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2025-24887微生物の生存率制御方法、微生物の生存率制御剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025024887
(43)【公開日】2025-02-21
(54)【発明の名称】微生物の生存率制御方法、微生物の生存率制御剤
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/21 20060101AFI20250214BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023129250
(22)【出願日】2023-08-08
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】801000027
【氏名又は名称】学校法人明治大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】今村 壮輔
(72)【発明者】
【氏名】高谷 和宏
(72)【発明者】
【氏名】上仲 恵美
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 真奈美
(72)【発明者】
【氏名】島田 友裕
(72)【発明者】
【氏名】中元 颯馬
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA01X
4B065AA15X
4B065AA41X
4B065AB01
4B065AC20
4B065BA02
4B065BB40
4B065CA54
(57)【要約】
【課題】土壌中の標的となる微生物種のみを増加または減少させることが可能な、微生物の生存率制御方法、および微生物の生存率制御剤を提供する。
【解決手段】dinJ遺伝子、rbsR遺伝子、xapR遺伝子と、これらの遺伝子と相同性の高い遺伝子とのうちの少なくとも1つの遺伝子を欠損した微生物を、土壌に供給する工程s3を含む、微生物の生存率制御方法と、当該微生物を含む生存率制御剤。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)から(i)のうちの少なくとも1つの遺伝子の機能を欠損した微生物を、土壌に供給する工程を含む、微生物の生存率制御方法。
(a)dinJ遺伝子
(b)rbsR遺伝子
(c)xapR遺伝子
(d)配列番号1に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(e)配列番号1に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f)配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(g)配列番号2に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(h)配列番号3に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(i)配列番号3に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項2】
以下の(a)から(i)のうちの少なくとも1つの遺伝子の転写を制御するプロモーターを、内因性プロモーターよりも高発現なプロモーターに改変した微生物を、土壌に供給する工程を含む、微生物の生存率制御方法。
(a)dinJ遺伝子
(b)rbsR遺伝子
(c)xapR遺伝子
(d)配列番号1に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(e)配列番号1に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f)配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(g)配列番号2に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(h)配列番号3に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(i)配列番号3に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項3】
微生物を土壌に供給する前記工程に先立って、微生物を培養する工程を含む、請求項1または2に記載の微生物の生存率制御方法。
【請求項4】
微生物を、土壌に供給する前記工程に先立って、土壌を減菌または滅菌する工程を含む、請求項1に記載の微生物の生存率制御方法。
【請求項5】
前記(e)、前記(g)、前記(i)における各前記同一性が95%以上である、請求項1または2に記載の微生物の生存率制御方法。
【請求項6】
以下の(a)から(i)のうちの少なくとも1つの遺伝子の機能を欠損した微生物を含む、微生物の生存率制御剤。
(a)dinJ遺伝子
(b)rbsR遺伝子
(c)xapR遺伝子
(d)配列番号1に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(e)配列番号1に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f)配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(g)配列番号2に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(h)配列番号3に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(i)配列番号3に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項7】
