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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025024431
(43)【公開日】2025-02-20
(54)【発明の名称】吸音構造
(51)【国際特許分類】
   G10K 11/172 20060101AFI20250213BHJP
【FI】
G10K11/172
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023128536
(22)【出願日】2023-08-07
(71)【出願人】
【識別番号】591060980
【氏名又は名称】岡山県
(71)【出願人】
【識別番号】390040958
【氏名又は名称】みのる化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100187838
【弁理士】
【氏名又は名称】黒住 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100220892
【弁理士】
【氏名又は名称】舘 佳耶
(74)【代理人】
【識別番号】100205589
【弁理士】
【氏名又は名称】日野 和将
(72)【発明者】
【氏名】藤本 望夢
(72)【発明者】
【氏名】眞田 明
(72)【発明者】
【氏名】高田 卓
(72)【発明者】
【氏名】國近 紀志
(72)【発明者】
【氏名】坪井 裕之
【テーマコード(参考)】
5D061
【Fターム(参考)】
5D061CC04
(57)【要約】      (修正有)
【課題】広い周波数帯域で高い吸音効果が奏されながらも、構造が単純で小型が容易な吸音構造及びそれを用いた吸音方法を提供する。
【解決手段】吸音構造は、周縁部が支持された弾性板と、弾性板のウラ面側に空洞部を形成する筐体部とを設け、弾性板に、弾性板のオモテ面側と前記空洞部とを連通する貫通孔を設けることによって、弾性板の振動によって、板振動型の吸音特性を生じるようにするとともに、貫通孔と空洞部内における背後空気層のヘルムホルツ共鳴によって、共鳴型の吸音特性を生じるようにした。弾性板の固有振動数fを100~2000Hzの範囲とし、弾性板の損失係数ηが0.64×f -0.33以上となるようにした。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
周縁部が支持された弾性板と、
弾性板のウラ面側に空洞部を形成する筐体部と
を有し、
弾性板には、弾性板のオモテ面側と前記空洞部とを連通する貫通孔が設けられ、
弾性板の振動によって、板振動型の吸音特性を生じ、
貫通孔と空洞部内における背後空気層のヘルムホルツ共鳴によって、共鳴型の吸音特性を生じる
ようにするとともに、
弾性板の固有振動数fが、100~2000Hzの範囲とされ、且つ、
弾性板の損失係数ηが、0.64×f -0.33以上となるようにした
ことを特徴とする吸音構造。
【請求項2】
前記貫通孔の等価円直径が、1~50mmとされた請求項1記載の吸音構造。
【請求項3】
弾性板及び空洞部の等価円直径が、10~1000mmとされた請求項2記載の吸音構造。
【請求項4】
弾性板の厚さが、0.5~5mmとされた請求項3記載の吸音構造。
【請求項5】
空洞部の深さが、1~500mmとされた請求項4記載の吸音構造。
【請求項6】
請求項1~5いずれか記載の吸音構造を用いた吸音方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共鳴型と板振動型とを組み合わせた吸音構造と、その吸音構造を用いた吸音方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
図1に示すように、吸音構造は、主に、多孔質型と、板(膜)振動型と、共鳴型との3種類に分類される(非特許文献1)。これらの吸音構造は、建築をはじめとした様々な分野で広く利用されている。
【0003】
このうち、多孔質型は、グラスウールやウレタンフォーム等、多数の細孔(連続気泡)を有する材料(多孔質型吸音材)を用いて吸音を行う吸音構造である。多孔質型吸音材に入射した音波のエネルギーを、その細孔の周壁との摩擦や、多孔質型吸音材を構成する繊維の振動等により、熱エネルギーとして消費することで、吸音が行われる。
【0004】
ところが、多孔質型の吸音構造は、高周波数領域では優れた吸音効果が得られるものの、低周波数領域では吸音効果が小さいという欠点がある。多孔質型の吸音構造において、低周波数領域での吸音特性を高めようとすると、多孔質吸音材の厚みを大きくしたり、多孔質吸音材の背後に設ける空気層(背後空気層)を厚くする必要がある。このため、スペースが制約されるアプリケーションで低周波数領域の騒音を抑制しようとする場合には、多孔質型の吸音構造を採用することが難しい。例えば、自動車のキャビン床面に防音対策を施し、自動車の走行音がキャビンに伝わらないようにするアプリケーションでは、車体スペースの制約上、厚みの大きな多孔質吸音材を配置しにくいし、背後空気層を大きく確保することが困難である。加えて、多孔質型の吸音構造には、多孔質吸音材の経年劣化によって、吸音特性が低下しやすいという問題もある。
【0005】
また、板(膜)振動型(以下においては、単に「板振動型」と表記する。)は、弾性板
と気密性を有する空洞部を用いて吸音を行う構造である。弾性板に入射した音波のエネルギーを、その弾性板が振動(板振動又は膜振動)する際の材料の内部摩擦により、熱エネルギーとして消費することで、吸音が行われる。
【0006】
板振動型の吸音構造は、構造がシンプルであるという利点を有するものの、得られる吸音効果が限定的であるという欠点がある。板振動型の吸音構造では、弾性板の共振周波数付近で吸音ピークを生じるものの、その吸音ピークにおいても、吸音率があまり高くならない。
【0007】
さらに、共鳴型の吸音構造は、孔部及びそれに連続する空洞部を有する共鳴器を用いて吸音を行う構造である。共鳴器の孔部に音波が入射すると、孔部内の空気(背後空気層)が特定の周波数(共鳴型吸音材の共鳴周波数)付近で激しく振動するヘルムホルツ共鳴が発現するところ、その振動の際の摩擦熱によって、音波のエネルギーを熱エネルギーとして消費することで、吸音が行われる。
【0008】
