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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025002583
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】転がり軸受用保持器および転がり軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/44 20060101AFI20241226BHJP
   F16C 19/16 20060101ALI20241226BHJP
   C08L 77/06 20060101ALI20241226BHJP
   C08K 7/04 20060101ALI20241226BHJP
   C08K 3/013 20180101ALI20241226BHJP
   B29C 45/00 20060101ALI20241226BHJP
【FI】
F16C33/44
F16C19/16
C08L77/06
C08K7/04
C08K3/013
B29C45/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023102867
(22)【出願日】2023-06-22
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】松谷 佳彦
(72)【発明者】
【氏名】中西 雅樹
(72)【発明者】
【氏名】林 工
【テーマコード(参考)】
3J701
4F206
4J002
【Fターム(参考)】
3J701AA03
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA54
3J701AA62
3J701BA34
3J701BA44
3J701BA49
3J701BA50
3J701DA14
3J701EA36
3J701EA76
3J701EA80
3J701XB03
3J701XB41
4F206AA29
4F206AB16
4F206AB25
4F206AH14
4F206JA07
4F206JL02
4J002CL031
4J002DJ037
4J002DJ047
4J002DJ057
4J002DL007
4J002FA046
4J002FD016
4J002FD017
4J002GM05
(57)【要約】
【課題】耐熱性に優れるとともに、例えば保持器が厚肉の場合であっても良好な成形性を実現でき、保持器の強度に優れる転がり軸受用保持器、および該保持器を用いた転がり軸受を提供する。
【解決手段】保持器5は、樹脂組成物を射出成形してなり、転動体を保持する複数のポケット6を有する転がり軸受用保持器であって、樹脂組成物は、下記の(A)~(C)を含有する。
(A)30質量%~89.9質量%のヘキサメチレンテレフタルアミド単位とヘキサメチレンアジパミド単位を構成単位として含む共重合ポリアミド樹脂
(B)10質量%~50質量%のガラス繊維または炭素繊維
(C)0.1質量%~20質量%の板状充填材
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂組成物を射出成形してなり、転動体を保持する複数のポケットを有する転がり軸受用保持器であって、
前記樹脂組成物は、下記の(A)~(C)を含有することを特徴とする転がり軸受用保持器。
(A)30質量%~89.9質量%のヘキサメチレンテレフタルアミド単位とヘキサメチレンアジパミド単位を構成単位として含む共重合ポリアミド樹脂
(B)10質量%~50質量%のガラス繊維または炭素繊維
(C)0.1質量%~20質量%の板状充填材
【請求項2】
前記(C)が、タルク、マイカ、カオリン、およびガラスフレークの少なくともいずれかの板状充填材であり、前記樹脂組成物全体に対する含有量が0.1質量%~10質量%であることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受用保持器。
【請求項3】
前記樹脂組成物において前記(B)と前記(C)の質量比(B/C)が、99/1~60/40であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受用保持器。
【請求項4】
前記(A)は、ガラス転移温度が80℃~110℃であり、かつ、融点が300℃以上である共重合ポリアミド樹脂であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受用保持器。
【請求項5】
前記樹脂組成物は、前記(B)として、前記ガラス繊維を10質量%~35質量%、または、前記炭素繊維を15質量%~30質量%含有することを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受用保持器。
【請求項6】
前記転がり軸受用保持器は、該保持器の軸方向端面における径方向の厚みが3.0mm以上であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受用保持器。
【請求項7】
前記保持器の外径面の平面展開図において、隣接するポケットと軸方向端面とで囲まれた領域の内接円の直径が5.0mm以上であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受用保持器。