以下の(a)から(i)のうちの少なくとも1つの遺伝子の転写を制御するプロモーターを、内因性プロモーターよりも高発現なプロモーターに改変した微生物を含む、微生物の生存率制御剤。
(a)dinJ遺伝子
(b)rbsR遺伝子
(c)xapR遺伝子
(d)配列番号1に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(e)配列番号1に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f)配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(g)配列番号2に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(h)配列番号3に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(i)配列番号3に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項8】
転写因子RbsRを制御することによって、微生物の生存率を制御する生存率制御剤であって、D-リボースを含む微生物の生存率制御剤。
【請求項9】
転写因子XapRを制御することによって、微生物の生存率を制御する生存率制御剤であって、キサントシンを含む微生物の生存率制御剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土壌に含まれる微生物の生存率を制御する方法や微生物の生存率制御剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、気候変動を抑制するため、電気自動車やクリーンエネルギーの導入等により、二酸化炭素等の温室効果ガスの排出を削減する試みが多くなされている。
【0003】
しかしながら、たとえば二酸化炭素の排出量全体における人間活動からの排出量は4.8%ほどに過ぎず、他の内訳として、海洋からの排出が33.7%ほど、土壌からの排出が61.3%ほどを占めている。土壌からの二酸化炭素等の温室効果ガスの排出量は、土壌中の微生物によるものが多くを占めている。
【0004】
このため、土壌中の温室効果ガスを多く排出する微生物種を減らし、温室効果ガスの削減に有用な微生物種を増やすことで、気候変動を大きく抑制できる可能性がある。
【0005】
ところで、温室効果ガスの排出を削減する方法の一つとして、植物の成長を促進し、二酸化炭素の固定量を増加させることが挙げられる。植物の成長を促進するために、土壌に、植物の三大栄養素である窒素、リン、カリウム成分を含む肥料を供給することが一般に広く行われている。
【0006】
しかしながら、このように土壌に栄養を供給した場合、土壌中に含まれる微生物全体の活性が上がってしまい、土壌からの二酸化炭素や亜酸化窒素等の温室効果ガスの排出量が増加してしまう恐れがある。
【0007】
また、土壌中の微生物を無差別に死滅または低活性化させることは、植物の生育に必須な窒素原の供給を行う有用な微生物にも影響を及ぼすため、温室効果ガスの削減を阻害する恐れがある。
【0008】
一方で、非特許文献1には、土壌に添加する栄養素を変化させ、土壌中に生育する微生物種を改変させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Noah, F., et al. Comparative metagenomic, phylogenetic and physiological analyses of soil microbial communities across nitrogen gradients. The ISME Journal volume 6, pages1007-1017, 2012.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、非特許文献1に開示された改変方法によっても、温室効果ガスを多く排出する微生物種のみを減らしたり、温室効果ガスの削減に有用な微生物種のみを増やすことは困難である。
【0011】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、土壌中の標的となる微生物種のみを増加または減少させることが可能な、微生物の生存率制御方法および微生物の生存率制御剤を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願の発明者らは、モデル微生物である大腸菌の約4700個に上る遺伝子を制御する約300個の転写因子をコードする遺伝子のうちの一部の遺伝子の機能を欠損させることで、各々の転写因子の大腸菌の生存率への影響を調べた。その結果、本願発明者らは、dinJ、rbsR、およびxapRがそれぞれ、土壌中での微生物の生存率に大きく関与していることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
本発明の一態様は、以下の態様を包含する。
【0014】
