IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 凸版印刷株式会社の特許一覧 ▶ 公益財団法人がん研究会の特許一覧

<>
  • 特開-抗がん剤の評価方法 図1
  • 特開-抗がん剤の評価方法 図2
  • 特開-抗がん剤の評価方法 図3
  • 特開-抗がん剤の評価方法 図4
  • 特開-抗がん剤の評価方法 図5
  • 特開-抗がん剤の評価方法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025002578
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】抗がん剤の評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20241226BHJP
   C12N 5/09 20100101ALN20241226BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12N5/09
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023102855
(22)【出願日】2023-06-22
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 第27回日本がん分子標的治療学会学術集会 プログラム・抄録集、第99ページ、2023年5月19日
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.PHOTOSHOP
(71)【出願人】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】TOPPANホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000173588
【氏名又は名称】公益財団法人がん研究会
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 祐生
(72)【発明者】
【氏名】横川 由麻
(72)【発明者】
【氏名】片山 量平
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QQ63
4B063QR68
4B063QX01
4B065AA90X
4B065BB04
4B065BB15
4B065BB19
4B065BB25
4B065BB37
4B065BB38
4B065BC03
4B065BC07
4B065BC11
4B065BC46
4B065BD15
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】培養細胞を用いたアッセイ系による抗がん剤の薬効評価において、担がん動物モデルを用いた場合に得られる評価により近い評価が得られる方法の提供。
【解決手段】がん細胞及び間質細胞を含む細胞構造体を、1種又は2種以上の抗がん剤の存在下で培養する培養工程と、前記培養工程後の前記細胞構造体中のがん細胞中の増殖能を有する細胞の数を指標として、前記抗がん剤の抗がん効果を評価する評価工程とを有し、前記がん細胞が、肝細胞増殖因子、胎盤増殖因子、又は血管内皮成長因子により刺激されるシグナル伝達経路が、正常細胞よりも活性化している、抗がん剤の評価方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
がん細胞及び間質細胞を含む細胞構造体を、1種又は2種以上の抗がん剤の存在下で培養する培養工程と、
前記培養工程後の前記細胞構造体中のがん細胞中の増殖能を有する細胞の数を指標として、前記抗がん剤の抗がん効果を評価する評価工程と、
を有し、
前記がん細胞が、肝細胞増殖因子、胎盤増殖因子、又は血管内皮成長因子により刺激されるシグナル伝達経路が、正常細胞よりも活性化している、抗がん剤の評価方法。
【請求項2】
前記シグナル伝達経路が、ERK/MAPK経路、PI3K/AKT経路、Jak-STAT経路、又はWNT/β-Catenin経路である、請求項1に記載の抗がん剤の評価方法。
【請求項3】
前記がん細胞が、HER2陽性がん細胞、ALK陽性がん細胞、BRAF陽性がん細胞、及びROS1陽性がん細胞からなる群より選択される1種以上である、請求項1に記載の抗がん剤の評価方法。
【請求項4】
前記抗がん剤が、肝細胞増殖因子、胎盤増殖因子、血管内皮成長因子、又は塩基性線維芽細胞増殖因子により刺激されるシグナル伝達経路を構成する分子又はこれを活性化する分子を標的とする、請求項1に記載の抗がん剤の評価方法。
【請求項5】
前記抗がん剤が、HER2阻害剤、ALK阻害剤、BRAF阻害剤、又はWNT阻害剤である、請求項4に記載の抗がん剤の評価方法。
【請求項6】
前記間質細胞が、繊維芽細胞、樹状細胞、マクロファージ、及び肥満細胞からなる群より選択される1種以上である、請求項1に記載の抗がん剤の評価方法。
【請求項7】
前記細胞構造体が、外表面にがん細胞層を有している、請求項1に記載の抗がん剤の評価方法。
【請求項8】
前記細胞構造体が、前記間質を構成する細胞として、血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞からなる群より選択される1種以上と、繊維芽細胞とを含み、
前記細胞構造体中の血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞の総細胞数が、繊維芽細胞の細胞数の0.1%以上である、請求項1に記載の抗がん剤の評価方法。
【請求項9】
前記細胞構造体の厚さが5μm以上である、請求項1に記載の抗がん剤の評価方法。
【請求項10】
前記細胞構造体が、脈管網構造を備える、請求項1に記載の抗がん剤の評価方法。
【請求項11】
前記がん細胞が、がん患者から採取されたがん細胞である、請求項1に記載の抗がん剤の評価方法。
【請求項12】
前記培養工程における培養時間が、24~96時間である、請求項1に記載の抗がん剤の評価方法。
【請求項13】
前記培養工程の前に、
(a)カチオン性緩衝液中で、細胞と細胞外マトリックス成分と高分子電解質とを混合して混合物を得る工程と、
(b)前記工程(a)により得られた混合物を、細胞培養容器中に播種する工程と、
(c)前記工程(b)の後、当該細胞培養容器中に細胞が多層に積層された細胞構造体を得る工程と、
により、前記細胞構造体を製造する、請求項1に記載の抗がん剤の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗がん剤の抗がん効果を、動物モデルを用いることなく、in vitroの系でより信頼性の高い評価を行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗がん剤の開発又はがん治療における適切な抗がん剤の選択のために、in vitroのアッセイ系により、がん細胞に対する抗がん剤の作用を評価することが行われている。また、国内製薬企業における薬剤承認率は0.1%ときわめて低く、その成功率を上げるために、薬剤候補物質が所望の薬効を有することが確からしいかを早期判断する必要があり、信頼性の高い薬効評価方法が求められている。特に、従来の動物モデルの限界も製薬企業から新薬がなかなか出てこない一つの理由とされており、製薬企業は、動物モデルに代わるより生体内の環境を再現した薬剤評価モデルを求めている。
【0003】
in vitroの系で行う抗がん剤の評価方法としては、従来から、2次元(平面)培養したがん細胞に対して抗がん剤を投与し、増殖に対する影響を調べてその抗がん効果を評価方法が行われている。しかし、当該評価方法において抗がん効果が高いと評価された抗がん剤であっても、実際に動物に投与した場合には期待する抗がん効果が得られない場合が多い。このため、従来のin vitroの評価方法では、がん治療において適切な抗がん剤を選択することができず、がん治療の成績向上が果せないことがあった。
【0004】
in vitroのアッセイ系においては、生体内により近しい環境下の細胞を用いることにより、生体内における抗がん効果がより正確に反映されると期待される。例えば、特許文献1には、コラーゲンゲルの滴塊内でがん細胞と免疫細胞を共存させて培養し、得られたスフェロイドを用いて薬剤の抗がん評価を行う方法が開示されている。また、間質細胞を2種類の細胞外マトリックス成分で交互に被覆した被覆細胞を調製し、これらを積層させて互いに接着させた後に培養することによって構築した細胞構造体を、薬物応答を評価するためのin vitroのアッセイ系で使用する方法がある(特許文献2)。さらに、間質細胞を、カチオン性緩衝液、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質を少なくとも含む溶液に懸濁した細胞混合物を基材上に集めた後に培養することによって構築された細胞構造体を、抗がん剤の評価に使用する方法も報告されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008-11797号公報
【特許文献2】特許第5850419号公報
【特許文献3】国際公開第2017/183673号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Raghav et al, Translational Lung Cancer Research, 2012, vol.1(3), p.179-193.