共鳴型の吸音構造は、板振動型の吸音構造と同様、吸音ピークを生じるものの、そのときの吸音率が非常に高く、この点において、振動型よりも優れている。ところが、共鳴型の吸音構造で高い吸音効果が奏されるのは、特定の周波数(共鳴周波数)付近のみである。この点、上記の孔部や空洞部として、寸法や形状の異なる複数種類を独立して設ければ、共鳴型でも、広い周波数帯域で優れた吸音効果を得ることができる(非特許文献2)。また、共鳴器として「MPP」(Micro-perforated panel:MPP)と呼ばれる孔径1mm以下の微細な穿孔を有する微細穿孔板を用いれば、共鳴型の吸音構造でも、広い周波数帯域で優れた吸音効果を得ることができる(非特許文献3,4)。しかし、そのような構造は、複雑であり、寸法精度も要求される。このため、共鳴器の製造コストが上昇し、それが共鳴型の吸音構造の実用化を妨げている(非特許文献5)。
【0009】
以上のように、多孔質型と、板(膜)振動型と、共鳴型は、それぞれ一長一短であるところ、これまでには、板振動型と共鳴型とを組み合わせた吸音構造も提案されている。例えば、非特許文献6~8には、ヘルムホルツ共鳴器と弾性板とを直列に配置した2自由度系の吸音構造が開示されている。この吸音構造では、ヘルムホルツ共鳴器と弾性板の共振周波数とを一致させた連成現象を利用することによって、吸音周波数の広帯域化を実現している。しかし、非特許文献6~8の吸音構造は、2種類の吸音構造を直列に配置している(共鳴器の空洞部内を弾性板で仕切った構造を有している)ため、2層の背後空気層が必要となり、構造全体の厚みが大きくなるという欠点がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】前川純一他,“建築・環境音響学 第3版”,共立出版,2011
【非特許文献2】C.Wang et al.,“On the acoustic propertiesof parallel arrangement of multiple micro-perforated panel absorbers with different cavity depths”,The Journal of the Acoustical Society of America,Vol.130,No.1,pp.208-218,2011
【非特許文献3】D.Y.Maa,“Potential of microperforated panel absorber”,The Journal of the Acoustical Society of America,Vol.104,pp.2861&#8722;2866,1998
【非特許文献4】矢入幹記他,“微細穿孔板の吸音特性”,日本音響学会誌,Vol.63,No.2,pp.76-82,2007
【非特許文献5】小松洋輔,“製造性を考慮した微細穿孔吸音体の設計とロードノイズ対策への応用”,自動車技術会春季大会2022,No.49-3,2022
【非特許文献6】井上尚久,孔敬受,佐久間哲哉,“背後空気層を有する背面穿孔板ハニカム板の吸音特性-2自由度モデルに基づく考察-” ,騒音制御,Vol.44,No.6,pp.326-333,2020
【非特許文献7】眞田明他,“弾性板の振動を利用した広帯域ヘルムホルツ共鳴型吸音パネル”,日本機械学会論文集C編,Vol.71,No.705,pp.1513-1520,2005
【非特許文献8】A.Sanada et al.,“Extension of the frequency range of resonant sound absorbers using two-degree-of-freedom Helmholtz-based resonators with a flexible panel”,Applied Acoustics,Vol.74,No.4,pp.509-516,2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、広い周波数帯域で高い吸音効果が奏されながらも、構造が単純で小型が容易な吸音構造を提供するものである。また、この吸音構造を用いて吸音を行う吸音方法を提供することも本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題は、
周縁部が支持された弾性板と、
弾性板のウラ面側に空洞部を形成する筐体部と
を有し、
弾性板には、弾性板のオモテ面側と前記空洞部とを連通する貫通孔が設けられ、
弾性板の振動によって、板振動型の吸音特性を生じ、
貫通孔と空洞部内における背後空気層のヘルムホルツ共鳴によって、共鳴型の吸音特性を生じる
ようにするとともに、
弾性板の固有振動数fが、100~2000Hzの範囲とされ、且つ、
弾性板の損失係数ηが、0.64×f -0.33以上となるようにした
ことを特徴とする吸音構造。
を提供することによって解決される。
【0013】
本発明の吸音構造は、共鳴型の吸音構造と板振動型の吸音構造とを組み合わせたものであり、広い周波数帯域で良好な吸音作用を発揮できるものとなっている。これは、弾性板として、損失係数ηが、0.64×f -0.33以上(固有振動数fは、100~2000Hzの範囲内のいずれかの値)となるものを用いたことによる。これにより、後述する下記式3-1で定義される極値間平均吸音率を0.80以上とすることができる。この極値間平均吸音率は、0~1の値を取るところ、1に近ければ近いほど、広い周波数帯域において、優れた吸音特性が得られることを意味する。後述するように、損失係数ηを0.83×f -0.34以上とすると、極値間平均吸音率を0.85以上とより高めることができる。また、損失係数ηを1.06×f -0.35以上とすると、極値間平均吸音率を0.90以上とさらに高めることができる。
【0014】
損失係数ηが、0.64×f -0.33以上となるのは、固有振動数fが100~2000Hzの範囲内のいずれかの値をとるときであればよいが、固有振動数fが100~2000Hzのいずれの値をとったときでも、損失係数ηが0.64×f -0.33以上となるようにすることが好ましい。後掲する図8に、η=0.64×f -0.33の曲線を示しているが、同図を見ると、固有振動数fが100~2000Hzのいずれの値をとったときでも、損失係数ηが常に0.64×f -0.33以上となるようにするためには、損失係数ηを0.14以上にすればよいことが分かる。また、図8には、η=0.83×f -0.34の曲線と、η=1.06×f -0.35の曲線も示しているが、100~2000Hzの範囲で損失係数ηが常に0.83×f -0.34以上となるようにするためには、損失係数ηを0.17以上にすればよいことが分かり、100~2000Hzの範囲で損失係数ηが常に1.06×f -0.35以上となるようにするためには、損失係数ηを0.21以上にすればよいことが分かる。
【0015】
