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<図1>
  • -細菌鞭毛運動抑制剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025024880
(43)【公開日】2025-02-21
(54)【発明の名称】細菌鞭毛運動抑制剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/353 20060101AFI20250214BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20250214BHJP
   A61K 36/708 20060101ALI20250214BHJP
【FI】
A61K31/353
A61P31/04
A61K36/708
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023129241
(22)【出願日】2023-08-08
(71)【出願人】
【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100111235
【弁理士】
【氏名又は名称】原 裕子
(74)【代理人】
【識別番号】100170575
【弁理士】
【氏名又は名称】森 太士
(72)【発明者】
【氏名】柴田 敏史
(72)【発明者】
【氏名】藤井 潤
(72)【発明者】
【氏名】野澤 日奈子
【テーマコード(参考)】
4C086
4C088
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA08
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA17
4C086MA34
4C086MA52
4C086NA14
4C086ZB35
4C088AB43
4C088AC11
4C088BA08
4C088CA03
4C088MA17
4C088MA34
4C088MA52
4C088NA14
4C088ZB35
(57)【要約】
【課題】細菌鞭毛運動を抑制する組成物および方法を提供する。
【解決手段】ラタンニンを活性成分として含む細菌鞭毛運動抑制剤、およびをそれ含む医薬組成物が提供される。生体外の環境に存在する細菌をラタンニンに接触させることを含む、細菌の鞭毛運動を抑制する方法も提供される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラタンニンを活性成分として含む、細菌鞭毛運動抑制剤。
【請求項2】
固形製剤であってラタンニンの含有量が10質量%以上であるか、または、水性製剤であって水溶成分中のラタンニンの含有量が10質量%以上である、請求項1に記載の細菌鞭毛運動抑制剤。
【請求項3】
前記細菌鞭毛運動抑制剤は前記ラタンニンを含有する植物抽出物を含み、前記ラタンニン1質量部に対し、ラタンニンではない前記植物抽出物成分の含有量が0質量部以上、9質量部以下である、請求項1に記載の細菌鞭毛運動抑制剤。
【請求項4】
前記細菌鞭毛運動抑制剤は水性製剤であり、前記水性製剤中のラタンニンの水溶濃度が0.1mg/ml以上である、請求項1に記載の細菌鞭毛運動抑制剤。
【請求項5】
前記細菌鞭毛運動抑制剤はラタンニンを少なくとも20mg含む、請求項1に記載の細菌鞭毛運動抑制剤。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の細菌鞭毛運動抑制剤を含む医薬組成物。
【請求項7】
経口投与製剤である、請求項6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
単回投薬量あたりのラタンニンの含有量が20mg以上である、請求項6に記載の医薬組成物。
【請求項9】
細菌鞭毛運動を抑制することにより細菌感染症の予防または治療をするための、請求項6に記載の医薬組成物。
【請求項10】
生体外の環境に存在する細菌をラタンニンに接触させることを含む、細菌の鞭毛運動を抑制する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、細菌鞭毛運動を抑制する組成物および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細菌を不活化することは、環境衛生、医学、獣医学、および耕種だけでなく広く畜産業や水産業を含む農業等、様々な分野で有用性を見出す。つまり一般に抗細菌剤は高い産業的有用性を有する。
