(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025025507
(43)【公開日】2025-02-21
(54)【発明の名称】加熱調理容器、および、加熱調理容器の製造方法
(51)【国際特許分類】
A47J 27/00 20060101AFI20250214BHJP
A47J 27/21 20060101ALI20250214BHJP
A47J 36/04 20060101ALI20250214BHJP
【FI】
A47J27/00 107
A47J27/21 101C
A47J27/00 103B
A47J36/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023130325
(22)【出願日】2023-08-09
(71)【出願人】
【識別番号】000003702
【氏名又は名称】タイガー魔法瓶株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】米田 洋史
【テーマコード(参考)】
4B055
【Fターム(参考)】
4B055AA02
4B055AA34
4B055BA14
4B055FB23
4B055FB25
4B055GB01
(57)【要約】
【課題】内部に被調理物を収容して電気的加熱手段によって加熱調理を行う加熱調理容器において、内表面に形成されたフッ素を使用しない硬質塗膜の一部を変性させることで、安全性と耐久性とを備え、かつ、低コストで実現できる加熱調理容器を提供すること。
【解決手段】内部に被調理物を収容し、電気的加熱手段14により加熱されて調理を行う加熱調理容器10であって、内表面に無機物の焼結体からなる硬質塗膜13が形成され、前記硬質塗膜は、非透明な第1層13aと、前記第1層上に積層形成された透光性を有する第2層13bとを有し、前記第1層の所定部分が他の部分と異なる色彩に変性されているとともに、前記変性部分の前記第2層の表面が粗面化されている。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に被調理物を収容し、電気的加熱手段により加熱されて調理を行う加熱調理容器であって、
内表面に無機物の焼結体からなる硬質塗膜が形成され、
前記硬質塗膜は、非透明な第1層と、前記第1層上に積層形成された透光性を有する第2層とを有し、
前記第1層の所定部分が他の部分と異なる色彩に変性されているとともに、前記変性部分の前記第2層の表面が粗面化されていることを特徴とする、加熱調理容器。
【請求項2】
前記無機物が、セラミックス、および、ガラスの少なくともいずれか一方である、請求項1に記載の加熱調理容器。
【請求項3】
前記第1層が、光分解作用によって色彩が変化する材料で形成されている、請求項1に記載の加熱調理容器。
【請求項4】
前記変性部分が前記加熱調理容器の側面に形成され、前記変性部分によって内容物の収容量を表すメモリが形成されている、請求項1に記載の加熱調理容器。
【請求項5】
前記変性部分が前記加熱調理容器の底面に形成されている、請求項1に記載の加熱調理容器。
【請求項6】
前記変性部分が、前記底面の内の前記電気的加熱手段の配置位置に対向する部分、および/または、前記加熱調理容器の温度を検出する温度センサーの配置位置に対向する部分である、請求項5に記載の加熱調理容器。
【請求項7】
前記加熱調理容器が電気ケトルの貯水部である、請求項1~6のいずれかに記載の加熱調理容器。
【請求項8】
前記加熱調理容器が炊飯器の内釜である、請求項1~6のいずれかに記載の加熱調理容器。
【請求項9】
内部に被調理物を収容し、電気的加熱手段により加熱されて調理を行う加熱調理容器の製造方法であって、
前記加熱調理容器の内表面に無機物の焼結体からなる硬質塗膜を形成する塗膜形成工程と、
形成された前記硬質塗膜の表面にUVレーザーを照射してその表面を粗面化するレーザー加工工程とを含むことを特徴とする、加熱調理容器の製造方法。
【請求項10】
前記塗膜形成工程において、非透明な第1層と、前記第1層上に積層形成された透光性を有する第2層とを形成する、請求項9に記載の加熱調理容器の製造方法。
【請求項11】
前記レーザー加工工程によって、前記加熱調理容器の側面の前記第1層を変性させて、前記加熱調理容器に収容されている被調理物の収容量を示すメモリを形成する、請求項10に記載の加熱調理容器の製造方法。
【請求項12】
前記レーザー加工工程によって、前記加熱調理容器の底面のうち、前記電気的加熱手段の配置位置に対向する部分と前記加熱調理容器の温度を検出する温度センサーの配置位置に対向する部分との少なくともいずれか一方を粗面化する、請求項9に記載の加熱調理容器の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内部に被調理物を収容して電気加熱による調理が行われる加熱調理容器に関し、その内表面に、硬質塗膜が形成された加熱調理容器、および、硬質塗膜が形成された加熱調理容器の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年普及が進んでいる加熱調理器の一例として、電源台に着脱自在に載置される本体部を備えた電気ケトルがある。電気ケトルは、使いたいときに少量のお湯を素早く沸かしたいというユーザのニーズに応えた0.15リットルから1.2リットルぐらいの比較的小容量のものであり、本体部内の加熱調理容器である貯水部に水を入れて電源台上に載置すると、電源台を通じて本体部内のヒータに通電されて、1~3分程度の短時間で沸騰したお湯を沸かすことができる。ほとんどの電気ケトルは、電気ポットのような保温機能を有しておらず、また、お湯が沸くと、電源台から本体部だけを持ち上げて、従来のやかんでお湯を注ぐように本体部を傾けて注口部からコーヒーカップなどにお湯を注ぐことができる。
【0003】
電気ケトルや炊飯器などの電気加熱によって被調理物を調理する各種の加熱調理器では、内部に被調理物を収容する加熱調理容器において、金属製の容器本体の内側の表面にコーティング膜を形成することで被調理物のこびりつきを防止している。このような加熱調理容器のコーティング膜としては、被調理物がこびりつきにくく比較的容易に形成できるフッ素コーティングが主流であったが、近年フッ素化合物の安全性や環境への影響が懸念されるようになり、従来使用されていたフッ素樹脂加工に代わってセラミックなどの硬質膜が多く用いられるようになってきた。
【0004】
セラミックなどの硬質膜のコーティングは、強く擦られると剥がれてしまうフッ素樹脂によるコーティング膜よりも耐久性が高く容器の内表面を長期間にわたって保護することができる。その一方で、セラミックコーティングの非粘着性の高さから、容器内側面に水量メモリを形成する際に、印刷法や刻印法などの従来のメモリ形成方法ではメモリを容器の内側面に形成することが困難であるという課題があった。
【0005】
