IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

特開2025-25964チタン材、熱処理シミュレーション方法、熱処理シミュレーション装置、プログラム、及び、チタン材の製造方法
<>
  • 特開-チタン材、熱処理シミュレーション方法、熱処理シミュレーション装置、プログラム、及び、チタン材の製造方法 図1
  • 特開-チタン材、熱処理シミュレーション方法、熱処理シミュレーション装置、プログラム、及び、チタン材の製造方法 図2
  • 特開-チタン材、熱処理シミュレーション方法、熱処理シミュレーション装置、プログラム、及び、チタン材の製造方法 図3
  • 特開-チタン材、熱処理シミュレーション方法、熱処理シミュレーション装置、プログラム、及び、チタン材の製造方法 図4
  • 特開-チタン材、熱処理シミュレーション方法、熱処理シミュレーション装置、プログラム、及び、チタン材の製造方法 図5
  • 特開-チタン材、熱処理シミュレーション方法、熱処理シミュレーション装置、プログラム、及び、チタン材の製造方法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025025964
(43)【公開日】2025-02-21
(54)【発明の名称】チタン材、熱処理シミュレーション方法、熱処理シミュレーション装置、プログラム、及び、チタン材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 14/00 20060101AFI20250214BHJP
   C22F 1/18 20060101ALI20250214BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20250214BHJP
【FI】
C22C14/00 Z
C22F1/18 H
C22F1/00 623
C22F1/00 624
C22F1/00 625
C22F1/00 604
C22F1/00 630K
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 692B
C22F1/00 683
C22F1/00 691A
【審査請求】未請求
【請求項の数】24
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023131263
(22)【出願日】2023-08-10
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100202441
【弁理士】
【氏名又は名称】岩田 純
(72)【発明者】
【氏名】西山 真哉
(72)【発明者】
【氏名】三浦 翔太朗
(57)【要約】
【課題】純チタン又はα型チタン合金からなるチタン材であって、分塊加工工程を省略して、直接熱間加工した場合においても、表面欠陥が軽微となるものを開示する。
【解決手段】本開示のチタン材は、純チタン又はα型チタン合金からなり、長手方向に対して垂直な断面において、表層10mmの領域における旧β粒の平均粒子径が10mm以下、且つ、旧β粒の粒子径の標準偏差が5mm以下であり、表層10mmの位置のビッカース硬度と、前記断面の中心のビッカース硬度との差が20HV以上である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
純チタン又はα型チタン合金からなるチタン材であって、
長手方向に対して垂直な断面において、
表層10mmの領域における旧β粒の平均粒子径が10mm以下、且つ、旧β粒の粒子径の標準偏差が5mm以下であり、
表層10mmの位置のビッカース硬度と、前記断面の中心のビッカース硬度との差が20HV以上である、
チタン材。
【請求項2】
質量%で、
Fe:0~0.50%、
O:0~0.40%、
N:0~0.05%、
C:0~0.08%、
H:0~0.013%、並びに
残部:Ti及び不純物
からなる化学組成を有する、
請求項1に記載のチタン材。
【請求項3】
質量%で、
Al:4.0~6.0%、
Sn:2.0~3.0%、
Fe:0~0.05%、
O:0~0.20%、
N:0~0.05%、
C:0~0.10%、
H:0~0.020%、並びに、
残部:Ti及び不純物
からなる化学組成を有する、
請求項1に記載のチタン材。
【請求項4】
長手方向に対して垂直な断面の形状が、矩形状である、
請求項1~3のいずれか1項に記載のチタン材。
【請求項5】
長手方向に対して垂直な断面の面積S(mm)に対する前記断面の周長L(mm)の比L/Sが、0.005以上である、
請求項1~3のいずれか1項に記載のチタン材。
【請求項6】
表層10mmの位置よりも内側の領域が、鋳造組織を含む、
請求項1~3のいずれか1項に記載のチタン材。
【請求項7】
純チタン又はα型チタン合金の熱処理シミュレーション方法であって、
予め設定された温度変化速度で冷却又は加熱した場合における前記純チタン又はα型チタン合金のβ/α変態についての変態開始時間及び時間・温度毎の各相の変態速度を予測する、第1ステップと、
前記第1ステップにおいて予測された時間・温度毎の各相の変態速度に基づき、前記β/α変態に伴う変態潜熱量を時間・温度毎に予測し、予測された前記変態潜熱量を用いた伝熱解析により、前記純チタン又はα型チタン合金の温度変化速度及び各相の相分率の時間変化速度を予測する、第2ステップと、
前記第2ステップにおいて予測された前記温度変化速度を、前記第1ステップにおける前記温度変化速度に導入するか、又は、前記第1ステップと前記第2ステップとを繰り返し行って時間・温度毎の各相の変態速度と温度変化速度の収束計算を行うかによって、連成解析計算を行う、連成解析ステップと、
を備える、熱処理シミュレーション方法。
【請求項8】
前記第1ステップにおいて、前記変態開始時間がβ変態点温度到達時であり、前記各相の変態速度がβ/α変態の変態速度である、
請求項7に記載の熱処理シミュレーション方法。
【請求項9】
前記第1ステップにおいて、前記変態開始時間が熱力学計算における平衡相分率が変化する温度到達時であり、前記各相の変態速度がβ/α変態の変態速度である、
請求項7の熱処理シミュレーション方法。
【請求項10】
前記第2ステップにおいて、三次元の非定常熱伝導方程式を利用して前記伝熱解析を行う、
請求項7~9のいずれか1項に記載の熱処理シミュレーション方法。
【請求項11】
前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の変形抵抗を予測する、
請求項7~9のいずれか1項に記載の熱処理シミュレーション方法。
【請求項12】
前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の旧β粒径を予測する、
請求項7~9のいずれか1項に記載の熱処理シミュレーション方法。
【請求項13】
純チタン又はα型チタン合金の熱処理シミュレーション装置であって、
予め設定された温度変化速度で冷却又は加熱した場合における前記純チタン又はα型チタン合金のβ/α変態についての変態開始時間及び時間・温度毎の各相の変態速度を予測する、第1予測部と、
前記第1予測部によって予測された時間・温度毎の各相の変態速度に基づき、前記β/α変態に伴う変態潜熱量を時間・温度毎に予測し、予測された前記変態潜熱量を用いた伝熱解析により、前記純チタン又はα型チタン合金の温度変化速度及び各相の相分率の時間変化速度を予測する、第2予測部と、
前記第2予測部によって予測された前記温度変化速度を、前記第1予測部における前記温度変化速度に導入するか、又は、前記第1予測部による予測と前記第2予測部による予測とを繰り返し行って時間・温度毎の各相の変態速度と温度変化速度の収束計算を行うかによって、連成解析計算を行う、連成解析部と、
を備える、熱処理シミュレーション装置。
【請求項14】
前記第1予測部において予測される前記変態開始時間がβ変態点温度到達時であり、前記各相の変態速度がβ/α変態の変態速度である、
請求項13に記載の熱処理シミュレーション装置。
【請求項15】
前記第1予測部において予測される前記変態開始時間が熱力学計算における平衡相分率が変化する温度到達時であり、前記各相の変態速度がβ/α変態の変態速度である、
請求項13の熱処理シミュレーション装置。
【請求項16】
前記第2予測部において、三次元の非定常熱伝導方程式を利用して前記伝熱解析が行われる、
請求項13~15のいずれか1項に記載の熱処理シミュレーション装置。
【請求項17】
前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の変形抵抗が予測されるように構成されている、
請求項13~15のいずれか1項に記載の熱処理シミュレーション装置。
【請求項18】
前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の旧β粒径が予測されるように構成されている、
請求項13~15のいずれか1項に記載の熱処理シミュレーション装置。
