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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025002502
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】土質材料の固化方法
(51)【国際特許分類】
   C09K 17/50 20060101AFI20241226BHJP
   C09K 17/06 20060101ALI20241226BHJP
   C09K 17/02 20060101ALI20241226BHJP
   C09K 17/32 20060101ALI20241226BHJP
   C09K 17/14 20060101ALI20241226BHJP
   E02D 3/12 20060101ALI20241226BHJP
【FI】
C09K17/50 P
C09K17/06 P
C09K17/02 P
C09K17/32 P
C09K17/14 P
E02D3/12 102
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023102726
(22)【出願日】2023-06-22
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100120086
【弁理士】
【氏名又は名称】▲高▼津 一也
(72)【発明者】
【氏名】中野 晶子
【テーマコード(参考)】
2D040
4H026
【Fターム(参考)】
2D040AA01
2D040AB03
2D040CA10
2D040CB03
4H026CB03
4H026CB08
4H026CC02
4H026CC05
(57)【要約】
【課題】 土質材料を効果的に固化させる方法を提供すること。
【解決手段】 カゼイン、カルシウムイオン、炭酸イオン、尿素、及びウレアーゼを含む固化剤を調製する固化剤調製工程と、前記固化剤を土質材料に接触させて土質材料を固化する土質材料固化工程と、を有することを特徴とする土質材料の固化方法である。
【選択図】図5

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カゼイン、カルシウムイオン、炭酸イオン、尿素、及びウレアーゼを含む固化剤を調製する固化剤調製工程と、
前記固化剤を土質材料に接触させて土質材料を固化する土質材料固化工程と、
を有することを特徴とする土質材料を固化する方法。
【請求項2】
カゼイン、カルシウムイオン、炭酸イオン、尿素、及びウレアーゼを含む固化剤を調製する固化剤調製工程と、
前記固化剤を土質材料に接触させて土質材料を固化する土質材料固化工程と、
を有することを特徴とする固化土質材料を製造する方法。
【請求項3】
前記固化剤のカゼイン及びカルシウムイオンがミセルを形成していることを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記固化剤調製工程が、
カゼイン、炭酸イオン、及びウレアーゼを含有する溶液Aと、尿素を含有する溶液Bと、カルシウム塩を含有する溶液Cとを混合して、前記固化剤を調製することを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項5】
前記溶液Aが、カゼイン及び尿素を含む培地で培養したウレアーゼ産生菌の培養液を含有することを特徴とする請求項4記載の方法。
【請求項6】
前記溶液Cのカルシウム塩が、塩化カルシウム、酢酸カルシウム又は硝酸カルシウムであることを特徴とする請求項4記載の方法。
【請求項7】
前記土質材料固化工程が、
前記固化剤と土質材料とを混合して、土質材料スラリーを調製する土質材料スラリー調製工程と、
前記土質材料スラリーを所定の場所に投入する土質材料スラリー投入工程と、
を有することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項8】
前記土質材料固化工程が、
前記固化剤を地盤中に注入する固化剤注入工程を有することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項9】
前記土質材料固化工程において、前記固化剤が炭酸カルシウムのバテライト結晶を生成して土質材料を固化することを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項10】