【請求項8】
内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備える転がり軸受であって、
前記保持器が、請求項1または請求項2記載の転がり軸受用保持器であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項9】
前記転がり軸受が、dm・n値が80×10~300×10の回転域で使用される軸受であることを特徴とする請求項8記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受用保持器、および該保持器を用いた転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受において、転動体を転動自在に保持する保持器として樹脂製保持器が広く用いられている。樹脂製保持器は、自己潤滑性、低摩擦特性、軽量などの点で鉄製保持器よりも優れている。樹脂製保持器の合成樹脂としては、ポリアミド6(PA6)、ポリアミド66(PA66)、ポリアミド46(PA46)などの脂肪族ポリアミド樹脂が一般に用いられており、必要に応じてこれらにガラス繊維などの繊維状補強材を含有させ強化したものが用いられている(特許文献1参照)。
【0003】
また近年では、EV用途などを中心として軸受運転条件の高速化への対応が求められており、樹脂製保持器にも高い耐熱性が求められている。その中で、汎用的に用いられる脂肪族ポリアミド樹脂に代わって、耐熱性に優れる芳香族ポリアミド樹脂が検討される事例が増加してきている。例えば、ポリアミド9T(PA9T)やポリアミド10T(PA10T)などは、ガラス転移温度や融点が脂肪族ポリアミド樹脂に比べて高く、これらを使用した保持器が提案されている(特許文献2、3、4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000-227120号公報
【特許文献2】特開2001-317554号公報
【特許文献3】特開2006-207684号公報
【特許文献4】特開2016-121735号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
樹脂製の保持器を組み込んだ転がり軸受を高速回転させる場合、高速回転によって発生する遠心力が保持器に作用する結果、保持器が変形するおそれがある。保持器が変形すると保持器とこの保持器に保持されている転動体との摩擦が大きくなり、軸受の発熱を引き起こす原因となる。また、保持器が変形すると軸受外輪との接触も起こり、この接触による摩擦熱によって樹脂が溶融して転がり軸受が回転しなくなる場合がある。よって、このように高速回転で使用される転がり軸受に組み込まれる樹脂製の保持器は、機械および/または熱的応力により、変形しないことが要求される。
【0006】
これに対して、芳香族ポリアミド樹脂は、融点およびガラス転移温度が高く、高温強度に優れる材料であることから、高速回転などの条件に適しているといえる。しかしその反面、芳香族ポリアミド樹脂は、高い融点と粘性から、脂肪族ポリアミド樹脂と比べて成形性が劣る傾向がある。具体的には、射出成形時における溶融粘度の高さや、脂肪族ポリアミド樹脂と異なる固化時の体積収縮挙動などの影響によって、脂肪族ポリアミド樹脂と比べて内部欠陥(ボイドやクラックなど)が生じやすい。とりわけ、複雑形状である保持器が厚肉の場合には、内外での体積収縮挙動の差が生じやすく、その結果、内部欠陥の発生による強度低下が懸念される。
【0007】
さらに、芳香族ポリアミド樹脂は脂肪族ポリアミド樹脂と比較して吸水性は低くなる。しかし、射出成形で製造される樹脂製の保持器には、成形時に樹脂組成物が合流する領域に形成されるウエルド部が必ず存在するところ、芳香族ポリアミド樹脂は、弾性率が高く、靱性が低くなることから、使用時に該ウエルド部への応力集中が発生し、ウエルド部での割れが発生しやすくなり、保持器としての強度が低下するおそれがある。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、耐熱性に優れるとともに、例えば保持器が厚肉の場合であっても良好な成形性を実現でき、保持器の強度に優れる転がり軸受用保持器、および該保持器を用いた転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の転がり軸受用保持器は、樹脂組成物を射出成形してなり、転動体を保持する複数のポケットを有する転がり軸受用保持器であって、上記樹脂組成物は、下記の(A)~(C)を含有することを特徴とする転がり軸受用保持器。
(A)30質量%~89.9質量%のヘキサメチレンテレフタルアミド単位とヘキサメチレンアジパミド単位を構成単位として含む共重合ポリアミド樹脂
(B)10質量%~50質量%のガラス繊維または炭素繊維
(C)0.1質量%~20質量%の板状充填材
【0010】
上記(C)が、タルク、マイカ、カオリン、およびガラスフレークの少なくともいずれかの板状充填材であり、上記樹脂組成物全体に対する含有量が0.1質量%~10質量%であることを特徴とする。
【0011】
上記樹脂組成物において上記(B)と上記(C)の質量比(B/C)が、99/1~60/40であることを特徴とする。
【0012】
上記(A)は、ガラス転移温度が80℃~110℃であり、かつ、融点が300℃以上である共重合ポリアミド樹脂であることを特徴とする。