【請求項19】
コンピュータを熱処理シミュレーション装置として動作させるプログラムであって、
前記コンピュータに、
予め設定された温度変化速度で冷却又は加熱した場合における前記純チタン又はα型チタン合金のβ/α変態についての変態開始時間及び時間・温度毎の各相の変態速度を予測する、第1ステップと、
前記第1ステップにおいて予測された時間・温度毎の各相の変態速度に基づき、前記β/α変態に伴う変態潜熱量を時間・温度毎に予測し、予測された前記変態潜熱量を用いた伝熱解析により、前記純チタン又はα型チタン合金の温度変化速度及び各相の相分率の時間変化速度を予測する、第2ステップと、
前記第2ステップにおいて予測された前記温度変化速度を、前記第1ステップにおける前記温度変化速度に導入するか、又は、前記第1ステップと前記第2ステップとを繰り返し行って時間・温度毎の各相の変態速度と温度変化速度の収束計算を行うかによって、連成解析計算を行う、連成解析ステップと、
を実行させる、プログラム。
【請求項20】
純チタン又はα型チタン合金からなるチタン材の製造方法であって、
純チタン又はα型チタン合金からなる鋳塊を得ること、
前記鋳塊を加熱炉において所定の加熱条件で加熱すること、及び
前記加熱後、前記鋳塊を所定の冷却条件で冷却すること、を含み、
前記加熱条件は、前記加熱炉の設定温度TがTβ+10℃以上且つTβ+130℃以下(ここで、Tβはβ変態点である)であり、前記加熱炉において前記鋳塊が在炉時間tの間加熱されることで、前記鋳塊の少なくとも表層10mmの位置が、Tβ+10℃以上且つTβ+130℃以下となるように設定された条件であり、
前記冷却条件は、前記鋳塊の表層10mmの位置が、Tβ+10℃から300℃以下まで5℃/s以上の冷却速度で冷却されるように設定された条件である、
チタン材の製造方法。
【請求項21】
前記加熱条件が、請求項7に記載の熱処理シミュレーション方法による結果に基づいて決定されたものである、
請求項20に記載のチタン材の製造方法。
【請求項22】
前記熱処理シミュレーション方法において、前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき各時間の旧β粒径を予測し、前記鋳塊の表層10mmの位置における旧β粒の平均粒子径が10mm以下、且つ、旧β粒の粒子径の標準偏差が5mm以下となる前記加熱条件を予測し、予測された前記加熱条件にしたがって前記鋳塊の加熱を行う、
請求項21に記載のチタン材の製造方法。
【請求項23】
前記冷却条件が、請求項7に記載の熱処理シミュレーション方法による結果に基づいて決定されたものである、
請求項20~22のいずれか1項に記載のチタン材の製造方法。
【請求項24】
前記加熱の完了から前記冷却を開始するまでの時間tが、請求項7に記載の熱処理シミュレーション方法による結果に基づいて決定されたものである、
請求項20~22のいずれか1項に記載のチタン材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願はチタン材、熱処理シミュレーション方法、熱処理シミュレーション装置、プログラム、及び、チタン材の製造方法を開示する。
【背景技術】
【0002】
チタン及びチタン合金は、高い比強度と優れた耐食性とを活かして、航空機の窓枠、配管などの部品、電解槽や熱交換器などの工業用途、屋根や瓦などの建築材、アイゼンなどの登山用品、ゴルフクラブなどの民生品用途に適用されている。また、生体との相性も良いことから、時計やメガネフレームなどの装飾品、インプラントなどの医療用途等にも幅広く使用されている。
【0003】
α相が室温相である純チタン材やα型チタン合金からなる熱間加工用素材の製造工程の一例を説明する。まず、スポンジチタン、母合金、チタンスクラップなどを溶解原料とし、真空アーク溶解法、電子ビーム溶解法、プラズマ溶解法などにより鋳塊(インゴット)を製造する。次に、鋳造由来の粗大組織を破壊するため、鋳塊をβ域又はα域に加熱し、鍛造又は圧延による分塊(ブレークダウン)加工を行い、スラブやビレットなどの熱間加工用素材とする。熱間加工用素材は、引き続き熱間圧延されて板や棒線形状に加工される。これら板や棒は焼鈍・酸洗してそのまま製品になる場合と、要求される寸法や特性に応じてさらに冷間圧延とひずみ除去の焼鈍を行い、最終製品とする場合とがある。なお、分塊加工や熱間加工後は、酸洗や切削による酸化層や表面欠陥の除去を行う。
【0004】
上記の鋳塊は、粒径が数十mmもある粗大な結晶粒からなる。この鋳塊を、分塊加工工程を実施せずに直接熱間圧延すると、hcp構造を有するα相の粗大な結晶粒に起因して粒内及び各結晶粒間の変形異方性により、熱間圧延の初期に表面に凹凸が生じ、最終的に深い表面欠陥となる。このため、熱間加工後に、脱スケール工程などで表面欠陥の除去が必要となり歩留まりを低下させる。なお、この現象はα相が変形異方性の大きいhcp構造であることに起因するため、bcc構造を有するβ相からなるβ型チタン合金や、β相とα相の混合組織であるα+β型チタン合金では変形異方性が比較的小さく、表面欠陥の問題は顕在化しにくい。
【0005】
以上の通り、α相が室温相である純チタン材やα型チタン合金材において、分塊加工工程を省略する場合には、熱間圧延後の表面欠陥を可能な限り抑制するための工夫が必要となる。このような問題点に対して、鋳塊からなる熱間加工用素材に対して加工や熱処理を施したり、熱間圧延方法を工夫して表面欠陥を軽減する方法が提案されている。
【0006】
例えば、特許文献1では、鋳塊の表面から5mmを超える深さまでをβ変態点+30℃以上、β変態点+130℃以下の温度に加熱した後、鋳塊表面をファン空冷以上の冷却速度で冷却する熱処理を実施し、さらに表面を算術平均粗さRaが1~20μmとなるように手入れした後に熱間圧延することで、熱間圧延後の表面性状を良好に保つことができる、α相を主とするチタン材の製造方法が開示されている。
【0007】
特許文献2では、β域加工における表面疵を改善する方法として、事前に鋳塊をβ変態点+50℃以上に2時間以下加熱後、β変態点-50℃以下に冷却する熱処理を実施することで表層の結晶粒を微細化し、粗大な結晶粒の変形異方性による表面欠陥を抑制する製造方法が開示されている。
【0008】
特許文献3では、チタン鋳塊の表層付近の結晶粒を細粒化させるためにひずみを付与し、再結晶温度以上に加熱して表面から深さ2mmを再結晶させた後に熱間加工する方法が提案されている。ひずみを付与する手段としては、ショットブラスト、鍛造やロール圧下などが挙げられている。
【0009】
特許文献4では、チタン鋳塊を930~1000℃で30分~2時間均熱後、β単相温度域で少なくとも1パスあたり10%以上で、2パス以上かつ全圧下率40%以上の圧延を施し、さらにβ変態点温度以下のα単相域又はα+β二相域で圧下率20%以上の圧延を施す熱間加工方法が提案されている。
【0010】
前記のような手段により、鋳塊からなる熱間加工用素材に対して加工や熱処理を施したり、熱間圧延方法を工夫して表面欠陥を軽減可能であるものの、製造条件の厳しい管理が必要となり、製造負荷が大きく、コストや時間がかかるとともに、歩留りが低減する場合もある。また、以上のような熱処理を実現するためには、鋳塊の合金成分、形状(矩形、円柱形状)や寸法に応じて、条件の検討が必要である。この点、従来より、実物を用いた試験や伝熱解析を用いて熱処理条件の検討がなされてきた。しかしながら、従来の方法にあっては、伝熱解析結果と実際に鋳塊に付与される熱履歴とが一致し難く、伝熱解析結果のみから目的とするチタン材を得ることが難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第6372373号公報
【特許文献2】特開平8-060317号公報
【特許文献3】特開平1-156456号公報
【特許文献4】特開昭61-159562号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上の背景技術に鑑み、本願は、室温における主な構成相が変形異方性の大きいα相である純チタン又はα型チタン合金からなるチタン材であって、分塊加工工程を省略して、直接熱間加工した場合においても、表面欠陥が軽微となるチタン材及びその製造方法を開示する。また、当該製造方法における適切な熱処理条件を精度よく求めることが可能な熱処理シミュレーション方法、熱処理シミュレーション装置及びプログラムを開示する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願は上記課題を解決するための手段として、以下の複数の態様を開示する。
(態様1)
純チタン又はα型チタン合金からなるチタン材であって、
長手方向に対して垂直な断面において、
表層10mmの領域における旧β粒の平均粒子径が10mm以下、且つ、旧β粒の粒子径の標準偏差が5mm以下であり、
表層10mmの位置のビッカース硬度と、前記断面の中心のビッカース硬度との差が20HV以上である、
チタン材。
(態様2)
質量%で、
Fe:0~0.50%、
O:0~0.40%、