カゼイン、カルシウムイオン、炭酸イオン、尿素、及びウレアーゼを含むことを特徴とする土質材料固化剤。
【請求項11】
前記カゼイン及びカルシウムイオンがミセルを形成していることを特徴とする請求項10記載の土質材料固化剤。
【請求項12】
カゼイン、炭酸イオン及びウレアーゼを含有する溶液Aと、尿素を含有する溶液Bと、カルシウム塩を含有する溶液Cとを備えたことを特徴とする請求項10記載の土質材料固化剤。
【請求項13】
前記溶液Aが、カゼイン及び尿素を含む培地で培養したウレアーゼ産生菌の培養液を含有することを特徴とする請求項12記載の土質材料固化剤。
【請求項14】
前記溶液Cのカルシウム塩が、塩化カルシウム、酢酸カルシウム又は硝酸カルシウムであることを特徴とする請求項12又は13記載の土質材料の土質材料固化剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、砂等の土質材料を固める方法、固化土質材料を製造する方法、及び土質材料を固める土質材料固化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、沿岸整備では、砂丘の景観や貴重な動植物の保護に配慮して、防潮堤として設けられたCSG(Cemented Sand and Gravel)を盛土や盛砂で覆い法面とすることが行われている。しかしながら、この防潮堤の法面をそのままの状態にしておくと、風などによって盛土や盛砂が侵食され、また、飛砂が発生し、周辺住環境に影響を与えることが問題となっている。また、海岸の砂丘や砂浜が波などで削られて形成された浜崖の浸食が進行しており、海岸線の後退が懸念されている。これらの問題を解決するため、土壌の改質方法や土質材料の固化方法が提案されている。
【0003】
このような方法としては、例えば、ウレアーゼの水溶液である第1溶液と、尿素及びカルシウム塩の水溶液である第2溶液とをそれぞれ地盤中に注入し、或いは上記第1溶液と上記第2溶液とを混合した直後にこれを地盤中に注入することを特徴とする土壌改良方法が提案されている(特許文献1参照)。
しかしながら、この方法は、固化強度等の点で必ずしも満足がいくものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5599032号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、土質材料を効果的に固化させる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、カゼイン及びカルシウムイオンのミセルを含む溶液と土質材料とが混合された状態で、ミセル中のカルシウムイオンと炭酸イオンとが反応することにより、土質材料を連結するように炭酸カルシウムが析出して、土質材料を強固に固化できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、以下のとおりのものである。
[1] カゼイン、カルシウムイオン、炭酸イオン、尿素、及びウレアーゼを含む固化剤を調製する固化剤調製工程と、前記固化剤を土質材料に接触させて土質材料を固化する土質材料固化工程と、を有することを特徴とする土質材料を固化する方法。
[2] カゼイン、カルシウムイオン、炭酸イオン、尿素、及びウレアーゼを含む固化剤を調製する固化剤調製工程と、前記固化剤を土質材料に接触させて土質材料を固化する土質材料固化工程と、を有することを特徴とする固化土質材料を製造する方法。
【0008】
[3] 前記固化剤のカゼイン及びカルシウムイオンがミセルを形成していることを特徴とする上記[1]又は[2]記載の方法。
[4] 前記固化剤調製工程が、カゼイン、炭酸イオン、及びウレアーゼを含有する溶液Aと、尿素を含有する溶液Bと、カルシウム塩を含有する溶液Cとを混合して、前記固化剤を調製することを特徴とする上記[1]~[3]のいずれか記載の方法。
[5] 前記溶液Aが、カゼイン及び尿素を含む培地で培養したウレアーゼ産生菌の培養液を含有することを特徴とする上記[4]記載の方法。
[6] 前記溶液Cのカルシウム塩が、塩化カルシウム、酢酸カルシウム又は硝酸カルシウムであることを特徴とする上記[4]又は[5]記載の方法。。
【0009】