【0013】
上記樹脂組成物は、上記(B)として、上記ガラス繊維を10質量%~35質量%、または、上記炭素繊維を15質量%~30質量%含有することを特徴とする。
【0014】
上記転がり軸受用保持器は、該保持器の軸方向端面における径方向の厚みが3.0mm以上であることを特徴とする。本発明において「保持器の軸方向端面における径方向の厚み(単に、径方向の厚みともいう)」とは、保持器の軸方向端面における内径寸法と外径寸法との差の1/2の値をいい、その値が複数ある場合はそれらの値のうち最大の値をいう。
【0015】
上記保持器の外径面の平面展開図において、隣接するポケットと軸方向端面とで囲まれた領域の内接円の直径が5.0mm以上であることを特徴とする。
【0016】
本発明の転がり軸受は、内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備える転がり軸受であって、上記保持器が、本発明の転がり軸受用保持器であることを特徴とする。
【0017】
上記転がり軸受が、dm・n値が80×10~300×10の回転域で使用される軸受であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明の転がり軸受用保持器は、樹脂組成物を射出成形してなる樹脂製保持器であり、保持器の構造(例えば厚肉の部分を有する)によっては、射出成形において内部欠陥の発生が懸念されるが、ベース樹脂に、(A)ポリアミド樹脂として、ヘキサメチレンテレフタルアミド単位とヘキサメチレンアジパミド単位を構成単位として含む共重合ポリアミド(例えば、PA6T/66)を用いることで、芳香族ポリアミド樹脂の耐熱性と脂肪族ポリアミド樹脂の成形性の高さを両立できるとともに、さらに、充填材として、(B)繊維状補強材と(C)板状充填材を組み合わせることで、保持器の剛性を高め、例えば高速回転条件下でも保持器の変形をより小さくしながら、成形時の内部欠陥の発生も抑制することができる。
【0019】
特に、内部欠陥の発生に関しては、(B)繊維状補強材の配合によって、成形時の収縮挙動に異方性が生じ、複雑形状である保持器の場合、内部欠陥が生じやすくなるところ、(C)板状充填材をさらに配合することで、樹脂の収縮挙動を等方的に抑え、成形時の内部欠陥の発生を抑制できる。さらに、板状充填材によって、ウエルド部の繊維配向を阻害することで、ウエルド部での強度低下も抑制でき、優れた保持器強度が得られる。
【0020】
上記(C)が、タルク、マイカ、カオリン、およびガラスフレークの少なくともいずれかの板状充填材であり、上記樹脂組成物全体に対する含有量が0.1質量%~10質量%であるので、例えば、より高速回転時での使用においても、保持器の変形を抑制できる。
【0021】
上記(A)の共重合ポリアミド樹脂は、融点が300℃以上であるので、保持器材料として一般に用いられているPA66(融点:約260℃)、PA46(融点:約295℃)と比較して、高い耐熱性を備える。また、PA9T(融点:約305℃)、PA10T(融点:約315℃)と比較しても、同程度の耐熱性を備える。さらに、(A)の共重合ポリアミド樹脂は、ガラス転移温度が80℃~110℃であるので、例えば高速回転条件での使用においても、保持器の変形を抑制できる。
【0022】
上記(B)の繊維状補強材を含有することにより、保持器の剛性を高めることができ、例えば高速回転条件下でも保持器の変形をより小さくでき、さらに、ガラス繊維を10質量%~35質量%、または、炭素繊維を15質量%~30質量%含有するので、ウエルド強度をより向上できる。
【0023】
本発明の転がり軸受は、内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する本発明の保持器を備えてなるので、例えばdm・n値が80×10~300×10の回転域で使用される場合においても保持器の変形を抑制でき、耐久性に優れる軸受となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の転がり軸受の一例を示す軸方向断面図である。
図2】本発明の転がり軸受用保持器の一例を示す斜視図である。
図3】保持器の外径面の平面展開図である。
図4】本発明の転がり軸受用保持器の他の例を示す部分拡大斜視図である。
図5】実施例における内部欠陥の評価のための計測部位を示す図である。
図6】内部欠陥の評価のための中立面および2値化の対象範囲を示す図である。
図7】保持器引張試験の概要を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の転がり軸受用保持器は、樹脂組成物を射出成形してなる樹脂製の保持器である。この保持器は、転動体を保持する複数のポケットを有する円環状部材である。樹脂材料とする樹脂組成物は、(A)所定のポリアミド樹脂をベース樹脂とし、これに、(B)ガラス繊維または炭素繊維、(C)板状充填材を所定量配合してなる。以下、(A)~(C)について説明する。
【0026】
[(A)ポリアミド樹脂]
本発明では、保持器のポリアミド樹脂として、ヘキサメチレンテレフタルアミド単位とヘキサメチレンアジパミド単位を構成単位として含む共重合ポリアミドを用いることを特徴としている。ヘキサメチレンテレフタルアミド単位は、ジカルボン酸であるテレフタル酸と、ジアミンである1,6-ヘキサンジアミンとが重合したPA6Tの構成単位である。ヘキサメチレンアジパミド単位は、ジカルボン酸であるアジピン酸と、ジアミンである1,6-ヘキサンジアミンとが重合したPA66の構成単位である。
