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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025002625
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】電気接点対および端子対
(51)【国際特許分類】
   H01R 13/03 20060101AFI20241226BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20241226BHJP
   C25D 5/12 20060101ALI20241226BHJP
   C25D 7/00 20060101ALI20241226BHJP
【FI】
H01R13/03 D
C23C28/00 A
C25D5/12
C25D7/00 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023102939
(22)【出願日】2023-06-23
(71)【出願人】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高木 涼真
(72)【発明者】
【氏名】境 利郎
(72)【発明者】
【氏名】加藤 暁博
【テーマコード(参考)】
4K024
4K044
【Fターム(参考)】
4K024AA03
4K024AA10
4K024AA24
4K024AB02
4K024AB03
4K024BA09
4K024BB10
4K024CA02
4K024GA03
4K024GA04
4K024GA07
4K024GA16
4K044AA06
4K044AB10
4K044BA06
4K044BA08
4K044BB04
4K044BC14
4K044CA18
(57)【要約】
【課題】Agを含む被覆層を表面に有する電気接点の組よりなる電気接点対、およびそのような電気接点対を有する端子対において、耐摩耗性を向上させながら、加工に伴う被覆層の損傷を抑制することができる電気接点対および端子対を提供する。
【解決手段】表面側に向かって膨出した膨出状電気接点2と、前記膨出状電気接点2よりも曲率が小さく、前記膨出状電気接点2と表面にて電気的に接触可能な平板状電気接点3と、を含み、前記膨出状電気接点2は表面に、Agを含み、Agの含有量が99.9質量%以上である高純度Ag被覆層24を有する一方、前記平板状電気接点3は表面に、Agと、含硫黄有機化合物とを含み、Agの含有量が97.0質量%以上99.5質量%以下である低純度Ag被覆層34を有する、電気接点対1とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面側に向かって膨出した膨出状電気接点と、
前記膨出状電気接点よりも曲率が小さく、前記膨出状電気接点と表面にて電気的に接触可能な平板状電気接点と、を含み、
前記膨出状電気接点は表面に、
Agを含み、
Agの含有量が99.9質量%以上である高純度Ag被覆層を有する一方、
前記平板状電気接点は表面に、
Agと、
含硫黄有機化合物とを含み、
Agの含有量が97.0質量%以上99.5質量%以下である低純度Ag被覆層を有する、電気接点対。
【請求項2】
前記低純度Ag被覆層における前記含硫黄有機化合物の含有量が、0.5質量%以上3.0質量%以下である、請求項1に記載の電気接点対。
【請求項3】
前記高純度Ag被覆層は、硬質銀層として構成されている、請求項1に記載の電気接点対。
【請求項4】
前記膨出状電気接点および前記平板状電気接点において、
CuまたはCu合金よりなる基材の表面を被覆して、NiまたはNi合金よるなる下地層が形成され、
前記下地層の表面を被覆して、それぞれ前記高純度Ag被覆層および前記低純度Ag被覆層が形成されている、請求項1に記載の電気接点対。
【請求項5】
第一の接点部を有する第一の端子と、第二の接点部を有する第二の端子と、を含み、
前記第一の接点部と前記第二の接点部の組が、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の電気接点対より構成され、相互に電気的に接触可能となっている。端子対。
【請求項6】
前記第一の端子は、前記膨出状電気接点を有する嵌合型のメス端子として構成され、
前記第二の端子は、前記平板状電気接点を有し、前記第一の端子と嵌合可能なオス端子として構成されている、請求項5に記載の端子対。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電気接点対および端子対に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車において、大電流用の電気接続端子として、Ag被覆層を表面に設けた端子が用いられる場合がある。Ag被覆層を表面に設けた端子は、耐熱性や耐食性、導電性に優れる一方、Agが軟らかく凝着を起こしやすい性質を有することに起因し、摺動を受けた際に、表面の摩耗を起こしやすい。そこで、耐熱性や導電性等、Agの優れた特性を利用しながら、摩耗を抑えるための手段の1つとして、Ag被覆層にSe等の添加元素を含有させることで、Ag被覆層の硬度を高め、硬質銀層とする手法がとられる場合がある。
【0003】
しかし、端子表面のAg被覆層を、Se等の添加元素の含有により、硬質銀層とすることでは、耐摩耗性を十分に向上させられない場合が生じうる。例えば、端子の大電流化に伴い、電気接点に高接触荷重を印加する必要が生じるが、そのように高接触荷重を印加して電気接点を摺動させる場合に、従来一般の硬質銀層では、必要とされる耐摩耗性を十分に満たせない場合がある。そのような場合に、端子の電気接点の表面に設けるAg被覆層として、従来一般の硬質銀層よりも耐摩耗性に優れたAg被覆層を適用することが考えられる。例えば、特許文献1に、ベンゾチアゾール類またはその誘導体を含む銀めっき液を用いて、素材上に銀からなる表層を形成して銀めっき材を製造することが開示されている。これにより、従来よりも耐摩耗性に優れた銀めっき材が得られるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2022-048977号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示されている形態のように、電気接点に設けるAg被覆層に、ベンゾチアゾール類等の有機化合物よりなる添加剤を添加し、Ag被覆層におけるAg濃度を低く抑えることで、耐摩耗性の向上に高い効果が得られることが期待される。Ag濃度が低いことで、Agの凝着が抑制され、Ag被覆層の表面の摩擦係数が低く抑えられるものと考えられる。