N:0~0.05%、
C:0~0.08%、
H:0~0.013%、並びに
残部:Ti及び不純物
からなる化学組成を有する、
態様1のチタン材。
(態様3)
質量%で、
Al:4.0~6.0%、
Sn:2.0~3.0%、
Fe:0~0.05%、
O:0~0.20%、
N:0~0.05%、
C:0~0.10%、
H:0~0.020%、並びに
残部:Ti及び不純物
からなる化学組成を有する、
態様1のチタン材。
(態様4)
長手方向に対して垂直な断面の形状が、矩形状である、
態様1~3のチタン材。
(態様5)
長手方向に対して垂直な断面の面積S(mm)に対する前記断面の周長L(mm)の比L/Sが、0.005以上である、
態様1~4のいずれかのチタン材。
(態様6)
表層10mmの位置よりも内側の領域が、鋳造組織を含む、
態様1~5のいずれかのチタン材。
(態様7)
純チタン又はα型チタン合金の熱処理シミュレーション方法であって、
予め設定された温度変化速度で冷却又は加熱した場合における前記純チタン又はα型チタン合金のβ/α変態(尚、本願において、「β/α変態」とは、「β相からα相への変態(β⇒α変態)」及び「α相からβ相への変態(α⇒β変態)」の双方を含む概念であり、双方のうちのいずれであってもよい。以下、同様である。)についての変態開始時間及び時間・温度毎の各相の変態速度を予測する、第1ステップと、
前記第1ステップにおいて予測された時間・温度毎の各相の変態速度に基づき、前記β/α変態に伴う変態潜熱量を時間・温度毎に予測し、予測された前記変態潜熱量を用いた伝熱解析により、前記純チタン又はα型チタン合金の温度変化速度及び各相の相分率の時間変化速度を予測する、第2ステップと、
前記第2ステップにおいて予測された前記温度変化速度を、前記第1ステップにおける前記温度変化速度に導入するか、又は、前記第1ステップと前記第2ステップとを繰り返し行って時間・温度毎の各相の変態速度と温度変化速度の収束計算を行うかによって、連成解析計算を行う、連成解析ステップと、
を備える、熱処理シミュレーション方法。
(態様8)
前記第1ステップにおいて、前記変態開始時間がβ変態点温度到達時であり、前記各相の変態速度がβ/α変態の変態速度である、
態様7の熱処理シミュレーション方法。
(態様9)
前記第1ステップにおいて、前記変態開始時間が熱力学計算における平衡相分率が変化する温度到達時であり、前記各相の変態速度がβ/α変態の変態速度である、
態様7の熱処理シミュレーション方法。
(態様10)
前記第2ステップにおいて、三次元の非定常熱伝導方程式を利用して前記伝熱解析を行う、
態様7~9のいずれかの熱処理シミュレーション方法。
(態様11)
前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の変形抵抗を予測する、
態様7~10のいずれかの熱処理シミュレーション方法。
(態様12)
前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の旧β粒径を予測する、
態様7~11のいずれかの熱処理シミュレーション方法。
(態様13)
純チタン又はα型チタン合金の熱処理シミュレーション装置であって、
予め設定された温度変化速度で冷却又は加熱した場合における前記純チタン又はα型チタン合金のβ/α変態についての変態開始時間及び時間・温度毎の各相の変態速度を予測する、第1予測部と、
前記第1予測部によって予測された時間・温度毎の各相の変態速度に基づき、前記β/α変態に伴う変態潜熱量を時間・温度毎に予測し、予測された前記変態潜熱量を用いた伝熱解析により、前記純チタン又はα型チタン合金の温度変化速度及び各相の相分率の時間変化速度を予測する、第2予測部と、
前記第2予測部によって予測された前記温度変化速度を、前記第1予測部における前記温度変化速度に導入するか、又は、前記第1予測部による予測と前記第2予測部による予測とを繰り返し行って時間・温度毎の各相の変態速度と温度変化速度の収束計算を行うかによって、連成解析計算を行う、連成解析部と、
を備える、熱処理シミュレーション装置。
(態様14)
前記第1予測部において予測される前記変態開始時間がβ変態点温度到達時であり、前記各相の変態速度がβ/α変態の変態速度である、
態様13の熱処理シミュレーション装置。
(態様15)
前記第1予測部において予測される前記変態開始時間が熱力学計算における平衡相分率が変化する温度到達時であり、前記各相の変態速度がβ/α変態の変態速度である、
態様13の熱処理シミュレーション装置
(態様16)
前記第2予測部において、三次元の非定常熱伝導方程式を利用して前記伝熱解析が行われる、
態様13~15のいずれかの熱処理シミュレーション装置。
(態様17)
前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の変形抵抗が予測されるように構成されている、
態様13~16のいずれかの熱処理シミュレーション装置。
(態様18)
前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の旧β粒の平均旧β粒径が予測されるように構成されている、
態様13~17のいずれかの熱処理シミュレーション装置。
(態様19)
コンピュータを熱処理シミュレーション装置として動作させるプログラムであって、
前記コンピュータに、
予め設定された温度変化速度で冷却又は加熱した場合における前記純チタン又はα型チタン合金のβ/α変態についての変態開始時間及び時間・温度毎の各相の変態速度を予測する、第1ステップと、
前記第1ステップにおいて予測された時間・温度毎の各相の変態速度に基づき、前記β/α変態に伴う変態潜熱量を時間・温度毎に予測し、予測された前記変態潜熱量を用いた伝熱解析により、前記純チタン又はα型チタン合金の温度変化速度及び各相の相分率の時間変化速度を予測する、第2ステップと、
前記第2ステップにおいて予測された前記温度変化速度を、前記第1ステップにおける前記温度変化速度に導入するか、又は、前記第1ステップと前記第2ステップとを繰り返し行って時間・温度毎の各相の変態速度と温度変化速度の収束計算を行うかによって、連成解析計算を行う、連成解析ステップと、
を実行させる、プログラム。
(態様20)
純チタン又はα型チタン合金からなるチタン材の製造方法であって、
純チタン又はα型チタン合金からなる鋳塊を得ること、
前記鋳塊を加熱炉において所定の加熱条件で加熱すること、及び
前記加熱後、前記鋳塊を所定の冷却条件で冷却すること、を含み、
前記加熱条件は、前記加熱炉の設定温度TがTβ+10℃以上且つTβ+130℃以下(ここで、Tβはβ変態点である)であり、前記加熱炉において前記鋳塊が在炉時間tの間加熱されることで、前記鋳塊の少なくとも表層10mmの位置が、Tβ+10℃以上且つTβ+130℃以下となるように設定された条件であり、
前記冷却条件は、前記鋳塊の表層10mmの位置が、Tβ+10℃から300℃以下まで5℃/s以上の冷却速度で冷却されるように設定された条件である、
チタン材の製造方法。
(態様21)
前記加熱条件が、態様7~12のいずれかの熱処理シミュレーション方法による結果に基づいて決定されたものである、
チタン材の製造方法。
(態様22)
前記熱処理シミュレーション方法において、前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき各時間の旧β粒径を予測し、前記鋳塊の表層10mmの位置における旧β粒の平均粒子径が10mm以下、且つ、旧β粒の粒子径の標準偏差が5mm以下となる前記加熱条件を予測し、予測された前記加熱条件にしたがって前記鋳塊の加熱を行う、
態様21のチタン材の製造方法
(態様23)
前記冷却条件が、態様7~12のいずれかの熱処理シミュレーション方法による結果に基づいて決定されたものである、
態様20~22のいずれかのチタン材の製造方法。
(態様24)
前記加熱の完了から前記冷却を開始するまでの時間tが、態様7~12のいずれかの熱処理シミュレーション方法による結果に基づいて決定されたものである、
態様20~23のいずれかのチタン材の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本開示のチタン材は、室温における主な構成相が変形異方性の大きいα相である純チタン又はα型チタン合金からなるものである一方、分塊加工工程を省略して、直接熱間加工した場合においても、表面欠陥が軽微となる。また、本開示の製造方法によれば、このようなチタン材を適切に製造することができる。さらに、本開示の熱処理シミュレーション方法、熱処理シミュレーション装置及びプログラムによれば、当該製造方法における適切な熱処理条件を精度よく求めることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】熱処理シミュレーションにおける温度、応力、組織の関係を示している。
図2】炭素鋼(ASTM A36)の密度の温度依存性と純チタンの密度の温度依存性との各々を示している。
図3】チタン材の熱伝導率及び比熱の温度依存性を示している。