【0027】
ここで、射出成形した樹脂部品におけるクラックやボイドなどの内部欠陥は、冷却・固化過程における内外の温度差によって内外の収縮挙動に差が出ることによって生じる。例えば、芳香族ポリアミド樹脂であるPA9TやPA10Tは、樹脂の冷却固化時の体積収縮挙動を示すPVT線図において、高圧化での収縮挙動が低圧下での挙動と大きく異なるため、内外の収縮挙動に差が生じやすいといえる。一方、脂肪族ポリアミド樹脂は、収縮挙動の圧力依存性が小さいため、内外の収縮挙動に差が小さい傾向がある。本発明で用いるポリアミド樹脂は、芳香族ポリアミド樹脂であるPA6Tによって耐熱性を確保しつつ、脂肪族ポリアミド樹脂であるPA66によって芳香族ポリアミド樹脂の樹脂材料よりも内外の収縮挙動に差が出にくいため、収縮による内部欠陥や変形が生じにくい。
【0028】
本発明で用いるポリアミド樹脂として、例えば、PA6T単位とPA66単位のみで実質的に構成される2元共重合ポリアミドを用いることができる。
【0029】
また、上記ポリアミド樹脂は他のモノマー単位を含んでもよく、例えば、PA6T単位およびPA66単位を含む3種のモノマー単位で構成される3元共重合ポリアミドや、PA6T単位およびPA66単位を含む4種のモノマー単位で構成される4元共重合ポリアミドであってもよい。
【0030】
他のモノマー単位に用いられるジカルボン酸成分としては、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ウンデカン二酸、ドデカン二酸などの脂肪族ジカルボン酸、シクロヘキサンジカルボン酸などの脂環族ジカルボン酸、フタル酸、イソフタル酸テレフタル酸、ナフタレンジカルボン酸などの芳香族ジカルボン酸が挙げられる。また、他のモノマー単位に用いられるジアミン成分としては、1,2-エタンジアミン、1,3-プロパンジアミン、1,4-ブタンジアミン、1,5-ペンタンジアミン、1,6-ヘキサンジアミン、1,7-ヘプタンジアミン、1,8-オクタンジアミン、1,9-ノナンジアミン、1,10-デカンジアミン、1,11-ウンデカンジアミン、1,12-ドデカンジアミンなどの脂肪族ジアミン、シクロヘキサンジアミンなどの脂環族ジアミン、キシリレンジアミンなどの芳香族ジアミンが挙げられる。また、上記ポリアミド樹脂には、カプロラクタムなどのラクタム類を共重合させてもよい。
【0031】
3元共重合ポリアミドとしては、PA6T単位とPA66単位とテトラメチレンテレフタルアミド単位(PA4Tの構成単位)の共重合ポリアミド(PA4T/6T/66)や、PA6T単位とPA66単位とヘキサメチレンイソフタルアミド単位(PA6Iの構成単位)の共重合ポリアミド(PA6T/6I/66)などが挙げられる。
【0032】
上記ポリアミド樹脂は、その融点が300℃以上であることが好ましく、300℃~330℃がより好ましく、300℃~320℃がさらに好ましい。保持器材料として一般に使用されるPA66樹脂やPA46樹脂よりも融点が高く、耐熱性に優れるので、高温環境下や、例えばdm・n値が80×10以上となるような高速回転で使用されても、保持器の変形などを防止できる。なお、融点は、示差走査熱量計(DSC)を用いて、不活性ガス雰囲気下で、上記ポリアミド樹脂を溶融状態から20℃/分の降温速度で25℃まで降温した後、20℃/分の昇温速度で昇温した場合に現れる吸熱ピークの温度(Tm)として測定できる。
【0033】
上記ポリアミド樹脂は、そのガラス転移温度が80℃~110℃であることが好ましく、90℃~110℃であることがより好ましい。保持器材料として一般に使用されるPA66樹脂(ガラス転移温度:約60℃)やPA46樹脂(ガラス転移温度:約78℃)よりもガラス転移温度が高いので、例えば、高速回転で使用されても、保持器の変形を抑制でき、転動体と保持器の滑り摩擦による発熱を小さくできる。なお、ガラス転移温度は、示差走査熱量計(DSC)を用いて、不活性ガス雰囲気下で、上記ポリアミド樹脂を急冷した後、20℃/分の昇温速度で昇温した場合に現れる階段状の吸熱ピークの中点の温度(Tg)として測定できる(JIS K7121)。
【0034】
上記ポリアミド樹脂は、その吸水率は、例えば3.0%~5.0%である。この吸水率は、80℃で相対湿度95%の恒温恒湿下で、100時間暴露したときの吸水率である。当該吸水率は、PA9TやPA10T(約1.6%)と比較して多いため、吸水が低すぎることによる低靭性に起因するウエルド部への応力集中を抑制できる。一方で、PA66(約5.6%)やPA46(約9.5%)と比較すると少ないため、過剰な吸水による寸法変化、物性低下を抑制できる。
【0035】
本発明で用いるポリアミド樹脂を製造する方法としては、溶融重合法、固相重合法、塊状重合法、溶液重合法、またはこれらを組み合わせた方法など、種々の重縮合を利用することができる。
【0036】
上記ポリアミド樹脂の含有量は、樹脂組成物全体に対して30質量%~89.9質量%であり、50質量%~89.9質量%であることが好ましい。上記含有量は、60質量%以上であってもよく、65質量%以上であってもよく、80質量%以下であってもよく、75質量%以下であってもよい。
【0037】
[(B)繊維状補強材]
