(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025025400
(43)【公開日】2025-02-21
(54)【発明の名称】褐藻の冷凍保存方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/00 20060101AFI20250214BHJP
C12N 5/04 20060101ALI20250214BHJP
【FI】
C12N5/00
C12N5/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023130133
(22)【出願日】2023-08-09
(71)【出願人】
【識別番号】000001373
【氏名又は名称】鹿島建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】リン ブーン ケン
(72)【発明者】
【氏名】山木 克則
(72)【発明者】
【氏名】中村 華子
(72)【発明者】
【氏名】田中 真弓
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA89X
4B065BD09
(57)【要約】
【課題】本発明は、コンブ目に属する褐藻の新規な冷凍保存技術の提供を課題とする。
【解決手段】本発明は、褐藻の冷凍保存方法であって、前記冷凍保存方法が、容器に所定の褐藻及び所定の保存溶液を入れ、前記褐藻を前記保存溶液に浸漬させる浸漬工程と、前記浸漬工程後、前記容器を、-0.2℃/分以上-2℃/分以下の速度で冷却する、緩速冷却工程と、前記緩速冷却工程後、前記容器を液体窒素に浸漬する、急速冷却工程と、を含む方法を提供する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
褐藻の冷凍保存方法であって、
前記冷凍保存方法が、
容器に褐藻及び保存溶液を入れ、前記褐藻を前記保存溶液に浸漬させる浸漬工程と、
前記浸漬工程後、前記容器を、-0.2℃/分以上-2℃/分以下の速度で冷却する、緩速冷却工程と、
前記緩速冷却工程後、前記容器を液体窒素に浸漬する、急速冷却工程と、を含み、
前記褐藻が、コンブ目に属する褐藻であり、
前記保存溶液が、2種類以上の糖類を含み、
前記糖類が、エチレングリセロール、スクロース、及びトレハロースからなる群から選択される1以上と、グリセロールと、からなる、
冷凍保存方法。
【請求項2】
前記糖類の総量が、前記保存溶液に対して、10v/v%以上40v/v%以下である、請求項1に記載の冷凍保存方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、褐藻の冷凍保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種細胞や組織等を用いた研究を継続的に実施するに際し、これらが本来有する性質等を損なわずに冷凍保存する技術は極めて重要である。
藻類の研究においても同様であり、二段階冷却方法等の各種冷凍保存方法が知られている(例えば、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】桑野和可、2002年、「藻類の凍結保存」、堀輝三・大野正夫・堀口健雄編「21世紀初頭の藻学の現況」、日本藻類学会、山形、108~111頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、藻類の冷凍保存技術は充分に確立しているとはいえず、保存後の解凍時における藻類の生存率等において課題がある。
そこで、本発明者らは、藻類の種類に応じて適切な冷凍保存条件が異なり得ることを見出し、特に、コンブ目に属する褐藻の冷凍保存技術の確立に着目した。
【0005】
本発明は、上記の状況に鑑みてなされたものであり、コンブ目に属する褐藻の新規な冷凍保存技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、二段階冷却方法と、所定の保存溶液とを組み合わせることで、コンブ目に属する褐藻の解凍後生存率を向上できるいう新規な知見を見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、本発明は以下のものを提供する。
【0007】
(1) 褐藻の冷凍保存方法であって、
前記冷凍保存方法が、
