pdf 令和4年11月24日 日本動物行動学会第41回大会 令和4年11月26日 量子生命科学先端フォーラム2022冬の研究会 令和4年11月29日 The 5th IFQMS 令和4年11月30日 第45回日本分子生物学会年会 令和4年12月3日 https://q-bio.jp/images/archive/4/4c/20221205041025%21Q-bio_第十回年会プログラム.pdf 令和4年12月3日 https://q-bio.jp/images/archive/4/4c/20221205041025%21Q-bio_第十回年会プログラム.pdf 令和4年12月3日 https://q-bio.jp/images/b/b8/Q-bio_第十回年会ポスター要旨集.pdf 令和4年12月12日 第5回ExCELLSシンポジウム 令和4年12月15日 定量生物学の会第十回年会
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和5年1月16日 2022年度第14回光塾参加登録者宛電子メール 令和5年1月19日 2022年度第14回光塾 令和5年3月1日 https://confit.atlas.jp/guide/event/opic2023/participant_login?eventCode=opic2023 令和5年4月21日 BISC2023
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業、「共通基盤」領域、探索研究「革新的な知や製品を創出する共通基盤システム・装置の実現」、研究開発課題名「生体内三次元動態のオペランド解析技術の開発」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願、令和4年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業「量子生命技術の創製と医学・生命科学の革新」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(71)【出願人】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100163186
【弁理士】
【氏名又は名称】松永 裕吉
(72)【発明者】
【氏名】杉 拓磨
(72)【発明者】
【氏名】前岡 遥花
(72)【発明者】
【氏名】中根 有梨奈
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 龍治
(72)【発明者】
【氏名】神長 輝一
(72)【発明者】
【氏名】柳 瑶美
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 智達
【テーマコード(参考)】
2G043
【Fターム(参考)】
2G043AA04
2G043BA16
2G043EA01
2G043FA02
2G043KA02
2G043KA08
2G043KA09
2G043LA03
(57)【要約】
【課題】量子センシングにおいて何度も計測を繰り返すことなくより少ない計測回数、好ましくは1回の計測で高い精度で物理量を計測可能にする。
【解決手段】量子センサを含む試料に量子センサが蛍光励起する波長の励起光および量子センサが光検出磁気共鳴する周波数のマイクロ波が照射された状態で複眼光学系により撮像された試料の多視点画像を解析する画像解析装置30は、試料の多視点画像中の複数の要素画像に捉えられた量子センサの蛍光光線から量子センサの蛍光強度を求める蛍光強度特定部32と、量子センサの蛍光強度から量子センサが示す物理量を算出する物理量算出部33とを備える。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子センサを含む試料に前記量子センサが蛍光励起する波長の励起光および前記量子センサが光検出磁気共鳴する周波数のマイクロ波が照射された状態で複眼光学系により撮像された前記試料の多視点画像を解析する画像解析装置であって、
前記試料の多視点画像中の複数の要素画像に捉えられた前記量子センサの蛍光光線から前記量子センサの蛍光強度を求める蛍光強度特定部と、
前記量子センサの蛍光強度から前記量子センサが示す物理量を算出する物理量算出部と、
を備えた画像解析装置。
【請求項2】
前記試料の多視点画像が、前記マイクロ波の周波数を前記量子センサの光検出磁気共鳴の共鳴周波数前後でスイープさせて前記試料を連続撮像したものであり、
前記物理量算出部が、前記量子センサの蛍光強度の変化パターンから前記量子センサの光検出磁気共鳴の共鳴周波数を特定し、当該特定した共鳴周波数に対応する前記物理量を算出する
請求項1に記載の画像解析装置。
【請求項3】
前記試料の多視点画像が、さらに前記マイクロ波を一定周期でオン/オフしながら前記試料を連続撮像したものであり、
前記蛍光強度特定部が、時系列的に相前後する前記マイクロ波がオンのときとオフのときの前記多視点画像に捉えられた前記量子センサの蛍光強度の相対値を前記量子センサの蛍光強度として求める
請求項2に記載の画像解析装置。
【請求項4】
前記試料の多視点画像が、さらに前記マイクロ波を一定周期でオン/オフしながら前記試料を連続撮像したものであり、
前記画像解析装置が、前記多視点画像において前記マイクロ波のオン/オフ周期で明暗する光線を前記量子センサの蛍光光線として識別する蛍光光線識別部をさらに備え、
