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特開2025-24499研削支援装置、表示装置、及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025024499
(43)【公開日】2025-02-20
(54)【発明の名称】研削支援装置、表示装置、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   B24B 49/16 20060101AFI20250213BHJP
   B24B 7/02 20060101ALI20250213BHJP
【FI】
B24B49/16
B24B7/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023128663
(22)【出願日】2023-08-07
(71)【出願人】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105887
【弁理士】
【氏名又は名称】来山 幹雄
(72)【発明者】
【氏名】市原 浩一
【テーマコード(参考)】
3C034
3C043
【Fターム(参考)】
3C034AA07
3C034CA16
3C034CA30
3C034CB13
3C034DD20
3C043BA02
3C043BA12
3C043CC03
3C043DD02
3C043DD04
(57)【要約】
【課題】比研削エネルギの実験値を用いることなく、種々の研削条件に応じて接線抵抗を求めることが可能な研削支援装置を提供する。
【解決手段】砥石を回転させながら、被削材に砥石を切込量だけ切り込ませ、砥石に対して被削材を相対的に移動させながら研削を行うときの研削条件を指定する情報、及び被削材の物性値を指定する情報が入力部に入力される。入力部に入力された研削条件及び被削材の物性値を指定する情報に基づいて、演算部が砥石の作業面の周方向に加わる接線抵抗を計算し接線抵抗予測値を求める。演算部によって求められた接線抵抗予測値を表す情報が出力部から出力される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
砥石を回転させながら、被削材に前記砥石を切込量だけ切り込ませ、前記砥石に対して前記被削材を相対的に移動させながら研削を行うときの研削条件を指定する情報、及び前記被削材の物性値を指定する情報が入力される入力部と、
前記入力部に入力された前記研削条件及び前記被削材の物性値を指定する情報に基づいて、前記砥石の作業面の周方向に加わる接線抵抗を計算し接線抵抗予測値を求める演算部と、
前記演算部によって求められた前記接線抵抗予測値を表す情報を出力する出力部と
を備えた研削支援装置。
【請求項2】
前記演算部は、前記接線抵抗予測値から、前記砥石の作業面の法線方向に加わる法線抵抗を計算し、法線抵抗予測値を求め、
前記出力部は、前記演算部によって求められた前記法線抵抗予測値を出力する請求項1に記載の研削支援装置。
【請求項3】
前記入力部に入力される前記被削材の物性値は、前記被削材の引張強度またはせん断強度、及び伸びを含み、
前記演算部は、
前記入力部に入力された前記被削材の引張強度またはせん断強度の値と、前記被削材の伸びの値とに基づいて等価せん断応力を求め、
前記研削条件から、前記砥石が回転して前記砥石の最下点が前記被削材の表面まで移動する期間に、前記被削材をせん断するせん断面積を求め、
前記等価せん断応力と前記せん断面積とを乗じることにより、前記接線抵抗予測値を求める請求項1または2に記載の研削支援装置。
【請求項4】
前記入力部に入力される前記研削条件に、前記砥石の切込量、研削幅、前記砥石の直径、前記砥石の回転数、及び前記砥石に対する前記被削材の移動速度を表す情報が含まれる請求項3のいずれか1項に記載の研削支援装置。
【請求項5】
前記演算部は、前記砥石の最下点から前記被削材の表面までの前記砥石の作業面の周方向の長さである接触弧長さと、前記砥石が回転して前記砥石の最下点が前記被削材の表面まで移動する期間に、前記砥石に対して前記被削材が移動する長さとの和に、前記研削幅を乗じて、前記せん断面積を求める請求項4に記載の研削支援装置。
【請求項6】
砥石を回転させながら、被削材に前記砥石を切込量だけ切り込ませ、前記砥石に対して前記被削材を相対的に移動させながら研削を行うときの研削条件を指定する情報、及び前記被削材の物性値を指定する情報の入力を促すメッセージと、