【0003】
従来のほとんどの抗細菌剤は、代謝、タンパク質合成、DNA合成、細胞壁等の、細菌の生命維持に必要な機能または構造を標的にし、細菌の成長および生存を阻害することにより作用する。細菌は高頻度の突然変異または外来遺伝子獲得によって様々な形質を獲得することができる。抗細菌剤が存在する環境では、強い選択圧のなか、抗細菌剤耐性を獲得した細菌が生き残って優先的に拡大し得る。薬剤耐性菌の出現および増加が問題となる中、新しい標的分子や候補薬剤を見つけることは容易ではなく、また開発コストが収益に見合わないことから、抗細菌剤の開発は世界的に停滞している。
【0004】
抗細菌活性を含有する植物材料も多数知られている。その一例として、非特許文献1は、タデ科ダイオウ属の一種であるルバーブが抗細菌作用を有することを記載しており、その作用機序が、細菌細胞壁構造を破壊し細胞膜の浸透性を変化させることにより増殖を阻害することであることを記載している。ダイオウ属の植物は生薬「大黄」の原料としても知られている。非特許文献2は、モデル感染実験における大黄の投与により、大腸に定着(colonization)する腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic Escherichia coli:EHEC)が有意に減少し、感染マウスの生存率を高めたことを記載している。ルバーブは、特に一つの成分が主要部分を占めるのではなく非常に多数の微量成分の複雑な集合から構成されていると見られる(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Xiang et al., Chin Med (2020) 15:88
【非特許文献2】Amran et al., Microbial Pathogenesis 65 (2013) 57-62
【非特許文献3】Chen et al. Chinese Medicine (2022) 17:50
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示は、細菌鞭毛運動を抑制する組成物および方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ラタンニン(Rhatannin)と呼ばれる既知の物質が、驚くべきことに、細菌を殺さずにその鞭毛運動を抑制できることを発見した。この発見により、鞭毛を標的として作用するという全く新しいタイプの抗細菌剤の提供が可能になった。本開示は以下の実施形態を含む。
[1]
ラタンニンを活性成分として含む、細菌鞭毛運動抑制剤。
[2]
固形製剤であってラタンニンの含有量が10質量%以上であるか、または、水性製剤であって水溶成分中のラタンニンの含有量が10質量%以上である 、[1]に記載の細菌鞭毛運動抑制剤。
[3]
前記細菌鞭毛運動抑制剤は前記ラタンニンを含有する植物抽出物を含み、前記ラタンニン1質量部に対し、ラタンニンではない前記植物抽出物成分の含有量が0質量部以上、9質量部以下である 、[1]または[2]に記載の細菌鞭毛運動抑制剤。
[4]
前記細菌鞭毛運動抑制剤は水性製剤であり、前記水性製剤中のラタンニンの水溶濃度が0.1mg/ml以上である 、[1]~[3]のいずれかに記載の細菌鞭毛運動抑制剤。
[5]
前記細菌鞭毛運動抑制剤はラタンニンを少なくとも20mg含む、[1]~[4]のいずれかに記載の細菌鞭毛運動抑制剤。
[6]
[1]~[5]のいずれか一項に記載の細菌鞭毛運動抑制剤を含む医薬組成物。
[7]
経口投与製剤である、[6]に記載の医薬組成物。
[8]
単回投薬量あたりのラタンニンの含有量が20mg以上である 、[6]または[7]に記載の医薬組成物。
[9]
細菌鞭毛運動を抑制することにより細菌感染症の予防または治療をするための、[6]~[8]のいずれかに記載の医薬組成物。
[10]
生体外の環境に存在する細菌をラタンニンに接触させることを含む、細菌の鞭毛運動を抑制する方法。
[11]
前記ラタンニンが、[1]~[5]のいずれか一項に記載の細菌鞭毛運動抑制剤の形態で提供される、[10]に記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、ラタンニンによる多様な細菌の鞭毛運動率の抑制を示す実験結果である。