一実施態様において、本発明は、以下の(a)から(i)のうちの少なくとも1つの遺伝子の機能を欠損した微生物を、土壌に供給する工程を含む、微生物の生存率制御方法を提供する。(a)dinJ遺伝子(b)rbsR遺伝子(c)xapR遺伝子(d)配列番号1に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(e)配列番号1に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(f)配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(g)配列番号2に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(h)配列番号3に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(i)配列番号3に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0015】
一実施態様において、本発明は、以下の(a)から(i)のうちの少なくとも1つの遺伝子の転写を制御するプロモーターを、内因性プロモーターよりも高発現なプロモーターに改変した微生物を、土壌に供給する工程を含む、微生物の生存率制御方法を提供する。(a)dinJ遺伝子(b)rbsR遺伝子(c)xapR遺伝子(d)配列番号1に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(e)配列番号1に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(f)配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(g)配列番号2に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(h)配列番号3に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(i)配列番号3に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0016】
一実施態様において、本発明は、以下の(a)から(i)のうちの少なくとも1つの遺伝子の機能を欠損した微生物を含む、微生物の生存率制御剤を提供する。(a)dinJ遺伝子(b)rbsR遺伝子(c)xapR遺伝子(d)配列番号1に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(e)配列番号1に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(f)配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(g)配列番号2に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(h)配列番号3に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(i)配列番号3に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0017】
一実施態様において、本発明は、以下の(a)から(i)のうちの少なくとも1つの遺伝子の転写を制御するプロモーターを、内因性プロモーターよりも高発現なプロモーターに改変した微生物を含む、微生物の生存率制御剤を提供する。(a)dinJ遺伝子(b)rbsR遺伝子(c)xapR遺伝子(d)配列番号1に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(e)配列番号1に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(f)配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(g)配列番号2に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(h)配列番号3に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子(i)配列番号3に示すアミノ酸配列と60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0018】
一実施態様において、本発明は、転写因子RbsRを制御することによって、微生物の生存率を制御する生存率制御剤であって、D-リボースを含む微生物の生存率制御剤を提供する。
【0019】
一実施態様において、本発明は、転写因子XapRを制御することによって、微生物の生存率を制御する生存率制御剤であって、キサントシンを含む微生物の生存率制御剤。キサントシンを含む微生物の生存率制御剤を提供する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、土壌中の標的となる微生物種のみを増加または減少させることが可能な、微生物の生存率制御方法、および生存率制御剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の好ましい実施形態にかかる微生物の生存率制御方法を示すフローである。
図2】土壌中における大腸菌の野生株と、dinJ、rbsR、xapR等の各転写因子欠損株の生菌数の推移を示すグラフである。
図3】土壌中における大腸菌の野生株と、dinJ、rbsR、xapR等の各転写因子欠損株の生存率を示すグラフである。
