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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025025433
(43)【公開日】2025-02-21
(54)【発明の名称】処理材の製造方法および処理材
(51)【国際特許分類】
   B23K 20/12 20060101AFI20250214BHJP
   B61D 17/00 20060101ALI20250214BHJP
   B61F 5/00 20060101ALI20250214BHJP
【FI】
B23K20/12 360
B61D17/00 C
B61F5/00 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023130179
(22)【出願日】2023-08-09
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(71)【出願人】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000062
【氏名又は名称】弁理士法人第一国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川崎 健
(72)【発明者】
【氏名】岩松 史則
(72)【発明者】
【氏名】堀 久司
(72)【発明者】
【氏名】半田 岳士
【テーマコード(参考)】
4E167
【Fターム(参考)】
4E167AA06
4E167BG21
4E167BG29
4E167DA12
(57)【要約】
【課題】小さい工数で応力腐食割れに対する耐性を高めることができる処理材の製造方法および処理材を提供する。
【解決手段】素材に摩擦撹拌処理を施して撹拌部を形成する第1ステップと、前記撹拌部に沿って前記素材から処理材を切り出す第2ステップと、を有する製造方法から製造される処理材は、中央部が結晶粒が層状に並んだ組織を有し、周縁部の組織は、前記中央部の組織より微細再結晶化されている。
【選択図】図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
処理材の製造方法において、
素材に摩擦撹拌処理を施して撹拌部を形成する第1ステップと、
前記撹拌部に沿って前記素材から処理材を切り出す第2ステップと、
を有すること、
を特徴とする処理材の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の処理材の製造方法において、
前記撹拌部が前記素材の厚さ方向に所定の範囲まで形成されているか否かを判断する第3ステップを有し、所定の範囲まで形成されていないと判断した場合、前記第1ステップにて摩擦撹拌処理を施した一方の面とは反対側の他方の面から前記一方の面に向かって摩擦撹拌処理を施して撹拌部を形成すること、
を特徴とする処理材の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の処理材の製造方法において、
前記撹拌部の硬度が所定の硬度であるか否か判断する第4ステップを有し、所定の硬度であると判断したときに前記第2ステップを実行すること、
を特徴とする処理材の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載された製造方法によって製造された処理材において、
前記処理材は、前記第2ステップにより切り出された外縁部において、微細再結晶組織である前記撹拌部が露出すること、
を特徴とする処理材。
【請求項5】
請求項4に記載された処理材において、
前記撹拌部と他部品とが溶接されていること、
を特徴とする処理材。
【請求項6】
請求項5に記載される処理材において、
前記素材が7000系のアルミニウム合金であること
を特徴とする処理材。
【請求項7】
同一の素材から形成された、中央部及び前記中央部に連続する周縁部、を有する処理材において、
前記中央部は、結晶粒が層状に並んだ組織を有し、
前記周縁部の組織は、前記中央部の組織より微細再結晶化されており、
微細結晶化された組織が前記処理材の外縁部に露出すること、
を特徴とする処理材。
【請求項8】
請求項7に記載される処理材において、
前記処理材が7000系のアルミニウム合金であること、
を特徴とする処理材。