[7] 前記土質材料固化工程が、前記固化剤と土質材料とを混合して、土質材料スラリーを調製する土質材料スラリー調製工程と、前記土質材料スラリーを所定の場所に投入する土質材料スラリー投入工程と、を有することを特徴とする上記[1]~[6]のいずれか記載の方法。
[8] 前記土質材料固化工程が、前記固化剤を地盤中に注入する固化剤注入工程を有することを特徴とする請求項[1]~[6]のいずれか記載の方法。
[9] 前記土質材料固化工程において、前記固化剤が炭酸カルシウムのバテライト結晶を生成して土質材料を固化することを特徴とする上記[1]~[8]のいずれか記載の方法。
【0010】
[10] カゼイン、カルシウムイオン、炭酸イオン、尿素、及びウレアーゼを含むことを特徴とする土質材料固化剤。
[11] 前記カゼイン及びカルシウムイオンがミセルを形成していることを特徴とする上記[10]記載の土質材料固化剤。
[12] カゼイン、炭酸イオン及びウレアーゼを含有する溶液Aと、尿素を含有する溶液Bと、カルシウム塩を含有する溶液Cとを備えたことを特徴とする上記[10]又は[11]記載の土質材料固化剤。
[13] 前記溶液Aが、カゼイン及び尿素を含む培地で培養したウレアーゼ産生菌の培養液を含有することを特徴とする上記[12]記載の土質材料固化剤。
[14] 前記溶液Cのカルシウム塩が、塩化カルシウム、酢酸カルシウム又は硝酸カルシウムであることを特徴とする上記[12]又は[13]記載の土質材料の土質材料固化剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法によれば、土質材料を効果的に固化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】供試体の「土の圧密排水(CD)三軸圧縮試験(地盤工学会基準JGS 0524-2009)」における、軸差応力と軸ひずみの関係、及び体積ひずみと軸ひずみの関係を示す図であり、(a)が実施例1の固化供試体であり、(b)が比較例の無処理供試体である。
図2】供試体のCD試験打ち切り直後の供試体の変形の様子を示す図であり、(a)が実施利1の固化供試体(有効拘束圧100 kPa)であり、(b)が比較例の無処理供試体(有効拘束圧50 kPa)である。
図3】上図は、実施例1の固化供試体の砂粒子のSEM画像である。中図は、砂粒子のSEM拡大画像であり、下図は、EDXによる元素マッピング(カルシウム、ケイ素)を示す図である。
図4】供試体における析出した結晶のX線回折パターンを示す図である。上図が、カゼインペプトン添加・ウレアーゼ陽性菌利用により析出した結晶物質であり(実施例1)、中図が、カゼインペプトン添加・ウレアーゼ酵素試薬利用により析出した結晶物質であり(実施例2)、下図が、カゼインペプトン無添加・ウレアーゼ酵素試薬利用により析出した結晶物質である(比較例)。
図5】カゼインペプトン添加・ウレアーゼ陽性菌利用の実施例1の固化供試体のデジタルマイクロスコープによる結晶観察の結果を示す図である。
図6】カゼインペプトン無添加・ウレアーゼ酵素試薬利用の比較例の供試体のデジタルマイクロスコープによる結晶観察の結果を示す図である。
図7】実施例1の固化供試体及び比較例の無処理供試体の軸差応力最大時の平均有効応力と主応力差1/2の関係を示す図である。
図8】実施例1の固化供試体(砂丘砂)のCD試験(有効拘束圧50kPa)の主応力差と軸ひずみの関係、及び体積ひずみと軸ひずみの関係(初期相対密度による比較)を示す図である。
図9】実施例の固化供試体の写真であり、左図が、ウレアーゼを用いて固化した固化供試体(実施例2)の写真であり、右図が、ウレアーゼ産生菌を用いて固化した固化供試体(実施例1)の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[土質材料の固化方法、及び固化土質材料の製造方法]
本発明の土質材料の固化方法、及び固化土質材料の製造方法は、カゼイン、カルシウムイオン、炭酸イオン、尿素、及びウレアーゼを含む固化剤を調製する固化剤調製工程と、固化剤を土質材料に接触させて土質材料を固化する土質材料固化工程とを有することを特徴とする。
【0014】
ここで、本発明の方法において固化の対象となる土質材料は、土質材料の工学的分類体系の土質材料であり、好ましくは砂質土(大分類)である。本発明の土質材料の固化方法は、固化しにくい砂質土であっても効果的に固化することができる。
【0015】
本発明のカゼインには、タンパク質としてのカゼインの他、カゼインペプトンを含む。