【0006】
一方で、有機化合物よりなる添加剤を添加する場合に、耐摩耗性向上の効果を十分に得られるだけの量の添加剤をAg被覆層に添加すると、Ag被覆層が従来一般の硬質銀層と比較して脆くなりやすい。すると、プレス加工等の機械加工によって、Ag被覆層を備えた金属材を所定の形状に加工する際に、Ag被覆層の表面に、亀裂等の損傷が生じやすくなる。そのような損傷が生じると、下地層や基材等、Ag被覆層の下層に存在する金属材料において、酸化等の変性が起こりやすくなり、端子の耐久性を低下させる原因となる。特に、エンボス状に膨出した電気接点を形成する場合に、その電気接点の膨出箇所の表面に亀裂が生じやすい。このように、電気接点において、Ag被覆層内での亀裂の発生、およびそれに伴う酸化の進行が起こると、所望の電気接続特性を長期にわたって維持することが難しくなる。
【0007】
以上に鑑み、Agを含む被覆層を表面に有する電気接点の組よりなる電気接点対、およびそのような電気接点対を有する端子対において、耐摩耗性を向上させながら、加工に伴う被覆層の損傷を抑制することができる電気接点対および端子対を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の電気接点対は、表面側に向かって膨出した膨出状電気接点と、前記膨出状電気接点よりも曲率が小さく、前記膨出状電気接点と表面にて電気的に接触可能な平板状電気接点と、を含み、前記膨出状電気接点は表面に、Agを含み、Agの含有量が99.9質量%以上である高純度Ag被覆層を有する一方、前記平板状電気接点は表面に、Agと、含硫黄有機化合物とを含み、Agの含有量が97.0質量%以上99.5質量%以下である低純度Ag被覆層を有する。
【0009】
本開示の端子対は、第一の接点部を有する第一の端子と、第二の接点部を有する第二の端子と、を含み、前記第一の接点部と前記第二の接点部の組が、前記電気接点対より構成され、相互に電気的に接触可能となっている。
【発明の効果】
【0010】
本開示の電気接点対および端子対は、Agを含む被覆層を表面に有する電気接点の組よりなる電気接点対、およびそのような電気接点対を有する端子対において、耐摩耗性を向上させながら、加工に伴う被覆層の損傷を抑制することができる電気接点対および端子対となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、本開示の一実施形態にかかる電気接点対を模式的に示す断面図である。
図2図2は、本開示の一実施形態にかかる端子対の構造の一例を示す断面図である。
図3図3は、低純度Ag被覆層(有機含有Ag層1)の断面を観察したSTEM像である。
図4図4は、膨出状電気接点および平板状電気接点の表面に設けられるAg被覆層の種類が異なる複数の試料について、両電気接点を摺動させながら摩擦係数を測定した結果を示す表である。
図5図5A,5Bは、膨出状電気接点の表面を観察したSEM像である。図5Aは高純度Ag被覆層(硬質Ag層)を備えた金属材を用いた場合を示し、図5Bは低純度Ag被覆層(有機含有Ag層1)を備えた金属材を用いた場合を示している。いずれも上段は膨出状電気接点の表面の全域を観察したものであり、下段は膨出状電気接点の頂部近傍を拡大観察したものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[本開示の実施形態の説明]
最初に、本開示の実施態様を説明する。
【0013】
[1]本開示の電気接点対は、表面側に向かって膨出した膨出状電気接点と、前記膨出状電気接点よりも曲率が小さく、前記膨出状電気接点と表面にて電気的に接触可能な平板状電気接点と、を含み、前記膨出状電気接点は表面に、Agを含み、Agの含有量が99.9質量%以上である高純度Ag被覆層を有する一方、前記平板状電気接点は表面に、Agと、含硫黄有機化合物とを含み、Agの含有量が97.0質量%以上99.5質量%以下である低純度Ag被覆層を有する。
【0014】
上記電気接点対は、膨出状電気接点と平板状電気接点の両方の表面に、Agを含む被覆層を有することで、耐熱性や耐食性、高導電性等、Agが有する特性を利用して、良好な電気接触特性や耐久性を有するものとなる。膨出状電気接点は、表面側に向かって膨出した形状に加工されるため、平板状電気接点のように曲率の小さい形状を有する場合と比較すると、加工に伴って表面のAg被覆層に亀裂等の損傷が生じやすいが、平板状電気接点の表面に設けられる高純度Ag被覆層は、Agの含有量が99.9質量%以上であり、添加剤を含有しないか、含有してもごく少量であるため、添加剤の添加に伴う脆化が起こりにくい。よって、膨出形状に加工されていても、高純度Ag被覆層の表面において、加工に伴って亀裂等の損傷が生じにくく、亀裂の箇所からの下層金属の酸化等、損傷に伴う耐久性の低下が起こりにくい。
【0015】
一方で、平板状電気接点の表面に形成された低純度Ag被覆層は、含硫黄有機化合物を含み、Agの含有量が、97.0質量%以上99.5質量%以下と比較的低純度の範囲に抑えられていることにより、表面において、高い耐摩耗性が得られ、電気接点間の摩擦係数が低く抑えられる。平板状電気接点がこの低純度Ag被覆層を表面に有することで、後の実施例に示されるように、相手方電気接点となる膨出状電気接点の表面に形成されている金属層が、単独では高い耐摩耗性を示さない高純度Ag被覆層であっても、低純度Ag被覆層である場合と同程度の、高い耐摩耗性向上効果が得られる。平板状電気接点は、膨出状電気接点とは異なり、曲率の大きな形状に加工されないため、低純度Ag被覆層が加工に伴って損傷を起こしやすい性質を有していても、電気接点における損傷の発生、およびそれに伴う耐久性低下は、小さく抑えられる。
【0016】