前記蛍光強度特定部が、前記識別された蛍光光線の強度を求める
請求項2に記載の画像解析装置。
【請求項5】
前記蛍光強度特定部が、前記量子センサの蛍光光線を捉えた複数の要素画像の中から当該蛍光光線が一定以上強いものを選択し、当該選択した要素画像に捉えられた前記量子センサの蛍光光線の画素値を平均化して前記量子センサの蛍光強度を求める
請求項1に記載の画像解析装置。
【請求項6】
前記量子センサが蛍光ナノダイヤモンドである
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の画像解析装置。
【請求項7】
前記物理量が温度である
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の画像解析装置。
【請求項8】
前記量子センサが蛍光ナノダイヤモンドであり、
前記物理量が温度である
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の画像解析装置。
【請求項9】
量子センサを含む試料に前記量子センサが蛍光励起する波長の励起光および前記量子センサが光検出磁気共鳴する周波数のマイクロ波が照射された状態で複眼光学系により撮像された前記試料の多視点画像を解析する画像解析方法であって、
蛍光強度特定部が、前記試料の多視点画像中の複数の要素画像に捉えられた前記量子センサの蛍光光線から前記量子センサの蛍光強度を求めるステップと、
物理量算出部が、前記量子センサの蛍光強度から前記各量子センサが示す物理量を算出するステップと、
を備えた画像解析方法。
【請求項10】
コンピューターに、量子センサを含む試料に前記量子センサが蛍光励起する波長の励起光および前記量子センサが光検出磁気共鳴する周波数のマイクロ波が照射された状態で複眼光学系により撮像された前記試料の多視点画像を解析させるプログラムであって、
前記試料の多視点画像中の複数の要素画像に捉えられた前記量子センサの蛍光光線から前記量子センサの蛍光強度を求める蛍光強度特定手段、および
前記量子センサの蛍光強度から前記量子センサが示す物理量を算出する物理量算出手段、
としてコンピューターを機能させるプログラム。
【請求項11】
量子センサを用いて物理量を計測するシステムであって、
前記量子センサが蛍光励起する波長の励起光を発生させる励起光発生器と、
前記量子センサが光検出磁気共鳴する周波数のマイクロ波を発生させるマイクロ波発生器と、
被写体の多視点画像を撮像する複眼光学系と、
前記量子センサを含む試料に前記励起光および前記マイクロ波が照射された状態で前記複眼光学系により撮像された前記試料の多視点画像を解析する請求項1ないし5のいずれか1項に記載の画像解析装置と、
を備えた複眼光学系量子計測システム。
【請求項12】
量子センサを用いた物理量の計測方法であって、
複眼光学系が、前記量子センサを含む試料に前記量子センサが蛍光励起する波長の励起光および前記量子センサが光検出磁気共鳴する周波数のマイクロ波が照射された状態で前記試料の多視点画像を撮像するステップと、
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の画像解析装置が、前記試料の多視点画像を解析するステップと、
を備えた複眼光学系量子計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、画像解析装置、画像解析方法およびプログラム、ならびに複眼光学系量子計測システムおよび複眼光学系量子計測方法に関し、特に、特定の条件下で蛍光する量子センサが含まれる試料の多視点画像を解析して試料内の物理量を計測する量子計測技術に関する。
【背景技術】
【0002】
疾病や細胞の老化・がん化、放射線に対する細胞応答などの現象を理解するには、細胞や分子のわずかな変化に敏感に応答するセンサが必要となる。例えば、細胞内の温度を計測するセンサとして、これまで、タンパク質型、ポリマー型、蛍光低分子型温度計測プローブなどが開発されてきた。このような蛍光を用いた生体イメージングは、細胞や生体内の分子局在やその機能の解析のために欠かせない技術となっている。
【0003】
生命現象が引き起こす生体内の非常に小さい変化を正確に理解するには細胞や分子のわずかな変化に敏感に応答する超高感度のセンサが必要である。そのようなセンサとして量子効果を利用して磁気、磁場、温度などの物理量を計測する量子センサがあり、中でも、蛍光ナノダイヤモンド(FND:Fluorescent nanodiamond)が細胞イメージングや極微量ウイルス検出などにおける高感度の蛍光標識剤として注目されている。量子センサを用いて細胞内の分子を計測するには、量子センサの大きさが数十nmでは大きすぎるため分子サイズの数nmサイズにする必要がある。本願発明の発明者は、世界最小の数nmサイズのFNDの作成に成功するとともに、FNDを使用した蛍光イメージングにおいて自家蛍光や夾雑物の蛍光などの背景光が量子センサの蛍光検出の妨げとなるといった欠点を克服し、信号/背景光比(SBR値)の向上を実現している(例えば、非特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Tamami Yanagi, Kiichi Kaminaga, Michiyo Suzuki, Hiroshi Abe, Hiroki Yamamoto, Takeshi Ohshima, Akihiro Kuwahata, Masaki Sekino, Tatsuhiko Imaoka, Shizuko Kakinuma, Takuma Sugi, Wataru Kada, Osamu Hanaizumi, and Ryuji Igarashi, “All-Optical Wide-Field Selective Imaging of Fluorescent Nanodiamonds in Cells, In Vivo and Ex Vivo,”ACS Nano 2021 15 (8), 12869-12879, 2021年8月2日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