【非特許文献2】Owen et al, Cancers, 2019, vol.11, 2002.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
スフェロイド培養などの3次元培養法は、従来の2次元培養法よりも生体内環境をより良く再現するとされている。しかしながら、3次元培養で得られた細胞構造体と2次元培養細胞とで、抗がん剤をはじめとする薬剤に対する感受性に大きな差がなく、担がん動物モデルとは大きく結果が異なる例も少なくない。
【0008】
本発明の解決すべき課題は、培養細胞を用いたアッセイ系による抗がん剤の薬効評価において、担がん動物モデルを用いた場合に得られる評価により近い評価が得られる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決せんと鋭意研究を重ねたところ、がん細胞の抗がん剤に対する感受性は、間質組織から分泌される成長因子、例えば、肝細胞増殖因子(HGF)、胎盤増殖因子(PIGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、及び塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)の影響を受ける場合があること、このため、これらの成長因子の下流の細胞内シグナル伝達経路が、正常細胞よりも活性化されているがん細胞に対する薬効評価は、当該がん細胞と間質細胞を含む3次元細胞構造体を用いることにより、担がん動物モデルを用いた場合に得られる評価に近い薬効評価が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明の第一態様に係る抗がん剤の評価方法は、がん細胞及び間質細胞を含む細胞構造体を、1種又は2種以上の抗がん剤の存在下で培養する培養工程と、前記培養工程後の前記細胞構造体中のがん細胞中の増殖能を有する細胞の数を指標として、前記抗がん剤の抗がん効果を評価する評価工程と、を有し、前記がん細胞が、肝細胞増殖因子、胎盤増殖因子、血管内皮成長因子、又は塩基性線維芽細胞増殖因子により刺激されるシグナル伝達経路が、正常細胞よりも活性化している。
前記本発明の第一態様において、前記シグナル伝達経路が、ERK/MAPK経路、PI3K/AKT経路、Jak-STAT経路、又はWNT/β-Catenin経路であることが好ましい。
前記本発明の第一態様において、前記がん細胞が、HER2陽性がん細胞、ALK陽性がん細胞、BRAF陽性がん細胞、及びROS1陽性がん細胞からなる群より選択される1種以上であることが好ましい。
前記本発明の第一態様において、前記抗がん剤が、肝細胞増殖因子、胎盤増殖因子、又は血管内皮成長因子により刺激されるシグナル伝達経路を構成する分子又はこれを活性化する分子を標的とすることが好ましい。
前記本発明の第一態様において、前記抗がん剤が、HER2阻害剤、ALK阻害剤、BRAF阻害剤、又はWNT阻害剤であることが好ましい。
前記本発明の第一態様において、前記間質細胞が、繊維芽細胞、樹状細胞、マクロファージ、及び肥満細胞からなる群より選択される1種以上であることが好ましい。
前記本発明の第一態様において、前記細胞構造体が、外表面にがん細胞層を有していることが好ましい。
前記本発明の第一態様において、前記細胞構造体が、前記間質を構成する細胞として、血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞からなる群より選択される1種以上と、繊維芽細胞とを含み、前記細胞構造体中の血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞の総細胞数が、繊維芽細胞の細胞数の0.1%以上であってもよい。
前記本発明の第一態様において、前記細胞構造体の厚さが5μm以上であってもよい。
前記本発明の第一態様において、前記細胞構造体が、脈管網構造を備えていてもよい。
前記本発明の第一態様において、前記がん細胞が、がん患者から採取されたがん細胞であってもよい。
前記本発明の第一態様において、前記培養工程における培養時間が、24~96時間であってもよい。
前記本発明の第一態様において、前記培養工程の前に、(a)カチオン性緩衝液中で、細胞と細胞外マトリックス成分と高分子電解質とを混合して混合物を得る工程と、(b)前記工程(a)により得られた混合物を、細胞培養容器中に播種する工程と、(c)前記工程(b)の後、当該細胞培養容器中に細胞が多層に積層された細胞構造体を得る工程と、により、前記細胞構造体を製造してもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る抗がん剤の評価方法は、in vitroの評価系であるにもかかわらず、抗がん剤の薬効について、担がん動物モデルを用いた場合に得られる評価に近い薬効評価を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例1において、非小細胞肺がん細胞LCC007株のLapatinibに対する感受性評価結果を示した図である。図1(A)は、各細胞群の相対細胞生存率(%)を経時的に測定した結果を、図1(B)は、各マウス群の腫瘍体積を経時的に測定した結果を、それぞれ示す。
図2】実施例1において、非小細胞肺がん細胞LCC381株のLapatinibに対する感受性評価結果を示した図である。図2(A)は、各細胞群の相対細胞生存率(%)を経時的に測定した結果を、図2(B)は、各マウス群の腫瘍体積を経時的に測定した結果を、それぞれ示す。
図3】実施例2において、NHDFとHUVECを2D培養した培養上清と3D培養した培養上清中のHGF、VEGF、PIGF、及びbFGFの量を測定した結果を示した図である。
図4】実施例3において、非小細胞肺がん細胞LCC007株を2D培養した細胞、LCC007株をNHDF及びHUVECと3D培養した細胞構造体、及び、LCC007株を移植した担がんマウス中の腫瘍組織における、HGFにより刺激されるシグナル伝達経路中の分子の活性化状態を調べるために、ウェスタンブロッティングを行った画像である。
図5】実施例4において、非小細胞肺がん細胞LCC028-3株のALK阻害剤に対する感受性評価結果(図5(A))と大腸がん細胞JC215株のBRAF阻害剤に対する感受性評価結果(図5(B))を示した図である。
図6】実施例4において、大腸がん細胞JC215株のWNT阻害剤に対する感受性評価結果(図6(A))と非小細胞肺がん細胞LCC168株のWNT阻害剤に対する感受性評価結果(図6(B))を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本実施形態及び本願明細書において、「細胞構造体」とは、複数の細胞層が積層された3次元構造体である。「細胞層」とは、細胞構造体の厚み方向の断面の切片画像において、細胞核を認識できる倍率、つまり、染色した切片の厚みの全体が視野に入る倍率で観察した際に、厚み方向と直交する方向に存在し、厚み方向に対して細胞核が重ならないで存在する一群の細胞及び間質によって構成される層のことである。また、「層状」とは、異なる細胞層が厚み方向に2層以上重ねられているという意味である。
【0014】
本明細書及び本願明細書において、「細胞集合体」とは細胞の集団を意味する。細胞集合体には、遠心分離や濾過などによって得られる細胞の沈殿体(細胞を沈殿させることにより形成された細胞の集合体)も含まれる。ある実施形態では、細胞集合体はスラリー状の粘稠体である。本明細書において、「スラリー状の粘稠体」とは、Akihiro Nishiguchi et al., Macromol Biosci. 2015 Mar;15(3):312-7に記載されるようなゲル様の細胞集合体を指す。
【0015】
本発明の第一実施形態に係る抗がん剤の評価方法について説明する。
本発明の第一実施形態に係る抗がん剤の評価方法(以下、「本実施形態に係る評価方法」ということがある。)は、がん細胞及び間質を構成する細胞(間質細胞)を含む細胞構造体を、1種又は2種以上の抗がん剤の存在下で培養する培養工程と、前記培養工程後の前記細胞構造体中のがん細胞中の増殖能を有する細胞の数を指標として、前記抗がん剤の抗がん効果を評価する評価工程と、を有する。
【0016】
本実施形態に係る評価方法は、がん細胞及び間質を構成する細胞(間質細胞)を含む細胞構造体(以下、「本実施形態に係る細胞構造体」ということがある。)を用いて抗がん効果を評価することを特徴とする。本実施形態に係る細胞構造体は、間質細胞から形成される三次元構造の内部又は表面に、抗がん剤の薬効を評価する目的のがん細胞を含む細胞構造体である。間質は生体内のがん微小環境において重要な構成である。特に、生体内のがん細胞は、周囲の間質細胞と相互作用して微小環境を形成しており、当該微小環境は、抗がん剤に対する感受性に影響を与えている。つまり、間質細胞が積層して形成する三次元構造を有する細胞構造体(積層型人工間質組織)にがん細胞を共存させることによって、生体内のがん細胞の環境を再現し、生体内における抗がん作用を適切に評価できるようになる。このため、当該細胞構造体を用いることによって、in vitroの評価系であっても、ヒトの臨床結果をより反映した抗がん剤の評価が可能となり、信頼性の高い評価が得られる。
【0017】
本実施形態に係る細胞構造体は、間質細胞が、生体内の間質組織のような三次元構造に形成されているため、生体内間質組織と同様に、各種の成分が分泌される。がん細胞の薬剤感受性はこの分泌物の影響を受けるが、どのような影響を受けるかは、がん細胞と薬剤の種類に依存する。本実施形態に係る細胞構造体中の間質細胞は、HGF、PIGF、VEGF、及びbFGFを分泌しているため、当該細胞構造体中のがん細胞は、生体内の間質組織中のがん細胞と同様に、これらの成長因子の影響下にある。このため、本実施形態に係る細胞構造体中のがん細胞の薬剤感受性は、生体内のがん細胞と近しくなり、本実施形態に係る評価方法により、担がん動物モデルを用いた場合に得られる評価に近い薬効評価を得ることができる。
【0018】
本実施形態に係る評価方法は、特に、HGF、PIGF、VEGF、又はbFGFにより刺激されるシグナル伝達経路が、正常細胞よりも活性化しているがん細胞に好ましく適用される。すなわち、本実施形態に係る細胞構造体に含まれるがん細胞は、HGF、PIGF、VEGF、又はbFGFにより刺激されるシグナル伝達経路が、正常細胞よりも活性化しているがん細胞であることが好ましい。これらの成長因子により刺激されるシグナル伝達経路が活性化しているがん細胞では、これらの成長因子の存在下と非存在下では、抗がん剤に対する感受性が大きく異なる。例えば、シグナル伝達経路の活性化が抗がん剤に対して耐性化(感受性の低下)を引き起こすがん細胞では、当該シグナル伝達経路を刺激する成長因子の存在下では、非存在下に比べて、抗がん剤に対する感受性が低下する。逆に、シグナル伝達経路の活性化が抗がん剤に対して感受性化(感受性の亢進)を引き起こすがん細胞では、当該シグナル伝達経路を刺激する成長因子の存在下では、非存在下に比べて、抗がん剤に対する感受性が高くなる。このため、これらの成長因子が不十分なin vitroのアッセイ系での評価では、動物モデルを用いた場合の評価との乖離が非常に大きくなる。本実施形態に係る細胞構造体を用いることにより、このようながん細胞についても、より信頼性の高い薬効評価を得ることができる。