このような課題を解決するために、セラミックコーティングとして互いに色の異なる2つの膜を積層し、レーザー加工によって表面の膜にメモリパターン状の穴を形成して、この穴の部分から下層の膜の色彩が見えるようにすることで、水量を示すメモリを表示する方法が提案されている(特許文献1参照)。また、別の方法として、レーザー加工によってセラミックコーティング膜の表面部分を削って溝状部分を形成し、この溝状部分に塗料やインクを注入することで水量メモリを形成する方法が提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011-160871号公報
【特許文献2】特開2012- 5627号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記特許文献1に記載されているメモリ形成方法では、二層構造のセラミックコーティングの内、表面に形成されたトップコーティング層を除去するため、メモリ部分のコーティング膜厚が薄くなって耐久性が確保しづらくなるとともに、メモリ部分とそれ以外の部分の境目に段差ができるため、トップコーティング膜が剥がれやすくなるという課題が生じた。また、特許文献2に記載の技術では、視認性を向上するためにセラミックコーティングに形成された溝状部分にインク等を充填する必要があり、工程が増加するため製造コストが上昇し、さらには、インク材料によっては環境負荷が増大してしまうなどの課題が生じた。
【0008】
本発明はこのような従来技術の課題を解決するものであり、内部に被調理物を収容して電気的加熱手段によって加熱調理を行う加熱調理容器において、内表面に形成されたフッ素を使用しない硬質塗膜の一部を変性させることで、安全性と耐久性とを備え、かつ、低コストで実現できる加熱調理容器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明の加熱調理容器は、内部に被調理物を収容し、電気的加熱手段により加熱されて調理を行う加熱調理容器であって、内表面に無機物の焼結体からなる硬質塗膜が形成され、前記硬質塗膜は、非透明な第1層と、前記第1層上に積層形成された透光性を有する第2層とを有し、前記第1層の所定部分が他の部分と異なる色彩に変性されているとともに、前記変性部分の前記第2層の表面が粗面化されていることを特徴とする。
【0010】
また、本発明の加熱調理容器の製造方法は、内部に被調理物を収容し、電気的加熱手段により加熱されて調理を行う加熱調理容器の製造方法であって、前記加熱調理容器の内表面に無機物の焼結体からなる硬質塗膜を形成する塗膜形成工程と、形成された前記硬質塗膜の表面にUVレーザーを照射してその表面を粗面化するレーザー加工工程とを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の加熱調理容器は、その内表面に非透明な第1層と前記第1層上に積層形成された透光性を有する第2層とを有する無機物の焼結体からなる硬質塗膜が形成され、前記第1層の所定部分が他の部分と異なる色彩に変性されているとともに、前記変性部分の前記第2層の表面が粗面化されている。このため、第1層の変性部分によって収容されている被調理物の内容量を示すメモリを形成することができ、この変性部分を覆う第2層によってメモリを保護することができる。
【0012】
また、本発明の加熱調理容器の製造方法は、加熱調理容器の内表面に無機物の焼結体からなる硬質塗膜を形成する塗膜形成工程と、形成された前記硬質塗膜の表面にUVレーザーを照射してその表面を粗面化するレーザー加工工程とを含む。このため、剥がれにくく環境に優しい塗膜を備え、塗膜に大きなダメージを与えないUVレーザーによって容量を示すメモリの形成や塗膜表面の変性を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施形態にかかる加熱調理容器を貯水部として備えた電気ケトルの外観を示す斜視図である。
【
図2】本発明の実施形態にかかる加熱調理容器を貯水部として備えた電気ケトルの構成を示す断面図である。
【
図3】貯水部の底部近傍の構成を示す部分拡大断面図である。
【
図4】本実施形態にかかる電気ケトルの貯水部の内側面に、水量メモリを形成する際のUVレーザーの照射状態を示すイメージ図である。
【
図5】UVレーザーのフォーカス位置と照射面との関係によるビームスポットの変化を説明するためのイメージ図である。
【
図6】UVレーザーによるレーザー加工によって貯水部の側面に形成された水量メモリを示す図である。
【
図7】UVレーザーによるレーザー加工による貯水部底面の凹凸形状の変化を示す図である。
【
図8】UVレーザーによって塗膜表面が粗面化された貯水部底面の濡れ性を示す図である。
【
図9】UVレーザーによって粗面化された底面による、昇温時の効果を説明する図である。
【
図10】UVレーザーによる粗面化と機械的研磨による粗面化との、セラミックコーティングに与えるダメージの違いを説明する図である。
【
図11】貯水部の底面における粗面化された領域の形成例を説明する図である。
【
図12】本発明の実施形態にかかる加熱調理容器を内釜として備えた炊飯器の構成を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の加熱調理容器は、内部に被調理物を収容し、電気的加熱手段により加熱されて調理を行う加熱調理容器であって、内表面に無機物の焼結体からなる硬質塗膜が形成され、前記硬質塗膜は、非透明な第1層と、前記第1層上に積層形成された透光性を有する第2層とを有し、前記第1層の所定部分が他の部分と異なる色彩に変性されているとともに、前記変性部分の前記第2層の表面が粗面化されている。
【0015】
本発明の加熱調理容器は上記構成を備えることで、第1層の変性部分によって硬質塗膜に所定の文字やパターンを描くことができるとともに、第2層によってこの文字やパターンを保護することができる。
【0016】
上記加熱調理容器において、前記無機物として、セラミックス、および、ガラスの少なくともいずれか一方を好適に用いることができる。
【0017】
また、前記第1層が、光分解作用によって色彩が変化する材料で形成されていることが好ましい。このようにすることで、硬質塗膜に大きなダメージを与えることなく、所望する文字やパターンを形成することができる。
【0018】
さらに、前記変性部分が前記加熱調理容器の側面に形成され、前記変性部分によって内容物の収容量を表すメモリが形成されているようにすることができる。
【0019】
さらにまた、前記変性部分が前記加熱調理容器の底面に形成されているようにすることで、粗面化された第2層の変性部分を親水性にすることができる。
【0020】
このとき、前記変性部分が、前記底面の内の前記電気的加熱手段の配置位置に対向する部分、および/または、前記加熱調理容器の温度を検出する温度センサーの配置位置に対向する部分とすることが好ましい。
【0021】
また、前記加熱調理容器が電気ケトルの貯水部であるとすること、または、前記加熱調理容器が炊飯器の内釜であるとすることができる。
【0022】
本発明の加熱調理容器の製造方法は、内部に被調理物を収容し、電気的加熱手段により加熱されて調理を行う加熱調理容器の製造方法であって、前記加熱調理容器の内表面に無機物の焼結体からなる硬質塗膜を形成する塗膜形成工程と、形成された前記硬質塗膜の表面にUVレーザーを照射してその表面を粗面化するレーザー加工工程とを含む。