【請求項9】
請求項8に記載される処理材において、
前記周縁部の硬度は、前記中央部の硬度の85から95%の範囲であること、
を特徴とする処理材。
【請求項10】
請求項7に記載される処理材において、
前記処理材は、鉄道車両の側構体と、側梁と、枕梁と、に跨る態様で備えられ、前記処理材の周縁部が、前記側構体と前記側梁と前記枕梁の少なくとも一つと溶接部を介して接合されること、
を特徴とする処理材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、処理材の製造方法及び処理材に関する。
【背景技術】
【0002】
高速鉄道車両、例えば新幹線(登録商標)の速度向上に伴って車両の軽量化が進められており、従来の車両構体に用いられた鉄材に代えて、軽量化に優れるアルミニウム合金の適用が検討され、例えば200系新幹線車両以降の車両構体の全体にアルミニウム合金が使われている。
【0003】
アルミニウム合金(例えば、6000系)は、押出性を含めて加工が容易で、熱処理によって性質を調整することができるという利点があるものの、熱伝導率が大きいことや溶接する際にアルミニウム合金表面に形成される酸化被膜を除去する必要があるなど、鉄材に比較して一般的に溶接が難しいという欠点もある。
【0004】
このため、西暦2000年以降、接合する部材の突き合わせ部に回転ツールを圧入するとともに接合線に沿って回転ツールを移動することによって、入熱量の小さい摩擦撹拌接合(FSW)を用いて、鉄道車両構体等に代表される大型構造物が製造されるようになった(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11-090655号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、アルミニウム合金製の大型構造物を構成する構造材の内、高い荷重を負担する箇所に、高強度アルミニウム合金(例えば、7000系)を構造材として採用したり、補強部材として利用することがある。7000系のアルミニウム合金は、静的強度や疲労強度に優れることから構造材や補強部材として用いた場合に大きな軽量化効果が得られる一方で、応力腐食割れ(SCC;Stress Corrosion Cracking)を考慮した設計や後処理が要求されている。
【0007】
本発明の目的は、小さい工数で応力腐食割れに対する耐性を高めることができる処理材の製造方法および処理材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、代表的な本発明の処理材の製造方法の一つは、
素材に摩擦撹拌処理を施して撹拌部を形成する第1ステップと、
前記撹拌部に沿って前記素材から処理材を切り出す第2ステップと、
を有すること、により達成される。
【0009】
代表的な本発明の処理材の一つは、
同一の素材から形成された、中央部及び前記中央部に連続する周縁部、を有する処理材において、
前記中央部は、結晶粒が層状に並んだ組織を有し、
前記周縁部の組織は、前記中央部の組織より微細再結晶化されており、
微細結晶化された組織が前記処理材の外縁部に露出すること、により達成される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、小さい工数で応力腐食割れに対する耐性を高めることができる処理材の製造方法および処理材を提供することができる。
上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、ツールを素材に挿入して、素材に描かれたケガキ線に沿ってツールを移動する様子を示す模式図である。
図2図2(a)はロート型のツールの模式図であり、図2(b)はショルダーレス型のツールの模式図である。
図3図3は、素材の一方の面にツールを挿入してケガキ線に沿って素材に撹拌部を形成した状態を示す模式図である。
図4図4(a)は、ロート型ツールで素材を撹拌した撹拌部の断面マクロ組織画像であり、図4(b)は、ショルダーレス型ツールで素材を撹拌した撹拌部の断面マクロ組織画像である。
図5図5(a)は、ロート型ツールによる撹拌部のIPFマップであり、図5(b)はショルダーレス型ツールによる撹拌部のIPFマップであり、図5(c)は素材(母材)のIPFマップである。
図6図6は、素材の一方の面からツールを挿入して形成した一方の撹拌部に、その他方の面からツールを挿入して形成した他方の撹拌部を重ねた素材の断面図(図2A-A断面図相当)である。