図4】土壌中における大腸菌の野生株に対するdinJ、rbsR、xapR等の各転写因子欠損株の生存比率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、場合により図面を参照しつつ、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0023】
図1は、本発明の好ましい実施形態にかかる微生物の生存率制御方法を示すフローである。
【0024】
本実施形態にかかる微生物の生存率制御方法は、土壌中において増加または減少させたい微生物(以下、「標的微生物」という。)について、生存率に大きく関与する転写因子の発現量を野生株から変更した株を準備する工程(株準備工程s1)と、株準備工程s1で準備した標的微生物の株を培養し増殖させる工程(増殖工程s2)と、増殖させた微生物の株を土壌に供給する工程(土壌供給工程s3)を含んでいる。なお、増殖工程s2を設けることは必ずしも必要でなく、株準備工程s1で準備した標的微生物の株を、増殖工程s2を経ずに土壌に供給してもよい。
【0025】
土壌中において減少させたい標的微生物としては、温室効果ガスを多く排出する微生物種や、植物の生長を阻害する微生物種などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0026】
土壌中において増加させたい標的微生物としては、たとえば、温室効果ガスの削減に寄与する微生物や、減少させたい標的微生物と競合する微生物が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0027】
温室効果ガスの削減に寄与する微生物としては、たとえば、植物の生長に有用な微生物や、温室効果ガスを他の物質に変換する性質を有する微生物が挙げられる。
【0028】
植物の生長に有益な微生物としては、たとえば土壌中のアンモニアや有機態窒素を亜硝酸に酸化する亜硝酸菌や、亜硝酸を硝酸に酸化する硝酸菌が挙げられる。土壌中において、これらの菌を増やすことで、植物が利用可能な硝酸態窒素を増やすことができる。
【0029】
温室効果ガスを他の物質に変換する性質を有する微生物としては、たとえば二酸化炭素よりも温室効果が高い亜酸化窒素(NO)を窒素(N)に変換する種類の根粒菌やHerbaspirillum属の亜酸化窒素還元細菌などが挙げられる。
【0030】
減少させたい標的微生物と競合する微生物としては、たとえば青枯病の病原細菌であるRalstonia solanacearumに対する同種の非病原性株や、Bacillus属、Pseudomonas属の細菌を、いわゆる生物防除として用いることができる。土壌中において、このような微生物を増やすことで、減少させたい標的微生物を減らすことができる。
【0031】
以下において、標的微生物のうち、土壌中で増加させたい標的微生物を「増加標的微生物」ともいい、土壌中で減少させたい標的微生物を「減少標的微生物」ともいう。
【0032】
<株準備工程s1>
株準備工程s1では、標的微生物の生存率に大きく関与する転写因子をコードする(a)dinJ遺伝子、(b)rbsR遺伝子、および(c)xapR遺伝子と、これらの遺伝子と相同性(配列同一性)の高い遺伝子とのうちの少なくとも1つの遺伝子について、発現量を野生株から変更した株を準備する。
【0033】
(a)dinJ遺伝子は、各標的微生物におけるdinJ遺伝子を指し、その塩基配列は微生物の種類により異なる。
【0034】
(a)dinJ遺伝子と相同性の高い遺伝子は、(d)配列番号1に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子、(e)配列番号1に示すアミノ酸配列と60%以上(好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上)の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子、および配列番号1に示すアミノ酸配列との間で、BLASTプログラムでのE-value値が0.001(より好ましくは0.0001)よりも小さいタンパク質をコードする遺伝子である。
【0035】
配列番号1に示すアミノ酸配列は、E.coliの生存率に大きく関与するdinJ遺伝子(NCBIのGenBankのGeneID:944914、配列番号4参照)から発現する転写因子DinJのアミノ酸配列である。
【0036】
(b)rbsR遺伝子は、各標的微生物におけるrbsR遺伝子を指し、その塩基配列は微生物の種類により異なる。
【0037】
(b)rbsR遺伝子と相同性の高い遺伝子は、(f)配列番号2に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子、(g)配列番号2に示すアミノ酸配列と60%以上(好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上)の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子、および配列番号2に示すアミノ酸配列との間で、BLASTプログラムでのE-value値が0.001(より好ましくは0.0001)よりも小さいタンパク質をコードする遺伝子である。
【0038】
配列番号2に示すアミノ酸配列は、E.coliの生存率に大きく関与するrbsR遺伝子(NCBIのGenBankのGeneID:948266、配列番号5参照)から発現する転写因子RbsRのアミノ酸配列である。
【0039】
(c)xapR遺伝子は、各標的微生物におけるxapR遺伝子を指し、その塩基配列は微生物の種類により異なる。
【0040】