このように、本発明の吸音構造は、広い周波数帯域で良好な吸音作用を発揮できるものであるにもかかわらず、貫通孔を設けた弾性板のウラ面側(背後)に、筐体部(空洞部を区画する構造)を取り付けただけの非常に単純な構造を有している。特に、前記貫通孔を形成した板状の部分が、弾性板として機能するようになっており、空洞部内(背後空気層)が、弾性板で仕切られない構造となっている。このため、製造コストを抑えることも可能である。
【0016】
また、本発明の吸音構造では、前記貫通孔の直径(貫通孔の断面が非円形である場合には等価円直径)を大きくしても、広い周波数帯域で優れた吸音効果を得ることができる。例えば、前記貫通孔の直径を1mm以上としても、優れた吸音効果を得ることができる。前記貫通孔の直径は、3mm以上、5mm以上、10mm以上、20mm以上、30mm以上とさらに大きくすることも可能である。このように、前記貫通孔の直径を大きくすることで、微細な構造を設ける必要がなくなり、製造コストをさらに抑えるだけでなく、前記貫通孔の詰まりを防ぐことも可能になる。前記貫通孔の直径の上限は、特に限定されないが、通常、50mm以下とされる。
【0017】
本発明の吸音構造において、弾性板の直径(弾性板が非円形である場合には等価円直径。弾性板の直径は、通常、空洞部(背後空気層)の直径に一致する。)は、特に限定されない。しかし、弾性板の直径が小さすぎると、吸音構造の製作が難しくなるおそれがある。このため、弾性板の直径は、通常、10mm以上とされる。弾性板の直径は、30mm以上、50mm以上、100mm以上、150mm以上、200mm以上とさらに大きくすることも可能である。弾性板の直径の上限は、特に限定されないが、通常、1000mm以下とされる。
【0018】
本発明の吸音構造において、弾性板の厚さは、特に限定されない。しかし、弾性板を薄くしすぎると、弾性板が破損しやすくなる。このため、弾性板の厚さは、0.5mm以上とすることが好ましい。弾性板の厚さは、0.7mm以上、1mm以上、1.5mm以上、2mm以上とさらに大きくすることが可能である。ただし、弾性板を厚くしすぎると、弾性板が振動しにくくなり、板振動型の吸音特性が得られにくくなるおそれがある。このため、弾性板の厚さは、5mm以下とすることが好ましい。
【0019】
本発明の吸音構造において、空洞部の深さ(背後空気層の厚さに一致する。)は、特に限定されないが、空洞部の深さ(背後空気層の厚さ)は、上述した空洞部の直径(背後空気層の直径)と相まって、共鳴型の吸音特性に大きく影響する。また、空洞部の深さ(背後空気層の厚さ)を小さくしすぎると、共鳴器を製作しにくくなる。このため、空洞部の深さ(背後空気層の厚さ)は、通常、1mm以上とされる。空洞部の深さ(背後空気層の厚さ)は、10mm以上、30mm以上、50mm以上とさらに大きくすることが可能である。とは言え、空洞部の深さ(背後空気層の厚さ)を大きくしすぎると、吸音構造が大型化してしまう。このため、空洞部の深さ(背後空気層の厚さ)は、500mm以下とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
以上のように、本発明によって、広い周波数帯域で高い吸音効果が奏されながらも、構造が単純で小型が容易な吸音構造を提供することが可能になる。また、この吸音構造を用いて吸音を行う吸音方法を提供することも可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】多孔質型の吸音構造、板(膜)振動型の吸音構造及び共鳴型の吸音構造を説明する図である。
図2】本発明に係る吸音構造を示した模式図である。
図3】本発明に係る吸音構造の吸音特性を説明する図である。
図4】損失係数ηを変更したときの垂直入射吸音率の計算結果を示したグラフである。
図5】垂直入射吸音率を測定する実験の概要を説明する図である。
図6】吸音構造Aの垂直入射吸音率の測定結果を示したグラフである。
図7】吸音構造Bの垂直入射吸音率の測定結果を示したグラフである。
図8】極値間平均吸音率に特定の閾値(0.80、0.85及び0.90)を設定し、その閾値となる損失係数ηの曲線を、吸音周波数(固有振動数fp)ごとに示したグラフである。
図9】実施例1-1、実施例1-2及び比較例1の吸音構造における吸音率の周波数特性(理論値)を示したグラフである。
図10】実施例2-1、実施例2-2及び比較例2の吸音構造における吸音率の周波数特性(理論値)を示したグラフである。
図11】実施例3及び比較例3の吸音構造における吸音率の周波数特性(理論値)を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の吸音構造について、図面を用いてより具体的に説明する。ただし、以下で述べる構成は、飽くまで一例である。このため、本発明の吸音構造の技術的範囲は、以下で述べる構成に限定されない。本発明の吸音構造には、発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更を施すことができる。
【0023】
1.本発明の吸音構造の概要
図2は、本発明に係る吸音構造を示した模式図である。図2(a)は、同吸音構造を、弾性板の中心線を含む平面で切断した断面図であり、図2(b)は、同吸音構造を、弾性板のオモテ面側から見た正面図である。本発明の吸音構造は、図2に示すように、弾性板と、筐体部とを有している。筐体部は、弾性板のウラ面側に空洞部(背後空気層となる空洞部)を形成する部分となっており、剛性を有する素材で形成される。弾性板は、空洞部(筐体部の口)を塞ぐ状態で、その周縁部を筐体部等に支持される。この弾性板には、そのオモテ面側とウラ面側(空洞部側)とを連通する貫通孔が設けられている。弾性板は、損失係数ηが0.64×f -0.34以上(固有振動数fは、100~2000Hzのいずれかの値。)の素材で形成されている。
【0024】
これにより、弾性板の振動によって、板振動型の吸音特性を発現するだけでなく、貫通孔と空洞部内における背後空気層のヘルムホルツ共鳴によって、共鳴型の吸音特性を発現することが可能になる。図3に、本発明に係る吸音構造の吸音特性を示す。図3の横軸は、入射音波の周波数であり、縦軸は、吸音率(垂直入射吸音率)である。図3に示すように、本発明に係る吸音構造は、板振動型の吸音特性と、板振動型の吸音特性とを組み合わせた吸音特性(2つの吸音ピークが現われる吸音特性)を示し、広い周波数帯域で優れた吸音効果を奏することができるものとなっている。特に、損失係数ηが0.64×f -0.34以上の素材で弾性板を形成したことによって、上記の2つの吸音ピーク間における吸音率の落ち込みが小さく抑えられている。
【0025】