図7図7は、ケガキ線に沿って形成された撹拌部に沿って切り出した処理材の斜視図である。
図8図8は、ケガキ線に沿って形成された撹拌部に沿って切り出した処理材のケガキ線に交差する断面図の模式図である。
図9図9は、鉄道車両の台枠とヨーダンパ支持部との締結部に、本実施形態による製造方法で製作した処理材を溶接して補強した例を示す模式図である。
図10図10は、鉄道車両に溶接された処理材を示す模式図(図9のA部の拡大図)である。
図11図11は、処理材で補強した部位の鉄道車両の長手方向に交差する断面図である。
図12図12は、本実施形態による処理材の製造方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して、本発明による素材を用いた処理材の製造方法及び処理材に係わる実施の形態を説明する。ここで、素材とは圧延または押出成形の工程にて得られるもの(母材、材料、部材)であり、処理材とは素材を後述するFSW処理したのちに所定の形状に切り出して得られるものである。
【0013】
まず、処理材の製造方法を説明するための各方向を定義する。素材の長手方向をx方向、x方向と同一平面の処理材の短手方向をy方向、処理材の厚さ方向をz方向とする。以下、単に、x方向、y方向、z方向と記すことがある。
【0014】
ここで、素材が圧延材である場合の方向を定義する。素材を圧延する時のロール方向は、x-y平面のx方向またはy方向のいずれかとする。すなわち、素材を圧延する際のロール直角方向は、z方向と一致する。次に、素材が押出材である場合の方向を定義する。押出材を押出成形する時の押出方向は、x、y、z方向に特に限定されない。
【0015】
図1はツールを素材に挿入して、素材に描かれたケガキ線に沿ってツールを移動する様子を示す模式図であり、図2(a)はロート型ツールの模式図であり、図2(b)はショルダーレス型ツールの模式図である。図3は、素材の一方の面にツールを挿入してケガキ線に沿って素材に撹拌部を形成した状態を示す模式図である。
【0016】
所定の板厚tのアルミニウム合金の素材(母材部)20を準備して、素材20から切り出す処理材24のケガキ線22を素材20に記す。ケガキ線22は、素材20の一方の面に実際に記しても良いし、ケガキ線22に相当するx-y平面の座標データで仮想的に表されるものであってもよい。
【0017】
一般的に、ツール10は、円柱状の大径部10aと、この大径部10aの同軸上に、そのz方向の端部に連続して備えられる小径部10bと、を有する。小径部10bは、円筒状の大径部10aの半径に比較して小さい半径の部位を示し、小径部10bは必ずしも円筒状でなくても良い。ツール10を素材(母材部)20に押し付けて、素材20を効率的に撹拌できるように、小径部10bの円筒面に、ネジ等(右ねじ、左ねじ、ピッチは任意)を加工しても良い。
【0018】
ツール10を所定の回転数で回転させながら素材20に対して-z方向に押し付けた後、ケガキ線22に沿って、所定の回転数で回転するツール10をx-y平面内で所定の移動速度で移動させて、素材20の一部を撹拌する。この一連の操作を、FSW(Friction Stir Welding)処理と称する場合がある。
【0019】
また、ツール10の形態は、図2(a)に示すように、大径部10aと、大径部10aの下端部に設けられるショルダー部10cと、このショルダー部10cの下端部から下方に延伸する小径部10bと、を備えるロート型の形態でも良いし、図2(b)に示すように、大径部10aと、この大径部10aの下端面から連続的に徐々に半径を小さくした円錐台形状の小径部10bと、を備えるショルダーレス形態でも良い。
【0020】
ツール10の機能は、素材の一部をFSW処理して処理材とすること、つまり、素材一部の組織をツール10で撹拌して微細再結晶化することにある。このため、素材20の一部を撹拌できる形態であれば良いので、上記に示したロート型ツールおよびショルダーレス型ツールに限らず、ボビン型ツールなど、素材20の一部を撹拌できる形態のツールであれば良い。
【0021】
ロート型ツール10を例に挙げて、素材20にFSW処理によって撹拌部26a(26b)を加工する時のプロセスを説明する。ロート型ツール10は、素材20のx-y平面に記されるケガキ線22に沿って後述する撹拌部26aを形成するため必要な作業工程を数値情報で指令するコンピュータ数値制御機能を有するCNC(Computerized NC)工作機械等に取り付けられる。
