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特開2025-25673温度推定方法、炉の操業方法、炉の設計方法、炉の操業プロセスの開発方法、物体の充填状態の設定方法、及び処理装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025025673
(43)【公開日】2025-02-21
(54)【発明の名称】温度推定方法、炉の操業方法、炉の設計方法、炉の操業プロセスの開発方法、物体の充填状態の設定方法、及び処理装置
(51)【国際特許分類】
   F27D 19/00 20060101AFI20250214BHJP
【FI】
F27D19/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023130693
(22)【出願日】2023-08-10
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松永 有仁
【テーマコード(参考)】
4K056
【Fターム(参考)】
4K056AA05
4K056AA19
4K056BB05
4K056CA01
(57)【要約】
【課題】複数の物体が充填された充填層内の空隙を通過する流体及び/又は物体の温度を精度よく推定可能な温度推定方法及び処理装置を提供すること。
【解決手段】本発明に係る温度推定方法は、充填層の形状データから流体が流れる空間である流体空間のデータを作成するステップと、流体空間内に計算格子点を作成するステップと、作成された各計算格子点について、計算格子点の位置が物体内にあるか否かに応じて符号が異なる、計算格子点と物体の表面との間の距離を示す符号付距離を算出するステップと、算出された符号付距離に基づいて、作成された各計算格子点が物体内に位置するか否かを判別するステップと、物体内にないと判別された計算格子点において流体方程式を解くことにより、流体空間内における流体の速度を算出するステップと、算出された流体の速度を用いて各計算格子点において熱移流拡散方程式を解くことにより、流体及び物体の温度を推定するステップと、を含む。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の物体が充填された充填層内の空隙を通過する流体及び/又は物体の温度を推定する温度推定方法であって、
前記充填層の形状データから前記流体が流れる空間である流体空間のデータを作成する第1ステップと、
前記流体空間内に計算格子点を作成する第2ステップと、
前記第2ステップにおいて作成された各計算格子点について、計算格子点の位置が物体内にあるか否かに応じて符号が異なる、計算格子点と前記物体の表面との間の距離を示す符号付距離を算出する第3ステップと、
前記第3ステップにおいて算出された符号付距離に基づいて、前記第2ステップにおいて作成された各計算格子点が前記物体内に位置するか否かを判別する第4ステップと、
前記第4ステップにおいて前記物体内にないと判別された計算格子点において流体方程式を解くことにより、前記流体空間内における流体の速度を算出する第5ステップと、
前記第5ステップにおいて計算された流体の速度を用いて各計算格子点において熱移流拡散方程式を解くことにより、前記流体及び前記物体の温度を推定する第6ステップと、
を含む、温度推定方法。
【請求項2】
前記第5ステップは、前記流体方程式として格子ボルツマン方程式を用いる格子ボルツマン法を利用して流体の速度を算出するステップを含む、請求項1に記載の温度推定方法。
【請求項3】
前記第6ステップは、物体内に位置する計算格子点と物体内に位置しない計算格子点に隣接する計算格子点に熱伝達率を設定して温度を算出するステップを含む、請求項1に記載の温度推定方法。
【請求項4】
物体を燃焼するための熱源を備えた炉の操業方法であって、
請求項1~3のうち、いずれか1項に記載の温度推定方法を用いて予め算出された、炉内に装入された前記物体及び/又は炉内の流体の温度に基づいて、炉内に装入する前記物体の量及び/又は前記熱源を制御する制御ステップと、
を含む、炉の操業方法。
【請求項5】
物体を燃焼するための熱源を備えた炉の設計方法であって、
請求項1~3のうち、いずれか1項に記載の温度推定方法を用いて予め算出された、炉内に装入された前記物体及び/又は炉内の流体の温度に基づいて、前記炉の形状及び/又は前記熱源の仕様を設定する、炉の設計方法。
【請求項6】
物体を燃焼するための熱源を備えた炉の操業プロセスの開発方法であって、