上記樹脂組成物は、繊維状補強材として、ガラス繊維または炭素繊維を含有する。ガラス繊維は、SiO、B、Al、CaO、MgO、NaO、KO、Feなどを主成分とする無機ガラスから紡糸して得られる。一般に、無アルカリガラス(Eガラス)、含アルカリガラス(Cガラス、Aガラス)などを使用できる。ポリアミド樹脂への影響を考慮すれば無アルカリガラスが好ましい。無アルカリガラスは、組成物中にアルカリ成分をほとんど含んでいないホウケイ酸ガラスである。アルカリ成分がほとんど入っていないので、ポリアミド樹脂への影響がほとんどなく樹脂組成物の特性が変化しない。ガラス繊維としては、例えば、旭ファイバーグラス社製:03JAFT692、MF03MB120、MF06MB120などが挙げられる。
【0038】
炭素繊維は、ポリアクリロニトリル系(PAN系)、ピッチ系、レーヨン系、リグニン-ポバール系混合物など原料の種類によらないで使用できる。ピッチ系炭素繊維としては、例えば、クレハ社製:クレカ M-101S、同M-107S、同M-101F、同M-201S、同M-207S、同M-2007S、同C-103S、同C-106S、同C-203Sなどが挙げられる。また、PAN系炭素繊維としては、例えば、東邦テナックス社製:ベスファイトHTA-CMF0160-0H、同HTA-CMF0040-0H、同HTA-C6、同HTA-C6-S、または、東レ社製:トレカMLD-30、同MLD-300、同T008、同T010などが挙げられる。
【0039】
繊維状補強材の含有量は樹脂組成物全体に対して10質量%~50質量%である。繊維状補強材をこの範囲とすることで、成形流動性の確保や、保持器の剛性を高め、例えば、高速回転で使用されても、保持器の変形を小さくできる。また、繊維状補強材としてガラス繊維を用いる場合、その含有量は、樹脂組成物全体に対して10~35質量%が好ましく、炭素繊維を用いる場合、その含有量は、樹脂組成物全体に対して15~30質量%が好ましい。さらに、高速回転時などにおけるウエルド部の十分な強度(引張強度)を確保することを考慮すれば、樹脂組成物全体に対してガラス繊維の含有量は25~35質量%がより好ましく、樹脂組成物全体に対して炭素繊維の含有量は20~30質量%がより好ましい。
【0040】
また、本発明に用いる繊維状補強材の平均繊維径は特に限定されないが、例えば5~20μmであり、好ましくは、5~15μmである。平均繊維径は、本分野において通常使用される電子顕微鏡や原子間力顕微鏡などにより測定できる。また、平均繊維径は、上記測定に基づき数平均繊維径として算出できる。
【0041】
[(C)板状充填材]
上記樹脂組成物は、(B)繊維状補強材とともに、板状充填材を含有する。板状充填材としては、特に限定されず、タルク、マイカ、カオリン、ガラスフレーク、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなどが挙げられる。板状充填材は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、板状充填材は、表面処理剤で処理されていてもよい。
【0042】
板状充填材の含有量は樹脂組成物全体に対して0.1質量%~20質量%である。板状充填材をこの範囲とすることで、樹脂の収縮挙動を等方的に抑え、成形時の内部欠陥の発生を抑制でき、さらに、ウエルド部での強度低下も抑制しやすくなる。板状充填材の含有量は樹脂組成物全体に対して0.1質量%~10質量%が好ましく、0.1質量%~5質量%であってもよい。
【0043】
また、ウエルド部での繊維配向を阻害することの観点などから、樹脂組成物における(B)繊維状補強材と(C)板状充填材の質量比(B/C)は、99/1~60/40であることが好ましく、90/10~60/40であることがより好ましい。
【0044】
板状充填材の平均粒径は、ウエルド部での繊維配向を阻害することの観点などから1μm~40μmであることが好ましく、1μm~20μmであることがより好ましく1μm~10μmであってもよい。平均粒径は、粒径分布を累積分布としたとき、体積基準の累積値が50%となる点の粒子径(D50)であり、例えば、レーザー光散乱法を利用した粒子径分布測定装置などを用いて測定することができる。また、板状充填材の平均粒径は、繊維状補強材の平均繊維径よりも小さいことが好ましい。
【0045】
板状充填材としては、タルクまたはマイカを用いることが好ましい。タルクは、層状構造を有する鱗片状の粒子であり、組成的には含水珪酸マグネシウムであり、化学式Mg(Si10)(OH)で表される。タルクの平均粒径は1μm~4μmであってもよい。マイカは、鱗片状の珪酸アルミニウム系の鉱物であり、白雲母、金雲母、黒雲母、人造雲母などを用いることができる。
【0046】
本発明における樹脂組成物には、保持器機能や射出成形性を損なわない範囲であれば、必要に応じて、上記繊維状補強材および上記板状充填材以外の添加剤を配合してもよい。他の添加剤として、例えば、固体潤滑剤、無機充填材、酸化防止剤、帯電防止剤、離型材などを配合できる。
【0047】
上記樹脂組成物を構成する各材料を、必要に応じて、ヘンシェルミキサー、ボールミキサー、リボンブレンダーなどにて混合した後、二軸混練押出し機などの溶融押出し機にて溶融混練し、成形用ペレットを得ることができる。なお、繊維状補強材の投入は、二軸押出し機などで溶融混練する際にサイドフィードを採用してもよい。この成形用ペレットを用いて射出成形により保持器を成形する。射出成形時は、樹脂温度を上述のポリアミド樹脂の融点以上とし、金型温度を該ポリアミド樹脂のガラス転移温度以上に保持して行なう。