容器に褐藻及び保存溶液を入れ、前記褐藻を前記保存溶液に浸漬させる浸漬工程と、
前記浸漬工程後、前記容器を、-0.2℃/分以上-2℃/分以下の速度で冷却する、緩速冷却工程と、
前記緩速冷却工程後、前記容器を液体窒素に浸漬する、急速冷却工程と、を含み、
前記褐藻が、コンブ目に属する褐藻であり、
前記保存溶液が、2種類以上の糖類を含み、
前記糖類が、エチレングリセロール、スクロース、及びトレハロースからなる群から選択される1以上と、グリセロールと、からなる、
冷凍保存方法。
【0008】
(2) 前記糖類の総量が、前記保存溶液に対して、10v/v%以上40v/v%以下である、(1)に記載の冷凍保存方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、コンブ目に属する褐藻の新規な冷凍保存技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一態様に係る冷凍保存方法のフローを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0012】
<褐藻の冷凍保存方法>
本発明の褐藻の冷凍保存方法(以下、「本発明の方法」ともいう。)は、いわゆる二段階冷却方法に相当する。
【0013】
二段階冷却方法とは、第一段階として、保存対象を、ゆっくりとした冷却速度で緩速冷却した後、第二段階として、液体窒素で急速冷却する方法である。
このような方法によれば、保存対象の細胞傷害等を抑制しつつ冷凍可能であり、さらには、該保存対象の解凍後生存率を向上し得ることが知られる。
【0014】
他方で、本発明者らは、二段階冷却方法について、保存対象の種類に応じた適切な冷却条件に関する知見が充分ではなく、特に、コンブ目に属する褐藻における知見が確立されていないことに着目した。
そして、本発明者は、鋭意検討した結果、二段階冷却方法において、所定の冷却条件を採用しつつ、特定の糖類を含む保存溶液を使用することで、コンブ目に属する褐藻の解凍後生存率を安定して向上できることを見出した。
【0015】
本発明において「解凍後生存率」とは、冷凍前の細胞(生細胞)の総数に対する、冷凍後に解凍した時点での細胞(生細胞)の総数の割合を意味する。
【0016】
本発明において「冷凍」とは、細胞中に氷が生成された状態を包含する。
【0017】
本発明において「解凍」とは、冷凍状態にある細胞中の氷を水の状態に戻すことを包含する。
【0018】
以下、本発明の方法について詳述する。
なお、以下、特段の規定がない限り、温度は、環境温度を意味し、褐藻等自体の品温と一致するとは限らない。
【0019】
(1)褐藻
本発明の方法における保存対象(冷凍保存しようとする対象)は、コンブ目(LAMINARIALES Migula)に属する褐藻である。
【0020】
コンブ目に属する褐藻としては、特に限定されないが、アラメ(Eisenia bicyclis (Kjellman) Setchell)、ツルアラメ(Ecklonia stolomifera Okamura)等が挙げられる。
【0021】
冷凍保存させる際の褐藻の形態は特に限定されないが、本発明の効果が得られやすい形態として、配偶体(雄性配偶体、雌性配偶体)、配偶体の破砕物、単離細胞、胞子体、遊走子等が挙げられる。
配偶体の破砕物は、例えば、実施例の「(3)保存溶液への褐藻の浸漬」に示した、ホモジナイザーやミキサー等を用いた方法で得られる。
【0022】
(2)浸漬工程
保存対象である褐藻は、保存溶液とともに容器に入れられ、保存溶液に浸漬させる。本発明における保存溶液は、細胞の凍害防止機能等を有し、後述する糖類を含む点に技術的特徴がある。
【0023】
浸漬工程においては、保存対象である褐藻全体が保存溶液に浸漬できる任意の手段を採用できる。例えば、褐藻及び保存溶液を入れた容器に対し、遠心分離や回転撹拌を行ってもよい。
ただし、これらの手段は、褐藻への過度な衝撃を与えないという観点から、回転数等を調整することが好ましい。例えば、遠心分離の場合、5000rpm以上10000rpm以下、1分間以上10分間以下であってもよい。回転撹拌の場合、10rpm以上15rpm以下、5分間以上30分間以下であってもよい。
【0024】
浸漬工程の好ましい条件として、実施例の「(3)保存溶液への褐藻の浸漬」に示した条件が挙げられる。
【0025】
浸漬工程は、通常、室温(例えば、0℃以上40℃以下)で実施する。