【0016】
また、本発明のカルシウムイオンは、カルシウム塩を添加することにより固化剤中に存在させることができ、カルシウム塩としては、塩化カルシウム、酢酸カルシウム、硝酸カルシウムが挙げられ、溶液のpH調整の点等から、塩化カルシウムを用いることが好ましい。
【0017】
炭酸イオンは、次式で示されるとおり、ウレアーゼによる尿素の分解反応により生成される。
(NHCO+2HO(+Urease) → 2NH+HCO
NH+HO ← →NH +OH
CO ← → HCO +H← →CO 2-+2H
【0018】
また、本発明のウレアーゼには、ウレアーゼを産生するウレアーゼ産生菌を含む。ここで、ウレアーゼ産生菌を用いる場合、固化対象の土質材料(固化する場所の土質材料)から得られたウレアーゼ産生菌を用いることが好ましい。これにより、より効果的に土質材料を固化することができる。
【0019】
なお、以下、固化剤に含まれるカゼイン、カルシウムイオン、炭酸イオン、尿素、ウレアーゼを固化剤の必須成分ということがある。
【0020】
本発明の土質材料の固化方法、及び固化土質材料の製造方法においては、予めすべての必須成分を含む固化剤を調製した後、その固化剤を土質材料に接触させて土質材料を固化する方法(事前配合法)の他、1又は2以上の固化剤の必須成分を含む溶液を順次土質材料に投入して、土質材料の存在下ですべての必須成分が配合される方法、すなわち、固化剤調製工程と土質材料固化工程が同時に行われる方法(土質材料中配合法)を含む。本発明においては、より効果的に土質材料を固化することができることから、前者の事前配合法が好ましい。
【0021】
事前配合法は、具体的には、カゼイン、カルシウムイオン、炭酸イオン、尿素、及びウレアーゼを含む固化剤を調製する固化剤調製工程と、固化剤調製工程で得られた固化剤を土質材料に接触させて土質材料を固化する土質材料固化工程と有する方法である。固化剤中では、カゼイン及びカルシウムイオンのミセルが形成されており、このミセルの形成が本発明の重要なポイントとなる。また、固形剤のpHは、炭酸カルシウムの生成を促進する観点から、8~11が好ましく、8.5~10.5がより好ましく、9.0~10.0がさらに好ましい。また、固化剤を調製後、1時間以内に土質材料に接触させることが好ましく、30分以内に接触させることがより好ましく、10分以内に接触させることがさらに好ましい。
【0022】
一方、土質材料中配合法の場合、例えば、カゼイン及びカルシウムイオンを含む溶液を土質材料に投入し、尿素を含む溶液及びウレアーゼを含む溶液を順不同で順次又は同時に投入する態様を挙げることができる。これらの溶液の投入順序や、溶液相互の事前配合(例えば、尿素及びウレアーゼを含む溶液とする)は、適宜決定することができるが、上記のように、本発明の方法においては、カゼイン及びカルシウムイオンを含む溶液を用い、カゼイン及びカルシウムイオンのミセルが形成されることが本発明の重要なポイントとなる。
【0023】
また、本発明においては、固化剤調製溶液の1つとして、カゼイン、炭酸イオン及びウレアーゼを含有する溶液Aを用いることが好ましく、具体的に、カゼイン及び尿素を含む培地で培養したウレアーゼ産生菌の培養液を含有する溶液Aを用いることが特に好ましい。この溶液Aには、本発明の必須成分のうち、カゼイン、炭酸イオン及びウレアーゼが含まれ、通常、未分解の尿素も含まれる。溶液Aを用いることにより、より効果的に土質材料を固化することができる。
【0024】
溶液Aを用いる場合、固化剤の調製には、溶液Aの他、必須成分を含む溶液として、尿素を含有する溶液Bと、カルシウム塩を含有する溶液Cとを用いる。
【0025】
事前配合法では、溶液A、溶液B及び溶液Cを配合して固化剤を調製するが、本発明においては、例えば、尿素及びカルシウム塩を含む溶液BCと溶液Aとを配合する態様を含む。
【0026】
土質材料中配合法においては、予め溶液A及び溶液Cを混合しておき、カゼイン及びカルシウムイオンのミセルを形成しておくことが重要である。すなわち、溶液A及び溶液Cの混合溶液、及び溶液Bを用いることが重要であるが、土質材料中への投入順序は特に制限されない。
【0027】
本発明の土質材料の固化方法における土質材料固定化工程としては、固化剤と土質材料とを混合して、土質材料スラリーを調製する土質材料スラリー調製工程と、土質材料スラリーを所定の場所に投入する土質材料スラリー投入工程とを有する態様を挙げることができる。また、固化剤を地盤中に注入する固化剤注入工程を有する態様を挙げることができる。