入力された前記研削条件及び前記被削材の物性値を指定する情報に基づいて、前記砥石の作業面の周方向に加わる接線抵抗を計算して求められた接線抵抗予測値を表す情報を表示する表示装置。
【請求項7】
砥石を回転させながら、被削材に前記砥石を切込量だけ切り込ませ、前記砥石に対して前記被削材を相対的に移動させながら研削を行うときの研削条件、及び前記被削材の物性値を指定する情報を取得する機能と、
前記研削条件及び前記被削材の物性値を指定する情報に基づいて、前記砥石の作業面の周方向に加わる接線抵抗の予測値を求める機能と、
前記接線抵抗の予測値を出力する機能と
をコンピュータに実現させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、研削支援装置、表示装置、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
研削加工の加工条件を決める際には、粗さ、うねり、幾何精度、加工時間等の要求仕様を持たし、研削盤で加工可能な条件を探索しなければならない。従来、蓄積された加工データ、熟練工のノウハウ、砥石及び研削盤の製造業者や大学等の研究機関の知見を総動員して決められた加工条件で試験的な加工を行い、試行錯誤することにより最適な加工条件を決定している。
【0003】
研削時に発生する研削抵抗は、砥石の作業面(外周面)の接線方向に作用する接線抵抗と、砥石の作業面の法線方向に作用する法線抵抗とで表される。特に、接線抵抗は研削盤の主軸動力(砥石を回転させる動力)に直結し、接線抵抗の大きさによって現有の研削盤で加工が可能か否かが判定される。また、接線抵抗は、加工エネルギ効率を左右する。
【0004】
また、研削抵抗の一部は熱エネルギに変化し、研削熱となる。研削熱は、研削割れや研削反り等の不具合発生の要因になる。ところが、研削抵抗は、被削材の材質、砥石の切込量、砥石の回転数、砥石に対する被削材の移動速度等の研削条件によって大きく変化し、予測することは困難である。
【0005】
従来の研削抵抗の予測式について説明する。
砥石が被削材に行った仕事量は、被削材の除去体積に依存する。この除去体積は、砥石が被削材に加えたエネルギに比例する。これを単位時間で考えると、砥石出力L[kW]は、除去体積速度q[mm/s]に比例することになる。砥石出力Lは、砥石周速Vと接線抵抗Fとの積である。除去体積速度qは、研削幅bと切込量Zと被削材の移動速度Vとの積である。砥石出力Lと除去堆積速度qとの比例定数をkと標記すると、以下の式が成り立つ。
【数1】
【0006】
式(1)を変形することにより、以下の式が得られる。
【数2】
式(2)から、接線抵抗Fは被削材の移動速度Vに比例し、砥石周速Vに反比例することがわかる。
【0007】
比例定数kは、単位体積当たりの研削エネルギ[J/mm]であり、比研削エネルギと呼ばれる。特許文献2に、円錐砥粒モデルを用い、比研削エネルギから接線抵抗Fを求める方法が示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】市原浩一、多条ドレス砥石の研削メカニズムの研究 第2報:研削効率の評価方法と被削材質の影響、ABTEC2020
【非特許文献2】庄司克雄、研削加工工学、養賢堂(2004)、第5章第88頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献2に示された方法で、比研削エネルギから接線抵抗Fを計算することができるが、比研削エネルギに関するデータが無い被削材を研削加工するときの接線抵抗を予測することはできない。
【0010】
式(1)、式(2)、及び非特許文献2に示された方法においては、消費された研削エネルギは除去体積のみに比例し、削り方による効率の違いが説明できない。例えば、切込量10μmで1回の研削を行う場合と、切込量1μmで10回の研削を行う場合とで、除去体積は同一であるが、実際の研削加工においては、消費される研削エネルギは、切込量1μmで10回の研削を行う方が大きくなることが知られている。これは、切り屑のサイズが小さくなるほど、単位体積当たりの切断される表面積が切り屑サイズに反比例して増加し、切り屑のせん断エネルギが増加するためと理解できる。
【0011】