量子センサを使用した量子センシングでは、光学系や撮像系の性能などに起因して量子センサの蛍光強度に誤差あるいはばらつきが生じることで、計測される物理量にも誤差が生じてしまう。計測を繰り返し行なってその平均を取ることで計測誤差あるいはばらつきを小さくすることができるが、それでは計測に時間がかかってしまう。
【0006】
そこで、本発明は、量子センシングにおいて何度も計測を繰り返すことなくより少ない計測回数、好ましくは1回の計測で高い精度で物理量を計測可能にすることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の態様1に係る画像解析装置は、量子センサを含む試料に前記量子センサが蛍光励起する波長の励起光および前記量子センサが光検出磁気共鳴する周波数のマイクロ波が照射された状態で複眼光学系により撮像された前記試料の多視点画像を解析する画像解析装置であって、前記試料の多視点画像中の複数の要素画像に捉えられた前記量子センサの蛍光光線から前記量子センサの蛍光強度を求める蛍光強度特定部と、前記量子センサの蛍光強度から前記量子センサが示す物理量を算出する物理量算出部と、を備えている。
【0008】
本発明の態様2に係る画像解析装置は、前記態様1に係る画像解析装置において、前記試料の多視点画像が、前記マイクロ波の周波数を前記量子センサの光検出磁気共鳴の共鳴周波数前後でスイープさせて前記試料を連続撮像したものであり、前記物理量算出部が、前記量子センサの蛍光強度の変化パターンから前記量子センサの光検出磁気共鳴の共鳴周波数を特定し、当該特定した共鳴周波数に対応する前記物理量を算出する。
【0009】
本発明の態様3に係る画像解析装置は、前記態様2に係る画像解析装置において、前記試料の多視点画像が、さらに前記マイクロ波を一定周期でオン/オフしながら前記試料を連続撮像したものであり、前記蛍光強度特定部が、時系列的に相前後する前記マイクロ波がオンのときとオフのときの前記多視点画像に捉えられた前記量子センサの蛍光強度の相対値を前記量子センサの蛍光強度として求める。
【0010】
本発明の態様4に係る画像解析装置は、前記態様2に係る画像解析装置において、前記試料の多視点画像が、さらに前記マイクロ波を一定周期でオン/オフしながら前記試料を連続撮像したものであり、前記画像解析装置が、前記多視点画像において前記マイクロ波のオン/オフ周期で明暗する光線を前記量子センサの蛍光光線として識別する蛍光光線識別部をさらに備え、前記蛍光強度特定部が、前記識別された蛍光光線の強度を求める。
【0011】
本発明の態様5に係る画像解析装置は、前記態様1に係る画像解析装置において、前記蛍光強度特定部が、前記量子センサの蛍光光線を捉えた複数の要素画像の中から当該蛍光光線が一定以上強いものを選択し、当該選択した要素画像に捉えられた前記量子センサの蛍光光線の画素値を平均化して前記量子センサの蛍光強度を求める。
【0012】
本発明の態様6に係る画像解析装置は、前記態様1ないし5のいずれか1態様に係る画像解析装置において、前記量子センサが蛍光ナノダイヤモンドである。
【0013】
本発明の態様7に係る画像解析装置は、前記態様1ないし6のいずれか1態様に係る画像解析装置において、前記物理量が温度である。
【0014】
本発明の態様8に係る画像解析方法は、量子センサを含む試料に前記量子センサが蛍光励起する波長の励起光および前記量子センサが光検出磁気共鳴する周波数のマイクロ波が照射された状態で複眼光学系により撮像された前記試料の多視点画像を解析する画像解析方法であって、蛍光強度特定部が、前記試料の多視点画像中の複数の要素画像に捉えられた前記量子センサの蛍光光線から前記量子センサの蛍光強度を求めるステップと、物理量算出部が、前記量子センサの蛍光強度から前記各量子センサが示す物理量を算出するステップと、を備えている。
【0015】
本発明の態様9に係るプログラムは、コンピューターに、量子センサを含む試料に前記量子センサが蛍光励起する波長の励起光および前記量子センサが光検出磁気共鳴する周波数のマイクロ波が照射された状態で複眼光学系により撮像された前記試料の多視点画像を解析させるプログラムであって、前記試料の多視点画像中の複数の要素画像に捉えられた前記量子センサの蛍光光線から前記量子センサの蛍光強度を求める蛍光強度特定手段、および前記量子センサの蛍光強度から前記量子センサが示す物理量を算出する物理量算出手段、としてコンピューターを機能させる。
【0016】
