IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人大阪歯科大学の特許一覧

特開2025-26410細胞内タンパク質送達剤および細胞内タンパク質導入法
<>
  • 特開-細胞内タンパク質送達剤および細胞内タンパク質導入法 図1
  • 特開-細胞内タンパク質送達剤および細胞内タンパク質導入法 図2
  • 特開-細胞内タンパク質送達剤および細胞内タンパク質導入法 図3
  • 特開-細胞内タンパク質送達剤および細胞内タンパク質導入法 図4
  • 特開-細胞内タンパク質送達剤および細胞内タンパク質導入法 図5
  • 特開-細胞内タンパク質送達剤および細胞内タンパク質導入法 図6
  • 特開-細胞内タンパク質送達剤および細胞内タンパク質導入法 図7
  • 特開-細胞内タンパク質送達剤および細胞内タンパク質導入法 図8
  • 特開-細胞内タンパク質送達剤および細胞内タンパク質導入法 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025026410
(43)【公開日】2025-02-21
(54)【発明の名称】細胞内タンパク質送達剤および細胞内タンパク質導入法
(51)【国際特許分類】
   A61K 47/50 20170101AFI20250214BHJP
   A61K 47/34 20170101ALI20250214BHJP
   A61K 47/42 20170101ALI20250214BHJP
   A61K 47/02 20060101ALI20250214BHJP
   A61K 38/00 20060101ALI20250214BHJP
   A61K 38/43 20060101ALI20250214BHJP
   C07K 17/02 20060101ALI20250214BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20250214BHJP
   C12N 15/87 20060101ALI20250214BHJP
   C07K 16/00 20060101ALI20250214BHJP
【FI】
A61K47/50
A61K47/34
A61K47/42
A61K47/02
A61K38/00
A61K38/43
C07K17/02
C12N15/09 110
C12N15/87 Z
C07K16/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024131278
(22)【出願日】2024-08-07
(31)【優先権主張番号】P 2023130542
(32)【優先日】2023-08-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】595148176
【氏名又は名称】学校法人大阪歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000822
【氏名又は名称】弁理士法人グローバル知財
(72)【発明者】
【氏名】牧田 佳真
(72)【発明者】
【氏名】平井 悠哉
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4C076AA95
4C076CC41
4C076CC50
4C076DD21
4C076EE17
4C076EE41
4C084AA03
4C084DC01
4C084MA05
4C084NA13
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045BA60
4H045DA76
4H045DA89
4H045EA50
(57)【要約】
【課題】細胞障害性を示さず、効率的に細胞内および/または核内にタンパク質を輸送することのできるタンパク質送達剤ならびに細胞内タンパク質導入法を提供する。
【解決手段】細胞内タンパク質送達剤は、少なくともカチオン性キャリア分子とアニオン性キャリア分子が、それぞれの間で、少なくともイオン結合と疎水性相互作用による結合により成るコンプレックスである。好ましくは、カチオン性キャリア分子、アニオン性キャリア分子、およびタンパク質が、それぞれの間で、少なくともイオン結合と疎水性相互作用による結合により成るコンプレックスである。細胞内タンパク質導入法は、この細胞内タンパク質送達剤を用いる。ここで、細胞内タンパク質送達剤は、カチオン性キャリア分子がカチオン性基を繰り返し単位に有するオリゴマーまたはポリマーであることでもよい。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともカチオン性キャリア分子とアニオン性キャリア分子が、それぞれの間で、少なくともイオン結合と疎水性相互作用による結合により成るコンプレックスである細胞内タンパク質送達剤。
【請求項2】
カチオン性キャリア分子、アニオン性キャリア分子、およびタンパク質が、それぞれの間で、少なくともイオン結合と疎水性相互作用による結合により成るコンプレックスである請求項1に記載の細胞内タンパク質送達剤。
【請求項3】
前記カチオン性キャリア分子は、カチオン性基を繰り返し単位に有するオリゴマーまたはポリマーである請求項1又は2に記載の細胞内タンパク質送達剤。
【請求項4】
前記カチオン性キャリア分子は、プロタミンである請求項1又は2に記載の細胞内タンパク質送達剤。
【請求項5】
前記カチオン性キャリア分子は、ヘキサジメトリンブロミドである請求項1又は2に記載の細胞内タンパク質送達剤。
【請求項6】
前記カチオン性キャリア分子として、さらにポリエチレンイミンを添加する請求項5に記載の細胞内タンパク質送達剤。
【請求項7】
前記タンパク質は、抗体、酵素、又はCRISPR/Cas9用核酸-タンパク質複合体である請求項2に記載の細胞内タンパク質送達剤。
【請求項8】
前記アニオン性キャリア分子は、下記一般式1で表されるボロンクラスター塩である請求項1,2,7の何れかに記載の細胞内タンパク質送達剤:
(化1)
2+(B2- (一般式1)
(上式で、Mはリチウム、ナトリウム、カリウム、セシウムから選ばれるカチオンを表し、Bはホウ素原子、Xは水素、ハロゲン原子(F~I)を表し、nは10または12を表す。)。
【請求項9】
カチオン性キャリア分子を溶解した溶液、アニオン性キャリア分子を溶解した溶液、及びタンパク質を溶解した溶液のそれぞれを混合することにより細胞内タンパク質送達剤を作製する第1の工程と、
前記細胞内タンパク質送達剤を細胞表面に接触する第2の工程と、
前記細胞内タンパク質送達剤がエンドサイトーシスにより細胞質内にエンドソーム膜に内包された状態で導入される第3の工程と、
前記細胞内タンパク質送達剤が前記エンドソーム膜を脱出し細胞質内に拡散する第4の工程、
を備えた細胞内タンパク質導入法。