請求項1~3のうち、いずれか1項に記載の温度推定方法を用いて予め算出された、炉内に装入された前記物体及び/又は炉内の流体の温度に基づいて、前記炉内に装入する前記物体の量及び/又は前記熱源の制御を含む前記炉の操業プロセスを開発する、炉の操業プロセスの開発方法。
【請求項7】
物体を燃焼するための炉の内に装入される物体の充填状態の設定方法であって、
請求項1~3のうち、いずれか1項に記載の温度推定方法を用いて予め算出された、炉内に装入された前記物体及び/又は炉内の流体の温度に基づいて、前記炉内に装入する前記物体の量及び/又は充填時の配置を決定する、物体の充填状態の設定方法。
【請求項8】
複数の物体が充填された充填層内の空隙を通過する流体及び/又は物体の温度を推定する処理装置であって、
前記充填層の形状データから前記流体が流れる空間である流体空間のデータを作成する空間データ作成部と、
前記流体空間内に計算格子点を作成する計算格子点作成部と、
前記計算格子点によって作成された各計算格子点について、計算格子点の位置が物体内にあるか否かに応じて符号が異なる、計算格子点と前記物体の表面との間の距離を示す符号付距離を算出する符号付距離関数計算部と、
前記符号付距離関数計算部によって算出された符号付距離に基づいて、前記計算格子点作成部によって作成された各計算格子点が前記物体内に位置するか否かを判別する空間判定部と、
前記空間判定部によって前記物体内にないと判別された計算格子点において流体方程式を解くことにより、前記流体空間内における流体の速度を算出する流れ計算部と、
前記流れ計算部によって算出された流体の速度を用いて各計算格子点において熱移流拡散方程式を解くことにより、前記流体及び前記物体の温度を推定する温度推定部と、
を備える、処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の物体が充填された充填層内の空隙を通過する流体及び/又は物体の温度を推定する温度推定方法、炉の操業方法、炉の設計方法、炉の操業プロセスの開発方法、物体の充填状態の設定方法、及び処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電気炉の操業効率を高めるため、電気炉で発生した高温の排ガスを用いて鉄源であるスクラップを予熱する予熱型電気炉がある。この予熱型電気炉は、スクラップを予熱する予熱部と、黒鉛電極等によって発生したアークの熱を用いてスクラップを溶解する溶解部と、を備えている。予熱部と溶解部は連通しており、予熱部では、溶解部で発生した高温の排ガスによって予熱されたスクラップがスクラップの自重又は機械的な操作によって溶解部に装入されて溶解される。この予熱型電気炉の操業効率を高めるためには、予熱部において排ガスの熱をスクラップに着実に着熱させる必要がある。
【0003】
このため、それぞれのスクラップについて予熱効率の高い操業条件を決定するためには、それぞれのスクラップに対して排ガスの熱がどのように着熱するかを調査する。その調査手段として、スクラップや排ガスの温度の時間変化等を詳細に調査可能なシミュレーションの1種である伝熱計算を利用することが考えられる。具体的には、予熱部において複数のスクラップが充填されたスクラップ充填層の温度を推定する方法として、特許文献1,2に記載されているような伝熱方程式を用いる方法が考えられる。特許文献1には、有限要素法を用いたモデルによる非定常伝熱計算により電気炉の側面のスラグコーチングの厚みを推定する方法が記載されている。また、特許文献2には、非定常の熱伝導方程式を用いてセンサ温度に基づいて炉壁温度を予測してスクラップの解け落ちを判定する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009-85549号公報
【特許文献2】特開2017-226864号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、スクラップは、自動車、家電製品、建築資材等の様々な製品、若しくは、製品の製造中に発生したものであるため、様々な形状を有している。このため、予熱部におけるスクラップ充填層は、コンピュータ等の情報処理装置によるシミュレーションで通常行われる「完全な球体の物体」の集合体として仮定することが非常に困難である。さらにスクラップ充填層は、その形状が装入するスクラップの種類やその装入方法によっても異なる。例えば薄板系が多いスクラップ充填層とH形鋼の多いスクラップ充填層とでは、同じ重量であってもその形状が異なる。
【0006】