本発明の態様10に係る複眼光学系量子計測システムは、量子センサを用いて物理量を計測するシステムであって、前記量子センサが蛍光励起する波長の励起光を発生させる励起光発生器と、前記量子センサが光検出磁気共鳴する周波数のマイクロ波を発生させるマイクロ波発生器と、被写体の多視点画像を撮像する複眼光学系と、前記量子センサを含む試料に前記励起光および前記マイクロ波が照射された状態で前記複眼光学系により撮像された前記試料の多視点画像を解析する前記態様1ないし7のいずれか1態様に係る画像解析装置と、を備えている。
【0017】
本発明の態様11に係る複眼光学系量子計測方法は、量子センサを用いた物理量の計測方法であって、複眼光学系が、前記量子センサを含む試料に前記量子センサが蛍光励起する波長の励起光および前記量子センサが光検出磁気共鳴する周波数のマイクロ波が照射された状態で前記試料の多視点画像を撮像するステップと、前記態様1ないし7のいずれか1態様に係る画像解析装置が、前記試料の多視点画像を解析するステップと、を備えている。
【発明の効果】
【0018】
本発明によると、量子センサを含む試料を複数の異なる視点から撮像した多視点画像を解析することで何度も計測を繰り返すことなくより少ない計測回数、好ましくは1回の計測で高い精度で物理量を計測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一実施形態に係る複眼光学系量子計測システムの概略図である。
図2図1の複眼光学系量子計測システムにおける複眼光学系、記憶装置および画像解析装置の概略図である。
図3】試料の多視点画像の取得方法の一例を示すフローチャートである。
図4】試料の多視点画像の解析方法の一例を示すフローチャートである。
図5】複眼光学系で撮像した試料の多視点画像と単眼光学系で撮像した試料のワイドフィールド画像を比較する図である。
図6】試料の多視点画像に捉えられた量子センサ蛍光とそれ以外の光の強度変動の違いを示す模式図である。
図7】平均化に使用される関心領域の数と計測温度誤差の関係を例示するグラフである。
図8】量子センサの一例である蛍光ナノダイヤモンドのODMRスペクトルの温度依存性を例示するグラフである。
図9】ワイドフィールド画像および多視点画像のそれぞれに基づく温度計測において積算回数と計測温度誤差の関係を例示するグラフである。
図10】ワイドフィールド画像および多視点画像のそれぞれに基づく温度計測において励起光強度と計測温度誤差の関係を例示するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、適宜図面を参照しながら、本発明の実施の形態を詳細に説明する。ただし、必要以上に詳細な説明は省略する場合がある。例えば、既によく知られた事項の詳細説明や実質的に同一の構成に対する重複説明を省略する場合がある。これは、以下の説明が不必要に冗長になるのを避け、当業者の理解を容易にするためである。なお、発明者は、当業者が本発明を十分に理解するために添付図面および以下の説明を提供するのであって、これらによって特許請求の範囲に記載の主題を限定することを意図するものではない。また、図面に描かれた各部材の寸法、細部の詳細形状などは実際のものとは異なることがある。
【0021】
≪実施形態≫
図1は、本発明の一実施形態に係る複眼光学系量子計測システムの概略図である。本実施形態に係る複眼光学系量子計測システム100は、量子センサを含む試料を複数の異なる視点から撮像した多視点画像を撮像し、その画像を解析して試料内の物理量を計測するものである。具体的に、複眼光学系量子計測システム100は、主要構成要素として、複眼光学系10と、記憶装置20と、画像解析装置30と、励起光発生器40と、マイクロ波発生器50と、同期信号発生器60とを備えている。
【0022】
量子センサとして、例えば、蛍光ナノダイヤモンド(FND)を使用することができる。FNDは、直径数nm~数百nmの人工ダイヤモンド粒子であり、その特徴として結晶中に不純物としての窒素原子(Nitrogen)を含んでいる。この窒素原子とその隣の空孔(Vacancy)とでNVC(Nitrogen-Vacancy Center)が形成され、532nmの緑色光で励起すると637nmの光子を放出(赤色蛍光)する。FNDの蛍光は耐光性に優れ、褪色や明滅も起こさないため長時間のイメージ計測に適している。さらに、NVCには窒素原子由来の電子2個と炭素原子由来の電子3個と空孔内の電子1個の計6個の電子からなる負電荷を帯びたNVが存在する。そして、この空孔内の電子スピンが電磁波と共鳴することでFNDの蛍光強度が変化するといった光検出磁気共鳴(ODMR:Optically Detected Magnetic Resonance)が見られる。具体的に、FNDに2.87GHz付近のマイクロ波を照射するとODMR活性によりFNDの蛍光強度が弱くなる。この共鳴周波数は温度依存性を持つため、FNDの光検出磁気共鳴の共鳴周波数の変化を計測することで物理量としての温度を計測することができる。例えば、試料としての線虫C. elegansに取り込ませたFNDの蛍光を計測することで、線虫の生体組織内の微小領域の温度を計測することができる。
【0023】
励起光発生器40は、量子センサが蛍光励起する波長の励起光を発生させるデバイスである。FNDを量子センサとして使用する場合、励起光発生器40は532nmの緑色レーザー光を出力する。
【0024】