図2図2は、ラタンニンによる細菌増殖抑制作用の低さまたは欠如を示す実験結果である。
図3図3は、ラタンニンの投与によって、腸管出血性大腸菌に感染したマウスの生存率が著しく改善することを示す実験結果である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
当業者によく知られているように、細菌の典型的な運動性は鞭毛の回転によって駆動される。細菌の運動性は例えば、病原性細菌が感染部位へ移行して病原性を発揮するために必要である。本発明者らは、ラタンニンが広範な細菌の鞭毛運動を抑制する効果を有することを発見した。ラタンニンは鞭毛に特異的に作用して、細菌を(少なくとも直接的には)殺さずにその運動だけを抑制すると見られた。顕微鏡下で、活発な鞭毛運動により遊泳している細菌に精製ラタンニンを投与すると、生存したままの細菌の鞭毛運動および遊泳がきわめて明確に抑制されることを観察することができた。その効果は特定の細菌に限定されず広範な細菌種において確認された。
【0010】
ラタンニン自体は過去に記述された物質であり、少なくともダイオウ属の植物中に見いだされる、縮合型タンニンの一種である。例えば他のタデ科植物など、ダイオウ属植物以外の生物にラタンニンが存在する可能性も排除されない。Nonaka et al. Chem. Pharm. Bull. 29(10) 2862-2870 (1981)は、ルバーブにおけるラタンニンの同定、その構造、およびその精製方法を記載している。Nonaka et al.に記載されているように、ラタンニンは、ルバーブ根茎試料のアセトン不溶画分からメタノール抽出を行い、そのメタノール抽出液から酢酸エチル-水で抽出を行って得た水層抽出液をSephadex LH-20カラムクロマトグラフィーに供してメタノール溶出液を得、それをさらにSephadex LH-20カラムクロマトグラフィーに供して得られるメタノール溶出液中の溶解物として得ることができる物質である。Nonaka et al.は、チオール分解法により、ラタンニンがガロイル化および非ガロイル化の(エピ)カテキン(より具体的には3-O-ガロイル-(-)-エピカテキン、(+)-カテキン等)の縮合体ポリマーであることを示している。一側面において本開示は、ラタンニンを活性成分として含む細菌鞭毛運動抑制剤を提供する。
【0011】
いくつかの実施形態では、細菌鞭毛運動抑制剤は、ラタンニンを含有する植物抽出物を含む。植物は典型的に水分を含むが、ここでいう抽出物とは水以外の物質を指す。当該抽出物が由来する植物は、ダイオウ属植物、例えばルバーブであることが好適であるが、他の植物であってもよい。植物からラタンニンを抽出することができる溶媒は当業者が通常の知識に基づいて適宜見出すことができる。溶媒は例えば水、メタノール、エタノール、またはこれらのいずれかを含む混合溶媒であり得る。植物抽出物は、例えば2層の異なる溶媒を組み合わせた分離抽出、カラムクロマトグラフィー、吸着等またはそれらの組合せにより少なくとも部分的に精製された抽出物であり得る。細菌鞭毛運動抑制剤がラタンニンを含有する植物抽出物を含み、ラタンニン1質量部に対し、その同じ植物抽出物に由来する成分(植物抽出物成分)のうちラタンニン以外の成分(ここでは「非ラタンニン抽出物成分」と呼ぶ)の含有量が0質量部以上、9質量部以下であることが好ましい。換言すると、植物抽出物はラタンニン濃度が少なくとも10%以上になるまで精製されていることが好ましい。細菌鞭毛運動抑制剤中でラタンニン1質量部に対し非ラタンニン抽出物成分の含有量が5質量部以下であることがより好ましく、4質量部以下であることがより好ましく、3質量部以下であることがより好ましく、2質量部以下であることがさらに好ましく、1質量部以下であることが特に好ましい。これは、ラタンニンについての純度が高くなっていく精製された植物抽出物を記述している。植物抽出物はさらにラタンニン純度が質量で50%以上、70%以上、または90%以上であってもよく、100%であってもよい。元の植物抽出物には多様な他の活性成分(例えば細菌を殺菌するタイプの活性成分)が含有され得るが、ラタンニンについての純度が高まるにつれ、鞭毛運動抑制活性の相対的割合が高まっていく。生薬、例えばダイオウ属植物の根茎の乾燥物である大黄からラタンニンを抽出して精製することも可能である。
【0012】