ただし、上記の2つの吸音ピークが離れすぎている(それぞれの吸音ピークが生じるときの周波数の差が大きすぎる)と、吸音ピーク間における吸音率の落ち込みを抑えにくくなる。このため、2つの吸音ピークはある程度近づける(それぞれの吸音ピークが生じるときの周波数の差を小さく抑える)ことが好ましい。それぞれの吸音ピークが生じるときの周波数の差は、500Hz以下とすることが好ましく、400Hz以下とすることがより好ましく、300Hz以下とすることがさらに好ましい。
【0026】
弾性板は、筐体部(空洞部)の口を塞ぐ状態に設けられる。この弾性板は、その周縁部を支持されながらも、非周縁部が振動可能な状態とされる。弾性板は、筐体部とは別に成形したものを、筐体部(空洞部)の口に宛がい、弾性板の周縁部を筐体部の口に固定することで、筐体部に対して事後的に一体化することもできるが、弾性板と筐体部は、ブロー成形等によって完全一体的に形成することもできる。
【0027】
弾性板の振動性を考慮すると、弾性板の厚さは、5mm以下とすることが好ましい。ただし、弾性板を薄くしすぎると、弾性板が破損しやすくなるおそれがある。このため、弾性板の厚さは、0.5mm以上とすることが好ましい。本実施形態においては、弾性板の厚さを2mmとしている。弾性板の直径は、特に限定されないが、通常、30~300mmの範囲とされる。弾性板は、ヤング率が50GPa以下の素材で形成することが好ましい。振動板のヤング率は、10GPa以下、5GPa以下とさらに小さくすることもできる。振動板のヤング率の下限は、特に限定されないが、小さめのゴム等で、0.01~0.1GPa程度までである。弾性板の密度も特に限定されないが、0.1g/cm以上とされる。弾性板の密度は、0.5g/cm以上とすることが好ましい。弾性板の密度に特に上限はないが、通常、5.0g/cm程度までである。
【0028】
弾性板の材質は、その損失係数ηが上記の値(0.64×f -0.34)以上となるのであれば、特に限定されない。そのような高い損失係数ηを有する素材としては、天然ゴムや、合成ゴム(スチレンブタジエンゴム、ブタジエンゴム、イソプレンゴム、ブチルゴム、ニトリルゴム、EPDM、クロロプレンゴム、熱硬化ポリウレタン、アクリルゴム、シリコーンゴム、フッ素ゴム等)が挙げられる。また、オレフィン系樹脂や、EVA樹脂や、スチレン系樹脂や、ポリ塩化ビニル系樹脂や、熱可塑性ポリウレタン系樹脂等の熱可塑性樹脂が挙げられる。PLA樹脂(ポリ乳酸)等の植物由来の樹脂材料も、弾性板の成形材料として好適に用いることができる。弾性板のオモテ面又はウラ面には、制振材料を貼り付けることや塗布することもできる。制振材料としては、ゴム系(天然ゴム、ブタジエンゴム等)や熱可塑性エラストマー(スチレン系、オレフィン系、ウレタン系等)等の粘弾性材料が例示される。また、これらの粘弾性材層に拘束層(剛性の高い材料)を貼り付けた拘束層付きの制振材料も用いることができる。
【0029】
弾性板の形状(外周形状)は、特に限定されない。弾性板は、円形状とするほか、四角形や六角形等の多角形状としたり、楕円形状とすることもできるし、これらのいずれにも該当しない不定形状とすることもできる。弾性板のウラ側に位置する空洞部(背後空気層)の断面形状(筐体部の内部空間の断面形状)は、通常、弾性板の形状と同じになる。
本実施形態において、弾性板の外周形状と、空洞部の断面形状は、いずれも、円形となっている。
【0030】
弾性板には、弾性板のオモテ面側とウラ面側(空洞部)とを連通する貫通孔が設けられる。この貫通孔によって、背後空気層でヘルムホルツ共鳴を生じさせることが可能になる。貫通孔は、1枚の弾性板(及びそのウラ側の1つの空洞部)につき、複数個ずつ設けることもできるが、本実施形態においては、1枚の弾性板(及びそのウラ側の1つの空洞部)につき、1つの貫通孔を設けている。その貫通孔は、弾性板の中心に設けている。
【0031】
弾性板に設ける貫通孔の直径は、小さくすることもできるが、その場合には、貫通孔の加工に精度が要求されるようになる。また、貫通孔に異物が詰まりやすくなるおそれもある。このため、貫通孔の直径は、1mm以上とすることが好ましく、3mm以上とすることがより好ましい。貫通孔の直径は、5mm以上、10mm以上、20mm以上、30mm以上とさらに大きくすることもできる。貫通孔の直径の上限は、特に限定されないが、通常、50mm以下とされる。
【0032】
筐体部は、弾性板の振動に影響を及ばさないように、振動しにくい構造とする。筐体部は、ポリプロピレンやポリエチレン等の硬質樹脂のほか、アルミニウムや鉄やステンレス鋼等の金属や、ガラス等で形成することもできる。既に述べたように、筐体部には、背後空気層となる空洞部が設けられている。空洞部の直径は、特に限定されないが、通常、30~300mmとされる。空洞部の深さ(背後空気層の厚さに一致する。)は、特に限定されないが、通常、1~500mmとされる。
【0033】
上述した吸音構造は、1つだけでなく、複数を配置することも可能である。すなわち、1枚の弾性板と、そのウラ側の空洞部とを1つの吸音構造とみなしたときに、同吸音構造を、縦方向や横方向に並べて配置することもできる。これにより、広い面積で吸音を行うことが可能になる。
【0034】
以上で述べた吸音構造は、単純な構造で小型化が容易でありながらも、広い周波数帯域で高い吸音効果を奏することができる。
【0035】
2.垂直入射吸音率の理論モデルの構築
ここでは、ヘルムホルツ共鳴(共鳴型)と板振動(振動型)とを組み合わせた吸音構造による垂直入射吸音率の理論式の導出を行う。また、製作した吸音構造の垂直入射吸音率測定を行い、理論値と比較することで理論式の妥当性を検討する。
【0036】
2.1 理論モデルと吸音率の導出
前掲の図2(a)を参照しながら、ヘルムホルツ共鳴(共鳴型)と板振動(振動型)とを組み合わせた吸音構造の垂直入射吸音率を導出する。ここでは、背後空気層(空洞部)の周辺部(筐体部)を剛壁とみなして説明する。また、弾性板の外周形状や、それに設けた孔の断面形状や、背後空気層(空洞部)の断面形状を、いずれも円形とした場合について考える。さらに、弾性板の中心に1つの孔を設ける場合について考える。以下においては、弾性板における、騒音源が存在する側(開放空間側)の面を「オモテ面」とし、騒音源とは反対側(背後空気層(空洞部)が存在する側)の面を「ウラ面」として説明する。
【0037】
弾性板の平均振動速度をvとし、孔部を含む弾性板全体の面積をSとし、弾性板から孔部を除いた部分の面積をSとし、孔部の断面積をSとすると、弾性板のオモテ面の粒子速度(vとする。)と、孔部空気の振動速度(vとする。)は、体積速度の関係から、下記式1-1で表すことができる。