【0023】
このようにすることで、本発明の加熱調理容器の製造方法は、硬質塗膜に大きなダメージを与えることなく粗面化された部分を親水性とすることができる。
【0024】
また、前記塗膜形成工程において、非透明な第1層と、前記第1層上に積層形成された透光性を有する第2層とを形成することが好ましい。このようにすることで、透明な第2層を残した状態で非透明な第1層を変性させることができ、文字やパターンを形成することができる。
【0025】
前記レーザー加工工程によって、前記加熱調理容器の側面の前記第1層を変性させて、前記加熱調理容器に収容されている被調理物の収容量を示すメモリを形成することができる。
【0026】
さらに、前記レーザー加工工程によって、前記加熱調理容器の底面のうち、前記電気的加熱手段の配置位置に対向する部分と前記加熱調理容器の温度を検出する温度センサーの配置位置に対向する部分との少なくともいずれか一方を粗面化することが好ましい。このようにすることで、粗面化した部分が親水性となり昇温時に大きな気泡が生成されることを効果的に防止することができる。
【0027】
(実施の形態)
以下、本発明にかかる加熱調理容器について、電気ケトルの貯水部として用いられているものを例示して説明する。
【0028】
本実施形態で説明する電気ケトルは、本体部内部に備えた貯水部が、金属製の内容器の内側の表面に無機質の焼結体であるセラミックコーティングによる硬質の塗膜が形成されている。貯水部の側面に形成されたセラミックコーティングには、収容物の収容量である貯水量を表すメモリである水量メモリが形成されている。また、貯水部の底面に形成されたセラミックコーティングは、UVレーザーを使用したレーザー加工によって粗面化されている。なお、本実施形態で説明する電気ケトルは、本体部の開口部を封鎖する蓋体に、注口部からお湯を注ぐときに給湯経路の開閉を制御する給湯スイッチに連動した可動閉塞部材が備えられ、さらに、転倒時に蒸気経路からの湯こぼれを防ぐ構成を備えたものである。
【0029】
図1は、本実施形態にかかる加熱調理容器を貯水部として備えた電気ケトルの外観を示す斜視図である。
【0030】
この電気ケトルは、本体部1と、本体部1の外殻に固着された把手2と、本体部1の上部の開口部を開閉自在に封鎖する蓋体3とを備え、本体部1は電源台4に着脱可能に載置される。
【0031】
図1に示す電気ケトルは、本体部1において、把手2とは径方向反対側の側面の上端部に形成された、水や水を沸騰させたお湯などの本体部1内の貯水部10(
図2、
図3参照)に貯水された液体をコーヒーカップなどに注ぐための注口部5を備えている。
【0032】
また、
図1に示す電気ケトルは、蓋体3が、本体部1の上方から挿入されることによって、本体部1の開口部を封鎖する構造となっていて、蓋体3には、本体部1に蓋体3を固着しているバネ機構を解除するための着脱レバー6、本体部1の内部に貯水されているお湯などを注ぐ際に、本体部1の内部から注口部5への給湯通路を開通させる給湯スイッチ7が設けられている。なお、本実施形態で説明する電気ケトルは、貯水部10内の液体を注ぎ出す注口部5が、蒸気を放出する蒸気経路の蒸気放出口を兼ねる構成のものであるため、蓋体3上面の把手2側に配置されることが多い蒸気放出口は形成されていない。また、蓋体3の注口部5側の端部には、注口部5の上面を部分的に覆う張り出し部8が形成されている。
【0033】
把手2には、本体部1内部に貯水された水などの液体を加熱して沸騰させることができる、電気的加熱手段である加熱ヒータへの通電を開始させる電源スイッチ9が設けられている。この電源スイッチ9は、本体部1内部のお湯が沸いたことを検出すると、自動的にヒータへの通電を停止して空だきを防止する機能を備えている。
【0034】
図2は、
図1に示した電気ケトルを注口部と把手とを結ぶ直線の側方から見た断面図である。また、
図3は、貯水部の底面近傍部分を拡大して示す部分拡大断面図である。
【0035】
図2に示すように、電気ケトルの本体部1は、樹脂製の外装ケース11の内部に本実施形態にかかる加熱調理容器である貯水部10が配置されて構成されている。貯水部10は、ステンレス鋼などよりなる金属製の内容器12の内表面、すなわち、水を収容する部分の表面に、セラミックの焼結体からなる塗膜としてのセラミックコーティング13が形成されている。
図3に示すように、本実施形態にかかる加熱調理容器である貯水部10では、内容器12の内面に形成されたセラミックコーティング13は、内容器12の内表面に形成された第1層13aとこの第1層13aの内表面に積層して形成された第2層13bとの積層膜として形成されている。なお、
図3に示すように、以下では、第1層13aのうち貯水部10の側面に形成されている部分を13a1、底面に形成されている部分を13a2と、また、第2層13bのうち、貯水部10の側面に形成されている部分を13b1と、底面に形成されている部分を13b2として説明する。
【0036】
図3に示すように、貯水部10の下側には貯水部10の底面に接して電気的加熱手段である環状のシーズヒータ14が配置され、貯水部10に貯蔵された水をシーズヒータ14により加熱して湯沸かしを行うことができる。なお、図示は省略するが、本実施形態で説明する電気ケトルでは、シーズヒータ14は、貯水部10の外径よりもやや小さな外径を有する略円環状の部材として形成されている。シーズヒータ14の把手2側の部分は環状を形成しておらず開放されていて、この開放端部に図示を省略する電源回路とシーズヒータとを結ぶ配線が接続されている。
【0037】
また、貯水部10の底面のシーズヒータ14の配置部分の内側には、貯水部10の温度を検出する温度センサー15が配置されている。温度センサー15で検出された貯水部底面の温度に基づいて、図示を省略する制御回路がシーズヒータ14への通電を制御して、貯水部10内の水を効率よく沸騰させるとともに、例えば、温度センサー15で検出される温度が急激に上昇する場合など、貯水部10に十分な量の水が入っていないことが疑われる場合には、空焚きを防止するためにシーズヒータ14への通電を停止する安全処置が執られる。
【0038】
電気ケトルの本体部1が載置される電源台4は、本体部1底部の下面21に対応した形状の定置面22を有している。そして、この定置面22に本体部1の下面21が載置された際に、本体部1の電源プラグ23が電源台4の電源ソケット24に嵌合するようになっている。本体部1が電源台4上に載置されることで、商用電源に差し込まれる図示しない電源ケーブルを介して電源台4に供給される電力が、本体部1の下部に配置されたシーズヒータ14に供給可能となる。
【0039】
このように、本実施形態で示す電気ケトルは、本体部1が電源台4の定置面22上に載置された状態で貯水部10に貯水された水を温めてお湯を沸かし、湯沸かし完了後は、電源台4から本体部1を取り外して把手2により持ち運ぶことができる。そして、把手2を持って本体部1を傾けることで、本体部1内の貯水部10で沸かしたお湯をコーヒーカップなどに注ぐことができるとともに、本体部1をテーブル上などの所望の位置に単独で定置することもできる。