【0019】
HGF、PIGF、VEGF、又はbFGFにより刺激されるシグナル伝達経路としては、特に限定されるものではない。また、1種類の成長因子により刺激されるシグナル伝達経路が2種類以上ある場合、少なくとも1種類が活性化されていればよい。例えば、HGFは、肝細胞増殖因子受容体(MET)のリガンドであり、HGFとの結合により活性化したMETにより、細胞内のERK/MAPK経路やPI3K/AKT経路、WNT/β-Catenin経路が活性化される(非特許文献1)。また、VEGFは、血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGFR)のリガンドであり、VEGFとの結合により活性化したVEGFRにより、細胞内のJak-STAT経路が活性化される(非特許文献2)。
【0020】
HGF、PIGF、VEGF、又はbFGFにより刺激されるシグナル伝達経路が活性化しているか否かは、例えば、各シグナル伝達経路を構成するいずれかの分子について、活性化された分子(例えば、リン酸化された分子、遺伝子変異を起こした分子等)の細胞内における存在量を指標にして判断することができる。
【0021】
シグナル伝達経路を構成する分子のうち、リン酸化により活性化される分子としては、例えば、ERK/MAPK経路では、ERK、MAPK等が挙げられる。PI3K/AKT経路では、例えば、Akt、S6等が挙げられる。Jak-STAT経路では、例えば、Jak、STAT等が挙げられる。
【0022】
シグナル伝達経路を構成する分子のうち、リン酸化により活性化される分子Aについて、正常細胞では当該分子のリン酸化分子pAは検出されていないが、がん細胞では当該リン酸化分子pAが検出された場合に、当該がん細胞は、当該シグナル伝達経路が活性化しているがん細胞であるといえる。また、[がん細胞内のリン酸化分子pAの量(相対値)]/[正常細胞内のリン酸化分子pAの量(相対値)]が1.1以上、好ましくは1.2以上、より好ましくは1.5以上の場合にも、当該がん細胞は、当該シグナル伝達経路が活性化しているがん細胞であるといえる。リン酸化された分子の量は、例えば、当該分子を特異的に認識する抗体を用いたウェスタンブロッティング法等の公知の方法で測定することができる。
【0023】
シグナル伝達経路を構成する分子のうち、遺伝子変異により恒常的に活性化してしまう分子としては、例えば、ERK/MAPK経路では、Ras変異、Raf変異等が挙げられる。PI3K/AKT経路では、例えば、Akt変異、PI3K変異、PTEN変異、等が挙げられる。WNT/β-Catenin経路では、例えば、β-Catenin、Wnt等が挙げられる。Jak-STAT経路では、例えば、Jak、STAT等が挙げられる。
【0024】
HGF、PIGF、VEGF、又はbFGFにより刺激されるシグナル伝達経路が活性化しているがん細胞としては、具体的には、例えば、HER2陽性がん細胞(HER2遺伝子の遺伝子異常によりHER2発現量が増大しているがん細胞)、ALK陽性がん細胞(ALK融合遺伝子を有するがん細胞)、BRAF陽性がん細胞(BRAF遺伝子の遺伝子変異を有するがん細胞)、及びROS1陽性がん細胞(ROS1融合遺伝子を有するがん細胞)が挙げられる。本実施形態に係る評価方法においては、これらのがん細胞の1種又は2種以上の抗がん剤に対する感受性を評価することが好ましい。
【0025】
<細胞構造体>
本実施形態において用いられる細胞構造体(本実施形態に係る細胞構造体)は、がん細胞及び間質細胞によって構築されている。本実施形態に係る細胞構造体に含まれる間質細胞は、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。本実施形態に係る細胞構造体に含まれるがん細胞は、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。なお、がん細胞とは、体細胞から派生して無限の増殖能を獲得した細胞である。
【0026】
本実施形態に係る細胞構造体を構成する間質細胞やがん細胞を含む細胞は特に限定されなく、動物から採取された細胞であってもよく、動物から採取された細胞を培養した細胞であってもよく、動物から採取された細胞に各種処理を施した細胞であってもよく、培養細胞株であってもよい。動物から採取された細胞の場合、採取部位は特に限定されず、骨、筋肉、内臓、神経、脳、骨、皮膚、血液などに由来する体細胞であってもよく、生殖細胞であってもよく、胚性幹細胞(ES細胞)であってもよい。また、本実施形態に係る細胞構造体を構成する細胞が由来する生物種は特に限定されなく、例えば、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウシ、マウス、ラット等の動物に由来する細胞を用いることができる。動物から採取された細胞を培養した細胞としては、初代培養細胞であってもよく、継代培養細胞であってもよい。また、各種処理を施した細胞としては、誘導多能性幹細胞細胞(iPS細胞)や、分化誘導後の細胞が挙げられる。また、本実施形態に係る細胞構造体は、同種の生物種由来の細胞のみから構成されていてもよく、複数種類の生物種由来の細胞により構成されていてもよい。
【0027】
間質細胞としては、例えば、内皮細胞、線維芽細胞、神経細胞、肥満細胞、上皮細胞、心筋細胞、肝細胞、膵島細胞、組織幹細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。本実施形態に係る細胞構造体に含まれる間質細胞は、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。本実施形態に係る細胞構造体に含まれる間質細胞の細胞種としては、特に限定されなく、含有させるがん細胞の由来や種類、評価に使用される抗がん剤の種類、目的の抗がん活性が奏される生体内の環境等を考慮して、適宜選択することができる。
【0028】
血管網構造やリンパ管網構造は、がん細胞の増殖や活性に重要である。このため、本実施形態に係る細胞構造体は、脈管網構造を備えるものが好ましい。すなわち、本実施形態に係る細胞構造体としては、脈管を形成していない細胞の積層体の内部に、リンパ管及び/又は血管等の脈管網構造が三次元的に構築され、より生体内に近い組織を構築しているものが好ましい。脈管網構造は、細胞構造体の内部にのみ形成されていてもよく、少なくとも脈管網構造の一部が細胞構造体の表面又は底面に露出されるように形成されていてもよい。なお、本実施形態及び本願明細書において、「脈管網構造」とは、生体組織における血管網やリンパ管網のような、網状の構造を指す。
【0029】
脈管網構造は、間質細胞として脈管を構成する内皮細胞を含むことにより形成させることができる。本実施形態に係る細胞構造体に含まれる内皮細胞としては、血管内皮細胞であってもよく、リンパ管内皮細胞であってもよい。また、血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞との両方を含んでいてもよい。
【0030】
本実施形態に係る細胞構造体が脈管網構造を備える場合、当該細胞構造体中の内皮細胞以外の細胞としては、内皮細胞が本来の機能及び形状を保持する脈管網を形成しやすいことから、生体内において脈管の周辺組織を構成する細胞であることが好ましく、生体内のがん微小環境とより近似させられることから、内皮細胞以外の細胞として少なくとも線維芽細胞を含む細胞がより好ましく、血管内皮細胞と線維芽細胞を含む細胞、リンパ管内皮細胞と線維芽細胞を含む細胞、又は血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞と線維芽細胞を含む細胞がさらに好ましい。なお、細胞構造体に含まれる内皮細胞以外の細胞としては、内皮細胞と同種の生物種由来の細胞であってもよく、異種の生物種由来の細胞であってもよい。
【0031】
本実施形態に係る細胞構造体中の内皮細胞の数は、脈管網構造が形成されるのに充分な数であれば特に限定されなく、細胞構造体の大きさ、内皮細胞や内皮細胞以外の細胞の細胞種等を考慮して適宜決定することができる。例えば、本実施形態に係る細胞構造体を構成する全細胞に対する内皮細胞の存在比(細胞数比)を0.1%以上にすることによって、脈管網構造が形成された細胞構造体を調製できる。内皮細胞以外の細胞として線維芽細胞を用いる場合、本実施形態に係る細胞構造体における内皮細胞数は、線維芽細胞数の0.1%以上であることが好ましく、0.1~5.0%であることがより好ましい。内皮細胞として血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞の両方を含む場合、血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞の総細胞数が、線維芽細胞数の0.1%以上であることが好ましく、0.1~5.0%であることがより好ましい。
【0032】
本実施形態に係る細胞構造体中のがん細胞の数は、特に限定されないが、より生体内のがん微小環境とより近似させられることから、細胞構造体中のがん細胞数に対する内皮細胞数の比率([内皮細胞数]/[がん細胞数])が0超(0より大きく)1.5以下であることが好ましい。また、内皮細胞と線維芽細胞とがん細胞を含む細胞構造体を用いる場合には、細胞構造体中のがん細胞数に対する線維芽細胞数の比率([線維芽細胞数]/[がん細胞数])が0.6~100であることが好ましく、50~100であることがより好ましい。
【0033】
本発明に係る細胞構造体を構成する総細胞数は、特に限定されるものではないが、脈管内皮細胞による層がその他の細胞集団を内包した構造が形成されやすいこと、及び形成された細胞構造体の観察がしやすいことなどの点から、理論細胞層数が15~25層となる細胞数であることが好ましい。なお、理論細胞層数とは、下記式で表される。式中、「N」は細胞構造体を構成する全細胞の数、「N」は同種の基材に同種の細胞で細胞構造体を構築した際の1層当たりの細胞数、「L」が理論細胞層数を表す。
【0034】
[L]=[N]/[N
【0035】