図4】950℃加熱時の実測値、温度-相率連成解析、及び、伝熱解析結果を比較したグラフである。下図はβ変態点(880℃)近傍を拡大して示している。
図5】1100℃加熱時の実測値、温度-相率連成解析、及び、伝熱解析結果を比較したグラフである。下図はβ変態点(880℃)近傍を拡大して示している。
図6】実施例における熱処理の温度履歴の一例を示している。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者は、純チタン又はα型チタン合金の加熱過程及び冷却過程について、β/α変態の潜熱を考慮して温度・相率を連成して解析し、熱処理中の温度履歴を高精度で予測することが可能な熱処理シミュレーション方法、及び、この温度履歴に基づいて旧β粒径等を予測する方法を完成させた。また、これを活用して、表層の旧β粒径が10mm以下、且つ、旧β粒径の標準偏差が小さく、熱間加工中の表面欠陥が小さいチタン材、及び、このようなチタン材を鋳塊から製造する方法を完成させた。以下、一実施形態に係るチタン材及びその製造方法、並びに、熱処理シミュレーション方法、熱処理シミュレーション装置及びプログラムについて説明する。
【0017】
1.チタン材
本開示のチタン材は、純チタン又はα型チタン合金からなるものである。また、本開示のチタン材は、長手方向に対して垂直な断面において、前記断面の表層10mmの領域における旧β粒の平均粒子径が10mm以下、且つ、旧β粒の粒子径の標準偏差が5mm以下であり、前記断面の表層10mmの位置のビッカース硬度と、前記断面の中心のビッカース硬度との差が20HV以上である。
【0018】
1.1 化学組成
本開示のチタン材は、純チタン又はα型チタン合金からなる。これらは、変形異方性の大きいα相を室温における主な構成相とするものである。本開示のチタン材の化学組成はJIS H4600(板および条)、JIS H4650(棒)、JIS H4670(線)やASTM B265(Strip, Sheet、and Plate)、ASTM B348(Bars and Billets)に、純チタン又はα型チタン合金として記載されるものである。例えば、本開示のチタン材は、質量%で、Fe:0~0.50%、O:0~0.40%、N:0~0.05%、C:0~0.08%、H:0~0.013%、並びに、残部:Ti及び不純物からなる化学組成を有するものや、質量%で、Al:4.0~6.0%、Sn:2.0~3.0%、Fe:0~0.05%、O:0~0.20%、N:0~0.05%、C:0~0.10%、H:0~0.020%、並びに、残部:Ti及び不純物からなる化学組成を有するものであってもよい。なお、本実施形態に係るチタン材の化学組成の残部は、上述の通り、Ti及び不純物であってよい。不純物とは、例示すれば、精錬工程等で混入するCl、Na、Mg、Ca、Bおよびスクラップ等から混入するZr、Sn、Mo、Nb、Ta、Vであるが、これらには限られない。不純物は、各元素の含有量が0.1%以下、かつ総量で0.5%以下であれば問題無いレベルである。
【0019】
1.2 形状
本開示のチタン材の形状は、特に限定されるものではない。チタン材は、例えば、インゴット、スラブ、ブルーム又はビレットのいずれか1種であってもよい。本開示のチタン材は、そのまま熱間加工されるものであってもよい。例えば、チタン材の長手方向に対して垂直な断面形状が矩形状である場合、そのまま熱間圧延を施して当該チタン材を板状や線状や角棒状や丸棒状等に加工することができる。また、チタン材の長手方向に対して垂直な断面形状が円形状である場合、そのまま熱間圧延を施して当該チタン材を板状や線状や角棒状や丸棒状等に加工することができる。このように、本開示のチタン材は、熱間圧延用チタン材であってもよい。チタン材は、幅、厚み及び長さを有するものであってもよい。この場合、チタン材の幅は、50mm以上1500mm以下であってよく、厚みは30mm以上1500mm以下であってよく、長さは0.1m以上100m以下であってよい。尚、チタン材の断面形状が円形状である場合、当該チタン材の幅及び厚みは、当該円形の直径と実質的に一致する。
【0020】
本開示のチタン材は、長手方向に対して垂直な断面(横断面)の面積S(mm)に対する当該断面の周長L(mm)の比L/Sが、0.005以上であることが好ましい。後述するように、本開示のチタン材は、その表層の旧β粒径が微細であればあるほど、熱間加工時の表面欠陥が軽微となる。鋳造における凝固の際、チタン材の体積あたりの表面積が大きいと、凝固までの時間および凝固後の冷却時間が短くなり、組織を微細化し易くなる。例えば、チタン材のL/Sが大きいほうが、チタン材の表層の旧β粒径がより小さくなり易い。また、後述する熱処理においても、入熱量が増加するため昇温に要する時間が短くなるとともに、水冷時の抜熱量が大きいために冷却速度が上昇し、導入される変態歪量が増加する。抜熱および入熱量を増加させる観点からは、L/Sは大きいほどよいので上限は特にない。L/Sは、上述の通り好ましくは0.005以上であり、より好ましくは0.006以上、さらに好ましくは0.008以上である。また、L/Sは、例えば、0.030以下、0.025以下、又は、0.020以下であってもよい。
【0021】
1.3 旧β粒径及びビッカース硬度
本発明者の新たな知見によると、熱間加工中にチタン材に生じる表面欠陥の主な原因は、α相(hcp)の粗大粒の変形異方性に起因する熱間加工の初期に形成される凹凸にある。すなわち、熱間加工時の表面欠陥を抑制するためには、この凹凸を軽減することが重要といえる。本発明者の新たな知見によると、チタン材の長手方向に対して垂直な断面において、表層10mmの領域における旧β粒の平均粒子径が10mm以下、且つ、旧β粒の粒子径の標準偏差が5mm以下であり、表層10mmの位置のビッカース硬度と、前記断面の中心のビッカース硬度との差が20HV以上であれば、熱間加工中の表面欠陥が軽微となる。
【0022】
1.3.1 旧β粒径
鋳造ままのチタン材は、通常、旧β粒径が数十mmもある粗大な結晶粒からなる。これに対し、本開示のチタン材は、上述の通り、チタン材の長手方向に対して垂直な断面において、表層10mmの領域における旧β粒の平均粒子径が10mm以下、且つ、旧β粒の粒子径の標準偏差が5mm以下であり、すなわち、表層に微細且つ均一な結晶粒を有する。表層10mmの領域における旧β粒の平均粒子径は、9mm以下又は8mm以下であってもよい。旧β粒の平均粒子径の下限は特に限定されるものではないが、例えば、1mm以上、2mm以上、3mm以上、4mm以上又は5mm以上であってもよい。平均粒子径が一定以上であることで、熱間加工時の変形抵抗が下がるという効果が期待できる。さらに、旧β粒の平均粒子径が一定以上かつ後述のビッカース硬度差が一定以上であることで、内部に圧延初期でひずみが集中し、後続の圧延パスまでに内部組織が微細化して疵が発生しにくくなるという効果が期待できる。また、旧β粒の粒子径の標準偏差は、3mm以下又は2mm以下であってもよい。このように表層の結晶粒を微細且つ均一とするためには、例えば、後述するように、鋳塊の表層に適切な熱履歴を付与することが有効である。なお、後述する本開示のシミュレーション方法を活用しなかった場合、鋳塊の表層に適切な熱履歴を付与するための条件等を実機試験によるトライ&エラーで検討する必要があり、極めて多くの工数、労力が必要になる。その上で、本発明者は、後述する比較例のNo.2~No.7に示したように、旧β粒の平均粒径が10mm超になったり、旧β粒の粒子径の標準偏差が5mm超になったり、表層10mmと中心のビッカース硬度の差が20HV以下となったりすることを確認している。これらは、表層の到達温度が低かったり、水冷までの搬送中にβ⇒α変態が完了したことが一因と考えられる。
【0023】
尚、本開示のチタン材において、表層10mmの領域よりも内側の領域の金属組織は、本開示のチタン材による課題解決メカニズムに実質的な影響を与えるものではないため、特に限定されるものではない。本開示のチタン材は、例えば、表層10mmの領域よりも内側の領域が鋳造組織(数十mmの柱状もしくは等軸の旧β粒があり、その内部が2個以上のα粒で構成されたもの。)を含むものであってもよい。すなわち、表層10mmの領域よりも内側の領域に粗大な結晶粒が含まれていてもよい。表層10mmの領域よりも内側の領域における旧β粒の平均粒子径は、例えば、10mm以上又は15mm以上であってもよく、50mm以下又は40mm以下であってもよい。また、旧β粒の粒子径の標準偏差は、5mm以上又は10mm以上であってもよく、30mm以下又は20mm以下であってもよい。或いは、本開示のチタン材は、例えば、表層10mmの領域よりも内側の領域が、加工組織となっていてもよい。或いは、本開示のチタン材は、例えば、表層10mmの領域よりも内側の領域における旧β粒の平均粒子径が、表層10mmの領域と同様に、10mm以下であってもよく、且つ、旧β粒の粒子径の標準偏差が5mm以下であってもよい。
【0024】