【0022】
CNC工作機械(図示なし)は、ツール10を概ね500~3000rpm程度の回転数で回転方向100に回転させながら、ロート型ツール10の小径部10bの先端部を素材20の一方の面20aから押し付けて素材内に挿入させ、その先端部が素材20の他方の面20bの近傍に至るまで鉛直移動方向101に沿って下降させる。この時、ロート型ツール10のショルダー部10cが(小径部10bと大径部10aとの境界部)、素材20の一方の面20aに当接することが望ましい。
【0023】
さらにCNC工作機械は、ロート型ツール10のショルダー部10cが素材20の一方の面20aに当接した状態で、x-y平面上を移動させて、ケガキ線22に沿う撹拌部26aを素材20に形成する。
【0024】
なお、詳述はしないがロート型ツール10で撹拌部26aを形成する工程が終了した後、ロート型ツール10を撹拌部26aから引き上げると、ロート型ツール10の小径部10bにより形成された穴が撹拌部26aに残る。このため、切り出したい処理材の形状(ケガキ線22相当)を決めた後、後工程で取り除かれる素材20の部位(ケガキ線22で囲われた領域の外側)までツール10を移動させて、この部位で、ロート型ツール10を引き抜けるように、ツール10のケガキ線22(ツール移動パス102)を決める。
【0025】
図4(a)は、ロート型ツールで素材を撹拌した撹拌部の断面マクロ組織画像であり、図4(b)は、ショルダーレス型ツールで素材を撹拌した撹拌部の断面マクロ組織画像である。図5(a)は、ロート型ツールによる撹拌部のIPFマップであり、図5(b)はショルダーレス型ツールによる撹拌部のIPFマップであり、図5(c)は素材(母材)のIPFマップである。
【0026】
IPFマップ(逆極点図結晶方位マップ)とは、試料上の指示面と平行になる各測定点の結晶面の法線方位を逆極点図カラーキーを用いて表すものであり,EBSD法のデータ表示で最もよく使用され、これにより色合いで結晶方位の分布の状態が把握できる。ただし、図5ではモノクロ画像で示す。
【0027】
図4(a)、(b)に示す断面マクロ組織画像は、応力腐食割れの感受性の高い7000系アルミニウム合金(Al-Zn-Mg系アルミニウム合金)から切り出した板厚6mmの試験片を、圧延方向(L(x)方向)に交差する方向(LT(y)方向)に沿ってFSW処理した後、圧延方向(L(x)方向)に平行な垂直断面(L(x)-ST(z)平面)で切断した断面をマクロ撮影して得られたものである。
【0028】
図4より、素材20の組織は、圧延方向に結晶粒が層状に並んだパンケーキ状組織であるのに対して、ロート型ツール10及びショルダーレス型ツール10でFSW処理された撹拌部26aの組織はツール10によって素材20が塑性流動(撹拌)されて微細再結晶組織に改質されており、応力腐食割れに対して高い耐性を備える組織に改質されていることがわかる。すなわち、処理材の断面マクロ組織画像を観察することで、撹拌部がそれ以外の部位(中央部)に比べて微細再結晶組織に改質されていることがわかる。微細再結晶組織は、観察される結晶粒径が1μm以上、30μm以下、好ましくは5μm以上、20μm以下である組織であると好ましい。
【0029】
図5(a)及び図5(b)のIPFマップは、ロート型ツールとショルダーレス型ツールで各々FSW処理した試験片を厚さの半分の位置で水平に切断した後、撹拌部26aを含む切断面を、電子線後方散乱回折法(EBSD:Electron Back Scattered Diffraction Pattern)によって、撹拌部26aの結晶粒径の大きさを観察したものである。また、図5(c)は、FSW処理なしの試験片(素材20)を厚さの半分の位置で水平に切断した後、EBSDによって結晶粒径を観察したものである。
【0030】
図5(c)に示すように、細長い結晶粒が層状に並んだ素材20の組織に対して、図5(a)のロート型ツール10でFSW処理された撹拌部26aの組織は、結晶粒サイズ10~20μm以下の等軸の微細再結晶組織に改質されたことが観察される。さらに、図5(b)のショルダーレス型ツール10でFSW処理された撹拌部26aの組織は、結晶粒サイズ5から10μm以下でありロート型ツール10でFSW処理された粒径の半分以下のサイズの微細再結晶組織に改質されたことが観察される。