【請求項10】
前記細胞内タンパク質送達剤が細胞核内に拡散する第5の工程を更に備えた請求項9に記載の細胞内タンパク質導入法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はタンパク質を細胞質に導入するためのタンパク質送達剤及びタンパク質導入法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質トランスフェクション技術は、細胞内に抗体などの各種タンパク質を直接導入する技術であり、従来のプラスミドなどの遺伝子導入による目的タンパク質の発現誘導に比べて、遺伝子組み換えに伴う潜在的な危険性や低い発現効率の問題などを回避する新たな手法として近年盛んに研究されている。タンパク質のような親水性でかつ高分子量の物質を疎水性の高い細胞膜を通過して生細胞のサイトゾル内に活性を保ったまま輸送することは現状極めて困難な課題である。
【0003】
これまで比較的低分子量の化合物を生細胞内に輸送する様々な方法が開発されてきた。例えば、非特許文献1においては、連続した複数個のアルギニン残基を含む塩基性ペプチドをキャリア分子として利用し、様々な低分子化合物や核酸、タンパク質などの細胞内への輸送が検討されてきた。しかしながらこの方法では、細胞内に輸送しようとする物質の分子量が大きくなるに従い、細胞内への導入率が低くなる問題があった。導入効率はアルギニン残基の繰り返し単位を増やしペプチド鎖の長さを増大することである程度改善されるものの、細胞膜やタンパク質との相互作用が強くなり、細胞障害性が顕著になる問題があった。輸送分子が低分子である場合にはアルギニン残基を有するペプチドと低分子は脂質膜を直接透過する場合があるが、脂質膜が両性イオンのホスホコリン脂質膜では通過できない問題があった。
【0004】
上記塩基性ペプチドを利用した細胞内への物質の移動効率を高めるために、アクチベータ分子として機能するピレンブチレートの導入による効果が非特許文献2に示されている。この場合、ピレンブチレートをあらかじめ細胞表面に導入してからアルギニン残基を有するペプチドを利用して様々な生体活性分子を導入する際の効率が向上することが示されているが、当該ペプチドとピレンブチレートを混合すると凝集することからこれらは別々に細胞表面に導入する必要があり、さらに輸送される分子とこれらのキャリア分子およびアクチベータ分子間の結合がない場合には、細胞を含む環境中の様々なタンパク質との相互作用が生じることから、目的とする分子の輸送が困難である問題があった。
【0005】
キャリア分子と輸送分子の直接的な脂質膜の透過とは異なり、エンドサイトーシスによる細胞内への取り込みも生じるが、この場合には、エンドソームに内包された物質が、リソソームの融合により内容物が分解される問題や、エンドソームから内容物が脱出できないため、輸送された物質の活性を利用することが困難である問題があった。更に、in vivoでの利用を検討する場合に、アルギニン残基を含むペプチドがアルブミンなどの血清中の様々な蛋白質と強く相互作用することから物質の輸送に障害となり、特に臨床への応用などを検討する場合にはこうした塩基性ペプチドの利用が困難であった。
【0006】
非特許文献3には、ボロンクラスターアニオンとして、ホウ素原子と臭素原子が共に12個集合して形成される球状アニオン性分子が、様々な低分子化合物から中分子化合物を、細胞膜を介して細胞質内に輸送するためのキャリア分子として利用できることが報告されている。
ボロンクラスターアニオンは、それ自体が細胞膜を破壊することなく速やかに通過して、細胞質に効率よく導入できる性質を有している。また、ボロンクラスターアニオンが強力なカオトロピック性を示すことから、様々な分子と結合し安定化することが特徴である。こうした性質により、ボロンクラスターと様々な化合物との複合体が、細胞膜を通過して細胞質内に化合物を送達するために好適に利用できることが記載される。しかしながら、この場合、細胞質内に送達可能な分子としては分子量範囲が高々4500以下の化合物に限られ、アルブミンなどのタンパク質の細胞内への輸送は出来なかった。
【0007】
特許文献1には、連続した複数個のアルギニン残基を含むペプチドを表面に有するリポソームを利用して、リポソームの内部にタンパク質や核酸などの親水性高分子を封入し、マクロピノサイトーシスにより細胞内へ高分子量の親水性高分子を導入する方法が開示される。マクロピノサイトーシスも広義のエンドサイトーシスによる細胞内への物質の取り込み機構に含まれるが、この場合にはリソソームはマクロピノソームと融合しないため内容物の分解は避けることができるが、この場合においてもマクロピノソーム膜からの内容物の放出が困難である問題があった。
【0008】
特許文献2には、クモ毒由来の溶血ペプチドM-lycotoxinを改質した改良型ペプチドを用いて各種タンパク質をエンドサイトーシス経由で細胞内に輸送するとともに、細胞質内でエンドソーム膜を該ペプチドの作用で選択的に不安定化することで、送達したタンパク質をその活性を保持した状態で細胞質内に放出させる方法を開示している。該ペプチドは基本的に細胞膜を不安定化させる要素を有していることが懸念される。
【0009】
非特許文献4には、カチオン性および両親媒性繰り返し単位を有する共重合体から成る自己集合型カチオン性コア・シェル型ナノ粒子を用いて、レクチンなどのタンパク質を細胞内に導入する方法が開示されている。この方法では、該ナノ粒子とカチオン性タンパク質は結合が起こり難いため送達が困難である。
【0010】
非特許文献5には、抗体タンパクの細胞内送達剤として先の特許文献2の方法では不十分であったが、それに替えて“ProteoCarry”を利用して効率的に細胞内への送達と機能発現が認められたことを報告している。ProteoCarryはその構造が開示されておらず、生体への悪影響や安全性に関する知見に乏しい問題が挙げられる。さらに、導入するタンパク質との結合が弱いためトランスフェクション効率が必ずしも良好ではない懸念がある。
【0011】
上記した様々なタンパク質の細胞内への輸送においては、リポソームなどの利用の場合を除き、輸送されるタンパク質とキャリアとして機能するペプチドやその他の分子との結合が弱いことから、in vivoでの利用においてはキャリア分子と輸送されるタンパク質の体内動態が異なる問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】国際公開パンフレットWO2005/032593号
【特許文献2】国際公開パンフレットWO2016/052442号
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】二木史朗 他. 膜透過性塩基性ペプチドを用いる細胞内送達技術~ その分子機構と応用~. 生物物理, 50(3), 137-140 (2010).