ところが、従来の接線抵抗予測方法には、切り屑サイズの影響が反映されておらず、切込量が小さくなるほど単位切込量当たりの研削抵抗が増加する現象を表現できていない。また、比研削エネルギの実験値は、測定時のドレス条件や切込量等の研削条件でばらつく。このため、研削抵抗を予測したいときの研削条件が、比研削エネルギの実験値を求めたときの研削条件と異なれば、研削抵抗の予測精度が低下してしまう。
【0012】
本発明の目的は、比研削エネルギの実験値を用いることなく、種々の研削条件に応じて接線抵抗を求めることが可能な研削支援装置及びプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一観点によると、
砥石を回転させながら、被削材に前記砥石を切込量だけ切り込ませ、前記砥石に対して前記被削材を相対的に移動させながら研削を行うときの研削条件を指定する情報、及び前記被削材の物性値を指定する情報が入力される入力部と、
前記入力部に入力された前記研削条件及び前記被削材の物性値を指定する情報に基づいて、前記砥石の作業面の周方向に加わる接線抵抗を計算し接線抵抗予測値を求める演算部と、
前記演算部によって求められた前記接線抵抗予測値を表す情報を出力する出力部と
を備えた研削支援装置が提供される。
【0014】
本発明の他の観点によると、
砥石を回転させながら、被削材に前記砥石を切込量だけ切り込ませ、前記砥石に対して前記被削材を相対的に移動させながら研削を行うときの研削条件を指定する情報、及び前記被削材の物性値を指定する情報の入力を促すメッセージと、
入力された前記研削条件及び前記被削材の物性値を指定する情報に基づいて、前記砥石の作業面の周方向に加わる接線抵抗を計算して求められた接線抵抗予測値を表す情報を表示する表示装置が提供される。
【0015】
本発明のさらに他の観点によると、
砥石を回転させながら、被削材に前記砥石を切込量だけ切り込ませ、前記砥石に対して前記被削材を相対的に移動させながら研削を行うときの研削条件、及び前記被削材の物性値を指定する情報を取得する機能と、
前記研削条件及び前記被削材の物性値を指定する情報に基づいて、前記砥石の作業面の周方向に加わる接線抵抗の予測値を求める機能と、
前記接線抵抗の予測値を出力する機能と
をコンピュータに実現させるプログラムが提供される。
【発明の効果】
【0016】
比研削エネルギの実験値を用いることなく、種々の被削材質や研削条件に応じて接線抵抗を求めることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、第1実施例による研削支援装置のブロック図、及び研削支援装置の支援対象となる研削を行う研削盤の概略斜視図である。
図2図2は、演算部が実行する計算の手順を説明するためのフロー図である。
図3図3Aは、砥石によって切り取られる被削材、及び砥石をy方向から見た模式図であり、図3Bは、砥石及び被削材のyz面に平行な断面図である。
図4図4は、被削材の物性値、研削条件、せん断面積S(図2)、等価せん断応力予測値τeq図2)、摩擦係数設定値μ、接線抵抗予測値Ft_pre、法線抵抗予測値Fn_pre、接線抵抗実験値Ft_exp、法線抵抗実験値Fn_expを示す図表である。
図5図5は、5種類の被削材のそれぞれについて求められた接線抵抗予測値Ft_preと、接線抵抗実験値Ft_expとを対比して示すグラフである。
図6図6は、研削条件、せん断面積S(図2)、等価せん断応力予測値τeq図2)、接線抵抗予測値Ft_pre、法線抵抗予測値Fn_pre、接線抵抗実験値Ft_exp、法線抵抗実験値Fn_expを示す図表である。
図7図7は、切込量Zのそれぞれについて求められた接線抵抗予測値Ft_preと、接線抵抗実験値Ft_expとを対比して示すグラフである。
図8図8は、第2実施例による研削支援装置を説明するための、砥石によって切り取られる被削材及び砥石54を、y方向から見た模式図である。
図9図9は、数式モデルに基づいて、接触弧PB0B1図8)上の任意の点の法線抵抗F及び接線抵抗Fの大きさを概略的に示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1は、第1実施例による研削支援装置30のブロック図、及び研削支援装置30の支援対象となる研削を行う研削盤10の概略斜視図である。基台50に、テーブル案内機構51を介して可動テーブル52が水平面内の一方向に往復移動可能に支持されている。可動テーブル52の移動方向をx方向とし、鉛直下向きをz軸の正の向きとするxyz直交座標系を定義する。可動テーブル52の上に被削材60が支持される。