【0028】
また、本発明の固化土質材料の製造方法における土質材料固定化工程としては、固化剤と土質材料とを混合して、土質材料スラリーを調製する土質材料スラリー調製工程と、土質材料スラリーを所定形状に成形して養生する成形工程とを有する態様を挙げることができる。
【0029】
本発明においては、土質材料と固形剤とを混合した際、以下のような現象が生じ、土質材料が効果的に固化されると考えられる。
すなわち、固化剤中のカゼインミセル中に含まれるカルシウムイオンと、ウレアーゼによる尿素の加水分解反応によって生じた炭酸イオンとが反応し、土質材料の粒子間に、バインダーとなる炭酸カルシウムが生成して土質材料が固化する。この生成する炭酸カルシウムは、バテライト結晶を多く含んでおり(図5参照)、このバテライト結晶が土質材料の固化に大きく寄与していると考えられる。生成する炭酸カルシウムには、カルサイト結晶も一部観察されるが、バテライト結晶をより多く含むことが好ましい。バテライト結晶及びカルサイト結晶の含有割合は、XRDの最強線の強度比から半定量的に見積もることができ、例えば、カルサイト結晶の最強線の強度(Ic)に対するバテライト結晶の最強線の強度(Iv)の比(Iv/Ic)が、0.05以上であることが好ましく、0.1以上であることがより好ましく、0.2以上であることがさらに好ましく、0.25以上であることが特に好ましい。なお、カルサイトのメインピークはd=3.03Å(2θ=29.4°)付近、バテライトのメインピークはd=3.30Å(2θ=27.0°)付近であることから、これらのピークの強度を比較する。
なお、事前配合法は、固化剤中で炭酸カルシウムが少量析出している状態となることから、後続の炭酸カルシウムの生成がより促進され、より効果的に土質材料を固化することができる。
【0030】
また、上記のように、カゼイン及び尿素を含む培地で培養したウレアーゼ産生菌の培養液を含有する溶液Aを用いる場合には、マイナスに帯電したウレアーゼ産生菌が、プラスに帯電したカゼインミセル(カルシウムイオン及び/又は炭酸カルシウムを含む)に付着し、その付着したウレアーゼ産生菌が尿素を加水分解することで、ミセル周辺の炭酸イオンが過飽和状態となり、炭酸カルシウム結晶の形成がより促進されると考えられる。
【0031】
[土質材料固化剤]
本発明の土質材料固化剤は、カゼイン、カルシウムイオン、炭酸イオン、尿素、及びウレアーゼを含むことを特徴とする。本発明の土質材料固化剤は、上記土質材料の固化方法及び固化土質材料の製造方法で説明した固化剤と同様であるので、詳細な説明を省略する。なお、本発明の土質材料固化剤は、必須成分がすべて配合されたものであってもよいし、一部又は全ての必須成分が別々に収容されたものの組合せであってもよい。具体的に、好ましい一態様として、カゼイン、炭酸イオン及びウレアーゼを含有する溶液Aと、尿素を含有する溶液Bと、カルシウム塩を含有する溶液Cとを備えた態様(尿素及びカルシウム塩を含有する溶液BCを含む)を挙げることができる。溶液Aは、好ましくは、カゼイン及び尿素を含む培地で培養したウレアーゼ産生菌の培養液を含有する溶液である。
【実施例0032】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0033】
[実施例1(ウレアーゼ産生菌を用いた例)]
<砂試料>
静岡県浜松市中田島砂丘で採取した砂(以下、砂丘砂という。)、静岡県袋井市の浅羽海岸で採取した砂(以下、海岸砂という。)、及び豊浦珪石工業(株)から購入した豊浦砂を実験試料として用いた。
なお、砂丘砂と海岸砂は、海水の影響を受ける海側と海水の影響を受けない陸側のそれぞれ二か所から採取した。また豊浦砂は、地盤工学において標準砂として試験や研究に多用されるものである。
【0034】
地盤材料は、主に粒度試験(JIS A 1204)に基づいて分類される(JGS0051『地盤材料の工学的分類』)。この分類に従うと、本実施例の試料は全て、細粒分(粒径0.075mm以下)が5%以下かつ礫分(粒径2mm以上75mm以下)が5%以下の『砂』に分類され、砂丘砂と海岸砂は平均粒径0.33-0.44mmの中砂、豊浦砂は平均粒径0.23mmの細砂を主体としている。
【0035】
<溶液A(微生物培養液)の調製>
(尿素液体培地の作成)