このように、膨出状電気接点と平板状電気接点のそれぞれの表面に、所定の組成を有するAg被覆層を形成することで、電気接点対において、耐摩耗性を向上させながら、加工に伴う被覆層の損傷を抑制することができる。また、低純度Ag被覆層に含有される含硫黄有機化合物は、耐摩耗性向上効果に加え、Ag被覆層に対する変色防止効果も示すため、別途変色防止剤を両電気接点の表面に塗布する必要性を省くことができる。
【0017】
[2]上記[1]の態様において、前記低純度Ag被覆層における前記含硫黄有機化合物の含有量が、0.5質量%以上3.0質量%以下であるとよい。すると、電気接点対において、含硫黄有機化合物による耐摩耗性向上効果が高く得られるとともに、電気接点間において接触抵抗を低く抑えることができる。
【0018】
[3]上記[1]または[2]の態様において、前記高純度Ag被覆層は、硬質銀層として構成されているとよい。すると、金属材を膨出形状に加工して膨出状電気接点を形成する際に、高純度Ag被覆層の表面における亀裂の形成が、効果的に抑制される。その結果、電気接点対において、高い耐久性が得られる。
【0019】
[4]上記[1]から[3]のいずれか1つの態様において、前記膨出状電気接点および前記平板状電気接点において、CuまたはCu合金よりなる基材の表面を被覆して、NiまたはNi合金よるなる下地層が形成され、前記下地層の表面を被覆して、それぞれ前記高純度Ag被覆層および前記低純度Ag被覆層が形成されているとよい。NiまたはNi合金よりなる下地層は、CuまたはCu合金よりなる基材に対するAg被覆層の密着性の向上、および基材金属のAg被覆層への拡散抑制の役割を果たす。Ag被覆層に亀裂が発生すると、その亀裂の箇所から、NiまたはNi合金よりなる下地層が酸化を受けることで、電気接点対において、接触抵抗の上昇等の影響を生じる可能性があるが、膨出状電気接点の表面に高純度Ag被覆層が形成されており、膨出形状への加工を経ても亀裂等の損傷が形成されにくいことにより、それらの影響が生じにくく、電気接点対において高い耐久性が発揮される。
【0020】
[5]本開示の端子対は、第一の接点部を有する第一の端子と、第二の接点部を有する第二の端子と、を含み、前記第一の接点部と前記第二の接点部の組が、上記[1]から[4]のいずれか1つの電気接点対より構成され、相互に電気的に接触可能となっている。この端子対は、相互に電気的に接触可能な接点部の組として、上記の電気接点対を有していることにより、耐摩耗性を向上させながら、加工に伴う被覆層の損傷を抑制できる端子対となる。
【0021】
[6]上記[5]の態様において、前記第一の端子は、前記膨出状電気接点を有する嵌合型のメス端子として構成され、前記第二の端子は、前記平板状電気接点を有し、前記第一の端子と嵌合可能なオス端子として構成されているとよい。メス端子とオス端子の組よりなる嵌合型の端子対においては、メス端子の接点部として、エンボス状に膨出した膨出状電気接点が設けられ、オス端子の接点部として、タブ型の平板状電気接点が設けられることが一般的であるが、それらの接点部として、上記電気接点対を構成する膨出状電気接点および平板状電気接点をそれぞれ設けることで、両接点の間の電気接触部において、高い耐摩耗性を得るとともに、加工に伴う損傷を抑制することができる。
【0022】
[本開示の実施形態の詳細]
以下に、本開示の実施形態にかかる電気接点対および端子対について、図面を用いて詳細に説明する。以下、特記しないかぎり、各種特性を示す値は、室温・大気中において得られる値とする。
【0023】
<電気接点>
図1に、本開示の一実施形態にかかる電気接点対1を、断面図にて模式的に示す。本開示の一実施形態にかかる電気接点対1は、膨出状電気接点2と平板状電気接点3を含んでいる。膨出状電気接点2と平板状電気接点3は、それぞれの表面において、相互に電気的に接触することができる。
【0024】
膨出状電気接点2は、表面側に膨出した形状(エンボス形状)を有している。膨出状電気接点2の具体的な膨出形状は特に限定されるものではないが、半楕円球をはじめとして、部分楕円球(楕円球冠;楕円球の一部を平面にて切り出した形状;楕円球には真球も含む)に近似できる形状を有しているとよい。さらに好ましくは、半球をはじめとして、部分球(球冠;球の一部を平面にて切り出した形状)を有しているとよい。なお、本明細書において、ある形状に近似できるとは、おおむね、その形状からの寸法のずれが10%以内である形態を指すものとする。
【0025】
平板状電気接点3は、膨出状電気接点2よりも曲率が小さい(曲率半径が大きい)面状構造を有している。平板状電気接点3の具体的な形状は特に限定されず、膨出状電気接点2の膨出形状よりも緩やかな曲面形状を有していてもよいが、平面またはそれに近似できる平坦な形状を有していることが好ましい。膨出状電気接点2と平板状電気接点3が、それぞれの表面において、相互に電気的に接触することで、膨出状電気接点2を構成する金属材20と、平板状電気接点3を構成する金属材30との間に、電気接続が形成される。両電気接点2,3の間に電気的接触を形成する際には、図示したように、膨出状電気接点2が、頂部において、平板状電気接点3の表面に接触する。
【0026】
部分楕円球形の膨出状電気接点2と、平面形の平板状電気接点3の組み合わせは、後に図2に基づいて説明するようなオス-メス嵌合型の端子対においてしばしば用いられる。膨出状電気接点2を有する端子(メス端子5)に対して、平板状電気接点3を有する端子(オス端子6)を挿抜する等の運動により、膨出状電気接点2と平板状電気接点3を、相互に対して相対的に、平板状電気接点3の面内(図の横方向)で摺動させることで、両電気接点2,3の間の電気的接触を、可逆的に、形成/解消することができる。
【0027】
図1に示すように、膨出状電気接点2は、表面に高純度Ag被覆層24を有する金属材20より構成されている。そして、平板状電気接点3は、表面に低純度Ag被覆層34を有する金属材30より構成されている。膨出状電気接点2と平板状電気接点3は、それぞれの高純度Ag被覆層24および低純度Ag被覆層34の表面で、相互に接触する。高純度Ag被覆層24と低純度Ag被覆層34はいずれも、Agを主成分とする金属層として構成されているが、成分組成が相互に異なっている。以下、膨出状電気接点2および平板状電気接点3の構成の詳細について、順に説明する。
【0028】