【非特許文献2】S. Katayama et al., “Effects of pyrenebutyrate on the translocation of arginine-rich cell-penetrating peptides through artificial membranes: Recruiting peptides to the membranes, dissipating liquid-ordered phases, and inducing curvature” Biochimica et Biophysica Acta (BBA)-Biomembranes, 1828(9), 2134-2142 (2013).
【非特許文献3】A. Barba-Bon et al., “Boron clusters as broadband membrane carriers” Nature, 603(7902), 637-642 (2022).
【非特許文献4】Ashlynn L.Z. Lee et al., “Efficient intracellular delivery of functional proteins using cationic polymer core/shell nanoparticles” Biomaterials, 29(9), 1224-1232 (2008).
【非特許文献5】Y. Nakazato et al., “Protein Delivery to Insect Epithelial Cells In Vivo: Potential Application to Functional Molecular Analysis of Proteins in Butterfly Wing Development” BioTech, 12(2), 28 (2023).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、タンパク質を細胞内に効率的に輸送する機能を有するキャリア分子を提供し、細胞障害性を示さず、効率的に細胞内および/または核内にタンパク質を輸送することのできるタンパク質送達剤及び細胞内タンパク質導入法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の細胞内タンパク質送達剤は、カチオン性キャリア分子、アニオン性キャリア分子、およびタンパク質が、それぞれの間で、少なくともイオン結合と疎水性相互作用による結合により成るコンプレックスである。
【0016】
本発明の細胞内タンパク質送達剤は、カチオン性キャリア分子がカチオン性基を繰り返し単位に有するオリゴマーまたはポリマーであることでもよい。あるいは、本発明の細胞内タンパク質送達剤において、カチオン性キャリア分子はヘキサジメトリンブロミド(HDB:Hexadimethrine bromide,商品名は、ポリブレン)であることが好ましい。更に、カチオン性キャリア分子として、ポリエチレンイミン(PEI:Polyethylenimine)を添加してもよい。あるいはカチオン性キャリア分子はプロタミン(protamine)を用いることも好ましい。
本発明の細胞内タンパク質送達剤において、タンパク質は、抗体、酵素、或いはCRISPR/Cas9に用いる核酸-タンパク質複合体(RNP: ribonucleoprotein)であることでもよい。
【0017】
本発明の細胞内タンパク質送達剤は、アニオン性キャリア分子が下記一般式1で表されるボロンクラスター塩であることでもよい。下記一般式1におけるMは、リチウム、ナトリウム、カリウム、セシウムから選ばれるカチオンを表し、Bはホウ素原子、Xは水素、ハロゲン原子(F~I)を表す。nは10または12を表す。
【0018】
(化1)
2+(B2- (一般式1)
【0019】
本発明の細胞内タンパク質導入法は、下記1)~4)の各工程を備える。
1)カチオン性キャリア分子を溶解した溶液、アニオン性キャリア分子を溶解した溶液、及びタンパク質を溶解した溶液のそれぞれを混合することにより細胞内タンパク質送達剤を作製する(第1の工程)。
2)細胞内タンパク質送達剤を細胞表面に接触する(第2の工程)。
3)細胞内タンパク質送達剤がエンドサイトーシスにより細胞質内にエンドソーム膜に内包された状態で導入される(第3の工程)。
4)細胞内タンパク質送達剤がエンドソーム膜を脱出し細胞質内に拡散する(第4の工程)。
【0020】
本発明の細胞内タンパク質導入法は、更に、5)細胞内タンパク質送達剤が細胞核内に拡散する工程(第5の工程)を備えることでもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、タンパク質を細胞内に効率的に輸送する機能を有するキャリア分子を提供し、さらに、細胞障害性を示さず、効率的に細胞内および/または核内にタンパク質を輸送し、細胞内においてその機能を発現させることのできるタンパク質送達剤及び細胞内タンパク質導入法を与えることができるといった効果がある。更には、キャリア分子とタンパク質がコンプレックス中で一体化して安定である場合には、それぞれの体内動態を一致させることが可能であるといった効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】細胞内にタンパク質を輸送する機能を有する、カチオン性キャリア分子とアニオン性キャリア分子が共にタンパク質と結合して成るコンプレックス(複合体)の模式図
図2】細胞核内に緑色蛍光タンパク質が送達されていることを示す蛍光顕微鏡イメージ
図3】細胞核内への緑色蛍光タンパク質導入法のフロー図
図4】細胞内に二次抗体が送達されていることを示す蛍光顕微鏡イメージ
図5】実施例3における細胞核内にタンパク質が送達されていることを示す蛍光顕微鏡イメージ(A)およびその導入効率を表すグラフ(B)
図6】実施例4における細胞質基質にタンパク質が送達されていることを示す蛍光顕微鏡イメージ