【数1】
【0038】
これにより、弾性板のオモテ面の音響インピーダンス密度(Zとする。)は、弾性板のオモテ面の加振音圧をpとし、弾性板の開口率をφ(=S/S)として、下記式1-2で表すことができる。

【数2】
【0039】
上記式1-2は、弾性板による音響インピーダンス密度(Z とする。)と、孔内部の空気の音響インピーダンス密度(Z とする。)とを用いて、下記式1-3で記述できる。

【数3】
【0040】
また、弾性板のウラ面の音響インピーダンス密度(Zとする。)は、弾性板のウラ面の加振音圧をpとすると、下記式1-4で表すことができる。

【数4】
【0041】
音波の波長が、背後空気層の厚みに対して十分大きいとすると、弾性板のウラ面の音響インピーダンス密度Zは、下記式1-5で表すことができる。ただし、ρは、空気の密度であり、cは、空気中の音速であり、Lは、背後空気層の厚みである。また、kは、波数であり、角周波数をωとして、k=ω/cと表すことができる。

【数5】
【0042】
垂直入射吸音率(αとする。)は、弾性板のオモテ面と、空気の音響インピーダンス密度とから、下記式1-6で算出できる。

【数6】
【0043】
2.2 孔部空気に関する運動方程式について
孔の内部における空気の集中定数系の運動方程式は、開口端補正を考慮した貫通孔の長さをt’とし、孔面積当たりの粘性減衰係数をCとすると、下記式1-3で記述できる。

【数7】
【0044】
上記式1-7における孔面積当たりの粘性減衰係数Cは、空気の粘性係数をηとし、貫通孔の半径と長さ(弾性板の厚さ)をそれぞれrとtとすると、下記式1-8で与えられる。

【数8】
【0045】
上記式1-4と上記式1-5から求めたpを、上記式1-7に代入すると、弾性板による音響インピーダンス密度Z と、孔内部の空気の音響インピーダンス密度Z を用いて、下記式1-9が得られる。

【数9】
【0046】
2.3 弾性板の運動方程式について
円形の弾性板の連続体の方程式は、下記式1-10で表すことができる。ここで、ρは、弾性板の密度であり、hは、弾性板の厚さである。また、Dは、弾性板の曲げ剛性であり、弾性板の損失係数をηを用いて、D=D’(1+jη)と表すことができる。ただし、D’は、弾性係数をEとし、ポアソン比をεとすると、D’=Eh/12(1-ε)となる。