【0048】
本発明の転がり軸受用保持器および転がり軸受を図1および図2に基づいて説明する。図1は、本発明の転がり軸受の一例であるアンギュラ玉軸受の軸方向断面図であり、図2図1の転がり軸受における保持器(もみ抜き型)および一部拡大図である。
【0049】
図1に示すように、アンギュラ玉軸受1は、内輪2、外輪3と、内輪2と外輪3との間に介在する複数の玉(転動体)4と、この玉4を周方向に一定間隔で保持する保持器5とを備えている。保持器5が、上述の本発明の転がり軸受用保持器である。内輪2および外輪3と、玉4とは径方向中心線に対して所定の角度θ(接触角)を有して接触しており、ラジアル荷重と一方向のアキシアル荷重を負荷できる。図1において、保持器5は、外輪案内方式であり、該保持器の外周面の一部に外輪3に案内される外輪案内部を有している。なお、保持器の案内方式は、外輪案内方式に限らず、内輪案内方式でもよい。また、必要に応じて、玉4の周囲にグリースなどの潤滑剤が封入されて潤滑がなされる。
【0050】
本発明の転がり軸受は、高温条件や高速回転条件での使用に特に適している。上記転がり軸受は、例えばdm・n値が80×10~300×10の回転域で使用される。このdm・n値は150×10以上であってもよく、200×10以上であってもよい。
【0051】
図1において、アンギュラ玉軸受1は、保持器5として、融点が高く、成形性に優れたポリアミド樹脂をベース樹脂とする樹脂組成物の射出成形体を用いているため、高速回転条件下などにおいても該保持器の変形を抑制できる。特に、後述の実施例で示すように、保持器が厚肉であっても内部欠陥が抑制されることから、高速回転の負荷時の保持器の破断抑制や、疲労特性の面でも優れると考えられる。また、上述のポリアミド樹脂は、自己潤滑性および低摩擦特性にも優れているため、玉4や外輪3と保持器5との摩擦による発熱量を小さくでき、温度上昇が抑えられる。このため、該軸受は、高速回転条件下などでも長時間の運転が可能となる。
【0052】
図2(a)に示すように、保持器5は、円環状の保持器本体に玉を保持するポケット6が周方向に一定間隔で複数設けられている。周方向に隣接するポケット6の間には柱部7が形成される。保持器5は、上述の樹脂組成物を用いて射出成形でスライドコアを有する金型によりポケットを射出成形段階で形成するほか、素形材を成形した後、切削加工にてポケット部分を加工するなどして得られる。
【0053】
保持器5は射出成形体であるため、図2(b)に示すように、成形時に樹脂組成物が合流する領域にウエルド部Wが形成される。ウエルド部Wは、保持器円環において応力集中により破断しやすい箇所である。本発明の保持器では、上述したポリアミド樹脂をベース樹脂としつつ、これに所定量の繊維状補強材(ガラス繊維または炭素繊維)および板状充填材を配合してなる樹脂組成物を射出成形して得られた成形体であり、特に、板状充填材によって繊維配向を阻害することでウエルド部Wでの引張強度に一層優れ、高速回転での使用に際しても該ウエルド部での割れを防止できる。
【0054】
さらに、本発明の保持器は厚肉の部分を有する構造であっても、上記樹脂組成物を用いることで、内部欠陥の発生を抑制することができる。ここで、保持器5において、中心軸と平行な方向を軸方向といい、軸方向から見た平面視で中心軸と直交する方向を径方向といい、該平面視で中心軸回りに周回する方向を周方向という。
【0055】
図2において、保持器5の軸方向端面5aは円環状の平坦面で形成されており、保持器5の径方向にある程度(図2では一定)の厚みを有している。この径方向の厚みdは特に限定されないが、例えば2.0mm以上であり、3.0mm以上であることが好ましく、5.0mm以上であってもよい。この径方向の厚みが大きくなると、PA9TやPA10Tなどの芳香族ポリアミド樹脂では内部欠陥が発生しやすくなるため、本発明の保持器は、厚肉の保持器に特に適している。なお、保持器5の径方向の厚みは、例えば20.0mm以下であり、15.0mm以下であってもよい。
【0056】
なお、保持器5の軸方向端面5aにおける径方向の厚みは、任意の周方向位置における軸方向端面5aの内径寸法rと外径寸法Rとの差の1/2の値として求められる。保持器の軸方向端面における内径寸法および外径寸法は、定規やノギスなどを用いて測定できる。
【0057】
次に、図3には、保持器の外径面の平面展開図を示す。図3は、外径面の繰り返し構造のうち1単位を抜き出した図である。保持器5において、柱部7を中心として両側にそれぞれ半分ずつのポケット6、6が配置されている。
【0058】
保持器を射出成形する際には、成形金型と接触するキャビティの表面付近の部分と該表面から離れた部分とでは、溶融樹脂の冷却固化の速度が大きく異なる。保持器では、特に柱部の根元付近の部分が、キャビティの表面からの距離が最も離れた部分となりやすく、内部欠陥が発生しやすいといえる。本発明では、上述のポリアミド樹脂を用いるとともに、(B)繊維状補強材および(C)板状充填材を配合することで、このような部分での内部欠陥を好適に抑制できる。
【0059】