(膨出状電気接点の構成)
図1に示すとおり、膨出状電気接点2は、基材21と、基材21の表面を被覆する高純度Ag被覆層24とを有する金属材20より構成されている。基材21の種類は特に限定されるものではなく、端子をはじめとする電気接続部材の基材として一般に適用可能な種々の金属材料を用いることができる。好ましくは、基材21は、端子の基材として汎用されている、CuまたはCu合金より構成されるとよい。
【0029】
高純度Ag被覆層24は、金属材20の最表面に露出している層である。高純度Ag被覆層24は、Agを含み、Agの含有量が99.9質量%以上となっている。好ましくは、高純度Ag被覆層24は、硬質銀層として構成されているとよい。ここで、硬質銀層とは、表面における硬度が、ビッカース硬さで、おおむね90HV以上、好ましくは110HV以上となったAgまたはAg合金の層である。また、高純度Ag被覆層24の表面における硬度は、平板状電気接点3の低純度Ag被覆層34の表面における硬度よりも高いことが好ましい。
【0030】
高純度Ag被覆層24は、Agと不可避的不純物のみを含有していてもよいが、Agおよび不可避的不純物に加えて、Ag層を硬質化する作用を有する添加元素を含むことが好ましい。その種の添加元素としては、Se,Sb,C,N,S等を挙げることができる。とりわけ、添加元素としてSeを用いることが好ましい。それらの添加元素の添加量としては、高純度Ag被覆層24全体のうち、0.1質量%以下の範囲に抑えられる。
【0031】
高純度Ag被覆層24が、99.9質量%以上と高いAg純度を有することで、耐熱性や耐食性、導電性等、Agによって発揮される特性を、高純度Ag被覆層24の特性として、有効に利用することができる。また、高純度Ag被覆層24が高い純度を有することで、後に説明するように、有機化合物よりなる添加剤を含み、Ag純度が低く抑えられた低純度Ag被覆層34とは異なり、添加剤の含有によって金属組織が脆くなる現象を起こしにくい。そのため、高純度Ag被覆層24を備えた金属材20に対してプレス加工等の機械加工を施し、金属材20を膨出形状に成形しても、加工に伴う負荷によって、高純度Ag被覆層24の表面に、亀裂等の損傷が生じにくい。よって、膨出状電気接点2を長期にわたって、また腐食の生じやすい環境で使用しても、下地層22をはじめとして、高純度Ag被覆層24の下層に存在する金属材料が、高純度Ag被覆層24に生じた亀裂等の損傷を介して、酸化をはじめとする変性を受け、接触抵抗の上昇等、膨出状電気接点2の電気的特性を低下させる事態が、起こりにくい。つまり、膨出状電気接点2が、高い耐久性を有するものとなる。高純度Ag被覆層24におけるAg濃度の上限は特に定められないが、Se等、Ag層を硬質化する添加元素を添加できる濃度に抑えておくことが好ましい。
【0032】
高純度Ag被覆層24の厚さは特に限定されるものではないが、例えば、加工時の損傷を抑制する効果等、高純度Ag被覆層24が有する特性を十分に発揮させる観点から、1μm以上が好ましく、3μm以上がさらに好ましい。一方、金属材20の加工性を確保する等の観点から、10μm以下が好ましい。また、高純度Ag被覆層24の厚さは、平板状電気接点3の低純度Ag被覆層34の厚さよりも大きいことが好ましい。
【0033】
膨出状電気接点2を構成する金属材20においては、基材21の表面に、上記高純度Ag被覆層24が直接形成されていてもよい。しかし、基材21と高純度Ag被覆層24の間に、他種の金属層が形成されていてもよい。その種の他の金属層としては、NiまたはNi合金よりなる下地層22を挙げることができる。NiまたはNi合金よりなる下地層22は、Cu等、基材21の構成元素が高純度Ag被覆層24へと拡散するのを抑制するとともに、基材21に対する高純度Ag被覆層24の密着性を高める役割を果たす。下地層22の厚さとしては、0.5μm以上、10μm以下の範囲を例示することができる。
【0034】
さらに、高純度Ag被覆層24の直下、つまり下地層22と高純度Ag被覆層24の間に、高純度Ag被覆層24よりもさらにAg純度が高く、高純度Ag被覆層24よりも薄い層よりなる中間層23を設けてもよい。中間層23は、下地層22に対する高純度Ag被覆層24の密着性を高める役割を果たす。また、高純度Ag被覆層24に含まれるCやS等の元素が、高純度Ag被覆層24から下地層22に拡散するのが、中間層23によって抑えられる。金属材20において、相互に隣接する各層の界面には、両側の層を構成する金属原子の一部が、合金を形成していてもよい。また、高純度Ag被覆層24は、金属材20の最表面に露出していることが好ましいが、高純度Ag被覆層24の特性を著しく損なわない限りにおいて、有機材料等より構成される被膜が、高純度Ag被覆層24の表面に形成されていてもよい。ただし、後述するように、平板状電気接点3の低純度Ag被覆層34に含まれる含硫黄有機化合物が、変色防止剤としての役割を果たしうるので、別途、高純度Ag被覆層24の表面に、変色防止剤の層を設ける必要はない。
【0035】
高純度Ag被覆層24は、めっき法、蒸着法等、任意の方法で形成すればよい。めっき法を用いることが、簡便性等の観点で、特に好ましい。例えば、Se等、Ag層を硬質化する作用を有する添加元素を含むAgめっき液を用いて、電解めっきを行えばよい。基材21の表面に、適宜下地層22等の金属層を形成したうえで、高純度Ag被覆層24を形成して平板状の金属材20を形成し、その金属材20に対してプレス加工を行い、膨出形状を形成することで、膨出状電気接点2を作製することができる。
【0036】
(平板状電気接点の構成)
図1に示すとおり、平板状電気接点3は、基材31と、基材31の表面を被覆する低純度Ag被覆層34とを有する金属材30より構成されている。膨出状電気接点2を構成する金属材20の基材21と同様、平板状電気接点3を構成する金属材30の基材31も、金属種を特に限定されるものではないが、CuまたはCu合金より構成されるとよい。
【0037】
低純度Ag被覆層34は、Agと、含硫黄有機化合物とを含んでいる。そして、低純度Ag被覆層34においては、Agの含有量が、97.0質量%以上、99.5質量%以下の範囲にある。
【0038】