【0040】
本実施形態で例示した電気ケトルは、蓋体3が本体部上面を封鎖するロック機構を有し、さらに、誤って倒されてしまった場合でもお湯がこぼれることを防止する転倒時止水機能が蓋体3内に配置されているが、この転倒時止水機構を含めた蓋体3の内部機構についての詳細な説明は省略する。
【0041】
なお、本実施形態において説明した電気ケトルの上記全体構成は従来公知のものであり、電気ケトルの具体的構成の一例を示すものに過ぎない。
【0042】
<加熱調理容器内表面の塗膜>
(セラミックコーティング)
以下、加熱調理容器である貯水部10の内表面に形成された無機物の焼結体からなる塗膜であるセラミックコーティング13について説明する。
【0043】
図3に示すように、本実施形態にかかる加熱調理容器である貯水部10では、ステンレス製の内容器12の内表面に、セラミックコーティング13が施されている。このセラミックコーティング13は、内容器12の表面に形成された第1層13aとこの第1層13aに積層された第2層13bとの2層で構成されている。
【0044】
セラミックコーティング13は、例えば、金属の有機化合物(金属アルコキシド)や無機化合物の溶液を水などに分散したコロイド状のゾルを用いて、まず第1層13aを被塗装部であるケトル内容器の内表面にスプレー法などを用いて塗装した後に、第1層13a上にコロイド状のゾルをスプレー法などによって塗布して第2層13bを形成し、その後に第1層13aと第2層13bとを加熱焼成することによって酸化物の固体を焼結し成膜するいわゆるwet on wet法を採用することができる。焼成条件としては、200~300℃で15~20分程度とすることができ、成膜されるとSiO2などの無機物の焼結体(酸化物)となる。
【0045】
なお、本実施形態にかかる電気ケトルの貯水部10は、セラミックコーティング13の第1層13aとして、非透明でかつ後述するUVレーザーによるビーム照射によってTi3O5に変性し、色彩が明るいグレーから黒色に変化する顔料TiO2を用いている。
【0046】
なお、第1層のセラミックコーティング13a1として、例えば主成分SiO2の中に白色顔料であるTiO2を用いることによって、UVレーザー光の照射前の白色から照射後の黒色に変性させることができる。また、例えば黒色顔料であるCr2O3やカーボンブラックを使用することで、UVレーザー光の照射前の黒色から照射後の褐色に変性させることができる。
【0047】
セラミックコーティング13の第2層13bとしては、透光性を有する材料としてSiO2を用いている。なお、第2層13bが有する透光性とは、セラミックコーティング13として焼成された状態で下層である第1層13aの色彩が視認可能なものを言う。本実施形態にかかる加熱調理容器である貯水部10では、セラミックコーティング13にUVレーザーを照射して第1層13aの色彩を変化させることで、貯水部10に収容されている水の量を示す水量メモリが形成される。第2層13bは、第1層13aの色彩の変化として形成された水量メモリをユーザが確認できるだけの透光性を備えていればよく、無色透明なものに限られず有色のものも利用できる。
【0048】
第2層のセラミックコーティング13bとして、例えば、SiO2に銀色の雲母が分散したものや、透光性を失わない程度にSiO2膜に顔料で所望する色に着色したものを使用することができる。また、第2層13bとしてガラスをコーティングすることで、透明度が高く第1層13aに形成された水量メモリなどのパターンをより視認しやすい貯水部10とすることができる。
【0049】
セラミックコーティング13の膜厚は、剥がれ防止の観点から全体で30μm程度とすることが好ましい。後述するするように、本実施形態で説明する貯水部10では、UVレーザーの照射によって水量メモリを形成した際に第2層13bを表面保護膜として残すようにしている。このため、第2層13bの膜厚を10~15μm程度、第1層13aの膜厚を15~20μm程度とすることが好ましい。
【0050】
なお、加熱調理容器の内表面に形成される無機物の焼結体からなる塗膜としては、上記セラミックコーティングが代表的であり、コーティング方法としては、上述したゾルゲル法以外にも、ほうろう掛け法、化学蒸着法、物理蒸着法、スパッタリング、酸素アセチレン炎やプラズマジェット加工等の溶射法など、既知の各種の方法を使用できる。また、本明細書において説明する焼結体の塗膜として形成される無機物材料としては、粘土、長石、石英などの天然原料から作られたセラミックス(いわゆるオールドセラミックス)の他、人工鉱石から作られたニューセラミックス(またはモダンセラミックス)、アルミナ(Al2O3)、炭化珪素(SiC)、窒化チタン(SiC)などの工業用セラミックス、さらには、アクリルガラス、ホウケイ酸ガラス、石英ガラスなどの各種ガラスなど、幅広い無機材料が含まれる。また、これら各種のセラミックスや各種のガラスの内の2つ以上の材料を多層膜として形成することもできる。例えば、下層をセラミックの塗膜とすることで強度を、上層をガラス被膜とすることで、防汚性、デザイン性を向上することができる。ガラスは使用する成分により親水性、撥水性を調整することができるため、商品によって好適な塗膜を選択、形成することができる。
【0051】
(レーザー加工)
本実施形態で説明する電気ケトルの貯水部10は、内表面に形成されたセラミックコーティング13の表面に対してUVレーザーを用いたレーザー加工が行われている。貯水部10の側面には、UVレーザーを用いたレーザー加工によって貯水部10に収容されている液体の量を示す水量メモリが形成されている。また、貯水部10の底面は、UVレーザーを用いたレーザー加工によってその表面を粗面化することで、貯水部10の底面における親水性を向上させている。
【0052】
本実施形態で説明する貯水部10の内表面に形成されたセラミックコーティング13に照射されるUVレーザーは、基本波長レーザー(1064nm)の1/3の355nmの波長を有し、第3高調波(THG:Third Harmonic Generation)レーザーと呼ばれている。UVレーザーは、基本波長レーザーを非線形結晶に通して変換された532nm(グリーン波長)のグリーンレーザーに基本波長を合わせ、さらにもう1つの非線形結晶を透過させることで355nmの波長に変換して生成される。
【0053】
UVレーザーは、基本波長レーザーやグリーンレーザーと比較して素材への吸収率が高く、照射された光が効率よく照射面に吸収されるという特徴を有している。このため、UVレーザーを用いてマーキングを行う場合には必要以上にパワーを上げる必要が無く効率の良いレーザー加工を行うことができる。また、吸収効率が高いことから、金属などの反射率の高い材質に照射された場合でも余計な熱ダメージを与えることがない。さらに、光子の持つエネルギーが小さく被照射物の分子の結合を直接断ち切る分解加工が可能となるといったメリットがある。
【0054】
