(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025024411
(43)【公開日】2025-02-20
(54)【発明の名称】負熱膨張材料および複合体
(51)【国際特許分類】
C04B 35/453 20060101AFI20250213BHJP
C01G 51/00 20250101ALI20250213BHJP
【FI】
C04B35/453
C01G51/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023128495
(22)【出願日】2023-08-07
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、「国立研究開発法人科学技術振興機構」、「戦略的創造研究推進事業」、「チーム型研究(CREST)」、「未踏探索空間における革新的物質の開発」、「非晶質前駆体を用いた高機能性ペロブスカイト関連化合物の開発」、「巨大負熱膨張物質のハイスループット探索」、委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京科学大学
(71)【出願人】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(74)【代理人】
【識別番号】100109047
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 雄祐
(74)【代理人】
【識別番号】100109081
【弁理士】
【氏名又は名称】三木 友由
(74)【代理人】
【識別番号】100133215
【弁理士】
【氏名又は名称】真家 大樹
(72)【発明者】
【氏名】東 正樹
(72)【発明者】
【氏名】高橋 一樹
(72)【発明者】
【氏名】酒井 雄樹
【テーマコード(参考)】
4G048
【Fターム(参考)】
4G048AA03
4G048AB01
4G048AC08
4G048AD03
4G048AD06
4G048AE05
4G048AE06
(57)【要約】
【課題】Pbフリーの新規な負熱膨張材料を提供する。
【解決手段】負の熱膨張性を有する負熱膨張材料であって、負熱膨張材料は、一般式Bi
1-xA
xCoO
3(Aは、La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb、LuおよびYからなる群より選ばれる1種以上の元素である。xは、0.1≦x<0.5を満たす。)で表され、正方晶の結晶構造を有する正方晶相を含む化合物を備える。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
負の熱膨張性を有する負熱膨張材料であって、
一般式Bi1-xAxCoO3(Aは、La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb、LuおよびYからなる群より選ばれる1種以上の元素である。xは、0.1≦x<0.5を満たす。)で表され、正方晶の結晶構造を有する正方晶相を含む化合物を備える、
負熱膨張材料。
【請求項2】
前記Aは、Laであり、
前記xは、0.16≦x≦0.25を満たす、
請求項1に記載の負熱膨張材料。
【請求項3】
前記化合物は、斜方晶の結晶構造を有する斜方晶相をさらに含む、
請求項1に記載の負熱膨張材料。
【請求項4】
前記正方晶相および前記斜方晶相の共存領域における前記斜方晶相の重量分率は、昇温とともに上昇する、
請求項3に記載の負熱膨張材料。
【請求項5】
前記負熱膨張材料は、500K~700Kの温度で負の熱膨張を示す、
請求項2に記載の負熱膨張材料。
【請求項6】
前記一般式で表される化合物において、Coの一部が他の金属元素で置換される、
請求項1に記載の負熱膨張材料。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の負熱膨張材料と、
正の熱膨張性を有する樹脂材料または金属材料と、
を備える、複合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、負熱膨張材料および複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
暖めると縮む性質、すなわち負の熱膨張性を有する材料は、半導体製造装置における位置決めのずれや異種の材料の接合界面における剥離といった、熱膨張に起因する問題の解決に繋がるとして注目を集めている。
【0003】