上記特許文献1,2に記載の方法では、複雑な形状を有するスクラップ充填層を通る排ガスの温度を精度よく予測できない。詳しくは、特許文献1に記載の方法では、スラグの厚みはほぼ円筒状であり、計算形状に複雑な形状が適用されていない。また、排ガスの流れのシミュレーション方法は記載されておらず、スクラップ充填層に入り込む排ガスの流れを計算することはできない。同様に、特許文献2には、電気炉壁の熱伝導方程式の理論的な式が記載されているだけであり、複雑な形状を有するスクラップ充填層に伝熱するための計算方法は記載されていない。また、排ガスの流れを計算する方法も記載されておらず、スクラップ充填層を通る排ガスの温度を推定することはできない。
【0007】
本発明は、上記課題を解決すべくなされたものであり、その目的は、複数の物体が充填された充填層内の空隙を通過する流体及び/又は物体の温度を精度よく推定可能な温度推定方法及び処理装置を提供することにある。また、本発明の他の目的は、操業コストを削減して炉を安定的に操業可能な炉の操業方法、炉の設計方法、炉の操業プロセスの開発方法、及び物体の充填状態の設定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
[1]本発明に係る温度推定方法は、複数の物体が充填された充填層内の空隙を通過する流体及び/又は物体の温度を推定する温度推定方法であって、前記充填層の形状データから前記流体が流れる空間である流体空間のデータを作成する第1ステップと、前記流体空間内に計算格子点を作成する第2ステップと、前記第2ステップにおいて作成された各計算格子点について、計算格子点の位置が物体内にあるか否かに応じて符号が異なる、計算格子点と前記物体の表面との間の距離を示す符号付距離を算出する第3ステップと、前記第3ステップにおいて算出された符号付距離に基づいて、前記第2ステップにおいて作成された各計算格子点が前記物体内に位置するか否かを判別する第4ステップと、前記第4ステップにおいて前記物体内にないと判別された計算格子点において流体方程式を解くことにより、前記流体空間内における流体の速度を算出する第5ステップと、前記第5ステップにおいて算出された流体の速度を用いて各計算格子点において熱移流拡散方程式を解くことにより、前記流体及び前記物体の温度を推定する第6ステップと、を含む。
【0009】
[2]本発明に係る温度推定方法は、[1]の温度推定方法であって、前記第5ステップは、前記流体方程式として格子ボルツマン方程式を用いる格子ボルツマン法を利用して流体の速度を算出するステップを含む。
【0010】
[3]本発明に係る温度推定方法は、[1]又は[2]の温度推定方法であって、前記第6ステップは、物体内に位置する計算格子点と物体内に位置しない計算格子点に隣接する計算格子点に熱伝達率を設定して温度を算出するステップを含む。
【0011】
[4]本発明に係る炉の操業方法は、物体を燃焼するための熱源を備えた炉の操業方法であって、[1]~[3]のいずれかの温度推定方法を用いて炉内に装入された前記物体及び/又は炉内の流体の温度を推定する推定ステップと、前記推定ステップにおいて推定された前記物体及び/又は炉内の流体の温度に基づいて、炉内に装入する前記物体の量及び/又は熱源を制御する制御ステップと、を含む。
【0012】
[5]本発明に係る炉の設計方法は、物体を燃焼するための熱源を備えた炉の設計方法であって、[1]~[3]のいずれかの温度推定方法を用いて予め推定された、炉内に装入された前記物体及び/又は炉内の流体の温度に基づいて、前記炉の形状及び/又は前記熱源の仕様を設定する。
【0013】
[6]本発明に係る炉の操業プロセスの開発方法は、物体を燃焼するための熱源を備えた炉の操業プロセスの開発方法であって、[1]~[3]のいずれかの温度推定方法を用いて予め推定された、炉内に装入された前記物体及び/又は炉内の流体の温度に基づいて、前記炉内に装入する前記物体の量及び/又は前記熱源の制御を含む前記炉の操業プロセスを開発する。
【0014】
[7]本発明に係る物体の充填状態の設定方法は、物体を燃焼するための炉の内に装入される物体の充填状態の設定方法であって、[1]~[3]のいずれかの温度推定方法を用いて予め推定された、炉内に装入された前記物体及び/又は炉内の流体の温度に基づいて、前記炉内に装入する前記物体の量及び/又は充填時の配置を決定する。
【0015】