(c)xapR遺伝子と相同性の高い遺伝子は、(h)配列番号3に示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子、(i)配列番号3に示すアミノ酸配列と60%以上(好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上)の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ生存率を調節する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子、および配列番号3に示すアミノ酸配列との間で、BLASTプログラムでのE-value値が0.001(より好ましくは0.0001)よりも小さいタンパク質をコードする遺伝子である。
【0041】
配列番号3に示すアミノ酸配列は、E.coliの生存率に大きく関与するxapR遺伝子(NCBIのGenBankのGeneID:946862、配列番号6参照)から発現する転写因子RbsRのアミノ酸配列である。
【0042】
なお、本明細書において「1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列」とは、1個以上で且つ10個以下、好ましくは1個以上で且つ8個以下、より好ましくは1個以上で且つ5個以下、さらに好ましくは1個以上で且つ3個以下のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列をいう。
【0043】
また、本明細書において、基準となるアミノ酸配列(たとえば上述の配列番号1~3に示すアミノ酸配列)に対する、対象アミノ酸配列の配列同一性は、たとえば次のようにして求めることができる。まず、基準となるアミノ酸配列および対象アミノ酸配列をアラインメントする。各アミノ酸配列には、配列同一性が最大となるよう、ギャップを含めてもよい。次いで、基準となるアミノ酸配列および対象アミノ酸配列において、一致したアミノ酸の数を算出し、下記の式(1)に従って配列の同一性を算出することができる。
配列同一性(%)=一致したアミノ酸の数/対象アミノ酸配列の総アミノ酸数×100…(1)
【0044】
dinJは、転写因子DinJをコードする遺伝子であり、DNA損傷に応答する転写因子LexAを制御することで、核酸(DNA)の損傷修復に関与する。
【0045】
rbsRは、リボース応答転写因子RbsRをコードする遺伝子であり、核酸代謝遺伝子群の制御に関わっている。転写因子RbsRは、リボースを感知して、リボースの取り込みおよびリボースをリン酸化するための遺伝子群を抑制化する。
【0046】
xapRは、転写因子XapRをコードする遺伝子であり、核酸代謝遺伝子群の制御に関わっている。転写因子XapRは、キサントシン存在下で、キサントシン代謝に関与する遺伝子の転写を活性化する。
【0047】
すなわち、dinJ、rbsR、およびxapRはいずれも、核酸の代謝または損傷修復に関係する遺伝子であり、本発明者は、これらの遺伝子から発現する各転写因子DinJ,RbsR,およびXapRが、微生物の生存率を調節する機能を有するタンパク質であることを見出した。
【0048】
dinJ、rbsR、およびxapRは、上述の亜硝酸菌、硝酸菌、亜酸化窒素還元細菌の他、アシネトバクター、シアノバクテリア、ファーミキューテス門、プロテオバクテリア門など、幅広い種類の微生物で保存されている。以下において、特に断りがない限り、「dinJ」はdinJと相同性の高い遺伝子を含み、「rbsR」はrbsRと相同性の高い遺伝子を含み、「xapR」はxapRと相同性の高い遺伝子を含むものとして説明を進める。
【0049】
上記3つの転写因子について、発現量を野生株から変更した株としては、たとえば上記の転写因子をコードする3つの遺伝子(3つの遺伝子と相同性の高い遺伝子を含む)を1つ以上欠損した株(転写因子を発現しない株)や、上記の3つの遺伝子の転写を制御するプロモーターの1つ以上を、各微生物種の野生株の内因性プロモーターよりも高発現なプロモーターに改変した株(転写因子の発現量が野生株よりも多い株)などが挙げられる。
【0050】
dinJ、rbsR、およびxapRのうちの少なくとも1つの遺伝子の機能を欠損させた株を土壌に供給することで、土壌中の減少標的微生物の生存率を低下させることができる。その結果、土壌中での減少標的微生物の数が減少する。減少標的微生物の減少効果は、とくに、dinJ遺伝子の機能を欠損させた株で顕著である。
【0051】
上記の3つの遺伝子(それらと相同性の高い遺伝子を含む)のうちの1つ以上の遺伝子の機能を欠損した株を準備する方法はとくに限定されるものではない。たとえば、Keioコレクション等のように市販されている欠損株を入手してもよいが、野生株に対し、ゲノム編集を行うことにより目的の遺伝子を欠損させることによっても作成できる。野生株には、市販のものを入手したものを用いてもよいが、土壌等から単離し、培養したものを用いてもよい。以下に、欠損株の作成方法の一例について説明を加えるが、ゲノム編集方法はとくに限定されるものではなく、種々の方法を用いることができる。
【0052】
まず、転写因子をコードする標的の遺伝子の上流側の領域と下流側の領域のそれぞれをPCR(Polymerase Chain Reaction)法等により増幅させた後に、上流側の領域と下流側の領域を結合させ、環状化する。
【0053】
その後、この核酸断片を野生株に形質転換する。これにより、転写因子をコードする標的の遺伝子の欠損を引き起こすことができる。
【0054】