は、実験的に求めることができる。例えば、96ウェルプレートを基材とし、0.9×10個のNHDFと0.0135×10個のHUVECで細胞懸濁液を調製した場合、構築された細胞構造体では、20核程度が縦に積み重なっている。そこで、96ウェルプレートを基材とし、NHDFとHUVECを用いて構築された細胞構造体の場合、Nは、0.45×10個とする。
【0036】
本実施形態に係る細胞構造体に含まれるがん細胞としては、株化された培養細胞であってもよく、がん患者から採取されたがん細胞であってもよい。がん患者から採取されたがん細胞は、予め培養して増殖させた細胞であってもよい。具体的には、がん患者から採取された初代がん細胞、人工培養がん細胞、iPSがん幹細胞、がん幹細胞、がん治療の研究や抗がん剤の開発に利用するために予め準備されている株化がん細胞等が挙げられる。また、ヒト由来のがん細胞であってもよく、ヒト以外の動物由来のがん細胞であってもよい。なお、本実施形態に係る細胞構造体ががん患者から採取されたがん細胞を含む場合、がん患者から採取されたがん細胞以外の細胞も、がん細胞と共に含んでいてもよい。がん細胞以外の細胞としては、例えば、術後摘出した固形組織内に含まれる1種類以上の細胞が挙げられる。
【0037】
本実施形態に係る細胞構造体に含めるがん細胞の由来となるがんとしては、例えば、乳がん(例えば、浸潤性乳管がん、非浸潤性乳管がん、炎症性乳がん等)、前立腺がん(例えば、ホルモン依存性前立腺がん、ホルモン非依存性前立腺がん等)、膵がん(例えば、膵管がん等)、胃がん(例えば、乳頭腺がん、粘液性腺がん、腺扁平上皮がん等)、肺がん(例えば、非小細胞肺がん、小細胞肺がん、悪性中皮腫等)、結腸がん(例えば、消化管間質腫瘍等)、直腸がん(例えば、消化管間質腫瘍等)、大腸がん(例えば、家族性大腸がん、遺伝性非ポリポーシス大腸がん、消化管間質腫瘍等)、小腸がん(例えば、非ホジキンリンパ腫、消化管間質腫瘍等)、食道がん、十二指腸がん、舌がん、咽頭がん(例えば、上咽頭がん、中咽頭がん、下咽頭がん等)、頭頚部がん、唾液腺がん、脳腫瘍(例えば、松果体星細胞腫瘍、毛様細胞性星細胞腫、びまん性星細胞腫、退形成性星細胞腫等)、神経鞘腫、肝臓がん(例えば、原発性肝がん、肝外胆管がん等)、腎臓がん(例えば、腎細胞がん、腎盂と尿管の移行上皮がん等)、胆嚢がん、胆管がん、膵臓がん、肝がん、子宮内膜がん、子宮頸がん、卵巣がん(例、上皮性卵巣がん、性腺外胚細胞腫瘍、卵巣性胚細胞腫瘍、卵巣低悪性度腫瘍等)、膀胱がん、尿道がん、皮膚がん(例えば、眼内(眼)黒色腫、メルケル細胞がん等)、血管腫、悪性リンパ腫(例えば、細網肉腫、リンパ肉腫、ホジキン病等)、メラノーマ(悪性黒色腫)、甲状腺がん(例えば、甲状腺髄様がん等)、副甲状腺がん、鼻腔がん、副鼻腔がん、骨腫瘍(例えば、骨肉腫、ユーイング腫瘍、子宮肉腫、軟部組織肉腫等)、転移性髄芽腫、血管線維腫、隆起性皮膚線維肉腫、網膜肉腫、陰茎癌、精巣腫瘍、小児固形がん(例えば、ウィルムス腫瘍、小児腎腫瘍等)、カポジ肉腫、AIDSに起因するカポジ肉腫、上顎洞腫瘍、線維性組織球腫、平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、慢性骨髄増殖性疾患、白血病(例えば、急性骨髄性白血病、急性リンパ芽球性白血病等)等が挙げられ、これらに限定されない。
【0038】
本実施形態に係る細胞構造体は、がん細胞が構造体内部全体に散在している細胞構造体であってもよく、がん細胞が特定の細胞層にのみ存在している細胞構造体であってもよい。また、間質細胞層とがん細胞層とが、半透膜で仕切られた細胞構造体であってもよい。
【0039】
本実施形態に係る細胞構造体において、がん細胞が特定の細胞層にのみ存在している場合、このがん細胞を含む細胞層(がん細胞層)の細胞構造体における位置は特に限定されない。免疫細胞及び/又は抗がん剤の影響が充分に到達し得ることから、細胞構造体中におけるがん細胞層の厚み方向の位置は、当該構造体の天面(上面)から厚み方向の半分の高さまでの範囲内にあることが好ましい。特に、細胞構造体を免疫細胞の存在下で培養する場合には、がん細胞層を細胞構造体の天面ではなく、細胞構造体の内部に備えることにより、免疫細胞が細胞構造体中のがん細胞まで浸潤・到達する能力も含めて抗がん効果を評価することができる。なお、本明細書において、細胞構造体の厚みとは組織の自重方向の長さである。自重方向とは、重力のかかる方向であり、厚み方向ともいう。
【0040】
本実施形態に係る細胞構造体は、がん細胞と間質細胞以外の細胞を含んでいてもよい。その他の細胞としては、免疫細胞、神経細胞、肝細胞、膵細胞、心筋細胞、平滑筋細胞、骨細胞、肺胞上皮細胞、脾臓細胞等が挙げられる。
【0041】
本実施形態に係る細胞構造体の大きさや形状は、特に限定されない。より生体内の組織に形成された脈管と近い状態の脈管網構造が形成可能であり、より精度の高い評価が可能であることから、当該細胞構造体の厚さは、5μm以上が好ましく、10μm以上がより好ましく、50μm以上がさらに好ましく、100μm以上がよりさらに好ましい。当該細胞構造体の厚さとしては、また、500μm以下が好ましく、400μm以下がより好ましく、300μm以下がさらに好ましい。本実施形態に係る細胞構造体の細胞層の数としては、2~60層程度が好ましく、5~60層程度がより好ましく、10~60層程度がさらに好ましい。
【0042】
なお、細胞構造体を構成する細胞層数は、三次元構造を構成する細胞の総数を、1層当たりの細胞数(1層を構成するために必要な細胞数)で除することにより測定される。1層当たりの細胞数は、細胞構造体を構成させる際に使用する細胞培養容器に、予め細胞をコンフルエントになるように平面的に培養して調べることができる。具体的には、ある細胞培養容器に形成された細胞構造体の細胞層数は、当該細胞構造体を構成する全細胞数を計測し、当該細胞培養容器の1層当たりの細胞数で除することにより算出できる。
【0043】
一般的に、本実施形態に係る細胞構造体は、細胞培養容器中に構築される。当該細胞培養容器としては、細胞構造体の構築が可能であり、かつ構築された細胞構造体の培養が可能な容器であれば特に限定されない。当該細胞培養容器としては、具体的には、ディッシュ、セルカルチャーインサート(例えば、Transwell(登録商標)インサート、Netwell(登録商標)インサート、Falcon(登録商標)セルカルチャーインサート、Millicell(登録商標)セルカルチャーインサート等)、チューブ、フラスコ、ボトル、プレート等が挙げられる。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、当該細胞構造体を用いた評価をより適正に行うことができるため、ディッシュ又は各種セルカルチャーインサートが好ましい。
【0044】
本実施形態に係る細胞構造体は、がん細胞と間質細胞を含む多層の細胞層から形成された構造体であればよく、細胞構造体の構築方法は特に限定されない。例えば、一層ずつ構築して順次積層させて構築する方法であってもよく、2層以上の細胞層を一度に構築する方法であってもよく、両構築方法を適宜組み合わせて多層の細胞層を構築する方法であってもよい。また、本実施形態に係る細胞構造体は、各細胞層を構成する細胞種が層ごとに異なる多層構造体であってもよく、各細胞層を構成する細胞種が、構造体の全層で共通する細胞種であってもよい。例えば、細胞種毎に層を形成し、細胞種毎の細胞層を順次積層させることによって構築する方法であってもよく、複数種類の細胞を混合した細胞混合液を予め調製し、予め調製された複数種類の細胞を混合した細胞混合液から多層構造の細胞構造体を一度に構築する方法であってもよい。
【0045】
一層ずつ構築して順次積層させて構築する方法としては、例えば、特許第4919464号公報に記載されている方法、すなわち、細胞層を形成する工程と、形成された細胞層をECM(細胞外マトリックス)の成分を含有する溶液に接触させる工程と、を交互に繰り返すことにより、連続的に細胞層を積層する方法が挙げられる。例えば、当該方法を行うに際し、予め、細胞構造体を構成する全ての細胞を混合した細胞混合物を調製しておき、この細胞混合物によって各細胞層を形成することによって、構造体全体に脈管網構造が形成されており、かつがん細胞が構造体全体に散在している細胞構造体が構築できる。また、各細胞層を、細胞種ごとに形成することによって、内皮細胞から形成された層にのみ脈管網構造が形成されており、がん細胞が特定の細胞層にのみ存在している細胞構造体が構築できる。
【0046】
2層以上の細胞層を一度に構築する方法としては、例えば、特許第5850419号公報に記載されている方法が挙げられる。当該方法は、予め細胞の表面全体をインテグリンが結合するアルギニン-グリシン-アスパラギン酸(RGD)配列を含む高分子と前記RGD配列を含む高分子と相互作用をする高分子によって被覆しておき、この接着膜で被覆された被覆細胞を細胞培養容器に収容した後、遠心処理等によって被覆細胞同士を集積させることにより、多層の細胞層から形成された細胞構造体を構築する方法である。例えば、当該方法を行うに際し、予め、細胞構造体を構成する全ての細胞を混合した細胞混合物を調製しておき、この細胞混合物に接着性成分を添加することによって調製された被覆細胞を用いる。これにより、1度の遠心処理によって、構造体全体にがん細胞が散在する細胞構造体が構築できる。また、例えば、内皮細胞を被覆した被覆細胞と、線維芽細胞を被覆した被覆細胞と、がん患者から採取された細胞群を被覆した被覆細胞とを、それぞれ別個に調製し、線維芽細胞の被覆細胞から構成された多層を形成させた後、その上に内皮細胞の被覆細胞から形成された1層を積層させ、さらにその上に線維芽細胞の被覆細胞から形成された多層を積層させ、さらにその上にがん細胞を含む細胞の被覆細胞から形成された1層を積層させる。これにより、厚みのある線維芽細胞層に挟まれた脈管網構造を備え、かつ天面にがん患者から採取されたがん細胞を含む層を備える細胞構造体が構築できる。
【0047】
本実施形態に係る細胞構造体は、下記(a)~(c)の工程を有する方法により構築することもできる。
(a)カチオン性緩衝液中で、細胞と細胞外マトリックス成分とを混合して混合物を得る工程と、(b)前記工程(a)により得られた混合物を、細胞培養容器中に播種する工程と、(c)前記工程(b)の後、前記細胞培養容器中に細胞が多層に積層された細胞構造体を得る工程。
【0048】
工程(a)においては、細胞を、カチオン性物質を含む緩衝液(カチオン性緩衝液)及び細胞外マトリックス成分と混合し、この細胞混合物から細胞集合体を形成することにより、内部に大きな空隙が少ない立体的細胞組織を得ることができる。また、得られた立体的細胞組織は、比較的安定であるため、少なくとも数日間の培養が可能であり、かつ培地交換時にも組織が崩壊し難い。また、本実施形態においては、工程(b)において、細胞培養容器内に播種した細胞混合物を当該細胞培養容器内に沈降させることを含み得る。細胞混合物の沈降は、遠心分離等によって積極的に細胞を沈降させてもよく、自然沈降させてもよい。