マイクロ波発生器50は、量子センサが光検出磁気共鳴する周波数のマイクロ波を発生させるデバイスである。FNDを量子センサとして使用する場合、マイクロ波発生器50はFNDにおけるNVCの電子スピンの共鳴周波数である2.87GHz前後、例えば、2.82GHz~2.92GHzのマイクロ波を発生させる。また、マイクロ波発生器50は、周波数をスイープしてマイクロ波を発生させることができるとともに、同期信号発生器60から出力される同期信号に同期してマイクロ波をパルス状に出力することができる。
【0025】
試料はスライドガラスやシャーレなどのサンプルホルダに調整してステージに載置される。ステージの下側には対物レンズが配置されており、励起光発生器40から出力されたレーザー光がコリメーターレンズ、コンデンサレンズ、ダイクロイックミラーなどを経由して対物レンズに入光し、対物レンズの先端からサンプルホルダ内の試料に励起光が照射される。一方、ステージに載置されたサンプルホルダの真上にコイルが配置されており、マイクロ波発生器50から出力されたマイクロ波が同軸ケーブルを伝って先端のコイルからサンプルホルダ内の試料に照射される。
【0026】
同期信号発生器60は、マイクロ波発生器50の周波数スイープおよびマイクロ波の発生のオン/オフの制御、および複眼光学系10の撮像タイミングを制御するための同期信号を発生させるデバイスである。具体的には、同期信号発生器60はファンクションジェネレータである。
【0027】
複眼光学系10、記憶装置20および画像解析装置30については別図を参照しながら説明する。図2は、図1の複眼光学系量子計測装置100における複眼光学系10、記憶装置20および画像解析装置30の概略図である。複眼光学系10は、互いにずれた複数の視点から同一被写体を撮像する光学系であり、メインレンズ1、マイクロレンズアレイ2、イメージセンサ3を備えている。複眼光学系10の一例としてライトフィールド光学系が挙げられる。メインレンズ1は対物レンズ、結像レンズ、吸収フィルタなどを含む場合があるが、ここでは便宜上、それらを含んだものをメインレンズ1として表す。マイクロレンズアレイ2は、複数のマイクロレンズ(レンズレット)2aを二次元的に配列して構成され、メインレンズ1とイメージセンサ3の間に配置される。イメージセンサ3は、入力された光を光電変換して電気信号を出力する図略の複数の受光素子を二次元的に配列して構成されたCCDセンサやCMOSセンサなどである。各受光素子から出力された電気信号は図略のA/D変換器によりデジタルデータに変換され、複眼光学系10から、互いにずれた複数の視点から同一被写体を撮像した多視点画像が出力される。多視点画像の一例としてライトフィールド画像が挙げられる。
【0028】
記憶装置20は、RAM、ROM、SSD、HDDなどの記憶デバイスの集合体である。RAMは、主として画像解析装置30が画像解析を行う際のワーキングメモリとして使用される。ROM、SSD、およびHDDは、主として画像解析装置30を動作させるためのコンピュータープログラムや、画像解析装置30の解析対象である試料の多視点画像などを一時的または長期に亘って保存する。記憶装置20はクラウド上に配置されていてもよい。
【0029】
画像解析装置30は、記憶装置20に保存されている試料の多視点画像を解析して画像中の量子センサが示す物理量を算出する。具体的には、画像解析装置30は、蛍光光線識別部31と、蛍光強度特定部32と、物理量算出部33とを備えている。これら各構成要素は、ASICやFPGAなどのハードウェア、あるいは、記憶装置20に記憶されているコンピュータープログラムあるいはコンピューター可読で非一時的な記録媒体に格納されて提供されるコンピュータープログラムをCPUやGPUなどの図略のプロセッサで実行するソフトウェアとして実現することができる。ハードウェアとソフトウェアを適宜組み合わせて実現することもできる。画像解析装置30は、画像解析を実行中に、記憶装置20を構成する各種記憶デバイスに適宜アクセスしてデータの書き込みおよび読み出しを行う。画像解析装置30の構成要素のすべてまたは一部はクラウド上に配置されていてもよい。画像解析装置30による解析結果は別の処理系に渡されてさらに別の処理がされたり、図略のユーザインターフェースを通じてユーザに結果が表示されたりする。記憶装置20と画像解析装置30は一体のコンピューター装置として構成されていてもよい。
【0030】
次に、画像解析装置30の解析対象である試料の多視点画像の取得方法について説明する。図3は、試料の多視点画像の取得方法の一例を示すフローチャートである。まず、量子センサを含む試料が入ったサンプルホルダをステージに載置して励起光発生器40から出力される励起光を試料に照射する(S1)。次に、マイクロ波発生器50の発信周波数を量子センサの光検出磁気共鳴の共鳴周波数近傍の開始値に設定して周波数スイープを開始する(S2)。同期信号発生器60の同期信号に同期して、マイクロ波発生器50はマイクロ波をオンにし、複眼光学系10は励起光およびマイクロ波が照射された状態の試料の多視点画像を撮像して記憶装置20に保存する(S3)。続けて、同期信号発生器60の同期信号に同期して、マイクロ波発生器50はマイクロ波をオフにし、複眼光学系10はマイクロ波が照射されず励起光のみが照射された状態の試料の多視点画像を撮像して記憶装置20に保存する(S4)。その後、マイクロ波発生器50は周波数をスイープし(S5)、マイクロ波の周波数が量子センサの光検出磁気共鳴の共鳴周波数近傍のスイープ終了値になるまでステップS3およびS4が繰り返し行われる。
【0031】