このような特徴を有するUVレーザーを用いて貯水部10の内表面に形成されたセラミックコーティング13に対してレーザー加工を行うことで、セラミックコーティング13に大きな熱ダメージを与えることがないため、側面への水量メモリの形成や底面の粗面化処理を好適に行うことができる。
【0055】
(水量メモリの形成)
図4は、本実施形態で説明する電気ケトルの貯水部の内側面に、水量メモリを形成する際のレーザービームの照射状態を説明するためのイメージ図である。
【0056】
上述したように、本実施形態で説明する電気ケトルの貯水部10の側面部では、金属製の内容器12の内側表面にTiO2、SiO2からなる第1層のセラミックコーティング13a1が形成され、さらに、この第1層のセラミックコーティング13a1上にSiO2からなる第2層のセラミックコーティング13b1が積層されて形成されている。
【0057】
この2層のセラミックコーティング13a1、13b1に対して、UVレーザー光30を照射して、下層側の第1層13a1を変性させてその色彩を変化させる。本実施形態にかかる電気ケトルの貯水部10では、UVレーザー光の照射手段としてレーザーマーキング装置を利用することで、第1層13a1の変性部分31をコントロールすることができ、所望するパターンでの色彩変化が可能となるので必要な数量メモリを正確な位置に形成することができる。なお、UVレーザー光30が照射された部分の第2層13b1は変性して削り取られて窪み32が生じるが、UVレーザー光30の出力を調整することで、
図4に示すように、表面の第2層13b1の一部は第1層13a1の表面に残存するようにする。
【0058】
なお、第1層13a1の変性部分31においてもその表面はUVレーザー光が照射されることでわずかな窪みが形成されていると考えられるが、上述の様に第2層13b1が残存しているため、セラミックコーティング13全体に対する大きな影響は生じないものと考えられる。
【0059】
このように、本実施形態で説明する貯水部10では、水量メモリとして形成された第1層13a1の変性部分31が第2層13b1に覆われて露出していないため、例えば貯水部10を洗う際などに強く擦られたり洗剤等に触れたりすることを防ぐことができる。このため、水量メモリが剥がれたり色がうすくなったりすることが回避されて、耐久性の高い水量メモリを形成することができる。また、第1層として形成されたセラミックコーティング13a自体の変性による色彩変化を利用して水量メモリが形成されるため、コーティング膜の一部を削ってその窪みにインクを充填して水量メモリを形成する従来技術と比較して、環境への負荷、人体への安全性の問題も生じない。
【0060】
なお、上述したように、本実施形態にかかる貯水部10では、セラミックコーティング13にUVレーザー光を照射することで、第1層13a1を変性させて十分視認可能なメモリパターンを形成するとともに、UVレーザー光30が照射される部分の第2層13bを残存させることが必要となる。このような好ましいレーザー加工を行うことができるUVレーザー光30の照射強度を実現する方法として、使用するレーザーマーキング装置におけるUVレーザー光30自体の強度を調整する方法に加えて、UVレーザー光30のフォーカス(焦点)位置とUVレーザー光30が照射されるセラミックコーティング13の表面の位置とをあえてずらしてデフォーカス状態にする方法が利用できる。
【0061】
図5は、UVレーザー光が照射されるセラミックコーティングの加工面とUVレーザー光のフォーカス点の位置との関係による加工面でのビームスポットの変化を説明するためのイメージ図である。
【0062】
図5(a)は、加工面に対してUVレーザー光のフォーカス点の位置が遠い状態を示し、
図5(b)は、加工面がUVレーザー光のフォーカス点に一致するいわゆるジャストフォーカスの状態を、さらに、
図5(c)は、UVレーザー光のフォーカス点の位置よりも加工面が遠い状態を示している。
【0063】
なお、発明者が確認したところ、
図5(a)に示した加工面に対してフォーカス点33の位置が遠い状態の場合と、
図5(c)として示した加工面に対してフォーカス点33の位置が近い状態との場合において、その距離X1とX2の大きさに対するUVレーザー光30のスポット径の大きさの変化の度合いはほぼ同じであった。このため、本実施形態で説明する電気ケトルの貯水部10への水量メモリパターンの形成においては、ワークの加工面(曲面や位置ずれなど)とレーザーが近接することによる塗膜へのダメージを低減するとの理由から加工面をUVレーザー光30のフォーカス点の位置よりも近い位置に置く
図5(a)に示す状態で、加工面とフォーカス点33との距離X1が0.1mm変化したときのスポット径の変化量を1と規定して、デフォーカス量X1を変化させて、照射されるUVレーザー光30の照射エネルギーの検討を行った。
【0064】
より具体的には、レーザーマーキング装置で所定のレーザーパワーの値(一例として、20、30、40などと複数を選択)において、デフォーカス量X1を変化させ(一例として-20、-30、-40、・・・-100などと複数を選択)して、実際に内容器10の側面にUVレーザー光30を照射して、第1層13a1の変性度合いによって生じる色彩の変化量を目視で確認した。
【0065】
また、照射されたUVレーザー光30による変性で第2層13b1が第1層13a1のオーバーコート層としての保護機能を果たしているかについて、実際に貯水部10の側面にUVレーザー光が照射されて第1層13a1の色彩が変化している部分にテープ(一例として、ニチバン株式会社製のセロテープ(登録商標)、幅18mm)を貼り付けた後に手で剥がすピール(剥離)試験によって確認した。
【0066】
発明者の検討により、UVレーザー光の照射強度の数値と上記したデフォーカス量X1の数値とを調整することで、第1層13a1の色彩の変化が十分に視認可能であるとともに、UVレーザー光30を照射しても一定の厚さの第2層13b1が残存してピール試験によるセラミックコーティング膜13のハガレが生じない条件を見いだすことが可能であることが確認できた。
【0067】
なお、レーザーマーキング装置を用いた水量メモリの形成では、UVレーザー光を照射するパルス周波数と、UVレーザー光の照射位置の移動速度であるスキャンスピードとを調整することができる。
【0068】
UVレーザー光を照射するパルス周波数が大きくなると、照射されるレーザー光のパルス幅が大きくなりエネルギーのピークが低くなる傾向がある。この場合は、照射面におけるレーザービームの照射時間が長くなり、照射面が熱的影響を大きく受けることとなる。本実施形態に示すセラミックコートに対するUVレーザー光の照射では、塗膜への熱的影響が大きいと、表面の第2層に対して与えるダメージが大きくなって、より剥離が生じやすくなる。したがって、貯水部の側面への水量メモリの形成においては、パルス周波数を低めに設定することが好ましいことが分かった。
【0069】
UVレーザー光の照射ピッチについての検討では、照射ピッチを小さくすることで第1層の変性が大きくなり色彩の変化が大きくなってメモリの視認性が向上する一方、第2層に与えるダメージが大きくなって、第2層が剥離しやすくなり塗膜の耐久性が低下することが確認された。
【0070】