SCDブイヨン(一般細菌用トリプトソーヤブイヨン「ニッスイ」、日水製薬)30gを超純水1000 mlに溶かし、オートクレーブで121℃、15分間滅菌し、液体培地を作成した。SCDブイヨン30 g/Lの組成は、17.0 g/Lカゼインペプトン、3.0 g/L大豆ペプトン、5.0 g/L NaCl、2.5 g/Lブドウ糖、2.5 g/Lリン酸二水素ナトリウム(pH=7.3±0.2)である。この液体培地とフィルター(0.2μm)滅菌した0.66 mol/L尿素溶液(特級、関東化学)を体積比1:1で混合し、0.33 mol/L尿素液体培地(15 g/L SCDブイヨン含む)とした。
【0036】
(尿素寒天培地の作成)
オートクレーブ滅菌したSCD寒天培地(一般細菌用トリプトソーヤ寒天培地「ニッスイ」、日水製薬)40 gと超純水900 mlの混合物に、フィルター滅菌した0.33 mol/L尿素溶液100 mlを混ぜ、これを直ちにシャーレに適量流し入れ固めることで尿素寒天培地を作成した。
【0037】
(微生物(ウレアーゼ産生菌培養液)の分離培養液の作成)
砂試料50 gと尿素液体培地100 mlを滅菌サンプルバック(fisher scientific社)に入れ、シーラーで密閉し、37℃恒温インキュベータで24時間静置培養した。その後、砂混合培地を遠心分離(4000rpm、5分)し、上澄み0.5 mlと新たに作成した尿素液体培地50 mlを新しいサンプルバックに入れ、シーラーで密閉し、再び37℃恒温インキュベータで24時間静置培養した。同様の作業をもう一度繰り返し、得られた上澄みを尿素寒天培地に塗布して37℃恒温インキュベータで24時間静置培養した。寒天培地上に現れた独立したコロニー1個を尿素液体培地に播種し、37℃恒温インキュベータで24時間静置培養した。こうして得られた微生物培養液(ウレアーゼ産生菌培養液)を「溶液A」として、以降の固化実験に用いた。なお、砂試料としては、砂丘砂及び海岸砂の2種をそれぞれ用いた。
【0038】
分離細菌のウレアーゼ陽性を確認するために、寒天上に得られたコロニー1個を尿素液体培地50 mlに播種した後、0、2、5、8.5、24時間後の液体培地中のアンモニウムイオン濃度、pHを測定した。その結果、全ての培地において、アンモニウムイオン濃度及pHが上昇し、尿素加水分解の促進が見られた。また、5、24時間後の培養液中の微生物細胞数をそれぞれ測定したところ、全ての培地において細胞増殖が見られた。これらの結果より、分離細菌のウレアーゼ陽性を確認した。
【0039】
また、ウレアーゼ陽性を示した分離細菌の DNA塩基配列解析・分子系統解析(16S rDNA-Full)を実施した結果、各検体の帰属分類群として、砂丘砂は、海陸ともに、Sporosarcina属(近縁菌種:Sporosarcina pasteurii、Sporosarcina luteola、Sporosarcina soli)であることが推定され、海岸砂は、海側と陸側でそれぞれVirgibacillus属(近縁菌種:Virgibacillus proomii)、Lederbergia 属(近縁菌種:Lederbergia lenta)であることが推定された(分析依頼先:株式会社テクノスルガラボ)。
【0040】
<溶液B及び溶液C(溶液BC)の作成>
1.00 mol/L 塩化カルシウム(特級、関東化学)、0.66 mol/L尿素(特級、関東化学)の混合溶液を「溶液BC」として作成した。
【0041】
<固化剤の調製>
上記作成した「溶液A」と「溶液BC」を体積比1:1で混ぜることで、溶液中に白色のカゼインミセル-炭酸カルシウムCaCO3の分散性混合物を生成させて固化剤を調製した。
【0042】
<土質材料(砂)の固化>
固化剤の調製に続けて、これに砂試料を所定量混ぜ、砂・固化剤の混合スラリーを作成した。
【0043】
続けて、直径50mm、高さ100mmのプラスチックモールドに、所定の相対密度になるように混合スラリーを流し入れ、37℃恒温下でモールドを直立させたまま養生させた。養生時間は24-48時間とした。混合スラリー作成時の溶液と砂試料の混合比は、供試体の初期相対密度に応じて決定した。
【0044】
養生期間終了後、モールドから取り外した固化供試体を供試体1体当たり1L程度の蒸留水中に水没させ、一定時間放置後に水を交換、再び供試体の水没を3回繰り返して供試体中の余剰な塩類を洗い流した。
<強度評価>
(試験)