[8]本発明に係る処理装置は、複数の物体が充填された充填層内の空隙を通過する流体及び/又は物体の温度を推定する処理装置であって、前記充填層の形状データから前記流体が流れる空間である流体空間のデータを作成する空間データ作成部と、前記流体空間内に計算格子点を作成する計算格子点作成部と、前記計算格子点作成部によって作成された各計算格子点について、計算格子点の位置が物体内にあるか否かに応じて符号が異なる、計算格子点と前記物体の表面との間の距離を示す符号付距離を算出する符号付距離関数計算部と、前記符号付距離関数計算部によって算出された符号付距離に基づいて、前記計算格子点作成部によって作成された各計算格子点が前記物体内に位置するか否かを判別する空間判定部と、前記空間判定部によって前記物体内にないと判別された計算格子点において流体方程式を解くことにより、前記流体空間内における流体の速度を算出する流れ計算部と、前記流れ計算部によって算出された流体の速度を用いて各計算格子点において熱移流拡散方程式を解くことにより、前記流体及び前記物体の温度を推定する温度推定部と、を備える。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る温度推定方法及び処理装置によれば、複数の物体が充填された充填層内の空隙を通過する流体及び/又は物体の温度を精度よく推定することができる。また、本発明に係る炉の操業方法、炉の設計方法、炉の操業プロセスの開発方法、及び物体の充填状態の設定方法によれば、操業コストを削減して炉を安定的に操業することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本発明の一実施形態である電気炉の構成を示す模式図である。
図2図2は、本発明の一実施形態である処理装置の構成を示すブロック図である。
図3図3は、本発明の一実施形態である温度推定処理の流れを示すフローチャートである。
図4図4は、スクラップ充填層の一例を示す図である。
図5図5は、流体空間の一例を示す図である。
図6図6は、計算格子点の一例を示す図である。
図7図7は、物体シグナル及び流体空間シグナルを説明するための図である。
図8図8は、境界条件を説明するための図である。
図9図9は、スクラップ充填層内における流体の流れの計算例を示す図である。
図10図10は、スクラップ及び流体の温度分布の推定例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態である温度推定方法及び炉の操業方法について説明する。
【0019】
〔電気炉の構成〕
まず、図1を参照して、本発明の一実施形態である温度推定方法及び炉の操業方法が対象とする電気炉の構成について説明する。
【0020】
図1は、本発明の一実施形態である電気炉の構成を示す模式図である。図1に示すように、本発明の一実施形態である電気炉1は、電気炉1で発生した高温の排ガスGを用いて鉄源であるスクラップSを予熱する予熱型電気炉である。本実施形態では、電気炉1は、排ガスGを用いて複数のスクラップSが充填されたスクラップ充填層を予熱する予熱部2と、黒鉛電極3によって発生したアークの熱を用いてスクラップSを溶解して溶鉄SAを生成する溶解部4と、を備えている。また、予熱部2と溶解部4は連通しており、予熱部2では、溶解部4で発生した高温の排ガスGによって予熱されたスクラップ充填層内のスクラップSがスクラップSの自重又は機械的な操作によって溶解部4に装入されて溶解される。
【0021】
〔処理装置の構成〕
次に、図2を参照して、本発明の一実施形態である温度推定方法を実行する処理装置の構成について説明する。
【0022】
本実施の形態では、物体の例として、上述したスクラップSを用いて説明する。スクラップ充填層の形状を「完全な球体の物体」の集合体として仮定することは非常に難しい。これは、スクラップSが多種多様な形状を有するためである。このため、スクラップ充填層の空隙分布はスクラップSによって異なる。その結果、排ガスGによるスクラップ充填層の加熱のされ方はスクラップSによって異なる。以下に説明する処理装置と温度推定処理では、シミュレーションを行うコンピュータ等の情報処理装置への負荷を大きく増加させることなく、スクラップ充填層内の空隙分布を正確に反映させることができる。そのため、本発明は、充填層の物体の形状が「完全な球体以外」である場合により大きな効果を発揮する。もちろん、充填層の物体の形状が「完全な球体」でも効果を得ることができる。なお、本発明において、「完全な球体以外の物体」とは、物体内の一部又は全ての位置において、表面までの距離が異なるものを指す。一方、「完全な球体の物体」とは、表面に曲面を持ち、物体内のある点において表面までの距離が全て同じであるものを指す。