【0049】
本実施形態で用いられるカチオン性物質としては、細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、任意の正電荷を有する物質を用いることができる。カチオン性物質には、トリス-塩酸緩衝液、トリス-マレイン酸緩衝液、ビス-トリス-緩衝液、及びHEPESなどのカチオン性緩衝液や、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミン、ポリリシン、ポリヒスチジン、及びポリアルギニン等が挙げられる。
【0050】
当該カチオン性緩衝液中のカチオン性物質(例えば、トリス-塩酸緩衝液におけるトリス)の濃度及びpHは、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、カチオン性緩衝液中のカチオン性物質の濃度は、10~100mMとすることができ、40~70mMであることが好ましく、50mMであることがより好ましい。また、当該カチオン性緩衝液のpHは、6.0~8.0とすることができ、6.8~7.8であることが好ましく、7.2~7.6であることがより好ましい。
【0051】
工程(a)において、細胞をさらに高分子電解質と混合することが好ましい。細胞をカチオン性物質、高分子電解質及び細胞外マトリックス成分と混合することにより、工程(b)において遠心分離等の細胞を積極的に集合させる処理を要することなく、自然沈降させた場合であっても、空隙が少なく厚みのある立体的細胞組織が得られる。
【0052】
本発明及び本願明細書において、「高分子電解質」とは、高分子鎖中に解離可能な官能基を有する高分子を意味する。本実施形態で用いられる高分子電解質としては、細胞の生育及び細胞構造体の形成に悪影響を及ぼさない限り、任意の高分子電解質を用いることができる。前記高分子電解質としては、例えば、ヘパリンや、コンドロイチン硫酸(例えば、コンドロイチン4-硫酸、コンドロイチン6-硫酸)、ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、ヒアルロン酸等のグリコサミノグリカン;デキストラン硫酸や、ラムナン硫酸、フコイダン、カラギナン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、及びポリアクリル酸、又はこれらの誘導体等が挙げられるが、これらに限定されない。工程(a)において調製される混合物には、高分子電解質を1種類のみ混合させてもよく、2種類以上を組み合わせて混合させてもよい。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、高分子電解質はグリコサミノグリカンであることが好ましい。また、ヘパリン、デキストラン硫酸、コンドロイチン硫酸、及びデルマタン硫酸のうち少なくとも1つを用いることがより好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質はヘパリンであることがさらに好ましい。
【0053】
前記カチオン性緩衝液に混合する高分子電解質の量は、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、カチオン性緩衝液中の高分子電解質の濃度は、0mg/mL超(0mg/mLより高く)1.0mg/mL未満とすることができ、0.025~0.1mg/mLであることが好ましく、0.05~0.1mg/mLであることがより好ましい。また、本実施形態においては、前記高分子電解質を混合せずに前記混合物を調整し、細胞構造体の構築を行うこともできる。
【0054】
本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分としては、細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、細胞外マトリックス(ECM)を構成する任意の成分を用いることができる。コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、エラスチン、テネイシン、エンタクチン、フィブリリン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、又はこれらの改変体若しくはバリアント等が挙げられる。プロテオグリカンには、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカン、デルマタン硫酸プロテオグリカン等が挙げられる。グリコサミノグリカンには、ヒアルロン酸、コンドロイチン4-硫酸、コンドロイチン6-硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、ヘパラン硫酸、ヘパリン等が挙げられる。工程(a)において調製される混合物には、細胞外マトリックス成分を1種類のみ混合させてもよく、2種類以上を組み合わせて混合させてもよい。本発明に係る細胞構造体の製造においては、コラーゲン、ラミニン、及びフィブロネクチンからなる群より選択される1種以上を用いることが好ましく、中でもコラーゲンであることが好ましい。細胞の生育及び細胞構造体の形成に悪影響を及ぼさない限り、上述の細胞外マトリックス成分の改変体及びバリアントを用いてもよい。
【0055】
前記カチオン性緩衝液に混合する細胞外マトリックス成分の量は、細胞の生育及び細胞構造体の製造に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、カチオン性緩衝液中の細胞外マトリックス成分の濃度は、0mg/mL超であればよく、0.010mg/mL以上が好ましく、0.020mg/mL以上がより好ましく、0.025mg/mL以上がさらに好ましく、0.05mg/mL以上がよりさらに好ましい。また、カチオン性緩衝液中の細胞外マトリックス成分の濃度は、1.0mg/mL未満が好ましく、0.75mg/mL以下がより好ましく、0.5mg/mL以下がさらに好ましく、0.25mg/mL以下がよりさらに好ましく、0.1mg/mL以下が特に好ましい。
【0056】
前記カチオン性緩衝液に混合する高分子電解質と細胞外マトリックス成分の配合比は、1:2~2:1である。本発明に係る細胞構造体の製造においては、高分子電解質と細胞外マトリックス成分の配合比が、1:1.5~1.5:1であることが好ましく、1:1であることがより好ましい。
【0057】
工程(a)~(c)を繰り返す、具体的には、工程(c)で得られた細胞構造体の上に、工程(b)として、工程(a)で調製した混合物を播種した後、工程(c)を行うことを繰り返すことにより、充分な厚みの細胞構造体を構築することができる。工程(c)で得られた細胞構造体の上に新たに播種する混合物の細胞組成は、既に構築されている細胞構造体を構成する細胞組成と同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0058】
例えば、まず、工程(a)において細胞としては線維芽細胞のみを含む混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行って細胞培養容器に10層の線維芽細胞層から形成された細胞構造体を得る。次いで、工程(a)として細胞として血管内皮細胞のみを含む混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行って細胞培養容器内の線維芽細胞層の上に1層の血管内皮細胞層を積層させる。さらに、工程(a)として細胞として線維芽細胞のみを含む混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行って細胞培養容器内の血管内皮細胞層の上に、10層の線維芽細胞層を積層させる。さらに、工程(a)として、がん患者から採取されたがん細胞を含む混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行って細胞培養容器内の線維芽細胞層の上に1層のがん細胞層を積層させる。これにより、線維芽細胞層10層-血管内皮細胞層1層-線維芽細胞層10層-がん細胞層1層と細胞種毎に順番に層状に積層された細胞構造体が構築できる。工程(b)において播種される細胞数を調節することにより、工程(c)において積層される細胞層の厚みを調整できる。工程(b)において播種される細胞数が多いほど、工程(c)において積層される細胞層の数が多くなる。また、工程(a)において、線維芽細胞層20層分の線維芽細胞と血管内皮細胞層1層分の血管内皮細胞を全て混合した混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行い、形成された多層の構造体の上に、同様にして調製したがん患者から採取されたがん細胞を含む混合物を積層することによって、21層分の厚みを有し、血管網構造が構造体内部に散在している構造体の上にがん細胞層が積層された細胞構造体が構築できる。さらに、工程(a)において、線維芽細胞層20層分の線維芽細胞と血管内皮細胞層1層分の血管内皮細胞とがん細胞層1層分のがん患者由来の細胞とを全て混合した混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行うことにより、22層分の厚みを有し、がん細胞と血管網構造の両方が構造体内部にそれぞれ独立して散在している細胞構造体が構築できる。
【0059】
工程(a)~(c)を繰り返す場合に、工程(c)の後、工程(b)を行う前に、得られた細胞構造体を培養してもよい。培養に用いる培養培地の組成、培養温度、培養時間、培養時の大気組成等の培養条件は、当該細胞構造体を構成する細胞の培養に適した条件で行う。培養培地としては、例えば、D-MEM、E-MEM、MEMα、RPMI-1640、Ham’s F-12等が挙げられる。
【0060】
工程(a)の後に、(a’-1)得られた混合物から液体部分を除去し、細胞集合体を得る工程、及び(a’-2)細胞集合体を溶液に懸濁する工程を行い、工程(b)へ進んでもよい。上述の工程(a)~(c)を実施することで所望の組織体を得ることができるが、工程(a)の後に(a’-1)及び(a’-2)を実施し、工程(b)を実施することで、より均質な組織体を得ることができる。
【0061】
工程(a’-1)における液体部分を除去する手段として、当業者に公知の手法を用いることができる。例えば、遠心分離や濾過によって、液体部分を除去してもよい。遠心分離の条件は、細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、混合物の入ったマイクロチューブを室温、400×gで1分間の遠心分離に供して液体部分と細胞集合体とを分離することによって、液体部分を除去する。あるいは、自然沈降によって細胞を集めた後、液体部分を除去してもよい。