固化後の砂試料(以下、固化供試体という。)の強度評価のため、三軸試験(JGS 0524-2009『土の圧密排水(CD)三軸圧縮試験』)を行った。固化供試体は、水洗後、含水状態のままCD試験を行った。供試体は三軸セルに設置後、脱気水を通水して十分に飽和させた。飽和供試体を有効拘束圧30、50、100 kPaで等方圧密した後、ひずみ速度0.1%/minで軸圧縮しながら、軸圧縮力をロードセルで、排水量を差圧計でそれぞれ計測することで、軸ひずみに対する軸差応力と体積ひずみの関係を評価した。
【0045】
(結果)
本固化方法により、海岸砂、砂丘砂、豊浦砂の3試料ともに固化を確認することができた。
図1は、砂丘砂の無処理供試体と固化供試体に対するCD試験結果について、有効拘束圧30、50、100 kPaの主応力差(=軸差応力)と軸ひずみ、体積ひずみと軸ひずみの関係をそれぞれ示す。図1の凡例には相対密度Drも併記した。Drとは、対象とする土の締まり具合が、その土の最も密な状態と最も緩い状態の間のどの状態にあるかを示す指標であり、藤田(1968)はDr≦35%を緩詰めの砂、35%<Dr<65%を中密の砂、Dr≧65%を密詰めの砂として分類している。図1の試験結果は、Dr=40-56%の中密の砂供試体の比較である。
【0046】
固化供試体はいずれの有効拘束圧下においても、軸差応力載荷直後に主応力差が急上昇し、微小ひずみ(0.28-0.59%)でピークを迎えた(図1 (a) 上図)。この微小ひずみでの急激な応力変化は炭酸カルシウムによる固化(=セメンテーション)が寄与しているといえる。せん断に伴う体積変形は、せん断初期にわずかに収縮傾向を示した後、ひずみ軟化に伴い正のダイラタンシー(せん断力を受けると体積変化(膨張または収縮)しようとする挙動)を示した(図1 (a) 下図)。無処理と固化の試験結果を比較すると、いずれの有効拘束圧においても固化によって最大主応力差が増大し、有効拘束圧30 kPaで4.1倍、50 kPaで2.7倍、100 kPaで1.8倍となった。拘束圧が大きくなるほど、最大主応力差の増加割合が低くなることから、拘束圧による析出した炭酸カルシウム結晶の部分的な崩壊の可能性が示唆された。体積ひずみは、固化処理の有無によらずすべて正のダイレイタンシーを示したが、固化供試体では無処理に比べてダイレイタンシーの程度が減少した。
【0047】
また、せん断終了時の供試体を観察すると、固化供試体と無処理供試体では体積変形の様子が異なった(図2)。一般的に砂の三軸試験では無処理供試体にみられるような“たる形変形”を示すのに対し(図2(b))、固化供試体は初期の形状から大きく変化することなく、すべり面のあるせん断破壊を示した(図2(a))。
【0048】
また、固化砂供試体のSEM-EDX(SU3500, Hitachi High-Technologies)の画像から、球状の結晶物質(50~100μm)が土粒子表面を一様に覆う様子が観察された(図3)。また、この球状の結晶物質のみを抽出し、XRD(RINT2100,Rigaku)による鉱物分析(図4上図)とデジタルマイクロスコープ(RH-2000, MXB2500REZ, HiROX)による結晶観察(図5)を行ったところ、本法により析出する結晶物質は、バテライトvaterite とカルサイトcalcite(いずれも、CaCO3の同質異形種)の複合物質であることが分かった。粒状体の結晶がバテライト、非粒状の結晶がカルサイトであると考えられる。
【0049】
なお、比較例として、カゼインペプトン(SCDブイヨン)を添加しないで、実施例1と同様の実験を行った場合、炭酸イオンとカルシウムイオンの沈殿形成により析出する炭酸カルシウムの結晶はカルサイトのみで、粒状体(バテライト)の結晶は見られず(図4下図)、土質材料は固化しなかった(図6)。
【0050】
また、軸差応力最大時の平均有効応力と主応力差の1/2の関係から、強度定数(内部摩擦角φdと粘着力cd)を求めた結果、固化によるcdの発現を確認した(図7、表1)。
【0051】
【表1】
【0052】
固化供試体のφdは無処理試料に比べて小さな値を示したが、Rowe(1962)のstress-dilatancy式(式(1))を適用し補正を行うと、補正後の無処理供試体の内部摩擦角φfはφf=27.15°となり、固化供試体のφd=27.17°に限りなく近い値となった。
【0053】
【数1】
【0054】
ここで、σ’1/σ’3は主応力比、1-dεv/dε1は主ひずみ増分比(体積ひずみεvは圧縮側を正)。なお、(1)式は、cd=0となる砂を対象としているため、固化供試体には直接適用できない。