例えば、400Hzの同期信号に同期してマイクロ波の周波数を100ポイントスイープさせる場合、0.5秒間で、励起光およびマイクロ波が照射された状態の試料の多視点画像および励起光のみが照射された状態の試料の多視点画像が交互に繰り返される200枚の多視点画像が取得される。
【0032】
なお、マイクロ波は周波数が単調増加するようにスイープしてもよいし、単調減少するようにスイープしてもよいし、周波数スイープのステップは一定値でなくてもよい。また、周波数スイープに代えて周波数ホッピングをしてもよい。一定の周波数範囲で複数の異なる周波数のマイクロ波を照射したとき試料の多視点画像が複数取得できればよい。
【0033】
また、複眼光学系10の性能やフレームレートによっては1枚の多視点画像に捉えられる量子センサの蛍光光線が極微弱になり得る。そのような場合、量子センサの蛍光光線の画素値を積算して光線強度を十分に大きな値にした上で後述のさまざまな解析処理を行うようにしてもよい。したがって、画像解析処理において光線強度を積算できるように、上記のステップS2ないしS5を複数回繰り返してより多くの多視点画像セットを取得するようにしてもよい。
【0034】
次に、取得された試料の多視点画像について画像解析装置30による解析方法について説明する。図4は、試料の多視点画像の解析方法の一例を示すフローチャートである。まず、画像解析装置30が、記憶装置20から連続撮像された試料の多視点画像を読み込む(S11)。
【0035】
図5は、複眼光学系で撮像した試料の多視点画像と単眼光学系で撮像した試料のワイドフィールド画像を比較する図である。いずれの画像も量子センサを1個含む試料を撮像した画像である。図中の矩形枠は関心領域(ROI:Region of Interest)を表す。ここでの関心領域は量子センサの蛍光光線を捉えている領域である。多視点画像およびワイドフィールド画像のいずれの場合も関心領域の画素から量子センサの蛍光強度が求められる。
【0036】
単眼光学系では単一の視点から被写体が撮像されるため、ワイトフィールド画像において量子センサの蛍光は一つの光の像として記録される。一方、複眼光学系では同一被写体が複数の異なる視点から撮像されるため、多視点画像において量子センサの蛍光は複数の光の像として記録される。すなわち、多視点画像は同一被写体を複数の視点から撮像した複数の要素画像が集まってできており、多視点画像中の複数の要素画像のそれぞれに量子センサの蛍光が捉えられている。
【0037】
図4へ戻り、蛍光光線識別部31が、読み出された多視点画像中の量子センサの蛍光光線を識別する(S12)。図6は、試料の多視点画像に捉えられた量子センサ蛍光とそれ以外の光の強度変動の違いを示す模式図である。上述したように、量子センサに光検出磁気共鳴の共鳴周波数近傍の周波数のマイクロ波が照射されると蛍光強度が弱くなる。したがって、同期信号発生器60から出力される一定周期の同期信号に同期してマイクロ波をオン/オフしながら試料を連続撮像した多視点画像において、量子センサの蛍光強度はミクロ的にマイクロ波のオン/オフ周期で明暗しながらマクロ的にマイクロ波の周波数スイープに応じて変動する。一方、試料自体が発する自家蛍光や夾雑物の蛍光などの背景光の強度はマイクロ波のオン/オフ周期とは無関係に変化する。このような強度変化の特徴の違いから、連続撮像された試料の多視点画像において量子センサの蛍光とそれ以外とを区別することができる。具体的には、蛍光光線識別部31は、試料の多視点画像においてマイクロ波のオン/オフ周期で明暗する光線を量子センサの蛍光光線として識別する。これにより、背景光が含まれる多視点画像から量子センサの蛍光を効率的に抽出することができ、SBR値(信号/背景光比)を向上させることができる。
【0038】
図4へ戻り、ステップS13、S14で、蛍光強度特定部32が、試料の多視点画像中の複数の要素画像に捉えられた量子センサの蛍光光線から量子センサの蛍光強度を求める。ステップS12で蛍光光線識別部31により量子センサの蛍光光線が識別されていることから、蛍光強度特定部32は、量子センサの蛍光光線として識別された光線についてその強度を求めればよい。
【0039】
より詳細には、蛍光強度特定部32は、各要素画像に設定された関心領域の画素の画素値を平均化してその平均値を量子センサの蛍光強度として求める。関心領域は要素画像を同じ大きさであってもよいし、それよりも小さい領域であってもよい。
【0040】
量子センサの蛍光光線が捉えられたすべての要素画像を当該平均化の対象としなくてもよい。試料の多視点画像にはさまざまな視点から量子センサの蛍光光線を捉えた要素画像が含まれるが、中には背景とあまり区別がつかないような非常に弱い光線の要素画像も存在し、そのような要素画像の画素の画素値を平均化に含めると平均値のS/N比が悪くなる原因となる。
【0041】
図7は、平均化に使用される関心領域の数と計測温度誤差の関係を例示するグラフである。グラフに示したように、関心領域が1個よりも多い方が計測温度誤差は小さくなる。しかし、関心領域がある程度の数になると計測温度誤差はそれ以上小さくならない。したがって、関心領域は多ければ多いほどよいというわけではなく、ある程度の数、例えば、量子センサの蛍光光線が一定以上強いものに制限してもよい。
【0042】
図4へ戻り、蛍光強度特定部32は、量子センサの蛍光光線を捉えた複数の要素画像の中から当該蛍光光線が一定以上強いものを選択する(S13)。そして、蛍光強度特定部32は、当該選択した要素画像に捉えられた量子センサの蛍光光線の画素値を平均化して量子センサの蛍光強度を求める(S14)。