以上の特性を踏まえて、本実施形態にかかる電気ケトルの貯水部10の側面に水量メモリを形成するための好適な条件は、波長355nmのUVレーザー光において、レーザーパワー50%、キャンスピード750mm/s、パルス周波数50kHz、スポット可変量(X1)-60mm (デフォーカスすることによりスポット径は50μmφから137μmφにぼやける)、塗りつぶしの線間隔15μm、印字回数1回であることが確認できた。なお、このUVレーザー光の照射条件は、第1層13a1と第2層13b1との塗膜の材料、厚さ、また、UVレーザー光が側面に対して入射する際の傾斜角度などによって異なるため、第1層13a1を変性させることによって水量メモリが十分な視認性を有し、かつ、第2層13b1に与えるダメージがオーバーコート膜としての耐久性を十分備えている厚さを確保できるかという観点からの検討を行って、適切なものに設定するべきであることはいうまでも無い。
【0071】
図6は、上記した好適な条件で、貯水部の側面に形成された水量メモリを示す図である。
【0072】
なお、UVレーザー光を使用したレーザーマーキング装置としては、株式会社キーエンス製のレーザーマーカーMD-U1020(製品名)を用いた。また、貯水部の内径が170mmで、側面の最も下側に位置する200のメモリの位置が貯水部の上端から106mmであったため、上記レーザーマーキング装置の水平面における照射ビームの走査範囲では一度に全ての水量メモリを形成することができなかった。このため、メモリ600を境として側面の下方に位置する部分の水量メモリと、メモリ600よりも上方に位置する水量メモリとに2回に分けてメモリの形成を行った。
【0073】
(容器底面の粗面化加工)
本実施形態で説明する電気ケトルの貯水部では、上述した側面への水量メモリの形成とともに、底面にもUVレーザー光を照射して表面処理を行い、底面を粗面化することで親水性を向上させている。以下、その内容を説明する。
【0074】
図7は、本実施形態にかかる電気ケトルの貯水部において、UVレーザー光を照射することによる底面の凹凸形状の変化を示すイメージ図である。
図7(a)が、UVレーザー光の照射前の表面状態を示す曲線のイメージを、
図7(b)が、UVレーザー光を照射した後の表面状態を示す曲線のイメージを表している。
【0075】
貯水部10底面へのUVレーザー光の照射は、上述した株式会社キーエンス製のレーザーマーカーMD-U1020(製品名)を用いて、レーザーパワー80%、スキャンスピード4000mm/s、パルス周波数100kHz、塗りつぶしの線間隔0.040mm、印字回数(ビーム照射の繰り返し回数)4回という条件で加工を行い、加工時間は265.4Sec要した。
【0076】
図7(a)に示す、UVレーザー光を照射する前のセラミックコーティング13の表面は、算術平均粗さRaが0.82(μm)の比較的粗い凹凸面であったのに対し、UVレーザーの照射後は、
図7(b)に示すように、加工前の
図7(a)に示された凹凸形状に沿って表面粗さRaが1.65(μm)の細かな凹凸が形成された状態となっていることが分かる。なお、UVレーザー光の照射前後における塗膜の膜厚は、照射前が21.5μmであったのに対し照射後が20.1μmで、UVレーザー光の照射によって膜厚の変化は小さく、塗膜へのダメージは大きくなかったことが理解できる。
【0077】
なお、塗膜の表面粗さは、TAYLOR HOBSON表面粗さ測定器Surtronic DuO(商品名)を用いて測定した。
【0078】
このように、貯水部10の底面に形成されたセラミックコーティング13に対してUVレーザー光を照射することによって、塗膜表面に微細な凹凸が形成された粗面状態となって、底面のセラミックコーティングの表面をセラミックコーティング本来の撥水面から親水面に変化させることができる。
【0079】
図8は、UVレーザー光を照射した貯水部に水を入れた後の底面に残った水の状態を示す図である。
【0080】
図8に示すように、UVレーザー光を照射した底面では、表面張力がアルコールよりも大きな水によっても水膜が残っている状態であり、高い親水性を有していることが確認できた。
【0081】
次に、貯水部10底面へのUVレーザー光の照射による粗面化について、UVレーザー光を使用した場合とハイブリッドレーザーを使用した場合との差異について検討した。
【0082】
なお、比較対象として用いたハイブリッドレーザー光を照射するためのレーザーマーカー装置は、キーエンス株式会社製のハイブリッドレーザーMD-X2520(製品名)であり、YVO4を光源とする波長が1.064nmの標準波長のものである。ハイブリッドレーザー光の照射条件は、レーザーパワー40%、スキャンスピード8000mm/s、パルス周波数100kHz、塗りつぶしの線間隔0.080mm、印字回数1回という条件で加工を行い、このときの加工時間は17.3Secであった。
【0083】
この条件でハイブリッドレーザー光を照射した後の底面のセラミックコーティングにおける表面粗さSaは1.0(μm)と、UVレーザー光を照射した後の表面粗さSaの値0.8(μm)と大きな差はなかったが、形成された凹凸の深さは9.9μmと、UVレーザー光での粗面化の場合の凹凸の深さ3.5μmと比較して大きな値となった。
【0084】
図9は、底面の粗面化に使用したレーザー光の違いによる、貯水部における昇温テストの結果を示す図である。
図9(a)が粗面化にUVレーザーを用いた場合、
図9(b)が粗面化にハイブリッドレーザーを用いた場合のデータである。
【0085】
昇温テストは、底面の膜厚が25μmとなるように調整したセラミックコーティングを内表面に形成した貯水部の底面に、それぞれ上記の条件でUVレーザー光とハイブリッドレーザー光を照射して底面の全面を粗面化した後に、室温相当(約23℃)の水を1000ml入れた状態で、電気ケトルのスイッチをオンにして湯沸かしを行って測定した。
【0086】
図9(a)に示すように、UVレーザー光によって底面を粗面化した貯水部10では、図中符号51として示すシーズヒータのヒータパイプ表面温度が所定の190℃まで上昇した後もその温度を維持することができ、貯水部10内部の水の温度も加熱開始後約4分後に100℃まで上昇した後一定に維持できている。これは、貯水部10底面のセラミックコーティング13が粗面化されることで底面が親水性となり、底面に大きな気泡が形成されにくくなったことで、貯水部10の底面の外表面部分の温度を検出する温度センサーによって貯水部10内の水の温度を正確に測定することができ、シーズヒータのオンオフ制御が正しく行われたことを示している。
【0087】
一方、
図9(b)に示す、ハイブリッドレーザー光によって貯水部10の底面のセラミックコーティング13を粗面化した場合には、シーズヒータの表面温度を示す符号53のグラフが、開始4分を過ぎた時点から急激に上昇して約350℃となったのちに動作が停止したことを示している。このとき、符号54で示す貯水部内の水温は、
図9(a)に示すUVレーザー光によって粗面化した場合とほぼ同様に、開始4分後に約100℃となっている。
【0088】
貯水部10の底面をハイブリッドレーザー光によって粗面化した