【0031】
また、本発明者らは、素材20とロート型ツール10およびショルダーレス型ツール10による撹拌部26aから厚さ100nm以下の薄く切った試料を製作して、透過電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)で組織を観察した。その結果、素材20の結晶粒界には比較的幅広く連続して析出していた析出物(Zn、Mg)が、ロート型ツール10による撹拌部26aの結晶粒界では析出物が点在するに過ぎず、さらに、ショルダーレス型ツール10による撹拌部26aの結晶粒界には析出物がほどんど観察されなかった。
【0032】
さらに、本発明者らは、素材20とFSW処理による撹拌部26aの加工方向(FSW処理の方向)に平行な垂直面と、その加工方向に交差する垂直面と、から作成した試験片によって腐食試験を実施した。この結果、素材20では数mm長さのクラックが多数観察された。ロート型ツール10による撹拌部26aにはクラックがほとんど観察されず、ショルダーレス型ツール10による撹拌部26aでは1mm程度の微小クラックが観察された。
【0033】
さらに、本発明者らは、ロート型ツールおよびショルダーレス型ツールによってFSW処理した撹拌部とその周囲の素材(母材部)の硬度分布を測定した。その結果、素材20の硬さ100%とすると、ロート型ツールで撹拌された撹拌部26aの硬さは素材20のそれの約85%であり、ショルダーレス型ツール10の撹拌部26aの硬さは素材20のそれの約95%であった。
【0034】
耐SCC(応力腐食割れ耐性)を改善するためには、処理材24の周縁部となる撹拌部26aが微細再結晶となり、その微細再結晶の粒界に析出物が分散していることが必要である。このため、撹拌部26aを微細再結晶に改質できたとしても、その微細再結晶の粒界で析出物が固溶して析出物が分散していない状態では、耐SCCの改善の程度が小さいといえる。
【0035】
耐SCC性の改善の程度(効果)を、ツール形状、ツールの回転数、ツールの送り速度など制御因子が多いFSW条件と、撹拌部26aの微細再結晶の粒界の析出物分散状態をTEMで観察する実験プロセスと、で耐SCC改善効果を確認することは、非常に煩雑で多くの工数を要する。
【0036】
このため、上述した大きな工数を伴う耐SCC改善効果の確認に代えて、撹拌部26aの微細再結晶の改質の程度、及び微細化された再結晶粒界に析出する析出物分布状態に高い相関関係がある硬さ(硬度)に着目する。本発明者らは、処理材24の周縁部となる撹拌部26aの硬さが処理材24の中央部の素材20の硬さの85~95%の範囲(所定の硬度)であれば、耐SCC改善効果を有することを確認した。
【0037】
図6は素材の一方の面からツールを挿入して形成した一方の撹拌部に、その他方の面からツールを挿入して形成した他方の撹拌部を重ねた素材の断面図(図3A-A断面相当)である。素材20の板厚tが比較的小さい場合、素材20の一方の面20aの側のみからツール10を挿入すれば、板厚方向に十分な撹拌部26aを形成することができる。
【0038】
一方、素材20の板厚tが大きい時、素材20の一方の面(例えば、20a)からのみツール10を挿入する場合に、その厚さ方向に十分な撹拌部26aを形成することが難しい。ここでは、他方の面20bに撹拌部26aが到達しない場合を、撹拌部が所定の範囲に形成されない場合という。このような場合は、素材20の一方の面20aからツール10を挿入して撹拌部26aを形成した後、素材20の他方の面20bからもツール10を挿入して、先に形成した撹拌部26aに重ねる態様で、撹拌部26bを形成する。
【0039】
図7はケガキ線に沿って形成された撹拌部に沿って切り出した処理材の斜視図であり、図8はケガキ線に沿って形成された撹拌部に沿って切り出した処理材のケガキ線に交差する断面図である。
【0040】
図7及び図8は、素材20の一方の面20aから挿入したツール10で、その板厚方向に十分な撹拌部26aが形成できる場合について説明したものである。なお、素材20の両面20a、20b側からツール10を挿入して撹拌部26a、26bを形成した場合と、素材20の一方の面20a側からツール10を挿入して撹拌部26aを形成した場合とで、基本的に効果は同様である。このため、これ以降、素材20の一方の面20a側からツール10を挿入して撹拌部26aを形成した場合を代表例に挙げて説明する。