上述のように、転写因子DinJ、RbsR、XapRはそれぞれ、微生物の生存率に大きく関与する。これらの転写因子の欠損株は土壌中での生存率が大きく低下する。
【0055】
このため、dinJ、rbsR、およびxapR遺伝子の転写を制御する1つ以上のプロモーターを、野生株の内因性プロモーターよりも高発現なプロモーターに改変することで、DinJ、RbsR、XapRのうちの1つ以上の転写因子の発現量を上昇させ、増加標的微生物の土壌中での生存率を向上できる。増加標的微生物について、このようなプロモーター改変株を作成し、土壌に供給することで、土壌中での増加標的微生物の数を増加させることができる。
【0056】
内因性プロモーターよりも高発現なプロモーターの種類はとくに限定されるものではない。たとえばpETシステム(Novagen社製)のような市販品の他、tacプロモーター、PhoA、lacプロモーター、PLプロモーター、T5プロモーター、T7プロモーター、SP6プロモーター等の周知の強力なプロモーターに置換することも可能である。
【0057】
なお、内因性のプロモーター領域をまるごと置き換える改変に代えて、プロモーター領域に部分的な塩基の欠失・付加・置換または挿入等の変異を加える改変を行うことで、上記3種類の転写因子の発現量を上昇させてもよい。また、転写因子をコードする遺伝子に変異を加えることで、転写因子の活性を野生株よりも高めることによっても、土壌中での微生物の生存率を向上できる。
【0058】
<増殖工程s2>
増殖工程s2においては、標的微生物について株準備工程s1で得られた株を培養し、増殖させる。標的微生物を増殖させてから土壌供給工程s3で土壌に供給することで、標的微生物を増加または減少させる効果を高めることができる。増殖工程s2の培養には、微生物の種類に応じて、適切な培地と培養方法を選択できる。
【0059】
なお株準備工程s1で、市販品を入手した場合のように、すでに転写因子の発現量を野生株から変更した株を多く入手できている場合には、増殖工程s2は必ずしも必要でない。
【0060】
<土壌供給工程s3>
土壌供給工程s3においては、標的微生物を増加または減少させたい土壌に対し、増殖工程s2で培養した標的微生物を供給する。以下において、標的微生物を増加または減少させたい土壌を「標的土壌」という。なお、増殖工程s2を行わない場合には、株準備工程s1で準備した標的微生物の株を標的土壌に供給する。
【0061】
このように、転写因子をコードするdinJ遺伝子、rbsR遺伝子、xapR遺伝子のうちの少なくとも1つについて発現量を野生株から変更した株を標的土壌に加えることで、標的土壌中の増加標的微生物の数を増加させたり、減少標的微生物の数を減少させることが可能である。
【0062】
標的土壌から排出される温室効果ガスを直接的に削減したり、標的土壌で栽培または自生する植物の生長を促進し温室効果ガスを間接的に削減することができる。
【0063】
たとえば、dinJ、rbsR、およびxapRのうちの1つ以上について、プロモーターを高発現なものに改変した増加標的微生物の株を標的土壌に供給する場合、野生株に対するプロモーター改変株の比率が徐々に高まっていく。その結果、温室効果ガスが削減される。
【0064】
なお、土壌中の標的微生物を減少させるために、生存率を野生株よりも低下させた株を土壌に供給する場合には、土壌供給工程s3よりも前に、土壌中の菌を減少(減菌)または滅菌する工程を行うことで、標的土壌における減少標的微生物の減少効果を高めることができる。
【0065】
また、生存率を野生株よりも低下させた株を土壌に供給する場合には、当該株が土壌に定着し、野生株が当該株に置き換わるまで継続的に土壌に供給し続けることが好ましい。
【0066】
土壌を減菌または滅菌する方法としては、たとえば、土壌を加熱することや紫外線照射することなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0067】
たとえば、土壌を天日干ししたり、黒色の袋に入れて高温にしたり、オートクレーブ処理することで、土壌を減菌または滅菌することができる。
【0068】
[その他の実施形態]
一実施形態において、本発明は、転写因子をコードするdinJ遺伝子とrbsR遺伝子とxapR遺伝子(この段落における「dinJ」、「rbsR」、「xapR」はそれぞれ、相同性の高い遺伝子を含まない)と、(d)(e)dinJ遺伝子と相同性の高い遺伝子と、(f)(g)rbsR遺伝子と相同性の高い遺伝子と、(h)(i)xapR遺伝子と相同性の高い遺伝子とのうちの少なくとも1つの遺伝子の機能を欠損した微生物を含む、生存率制御剤を提供する。
【0069】
かかる微生物には、図1に示された前記実施形態において株準備工程s1で準備される、減少標的微生物のdinJ、rbsR、およびxapR遺伝子のうちの1つ以上を欠損させた欠損株を用いることができる。
【0070】
さらに、一実施形態において、本発明は、転写因子をコードするdinJ遺伝子とrbsR遺伝子とxapR遺伝子(この段落における「dinJ」、「rbsR」、「xapR」はそれぞれ、相同性の高い遺伝子を含まない)と、(d)(e)dinJ遺伝子と相同性の高い遺伝子と、(f)(g)rbsR遺伝子と相同性の高い遺伝子と、(h)(i)xapR遺伝子と相同性の高い遺伝子とのうちの少なくとも1つの遺伝子の転写を制御するプロモーターを、内因性プロモーターよりも高発現なプロモーターに改変した微生物を含む、生存率制御剤を提供する。
【0071】