図9(b)に示す貯水部では、レーザー光の出力が強く、UVレーザーで現れた凹凸を塗膜上に形成しようとした場合、塗膜へのダメージが大きく印字条件を制限する必要があった。その結果、底面の濡れ性に大きな変化がなく、セラミックコーティング13の表面は疎水性の表面状態のままであったと考えられる。このため、水温の上昇によって生じた気泡が底面から離れずに大きく成長してしまい空気の断熱層が形成される。このため、シーズヒータから供給する熱が水に伝わらずに塗膜面を含む底面部の温度が上昇する結果、水温は100℃に到達していないが温度調節器が誤作動していわゆる空焚きが発生したものと考えられる。
【0089】
このように、貯水部10の底面のセラミックコーティング13にレーザー光を照射しても、ハイブリッドレーザー光による表面処理では、底面の粗面化による濡れ性の改善が十分にできず、底面がセラミックコーティングの疎水性を有した状態のままであったと考えられる。
【0090】
次に、UVレーザー光による貯水部10底面の親水化処理と、従来行われていた研磨処理による親水化の効果の違いについて検討した。
【0091】
図10は、UVレーザーによる粗面化と機械的研磨による粗面化との、セラミックコーティングに与えるダメージの違いを説明する図である。
【0092】
図10に符号61として示す○印が、本実施形態で説明するUVレーザー光による底面の粗面化を行った場合の熱サイクル試験におけるピンホール値を、符号62として示す×印が、比較例としての研磨処理により底面を粗面化した貯水部での熱サイクル試験を行った際のピンホール値を示す。
【0093】
なお、UVレーザー光による粗面化処理を行った貯水部10としては、上述した温度上昇試験に用いたものをそのまま使用した。一方、比較例としての貯水部10は、底面の塗膜の平均厚さが25μmになるように調整したセラミックコート施工内容器を用い、円盤状にカットした不織布表面処理材スコッチ・ブライト(登録商標)8447P(商品名、3M(スリーエム)社製)をトグルクランプにより1.3~1.5kgfの荷重をかけて被加工部に押し当て、1分間に400~450回回転振動させる研磨処理を3分間行った。
【0094】
また、
図10に示すピンホール値は、UVレーザー光により底面を粗面化した貯水部と、スコッチ・ブライト(登録商標)により底面を研磨した貯水部とに対して、5℃に調整した冷水を沸騰させ、沸騰後はその熱湯を捨てた後、5℃の冷水を入れ、貯水部が冷却された後、再び沸騰を繰り返す熱サイクル試験を行って、所定の回数が経過した後に塗膜表面と容器との間に2.0Vの電圧をかけた際に流れる電流値を測定することで求めた。熱サイクル試験の結果、セラミックコーティング膜にクラックが生じてピンホールが形成され、その数が増えると流れる電流の値が増えることから、UVレーザー光の照射により粗面化したセラミックコーティング膜と、機械的に研磨して粗面化したセラミックコーティング膜の耐久性を測定することができる。
【0095】
図10に示すように、UVレーザー光の照射により粗面化したセラミックコーティング膜では、熱サイクル試験の回数が100回程度から流れる電流値の変化がなくなっていて、温度の変化によって塗膜にクラックが生じる度合いが小さいことが分かる、一方、機械的に研磨することで粗面化したセラミックコーティング膜では、熱サイクル試験の回数が増えることによって流れる電流値が上昇し続ける傾向にあり、300回以上では流れる電流値が10mA以上と、UVレーザー光により粗面化したセラミックコーティング膜の電流値4mAよりも極めて大きな値となっている。
【0096】
このことから、UVレーザー光を照射して塗膜表面を粗面化することにより、塗膜に大きなダメージを与えることなく親水性を確保できることが確認できた。このため、本実施形態に示す電気ケトルの貯水部10では、底面にUVレーザー光を照射して粗面化することで疎水性を有するセラミックコーティング13が形成された底面を親水性に変性することができ、昇温時に底面に大きな気泡が発生して温度センサーで正確な水温を検出できなくなることに起因して、いわゆる早切れが生じてしまうという不都合を回避することができる。
【0097】
なお、上述したUVレーザー光による底面の粗面化についての効果を確認する検討では、容器の底面全体にUVレーザー光を照射して全面を粗面化したが、本実施形態にかかる電気ケトルの貯水部10では、底面全体を親水化する必要は無い。特に、UVレーザー光の照射手段として、照射対象である平面のXY座標で表される所定の位置にUVレーザー光を照射できるレーザーマーキング装置を用いることで、貯水部10の底面において親水性を有することが好ましい部分に対して選択的にUVレーザー光を照射することができる。
【0098】
図11は、本実施形態にかかる電気ケトルの底面においてUVレーザー光により粗面化する位置を説明するためのイメージ図である。
図11(a)が、底面の内のUVレーザー光を照射する部分を示す平面図、
図11(b)がUVレーザー光を照射する部分と貯水部の底面に形成される各部材の位置との関係を示す断面図である。
【0099】
図11(a)に示すように、本実施形態にかかる電気ケトルの貯水部10では、底面の外周部分近傍のリング状部分71とこのリング状部分71の対向する二箇所から内側に向かって突出する部分72とをUVレーザー光による粗面化部分としている。
【0100】
図11(b)に示すように、貯水部10底面におけるリング状部分71は貯水部10の底面の外側に熱源であるシーズヒータ14が配置されている部分である。また、内側へ突出する2箇所の部分72は、貯水部10の底面の外側の温度を測定する温度センサー15が配置されている部分である。このように、熱源である電気的加熱手段の配置位置に対向する部分71と、貯水部の温度を検出する温度センサーの配置部分に対向する部分72とを、UVレーザー光により粗面化する部分とすることで、貯水部の底面での大きな気泡の発生を効果的に防ぐことができ、温度センサーで正確に水温を測定しながらお湯を沸かすことができるようになる。
【0101】
なお、
図11では、
図11(b)に示されるように熱源の配置位置に対向する部分と、温度調節部に対向する部分とで加工の強弱により塗膜に段差をつけているが、加工条件を同じとして、熱源に対向する部分と温度調節部に対向する部分とで段差の無い加工とすることができる。
【0102】
また、
図11では、電気的加熱手段としてシーズヒータを用いた場合について説明したが、電気的加熱手段がシーズヒータではない場合も、加熱手段の配置位置に対向する位置を粗面化することが好ましい。例えば、電気的加熱手段が基板上に平面上の発熱部が配置されたプリントヒータである場合は、
図11(a)に示したシーズヒータに対向する部分よりは広い領域になるが、プリントヒータに対向する部分を粗面化することが好ましい。また、上記例では、加熱手段であるヒータの配置位置に対向する部分と、温度センサーの配置位置に対向する部分との両方を粗面化する例を示したが、加熱手段に対向する位置と温度センサーに対向する位置とのいずれか一方を粗面化することでも、貯水部10の底面部の温度を正確に把握して貯水部内部の温度を調整してお湯を沸かすことができるようになる。