低純度Ag被覆層34に含有される含硫黄有機化合物の種類は、特に限定されるものではないが、好適な例として、ベンゾチアゾール類、チオール類、スルフィド類、ジスルフィド類、スルホン化アニオンポリマーをはじめとする含硫黄高分子、およびそれらの誘導体を挙げることができる。含硫黄有機化合物は、1種のみを用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。特に、メルカプトベンゾチアゾールおよびその誘導体、チオジエタノールを用いることが好ましい。誘導体の種類としては特に限定されないが、ナトリウム塩等の金属塩を挙げることができる。
【0039】
低純度Ag被覆層34において、含硫黄有機化合物は、耐摩耗性を向上させる役割を果たす。つまり、平板状電気接点3を膨出状電気接点2と接触させて摺動させた際に、低純度Ag被覆層34と高純度Ag被覆層24の間で凝着が起こるのを抑制し、両電気接点2,3の間の摩擦係数を低く保つのに寄与する。特に、上に挙げたベンゾチアゾール類やその誘導体は、Ag結晶の微細化により、低純度Ag被覆層34の硬度向上、およびそれによる耐摩耗性向上に高い効果を示す。本明細書において、低純度Ag被覆層34に含有される含硫黄有機化合物は、硫黄原子を含有する有機分子の形状を保っている形態に加え、そのような分子の少なくとも一部が、分子内結合の開裂や組み換えを起こしている形態、硫黄原子をはじめとする構成原子の少なくとも一部が、Ag等、外部の原子と結合を形成している形態等、硫黄原子を含有する有機分子に由来する全成分を含むものとする。含硫黄有機化合物の含有量も、それら全成分の合計量を指すものとする。
【0040】
低純度Ag被覆層34が、Agを97.0質量%以上の濃度で含有することで、耐熱性や耐食性、導電性等、Agによって発揮される特性を、低純度Ag被覆層34の特性として、十分に利用することができる。特に、低純度Ag被覆層34において、高い導電性を確保することで、平板状電気接点3の表面における接触抵抗が低くなり、相手方の膨出状電気接点2との間に、良好な電気接続を形成することができる。また、低純度Ag被覆層34が高い導電性を有することで、金属材30に大電流が流れた際の発熱を小さく抑えることができ、平板状電気接点3を、大電流端子をはじめとして、大電流が印加される用途に適用しやすくなる。さらに、平板状電気接点3を有する端子等の電気接続部材を製造する際には、膨出状電気接点2を含む電気接続部材よりは軽度であるものの、プレス成形等の機械加工によって端子形状への成形を行うことで、金属材30にある程度の負荷が印加されるが、低純度Ag被覆層34がAgを97.0質量%以上の純度で含有することで、Agの延性を利用して、金属材30の機械加工に伴う低純度Ag被覆層34の損傷を抑制することができる。それらの効果をさらに高める観点から、低純度Ag被覆層34におけるAg濃度は、98.0質量%以上、さらには99.0質量%以上であると、より好ましい。
【0041】
一方、低純度Ag被覆層34におけるAgの濃度が99.5質量%以下に抑えられていることにより、低純度Ag被覆層34の耐摩耗性を効果的に高めることができる。低純度Ag被覆層34において、Agの濃度が低く抑えられ、含硫黄有機分子をはじめとして、Ag以外の成分がある程度の濃度で含まれることで、低純度Ag被覆層34の硬度が向上すること、またAg原子どうしの接触確率が低下することにより、Agの凝着が起こりにくくなり、低純度Ag被覆層34の表面の摩擦係数が低減されるためである。それらの効果をさらに高める観点から、低純度Ag被覆層34におけるAgの濃度は、99.4質量%以下であると、より好ましい。
【0042】
低純度Ag被覆層34において、Agの含有量が、97.0質量%以上かつ99.5質量%以下の範囲にあれば、Agと含硫黄有機化合物に加え、低純度Ag被覆層34が他の成分を含有してもよいが、含硫黄有機化合物によって付与される特性への影響を抑える観点から、不可避的不純物を除いて、低純度Ag被覆層34は、Agと含硫黄有機化合物のみより構成されることが好ましい。特に、上に説明した高純度Ag被覆層24に好適に添加される、Ag層を硬質化する効果を有するSe等の添加元素は、不可避的不純物を除いて、また、添加した含硫黄有機化合物に由来するC,S,N等の原子を除いて、低純度Ag被覆層34に含有されないことが好ましい。また、低純度Ag被覆層34における含硫黄有機化合物の含有量は、0.5質量%以上、3.0質量%以下であることが好ましい。すると、含硫黄有機化合物の添加による耐摩耗性向上効果が高く得られるとともに、多量の含硫黄有機化合物の添加による低純度Ag被覆層34の導電性の低下を小さく抑えることができる。
【0043】
上記のように、低純度Ag被覆層34において、ベンゾチアゾール類をはじめとする含硫黄有機化合物は、Ag結晶を微細化する作用を有する。例えば、低純度Ag被覆層34におけるAg結晶粒の粒径が、5nm以上、また20nm以下となっているとよい。Ag結晶粒の微細化は、低純度Ag被覆層34の硬度の上昇に寄与し、低純度Ag被覆層34の硬度が、ビッカース硬さで、90HV以上、また150HV以下となっていることが好ましい。
【0044】
低純度Ag被覆層34の厚さは、特に限定されるものではない。例えば、0.5μm以上、また5μm以下の厚さを例示することができる。低純度Ag被覆層34は、厚く形成しなくても、耐摩耗性向上の効果を十分に発揮できるため、膨出状電気接点2の高純度Ag被覆層24よりも薄く形成してもよい。また、厚さを2μm以下としてもよい。
【0045】
平板状電気接点3を構成する金属材30も、膨出状電気接点2を有する金属材20と同様に、低純度Ag被覆層34と基材31の間に、下地層32および/または中間層33等の他種金属層を有していてもよい。また、有機材料等より構成される被膜を、低純度Ag被覆層34の表面に有していてもよい。それら下地層32、中間層33、被膜として適用可能な構成は、上記で膨出状電気接点2を構成する金属材20について説明したものと同様である。表面に変色防止剤の層を設ける必要がない点についても同様である。
【0046】