【0023】
図2は、本発明の一実施形態である処理装置の構成を示すブロック図である。図2に示すように、本発明の一実施形態である処理装置10は、コンピュータ等の情報処理装置によって構成されている。処理装置10には入力装置21及び出力装置22が接続されている。入力装置21は、キーボードやマウスポインタ等の公知の入力装置によって構成され、設定値等の各種情報を処理装置10に入力する。出力装置22は、表示装置、印刷装置、音声出力装置等の公知の出力装置によって構成され、処理装置10からの制御信号に従って各種情報を出力する。
【0024】
処理装置10は、物体充填層作成部11、空間データ作成部12、計算格子点作成部13、符号付距離関数計算部14、空間判定部15、流れ計算部16、及び温度推定部17を備えている。これら各部の機能は、情報処理装置内のCPU等の演算処理装置が記憶部に記憶されているコンピュータプログラムを実行することにより実現される。これら各部の機能については後述する。記憶部は、コンピュータ等に固定された記憶媒体やコンピュータ等から取り外し可能な記憶媒体であってもよい。コンピュータ等に固定された記憶媒体としては、EPROM(Erasable Programmable ROM)やハードディスクドライブ(HDD、Hard Disk Drive)を例示できる。
【0025】
コンピュータ等から取り外し可能な記録媒体としては、USB(Universal Serial Bus)メモリ、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、CD-ROM(Compact Disc-Read Only Memory)、CD-RW(Compact Disc-Rewritable)、DVD(Digital Versatile Disc)、BD(Blu-ray(登録商標) Disc)、DAT(Digital Audio Tape)、8mmテープ、メモリカード等を例示できる。SSD(Solid State Drive)は、コンピュータ等から取り外し可能な記憶媒体としてもコンピュータ等に固定された記憶媒体としても利用できる。また、コンピュータプログラムは、インターネット等の電気通信回線に接続されたコンピュータ上に格納し、電気通信回線経由でダウンロードさせることによって提供するように構成してもよい。また、コンピュータプログラムをインターネット等の電気通信回線を介して提供又は配布するように構成してもよい。
【0026】
このような構成を有する処理装置10は、以下に示す温度推定処理を実行することにより、予熱部2内に形成されたスクラップ充填層内の空隙を通過する排ガスG及びスクラップSの温度を推定する。以下、図3を参照して、温度推定処理を実行する際の処理装置10の動作について説明する。
【0027】
〔温度推定処理〕
図3は、本発明の一実施形態である温度推定処理の流れを示すフローチャートである。図3に示すフローチャートは、処理装置10に対して温度推定処理の実行命令が入力されたタイミングで開始となり、温度推定処理はステップS1の処理に進む。
【0028】
ステップS1の処理では、物体充填層作成部11が、三次元CADソフト等の形状作成ツールによって作成された種々の形状の複数のスクラップSのオブジェクトを用いて、予熱部2内にスクラップSが投入されて堆積していく様子をシミュレーションする。シミュレーション方法としては、運動方程式を用いて物体の動き(落下動作、接触動作等)をシミュレーションする方法を例示できる。そして、物体充填層作成部11は、シミュレーション結果を用いて、図4に示すような複数のスクラップSが堆積したスクラップ充填層の形状データを作成する。スクラップ充填層の形状データには、各スクラップSの形状データ(外観形状、寸法等)及びスクラップ充填層内における位置データが含まれる。なお、レーザースキャナー等の計測手法を用いて予熱部2内のスクラップ充填層の形状を実際に計測してスクラップ充填層の形状データを取得してもよい。これにより、ステップS1の処理は完了し、温度推定処理はステップS2の処理に進む。
【0029】
ステップS2の処理では、空間データ作成部12が、ステップS1の処理において作成されたスクラップ充填層の形状データを用いて、スクラップ充填層内を通過する排ガスG等の流体が流れる空間である流体空間のデータを作成する。具体的には、空間データ作成部12は、図5に示すようにスクラップ充填層を包含する空間のデータを流体空間のデータとして計算する。なお、計算したい領域がスクラップ充填層の一部である場合には、計算したい領域のみについて流体空間のデータを作成するようにしてもよい。これにより、ステップS2の処理は完了し、温度推定処理はステップS3の処理に進む。