尚、本願において「表層10mmの領域」とは、長手方向に対して垂直な断面の外縁から内側に向かって10mmまでの領域をいう。また、本願において「平均粒子径」及び「標準偏差」とは、以下の通りに測定されるものである。すなわち、チタン材の長手方向に対して垂直な断面を光学顕微鏡又は走査型電子顕微鏡で観察し、当該断面に含まれるβ域において存在していた複数の粒(旧β粒)の各々について面積円相当直径を求め、その平均値を「平均粒子径」とする。また、「標準偏差」は、測定した100個の粒子径について、それぞれの数値と平均値の差の二乗平均の平方根によって求められる。
【0025】
1.3.2 ビッカース硬度
上述の通り、鋳造ままのチタン材は、通常、旧β粒径が数十mmもある粗大な結晶粒からなり、また、表層と内部とで歪み差が小さく、長手方向に対して垂直な断面の表層10mmの位置のビッカース硬度と、前記断面の中心のビッカース硬度との差が小さい。これに対し、本開示のチタン材は、表層10mmの位置のビッカース硬度と、中心のビッカース硬度との差が20HV以上である。当該硬度の差は25HV以上又は30HV以上であってもよく、100HV以下、80HV以下、60HV以下又は40HV以下であってもよい。表層10mm位置及び中心のビッカース硬度の差ΔHVが大きい場合、表層に歪みが導入されているものといえる。表層に歪が導入されている場合、例えば、熱間加工前にβ単相域に加熱された際に、当該歪を駆動エネルギーとしてα相からβ相への変態(α⇒β変態)が生じ、旧β粒径がさらに微細化し、熱間加工時の粒界において歪が集中することによる割れやボイドの発生、及び、熱間加工後の変形異方性を抑制し、圧延後の表面欠陥を一層無害化し易くなる。このように表層と中心とのビッカース硬度差を大きくするためには、例えば、後述するように、鋳塊の表層に適切な熱履歴を付与することが有効である。
【0026】
尚、本願において「表層10mmの位置のビッカース硬度」及び「断面の中心のビッカース硬度」は、各々、以下の通りに測定する。すなわち、ビッカース硬度の測定は、JIS Z 2244に従い、測定荷重1kgf、保持時間15sにて、5点試験を行い、最大値と最小値を除いた3点の平均にて算出する。
【0027】
2.チタン材の製造方法
本開示の技術は、チタン材の製造方法としての側面も有する。すなわち、本開示のチタン材の製造方法は、純チタン又はα型チタン合金からなるチタン材を製造する方法であって、
純チタン又はα型チタン合金からなる鋳塊を得ること、
前記鋳塊を加熱炉において所定の加熱条件で加熱すること、及び
前記加熱後、前記鋳塊を所定の冷却条件で冷却すること、を含み、
前記加熱条件は、前記加熱炉の設定温度TがTβ+10℃以上且つTβ+130℃以下(ここで、Tβはβ変態点である)であり、前記加熱炉において前記鋳塊が在炉時間tの間加熱されることで、前記鋳塊の少なくとも表層10mmの位置が、Tβ+10℃以上且つTβ+130℃以下となるように設定された条件である。言い換えれば、前記加熱条件は、前記鋳塊が、前記加熱炉において、Tβ+10℃以上且つTβ+130℃以下(ここで、Tβはβ変態点である)の設定温度Tで、在炉時間tの間加熱されることで、前記鋳塊の少なくとも表層10mmの位置が、Tβ+10℃以上且つTβ+130℃以下となるように設定された条件である。
また、前記冷却条件は、前記鋳塊の表層10mmの位置が、Tβ+10℃から300℃以下まで5℃/s以上の冷却速度で冷却されるように設定された条件である。
【0028】
上記の製造方法において、加熱条件や冷却条件については、鋳塊の化学組成、形状(矩形、円柱形状)や寸法に応じて最適な条件が設定される必要がある。この場合、伝熱解析を利用した熱処理シミュレーションによって最適な加熱条件や冷却条件を予測し、当該予測結果に基づいて実操業における加熱条件や冷却条件が設定されるとよい。すなわち、本開示の製造方法においては、上記の加熱条件が、所定の熱処理シミュレーション方法による結果に基づいて決定されるとよい。また、上記の冷却条件が、所定の熱処理シミュレーション方法による結果に基づいて決定されてもよく、さらに、前記加熱の完了から前記冷却を開始するまでの時間tが、所定の熱処理シミュレーション方法による結果に基づいて決定されてもよい。熱処理シミュレーションの詳細については後述する。
【0029】
本開示の製造方法は、例えば、鋳塊を(Tβ+10℃)以上、(Tβ+130℃)以下の加熱炉の設定温度Tで所定の在炉時間tの間熱処理し、その後、空冷以上の冷却速度で冷却することを含むものであってもよい。鋳塊の表層10mmは、この熱処理においてβ変態点以上まで昇温してα⇒β変態し、冷却された組織を有する。
【0030】
2.1 鋳塊
純チタン又はα型チタン合金からなる鋳塊は、従来公知の方法によって得られたものであってよい。当該鋳塊の化学組成は、上述のチタン材の化学組成と同様であってよい。また、当該鋳塊の組織は、鋳造ままの組織であってよい。すなわち、当該鋳塊の組織は、数十mmの柱状もしくは等軸の旧β粒があり、その内部が2個以上のα粒で構成されたものからなっていてもよい。鋳塊は、例えば、従来の消耗電極式真空アーク再溶解に比べて、電子ビーム溶解又はプラズマアーク溶解により得られたものが好ましい。これは、消耗電極式真空アーク再溶解ではL/S=0.005である円柱形状に限定されるのに対して、電子ビーム溶解やプラズマアーク溶解ではモールド形状の自由度が高く、上記L/Sが所定以上である鋳塊を溶解できるためである。さらに、電子ビーム溶解は、プラズマアーク溶解に比べて出力が高く溶融後に高温で保持できるため、凝固時の温度が均一となり粒径の標準偏差が低下する、O、C、N等の不純物の除去が可能であるなどの効果がある。
【0031】
2.2 加熱条件
鋳塊の表層10mmを(Tβ+10℃)以上まで加熱するため、加熱炉の設定温度Tは、(Tβ+10℃)以上である必要がある。安定してα⇒β変態を促すためには、設定温度Tは(Tβ+30℃)以上が好ましい。一方、設定温度Tが(Tβ+130℃)を超えると、β単相温度域や放冷中の粒成長により、旧β粒径が10mmを超え、熱処理前より旧β粒径が粗大化し易い。また、設定温度Tが(Tβ+130℃)を超えると、大気中の酸素と反応して鋳塊の表層に硬質な酸素富化層が厚く形成され、熱間圧延時に割れや押し込みの原因となるため、追加で機械切削やグラインダ研磨による手入れが必要となる。設定温度Tが(Tβ+10℃)以上、(Tβ+130℃)以下であることで、鋳塊の表層の酸化を抑制しつつ、表層を細粒化することができる。
【0032】
加熱炉での在炉時間tとは、鋳塊が上記の設定温度Tの加熱炉で加熱される時間であり、チタン鋳塊のサイズ、形状や加熱方法から決定される。当然ながら、表層に与えた熱は内部に熱拡散する。鋳塊のサイズが大きい場合や、(表面積/体積)が小さい円柱形状は、表層から内部への熱拡散が小さいため、当該在炉時間tが長くなる。
【0033】
2.3 冷却条件
上記の加熱による表層の細粒化だけでは、熱間加工後の表面欠陥を十分に軽減することは難しい。本開示の製造方法においては、上記の加熱後、表層10mm位置におけるTβ+10℃から300℃以下までの冷却速度を5℃/s以上とすることで、表層に冷却歪を導入する。このような冷却を行うことで、引き続く熱間圧延前にβ単相域に加熱する場合、冷却歪を駆動エネルギーとしてα⇒β変態が生じるために旧β粒径がさらに微細化し、熱間加工後の変形異方性を抑制し、圧延後の表面欠陥を無害化できる。なお、このような急速冷却の方法は、チタン材の寸法や形状に応じて選択する。例えば、ファンによる冷却、He、ArやNといった不活性ガスによるガス冷却、ミストによる冷却、および水への浸漬による水冷などから選ばれる少なくとも1つの方法であってよい。また、浸漬水冷時は、水をポンプ等で対流させることも可能である。
【0034】
尚、表層における冷却歪の有無は、表層10mm位置及び断面の中心のビッカース硬度の差ΔHVにより確認できる。ビッカース硬度は、冷却速度及び旧β粒径の影響を受けるが、表層10mmのビッカース硬度が断面中心よりも20HV以上大きければ、細粒化に加えて冷却歪による影響が明確に表れているといえ、狙いの冷却歪が導入されているといえる。
【0035】
2.4 時間についての補足
上記の加熱及び冷却により熱間圧延後の表面欠陥を軽減することができるが、(Tβ+10℃)以上、(Tβ+130℃)以下の設定温度域における在炉時間tが適切に設定されないと、表層10mm位置の旧β粒径がばらつき、熱間圧延時にミスロールなどの課題が発生する。特に、矩形断面を有する鋳塊の熱処理においては、長手方向に対して垂直な断面の長辺は、短辺に比べて加熱されにくく、冷却されにくい。このため、在炉時間tが短い場合には、長辺及び短辺のいずれかの表層10mm位置が冷却前にβ変態点以下まで温度低下するため、Tβ+10℃から300℃以下までの冷却速度を5℃/s以上とすることができず、表層に冷却歪を導入することが困難となる。このため、引き続く熱間圧延前の加熱時に旧β粒径の微細化効果が得られず、圧延後に表面欠陥が生じる可能性がある。このように、他の部位に比べて旧β粒径が大きく変形異方性がある辺を有する鋳塊を熱間圧延する場合、当該辺がロール接触面と垂直な側面である場合には変形異方性に起因して凹凸が発生し、表面欠陥が生じる。また、当該辺がロール接触面である場合、変形異方性に起因する反りなど、圧延停止につながる問題が発生する可能性があるとともに、熱間圧延後の材質特性にばらつきが生じる。本開示の製造方法においては、後述の熱処理シミュレーションによる結果に基づいて適切な加熱条件が設定されることで、このような問題をより適切に抑制することができる。