低純度Ag被覆層34の好ましい構成については、上に説明したとおりであるが、例えば特許文献1に開示されているAgめっき層を、低純度Ag被覆層34として好適に適用することができる。低純度Ag被覆層34は、めっき法、蒸着法等、任意の方法で形成すればよい。めっき法を用いることが、簡便性等の観点で、特に好ましい。例えば、含硫黄有機化合物を含むAgめっき液を用いて、電解めっきを行えばよい。基材31の表面に、適宜下地層32等の金属層を形成したうえで、低純度Ag被覆層34を形成して金属材30を作製し、その金属材30より平板状電気接点3を形成すればよい。
【0047】
(電気接点対の特性)
以上に説明したように、本実施形態にかかる電気接点対1は、表面に高純度Ag被覆層24を有する膨出状電気接点2と、表面に低純度Ag被覆層34を有する平板状電気接点3を含み、両電気接点2,3が、両Ag被覆層24,34の表面において相互に電気的に接触可能となっている。高純度Ag被覆層24は、Agを99.0質量%以上の濃度で含有している。一方、低純度Ag被覆層34は、Agに加えて含硫黄有機化合物を含み、Agの濃度が99.5質量%以上97.0質量%以下となっている。
【0048】
膨出状電気接点2と平板状電気接点3の表面がともに、耐熱性や耐食性、導電性等の特性に優れた金属であるAgを主成分とする金属層によって被覆されていることで、電気接点対1が、電気接触特性や耐久性に優れたものとなる。さらに、平板状電気接点3の表面に、含硫黄有機化合物を含み、かつAg濃度が所定の範囲に抑えられた低純度Ag被覆層34が設けられていることで、平板状電気接点3と膨出状電気接点2の間で、凝着の発生が抑えられ、摺動時の摩擦係数が低く抑えられる。これにより、電気接点対1が高い耐摩耗性を有するものとなる。低純度Ag被覆層34は、Ag純度の低さにより、材料特性として、脆くなりやすい場合があるが、平板状電気接点3は、膨出状電気接点2とは異なり、曲率が小さいため、加工時に大きな負荷を印加されないため、低純度Ag被覆層34の脆さが、加工時の負荷による損傷にはつながりにくい。
【0049】
一方、膨出状電気接点2の表面には、Ag純度の高い高純度Ag被覆層24が形成されている。膨出状電気接点2は、プレス加工等の機械加工によって、膨出形状に成形する際に大きな負荷を受けるが、表面に形成されている金属層が、高純度Ag被覆層24であることで、そのような負荷を受けても、亀裂等の損傷を生じにくい。そのため、亀裂の箇所からの下層金属の酸化、およびそれに伴う電気的特性の変化等、損傷に起因する金属材20の劣化を抑制し、膨出状電気接点2において、高い耐久性を得ることができる。もし、膨出状電気接点2の表面に形成される金属層が、低純度Ag被覆層34のように、脆い金属層であれば、膨出形状への成形に伴う負荷によって、金属層に亀裂が生じてしまう可能性がある。すると、時間の経過に伴い、亀裂の箇所から、下地層22等、下層に存在する金属が酸化を受け、表面の接触抵抗の上昇等、電気的特性に影響が生じる可能性がある。
【0050】
このように、本実施形態にかかる電気接点対1においては、加工に伴って大きな負荷が印加される膨出状電気接点2の表面には、加工時に損傷を起こしにくい高純度Ag被覆層24を形成する一方で、加工に伴う負荷の印加が起こらない、あるいは小さい平板状電気接点3の表面には、耐摩耗性の向上に高い効果を示す低純度Ag被覆層34を形成することで、膨出状電気接点2と平板状電気接点3を含む電気接点対1全体として、高い耐摩耗性を得ながら、加工に伴う表面被覆層の損傷を抑制し、高い耐久性を得ることができる。それにより、摩耗の影響を抑えて、両電気接点2,3の間に低い摩擦係数が得られるとともに、長期にわたって、その低い摩擦係数等、良好な電気的特性を示す状態を、耐久的に維持することができる。平板状電気接点3の表面に、高い耐摩耗性向上効果を有する低純度Ag被覆層34が形成されていることで、膨出状電気接点2の表面には、単独ではそれほど高い耐摩耗性を示さない高純度Ag被覆層24が形成されているものの、後に実施例でも示すように、両電気接点2,3の間における耐摩耗性としては、膨出状電気接点2にも低純度Ag被覆層34が形成されている場合と同程度の高い水準の耐摩耗性が得られる。
【0051】
本実施形態にかかる電気接点対1は、各種の電気接続部材の電気接点部を構成するものとして、適用することができる。電気接続部材の種類は特に限定されるものではないが、電気接続の形成/解消に、電気接点2,3の間の摺動を伴うものであることが好ましい。次に説明するように、電気接続用の端子の接点対として、本実施形態にかかる電気接点対1を、好適に適用することができる。
【0052】
<端子対>
本開示の実施形態にかかる端子対は、上に説明した本開示の実施形態にかかる電気接点対1を含んでいる。つまり、第一の接点部を有する第一の端子と、第二の接点部を有する第二の端子とを含む端子対において、それら第一の接点部と第二の接点部の組を、本開示の実施形態にかかる電気接点対1より構成し、相互に電気的に接触可能とすればよい。
【0053】
具体的な端子対の種類および形状は特に限定されるものではないが、図2に示す端子対4のように、篏合型の端子対よりなる形態が好適である。端子対4は、メス端子5と、そのメス端子5と嵌合可能なオス端子6の組として構成される。メス端子5が、第一の接点部として膨出状電気接点2を有する第一の端子となり、オス端子6が、第二の接点部として平板状電気接点3を有する第二の端子となる。そして、メス端子5の接点部の表面に、高純度Ag被覆層24が設けられ、オス端子6の接点部の表面に、低純度Ag被覆層34が設けられる。
【0054】
メス端子5およびオス端子6は、公知の嵌合型のメス端子およびオス端子と同様の形状を有する。メス端子5は、挟圧部53を有している。挟圧部53は、前方が開口した四角筒状に形成され、挟圧部53の底面の内側に、内側後方へ折り返された形状の弾性接触片51を有する。一方、オス端子6は、前方に、平板状に形成されたタブ部61を有する。メス端子5の挟圧部53の中にオス端子6のタブ部61が挿入されると、メス端子5の弾性接触片51は、挟圧部53の内部側へ膨出したエンボス部51aにおいて、オス端子6のタブ部61と接触し、タブ部61に上向きの力を加える。弾性接触片51と相対する挟圧部53の天井部の表面が内部対向接触面52とされ、オス端子6のタブ部61が弾性接触片51によって内部対向接触面52に押し付けられることにより、タブ部61が挟圧部53の中で挟圧保持される。これにより、膨出状電気接点2としてのメス端子5のエンボス部51aと、平板状電気接点3としてのオス端子6のタブ部61の表面との間に、電気的接触が形成され、保持される。