【0030】
ステップS3の処理では、計算格子点作成部13が、ステップS1及びステップS2の処理において作成された流体空間内に数値計算のために必要となる計算格子点(メッシュポイント)を複数作成する。スクラップ充填層のある断面における計算格子点の一例を図6に示す。図6において、格子状の線の交点が計算格子点N、黒い領域がスクラップ、白い領域が流体空間を示す。なお、隣接する計算格子点の間隔はスクラップSの領域内に作成可能な計算格子点の間隔以下の大きさにするとよい。計算格子点の間隔を短くし、多数の計算格子点を作成すると計算時間は大きく伸びるが、計算精度を向上できる。また、必要とする領域に局所的に多数の計算格子点を設けても構わない。また、計算格子点の配置としては、計算格子点が規則正しく並ぶ構造格子の方が数値計算上都合がよく、また物体の形状に合わせやすい非構造格子であってもよい。これにより、ステップS3の処理は完了し、温度推定処理はステップS4の処理に進む。
【0031】
ステップS4の処理では、符号付距離関数計算部14が、ステップS3の処理において作成した各計算格子点について、最も近いスクラップS(物体)表面位置からの符号付距離を計算する。符号付距離は、最も近いスクラップS表面位置(計算格子点からスクラップ表面におろした垂線の位置)から対象となる計算格子点までの距離を示し、計算格子点がスクラップS内に位置すれば負の符号、流体空間内に位置しなければ正の符号が付与されたものである。但し、計算格子点がスクラップS内及び流体空間内のどちらに位置するか否かを判別できれば、どちらが正又は負の値になっても構わない。これにより、ステップS4の処理は完了し、温度推定処理はステップS5の処理に進む。
【0032】
ステップS5の処理では、空間判定部15が、ステップS4の処理において計算された符号付距離に基づいて、各計算格子点のデータに物体シグナル又は流体空間シグナルを付与する。具体的には、図7に示すように、処理対象の計算格子点NAについて計算された符号付距離(スクラップSの表面SFからの距離)が正の値である場合、空間判定部15は、その計算格子点NAはスクラップS内に位置すると判断し、計算格子点NAのデータに物体シグナルを付与する。一方、処理対象の計算格子点NBについて計算された符号付距離が負の値である場合には、空間判定部15は、その計算格子点NBは流体空間内に位置すると判断し、計算格子点NBのデータに流体空間シグナルを付与する。なお、シグナルとしては、例えば0、1等の数字を用いてもよいし、True、False等の記号を用いてもよい。これにより、ステップS5の処理は完了し、温度推定処理はステップS6の処理に進む。
【0033】
ステップS6の処理では、流れ計算部16が、有限体積法、有限差分法、有限要素法等を用いてナビエストークス方程式等の流体方程式を離散化する。そして、流れ計算部16は、ステップS3の処理において作成した複数の計算格子点及びステップS5の処理において各計算格子点に付与されたシグナルに基づいて、離散化した流体方程式を用いて各計算格子点において流体の速度を算出する。なお、当該流体の速度を算出する時には、速度等の物理変数が時間的に変化しない定常状態を仮定して計算する定常計算として構わないし、又は、物理変数が時間的に変化する過程を計算する非定常計算としても構わない。但し、スクラップ充填層内の流体空間は、局所的に狭い領域があったり、突然広い空間があったりと、変化が大きいため、計算上、質量保存則が崩れやすく、計算が不安定になり発散することが多い。また、局所的に狭い領域があることから、計算格子点の間隔を短くし、計算格子点を大量に設置しなくてはならならないために、計算時間が増大し、現実的な時間内に計算が終わらないことがある。
【0034】
このため、流体の速度の算出方法としては、流体方程式に格子ボルツマン方程式を用いる格子ボルツマン法を利用することが望ましい。ボルツマン方程式は、一般的によく利用される流体方程式の上位方程式であり、気体分子運動論を用いて導出される方程式である。連続の制約を付けることによりボルツマン方程式からナビエストークス方程式等の連続体の流体方程式が導出できる。ボルツマン方程式は、気体分子の衝突を仮定しているため、一般的には大量の計算が必要となるが、格子ボルツマン方程式は、気体分子の衝突をモデル化することにより計算量の削減できる。計算の際には、流体を仮想的な粒子と考え、仮想流体粒子の衝突を考えて計算するため、質量保存が崩れにくい。この格子ボルツマン法を局所的に狭い空間や突然広い空間が存在するスクラップ充填層内の流体空間に適用することで、安定して流体の速度を算出することができる。