【0036】
また、上記の加熱完了後から冷却開始までの時間tが長すぎると、冷却を開始する前に表層の温度がTβ以下に低下してしまい、β⇒α変態が完了するため、上述の急速冷却による効果が得られ難くなる。時間tは、例えば、加熱工程から冷却工程までの搬送時間に相当するものであってよい。本開示の製造方法においては、後述の熱処理シミュレーションによる結果に基づいて、適切な冷却開始までの時間tが設定されるとよい。
【0037】
2.5 熱処理シミュレーションの詳細
本開示のチタン材は、上述の通り、表層10mmの領域における旧β粒の結晶粒子が微細且つ均一であることに一つの特徴がある。このようなチタン材を得るべく、本開示の製造方法においては、例えば、鋳塊の表層が目的の旧β粒径となるように在炉時間tを選定するとよい。本発明者は、(Tβ+10)℃以上、(Tβ+130℃)以下の設定温度域における在炉時間tを適切に予測・選定する方法として、純チタン又はα型チタン合金の旧β粒径を計算する手法を検討した。在炉時間tの検討では、温度の計算精度が高いとともに、β/α変態の考慮、および旧β粒径の予測精度が高いことが重要である。従来の伝熱解析では、温度勾配に起因する熱伝導のみを解析するため、β/α変態に伴い大きな変態潜熱を生じるチタンでは、変態点近傍における計算精度が低いとともに、加熱時や冷却時のβ/α変態が判断できないため、これらを原因として旧β粒径の予測精度が低いという課題があった。
【0038】
一方で、鋼の熱処理解析では、図1に示されるように熱処理を受ける部位の温度分布や応力と変形、相変態を連成した解析が考案、実施されている。相変態は、オーステナイトからフェライト、パーライト、ベイナイト、マルテンサイトへの変態を、微小時間に進行する等温変態とみなし、等温変態線図、および等温変態進行速度を用いて解析し、その相変態時の変態潜熱を伝熱解析に、変態ひずみを弾塑性解析に考慮する。また、変態速度の応力依存性を考慮する取組みもなされている。そこで、これらを純チタン又はα型チタン合金の伝熱解析に利用し、得られた温度履歴を用いて旧β粒径を予想することを検討した。
【0039】
図2に、炭素鋼の密度と純チタンの密度との各々についての温度依存性を示す。炭素鋼は、A点(約727℃)において、α/γ変態に伴い密度が大きく変化する。そのため、変態により生じるひずみ(変態ひずみ)が大きく、γ域からの焼き入れ時に生じる残留応力が製品の耐久性に影響が与える場合がある。一方で、純チタンやα型チタン合金は、β変態点(約880℃)においてβ/α変態が生じるものの、密度に大きな変化は認められない。このため、変態ひずみは鋼に比べて小さく、応力状態に及ぼす影響は小さいと考えられる。すなわち、変態による体積変化の影響は冷却時と同様に加熱時も小さく、考慮する必要は無いが、変態に伴う潜熱は考慮する必要があると考えられる。変態潜熱を考慮することにより、温度・組織連成シミュレーションの精度が向上し、材料の特性や製造時の欠陥に強い影響を及ぼす組織が安定した純チタン材又はα型チタン材を提供できるものと考えられる。さらに言えば、β/α変態のタイミングを見極めて冷却したり、α相に比べて加工性に優れるβ相の割合が最適なタイミングで加工を実施する(加工に適した変形抵抗を有するときに、加工を実施する)ことで、安定した組織を有する純チタン材又はα型チタン材を提供できるものと考えられる。
【0040】
以上の技術思想に基づき、本願は、以下の熱処理シミュレーション方法を開示する。すなわち、本開示の熱処理シミュレーション方法は、純チタン又はα型チタン合金の熱処理シミュレーション方法であって、
予め設定された温度変化速度で冷却又は加熱した場合における前記純チタン又はα型チタン合金のβ/α変態についての変態開始時間及び時間・温度毎の各相の変態速度を予測する、第1ステップと、
前記第1ステップにおいて予測された時間・温度毎の各相の変態速度に基づき、前記β/α変態に伴う変態潜熱量を時間・温度毎に予測し、予測された前記変態潜熱量を用いた伝熱解析により、前記純チタン又はα型チタン合金の温度変化速度及び各相の相分率の時間変化速度を予測する、第2ステップと、
前記第2ステップにおいて予測された前記温度変化速度を、前記第1ステップにおける前記温度変化速度に導入するか、又は、前記第1ステップと前記第2ステップとを繰り返し行って時間・温度毎の各相の変態速度と温度変化速度の収束計算を行うかによって、連成解析計算を行う、連成解析ステップと、
を備えるものである。ここで、前記第1ステップにおいて、前記変態開始時間がβ変態点温度到達時であり、前記各相の変態速度が、β/α変態の変態速度、すなわち、加熱時はα相からβ相への変態速度(α⇒β変態の変態速度)、冷却時はβ相からα相への変態速度(β⇒α変態の変態速度)であってもよい。また、前記第2ステップにおいて、三次元の非定常熱伝導方程式を利用して前記伝熱解析を行ってもよい。また、本開示の熱処理シミュレーション方法においては、前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の変形抵抗を予測してもよい。また、前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の旧β粒径を予測してもよい。
【0041】
2.5.1 第1ステップ
第1ステップでは、予め設定した温度変化速度で冷却又は加熱した場合における前記純チタン又はα型チタン合金のβ/α変態についての変態開始時間及び時間・温度毎の各相の変態速度を予測する。以下、変態開始時間の予測方法および時間・温度毎の各相の変態速度の予測方法について順次説明する。なお、各相の変態速度とは、純チタン又はα型チタン合金に含まれ得るすべての構成相についてそれぞれの変態速度を予測するものであってもよいが、以下の説明では、一例として、冷却時におけるβ相からα相への変態(β⇒α変態)の変態速度の予測について説明する。なお、予め設定した温度変化速度の初期値は、直前の時間における温度分布から伝熱解析によって求めてもよい。また、下記の予測方法は、加熱時におけるα相からβ相への変態(α⇒β変態)についても容易に適用することができる。
【0042】
純チタンをβ単相域から放冷すると、β相の粒界から粒内に向かって板状のα相(α粒)が析出(拡散変態)する。α粒のうち、同じ方位をもって並んでいる塊はコロニーと呼ばれる。β/α拡散変態は、β変態点到達後速やかに開始されるため、変態開始タイミングはβ変態点到達時としてよい。なお、純チタン1種のβ/α変態は875~880℃の狭い温度範囲で完了する。添加元素の増加に伴い、α+β二相域となる温度範囲が広くなる。この範囲では、β/α拡散変態の変態開始タイミングを、例えば熱力学計算から求めた平衡相分率が変化する温度と仮定してもよい。言い換えれば、第1ステップにおいて、変態開始時間が熱力学計算における平衡相分率が変化する温度到達時であってもよく、また、各相の変態速度がβ/α変態の変態速度であってもよい。
【0043】
β相からα相への拡散変態の進行速度(変態速度)の予測には、例えば、Johnson-Mehlの式を修正した次式を用いる。
【0044】
【数1】
【0045】
ここで、f(T)、n(T)は材料定数であり、合金種及び温度Tに依存する関数である。JIS1種やJIS2種純チタンについては、f(T)=2.0、n=2.0が適当である。
【0046】
2.5.2 第2ステップ
第2ステップでは、前記第1ステップにおいて予測された時間・温度毎の各相の変態速度に基づき、前記β/α変態に伴う変態潜熱量を時間・温度毎に予測し、予測された前記変態潜熱量を用いた伝熱解析により、前記純チタン又はα型チタン合金の温度変化速度及び各相の相分率の時間変化速度を予測する。本開示の熱処理シミュレーションにおいては、第1ステップにおける上述の相変態の解析と、第2ステップにおける熱伝導方程式に従う温度の解析とを連成して行うとよい。第2ステップにおいては、一般的な有限要素法(FEM)などにおいて利用される三次元非定常熱伝導方程式を利用して伝熱解析を行うとよい。三次元の非定常熱伝導方程式の一例を下記に示す。
【0047】
【数2】
【0048】
ここで、ρ:密度、c:定圧比熱、k:熱伝導率、T:温度、t:時間、Q:発熱量である。なお、第2ステップにおいて利用される熱伝導方程式は式(1)に限定されるものではなく、シミュレーション対象の形状等に応じて、二次元体、一次元体又は軸対称体の非定常熱伝導方程式を用いてもよい。また、シミュレーション対象の表面においては、対流、輻射や、接触抵抗を考慮した異なる材質からの伝熱を考慮してもよい。
【0049】
発熱量Qとしては、誘導加熱によるジュール熱や、塑性変形仕事による加工発熱等に加え、次式で記述する相変態に伴う変態潜熱を考慮する。