かかる微生物には、図1に示された前記実施形態において株準備工程s1で準備される減少標的微生物と同様に、dinJ、rbsR、およびxapR遺伝子の転写を制御するプロモーターを、pETシステム(Novagen社製)のような市販品や、tacプロモーター、PhoA、lacプロモーター、PLプロモーター、T5プロモーター、T7プロモーター、SP6プロモーター等の内因性プロモーターよりも強力なプロモーターに置換したプロモーター改変株の他、内因性のプロモーター領域に変異を加える改変を行うことで、転写因子の発現量を上昇させたプロモーター改変株を用いることができる。
【0072】
また、一実施形態において、本発明は、転写因子をコードするdinJ遺伝子とrbsR遺伝子とxapR遺伝子(この段落における「dinJ」、「rbsR」、「xapR」はそれぞれ、相同性の高い遺伝子を含まない)と、(d)(e)dinJ遺伝子と相同性の高い遺伝子と、(f)(g)rbsR遺伝子と相同性の高い遺伝子と、(h)(i)xapR遺伝子と相同性の高い遺伝子とのうちの少なくとも1つの遺伝子についてその塩基配列に変異を導入し、転写因子の活性を、内因性転写因子よりも向上させた微生物を含む、生存率制御剤を提供する。
【0073】
これらの生存率制御剤はそれぞれ、標的土壌に供給されることで、標的土壌での標的微生物の数を増加または減少させることができる。
【0074】
また、これらの生存率制御剤は、微生物に加え、微生物の培養液、水、土等の培地を含んでいてもよく、さらに他の物質を含んでいてもよい。
【0075】
加えて、これらの生存率制御剤は、dinJ、rbsR、およびxapR遺伝子のうちの1つ以上の遺伝子の機能を欠損させ、またはそれらのプロモーターの1つ以上を改変した微生物を含む土を、凍結乾燥させたものであってもよい。
【0076】
他の一実施形態において、本発明は、転写因子XapRを制御することによって、微生物の生存率を制御する生存率制御剤であって、キサントシンを含む生存率制御剤を提供する。
【0077】
上述のように、本願発明者は、XapRが微生物の生存率に大きく関与していることを発見した。また、一部の微生物において、キサントシンの存在により、XapRが活性化することが知られている。
【0078】
このため、キサントシンを含む生存率制御剤を土壌に供給することで、キサントシンに種特異的に反応する一部の標的微生物種のXapRを活性化させ、土壌中における該当微生物種の生存率を上昇制御し、微生物数を増加させることができる。
【0079】
この実施形態において、生存率制御剤は、キサントシン以外にも溶媒等の他の物質を含んでいてもよい。
【0080】
さらに他の1実施形態において、本発明は、転写因子RbsRを制御することによって、微生物の生存率を制御する生存率制御剤であって、D-リボースを含む生存率制御剤を提供する。
【0081】
上述のように、本願発明者は、RbsRが微生物の生存率に大きく関与していることを発見した。また、一部の微生物において、D-リボースの存在により、RbsRが活性化することが知られている。
【0082】
このため、D-リボースを含む生存率制御剤を土壌に供給することで、D-リボースに種特異的に反応する一部の微生物種のRbsRを活性化させ、土壌中における該当微生物種の生存率を上昇制御し、微生物数を増加させることができる。
【0083】
この実施形態において、生存率制御剤は、D-リボース以外にも溶媒等の他の物質を含んでいてもよい。
【0084】
他の一実施形態において、本発明は、配列番号4~6のいずれかの塩基配列を含む遺伝子から発現するタンパク質に対し、BLASTプログラムでのE-value値が0.001(より好ましくは0.0001)より小さいタンパク質をコードする遺伝子を欠損した微生物を、土壌に供給する工程を含む、微生物の生存率制御方法を提供する。
【0085】
他の一実施形態において、本発明は、配列番号4~6のいずれかの塩基配列を含む遺伝子から発現するタンパク質に対し、BLASTプログラムでのE-value値が0.001(より好ましくは0.0001)より小さいタンパク質をコードする遺伝子の転写を制御するプロモーターを、内因性プロモーターよりも高発現なプロモーターに改変した微生物を、土壌に供給する工程を含む、微生物の生存率制御方法を提供する。
【0086】
本発明は、以上の実施態様に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された発明の範囲内で種々の変更が可能であり、それらも本発明の範囲内に含まれるものであることは言うまでもない。
【0087】
なお、以下においては、特に断りがない限り、dinJ、rbsR、xapRについて、それぞれと相同性の高い遺伝子は含まないものとする。
【実施例0088】
本実施例では、モデル微生物である大腸菌の野生株(K-12株)と、dinJ、rbsR、xapR等の転写因子をコードする遺伝子を1つ欠損させた欠損株をそれぞれ、滅菌した別々の土に供給し、各株の生菌数や生存率等、野生株と欠損株との生存比率を計測した。そして野生株に対する各欠損株の生存比率から、欠損させた各遺伝子が土壌中での微生物の生存率にどの程度関与しているのかを明らかにした。
【0089】
(使用した土と前処理)
土は、ふるい通しした黒土を用いた。この土の最大容水量は144g(水)/100g(土)であった。この土を、さらに2mmのふるいに掛けて乾燥させた土を用いた。なお、乾燥させた際の水分飽和度を0%とした。
【0090】
次いで、土をメディウム瓶に詰め替えて、土の正味の重量を測定し、121℃で20分間にわたってオートクレーブ処理することで、滅菌を行った。
【0091】
その後、50℃の乾燥棚で乾燥させ、土の重量を測定し、オートクレーブ前の重量から変化がないことを確認した。オートクレーブ処理により、元々の土由来の菌が死滅したことを確認した。
【0092】
(容器と容量)