図7】実施例4における細胞質基質に二次抗体が送達されていることを示す蛍光顕微鏡イメージ
図8】実施例5における細胞質基質にタンパク質が送達されていることを示す蛍光顕微鏡イメージ
図9】Cs12Br12とHDB及びBSAの複合体の散乱強度分布による平均粒子径(DLS測定結果)を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明において、様々なタンパク質を細胞内に輸送する目的で、カチオン性キャリア分子、アニオン性キャリア分子、およびタンパク質がそれぞれの間でイオン結合および/または疎水性相互作用により結合して成るコンプレックス(複合体)を用いることが特徴である。図1に本発明のコンプレックスを模式的に示す。
【0024】
カチオン性キャリア分子は、負に荷電したリン脂質膜表面に吸着し、コンプレックスを細胞表面に接着する機能を有する。さらに、カチオン性キャリア分子は、輸送されるタンパク質表面に静電的相互作用により吸着していることで、生体内にコンプレックスが導入された際に、キャリア分子とタンパク質は細胞内に輸送されるまでの間、生体内での動態を合致させることが可能である。このことは、コンプレックスに含まれるアニオン性キャリア分子が、カチオン性キャリア分子と静電的相互作用により結合していることと、タンパク質とも静電的相互作用もしくは疎水性相互作用などの相互作用により互いに結合していることが、コンプレックス全体の体内動態を合致させる上で重要な働きを示すことを意味する。
【0025】
これらの各分子間の相互作用は互いに可逆的であるが、それぞれの静電的相互作用と疎水性相互作用が相乗的に働くことから、各構成分子のコンプレックスからの解離を抑制しながら間質液中においてはコンプレックスの一体化を保っていることが特徴である。コンプレックスの構成成分の中でアニオン性キャリア分子は、カチオン性キャリア分子とタンパク質の両方に結合し、これらを含めて一体化させるとともに、脂質膜を透過する機能を有し、そのために疎水性が高く、脂質膜との親和性が良好である場合が好ましい。アニオン性キャリア分子の例として、例えばボロンクラスター基などが含まれている場合が最も好ましく用いることができる。
【0026】
本発明のコンプレックスにおいて好ましく用いることのできるカチオン性キャリア分子としては、カチオン性基を繰り返し単位に有するカチオン性オリゴマーもしくはポリマーを挙げることができる。ここでカチオン性基とは、中性付近から弱酸性付近のpHにある水溶液中でカチオン性に荷電している基を意味し、具体的には塩基性窒素原子にプロトンが付加してカチオン性に荷電している場合が好ましい。カチオン性オリゴマーもしくはポリマーとしては、リシン、アルギニン、ヒスチジンのように側鎖にアミノ基を有するアミノ酸が連結して構成されるオリゴリシンやオリゴアルギニンのような脂質膜と強く相互作用する場合や、ポリアリルアミンのように側鎖に一級アミンを有する塩基性ポリマーや、ポリエチレンイミンのように主鎖中に二級アミンを有するポリマー、或いはその他の塩基性窒素原子を有する水溶性であるカチオン性ポリマーを好ましく用いることができる。
【0027】
カチオン性ポリマーとして三級アミン、四級アンモニウムを繰り返し単位に含む場合も本発明に用いることが可能である。しかしながら、細胞障害性や細胞毒性を示す場合があるので留意する。本発明では、四級アンモニウムの繰り返し構造のヘキサジメトリンブロミド(HDB)を用いることが好ましい。更に、ポリエチレンイミン(PEI)を添加してもよい。PEIは、HDBと共に用いられた場合に、タンパク質を細胞内に輸送することに補助的に作用する。あるいはカチオン性キャリア分子としてプロタミンを用いることも好ましい。カチオン性ポリマーの分子量の範囲としては、重量平均分子量として1000から100万の範囲、更に好ましくは1000から10万の範囲である場合が好ましい。PEIは、直鎖状のPEIや分岐しているPEIでも、架橋構造を含む場合であってもよい。例えば、2-アルキル-2-オキサゾリンの開環重合により合成される直鎖状のポリ(2-アシルオキサゾリン)を用いてこれを脱アシル化して得られる直鎖状のPEIを用いることができる。
【0028】
本発明のコンプレックスにおいて好ましく用いることのできるアニオン性キャリア分子としては、下記一般式1で表されるボロンクラスター(closo-borate)塩である場合が最も好ましく用いることができる。ここで、下記一般式1において、Mはリチウム、ナトリウム、カリウム、セシウムから選ばれるカチオンを表す。Bはホウ素原子、Xは水素、ハロゲン原子(F~I)を表し、nは10または12を表す。
【0029】
(化1)
2+(B2- (一般式1)
【0030】
一般式1で表されるボロンクラスター塩の合成方法は公知の方法(例えば、非特許文献6「I. Tiririris et al., “Die Kristallstrukturen der Dicaesium‐Dodekahalogeno‐closo‐Dodekaborate Cs2[B12X12] (X = Cl, Br, I) und ihrer Hydrate”, Zeitschrift fur anorganische und allgemeine Chemie, 630(11):1555 - 1563 (2004).」)を利用することで製造することが可能である。その場合、ボロンクラスター部分を形成するホウ素原子の数nは12である場合が収率良く安定して製造が可能であるため好ましいが、これ以外の原子数を有する成分が含まれている場合であっても良い。また、上式のXとして、水素や、フッ素からヨウ素に至るハロゲンが、ホウ素原子に結合してボロンクラスター部分を構成するが、フッ素からヨウ素に至るに違ってボロンクラスターの疎水性が増加するとともにアニオンの負電荷の電子密度が低下するため静電的相互作用に加えて脂質膜やタンパク質との間で疎水性相互作用が強くなるが、本発明においては、ハロゲンが臭素の場合において特に細胞障害性や細胞毒性を示さずタンパク質の輸送性に優れていることから、最も好ましく用いることができる。