【0062】
工程(a’-2)において用いられる溶液は、細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、使用される細胞に適した細胞培養培地又は緩衝液が用いられる。
【0063】
また、工程(a)の後に、前記工程(b)に代えて、下記工程(b’-1)及び(b’-2)を行ってもよい。工程(b’-1)及び工程(b’-2)を行うことによっても、より均質な組織体を得ることができる。工程(b’-2)においても、工程(b)と同様に、細胞培養容器内に播種した細胞混合物を当該細胞培養容器内に沈降させることを含み得る。細胞混合物の沈降は、遠心分離等によって積極的に細胞を沈降させてもよく、自然沈降させてもよい。本実施形態及び本願明細書において、「細胞粘稠体」とは、非特許文献4に記載されるようなゲル様の細胞集合体を指す。
(b’-1)工程(a)で得られた混合物を細胞培養容器内に播種した後、混合物から液体成分を除去し、細胞粘稠体を得る工程と、
(b’-2)細胞培養容器内に細胞粘稠体を溶媒に懸濁する工程。
【0064】
細胞懸濁液を調製するための溶媒としては、細胞に対する毒性がなく、増殖性や機能を損なわない溶媒であれば特に限定されず、水、緩衝液、細胞の培養培地等を用いることができる。当該緩衝液としては、例えば、リン酸生理食塩水(PBS)、HEPES、Hanks緩衝液等が挙げられる。培養培地としては、D-MEM、E-MEM、MEMα、RPMI-1640、Ham’s F-12等が挙げられる。細胞懸濁液を調製するための溶媒として、細胞の培養培地を用いる場合には、後述する工程(c)において液体成分を除去することなく細胞を培養することができる。
【0065】
前記工程(c)に代えて、下記工程(c’)を行ってもよい。
(c’):基材上に細胞の層を形成する工程。
【0066】
工程(c)及び工程(c’)において、播種した混合物から液体成分を除去してもよい。工程(c)及び工程(c’)における液体成分の除去処理の方法は、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されず、液体成分と固体成分の懸濁物から液体成分を除去する方法として当業者に公知の手法により適宜行うことができる。当該手法としては、例えば、吸引、遠心分離処理、磁性分離処理、又はろ過処理等が挙げられる。例えば、細胞培養容器としてセルカルチャーインサートを用いた場合には、混合物を播種したセルカルチャーインサートを、10℃、400×gで1分間の遠心分離処理に供することによって、細胞混合物が沈降するので、吸引によって液体成分を除去することができる。
【0067】
工程(c)における培養に用いる培養培地としては、立体構造体を構成する細胞が生育可能な培地であれば特に限定されるものではないが、上皮成長因子(EGF)、VEGF、繊維芽細胞成長因子(FGF)、インスリン様成長因子(IGF)等の成長因子の含有量が低い、又は含有していない培地や、血清の含有量が低い、又は含有していない培地が好ましい。各種成長因子等の含有量が多い場合には、脈管形成が促進される場合がある。本実施形態においては、成長因子が添加されていない培地が好ましく、無血清培地がより好ましい。
【0068】
<抗がん剤>
本実施形態に係る評価方法において、その薬効を評価される対象の抗がん剤としては、がん治療に用いられる薬剤であればよく、細胞障害性を有する薬剤のようにがん細胞に直接的に作用する薬剤のみならず、細胞障害性を有さないが、がん細胞の増殖等を抑制する薬剤も含まれる。
【0069】
細胞障害性を有さない抗がん剤としては、がん細胞を直接的に攻撃することはせず、生体内の免疫細胞やその他の薬剤との協働的な作用によって、がん細胞の増殖を抑制したり、がん細胞の活動を鈍らせたり、がん細胞を死滅させたりする機能を発揮する薬剤や、がん細胞以外の細胞や組織を障害することによってがん細胞の増殖を抑制する薬剤が挙げられる。本実施形態において用いられる抗がん剤は、抗がん作用を有することが既知である薬剤であってもよく、新規な抗がん剤の候補化合物であってもよい。
【0070】
細胞障害性を有する抗がん剤としては、特に限定されないが、例えば、分子標的薬、アルキル化剤、5-FU系抗がん剤に代表される代謝拮抗剤、植物アルカロイド、抗がん性抗生物質、プラチナ誘導体、ホルモン剤、トポイソメラーゼ阻害剤、微小管阻害剤、生物学的応答調節剤に分類される化合物等が挙げられる。
【0071】
細胞障害性を有さない抗がん剤としては、特に限定されないが、例えば、脈管新生阻害剤、抗がん剤のプロドラッグ、抗がん剤若しくはそのプロドラッグの代謝に関連する細胞内代謝酵素活性を調整する薬剤(以下、明細書中では、「細胞内酵素調整剤」という。)、免疫療法剤(免疫細胞の免疫機能又は運動能の活性化等により、免疫機能を向上させることによって抗がん効果を得る薬剤)等が挙げられる。その他にも、抗がん剤の機能を高めたり、生体内の免疫機能を向上させたりすることによって最終的に抗がん作用に関与する薬剤も挙げられる。なお、抗がん剤のプロドラッグは、肝臓などの臓器やがん細胞の細胞内酵素によって、抗がん作用を有する活性体に変換される薬剤である。サイトカインネットワークが細胞内酵素の酵素活性を上昇させることにより、活性体量が増し、抗腫瘍効果の増強をもたらすことから、抗がん作用に関与する薬剤として挙げられる。
【0072】
本実施形態に係る評価方法において薬効評価される抗がん剤としては、担がん動物モデルを用いた場合に得られる評価により近い評価が得られるという本発明の効果がより十分に発揮されることから、HGF、PIGF、VEGF、又はbFGFにより刺激されるシグナル伝達経路を構成する分子又はこれを活性化する分子を標的とする抗がん剤であることが好ましい。当該抗がん剤としては、例えば、HER2阻害剤、ALK阻害剤、BRAF阻害剤、及びWNT阻害剤等が挙げられる。
【0073】
本実施形態に係る評価方法において薬効評価される抗がん剤は、1種類であってもよく、2種類以上の抗がん剤を組み合わせて用いてもよい。また、抗がん剤を抗がん剤以外の薬剤と組み合わせて用いてもよい。例えば、実際の臨床現場では他の薬剤と併用投与される抗がん剤に対して、本実施形態に係る評価方法を、当該抗がん剤と当該他の併用投与される薬剤とを併用して実施することにより、実際の治療において期待される薬効をより高い信頼精度で評価することができ、好ましい。
【0074】
<培養工程>
本実施形態に係る評価方法では、まず、培養工程として、本実施形態に係る細胞構造体を、薬効評価対象である抗がん剤の存在下で培養する。具体的には、抗がん剤を混合した培養培地中で、本実施形態に係る細胞構造体を培養する。抗がん剤は、細胞構造体を培養する培地中に、培養開始と同時に添加してもよく、培養開始後適切な時点で添加してもよい。また、2種類以上の薬剤(2種類以上の抗がん剤、又は1種類以上の抗がん剤と1種類以上の非抗がん剤の組み合わせ)を評価する場合、細胞構造体の培養培地中に、2種類以上の薬剤を同時に添加してもよく、それぞれ独立して添加してもよい。
【0075】
培養培地に混合する抗がん剤の量は、細胞構造体を構成する細胞の種類や数、含まれているがん細胞の種類や量、培養培地の種類、培養温度、培養時間等の条件を考慮して実験的に決定することができる。例えば、培養時間は特に限定されるものではなく、24~96時間とすることができ、48~96時間であることが好ましく、48~72時間であることがより好ましい。また、培養環境を著しく変化させない限度において、必要に応じて還流等の流体力学的な付加を与えることもできる。
【0076】
<評価工程>
前記培養工程後の細胞構造体中のがん細胞中の増殖能を有する細胞の数を指標として、抗がん剤の抗がん効果を評価する。抗がん効果とは、がん細胞の増殖を抑制したり、がん細胞を殺傷する効果を意味する。
【0077】
具体的には、抗がん剤が存在していない環境下で培養した場合と比較して、前記細胞構造体中のがん細胞中の増殖能を有する細胞の数が少ない場合に、使用した抗がん剤が、当該細胞構造体に含まれるがん細胞に対して抗がん効果を有すると評価する。一方で、抗がん剤が存在していない環境下で培養した場合と比較して、がん細胞中の増殖能を有する細胞の数が同程度又は有意に多い場合には、当該抗がん剤は、当該細胞構造体に含まれるがん細胞に対して抗がん効果はないと評価する。
【0078】
がん細胞中の増殖能を有する細胞の数は、増殖能を有するがん細胞の数又は増殖能を有するがん細胞の存在量に相関のあるシグナルを用いて評価することができる。評価時点の増殖能を有するがん細胞の数を測定できればよく、必ずしも生きている状態で測定する必要はない。例えば、がん細胞をその他の細胞と区別するように標識し、当該標識からのシグナルを指標として調べることができる。例えば、がん細胞を蛍光標識した後、細胞の生死判定を行い、生細胞と判定された細胞の数を、細胞構造体中の増殖能を有するがん細胞として直接計数することができる。この際、画像解析技術を利用することもできる。細胞の生死判定はトリパンブルー染色やPI(Propidium Iodide)染色等の公知の細胞の生死判定方法により行うことができる。なお、がん細胞の蛍光標識は、例えば、がん細胞の細胞表面に特異的に発現している物質に対する抗体を一次抗体とし、当該一次抗体と特異的に結合する蛍光標識二次抗体を用いる免疫染色法等の公知の手法で行うことができる。細胞の生死判定及び生細胞数の測定は、細胞構造体の状態で行ってもよく、細胞構造体を単細胞レベルに破壊した状態で行ってもよい。例えば、がん細胞と死細胞を標識した後の細胞構造体の立体構造を破壊した後、標識を指標としたFACS(fluorescence activated cell sorting)等により、評価時点において生きていたがん細胞のみを直接計数することもできる。
【0079】
細胞構造体中のがん細胞を生きている状態で標識し、当該標識からのシグナルを経時的に検出することによって、当該細胞構造体中のがん細胞の増殖能を有する細胞数を経時的に測定することもできる。細胞構造体を構築した後に当該細胞構造体中のがん細胞を標識してもよく、細胞構造体を構築する前に予めがん細胞を標識しておいてもよい。例えば、がん患者由来のがん細胞を含む細胞群を含む細胞構造体を用いる場合、細胞構造体を構築する前に、予めがん細胞を標識しておくこともできる。また、がん細胞と共にがん患者由来のその他の細胞も同様に標識されていてもよい。その他、蛍光色素を恒常的に発現させているがん細胞を用いた場合には、細胞構造体を溶解させて得られたライセートの蛍光強度をマイクロプレートリーダー等で測定することによっても、がん細胞の生細胞数を評価することができる。
【0080】