【数10】
【0047】
弾性板の振動(板振動)として、1次の振動モードのみを考えると、弾性板の振動速度(v(r,t)とする。)は、1次モードの形状関数C(r)と時間関数v(t)とを用いて、下記式1-11で表すことができる。

【数11】
【0048】
上記式1-11を上記式1-10に代入し、弾性板の表面に対して面積分すると、下記式1-12のようになる。

【数12】
【0049】
上記式1-12において、Mは、1次モード質量であり、Kは、1次モード剛性であり、それぞれ、下記式1-13のように定義した。

【数13】
【0050】
また、弾性板のオモテ面全体において平均した振動速度vは、上記式1-11から、下記式1-14とした。

【数14】
【0051】
上記式1-14を上記式1-12に代入すると、下記式1-15が得られる。

【数15】
【0052】
上記式1-15において、Bは、下記式1-16で表される定数である。

【数16】
【0053】
また、1次モード質量Mと1次モード剛性Kとには、下記式1-17で表される関係がある。ここで、ωは、弾性板の1次固有振動数である。

【数17】
【0054】
上記式1-4及び上記式1-5から、弾性板のウラ面の加振音圧pを求め、それを上記式1-15に代入すると、下記式1-18が得られる。

【数18】
【0055】
以下、上記式1-9と上記式1-18とを連立して解くことで、弾性板及び甲内部の音響インピーダンス密度を求めることができる。

【0056】
2.4 弾性板のオモテ面の音響インピーダンスの導出
以上では、弾性板及び孔内部の音響インピーダンス密度を求めることができる2つの式(上記式1-9及び上記式1-18)を導出したところ、パラメータ数が多いため、下記式1-19で表されるパラメータm、m、k、k及びkを用いて上記式1-9及び上記式1-18を整理する。

【数19】
【0057】
すると、上記式1-9及び上記式1-18は、下記式1-20のようになる。

【数20】
【0058】
上記式1-20の連立方程式を解くことで、弾性板及び孔内部の空気の音響インピーダンス密度を求めることができ、それらを上記式1-3に代入すれば、下記式1-21に示すように、吸音板のオモテ面の音響インピーダンス密度Zを得ることができる。

【数21】
【0059】
上記式1-21の音響インピーダンス密度Zを上記式1-6に代入すると、垂直入射吸音率を算出することができる。

【0060】
2.5 垂直入射吸音率の算出
吸音周波数を広帯域化するためには、ヘルムホルツ共鳴器の共振周波数(fとする。)と、弾性板の共振周波数(fとする。)とが、近い値になるように、吸音構造を設計することが好ましい。ヘルムホルツ共鳴器の共振周波数f(孔部空気の共振周波数)は、下記式1-22で算出される。

【数22】
【0061】
上記式1-22において、Vは、背後空気層の体積である。また、εは、背後空気層の空洞部側の開口端補正であり、εは、騒音源が存在する外部空間側の孔部における開口端補正であり、それぞれ、下記式1-23で表される。

【数23】
【0062】
また、弾性板の共振周波数fは、弾性円板の1次の固有角振動数(ωとする。)を用いて、下記式1-24で表すことができる。ここで、mは、弾性板の面密度であり、hは、弾性板の厚みであり、Dは、弾性板の直径であり、Eは、弾性板のヤング率であり、εは、弾性板のポアソン比である。また、κは、振動モードと境界条件に依存する定数であり、4.9~10.3の範囲に値を持つ。なお、弾性板が円形以外(非円形)である場合や、境界条件を特定できない場合には、吸音構造全体について有限要素法等の数値計算手法による固有値解析を行うことで、固有角振動数および共振周波数を求めることができる。

【数24】
【0063】
ヘルムホルツ共鳴と板振動の効果を組み合わせた吸音構造では、弾性板の制振性を利用することによって、広帯域において高い吸音特性を実現することができる。弾性板の制振性を表す指標として、損失係数がある。ここでは、弾性板の損失係数を変更した際の吸音特性の傾向を検討する。計算対象の弾性板は、直径が100mmの円板とし、その厚みを2.0mm、孔の直径を23mmとした。弾性板の材質は、PLA樹脂(ポリ乳酸)とした。また、背後空気層の長さは、36mmとした。境界条件は、固定支持(κ=10.22)とした。このとき、弾性板の共振周波数fは、503Hzとなり、ヘルムホルツ共鳴器の共振周波数fは、483Hzとなった。
【0064】
図4に、損失係数ηを変更したときの垂直入射吸音率の計算結果を示す。同図における横軸は、周波数fを弾性板の共振周波数fで正規化したものとなっている。図4を見ると、2つの吸音ピークを有する吸音特性が現れており、損失係数ηが大きくなるに伴って、ピーク間の吸音率が向上し、全体の吸音特性が上昇する傾向があることが分かる。すなわち、損失係数ηを大きくすることによって、吸音特性の広帯域化が可能になることが示唆されている。また、孔径が23mmと大きな場合でも、高い吸音特性が得られることも分かった。ヘルムホルツ共鳴のみを用いた吸音構造では、孔径が大きくなると、孔内部の粘性抵抗が小さくなって吸音ピークが小さくなるため、そのような吸音特性を得ることは非常に困難である。