【0050】
【数3】
【0051】
ここで、Hβα:β相からα相への変態潜熱、ξ:β相及びα相の体積分率である。これら、β相及びα相の体積分率は、第1ステップにおいて予測される温度毎の変態速度から求めることができる。
【0052】
なお、熱処理過程における純チタン、およびα型チタン合金は、これら2相の混合体と考え、比熱や熱伝導率などの物理量については線形混合則が適用できるものとする。すなわち、伝熱解析において用いる物理量Cは下記の式で与えられる。式(3)におけるCは、相(β相、α相)の単相状態の物理量である。式(3)で与えられる物理量Cには、式(1)のρ、C及びkが含まれる。
【0053】
【数4】
【0054】
(3)式を用いれば、物理量だけでなくマクロな機械特性、例えば変形抵抗や疲労特性なども予測可能である。
【0055】
2.5.3 連成解析ステップ
以上の温度及び相変態の連成解析は、陽解法、陰解法に限らず適用可能である。陽解法としては、第2ステップにおいて予測された純チタン又はα型チタン合金の温度変化速度を、第1ステップにおける温度変化速度に導入して連成解析計算を行う。また、陰解法としては、第1ステップ及び第2ステップを繰り返し行って時間・温度毎の各相の変態速度と温度変化速度の収束計算を行ことにより、連成解析計算を行う。本開示の熱処理シミュレーション方法では、どちらの方法で計算を行ってもよい。また、本開示のシミュレーション方法によれば、熱処理のみならず、塑性変形を同時に考慮するシミュレーションにも適用可能である。
【0056】
本開示の熱処理シミュレーションについては、fortranやCなどの言語を用いた独自プログラムのみならず、ガラーキン法に基づき、温度Tを、各接点における温度ベクトルφと重み関数Nの線形和とすることで、有限要素法(FEM)を用いてシミュレーションすることも可能である。
【0057】
このような温度・相分率を連成した解析により、従来の伝熱解析に比べて高い精度で温度及び相分率の熱処理中の履歴を予測することができる。以下、このようにして予測された温度及び相分率を用いて旧β粒径を予測する方法の一例についてさらに説明する。
【0058】
α単相域及びβ単相域では、α粒及びβ粒は次のn乗則に従い粒成長する。
【0059】
【数5】
【0060】
ここで、d:初期の粒径、d:温度Tでt秒間保持後の粒径、R:気体定数、C、Q:材料定数である。
【0061】
また、粒径dの母相から変態後の粒径dは、粒界表面を核生成位置とした次の予測式で予測することができる。
【0062】
【数6】
【0063】
ここで、Is:核生成速度、G:成長速度である。以上の通りにして、連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の旧β粒径を予測することができる。
【0064】
以上の通り、本開示の製造方法においては、上記の熱処理シミュレーション方法による結果に基づいて、上記の加熱条件が決定され得る。例えば、上記の熱処理シミュレーション方法によって鋳塊の表層の旧β粒径を精度よく予測し、鋳塊の表層の旧β粒径が目的の旧β粒径となるように、在炉時間tといった加熱条件が決定されるとよい。より具体的には、上記の熱処理シミュレーション方法において、連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき各時間の旧β粒径を予測し、鋳塊の表層10mmの位置における旧β粒の平均粒子径が10mm以下、且つ、旧β粒の粒子径の標準偏差が5mm以下となる加熱条件を予測し、予測された加熱条件にしたがって鋳塊の加熱を実際に行うとよい。また、上記の熱処理シミュレーション方法によれば、変態潜熱を考慮することで、冷却時に鋳塊の表層に付与される熱履歴も精度よく予測することができる。すなわち、本開示の製造方法においては、例えば、上記の熱処理シミュレーション方法による結果に基づいて、上記の冷却条件が決定されてもよい。さらに、上記の熱処理シミュレーション方法によれば、加熱から冷却に至るまでの鋳片表層の温度変化も精度よく予測することができ、加熱から冷却開始までの最適な時間tを決定することもできる。すなわち、本開示の製造方法においては、例えば、上記の熱処理シミュレーション方法による結果に基づいて、上記の冷却開始までの時間tが決定されてもよい。
【0065】
3.熱処理シミュレーション方法
本開示の熱処理シミュレーション方法は、上記のようなチタン材を製造する際の熱処理条件を決定する場合に適用されるものに限定されない。本開示の技術は、純チタン又はα型チタン合金の熱処理シミュレーション方法そのものとしての側面も有する。すなわち、本開示の熱処理シミュレーション方法は、上述の第1ステップ、第2ステップ、及び、連成解析ステップを備えることを特徴とする。各ステップの詳細については、上述した通りである。例えば、本開示の熱処理シミュレーション方法においては、前記第1ステップにおいて、前記変態開始時間がβ変態点温度到達時であり、前記各相の変態速度がβ/α変態の変態速度であってもよい。また、前記第1ステップにおいて、前記変態開始時間が熱力学計算における平衡相分率が変化する温度到達時であり、前記各相の変態速度がβ/α変態の変態速度であってもよい。また、前記第2ステップにおいて、三次元の非定常熱伝導方程式を利用して前記伝熱解析を行ってもよい。また、本開示の熱処理シミュレーション方法においては、前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の変形抵抗を予測してもよい。また、前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の旧β粒径を予測してもよい。
【0066】
4.熱処理シミュレーション装置
また、本開示の技術は、純チタン又はα型チタン合金の熱処理シミュレーション装置としての側面も有する。すなわち、本開示の純チタン又はα型チタン合金の熱処理シミュレーション装置は、
予め設定された温度変化速度で冷却又は加熱した場合における前記純チタン又はα型チタン合金のβ/α変態についての変態開始時間及び時間・温度毎の各相の変態速度を予測する第1予測部と、
前記第1予測部によって予測された時間・温度毎の各相の変態速度に基づき、前記β/α変態に伴う変態潜熱量を時間・温度毎に予測し、予測された前記変態潜熱量を用いた伝熱解析により、前記純チタン又はα型チタン合金の温度変化速度及び各相の相分率の時間変化速度を予測する第2予測部と、
前記第2予測部によって予測された前記温度変化速度を、前記第1予測部における前記温度変化速度に導入するか、又は、前記第1予測部による予測と前記第2予測部による予測とを繰り返し行って時間・温度毎の各相の変態速度と温度変化速度の収束計算を行うかによって、連成解析計算を行う、連成解析部と、
を備えるものである。すなわち、本開示の熱処理シミュレーション装置においては、第1予測部において、上述の第1ステップがなされる。また、第2予測部において、上述の第2ステップがなされる。さらに、連成解析部において、上述の連成解析ステップがなされる。
【0067】
本開示の熱処理シミュレーション装置は、上述の通り、前記第1予測部において予測される前記変態開始時間がβ変態点温度到達時であり、前記各相の変態速度がβ/α変態の変態速度であってもよい。また、前記第1予測部において予測される前記変態開始時間が熱力学計算における平衡相分率が変化する温度到達時であり、前記各相の変態速度がβ/α変態の変態速度であってもよい。また、前記第2予測部において、三次元の非定常熱伝導方程式を利用して前記伝熱解析が行われてもよい。また、前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の変形抵抗が予測されるように構成されていてもよい。さらに、前記連成解析計算によって得られた各時間の温度・相分率に基づき、各時間の旧β粒径が予測されるように構成されていてもよい。本開示のシミュレーション装置には、ハードウエアとして少なくとも中央演算装置が備えられており、上述した第1予測部、第2予測部及び連成解析部等が、中央演算装置の機能として実現されることが好ましい。
【0068】
5.プログラム
また、本開示の技術は、コンピュータを熱処理シミュレーション装置として動作させるプログラムとしての側面も有する。すなわち、本開示のプログラムは、前記コンピュータに、
予め設定された温度変化速度で冷却又は加熱した場合における前記純チタン又はα型チタン合金のβ/α変態についての変態開始時間及び時間・温度毎の各相の変態速度を予測する第1ステップと、
前記第1ステップにおいて予測された時間・温度毎の各相の変態速度に基づき、前記β/α変態に伴う変態潜熱量を時間・温度毎に予測し、予測された前記変態潜熱量を用いた伝熱解析により、前記純チタン又はα型チタン合金の温度変化速度及び各相の相分率の時間変化速度を予測する第2ステップと、