ペロブスカイト型化合物であるPbVO3置換体における負の熱膨張の研究が進められている。PbVO3は、Pb2+の6s2孤立電子対およびV4+の軌道秩序により、巨大な正方晶歪みをもつ。非特許文献1には、圧力下では、PbVO3において10.6%もの巨大な体積収縮が起こることが開示されている。
【0004】
非特許文献2には、PbVO3のPbの一部をBiで置換してV4+に電子ドープしたPb1-xBixVO3では、常圧で巨大な負の熱膨張を示すことが開示されている。また、Pbの一部をLaで置換した場合には、室温をまたいだ温度範囲において負の熱膨張を実現できることが開示されている。
【0005】
非特許文献3には、Pb0.8Bi0.1Sr0.1VO3が、450Kから700Kへ昇温すると9.3%の体積収縮を示すことが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】A. Belik et al., J. Phys. Soc. Jpn. 83, 074711 (2014)
【非特許文献2】H. Yamamoto., et al., Angew. Chem. 130, 8302 (2018)
【非特許文献3】T. Nishikubo et al., Chem. Mater. 35(3), 870 (2023)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1~3に記載の物質には、有害な鉛元素が含まれる。このため、鉛元素を含まない新規な負熱膨張物質が求められる。
【0008】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その例示的な目的の一つは、Pbフリーの新規な負熱膨張材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のある態様は、負の熱膨張性を有する負熱膨張材料である。当該負熱膨張材料は、一般式Bi1-xAxCoO3(Aは、La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb、LuおよびYからなる群より選ばれる1種以上の元素である。xは、0.1≦x<0.5を満たす。)で表され、正方晶の結晶構造を有する正方晶相を含む化合物を備える。
【0010】
本発明の別の態様は、複合体である。当該複合体は、上記負熱膨張材料と、正の熱膨張性を有する樹脂材料または金属材料と、を備える。
【0011】
この態様によれば、Pbフリーの新規な負熱膨張材料を提供することができる。
【0012】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本発明の表現を方法、材料、複合体などの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、Pbフリーの新規な負熱膨張材料を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】試料1~10のX線回折パターンを示す図である。
【
図2】試料4のX線回折パターンの温度依存性を示す図である。
【
図3】試料3のX線回折パターンの解析結果を示す図である。
【
図4】試料4のX線回折パターンの解析結果を示す図である。
【
図5】試料5のX線回折パターンの解析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(負熱膨張材料)
本実施形態に係る負熱膨張材料は、負の熱膨張性を有し、具体的には、所定の温度範囲で負の熱膨張を示す。負熱膨張材料は、母物質BiCoO3において、Biの一部が希土類元素で置換された化合物を含む。具体的には、負熱膨張材料は、下記式(1)で表される化合物を含む。
Bi1-xAxCoO3・・・(1)
式(1)中、Aは、希土類元素であり、xは、0.1≦x<0.5を満たす。より詳細には、Aは、La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb、LuおよびYからなる群より選ばれる1種以上の元素である。
【0016】
上記式(1)において、AがLaの場合、xが0.16≦x≦0.25を満たすことにより、より確実に、負の熱膨張を実現できる。
【0017】
上記式(1)で表される化合物の母物質であるBiCoO3は、巨大な結晶構造歪みを有するペロブスカイト化合物である。圧力印加によって、正方晶の結晶構造(PbTiO3型、空間群:P4mm)を有する正方晶相から斜方晶の結晶構造(GdFeO3型、空間群:Pnma)を有する斜方晶相への構造相転移が起こる(参考文献1を参照)。斜方晶相は、正方晶相よりも単位格子体積が小さいため、この構造相転移が起こることにより、BiCoO3の体積が収縮する。