【0055】
供試体の初期相対密度Drによる固化効果の発現を比較するため、無処理と固化後の供試体の有効拘束圧50 kPaにおける三軸試験結果の主応力差-軸ひずみ、及び体積ひずみ-軸ひずみ(0―3%)をそれぞれ図8に示す。図の凡例に示す通り、固化供試体はDr=-12-40%の超緩詰から中密の5供試体を比較した。いずれの固化供試体も、相対密度Drにかかわらず軸ひずみ1%以下の微小ひずみで主応力差が急増し、その後減少する傾向が見られた(図8 (a))。一方ダイレイタンシーは、無処理・固化に関わらずDrに影響をうけ、ひずみ軟化に伴いDr=21%以下では体積収縮、Dr=34%以上では体積膨張する傾向が見られた(図8 (b))。Drと最大主応力差には正の相関がみられ、緩詰の供試体でも固化による大きな強度の改善が見られた。
【0056】
[実施例2(ウレアーゼを用いた例)]
上記実施例1の「ウレアーゼ産生菌培養液」に代えて、「ウレアーゼ溶液」を用いた。「ウレアーゼ溶液」は、「ウレアーゼ産生菌培養液」に近い溶質組成となるように作成した。
【0057】
(ウレアーゼ溶液の作成)
0.33 mol/L炭酸水素ナトリウム(特級、関東化学)、15 g/L SCDブイヨン(ニッスイ)混合溶液(pH=10.3±0.2)に、0.15 g/100mlの酵素(ウレアーゼ)を溶解させた。pHの調整には1M NaOH水溶液を用いた。また、酵素はウレアーゼ溶液を使用する直前に混合した。なお用いた酵素は5000 U/gのウレアーゼ(タチナタ豆由来、関東化学)である。
【0058】
(溶液BC)
実施例1の溶液BCと同じものを用いた。
【0059】
上記の溶液Aと溶液BCとを1:1で混合すると、実施例1と同様に白色のミセルが生成した。このミセル混合溶液30 mlを、円筒型プラスチック容器中の砂丘砂5.0±0.04 gに加え撹拌し、37℃で24時間静置した。
【0060】
24時間経過後に溶液から取り出し水洗した砂試料の様子を図9(左)に示す。なお、図9(右)は、ウレアーゼ産生菌培養液を用いた場合である。ウレアーゼを用いた場合も、土質材料の固化を確認することができた。また、結晶物質のみを抽出し、XRD(RINT2100,Rigaku)による鉱物分析を行ったところ(図4中図)、結晶物質はバテライトvaterite とカルサイトcalcite(いずれも、CaCO3の同質異形種)の複合物質であることが分かった。
【0061】
[析出した炭酸カルシウム結晶中のバテライトとカルサイトの含有割合に関する検討]
対象鉱物のXRDの最強線の強度比から、混合する鉱物の相対的な含有割合を半定量的に見積ることが可能である。例えば、二つの多形相aとbからなる試料で、相aの割合Faは定量的に次式で示される。
【0062】
Fa= 1 /{1+ K (Ib/Ia)}
【0063】
この値は、2相の強度比(Ib/Ia)の測定と定数Kの値を得ることにより求められる。なお、Kは、二つの純粋な多形相の絶対強度比Ioa/Iobであり、標準試料の測定から求められる。
【0064】
ここで、実施例1(カゼイン+微生物)において析出した炭酸カルシウム、実施例2(カゼイン+酵素試薬)において析出した炭酸カルシウム、及び比較例(酵素試薬のみ)において析出した炭酸カルシウムについて、カルサイトとバテライトのXRDの最強線強度を表2に示す。なお、X線回折のカルサイトのメインピークはd=3.03Å(2θ=29.4°)付近、バテライトのメインピークはd=3.30Å(2θ=27.0°)付近に出現することが知られている。
【0065】
【表2】
【0066】
X線回折において、比較例の酵素のみで析出した結晶物質ではカルサイトに特有なピークのみが出現した。一方、実施例1及び2の結晶物質は、カルサイトに加えてバテライトに特有なピークも出現した。析出した結晶物質中にはカルサイトとバテライトの2種類の鉱物のみが含有すると仮定すると、カルサイトに対するバテライトの強度比(Iv/Ic)は、酵素試薬を用いた実施例2に比べて、微生物を用いた実施例1の方が大きく、析出した結晶中のバテライトの割合が高いと判断できる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の方法は、防潮堤の法面の保護等に用いることができることから、産業上有用である。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9