【0065】
3.垂直入射吸音率の理論モデルの検証
上述した計算モデルの整合性や、損失係数ηの増大による吸音特性の広帯域化の可能性を確かめるために、孔のあいた弾性板を実際に作製し、その垂直入射吸音率を測定する実験を行った。弾性板は、中心に1つの孔を有する円板とし、厚さの異なる2種類を作製した。一方の弾性板は、直径を106mm、厚みを1.0mm、孔径を22mmとし、他方の弾性板は、直径を69mm、厚みを1.2mm、孔径を15mmとした。弾性板は、PLA樹脂(ポリ乳酸)製のフィラメントを用いて3Dプリンタで作製した。
【0066】
以下においては、前者の弾性板(直径が106mmの弾性板)を用いた吸音構造を、「吸音構造A」と表記し、後者の弾性板(直径が69mmの弾性板)を用いた吸音構造を、「吸音構造B」と表記する。弾性板の損失係数を調整するために、吸音構造A及び吸音構造Bのいずれにおいても、そのオモテ面に、厚さ0.35mmの制振材を貼り付けた。吸音構造Aにおいては、背後空気層の厚さを40.4mmに設定し、吸音構造Bにおいては、背後空気層の厚さを18.0mmに設定した。
【0067】
ところで、上述したように、吸音構造A及び吸音構造Bにおいては、弾性板(試験体)を、PLA樹脂と制振材との積層構造としている。このため、計算に用いる各物性値(弾性板(試験体)の密度、ヤング率及びポアソン比)は、PLA樹脂単体の物性値と、制振材単体の物性値と、それぞれの厚みの比とを用いて算出した値とした。弾性板(試験体)の損失係数は、「JIS G 0602」及び「JIS K 7391」に準拠して測定したところ、0.23という値となった。弾性板の垂直入射吸音率は、「JIS A 1405-2」に基づいて測定した。
【0068】
図5に、垂直入射吸音率を測定する実験の概要を示す。弾性板(試験体)は、音響管の内部で、挟み込んだ状態で固定した。音響管には、インピーダンス測定管(B&K 4206)を用い、吸音構造Aにおいては、音響管の内径を100mmとし、吸音構造Bにおいては、音響管の内径を63.5mmとした。
【0069】
図6に、吸音構造Aの垂直入射吸音率の測定結果を示し、図7に、吸音構造Bの垂直入射吸音率の測定結果を示す。図6及び図7においては、垂直入射吸音率の測定値(実験値)だけでなく、理論値も示している。また、ヘルムホルツ共鳴のみで吸音を行った場合の垂直入射吸音率の理論値と、板振動のみで吸音を行った場合の垂直入射吸音率の理論値も示している。ここで、上記式1-23における開口端補正は、弾性板(試験体)が音響管内に設置されていることから、下記式2-1で表されるものを用いた。

【数25】
【0070】
図6及び図7を見ると、吸音構造A及び吸音構造Bのいずれにおいても、測定値(実験値)が理論値と略一致していることが分かる。このことから、計算モデルの整合性が確認できた。また、ヘルムホルツ共鳴のみを用いた場合の垂直入射吸音率(理論値)を見ると、図6及び図7のいずれにおいても、吸音ピークがかなり低くなっている。これは、孔径が22mmや15mmと大きめであることから、孔内部での粘性による減衰が小さくなったことが原因と思われる。これに対し、吸音構造A及び吸音構造Bにおいては、高い吸音ピークが現れるだけでなく、その周辺の周波数帯域においても、ヘルムホルツ共鳴のみを用いた場合と比較して、垂直入射吸音率が高くなっていることが分かる。このことから、ヘルムホルツ共鳴と板振動とを組み合わせた吸音構造A及び吸音構造Bによって、吸音特性の広帯域化が可能であることが確認できた。

【0071】
4.吸音特性の広帯域化に必要な条件式の導出
前掲の図4に示したように、弾性板の損失係数が大きくなるに伴い、吸音特性が広帯域化する。また、本発明に係る吸音構造の特徴として、2つの吸音ピークが現われることが挙げられる。そこで、吸音特性の広帯域化を表す指標として、下記式3-1で定義される評価値(極値間平均吸音率)を用いることとした。ここで、Maxは、2つの吸音ピークのうち、高い方の値であり、Minは、その2つの吸音ピーク間の極小値である。下記式3-1の極値間平均吸音率は、上記のMaxとMinの平均値であるところ、この値が大きければ大きいほど(1に近ければ近いほど)、広い周波数帯域において、優れた吸音特性が得られることを意味する。

【数26】
【0072】
また、前掲の図6及び図7を見ると、弾性板の共振周波数は、ヘルムホルツ共鳴及び板振動を組み合わせた場合に現れる2つの吸音ピーク間の極小値付近となることが分かる。したがって、吸音する周波数帯域は、弾性板の固有振動数fによって決まる。そこで、弾性板の固有振動数fを吸音周波数として定義する。上記式3-1における極値間平均吸音率に特定の閾値(0.80、0.85及び0.90)を設定し、その閾値となる損失係数ηの曲線を吸音周波数(固有振動数f)ごとに示したものが図8である。図8において、η0.80は、極値間平均吸音率が0.80となるときの損失係数ηであり、η0.85は、極値間平均吸音率が0.85となるときの損失係数ηであり、η0.90は、極値間平均吸音率が0.90となるときの損失係数ηである。
【0073】
すなわち、損失係数ηを、図8におけるη0.80の曲線よりも上側(縦軸方向正側)の値に設定すれば、極値間平均吸音率を0.80以上とすることができる。より具体的には、損失係数ηを、下記式3-2の範囲に設定すれば、極値間平均吸音率を0.80以上とすることができる。下記式3-2は、極値間平均吸音率が0.80となるときの損失係数ηをプロットし(図8における丸印を参照。)、その近似式から導いたものである。