【0019】
砥石ヘッド53が、可動テーブル52の上方に支持されている。砥石ヘッド53は、昇降可能に、かつ水平面内で可動テーブル52の移動方向と直交する方向(y方向)に移動可能である。例えば、トラバース方向案内レール55に沿ってx方向に移動可能にサドルが支持されており、サドルに対して砥石ヘッド53が昇降可能に支持されている。
【0020】
砥石ヘッド53の下端部に砥石54が取り付けられている。砥石54は円柱の側面に沿う作業面を有し、その中心軸がy軸方向と平行である。砥石ヘッド53を下降させて砥石54の下端を被削材60の表面よりやや下方まで下げた状態で、砥石54を回転させながら被削材60を研削方向(x方向)に移動させることにより、被削材60の研削が行われる。研削時における被削材60の表面から砥石54の下端までのz方向の長さは、切込量といわれる。
【0021】
砥石54を被削材60に切り込ませて被削材60の一端から他端までx方向に移動させたときに研削される領域を「パス」という。砥石ヘッド53をトラバース方向(y方向)にずらす手順と、1つのパスを研削する手順とを繰り返すことにより、被削材60の上面(被加工面)の全域を研削することができる。
【0022】
研削支援装置30は、入力部31、演算部32、出力部33、及び記憶部34を含む。
研削を行うときの研削条件を指定する情報及び被削材の物性値を指定する情報が入力部31に入力される。入力部31として、キーボード、タッチパネル、ディスプレイとポインティングデバイスとの組み合わせ、リムーバブルメディアのリーダライタ、通信装置等が用いられる。
【0023】
演算部32は、入力部31に入力された研削条件を指定する情報及び被削材の物性値を指定する情報に基づいて、砥石54の作業面の周方向に加わる接線抵抗の予測値(以下、接線抵抗予測値という。)を求める。例えば、演算部32は、マイクロプロセッシングユニット(MPU)を含み、記憶部34に記憶されているプログラムを実行することにより、接線抵抗予測値を求める機能を実現する。
【0024】
演算部32によって求められた接線抵抗予測値を表す情報が、出力部33から出力される。出力部33として、例えば、表示装置(ディスプレイ)、リムーバブルメディアのリーダライタ、通信装置等が用いられる。
【0025】
出力部33が表示装置である場合、研削条件を指定する情報、及び被削材の物性値を指定する情報の入力を促すメッセージを表示するとよい。このメッセージを見て、ユーザが研削条件を指定する情報及び被削材の物性値を指定する情報を入力部31に入力すると、演算部32が接線抵抗予測値を求め、求められた接線抵抗予測値を表す情報を表示装置に表示するようにするとよい。
【0026】
なお、接線抵抗予測値を表す情報として、表示装置は、接線抵抗予測値から現有の研削盤で加工が可能か否かの情報であっても良い。また、接線抵抗予測値を表す情報として、接線抵抗予測値を基に、これから研削盤の仕様を検討するユーザに対して、どの程度の研削出力が必要になるかの情報であっても良い。このように表示装置は、研削条件を指定する情報、被削材の物性値を基に接線抵抗予測値を求め、当該接線抵抗予測値からユーザの必要とする研削盤の仕様(条件)を表示することができる。
【0027】
図2は、演算部32が実行する計算の手順を説明するためのフロー図である。被削材60(図1)の物性値として、例えば引張強度σmax、せん断強度τmax、伸びEの値が、入力部31(図1)に入力される。なお、引張強度σmaxとせん断強度τmaxとの間には、フォンミーゼスのせん断エネルギ説より、以下の関係があることが知られている。
【数3】
したがって、入力部31には、引張強度σmax及びせん断強度τmaxの一方の値が入力されればよい。
【0028】
研削条件として、砥石直径D、切込量Z、研削幅b、砥石回転数N、研削材の移動速度V、砥石周速Vの値が、入力部31(図1)に入力される。なお、砥石周速V、砥石直径D、及び砥石回転数Nの間には、以下の関係がある。
【数4】
したがって、入力部31には、砥石周速V、砥石直径D、及び砥石回転数Nのうち少なくとも2つの値が入力されればよい。
【0029】
演算部32は、引張強度σmax及びせん断強度τmaxの一方の入力値、及び伸びEの入力値に基づいて、等価せん断応力を計算し、等価せん断応力予測値τeqを求める。等価せん断応力τeqの計算方法については後に説明する。さらに、演算部32は、砥石直径D、切込量Z、研削幅b、砥石回転数N、被削材の移動速度Vから、せん断面積を計算し、せん断面積計算値Sを求める。せん断面積Sの計算方法については、後に説明する。