【0035】
非定常計算の格子ボルツマン法は、粒子衝突で流体の動きを計算するため、陽解法的な計算となる。陽解法であれば、例えば次の時刻を更新するときに、現在の時刻の速度等の物理変数しか必要としない。このため、計算格子点のブロック毎に並列化を容易に行うことができ、並列計算による速度向上効果を簡単に実現できる。特に、多数の計算コアを有するGPU等の計算アクセラレータを格子ボルツマン法の並列計算に利用することにより、数100倍程度の計算速度向上も可能になる場合もある。スクラップ充填層内の流体空間の計算格子点のように計算格子点の数が多い流れ計算であっても、格子ボルツマン法を適用することにより、現実的な時間内で計算を完了することができる。
【0036】
流れ計算部16は、流体の境界条件及び物性を設定し、上記計算方法を利用した流体計算により流体空間内における流体の速度を求める。詳しくは、流れ計算部16は、流体の流入箇所には速度又は圧力の流入境界条件を設定し、壁となる領域には流れが貫通しない壁境界条件を設定し、流体の流出箇所には圧力、速度、又は内部のものがそのまま流れ出る流出境界条件を設定する。例えば、流れ計算部16は、図8に示すように、流体空間の下側の境界を流入境界、流体空間の周囲を壁境界、流体空間の上側を流出境界として設定し、各境界に対して境界条件を設定する。なお、図中の符号LAはスクラップ充填層を示す。流体物性としては、流体空間シグナルが付与された計算格子点に流体の粘性や密度等の流体計算に必要な流体物性を与える。そして、流れ計算部16は、各種条件を設定した後、非定常の場合であれば初期条件を与え、数値的に流体計算を行い、流体空間内(流体空間シグナルが付与された計算格子点)の流体の速度を数値的に計算して求める。流体の速度の計算例を図9に示す。図9に示す例からは、スクラップS間の流体の流れを計算できていることがわかる。これにより、ステップS6の処理は完了し、温度推定処理はステップS7の処理に進む。
【0037】
ステップS7の処理では、温度推定部17が、図8に示す各境界に対して温度境界条件を設定する。そして、温度推定部17は、ステップS6の処理において計算された流体空間における流体の速度及び離散化した熱移流拡散方程式を用いて、スクラップS(物体)及び流体の温度を推定する。推定されたスクラップS及び流体の温度分布の一例を図10に示す。図10に示す例から、初期温度のスクラップが排ガスの熱を奪い、排ガス温度が低下していることが確認できる。また、排ガスによってスクラップSの温度が上昇していることも確認できる。これにより、計算が難しいスクラップ充填層やスクラップ充填層内を流れる排ガスの温度を予測できる。
【0038】
なお、スクラップ及び排ガスの一方の温度のみを計算するようにしてもよい。また、温度推定部17は、上述した格子ボルツマン法を温度に適用してスクラップS及び流体の温度を推定しても構わない。また、計算格子点は、流れ計算部16が使用した計算格子点と同じでも構わないし、計算を安定化させるために各計算格子点を頂点とする多面体を考え、多面体の中心を温度計算点とするスタッカード格子を利用しても構わない。また、温度を推定する際には、温度推定部17は、各計算格子点の物体シグナル又は流体空間シグナルに応じて、各計算格子点にスクラップS又は流体空間に対応する熱伝導率、密度、比熱等の熱物性を与える。スタッカード格子を利用する場合は、物体シグナルが付与された計算格子点にはスクラップSの熱物性を、流体空間シグナルが付与された計算格子点には流体の熱物性を与える。
【0039】
また、温度推定部17は、物体シグナルが付与された計算格子点と流体空間シグナルが付与された計算格子点に隣接する計算格子点については、流体と固体との熱移動である熱伝達が生じるため、熱伝達率を付与する。熱伝達率は、ニュートン冷却の法則を熱伝達率項として付与するとよい。熱伝達率が付与された計算格子点については、温度推定部17は熱拡散移流方程式のソース項に熱伝達による熱移動を表す熱伝達率項を設定する。流体の温度は、流れ計算部16が求めたある時刻の速度を固定して定常的に計算しても構わないし、ある時刻で求めた流体空間の速度に基づいてある時刻の温度を計算していく非定常計算でも構わない。また、温度推定部17で求めた温度に基づいて流体粘性等の物性値を変えて再度流れ計算部16で流体の速度を計算しても構わない。非定常温度計算の場合は、初期条件の温度を各計算格子点に設定し、流入境界に流体の境界温度条件を与えて、時刻毎に設定した温度計算法を適用することで、各時刻で変化する温度を求めることができる。これにより、ステップS7の処理は完了し、一連の温度推定処理は終了する。