【0031】
本発明において、上記ボロンクラスター塩とともにカチオン性ポリマーを併せて用いることで、細胞内に様々なタンパク質を送達し、細胞質内でその活性を発現することが可能であることを見出した。従来から様々なカチオン性ポリマーが遺伝子のトランスフェクションベクターとして利用されている。本発明においても、従来から遺伝子トランスフェクションに利用されてきたポリエチレンイミン(PEI)を特に好ましく用いることができる。PEIは負に荷電した細胞膜表面に結合し易く、細胞障害性も軽微であることが知られている。
従来からPEIとDNAとの複合体がエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれた後に、エンドソーム内においてポリエチレンイミンの主鎖の二級アミンが弱酸性側でプロトン化されることで膨潤し、所謂プロトンスポンジ作用によりエンドソーム膜を破壊し、内包されていたDNAを細胞質内に開放する機能を有することが知られている。本発明においても、PEIなどのカチオン性キャリア分子は、タンパク質とともに細胞内のサイトゾル中にエンドソームに内包される形で輸送されることが特徴である。エンドソームからのタンパク質の脱出を可能にするために、PEIなどのカチオン性キャリア分子の存在が本発明においては必須である。
【0032】
本発明において、カチオン性キャリア分子、アニオン性キャリア分子、およびタンパク質からなるコンプレックスが、体内において標的細胞に取り込まれるまでの間にその構成成分の体内動態が一致していることが実際の臨床応用などに適用する場合には必要条件になりうる。前述したように、コンプレックスを構成する各成分は静電的相互作用や疎水性相互作用などにより可逆的に相互に結合しているが、間質液中にある場合とサイトゾル内にある場合ではコンプレックスが置かれている環境が大きく異なるため、コンプレックスの安定性がこれにより大きく変化することが考えられる。間質液中では様々な無機イオンとともにアルブミンなどの血漿タンパク質が高々10%以下の濃度で溶解しているが、サイトゾル内では細胞内の様々な構造物に囲まれる形で多種多様なタンパク質や低分子化合物が高濃度に含まれている。間質液中ではコンプレックスの安定性は希薄溶液中の高分子コロイドなどの場合と同様に表面電荷や排除体積効果などにより凝集や分解から免れやすいが、サイトゾル内では周囲のタンパク質などとの相互作用によりコンプレックス同士を繋ぎ止める相互作用が失われ、解離することが予想される。従って、本発明によるコンプレックスは、標的細胞にタンパク質を輸送するまでの間はコンプレックスとして一体化していることから、構成成分の体内動態は一致することが可能であるが、サイトゾルに導入後は必ずしも一体化が保たれる必要はなく、タンパク質はコンプレックスから解放されて、本来の構造と機能をサイトゾル内において発揮できることが特徴である。
【0033】
以上のように、本発明において、輸送用タンパク質を結合したPEIなどのカチオン性キャリア分子とアニオン性キャリア分子から成るコンプレックスは、エンドサイトーシスにより細胞内のサイトゾル中にエンドソームに内包される形で輸送されることが特徴である。細胞内にエンドソームに内包されて取り込まれたコンプレックスはPEIの中和による膨潤からエンドソーム膜に欠陥個所を生成すると、次第にサイトゾル内にコンプレックスの構成成分が拡散することが期待される。サイトゾル内ではPEIは周囲に高濃度のタンパク質やアミノ酸その他の親水性成分に囲まれており、次第に輸送してきたタンパク質との結合が失われてくると考えられる、後述する実施例に示すように、実際に蛍光ラベルした核移行性タンパク質を輸送タンパク質として用いた場合に、細胞核において蛍光ラベルタンパク質の存在が確認されたことから、実際にエンドソームを脱出しサイトゾル内に輸送タンパク質が拡散後、核内に移行したことが確認された。
【0034】
本発明において、コンプレックスに用いることのできるタンパク質としては特に抗体である場合が好ましい。細胞としては腫瘍細胞などの特定の標的細胞に対して、本発明のコンプレックスが特異的に取り込まれることで、腫瘍細胞内の抗体受容体に結合し免疫情報伝達系が活性化され炎症性サイトカインが生産されることが期待される。このシステムを利用して腫瘍細胞を特異的に認識し、これを細胞死に誘導する抗体医薬としての利用が期待される。さらに、コンプレックスには抗体とともに様々な抗がん剤を同時に含めたAntibody-Drug Conjugate(ADC)としての利用も可能である。
【0035】
或いは、別の例ではゲノム編集への利用として、CRISPR(Clustered regularly interspaced short palindromic repeats)/Cas9(CRISPR-associated proteins)に使用するガイドRNA(gRNA)とともに細胞内に輸送するCas9タンパク質(DNA切断酵素)の両者を混合して核酸-タンパク質複合体(RNP)を形成し、これを本発明のコンプレックスに取り入れて利用する方法を好ましく用いることができる。Cas9タンパク質は分子量が100kDを超える比較的大きなタンパク質であることから、これを細胞内に輸送することは従来技術では困難であったが、本発明のカチオン性キャリア分子とアニオン性キャリア分子を組み合わせてコンプレックスを形成することで、エンドサイトーシス機構により標的細胞に取り込ませることが可能である。特定の標的細胞内の遺伝子をノックアウトすることでがん免疫療法や様々な難病に対する遺伝子治療に利用が期待される。
【0036】