本実施形態に係る評価方法は、実際の生体内におけるがん細胞の周辺組織の構造と同様にHGF等の成長因子を分泌する間質細胞を備える細胞構造体を用いており、よりin vivoに近い環境をin vitroで模した状態で評価を行うため、薬効について信頼性の高い評価を得ることができる。本実施形態に係る評価方法により抗がん効果があると評価された抗がん剤は、実際にがん患者に投与した場合でも、充分な抗がん効果が得られることが期待できる。このため、本実施形態に係る評価方法は、創薬現場における抗がん剤候補化合物のスクリーニングやドラッグリポジショニングスクリーニング、臨床現場における抗がん剤治療法(単剤・併用)の選別・決定(抗がん剤感受性試験)等において、これまでにないin vitro薬剤評価ツールとして利用することができる。特に、がん患者から採取されたがん細胞を含む細胞構造体を用いて本実施形態に係る評価方法を行い、これにより抗がん効果があると評価された抗がん剤は、実際に当該がん患者に投与された場合に適切な抗がん効果を奏することが期待できる。
【実施例0081】
以下に実施例を示して本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0082】
<試薬等>
以降の実験においては、下記の試薬等を使用した。
【0083】
【表1】
【0084】
【表2】
【0085】
【表3】
【0086】
[実施例1]
がん細胞に対する抗がん剤の薬効評価を、2次元培養したがん細胞を用いた場合と、3次元培養した細胞構造体を用いた場合と、担がんモデルマウスを用いた場合とにより行い、比較した。
【0087】
<薬剤感受性評価(3D培養)>
脈管内皮細胞として、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)(Lonza社製)を用い、間質細胞として、ヒト新生児由来皮膚線維芽細胞(NHDF)(Lonza社製)を用い、がん細胞として、HER2変異を有しているヒト非小細胞肺がん細胞2株(LCC007株、LCC381株)を用い、HUVECとNHDFからなる厚み5μm以上の層の天面にがん細胞の層が積層された細胞構造体を構築し、HER2阻害剤であるLapatinibの抗がん効果を評価した。
【0088】
(細胞構造体の構築)
NHDFに対してHUVECが1.5%(細胞数/細胞数)となるように混合・遠心し、上清を除いた後に、Hep/Col液(ヘパリンとコラーゲンの混合液)を添加した。次いで、遠心して上清を除いた後、培養培地にて懸濁した。懸濁時は、全液量が、NHDF0.9×10個あたり135μLとなるように行った。培養培地に懸濁した細胞を、フィブロネクチンコーディング処理されたトランズウェルインサート一体型96ウェル(0.4μm ポリエステルメンブレン)に播種し、プレート遠心(400G 2分間)により細胞を沈降させたものを、37℃、5% CO雰囲気下のインキュベーター内で培養して、NHDFとHUVECからなる細胞構造体を得た。培養開始日の翌日に、当該細胞構造体の天面に、がん細胞を適量播種して培養することにより、がん細胞とNHDFとHUVECを含む細胞構造体を構築した。NHDFとHUVECを播種した日(細胞構造体の構築日)から5日目の時点で、培養培地に薬剤(抗がん剤)溶液を添加して薬剤処理を行った。抗がん剤添加から3日間培養した後(細胞構造体の構築日から8日目)に、細胞構造体を10%ホルマリン処理により固定した。抗がん剤溶液に代えて、当該溶液の溶媒のみを添加した以外は同様にして培養した細胞構造体を、コントロールとした。
【0089】
(蛍光免疫染色)
ホルマリン固定後の細胞構造体を、1%BSA・0.2%TritonX含有PBS(-)に室温で1時間浸漬して、膜透過処理・ブロッキングを行った。次いで、1%BSA・0.2%TritonX含有PBS(-)により指定濃度に希釈した1次抗体及びDAPIを添加し、4℃で一晩静置して1次抗体反応を行った。続いて、PBS(-)により3回洗浄した後、1%BSA・0.2%TritonX含有PBS(-)により指定濃度に希釈した2次抗体を添加し、遮光しつつ室温で1時間静置することによって、2次抗体反応を行った。その後、PBS(-)にて洗浄後、99.5% エタノールに浸漬させて脱水処理及び透明化処理を行った。
【0090】
(蛍光画像取得・解析)
免疫染色後のサンプルの蛍光染色画像は、共焦点イメージングシステム(Operetta CLS、パーキンエルマー社製)にて取得した。取得した画像は、画像解析ソフトウェア(Harmony)にて解析した。がん細胞が存在する範囲を円状に第1のROI(Region of interest)を設定後、CK8/18発現領域を認識させた。CK8/18の認識部位を第2のROIとしてKi-67発現領域を認識した。第1のROIに対するCK8/18の染色面積Confluency及びKi-67の認識Object数を算出した。抗がん剤を添加していないコントロールのがん細胞の数を100%として、各濃度の抗がん剤で3日間処理した後の生存していたがん細胞の相対数(%)を、相対がん細胞生存率(%)とした。
【0091】
<薬剤感受性評価(スフェロイド培養)>
スフェロイド培養された細胞の薬剤感受性の評価は、ATPアッセイにて行った。まず、事前に検討した適当な播種数で、がん細胞を超低接着表面丸底ブラックプレート(透明底)に播種した。播種した翌日又は3日後に、がん細胞が凝集して球状の細胞塊(スフェロイド)を形成していることを、位相差顕微鏡を用いて確認した。その後、抗がん剤溶液(播種時の1/3量の培養培地に抗がん剤を含有させた溶液)を培養培地に添加して薬剤処理を行った。抗がん剤添加から3日間培養した後に、培養培地に生物発光アッセイ用キット「CellTiter-Glo(登録商標)」を添加し、室温で10分間振とうさせた後、化学発光を検出した。
【0092】
<薬剤感受性評価(2D培養)>
2次元培養(2D培養)したがん細胞による薬剤感受性の評価は、ATPアッセイにて行った。まず、事前に検討した適当な播種数で、がん細胞をブラックプレート(透明底)に播種した。播種した翌日に、抗がん剤溶液(播種時の1/3量の培養培地に抗がん剤を含有させた溶液)を培養培地に添加して薬剤処理を行った。抗がん剤溶液に代えて、当該溶液の溶媒のみを添加した以外は同様にして2D培養した細胞を、コントロールとした。抗がん剤添加から3日間培養した後に、培養培地に生物発光アッセイ用キット「CellTiter-Glo(登録商標)」を添加し、室温で10分間振とうさせた後、化学発光を検出した。抗がん剤を添加していないコントロールの細胞の化学発光量を100%として、各濃度の抗がん剤で3日間処理した後の細胞の相対化学発光量(%)を、相対がん細胞生存率(%)とした。
【0093】
<薬剤感受性評価(3D細胞組織上清添加時2D培養)>
前記の3D培養した際の培養上清を、2D培養の培養培地に添加して培養した場合の薬剤感受性を評価した。具体的には、抗がん剤溶液として、播種時の1/3量に相当する量の前記の3D培養した際の培養上清に抗がん剤を添加した溶液を用いた以外は、前記<薬剤感受性評価(2D培養)>と同様にして行った。
【0094】
<薬剤感受性評価(in vivo)>
がん細胞(LCC007株又はLCC381株)をヌードマウスに皮下移植して作製した担がんマウスに抗がん剤を投与して、薬剤感受性を評価した。
【0095】
(担がんマウスの作製)
ジャクソンラボラトリージャパンから購入したヌードマウス(系統:BALB/c-nu(nu/nu)、性別:雌、週齢:5)に、がん細胞を3~10×10細胞/マウスで皮下移植して作製した。がん細胞は、予め移植可能な量まで培養し、回収した後にマトリゲルで50μL/マウスとなるように懸濁したものをマウスに投与した。
【0096】
(体重及び腫瘍径の測定、群分け)
抗がん剤投与に先立ち、皮下腫瘍の短径及び長径を測定し、下記式から腫瘍体積を算出した。また、群分け及び投与開始日(0日目)以降は、週2回以上の頻度で腫瘍径及び体重を測定した。平均腫瘍体積が50~100mm程度となった時点で、群分けを行った。群分けは、各郡の平均腫瘍体積が近似になるように実施し、Vehicle群及び薬剤処理群にそれぞれ6匹のマウスを割り当てた。
【0097】
[腫瘍体積(mm)]=1/2×L×W×W
L:腫瘍長径(mm)、W:腫瘍短径(mm)
【0098】
(薬剤の調製及び投与)
薬剤(Lapatinib)を担がんマウスに経口投与し、経時的に腫瘍体積と体重を測定した。LCC007株を移植した担がんマウスへ投与した薬剤の溶媒、用量、及び投与サイクルを表4に示す。LCC381株を移植した担がんマウスへ投与した薬剤の溶媒、用量、及び投与サイクルを表5に示す。投与量は、10μL/g(体重)として、個体ごとに体重から液量を算出して投与した。投与開始から14日目に、中枢破壊(頸椎脱臼)により安楽死処置した。
【0099】
【表4】
【0100】
【表5】
【0101】
図1に、LCC007株のLapatinibの感受性評価結果を、図2に、LCC381株のLapatinibの感受性評価結果を、それぞれ示す。図1(A)及び図2(A)は、細胞実験(in vitro)での評価結果、すなわち、各細胞群の相対細胞生存率(%)を経時的に測定した結果を、図1(B)及び図2(B)は、動物実験(in vivo)での評価結果、すなわち、各マウス群の腫瘍体積を経時的に測定した結果を、それぞれ示す。図1(A)と図2(A)に示すように、in vitroではどちらのがん細胞株においても、スフェロイド培養と2D培養では、抗がん剤の添加濃度依存的に相対細胞生存率が低下していたが、3D培養では抗がん剤濃度が高くなっても生存率はほとんど低下しなかった。3D細胞組織上清添加時2D培養(図中、「3D上清添加」)では、2D培養よりもやや細胞生存率は高くなっていた。一方で、図1(B)と図2(B)に示すように、in vivoでは、Lapatinib投与群の腫瘍体積は、Vehicle群よりもやや小さいものの、有意な抗がん効果は確認されなかった。これらの結果から、2D培養やスフェロイド培養では、担がん動物モデルを用いた場合に得られる評価と同様の評価が得られない場合があること、本実施形態の細胞構造体を用いることにより、担がん動物モデルを用いた場合に得られる評価により近い評価が得られることが確認された。
【0102】
[実施例2]
間質を含む細胞構造体の培養上清中の成長因子を調べた。
【0103】
(細胞構造体の構築と培養上清の回収)
NHDFに対してHUVECが1.5%(細胞数/細胞数)となるように混合・遠心し、上清を除いた後に、Hep/Col液(ヘパリンとコラーゲンの混合液)を添加した。次いで、遠心して上清を除いた後、培養培地にて懸濁した。懸濁時は、全液量が、NHDF0.9×10個あたり135μLとなるように行った。培養培地に懸濁した細胞を、フィブロネクチンコーディング処理されたトランズウェルインサート一体型96ウェル(0.4μm ポリエステルメンブレン)に播種し、プレート遠心(400G 2分間)により細胞を沈降させたものを、37℃、5% CO雰囲気下のインキュベーター内で培養して、NHDFとHUVECからなる細胞構造体を得た。培養開始日の翌日に、当該細胞構造体の天面に、がん細胞を適量播種して培養することにより、がん細胞とNHDFとHUVECを含む細胞構造体を構築した。NHDFとHUVECを播種した日(細胞構造体の構築日)から2日後又は5日後に、培養培地を、FBSを含まないD-MEMに交換した。培地交換時には、PBSで2回細胞を洗浄してから培地交換した。培地交換から3日目に、培養上清を回収し、フィルターを通して細胞等の固形物を取り除き、サンプルとした。