いくつかの実施形態では、ラタンニンの由来に関わらず、細菌鞭毛運動抑制剤は固形製剤であって製剤全体に対するラタンニンの含有量が10質量%以上であるか、または、水性製剤であって水溶成分中のラタンニンの含有量が10質量%以上である。これらの含有量は20%以上、30%以上、50%以上、70%以上、または90%以上であってもよい。特定の実施形態ではラタンニンの含有量は99%、あるいは100%にも達し得る。水性製剤は例えば水溶液またはヒドロゲルであり得る。水溶液の水溶成分中のラタンニンの含有量が10質量%以上であるということは、その水溶液の溶質の10質量%以上がラタンニンであることを意味する。ヒドロゲルは水不溶性物質のマトリックス中に水溶液が捕捉された状態を含むところ、ヒドロゲルの水溶成分中のラタンニンの含有量が10質量%以上であるということは、その水溶液の溶質の10質量%以上がラタンニンであることを意味する。固形製剤のうち、または水性製剤の水溶成分のうち、ラタンニン以外の成分は、各種賦形剤、非ラタンニン抽出物成分、他の活性化合物、他の生薬、またはそれらの組合せを含み得る。賦形剤は薬学的に許容される賦形剤であってもよく、その例にはラクトース、スクロース、グルコース、デンプン、デキストリン、セルロース、マンニトール、無機塩、グリセリン等が含まれるがこれらに限定されない。細菌鞭毛運動抑制剤は例えば保存剤、着色剤、調味剤、香料等、当業者に知られる添加剤を含んでいてもよい。例えば農業用途など、医薬以外の用途では、使用可能な賦形剤および添加剤の多様性はさらに拡張され得る。
【0013】
いくつかの実施形態では、細菌鞭毛運動抑制剤は水性製剤であり、その水性製剤中のラタンニンの水溶濃度が0.1mg/ml以上であり、例えば0.1~25mg/ml、0.1~10mg/ml、0.1~2.5mg/ml、または0.1~1.5mg/mlであり得る。この水溶濃度は0.2mg/ml以上、0.5mg/ml以上、または1mg/ml以上であってもよい。
【0014】
いくつかの実施形態では、細菌鞭毛運動抑制剤はラタンニンを少なくとも20mg含む。細菌鞭毛運動抑制剤は、ラタンニンを例えば20~3000mg、50~2000mg、または100~1000mg含み得る。これらの細菌鞭毛運動抑制剤は例えば乾燥した固形製剤であり得るが、液体製剤であってもよく、水性製剤であってもよい。
【0015】
ラタンニンは食用植物にも含まれる天然成分であるから、合成を要さず入手できる低コスト性および安全性でも特徴付けられ得る。また鞭毛は、グラム陰性およびグラム陽性を問わず多くの細菌が共通して有する基本構造である。本開示に係る細菌鞭毛運動抑制剤は、特定の細菌種に限定されず広く多様な細菌に対して有効であることを本発明者らは確認しており、当該細菌鞭毛運動抑制剤は広い抗菌スペクトルを有することでも特徴付けられる。本開示に係る細菌鞭毛運動抑制剤を適用し得る細菌の非限定的な例を以下に示す。
Escherichia coli等のEscherichia属細菌;Salmonella enterica、Salmonella bongori等のSalmonella属細菌;Yersinia enterocolitica等のYersinia属細菌;Citrobacter属細菌;Edwardsiella属細菌;Enterobacter属細菌;Hafnia属細菌;Klebsiella属細菌;Morganella属細菌;Plesiomonas属細菌;Proteus属細菌;Providencia属細菌;Serratia属細菌(以上は腸内細菌目)。
Vibrio cholerae、Vibrio parahaemolyticus等のVibrio属細菌;Aeromonas属細菌;Haemophilus属細菌;Campylobacter属細菌;Helicobacter pylori等のHelicobacter属細菌;Pseudomonas aeruginosa等のPseudomonas属細菌;Burkholderia属細菌;Bordetella属細菌;Legionella属細菌;Brucella属細菌;Bacillus cereus等のBacillus属細菌;Clostridium botulinum、Clostridium tetani等のClostridium属細菌;Listeria monocytogenes等のListeria属細菌;Enterococcus faecalis等のEnterococcus属細菌。
特定の実施形態では、細菌鞭毛運動抑制の標的となる細菌は、Escherichia属以外、特にEscherichia coli以外の細菌であり得る。
【0016】