本発明においては、コンプレックスの作製と細胞内への輸送方法は以下の手順を用いることが好ましい。最初に、カチオン性キャリア分子を溶解した溶液とアニオン性キャリア分子を溶解した溶液およびタンパク質を溶解した溶液を作製し、これらを互いに加えて混合することで細胞内タンパク質送達剤を作製する第一工程を設ける。この際、それぞれの溶液は、in vivoにおける細胞実験等の場合には、血清等を含まない単純DMEM培地に溶解することが好ましく、生体内に注入する場合には、生理食塩水等に溶解する場合が好ましい。次に、作製した細胞内タンパク質送達剤を細胞表面に接触する第二工程として、in vitroでの実験等においては、細胞を培養する容器内の培地に対して該送達剤を添加して細胞表面に拡散させる工程であり、生体内への導入に際しては、標的細胞が存在する部位に局所的に該送達剤を、シリンジ等を介して注入する等の方法を採用することができる。
【0037】
次いで、送達剤導入後の静置期間として数分から数時間の範囲で、細胞内タンパク質送達剤がエンドサイトーシスにより細胞質内にエンドソーム膜に内包された状態で導入される第三工程を設ける。エンドサイトーシスがクラスリン依存性である場合には、細胞表面の約2%において開口部が発現し、その寿命は1分間程度であるため、全ての細胞に対してエンドサイトーシスが有効に作用するためには、送達剤の濃度と本工程における静置時間が重要なファクターとなる。さらに、この第三工程においては、細胞は通常の栄養培地中にあっても良く、生体に対しても間質液内に直接送達剤を注入することで良い。
【0038】
更に次の工程として、細胞内タンパク質送達剤がエンドソーム膜を脱出し細胞質内に拡散する第四工程が設けられるが、この工程は細胞の培養と並行して行われるため、新鮮培地への交換や生体への注入であれば、開口部の封止処置が行われる。更に、サイトゾル内から細胞核内への輸送を目的とする場合においては、更に追加の時間を設けて、送達剤に含まれる輸送タンパク質の拡散に必要とされる時間を確保する第五工程が設けられる。
【0039】
本発明において、コンプレックスに用いるカチオン性キャリア分子、アニオン性キャリア分子およびタンパク質のそれぞれの比率については好ましい範囲が存在する。輸送するタンパク質を100質量部とした場合、カチオン性キャリア分子は5~500質量部の範囲である場合が好ましく、更に、5~50質量部の範囲で用いる場合が更に好ましい。アニオン性キャリア分子に関しても同様に、輸送タンパク質100質量部に対して10~500質量部の範囲である場合が好ましい。
【0040】
以下に本発明の実施形態の一例を、図面を参照しながら詳細に説明していくが、本発明はこれらの実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。なお、実施例中の百分率は断りのない限り質量基準である。
【実施例0041】
核移行性緑色蛍光タンパク質(NLS-EGFP)の細胞核への送達を検討した。NLS(nuclear localization signal:本実施例ではc-Myc由来のNLS(アミノ酸配列PAAKRVKLD)を使用)をEGFP(Enhanced Green Fluorescent Protein;励起波長488nm、発光波長507nmの改良型緑色蛍光タンパク質)のN末端に結合させるNLS-EGFPをコードする遺伝子配列をプラスミド(Addgene社プラスミドベクター、バックボーン:pET15bベクター)に組み込み、大腸菌を使用して発現精製した試料を用いた。
NLS-EGFP(輸送用タンパク質)の8μgを250μLのDMEM(-)(Dulbecco's Modified Eagle Medium:血清フリー)に溶解した溶液を作製した。ボロンクラスター塩のCs12Br12(非特許文献6に記載の方法に従い、セシウムドデカボレート(Cs1212)に臭素を反応させて合成したもの)67.8μgと、ポリエチレンイミン(PEI MAX - Transfection Grade Linear Polyethylenimine Hydrochloride (MW 40,000) 24765-1, Polyscience社製)1.5μgとを、それぞれ別の容器に取りDMEM(-)に溶解した後、両者を混合して合わせて250μLのDMEM(-)に溶解した。先のタンパク質溶液と後者の混合溶液を混合して振り混ぜ、室温で5分間静置した。作製した本実施例の細胞内タンパク質送達剤としてのコンプレックスは、PEI(1.5μg、75nM)、ボロンクラスター塩(67.8μg、100μM)およびNLS-EGFP(8μg、0.6μM)を含む500μLのDMEM(-)溶液として作製した(図3のフローS01)。
【0042】
U-2 OS細胞(92022711; European Collection of Authenticated Cell Cultures, Public Health England, London, UK)を1×10の細胞数で24ウェルプレート内に導入した。この際、プレートの各ウェルにはカバーグラスを設置し、ガラス表面で細胞培養を行った。細胞はPBS(-)で2回洗浄を行った後、上記で作製したコンプレックスを含むDMEM(-)を各ウェルに500μLずつ添加した(図3のフローS02)。37℃に調整したCOインキュベータ内で1時間培養を行った後、培地を除去し、PBS(-)で2回洗浄した(図3のフローS03)。次いで10%FBSを含むDMEM(+)培地を各ウェルに添加して37℃で、2時間COインキュベータ内で培養した(図3のフローS04,S05)。PBS(-)で2回洗浄した後、4%パラホルムアルデヒドで細胞を固定した。細胞をPBS(-)で2回洗浄した後、核染色液として、トリトンX-100を含むPBSにDAPIを溶解した溶液で染色後、PBS(-)で2回洗浄し、ProLong Glassにより包埋した。
【0043】
得られた試料は、レーザー走査型共焦点蛍光顕微鏡(機種名:LSM700、メーカー名:ZEISS)を用いて観察した。観察像を図2に示した。図2は、細胞核内に緑色蛍光タンパク質が送達されていることを表す蛍光顕微鏡写真を示している。この結果より、本発明の細胞内タンパク質送達剤を用いることで、細胞内に目的タンパク質を送達できるのみならず、エンドソームからタンパク質が脱出し、核内に効果的に移行することが実証された。
【実施例0044】