【0026】
(2-1)容器
容器の大きさ、形状等は、保存用容器としての充分な耐寒性や物理的強度等があり、所望の褐藻及び保存溶液を格納及び密閉できれば特に限定されず、褐藻及び保存溶液の総量等に応じて適宜設定できる。
【0027】
容器は、樹脂製(ポリプロピレン等)のものを好ましく使用できる。
【0028】
容器としては、例えば、市販の冷凍保存用チューブを使用できる。
【0029】
(2-2)保存溶液
本発明における保存溶液は、2種類以上の糖類を含む。
該糖類は、エチレングリセロール(C2H6O2)、スクロース(C12H22O11)、及びトレハロース(C12H22O11)からなる群から選択される1以上と、グリセロール(C3H8O3)と、からなる。
【0030】
糖類は、2種類以上含まれていれば特に限定されないが、本発明の効果が奏されやすいという観点から、糖類は、好ましくは、2種類の糖類(すなわち、エチレングリセロール、スクロース、及びトレハロースからなる群から選択される1種、並びにグリセロール)からなる。
【0031】
本発明の好ましい態様において、保存溶液に含まれる糖類は、下記の組み合わせを包含する。
・グリセロール及びエチレングリセロールからなる糖類
・グリセロール及びスクロースからなる糖類
・グリセロール及びトレハロースからなる糖類
【0032】
保存溶液に含まれる糖類の含有量(総量)は特に限定されないが、本発明の効果が奏されやすいという観点から、保存溶液に対して、好ましくは10v/v%以上40v/v%以下であり、より好ましくは15v/v%以上30v/v%以下である。
ただし、上記数値は容量パーセント表記であるものの、本発明においては、糖類が液状であるか固形状であるかにかかわらず、好ましい濃度が上記数値と重複する。そのため、本発明における糖類の濃度の単位は、「v/v%」と「w/v%」とを互換可能に使用し得る。
なお、室温で液状の糖類としては、グリセロール、エチレングリセロールが挙げられる。室温で固形状の糖類としては、スクロース、トレハロースが挙げられる。
【0033】
保存溶液に含まれる糖類の比率は特に限定されないが、例えば、以下の質量比(又は容量比)を満たしていてもよい。
・グリセロール:エチレングリセロール=1:0.5~1:1.5
・グリセロール:スクロース=1:0.5~1:1.5
・グリセロール:トレハロース=1:0.5~1:1.5
【0034】
本発明は、保存溶液に上記4種以外の糖類が含まれる態様を排除しないが、本発明の効果が奏されやすいという観点からは、保存溶液に上記4種以外の糖類が含まれないことが好ましい。
【0035】
保存溶液の溶媒は、褐藻の生存を妨げないものであれば特に限定されない。
好ましい溶媒としては、例えば、海水、人工海水等が挙げられる。
【0036】
保存溶液の量は特に限定されないが、通常、冷凍保存しようとする褐藻全体をまんべんなく浸漬できるほどに充分な量が採用される。
【0037】
(3)緩速冷却工程
緩速冷却工程は、浸漬工程後に、褐藻及び保存溶液を入れて密閉した容器を、-0.2℃/分以上-2℃/分以下の速度で冷却する工程である。
本発明者らは、上記保存溶液への浸漬下で、緩速冷却をこのような冷却速度で行うことが、コンブ目に属する褐藻の細胞傷害等の抑制に特に適していることを見出した。
【0038】
本発明において、「-n℃/分の速度で冷却する」とは、1分間あたりn℃下がる速度で冷却することを意味する。
【0039】
緩速冷却工程の冷却速度は、-0.2℃/分以上-2℃/分以下、好ましくは-0.2℃/分以上-1℃/分以下である。
【0040】
緩速冷却工程を行うための手段としては、温度を制御できる任意の手段を採用できる。
このような手段として、例えば、市販のプログラムフリーザーが挙げられる。
【0041】
緩速冷却工程の開始時点での温度は、通常、室温(例えば、0℃以上40℃以下)である。
【0042】
緩速冷却工程の終了時点は、細胞傷害を低減する観点から、適度な凍結脱水が生じる任意の時点であり得る。
本発明の好ましい態様において、緩速冷却工程を終了する時点は、好ましくは-35℃から-45℃、より好ましくは-39℃から-41℃、最も好ましくは-40℃に到達した時点であり得る。通常、緩速冷却工程においてこのような温度に到達した時点で、すみやかに(つまり、他の操作や工程を全く挟まずに)、急速冷却工程を行う。
【0043】
(4)急速冷却工程