【0043】
蛍光強度特定部32は、時系列的に相前後するマイクロ波がオンのときとオフのときの多視点画像に捉えられた量子センサの蛍光強度の相対値を量子センサの蛍光強度として求めるようにしてもよい。蛍光強度の比や差分を当該相対値とすることができる。図6の例で説明すると、ミクロ的に上下する強度の相対値を量子センサの蛍光強度と見なすようにしてもよい。これにより、背景光や量子センサの深度位置による蛍光強度への影響を排除して量子センサの蛍光強度をより正確に特定することができる。
【0044】
また、蛍光強度特定部32は、マイクロ波の周波数ポイントごとに各量子センサの蛍光強度を求める。これはマイクロ波の周波数スイープにより量子センサの蛍光強度がどのように変化するかその変化パターンを知るためである。蛍光強度特定部32は、スイープされるマイクロ波の周波数ポイントごとに量子センサの蛍光光線の画素値を積算して十分に大きな光線強度で解析処理が行えるようにしてもよい。これにより、精度よく蛍光強度の変化パターンを知ることができる。
【0045】
量子センサの蛍光強度が特定されると、物理量算出部33が、量子センサの蛍光強度の変化パターンから量子センサの光検出磁気共鳴の共鳴周波数を特定し、当該特定した共鳴周波数に対応する物理量を算出する(S15)。図8は、量子センサの一例である蛍光ナノダイヤモンド(FND)のODMRスペクトルの温度依存性を例示するグラフである。グラフの横軸は試料に照射されるマイクロ波の周波数、縦軸は蛍光強度特定部32により特定されたFNDの蛍光強度の相対値である。同グラフにおいて、2つの異なる環境下(量子センサの周辺温度が24℃、28℃のとき)での各周波数ポイントのFNDの蛍光強度の相対値がプロットされるとともにそれぞれのフィッティングカーブが重ねて描かれている。各フィッティングカーブは、各周波数ポイントでのFNDの蛍光強度を二峰性のローレンツ関数にフィッティングして得られたものである。
【0046】
同グラフからわかるように、FNDのODMRスペクトルのフィッティングカーブは、照射されるマイクロ波が共鳴周波数に近くなるに連れ大きく減少して極小値を取り、共鳴周波数近傍においてわずかに増大して共鳴周波数において極大値を取るという特徴を有する。さらに、FNDの共鳴周波数は温度に応じて異なる。すなわち、共鳴周波数には温度依存性がある。したがって、FNDの共鳴周波数を求めることができれば、そこから物理量としての温度を求めることができる。FNDの共鳴周波数から0.1~1℃程度の精度で温度を計測することができる。
【0047】
具体的には、物理量算出部33は、量子センサについて、蛍光強度特定部32により特定されたマイクロ波の周波数ポイントごとの蛍光強度を関数フィッティングしてフィッティングカーブを求めることで、そのフィッティングカーブから共鳴周波数を特定することができる。フィッティングには二峰性のローレンツ関数のほか、ガウス関数を用いることが可能である。あるいは、物理量算出部33は、マイクロ波の周波数ポイントごとの蛍光強度を入力値、共鳴周波数を出力値としてあらかじめ学習させた機械学習モデルを使用して、蛍光強度特定部32により特定されたマイクロ波の周波数ポイントごとの量子センサの蛍光強度を当該機械学習モデルに入力して共鳴周波数を予測させるようにしてもよい。
【0048】
なお、量子センサの大きさのばらつきなどにより同じ共鳴周波数でも対応する温度がさまざまに異なる。したがって、あらかじめ所定の温度環境下で量子センサの共鳴周波数を求めて当該温度と共鳴周波数との対応関係を特定しておいて、それを基準として、試料に含まれる量子センサの強度から特定される共鳴周波数に対して温度を算出するようにすることが好ましい。
≪効果≫
【0049】
図9は、ワイドフィールド画像および多視点画像のそれぞれに基づく温度計測において積算回数と計測温度誤差の関係を例示するグラフである。グラフの横軸はマイクロ波の周波数スイープの回数である積算回数、縦軸は量子センサ1つに対して温度計測を6回試行した際の温度の誤差である。各積算回数におけるエラーバーは、サンプルとして用意した5個の量子センサの個々について温度計測を試行して各試行で計測された温度の誤差のばらつきを表す。ワイドフィールド画像および多視点画像のいずれについても何回も積算する、すなわち、周波数スイープを繰り返して平均化することで計測温度誤差が下がる。特筆すべきは、多視点画像に基づく温度計測は1回の計測でワイドフィールド画像に基づく温度計測よりも計測誤差が小さいということである。また、多視点画像に基づく温度計測は2回の積算でワイドフィールド画像に基づく温度計測の5回積算に相当する計測誤差が達成できている。このことから、本実施形態に係る複眼光学系量子計測システム100によると、何度も計測を繰り返すことなく1回の計測で高い精度で物理量を計測することができる。
【0050】