【0104】
(2D培養と培養上清の回収)
90φディッシュに、NHDFとHUVECを3D細胞組織と同様の比率で播種した。播種から2日後に、培養培地を、FBSを含まないD-MEMに交換した。培地交換時には、PBSで2回細胞を洗浄してから培地交換した。培地交換から3日目に、培養上清を回収し、フィルターを通して細胞等の固形物を取り除き、サンプルとした。
【0105】
(培養上清分析)
対照サンプルとして、FBSを含まないD-MEMを用い、前記で取得したサンプルを、成長因子分析用アレイキット「Growth factor array」に供して、含有タンパク質を検出し、各種ELISAキットを用いて含有タンパク質量を測定した。Growth factor arrayや各種ELISAは、キットに添付の手順書に準じて作業を行った。
【0106】
「Growth factor array」の分析の結果、2D培養上清には、成長因子はなにも含まれていなかったのに対して、3D培養の培養上清には、培養5日目と8日目のどちらにおいても、HGFとPIGFが含まれており、培養5日目の培養上清にはVEGFも含まれていた。また、3D培養上清中の成長因子の量は、NHDFとHUVECからなる細胞構造体と、NHDFとHUVECとがん細胞(LCC007株又はLCC0381株)からなる細胞構造体とで差はなかった。
【0107】
また、各培養上清中のHGF、VEGF、PIGF、及びbFGFの量を測定した。結果を図3に示す。図3中、「CNT」は培養培地(D-MEM)の結果を、「2D」は2D培養上清の結果を、「3D」は3D培養上清の結果を、それぞれ表す。図中、「day5」は培養5日目の培養上清の結果を、「day8」は培養8日目の培養上清の結果を、それぞれ表す。この結果、いずれの成長因子も、2D培養上清にはほとんど含まれていなかったが、3D培養上清には含まれていた。また、HGF(図3(A))とPIGF(図3(C))の濃度は、がん細胞を含む細胞構造体の培養上清では、がん細胞を含まない細胞構造体の培養上清よりも低下していたが、VEGF(図3(B))とbFGF(図3(D))の濃度は、がん細胞を含む細胞構造体の培養上清では、がん細胞を含まない細胞構造体の培養上清よりも高くなっていた。このように、がん細胞と共培養した場合には、各成長因子の濃度は減少や増加する傾向が観察された。
【0108】
[実施例3]
間質を含む細胞構造体の細胞内における、HGFにより刺激される細胞内シグナル伝達経路の活性化の状態を調べた。がん細胞として、非小細胞肺がん細胞LCC007株を用いた。
【0109】
(細胞構造体の構築と培養とサンプル調製)
NHDFに対してHUVECが1.5%(細胞数/細胞数)となるように混合・遠心し、上清を除いた後に、Hep/Col液(ヘパリンとコラーゲンの混合液)を添加した。次いで、遠心して上清を除いた後、培養培地にて懸濁した。懸濁時は、全液量が、NHDF0.9×10個あたり135μLとなるように行った。培養培地に懸濁した細胞を、フィブロネクチンコーディング処理されたトランズウェルインサート一体型96ウェル(0.4μm ポリエステルメンブレン)に播種し、プレート遠心(400G 2分間)により細胞を沈降させたものを、37℃、5% CO雰囲気下のインキュベーター内で培養して、NHDFとHUVECからなる細胞構造体を得た。培養開始日の翌日に、当該細胞構造体の天面に、がん細胞(LCC007株)を適量播種して培養することにより、がん細胞とNHDFとHUVECを含む細胞構造体を構築した。NHDFとHUVECを播種した日(細胞構造体の構築日)から7日後又は8日後に薬剤(Lapatinib)処理を行い、細胞構造体の構築から7日目に薬剤処理した細胞は処理から24時間後に、細胞構造体の構築から8日目に薬剤処理した細胞は処理から6時間後に、それぞれトリプシン処理して細胞構造体をポリエステルメンブレンから剥離させて回収した。回収した細胞構造体を脱リン酸化阻害剤により処理した後、Tumor isolation kitを用いてがん細胞を濃縮した。濃縮したがん細胞にLysis Bufferを入れ、100℃で3分間加温した後、さらに液体の粘性がなくなるまで超音波処理を行った。次いで、遠心分離処理(13500rpm、10分間)して上清を回収した。回収した上清に含まれるタンパク質量を定量し、1レーン毎のタンパク量が一定になるように(2~4μg/レーン)、サンプルバッファーで希釈し、100℃で3分間静置し還元処理を行ったものをサンプルとした。
【0110】
(2D培養した細胞のサンプル調製)
90φディッシュに、がん細胞を播種した。播種から7日後又は8日後に薬剤処理を行い、播種から7日目に薬剤処理した細胞は処理から24時間後に、播種から8日目に薬剤処理した細胞は処理から6時間後に、それぞれトリプシン処理して細胞を剥離させて回収した。回収した細胞にLysis Bufferを入れ、100℃で3分間加温した後、さらに液体の粘性がなくなるまで超音波処理を行った。次いで、遠心分離処理(13500rpm、10分間)して上清を回収した。回収した上清に含まれるタンパク質量を定量し、1レーン毎のタンパク量が一定になるように(2~4μg/レーン)、サンプルバッファーで希釈し、100℃で3分間静置し還元処理を行ったものをサンプルとした。
【0111】
(担がんマウスの細胞のサンプル調製(in vivo))
実施例1の<薬剤感受性評価(in vivo)>で試験終了後のマウスを、中枢破壊(頸椎脱臼)により安楽死処置した。その後、皮下腫瘍を摘出し、-80℃で保管した。保管されていた腫瘍を適量のLysis Bufferで溶解させ、100℃で3分間加温させた後、さらに液体の粘性がなくなるまで超音波処理を行った。次いで、遠心分離処理(13500rpm、10分間)して上清を回収した。回収した上清に含まれるタンパク質量を定量し、1レーン毎のタンパク量が一定になるように(2~4μg/レーン)、サンプルバッファーで希釈し、100℃で3分間静置し還元処理を行ったものをサンプルとした。
【0112】
(ウェスタンブロッティング)
調製したサンプルと分子量マーカーをSDS-PAGE用ゲルにロードし、電気泳動を行った。電気泳動後のゲルからPVDFメンブレンにタンパク質を転写した。転写されたメンブレンを4%BSA/PBSに浸して、室温で1時間振とうすることでブロッキングした後、1次抗体反応を行った。1次抗体反応は、室温で1時間振とうさせるか、4℃で一晩静置した。メンブレンを洗浄後、2次抗体反応を、室温で1時間振とうさせて行った。当該メンブレンを洗浄後に、検出試薬を用いて発光させ、イメージャー(AI600、Cytiva社製)にて撮影した。撮影した画像は、画像解析ソフトウェアPhotoshopを用いて、適切に画像処理を行った。
【0113】
ウェスタンブロッティングにおいて検出されたメンブレンの画像を図4に示す。この結果、担がんマウス由来のサンプルでは、Lapatinib処理を行ったマウス由来のサンプル(図中、「動物実験」の「Lapa」のレーン)と未処理のマウス由来のサンプル(図中、「動物実験」の「CNT」のレーン)では、どちらも、リン酸化Akt(pAkt)、リン酸化ERK(pERK)、リン酸化S6(pS6)が検出されていた。2D培養した細胞由来のサンプルでは、未処理のサンプル(図中、「2D」の「CNT」のレーン)では、pAktとpERKとpS6のバンドが検出されたが、Lapatinib処理した細胞(図中、「2D」の「6h」及び「24h」のレーン)では、pAktとpERKのバンドは検出されず、pS6のバンドは未処理よりもだいぶ薄くなっていた。これに対して、3D培養した細胞構造体由来のサンプルでは、担がんマウス由来のサンプルと同様に、未処理のサンプル(図中、「3D」の「CNT」のレーン)のみならず、Lapatinib処理して24時間培養したサンプル(図中、「3D」の「24h」のレーン)でも、pAktとpERKとpS6のバンドが検出された。3D培養した細胞構造体由来のLapatinib処理して6時間培養したサンプルでは、pS6のバンドは検出されたが、pAktとpERKのバンドは検出されなかった。これらの結果から、3D培養した細胞構造体では、担がんマウスの体内と同様に間質組織からHGF等の成長因子が分泌され、これにより下流のシグナル伝達経路が活性化されていること、一方で、2D培養では、成長因子が分泌されないため、下流のシグナル伝達経路も活性化されないことが確認された。
【0114】
[実施例4]
がん細胞に対する抗がん剤の薬効評価を、2次元培養したがん細胞を用いた場合と、3次元培養した細胞構造体を用いた場合とにより行い、比較した。
【0115】
がん細胞としては、EML4-ALK陽性の非小細胞肺がん細胞LCC028-3株、BRAF陽性の大腸がん細胞JC215株、CD74-ROS1陽性の非小細胞肺がん細胞LCC168株を、それぞれ用いた。抗がん剤としては、ALK阻害剤(Alectinib)、BRAF阻害剤(Davrafenib)、WNT阻害剤(FH535)を用いた。2D培養と3D培養による感受性評価は、実施例1と同様にして行った。
【0116】
EML4-ALK陽性非小細胞肺がん細胞LCC028-3株のALK阻害剤に対する感受性評価結果を図5(A)に、BRAF陽性大腸がん細胞JC215株のBRAF阻害剤に対する感受性評価結果を図5(B)に、BRAF陽性大腸がん細胞JC215株のWNT阻害剤に対する感受性評価結果を図6(A)に、CD74-ROS1陽性非小細胞肺がん細胞LCC168株のWNT阻害剤に対する感受性評価結果を図6(B)に、それぞれ示す。LCC028-3株とJC215株の細胞構造体(図中、「3D」)では、2D培養した細胞(図中、「2D」)よりも、相対細胞生存率が高く、各抗がん剤に対する抗がん効果が小さかった。これは、細胞構造体の間質細胞から分泌されたHGFやVEGFによって、ERK/MAPK経路、PI3K/AKT経路、Jak-STAT経路が活性化されてしまったためと推察された。一方で、JC215株とLCC168株の細胞構造体(図中、「3D」)では、2D培養した細胞(図中、「2D」)よりも、相対細胞生存率が低く、高い抗がん効果が得られた。これは、細胞構造体の間質細胞から分泌されたHGFによって、WNT/β-Catenin経路が活性化されてしまったためと推察された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6