【0030】
演算部32は、以下の式に基づき、接線抵抗予測値Ft_preを求める。
【数5】
さらに、砥石被削材間摩擦係数μを用いて、以下の式に基づき法線抵抗予測値Fn_preを求める。
【数6】
【0031】
次に、図3A図4を参照して、等価せん断応力予測値τeq及びせん断面積計算値Sを求める方法について説明する。
【0032】
図3Aは、砥石54及び砥石54によって切り取られる被削材60をy方向から見た模式図であり、図3Bは、砥石54及び被削材60のyz面に平行な断面図である。被削材60の表面から砥石54の最下点までのz方向の長さが切込量Zに相当する。実際には、砥石54に対して被削材60がx軸の正の向きに移動するが、図3Aでは、被削材60に対して砥石54が実線で示した位置から破線で示した位置までx軸の負の向きに移動するように示している。すなわち、砥石54がx軸の負の向きに移動速度Vで移動すると考えることができる。砥石54の最下点において、砥石54の作業面が砥石54の移動方向(x軸の負の向き)と同一の方向に、周速Vで移動するように、砥石54が回転する。
【0033】
研削幅b(図3B)は、被削材60のうち、砥石54によって研削される部分のy方向寸法である。
【0034】
実線で示した砥石54の最下点をPA0と標記し、実線で示した砥石54と被削材60の表面との交点をPA1と標記する。破線で示した砥石54の最下点をPB0と標記し、破線で示した砥石54と被削材60の表面との交点をPB1と標記する。点PA0から点PA1までの円弧の部分で、砥石54が被削材60に接触する。この円弧を接触弧ということとする。砥石54が回転して作業面上の点PA0が点PA1の位置に達する間に、砥石54が破線で示した位置まで移動する。この移動距離を、接触弧当たり移動量λということとする。点PA0から点PA1までの接触弧の長さと、点PB0から点PB1までの接触弧の長さとは等しい。この接触弧の長さを接触弧長さLということとする。
【0035】
接触弧当たりの移動量λ及び接触弧長さLは、以下の式で計算することができる。
【数7】
【0036】
砥石54が接触弧当たり移動量λだけ移動すると、接触弧PA0A1、直線PA1B1、接触弧PB1B0、及び直線PB0A0で囲まれた領域の被削材60が削り取られ、切り屑になる。切り屑となる部分を切り屑部分ということとする。切り屑部分の断面の長さLは、以下の式で近似される。一般的に、切込量Zはμmのオーダであり、接線弧長さLはmmのオーダであるため、以下の近似式が成り立つ。
【数8】
【0037】
接線抵抗Fは、被削材の切り屑になるせん断面をせん断する力に相当する。せん断力は、接触弧PA0A1の位置で、砥石54が被削材60を周方向に引き摺る接線方向の摩擦力で与えられる。せん断力は、切り屑側と削られる側との金属結合がずれて変形し、延ばされている期間だけ作用し、金属結合が切断されるとせん断力はゼロになる。
【0038】
せん断面における被削材60に対する切り屑部分のずれは、切り屑部分が砥石54の作業面とともに移動することで生じる。切り屑部分が距離Lだけずれたときに金属結合が切断されると仮定すると、せん断面における被削材60の伸びは100%になる。ところが、一般的な金属材料の伸びは100%未満である。すなわち、せん断力は、砥石54が切り屑部分の断面の長さLだけ切り屑部分を引き摺る途中で金属結合が切断され、せん断力がゼロになる。このため、切り屑の断面の長さLの全長に亘りせん断力が発生するわけではない。
【0039】
せん断面の変形歪は、被削材60の物性値の伸びに比例すると考えられるので、せん断破壊応力は、被削材60の物性値であるせん断強度τmaxに伸びEを乗じた値に低下すると考えられる。この考察に基づいて、等価せん断応力予測値τeqを以下の式で定義する。
【数9】
【0040】
伸びEに付された指数nは、最終的に得られる接線抵抗予測値Ft_preと、接線抵抗Fの実測値とのずれを補償するためのパラメータである。例えば、指数nとして、1.2が用いられる。ηthは、せん断強度τmaxと等価せん断応力予測値τeqとの桁を合わせるための補正係数である。せん断強度τmaxと伸びEとを掛け合わせて求めた値は、実機テストで求めたせん断応力の値より2桁程度大きな値となるため、補正係数ηthを導入している。例えば、ηthとして0.040が用いられる。