参考文献1:K. Oka et al., Journal of the American Chemical Society 132, 9438 (2010)
【0018】
本発明者らは、BiCoO3について鋭意研究を重ねた結果、Biの一部を希土類元素で置換することにより、常圧において、昇温によって正方晶相から斜方晶相への構造相転移を起こし、負の熱膨張を実現できることを見出した。
【0019】
BiCoO3中のBi3+は、6s2の孤立電子対をもつ。この孤立電子対によって結晶構造に歪みが生じる。Bi3+の一部をたとえばLa3+などの6s2の孤立電子対をもたない希土類元素で置換することにより、6s2の孤立電子対を減らし、Bi3+による結晶構造への影響を減少させることができる。これにより、常圧における温度変化による構造相転移を実現できる。希土類元素は、イオン半径の関係で、比較的Biに置換し易い。また、Ce4+などの4価の元素で置換することにより、6s2の孤立電子対を減らすとともに、Coに電子をドープすることもできる。
【0020】
本実施形態に係る負熱膨張材料が有する上記式(1)で表される化合物は、正方晶の結晶構造(PbTiO3型、空間群:P4mm)を有する正方晶相を含む。また、当該化合物は、室温(300K)において、正方晶相に加えて、斜方晶の結晶構造(GdFeO3型、空間群:Pnma)を有する斜方晶相を含んでよい。
【0021】
上記式(1)で表される化合物中の正方晶相は、所定の温度範囲において、斜方晶相に変化する。したがって、本実施形態に係る負熱膨張材料において、正方晶相および斜方晶相の共存領域における斜方晶相の重量分率(以下、「斜方晶相分率」ともいう。)は、所定の温度範囲において昇温とともに上昇する。このとき、斜方晶相の単位格子体積は、正方晶相の単位格子体積よりも小さいため、斜方晶相分率が上昇することにより、負熱膨張材料の体積は収縮し、負熱膨張材料が負の熱膨張を示すこととなる。
【0022】
上記式(1)で表される化合物において、Coの一部は他の金属元素で置換されてよい。具体的には、負熱膨張材料は、下記式(2)で表される化合物を含んでよい。
Bi1-xAxCo1-yMyO3・・・(2)
ここで、Mは、金属元素であり、yは、0<y<0.5を満たし、好ましくは、0.1≦y<0.5を満たす。Mは、たとえば、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Al、Ga、In、Nb、Ru、RhまたはYなどであってよい。
【0023】
(負熱膨張材料の製造方法)
上記式(1)または(2)で表される化合物を含む負熱膨張材料の製造方法を説明する。なお、負熱膨張材料の製造方法は以下の方法に限定されるものではない。
【0024】
まず、Bi、A、Co、Mのそれぞれの酸化物を化学量論比で混合し、酸化剤(たとえばKClO4など)をさらに加える。この混合物をたとえばPtカプセルなど封入する。その後、たとえばキュービックアンビル型の高圧合成装置などを用いて、所定の加圧条件(たとえば8GPa程度)、所定の加熱温度(たとえば1200℃程度)、所定の処理時間(たとえば30分程度)でその混合物を処理することにより、負熱膨張材料を得ることができる。
【0025】
(複合体)
本実施形態に係る複合体は、上記負熱膨張材料と、正の熱膨張性を有する樹脂材料または金属材料と、を含む。複合体に用いられる樹脂材料は、特に限定されないが、たとえば、エポキシ樹脂、フェノール樹脂またはポリカーボネートなどであってよい。複合体に用いられる金属材料は、特に限定されないが、たとえば、銅またはアルミニウムなどであってよい。
【0026】
負熱膨張材料と、樹脂材料または金属材料との混合比(体積比)は、使用する負熱膨張材料、樹脂材料および金属材料の熱膨張係数にもよるが、たとえば5:95~80:20であってよい。本実施形態に係る複合体によれば、樹脂材料または金属材料の正の熱膨張を、負熱膨張材料の負の熱膨張によって相殺できる。これにより、温度変化に対する寸法変化の割合が小さい材料を提供できる。
【0027】
(実施例)
以下、本発明の実施例を説明するが、これら実施例は、本発明を好適に説明するための例示に過ぎず、なんら本発明を限定するものではない。
【0028】
(試料1~10)