ヤギを免疫動物として作製されたラットIgGを検出するローダミン標識済みの二次抗体(Goat Anti-Rat IgG Antibody, Rhodamine conjugate、AP136R Sigma-Aldrich)を用いて、先の実施例1と同様に、U-2 OS細胞のサイトゾル内への送達を行った。上記二次抗体の4μgを250μLのDMEM(-)(Dulbecco's Modified Eagle Medium:血清フリー)に溶解した溶液を作製した。Cs12Br1267.8μgとポリエチレンイミン(PEI MAX - Transfection Grade Linear Polyethylenimine Hydrochloride (MW 40,000) 24765-1, Polyscience社製)1.5μgを250μLのDMEM(-)に溶解した。両方の溶液を混合して振り混ぜ、室温で5分間静置した。作製した本実施例の細胞内送達剤としてのコンプレックスは、PEI(1.5μg、75nM)、ボロンクラスター塩(67.8μg、100μM)および上記二次抗体(4μg)を含む500μLのDMEM(-)溶液として作製した。
【0045】
U-2 OS細胞(92022711; European Collection of Authenticated Cell Cultures, Public Health England, London, UK)を1×10の細胞数で24ウェルプレート内に導入した。この際プレートの各ウェルにはカバーグラスを設置し、ガラス表面で細胞培養を行った。細胞はPBS(-)で2回洗浄を行った後、上記で作製したコンプレックスを含むDMEM(-)を各ウェルに500μLずつ添加した。37℃に調整したCOインキュベータ内で1時間培養を行った後、培地を除去し、PBS(-)で2回洗浄した。次いで10%FBSを含むDMEM(+)培地を各ウェルに添加して37℃で、2時間COインキュベータ内で培養した。PBS(-)で2回洗浄した後、4%パラホルムアルデヒドで細胞を固定した。細胞をPBS(-)で2回洗浄した後、核染色液として、トリトンX-100を含むPBSにDAPIを溶解した溶液で染色後、PBS(-)で2回洗浄し、ProLong Glassにより包埋した。
【0046】
得られた試料は、レーザー走査型共焦点蛍光顕微鏡(機種名:LSM700、メーカー名:ZEISS)を用いて観察した。観察像を図4に示した。図4は、細胞内に二次抗体が送達されていることを表す蛍光顕微鏡写真を示している。この結果より、本発明の細胞内タンパク質送達剤を用いることで、細胞内に抗体が送達できていることが実証された。図4からは、抗体はサイトゾル全体に分布しておらず、細胞の片側に高濃度に集積していることが確認された。抗体はエンドサイトーシスによりエンドソームに内包されてサイトゾル内に輸送されたと考えられるが、この結果からはエンドソームから抗体が脱出できているか否かは判断できない。抗体はそれを含む溶液のpHや塩濃度、温度などの変化で容易に凝集することから、本発明の送達剤としてコンプレックスを形成した段階で抗体分子同士が凝集し、凝集した形でサイトゾル内に導入された可能性が考えられる。その場合、抗体分子がサイトゾル内で拡散が妨げられることで細胞内の片側に遍在する形で観察された可能性が考えられる。抗体のサイトゾル内への導入に関しては、本発明のコンプレックス作製時の濃度や温度、pHなどの様々な条件を最適化することが重要であると考えられる。
【実施例0047】
核移行性緑色蛍光タンパク質(EGFP-NLS)の細胞核への送達を行った。ボロンクラスター塩のCs12Br12100μMと、カチオン性ポリマーとして四級アンモニウムのヘキサジメトリンブロミド(HDB,Merck社製)32μM(6μg)と、ポリマーとして二級アミンのポリエチレンイミン(PEI,Polyscience社製)6μgとを、500μLのDMEM(-)に加え、ボルテックスした。そこに、8μgのEGFP-NLSを加え、ボルテックスし、室温で15分間静置した。作製した本実施例の細胞内タンパク質送達剤としてのコンプレックスは、HDB(6μg、32μM)、PEI(6μg、0.3μM)、ボロンクラスター塩のCs12Br12(67.8μg、100μM)およびEGFP-NLS(8μg、0.6μM)を含む500μLのDMEM(-)溶液として作製した。
【0048】
U-2 OS細胞を1×10の細胞数で24ウェルプレート内に導入した。この際、プレートの各ウェルにはカバーグラスを設置し、ガラス表面で細胞培養を行った。細胞はPBS(-)で2回洗浄を行った後、上記で作製したコンプレックスを含むDMEM(-)を各ウェルに500μLずつ添加した。37℃に調整したCOインキュベータ内で1時間培養を行った後、培地を除去し、PBS(-)で2回洗浄した。次いで10%FBSを含むDMEM(+)培地を各ウェルに添加して37℃で、3時間COインキュベータ内で培養した。PBS(-)で2回洗浄した後、4%パラホルムアルデヒドで細胞を固定した。細胞をPBS(-)で2回洗浄した後、核染色液として、トリトンX-100を含むPBSにDAPIを溶解した溶液で染色後、PBS(-)で2回洗浄し、ProLong Glassにより包埋した。
得られた試料は、実施例1と同様に、レーザー走査型共焦点蛍光顕微鏡を用いて観察した。観察像を図5(A)に示した。また導入効率を表すグラフを図5(B)に示した。図5(A)は、細胞核内に緑色蛍光タンパク質が送達されていることを表す蛍光顕微鏡写真を示している。図5の結果より、ボロンクラスターとカチオン性ポリマーとしてHDBとPEIをタンパク質に加えることで、より効率よく、細胞内にタンパク質が送達されている。すなわち、本発明の細胞内タンパク質送達剤を用いることで、細胞内に目的タンパク質を送達できるのみならず、エンドソームからタンパク質が脱出し、核内に効果的に移行することが実証された。
【実施例0049】