【0041】
等価せん断応力予測値τeqと、実機テストで求めたせん断応力の値とに2桁程度の違いが出る理由について、以下に説明する。
研削中に切り屑の火花がみられるように、切り屑は、砥石からの摩擦力やせん断力を受けて瞬間的に1000℃近い高温状態になる。被削材の切り屑周辺の部分も高温になって軟化することにより、せん断強度が著しく低下する。例えば、ステンレス鋼の引張強度σmaxは、室温から1000℃まで上昇すると1桁程度低下することが知られている。実機テストでは、このせん断強度の低下が反映されたせん断応力が測定されるのに対し、等価せん断応力予測値τeqの計算には、軟化によるせん断強度の低下が反映されていない。このため、両者の間に2桁程度の相違が生じる。
【0042】
せん断面積計算値S(図2)は、切り屑部分の断面の長さLと研削幅bとから、以下の式で計算することができる。
【数10】
研削条件である砥石直径D,切込量Z、研削幅b、砥石回転数N、及び被削材の移動速度Vが与えられると、式(7)、(8)、(10)から、せん断面積計算値Sを求めることができる。
【0043】
等価せん断応力予測値τeq及びせん断面積計算値Sが求まると、式(5)及び式(6)から、接線抵抗予測値Ft_pre及び法線抵抗予測値Fn_preを計算することができる。
【0044】
第1実施例による研削支援装置30を用いて得られる接線抵抗予測値Ft_pre及び法線抵抗予測値Fn_preの精度を確認するための評価実験を行った。次に、図4及び図5を参照して、この評価実験の結果について説明する。評価実験では、被削材60として、SUS304、SS400、S55C、NAK55、及びFC250を採用した。
【0045】
図4は、被削材60の物性値、研削条件、せん断面積計算値S(図2)、等価せん断応力予測値τeq図2)、摩擦係数設定値μ、接線抵抗予測値Ft_pre、法線抵抗予測値Fn_pre、接線抵抗実験値Ft_exp、法線抵抗実験値Fn_expを示す図表である。被削材60の物性値として、引張強度σmax、せん断強度τmax、伸びEを示す。研削条件として、砥石直径D、砥石回転数N、被削材の移動速度V、切込量Z、及び研削幅bを示す。
【0046】
摩擦係数設定値μとして、例えば以下に説明する方法で測定した値を用いるとよい。
砥石54のサンプルと被削材60のサンプルとを準備する。砥石54のサンプルとして、平坦な作業面を有する形状、例えば直方体形状のものを準備する。砥石54のサンプルの作業面と被削材60の被削面とを接触させ、砥石54のサンプルと被削材60のサンプルとの一方を斜面に固定する。
【0047】
斜面の傾斜角を徐々に大きくすると、砥石54のサンプル及び被削材60のサンプルのうち斜面に固定していない方のサンプルが滑り始める。その時の角度の正接が、静止摩擦係数に相当する。摩擦係数設定値μとして、この静止摩擦係数を採用すればよい。
【0048】
計算において、式(9)の指数nを1.2とし、補正係数ηthを0.040とした。なお、指数n及び補正係数ηthの値は、種々の被削材60について評価実験を行い、最適な値を見出すことができる。
【0049】
接線抵抗実験値Ft_exp及び法線抵抗実験値Fn_expは、被削材60を、実際に与えられた研削条件で研削し、被削材60に加わる力を測定することにより求めた。
【0050】
図5は、5種類の被削材60のそれぞれについて求められた接線抵抗予測値Ft_preと接線抵抗実験値Ft_expとを対比して示すグラフである。いずれの被削材60においても、接線抵抗予測値Ft_preは、接線抵抗実験値Ft_expとよく一致していることがわかる。
【0051】
さらに、切込量Zを変化させた場合に、第1実施例による研削支援装置30を用いて得られる接線抵抗予測値Ft_pre、法線抵抗予測値Fn_preの精度を確認するための評価実験を行った。図6及び図7を参照して、この評価実験の結果について説明する。評価実験では、被削材60としてFC250を採用し、切込量Zを1μm~20μmの範囲内で変化させた。
【0052】
図6は、研削条件、せん断面積計算値S(図2)、等価せん断応力予測値τeq図2)、接線抵抗予測値Ft_pre、法線抵抗予測値Fn_pre、接線抵抗実験値Ft_exp、法線抵抗実験値Fn_expを示す図表である。切込量Zが、1μm、2μm、5μm、10μm、及び20μmの5つの場合について評価を行った。