具体的には、隣接するポケット6、6と軸方向端面5aとで囲まれた領域の内接円8の直径φが3.0mm以上の保持器であっても、当該部分における内部欠陥を好適に抑制できる。内接円8の直径φは5.0mm以上であってもよい。一方、内接円8の直径φは、例えば15.0mm以下であり、10.0mm以下であってもよい。なお、内接円8を設定する際には、ポケット6の周囲に形成された肉ぬすみ7aなどの形状は考慮せず、平面展開図におけるポケット6の形状は円として設定する。なお、内接円8の直径φは、ポケット6が等配に配置されており、ポケット中心が保持器5の幅(軸方向長さ)Lの中央である場合は、下記の式(1)より算出できる。
【0060】
【数1】
【0061】
上記の式(1)中、Wは保持器の単位幅(外周長さ/ポケット数)を示し、Lは保持器の幅を示し、Dはポケット径を示す。
【0062】
本発明の転がり軸受用保持器において、保持器の幅Lは、例えば5.0mm~40.0mmであり、好ましくは10.0mm~35.0mmである。また、ボイドなどの発生をより低減しやすいことから、厚みdに対する幅Lの比(L/d)は3.0~6.0であることが好ましい。
【0063】
また、保持器におけるポケット径Dや単位幅W(外周長さ/ポケット数)は、特に限定されず適宜設定できる。例えば、ポケット径Dは5.0mm~40.0mmであり、好ましくは10.0mm~35.0mmである。例えば、単位幅Wは、10.0mm~40.0mmであり、好ましくは10.0mm~30.0mmである。
【0064】
図1および図2では、本発明の転がり軸受としてアンギュラ玉軸受を例に説明したが、本発明を適用できる軸受形式はこれに限定されず、他の玉軸受、円すいころ軸受、円筒ころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受などにも適用できる。
【0065】
本発明の転がり軸受用保持器の他の例として、冠型保持器を図4に基づいて説明する。図4は、上述の樹脂組成物を射出成形して得られた冠型保持器の部分拡大斜視図である。図4に示すように、保持器9は、環状の保持器本体の上面に周方向に一定ピッチをおいて対向一対の保持爪10を形成し、その対向する各保持爪10を相互に接近する方向にわん曲させるとともに、その保持爪10間に転動体としての玉を保持するポケット11を形成したものである。また、隣接するポケット11における相互に隣接する保持爪10の背面相互間に、保持爪10の立ち上がり基準面となる平坦部12が形成される。
【0066】
冠型保持器の場合、保持爪10とは反対側の軸方向端面9aにおける径方向の厚みが厚肉(例えば2.0mm以上)であってもよい。なお、内接円については、図3の説明と同様に求められる。また、その他の保持器にも採用することができる。
【0067】
本発明の転がり軸受用保持器は、芳香族ポリアミド樹脂では内部欠陥が生成されやすいような比較的厚肉の保持器においても、特定の芳香族ポリアミド樹脂と脂肪族ポリアミド樹脂を共重合させたポリアミド樹脂を用いるとともに、板状充填材が等方的に収縮を抑えるため、内部欠陥を好適に抑制できる。また、従来広く用いられている脂肪族ポリアミド樹脂と比較しても内部欠陥を少なくすることができる。
【0068】
従来では、収縮挙動に起因する内部欠陥や変形を抑制するため、厚肉部に肉ぬすみを設けるなどしており、内外の温度差が小さくなるような金型構造を採用する場合がある。しかし、保持器の形状によっては、肉ぬすみを設けにくかったり、肉ぬすみの厚みを大きくする場合などがあるが、本発明はこのような対策を行わなくても内部欠陥や変形に対処することができ有効である。
【実施例0069】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0070】
実施例および比較例で用いた原材料を以下に示す。
(A)樹脂材料
PA6T/66
PA66:東レ社製アミランCM3001
PA9T:クラレ社製ジェネスタN1000
(B)繊維状補強材
ガラス繊維:旭ファイバーグラス社製03JAFT692(平均繊維径10μm、平均繊維長3mm)
炭素繊維:東邦テナックス社製HTA-C6(平均繊維径7μm、平均繊維長6mm)
(C)板状充填材
タルク:林化成社製圧縮微粉タルクUPN HS-T(板状、平均粒径2.7μm)
マイカ:山口雲母工業所製A21(板状、平均粒径6.2μm)
【0071】
これらの原料を、表1に示す割合で配合した樹脂組成物を用いて、実施例と比較例のアンギュラ玉軸受用保持器を作製し、各種の試験を実施した。樹脂組成物の製造には二軸押出機を用いた。ガラス繊維、炭素繊維は折損を防止するために定量サイドフィーダーを用いて供給し、押し出して造粒した。得られたペレットを用い、インラインスクリュー式射出成形機にて成形し、所望の保持器形状(外径93mm×内径88mm×幅13mm;軸方向端面における径方向の厚み3.5mm、外径面の平面展開図において、隣接するポケットと軸方向端面とで囲まれた領域の内接円の直径6.0mm)とした。なお、径方向の厚みは、軸方向端面の内径寸法と外径寸法との差の1/2の値として求めた。内接円の直径は上記の式(1)より求めた。なお、保持器の形状は図2に示すもみ抜き型とした。
【0072】
[内部欠陥(ボイド・クラック)観察]