【0041】
素材20からケガキ線22に沿って切り出された処理材24は、その中央部(素材20)に圧延や押出成形された状態の結晶粒が層状に並んだパンケーキ状の組織を有し、その周縁部24a(z方向に沿う面)に、ツール10によって撹拌されて微細再結晶化された撹拌部26aを有する。
【0042】
図8に示すように、素材20をFSW処理して得られた撹拌部26aの幅方向のほぼ中央部(ケガキ線22の位置)で、素材20から切り出された処理材24の端部(周縁部24a)は、処理材24の全ての端部に微細再結晶化された撹拌部26aを有する。素材20の切断方法は、例えば機械加工であるが、それに限定されない。これにより、処理材24の切り出された外縁部(周縁)において、一方の面20aから他方の面20bまで撹拌部26aが露出する。
【0043】
図9は鉄道車両の台枠とヨーダンパ支持部との締結部に、本実施形態による製造方法で製作した処理材を溶接して補強した例を示す模式図であり、図10は鉄道車両に溶接された処理材を示す模式図(図9のA部の拡大図)である。図11は、処理材で補強した部位の鉄道車両の長手方向に交差する断面図である。
【0044】
図9において、鉄道車両50は、乗客等と乗車する六面体の構体と、この構体を支持するとともに軌道Tに沿って進む台車70と、から主に構成される。構体は、床面をなす台枠52と、台枠52のy方向の端部に立設される側構体51と、台枠52のx方向の端部に立設される妻構体(図示なし)と、側構体51および妻構体の上端部に載置される屋根構体(図示なし)から構成される。
【0045】
図11において、側構体51は、車外側面板51aと、車内側面板51cと、これら面板を接続する接続部51bと、を有しており、x方向に押出成形された押し出し形材で構成される。
【0046】
台枠52は、側構体51の下端部に連続して備えられる側梁53と、一方の側梁53と他方の側梁53との間に備えられる床部(図示なし)と、床部のx方向の両端部にy方向に沿って備えられる端梁(図示なし)と、台車70の上方に位置する部位にy方向に沿って備えられる枕梁54と、床部55と、を有する。図示はしないが、側構体51は、窓部や乗客等が乗降する側引き戸などを備える。
【0047】
図9において、台車70は、俯瞰した形状が略H状の台車枠71と、台車枠71に回動可能に保持される輪軸(車輪と車軸)と、台車70の水平面(x-y平面)内の過剰な旋回動作を抑制するヨーダンパ72などを有する。ヨーダンパ72の長手方向の一方の端部は、台車枠71の側面に接続され、その他方の端部は、台枠52に備えられる枕梁54のy方向の端部から垂下する態様で備えられるヨーダンパ支持部73の下端部に接続される。
【0048】
鉄道車両50が高速で走行する際に、台車70は軌道Tの不整等によって水平面内の旋回動作が生じやすい。このため、台車70の水平面内の旋回運動を抑制するヨーダンパ72に接続するヨーダンパ支持部73の上端部には、非常に大きな荷重が作用する場合があるので、ヨーダンパ支持部73の上端部に、補強部材として処理材24が備えられる場合がある。
【0049】
処理材24は、側構体51(車外側面板51a)と、側梁53と、枕梁54と、に跨る態様で備えられ、これらの少なくとも一つの部位(ここでは車外側面板51a)と、処理材24の周縁部24aと、が溶接部28を介して接合される。ここで、溶接部28は、FSW処理以外の、例えばアーク溶接やガス溶接等(これらを総称して非摩擦撹拌溶接という)により形成されると好ましい。ただし、図11では、処理材24を接合したい対象物に溶接によって接合する例を示したが、溶接に限らず、例えば、処理材24を接合したい対象物にボルト等で機械的に接合しても良い。
【0050】
図12は、本実施形態による処理材の製造方法を示すフローチャートである。
まずステップ10で作業を開始する。以降、ステップの用語をSの記載で代替する。
【0051】
S20で、素材20に、処理材24の外形をケガキ線22でけがく。これは、例えばCNC工作機械において、ケガキ線22の座標データを入力する場合も含む。
【0052】
S30で、素材20の一方の面から所定のFSW条件でツールを圧入して、ケガキ線22に沿う撹拌部26aを形成する(第1ステップ)。
【0053】
S40で、撹拌部26aの硬度が、素材の硬度の85~95%の範囲(所定の硬度)であるか否かを判断する(第4ステップ)。撹拌部26aの硬度の測定は、ブリネル硬さ試験、ビッカース硬さ試験、ロックウェル硬さ試験などを用いて行える。