【0055】
ここで、メス端子5を形成する金属材20のうち、少なくとも弾性接触片51のエンボス部51aの表面に、高純度Ag被覆層24が、適宜下地層22および/または中間層23とともに形成されている(図略)。そして、オス端子6を形成する金属材30のうち、少なくともタブ部61の表面に、低純度Ag被覆層34が、適宜下地層32および/または中間層33とともに形成されている(図略)。製造の簡便性等の観点からは、メス端子5の表面全域に高純度Ag被覆層24が形成され、オス端子6の表面全域に低純度Ag被覆層34が形成されているとよい。
【0056】
このように、膨出状電気接点2となるメス端子5の弾性接触片51のエンボス部51aの表面に、高純度Ag被覆層24が形成されるとともに、平板状電気接点3となるオス端子6のタブ部61の表面に低純度Ag被覆層34が形成されていることで、メス端子5とオス端子6の間の電気接点部において、高い耐摩耗性を得ながら、加工に伴う表面被覆層の損傷を抑制し、高い耐久性を確保することができる。電気接点部が高い耐摩耗性を有することで、オス端子6をメス端子5に対して摺動を伴って挿抜しても、低い摩擦係数を有する状態が安定に保持される。また、電気接点部の表面被覆層が加工に伴う損傷を起こしにくいことで、高い耐久性が得られる。例えば、端子対4を高温になる環境等、金属の酸化が起こりやすい環境で使用しても、酸化の影響による電気的特性の変化を小さく抑えることができる。また、メス端子5においては、オス端子6と比較して、挟圧部53の筒形状部をはじめとして、エンボス部51a以外にも、加工時に大きな負荷を受けやすい箇所を有するが、メス端子5を構成する金属材20の表面を被覆する金属層が、脆くなりにくい高純度Ag被覆層24であることで、それらの加工箇所においても、加工に伴う損傷を起こしにくい。
【実施例0057】
以下、実施例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。ここでは、電気接点対を構成する膨出状電気接点および平板状電気接点のAg被覆層の組成と、電気接点対の特性との関係性について検証した。特記しない限り、試料の作製および評価は、室温、大気中にて行っている。
【0058】
<試料の作製>
まず、複数種の金属材を準備した。具体的には、清浄な厚さ0.25mmのCu合金基材の表面に、電解めっき法により、下地層として、厚さ1μmのNi層を形成した。次に、Ni層の表面に、電解めっき法により、純Agよりなる厚さ0.2μmの中間層を形成した。さらに、中間層の表面に、電解めっき法により、以下の複数種のAg被覆層を形成した。なお、各Ag被覆層におけるAg濃度は、X線光電子分光法(XPS)によって評価した。
・硬質Ag層-Ag濃度:99.9質量%、Se添加、厚さ:5μm
・有機含有Ag層1-Ag濃度:99.4質量%、2-メルカプトベンゾチアゾールナトリウム添加、厚さ:1μm
・有機含有Ag層2-Ag濃度:98.6質量%、チオジオエタノール添加、厚さ:1μm
・有機含有Ag層3-Ag濃度:97.0質量%、2-メルカプトベンゾチアゾールナトリウム添加、厚さ:1μm
・有機含有Ag層4-Ag濃度:96.0質量%、2-メルカプトベンゾチアゾールナトリウム添加、厚さ:1μm
・Ni含有Ag層-Ag濃度:99.8質量%、Ni添加、厚さ:1μm
【0059】
作製した金属材を用いて、電気接点対のモデルとして、図1に示したとおり、膨出状試験片と平板状試験片の組を作成した。膨出状試験片については、金属材に対してプレス加工を行うことで、R3mmの半球状に膨出した膨出状電気接点を形成した。平板状試験片については、平板状の金属材をそのまま、平板状電気接点とした。各試料において、膨出状試験片および平板状試験片を構成する金属材としては、表1に示す組み合わせのAg被覆層を有するものを用いた。
【0060】
<評価方法>
・含硫黄有機化合物を含むAg被覆層の状態
含硫黄有機化合物を含む低純度Ag被覆層の代表として、有機含有Ag層1を形成した金属材について、厚さ方向に切断した断面試料を準備し、走査透過電子顕微鏡(STEM)にて観察した。これにより低純度Ag被覆層の状態を確認した。
【0061】
・初期接触抵抗
電気接点間の摺動を行う前の初期状態の電気接点対に対して、接触抵抗を測定した。具体的には、各試料の電気接点対について、膨出状試験片の膨出状電気接点を、頂部にて、平板状試験片の平板状電気接点に接触させ、30Nの接触荷重を印加しながら、接触抵抗の測定を行った。測定は四端子法によって行った。また、開放電圧を20mV、通電電流を10mAとした。得られた接触抵抗が0.2mΩ未満である場合に、初期接触抵抗が十分に低い(A)と評価した。一方、接触抵抗が0.2mΩ以上である場合に、初期接触抵抗が高い(B)と評価した。
【0062】
・耐摩耗性
各試料にかかる膨出状試験片と平板状試験片の組に対して、摺動させながら摩擦係数を計測することで、耐摩耗性の評価を行った。各試料の電気接点対について、膨出状試験片の膨出状電気接点を、頂部にて、平板状試験片の平板状電気接点に接触させた状態で、膨出状試験片を、平板状試験片の表面で摺動させた。この際、接触荷重は5Nとし、摺動は、2mmの距離にわたって、繰り返し行った。摺動中に、ロードセルを用いて、電気接点間に働く動摩擦力を測定した。そして、動摩擦力を荷重で割った値を(動)摩擦係数とした。
【0063】
得られた摩擦係数の測定結果において、30回の摺動を行う間、摩擦係数が0.3未満の範囲に収まっている場合に、耐摩耗性が高い(A)と評価した。一方、その摺動中に、摩擦係数が0.3以上に大きくなる場合に、耐摩耗性が低い(B)と評価した。さらに、摺動中に、摩擦係数が1.0以上に大きくなる場合に、耐摩耗性が非常に低い(B-)と評価した。
【0064】
・膨出状電気接点における損傷
各試料の電気接点対のうち、膨出状試験片の表面を走査電子顕微鏡(SEM)によって観察した。得られたSEM像において、膨出状電気接点の表面に、幅0.5μmを超える亀裂が生じていない場合には、加工による損傷が小さい(A)と評価した。一方、幅0.5μmを超える亀裂が生じている場合には、加工による損傷が大きい(B)と評価した。
【0065】
<試験結果>