一側面において本開示は、上述したいずれかの細菌鞭毛運動抑制剤を含む医薬組成物を提供する。この医薬組成物は、細菌鞭毛運動抑制用の医薬組成物であると理解することができる。典型的には、本開示の医薬組成物は、経口投与される製剤である。他の可能な投与経路の例としては、経直腸、口腔内、鼻内、腟内、静脈内、皮内、筋肉内、吸引、および局所投与、ならびに外傷を伴うまたは伴わない皮膚への投与が挙げられるが、これらに限定されない。
【0017】
いくつかの実施形態による医薬組成物では、単回投薬量あたりのラタンニンの含有量が20mg以上である。ヒトの空腹時の胃、小腸、および大腸の合計液容量は平均でおよそ163mLと見積もられている(Aliment Pharmacol Ther 2005; 22: 971-979)。20mg以上の単回投薬により、0.1mg/mLに近い消化器官内濃度が達成され得る。単回投薬量あたりのラタンニンの含有量は20~3000mg、50~2000mg、または100~1000mgであってもよい。これらの単回投薬を、例えば1日2回以上など、複数回繰り返すことも可能である。
【0018】
本開示の医薬組成物は、細菌鞭毛運動を抑制することにより、細菌感染症の予防または治療をすることに有用となる。このことを実証する一例が下記実施例欄に提供されている。当該医薬組成物は、細菌感染のリスクが疑われる食品等の消費前、消費中、もしくは消費後、または細菌感染症の兆候の開始後に、摂取または投与され得る。
【0019】
従来の抗細菌医薬、あるいはより一般的に抗細菌剤は典型的には、細菌の代謝、細胞壁もしくは膜の構造、タンパク質合成もしくは核酸の合成等を含む生命維持機能を標的にしていた。そのため抗細菌剤による強い選択圧によって、耐性を獲得した細菌が選択的に生き残って、新たに切り開かれたニッチの中で優位に拡大しやすいという条件を宿命的に伴っていた。それらとは対照的に、本開示に係る医薬および抗細菌剤は、細菌感染過程に重要な役割を果たすことが知られているが生命維持には直接は必要とされない鞭毛運動を標的とする点でユニークである。当該医薬および抗細菌剤は、ただちに細菌を増殖阻止および殺菌することなくその活動を停止させるため、選択圧が比較的低く耐性菌を生み出しにくいという利点を有すると考えられる。
【0020】
本開示はさらに、生体外の環境、特にヒトの生体外に存在する細菌をラタンニンに接触させることを含む、細菌の鞭毛運動を抑制する方法を提供する。その際のラタンニンは、上述したいずれかの形態の組成物として提供され得る。この方法は人体への投与とは区別される。
【0021】
本開示に係る細菌鞭毛運動抑制剤は、医薬の形態で提供されて医学において有用となるほか、獣医学、環境衛生、および畜産業や水産業を含む農業等、様々な分野で有用性を見出す。
【0022】
本明細書において、「A~B」(あるいは「AからBまで」または「AとBの間」)という表現を用いて示された数値範囲は、記載された数値AおよびBをそれぞれ最小値および最大値として含む範囲を示し、また、その最小値および/または最大値を除外した範囲も包含する。また、「A~B」という記載は、「A以上」または「A超」という範囲、および「B以下」または「B未満」という範囲も開示すると解される。複数の数値範囲が記載されている場合は、或る記載された数値範囲の上限値または下限値は、別の記載された数値範囲の上限値または下限値と組み合わせることができ、そのように組み合わされてできる数値範囲も本願において開示されていると解する。本明細書において、「Aを含む」または「Aを有する」という表現は、文脈に反しない限り、Aと合わせてA以外のものも含む対象物を意味しており、また、A以外のものを含まずAのみを含む対象物すなわちAからなる対象物の開示もその記載に包含され、その逆も然りであると解される。単数の対象物への言及は、複数の対象物が使用される実施形態の開示も包含していると解される。
【実施例0023】
1.ラタンニンの抽出および精製
上述したNonaka et al.の方法に基づいてラタンニンの抽出および精製を行った。具体的には、ダイオウ属植物の根茎の乾燥物である生薬大黄の粉末100gに300mlのメタノールを加え、24時間撹拌した。その後、濾過して固形物を除去し、濾液であるメタノール溶液を減圧下で濃縮乾固した。この残留物を50%エタノール水溶液に溶解し、Sephadex LH-20カラムクロマトグラフィーに適用した。カラムを500mlの50%エタノール水溶液、次いで1000mlのエタノールで洗浄した後、カラムに吸着されたラタンニンをメタノールで溶出した。溶出液を濃縮乾固することにより、精製されたラタンニンを得た。このようにして約3gのラタンニンが得られた。以下に記述する実験ではこのラタンニン試料が用いられた。