大気中で、Bi2O3(酸化ビスマス(III) 99.9%、富士フイルム和光純薬株式会社製)、La2O3(Lanthanum Oxide 99.99%、株式会社レアメタリック製)およびCo3O4(Cobalt(IV) Oxide 99.9%、株式会社レアメタリック製)を化学量論比で混合し、その後、KClO4(過塩素酸カリウム 和光特級、富士フイルム和光純薬株式会社製)をさらに加えて混合し、その混合物をPtカプセル内に封入した。その後、混合物を、キュービックアンビル型の高圧合成装置を用いて、8GPa、1200℃、30分の条件で処理し、試料1~10を作製した。試料1~10の組成は、上記式(1)で表され、それぞれ下記の通りである。
試料1:BiCoO3(x=0)
試料2:Bi0.90La0.10CoO3(x=0.10)
試料3:Bi0.85La0.15CoO3(x=0.15)
試料4:Bi0.80La0.20CoO3(x=0.20)
試料5:Bi0.75La0.25CoO3(x=0.25)
試料6:Bi0.70La0.30CoO3(x=0.30)
試料7:Bi0.60La0.40CoO3(x=0.40)
試料8:Bi0.40La0.60CoO3(x=0.60)
試料9:Bi0.20La0.80CoO3(x=0.80)
試料10:LaCoO3(x=1.00)
【0029】
SPring-8のビームラインを用いて、λ=0.42Åで、試料1~10のX線回折(XRD)パターンを測定した。また、試料3~5について、X線回折パターンの温度依存性(100K~700K)を測定し、その結果をリートベルト解析した。
【0030】
図1は、試料1~10のX線回折パターンを示す図である。
図1において、丸印で示されるピークは斜方晶相のピークであり、三角で示されるピークはLaCoO
3型の菱面体晶相のピークであり、それ以外のピークは主として正方晶相のピークである。
【0031】
図1に示すように、試料1、2(x=0、0.10)のX線回折パターンでは、主として、正方晶相のピークが確認された。試料3~7(x=0.15、0.20、0.25、0.30、0.40)のX線回折パターンでは、正方晶相のピークに加えて、斜方晶相のピークが存在し、試料3~7において、正方晶相および斜方晶相が共存していることが確認された。試料3~7のX線回折パターンでは、Laの濃度が大きくなるにつれて、正方晶相のピークに対して斜方晶相のピークが強くなった。試料8~10(x=0.60、0.80、1.00)では、正方晶相がほぼ消失するとともに、斜方晶相が菱面体晶相に変化した。
【0032】
図2は、試料4のX線回折パターンの温度依存性を示す図である。このX線回折パターンは、100K(1回目)→300K→500K→700K→100Kの順で温度を変化させて得た結果である。
図2には、下から順に、100K(1回目)、300K、500K、700Kおよび100K(2回目)のX線回折パターンを示している。丸印で示されるピークは斜方晶相のピークであり、それ以外のピークは主として正方晶相のピークである。
図2に示すように、斜方晶相のピークは、100K、300Kから500K、700Kと昇温するにつれて大きくなっている。また、100KのときのX線回折パターンは、1回目と2回目とで変化がなく、100K~700Kにおいて結晶構造の変化が可逆であることがわかる。
【0033】
試料3~5のそれぞれについて、X線回折パターンをリートベルト解析し、正方晶相の単位格子体積、斜方晶相の単位格子体積、単位格子体積の平均、正方晶相および斜方晶相の共存領域における斜方晶相の重量分率を求めた。単位格子体積の平均は、正方晶相の単位格子体積および斜方晶相の単位格子体積のそれぞれに重量分率を乗じて得た値の和とした。
図3は、試料3(x=0.15)の解析結果を示す図であり、
図4は、試料4(x=0.20)の解析結果を示す図であり、
図5は、試料5(x=0.25)の解析結果を示す図である。
図3~
図5では、縦軸が単位格子体積(Å
3)または斜方晶相の重量分率(%)を示し、横軸は温度(K)を示す。
【0034】
図4に示すように、試料4では、100K~700Kにおいて、正方晶相の単位格子体積および斜方晶相の単位格子体積は、いずれも昇温とともに大きくなっている。斜方晶相の重量分率は、100K~400Kにおいて25%程度であるが、400K~700Kにおいて昇温とともに上昇し、700Kにおいて50%を超える。斜方晶相の重量分率の変化に伴い、単位格子体積の平均は、500K~700Kにおいて2.6%減少している。このように、試料4は、500K~700Kにおいて、負の熱膨張を示した。
図5に示すように、試料5は600~700Kでわずかな負の熱膨張を示したが、
図3に示すように、試料3では、負の熱膨張を確認できなかった。
【0035】
(補足)
以上、本発明を実施の形態をもとに説明した。この実施の形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。