容器は15mL容量の滅菌したファルコンチューブを使用した。各チューブに1gの土を収容した。
【0093】
(増殖工程s2)
大腸菌の野生株と、転写因子をコードする各遺伝子の欠損株をそれぞれ、LB培地で24時間培養した。欠損株には、Keioコレクションから入手したものを用いた。
【0094】
(大腸菌の調製工程)
まず、増殖工程s2を経た菌体を遠心分離により集菌し、上清を取り除いた。
【0095】
本実施例では菌体培養工程にて60%容水量の土で大腸菌の静置培養を行うため、上清の除去後に、菌体を864uLの量のPBSバッファーに再懸濁し、菌体懸濁液を得た。
【0096】
(土壌供給工程s3)
菌体懸濁液を、株ごとに、別々のチューブ内に収容された土1gに対して、1x10CFU(Colony Forming Unit)(OD600=1を3x10と換算)となるよう、塗布により供給した。その後、各チューブを充分に転倒撹拌した。
【0097】
(菌体培養)
恒温恒湿器内にて、各株を温度25℃、湿度25%で静置培養した。
【0098】
(生菌数の計測)
大腸菌を株ごとに分けて静置培養した各チューブについて、生菌数を経時的に、培養開始後0,3,7,21,42日目にそれぞれ測定した。
【0099】
詳細には、まず、各チューブ内の1gの土に対して10mLの滅菌水を添加した(10倍希釈)。
【0100】
次いで、転倒撹拌を5回、20秒にわたるボルテックス撹拌を2回行った後、土がチューブの下方に自然落下するまで2分間静置した。
【0101】
その後、チューブ内の上清を段階希釈して、LB寒天培地に塗布した。
【0102】
次いで、37℃で1晩培養し、生じたコロニー数を数えた後に、当該コロニー数に基づき、培養開始後0,3,7,21,42日目の各株の生菌数を算出した。コロニー数の計測はコロニーカウンターを用いて自動計測した。
【0103】
また、野生株および各転写因子欠損株について、培養開始後0,3,7,21,42日目の生存率を算出した。各株の生存率は、培養開始後0日目の生菌数を1としたときの各計測日での生存率を示している。
【0104】
さらに、培養開始後0,3,7,21,42日目の野生株の数を1としたときの各転写因子欠損株の相対数を生存比率として算出した。
【0105】
図2は、土壌中における大腸菌の野生株と、dinJ、rbsR、xapR等の各転写因子欠損株の生菌数の推移を示すグラフであり、図3は、土壌中における大腸菌の野生株と、dinJ、rbsR、xapR等の各転写因子欠損株の生存率を示すグラフである。
【0106】
また、図4は、土壌中における大腸菌の野生株に対するdinJ、rbs、xapR等の各転写因子欠損株の生存比率を示すグラフである。図4には、各計測日における野生株の数を1としたときの各転写因子欠損株の相対的な生菌数が示されている。
【0107】
また、以下の表1は、土壌中での静置培養42日目における野生株の生菌数を1としたときのdinJ、rbsRおよびxapRを含む種々の転写因子欠損株の生菌数の割合を示している。
【0108】
【表1】

表1には、本願の発明者が、大腸菌の約4700個に上る全遺伝子を制御する約300個の転写因子コード遺伝子のうちの一部の各遺伝子を欠損させて生存率を計測した結果、静置培養42日目の野生株に対する各転写因子欠損株の生存比率を示す「比率」の値が顕著であった遺伝子のみが列挙されている。なお、表1におけるdinJ、rbsRおよびxapRについての「比率」の値は、図4に示された42日目の値と同一である。
【0109】
表1の「効果」の列に「down」が示されたdinJ遺伝子の欠損株は、静置培養開始後の42日目に、野生株の生菌数の1/94190の数だけ生きていたことが示されている。
【0110】
同様に、rbsR遺伝子の欠損株は、静置培養開始後の42日目に、野生株の生菌数の1/47の数だけ生きていたことが示されている。また、xapR遺伝子の欠損株は、静置培養開始後の42日目に、野生株の生菌数の1/22の数だけ生きていたことが示されている。
【0111】
図2から図4および表1に示されるように、dinJの欠損株、rbsRの欠損株、およびxapRの欠損株はそれぞれ、野生株に比して土壌中での生存率が著しく低い。
【0112】
このため、dinJ、rbsRおよびxapR遺伝子と、(d)(e)dinJ遺伝子と相同性の高い遺伝子と、(f)(g)xapR遺伝子と相同性の高い遺伝子と、(h)(i)xapR遺伝子と相同性の高い遺伝子とのうちの少なくとも1つの遺伝子を欠損させた標的微生物の欠損株を標的土壌に供給することで、標的土壌における標的微生物の数を減少させることができる。
【0113】
また、増加標的微生物について、生存率に大きく寄与するdinJ、rbsRおよびxapR遺伝子と、(d)(e)dinJ遺伝子と相同性の高い遺伝子と、(f)(g)rbsR遺伝子と相同性の高い遺伝子と、(h)(i)xapR遺伝子と相同性の高い遺伝子とのうちの少なくとも1つの遺伝子のプロモーターを、内因性プロモーターよりも高発現なプロモーターに改変することで、土壌中での増加標的微生物の生存率を高めることができる。
【0114】
また、高発現なプロモーターに改変したプロモーター改変株を標的土壌に供給することで、標的土壌における増加標的微生物の数を長期的にも増加させることができ、標的土壌から排出される温室効果ガスを削減できる。
【符号の説明】
【0115】
s1 株準備工程
s2 増殖工程
s3 土壌供給工程
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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