【0103】
以上のように、本実施形態で説明した電気ケトルの貯水部としての加熱調理容器は、金属製の内容器の内表面に、無機物の焼結体からなる塗膜が形成されているため、従来用いられていたフッ素樹脂を用いた表面処理加工と比較して、フッ素を用いていることによる安全性の懸念を生じさせることがない。また、形成された塗膜に対して、UVレーザー光を照射してその表面を変性させることによって、UVレーザー光が照射された部分の色彩を他の部分と異ならせて水量メモリなどの所定のパターンを描くことができ、UVレーザー光が照射された塗膜表面が粗面化されるため、塗膜表面の親水化を行うことができる。
【0104】
この結果、耐久性に優れた水量メモリの形成を低コストで実現できるとともに、硬質塗膜の表面を疎水性から親水性に変換することができて、内部の水の温度が正確に測定できないことに起因する早切れなどの不所望な事態を効果的に回避することができる。
【0105】
なお、上記実施形態では、電気ケトルの貯水部の内表面に、第1層と第2層との2層の硬質塗膜の積層体を形成して、側面に水量メモリを形成するとともに底面を粗面化したものを説明した。しかし、本実施形態にかかる加熱調理容器としての貯水部としては、側面以外にも第1層の変性によるパターン形成を行うことや、必要に応じて側面の一部表面を粗面化することも可能である。
【0106】
また、硬質塗膜に対してUVレーザー光を照射することによる水量メモリなどのパターン形成が不要な場合には、硬質塗膜を一層として、その表面をUVレーザー光によって粗面化するレーザー加工のみを行うこともできる。
【0107】
次に、本願で開示する加熱調理容器の別の具体例として、炊飯器の内釜に使用した場合の例を説明する。
【0108】
図12は、本実施形態にかかる加熱調理容器としての内釜を採用した炊飯器の全体構成を示す断面図である。
【0109】
図12に示すように、本実施形態にかかる加熱調理容器を内釜120とする炊飯器は、本体部100と、本体部の上方に配置されて本体部内部に収容された内釜120を覆うよう蓋体110とを有している。蓋体110は、蓋体110上部の前方側(ユーザー側、
図12中の下側)に配置されたロックボタン111をユーザが押し込むことでロックが解除されて、後方側(
図12中の上側)に配置されたヒンジ機構112が回動して内釜120の上方空間を開放するように開けることができる。なお、内釜以外の炊飯器の内部構造として現在公知の各種の機構を適宜採用することができるため、ここでの詳細な説明は割愛する。
【0110】
図12に示す炊飯器では、内釜120の内表面に無機物の焼結体からなる塗膜が形成されている。なお、
図1~
図3にその構成を示した前述の電気ケトルの貯水部と同様に、内釜120の底面に形成された塗膜121aと側面に形成された塗膜121bとに対するUVレーザー光を使用したレーザー加工については、形成する表示パターンの形状や位置、必要な箇所に対する粗面化手段として適宜選択することができる。
【0111】
図12に示す炊飯器の内釜の場合は、内鍋底面の内表面の塗膜121aは膜厚30~40μm、側面の塗膜121bは膜厚20~30μmとなっている。
【0112】
また、
図12に示すように、炊飯器では、内釜の底面に対向するように配置された底面ヒータ131の他に、側面の底面近傍部分に対向するように配置された第2のヒータ132と、側面の上部開口部近傍に配置された第3のヒータ133というように、内釜全体を取り囲むように複数のヒータが配置されて、調理内容に応じてこれらヒータ131、132、133からの供給熱量をコントロールして炊飯が行われる。内釜内部に形成される塗膜も、これらヒータの配置位置の対向部分に応じて、一部、または全部の表面状態を変えて、内釜の内面により好ましい条件での塗膜が形成されるようにコントロールすることができる。なお、炊飯器のヒータとしては、主たる加熱炊飯用の加熱手段として誘導加熱方式のIHヒータなどが、また、炊飯完了後の保温用には電熱方式のヒータが使用されるなど、一つの炊飯器に種類のことなるヒータが採用される場合がある。このため、内釜の内表面に形成される塗膜としては、それぞれの加熱手段の特徴に応じたより適切な表面形態のものを選択することがより好ましい。
【0113】
また、炊飯器においても、例えば
図12に示すように内釜の底部中央に当接するようにバネ等により付勢された温度センサー134が配置される。上述した電気ケトルの場合と同様に、例えば、この温度センサー134に対向する部分である内釜底面の中心部分において、レーザー加工によって塗膜121aの表面粗さを底面の他の部分よりも小さな値とするなど、温度センサー134によって炊飯器の内釜の温度をより正確に把握できるようにすることができる。
【0114】
以上説明したように、本願で開示する加熱調理容器は、その内表面に非透明な第1層と透光性を有する第2層とからなる積層構造の無機物の焼結体からなる塗膜が形成されていて、第1層の所定部分が他の部分とは異なる色彩に変性されているとともに、変性部分の第2層の表面が粗面化されている。
【0115】
このような積層構造の無機物の焼結体からなる塗膜を有することで、第1層の変性部分により所定のパターンを形成したり、第2層の表面の粗面化により塗膜表面を親水性に変性したりすることができる。この結果、フッ素樹脂加工により形成された表面処理膜と比較して安全性の問題が無く、かつ、擦られるなど使用時に加えられる外力に対して強固な表面処理膜が形成され、特に加熱調理時に容器内表面に被調理物が付着して汚れの原因となることを防止することができる。
【0116】
また、本願で開示する加熱調理容器の製造方法は、容器の内表面に無機物の硬質塗膜を形成する工程と、硬質塗膜に対してUVレーザーを照射してその表面を粗面化するレーザー加工工程とを含んでいる。
【0117】
このため、加熱調理容器の内表面に形成された硬質塗膜に対して必要以上のダメージを与えることなく表面の特性を親水性に変性することができ、耐久性に優れた硬質塗膜が形成された加熱調理容器を実現することができ、例えば、沸騰時に塗膜表面に大きな泡が生成されることで生じる、騒音や突沸などの問題が生じることを防止でき、泡が形成されるために生じる温度センサーによる誤検知の問題も回避することができる。
【0118】
また、本願で開示する加熱調理容器としては、上記実施形態において説明した電気ケトルの貯水部、炊飯器の内釜の他に、ハンディポットなどの各種魔法瓶、ホットプレートなどの加熱調理用プレート、ホームベーカリーのパンケース、回転調理器の容器、コーヒーメーカーのサーバーなど、電気的加熱手段で加熱される被調理物を収容する調理容器において広く採用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明の加熱調理容器は、安全性と耐久性の高い表面処理膜が形成された調理容器として有用である。
【符号の説明】
【0120】
10 貯水部(加熱調理容器)
12 内容器
13 セラミックコーティング(塗膜)
13a 第1層のセラミックコーティング(塗膜)
13b 第2層のセラミックコーティング(塗膜)
14 ヒータ(電気的加熱手段)
15 温度センサー