【数27】
【0074】
また、損失係数ηを、図8におけるη0.85の曲線よりも上側(縦軸方向正側)の値に設定すれば、極値間平均吸音率を0.85以上とすることができる。より具体的には、損失係数ηを、下記式3-3の範囲に設定すれば、極値間平均吸音率を0.85以上とすることができる。下記式3-3は、極値間平均吸音率が0.85となるときの損失係数ηをプロットし(図8における三角印を参照。)、その近似式から導いたものである。

【数28】
【0075】
さらに、損失係数ηを、図8におけるη0.90の曲線よりも上側(縦軸方向正側)の値に設定すれば、極値間平均吸音率を0.90以上とすることができる。より具体的には、損失係数ηを、下記式3-4の範囲に設定すれば、極値間平均吸音率を0.90以上とすることができる。下記式3-4は、極値間平均吸音率が0.90となるときの損失係数ηをプロットし(図8における四角印を参照。)、その近似式から導いたものである。

【数29】
【0076】
下記表1に示す実施例1-1、実施例1-2及び比較例1の計3種類の吸音構造につき、垂直入射吸音率を理論的に求めた。実施例1-1、実施例1-2及び比較例1はいずれも、吸音周波数が126Hzの吸音構造であり、損失係数は、実施例1-1で0.25、実施例1-2で0.17、比較例1で0.10となっている。

【表1】
【0077】
実施例1-1の損失係数(=0.25)は、前掲の図8におけるη0.90の曲線よりも上側の値となっている。このため、実施例1-1の吸音構造においては、極値間平均吸音率が0.90以上となるはずである。また、実施例1-2の損失係数(=0.17)は、前掲の図8におけるη0.85の曲線よりも上側の値となるものの、η0.90の曲線よりも下側の値となる。このため、実施例1-2の吸音構造においては、極値間平均吸音率が0.85以上、0.90未満となるはずである。さらに、比較例1の損失係数(=0.10)は、前掲の図8におけるη0.80の曲線よりも下側の値となる。このため、比較例1の吸音構造においては、極値間平均吸音率が0.80未満となるはずである。
【0078】
図9に、実施例1-1、実施例1-2及び比較例1の吸音構造における吸音率の周波数特性(理論値)を示す。図9を見ると、実施例1-1においては、極値間平均吸音率が0.90以上となっていることが読み取れ、実施例1-2においては、極値間平均吸音率が0.85以上、0.90未満となっていることが読み取れ、比較例1においては、極値間平均吸音率が0.80未満となっていることが読み取れる。
【0079】
また、下記表2に示す実施例2-1、実施例2-2及び比較例2の計3種類の吸音構造についても、垂直入射吸音率を理論的に求めた。実施例2-1、実施例2-2及び比較例2はいずれも、吸音周波数が503Hzの吸音構造であり、損失係数は、実施例2-1で0.20、実施例2-2で0.11、比較例2で0.05となっている。

【表2】
【0080】
実施例2-1の損失係数(=0.20)は、前掲の図8におけるη0.90の曲線よりも上側の値となっている。このため、実施例2-1の吸音構造においては、極値間平均吸音率が0.90以上となるはずである。また、実施例2-2の損失係数(=0.11)は、前掲の図8におけるη0.85の曲線よりも上側の値となるものの、η0.90の曲線よりも下側の値となる。このため、実施例2-2の吸音構造においては、極値間平均吸音率が0.85以上、0.90未満となるはずである。さらに、比較例2の損失係数(=0.05)は、前掲の図8におけるη0.80の曲線よりも下側の値となる。このため、比較例2の吸音構造においては、極値間平均吸音率が0.80未満となるはずである。
【0081】
図10に、実施例2-1、実施例2-2及び比較例2の吸音構造における吸音率の周波数特性(理論値)を示す。図10を見ると、実施例2-1においては、極値間平均吸音率が0.90以上となっていることが読み取れ、実施例2-2においては、極値間平均吸音率が0.85以上、0.90未満となっていることが読み取れ、比較例2においては、極値間平均吸音率が0.80未満となっていることが読み取れる。
【0082】
さらに、下記表3に示す実施例3及び比較例3の計2種類の吸音構造についても、垂直入射吸音率を理論的に求めた。実施例3及び比較例3はいずれも、吸音周波数が1398Hzの吸音構造であり、損失係数は、実施例3で0.10、比較例3で0.03となっている。

【表3】
【0083】
実施例3の損失係数(=0.10)は、前掲の図8におけるη0.90の曲線よりも上側の値となっている。このため、実施例3の吸音構造においては、極値間平均吸音率が0.90以上となるはずである。また、比較例3の損失係数(=0.03)は、前掲の図8におけるη0.80の曲線よりも下側の値となる。このため、比較例3の吸音構造においては、極値間平均吸音率が0.80未満となるはずである。
【0084】
図11に、実施例3及び比較例3の吸音構造における吸音率の周波数特性(理論値)を示す。図11を見ると、実施例3においては、極値間平均吸音率が0.90以上となっていることが読み取れ、比較例3においては、極値間平均吸音率が0.80未満となっていることが読み取れる。
【0085】
以上の結果から、極値間平均吸音率が0.80以上となる条件式として、上記式3-2が妥当であり、極値間平均吸音率が0.85以上となる条件式として、上記式3-3が妥当であり、極値間平均吸音率が0.90以上となる条件式として、上記式3-4が妥当であることが確認できた。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11