Lysozyme(19499-04、ナカライテスク社製)をFITCで標識したもの(FITC-Lysozyme)および実施例2で使用したローダミン標識済みの二次抗体の細胞質基質への送達を行った。ボロンクラスター塩のNa12Br12あるいはCs12Br12100μMと、カチオン性ポリマーとして四級アンモニウムのヘキサジメトリンブロミド(HDB,Merck社製)50μM(9.4μg)あるいは32μM(6μg)と、ポリマーとして二級アミンのポリエチレンイミン(PEI,Polyscience社製)1.5μgとを、500μLのDMEM(-)に加え、ボルテックスした。そこに7.2μgのFITC-Lysozymeあるいは4μgの二次抗体を加え、ボルテックスし、室温で15分間静置した。作製した本実施例の細胞内タンパク質送達剤としてのコンプレックスは、HDB(9.4μg、50μM)、PEI(1.5μg、75nM)、ボロンクラスター塩のNa12Br12(56.7μg、100μM)およびFITC-Lysozyme(7.2μg、1μM)を含む500μLのDMEM(-)溶液、あるいはHDB(6μg、32μM)、PEI(1.5μg、75nM)、ボロンクラスター塩のCs12Br12(67.8μg、100μM)および二次抗体(4μg)を含む500μLのDMEM(-)溶液として作製した。
【0050】
U-2 OS細胞を1×10の細胞数で24ウェルプレート内に導入した。この際、プレートの各ウェルにはカバーグラスを設置し、ガラス表面で細胞培養を行った。細胞はPBS(-)で2回洗浄を行った後、上記で作製したコンプレックスを含むDMEM(-)を各ウェルに500μLずつ添加した。37℃に調整したCOインキュベータ内で1時間培養を行った後、培地を除去し、PBS(-)で2回洗浄した。次いで10%FBSを含むDMEM(+)培地を各ウェルに添加して37℃で、24時間COインキュベータ内で培養した。PBS(-)で2回洗浄した後、4%パラホルムアルデヒドで細胞を固定した。細胞をPBS(-)で2回洗浄した後、核染色液として、トリトンX-100を含むPBSにDAPIを溶解した溶液で染色後、PBS(-)で2回洗浄し、グリセロールベースのマウント剤により包埋した。
得られた試料は、実施例1と同様に、レーザー走査型共焦点蛍光顕微鏡を用いて観察した。観察像を図6および図7に示した。図6および図7は、細胞質基質に各タンパク質が送達されていることを表す蛍光顕微鏡写真を示している。図6および図7の結果より、ボロンクラスターとカチオン性ポリマーとしてHDBとPEIをタンパク質に加えることで、より効率よく、細胞内にタンパク質が送達されている。すなわち、本発明の細胞内タンパク質送達剤を用いることで、細胞内に目的タンパク質を送達できるのみならず、エンドソームからタンパク質が脱出し、細胞質基質に効果的に移行することが実証された。
【実施例0051】
FITCで標識されたウシ血清アルブミン(FITC-BSA、A9771、Sigma社製)の細胞質基質への送達を行った。ボロンクラスター塩のCs12Br12100μMと、カチオン性分子としてプロタミン(293-18,ナカライテスク社製)12μgとを、500μLのDMEM(-)に加え、ボルテックスした。そこに16.5μgのFITC-BSAを加え、ボルテックスし、室温で15分間静置した。作製した本実施例の細胞内タンパク質送達剤としてのコンプレックスは、プロタミン(12μg)、ボロンクラスター塩のCs12Br12(67.8μg、100μM)およびFITC-BSA(16.5μg、0.5μM)を含む500μLのDMEM(-)溶液として作製した。
【0052】
U-2 OS細胞を1×10の細胞数で24ウェルプレート内に導入した。この際、プレートの各ウェルにはカバーグラスを設置し、ガラス表面で細胞培養を行った。細胞はPBS(-)で2回洗浄を行った後、上記で作製したコンプレックスを含むDMEM(-)を各ウェルに500μLずつ添加した。37℃に調整したCOインキュベータ内で1時間培養を行った後、培地を除去し、PBS(-)で2回洗浄した。次いで10%FBSを含むDMEM(+)培地を各ウェルに添加して37℃で、3時間COインキュベータ内で培養した。PBS(-)で2回洗浄した後、4%パラホルムアルデヒドで細胞を固定した。細胞をPBS(-)で2回洗浄した後、核染色液として、PBSにHoechst33342を溶解した溶液で染色後、PBS(-)で2回洗浄し、グリセロールベースのマウント剤により包埋した。
得られた試料は、実施例1と同様に、レーザー走査型共焦点蛍光顕微鏡を用いて観察した。観察像を図8に示した。図8は、細胞質基質にFITC-BSAが送達されていることを表す蛍光顕微鏡写真を示している。図8の結果より、ボロンクラスターとカチオン性分子としてプロタミンをタンパク質に加えることで、より効率よく、細胞内にタンパク質が送達されている。すなわち、本発明の細胞内タンパク質送達剤を用いることで、細胞内に目的タンパク質を送達できるのみならず、エンドソームからタンパク質が脱出し、細胞質基質に効果的に移行することが実証された。
【実施例0053】
上述の実施例と同様の濃度で、アニオン性キャリア分子としてボロンクラスター塩のCs12Br12と、カチオン性キャリア分子としてHDBを加えた水溶液を20秒間超音波照射した。これに、上述の実施例と同様の濃度のタンパク質のウシ血清アルブミン(BSA)を加え、さらに、20秒間超音波照射した。得られた水溶液に対し、散乱強度分布による平均粒子径の測定を行った。平均粒子径の測定は、動的光散乱法(DLS:Dynamic Light Scattering)で行い、その測定結果のグラフを図9に示した。図9の結果より、平均粒子径100nmの複合体の生成が確認され、それらの複合体がタンパク質送達剤として機能することが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、細胞内に様々なタンパク質を効率的に送達することができることから、抗体医薬やゲノム編集用CRISPR/Cas9に好適に利用することが可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9