【0054】
撹拌部26aの硬度が素材の硬度の85~95%の範囲の場合(yes)は、S50へ進み、撹拌部26aの硬度が素材の硬度の85~95%の範囲でない場合(no)は、S30へ戻って、FSW条件を見直して、FSW処理をやり直す。このとき、素材を交換する場合も含む。なお、撹拌部26aの硬度が素材の硬度の85~95%の範囲となるFSW条件をあらかじめ得ている場合は、S40を省略できる。
【0055】
S50で、一方の面から形成した撹拌部26aが厚さ方向に十分に分布しているか否か(例えば他方の面20bに到達しているか否か)を判断する(第3ステップ)。S50で、撹拌部26aが十分(yes)に分布していると判断された場合はS70へ進み、分布が十分と判断されなかった場合(No)はS60へ進む。
【0056】
S60で、既に撹拌が終了した素材20を裏返し、他方の面20bからツールを圧入して、ケガキ線22に沿う撹拌部26bを既に撹拌した撹拌部26aに重なる態様で形成する。
【0057】
S70で素材20からケガキ線(撹拌部)22に沿って、素材20から処理材24を切り出す(第2ステップ)。
【0058】
S80で処理材24を、対象物の所定の位置に位置決めする。本実施形態では、処理材24を、対象物としての側構体51(車外側面板51a)と、側梁53と、枕梁54と、に跨る態様で備える。
【0059】
S90で、位置決めされた処理材24を、対象物の所定の位置に溶接や機械締結などで、接合する。本実施形態では、一例として、処理材24の撹拌部26aと車外側面板51aとに跨って溶接部28を形成する。
【0060】
S100で作業を終了する。
【0061】
<効果>
素材20に撹拌部26a(26b)を形成した後、この撹拌部26a(26b)に沿って素材20から処理材24を切り出すことによって、処理材24はその周縁部24aに、FSW処理によって微細再結晶化された組織を備える。このため、処理材24の周縁部24aの端部(端面)の引張り応力を除去するピーニングや、処理材24の端面にバタリング溶接等の比較的大きな工数を要する応力腐食割れ対策を講じる必要が無いので、小さい工数で応力腐食割れに対する耐性を高めることができる高強度アルミニウム合金製の処理材の製造方法を提供することができる。
【0062】
さらに、耐SCC性の改善の程度(効果)を、制御因子が多いFSW条件と、撹拌部26aのTEMで観察する実験プロセスと、に代えて、撹拌部26aの微細再結晶の改質の程度により評価する。また、撹拌部26aの微細再結晶の改質の程度と、その微細化された再結晶粒界に析出する析出物分布状態に高い相関関係がある硬さ(硬度)に着目し、撹拌部26aの硬さが素材20の硬さの85~95%の範囲であれば耐SCC改善効果を有すると評価できる。このため、撹拌部26aの硬度が素材の硬度の85~95%となるまでFSW処理を行うことで、小さい工数で応力腐食割れに対する耐性を高めることができる高強度アルミニウム合金製の処理材の製造方法を提供することができる。
【0063】
さらに、素材20の一方の面からツール10を挿入して撹拌部26aを形成した後に、形成された撹拌部26aが素材20の厚さ方向に十分であるか否かを判断することによって、必要に応じて、素材20の他方の面から撹拌部26bを形成する工程を追加するので、十分な微細再結晶化された撹拌部26a(26b)を備える処理材24を得ることができる。このため、上述した比較的大きな工数を要する応力腐食割れ対策を講じる必要が無いので、小さい工数で応力腐食割れに対する耐性を高めることができる高強度アルミニウム合金製の処理材の製造方法を提供することができる。
【0064】
さらに、処理材24の周縁部24aを、接合したい対象物に溶接する場合、周縁部24aはツール10によって撹拌されて材質改善されるとともにSCC耐性を備えた微細再結晶化された組織である。このため、処理材24の周縁部24aを溶接した後、溶接された周縁部24aが冷却されて引張残留応力が生じる場合であっても、上述した比較的大きな工数を要する応力腐食割れ対策を講じる必要が無いので、小さい工数で応力腐食割れに対する耐性を高めることができる高強度アルミニウム合金製の処理材の製造方法を提供することができる。
【0065】