【0040】
以上の説明から明らかなように、本発明の一実施形態である温度推定処理では、空間データ作成部12が、スクラップ充填層の形状データから流体が流れる空間である流体空間のデータを作成し、計算格子点作成部13が、流体空間内に計算格子点を作成し、符号付距離関数計算部14が、各計算格子点について、計算格子点の位置がスクラップ内にあるか否かに応じて符号が異なる、計算格子点とスクラップの表面との間の距離を示す符号付距離を算出する。そして、空間判定部15が、計算された符号付距離に基づいて、各計算格子点がスクラップ内に位置するか否かを判別し、流れ計算部16が、スクラップ内にないと判別された計算格子点において流体方程式を解くことにより、流体空間内における流体の速度を算出し、温度推定部17が、算出された流体の速度を用いて各計算格子点において熱移流拡散方程式を解くことにより、流体及びスクラップの温度を推定する。これにより、スクラップ充填層内の空隙を通過する流体及びスクラップの温度を精度よく推定することができる。
【0041】
(利用例1:炉の操業方法)
本発明に係る炉の操業方法は、実施形態に係る温度推定方法を利用する。具体的には、ステップS7の処理の後に、推定されたスクラップS及び流体の温度に基づいて予熱部2に投入するスクラップSの量や黒鉛電極3から発生するアーク熱やバーナー等の熱源を制御する制御ステップを含む。温度指定処理のすぐ後に当該制御ステップを行ってもよいが、温度推定処理は制御ステップの前に別に行い、炉内に装入された物体及び/又は炉内の流体の温度を予め算出しておいてもよい。また、炉は、本実施の形態で説明した電気炉1のように予熱部2を備えていてもよい。この場合は、「炉」に予熱部2も含まれる。本実施の形態に係る温度推定方法を利用することで、エネルギーコストを小さくする操業を行うことができる。また、計算されたスクラップS及び流体の温度に基づいてスクラップの投入の仕方を工夫することにより、スクラップSに対する着熱の偏りを小さくして安定的な電気炉1の操業を実現することができる。
【0042】
(利用例2:炉の設計方法)
実施形態に係る温度推定方法は、物体が充填される炉の設計方法に利用できる。この場合、当該温度推定方法を用いて炉内に装入された物体及び/又は炉内の流体の温度を予め推定する。そして、推定された炉内に装入された物体及び/又は炉内の流体の温度に基づいて、炉の形状及び/又は熱源の仕様を設定する。また、炉は、本実施の形態で説明した電気炉1のように予熱部2を備えていてもよい。この場合は、「炉」に予熱部2も含まれる。
【0043】
(利用例3:炉の操業プロセスの開発方法)
実施形態に係る温度推定方法は、物体が充填される炉の操業プロセスの開発方法に利用できる。この場合、当該温度推定方法を用いて炉内に装入された物体及び/又は炉内の流体の温度を予め推定する。そして、推定された炉内に装入された物体及び/又は炉内の流体の温度に基づいて、炉内に装入する物体の量及び/又は熱源の制御を含む炉の操業プロセスを開発する。
【0044】
(利用例4:炉内の物体の充填状態の設定方法)
実施形態に係る温度推定方法は、炉内に装入される物体の充填状態の決定方法に利用できる。この場合、当該温度推定方法を用いて炉内に装入された物体及び/又は炉内の流体の温度を予め推定する。そして、推定された炉内に装入された物体及び/又は炉内の流体の温度に基づいて、炉内に装入する物体の量及び/又は充填時の配置を設定する。
【0045】
以上、本発明者らによってなされた発明を適用した実施の形態について説明したが、本実施形態による本発明の開示の一部をなす記述及び図面により本発明が限定されることはない。すなわち、本実施形態に基づいて当業者等によりなされる他の実施の形態、実施例、及び運用技術等は全て本発明の範疇に含まれる。
【符号の説明】
【0046】
1 電気炉
2 予熱部
3 黒鉛電極
4 溶解部
10 処理装置
11 物体充填層作成部
12 空間データ作成部
13 計算格子点作成部
14 符号付距離関数計算部
15 空間判定部
16 流れ計算部
17 温度推定部
21 入力装置
22 出力装置
G 排ガス
N、NA、NB 計算格子点
S スクラップ
SA 溶鉄
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10