図3に、有機含有Ag層1の断面を観察したSTEM像(倍率1,000,000倍)を示す。像において、グレーに観察されている領域がAg被覆層にあたるが、層内に、多数の結晶粒が集合されているのが分かる。結晶粒の粒径は、約10nmと小さくなっている。
【0066】
図4に、代表例として、試料A1および試料B1~B3について、摺動させながら摩擦係数を計測した結果を示す。図には合わせて、両電気接点のAg被覆層の種類、および耐摩耗性の評価結果も、表形式で表示している。図4に示したいずれの試料においても、初期の摩擦係数は低く抑えられているものの、試料B1では、摺動に伴って、摩擦係数が上下に激しく変動するとともに、摺動回数の増加に従って、上昇する傾向が見られている。試料B3でも、試料B1ほどではないものの、摺動回数の増加に従って、摩擦係数が上昇する傾向が見られている。これらに対し、試料A1および試料B2では、摺動に伴う摩擦係数の変化および増加が、小さく抑えられており、50回の摺動を経ても、摩擦係数がほぼ変化していない。
【0067】
さらに、図5A,5Bに、膨出状電気接点における損傷を評価するために取得したSEM像の代表例を示す。図5Aは、試料A1等を構成する、硬質Ag層を備えた金属材より作製した膨出状電気接点を観察したものである。一方、図5Bは、試料B1等を構成する、有機含有Ag層1を備えた金属材より作製した膨出状電気接点を観察したものである。いずれも上段は倍率50倍の観察像であり、下段は倍率500倍で膨出状電気接点の頂部近傍を拡大観察した観察像である。図5Bの有機含有Ag層1を備えた金属材を用いた場合には、膨出状電気接点の表面の広い範囲にわたり、暗い筋状に観察される亀裂が多数生じている。これに対し、図5Aの硬質Ag層を備えた金属材を用いた場合には、膨出状電気接点の全域において、SEM像で確認できる明確な亀裂は生じていない。
【0068】
試料A1~A3および試料B1~B5のそれぞれについて、各評価の結果を、Ag被覆層の組み合わせとともに、下の表1にまとめる。
【0069】
【表1】
【0070】
表1によると、以下のことが分かる。試料A1~A3はいずれも、膨出状電気接点の表面に、硬質Ag層、つまりAgを99.9質量%以上の濃度で含有する高純度Ag被覆層を設け、かつ平板状電気接点の表面に、有機含有Ag層1,2,3、つまりAgと含硫黄有機化合物を含み、Agの濃度が97.0質量%以上99.5質量%以下となった低純度Ag被覆層を設けたものである。これら試料A1~A3においてはいずれも、初期接触抵抗が十分に低く抑えられるとともに、高い耐摩耗性が得られている。膨出状電気接点の損傷も小さく抑えられている。これらの結果は、試料A1について、図4および図5Aにも示されるとおりである。
【0071】
一方で、試料B1~B5では、膨出状電気接点の表面に設けられたAg被覆層が、Agを99.9質量%以上の濃度で含有する高純度Ag被覆層となっていないか、平板状電気接点の表面に設けられたAg被覆層が、Agと含硫黄有機化合物を含み、Agの濃度が97.0質量%以上99.5質量%以下である低純度Ag被覆層となっていない。あるいはその両方である。これら試料B1~B5ではいずれも、初期接触抵抗の低さ、耐摩耗性の高さ、膨出状電気接点の損傷の小ささの少なくとも1つが、十分に高い水準に達していない。
【0072】
試料B1では、両電気接点とも、表面に、硬質Ag層を有している。この試料B1においては、図4にも示されるとおり、耐摩耗性が低くなっている。試料B2,B3では、少なくとも膨出状電気接点の表面に有機含有Ag層1が設けられている。これら試料B2,B3では、図5Bにも示されるとおり、膨出状電気接点の表面における損傷が大きくなっている。以上の試料A1~A3と試料B1~B3の比較から、耐摩耗性の向上と、加工に伴う膨出状電気接点の表面における損傷の抑制とを両立するためには、膨出状電気接点の表面に、硬質Ag層のように、損傷を生じにくい被覆層を形成するとともに、平板状電気接点の表面に、含硫黄有機化合物を含有する低純度Ag被覆層のような高い耐摩耗性向上効果を有する被覆層を形成する必要があることが分かる。なお、図4の摩擦係数の測定結果にも現れているように、膨出状電気接点および平板状電気接点の表面被覆層の組み合わせが試料A1と逆になった試料B3で、試料A1よりも耐摩耗性が低くなっているが、それは、膨出状電気接点の表面に生じた損傷の影響であると考えられる。
【0073】
試料B4,B5では、試料A1~A3と同様に、膨出状電気接点の表面に、硬質Ag層が設けられており、平板状電気接点の表面に、Agの濃度がその硬質Ag層よりも低くなったAg被覆層が設けられている。しかし、試料B4では、試料A1~A3とは異なり、平板状電気接点の表面に設けられているAg被覆層におけるAgの濃度が、97.0質量%を下回っている。この試料B1では、初期接触抵抗が高くなってしまっている。これは、Ag被覆層において、Ag濃度が低すぎることで、導電性が低くなっているためであると考えられる。試料B5では、試料A1~A3とは異なり、含硫黄有機化合物が平板状電気接点の表面のAg被覆層に添加されていない。また、Ag濃度が99.5質量%を上回っている。この試料B5では、耐摩耗性が低くなっている。これは、Ag被覆層のAg濃度が高すぎることで、Agの凝着による摩擦係数の上昇が十分に抑えられていないものと考えられる。試料A1~A3と試料B4,B5の比較から、接触抵抗を十分に低く抑えながら、電気接点対の耐摩耗性の向上、および加工に伴う膨出状電気接点の損傷の抑制の効果を得るためには、膨出状電気接点の表面に設けるAg被覆層を、含硫黄有機化合物を含み、かつAgの濃度が97.0質量%以上99.5質量%以下となった低純度Ag被覆層とすることが効果的であると言える。
【0074】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【符号の説明】
【0075】
1 電気接点対
2 膨出状電気接点
3 平板状電気接点
20,30 金属材
21,31 基材
22,32 下地層
23,33 中間層
24 高純度Ag被覆層
34 低純度Ag被覆層
4 端子対
5 メス端子
51 弾性接触片
51a エンボス部
52 内部対向接触面
53 挟圧部
6 オス端子
61 タブ部

図1
図2
図3
図4
図5