さらに、本実施形態によれば、素材20から切り出した処理材24の応力腐食割れが生じやすい周縁部24aの組織を、熱処理でなくFSW処理によって微細化することができる。一般に、熱伝導率の大きい素材20の周縁部24aを熱処理に必要な温度まで加熱する場合、加熱しようとする周縁部24aだけでなく熱伝導によって加熱の必要ない部位(例えば、素材20の中央部)にまで熱が伝導するため、大きな加熱エネルギを要する。本実施形態によれば、処理材は、応力腐食割れが生じやすい素材20を局所的に小さい消費エネルギでFSW処理した後、このFSW処理した処理部に沿って切り出すことによって製造される。このため、処理材24の端面(圧延方向に交差(及び平行)な垂直面)には微細再結晶化されて高い耐SCC性を備えた周縁部24aが露出するため、小さい工数で応力腐食割れに対する耐性を高めることができる高強度アルミニウム合金製の処理材の製造方法を提供することができる。
【0066】
本明細書は、以下の発明の開示を含む。
(第1の態様)
処理材の製造方法において、
素材に摩擦撹拌処理を施して撹拌部を形成する第1ステップと、
前記撹拌部に沿って前記素材から処理材を切り出す第2ステップと、
を有すること、
を特徴とする処理材の製造方法。
【0067】
(第2の態様)
第1の態様の処理材の製造方法において、
前記撹拌部が前記素材の厚さ方向に所定の範囲まで形成されているか否かを判断する第3ステップを有し、所定の範囲まで形成されていないと判断した場合、前記第1ステップにて摩擦撹拌処理を施した一方の面とは反対側の他方の面から前記一方の面に向かって摩擦撹拌処理を施して撹拌部を形成すること、
を特徴とする処理材の製造方法。
【0068】
(第3の態様)
第1の態様又は第2の態様の処理材の製造方法において、
前記撹拌部の硬度が所定の硬度であるか否か判断する第4ステップを有し、所定の硬度であると判断したときに前記第2ステップを実行すること、
を特徴とする処理材の製造方法。
【0069】
(第4の態様)
第1の態様~第3の態様のいずれかの製造方法によって製造された処理材において、
前記処理材は、前記第2ステップにより切り出された外縁部において、微細再結晶組織である前記撹拌部が露出すること、
を特徴とする処理材。
【0070】
(第5の態様)
第4の態様の処理材において、
前記撹拌部と他部品とが溶接されていること、
を特徴とする処理材。
【0071】
(第6の態様)
第4の態様又は第5の態様の処理材において、
前記素材が7000系のアルミニウム合金であること
を特徴とする処理材。
【0072】
(第7の態様)
同一の素材から形成された、中央部及び前記中央部に連続する周縁部、を有する処理材において、
前記中央部は、結晶粒が層状に並んだ組織を有し、
前記周縁部の組織は、前記中央部の組織より微細再結晶化されており、
微細結晶化された組織が前記処理材の外縁部に露出すること、
を特徴とする処理材。
【0073】
(第8の態様)
第7の態様の処理材において、
前記処理材が7000系のアルミニウム合金であること、
を特徴とする処理材。
【0074】
(第9の態様)
第7の態様~第8の態様の処理材において、
前記周縁部の硬度は、前記中央部の硬度の85から95%の範囲であること、
を特徴とする処理材。
【0075】
(第10の態様)
第7の態様~第9の態様のいずれかの処理材において、
前記処理材は、鉄道車両の側構体と、側梁と、枕梁と、に跨る態様で備えられ、前記処理材の周縁部が、前記側構体と前記側梁と前記枕梁の少なくとも一つと溶接部を介して接合されること、
を特徴とする処理材。
【符号の説明】
【0076】
10…ツール、 10a…大径部、
10b…小径部、 10c…ショルダー部、
20…素材、
20a…一方の面(素材)、 20b…他方の面(素材)、
22…ケガキ線、 24…処理材(補強部材)、
24a…周縁部、 26a…撹拌部(一方の面)、
26b…撹拌部(他方の面)、 28…溶接部、
50…鉄道車両、 51…側構体(側梁)、
51a…車外側面板、 51b…接続部、
51c…車内側面板、 52…台枠、
53…側梁、 54…枕梁、
55…床部、 70…台車、
71…台車枠(側梁)、 72…ヨーダンパ、
73…ヨーダンパ支持部、 100…回転方向、
101…鉛直移動方向、 102…ツール移動パス(行程)、
T…軌道、 t…厚さ、
x…レール(長手)方向、 y…枕木(幅)方向、
z…高さ方向
図1
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