【0024】
2.ラタンニンによる細菌鞭毛運動抑制
ラタンニンを濃度0mg/ml、0.1mg/ml、0.5mg/ml、または1.0mg/mlで添加した標準的液体培地に、Escherichia coli(大腸菌)、Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌)、Salmonella Typhimurium(サルモネラ菌)、Vibrio cholerae(コレラ菌)、およびVibrio parahaemolyticus(腸炎ビブリオ)の終夜前培養液を1/100希釈で植菌し、それぞれ培養を行った。3時間後、顕微鏡下で、ラタンニン濃度0mg/ml(すなわちラタンニン無添加コントロール)試料では各細菌種において一様に活発な鞭毛運動で細菌個体が遊泳しているのが観察されたのに対し、ラタンニン添加試料では、各細菌種において、多くの細菌個体で鞭毛運動が抑制され遊泳が停滞していることが明確に観察された。
【0025】
各試料において、運動している細菌個体の割合を顕微鏡下で測定した(n=100以上)。結果を図1に示す。0.1mg/mlのラタンニン濃度で既に明らかな運動率低下が見られ、いずれの細菌種においても、ラタンニン濃度依存的に細菌運動率が低下した。この結果は、多様な細菌においてラタンニンが鞭毛運動抑制作用を有するということを例証している。
【0026】
3.細菌増殖へのラタンニンの影響
試験細菌の植菌用希釈懸濁液を塗り広げた標準的寒天培地上に、試験物質を染み込ませた濾紙片を置いた。試験物質は、コントロールとしての抗生物質(アンピシリン(Ampicillin)もしくはテトラサイクリン(Tetracycline))、または0.1~100mg/mlのラタンニンである。試験細菌は図1のものと同じである。図1および図2における大腸菌は腸管出血性大腸菌(EHEC)であるB2F1株である。これらの寒天培地を標準的条件で静置培養して細菌を増殖させた。
【0027】
結果を図2に示す。このアッセイでは、試験物質が試験細菌の増殖を抑制するならば、対応する濾紙片の周囲に阻止円が形成される。培養期間中に濾紙片から試験物質が拡散して細菌の増殖を抑制する結果として、濾紙片の周囲だけ細菌層形成が欠如して寒天培地表面が露出されたままになるからである。図2で明らかなように、明確な阻止円が、コントロールとしての抗生物質を染み込ませた濾紙片周囲に形成された(アンピシリン耐性であるP. aeruginosaの場合を除く)。対照的に、ラタンニンでは、100mg/mlという高濃度にすれば阻止円形成の兆しが見られたが、10mg/ml以下の濃度では阻止円が無いかまたはほとんど無かった。これらの結果は、ラタンニンは細胞増殖や細胞生存を抑制する活性を実質的に欠くことを実証している。特に、図1の実験において著しい鞭毛運動抑制作用を提供することができた1mg/ml以下の濃度で全く細胞増殖や細胞生存が阻害されていないことは特筆に値する。
【0028】
4.ラタンニン投与による、細菌感染症からの防御
非特許文献2に記載されたものと同様のモデル感染実験系を用いて生存曲線分析を行った。具体的には、四週齢のマウス群に、感染の3日前からストレプトマイシン入りの飲水を与え始め、感染の半日前から絶食させた。その後、第0日目の時点で、全てのマウスに同量のストレプトマイシン耐性腸管出血性大腸菌(EHEC)B2F1株を経口胃内投与で感染させた。この試験ではGFP-B2F1よりも致死性の高いWT-B2F1を使用した(非特許文献2)。その後、第1日目から第5日目まで毎日一回、0.3mg/体重gの大黄、または同重量のラタンニンを、水溶液の形態でマウスに経口投与した。得られた生存曲線を図3に示す。
【0029】
この試験条件では、非投与コントロール群のマウスおよび大黄投与群のマウスはどちらも感染後10日目ほどまでには生存率が50%を下回り、非投与コントロール群では16日目までにすべてのマウスが死亡した。それに対し、精製されたラタンニンが投与された群では、26日間の試験期間の最後まで100%の生存率が維持された。この結果は、鞭毛運動抑制作用を有するラタンニンが細菌感染症の予防、治療、および/または重症化抑止のために著しく有用となり得ることを例証している。
図1
図2
図3