図10は、ワイドフィールド画像および多視点画像のそれぞれに基づく温度計測において励起光強度と計測温度誤差の関係を例示するグラフである。グラフの横軸は量子センサに照射する励起光の強度、縦軸は量子センサ1つに対して温度計測を6回試行した際の温度の誤差である。各励起光強度におけるエラーバーは、サンプルとして用意した5個の量子センサの個々について温度計測を6回試行して各試行で計測された温度の誤差のばらつきを表す。ワイドフィールド画像に基づく温度計測では励起光強度が弱くなると計測温度誤差が大きくなる傾向が見られるが、多視点画像に基づく温度計測では励起光強度の大小にかかわらず計測温度誤差は概ね小さく抑えられている。また、例示したグラフでは、ワイドフィールド画像に基づく温度計測では励起光強度が100mWのとき計測温度誤差が最小となり、多視点画像に基づく温度計測では励起光強度が90mWのとき計測温度誤差が最小となるが、両者には約2.5倍もの差があり、多視点画像に基づく温度計測の方が圧倒的に計測精度がよい。このことから、本実施形態に係る複眼光学系量子計測システム100によると、量子センサの蛍光が微弱であっても精度よく物理量を計測することができるとともに、ワイドフィールド画像に基づく物理量計測に比べ格段に高い精度で物理量を計測することができる。
【0051】
≪変形例≫
試料を撮像した多視点画像において量子センサの蛍光と背景光とを区別する必要がなければ、蛍光光線識別部31およびステップS12を省略しても構わない。
【0052】
マイクロ波がオンのときとオフのときの量子センサの蛍光強度の相対値を求めずに、マイクロ波がオンのときの蛍光強度をそのままその量子センサの蛍光強度として画像解析を行ってもよい。この場合、マイクロ波発生器50のマイクロ波をオン/オフは不要であるから、ステップS4は省略可能である。
【0053】
量子センサとして蛍光ナノダイヤモンドを使って温度を計測する場合はマイクロ波の周波数をスイープして蛍光ナノダイヤモンドの蛍光強度の変化パターンを求めた上で共鳴周波数を特定する必要があるが、所定周波数のマイクロ波を照射したときの蛍光強度から物理量が一意に決まるような量子センサを使用する場合はマイクロ波をスイープさせる必要はない。この場合、ステップS2およびS5は省略可能である。さらに、試料を撮像した多視点画像において量子センサの蛍光と背景光とを区別する必要もなければ、同期信号発生器60は省略可能である。
【0054】
時系列的に相前後するマイクロ波がオンのときとオフのときの多視点画像に捉えられた量子センサの蛍光強度の相対値化と、各要素画像に設定された関心領域の画素の画素値を平均化はどちらを先に行なってもよい。すなわち、先に量子センサの蛍光強度の相対値を求めておいてそれを複数の要素画像について平均化してもよいし、時系列的に相前後するマイクロ波がオンのときとオフのときのそれぞれについて複数の要素画素の画素値の平均値を求めておいてその平均値の比や差分を求めるようにしてもよい。
【0055】
量子センサとして蛍光ナノダイヤモンドを使って温度を計測する例を説明したが、同じ原理で試料に外部磁場を与えることで電場や磁場など温度以外の物理量を計測することも可能である。例えば、下記文献には蛍光ナノダイヤモンドを磁気センサとして使用して微弱磁場を計測する手法が開示されている。
文献1:Balasubramanian, G., Chan, I., Kolesov, R. et al. Nanoscale imaging magnetometry with diamond spins under ambient conditions. Nature 455, 648-651 (2008). https://doi.org/10.1038/nature07278
文献2:Maze, J., Stanwix, P., Hodges, J. et al. Nanoscale magnetic sensing with an individual electronic spin in diamond. Nature 455, 644-647 (2008). https://doi.org/10.1038/nature07279
文献3:Taylor, J., Cappellaro, P., Childress, L. et al. High-sensitivity diamond magnetometer with nanoscale resolution. Nature Phys 4, 810-816 (2008). https://doi.org/10.1038/nphys1075
【0056】
以上のように、本発明における技術の例示として、実施の形態を説明した。そのために、添付図面および詳細な説明を提供した。したがって、添付図面および詳細な説明に記載された構成要素の中には、課題解決のために必須な構成要素だけでなく、上記技術を例示するために、課題解決のためには必須でない構成要素も含まれ得る。そのため、それらの必須ではない構成要素が添付図面や詳細な説明に記載されていることをもって、直ちに、それらの必須ではない構成要素が必須であるとの認定をするべきではない。また、上述の実施の形態は、本発明における技術を例示するためのものであるから、特許請求の範囲またはその均等の範囲において種々の変更、置き換え、付加、省略などを行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明に係る複眼光学系量子計測システムおよび画像解析装置は、試料内の物理量を高い精度で計測することができるため、生体分子や細胞内挙動などの事象観察に有用である。
【符号の説明】
【0058】
100 複眼光学系量子計測システム
10 複眼光学系
30 画像解析装置
31 蛍光光線識別部
32 蛍光強度特定部
33 物理量算出部
40 励起光発生器
50 マイクロ波発生器
60 同期信号発生器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10