【0053】
図7は、切込量Zのそれぞれについて求められた接線抵抗予測値Ft_preと接線抵抗実験値Ft_expとを対比して示すグラフである。いずれの切込量Zおいても、接線抵抗予測値Ft_preは、接線抵抗実験値Ft_expとよく一致していることがわかる。
【0054】
次に、第1実施例の優れた効果について説明する。
第1実施例では、被削材の物性値及び研削条件から、接線抵抗予測値Ft_pre及び法線抵抗予測値Fn_preを求めることができる。このため、比研削エネルギのデータがない被削材についても、接線抵抗予測値Ft_pre及び法線抵抗予測値Fn_preを求めることができる。
【0055】
また式(2)に示した従来の方法を用いて計算される接線抵抗Fは切込量Zに比例する。ところが、一例として切込量Zを10μmから1μmに小さくしても、接線抵抗Fは1/10にならないことが経験的に知られている。第1実施例では、図7に示したように、切込量Zを10μmから1μmに小さくしたとき、接線抵抗予測値Fe_preは1/10にならず、約1/3になっている。これは、接線抵抗実験値Ft_expによく一致している。このように、第1実施例では、種々の切込量Zについて接線抵抗Fをより正確に予測することが可能である。
【0056】
接線抵抗予測値Ft_pre及び法線抵抗予測値Fn_preが求まると、砥石54(図1)を回転させるための必要な動力が予測できる。例えば、新たに研削盤を導入する場合、接線抵抗予測値Ft_pre及び法線抵抗予測値Fn_preは、導入すべき研削盤の仕様を決定するための有益な情報になる。また、現有の研削盤を用いて研削加工を行う場合には、接線抵抗予測値Ft_pre及び法線抵抗予測値Fn_preは、研削条件を決定するための有益な情報になる。
【0057】
次に、第2実施例による研削支援装置について説明する。以下、図1図7を参照して説明した第1実施例による研削支援装置と共通の構成については説明を省略する。第1実施例では、式(8)に示した切り屑部分の断面の長さLの全長に亘ってせん断が行われると仮定しているが、第2実施例では、砥石54の作業面が被削材60に対して滑る摩擦区間を考慮して接線抵抗及び法線抵抗を予測する。
【0058】
切り屑は、砥粒またはドレス層ブレードが被削面に食い込み、せん断力によって被削面から削り取られて生成される。その結果、被削面には、切り屑が除去された痕の溝が形成される。これから、砥石54の接線抵抗は切り屑のせん断面に作用するせん断破壊の抵抗と考えられる。
【0059】
せん断力Fは、せん断応力とせん断面積との積であるから、被削材60のせん断強度τmaxと研削時のせん断面積Sを用いて以下の式で求まる。なお、以下の式において、せん断面積Sを、式(10)を用いて変形している。
【数11】
【0060】
図8は、砥石54によって切り取られる被削材60及び砥石54を、y方向から見た模式図であり、図3Aに示した状態と同一の状態を示している。
【0061】
実線で示した砥石54の中心点から点PA1に向かう半径を延長した延長線と破線で示した砥石54の外周線との交点をPと標記する。線分PA1の長さを最大切込深さhmaxということとする。被削材60と砥石54との干渉量は点Pで最大になり、面圧も最大になる。すなわち、接線抵抗Fも、点Pで最大になる。
【0062】
砥石54と被削材60との間の摩擦係数をμ、接触面圧をσ、接触面圧が作用する箇所の接線方向の微小長さをdlと標記すると、接線抵抗Fは以下の式で記述される。
【数12】
【0063】
点Pにおける接触面圧をσn_maxと標記すると、接触弧PB0B1上の任意の点の接触面圧σは、点PB0を原点に取ると、原点からの距離lにほぼ比例して増加する。原点PB0から点Pまでの距離lを接触弧長さL(式(8))で近似すれば、接触面圧σは以下の式で表される。
【数13】
【0064】
式(13)の接触面圧σを式(12)に代入すると、以下の式が得られる。
【数14】
【0065】
接線抵抗Fが被削材60のせん断力Fを超えると、せん断破壊により切り屑部分が接触弧に沿って移動し、接線抵抗Fはせん断力Fと等しくなる。接線抵抗Fが被削材60のせん断力F未満の場合には、砥石54の作業面は接触弧PA0A1上を滑り、摩擦抵抗が生じる。
【0066】
最大接触面圧σn_maxは、砥石54と被削材60との接触剛性K、点Pにおける最大切込量hmaxを用いて、以下の式で表される。
【数15】
【0067】