前記第2ステップにおいて予測された前記温度変化速度を、前記第1ステップにおける前記温度変化速度に導入するか、又は、前記第1ステップと前記第2ステップとを繰り返し行って時間・温度毎の各相の変態速度と温度変化速度の収束計算を行うかによって、連成解析計算を行う、連成解析ステップと、
を実行させるものである。各ステップの詳細については、上述した通りである。
【0069】
6.熱間加工材の製造方法
本開示のチタン材は、例えば、熱間加工材(例えば、熱間圧延材)の材料として使用することができる。特に、本開示のチタン材を用いることで、機械的エネルギーを付与することなく、表面欠陥の少ない熱間加工材を製造することができる。すなわち、本開示の熱間加工材の製造方法は、上記本開示の方法によってチタン材を得ること、及び、前記チタン材に対して機械的エネルギーを付与することなく熱間加工を施すこと、を含む。ここにいう「機械的エネルギーの付与」とは、金型を用いて金属に圧力を付与して塑性変形させる鍛造や、表層を平滑化するもしくは表層にひずみを与える目的で金属や砂などの粒子を当てるショットブラスト、ロール圧下などにより行われる。「熱間加工」は、例えば、熱間圧延である。
【0070】
上述の通り、本開示のチタン材は、表層10mm位置及び中心のビッカース硬度の差ΔHVが大きく、鍛造などの機械的エネルギーを付与することなく、表層に歪が導入されているものといえる。表層に歪が導入されている場合、例えば、熱間加工前にβ単相域に加熱された際に、当該歪を駆動エネルギーとしてα相からβ相への変態(α⇒β変態)が生じ、β粒径がさらに微細化し、熱間加工時の粒界での歪の集中による割れやボイドの発生、及び、熱間加工後の変形異方性を抑制し、圧延後の表面欠陥を一層無害化し易くなる。熱間加工の条件は、従来の条件と同様であってよい。
【実施例0071】
以下、実施例を示しつつ本発明についてさらに説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱せず、その目的を達する限りにおいては、種々の条件を採用可能とするものである。
【0072】
1.熱処理シミュレーションの精度向上についての検討
1.1 実験方法
熱処理シミュレーションの精度を検証するため、純チタン製の75×30×125mmのスラブの温度を測定するために75×125の面中央にK熱電対を設置し、950℃、1100℃の大気炉に挿入して加熱後、大気中で放冷した。
【0073】
1.2 解析方法
純チタン製スラブの温度解析のため、伝熱解析(従来の解析)及び温度と相率を連成した解析(本開示の解析)を実施した。解析では、密度は一定値(4.506g/cm)とし、熱伝導率及び比熱は図3に示される温度依存性を考慮した。なお、比較のため、実測した比熱、実測値に合わせて調整した比熱を用いた伝熱解析、及び、変態潜熱を除去した比熱を用いて、変態潜熱(111.8kJ/kg)を用いた温度-相率連成解析を実施した。
【0074】
1.3 解析結果
純チタンのβ変態点は約880℃である。950℃加熱では880~900℃、1100℃加熱では900~920℃の区間において、β⇒α変態の進行に伴い変態潜熱が発生して温度変化速度が低下した。図4及び5に示されるように、解析用に調整した比熱を用いた伝熱解析では、常に温度が変化し、β変態点近傍では実測した温度変化を再現できなかった。これに対し、温度、比熱の連成解析を実施した結果、β変態点における温度変化速度の低下を含む実測での温度履歴を精度よく再現することができた。
【0075】
2.熱処理シミュレーションの精度向上による効果の検証
2.1 熱処理条件及び熱間圧延条件
電子ビーム溶解により得た純チタン又はα型チタン合金の矩形鋳塊を、加熱炉を用いて大気雰囲気にて種々の条件で熱処理・水冷した。加熱炉での在炉時間t1は、上記の変態潜熱を考慮した熱処理シミュレーション方法を活用して断面の旧β粒径を予測するとともに、所望の純チタン材又はα型チタン合金剤が得られる条件を選定した。得られたチタン材について、その結晶組織、ビッカース硬度差を調査した後、950℃に加熱してφ140mm丸棒に熱間圧延し、表面欠陥を調査した。得られた結果を表1に示す。なお、熱間圧延はボックス圧延機で実施し、鋳塊の長辺、短辺に適度にひずみを導入するため、適宜回転させて実施した。
【0076】
2.2 結晶組織の観察
結晶組織は、得られたチタン材の長手方向に対して垂直な断面の4辺について、表面から深さ10mmの位置において、表面と平行な長さ120mmあたりの粒界数を2回測定し、平均旧β粒径及び標準偏差を求めた。ただし、旧β粒径が10mmを超える場合には長さ300mmあたりの粒界数を測定した。
【0077】
2.3 ビッカース硬度の測定
ビッカース硬度は、得られたチタン材の長手方向に対して垂直な断面について、表面から深さ10mm位置、および中心位置の硬度を、1kgの荷重で5回測定し、最大と最小を除く3点の平均を求めた。
【0078】
2.4 熱間圧延後の表面欠陥の評価
熱間圧延後の表面欠陥の発生状況は、熱間圧延後の丸棒を長手方向に対して垂直方向に切断し、切断面を微鏡面(▽▽▽)仕上げに研磨して疵の深さを測定した。熱間圧延後の円周1m長さあたりに換算して、長さ3mm以上の表面欠陥が1個以上、または深さ3mm未満の表面欠陥が15個超の場合を×、深さ3mm未満の表面欠陥が8~15個を「△」、深さ3mm未満の欠陥が8個以下を「〇」とした。なお、「×」の表面欠陥には深さ5mm以上の粗大なき裂も認められた。なお、「△」であっても改善効果は十分にあり、表面切削量をわずかに増加させることで十分に無害化できるとともに、歩留りの低下も小さい。
【0079】
2.5 結果と考察
分塊圧延工程を実施した従来工程No.1では、熱間圧延後の表面欠陥が軽微であった。これは、分塊圧延により鋳造起因の粗大な組織が分断され、内部、表層ともに旧β粒径が微細化したため、熱間加工中に表層における変形異方性が抑制されたためである。
【0080】
分塊圧延工程を経ていない比較例No.2は、在炉時間が短いために表層全体の到達温度が低かった。また、比較例No.3は、在炉時間が短いために、短辺(300×200mmの断面の200mmの辺)の到達温度が低く、比較例No.4は、長辺(400×300mmの断面の400mmの辺)の到達温度が低く、No.6は、長辺(650×600mmの断面の650mmの辺)の到達温度が低く、No.7は、両方の辺の到達温度が低かった。到達温度の低い辺では、水冷までの搬送中にβ⇒α変態が完了したため、変態時の核生成頻度が少なく細粒効果が得られなかった。また、比較例No.5は、到達温度は十分であったが、水冷までの搬送時間が長かったため、搬送中にβ⇒α変態が完了したため、変態時の核生成頻度が少なく細粒効果が得られなかった。以上の条件は、熱処理シミュレーションを活用しなかった場合に実施される可能性があり、表層の一部では10mm以上の粗粒が残留し、平均旧β粒径10mm超となる、もしくは旧β粒径の標準偏差が5mm超となった。また、引き続く熱間圧延後に、粗大が残留していた辺を中心に、多数の表面欠陥が発生した。
【0081】
一方、熱処理シミュレーションを活用して熱処理条件を決定した実施例No.8~18では、適切な熱処理によって、鋳塊の表層から10mm全体がβ単相域から水冷され、5℃/s以上の冷却速度となったものと考えられる(例えば、図6参照)。そのため、表層の旧β粒径の平均が10mm以下となるとともに、旧β粒の粒子径の標準偏差が5mm以下の均一なチタン材が得られた。また、実施例No.8、10及び13~16では、引き続く熱間圧延における表面欠陥は非常に軽微であった。実施例No.11では、在炉時間が長かったために冷却中に粒成長し、わずかに大きい旧β粒径であったため、やや表面欠陥の頻度が増大したが、比較例に比べて十分な改善効果が得られた。実施例No.9、12では、十分な冷却速度が得られたために表層の細粒化効果が得られたが、在炉時間が長いために、表層に厚い酸化層が形成された。このため、当該酸化層が残ったまま熱間圧延を行った場合、延性の低い酸化層が押し込まれ、多くの表面欠陥が発生した。一方で、熱間圧延前に酸化層を切削する手入れを実施することで表面欠陥は改善した。ただし、硬質な酸化チタンの切削では工具の損耗が激しいため、実施例No.9、12は、他の実施例と比較して低能率となった。また、実施例No.17、18は、他の実施例と比較して、鋳塊の長手方向に対して垂直な断面の面積S(mm)に対する前記断面の周長L(mm)の比L/Sが小さいため、溶解における凝固までの時間が長く、さらに水冷までの搬送中にβ⇒α変態させないために必要な加熱時間が長かったため、旧β粒径がやや大きくなった。実施例No.17については、実施例No.11と同様に、旧β粒径が10mmに近かったため、他の実施例と比較して表面欠陥の頻度が増加したものの、比較例に比べて十分な改善効果が得られた。
【0082】
【表1】
【0083】
尚、上記の実施例では、矩形鋳塊であるチタン材を熱間圧延によって丸棒へと加工する形態を例示したが、本開示の技術は、この形態に限定されるものではない。本開示の技術による効果は、チタン材や熱間加工材の形状によらず、発揮されるものと考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6