急速冷却工程は、緩速冷却工程後、褐藻及び保存溶液を入れて密閉した容器を、液体窒素に浸漬する工程である。
【0044】
急速冷却工程において採用する器具や条件等は、従来の冷凍技術における、液体窒素を用いた急速冷却方法と同様のものを採用できる。
【0045】
急速冷却工程に供した褐藻は、容器に入れた状態で液体窒素に浸漬したまま、所望の期間にわたって冷凍保存できる。
冷凍保存期間は特に限定されず、例えば、数日間から数年間であり得る。
【0046】
(5)解凍工程
急速冷却工程した褐藻は、所望の冷凍保存期間が経過した後、液体窒素から容器に入れた状態のまま取り出し、解凍できる。
【0047】
細胞傷害を抑制する観点から、本発明における解凍は、急速解凍が好ましい。
急速解凍は、例えば、冷凍状態にある褐藻を入れた容器全体を、すみやかに温水等(例えば、35℃以上45℃以下の温水)へ浸漬させることを包含する。
【実施例0048】
以下に、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0049】
以下の方法で、コンブ目に属する褐藻の冷凍保存を行った。また、冷凍保存後、解凍した場合の褐藻の生存率も検討した。
本試験における冷凍保存方法のフローを
図1に示す。
【0050】
(1)褐藻の準備
褐藻として以下を準備した。なお、下記褐藻は、いずれもコンブ目に属する。
・アラメ(Eisenia bicyclis (Kjellman) Setchell、佐賀県の海域から採取)
・ツルアラメ(Ecklonia stolomifera Okamura、秋田県の海域から採取)
【0051】
各褐藻は、冷凍保存工程に供するまで、恒温槽(4~20℃)内で保管した。
【0052】
(2)保存溶液の準備
保存溶液として、下記組成を有する3種類の溶液を準備した。
【0053】
【0054】
(3)保存溶液への褐藻の浸漬
各褐藻(雄性配偶体又は雌性配偶体)を、滅菌海水中で、ホモジナイザー(ダイヤル11強度)を用いて破砕した。
得られた破砕物を、各保存溶液を分注した容器(1mLチューブ)に入れ、回転撹拌(10~15rpm)を20分間行った。この工程により、褐藻及び保存溶液を容器内で分散させた。
次いで、遠心分離(9000rpm)を7分間行い、上清を捨てて、保存溶液を新たに入れた後、回転撹拌(10~15rpm)を20分間行った。この操作を2回行い、保存溶液へ褐藻を浸漬させた。
以下、保存溶液に浸漬した状態の褐藻を、密封した容器に入れたまま二段階冷却処理に供した。
【0055】
(4)冷凍保存
以下の方法により、2つの異なる速度で冷却し、各褐藻を二段階冷却処理した。
【0056】
(4-1)緩速冷却工程
褐藻が入った容器を、小型プログラムフリーザーを用いて、1分間あたり1℃の冷却速度(-1℃/分)で、室温から-40℃になるまで冷却した。この工程は、「緩速冷却工程」に相当する。
【0057】
(4-2)急速冷却工程
緩速冷却工程において-40℃に到達した時点で、すみやかに容器を液体窒素に浸漬し、-196℃まで一気に冷却した。この工程は、「急速冷却工程」に相当する。
容器は、液体窒素に入れた状態で数日間静置した。
【0058】
(5)褐藻の解凍
二段階冷却した褐藻を、以下の方法で解凍し、褐藻が生存しているか確認した。
まず、液体窒素から容器を取り出し、すみやかに温水(40℃)へ容器全体を浸漬させた。この工程は、「急速解凍工程」に相当する。
次いで、遠心分離(9000rpm)を7分間行い、上清を捨てて、滅菌海水を入れた後、回転撹拌(10~15rpm)を20分間行った。この操作を2回行い、滅菌海水へ褐藻を浸漬させた。
【0059】
(6)観察
解凍した各褐藻を、12穴マルチプレートに入れ、PESI培地添加50%滅菌海水を4mL注入して、水温24℃、光量子束密度40μmol/s/m2、12時間明暗の条件で培養した。培養開始から7日後、14日後、及び28日後の各時点で、顕微鏡を用いて、各褐藻の生死や細胞伸長を観察した。
【0060】
その結果、いずれの保存溶液を使用した場合であっても、褐藻(細胞)が生存しており、かつ、正常な細胞伸長が認められた。
この結果から、本発明における保存溶液を二段階冷却と組み合わせることで、コンブ目に属する褐藻を良好に冷凍保存できることがわかった。
【0061】
なお、本試験では、緩速冷却工程の冷却速度を-1℃/分に設定したが、-0.2℃/分以上-2℃/分以下の範囲であれば、同様に良好な効果が得られることを確認した。