連続切れ刃間隔を接触弧長さLと等しいとすると、最大切込量hmaxは以下の式で表される。
【数16】
【0068】
式(15)、式(16)を式(14)に代入すると、最大接線抵抗Ft_maxが以下の式で得られる。
【数17】
【0069】
式(17)を接触弧長さLまで積分し、式(11)のせん断力Fと式(17)の最大接線抵抗Ft_maxとが等しいと置いてせん断長さLを求めると、以下の式が得られる。
【数18】
【0070】
図9は、上述の数式モデルに基づいて、接触弧PB0B1上の任意の点の法線抵抗F及び接線抵抗Fの大きさを概略的に示すグラフである。横軸は、点PB0から点PB1に向って接触弧PB0B1に沿って移動するときの移動長さに相当し、上段及び下段のグラフの縦軸は、それぞれ法線抵抗F及び接線抵抗Fを表す。長さLの点はせん断開始点に相当し、長さLの点は接触面圧が最大の点P図8)に相当する。原点から長さLまでの区間では、法線抵抗Fが小さいため、砥石54の作業面が接触弧上を滑る。このため、滑り摩擦抵抗Fが発生する。原点からの長さがLを超えると、せん断が開始され、接線抵抗Fがせん断力Fまで上昇する。せん断が生じる長さをせん断長さLと標記する。
【0071】
第1実施例では、式(8)に示すように、接触弧の全域でせん断が生じると仮定している。第2実施例では、滑りが生じる区間と、せん断が生じる区間とを区別して取り扱っている。
【0072】
最大滑り摩擦抵抗をFr_maxと標記すると、摩擦抵抗の平均値(以下、摩擦抵抗平均値Fr_aveという。)は最大滑り摩擦抵抗をFr_maxの1/2になる。また、原点からの長さがLの点Pで法線抵抗が最大になる。法線抵抗の最大値をFn_maxと標記する。法線抵抗平均値Fn_aveは、最大値Fn_maxの1/2である。
【0073】
せん断力Fはせん断面における切り屑部分のずれにより発生し、変形量が塑性変形の限界を超えた時点で破断が生じる。切り屑部分が破断されると、接線抵抗Fはゼロになる。
【0074】
せん断面におけるずれは、切り屑部分の接触面が砥石54の作業面とともに移動することで生じる。移動量がせん断長さLと等しい場合、切り屑せん断面は100%の伸びとなるが、一般的な金属材料の物性値の伸びは100%未満である。このため、せん断力が作用する有効せん断長さは、せん断長さLに被削材60の伸びを乗じた値になる。これは、せん断力Fが伸びE倍に低下したことと等価である。
【0075】
したがって、接触弧を削るときの接線抵抗の平均値(以下、接線抵抗平均値Ft_aveという。)は、滑り摩擦抵抗とせん断抵抗とを、それらが作用する長さで重みづけして足し合わせることにより、以下の式で計算することができる。
【数19】
法線抵抗平均値Fn_aveは、式(6)と同様に、接線抵抗平均値Ft_aveから計算することができる。式(19)を応力で表すと、以下の式が得られる。
【数20】
【0076】
せん断応力の平均値τaveが、第1実施例で求められる等価せん断応力予測値τeq(式(9))に対応し、接線抵抗平均値Ft_aveが、第1実施例で求められる接線抵抗予測値Ft_pre図2)に対応する。したがって、せん断応力の平均値τaveを等価せん断応力予測値と呼んでもよいし、接線抵抗平均値Ft_aveを接線抵抗予測値と呼んでもよい。
【0077】
次に、第2実施例の優れた効果について説明する。
第2実施例においては、式(19)を用いて接線抵抗平均値Ft_aveを求めることができる。図9に示した原点PB0から長さLまでの範囲で、被削材60に対する砥石54の作業面の滑りが考慮されている。このため、研削の現象をより詳細に記述することができる。
【0078】
上述の実施例は例示であり、異なる実施例で示した構成の部分的な置換または組み合わせが可能であることは言うまでもない。複数の実施例の同様の構成による同様の作用効果については実施例ごとには逐次言及しない。さらに、本発明は上述の実施例に制限されるものではない。例えば、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。
【符号の説明】
【0079】
10 研削盤
30 研削支援装置
31 入力部
32 演算部
33 出力部
34 記憶部
50 基台
51 テーブル案内機構
52 可動テーブル
53 砥石ヘッド
54 砥石
55 トラバース方向案内レール
60 被削材
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9