保持器における内部欠陥を確認するため、内部欠陥が最も発生しやすい厚肉部の中立面のCT断面画像をもとに評価した。クラックが確認された保持器は、運転状態(潤滑状態)の変化により遅れ進みなどの応力が増大した場合に、保持器破断の可能性があると考えられ、不適合と判断した。図5に、保持器13の内部欠陥の計測部位(領域A)を示す。クラックは、CT断面画像をもとに発生の有無を評価した(3:クラックなし、2:クラックあり)。ボイドは、CT断面画像をもとに欠陥面積率を算出して評価した(3:欠陥発生なし、2:欠陥面積率10%未満、1:欠陥面積率10%以上)。なお、欠陥面積率は、図6に示すような観察範囲内においてボイドやクラックが形成されやすい厚みdに対する中立面(図6(a)参照)におけるCT断面画像を抽出し、図6(b)に示すようにボイドの発生が認められる範囲で2値化して算出した。結果を表1に示す。
【0073】
【表1】
【0074】
表1に示すように、芳香族ポリアミド樹脂であるPA9T(比較例2)では、溶融粘度の高さや、脂肪族ポリアミド樹脂と異なる固化時の体積収縮挙動などの影響によって、クラックが生じた。脂肪族ポリアミド樹脂であるPA66(比較例1)では、クラックは生じなかったが、欠陥面積率の大きいボイドが確認された。それに対して、実施例1~6の保持器は、PA6T/66を用いるとともに、板状充填材が等方的に収縮を抑えるため、内部欠陥が発生しなかった。
【0075】
[保持器引張試験]
上記で得た保持器を用いて保持器引張試験を実施し、保持器の破壊強さを確認した。保持器は成形後、80℃×95%相対湿度の雰囲気にて調湿処理を実施し、吸水後に試験を実施した。得られた保持器の調湿前後の質量から以下に示す算出式により吸水率を測定した。結果を上記表1に示す。実施例1~6の保持器の当該条件における吸水率は0.5%~1.5%であり、より具体的には0.6%~1.2%であった。
吸水率(%)=(調湿後の質量-調湿前の質量)×100/調湿前の質量・・・(2)
保持器引張試験は、図7に示す円環状の引張治具14に保持器13を、そのウエルド部が水平位置になるようにセットし、島津製作所社製の引張試験機(オートグラフAG50KNX)を用いて10mm/minの引張速度で行った。結果を保持器破壊強さ(N)として上記表1に示す。
【0076】
表1に示すように、実施例1~6の保持器は、比較例1の保持器よりも高い強度を示した。実施例1~6の保持器の当該条件における破壊強さは2800N以上であり、より具体的には3000N~3600Nであった。実施例1~6の保持器は、板状充填材によって、ウエルド部の繊維配向が阻害されることでウエルド部での強度低下が抑制された。
【0077】
[高速耐久試験]
上記で得た保持器を用いたアンギュラ玉軸受を使用して、dm・n値80×10、dm・n値160×10、dm・n値240×10、dm・n値280×10でそれぞれ100時間の耐久試験を実施した。実施例および比較例の各保持器を組み込み、潤滑剤としてのグリースを封入し、両側に非接触型シールを設けて密封したアンギュラ玉軸受を用いて比較試験を行なった。保持器の損傷がなく試験を完了した場合を「3」とし、保持器の溶融や、最大温度リミット、モータの出力過大などによって停止した場合を「2」とした。結果を上記表1に示す。
【0078】
表1に示すように、PA66(比較例1)は、融点およびガラス転移温度が低く、より高速な回転条件では耐久性が低下する結果となった。一方、実施例6の保持器は、内部欠陥が存在せず、ポリアミド樹脂が高い融点およびガラス転移温度であり、比較例1よりも高速耐久性を示したが、板状充填材の含有量が比較的多く、板状充填材が保持器から脱落しやすいことから、より高速な回転条件(dm・n値280×10)では、脱落した板状充填材が転動体および内外輪の転走面を攻撃し耐久性が低下する結果となった。これに対して、実施例1~5の保持器は、より高速回転の試験条件でも十分な耐久性を示した。
【0079】
例えば厚肉の保持器の場合、具体的には、径方向の厚みが3.0mm以上で、また、外径面の平面展開図において、隣接するポケットと軸方向端面とで囲まれた領域の内接円の直径が5.0mm以上である場合、射出成形において内部欠陥の発生が懸念されるが、上記実施例のように、芳香族ポリアミド樹脂と脂肪族ポリアミド樹脂を共重合させた所定のポリアミド樹脂を用い、かつ、繊維状補強材および板状充填材を配合することで、芳香族ポリアミド樹脂の耐熱性と脂肪族ポリアミド樹脂の成形性の高さを両立しながら、内部欠陥の発生の抑制およびウエルド部での強度低下が抑制された樹脂製の転がり軸受用保持器になる。これにより、例えば厚肉の保持器の場合であっても、肉ぬすみを設けずに、内部欠陥および保持器の変形を抑制することができ、複雑な金型形状を加工せずに、内部欠陥や保持器の変形に対処することができる。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明の転がり軸受用保持器は、耐熱性に優れるとともに、例えば保持器が厚肉の場合であっても良好な成形性を実現でき、保持器の強度に優れ、特にクラックやボイドなどの内部欠陥の発生を抑制できる。そのため、高温雰囲気(例えば80℃以上の高温下)や高速回転条件下(例えばdm・n値が80×10以上)での使用に適しており、自動車、モータ、工作機械などで用いられる種々の転がり軸受の保持器として利用できる。
【符号の説明】
【0081】
1 アンギュラ玉軸受(転がり軸受)
2 内輪
3 外輪
4 玉(転動体)
5 保持器
6 ポケット
7 柱部
8 内接円
9 保持器
10 保持爪
11 ポケット
12 平坦部
13 保持器
14 引張治具
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7